TBのポート

Thunderbolt3のポートは、iMac 5Kの場合は2つ、iMac Proの場合は4つですが、コントローラだかの構成の都合で、「2ポートで1ペア」という性質がある‥‥とのことです。

 

つまり、転送速度を要求する機器を複数つなぐ場合は、隣り合ったポートに挿すと、転送速度に影響がでる場合があるようです。

 

まあ、HDDのRAID程度ならば、大した速度は出ないですから、普通に気兼ねなくテキトーに挿しておけば良いです。しかし、M.2のSSDなどで実測(=理論値ではなく)2000〜2500MB/s(=16〜20Gbps)クラスの転送速度を狙うのならば、Thunderbolt3のポートの構成には気を使う必要があります。

 

 

この「2ポートでワンペア」は、Thunderbolt2でも共通らしく、2012年以降のMac Proを使っている人は、挿し方を変えるだけで転送の帯域に余裕が生まれるかも知れません。

 

ちなみに、iMacはそもそもThunderboltのポートが2つしかないので、空いているポートに挿すしか選択肢はないですネ。

 

 

しかしまあ、転送速度って、WANもLANも、ローカルドライブも、どんどん速度が上がっていきますよネ。つまり、「速度の常識は更新して然るべし」です。

 

私がコンピュータに触れて「デジタルアニメーション」に関わり始めた頃は、SCSIとFastSCSIが混在していた時期でした。それぞれ、5MB/s、10MB/sです。つまり、1秒間に5〜10メガバイト転送データ量の理論値なので、実際はもっと遅かったです。

 

今や、Thunderbolt3は、40Gbps=5000MB/sです。SCSIのちょうど1000倍の理論値です。どこまで理論値に迫れるかはわかりませんが、実測では20Gbps近く〜2400MB/sを叩き出しているのを、現在の作業環境で計測しています。

 

「そんなの、過剰だろ」と言う人は、今でもナローSCSIに2GBのハードディスクを繋ぎ、電話回線のモデムでパソコン通信でもしているのでしょうか。USB3.0でハードディスクを繋いだり、2G/5Gのスマホを使っておきながら、「過剰」もクソもないです。18年前の自分のパソコンと電話を思い出してください。

 

ナローSCSIの時代から見れば、今のUSB3.1の10Gbps=1250MB/sはおろか、旧2.0の480Mbps=60MB/sだって相当速いです。いつの時代を起点として尺度を考えるか‥‥なんて不毛です。社会のインフラの起点は変わり続けるのです。

 

もはやスマホを手放せない現代人。インターネット経由で4K映画を鑑賞できる家庭のテレビ。

 

もうさ‥‥、「新しい何か」が出現するたびに、古い時代のアレコレを持ち出して、不要論をブチまけるのはみっともないと思うのですヨ。結局、その「不要論」の当人すら、ちゃっかり新しいムーブメントにのっかって仕事をして生活しているのですから。

 

特に映像産業の人間は、新しい技術ムーブメントに対してセンシティブでポジティブになるべき‥‥だと思っています。否定するより、肯定する立場にならないと。

 

 

さて、今日の深夜は、Appleのイベントです。どんな製品が発表されるのでしょうかネ。

 

1年毎の世の中のちょっとずつの更新が、数年、十数年単位では、恐ろしく段差の大きな更新となります。iMacやiPodや発表されたジョブズ在りし日の基調講演も、もう20年前の出来事です。

 

アニメは、まさに時代技術の申し子です。時代の変化を否定するより、受け入れてふんだんに活用して、変化を肯定する立ち位置がちょうど良いと思うのです。

 

 

 


7506とYAXI

余談から。

 

原画を2枚描いて、「3コマ中3枚」でシートを打っておけば、とりあえず動いて見える‥‥なんていうのが、果たして「3コマのタイミング感覚」と言えるのかどうか。むしろ、エコノミー目的=制作費抑制の打算的産物だと思うわけです。本当にアニメーターが「タイミング感覚」を研ぎ澄まして映像作品作りに取り組むのなら、24fps3コマ打ちだろうが、60pフルモーションだろうが、コントロールできるはずです。ロトスコープやモーションキャプチャではなく、人間が動きをイメージして描き出すのですから、要は「やりたいようにやる。動かしたいように動かせば良い。」のです。枚数制限が消失して、60pや120fpsになったからと言って、「どう動かしたら良いんだろう」なんて怖気付く必要はありません。

 

‥‥と、「冒頭に一文」くらいがちょうど良いかなと思える昨日今日。新しいアニメーション技術に関してのあれこれは、少なくとも4K関連機材がもう少し安価になって、4KHDRテレビ(=映像を120fpsに当然のように補完する)が各家庭に浸透し始めた頃まで待たないと、「何を言っているのか判りにくい」と思うので、しばらくは抑えて抑えて‥‥でいこうと思います。

