デザイン

以前のブログでちょっとだけ紹介した、新しいアニメーションの4Kスナップショットは、静止画1枚ではあるものの、「4K60pの使い方」、そして「新しいアニメーション制作の概念」が含まれたものである事は、勘の良い方ならお気付きになる事だろう‥‥と予測しつつ公開しました。単なるイラストを載せたのではなく、「設計図の一部」である事は、同業者で似た触覚を持つ人ならば、すぐにお判りかと思います。「イラストを描いてみた」‥‥なんて言うほど、私は若くはありません。

4K8K、60〜120p、12bit以上のカラーデプス、多様化する映像端末、etc‥‥。新しいテクノロジーは「味方にしてこそ」‥‥ですよネ。

「新しいテクノロジーを味方にしたいのなら、古いシステムは捨てるべき」です。以前紹介した少女のスナップショット(この記事の画像)は、「古いシステムを捨てることが前提」の絵作りなのです。
*右図のリンク先の今回新たに書き出した画像は4K x 5Kで、JPEGとしては巨大な画像なので、表示の際は通信速度等、お気をつけください。‥‥実はオリジナルサイズはもっと大きくて、6K x 8Kサイズになっております。

図には、「描線を一意として、表現の品質を標準化する」意図を盛り込んでいますし、48もしくは60pで動いた時の「新しいモーション感覚」で最大の威力を発揮するようにも設計しています。つまり、実写でも3DCGでもない、「描き絵を動かすアニメーション」の設計なのです。
*実は私自身、「アニメ絵で作品を作るのがアニメだ」という強烈な洗脳から脱出するのに10年以上かかりましたが、今は「どんな絵を動かすと面白そうか」と、自由に発想できるようになりました。原画から離れ、テレビアニメからも離れ、実写や3DCGなどの作品をいくつも経験したことが、自分に客観視の機会を与えたのだと思います。

つまり、私が目指し準備しているのは、「新しいアニメーション作品のための新しいデザイン」とも言い表す事ができます。デザイン‥‥といっても、絵柄はまさに氷山の一角で、「デザイン」という言葉は「マネージメント」デザインにも「システム」デザインにもかかる言葉なのです。


最近読んだ記事で以下のような文節がありました。‥‥しみじみ、納得。アニメ業界に読み替えても、興味深い内容ではないでしょうか。


なぜ日本メーカーはアップルになれないのか
〜デザインを殺すシステム、もう捨て去る時だ

〜うわべの「化粧」で停滞した日本メーカー


「我々が目にする製品の多くは、ただ見た目を変えることだけを目標につくられている…イノベーションがないばかりか、純粋に時間や持っているリソース、より良く仕上げるための十分な気遣いをすることもなく…」

「〜前略〜 日本のメーカーで、システムやルールから外れたデザインをやることは至難の技です」

「日本のインハウスデザイナーは、海外でいうプロダクションラインデザイナーに相当します。彼らは、製品の発想や創造ではなく、いかにその製品をラインに載せて、商品にしていくかという点において優れているのです。
 自ら何かを考え出さなくてもいい立場で、事業部が開発した技術などに対して最終的にデザインを『施す』ということが多い。つまり、プロジェクトを自ら作るのではなく、途中から参加するといった感じでしょうか。そこから発想できることは、非常に限られています」

「変わらないですよ。非常に保守的です。逆に言えば、そういうしがらみや決められたシステムがあるから、デザイナーにそんな力がなくても、システムに乗ってしまえば、ある程度の仕事ができる。そういう環境の中で、突出したものを作ろうとすると、まずはそのシステムを捨て去ることから始めなければならないのです」



以上、記事からの抜粋でしたが、今後のアニメ業界にも当てはまりそうな内容ですネ。‥‥どんな業種でも、新しいアイデアと技術を元手に、新しいことをやろうとすると、似たような構図が生み出されるもの‥‥なんですネ。


アップル製品で私が何よりも「凄いな」と思うのは、「工場が中国にある」事です。

日本人は言いがちですよね、「中国製品は粗雑だ」と。‥‥しかし、中国製のアップル製品より、粗くてダサい日本製デザインの国産製品はたくさんあります。ものつくりの丁寧さに自負のある日本ではありますが、米国アップルのデザインの力をつくずく思い知らされます。

