スキーム

旧来技術によるアニメの作り方とその完成物と、未来の新技術によるアニメの作り方とその完成物では、同じ「絵が動いて映像作品を形成」するとはいえ、絵の描き方から塗り方、映像の画面密度や色彩や時間解像能まで、何から何まで違うので、ひとくくりで考えるのは難しいです。


「アニメ制作スキーム」を比較すると、両者はまるで異質です。もはや、別物と考えた方が、話は早いでしょう。

 

 

旧来のアニメ制作技術においては、とにかく膨大な何千何万もの枚数を描いて塗らねば成立しません。ゆえに、1枚絵に所要する作業時間や、全体の作業人足が、コストを大きく上下させます。現在の作業単価は、その制作技術上の特性の強い影響を受けています。

 

新しいアニメ制作技術は、枚数を今までのように膨大に描く必要はありませんが、高密度の4Kに相応の美麗さ・繊細さを表現するため、1枚絵にかかる負担は比例して重くなります。

 

つまり、お金の使い所が大きく変わります。

 

今までの原動仕のシステムの上に、4K60pHDRの新しいアニメーション技法は運用できません。4K60pHDRは新時代の制作スキームが必須です。そのスキームは当面は「内製化」によって実現することになるでしょう。

 

これは逆に言えば、今までの原動仕のシステムでは、4K60pHDRには対応できないことも暗示します。60pHDRはこの際抜いても、4K映像フォーマットを活かす絵作りは、旧来のスキームではかなり難しいです。金が破綻するか、人間が破綻するか、どちらか1つです。

 

 

そもそも未来の4Kに、アニメが合わせる必要があるのか。

 

それはアニメ制作者サイドが決めることではなく、未来を生きる人々が決めることです。理屈ではなく、直感的に、未来の人々が‥‥です。

 

 

私らは去年、アップコンなしのネイティブな4K60pHDRのアニメーション映像を作りましたが、2K24pSDRと比較してみて、そのあまりの品質の格差に、我ながら愕然としました。

 

そのあまりの差を、映像の専門職ではない一般の人々が見たとしても、気づかないわけがない‥‥と私らは確信しています。

 

実際、4K60pHDRと2K24pSDRを比較してデモすると、ほとんど全ての人が映像品質の差異に驚きます。今まで見てきた映像が、画面密度が1/4でボヤけて不鮮明で、24pで動きがフリッカーのように見え、Rec709で色が濁ってヌケが悪いのを見ると、みなさん、「こんなにハッキリわかるんですね」と言います。

 

 

ただ、私は4K60pHDRに全てのアニメが移行すべきだとは思っていません。

 

むしろ、世界には、色々なアニメがあって良いと思います。

 

アニメの作り方や表現が4K時代に全て染まる必要はないですが、同時に、1970年代のテレビアニメの延長線上で支配されるべきではない‥‥とも考えます。

 

今までの慣習や愛着でアニメの可能性を封じて束縛するのではなく、新たな美しさと楽しさをもって、アニメ映像表現の可能性を大きく広げたいです。

 

私が少年時代にみたアニメから、4K60pHDRの新時代のアニメまで、古今東西色々なアニメの選択肢によって視聴者を魅了するのが、まさにアニメーション制作従事者としての私の理想です。

 

 

 

 


学生の頃

現在、学生がアニメ会社やスタジオでバイトするって話、存在するのかな? 聞いた事ないな‥‥。

 

私の世代(昭和40年前後生まれの世代)は、「あの人も高校生だよ」「あの人は中学を卒業してすぐに」みたいなことは結構ありました。10代半ばの子が在学しながらスタジオに通うのなんて東京近郊じゃないと不可能だったわけですが、20代前半の先輩は随分大人に見えましたし、20代後半の人は凄くベテランに見えました。

 

今はもう時代が何もかも違います。2020年代を間近に控えた時代です。

 

ただ、何を言うても、動画の出来高+アルファで稼ぐのは、今でも辛いはずです。その動画のキャリアを大学卒業からスタートするのですから、かなりキビしいでしょう。

*ちなみに、私の時は最低保証賃金なんてものはなく、完全な出来高でした。

 

動画時代‥‥。

 

私にももちろん動画時代がありますが、学校の休み時間に線の引き方を黙々と練習してたり、UP日がヤヴァい時には始発でスタジオから帰って寝ないで学校にいったりとか(よくまあ、ウチの親も許したもんだ)、「稼げない時期」を巧妙に学生期間に「消化」させていました。

