寝る

忙しいス。

 

Apple Pencilのペン先も、みるみる減っていきます。ハイペースで使うと、1ヶ月もたない可能性もアリです。

 

*滑らかな曲線を帯びていたペン先も、使ううちに、鋭利な円錐状に変化します。

 

ペン先は4個セットで大体2400円(税込)くらい。アマゾンはApple製品に弱いみたいなので、割高な値段の出品が多いですが、ヨドバシやAppleストアとかで買えば、2370円くらいなので、/4で、1つ592円。中クラスの鉛筆1ダース分ですネ。

 

私は猛烈に鉛筆で描きまくっていた時、1〜2日で鉛筆1本を消費していましたから、大体1ヶ月で12本=1ダース、つまり似たようなランニングコスト‥‥ですネ。

 

ただ、私はなぜか、原画を描くときは「安い鉛筆が好き」だったので、実は1ダース400円未満だったりします。

 

*自分の鉛筆線をそのまま使用する場合(=動画工程を挟まない〜版権など)は、上図の8900では品質的にNGなので、1000円前後のグレードのものを使っていました。

 

 

とは言え、Apple Pencilは、鉛筆としての役割だけでなく、筆やペンとしての役割も兼任するので、原画だけで鉛筆を使う状況よりも過酷です。

 

大面積をガシガシと塗りつぶしたり、筆致の勢いで色彩を描いたり、「描く用途全て」を引き受けるので、考えてみれば、減りが速いのは当然ですネ。

 

* * *

 

仕事が忙しくなって、目まぐるしい日々が続くと、睡眠も「場当たり」的になってきます。しかし、「寝る時間も惜しんで」睡眠をおろそかにすると、結局、日々をおろそかにすることになり、本末転倒です。

 

私自身、公私共に「こなすべきミッション」がたくさん有りすぎて(というか、盛り込みすぎて)、「寝る時間がもったいない」強迫観念にかられております。‥‥だからといって、実際に「中途半端に、隙間で睡眠」すると、心身共に低調となり、結局はペースが維持できず生産性が落ちます。

 

最近、久々にちゃんとした寝具で1日10時間近く、土日で合計20時間くらい寝たんですけど、起きたらスゴい。いろんな事柄がポジティブに思えたのです。

 

現代社会、深刻な体調不良がでないまでも、「仮性鬱」「鬱予備軍」の人はかなりいると思われます。どんなに「自分の好きなことを仕事にできて、それで食べていけて、ラッキー」と表層では思っていても、椅子をリクライニングして仮眠2〜3時間で作業を続行してたら、体だけでなく、ココロの深層でもネガティブなベクトルへと誘導されてしまいます。

 

私の場合、自宅でもそんな感じで色々なプロジェクトを進めていたので、睡眠をとって起き抜け一番でも「ネガティブ」などんよりとした重さを感じていました。実際、残された寿命をカウントすると、「寝てられない」実感が強すぎて、寝起きで既にこなすべきミッションを想像してドヨンとしていたのです。

 

でもね、やっぱり、寝とかんと。たーんと。

 

休日にたっぷり寝るだけで、かなりのダメージ回復が可能‥‥なことを、最近、しみじみ実感しました。1日10時間なんて「寝貯め」みたいで非現実的ですけど、連続で5〜6時間は寝るべきだな‥‥と思います。

 

 

自分の作業・創造性を「売り物」にするということは、すなわち「自分自身を結果物という溶媒を通して売る」ようなものです。そして、色々な評価を下され、作業費の金額で価値を決められるのですから、「不安」や「戸惑い」、「歓喜」や「有頂天」を感じないはずがありません。つまりは、物を作って売るということは、「躁鬱」とあらかじめセットなのです。

 

何かを作って、他者に見せる(売る)‥‥ということは、「躁鬱」で当人を疲弊させる性質を、宿命的に有しているわけです。もし、そうした「躁鬱」から逃れたいのなら、あくまで趣味で自分だけで作って自分ひとりで楽しんで、誰にも見せなければ良いのです。

 

自分の能力をガチで売り物にして対価を得る以上、自分の能力が査定されるのは、致し方ないことです。原画は一律単価が設定されていますが、原画や動画の作業から一歩外に出れば、いやらしいほどの「値踏み」に翻弄されることになります。

 

作業そのもので疲弊し、その作業の評価で精神的に「躁鬱」となって疲弊し、睡眠もろくに取らずに体力が回復しない‥‥なんて、「地獄への片道切符」ですよネ。

 

 

しかし‥‥‥なあ。

 

日頃から良い睡眠をとるには、どのようにすれば良いのか。

 

まあ、「良い睡眠」という命題克服が中々難しいから、あの手この手の、寝具や健康のグッズが商売として成立するんでしょうネ。

 

 

ちなみに、私は「躁鬱」でお医者さんにかかったこともないし、処方薬をのんだこともないですが、自分自身をかたち作れずにユラユラフラフラしていた20代のころは、いつ潰れてもおかしくない状態でした。Kindleコミックの「うつヌケ」の冒頭とかを読むと、似たような状況だった…と思い起こされます。

 

ただ私は基本的に持久の体力があったのと、根源的に「生きるのが好き」だったので、「死」のベクトルには向かなかったのが幸いしたのでしょう。その当時に実際、私とは正反対の、ふっと消えてしまいそうな生命感のか細い人が、ポジティブを振舞ってもどうしてもネガティブから抜けられないのを知っておりますから、ココロとカラダはまさに一心同体なのでしょう。

 

