意味の違う言葉

私はこうしてジュゲムにてブログを書いていますが、実のところ、文章は得意ではありません。書くキモチがあるから、懸命に書いているだけで、実のところ、文章そのものは苦手です。

 

‥‥な。今のはわざとですが、「実のところ」を直近で何回も使ったりなど、ヌケをよくやらかします。

 

「たしかに状況的にはXXだが、その場合はたしかにOOしたほうがよい」みたいな、みっともない文を平気で書いて、後から気づいて直す始末。口語と文語は違うので、同じ単語の連続使用(特にIFやOR、言い回し)や、二重否定は避けるべきなのですが、習慣として身についておりません。

 

ただ一方で、世間的な意味と、本当の意味との違いで、迷うこともあります。それは、どちらかというと、私ではなく、世間の習慣が原因です。

 

 

 

ユニーク。

 

私は「独自」など本当の意味で使うことが100%ですが、世間的には「ユーモア」と混同されているようで、「面白おかしい」という意味で受け取る人もそれなりに多く存在します。

 

ユニークな思想。‥‥独自の思想という意味ですが、文字を読んだ人の中には、滑稽で愉快な思想という意味で受け取る人もおりましょう。

 

ユニークなID文字列。‥‥「ぷよぷよもちもち」とか「ぴれぽろひれはれ」とか語感の面白い文字列ではなく、他と被らない唯一独自の文字列‥‥という意味ですが、これもどう取られるかは、人によってまちまちでしょう。

 

ですので、ユニークという言葉は、「独自」「独特」で、かつ、「おもしろおかしい」場合にのみしか、ブログのような媒体では使えません。

 

専門書なら構わないんですが、雑談メインのユルいブログでは、「ユニーク」という言葉は中々意味が伝わらないことも想定して、ユニークよりは「独自」などの日本語を使ったほうが伝わりやすいと感じてます。

 

 

 

適当。

 

良い加減。

 

これはほぼNGですネ。

 

本当の意味として使われることのほうが少なく、「デタラメ」「ルーズ」「あてずっぽう」の意味として取られるでしょう。

 

なので、私はこのブログでは「テキトー」「いーかげん」というスラングを感じさせるひらがな・カタカナ文字で表現して、本来の意味を連想しないように気をつけています。

 

適当‥‥か。

 

昔、ローランドのシーケンサー「MC-80」で、システムエクスクルーシブデータを入力する際に、「チェックサム」を最後に入力する必要がありましたが、「適当な文字を入力」とマニュアルにあったので、「チェックサムって、どうやって計算するんだろう」ととても悩んだことがありました。

 

適当、つまり、適して当たっている値を入力せよ!‥‥と解釈したのですが、実はそのマニュアルの「適当」は「テキトー」の意味で、何らか無作為の2文字を入力すれば、シーケンサー側で計算してチェックサムの2文字へと自動変更しますよ‥‥という意味でした。

 

「なんだそら。」

 

適当って、そういう意味で使ってたのかよ‥‥と脱力しましたが、ローランドのマニュアルでもそんな感じなので、日本の世間一般では、「適当」は「テキトー」であって、「適当」ではない‥‥ということを思い知った出来事でした。

 

 

 

まあ、他をどうこういうよりも、私の文章も相当危ういです。

 

当然と言えば当然‥‥ですが、文章で飯を食っている人たちの標準品質には到底及びません。

 

しかし、そんなこんなも含めて、妙に萎縮して何もしないよりは、「ブログの文章素人品質」に甘えることにして、日々書き綴っています。

 

 


工場という誤認

私は工業都市で育ったので、身近に工場がいくつもありました。工場の前には「金型」「鋳型」が山積みされて並んでいました。

 

工場は大量生産の象徴でもあります。

 

アニメ作品も、テレビなら1話につき300カット前後の映像を作ります。10話分だと3000カットです。

 

ゆえに、映像制作会社〜プロダクションを「工場」に置き換えて考える人は、結構多いようです。

 

しかし、映像制作で作り出す完成品は、型から押し出したパーツを組み合わせて同じ製品を作る性質とは大きく異なります。

 

 

 

私は30年以上、アニメの制作現場で作業し、ここ10年は実写などの作品も引き受けたりしていますが、工場と呼び表すのは、不適切だと明確に考えるようになりました。

 

工場は、1つずつ内容の違う完成品を、作り出すでしょうか?

 

同じ型番の製品やパーツを、大量生産するのが、一般的な工場の姿ですよね?

 

映像制作の現場は、工場ではなく、職人の集まる「工房」と呼んだほうがピッタリはまります。

 

 

 

映像制作プロダクションは、「大規模工房」として認識したほうが、状況にしっくりくると、少なくとも私は感じるのです。

 

「工場である」と認識すると、確かに、今までのアニメ業界が抱えてきた問題点が浮き彫りになります。その際たるものが「単一単価制」です。1カットごとの内容は大きく異なるのに、よほどのことがない限り、均一の単価です。

 

工場のパーツ、工場の労働として、プロダクションを認識すれば、生産ラインを流れる1カットも、単一単価に自然と落ち着くでしょう。でも、その認識ゆえに、アニメ業界は何十年と「闇」を抱えてきたのです。

 

 

 

たしかに、製造業のノウハウは活かせることが沢山あります。私も以前は随分と参考にしたものです。

 

しかし、工場として映像制作の現場を捉えると、いろんな箇所で歪みが生じます。

 

製造業のノウハウは活かしつつ、軍事学の知識も応用しつつ、一方で、「自分たちはそれぞれ内容の大きく異なるカットを、大量に作る仕事なんだ」とハッキリと認識しておく必要があります。

 

生産工場の生産ラインとは、一見似たように見えても、作業内容は甚だしく異なります。

 

工場は、同じ内容の製品を、できるだけ設計・規格通りの状態で作ることが求められます。規格から外れたら不良品です。

 

映像制作はどうでしょう? 同じ内容のカットを300カット作りますか? 違いますよネ。

 

 

 

製造業の色々な生産管理技術、運用技術は、とても参考になります。今から10年以上前に、私も随分と啓蒙されたものです。PDCA、5W1H、QCD、4C、OODAループ、ルッサーの法則‥‥と、刺激になること盛りだくさんです。

 

アマチュア時代の自主制作・卒業制作気分に、冷や水を浴びせるが如くの、良い刺激となります。

 

しかし、そうしたノウハウを取り入れつつも、自分たちの現場の現実は、工場とは性質が異なることを認識しておくことも、極めて重要です。

 

我々、映像制作者の作りだす完成品は、1カットごと、違うんですよ。

 

ラジオを1万台製造するのとは、状況があまりにも違うのですよ。

 

そこを踏まえずに、生産管理だ、生産ラインだ、工場だと宣っても、経験の浅さが露呈するだけです。過去の自分を振り返ってもそう思います。「製造業かぶれ」する時期は、現場の未来を案ずる人なら、誰でも通過するのかも知れません。

 

 

 

製造業の生産管理技術は、学ぶところが多いです。

 

一方で、製造業とは異なる性質を踏まえて、思考と方法論を分岐して「映像制作に適した応用法」を考える必要があるでしょう。

 

 

 

子供の頃、町のあちらこちらで見かけた金型。

 

テレビ作品の300カットも、金型から押し出すように、工場みたいに大量生産できるのなら‥‥でしょうけど‥‥

 

そうはいきませんよねえ。

 

 


弦いろいろ

ダダリオの0942を張り直したら、翌日に1弦が切れました。見たら、ボールエンドの部分がほどけており、どう見ても初期不良なんですが、交換はできないですよネ。弦の初期不良で交換なんて聞いたことがないです。

 

 

まあ、こういうこともありましょう。

 

でも困ったのは、いきなり1弦を失った、新品の弦セットです。早々に全部張り直す気にはなりません。

 

 

 

そこで、練習スタジオのレジで置いてある、おなじみのヤマハの赤黄色の紙袋のバラ弦

 

 

 

1本50円と安いので(サウンドハウスにて)、008と一緒に買い置きしてあるので、このヤマハ009を張ったのですが‥‥

 

ダダリオの2弦より硬い!固い!テンションがキツい。

 

「お前は、本当に、009なのか? 見た目もダダリオの2弦より太めに見えるぞ」

 

 

 

私に限らず、結構周りの多くの人が、ヤマハの弦って使ってないよネ。

 

今回の件で、理由がわかったような気がします。

 

他の同じ太さの弦に比べて、テンションがキツくて固いんでしょうネ。チョーキングで指が辛い。痛い。‥‥なので、印象が悪い。

 

バラ弦で買って1弦だけ交換しようものなら、印象はもっと悪いです。アーニーボールやダダリオのテンションとあまりにも違いがありすぎて、差を感じてしまうのです。

 

だったら、009のつもりで、008を張れば良いんじゃないですかネ。

 

ちなみに、008の「もっとライトゲージ」は、黒黄色の配色です。

 

 

 

 

SITの0942を買うと、全てかどうかは知らないですが、1弦と2弦が2本入っていますので、それを流用しても良いです。

 

SITとダダリオなら、そんなに差はないですし。

 

私は最近SITに弦を切り替え始めていますので、考えてみれば1弦はそこから補充すれば良かったんですが、最初からバラ弦で買っておいたヤマハを使ったんですよね‥‥たまたま。

 

 

 

 

ダダリオやアーニーボールを常用する人は多いでしょうが、1弦が切れた際にヤマハのバラ弦で当座凌ぐなら、1サイズ下が良いかも知れませんヨ。

 

 

 

余談ですが、アーニーボールの旬は、最初の1週間とは言われますが、種類が多くてチョイスの幅が広いのは、アーニーボールのスリンキーシリーズの大きな魅力です。ダントツの豊富さです。

 

「ほにゃららスリンキー」の「ほにゃらら」の部分が多いこと。

 

「Beefy Slinky」なんてのもあるのネ。

 

 

最近、0.0085のセット(008と009の中間サイズ。6弦は040になります。)を初めて注文しましたが、さて、どんな感じか、楽しみです。

 

張っている期間が2ヶ月のスパンなら、私はSITを選びますが、たまに定番中の定番のスリンキーに里帰りするのも良いですネ。

 

ギターは色々な楽しみ方がありますネ。

 

 


納得の期間

私は、紙作画の思考から完全に抜け出るのに、10年以上かかりました。1995年前後にPhotoshopを触り始めてから、2008年前後にようやく、用紙もタイムシートもタップ穴も、他の適した方法に移行すべきと、自分の中で納得して切り替えることができました。

 

結局、自分で納得しないうちは、紙の代用品思考から脱出できないのです。他人からどれだけ理屈や事例を示されようが。

 

iPadで作画作業をするうちに、やがて、紙の流儀を模倣して踏襲することに、非効率な部分を多く感じるようになり、それでもなお旧来の方法を踏襲することに、釈然としない感情が芽生えるでしょう。

 

今のアニメ業界の人々の多くは、「デジタルで作画する時のトラブル云々」で思い悩むことが多いですが、そもそもコンピュータを使って絵を描いているのに、紙の流儀を踏襲しようとするからこそ、トラブルが発生し続けることに、まだ自分自身で気づいて納得できていないのです。

 

誰に諭されるわけではなく、自分自身で「なぜ、iPadを使っているのに、紙の真似ばかりしているんだろう」と気づくプロセスが必要です。

 

納得するには、自分なりに時間が必要です。

 

 

 

実際のところ、「これこれこういう理屈と理由で、iPadやPCはこう使ったほうが良い」と他人から言われても、自分で実感しなければ納得もできないし、さらに自分が他者に伝達する際に「実感をもって説明できない」でしょう。

 

自分が旧来の思考の枠内に囚われていたことを実感するための「時間」が必要です。

 

で、今のアニメ業界は、その時間の最初の頃です。なので、ひとかわ剥けるまで、先はまだまだ長いス。

 

しかし、その時間はショートカットできません。時間の長短は各人それぞれでしょうが、カットはできないです。カットしたら、自分で納得しないままで、本質を理解できぬままですから、先に進んでも大きくブレます。

 

 

 

絵を描くことは止めない。しかし、絵の描き方、アニメの作りかたは、紙とフィルム時代に形作られた流儀ではなく、新しい時代のツールと技術を最大に活かす、新しい流儀を形成すべし。

 

紙とフィルムの時代は、そこに紙とフィルムと絵具があったからこそ、その道具を活用する技術体系が出来上がったのです。

 

では今は?

 

目の前にiPad Proがあって、PC/Macがあるのなら、その道具を活用する方法論を考えるでしょう。

 

紙やフィルムの過去は、事例や教訓として参考にはすれど、思考を縛られることなく、です。

 

とは言え、色々な状況や理由があって、なかなか思考は転換しませんが、日頃からiPad Proで絵を描いていれば、理屈よりも感情で「昔に縛られる必要なんてあるのか」と、やがて気づいて、自分の発想の原点を自己批判できるようにもなります。

 

絵を描く本人が気づく。そして思考を変える。‥‥そのプロセスが必要なんですよネ。誰かの押し付けではなく、自分自身で。

 

アニメの作りかたを「再現」するのではなく、「再発明」する意識へと移行するための、今は移行期間だと思えば、色々なトラブルや難問も、未来の大きな糧になりましょう。

 

 


34210

コロナウィルスによる先週の死者数は、34210人で、とうとう減少傾向だった週間の予測グラフが上昇へと転じました。

 

グラフのトレンドラインはあくまで「このままのペースでいけば」なので、やがて減少傾向にまた戻るとは思いますが、予測値が増大を示したのは、コロナの状況はまだ全然落ち着いていないことを表しています。

 

■週間の死者数〜トレンドラインが上昇に転じました。ここ4〜5週間の死者数の増大を見れば、未来予測の計算上、減少ではなく増大に転じるのもやむなし。

 

■死者の総数

 

 

現時点で、50万人を超えた模様で、もし今後、2波、3波、そして、ウィルスの突然変異で免疫を持つ人にも感染する事態などが起これば、100万人は突破するでしょうね。

 

今まで甘い読みを繰り返してきて、必ず読みが外れることの繰り返しでしたから、もはや100万人の死者を念頭に置いた方がよろしいでしょう。トレンドラインは180万人に届くカーブですしね。

 

 

 

来年の正月は、どんな正月になるのかな。

 

皆、どんなふうに過ごしていて、社会はどんな状況なんだろう。

 

 

 


2型と最終型

第2世代のハード、または最終世代のハードの良さは、身に染みて実感しています。

 

私が所有する第2世代で、優れた性能で今でも記憶しているのは、Power Macintosh 8600/250、iMac Rev.B(ボンダイブルーの改良型2号機)、そしてiPad Pro 12.9インチ第2世代です。

 

みな、価格を遥かに超えた貢献度、そして耐久性を誇っておりました。(iPad Proは進行形です)

 

 

 

第1世代は新機軸を盛り込んだ意欲作で、新シリーズの新製品に賭ける期待は、買う側も作り手側も一緒です。一方で未知の欠点・改善点を含んでいるので、第2世代(もしくは2型)でフィードバックを盛り込むことで、「新機軸+改善点」という理想的な状態が形成されるのです。

 

それ以降の世代のマイナーチェンジ型は、「どこをどうすればコストをカットして利潤(生産性)を向上できるか」のフェイズに突入するので、コストダウンによる影響も製品にちらほら現れ始めます。

 

製品のシリーズを発売して何世代も経過した後は、製品固有の「鉄板」の土台が形成されるので、特に最終型は、完成度が高いのに安価という、買う側にとって嬉しい状況に至ることもあります。‥‥まあ、全ての製品が‥‥ではないですが、製品世代における熟成の極みに到達することはよくあることです。

 

 

 

iMac リビジョンBは、ジョブズがアップルに復帰して、新世代のアップルを体現した製品「iMac」のバージョンアップ型です。今でこそ、普通に見慣れた姿ですが、当時は「ケーブルを極力廃し」「プリンタポートを撤廃し」「フロッピードライブも撤廃し」‥‥と、まるで遥か未来を予見するような斬新な設計で、意欲作も意欲作‥‥でした。意欲作すぎて、問題作とすら、PCユーザには受け取られたものです。「フロッピーがなく、SCSIもなく、USBだけなんて、極めてナンセンス!」と。

 

初号機で数多くのトラブルとニーズがフィードバックされたのか、数ヶ月後に改良点を盛り込んだ、同じボンダイブルーのリビジョンB=2号機が発売され、私は正月あたりに買った記憶があります。

 

そのiMacボンダイブルーのリビジョンB。‥‥第1線を退いてからは、5年間24時間、電源を落とさずサーバとして活躍し、まったく故障のないまま、今は倉庫でモスボール状態(ホコリ防止の全体保護)で寝ております。他のタンジェリンやスノーのCRT iMacが全て電源のコンデンサ膨張で逝く中、初代2型だけが健康状態を維持していました。

 

 

 

一方、最終世代は、PowerMac G4の時です。ミラード・ドライブドア(MDD)と呼ばれる最終型で、タワー型のワークステーションでも168000円まで下がった頃です。あの頃は安くなったよなあ、Mac。

 

1997年暮れに買ったPowerMac8600をG4 CPUまで改造し続けて使いましたが、その当時(2003〜2004年頃)に取り組みはじめた2Kのアニメ、そしてカットアウトの作画技術には、いくらG4化しているとは言えPM8600では荷が重く、ようやく決心してメインマシンを買い替えたのです。それがMDDのPMG4です。

 

同時期にG5も登場していましたが、あえて安いG4を買いました。性能はソコソコでしたが役割を十分果たし、3年後くらいに買い換える時に、なんと10万円で買い取って貰えました。外箱なしの、本体とキーボード・マウスとOSのCDだけの状態で、10万円。

 

168000円のそれなりに使い倒したG4が、お店で100000円で買取。当時、いよいよMacOS(MacOSXではない)が死刑に処される時期で、「MacOS9で使いたい人」向けの特需が、中古市場で吹き荒れていたのです。その風にのって、私も10万円でG4を買い取って貰えました。性能が極まって熟成したMacOS9マシンとして、重宝されたのでしょうネ。

 

 

 

初代の改良点を多く盛り込んだ2型。そして、熟成の到達点の最終型。

 

どちらも、高耐久性で高性能の場合が多いです。

 

逆に、真ん中の世代は「ここを端折ればコストカットできるんじゃないか」的な邪心(?)が製造側に芽生えて、安価なパーツがもとで故障に至るケースが多いです。CRT iMacのコンデンサ不良の話は有名です。

 

あ、これはアニメ制作技術でも同じか。

 

 

 

今回のWWDCで発表が無かったIntel最終形のiMac。一方で、Armへの移行が正式にアナウンスされ、開発者向けのArm搭載Mac miniが出荷‥‥とも。

 

Arm Macか。

 

新機軸って、最初はトラブルが多いんだよな〜〜〜。

 

あ、これも、アニメ制作に共通ですネ。

 

 

 


iMac出なかった。

いろいろ噂されてたiMacの新型。WWDCではArm搭載 Macのアナウンスに留まり、新型のハードウェアはiMacを含めて発表なしでした。

 

ちょっと残念ですが、本当に新型iMacが出たら買っていたので、大きな出費が先送りになって、心のどこかで安心してもいます。前にも、秋くらいだとちょうど良い‥‥みたいなことをこのブログで書いたので、Arm 移行前の「新型Intel CPUを搭載したMac」がまさにそんな感じになりそうですネ。

 

 

 

昨日、同僚と話していたのは、WWDCでも言及していた「Rosseta」の話でした。

 

Armに移行するということは、Power PCの時と同じように、今度はIntel Macが徐々に「移行期間の猶予を与えられたのちに、切り捨てられていく」のでは?‥‥と、ハードに詳しい同僚とちょうど話していました。

 

モトローラ68KとPower PC、Power PCとIntel、そして今度は、IntelとArm‥‥というわけです。

 

私としては、「5年もてば良い」という基準なので、秋くらいにIntelのままのiMacが出ても買うとは思うのですが、来年に第1世代のArm Mac群が出るのだとしたら、なかなかビミョーな判断です。

 

少し迷いが生じてます。‥‥深夜にiMacが出てたら有無を言わさず買っていたところですが、思考の猶予が出たので。

 

前にも書きましたが、私は買うタイミングがあまりよろしくない経験をApple製品で何度も体験しており、40〜50万クラスの出費だと悩むところです。

 

今、家で使っている初代iMac 5Kは、メモリモジュールが8GBで打ち止めなので、4スロットで32GBが上限です。次の世代から16GBモジュールOKとなり、理想的な64GBメモリの環境が実現できます。64GBあれば、GPUの古さもなんとか誤魔化して使い続けられるんですよネ‥‥。

 

私の次の大出費を、「ラストIntel」にぶっこむか、はたまた、来年のいつかはわからないけど、新型Arm Macに賭けるかは、まあ、また「皮算用」を楽しみながら、考えるとします。

 

 

 

新型ハードの噂が飛び交っていたネット。

 

私も新型iMacの噂に期待してました。

 

噂は噂でも、誹謗中傷系ではなく、わくわく系だから、全然良いですよネ。

 

土から朝顔の新芽がでるのを待っている小学1年生みたいで、微笑ましいです。

 

 

 

 


数値の賢い使い方

昔、Google SketchUpを使っていた頃、画角を決める数値で「視野」というのがあって、数値が大きくなるほど画角が広がっていきました。「視野の数値が上がる=視野が大きくなる=視野が広がる」ということで、最初は慣れないものの、慣れれば感覚的に数値をコントロールできるようになります。

 

タイムコードも同じで、世界で0スタートと決まっていることに納得して慣れれば、タイムシートとの読み換えも大した手間ではなくなります。データがストリームしてくる感覚で考えれば、最初はゼロの状態からスタートすべきなのも理解できます。フィルムではなく、信号の伝達で映像を映し出す方式で考えれば、タイムコードのゼロの意味もなんとなくでも解るでしょう。

 

映像に限らず、データをアップロードやダウンロードする際にも、1ファイルを完全に送受信していない中途の状態は、ゼロからデータ量を数えた方がしっくりきますよね。0からスタートするのはちゃんと意味があるのです。

 

一方で、作画の枚数カウントを0スタートにするのはおかしな話です。目の前に現物の1枚が存在するのに、0枚目とか言わないですもんね。同じく、既に目の前に存在しているフィルムの1コマを0コマとか数えないでしょう。

 

すなわち、数値とは、

 

仕組みの基本を理解して扱えば、賢く便利に使える

 

わけです。

 

仕組みは、様々な決め事の集合体とも言えます。決め事で処理の段取りを仕切るがゆえに、段取りが流れていきます。

 

 

 

もし、道路で進入禁止の標識があったとします。

 

 

これは正式には「車両進入禁止」と言って、四輪自動車だけでなく車両全般に適用される進入禁止の規則です。自動車だけでなく軽車両も含まれるので、実は自転車も進入禁止です。しかし、そこは大目に見られてはいますネ。生活道路としての融通を考慮して‥‥でしょうかネ。

 

しかし、自転車ではなく、アニメ業界の独自の慣習で「夜中は自動車で進入して走っても大丈夫」なんていうことにして、進行車がバンバン一方通行路を逆走したらどうなるでしょうか。

 

警官に捕まる? ‥‥いやいや、そんな罰則のことではなくて、実際の場面ではどうでしょう。

 

状況によっては、正面衝突して事故りますよネ。

 

つまり、

 

独自の感覚でテキトーに規則を破っていると、いつか事故る

 

‥‥ということです。

 

 

 

画角のミリの数値もそうだし、DPIしか気にしない寸法の認識もそうだし、タイムコード書式を1スタートにするのもそうだし、規則が取り決められているのにも関わらず、自己流の扱い方をするといつか事故る‥‥のです。

 

タイムコード書式でオフセットして1スタートにして、次の秒からゼロスタートに戻るなんて、他の映像業界では「トンデモ運用」なのです。事故のもとを自ら仕込んでいるようなものです。

 

「この作品は何DPIですか?」というのも間が抜けた質問で、用紙サイズの実寸とペアで聞かなければ、画面の広さ・大きさなんて判断できません。

 

レンズの口径・ミリ数は、撮像する面積の広さとの兼ね合いで、画角が導きだされるのに、50ミリが標準画角のレンズだと信じて疑わないのは滑稽な話です。APS-Cではライカ判換算で80ミリ前後の中望遠画角になります。

*ちなみに、画角に関しては、ニコンの画角のページがわかりやすいです。https://www.nikon-image.com/enjoy/phototech/lenslesson/lesson23.html

 

1から数えるのが悪いわけじゃないですし、実寸にはDPIの概念も必要ですし、レンズのミリ数も基本をわきまえれば画角のイメージにつながります。

 

要は、不完全な状態で理解しないまま、なんとなく雰囲気で曖昧に数値を扱い続けることが、間違いと事故のもと‥‥というわけです。

 

スペックマニアにも完璧主義者にもなる必要はなく、ただシンプルに、基本の仕組みを理解して適切に扱えば良いだけです。

 

タイムコードは0スタート。

 

DPIは実寸と一緒に。

 

レンズのミリ数で画角を語るには、撮像面積(の規格)とペアで。

 

たった、これだけのことです。難しいことはないです。

 

 

 

知らなかったことを嗜められて、ムキになって怒り出すのは、まさにチャイルディッシュ。

 

知らないことは、聞いときゃあ、いいじゃん。私だって、数多くの人に間違いを指摘されて、正しい理由や仕組みを知るようになりましたし。

 

年長になったからって、何でも知っているフリをしなくても、良いんですよ。とんでもない勘違いを30年持ち続けることだって、たまにはありますヨ。

 

明らかに間違った使用法を指摘された時に、不快になって言い訳をあれこれ持ち出して意固地になる年長者と、間違いを受け止めて精査した上で正しい使い方に修正する年長者だったら、どちらが尊敬に値する?

 

私は俄然、後者を尊敬しますけどネ。前者はめんどくさくてしょうがねえス。

 

 

 

用語や数値を「暗記もの」にしているか、仕組みから用語や数値を推し量っているか、‥‥の決定的な違いとも言えます。

 

暗記ものは、理屈や仕組みの話になると、弱いよぉ‥‥。単に数値が、「番号の羅列」でしかないから。

 

しかし、仕組みの基本を理解した上で、数値の暗記までプラスすると、俄然強くなります。たとえ、ジャンルの違う技術者と会話しても、数値が一致して知識も通用します。

 

数値を賢く使うには、基本的な仕組みを知っておくことです。

 

それだけで、数値は、数値以上の価値を発揮し始めます。

 

 


34107

2020/06/15〜2020/06/21の月〜日における週間コロナウィルスによる死者数は、34107人でした。前の週に比べて4千人近い増加です。

 

*1日ごとの死者数推移

 

*週間の死者数推移

 

*死者数総計の推移

 

 

6月17日の6963人の死者数が、数週の減少傾向カーブを引き戻して、収束を先延ばしにした状態になっています。

 

年明けに死者数が100万人を超える規模とは思いたくはないですが、このペースでいくとトレンドライン的には100万人を優に超えた数字となりました。

 

終わりがみえませんね、どうにも‥‥。

 

 

 

もしかしたら、今後は、警戒の緩い国々を「輪番」のようにして、感染が拡大するのかも知れません。

 

「新たな震源地」とか呼ばれて。

 

日本国内はとにかく2波・3波を引き起こさないこと‥‥でしょうが、それってどうやって防ぐ?

 

「究極の選択」状態ですよネ。

 

感染予防を優先して、経済的な理由で困窮するか。

経済活動を優先して、感染拡大で困窮するか。

 

経済活動を優先した結果、今になって死者がドカンと増えた国もありますが、言い換えれば、経済を犠牲にしなかったので救われた人々もいるのでしょう。

 

感染拡大して死んだ人間もいる。一方で、当人は死んではいないが、店が死んで家庭経済も死んだ‥‥という人もいましょう。

 

 

 

辛い手術と注射と苦い薬を我慢して受け入れて、短気に病気を治すか。

 

手術も注射も薬もなしに病状で苦しみながら、長期の自然治癒力に任すか。

 

軽々しく、どちらが良いかなんて、少なくとも私はここで書けません。人それぞれの死生観と状況により、「正解」などないように思います。

 

でも死んだら、そこで終わりです。ゲームリセットも、セーブしたところからやり直しも、ありません。体験したことのない‥‥というか、体験することが絶対にありえない「無」という状態です。‥‥いや、状態というのもおかしな話かも知れません。死んだら、状態を知覚することができないわけですしネ。生の主観なしには、客観などありえないのでしょう。

 

なので、死ぬことよりも生きることをイメージすべし‥‥と、私は思うんですよね。自分の過去の体験からもそう思います。

 

どこかの大統領は「人間いつか死ぬのだから」みたいな無謀なことを言ってパンデミックを引き起こして、まるでインパール作戦の司令官みたいでしたが、あれ? そうか‥‥、その大統領も軍人上がりか、なるほど。

 

生と死に想いを馳せつつ、コロナの状況を見守っていきます。

 

 


コロナ悪化

ここ数週間、減少傾向にあって、徐々に収まりつつあった世界のコロナウィルスの状況が、この1週間で振り返して、悪化しましたね。

 

日曜の集計を待ちたいところですが、仮に日曜がここ数日平均の5000人の死者だとして、週ごとの減少傾向を大きく増加へと戻してしまった1週間となりました。

 

 

 

せっかく、減少傾向にあった週平均を、大きく増加傾向に戻したため、来年明けの予測も大きく変化しました。

 

以下は先週の状況です。

 

そして、今週を予測値(まだ日曜の集計がとれてないため)で入力したのが以下です。

 

 

多項式による予測値なので、この通りにはならないでしょうが、今までの経緯の予測値が減少カーブだったのが、増加カーブへと変化しました。

 

例の南国の大統領の方針失敗が、世界的な平均値を上げてしまうカタチとなりましたか‥‥ね。何が「風邪みたいなもの」だ‥‥だよ。

 

他国の失敗から学びたいものです。強気で押し通せないものもある‥‥と。

 

このリボ地獄のような終わりの見えない感染&死亡ループは、特効薬で簡単に治るようには見えません。ワクチンは状況打開の決め手にはなるでしょうが、簡単に浸透して状況好転するとは思えないです。

 

日本が緊急事態宣言解除によって以前の生活に戻る中、世界的には暗転してたんですね。

 

まだまだ予断を許さない状況‥‥と言えます。

 

 

 



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