 

そして、私自身も、学生時代の期間をうまく下積みに重ねておこうと「明確に」考えていました。‥‥まあ、つまりは、その頃〜30年前から動画の出来高では稼げないことが知れ渡っていたのです。独り立ちしてアパートを借りてしまったら、正直、動画の単価収入だけではすぐに破綻する‥‥と高校時代からハッキリと自覚できていました。

 

私の動画時代(80年代半ば)には既に線はかなり増えており、先輩から聞いた「月3000枚」なんて「どうすればそんなに描けるの?」と思っていました。「昔は今ほど線が多くなかったし、丁寧さもそこそこだったから、枚数が描けたんだよ」‥‥って、当時の先輩は言ってましたが、何だか既視感のあるセリフですネ。

 

 

まあ、昔話はこの辺で。

 

1980年代と2010年代では、あまりにも大きく、時代は変わりました。しかし、アニメ業界のワークフローが抱える問題は、30年前と変わっていません。

 

私の動画時代の1980年代中頃のように、学生時代に動画のキャリアを積んでおく‥‥なんてことができない現在、むしろ、状況は今の方が悪いとすら思えます。だからって、まさか今、学生に動画をバイトでやらすわけにはいくまい? ‥‥もう時代の「就労・雇用に対する意識」が違いますし、飯が食えないから学生時代に‥‥という考え方自体が2010年代には通用しません。

 

そろそろ考え方を根本的に変えないと、この先、20年30年とやっていけない‥‥と、少なくとも私個人の見解でそう思います。

 

 

私の未来の考え方は、アニメ業界のワークフローを一切踏襲しない、その事につきます。全く互換性がなくても可。むしろ、互換性は皆無にせねばと思います。

 

まあ、その辺はこのブログでちくちく書いてきたことなので繰り返しませんが、ワークフローを一切踏襲しないからこそ、根本から変われると思っています。

 

私が経験してきたことで、無駄だったことは何もない‥‥と思いますが、若い世代が同じことを経験して踏襲する必要もない‥‥とも思います。

 

私らが進める新しい技術は新しいなりに、相当キツいです。クレイジーで常識はずれと言っても、なんら誇張しているとは思いません。でも、クレイジーだからこそ、新しいとも思います。

 

しかし、クレイジーなのは映像表現や技法体系だけで十分です。お金の面までクレイジーなほど貧しい必要はないです。

 

 

そういえば、最近聞いた昔話で、スタジオによっては動画30円でやらせていたところもあったとか。悪い意味でクレイジーな貧乏話は、アニメ業界古今東西、尽きませんよねぇぇぇぇぇ。

 

 


Photoshopの自動処理(2)

PSDファイルから原画体裁のTIFFファイルを書き出すスクリプトは前回に方針が定まったので、あとはスクリプトを書いて動かすだけです。

 

TIFFファイルを書き出すには、ファイルとフォルダの扱いが不可欠です。新規でTIFFファイルを書き出すには、少なくとも、書き出す場所=フォルダ階層と、ファイル名が必要です。

 

しかし、ファイルを書き出すパス‥‥といっても、一筋縄ではいきません。

 

業務上のワークフローのオンラインで扱うファイルに、日本語を使うつもりはないですが、やはり日本国内で制作しているのですから、日本語を使うファイル名が存在しても、正常に処理できたほうが良いです。

 

AdobeのJavaScriptで扱うファイルやフォルダは、パスに日本語が含まれていると、てきめんに文字が化けます。ゆえに「fsName」や「File.decode()」が用意され、文字化けを正常な日本語に戻すことが可能です。

 

例えば、現在Photoshopで開いているドキュメントのパスを取得しようとして、

 

var doc=app.activeDocument;
doc.fullName;

 

‥‥みたいな単純な書き方ですと、もしファイルパスに日本語が含まれていると、それはもう、悲惨な文字列に。

 

/Users/Shared/%E3%81%A8%E3%81%82%E3%82%8B%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AB

%E3%82%BF%E3%82%99/%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3

%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%88.png

 

 

まあ、わざと日本語をたくさん入れて化けさせてはいますが、以下のようにコードを書き足すだけで、

 

var doc=app.activeDocument;
doc.fullName.fsName;