 

 

で、今回もYAXIのイヤーパッド。劣化して破れ始めたイヤーパッドは、それだけで音楽を聴くのが憂鬱になります。YAXIのイヤーパッドは、そこそこの値段がしますが(3700円前後)、低反発のクッションで純正のパッドより耳が痛くなりにくい利点があります。オリジナルの状態を優先したいのなら純正パーツを購入すべきかと思いますが、7506に関しては私は装着感を優先したいので、YAXIのパッドに交換しました。

 

V6の交換の際は写真をあまり撮らなかったので、今回はちょっと多めに。

 

 

YAXIの「ブルー&ブラック」のモデルです。アマゾンだと今は高め(4684円)の販売価格ですネ。色々と検索すると、税込3700円前後で売っているショップもあります。ヨドバシとかサウンドハウスとか。

 

 

 

現状は「まだ使えるけど、破れかけている」状況です。もっとボロボロになるまで粘って使っても良いですけど、今回は交換しちゃいます。

 

 

 

 

径の小さい円周部を本体にハメ込んでいるだけなので、剥がすのは簡単です。単に引っ張って剥がすだけです。工具も何も必要ありません。

 

次に新品のYAXIのイヤーパッドをハメ込みます。

 

 

 

まず一部分をハメ込んでから、優しく引っ張って一時的に広げて、本体円周に沿って被せてハメ込みます。しなやかな材質なので、乱暴に一気に広げたりツメを立てたりしなければ、破れることはないでしょう。

 

交換が完了すると、こんな感じ。

 

 

 

ちょっと楕円の形が合ってないな‥‥と思っても、パッドを外さずに、ズラすだけ位置の微調整は可能です。かと言って、外れやすい感じもないので、値段に見合った品質のように感じます。あとは、どのくらいで劣化が始まるか‥‥ですが、合皮の感じは純正より厚みがあるので(でもゴワゴワとした厚みではないです)、合皮の保護剤でメンテもできそうです。

 

 

つけ心地は、明らかに「耳に優しい」です。

 

音には多少影響が出るとは思います。ですから、モニターヘッドフォンとして使うCD900STに適切かはよく判りません。CD900STは純正のパーツでメンテしています。

 

ただ、「音が変わる」と言い出したら、様々な要因で音は変わりますし、純正パーツでも経年劣化によって音も変わります。スポンジ、マグネット、そして金属接点など、ヘッドフォンが新品状態から音が変わっていくのは、他の音響機器や電気楽器(エレキギターとか)と同じです。ヘッドフォンは「音を鳴らす楽器」のようにも思えますしネ。

 

私の日常‥‥で言えば、iPad Proでの「描き」作業に集中する際に、ヘッドフォンで耳が痛くなりにくいのは大きな改良ポイントと言えます。音を聴くと集中できない人もいましょうから、その辺は個人の性質に合わせて。

 

 

YAXIでなくても、Amazonで調べると色々あるようです。価格で選んでも良いでしょうし、材質や機能で選んでも良いですネ。

 

 


YAXIのイヤーパッド

ライトな話題に切り替えようと思っていると、「フレームレート」「コマ打ち」の話題も見かけて、特にフルモーション(1コマ打ち)とリミテッド(2〜3コマ打ち)のどちらが良いか‥‥なんていう議論も見かけると、「作風を体現できてれば、どっちも良いよ」と言いたくはなります。ヌルヌルとカクカクの「どっちが良いか」なんて視野狭窄的な議論をしている時点で次の時代を意識できていません。4K時代をターゲットにしている私らの主眼は「24コマアニメから120fpsテレビまで耐えうる」タイミング技術であり、どんなフレームレートで見ても「いい感じ」になる映像技術を実践し始めています。でもまあ、そういう話題も来年くらいまで触れずにおこうと思います。

*本当に本気で、フレームレートやコマ打ちをアレコレ研究したいのなら、スペックや誰かの説をあてにするのではなく、自分で8fpsから120fpsまで実地で試して肉眼で見て、様々な試行錯誤に努めることをお勧めします。8fps on 24fpsだけでなく、8fps on 120fpsの映像(=今どきの4Kテレビで普通に見れます)を見れば、未来の課題も具体的に見えてくるでしょう。

 

技術的なコアな話題はしばらく触れずに、ライトな話題。

 

 

 

今日、新品のイヤーパッドが届いたので、早速交換しました。

 

