クチパク

アニメでのクチパク。演奏するふりして音源を流すMVのことではなく。

 

口パクは、現在のアニメ、特にテレビですと「閉じ口、中口(半口)、開き口」の3枚セリフが定着しており、ツイッターで「どんなシートワークが適切か」みたいな議論を見かけます。

 

まあ、要は、あくびに見えたり、止まって見えなければ良いだけで、動きの基本をそのまま適用すれば良いだけです。合理的に考えれば簡単にシートのパターンは見つかります。

 

でも。

 

口パクを3枚で済ますのは、アニメの歴史で言えば、必要最低限であり、「それが基本だ」といっても、狭義の「日本のテレビでの、お金をあまり使えないアニメ」の経験則でしかありません。

 

現在の20〜40代前半の人は、あまり聞いたことがないかも知れませんが、その昔、「合作アニメ」というジャンルがあって、要は欧米(特に米)から受注したアニメのことですが、そのアニメ制作においては、口パクは最低でも「Eくち」、つまりABCDE=5枚は最低描かされておりました。

 

標準では、GもしくはHの口まであり、欧米のプレスコ方式に合わせて、セリフの「発音」に同調するよう作画していました。

 

 

>プレスコ

プレスコとはプレスコアリング (prescoring) の略で、台詞や音楽・歌を先行して収録する手法である。「プリレコーディング」 (prerecording) や、その略である「プリレコ」とも呼ばれる。
アニメーションの作成においては、収録された台詞や音楽に合わせて絵を描き、作成する。また、ミュージカル映画でもよく用いられ、先に収録された歌やタップなどの効果音に合わせて俳優が演技を行う。

 

 

A〜Dが、閉じ口から大開き口への段階的クチパク、D〜Fが「オウ」の発音を描き、GやHは「ヴ」「ス=TH」の口だったように記憶します。うろ覚えなので、ズレているかも知れませんが、とにかくクチパクの枚数は多く、ぶっちゃけ「枚数が稼げる、つかの間の安らぎ」の1つでした。

 

ここで勘が良い人は思うはず。「そんなに細かくクチパクを設定したら、中セリフはどうすんの?」‥‥ということですが、そこはそれ、プレスコのスポッティングに合わせて「一番近い発音の時間的グリッドに沿わせて、中セリフを合わせる」ことで作業していました。

 

もっと、根本的な疑問。「そんなに細かくクチパクを合わせる必要があるの?」‥‥‥ですが、それは私も知らん。理由は知らん。

 

「口は細かく合わせてくれ。金は払う。」という欧米のオーダーに準じていただけです。‥‥というか、いち動画、いち原画の、しかも駆け出しの頃の私がクチを挟める領域ではなく、特に動画の頃は「口パク、枚数多くてラッキー」だったので、そのまま従順に作業していました。

 

なぜ、あの頃の合作アニメが、あんなにセリフの発音描写に細かかったのか‥‥を、真の理由を知っている人がいたら、いつか、呑みながら教えてください。

 

 

ちなみに、合作でも「口パク3枚でイケる」と判断した作品もあったようで、3枚セリフの合作もありました。

 

しかし主流はあくまで「いっぱい口パクがある」合作で、実際に原画を描く時には、必要なクチをスポッティングから拾って描いていたので、結構煩雑でしたヨ。「A1の時は、BセルのセリフはA,B,D,F,Hか」‥‥みたいな感じでセリフの枚数は一定ではありませんでした。セリフ口のフルセットの場合、原画で描く口はA,D,F,G,Hと5枚くらい描いて、中割りはB,C,Eだったような記憶があります。‥‥でも、それも、各社各作品で色々だったんですけどネ。

 

合作の作監を担当されていた方なら、その辺の記憶が私よりもはっきりしている人もおられると思います。

*私は駆け出しの動画・原画の時期で、一生懸命こなすのが精一杯で、合作アニメの口パクのシステムを冷静に俯瞰視する余裕がなかった‥‥のです。GやHの口を面白がって描くココロの余裕もありませんでしたし。

 

 

そうした新人時代の経験もあり、また、特に女性キャラの「ウ」の口は中々魅力的なフォルムでもあるので、新しいアニメーション技術では、閉じ口と開き口だけでなく、「ウ」の口、タコちゃんの「チュー」まではいかないけれど、「ウ」の発音グチもデフォルトで作ります。

 

*ちなみに、タコのキャラクターと言えば、貝印の「タコヤン」が可愛くて好きです。

*つーか‥‥今になって気づいたけど、実際は、吸盤はおもて側にはついてないよネ。‥‥イメージです。あくまで。‥‥勢いで思わず描いてもうた。

 

また、女性が「Oh, my Gosh...」のあとで上目使いで下唇をかむクチ(ぶりぶりな演技)も、必要に応じて、口の演技の流れに取り入れてます。

 

こうした口の動きや演技を、無理やりに、昔でいう「クチパク」の枚数で例えれば、3枚なんて極少枚数(つーか、今は閉じ口描き込みで2枚???)ではなく、120枚換算になります。口の動きを60fpsで少なくとも2秒間で表現してリマップするので、枚数で無理矢理に数えればそうなります。

 

まあ、要するに、「口が喋っているように、アニメーションすれば良い」だけです。

 

 

 

今のアニメキャラの傾向で言えば、3枚セリフでクチがまさに「パクパク」動いていれば、要求は満たせましょうし、無用な事故を未然に防げもしましょう。

 