 

正常な日本語の文字列を得る事ができます。

 

/Users/Shared/とあるフォルダ/スクリーンショット.png

 

 

名前だけが欲しければ、"/"でsplitして最後の要素だけを取り出しても良いですし(macOSの場合)、以下のように、

 

var doc=app.activeDocument;

File.decode(doc.fullName.name);

 

‥‥でも取り出せます。結果は、「スクリーンショット.png」です。もちろん、

 

var doc=app.activeDocument;

doc.name;

 

‥‥でも良いです。注目すべきは、Fileオブジェクトから名前を取得する場合はデコード「File.decode()」が必要で、開いているドキュメント名から取得する場合は単に「Document.name」で文字化けしない点です。

 

ここらへんの段取りの「クセ」を知っておかないと、Photoshop&JavaScriptではファイルを書きだすことができないんですよネ。

 

ちなみに、このあたりのことは、「ADOBE PHOTOSHOP JAVASCRIPT SCRIPTING REFERENCE 」には載ってなくて、別冊の「JAVASCRIPT TOOLS GUIDE」の中に掲載されています。ESTKのフォルダの中にPDFがあるので、それを読むべし。

 

 

ファイルを書き出す‥‥と言っても、まだ考えどころは残されています。

 

  • どこに書き出すのか。=ユーザに尋ねるか、PSD元データと同階層にするか。
  • フォルダにまとめるか。=まとめるのは良いとして、どんな名前のフォルダにするか。
  • 書き出し先に同名の項目があった場合はどうするか。=既存の項目をリネームするか、新作の項目に番号をつけるか、それとも削除するか、上書きするか

 

Photoshopの自動処理自体は、そんなに大した内容ではないですが、こうした足回りの処理は地味に面倒です。でも、これを嫌がると、エラーで止まってばかりのスクリプトになってしまいます。どんなにPhotoshop部分のスクリプトが快調に動作しても、ファイル書き出しで躓けば意味がありません。

 

 

こうしたスクリプト作成の手間を事前に割いて、自動処理をスタンバイしておけば、その後の作業で確実に時間短縮と労力削減が実現します。

 

急がば回れ‥‥です。

 

あと、もう少しで完成して、明日ぐらいから使えそうな予感。

 

 

 

 


煽る

私がブログを書く理由や拠り所は色々ありますが、「煽りたい」というのは確実にあります。

 

え?煽ってんの? ‥‥と思う人もおられましょうが、少なくとも穏便にはしていないつもりです。

 

穏便にし続けた結果が今の業界のありさま‥‥ですから、私は穏便に体良くまとめるより、煽りたいわけです。

 

 

 

同じ業務ばかり繰り返す限定された閉鎖空間にいると、その状況が世界の全てのように思えることもありましょう。特に経験の少ない若い人ほど。

 

でもね。そんなわけ、ないじゃん。作画のフロアは単なる作画のフロア。撮影のフロアも単なる撮影のフロア。自宅の作業場所はただの自宅。‥‥それは、世界の全てじゃないよ。‥‥というのが、今回の「煽り」です。

 

 

 

アニメに限らず、色々な映像制作に関わり、様々な現場の気風を体験すると、いかにアニメ制作現場が「いち作業現場」でしかないかを痛感します。映像制作に関わる人間が、すべてアニメ現場の人々と同じ思考や気風をもっているわけではないのです。

 

私は前々から、アニメ関係者のツイッターのプロフィールにおける、「底辺」「三流」「へたれ」「へっぽこ」のような語句を自ら用いる文面に、アニメ業界人独特の共通点を感じています。

 

もちろん、そうでない人も多いですが、一方で、自虐的な語句を自己紹介に並べる人も多いようです。

*でもまあ、ツイッターは全員参加ではないので、全体の割合と見るべきではないとは思います。

 

まあ、普通に考えて、「底辺」「三流」を自称する人に、(少なくとも知り合いでなければ)仕事は出しにくいですよネ。良い条件の仕事も依頼しにくくなります。

 

私があまり目にしないだけで、日本の謙遜の文化、照れ隠しの文化なのか。それとも、アニメ業界特有なのか。

 

でも、アニメ業界以外〜実写や3DCGで、そうした自虐語句をしたためる作業者・クリエーターは、会った記憶がないです。人となりの差はあれど、技術と経験による自信が伝わってくるような雰囲気をもっています。

