解像感について

これはアニメ業界全般の傾向だと思うのですが、2014年現在の映像技術のグローバルな視点で見て、アニメの解像度はどうも低過ぎるように感じます。1.3〜1.6Kの横幅では、そろそろ‥‥というよりは、もはや限界に達していると思います。

私の取り組んでいる新しいアニメーション技法(2.5〜4K)を引き合いに出すまでもなく、現在の実写映画(2K〜)と比べても、フォーカスが全体的に甘く感じます。

アニメのキャラクターは、いわゆる「セル塗り」されたグラフィックである事から、実写に比べてエッジが格段にキツく、テレビ放映でのチラツキを除去する為に、多少のデフォーカスをおこなう必要があります。しかし客観的に見て、現在のアニメのフォーカスは「チラツキ防止」処理としては「過多」です。地デジ以降の現在のテレビの品質ならば、チラツキを防止する目的に対し、全体を大きくボカす必要はありません。「エッジのスタイリング」的な処理を、作品の作風に合わせて、ポスプロ直前の出力で「最低限」加味すれば良いのです。エッジのシャープ感を残したままでも、チラツキは防止できるんです。

しかし、この「ボケ」た状態は、チラツキ防止の処理上とは別の理由、解像度を低くする事で生産効率を向上させる「都合による弊害」とも感じられます。そうなってくると、簡単に解決できない問題です。単にコンポジットに用いるAfter Effects等の設定変更だけでは済まず、どんどんさかのぼって、下手をすると、描線に深く関わる動画工程にも及ぶ大問題だからです。

私も過去に劇場作品の撮影監督を担当してきたのでわかるのですが、「じゃあ、解像度を上げよう」と簡単に決着するものではないのです。「
解像度を上げる」事は、生産ライン全体の処理能力を向上させる事と同義なので、ソフトウェアの設定を変えて済む話ではありません。生産ラインが自社で完結している事例は稀で、大概は各社が作業を受発注しながら成立しているので、縦割りと横割りの両方のラインを能力向上(機材の買い換えによる高性能化など)させねばなりません。

さらに昨今の「極限まで圧縮された」撮影スケジュールでは、「フォーカスをどうこう」などと悠長な事は言ってられないのも事実です。少なくとも私は、現在のテレビのスケジュールでは「ハイクオリティな映像制作」なんて標榜できません。

でも‥‥です。どんな理由があろうと、周囲の映像作品に比べて、現アニメ作品のフォーカスがゆるくて不鮮明なのは事実です。映像作品は全て、同じ土俵の上に立たされるのです。

生粋の2Kや4K基準で作られる作品が増えるほどに、フォーカスボケ具合は際立って視聴者の目に映る事でしょう。また、フォーカスのクリアな新しいタイプのアニメーション作品群が姿を現した際に、1.3Kくらいで制作されているアニメは前時代的な品質に感じられる事でしょう。ちょうど、ブルーレイに慣れた目で、DVDを見て酷くボケて見えるのと同じように。

私は、超解像技術を用いれば、未来の4Kには、現業界のフローを維持したままでも2.5Kの作業で何とか対応できると考えていますが、それでも今のアニメ業界からすれば「スペックオーバー」で「無理な想定」なのかも知れません。
4Kを作るのなら、やっぱり3K以上、できれば4Kネイティブにしたいところなのに‥‥です。

私はインハウスのグレーディング(ラボの直前の工程)も作業し、ラボでのスクリーニングによるグレーディングに立ち会っており、1ピクセル単位の粒状や微細なエッジのフォーカスを扱っていますが、そうした日頃の視点から見ても、現アニメ制作の完成物のクオリティは、どんどん時代から遅れをとってズレてきているように思います。

こんな話を書くと気分を害される人もいるかも知れませんが、まさに「村人全員が竜宮城にいる」状態と言えます。


作風の話ではなく、映像技術面において、徐々にスペックアップしてクオリティを今日的なレベルに追随させないと、後で巻き返そうとしても「どうにも歯が立たない」事だってあり得ます。2000〜2005年が「アニメ業界のデジタルへの移行期だった」と振り返る人は多いとは思いますが、実はその期間は単なる「準備期間」であって、ホンモノの移行期はこれから先‥‥のような気がします。
 

音楽環境の移行完了

覚悟はしておりましたが、やはり音楽環境の移行は中々手間取りました。難しくはないのですが、面倒で重かったです。

KORGとNIとIKの3社のソフトウェア音源を愛用しているのですが、3社ともアクティベーションの流儀が違うので、単純に面倒いです。NIとIKはアクティベーションマネージャー的なものがあるので、多少は手間が軽くはなりますが、KORGは1モジュールごとに「ロッキングコード」と「アクティベーションコード」を手動で取得する方式なので、地道に取得動作を繰り返して使用可能にせねばなりません。

それに比べれば、AdobeのCCは何だかんだいっても、楽ですよネ。ユーザアカウント単位で認証しとけば、後は欲しいソフトウェアをおもむろにクリックして終わりですもん。

‥‥で、「重かった」のは、音源データの容量のことで、限りあるMacBookのSSDの容量を、ごっそり100GB以上消費しました。Logicのライブラリデータをレガシー音源も含めてダウンロードしたのでそれでまず50GB、IKのSampleTank3が33GB、NIのもろもろが20GBくらいで、あとはKORGの音源に少々(昔のシンセのエミュレータなので容量が小さい)。PhotoshopやAfter Effectsのインストールとは違って、少ないディスク容量のノートPCにとっては、中々にパンチが効いております。

結果として、MacBook本体SSDの残り容量が80GBを切ってしまいました。ちょと不安‥‥。外部音声の録音などで高速ディスクの容量がどうしても必要な場合は、将来的にはThunderboltのSSDあたりを考えます。今はUSB3.0の2.5インチHDDでしのぎます。

しかしまあ、よくよく思い直せば、大楽団を薄いノートパソコンに詰め込めるんだから、100GBも致し方無しですネ。ぶっちゃけ、万単位もある楽器音なんて、全く把握できておりません。Logic Pro Xは、昔のライブラリ(Jam Packとか)も全部追加料金無しでダウンロードしてライブラリに追加できますし、IKのSampleTank3も猛烈な数の音源が揃っていますし、さらにはNIの個性的なシンセもフレキシブルこの上ないし(=膨大な音色が作れる)‥‥で、私が20代になりたての頃にRolandのMT-32やYAMAHAのTX-81Zの少ない発音数でやりくりしていたのが、遥か何万光年の彼方に思えます。

以下は最近バージョンアップしたSampleTank3のメーカーサンプルです。‥‥今は、このクラスの音がわんさか入って、2万円ちょいで買えちゃうんですよネェ‥‥(私はクロスグレードで100ユーロで買いました)。これらの音源は、Logic Pro Xはもちろん、Garagebandでも、「Audio Unit モジュール」として使えます。(旧い32bitの環境だと使えない場合もあるので注意‥‥です)