イヤーバッドを新調したのは、ソニーのV6のイヤーパッドがボロボロになってしまったからです。こんな感じ。

 

 

 

これを、YAXIのイヤーパッド「STPAD-DX-LR」に交換します。私が買ったのは、右と左の色が別々のコレです。

 

 

赤と青‥‥なのですが、青の方はひっくり返しているので黒い部分だけが写っています。

 

 

付け替えは簡単。雑にやれば破れることもあるでしょうが、まず最初に1/3をハメこんだ後に、円周に沿って優しく伸ばしながらハメていけば、特に問題なく装着できます。多少の位置のズレも装着後に修正できます。

 

ソニーは左が「青」、右が「赤」なので、イヤーパッドの配色もそれに準じます。

 

 

 

つけ心地は、さすがに4000円近くするので、相応に快適です。イヤーパッドに耳が押されて痛くなる度合いが軽減されます。

 

私はソニーのヘッドフォンに愛着があって、90年代のアニメーター専門だった頃から「7506」を愛用しています。もちろん、「900ST」もチェック用に常備しています。

 

 

 

ちなみに、ソニー一色ではなく、AKGの240なども併用して、用途と気分それぞれに応じて使い分けています。

 

‥‥で、今回のYAXIのつけ心地があまりにも気に入ったので、7506用に追加購入しました。7506はテーマカラーが青なので、青一色のパッドにしました。

 

ソニーのこのあたり〜900ST、7506、V6は、ロングラン製品なので、交換パーツも探せば色々と購入できるのが強みですネ。

 

 


雑感。

ブログを書いてきて、同じ内容の繰り返しになっているのを感じているのですが、かと言って、現在進行中のアレコレをベラベラここで喋る(書く)わけにもいかず、書けることだけに終始すると、やっぱり同じ内容の繰り返しになります。

 

もう何度も4KやHDRや60pの題材でブログも書いてはきましたが、業界平均の現環境はRec.709がほとんどである状況を鑑みれば、4KHDR60pにおける手法や技法に触れる話題を書いたところで、独り相撲のようにも思えます。

 

来年、再来年と時代が進めば、なるほどと合点が行くことも、2018年の現段階では荒唐無稽にも思えましょう。

 

 

 

1990年代終わり頃もそうでしたし、2000年代中頃もそうでした。新しい技術に対応できない人と集団は消えて去り、新しい技術を使いこなす人と集団が台頭する。‥‥同じことがまた未来も繰り返されます。今回だけ例外‥‥だなんてことはないです。

 

2020年代の4K60pHDR時代に、特にアニメーターはどう生きていくのか。誰かが助けてくれても、それは一時的な救済措置でしかなく、結局はアニメーター自分自身で未来の高品質映像技術に立ち向かっていくほかありません。それができない人間やグループは、過去の存在として忘却の彼方に消え去るのみです。セル画やフィルム撮影台と同じように。

 

すぐにでも新しいことはできます。たとえ個人レベルであっても、そのアクションが未来に大きな発展の原点となります。

 

逆に、古いことに執着して閉じこもることもできます。たとえ集団レベルであっても、です。

 

「どっちの道を選べば良い?」‥‥とか言いがちですが、何故、どちらか2択に固執するのでしょうかネ。移行期に完全にどちらか「だけ」にシフトすることなんて不可能ですヨ。両足を突っ込むしかないです。

 

でも、「未来はかならず来る」ことだけはわかりきっています。だったら、今、何をしつつ、何に手をつけるべきか、事細かく言われなくても判りますよネ。‥‥ということも散々書いてきたことだから、もういいか。

 

 

 

ふと頭をよぎるのは、「シフトできなかった人」「新しいムーブメントに乗り込めなかった人」は、未来にどうなるのか‥‥ということです。引退と同時に年金生活にシフトして、「昔のやりかたのまま」逃げ切れる年齢の人はまだ良いでしょう。そうじゃない人はどうする? アニメは、「若き日の夢の思い出」にして、全く別の職業に転職しますか?

 

以前、ツイッターで「アニメ業界という毒ガスの中にいる苦しみ」という文言を目にして、何だか私の考えている「燃焼効率」というテーマとも妙にオーバーラップして、言い得て妙だと思いました。

 

昔から今に続くアニメ制作現場の「制作エンジン」は極めて燃焼効率が悪いです。制作現場それ自体が毒ガスなのではなく、制作現場を動かすエンジンが毒ガスを発生させやすい構造であることを、目をそらさず、両眼で見据えるべきでしょう。

 

制作エンジンたる現場の「動力設計」そのものが、すでに「反時代的」「反社会的」とも言えるのです。だからブラックブラックブラック‥‥と連呼されるのですヨ。ブラックとは、現場の「毒ガスエンジン」が排出した煤の色でもあるのです。

 

ガソリン1リットルで2kmしか走れないエンジン。パワーを出すために燃費を犠牲にして、真っ黒な排気ガスを撒き散らして走る自動車が、未来社会に受け入れられるでしょうか。アニメ制作でも、全く同じです。大量の人員を使い捨てるような勢いで制作するエンジンをそのまま許容し続けるべきでしょうか。

 

時代の変化に合わせて、エンジンも変わるべきだと、私は思います。人間が内包するエネルギーを、今までの制作技術構造に投入していたら、いつまでも毒ガスを撒き散らすでしょう。人間のエネルギーは、燃焼効率を飛躍的に高めた新しいエンジンでこそ、活用されるべきと私は思います。

 

‥‥と、これも、今まで何度も書いてきたこと‥‥でしたね。繰り返しになってますネ。

 

 

 

未来に何をすべきかは、個人の自由ですし、集団の選択次第です。

 

映像作品作りは技術の塊です。しかし「塊」は「固まり」ではないです。塊を構成する要素は常に変化し続けて、ある一定期間で大きな転換期がきます。フィルムからデジタルデータへの転換期を経験していなくても、30代の多くの人はSDアナログ波からHDデジタル波の転換期の現場を体験しているでしょう。同じような転換期は数年後に確実に来ます。アニメ業界に都合よく2K 24p SDRのままで固まることはないです。

 

個人の自由、集団の選択。

 

その自由と選択によって、自分と自分たちの未来は大きく変わります。

 

 

 

とまあ、繰り返しばかりになるので、しばらくはこのへんの話題は取り上げないで、ライトテイストな話題に切り替えようと思います。ヘヴィなテイストをいくら持ち出そうが、核心に関わる内容やコンフィデンシャルな事柄はここでは書けないですもん。あくまでブログですもんネ。ブログやツイッターには忖度が付きまといますもんネ。

 

AdobeやAppleの新しい何々がどうだ‥‥とか、何々を買ったみたら案外良かったよー‥‥とか、そのくらいがちょうど良いのかな‥‥とも思うこの頃。

 

変わる時がくれば、何を書いても書かなくても、結局は慣性の法則の通りに、変わるんだし。

 

 

 


境遇と自分

境遇は人それぞれです。

 

私の世代はベビーブームで、目分量で量り売りで扱われるような世代でした。一方、近年の世代は「世界にひとつだけの花」みたいに少子化ゆえの扱われ方を少なからず受けてきたでしょう。世代によって、境遇は様々です。

 

でも、ぶっちゃけ、どんな境遇であろうと、自分の価値は自分で作り出すものです。

 

自分が、量り売りされた世代だろうが、希少品扱いされた世代だろうが、自分は自分です。能力の是非可否の原点は、自分の中にあります。

 

どんな世代にも有利な点、不利な点はあるものですしネ。

 

 

就職難でロスジェネで‥‥とか言って、自分の現在の境遇を世代のせいにすることもできます。一方で、雑な扱われ方をしてきたから、自分はタフで打たれ強いと言う人もいます。

 

境遇をハンデにする人、バネにする人、色々いるのでしょう。

 

まあ、普通に考えて、境遇はハンデではなくバネにしたいわな。

 

自分はデキない、不遇だ、ハンデをもって不利だ‥‥という理由を、世代や境遇に求める人は、自分の能力の低さや至らなさを、てっとり早く「一番身近な」自分の「世代や境遇」に関連づけているのでしょう。つまり、「なぜ、いかに自分が不遇かを証明する理由」を探している‥‥とも言えます。

 

逆に、自分はデキる、好遇だ、アドバンテージがあって有利だ‥‥という理由を、世代や境遇に感じている人もいます。「私も就職難の世代だけど、ロスジェネなんて言葉は甚だ迷惑だ。私は自分で自分を切り拓いてきたし、自分の世代を不遇だなんて思ったことはない。逆に有利だとすら思った」と言っている人もいるのです。

 

 

私も「量り売り」で雑に扱われた世代で、それはそれで良かったと思います。人間の量が多くて扱いが雑ゆえに、いちいち監視されずに済んで、色々なことができましたからネ。私がフリーアニメーターになれたのだって、「こんだけ人間が余ってれば、会社に努めないヤツがいても良いだろ」的な雰囲気がありましたし。

 

人が多くて就職難‥‥という状況は、普通だったらやらせてもらえない仕事でも選択できる自由度が高い‥‥と思えたわけです。

 

 

今の若い世代はどうでしょうかネ。

 

人が少なくて管理・監視されやすい傾向はありましょうが、ゆえに、人と同じことをしつつも、内容がぬきんでれば、監視や管理でひっかかって、逆に目につきやすいともいえます。

 

自分自身の「色々なやりたいこと」を実現するときに、

 

管理の甘い世代の中で、自由に行動して頭角をあらわすか

管理の厳しい世代の中で、突出することで頭角をあらわすか

 

‥‥だけの違いのようにも思えます。まあ、どちらも「行動力と力量が必要」であり、「型にハマって従順だと頭角をあらわせない」共通点はあります。

 

世代や境遇って、ホントに当人次第ですネ。

 

 


作る。こなす。

作品は「作るもの」であって、「こなすもの」ではないです。

 

これはちょうど、食事が「食べるもの」であって、「消化するもの」ではないのと同じです。料理人が、「はい、消化するものをご用意しました」とお客さんに出したらギョッとしますよネ。

 

そんなことは、だれでも判っていることでしょう。しかしプロとして「作る」行為を仕事にして、しかも生産フローのいち工程に組み込まれると、いつしか「作るもの」が「こなすもの」へと結果物も意識もどんどん変質していきます。

 

一方で、「作る」行為を要求できるほど、例えば動画1枚の料金は相応で適切な金額設定かと言うと、これも誰もが「不適切」だと判るでしょう。

 

新人や見習いの期間に、「こなす」のではなく「作る」意識を習得するのは、ごく自然なことです。しかし、キャリアを積んで新人から抜け出ても、現在の作品内容だと動画だけでは収入が成り立たない現実もあり、例えば「完全出来高で月5万」なんていうケースも世間に知れ渡り、「作る」を要求できるほどの報酬が設定されていないことは白日のもとに晒されています。

 

ぶっちゃけ、教育・指導する側も、こと、動画に至っては、「プロの品質」「作る行為」を肯定的な要素として指導できない「現実」がありましょう。

 

例えばベテランのアニメーターの中で、現在の動画の内容と単価で、テレビ作品の動画作業だけで完全出来高で20万円を稼げる人はどれだけいるでしょうか。昔話ではなく、「今のアニメの内容」で、月1000枚‥‥です。

 

つまり、「動画をプロの仕事にする」という一方で、「プロの仕事にはできない料金システム」という、痛烈なジレンマを抱えています。

 

 

無経験、未経験の人間が、最初からプロの報酬を得られるわけもないです。少子化の世代は、ベビーブーム世代の昔よりも大事に扱われて、「世界で1つだけの存在」などとおだてられて育ってしまったこともあるかも知れませんが、仕事場においてプロフェッショナルとして一目おかれてプロ相応に扱われるには、相応の能力が必要になります。生きてるだけじゃ、どうにも価値など見出せません。

 

しかし一方で、アニメ業界の、特に動画の料金システムはあまりにも酷いままで、「プロを自認できるほどの報酬がない」のは「現場を形成する構造」の「大問題・大欠陥」です。意識はプロでも、お金はプロじゃない。‥‥これは昔からの問題ではありましたが、近年のアニメの傾向〜複雑で線が多く、クオリティ基準も厳しくなった作画内容において、問題は極めて深刻化しています。昔話をして済む話じゃないです。

 

 

 

こなすのではなく、作るんだ

 

‥‥この「あたりまえのこと」を、現場においてあたりまえの事として意識するのは、旧来構造のままで突き進むアニメ制作現場では中々難しいようです。

 

どのような現場を新しく作れば、作品を「こなす」のではなく「作る」現場を形成できるのか。

 

難しいことではありますが、本気で取り組んで余りある、有意義な目標だと思っています。

 

 


雑感

「デジタルアニメーション」にアニメ業界が染まって以降、様々な作業上の仕様や作業感覚までもsRGBやRec.709に染まりました。若い世代の多くは、sRGBや709、良くてもApple RGBしか知りません。存在しないものは体験しようがないからです。

 

HDRの時代が到来して、今までの狭い、もはやワーストケースとまで言われるsRGBや709から解放される段階に、アニメ業界も近づきつつあります。HDRを受け入れるか無視するかは、当人たちの判断と感情次第‥‥ではありますが、体験すらできなかった時代とはサヨナラできます。

 

新しいことをする時は、泥縄になることも多いです。

 

というか、知り得ない未知のことに対して、何でも完璧に予測することなど不可能です。知識も経験も存在しない未知のプロジェクトは、あたってくだけて組み立て直すことが必須です。

 

では、誰もが未経験で稚拙な状態にある時、何をして「賢さ」を発揮すれば良いのでしょうか?

 

私の痛烈な実感‥‥ですが、

 

知ったふりをしないこと

無知を隠さないこと

自分の無知を知って、知識と経験の蓄積に努めること

間違っていることを認められること

 

‥‥ですかネ。なんか、道徳の授業みたいでアレですが、ぶっちゃけ、そんなところです。

 

逆にダメダメな行為は、

 

何でも知っているふりをすること

無知を隠して、自分のステータスやプライドを維持すること

自分の無知状態を改善しようとせずに、過去の経験に固執すること

間違っていることを認めずに頑固になること

 

‥‥でしょうかね。

 

知らないこと、未経験なことは、決して恥ずべきことではないと思います。

 

恥ずべきは、「知らない状態を放置すること」「自身では知識の蓄積に努めず、他人の助力ばかりをあてにすること」「知らないことが自分の地位や名誉を傷つけると思い込むこと=何でも知っているふりをすること」です。

 

何か新しい物事につまずいて、周囲のどなたかがヒントや助言をくれた時、「え〜、そういう仕組みだったんですか? 知りませんでした。勉強になりました。ありがとうございます。自分でも掘りさげて研究します。」でいいじゃないのさ。たとえ、ジジババの年齢になっても、何でも知っているふりをする必要はないです。逆に、歳食っても学び続けられる自分に誇りを持つべきでしょ。

 

ベテラン=何でも知っている‥‥なんて言う認識なら、何とも堅苦しいステータスですよネ。

 

学びに制限が設けられるようなステータスなど不要です。

 

どんなに歳をとっても、知らないことはたくさんあって、学び続けるのだ‥‥と思っておけば良いですネ。

 

 


999の35mmフィルム上映

銀河鉄道999の2本立てが、35mmフィルムで1週間限定で目黒シネマで上映されるとのことです。

 

https://twitter.com/megurocinema/status/1035134398679539713

 

Rec.709の狭い色域のブルーレイとは違う、35mmフィルムの上映ですから、「違いの判る大人」は見にいきましょう。懐かしさも含めてネ。

 

 

他人のことはわからないので、自分のことだけで思い起こしますが、考えてみれば、私のアニメーションへの執着・執念は、映画の999から始まったのだと思います。

 

もちろん、マジンガーZやキューティハニーなど私が小学1年生の頃にみたテレビアニメにも大きな影響を受けてはいますが、明確に「テレビマンガ」から「アニメ」「アニメーション」を意識したのは、私が小学6年生の時に観た映画の999からです。

 

当時のアニメ雑誌がもたらした情報の影響も大きく、りんたろうさんの絵コンテをはじめ、制作内部の中間素材(キャラ設定や色見本や美術ボードなど)を記事で紹介していました。私が初めて買ったアニメ雑誌は、アニメージュの1979年7月号で、映画の999を特集した記事が載っていました。

 

そもそもテレビではなく劇場のフィルム上映によって、「まんがまつり」ではない「作品としてのアニメ」を見ることも、私の中での大きな変化でした。

 

アニメーションは色のついた絵で画面が満たされ、音とともに上映されるものですが、アニメーターの作画技術が作品の大きな要素となっていることは、小学生の私にも理解できました。当時のアニメ雑誌も、荒木伸吾さんや安彦良和さんの特集を組んでおり、アニメ好きの同級生も同様にアニメーターに注目したものです。

 

一方で、映画館で観た映像の美しさは何によるのものか、線画が原点になっているのは判るとしても、線画だけでは成し得ない要素が数多く存在することも、子供ながらに何となく意識していました。背景美術、セルの色彩設計、そして撮影技術。

 

アニメ雑誌やムック本でたまに紹介されていたアニメ撮影台の技術に、私は中学生になった頃から興味を抱き始めました。中学2年生の頃に「さよなら銀河鉄道999」が劇場公開されましたが、その頃は作画と撮影の両方に注目して鑑賞していました。‥‥情報の影響はデカいものですネ。

 

「さよなら銀河鉄道999」は撮影技術が目に飛び込む映像で盛りだくさんですが、例えば、ラーメタル星で鉄朗をパルチザンが助けるシーンでの崖上に並ぶパルチザンたちのカットの撮影は、今見ても奇跡的な光学操作のなせる技です。

 

なんだかね‥‥、こうして改めて記述してみると、今の自分の立ち位置は、子供の頃に確定していたとも思えます。

 

 

 

35mmフィルム上映の銀河鉄道999の2本立て。

 

当時を知る人も、知らない人も、Rec.709が映像の全てではないことを改めて認識するためにも、ぜひご鑑賞ください。

 

sRGBやRec.709の抜けの悪い緑にずっと騙され続けてきた20年からようやく解放される今、映画館で35mmフィルムのアニメを改めて自分の目で確かめて観るのも、良い「区切り」だと思ってます。