 

 

これはなにも、自分を必要以上に、何倍も盛って、喧伝するのが良いと言っているわけではないです。自分の技術と経験を素直に文字として表現すれば良いだけです。

 

一番怖いのは、事前に「底辺」とか「三流」などの自虐語句を並べることで、「うまくいかなかった時の保険」を自分自身にかけるような構造ができることです。

 

やっぱりさ‥‥映像制作における表現技術って、自分の能力を発揮すること、そのものじゃん? そこで逃げ癖をつけてしまったら、品質の対価としての報酬は低いまま‥‥なんですよ。

 

逃げ癖ではなく、単に照れ隠しだとしても、それはそれで、自分の経歴紹介の一文としては非常に紛らわしいし、初見で損をするように思います。

 

謙遜は日本人の美徳だとは思います。しかし、いき過ぎた謙遜=自虐は、プロの現場においては思わぬ誤解や低評価を受けるように思います。アニメ制作工程1セクションの閉鎖空間なら自虐ネタも仲間同士で通用するかも知れませんが、映像制作ジャンル全般で言えば、自らディスカウントして低評価を呼び寄せるような行為とも言えます。

 

 

以前、アニメや実写や3DCGなど色々な仕事に関わる人が、「アニメの作画の人たちって少々卑屈にみえる」と言ってて、作画出身の私は心の奥でショックを受けたことがありました。

 

卑屈‥‥かあ‥‥う〜ん‥‥‥。楽しい人も多いけどなあ‥‥。なぜ、そう見えたんだろう‥‥。現在のアニメ業界の単価からくる低賃金ゆえの、何か日常生活的な鬱屈が、全体像の雰囲気として表に出てるんかなぁ‥‥と、色々思い悩んでしまいました。

 

確かに、金の無さ、貧乏は、人を変えます。悪い方に。‥‥私もフリーアニメーター100%だった20代の頃に破滅寸前まで追い込まれたから解ります。アパートのインフラが全て止まるような極貧に陥れば、卑屈を通り越してヤバい精神状態にもなろうと言うものです。

 

でもだからといって、自分自身で「底辺」「三流」と口に出してしまったら、どうにもやるせない‥‥と私は思うんですけどネ。

 

 

 

で、最初に戻って、私としては「今の状態を、自分の世界の全て」にして良いのか、「煽り」たいわけです。

 

他人に口無し‥‥になりやすい業界だからこそ。です。

 

アニメの、特に作画の閉鎖空間にいると、外部の気風も価値観も心意気も、全く触れる事なく、ある種の自己洗脳状態に陥っていきます。

 

でも、アニメは、映像作品ジャンルの1つであり、もっと他の映像作品ジャンルから色々な刺激を受けても良いはずです。アニメーターは萌えキャラの線画だけA4用紙や2Kで描いてれば良いのか?‥‥ということです。もっと他に描いてみたいもの、動かしてみたいもの、そしてそれを作品・商品として売り出したいとは思いませんか。

 

誰かが率先してくれなければ、自分は行動できない。‥‥なんて言ってると、何も変わらんです。

 

 

私がコンピュータによる映像制作にどんどんのめり込んだ時期の、Appleの「Think different」広告キャンペーンで、私の好きな一節がありますので、Wikipediaから引用しておきます。

 

 

Here’s to the crazy ones. The misfits. The rebels. The troublemakers. The round pegs in the square holes.

The ones who see things differently. They’re not fond of rules. And they have no respect for the status quo. You can quote them, disagree with them, glorify or vilify them.

About the only thing you can’t do is ignore them. Because they change things. They invent. They imagine. They heal. They explore. They create. They inspire. They push the human race forward.

Maybe they have to be crazy.

How else can you stare at an empty canvas and see a work of art? Or sit in silence and hear a song that’s never been written? Or gaze at a red planet and see a laboratory on wheels?

We make tools for these kinds of people.

While some see them as the crazy ones, we see genius. Because the people who are crazy enough to think they can change the world, are the ones who do.