そもそも、プレスコしないのであれば、発音に口パクを合わせるなんて無理ですしネ。実際にセリフを喋っている区間を、それらしく3枚のセルでやりくりするだけです。「パクズレ」でシートを修正するのも、プレスコとは全く違う行為ですしネ。じゃあ、プレスコが理想なのか‥‥というと、そういうわけでもなく、プレスコはプレスコで欠点もあります。

 

現在の作業上のノウハウや慣習は、絶対的な法則でも決まりでもなく、作風やクオリティによって大きく基準が異なります。どんな時にでも通用する流儀や采配ではありません。演技によってはなんでもかんでもクチをハッキリとパクパクさせないで、「1212132」なんていうボソボソした口の演技も必要になりましょうし、口パクにどうしても4枚の絵が必要になる場面もありましょう。

 

 

なんか‥‥‥時代が進むと、絵柄のトッピングはどんどん過剰になるけど、アニメ技術の基礎部分の多様性はどんどん失われて、単純化して簡略化していきますよネ。

 

口パクはまさに「顔の演技」ですが、その多様性は必要最小限のギリギリまで減少して、アニメーション演出上の「Offensive」「Maneuver」「Surprise」は完全にマンネリ化し、見る側に「アニメなんてこんな程度だろ?」的に先読みされている感が否めません。

 

‥‥そんなの面白くないです。

 

せっかく苦労して作るんですから、色々と工夫していきたい‥‥と思います。新しいことができるチャンスに恵まれたのなら。

 

 

 


新製品

今年ほど、新製品の待ち遠しい年はないです。色々と必要になりますからネ。

 

今月3月のAppleのイベントは「教育」がテーマらしく、映像制作に関連する新製品は期待できなさそうな感じです。まあ、やはり、6月のWWDCですかね、本命は。

 

iPad Proの新型、Mac Proの新型は、業務の根幹に関わる重大な製品なので、噂が本当になるのを楽しみにしています。6月に発売‥‥までいかなくても、発表はして欲しいな‥‥。

 

既に発売されたiMac Proはね‥‥、色々と難しい製品なので、ちょっと思案中。内部の性能が高いのは良いんだけど、外部の‥‥つまり、モニタの性能がプロ用途で使い物になるかは微妙なんですよネ。色彩計でちゃんとキャリブレーションできるんだろうか。「ディスプレイP3」としか宣伝していない時点で、ちょっと危うい(業界標準の色域にぴったり適合できない)‥‥というか、「ちゃんとしたモニタは別で用意してね!」という雰囲気まんまんです。

 

その「作業で使えるモニタ」のスタンダード。‥‥つまり、EIZOの新製品も気になります。何を言うても現場では、ナナオのモニターは標準になりますもんね。もちろん、新製品期待の主眼はHDRモニタです。4K解像度はもはや当然で、新製品の焦点は、ST 2084やBT.2020(BT.2100)を明確に扱える(「鮮やか」とか「フルレンジ」とかの中身の謎なプリセットでなく)性能を有していることが必須で、かつ(ここが現場で重要なことですが)、ある程度廉価なモデルが出てくれるのを期待しています。まさか「数万」なんて言わないけど、20万円前後レベル(できれば10万円代)で10bitで2020対応の廉価な標準モニタが出ると良いな‥‥と期待しています。LGの10数万のモデルの上は、一気にEIZOの60万‥‥では、作業者に行き渡りませんもん。

 

それとは別にマスモニ。これから先、ちゃんと4Kをやるんなら、アニメ会社でもDP-V2420やBVM-X300(クラスの製品)の導入は免れんだろうなあ‥‥とは思います。納品する過程でどうしても必要になるでしょうから。

 

 

まあ、2018年度からは、そうした機材の新製品など、お金の話も含めて、ぐるぐるどろどろと動きが流れ始める‥‥予感です。

 

「新製品が待ち遠しい」というのは、最近のアニメ映像制作にはなかったワクワクドキドキ感で、なにやら懐かしい感じです。

 

20年くらい前は、新製品が出れば「できることが増え」て、新製品が出るたびに一喜一憂して楽しかったものですが、またそんな時代が到来して、ものつくりに没頭できるのは嬉しい限りです。

 

ただ単に故障等による機材更新ではなく、機材の「性能面」でのリプレースによって、できることが増えて、具現化できることも増えて、映像表現を盛り沢山に作品に注入して、新時代の品質基準を作ることができるのは、2018年を生きる人間の特権‥‥だと思います。

 

 

 

 


固執する危うさ

私は新しい作画技術〜アニメーション技術に軸足を据える一方で、旧来の現場の仕事もそれなりに並行しています。加えて、メカやエフェクトだけでなく、キャラの作画も引き受けていますが、それは「何かに偏り過ぎる」危うさを経験上知っているから‥‥と言えます。理屈よりも感覚で、「あ、夢中になり過ぎてる。偏り過ぎてる。」と自己防衛本能が作用するのでしょう。

 

シリアスな作風ばかりやっていると、やはり「偏ってるな」とリミッターが働き、エロコメみたいなのも依頼があれば引き受けたりします。仕事を選ばない人だなー‥‥と思われがちですが、偏りを和らげるバランス感覚は必要だと思っています。

 

できる限り、新しい技術の体系作りに関係する作業に従事しようとする一方で、旧来技術の「独壇場」「真骨頂」もわきまえ、1つのポリシーやドクトリンに固執しないよう、柔軟さを心がけています。

 

 

 

1枚岩って、頑丈で力強い反面、岩の側面や後ろに回りこまれたら、一気に総崩れになるのです。みんなで結束して一枚岩だ!‥‥ということは、皆が同じ弱点を有することでもあります。もし新しい時代の波が、その1枚岩の急所を突いた時、なまじ同じ性質で団結していたがゆえに、砂糖の山に水をかけるかのごとく、全てが溶けて消えてしまうでしょう。

 

全ての物事にはぞれぞれ独自の性質があり、1つの物事に過信して固執することは、絶滅や大量死を意味します。

 

ゆえに、自然界は「交配と遺伝子」という仕組みを作り上げたのでしょう。雑種の方が純血種より免疫力が高い‥‥なんていう話も聞きます。

 

「これが本命だ。未来はこれなくしてあり得ない!」と確信していても、それは確信するだけに留めて、色々な可能性を同時に進行させるのが肝要と心得ます。

 

 

 

一方、旧来の現場、特に作画はどうか‥‥というと、今までの作画技術に固執している向きは否めません。新技術に邁進する私よりも遥かに、現在の現場で作画に携わる人のほうが、技術に固執しているように思えます。

 

今の作画方式を続けるしか可能性がない。だから固執する。‥‥非常に危ういことです。

 

実は私は、新しい技術でアニメーションの基礎から構築し直す取り組みとは別に、もう5〜6年前から旧来作画ベースで4Kに対応する取り組みも着手しており、大まかなガイドラインはもう出来上がっています。ペンタブ系の作画、通称「デジタル作画」で4Kで‥‥という話になれば、その方式になるだろうと考えています。

*たしか‥‥このブログでその話題を以前に書いた記憶があるのですが、記憶が曖昧で‥‥。

 

しかし、旧来作画ベースの映像制作の限界が低いのは否めません。4Kを意識したキャラデザインを手描きで何千枚と描く方式には、やはり限度があります。プロペラ機が最高速度を競うようなものです。「800Km/時」が限界です。

 

800Km/時の最高速を、900Km/時に上げるために、恐ろしく莫大なコストをかけたとしても、「音速領域」には到達することができません。

 

 

*F8F「ベアキャット」。私の大好きな戦闘機です(写真はレース用のレアベア)。コイツが日本の空に来襲する前に、戦争が終わってホントに良かったよ‥‥。

 

とは言え、いくら速度限界が800Km/時でも、プロペラ機が世界から完全に消えたわけではありません。

 

旧来の作画技術も、技術をさらに拡張した「描き送り作画の最終形」として、未来の可能性は留保されるべきでしょう。

 

 

一方、新しいアニメーション作画技術は、「人が操縦する」ことには変わりないですが、同じく飛行機で例えるならば、エンジンはプロペラ=レシプロではなくジェットエンジンです。現在の空港、現在の空軍を見れば、そのほとんどの飛行機がジェット化されているのと同じく、作画技術においても、新しい時代の映像技術・娯楽のインフラを使いこなして活躍するためには、肝となるエンジンの入れ替えは必須でしょう。

 

ジェットエンジンは、機体の設計もあいまって、容易く音速を超えます。レシプロでどんなに苦労しても不可能だった音速を‥‥です。

 

*F-16。見飽きるくらいどこでも見かける、世界的ベストセラー機ですが、やっぱりかっこいい。性能の高さは美しさとして表にあらわれますネ。

 

だから、これからのエンジンは全てジェットだ、ジェットは素晴らしい!‥‥となると、それはそれで容易に足をすくわれます。新技術に固執し過ぎて柔軟さを欠いて、コテンとひっくりかえって勝機を逃す原因にもなります。

 

ジェットにはジェットの特性ゆえの利点と欠点があることを、絶えず意識し、旧来のレシプロの利点と欠点も考慮し、総合的に運用する「度量の深さ」が求められます。

 

 

何か1つに、固執するのは危ういです。

 

それは旧時代視点でも、新時代視点でも、です。

 

 

今、私が作業している旧来技術ベースの原画の仕事は、コンポジット含めシーンまるごとの引き受けで、わたし的には「この仕事をもって、私の旧来作画技術の締めにしよう」と思っていましたし、以前のブログでもそう書いたのですが‥‥‥‥う〜ん、何だか、そうなりそうもない予感がしてきました。

 

レシプロとジェットの2つは、どちらも「飛行機のエンジン」であるがゆえに、そう簡単に「どっちか1つ!」‥‥にはならないのでしょうネ。

 

 

 


ギブソン

どうやら、レスポールでおなじみのギブソンが、経営危機だとか。

 

●「ギブソン」が経営危機、老舗も苦しむ深刻なギター不振

http://diamond.jp/articles/-/161152

 

ギターが売れていない‥‥とのことですが、実際、どうなんでしょうね。

 

まず、何よりもさ‥‥。

 

フェンダーUSAやギブソンは、とにかく高いじゃん?

 

以下のリンクは、イケベ楽器のギブソン・レスポールコーナーです。

https://www.ikebe-gakki.com/ec/srDispProductTagSearch/500/1/100

 

高ッッッ!

 

 

私は1本も、フェンダーUSAもギブソンも持っていません。特にギブソンは、「ギブソンを買うくらいなら他のを買う」とすら思う人間です。

 

まあ、エピフォン(ギブソンのエントリーモデル)は何本か持ってますが、私に限らず、高い金を出してあえてギブソンを買う人って、周りにはいないんですよネ。

 

調べて見ると、実は昔のような20万〜50万のギターばかりではなく、10万円以下のもあるにはあります。しかし、やはりメインは20〜30万円クラスのものばかりです。

 

買う? ギブソン1本に30万円も?

 

私だったら30万円も使えるのなら、イバニーズがシェクターあたりのを4〜5本買うわ。

 

音楽を弾いて楽しむのなら、ギブソンのレスポールに30万円使うのではなく、ロック、ジャズ、フュージョンで使えるギターを4〜5本ミックスで買った方が、音楽そのものを楽しめると思います。アームなしストラト系24F、ロックアームのストラト系24F、セミアコ1本、ダブルカッタウェイの22F、シングルコイルのストラト系‥‥の5本、4〜8万円のをミックスして買っても、30万で収まります。

 

 

 

全体の売り上げが平均的に落ちているのか、高価なギターの売り上げが落ちているのか、割合が示されないと、「若者のロック離れ」と言われても釈然としません。

 

ギブソンの不振と若者のロック離れを結びつけるのは、ものすごい違和感を感じます。過去から現在にかけて、ギブソンが若者と共に歩んだことなんて、実質無かったとすら思います。高校生・大学生がギブソンなんか所有できるのかよ‥‥って、ギターを知っている人なら思うはず。若くても所有できるのは、レスポールのコピーモデルか類似デザインの別メーカーのでしょ。

 

どちらかというと、「フェンダー&ギブソン離れ」と言った方が良いようにも思います。私の歳ですら、ギブソンをありがたがって使う年齢ではないですもん。レッドツェッペリンとかディープパープルがオンタイムだった、もうちょっと上の世代(1950年代後半〜60年代前半の生まれくらい?)はギブソンとか欲しいかも知れませんけどネ。

 

 

ジミーペイジやジェフベックなど有名アーティスト(今はおじいちゃん)が使っていた‥‥というブランドの威力に慢心したような気もします。あくまで、私の意見‥‥ですけど。

 

ぶっちゃけ、ギブソンのラインアップで、欲しいと思えるギターは、レスポール、フライングV、ES-335‥‥って、すんごい昔のばかりじゃないか‥‥!

 

つまり、伝統を守る一方で、モダン(現用)なラインアップの拡充に油断した‥‥のかも知れませんネ。

 

 

 

エレキギターの本質って、何だったのか。

 

「電気」ギターですからネ。「電化が進んだ社会で、台頭した新しい音楽と楽器」だったはず。

 

ギブソンはいつから時代と共に歩まなくなったのか。

 

ギブソンはいつから「ご老人の思い出」になったのか。

 

 

 

毎度の引き合いでスマンですが、これって、アニメも同じですネ。

 

70年代にテレビシリーズの制作技術が格段に発展して、それ以降、基本的には技術内容はマイナーチェンジばかりです。フィルムとセルが消えた時に大きな転換期はありましたが、作画の内容に関してはA4サイズ前後で2コマ3コマのシートのままです。

 

制作の伝統を守ろうと、ブランドを築こうと、作風を貫こうと、やはり、それはそれで、時代性は意識しなくちゃ。

 

伝統やブランドを大切にしつつも、同時に、時代の先進技術を意識し、その上で、何を守るのか、何を捨てるのか、何を新しく手に入れるのかを、真剣に考えるべきです。

 

コロコロ作風を変える必要はないですし、流行りの絵柄に合わすだけが時代性ではないですが、やっぱり、「時代と共に歩む」ことに最大限の知恵を絞らんとさ。

 

 

 

エレキギターもアニメも「時代の寵児」「時代性の申し子」として誕生しました。江戸時代から続く老舗ではありません。

 

電化された近代社会になったからこそ、生まれて育ち、電化社会じゃないと死滅するイキモノです。

 

電化社会はどんどん発展していきます。発展に合わせて、エレキギターもアニメも、新しい品質基準が求められます。

 

電化社会じゃないと生きられないイキモノであると同時に、時代の風を浴びなければ、衰弱するイキモノでもあります。

 

 

もしエレキギターやアニメを死滅させたくないのなら、おじいちゃんおばあちゃんが懐かしんで語る、過去の思い出話‥‥にしてはならないですよネ。

 

「若者離れ」とか、他人のせいばかりにするなよ‥‥って思います。作り手側が「現代離れ」しても、状況は悪くなるんじゃないかな‥‥。

 

 


感覚を数値で表すこと

ブログの記事を色々書いてて我ながら思うのは、私は小さい頃(小学5年だったと思う)からエレキギターを弾いて、兄の買ったプレーヤー寄りの音楽誌(機材記事や楽譜が載ってるタイプの)を読んでいた影響で、「ツマミの位置」=数値で「自分の好きな感じ」を表現することに、自然と馴染んでいたことです。

 

2018年の現代っ子ならいざ知らず、1967年生まれの私が、小学生でエレキなどを弾き始めたのは、自分の意思というよりは「家にエレキがあったから」=兄の影響なんですが、やっぱり、エレキギターや電気オルガン(電気でモーターを回して送風してオルガンの発音管を鳴らす)を弾いてたことは自分の「感覚」の大きな根本を成すように思います。‥‥‥でもまあ、絵を描き始めたのは小学校1〜2年なので、絵の感覚はもっと根深いですけどネ。

 

私がエレキを弾き始めた頃は、インベーダーゲームが日本で大流行しており、「自然界」系ではない操作系に、子供までハマり始めた世代だったとも思います。

*実は私はインベーダーゲームは当時やってなかったんですけどネ。‥‥小学校で「ゲームセンターへの出入り」が禁止されてたから。

 

当時に家にあったのは、グレコのレスポールのコピーモデルと、ELKというメーカーのアンプと、「D&SII」というマクソンのディストーションでした。

 

 

 

今、こうして、D&SIIを眺めると、「バランス」って何をコントロールしていたのか思い出せないんですが、色々とツマミの位置を変えて組み合わせて、一生懸命音を作ろうとしていました。ツマミが3つしかない‥‥と言っても、仮にツマミのボリューム幅を11段階だとして(0から10)、11の3乗=1331の組み合わせが存在しますから侮れません。まあ、実際は使う範囲は2〜10の9段階くらいなので、9の3乗で729通りくらいかな‥‥とは思いますけどネ。

 

エフェクターだけでなく、ギターのボリュームとトーン(といっても私は全て10のフルでしたが)、アンプのボリュームとBassとTrebleとファズ(時代を感じるね)が加わり、組み合わせのバリエーションは膨大です。

*ELKのアンプはトランジスタで、ボリュームの位置で歪みが変わってくることはなかったので、設定要素としては外しちゃっても良いとは思います。単なる最終の音量(マスターボリューム)でしかなかったから。

 

私が中学生になる頃には、CS01というヤマハのミニ鍵盤のモノフォニックシンセサイザーが三万円前後で発売され(破格でした)、友人が買ったこともあって、さらに「表現の数値化」に馴染んでいきました。シンセサイザーはまさに自分の欲しい音をアナログであれデジタルであれ「値」によって作り出す楽器でしたからネ。

 

CS01は今見ると必要最低限の構成のアナログシンセサイザーではありますが、自分の欲しい音を「より積極的」に「数値」で作るのに最適でした。

 

 

ちなみに、「アナログ」という言葉を、「データ化しない=アナログ」「電気や電子に頼らない=アナログ」「生身の人間=アナログ」という捉え方をする人はたまにいますが、非デジタルのディスクリートやICの電気回路による「アナログなデータ」「アナログ信号処理」は往々にして存在するので、「アナログの言葉の使い方がズレている」と感じることがあります。アナログでもめっちゃエレクトリック&エレクトロニックな事例は多いです。

 

話を戻して、私が中学卒業間際の頃は、いよいよ「デジタル」を体現するパーソナルコンピュータ〜廉価なMSXが発売される時代となりました。「人々のヒットビット」のアレです。

 

今では信じられないほどの超低スペックなコンピューターでしたが、私にとっては「ミュージックマクロ」という「シーケンサー的な」機能とFM音源との組み合わせにより、夢のような世界を提供してくれるコンピュータでした。‥‥が、やっぱり自分では買えず、友人のMSXを使わせてもらってマクロを打ち込んでいました。

 

そして高校を卒業してアニメーターになって、人並みチョイ以下くらいにはお金を稼げるようになって、「デジタルデータ」で楽器を制御する「MIDI」に突入します。MIDIに手を染めた最初の頃に買ったのは、TX81ZとMT-32とQX5でした。

 

 

 

 

MIDIは演奏をデジタルデータとして記録し(あくまで演奏の動作を記録し、音声をデジタル記録するわけではない)、再現することができました。

 

ノート(音=ドとかレとかミとか)を記録し、音の強弱や発音の長さを記録し(ppやff、レガートやスタッカート)、ペダル(ピアノのダンパーペダル)のオンオフを記録し‥‥と、人間が楽器を操る動作を細かく記録できました。

 

昔にもピアノロールという自動演奏システムがあり、ラフマニノフやマーラーが直に弾いて記録した演奏を再現して聴くことができますが、MIDIはピアノロールの現代版というべき機能を提供してくれていました。

 

MIDIはピアノの音色だけにとどまらず、様々な音色をマルチトラックで1系統16トラック(16チャンネル)まで重ねることができたので、頑張ればオーケストラ規模の楽曲も、当時の音源でショボい音ながらも作ることが可能でした。

 

でもそれはすなわち、大量の数値で音楽の表現を具現化することであり、絶え間ない「数値責め」に対して、「数値返し!」で負けずに応酬していました。

 

 

こうやって、書いてみると、自分は結局、コンピュータに馴染むべくして馴染んだ‥‥とも言えますが、当然のことですが、絵なり映像なり音楽を作っているときは、使っている道具がなんであろうと、数値なんて具体的には意識していません。信号のレベルオーバーなどを数値でイメージすることもありますが、頭の中が数値で動いているわけではないです。あくまで、生身の感覚です。

 

「数値ありきで表現している」のではなく、「表現を数値に置き換えている」のです。

 

「言い方が逆なだけじゃん」‥‥と、言葉遊びのようになってしまいますが、重要なことです。

 

表現が目的、数値は手段

 

‥‥という、「逆だったら絶対にNG」な極めて重要なこと‥‥なのです。

 

ですから、私は正確には、

 

表現のためなら、手段の数値化も厭わない

 

‥‥というだけです。決して、コンピュータのために映像を作っているのではなく、映像のためにコンピュータを使っているに過ぎません。

 

 

人には、目的よりも手段のほうが重要‥‥という人もいます。それはそれで構わないと思います。

 

鉛筆で絵を描くことこそ、自分の最愛の行為‥‥と言う人がいても、批判すべきことではないです。例えばショパンのように、ピアノという絶対的存在ありきで音楽を作り続けた作曲家もいます。

 

手段を優先しても、人の心を打つ作品は作れましょう。表現を極めさえすれば、です。

 

 

私は結果物に重きをおく人間だ‥‥というだけです。手段を変えるのは、さほど苦痛ではないです。必要なら率先して手段を変えます。

 

一方、商業作品制作においては、手段よりも結果のほうが重んじられますし、商業世界においては「時代性」も必要です。ゆえに、手段に固執するのは、あまり良い選択とは言えない‥‥とは思います。個人作家で特定のファンが多くいてビジネスが成り立つ‥‥という場合でもない限りは。

 

 

 

表現の数値化は、深刻に考えるとドツボにハマりますし、軽く考えるとハズしてダメだし、中々手強いです。でも、結局は自分の脳内のビジョンと「答え合わせ」すれば良いだけですから、キーフレーム1つ1つにビジョン・イメージを反映させていけば良い‥‥だけです。

 

でもまあ、表現の数値化を「ソフトウェアの設定した範囲」に合わせるのは、正直、面倒ではありますネ。

 

あと、現状のソフトウェア&ハードウェアの限界もあります。MIDIの強弱(ヴェロシティ)は0-127とショボいし、音源の表現力もよほど高い音源を買わなければ生の楽器には近づけません。映像においても、生の人間の視覚ダイナミックレンジは、現行のテレビ放送なんて目じゃないほど、鋭敏で繊細です。sRGBやRec.709のモサっとした濁った色彩で、よくず〜っと今まで我慢してきたと思うほどです。

 

なので、私は、4K60pHDR、8K120pHDRなんて聞くと、夢がどんどん広がるんですよネ。

 

 

 

 

 


今ごろ気づく

Appleの開発言語「Swift」を、私はmacOSのデスクトップで使うソフトウェア開発に使おうと思っています。iPhoneで使うiOS用のソフトウェアではなく。

 

 

‥‥でも、ふと気付きました。

 

iOSって、作画で絶賛使用中のiPad ProとApple PencilのOS‥‥でもあるじゃん。

 

 

げげげ。‥‥なんで今ごろ、それに気づくのか。

 

iPhone=iOSのイメージが強すぎて、作画用のiPad Proが結びつきませんでした。

 

Swift本を読むと、加速度センサーとか、いかにもiPhoneで楽しそうな項目が目に飛びこむし。

 

 

作画用iPadで使う、オリジナルのソフトウェアを自分で作ろうなんて思いもしなかったわ。

 

つまり、ProcreateやクリスタiOS版を日頃使っていて、業務に便利な橋渡し用のヘルパーツールも、SwiftとiOSで作れるんですよネ。

 

 

すぐにでも考えつくのが、ファイルのダウン・アップロードの際の自動による作業情報記録です。

 

銀行のATMでもそうですが、入出金の操作が通帳データの更新にリンクしていますよネ。ATMで出金した後に、窓口にいってわざわざ通帳記入なんてしません。ATMでの操作は通帳の内容記録も兼ねています。

 

アニメの制作システムも同じで、作業者が作業を完了してサーバに結果物をアップした時に、作業進捗管理のデータベースも自動記録されて然りです。2000年代に私らが使っていた撮影補助ソフト(xtoolsという自己開発ソフトです)は、作業開始終了の情報やデータのスペック(尺や寸法やコーデックなど)を自動記録していました。

 

作業者が素材や結果物のアップ&ダウンロードとは別の手間で、進捗管理のためにわざわざ手入力で「管理ソフト」に情報を入力する‥‥なんて、あまりにも時代錯誤です。自動化で手間を減らしてこそ‥‥なのに、手間を増やしてどうすんの?‥‥という話です。

 

Procreateやクリスタの作業を終えたら、データをサーバにアップロードするヘルパーソフトが、データベースへ「誰がいつ何を作業完了した」かを同時に記録すれば、どんどん進捗情報が記録されて把握しやすくなります。今風に言えば、各カットの進行状況のトラッキングです。アマゾンやピザ屋さんの配送状況みたいな。

 

地味〜なアプリですが、せっかくSwiftを使うのなら、iOSにおけるネットワークアクセス関連も掘って、チャレンジしてみようかな‥‥と思った今日昨日‥‥です。

 

 


プレイアビリティ

Apple Pencilでの描き仕事において、自分にあったペンの設定を見つけて、楽に線が引けるようになると、確実に能率があがりますし、ストレスも軽減されます。

 

私にとって、筆圧と描きやすさは密接な関係にあります。できるだけ微妙な力加減で線の太さが変わるのが、私の好みです。‥‥そう言えば、ギターの時も、微妙なニュアンスを微妙なタッチでコントロールするのが好みでした。

 

「プレイアビリティ」=演奏性の好みは、音楽だけでなく、絵にも個人の共通した特徴が表れるのかも知れませんネ。

 

しかし、iPad ProやApple Pencil、ProcreateなどのAppを、ギターやアンプのような「プレイアビリティ視点」で捉え始めると‥‥‥、相当ヤバいことになります。ヤバい‥‥とは、キリがない=「ギターとエフェクターとアンプの、あの果てしない世界に踏み込んでしまう」‥‥ということです。

 

iPad ProとApple Pencilはハードウェアを細かくカスタムすることは出来ませんので「固定」だとして、そのぶん、ソフトウェアに過度な要求が集中します。Procreateはその過度な要求をあらかじめ満たすべく、あのような細かいペン設定が用意されている‥‥とすら思えます。

 

実際、Procreateでの「筆圧」(=入力ゲイン)に対するパラメーターは強弱の設定だけで何種類あるんだ‥‥という感じで、まるでギターをつないだゲインブースター(エフェクター)+3ボリュームのアンプで音作りをしているかのごとくです。

 

ギターもペンも直接手で操作して表現する道具‥‥ですもんネ。簡単にいくはずもないか‥‥と、改めて思います。

 

 

でもまあ、ギターがギタリストの人となりを表すように、ペン設定も描き手の個性と考えて、楽しみながら、独自のペンを増やしていこうと思います。

 

 


見た目そっくり

先ほど、Appleからのリセットメールそっくりのフィッシングメールが届きました。

 

これ。

 

 

こういうメールが届いた時の鉄則は、メール本文のリンクをクリックしないことです。たとえ、Appleからの本当のメールだとしても、「パスワード」に関する内容ですから、別のアプローチを考えます。

 

 

このメールの言う通り、パスワードがリセットされたと言うのなら、まずはApple本家のiCloudへ直に飛んで、ログインしてみましょう。

 

‥‥ログインできます。リセットされてません。

 

 

 

では、次に、メール本文の「ここでパスワードを再設定せよ」と催促しているリンクはどうなってるでしょうか。

 

 

何? この短縮URL。

 

AppleがこんなURL、貼り付けてくるわけないじゃん。

 

 

じゃあ、メールの送り主は?

 

 

 

なんじゃこれ。

 

なぜ、Appleのアカウントのパスワード再設定のお知らせをアマゾンが送ってくるのか? しかも、配送追跡のアカウント。

 

 

 

ウソ確定

 

ニセのサイトに誘導して、パスワードリセットの際にパスワードを入力させて盗む、ありきたりのパターンです。

 

 

まあ、いまどきは本家ソックリなHTMLメールも色々と出現しています。最近、Google(もちろん詐称)かどっかだか、大手の偽メールも目にしました。どれも「パスワードを再設定して」という内容なので、逆に「はは〜ん」と感づきますけどネ。

 

そういうのには、ひっかからないようにしたいですネ。

 

 

 


うる星と動乱

1980年代のテレビアニメ「うる星やつら」は、Kittyの音源をよく流用していました。特に印象的なのは三枝成彰さんの交響曲「動乱」です。

 

「みじめ!愛とさすらいの母!!」‥‥で劇中の各所で用いられていた他、第2楽章の冒頭部分は、もはや、うる星やつらの代名詞の1つとも言えるくらい、印象的に使われていました。

 

しかし。

 

交響曲「動乱」のCDは現在入手が困難で、「ビューティフル・ドリーマー」のサントラ(星勝さんの名盤)と並んで、「買っておけばよかった」CDの1つです。Apple MusicやAmazon Musicが普及した2018年現在でも、手に入らない音源は沢山あります。私の手元にはカセットテープしかありません。

 

なので、いつものごとく、耳コピで作りました。耳コピは音楽の基本やね。

 

 

*こうした著作権絡み楽曲の自演の演奏は、YouTubeなら「包括的」な契約で、うまいこと処理してくれます。もちろん、他人様の楽曲なので、収益化はダメですけどネ。

 

ピアノ部分はゆっくりなので、この部分だけなら、弾ける人も多いと思います。他の部分はピアノ協奏曲のように、難しい部分が満載ですけど‥‥。

 

制作はこれまたいつもの通り、すべてGarageBandです。映像はまんま、GarageBandの再生画面です。GarageBandは気軽に音楽が作れるので、iMacやMacBook、Mac miniを持っているのなら、使わなきゃ損ですヨ。上質なソフトウェア音源もいっぱい入っています。制作もスピーディーに進み、打ち込みでもリアルタイム記録でもマイク収録でも、大体なんでもできます。できないのは曲の途中の拍子変更(色々な拍子に変化する〜Jeff Beckのスキャッターブレインとか)などですネ。

*何でも可能にしたい場合は、Logicを買えばできます。

 

ちなみに、映像に見えているピアノスコアは、GarageBandの自動のスコアなので、左手小指の根音(一番下の音)が八分音符になってますが、実際は白玉(全音符)で抑えっぱなしです。

 

あと、楽器のレイヤーの並び順は、打ち込んだ順番の都合で、オーケストラスコアの並び順ではないです。私は大体弦楽の低音部から打ち込んでいくので、並び順が逆なんですよね。

 

 

最近は作曲家さんもSEのような音楽を求められる傾向が強いのかも知れませんが、シーンが思い浮かぶ音楽って良いですよネ。

 

折角なので、ピアノ1台で弾けるように、オーボエの旋律をピアノ伴奏に取り込んで、ピアノソロ版も作ってみました。伴奏の分散和音の中に含まれる旋律を浮かび上がらせるタイプの楽曲の演奏に慣れていれば(例えばメンデルスゾーンの無言歌とか)、特に苦労せずに弾けると思います。