 

音楽環境の移行

私は現在のメインであるコンポジット&ビジュアルエフェクト・グレーディングの他に、私の原画マン時代を知る人からの原画作業依頼、さらには親しい人から頼まれた時のみ、音楽を引き受ける事にしております。音楽に関してはその他、権利上の問題や予算上の都合から、自分らで企画する作品のパイロットムービーに関しては自主制作します。国際法上の権利の切れた旧い作曲家の楽曲を使うにしても、市販CDの演奏を無許可で使うわけにはいかないので、やはり自主制作します。

たまに請け負うような作業スタイルで、調子がもとに戻るのか‥‥と自分でも心配になる事はありますが、実際に作業してみると、意外にも、2〜3時間でブランクは一気に取り戻せるものです。スポーツと違って、絵や音は「頭で作る」ものなので、頭の中の「ソフトウェア」を起動して、さらには現在からのフィードバックによる多少の「アップデート」を施せば、すぐにもとに戻ります。ビジュアルエフェクトやグレーディングをしてても、作画脳や音楽脳の基本プロセスは絶えずバックグラウンドでデーモン的に動いていて、日頃の作業に作用しているので、全くの休眠状態でも無いですしネ。

‥‥あ、でも、演奏は別ですネ。演奏は完全な「リアルタイム身体制御」なので、ブランクの影響はスゴいです。しかし、絵を描く動作や、音符を置いていく作業は、頭さえシャッキリしていれば、ブランクの影響はほとんどありません。むしろ、歳を重ねるほど、状態をクールに客観視できるので、若年の頃よりも洗練される傾向があります。まあ、若い頃の「無駄は多いけれど情熱的な」産物も、代え難い魅力に溢れているんですけどネ。

で、近々、また音楽に関わる可能性が高くなってきたので、旧くなった音楽環境を、ちょうど渡航絡みでi7・16GBメモリのMacBookも調達した事だし、全面的にアップグレードする事にしました。ほとんど電源を入れなくなった2008年のMacProから、処理能力が高い最新のMacBookへと、音楽環境を移行するのです。

業界ではProToolsがよく使われているようですが、私はあくまでLogic派。ドイツ生まれのLogic(ジョブズ時代にAppleがドイツEmagic社を買収して取り込んだのです)に昔から愛着があり、どうせファイナルミックスも含めてスタンドアロンの環境で仕上げる事だし、特に業界標準に環境を合わせる必要は無いのです。エンバイロメントの組み合わせで色んな事ができるLogicの構造に惚れ込んでおるのです。

現在発売されているMacの処理能力ならば、Logicのエンバイロメントオブジェクトを駆使して、日本の住宅事情では収まらないような壮大なマルチトラック音楽環境が、外部音響機器・外部音源を一切使用せずに実現できます。私は数年前にYAMAHAやROLAND、KORGなどのシンセ音源モジュール、長年親しんだコンプや48トラックミキサーなどを全て倉庫に保管して、代わりに、Apple、IKやNI、KORGのレガシーコレクションなどのソフトウェア音源だけで構成するようになりました。入力用にはミニ鍵盤の61鍵タイプを使っているので、さらにコンパクト。

ただ、ソフトウェアオンリーの環境とはいえ、音源を豊富に蓄えた旧環境を新しいMacで再現するのは、中々に手間のかかる作業ではあります。インストーラやシリアル番号はサーバに保管してありますが、それがそのまま現在使えるとは限らないので、手探りでの環境移行になります。音源のライブラリデータ量はかなりのギガバイト数なので、新たにメーカーサイトからダウンロードするのも時間がかかりますしネ。

でもまあ、移行作業さえ乗り切れば、Book型で軽量だけど内容は重厚な音楽環境が作れるので、メゲずに頑張ろうと思います。

ちなみに、Logic Proは今日的なソフトなので当然といえば当然、ムービーを取り込んで再生しながら音楽を作れます。Logicを買うのが金銭的にキツい学生さんは、MacさえあればオマケソフトのGaragebandでも似たよう事ができますので、NIやIKなどで公開されている宣伝用のフリー音源(これがまた良い音出すんですヨ)を付け足して、そこそこ充実した環境を出費ゼロ円で構築できます。その環境で、絵スタートの2秒前(フィルムの3フィート分)の無音の余白を挿入して作業すれば良いです。

‥‥なので、もし入学とかでパソコンを買ってもらえそうなら、映像制作を志す人はMac Book ProかiMacにしておくと(メモリは16GB以上でネ)無難です。何かとMacのオマケ部分が重宝します。‥‥だって、マルチバンドコンプなどのDSPがシステムにプリインストールされてるんですから。WIndowsは分業制の現場では多く導入されていますが、プライベートではMacを使っているプロの人が多いです。少なくとも私の周りは、監督も含めて、Mac率が高いです。‥‥もちろん、私があっせんしたわけではなく、いつのまにやら自然と周りはMacだらけ。ちまたではブランドイメージでApple製品を選択する人も多いかも知れませんが、プロとして長らく映像制作に携わっている人間が、単にアップルマークのためだけにMacを使うわけもなく、使うにはそれなりの「理由」があるんですヨ。

ソフトがあったからって音楽が作れるわけではないですが、ソフトがあれば気軽に音楽制作に触れられるのも事実です。2014年現在は、ムービーサウンドトラック系の管弦楽の祖とも言えるショスタコーヴィチやシェーンベルク、ストラヴィンスキーなどの近代作曲家の作品が徐々にパブリックドメインへと移行していますので、オーケストラスコアも無料もしくは安価に入手が容易、自己研究もしやすくなっています。巨大な編成を持つワーグナーマーラー、リヒャルト・シュトラウスなどのスコアもペーパーバックで安く簡単に手に入る事もあります。トリスタンなんかはKindle版まであります。

こんな幸運な状況の中、手元にLogicやGaragebandがあるのなら、「やらない手はない」ですよネ。

追記)シェーンベルクストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチなどの戦後まで存命していた作曲家はビミョーに2014年現在だとパブリックドメインに属さない楽曲もあるので、楽譜のネット入手にはくれぐれもご注意ください。グレーな場合は、大人しく安価な市販のスコアを買いましょう。
 

中割りについて

ペンタブレットの作画とか、アニメ作画ソフトの話題とかを、端から眺めていて思うのは、何で皆、「中割り」で動きを捉えるんだろう‥‥ということです。中など割らずに、そのままアニメーターが絵を動かせばいいじゃん‥‥と単純に思いますし、私の考えている技法も「中割り」は一切ありません。

「でも、アニメーターが絵を動かすには、中割りが必要じゃん」‥‥と思うのならば、すっかり、思考の根本が「原画・動画」のスタイルに染まり切っているのだと思います。‥‥いや、ごくシンプルに、「絵を動かす方法」を「コンピュータと一緒に考え」れば良いのです。

「じゃあ、3D?」‥‥と思う人もこれまた多いかも知れませんが、3Dのアニメは「3Dモデルを動かして2Dグラフィックスとして演算・出力したもの」なので、「絵を動かす技法」とは別のジャンルです。描き絵にこだわっている人は、あくまで「絵を動かしたい」んですよネ?