「アップルかぶれ」したいんじゃなくて、今や世界的企業となったアップルをどんなにうがったマイナス視線で見ようとしても、アップル製品の実品のエレガントさは認めざる得ない‥‥と思います。実物を見れば、「きれい」「かっこいい」と言わざる得ない。‥‥ちなみに、同じアジア生産によるNetBook(死語ですね、今や)を買ったことがありますが、それはもう、各所が不細工でした。‥‥だからこそ、アップルの「デザイン力」「生産管理力」に恐れを抱くのです。

話をもとに戻して。

これからのアニメ業界は、古いシステムに「デジタルで厚化粧」しようと動き始めているのかも知れません。決してデザインやシステムの改革ではなく、デジタルによる厚塗りの化粧。‥‥老いをごまかそうとしている‥‥のでしょうか‥‥?

「デジタル作画」も「ペーパーレス作画」も旧来システムの刷り直しのベクトルへと傾いているように見えます。「使うソフトは何が良い」「自動中割りはどこまで使えるか」と言う話題に関心が引き寄せられるあたり、そしてさらに、「デジタル化」という物言いが示す通り、「今までのアニメをデジタル化」するのが主目的になっているのが見てとれます。新しい技術によって形成される新しい世界で、新しい商売をする‥‥という気概は感じず、「居場所と取り分の確保」や「未来への生き残り」といった防御の構えが濃厚です。

恐らく「デジタル化」を業界が推し進めても、「昔からの難問」は未解決のまま引き継ぐでしょう。「そこが未解決のままでも、今はとりあえず、未来へ生き繋ぐ事が先だ」的な雰囲気を感じますし、「デジタル化で盛り上がっているのに、その話題で水を差すな」的な禁忌なムードも感じます。

私は、旧業界の流れとは別の潮流を作り、今までのアニメや実写などの優れた表現技法は踏襲しつつ、現アニメ業界のシステムでは手に入れることのできない技法もふんだんに取り入れていく所存です。昔のシステムが好きな人々を巻き込むつもりはないですし、業界を変えようとも思いません。仕事をする人にとっても、旧来方式の現場と、新しいタイプの現場の両方を、必要に応じてチョイスできたほうが、選択肢が増えて良いのではないか‥‥とも思いますし。

ただ、旧来現場の急所をどんどん突くスタンスにはなっていくでしょう。「旧システムを捨て、突出したものを作る」のは、別の視点で言えば、「旧システムでは不可能だった要素をどんどん取り入れて、時代の技術進化も味方につけて、古いものに対するアドバンテージを形成していく」事でもあります。

万歳突撃で勝ち負けを決める戦いから離脱するためにも、新しいデザインとシステムは、必然的に生まれ出ずるもの‥‥なんでしょうネ。



 

若い人、覚えること、いっぱい

ここ10年以上、私はあまり積極的に絵を描く仕事に関わらなかった影響か、すっかり「コンピュータで映像処理をするデジタルの人」として周りに認識されております。たまに原画を引き受けると「こいつに頼んで大丈夫なんか」みたいな表情をされるし、「江面さんて、絵が描けるんですね」みたいな事を若いスタッフに言われたりします。経緯を説明するのも面倒なので「‥‥うん、そうね。。。」と受け流すのですが、まあ、仕方がないスね、コンピュータの色々を身につけるには、作画の合間じゃ無理でしたから。

コンピュータのオペレーションシステム、プログラム、ネットワーク、ハードウェア、その他色々を習得するために、全く鉛筆を持たなかった時期もありましたから、「デジタルのひと」と思われてもやむなし‥‥だったと思います。ただ、コンピュータを使いこなしてアニメを作るのに、コンピュータに疎かったら、物事を動かしようがないですから、どうしても通過しなければならない関門だったと思います。

私は色々な知識や技術を身につけるのに、30年かかっている(=現在進行形です)わけですが、では若い人たちも30年かかるのか‥‥といえば、そうではないと考えています。私は行き止まりに直面して迂回したり別のルートを探したりと、現在のメソッドを獲得するまでに相応のロスが発生していたわけですが、もし私が後進の指導に当たれば、私の経験したロス部分・不要部分はカットした上で能率的に習得のプロセスを実践できます。世代を経るたびに若手が早熟になる現象は、周り(音楽や絵画など)を見渡せば、特に珍しいことではありません。