 


最初の言語

AppleScriptは冗長です。自然言語処理をするために、ファイルのパスなどはいちいち面倒です。私は最初AppleScriptばかりやっていたので、他の言語を覚え始めた時にはじめてAppleScriptの「浮いてる感じ」が意識できました。

 

file "06_201_bg-ok.psd" of folder "BG" of folder "201" of folder "06" of folder "ABC" of disk "MacHD"

 

いかにも冗長ですが、それこそAppleScriptの真骨頂で、プログラム文が英文として理解できるように設計されていたのです。

 

賛否や好みは別として、それはそれで有意義な言語だったと思います。少なくとも私は、その言語スタイルゆえに「最初のハードル」を独習のみで超えられた実感があります。

 

AppleScriptで全てをこなすことはできませんし、AppleScriptの限界を感じて他の言語を追加で習得したわけですが、最初の言語としてはAppleScriptの開発者の方々には感謝しています。

 

 

ちなみに、AppleScriptでも、もっとチャチャッとファイルパスは記述できて、

 

file "MacHD:ABC:06:201:BG:06_201_bg-ok.psd"

 

‥‥と書くこともできますし、

 

POSIX file "/ABC/06/201/BG/06_201_bg-ok.psd"

 

‥‥とUNIXスタイルで書くこともできます。そんな便利な方法、超初心者の頃はまるで知らなくて、延々と「ファイルオブ、フォルダーオブ、フォルダーオブ、フォルダーオブ...」と書いてましたけどネ。

 

プログラム言語は、習得する過程、上達して色々な方法を体得する過程で、コンピュータやネットワークやオペレーションシステムの理解も深くなり、コンピュータがどんどん「自分の中に吸収されて」いきます。

 

例えば、macOSのシステムのパスだと、外付けハードディスクの中にあるファイルは、「HHD1」という名前のハードディスクの場合、

 

file "HDD1:footages:001.mov"

 

‥‥とAppleScriptで書きますが、同じくAppleScriptでUNIXのパスを扱う場合は、

 

POSIX file "/Volumes/HDD1/footages/001.mov"

 

‥‥という文字列になります。

 

単にファイルを読み書きするスクリプトを作りたいだけなのに、色々とナゾ仕様な「Volumes」が現れて、初心者を混乱させますが、実はその混乱は福音でもあります。当人はウンウン悩んで苦しみますが、混乱を収拾する過程で知識ががっぽがっぽ蓄積していくのです。

 

ボリュームズ? マウントポイント? ルート? ルートディスクとルートユーザーとか色々とあるの? ターミナル? コマンドライン? 不可視項目?

 

プログラムの門を開いて中に進む‥‥ということは、鉄の門の向こうにあってブラックボックスだったコンピュータの中にズンズン入っていく‥‥ということです。プログラムを覚えると、「コンピュータの知識特典」が山のようにオマケでくっついてきます。(‥‥オマケという言い方は、少々乱暴ですけどネ)

 

ある程度の規模のプログラムを作るようになると、否が応でも、コンピュータの知識は高まっていきます。

 

自動車の単なる乗客でしかなかった人間が、たとえ50ccでも自動車モドキを自分で製作すれば、エンジンの中身も開けるし溶接もするしで、格段に基本メカニズムや製作技術に詳しくなっていくのと同じです。つまり、「メカ音痴」ではなくなるわけです。

 

同様に、コンピュータ音痴ではなくなります。

 

そればかりか、色々とコンピュータ言語を扱うようになると、使っている言語の弱点がわかって、自分で言語を強化することすら可能になってきます。

 

例えばAppleScriptは文字列処理が「異様に弱い」のですが、他の言語にあるような「split()」や「slice()」などのサブルーチンを作ってモジュール化し、色々なスクリプト作成時にロードすれば、毎回いちいち「AppleScript's text item delimiters」なんて冗長なコードを書かずに済みます。ちなみに、splitは文字列を分割、sliceは文字列を切り抜く処理です。AppleScriptはソート関連も弱いので、ソート関数も強化して使っていました。

 

 

 

人間は、生まれてすぐに「コンストラクタがどうだ、インヘリタンスがどうだ」なんて語り始めるわけもなく、最初は誰もが「ど素人」だったわけです。

 

私なんか、(何度も書くけど)最初のころ、MacOSだったせいもありますけど、拡張子の「.psd」を堂々と全角で力強く「.PSD」とかファイル名に使ってましたし、「PICTファイル」なのに「.psd」という拡張子をつけたり、メチャクチャでしたが、‥‥‥そんなのさ、初心者は超能力者じゃないんだから、「初心者に向かって最初から解ってろという方がオカしい」んですよ。

*注記)Macの場合、MacOS9までは「拡張子」における動作の仕組みはありませんでした。クリエータタイプ&ファイルタイプという独自のリソースで動作していたので、ぶっちゃけ、どんな名前でも構わなかったのです。

 

ただ、いつまでも初心者ぶって、覚える努力もしなければ、人に聞くことだけで乗り切ろうとするのも、ダメダメです。

 

コンピュータで映像制作をおこなうということは、ほぼ一日中、コンピュータをイジりまくっているのです。だったら、プログラム言語の1つ2つ習得しておいて損はないでしょう。

 

使えないより、使えた方が良いのは、明白‥‥ですよネ。

 

 

 

 



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