 

(大意)クレイジーと呼ばれる人達がいる。不適応者、反抗者、トラブルメーカーと呼ばれる人達たち。四角い穴に丸い杭を刺すような物事をまるで違う目で見る人達たち。

違った見方で物事を見る連中。彼らは規則を好まない。現状維持なんて毛頭も考えていない。彼らの言葉を引用することも、同意しないこともできるし、奴らを持ち上げることも、こき下ろすこともできる。

おそらく唯一君ができないことは、連中を無視することだ。奴らは物事を変えるのだから。連中は発明し、想像し、癒し、探究し、創造し、ひらめきを与える。奴らは人類を前進させるのだ。

きっと奴らは、いかれずにはいられなかったのだろう。

そうするほかに、真っ白なカンバスに芸術作品を見いだす術はあるのか? 沈黙の中に誰も書いたことがない歌を聴く術はあるのか? 赤い惑星を見つめて車輪付きの研究室を考え出す術はあるのか?

私たちは、そういう種類の人間のための道具を作っている。

彼らをいかれた連中と見る人もいるが、私たちはそこに天才を見ている。世界を変えられると考えるくらいいかれた人々は、世界を変えていく人たちなのだから。

 

 

 

そうすネ。

 

2018年の今だからこそ、Think differentでいきましょう。

 

 

 

 


PHP

久々にPHPの現在を調べてみると、バージョンは7。‥‥うーむ。私が沢山書いてたころは、3だった記憶があるので、もはや修正するよりも書き直した方が速いレベルですネ。‥‥‥‥まあ、私が撮影業務のアシストアプリとデータベース/Webを必死になって作ってたのって、もう10年以上前だもんなぁ‥‥。

 

宇宙船演算子なんてのも7から加えられたようで、PHPを今後また本格的に使うようなら、7基準でゼロから考え直したほうが良いですネ。

 

<=>

 

その昔、撮影はコアレタスじゃないとできない‥‥なんて言われていた頃から、私らは撮影業務をAfterEffectsでおこなうべく色々と模索していましたが、なぜコアレタスを使わなかったのかというと、「価格が高い」「アニメに特化し過ぎてて拡張性・未来性が乏しい」そして「スクリプトに対応していない」のが理由でした。

 

例えば、何らかのスクリプト対応の表計算があれば、その表計算ソフトをタイムシートアプリにして、タイムシートをキーフレームとして流し込むことも、AfterEffectsからキーフレームをもとに表計算に流し込むことも可能でした。miなどのテキストエディタもタイムシートの入力・編集アプリに早変わりしました。

 

それだけでなく、データベースと連携して、カット情報とタイムシートデータを元に、AfterEffectsで「素組み」レベルまで自動ビルドすることもできましたし、AfterEffectsのレンダリングエンジンとは違う自動レンダリングシステム(データベースと通信しつつレンダリング後の事後処理もおこなう)も実現していました。

 

その際、データベースやライブラリのフロントエンドを提供していたのがPHP3でした。

 

進捗状況を棒グラフ(のようなルック)でHTML上で表示したり、任意のカットの詳細情報を表示したり、終了作品のムービーライブラリを提供したり、当時バージョン3だったPHPでも、撮影作業に有用な色々な事が可能でした。

 

PHPは、個人単位がスクリプトで効率化を図る目的には何も貢献しませんが、「ワークグループ」という概念を実践するのならば、制作進捗情報の共有と同調を可能にして、状況把握の齟齬を解消する大きな役割を果たします。

 

まあ、PHPと同じことができるソリューションなら何でも構わないと言えば構わない‥‥のですが、PHPは何と言っても「手軽」だったのがよかったのです。「ほにゃらら.php」のファイルを作るだけでしたからネ。

*サーバ上でのリダイレクトやエイリアスを活用する場合は、Apacheのコンフィグをイジって連動させる必要はありましたが‥‥。

 

 

 

しかし、PHP。

 

今、私は、Pythonの習得を時間の合間でぼちぼち開始していますが、何だか、PHPとPythonでできる事がかぶってる気がします。

 

管理上の視点からも、もし色々と機能的にかぶっていて重複も甚だしいのなら、どちらかにしぼるべきでしょうネ。

 

 

まあ、PHPは昔覚えたし、今はPythonを主眼にしておこうと思います。

 

 

 

ちなみに、Python。

 

まだ私は始めたばかりですが、ざっと見る限り、言語的にはごく普通にとっつきやすい内容のようです。

 