コンピュータを使うのが大前提であり基盤なのですから、例え作画の人間であっても、新時代の人間はターミナルや何かしらのスクリプト言語を手に馴染ませておくべきですし、ネットワークやファイルシステムなどの基礎知識も不可欠でしょう。これらの知識は、習得のアプローチによっては簡単に挫折してしまいがちですが、映像を表現する行為と有機的に結びつけることで、身のある知識として体に馴染んでいきます。映像を作り上げるために、必要な知識なんだ‥‥と思える事がキモなのです。

私のコンピュータ歴はそろそろ20年近くになりますが、若い人にはそれを5年で覚えていただきたい‥‥です。そして、もっとその先に進んで欲しいのです。

人によっては「オレは20年かかったんだから、オマエも20年かけて覚えろ」的な事を言う人もいるでしょうが、私は「苦労話をもったいぶって接して、若手の伸び盛りの時期を阻害したくはない」ので、濃縮されたノウハウや知識を伝承したいですネ。

作画の基礎技術や知識は変わらず重要ですが、それに加えて覚えることがドカンと増えます。「うえ〜」とげんなりしないで、気力も体力も豊富な若いうちに覚えとけば、後で色々と応用が効くと思うのですよ。

それに加えて‥‥ですが、コンピュータを使いこなして、今までとは大きく異なるテイストやニュアンスの絵が動かせる‥‥となると、以前から書いていることではありますが、フレーミングや尺、間(ま)などの映像のテンポも大きく変わることが求められます。

アニメは、アニメ絵ゆえの演出の切り口やテンポがあって、今の状態に落ち着いているわけですが、絵が変われば、「今までと同じでは落ち着けない」わけです。またリミテッドに動きを止める手法も今までのやり方は通用しなくなります。

私が最近取り組んでいるのは、「本編が保つ見せ方」です。色んなテイストが実現できるのは結構なんですが、それが本編の映像としての体を成せるか‥‥は、とても重要な事なのです。中編、長編に耐えるメソッドを確立しなければなりません。

例えば、以前に掲載した「ラフな描線」の場合、絵が止まった時に強い違和感を感じます。だからといって、ずっと動かし続けるのは非現実的(=違和感を払拭するために動かす‥‥なんて本末転倒ですから)です。


*以前に掲載した「お姉さん」の別バージョン。ラフな描線だから、清書しなくて楽だ‥‥なんてことは全くないのです。むしろ、より一層デリケートな扱いが求められます。

つまり、演出法はもちろん、シナリオや企画においても、マインドシフト〜思考の刷新が必要なのです。今までと同じ企画とシナリオ、絵コンテの描き方で、新しいアニメーション技法を使いこなせるわけはないのです。「今まではこのやり方で上手くいってた」なんて、何の言い訳にもなりません。‥‥要は、全方面に対して、シビアなんです。

若い人は、これら企画や演出法の「新しい波」も習得していかなければならないでしょう。‥‥もちろん、新しい事をしたい場合は‥‥ですが。

これは、何もプレッシャーを与えようとしているのでなく、逆に、「色々な事を覚えれば、それだけ選択できるベクトルが増える」と言いたいのです。

私は、若いスタッフを迎え入れた時は、少なくとも私の持つ知識や技能の全てを、できる限り伝承したいと考えています。技術を墓場に持ち込んでも、何にもならんス。‥‥ただ、無作為な方法で不確実に野放図に技術をバラまくようなことはしません。ちゃんと伝承できるように現場を作り直す事が、まず第一歩でしょうネ。

でも、その後のアンタはどうすんのよ‥‥と言われれば、ちゃんとオッサンはオッサンなりのやり方を考えております。40〜50代の人間が、20代の人間と若さで張り合ったって、どうしようもないですもん。歳を経たことで描ける絵‥‥を描いていけば良いのです。描きたい絵が減るわけじゃなし。



 

鉛筆の使い方

 前々回のブログで、私の準備しているアニメーション技法のスナップショットをほんの少し公開しましたが、いくつか質問を頂いたので、公開できる範囲で説明したいと思います。

まず前置き‥‥ですが、技法の大前提として「デジタルとアナログのフラット化」があります。ありていに言えば、「紙もコンピュータも、鉛筆もタブレットペンも、分け隔てなく使う」事です。制作システムはダイナミック(動的)なフローを、コンピュータで制御・管理する設計で、作品ごとに異なる映像表現メソッドを土台から支えます。

キャラクターデザインをすげかえただけで作り方はみな同じ‥‥という現アニメ業界の制作フローから脱却できた上で、前々回公開したような「絵柄の豊富さ」が実現できます。意外かも知れませんが、人のナマの感情を表現しようとすればするほど、コンピュータの制作システムはより高度なものを要求されるのです。人間の感性に根ざして作るものだからこそ、ハイレベルな制作システムが不可欠なのです。

前々回の再掲になりますが、以下のような絵柄の豊富さが実現できます。ラフな描線や水彩画風のものも、そのままのニュアンスで動かす事ができます。





この中から、質問のあった「鉛筆でA2相当で描いた」女の子について、簡単に説明します。

アニメ業界では「鉛筆の使い方にもはや感動などしない」でしょうが、私は鉛筆に色んな可能性を見出しています。もちろん、タブレットも面白いですけどネ(上の淡い水彩画風の女児は、タブレットオンリーの作画です)。

さすがにA2用紙は机で描くにはデカすぎますし、何よりもスキャンが大変なので、分割して描いてPC上で合体します。また、動かせるように計画的に描いておく必要があります。(この辺は技術管理の制約上、現段階で詳しく解説できません。すみません。)




ここで公開している画像は小さく(といっても2K近く)してありますが、実際は8Kくらいの縦寸法です。まあ、この時点で、今の業界フローではナンセンスもナンセンス‥‥ですネ。版権ポスターならまだしも、本編用ですからネ。大きい紙に描く理由は、鉛筆の素朴な味わいを継承しつつ、線を相対的に細くしたいからです。このクラスの大きさ・解像度になってくると、紙の繊維やカーボンの粒子が見た目に直結します。

描線のグレースケールは、ペン画にならないように(=鉛筆を使っている意味を損なわないように)、紙のノイズをカットしながらもニュアンスを活かす調整をします。複数人数で作業する際は、この「線画グレースケール調整」がまず関門となるでしょう。

前々回でもキッパリ言い切ってますが、大きさもさることながら、この髪の毛の描き方では「動画不可能」です。しかし、新しいアニメーション技法なら、今まで以上に自由に動かす事ができます。髪の毛の表現は2007年の本格開発スタート時から取り組んでいるので、技術の基礎は大体フィックスしてきた感じです。

次にAfter Effectsでペイントします。実はAfter Effectsのペイントについては「過渡的」なものと考えています。しかし、領域の修正が容易で、カラーパレット的に色を扱えるので、今は重宝しています。(この辺も現段階では公開できません。スミマセン。‥‥でも、大体、察しはつきますよネ?)




ベタ塗りでも、面白いニュアンスになりますネ。この表現をのれん分けして、別の作品に使っても良いくらいです。

ここに影付けやメイクを、同じくAfter Effectsにてビジュアルエフェクトの知識を応用して施します。メイクに関しては、ぶっちゃけ、「誰か助けて」なんですが、頑張って私がやっています。ネクタイは全くもってリサーチ不足で、かなりテキトーに柄をつけてます。近い未来、メイクやヘアスタイリング、衣裳に、強力なブレインが必要になると感じています。わたし的には、現在の色彩設計さんや仕上げさんに、メイクやスタイリングの知識を併せ持ってもらうか(もちろん、別枠報酬の仕事です)、衣裳畑の人にアニメの知識を持ってもらうか‥‥でイメージしています。




私は作業の便宜上、一番メイクが濃い状態を「ウェット」と呼んでいます。上図はこのキャラのウェット状態の絵です。その反対の、メイクが薄い状態を「ドライ」と呼んでいます。通常は、ドライ状態で本編の絵を作ります。下図がソレです。