中割りする事もなく、3Dモデルを組む事もなく、ただ単に「描いた絵をコンピュータで動かせば良い」んです。思考の根本を、中割りや3Dから切り離して、素の状態から「動かす事」を考え直せば良いだけです。

思考の根本を問い直す‥‥という体験は、昔、音楽をやっていた頃に似たような事がありました。ポップスやロックは、基本的に「旋律と伴奏」で構造を作りますし、イントロ・1番・2番・間奏・3番・エンド(コーダ)‥‥のような編成上の「無言のお約束」みたいなものがありましたが、高校生の頃、「その形式や思考しか許されないのか?」と不思議に思ったのです。「ロックは自由だ」とか言いながら、随分と不自由な形式に束縛されているんだな‥‥とも思いました。温故知新とはよく言いますが、バッハ等の多声楽・ポリフォニーに傾倒していったのは、自由に見えて実はとても不自由なポップス・ロックへの反発だったのかも知れません。

話をアニメに戻して。‥‥本当に不思議に思うのは、なぜ、「中割り」を基軸に考えるんだろう‥‥という事です。動きの「キーポイント」で動きの流れを把握し制御する事と、中割りする事は同義ではないじゃん? ‥‥少なくとも、私の考える技法は、動きのポイントからポイントへの「経緯」であって、「中を割る」という意識は全く無いのです。

つくずく、新しい何かを作るという事は「発明」なんだな‥‥と思います。例えば、「もっと高速に移動する」という欲求があった時、「足のメカニズムに着目し、歩行運動をどれだけ速くできるかを考える」人と、「移動そのものに着目し、車輪を発案する」人の、2タイプがいるように。‥‥同じように、アニメ制作を考える際、「中割りをどうするか」と考える人と、「絵を動かすこと」を考える人の、2タイプがいるのでしょう。

「中割り」「中枚数」「動画枚数」「枚数が多いのはリッチな作品」‥‥という思考や価値観は根強いと思いますし、その延長線上でコンピュータを使う人が多いのは成り行きとして解りますが、その思考が永続的に有効であるかは甚だ疑問です。私は既に「中枚数」なんてどうでも良い‥‥とすら思うのです。決め絵・キーポイントの各々を経緯していく動きは、浮動小数点の演算に任しておけば良いです。

何だか「アニメ時代の幕末」にも似た今、準備段階として、新しい考えに基づく、新しいアニメ作品を志す「海援隊」みたいなコミュニティを作る時期が、そろそろ近づいている‥‥のかも知れませんネ。

グレーディングについて(2)

グレーディング導入の主旨については、前回書いた通りですが、今回はもう少し具体的に解説してみます。

グレーディングの大きな役割として、「バラつきを抑える」作業があります。実写の野外での撮影は、太陽の日差しの量が映像に大きな変化をもたらしますから、5分前に撮影した時とは微妙にカラーが異なる事も日常茶飯事です。特に朝焼け・夕焼けのロケーションは時間との戦いになります。そうした色や明るさのバラつきをグレーディングで滑らかにするわけです。

「じゃあ、アニメには無縁だ」と思う人もいるかも知れませんが、‥‥果たしてそうでしょうか。キャラはともかく、背景の青空や建物のグレー、木々の緑などは、実はそこそこバラつくものです。微かなバラつきが、カットの表現目的とズレる場合がありますが、それは各完成カットを並べてみて初めて気づく類いの「事前に回避しずらいエラー」なのです。各作業者に「完璧に予知せよ」なんて到底無理な相談です。

しかし、監督のイメージとは離れてしまっているのも事実なので、「じゃあ、どうしようか」という話になります。大体は「今回はあきらめる」という事になるか、「背景の色味を美術さんに微調整してもらおう」という事でリテークになるかも知れません。‥‥ここで勘のいい人はピピッと危険予測が働くのではないでしょうか。「そんな事をしだしたら、他のカットも気になりだして、二次災害、三次災害に及ぶ」のではないか‥‥と。

ですから、グレーディングをもたない現場は、「潔くあきらめる」か「泥沼覚悟でリテーク地獄に突入する」かの2択になります。グレーディングのセクションがあれば、そんな究極の2択〜あきらめる必要も泥沼リテークも必要ありません。「空の青だけ、前後のカットにあわせて」みたいな「カラーグレーディング」が可能なのですから。

またアニメの場合、「色や明るさのバラつきが少ないので、まとまりやすい反面、臨場感の起伏がおとなしい映像になりやすい」事もあります。銃弾が飛び交い爆風が人物を翻弄するような場面、昼光のまばゆい日差しの中でカメラを切り返す場面など、故意に露出やカラーを変化させるようなカット単位のチュエーションには、シーンごとに色彩を区切るアニメの制作システムはあまり向いていません。

しかしグレーディングは、シーンを再生しながら各カットごとに調整が可能なので、「木陰側から見た、日差しを背負った人物のショットは、逆光を強調」するような事も、シーンの流れを目で確認しながら、映像を最終的に表現できます。

以上は、インハウス及びラボサイドで可能なグレーディングの内容です。

インハウスでのグレーディング、つまり、制作プロダクション側のグレーディングは、もっと突っ込んだ映像表現が可能です。私が作業しているのは、まさにインハウスのグレーディングで、従来の撮影やビジュアルエフェクトでおこなっていた内容もカバーする事が多いです。

カラーグレーディングのほかに、マズルフラッシュを作り替える、照り返しを足す、爆発を足す、アクションの臨場感を足す、砂塵・ガスを足す、空気感を足す・引く、特殊な照明効果を加える、(アニメではほぼないですが)時刻を変える・場所を変える、etc... を作業します。

2D、3Dに限らず、特にアクションや戦闘シーンは、作業者のスキルがもろに出る難易度の高いカット内容ですが、作業者の技術キャパとの兼ね合いで、何度リテークをだしても「かっこよくならない」事がよくあります。「その作業者が担当した時点でアウト」という場面‥‥ですネ。一般的な監督・演出さんは、「作業を振り直すのもままならない」状況において、もはや「泣く」しかない状況に追い込まれるわけですが、インハウスのグレーディングチームを「最後の砦」として構えている作品ならば、「泣かずに済む」確率が高くなります。