アニメ作業関係者の人でもAfterEffectsのJavaScriptでスクリプト文に慣れているのなら、ちょっと読みかえれば基本構造は理解しやすいと思います。まあ、何らかの言語をそれなりに突っ込んで覚えた経験のある人なら、「まるで異質には感じない」でしょう。

 

なので、作例や使用例・運用例をいくつか実践してみて、Pythonの流儀に慣れれば問題なくイケそうな感じです。

 

 


Fire HD10

KindleでPythonとかSwift関連の書籍を読むようになって、もう1枚、Fire HD10が欲しいこの頃。飯食いながら、でかい画面で読みたいです。

 

また、7千円引きのセール、やってくんないかな。

 

2017年のHD10は、わたし的に、今までのFireで一番最良のモデルだと思っています。コスト、性能、運用、何も文句なし。使い道豊富で、仕事にも役立ちます。

 

既に2枚持っていますが、それぞれ配置についているので、持ち歩き用のが欲しい。

 

噂されるiPadの2万円台モデルとやらも気になりますが、Fire HDは1万円前半だもんネ。

 


平屋木造

旧来の現場は、既に先人の切り拓いたシステムの基礎=インフラ=道筋があるがゆえに、ロードマップを思い描くという意識が非常に希薄なように感じます。今までの通りやってればうまくいく‥‥という意識。

 

どんなに現場の窮状を認識していても、根本的には解決の糸口も突破口も見出せないのは、まさにその意識ゆえです。

 

建て直す‥‥って言ったって、その家に住み続けながら、取り壊して建て直すなんて、無理ですもんネ。

 

ホントにソレ。

 

今の自分の居場所を取り壊したら、行き場がなくなってしまう。だから、居場所がどんなに老朽化して問題を抱えようと居場所を一旦壊して建て直すことができないのです。

 

「旧来現場のオールデジタル」において、「根本問題を解決できる」ロードマップが全く見えてこないのは、そういう理由でしょう。

 

家を取り壊して一旦更地にして、未来に何十年も住める新しい家を建てる。‥‥それは、旧来現場が旧来現場であり続けるためには不可能なのです。

 

今までVHSデッキを使っていたのを、BDレコーダーに買い変える程度で、その家の何が根本的に変わると言うのでしょうか。平屋木造の狭い間取りは狭いままです。

 

 

じゃあ、永遠に新しい家には住めないのか。

 

‥‥そんなことはないですよね。

 

新しい家を建てるためには、何をすれば良いか、ちょっと考えれば誰にでもわかることです。

 

しかし、古い家への強い愛着が、その誰にでも考えつく思考を阻害します。

 

家や土地の問題ではなく、そこに住む人たちの問題‥‥と言えましょう。

 

 

 

 

 


人、技術、金

もし、今後、4K24インチクラスの液タブに盛り込む要素があるとすれば、

 

  • 有機ELの締まった色彩
  • HDRでBT.2020に対応
  • 120Hz以上のリフレッシュレート

 

‥‥ですかね。

 

有機ELはまだまだこれから値段がこなれる技術でしょうが、絵を描く際に黒が締まってキリッとしているのは、絵の内容確認の点で有利です。実際、ラボやポスプロの製品プレビューチェックで、マスモニと併設した有機ELテレビで見ることが多くなっています。

 

HDRは輝度(カンデラ)を抑えめに設定して、彩度の広がりだけを活かせば、絵を描く時に有用でしょう。BT.2020に対応できる基本性能は、これから必須となるように思います。

 

絵や映像を鑑賞するだけなら60Hzでも良いのですが、絵を描く時には120Hz、将来的には240Hzくらいは期待してもバチはあたりません。筆致を描画するフレームレートが高ければ、より生っぽい感覚で描けるようになります。

 

 

 

しかし、これら未来の妄想をぬきにしても、「作画環境はお金がかかる」ようになります。新人一人あたりのイニシャルコストは100万円くらいは普通にかかるように思います。

 

4K対応のマシンと液タブだけで、70万円ですもんネ。ソフトウェアや周辺機器は全く計上していない段階で、です。しかも、一度買った機材はそのままでは済まず、メンテと機材更新を続けなければなりません。

*4Kタブレットやモニタを買うだけでは済まないのは、コンピュータにちょっと詳しい人ならお判りですよネ。4Kのモニタと液タブのマルチモニタ環境は、言わば2Kモニタ8枚分です。4Kモニタを複数接続できる、ビデオ性能の高いマシン、そして4Kの映像を再生できる高速な記憶装置とCPU‥‥なんて、現状のアニメスタジオの「デジタル」機材の性能とはあまりにもかけ離れています。