どんなにココロが持ち堪えようとしても、カラダから突き崩されることは、よくあることです。才気を感じる若い人でも、ガタイが華奢だと、それだけで心配してしまうのは、私の経験ゆえ‥‥です。だってさ、アニメ業界って、特に過酷じゃん? 全行程のスケジュールのおとしまえをつけさせられるコンポジットも、どんな内容でもゼロからカタチにしなければならない作画も、どんな素材でも塗り切らなければならないペイントも、全ての工程を追いかける制作も、その他いろんな工程がさ‥‥。

 

だから、まずは睡眠。どんなに過酷でも睡眠。

 

寝なければ、どんなに喰っても、馬力など発揮できないです。ただ、デブるだけ。

 

でも、ココロが弱っていると、カラダが眠れなくなるのも、また、人間の難しいところ‥‥ですネ。睡眠障害って、自分の体ながら、ホントにむかつくよね。私の場合は、単に「やろうとして、焦って、それで眠れない」ことが多いだけですけども。

 

 

でもまあ、人間には最大最強の「憂鬱なこと」が存在しますよネ。「必ず、死ぬ」という事実・現実。

 

私はそれだけで、いっぱいいっぱい‥‥です。だから、生きているうちに、精一杯いろんなことを成そうとして、無理をして‥‥という、なんとまあ、マヌケなサイクルから抜け出せないんですけどネ。

 

 


Apple Pencilの周辺。

Apple Pencilは充電が必要なペンで、Wacomのペンとは根本的に違います。作画の作業でハイペースで使い続けると、5〜6時間くらいで「バッテリーの残りが僅かです」的なアラートがiPad Proに表示されます。

 

しかし、それがちょうど「もうそろそろ、ひと息いれたら?」というペースメーカー的な役割を、いい塩梅に果たしてくれて、休憩のタイミングを知らせてくれます。

 

まあ、普通に考えて、神経を集中して休みなしに作業するのって、5〜6時間くらいで一旦区切った方が、残り半日の作業の効率も上がりますよネ。1日中、過度に集中しちゃうと、翌日にマイナスの反動がでたりもしますし。

 

Apple Pencilは1時間ちょい充電すれば、元通りになりますから、休憩には程良い時間。

 

まあ、「もう後がない!」という切羽詰まった状況でも、数分充電すれば当座は使えますから、充電で困ったことはありません。

 

Apple Pencilの基本サイクルとしては、満充電で1日の前半を作業、休憩時間に充電、残り半日を作業、仕事終わりに充電コネクタに挿して、1日の作業終了。‥‥という感じです。

 

なので、Apple Pencil周辺機器の「ただ立てるだけのスタンド」は、少なくとも、作画の仕事を長時間する人には無用ですネ。

 

 

 

Intuosのペンではないので、「充電せずに、立てるだけ」のスタンドは、「あまり使わない人=バッテリーの減りが遅い使い方」向け‥‥ですかネ。ただ、belkinのは、なかなか綺麗で、必要なくても欲しくなる魅力がありますネ。

 

Apple Pencilを頻繁に毎日使う人は、Apple Pencilを「使っていない時は充電」が基本です。

 

なので、もしスタンドを買うのなら、充電機能付きのものでしょう‥‥けども、私はこんな感じで、デイツーなどのDIYショップの100円木材の組み合わせでオーガナイザーを自作して、置き場所もあるので、スタンドは全く必要なし‥‥です。

 

 

 

実は、最初からペン置きにしようと思って、2つの球体を付けたわけではなくて、丸いのが付いてると可愛いかな‥‥と思ってアドリブで付けたのが、妙にApple Pencil充電の際のペン置きとしてハマっただけです。

 

100円木材は、結構使い勝手が良くて、ノコギリやドリルなど一切使わなくても、木工ボンドとゼリー状の瞬間接着剤だけで、いろんなものが作れます。長さや広さが必要なら、2x4材みたいに組み合わせて作れば良いだけです。木工ボンドの代わりに、少々値は張りますが、強力接着剤を使うと、接着面積次第で永久結合状態まで強度をアップできます。(無理に剥がすと、接着面ではなく、木材の繊維がバリバリと割けるくらい強力)

 

ちなみに、iPad miniの後ろに見えるロジクール製のキーボードは、コンパクトながら機能性充分のK380。BluetoothでiPadなどのタブレットに接続できるのはもちろん、3つまで機器を繋げるので、私のように、iPadを設定やコンテのビュワーとして使っている人間には、めっちゃ、好都合です。

 

 

ペアリングと接続先の切り替えは、専用の3つのボタンで簡単です。

 

iPadは小さいサイズになればなるほど、ディスプレイ上のキーボードがショボくなっていくので、miniやAirを使っている場合は、こうしたBluetoothのキーボードがあるだけで、格段にキー入力が快適になります。

 

薄く、コンパクトで、ケーブルもないので、いらない時はどこか空いたスペースに収納できます。作画机の棚のほんの隙間にしまえます。

 

電源は単4が2個で、メーカーいわく2年間電池がもつらしいですが(400万回のストローク分)、話半分、いや1/4だとしても、半年くらいは電池交換しなくてすみ、充電池も使えるので、充電池を日頃から使っている人だったら、電池交換の手間は極小です。これはロジクール製品全般に言える事で、ワイヤレスマウスも電池がとても長くもちます。

 

 

* * *

 

どんどん便利な機器が、どんどん安くなって、しかも通販で買える時代。

 

アマゾンの配送料無料が、ヤマト運輸の経営を逼迫している‥‥なんていうニュースを見ましたが、まあ、アマゾンも無理強いせずに、他のお店と同じようにxxxx円以上送料無料とかに条件を引き上げても良いように思いますけどネ。ヤマト運輸もアマゾンとのサービス内容・契約を見直して交渉しても良いと思います。