 

 


ケーブル

機器を結線するために用いる配線材。すなわち、「コード」や「ケーブル」ですが、8〜12年の周期くらいでどっさりと廃棄処分になります。なぜかというと、機器の更新に伴って、ケーブルが必要な規格基準を満たさなくなるからです。

 

昔懐かしいSCSIケーブルは大量に処分しましたし、民生のビデオケーブルももはや使う機会があまりにも少なく、「いざという時のために少しだけ残して」大半は捨てました。

 

最近また、そんなフェイズに差し掛かっているケーブル規格があります。

 

HDMI、DP(ディスプレイポート)の旧規格のケーブルです。

 

HDMIは2.0か2.0a以上、DPは1.2以上が明確に必要になります。そうしたバージョンが明記されていない、「Hi-Speed」表記や「4K対応」表記は、あてにならないどころか、混乱の原因です。

 

HDMI2.0未満のケーブルでもHi-Speedとか4K対応とか、パッケージやネット通販の説明に書いてありますが、実際はHi-Speedでも18Gbps未満の以前の規格バージョンだったり、4K対応でも30Hzどまりだったりと、かなり注意して購入しないと意図せぬ残念な結果になります。

 

でね‥‥。これは商売の常‥‥なんでしょうが、現在最新ではない規格のケーブルのパッケージや購入ページには、HDMI2.0非対応!‥‥とか、4Kですが30Hz止まり!‥‥とか、わざわざマイナス要素を書くことは少ないのです。

 

現在店頭やネット通販で「売上ナンバーワン」のケーブルが、必ずしも最新である保証はありません。

 

HDMIに関しては、4K HDR 60pで映像を映し出したい場合は、

 

解像度

リフレッシュレート

 

‥‥の全てを確認する必要があります。規格を満たしていないと、どれかが期待しない結果となります。買う際に、スペックの表記ではなく、「2.0」というHDMIのバージョン(DPなら1.2)が明確に記述してあるケーブルを買ったほうが手っ取り早いです。そして、購入して実際に結線したら、上記の3要素を必ずチェックすべし!‥‥です。

*DPは1.3や1.4があるようですが、現在普及しているのは1.2ばかりです。

 

厄介なのは、解像度とリフレッシュレートは、2.0未満のHDMIでもしばしば4K60Hzを伝送できることです。それで「4kHDR60pに対応している」と早合点しがちになりますし、実際にメーカーがどんなケーブル材を使っているかなんてアウトサイダーにはわかりません。

 

最近、ケーブル1本の規格が原因で色のトラブルがありましたが、幸い、複数台のミラーリングと、ちょうどトラブルが判りやすい色味だったので、すぐに気づきました。もし、シングルモニタだったら、ケーブルの旧規格が原因で色がズレて表示されても、「そういう色なんだ」と思い込んで、オリジナルのカラーデータのほうをイジってしまう「一番マズい状態」に陥ります。

 

なので、大量に廃棄。今すぐじゃなくても、いずれは廃棄。

 

いつ買ったのか、どのような経緯で買ったのか、バージョンがいくつかもわからない(ケーブルに記述があれば良いのですが‥‥。ネットワークケーブルのように、Cat.5eとか6とか)、覚えてなくて紛らわしい、昔のケーブルは厄介のもとです。

 

現在、私が自分でケーブルを買ったり、作業場で購入する場合は、非常に「ケーブルのバージョン」を気にして、ピリピリしながら買いますし、購入をお願いする場合は明確に仕様と規格を伝えます。まあ、システムスタッフさんは、その辺は勝手知ったるで、私以上にピリピリっとしていますから安心ではあるのですが、一応、私のほうでも「ケーブルは何が必要なのか」を理解しておくことも含めて、事前に色々と調べてから買うようにしています。

 

 

 

旧規格のHDMIケーブルやDPケーブルは、近い未来に一気にゴミと化すぞ‥‥。

 

今さ‥‥100baseのネットワークケーブルって、もうどうにもならんじゃん。「いやいや、ご家庭のネットワークはそもそもWAN側が50Mbpsにも達していないことが多いから、使い道はある」‥‥とも言えるのですが、少なくとも、新しく買うのは最低でも1Gbps対応の5eでしょう。

 

2年前くらい(2016年頃)に、実家のテレビラックの後ろから、10baseのハブが出てきて驚愕しました。ケーブルテレビのネット回線を使っているので、30Mbpsくらいは出るのに、10baseのハブで全て台無しにしていた‥‥という。

 

2016年まで、10baseの同軸までついているハブを使い続けてた‥‥って、スゴいですよネ。

 

ご家庭ならば笑い話になりますが、映像制作のプロの仕事ではそうはいきません。

 

機材を4K時代の最新機器にリプレースしたのなら、今まで使っていたケーブルは再検証して、ダメなものは潔く「2Kまで対応」と書かれたダンボールに詰めて一定期間保管したのちに、潔くリサイクルに出すべし‥‥です。少なくとも私個人はそうしないと、部屋がどんどん、昔の使えない物品で圧迫されます。

 

新しいケーブルの購入費用も新規機材費として、ぬかりなく計上すべし!‥‥です。

 

 

大量消費社会にうんざりする‥‥でしょうか。私も、ふと、「後から後から次々と新しいものに乗り換える」日常に疑念を抱きかけることもあります。

 

しかし、抱きかける‥‥だけで、決心するには至りません。まさにアニメそのものが「大量消費社会の寵児」だと再認識するからです。

 

どんなにエコを気取っていても、現代社会で電気を使い電車にのって会社に行って仕事して‥‥という時点で、消費社会の一員です。どのくらい「表面上は手を汚していないか」だけのレベルで、例えば、豚肉のソテーを食べられるのだって、豚ちゃんを誰かが屠殺しているから‥‥であって、豚肉を食している時点で豚を殺しているのと同義です。だからって、豚肉やまぐろは誰でも食べるでしょう?

 

アニメを作る‥‥なんていう仕事は、大量消費社会を自ら体現しているようなものでしょう。紙時代だって、口パクの閉じ口だけで紙1枚を使って、不要になったら大量の産廃‥‥ですからネ。アニメーターになったころに、「アニメは随分と紙を使い捨てる産業なんだな」と思ったものです。そして今は、コンピュータはその処理能力ゆえに電力消費と排熱がすごくて、その冷却のために空調でガンガン冷却して電気を消費する様を毎日見ています。

 

そもそもアニメは電気がないと成立しない産業です。そして、大量消費のスキームの中で商品を売ります。

 

であるならば、高性能な機材を少数人数で使いこなして、制作を成立させるような「エネルギー効率の高い現場」を目指すしかないと思っています。その一環には、「しかるべきケーブルを購入し、機材のポテンシャルを必要十分に引き出し、人間の能力の拡張につなげていく」ことも含まれましょう。

 

そういう意味では、旧来の現場の「人間が生み出すエネルギーの燃焼効率」は極めて低いと言えます。曲がりなりにも、絵が上手いと少年少女の時代から言われてきて、さらに研鑽を積んで高レベル技術者にもなろうという人間が、動画で月5万円しか稼げない燃焼効率って、いったい、どれだけエネルギー損失率が酷いんだよ???と思います。

 

ケーブルをこれだけ大量に廃棄処分にして、旧式化した機材の累々とした残骸の上に立つのなら、より良き作品制作とより良き現場を志したいと、真に思うわけです。

 

 

 


SVHS。

スタジオに籠って「仕事仕事仕事」なので、世間〜特に大阪の方面が大変なことになっていたことに、いまさら気がつきました。車がコロコロと風で飛ばされるなんて‥‥。

 

今日は、日常の仕事の他に、眠っていたVHSデッキをUSB&HDMIで蘇らせるべく、場所を移動して設置しました。これ。

 

 

 

見ての通り、ちゃんと回転して動作しております。今となっては貴重なSVHSデッキ。

 

もちろん、SVHSですので、Sビデオアウトから、USBとHDMIにそれぞれ変換しています。昔のビデオデッキは出力が2つあるので、2系統の出力が可能です。

 

USBはBlackmagicのホーム向け製品の「Video Recorder」(現在は販売終了)に繋いで動作を確認しました。HDMIはExtreme 4K StudioのHDMIキャプチャINに繋いでもらう予定です。

 

こうした昔の機器を引っ張り出して何か新しいことをするわけでなく、単にライブラリ用途です。作業場には仕事の性質上、せっかく高性能な機器があるので、端子が余っているのなら繋いでおこうと思いまして。

 

 

昔を省みることも必要だとは思います。でもそれは、現在から未来へと進み続ける時系列とは違う次元の中に存在し、決して蘇ることはないです。VHSテープが全盛になることなんて、あり得ませんもんネ。

 

私は今でも昔の色々なものが好きですが、そうした自分の思い入れを未来と混同することはないです。過去を引きずっても未来のためにはならないですし、昔のそっとしておきたい記憶も現代の価値観でズタズタに切り裂かれてしまいます。

 

昔と今と未来は、それぞれ住み分けて、善し。ですネ。

 

 



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