 

 

 

でもそれは、「作画」の人材の根底意識を見直す良い機会だと思います。

 

人をひとり雇うために機材費だけで100万円はかかるようになるわけですから、使い古しの作画机に新人を座らせて済む話ではなくなります。

 

新人の時代で100万円をまず初期投資して、さらに当人が仕事を続けていく間には、ソフトウェアの更新やサブスクリプションの維持費、5〜6年周期のマシンの入れ替え、さらなるソフトウェアの追加購入‥‥など、お金はどんどん必要になります。

 

これはすなわち、どういうことかというと、「仕事を通じて人間が成長して、作品制作に貢献する」ことを見込まなければ、スキームは成り立たない‥‥ということです。

 

 

 

アパートを借りて作画机を並べてアニメ作画スタジオだ。上手く育つかどうかは本人次第と運次第。‥‥というのは、昭和と平成の古い時代感覚です。

 

今後は「人材」に対して「採用する側」も「採用される側」も格段にシビアな意識が求められます。

 

 

 

作画する当人、仕事を引き受ける側は「アニメが好き」とか「好きなキャラが描いてみたい」なんてことばかりに終始するのではなく、様々な映像全般の知識を習得して、自分の「価値」を高めなければなりません。自分は数百万の最新機材を使うに値する人間だ‥‥と平然と言いのける技術と経験と度胸を、作画の人間も持つべきでしょう。

 

採用する側、仕事を出す側も、「人間こそが技術」ということを今一度認識すべきでしょう。アニメ業界にありがちな雑な人材採用と人事は、結局は自分らの窮状を生み出し続ける元凶とも思えます。「技術を使いこなす人間がいるから、不可能と思えた事が可能にもなる。人こそが状況の可否を決める」と改めて心に留め置くのがよろしいです。

 

 

 

せっかく育った技術と人材が、途中で失われるのって、作品制作現場のとんでもない大損失です。

 

人間を失ってしまったら、どんなに高価な機材を揃えても意味がありません。

 

優秀な人材と性能の優れた機材、そしてそれらを現場で運用するノウハウの3つが揃って、高技術レベルでブランド力のある制作集団が形成されます。

 

 

 

まあ、だから、それには、「金」‥‥‥ですネ。

 

金、金、金、です。

 

金を避けて、先には進めません。

 

でも、金は「可変」で「ダイナミック」です。お金は一律ではなく、良い条件と悪い条件は往々にしてあります。

 

うまいこと技術力をブランド力へと転化できれば、ブランド力ゆえにお金の面で有利になり、さらに技術力を高めてブランド力を一層高めることもできます。

 

 

 

どこの世界に、安かろう悪かろうで買い叩かれるのを望む人間や集団がいるでしょうか。

 

でも、安かろう、悪かろうの仕事を続けていて、お金だけはいっぱい欲しい‥‥なんて通用しません。

 

逆も然りで、安い金で高い技術力は導入できません。

 

 

 

人は技術を為し、技術は金を為します。そして金は人を為します。

 

つまり循環します。

 

ふとした意識がきっかけで、下降していく循環構造と、上昇していく循環構造とで、命運が分かれます。

 

どちらの命運を選びたいか。

 

‥‥まあ、少なくとも私は、上昇するほう‥‥ですネ。

 

 

 


動きの知識

どんな方法を用いたとしても、絵を動かして映像作品を作るわけですから、絵を描くことと動かすことは、基本の技術として必須です。

 

昭和40年代生まれの私の同世代で、特に東京近辺に在住する人は、小中学生でマンガやアニメを模写してパラパラ漫画にも熱中し、高校生になる頃にはぼちぼちバイトで動画を経験し、状況によっては先輩の監修のもとに原画も何カットか作業し、高校卒業と同時に原画‥‥みたいな経歴は、さして珍しくないことでした。そういう人は何人も知っていますし、私もそうした「お定まりのアニメーター」コースでした。

 

しかし、都心近郊に住んでいない人は、上京してからのキャリアになり不利です。ゆえに、相当の覚悟と頑張りが必要なのでしょう。私の周りの巧い人たちは、北海道出身の人が多いのも事実です。

 