例えば、起爆の瞬間の撮影エフェクトで、あまり得意じゃない人が以下のような効果をつけてきた‥‥とします。



「何のひねりもない円のブラシ(グラデーション)は勘弁してくれ」「そもそもバンディングが出てるじゃないか」‥‥などとラッシュチェックの時に恨み節を吐いても、スタッフの質も含めて作品のキャパなのですから、致し方ありません。文句を言って思った通りになるのだったら、世界はとうの昔に理想郷を実現しております。

特にこうした「アクション・エフェクト表現」の類いは、撮影フィルタ的なディフュージョンの強弱と違って、表現者の美意識や表現力がモロに出てしまうので、何度リテークを出しても根本的には直りません。(そういう場合は、撮影監督が作業指導して改善するのですが、中々うまくいかない事も多いのです)

そんな時に、「特殊部隊」たるグレーディングチームを配しておけば、監督が「この爆発のエフェクトなんだけどさ‥‥、何とかなんない?」とオーダーするだけで、以下のように「爆発の光っぽく」絵を「表現し直し」ます。



やる人間がやれば、元が単純な円状グラデでも、このように作り替える事ができます。当然、バンディングも除去できます。

もちろん‥‥ですが、(撮影作業ならともかく、この期に及んで)素材をバラで貰うような野暮ったい段取りは一切なしです。あくまで、ファイナルコンポジット後の1枚絵・1つのムービーファイルから作業して、映像表現を監督の欲する内容へと近づけます。ガンアクションが苦手な原画マンの描いたマズルフラッシュも、インハウスのグレーディングを通れば、迫力のあるものになります。

さすがにこのような作業内容は、ラボサイドのグレーディングには要求できません。「カラーグレーディング」とはかけ離れすぎてます。ゆえにインサイド、プロダクション側のチームに頼むわけです。

何か抑揚に欠ける戦闘シーンやアクションシーン、タイムシート通りには撮影しているんだけど何か雰囲気が足りない‥‥ような時に、インハウスのグレーディングチームが監督と距離を密にして、積極的に表現を足していきます。これは運用面でいえば、まさに「スキルの適材適所」とも言えます。スタッフの長所を活かす現場にすれば良いのです。

以上、この他にもグレーディングの守備範囲は多岐に渡るのですが、解りやすい部分をピックアップして説明してみました。現アニメ業界の制作フローでは、「今作品のキャパだからしょうがない」とあきらめていた事も多いと思います。そんな状況の中、なぜ特定の監督だけがグレーディングを使うのか、多少はお解り頂けたのではないでしょうか。「無駄なところ」には、お金は使わないものです。「必要だからこそ、その部分にお金を使う」のです。
 

グレーディングについて

前回にの引き続きになりますが、私は現在制作中の作品の「ラボサイドのグレーディング」を、欧米のスタジオで作業(立ち会い・指示)しています。

欧米のスタジオで作業すると、「広さの感覚」の差を痛感します。ちょっとした場所の広さの使い方が、いちいち羨ましかったりします。ただそれは、根本的な土地面積の差からくる問題なので、「東京の狭さ」を嘆いても致し方ありません。我々日本人は、「狭さ・広さ」に対して、国土の広い国とは違うベクトルで思考しなければならんのですネ。

まあ、仮に「同じ広さ」を与えられたとしても、日本人は違う使い方をするとも思います。‥‥なので、省スペースの日本人的感覚を活かしながらも、欧米流のゆとりのある空間利用も意識しながら、今後の作業環境作りに活かせたらと思います。

私らが作業しているグレーディングルームは、中程度の映画館ほどのスクリーンを有し、まさに映画館さながらのルックで映写されます。業界の方なら想像できるかと思いますが、イマジカの第1試写室と同じくらいのスクリーンの大きさです。



写真ではスクリーンの大きさは解り辛いですが、右端の赤い文字が「SORTIE=出口」の大きな電光表示なので、スクリーンの大きさを何となく想像して頂けるかと思います。15席x3列=45席くらいのシートがコンソール前に配置されているので、小規模なうちうちの試写くらいなら出来そうな広さです。コンソールはサウンド関連とグレーディング関連が2段で並び、その後ろにさらにソファ(監督席のような)などが置いてあります。私らはサウンドコンソールの席に座り、現地のグレーダー(グレーディングの作業者)さんとやり取りをしています。

作品を担当してくれているラボのグレーダーさんは、エンジニアとクリエーターの両面を併せ持ったタイプの人なので、意思伝達が円滑に進み、経験値も高く手際が良いので、ロール(1本の映画は5〜6の「ロール(Roll)」で分割されています)をどんどん消化して予定通りの進行となっています。

‥‥と、今までグレーディングネタを書いてきて何ですが、グレーディングの話題にどれだけの人がピンときているかは、実は「結構少ないんじゃないかな」と思いながら書いています。

なので、規模はともかくとして、アニメにおける「グレーディングの是非」については、今回に限らず、いつも考えるテーマです。

日本のアニメ作品でグレーディングを導入しているのは、ぶっちゃけ、ほとんど聞いた事がありません。なぜ、アニメ業界ではグレーディングを使わないのか、1つ目は「グレーディングがなくても、完成させてきたから」という理由、2つ目は「撮影作業ですらギリギリなのに、グレーディングの作業期間など捻出できない」、3つ目は「充当できる予算がない」、最後の決め手は「グレーディングが何なのか知らない」事に因ると思います。

私らは2007年のスカイクロラなど色々な作品で、グレーディングをインハウスで作業し、ラボサイドのグレーディングにも関与してきました。当該作品の押井監督や西久保監督はその「有効性」もハッキリ認識しているので、それなりの作業予算規模を持つ作品では、グレーディングを「インハウス(=私ら)」と「ポスプロ(=ラボサイド)」の2段で構え、作品を想定した完成度へと導いています。アニメの近作でいうと、西久保監督の「ジョバンニの島」がそれにあたりますが、監督さんだけでなく、コンポジット以降に関係したスタッフや作品完成の最後まで付き合ったスタッフなら、「グレーディングの有無による品質の差」を認識していると思います。

とはいえ、「グレーディングがなくても今まで完成させてきた」のは、まさにその通りです。「グレーディング」なんていうと実感が湧きませんが、例えば「作画監督」「色彩設計」などのなじみの多いアニメ制作の役職に置き換えて想像してみれば、何となくイメージできると思います。「作画監督のキャラ修正がなくても、アニメの映像は作れる」のですが、キャラの顔立ちなどがバラバラになり、作品のクオリティは低下しますよネ。アニメの撮影にも撮影監督の役職がありますが、作画監督が黄色い修正用紙をかぶせて絵を手直しするような「直接的に作用する修正手段」は持っていません。つまり、「映像最終修正の手段をもたないまま、今まで『成り』『結果オーライ』で完成としてきた」だけなのです。

タイムシート通りに撮影しても、完成映像には大幅なバラつきが出ますが、その要因のほとんどが、撮影スタッフの技術レベルや経験値の上下によるものです。「全カットの本撮が揃って繋いでみたら、イメージとかけ離れていた」みたいな苦い経験をした演出・監督さんも多いはずです。