 

消費者サイドにしても、今後は戸建ての一軒家でも、宅配ボックスを設置しても良いように思いますしネ。通販をたくさん利用するのなら、不在時にも宅配業者さんがちゃんと業務を完了できる仕組みが必要だと思います。集合住宅においては、不在ボックスは必須でしょう。

 

通信販売なんて、アマゾンだけ存在しても、配送会社が機能しなければ、全く成立しないビジネスなんですから。

 

 

ただ、交渉の際に、どういう内容でハンコを押したかで、命運が左右されるのは、どんな業種や職種でも同じ事。

 

次の契約更新の時に、どうすべきかを考えるのはあくまで当事者の企業同士、いち消費者はサービスの状況を判断した上で利用の可否を選択するだけです。

 

 

以前より作業が大変になって追いつかなくて現場は疲弊し収益も下がる‥‥。何か、アニメ業界の有様を連想しますネ。やっぱり、なんだかんだ言っても、パワーゲームからは有数の大企業も逃れられないのでしょう。百貨店の著しい衰退‥‥なんていう話も、パワーゲームの1つでしょうし、とある大手が映画事業で1000億円の赤字なんていう話も人から聞きましたが、それもパワーゲームの様相‥‥ですよネ。今は「そう」だとして、では未来は「どう」なのか‥‥、イジワルなゲームですよネ。

 

個人レベル・作業グループ規模で言えば、良い条件の仕事となるように、どのようにして状況を導くか。どうすれば、買い叩かれずに済むか。どう読み、どう動き、どう立ち止まるか。

 

SNSに一喜一憂し大山鳴動して鼠一匹、時々の社会のトピックに感情的に反応してるようでは、簡単に、買い叩かれる側の人間へと「誘導」されてしまいます。

 

もし、人が少しでも「賢く」なれるのだとしたら、安易にはヒートアップしない冷徹さ、状況の裏とさらにその裏を想像する度量を、長年の経験から得られること‥‥なのだと思います。

 

完全に賢くなれる人など、世界のどこにもいないからこそ‥‥です。

 


環境

加湿器を買いました。やむにやまれず。

 

 

 

散々検討したのちに、アロマディフューザーと加湿器を兼用することは諦め、生粋の加湿器の「ハイブリッド型」を買いました。

 

もちろん、電力消費量の計算は真先に済ませ(加湿器でブレーカーが落ちたらタマらんですからネ)、雑菌をバラまいたりしないように、銀イオンで除菌するカートリッジも一緒に購入。

 

 

実は、超音波式の加湿器がぶっ壊れまして(やっぱり、無名メーカーの商品はな‥‥こういうところがな‥‥)、昔使っていた加熱式のも電力的に問題があり、結果、買うつもりもなかったのですが、「どりゃあ」と1万5千円で買いました。‥‥すぐに必要だったもんで。

 

「背に腹はかえられない」

 

2月はめっちゃ忙しくなるので、ウジウジと考えている間はありません。数時間で決断して購入。

 

環境の悪さが原因で体調を崩すようなことがあった場合、なによりも作品を作って対価を得る作業体(制作グループや制作会社)の直接的なダメージだと実感するからです。少数人数による作業体制を基本とする私にとっては、切実な問題です。

 

人ひとりの存在が重くなる作業システムや、作品制作のブレイン・中枢メンバーが席をおく部屋においては、環境の良し悪しで制作上のリスクが上下すると思います。今の時期、インフルエンザなどに対する「耐病性」「抵抗性」は一番気を使いたいところです。

 

 

環境の改善なんていうものは、発言権の乏しい新人や若手がいくら声をあげても、中々実践されにくいものです。中堅以上の人間がちゃんと気づいて実践しなければ、作業現場の環境なんて、下手すれば「さらなるタコ部屋化」に拍車がかかるだけです。‥‥そういう部分も「アニメ業界」がブラックとか言われている由縁だと、30年間現場で作業してきて強く思いますしネ。

 

ゆえに、部屋の湿度、室内の場所によって変化する温度など、ベーシックな環境づくりは「上の人間が一番、気を使わないとダメ」なのです。私のいる作業場には、5〜6個の温湿度計(MINとMAXが記録ができるデジタル計)が設置してあり、湿度や温度を把握しやすいようにしています。

 

でも、これはボランティアでも慈善事業でもなくて、「生産性」「作品の創造性(=品質向上の一環)」を高めるための、あくまで「営利的な」取り組みなんですよネ。全然、「良い人」ぶってるんじゃなくて、むしろ「人間のポテンシャルを引き出すための、合理的で冷徹な取り組み」なのです。

 

だってさ‥‥、監督演出作監はもちろん、2〜3人で作業を支えるコンポジターやグレーダー、色彩設計さんや動検さんが「インフルでました!」とかなったら、作品制作の大打撃でしょ。(美術やペイントの作業場には在籍したことがないですが、状況は同じだと思います。もちろん、制作さんもネ。)

 

私は実写作品もたまに参加しますが、実写作品の良い慣習は取り入れたいと思います。実写って、ある意味「なまもの」を扱う仕事だし、リアルタイム性がハンパないので、ココぞという時に体調なんぞ崩していられない特性があるみたい‥‥ですよネ。ゆえに、その「なまもの」に対する気遣いは、アニメ現場よりも遥かに高いと感じます。

 

 

湿度40〜50%をキープすべし。

 