また、学校であまり絵のうまさで目立たなかった人でも、動画を経て原画になったほんの2〜3年で、メキメキとうまくなっちゃう人もいます。制作上がりの作監の人も知っていますし。

 

でも、どの場合も、絵が描ける人間としての「何か」が当人にあって、なるべくしてなった‥‥と思います。

 

当然のことですが、絵が描けないのに絵を描く仕事には就けないし、動きが判らないのに動きに関わる仕事にも就けません。それは誰でもわかるはず‥‥なんですが、「デジタル」のバイアスが、そうした正常な見識を鈍らせることは最近よく見かけます。

 

どんなに「デジタル」の道具を揃えても、絵も動きも上手くはなりません。ソフトウェアの機能をコレクションして、本人の技術が向上するのなら、それほど楽なことはないもんな。

 

「デジタル」〜コンピュータは、傲慢な技術的弱者を勘違いさせるための道具ではないはず。‥‥です。

 

 

 

絵を動かす?

 

だったら、それこそ、小中学生の頃から、描けば良いんですよ。

 

道具?

 

コピー用紙1000枚とLEDのA4ライトボックス。合計3千円。それでパラパラアニメを描けば上達します。

 

 

 

技能を習得する年齢は早ければ早いほど良いです。そして絶対的な練習量は必要です。

 

最初からタブレットで少ない枚数をチマチマ描くよりも、千枚規模で紙でガシガシパラパラめくって描いたほうが、確実に、動きは上達すると思います。特に、子供の頃は。

 

 

 

私は全ての工程をコンピュータで作業する新しい技術基盤を主力に据えていますが、決して、「デジタルで何でもできて楽」とは思っていません。むしろ、逆。

 

動きの知識を体内に叩き込んだ前提で、そこからさらにコンピュータの流儀に合わせて動きの技術をデータへと噛み砕かなければなりません。絵で描いて動かして作業完了‥‥よりも、格段に難易度が高い技術、および冷静な視点を要求されます。「自分の感覚に甘えて」いるだけでは、コンピュータ上においてデータとして表現できないですからネ。

 

 

 

しかしまあ、A4の薄型トレス台が、アマゾンの特価セールで1850円か。

 

機材はこんなに入手しやすくなったのに、生身の人間の技術は相乗的に向上しているんですかね。

 

むしろ、機材が貧相で、渇望していた時代こそ、人々の技術はその渇望感ゆえに成長が促進されたのかも知れない‥‥と思う昨今。

 

 

 

成熟してしまった旧来のアニメ技術は、特に、渇望感は希薄かも知れません。

 

飢餓感、閉塞感、行き詰まり感‥‥はあるでしょうが、それって、技術発展的なことよりも、お金の問題にウェイトがかかっていますよネ。

 

技術的には、全域を埋め尽くすほどの、マンネリ感。

 

マンネリ化した先にあるのは、緩やかな老い、そして死です。

 

 

 

若い世代は、本当に、旧世代と共に「殉死」したいのかな。

 

新しいこと、クレイジーなことを、やるべきなんじゃないですかネ。動きの技術ひとつとっても。

 

 

 


MG5

作業明けの無精髭をブラウンのシェーバーで剃り落としたあとは、MG5のアフターシェーブローションでキリッとリフレッシュ。「ぎゃおう」とキツく染み渡るくらいで丁度良い。

 

MG5は、男性化粧品としては廉価な部類に入るでしょうが、私にはコレで十分。

 

 

しかしなんだな。ブラウンのシェーバー(や歯ブラシ)は、値段で性能がキッチリ変わってくるので、金を出す甲斐があります。作業場ではシリーズ7を使っていますが、とてもパワフルです。

 

 

私が使っているのは「お風呂剃り」非対応ですが、水没させなければ良いだけで、普通に水でシェーバー部分は洗えます。おすすめは上図にあるように「洗浄器付きセット」です。アルコール(?)のカートリッジの成分で、常時メンテできます。

 

 

ただでさえ老けて劣化してんのに、仕事が忙しくなると、それはもう、見窄らしさ満開になりますから、男だろうと、歳食ったら食ったなりに、気を使わないとネ。

 

かっこつける必要はないですけど、見窄らしいのはマズい。若い人間から見て「自分の未来」に幻滅しない程度には、保っておかないと。

 

 

 

 



calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< April 2018 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM