自社完結の作品ならともかく、複数の制作会社・スタジオとやり取りする時、「定番の悩みどころ」は制作環境の差異による「互換性」の問題です。私は極力、ソフトウェア固有のプロジェクトファイルでの受け渡しは避け、一般的なファイル(QTやPSD、DPXなど)を用いるようにしています。
ソフト・ハードを「最新版合わせ」に維持し続けるのは、作業端末を多く抱える会社ほど困難です。ゆえに、作業を計画する際には、「受け渡しに用いるファイルは、ごく一般的な汎用形式を採用したい」のですが、それでも難しい事はあります。
例えば、現在のMacはAVIファイルの出力は苦手です。また、Windowsは基本的にはProResコーデックの書き出しはできません(ウラ技を使えば何とか)。かと言って、DPXを常用するのは、運用的に中々難しいです。MacとWindowsで「共通して、奇麗な10〜12bitのムービーファイル」は非圧縮のQTになるかも知れませんが、容量的にNGです。よって、多少の汚さは覚悟で、Avidの高圧縮コーデックを使うのが「痛み分け」的な感じですが、品質で商売をするわたし的には「画質が汚いのは痛いだけ」(=譲歩したくない)なので、やっぱり「圧縮した事で目に見えて画質が劣化する」コーデックは避けたいと思っているのです。ProRes4444をAppleがWindowsにも開放すれば全ての問題は片付く‥‥んですがネ‥‥。
相変わらず、私が本格的にコンピュータを使い始めた1996年頃と同じ問題を、世界は抱えているわけです。でもまあ、これは言ってもしょうがない事なんで、「解決できない問題ありき」で構えて、その時々のベストな選択をチョイスするようにしています。
しかし一方で、機材が古いままでも問題がおきます。2009年前後のハイスペックマシンは、HDサイズの制作には適していますが、4Kクラスの映像制作には目に見えて遜色が出てきます。2008年のMac Pro(4コア)、2009年のMac Pro(8コア)を使っているので、しみじみ、実感できるのです。ひと昔前にエントリー機種の上位CPUだったCore2Duoなんて、4K時代にはお話になりません。限界は「もうすぐそこ」です。各作業グループ間でマシンの年代の差が大きすぎると、共同作業自体が危うくなります。
といっても‥‥です。そんなに簡単に、フラッグシップのマシンなどホイホイ買えません。大型の劇場作品など、ハイスペックを導入するに値するプロジェクトが進行していないと、導入は厳しいのが現実です。
最新版のMac Proは6コアで40万、メモリやHDDを買い足してプラス10〜20万、合計で50〜60万です。もしかしたら、昔の32bit版の環境のまま作業している場合は、プラグインとかを一斉にバージョンアップしなければなりませんので、さらに5〜10万くらいの上乗せになるかも知れません。最悪の場合、一式70万円で、6人の作業者がいた場合、420万円の調達費がドカンと必要になります。WindowsマシンでもBTOでMac Pro同等のスペックのマシンに仕立てたら、やっぱり50〜60万くらいはかかると思いますから、OSに関わらず「似たような出費のパンチ」を喰らう事になります。
でも、どんな状況においても、Mac Proクラスのマシンが必要なのか?‥‥というと、そうでもないのです。Mac Proを「重戦車」に例えるならば、全部隊の全戦闘車両をティーガー重戦車で揃える事は無いですよネ。国家によって支えられている実際の軍隊だって、そんな無謀な配備はしないわけです。

Wikipediaによると、
ティーガー重戦車のコストは「30万ライヒスマルク」、一方、攻撃力ではティーガーと同クラスを誇る
パンター中戦車はなんと「12万5千ライヒスマルク」で、半分以下のコストです。なぜ、そんなにもコストの差がでるのかは、詳しくは専門家の方にお譲りするとして、戦力的に見ても強力なパンター中戦車がティーガー重戦車の半分以下なのは、単純な驚きです。
話を元に戻して、コンピュータの世界でも今は、Xeonでなくても、Core i7の高クロック数のマシンであれば、かなり強力なパワーを持っています。「i7、3.5GHz前後、32GBメモリ」を積んで、さらにはSSDでシステムを動かせば、Mac Proを喰う勢いのマシンに仕立て上がります。なのに、コストは20〜35万でMac Proの半分、まさにパンター中戦車の頼もしさ。
重戦車たるハイスペックマシンには、それに相応しい「激戦の戦場」がありますが、戦場全てに重戦車が必要なわけではありません。戦場には、軽戦車から中戦車、重戦車、自走砲や突撃砲まで、多種多様な装甲戦闘車両が存在しますが、同じように現場も「目的・用途」にあった的確な機種選定をおこなう事で、絶望的とも思える高額な調達コストを回避・軽減できると思います。制作システム的に考えるならば、「
E計画」のような配備を計画しても良いかも‥‥ですネ。
「異様に固い敵」に肉薄して撃破するのは重戦車の役割、「平素な敵」を次々に撃破するのはパンタークラスでも可能。まあ、ドイツは四方を敵に囲まれて自滅的に負けてしまいましたが、その高い戦闘能力は、戦勝国がドイツの技術を自国に持ち帰って研究したほどです。‥‥日本人は今でも敗戦のショックからか、戦術論や戦争論を学ぶのは「戦争を肯定しているようで悪い事だ」と思う人が多いですが、日常生活においても、戦いに勝って生き抜くという事は、日々是戦争なのです。史実の戦いの歴史から、自分の作業現場に活かせる事も沢山あります。
ふと考えてみれば、何でもかんでも「同じ性能のマシン」というより、「自分の腕前が上がれば、重戦車(=ハイスペックマシン)に乗れる」という目標も、解りやすくて良いかも‥‥です。

新人が、ハイスペックの1/10も使いこなせず、簡単な作業内容に終始しているのだとすれば、9/10は無駄なコストです。新人の能力向上に合わせて、自走砲(i5)から始めて、中戦車(i7)、重戦車(Xeon)とステップアップするのは、マシンの何たるかを体得するうえでも、良いかも知れませんネ。ハイスペックのマシンを使ったからと言って、その人間の能力がいきないハイスペックになるわけじゃなし、むしろ「ハイスペックマシンとの対比でミジメ」になる事すら考えられます。人とマシンが同じ歩みでハイスペックになっていくのは案外良い事かも‥‥です。
「そうこうしているうちに、全員がエースになったら?」という状況もあるでしょう。「結局エースになるのだったら、最初からハイスペックなマシンを1台買ったほうが良い」という考え方も当然あります。しかし、「ハイスペックマシンの能力を100%使いこなす人材」なんて、簡単に育つものではありません。途中で脱落する可能性も充分あります。さらには会社の作風的・作業内容的に、そもそも重戦車エースの技量でなくても済む作品も多いでしょう。最初に巨額の機材費を投じる事無く、「戦況」を見極めて調達を進めていくのが良いと感じます。もし「新人の頃にハイスペックマシンを購入して、その新人が上達した5年後に、マシンの買い替え時期がやってきた」とすれば、「5年間のハイスペック」に対するコストは無駄が多かった事になります。定期的な買い替えを考慮すれば、むしろ「上達する前から、無理してハイスペックを買う事はなかった」と思うのではないでしょうか。
もし仮に、皆がめでたくエースになった暁には、自走砲や中戦車クラスのマシンは、部内の共有マシンにしてしまえば良いです。実際、融通のきく共有マシンは活躍の場が多いですし(ガルムではソレで助かった‥‥)、全員が全てのマシンを「使いこなせる」状況にあるのですから、妙に短期レンタルで見知らぬマシンを導入するよりも頼りになります。ゲスト作業者のマシンにもなりますしネ。
新人が成長して、重戦車級のハイスペックマシンを駆る時、「自分は強い」と自信に満ちあふれている事でしょう。機材コストの面もそうですが、各人の意識においても、ハイ&ローの運用は有用なのかも知れません。