温度‥‥に関しては、実は、10台近いMac熱のおかげで、下手をすると、今の時期でも冷房が必要になるくらいの熱で、しかもマシンはひざ下に設置することが多いので、そんなに気を使わなくても、冬はイケるのです。‥‥ただ、夏は地獄(冷却の電気料金的に)ですけどネ。

 

 


2月に入った。

2月に入りました。正月の休みが懐かしい。

 

昨日までに1月いっぱいスケジュールのコンポジ・エフェクト関係の仕事はひと区切り、2月からは怒涛のiPad作画の日々です。こなすべき作業量は結構なものですが、どんなに描いても机が散らからず汚れないiPadによる作画は、精神的な負担が軽いです。

 

作業場が荒むとさ‥‥、心も荒むものです。

 

 

でもまあ正直なところ、iPad ProとApple Pencilで作画関連の仕事をするなんて、前例がないがゆえに(登場してまだ2年くらいですもんね)「成立するかな〜」と思ってはいましたが、一方で、「これだけ、普通に絵が描ける道具で、絵の仕事ができないわけがない」とも確信してもいました。

 

結果、iPadでの作画の仕事は、今では、抑えなければ溢れるくらいの作業量になっております。

 

やっぱり、人も道具も、使いよう‥‥ですネ。

 

 

* * *

 

来た仕事をこなす。‥‥基本的な仕事のスタンスです。

 

しかし、来た仕事を一生懸命こなし続けるだけでは、開いていかない作業の方向性というものがあります。

 

仕事を導く。‥‥これも仕事の重要なスタンスの1つです。

 

自分の能力や性質が今まで以上に活きるような新しい方面を開拓する、「仕事を作りだす」ことも重要な取り組みなのです。

 

周りが自分の能力に気づいてくれるのを待っていたら、それこそ死ぬまで気づいてもらえないかも知れません。周囲が「この人にこんなことをやらせてみると面白いんじゃないか」と思えるような状況を、来た仕事を足場に作りだす、ある種の「したたかさ」は絶対に必要なのです。

 

いわゆる、「結果物による暗黙の売り込み」です。

 

要は、現在の仕事で、未来のための「布石を打つ」わけです。

 

 

そして、布石を打つには、能力が必要です。

 

絵で様々な仕事を引き受ける人間になりたいのなら、絵を描く能力が不可欠です。映像で様々な仕事を引き受ける人間になりたいのなら、映像をコントロールできる能力が不可欠です。

 

基礎技術、応用技術を習得することなしに、「テンプレート」をいくら暗記しても、豊かな広がりは得られません。「テンプレ」だけでこなせる現在の仕事が延々と続くだけです。そして、その「テンプレ」の仕事が廃れてきたら、終焉に巻き込まれて心中するしかなくなります。

 

基礎力って、ホント、後になって効いてきます。「テンプレ」が揺らいでも、基礎力があれば応用も可能で、なんとか倒れずにすみますもん。

 

 

ゆえに、20代はとにかく基礎的な能力をできる限り高めて、30代は応用技術、40代はシステム作り、50代は事業‥‥という「ものつくり人生の設計」に備えるのです。20代に基礎技術を獲得しておかなければ、いくら40代、50代で焦って「建物」を作ろうとしても、強度不足や手抜き工事の耐震偽装建築となり、ちょっと大きな揺れに遭遇するだけで倒壊してしまいます。

 

私は、こうした「ものごとの長期的構造」に気づくのがやや遅くて、体感で5〜6年、遅れている実感があります。20〜30代の目標は見据えていましたが、40〜50〜60代にすべきことを明確に捉えていなかった‥‥と言いましょうか。40代前半でなすべきことを、40代後半の今、取り組んでいる‥‥という遅れです。

 

私の甘さに因る5年の遅れが致命的となるかは、実は、今後の社会の歴史によって、大きく変わってくると思います。社会の趨勢が「アゲンスト」になるか、「フォロー」になるか‥‥で、私に限らず、様々な人の運命が左右されます‥‥もんネ。

 

私は(こんなことを書くくらいですから)楽観的な見方もしていて、結構強い「フォロー」の社会の風を感じています。「コンピュータを道具にして良かった」と今になって思います。遅れを完全に相殺できるかはわかりませんが、追い風であるのはひしひしと感じます。

 

 

* * *

 

2月の仕事の様相は、ふと考えてみれば、今までの「布石」のあれこれを反映した内容です。原画もあり、イメージボードもあり、デザインもあり、コンポジットもあり、片手にあまるような極めて少人数で映像を作り上げる仕事もあり‥‥で、要は、このブログで徒然に触れてきた技術関連が、実際にリアルに、仕事として動いています。

 

私はアナリストでも解説者でも評論家でもないですから、リアルに体感していない技術の話題は、ここじゃ書きませんもん。

 

‥‥で、リアルに体感している「イケそうな」技術は、必ず、仕事になって、「報酬」と「次へのステップ」を与えてくれます。それは今までのレールと遠く離れていても‥‥です。

 

 

未来の社会における、アニメ制作各社の「レール=路線」って、どれだけ発展・維持されていくのでしょうネ。全てが「廃線」にならずとも、破綻して廃線同然になるグループも出てくるとは思います。

 

レールがあるならそれで良い、でも、たとえレールがなくなってもなんとかなる‥‥ようなことを、「絵や映像でメシを食っていく」のなら、布石をいくつも打って、状況・フィールドを作っておく必要があると思います。

 

今すぐには効果が見えなくても‥‥です。

 

そして、その「効果が出るまでの待ち時間」に耐えられるか否かで、当人の人生も、作品作りの流れも、大きく変わってくるんだと思います。


明らかにネットブック

これって、いわゆるネットブックですよネ。

 

最低限のメモリ、プアなCPU、ショボいディスプレイ解像度。ゆえの、値段の安さ。(二万円台後半)

 

 

でも、ネットブックとは一切書いてなくて、「ノートパソコン」です。

 

たぶん、「ネットブック」って、2017年の今はイメージが悪いので、メーカー側は使いたくないんでしょうネ。ネットブックの言葉のイメージは、安かろう、ショボかろう、悪かろうの代名詞に成り果てたんかな。

 

私はネットブックって言われても「基本品質さえ向上してたら、それで良い」と思いますけどネ。実際、用もないのに、上図写真のHP社の実質「ネットブック」は、欲しい気がしてきますもん。色がかわいいですしネ。‥‥これ以上PC増やしてもしょうがないので、買いませんけど。

 

 

まあ、あと「ネット」に「ブック」を組み合わせる意識の古さが、ちょっと気がひけるのかな。スマホやタブレットPCが存在する現在は、「ネットブック」なんていう名前はもう昇天させて‥‥ということなのでしょうかネ。

 

私はどんなに古びても、一度つけた名前はそのまま使いたいですけどネ。極力。

 

 

ただ、よっぽど用途を割り切れる経験値の高い人でもない限り、上図写真のネットブック相当のマシンは、あっというまに限界が来そうな感じですネ。その辺は昔のネットブックの血筋を継承してますネ。「タブレットPCに追加購入のキーボードを接続するくらいなら、これで良い。画像検索と画像表示にしか使わないから」‥‥というハッキリとした目的があれば、安くて良い感じです。

 

ネットしか使い道のないブック=ネットブック」とも言えますが、いやいや、ネットが使えれば、そうとう使い道はありますけどネ。私はよく「耳」の構造がこんがらがって「不思議な耳」を描きそうになりますが、ネットで調べれば、色んな形の耳が画像検索できますし、構造も思い出せます。

 

私は、もうちょっと値段を足して、映像も普通に見れそうな、

 

 

‥‥あたりだと、もう少し、色々なことができそうで、良さげだと思います。Adobeのはムリっぽいですけど、プリインストールのWindowsを消去して、何らかのLinuxディストリビューションをインストールして日頃の雑用に使うのは楽しそうです。Linuxを作業に使う試みは、昔から試してて、まだ諦めていないのです。

 

 

ただ、まあ‥‥‥。やっぱり、作画机にノートパソコンを置くのは、実質NGですよネ。上図写真の占有面積からして、作画机が台無しですもん。狭くなっちゃって、キビしい。

 

ただでさえ、狭い日本で地代が高く、一番お金をもぎ取られるのは住宅費(家賃や住宅ローン)だというのに、作画机まで狭苦しいのは「もうイヤ!!!」‥‥です。

 

 

作画机にパソコン(据え置き、ノート)さえ置かなければ、作画机はかなり広くなります。そして、ディスプレイは机から浮かせて、場所を占有しないようにします。

 

 

iMac 5KはVESAマウントモデルを買えば、モニタアームに装着できますから、60Hzで出力する設定を事前に調べておけば、Cintiq Proを繋げて、5K&4Kの「合計9K環境」もいけそうな感じです。

 

用途に応じて、デュアルアームも安価に購入できるので、構成案は幅広いです。板タブユーザは、デュアルモニタも良いでしょうネ。

 

ただ、一般的な作画机の場合、奥にはクランプを噛ませられないので、横に嚙ますアームが必要となります。ガス圧式のは、だいたい奥から伸びるタイプなので、やはり事前に商品のリサーチが必要です。

 

材質の弱そうな場所に設置する場合は、補強プレートを挟み込みます。木板ごと「バキ!」ともげることもありえそうですもんネ。アームが長いと、いわゆるテコの原理、シーソーの原理で、相当な負荷が設置面にかかりますから、木製の机で化粧合板仕様のものは、注意が必要です。

 

 

 

ただねえ‥‥、PC/Macベースのソフトウェアを使う場合(クリスタとかTVPとか)、結局はデカいキーボードを机に置くことになるから、やっぱり狭さは完全には解消できないんですよネ。

 

とはいえ、不愉快なほどドデカいPC本体や、ディスプレイが机にベタ置きされるより、数十倍マシです。

 

 

「デジタル作画」が普及するにつれて、この辺の「環境セッティング」のノウハウも、今後草の根的に高まっていくとは思います。

 

ちょっと昔に、サンキシャの机にタワー型PCとディスプレイを直に置いてる光景を見て、「マジか!」と思いましたもん。今でも、そういう環境で作業している人は、そこそこ多そう‥‥ですネ。‥‥でも、その狭苦しい環境は、工夫次第で改善できますヨ。今はHDMIやUSB3.1などケーブルを細くできる接続方法もありますし、ワイヤレス、Bluetoothも当たり前のご時世ですもんネ。

 

作画陣営の「コンピュータ作業環境のノウハウ」はまだまだこれからです。

 

 

 

‥‥脱線した話を戻して。

 

今でも確実に生き残る、ネットブック一族。

 

私は今後も、臆面もなく、「ネットブック」と呼ぶことにしましょう。

 


ネットブック

最近、「ネットブック」って聞かないな‥‥と思って調べてみたら、消滅してたんですネ。もう少し正しいニュアンスだと、軽量小型のノートパソコンと合併併合‥‥という感じみたいです。

 

私はEeePCを持っております。MacBook Airは買えんし、小型の似たようなのがあれば良いかなと思って、値段が下がり始めた頃の2009年終わり頃に買いました。MacBook Airの1/5くらいの値段で。

 

で、実際にモスバーガーでハンバーガーを食いながら使ってみたんですけど、「あ、コレはダメだ」と思いました。

 

ひとことで言えば、粗雑だったんです。トラックパッドの精度、ボタンのクリック感、コネクタの噛み合わせなど、色々が、安普請でした。性能が低いくらいなら、用途をわきまえて我慢できますが、製品の工作精度が低くて、使用感が粗雑なのは四六時中つきまといますから、「これは普段使いは無理だわ」と思いました。

 

そうこうしているうちに、iPhoneが普及、iPadも登場、ネットブックの存在価値は世間的にも一気に失われることになったようです。

 

3Dテレビ(とうとう生産中止‥‥したようです)といい、ネットブックといい、時代に翻弄された可哀想な存在でしたネ。私は3Dテレビはさすがに購入しませんでした(本職が映像屋なので、いかにも限界アリアリの3Dテレビには手を出す気にはなれんかった‥‥)けど。

 

 

しかーし。

 

私の自宅では今でも、EeePCのネットブックは現役です。とは言え、電源はずっと落としたままです。

 

EeePCにはUbuntuがインストールしてあり、サルベージ船としてたま〜に活躍しています。‥‥いや、活躍しては欲しくないんですけどネ。サルベージ船は沈没船を引き上げる用途だから。

 

HDDが不調になってアカンようになった時、Macでは救出できないデータを、LinuxのAFP互換ファイルシステムで読み込むことで救出が可能になることが、多々あります。

 

まあ、一部が既に欠損していて、丸ごとサルベージできることはほぼないんですけど、部分的にでも「ダメだと思っていたデータ」が救出できるのは、それなりに嬉しいものです。

 

ネットブックが流行っていた頃に買ったアマゾン製のフワフワバッグに、電源アダプタと一緒に眠るEeePC。ここ数年は全く使ってはいませんが、「時代の気まぐれ」の生き証人ともいえるネットブック。

 

‥‥無理に捨てる必要もないくらい、小さい場所に保管できますので、今後もたまに電源を入れて、愛でていこうと思います。

 

 


雑感。

「デジタル」、つまりコンピュータやその周辺のリソースを制作現場に活かすのって、映像表現技法の拡充や発展とともに、現場の肥大化を抑えるのも、大きなテーマの1つなんだよネ。

 

だから、デジタル作画にしました、人員は今まで通りかそれ以上です、メンテ要員も増えました‥‥なんて、破滅街道まっしぐらです。

 

人員を減らす。その代わり、人ひとりに渡る金を増やす。

 

「デジタル」の運用の本命はソコ‥‥です。

 

* * *

 

そう遠くない未来、団塊、そして団塊ジュニア世代の要職の人間が、引退を始める頃、その世代の人々から仕事を発注してもらっていた同じく団塊&団塊ジュニア世代の作業者の仕事は、徐々に減り始めます。‥‥普通に考えて。

*例えば、自分は上の世代の人に、同世代と全く同じように、気さくに、気楽に、仕事をお願いできるか?‥‥と思えば、やっぱり多少なりとも、「かしこまって」しまいますよネ。同世代でしか共有できない連帯感みたいなものは、どの世代でもあるのです。

 

作業者だけでなく、発注側の人間も老いるのです。

 

50代の作業者にとって、同世代の制作側の人間は、今や現場のトップでしょう。しかし、死ぬまでトップなわけではなく、引退が始まります。

 

つまり、横のつながりが消え始めます。

 

20代の頃に感じた10年後と、40代・50代の頃に感じる10年後は、まるで違います‥‥よネ。

 

 

ホントに、これから先の5〜6年は重要。今から数年先まで実践する取り組み次第で、当人の未来の30数年の運命が決まる‥‥とすら思っております。

 

「状況作り」をミスると、寿命を待たずに首をくくるしかない状況まで追い込まれるんじゃないですかね。冗談ではなく、そう思います。少なくとも私は、そういう危機管理で動いています。

 

 

一方、今の20代、30代の人間は、現在のアニメ業界の規模と発展が、10年後、20年後、30年後に続くかどうかを、意識しなければならないでしょう。

 

社会とともに生きていくのがアニメという娯楽産業ですから、社会が変わるのに合わせて、アニメも変わっていくことを拒絶できません。下手をすると、「俺(私)の若い頃にはね、アニメという娯楽があってね、手で一枚一枚絵を描いて動かしてたんだ」「へー、そんな大変なこと、よくできたね。すごく手間とお金がかかりそうだね。」「うん。だから、皆、長い時間働いて、とても安い値段で一枚の絵を描いてたんだ」‥‥なんて、昔話になることだって、普通に考えられます。時代の流れから外れて、経済的に破綻して、廃れた産業は数多い‥‥ですもんネ。

 

俺たちの時代が来た!‥‥という頃には、スカスカでボロボロな状態になっている可能性だって‥‥ありえますもんネ。今後の行動と取り組み次第では。

 

 

 

みんなで1つの「方舟」を作る必要はないです。それぞれのグループが、それぞれの「方舟」を作って、「淘汰という大洪水」を逃れれば良い。みんなが乗れる巨大な方舟なんて、設計段階で頓挫するのは見え見え‥‥ですよネ。だったら、必ず完成する小中規模の方舟を作るのが肝要です。

 

洪水なんて水が見えてから対策をとるのでは遅すぎる‥‥のは、誰でもわかること。

 

たとえ、今が平穏でも(‥‥ということもないか、既に)、生きつつ、備えつつ、たくましく生きて行きたい‥‥ものです。結局、洪水の規模がそんなに大きくなくても、備えをうまく使って、有利に展開できますもんネ。

 

 

皆で絶望して傷を舐めあおう‥‥というのではなく、どうせ困難が訪れるのであれば、どうやってその困難を乗り切ろうか? ‥‥というポジティブな思考をもってこそ‥‥ですネ。


色々、準備

ネットワーク型のタイムシートとか、ネットワーク対応型の作業計画&進捗状況表(=集計表を兼ねる)とか、色々準備しています。小規模な仕事なのをいいことに、大型作品やテレビシリーズ本編では「やらせてもらえない」アイデアの、試行錯誤を内輪規模で実践できます。

 

しかし、何と言っても、悩みのタネは、「オフライン」。

 

一時的に紙に出力して、オフラインになるのが、結構‥‥いや、かなりツラい。メンドい。

 

作画用紙や伝票を旧来の紙運用に分岐することで、一気に、ネットワークオンライン型の「オールデジタル」の構造が乱れます。でもまあ、これは言ってもしょうがないことなので(合理性だけで人が動くわけではないのが現実)、なんとか策を講じます。ネットワークをあくまで主軸にして、紙は「アマゾンの印刷伝票」くらいに「一時的なもの」として「派生」させる程度に収めます。

 

要は、紙へのOUTPUTはしても、紙からのINPUTはしない‥‥という基本体制で乗り切る。‥‥のです。紙はあくまで「ダミー」もしくは「エイリアス」ということです。(まあ、紙の場合、オリジナルの変更にシンクロするわけではないから、エイリアス‥‥というのは、あくまで「一時的な化身」というイメージですけどネ)

 

このあたり(全データだけでなく情報管理のネットワークオンライン化)は、業界・現場で機運が高まるは、先の先の先の先‥‥くらいかなぁ‥‥。


オールドタイプ

私が最初に購入したペンタブレットは、Wacom製ではなく、今はもう名前も聞かないメーカーの、256階調の筆圧をもつ製品でした。1997年頃の事です。その後、Wacomのペンタブも購入し、歴代のWacom製品を買い続け、Cintiqという名前になる前の液タブも使い、Cintiqも使いました。

 

しかし、どうしても自分の感覚と一致することはなく、「絵をラジコン操作で描くような」違和感を感じ続けたままでした。ですから、私の中ではあくまで「ラジコン操作を上達して絵を描く」という意識でペンタブ技術が発展してきました。

 

液タブは相当いい感じに感覚が近寄りましたが、ガラスの厚さや本体の熱と厚み、据え置きモデルの場合はスタンド(脚)と極太ケーブル(私の使ってたのはDVIだったので酷かった‥‥)、座標精度の低さ、そして解像度(ppi)の低さゆえに、やっぱり「画具」には感じられませんで、心のどこかで「コンピュータ機器」として線引きしていたように思います。

 

そして、iPad ProとApple Pencilの登場。その使い心地の「感覚の近さ」は、このブログで書いてきた通りです。

 

しかし、なぜ、20年近く違和感を感じ続けたペンタブの「私の中の壁」を、iPad Proによって突破できたのか、実は私自身、よくわかっていないのです。

 

自己分析してみると、おそらく、スケッチブックくらいの厚さと重さ、ケーブルに邪魔されることのない軽快さ、Retinaの高詳細画面、ペン先と描画の一致感など、今までのペンタブが超えられなかった「コンピュータ機器」然としていた境界を、はじめて超えてきたから‥‥だとは、思っています。

 

要は、自分をペンタブの都合に合わせなくて良い‥‥ということでしょう。

 

結局、私はオールドタイプなのだと思います。この20年近く「コンピュータ汗まみれ」で毎日仕事をしようが、感覚は20代前半までに定着した「現実の指先の感覚」のままなのでしょう。

 

紙と鉛筆、画用紙と画筆、キャンバスと油彩筆、ケント紙とペン、リキテックス、水彩、インク、コピック、日本画水彩、etc...。小さい頃から体に染み付いた、これらの感覚を、私の体は忘れることができず、コンピュータ機器の領分を超えて「こちら側」にやってくる、新しいペンタブを無意識に欲していたのでしょう。

 

もちろん、今までの20年間で、板タブで稼いだ仕事は数知れないですし、金額にすると結構なものです。しかし、心のどこかで「板タブでも仕事はできる」と強がっていたような節があります。‥‥その証拠に、確実に線画をビシッと決めたい時には、必ず鉛筆かシャープペンを用いて紙に描いていました。

 

要は、どんなにコンピュータに馴れた気でいても、いざ絵を描く時に、一番頼りにしていたのは、紙と鉛筆だったのです。

 

 

なのに、iPad ProとApple Pencilは、紙と鉛筆で築いた「牙城」を突き崩し、今や、私の机には筆記具は厳選した数本のみ、作画用紙は皆無です。

 

iPad ProとApple Pencilは、ちょっと速いストロークをかませばレイテンシーは目に見えるし、ペン先と描画面の距離は空いておりゼロではありません。やっぱり、紙と鉛筆の一体感には未だ到底及びません。

*ちなみに、Mobile Studio Pro 16の最上位機種でも、ちょっとストロークを速くしただけでレイテンシーは発生してました。現在のコンシューマ製品の能力の限界なんでしょうネ。

 

しかし、紙と鉛筆の感覚からどんなに意識しても逃れられない「オールドタイプ」である私が、なぜ、iPad ProとApple Pencilを許容できたのか‥‥は、前述した通り、「境界の最低ラインを超えてきた」からだと思います。自分の体の感覚が、iPad Proを「コンピュータ機器」ではなく、「画具」として認知したのでしょう。‥‥何か、他人事みたいな口ぶりですが、「体に馴染む感覚」は頭で思い込めるほど容易なものではありません。体の感覚が受け入れないとダメなのです。‥‥少なくとも私は、です。

 

 

20代前後の若い世代の人間には、板タブを苦とも思わない「ニュータイプ」がいます。おそらく、そうした人たちは、そうした人たちでしか築けない、新しいフィールドを形成していくのでしょう。

 

しかし私は、死ぬまで、自分のオールドタイプな感覚から離れられません。とはいえ、もはや、iPad ProとApple Pencilが存在する以上は、なろうとしてもなれないニュータイプを目指さずとも、いくらでも創作活動を続行できます。

 

考えたことがすぐに描けて、鉛筆にもペンにも油彩にも水彩にも、アクリルにも水墨にも、何にでもなる画材。しかも、描いた絵は、ネットワークを自在に飛び回ることができる。

 

私自身は、団塊ジュニアの先鋒として生まれ、コテコテのオールドタイプなのはしょうがないとしても、よくぞ、技術進化が今に間に合ってくれた‥‥と、時代性に感謝する日々‥‥でございます。

 

あと5年、iPad ProとApple Pencilの登場が遅かったら‥‥と思うと、冷や汗ものです。まあ、逆に、5年早く登場していてくれたら‥‥とは思いますが、それは有りえない「歴史のIF」ですネ。

 

 

とまあ、1月は新年スタートで、思うところもたくさんあり、気の向くまま、こうしていつもの月よりも多く、文章を書き綴ってきましたが、自分の考えを書くことで、自分自身の思考の整理もしているのでしょう。結局は、自分に言い聞かせているようなもの‥‥ですもんネ。

 

来月(いや、今も既に)からは中々に忙しいiPad作画の日々。iMacの新型が楽しみではありますが、粛々とコツコツと仕事をこなしていかんとネ。

 

2017年か。‥‥まったりと布石を打っていくには、ええ感じの年‥‥ですネ。

 

 

 

追記:

iPad Proのことばかり書いてますが、Cintiq Proの16インチは、中々期待度の高い製品です。Cintiqを接続するマシンの性能が影響するので、Cintiq Pro 16(4Kモニタ相当)だけを購入してもダメですが、高いスペック(CPU、GPUとも)のマシンを持っているのならCintiq Pro 16は期待しても良いように思います。

 

写真は、既に発売中の13インチ、2Kモデルです。

 

本命は何と言っても、もうすぐ発売予定(2017年1月現在)の4Kの16インチモデルですが、マシンのビデオ性能が低いとNGですので、購入前には自分のマシンの性能をよく確認してから‥‥です。


雑感。

2月は猛烈に忙しなることが確定なので、もぐっちみーたんを今のうちに買っておきました。

 

 

購入した理由は、前々から多用途クッションとして、注目していたのです。

 

 

 

おそらく、2月は毎日、来る日も来る日も、iPad作画、iPad作画、iPad作画‥‥。

 

今、カウントできるだけで、4つ、iPad系(?)の仕事が重なってるので、マウスよりはApple Pencilを持っている時間の方が長そうです。

 

 

今から、20年以上前に、Photoshopを初めてイジった時に、「これを仕事にして、お金が稼げる」と思ったものですが、iPad ProとApple Pencilは、その時と同じか、それ以上の手応えを感じています。

 

イヤラシイ言い方をすれば、iPadは「道具としての、お金の匂いを発散している」とでも言いましょうか。既に百万単位の利潤の元はiPad Proが作り出していますしネ。

 

ある人は「でも、iPadで仕事する「くち」なんて、どこにも見当たらないんだけど」と言うでしょう。‥‥既存のシステムがないと何もできないんか‥‥という話です。

 

仕事とは、誰かがシステムを作ってくれるのをまって、型が出来上がるのをまって、受注するのではなく、こういうことができます、ああいうことをしましょう、こんなことをしてみましょう‥‥と状況を作り出すものでもあるのです。仕事のカタチなんていうものは、既存のものに加えて、自分でも作っていくものです。

 

でもまあ、そんな「お説教」めいたことなど、ぶっちゃけ、どうでもいいこと。当人の行動指針やバイタリティの問題でもありますしネ。

 

 

実際、私の作業割合の中で、iPad作業の比重がどんどん大きくなっているのは、事実です。iPadを打ち合わせや会議に使うだけでは、実感も湧きにくいでしょうが、実際にiPad Proで作り出したものが即物的にお金に変わっていけば、「金を生み出す道具」としての実感を強く持てます。今後数年、積み重なって、千万単位の利潤の元になるのは、ほぼ確実です。

 

iPadで絵コンテを描く人もいますし、私は線画だけでなく色を使ったボードも描きますから、使い方はその人次第。

 

厚さ7ミリで700gの薄っぺらく軽いiPadが、まさか、私の仕事の中心まで深く喰い込んで来ようとは、数年前では予測できなかったことです。

 

全く大袈裟なことではなく、私の今後の「仕事人生」をも変えていくポテンシャルを、iPadとその周辺のソリューションは秘めています。

 

 

絵を描く人間、映像を作る人間にとって、道具とはそれほど、大きな存在なのです。今まで、紙と鉛筆で作画してきたアニメーターが、その紙と鉛筆でどれだけの多くのお金を稼いだかを考えれば、紙と鉛筆って、めちゃくちゃ凄いな‥‥と改めて思いますよネ。

 

 

 



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