私は過去、撮影監督の役職を劇場作品で経験してきましたが、バラバラであがってくる各カットを編集のタイムラインに並べた時に「ドンピシャリで寸分の狂いのないように予測して作業する」のはハッキリ言って無理です。必ずバラつきます。作業済みのカットを参照しながら作業しても、合わせ・つなぎには、限界があります。指示を出し現場をハンドリングしても、作業者や撮影会社が違う事により、合わせがうまくいかない場合もあります。作画に例えれば、作監がコメントだけ書いて実際に作画修正しない‥‥ような状況です。

グレーディングはまさにそこの部分、「イメージとかけ離れてバラついた映像を、自分の考える本来のイメージに出来るだけ一致させる」事ができます。迫力に欠けるアクションシーンやメカシーンも、叙情の足りないシーンも、サイクルに時間のかかる撮影リテークではなく(リテークしても良くなる可能性が低い場合もありますし)、直接的に映像を修正する事により、演出意図に近づける事ができます。グレーディングの「本当の威力」を知っている監督さんが、グレーディングを必ず自分の作品に組み込むのは、ちゃんとした理由があるのです。

私だったら、仮に自分の監督する重要な作品において、グレーディング行程がないなんて、あり得ません。作監修正なき作画を容認するようなものです。撮影監督では全カットの映像に直接修正を入れる(指示ではなく直に画像を修正する)など不可能な取り組み・段取りですが、グレーディングではそれができるのです。

まあ、現在の運用意識や実際の予算・スケジュールでは、ほとんどの作品がグレーディングを導入できないとは思います。しかし、既に何年も前から活用している監督さんがいて、作業予算もちゃんと設定されているのも事実です。

つまり、監督やプロデューサーの意思〜作品に対してどのような完成像を抱いているか〜によって、グレーディングの是非も甚だしく変わってくるのでしょう。

できれば近いうちにオリジナルの映像を使って、グレーディングの具体例を解説できれば‥‥と思っております。

海外のラボ

私は今、日本と13時間の時差がある海外の地で、映像作りの最終段階の作業に入っております。私は別に海外に限らず、日本でも時間が不規則なので、時差ぼけは全く感じません。日頃から、追い込み作業の合間を見て「継ぎ足し睡眠」するのに慣れているので、調整がきくのです。

私ら作品スタッフが作業する場所は、ポスプロ総合プロダクション(Productが2回続いて変な言い方ですが‥‥)のような会社で、グレーディングはもちろん、編集やテロップや2D/3Dのグラフィックス作成、さらにはフィルムの取り扱い(現像液を使う昔ながらの)などもおこなっており、フィルム時代からの歴史を感じさせる会社です。建物は鉄道列車工場の施設を改造したユニークなデザインで、まさにラボラトリー、モノ作りの雰囲気をたっぷり醸し出しています。列車工場だったがゆえに、雑居ビルのような風体はなく、鉄の骨組みが所々に見える無骨で広い空間に、各作業部屋がまるで迷宮のように配置されています。‥‥土地の狭い日本では中々難しいとは思いますが、たとえ小規模でも、何かの施設を取り壊さずに改造して使うというやりかたも、充分アリだな‥‥と感じました。



ジョバンニの島の時もそうでしたが、今回の作品も、ラボのグレーディング環境のモニタ(投影式)と我々のメインモニタの差がとても少なく、円滑に最終段階のグレーディングの作業ができそうです。最終のグレーディングはロールごとに作業をおこないますが、おそらく、特にひっかかりもなく、進行できるのでは‥‥と思います。もし前段階での修正点が発見されても、すぐに直せる準備を用意しているので、どんとこい!‥‥です。

ちなみに、我々が日頃使うディスプレイは映像専用モデルではないEIZO製のモデルで、個人でも買えるクラスのものです。プロだからプロモデルを‥‥と考えがちですが、20〜30万前後のディスプレイを買うということは「シビアな色校正と性能管理が必要」ということですから、実はメンテに非常にコストがかかるのです。単に高価なプロモデルを買っても、調整が行き届いていなければ、「高いお金を払って気分に浸っているだけ」に過ぎません。そして何よりも、作業部屋の「部屋のクオリティ」がラボのレベル(特に照明や映り込み防護の面で)に近くなければ、高価なディスプレイなど愚の骨頂です。私はシステムメンテナンスのスタッフと相談して、「局所的に高価な機材を購入して、妙に中途半端な導入と運用するよりは、一定のライン引きで割り切った導入と運用をしよう」という事となり、「廉価版」ともいえそうな27インチのモデルに決定したのです。

その判断が、国内のイマジカでも海外ラボでも「うまくいってる」のは、中々痛快で気分が良いです。海外ラボのグレーディングルームでプレビューして「概ね良好」だったのは、ひと昔までは散々「色合わせ」に苦労してきた経緯をもつがゆえに、嬉しいとともに奇妙ですらあります。

ちなみに、イマジカや海外ラボとほぼ一致しているディスプレイ(=メインモニタ)は、私のMacBook Pro(白色点を色彩計で調整済み)ともほぼ一致しているので、モバイルコンピュータクラスでも安心して臨時作業が出来る事になります。‥‥実は私が先月MacBookを調達した際は、「色は全くダメだろう。暗部も黒が締まりすぎてヤバいのだろう。」と予想していたのですが(昔のモバイルPCはそんなのばかりでしたから)、メインモニタと実際に並べても「かなり似て」いて正直ビックリで、良い意味で予想を裏切ってくれました。カタログスペックやWebの情報だけでは、「このへん」ってわからないんですよネェ‥‥。

海外のラボに話を戻して‥‥。街中を歩くと、英語とフランス語に取り囲まれて不安も感じますが、ラボのスタッフは技術者・クリエーターなので、ほっと落ち着きます。国籍は違えど、作品を作り上げるという点において、話の焦点が定まりますからネ。特に今回のラボは、フィルム時代から続くラボなので、技術屋さんらしき雰囲気の人も多く、ひときわ、安心できます。

ただ、日本と大きく違うのは、早朝8時から作業して、夕方には終わる‥‥というサイクルです。「そんなタイムスケジュールでも回る」のは、少なくとも日本のアニメ会社ではないですもんネ。

ラボからの帰り道にマーケットに立ち寄って、ホテルで調理して食べるため(そこそこちゃんと調理できるキッチンがついているのです)の食材を買いました。外食ばかりだと野菜が不足がちになりますもんね。早速、ほうれん草のおひたし、かき菜のわさび醤油和え等々を作りました。

logの運用

日本のアニメ制作では全く馴染みのない「ログ」の色空間の映像。アニメの通常の制作フローではいわゆる「見た目通り」の「リニア」の映像で運用されますが、今どきの実写では、撮影からラボまで「ログ」で運用するスタイルが用いられているようです。私が関わっている現在の作品も「ログ運用」です。

リニアは「見た目のまま」、すなわち10の黒はそのまま10のまま、245の白は245のそのままです(解りやすいように8bitの256段階で数値を表現しています)。一見、「それでいいじゃないか」と思うのですが、次の工程に映像を渡す時に、10の黒は0との間に10段階しか数値がありません。つまり、「見た目合わせで運用すると、輝度や彩度での数値上の余裕がない」状態で運用する事になるわけです。

ログの場合、「見た目よりもダイナミックレンジが広く扱える」ように工夫されて映像情報が扱われていますので、「黒より黒い黒」「白より白い白」「赤より赤い赤」などをもつ事ができます。ログをリニアでプレビューした際には「10の黒」に見えますが、実際にはより多くの数値上の諧調を有しており、強めの加工を施しても「バンディング(トーンジャンプ)」「オーバーフロー」を発生させずに済みます。
*注)「ログをリニアでプレビュー」にはLUT(後述)を適用するわけですが、これはラボや作品によって見た目が大きく変わります。白方向に変化が出にくいLUTもあれば、色味に大きな変化がでるLUTまで、様々です。ラボとのLUTを介した連携が必須‥‥ということですネ。

昔の人なら解るかも知れませんが、どこかカセットテープ時代の「Dolby-C NR」「DBX NR」に似ています。全体の情報記録空間は同じでも、記録のしかたによって、より広いレンジを得る‥‥という仕組みにおいて。‥‥身近ではRAWデータの取り回しにも似たところがあります。
*注)あくまで「扱いが似ている」だけで、同じではありませんのでご注意ください。

ログを扱い始めた頃は戸惑う事も多かったですが、今ではログ運用の意図や有効性がわかり、むしろ未来のアニメもログで運用しても良いんじゃないかと思うくらいです。リニアは積極的に映像データを扱おうとすると明暗部で破綻しやすいのですが、ログだとたとえ10bitでも有効にデータ空間を扱えるので、結果的に破綻しにくくなり、データの取り回しが「総合的には良好」になります。

アニメをログで扱う意義としては、目では見えない最暗部・最明部の情報を保ったままフローを流せる(次の工程でデータの余裕が出る)ので、解りやすい例で言えば、グラデーションを加味した際にトーンジャンプを抑えられますし、未来のより広大なダイナミックレンジをもつ新映像フォーマットにおいて「再マスタリング」が可能なので、「作品の息」を長いものにできます。

運用方法は、色彩に関与するスタッフが「ログとリニアを理解」して作業すれば特に困る事はありません。実写カメラだけでなく、3Dだって私らのグレーディングだって「リニアに対応」したのですから、出来ない事では全くありません。LUT(ルックアップテーブル〜Look Up Table)の扱いに慣れ、色調補正系のフィルタやレイヤーモードなどを繊細に扱えば良い‥‥だけのことです。

例えばディックブルーナのミッフィとかはリニアでも充分だとは思いますが、より濃密に絵作りをおこなう場合は、10bit程度のリニア運用ではアニメであっても(いや、アニメだからこそ)破綻しやすいと思います。実際、今人気の作品(中傷したくないので作品名は出しません)では画面の至る所にトーンジャンプが頻発している‥‥とも聞きますしネ。

リニアで16ビット連番ファイル(TIFFやPSDなど)で扱う‥‥という手もなくはないですが、少なくとも2020年くらいまでは10〜12ビットのログで扱うのが「現実的で賢い」手段だと思います。私の直近の欲求では、12bitの4444をログで運用できればいいな‥‥と考えています。

「終わったら忘れちゃえ」という作品を作り続けたいのならともかく、作品をより高い品質で作り上げて数十年のスパンで大事にしていきたいのなら、「アニメでログ」はアリかも‥‥です。

インハウス・グレーディング

現在作業中の作品の国内作業を、最悪の「崖っぷち0ミリ」まで追い込む事なく、無事終えました。後段の作業に少々でも「ココロの余裕」を持ってのぞむ事ができるのは、やっぱりイイです。ギリギリの限界を超えちゃう作業は、ただ単に作品を危うい状況に追い込むだけですもんネ。
*作品名に関しては、公式の情報公開があるまで言及を控えます。スミマセン。

今回の作業は、スカイクロラの頃から作業を始めた「グレーディング」と呼ばれる類いのものですが、いわゆるラボサイドのグレーディングではなく、インハウス(制作会社から見て)のグレーディングであり、作業内容もスケジュールも大きく異なります。作品映像の最終的な「落とし前をつける」作業(=上手くいってないものを上手くいかす)であり、特に今作は要求度も高く、自ずとレンダリングの時間も物凄い事になりました。新型のMacProが力不足のマシンに感じたほどです。

実は、自分たちの作業を、「グレーディング」と呼ぶのはいささか抵抗もあります。しかし、「役職名の通りが良く、一番近い作業内容がグレーディングであるのも事実」なので、甘んじているのです。「カラーグレーディング」の作業の他に、デノイズして、トラッキングやスタビライズをおこない、画面ブレを足して、ピクセルモーションブラーを足して、砂ボコリを足して、火花を足して、マズルフラッシュを足して、照明効果で全体の絵作りをして‥‥なんて、グレーディングの範疇を遥かに超えちゃってますもん。

もちろん、内容相応のちゃんとした作業コストが充当してあるからこそ、出来る作業ではあります。願わくば、この「インハウス・グレーディング」を、アニメ撮影や3Dのコンポジットの作業枠に「予算を変えずに」組み込む人々が出てきませんように‥‥。技術宣伝の期間(技術の試用期間とでも言いましょうか)は別としても、正規作業においては、ちゃんと予算を獲得してから作業枠を広げましょうネ。じゃないと、あっという間に「自分の首を絞める」ターンがやってきますヨ。

私がかつて作業していた「アニメの撮影」は、現在の映像技術のバリエーションからすれば、とても限定的な範囲に留まっています。‥‥いや、撮影だけでなく、旧来のアニメの制作システム自体が、進化していく技術から「視線を外している」ような状況‥‥に私からは見えます。標準制作システムは「唯一無比の絶対神」であり、「技術は付け足すもの」と考えているかのようです。例えば、今回の「インハウス・グレーディング」にしても、その効果を理解し活用イメージが抱ける数人(というか、今のところ、おふたりだけです‥‥)の監督さんだけが使っているだけですし、4Kにしても業界はどうも「2Kのサイズ拡大版」程度の意識で停滞している雰囲気を感じます。

私は「アニメからハコを考える」のですが、業界標準システムを基点としている人々は「ハコからアニメを考える」のでしょう。私からは「限定的で消極的」に見える業界ですが、業界一般論からすれば、私の考えは「逸脱して破壊的」に見えると思います。根本で話が食い違うのは当然の事ですネ。

私は新しいアニメーション技法を形作る一方で、従来の「紙に描く作画」を「24コマ意識」で動かす48fps(60fpsでもOK)4Kアニメ技法のアイデアもあります。その「作画描き送り式4Kアニメ」と「インハウス・グレーディング」等々の新手の技術を結合した制作フローの着想も既にあります。しかしそれは、業界標準からは、作業仕様も映像内容も大きくかけ離れています。「紙に描く作画」を「24コマ意識」で動かすからといって、今までのフィルム時代の制作意識の延長線上にアニメ作品を幽閉する必要はない‥‥ですもんネ。「紙に描く作画」を新しい技術フィールドに解き放てば良いのです。

‥‥まあ、私のターゲットは相変わらず、様々な技法で絵を動かす「新しいアニメーション」ではありますが、貴重なベテラン人材と新世代の若い人の間に「ミッシングリンク」が発生しないためにも、ハイブリッド&強化型の「作画描き送り式4Kアニメ」は有効な「1つの手段」かも知れないと考えている次第です。もし私があえて旧来の「作画描き送り式」のアニメーション技法に関わるとすれば、「原画・動画・仕上げ」のエンジン部分を、新しいトランスミッション・シャーシ・電装、そして空力ボディに組み込んだものになるでしょう。ジェット時代に開発するレシプロ機、「アンリミテッドクラス」〜4000馬力で時速800km超えのプロペラ機‥‥とでも言いましょうか。



‥‥で、グレーディングに話を戻しますが、海外ラボではスクリーニングを行いながらのグレーディングをおこないます。「インハウスでおこなうグレーディングで完結できないの?」と思われるかも知れませんが、まあ、それでもできなくはないんですけど、「劇場上映の基準を見ながら、最終的なカラールックを追い込める」のは上映施設を有したラボならではのアドバンテージなのです。アニメ制作会社は劇場ばりの上映環境なんて所有できないですしネ。

海外のスタッフとどうやりとりするか、今から楽しみです。

ちなみに、最近調達したMacBook Pro(Retina)のディスプレイは、色彩計で量ってもらったところ、色に癖が無く、「応急作業で充分に使える」印象の良いものでした。実際に国内作業での「log to linear」のプレビューチェックに用いたメインモニタと比べて、MacBookのRetinaが「かなり似て」いるのは驚きでした。ノートパソコンのモニタは「2次災害」が起こりそうなプアな品質なものが多いのですが、MacBookのRetinaはメインモニタと並べても、「ごく普通に同じく見える」ほどフラットです。メインモニタとして常用するのは無理ですが、「特性が近いディスプレイ」としては使えそうです。

しかし何だ、空輸するデータ容量が「20TB」前後になる‥‥なんて、今は凄い時代になったもんです。ファイル総数は30万ファイルを軽く超えますしネ。

カメラワークでスキルが解る

技術を要する場面において、「スキル」が高い、低いだの言いますが、ではスキルとは何かと考えてみると、いくつかの要素を総合評価して「スキル」と呼び表している事がわかります。さらには、人がスキルを高める「順番」も見えてきます。

私が考えるに‥‥ですが、スキルは「共通した基礎技術」「作業経験から理論立てて体系化した応用技術」そして「勘(直感・インスピレーション)」の大きな3要素で形成されている‥‥と思うのです。この3要素の「配合」は各人それぞれだとしても、どれか1要素でも大きく欠損していると、スキルも相応に低く、かつ不安定になります。「勘」だけに頼る新人はまさにスキルの未熟な例の典型ですが、「勘」が衰え「作業習慣」でマンネリ作業に陥る中堅やベテランの例などもありますので、作業歴が長いからといって、必ずしもスキルが高いとは言えないようです。

作画はまさに絵を見て、パラパラと紙をめくって動きをみれば、大体スキルが解りますが、「撮影」「エフェクト」も「画面ブレ」「カメラ揺れ」あたりのカメラワークを見れば、当人のスキルが大体解ります。「基礎」「応用」「勘」の3つが、「画面ブレ」「カメラ揺れ」に如実に表面化するからです。

「単に位置やスケール・回転のキーフレームを設定する」だけなのですが、だからこそ、当人の隠し仰せないスキルが出てしまうのです。実は動きを専門に扱うアニメーターでも「画面ブレ」「カメラ揺れ」に関しては苦手な事が多いのは、あまり知られていない事実です。私が過去に関わった作品では、「画面ブレ」「カメラ揺れ」をアニメーターが目盛りで指定しても、ラッシュチェック時(映像のチェック)に演出・監督でリテークとなり、撮影セクションで直す事が多々ありました。‥‥まあ、「簡単そうに見えて、難しい」という事です。
*あからさまにカメラワークがおかしい場合、リテークの作業時間をカットするために、アニメーターの指定通りのテイクと、撮影で予め修正したテイクの2種類を出す事がありますが、採用されるのはもちろん「プレビューした上で修正した」撮影修正テイクのほうです。‥‥まあ、線画オンリーで、背景も着彩した絵も見ないでフレーム指定するのですから、酷と言えば酷‥‥なのですけどネ。簡単で一般的なカメラワークならともかく、微妙なニュアンスのカメラワークを線画段階に要求するのは、ちょっと酷かな‥‥と思います。

これはアニメ制作に限った事ではなく、3Dを含めた実写映画でも共通することで、作業者を知らなくても映像を見ただけで、新人か否かが解ります。厳密には「新人レベル」と言うべきで、中には新人ながら「勘」だけで上手く表現できる人間もいますし、中堅やベテランとは言えいつまで経っても下手な人もいますからネ。そうした各人の状態が映像に「極めて解りやすく」出てしまうのが「画面ブレ」「カメラ揺れ」なのです。そしてこれは日本国内だけでなく全世界で言える事でもあります。

私がグレーディングを作業する中には、前述3要素の微塵も感じられない「画面ブレ」に遭遇する事があります。動きのタイミング、位置や回転の使い方で、スキルの低さがモロバレているのですが、それをそのまま完成映像としてスルーする事はできませんので、どうしてもキツいもの(レベルに達していないもの)だけは、After Effectsのスタビライズ機能を使って画面ブレを一旦外して、再度カメラワークを付け直します。
*注)こうした作業は「グレーディング作業とは別腹」ですので、間違っても、一般的なグレーディング作業に「カメラワークの修正」まで持ち込まないようにしてください。インハウスでおこなう「エフェクト込みのグレーディング」作業枠だからできる事なのです。

また、アマチュアの方のアニメーション映像は、絵を動かす事に気がもっていかれ過ぎて、カメラワークに神経が足りていない事がよくあります。もしくはそれ以前に「カメラワークが重要な要素だ」という事を認知していない「フシ」も感じます。いわゆる「カメラワークに無防備」であることが、YouTubeで公開されているアマチュア制作アニメによって窺い知る事ができます。実は「プロになる」という事は「慎重さを身につける事」でもあるんだな‥‥と思います。

少しだけ「画面ブレ」「カメラ揺れ」の技術的な話をしますと、カメラのブレや揺れは、表現したい内容によって広いバリエーション展開ができます。違う言い方をすれば、表現内容に呼応して数多くの表現上のバリエーションが必要だと言う事です。「ブレ」「揺れ」とひとくちに言っても、不意に振動が伝わり固定カメラが揺れる場合と、カメラ自体が動いて揺れる場合があります。カメラ自体が揺れている場合でも、例えば飛行機や車にカメラを固定している場合と、手持ちの場合があります。さらには手持ちであっても、スタビライズ機能風のカメラ(=人間の視点の表現)と、報道カメラ・戦場記録フィルムのカメラでは、揺れに大きな違いが表れます。

こうした表現の差を、まずは位置(XYZ)と回転だけで表現します。最初っからモーションブラーなんぞに頼っちゃダメですよ。動きの表現は多くの場合、XY座標と回転だけで表現できます。さらに絞ると、XY座標だけでも表現をほぼカバーできるはずです。船が荒波に揉まれているような表現の時は回転は必須ですが、通常はXY座標で「ブレ」の表現が可能です。XY座標で基礎をマスターする前に、上手く出来ないからと言って、わけもわからずに回転プロパティに手を出すと、混乱して制御不能な映像になり、余計シロートっぽくなりますヨ。

激昂して机をドカンと叩く、部屋をドスドス大きな足音で走り回る、巨大なロボットが2足歩行で歩く、重戦車が近づいてくる、砲撃の振動が伝わる、榴弾が着弾して爆発する‥‥など、アニメや実写で多く見られるシチュエーションは、特にY軸を使います。画面の内容によってさじ加減は変わりますが、XYのブレの比率は「1:9〜3:7」くらいの間です。

オフロード仕様の自動車が大きなゴツ石の河原を低速で走る、泥でぬかるんだ未舗装路を走る、小屋の中で台風の強風に耐える、搭乗している戦車の側部に徹甲弾が命中する、爆発時の強い衝撃波に晒される‥‥などの場合は、X座標の「上手い使い方」で雰囲気がグッと増します。

なぜそのようなX座標とY座標の使い分けが必要になるのか‥‥は、動きの特性を考えてみればわかりますよネ。「縦揺れ」「横揺れ」の使い分けには、ちゃんと理屈があるのです。「わけわかんねェけど、位置をテキトーに動かせば良いんでしょ」というのは、まさにシロートさんのレベルであって、作品もシロートレベルの完成度になります。「訳が解って、位置を適切に動かす」のがスキルの高い技術者の成すべき事で、そうしたスキルの結集が作品を高い品質へと押し上げていくのです。After Effectsは分け隔てなく、位置プロパティの操作を万人に与えてくれますが、適切に扱えるか否かは個人のスキル次第です。

さらには、画面のレイアウトによっても、「画面ブレ」「カメラ揺れ」は適切に扱わなければいけません。広角アングルと望遠アングルでは、ブレ・揺れの「ハマリ具合」が大きく変わってきます。一眼レフカメラを持っている人は知っているかと思いますが、カメラブレの発生するシャッタースピードの限界値は、レンズの口径によって大きく変わってきます。広角レンズはブレに強く、望遠になるほどブレやすいという性質を持ちます。つまりは、(ライカ判換算で)17ミリレンズなどの超広角アングルの画面で、After Effectsなどのコンポジット時に画面ブレを無理に大きくすると、とても嘘っぽくてペラペラでチープな映像になりやすいのです。他のカットで使った「いい感じのブレのキーフレーム」をコピペしても「イマイチ」な事があるのは、「画面のレイアウトが、そのブレを許容しない」から‥‥かも知れませんヨ。

その他、「動きのタイミング」「回転のつかいどころ」など、要素は山ほどあります。それら要素を「基礎技術・基礎知識」「経験による応用」そして「勘・インスピレーション」によって、映像を仕上げていくのです。「画面ブレ」「カメラ揺れ」は、キーフレームの単純操作で優劣が決まる作業なので、コンピュータの機能で補う「逃げ」がきかず、ゆえに当人のスキルがモロにバレてしまう‥‥というのは、ご理解頂けるのではないでしょうか。

まあ、あと「作品の風格」を表現する1要素としても、「画面ブレ」「カメラ揺れ」は大きい要素です。ビデオゲームやヒストリーチャンネルのノリで、「画面ブレ」「カメラ揺れ」を施すと、劇場作品が「でっかいテレビ」になります。今は「劇場」の意味も昔とは大きく変わってきていますから、一元的に評価する事は避けますが、少なくとも「劇場作品の風格が欲しい」と考えているのなら、「画面ブレ」「カメラ揺れ」を「テレビライク」に処理しないように「コンポジットに従事するスタッフ」が注意すべきでしょう。‥‥最終のグレーディング段階ではどうにもならん事もあるからネ‥‥。

「画面ブレ」「カメラ揺れ」は、まさに作業者のスキルを映し出す、コンパクトな手鏡のようなものです。コンポジット作業者、その現場監督、そしてその会社の状態まで見透かされる、とても「コワイ」要素なのです。

最後に‥‥ですが、現在アマチュアでプロを目指している人が、スキルを形成していく順番については、合理的に考えれば自ずと見えてきますよネ。「経験から理論立てた応用」なんて現場に入ってからのことなので、アマチュア時代には「基礎」と「勘」の2要素に重点をおくべきでしょう。基礎を出来る限り早期に学ぶ事、そして勘・インスピレーションを高める為に色々な「ものを見る」事です。

アニメのコンポジットの基礎知識に関しては、「撮ま!」の準備号を通読すると良いでしょう。現在容易な手段で入手可能かつ、信頼できる文献として、唯一とも言える存在ですので、用語の解らない部分をスキップしてでも目を通しておくことをおすすめします。また、撮影工程において「なぜそのように各要素を扱うのか」を、自分なりにシステムを想像して読み解くのも、良い思考トレーニングになります。

また、アニメ作品を作りたいからといってアニメだけ見るのではなく、様々なものを見て感じる事が、後々の「勘」に繋がっていきます。むしろ、アニメ以外のものをアマチュアのうちに蓄えておいたほうが良いですネ。「ネットで閲覧」する画像・映像は、既に撮影者や作成者の主観が大きく介在していますので、自分自身の肉眼で実物を見ることが重要です。他人のセンスを自分のセンスと勘違いしないように、しっかりと自分の肉体で実物の存在感を吸収しましょう。プロになったら、そうそう身動きの自由が取れなくなり、仕事上での経験値は上がる一方でインスピレーションは蓄えられない傾向に陥りがち‥‥ですからネ。


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