メイクを薄めにひかえると、上品になりますネ。このあたりのさじ加減は、作品の傾向で大きく上下すると思います。これで「キャラ素材」は完成です。下図は完成画面(再掲)です。



木陰のシチュエーションなので陰りのある発色の表現ですが、順光のシーンでは、肌のきめ細かい感じを押し出せるでしょう。

「こんな大変なの、作業にどんだけ時間がかかるの?」と思う人もいるかと思います。確かに、原画を送信したら、翌日にはペイント済みのファイルが返ってくる‥‥なんていう今の「2日(ふつか)本撮」撮り切りのペースにはのりません。しかし、一方で、私が本業以外のプライベートな時間を使って、自宅機材で片手間に作れているのも事実です。

2日で本撮を撮り切る状況を、私はもはやどうこう言うつもりはありません。それで都合が良い人たちが多いから、2日本撮のニーズがあるのでしょうから。‥‥まあ、いいか、それは。水掛け論になるから。‥‥ただ、それだけがアニメ制作では無いですよネ。

仕事の片手間に1人で作業する‥‥なんて、極端な制限条件ですが、描いて塗って動かして‥‥が普通に一人で出来る「事実」があるので、それをシステム化するのは充分可能だと確信しております。今の業界の制作技法の出発点となった1996年から関わっているから、しみじみ解るんですよ。

ちなみに作業スペックは、下記の通り。
 
用紙は白色度が高く繊維のきめ細かいものを選びます。坪量よりは「繊維の細かさと白色度の高さ」です。つまり、ペンのカーボンと白地のコントラスト比を稼ぎたいわけです。コンピュータ環境はiMac 5K以外は特筆する事もない、標準的な機材と言えます。

ちなみに、2.5Kモニタ(2560px)で等倍表示すると、こんな感じです。(別ウィンドウで下図像を拡大表示して、Photoshopの倍率表示を見てもらえばお判りの通り)



今回のこの女の子の事例は高解像度なので特別だとしても、4Kを作業するには、2.5Kはもはや「単純に、狭い!」です。Wacomの2.5Kの液タブが出てますが、それを30万で買って、しばらく後に4Kの何らかのタブレットを似たような金額で買う事を考えるのなら、私はIntuosとiMac5Kで当座は乗り切って、4K環境が揃った時にお金を使いたいと思います。

iMac 5Kの4.0GHz i7、そして24〜32GBメモリなら、この女の子の作業は特にストレスを感じません。iMacと言えど現モデルは充分に高速で、作業の足を引っ張る事はありません。加えて、7〜8年もこのタイプの技法に取り組んできたので、「作業を軽くする方法」も定着しつつあるのです。

以上、こうした表現の広がりと深さは、新しい技法の「氷山の一角」です。現時点でダラダラと公開してもしょうがないので、来るべき時まで最小限に控えていますが、「これができるのならアレも」と想像できる方も多いのではないのでしょうか。

映像の再生環境は、もう少し待たないと世間の足並みが揃わないですから、その「休戦期間」に一層の「戦闘準備」をしておくのが肝要でしょう。歴史が物語る通り、「休戦期間の兵器開発」がその後の勝敗を大きく左右しますよネ。

 

撮ま印

私が微力ながら(ほんとに微力すぎるほど微力)、添削協力している「撮ま!」は、従来アニメ制作ワークフローを「渋滞無く」
「事故無く」「違反無く」円滑に進めるのに、最適なテキスト、言わば道交法みたいなものです。

現場にコンピュータの導入された昨今、原画時、動画時、演出チェック時、作監チェック時など、様々な局面において、少なからず作業上の事故や延滞、好ましくない行為が増えているのは、(前にも書きましたが)誰も明確な指針を持たない、いや、持てないから‥‥でしょう。

ちょっと外界に目を向けて、「もし道路交通法がなかったら」道路はどうなっちゃうんでしょうか。‥‥事故や違反、渋滞で溢れかえっているであろう事は、誰でも容易に想像できる事です。道交法が無かったら、道路はまさにKilling Fields、危険な無法地帯と化しますよネ。

しかし、業界内は、明確な道路交通法改正を経ないまま、今の今まで至っているのが現状で、ゆえに、色んな違反や事故が多発している‥‥のかも知れませんネ。現実の道路交通法は時代に合わせてアップデートを繰り返してきましたが、「アニメ業界の道交法」は皆がなんとなく「デジタル用語」を伝え聞いたレベルに終始している‥‥のではないでしょうか。

独自のワークフローを形成していて自社・自己完結できるのならともかく、業界は横の繋がりで成り立っている側面が強いです。「作業ネットワーク」というべき「交通網」が古くから発達しており、その交通網ありきで成立しているプロジェクトも多いでしょう。

そんな時、「撮ま!」のような「作業の指針を明確に示すテキスト」があれば、不明瞭だったり曖昧な基本事項を、照らし合わせる事が可能となります。

「指針を明確に」なんて聞くと、色々と束縛されるんじゃないかと邪推する向きもあるでしょうが、実際の道交法が自動車のデザインやカラー、インテリアの細部に言及しないのと同じく、「撮ま!」も作品独自の事情や表現にまで言及してはおりません。作業ネットワークを円滑に取り扱うための基本事項を主とします。

もちろん、タイムシートの表記法などで細かな相違はあるでしょう。しかし、「撮ま!」はそうした「相違を取り除く」ためにも存在しているわけです。実は私、長年使ってきた表記法が「撮ま!」では「好ましくない例」に含まれていましたが、考えてみれば「自分が長年使ってきたから変えたくない」‥‥だなんて何とも非合理で子供染みた考えで、「表記法」の本質とは無縁なのです。同意できる合理性が「撮ま!」で示されていれば、昔からのプライドなど捨てて、準拠すべき‥‥だと思うのですヨ。‥‥そして、「同意できる合理性」のために、「撮ま!」は添削者を募っているわけでもあります。

ただ1つ、ちょっと問題が。

各人が「撮ま!」に準拠してタイムシートやフレーム指定を記述しても、「私は「撮ま!」に合わせています」的な「印」は外からは全く見えないですよネ。そこにあるのは、単に原図だったり、タイムシートです。

公道を走る車にはナンバーがついており、「道交法に準拠している」印がどの車にもついています。USBは、USBの規格に準拠している事をUSBロゴが示しています。VHS、DVD、JIS、etc。‥‥もしかしたら、「撮ま!」にも「ロゴのライセンシー」が必要なのかも‥‥とふと思いました。

どんなものにもロゴが入っているとウザいかも知れませんが、タイムシートくらいにはロゴが入っていても良いかもな‥‥と思います。‥‥でも、「タイムシートには自社の名前しか入れたくない」とかすぐに言われそうですネ‥‥。

まあ確かに、ロゴ印刷とかなると、色々と面倒が増えそう(業界内部の政治面でナ)だし、草の根の運動が変質する恐れもあるでしょうから、まずは「スタンプ」なんかは良いかも知れません。

私はその昔「atDB」(=私の作った管理データベース)スタンプを作って、「この作品はatDBで撮影管理をしている」事を明示するためにカット袋の隅ッコにスタンプしていました。つまり、スタンプの押していないカット袋のカットは、「怪しいカット」というわけです。

スタンプだったら、オーダーメイドのシャチハタ印的なものが、1000円以下で調達できますし(=今はいい時代になったネ)、草の根運動でも実践できるかも知れません。「撮ま!」だったら3文字なので、ネットのハンコ屋さんでお安く「シャチハタタイプのネーム印」として作れます。

私はアニメ業界に30年在籍していますが、アニメ業界って団結力があるのかないのか、今ひとつ、解らない業界ですよネ。独自技術で孤高の立ち位置を形成するわけでもなし、皆で一致団結してStandardizationを形成するわけでもない。でも皆、横で繋がっている。

今、「デジタル作画」で揺れ始めていますが、今までと同じ経緯を辿るのかも知れませんし、そうでないかも知れません。

思い出しましたが、2009年頃まで出ていた、あずき色の表紙の「デジタルアニメマニュアル」ってどうなったんでしょうかネ。限られた人だけが旧版を所有している状況では、どうにもならんではないですか。ネットが発達しているこのご時世に、多くのアニメ業界関係者が閲覧ができないなんて‥‥。

そういった意味で、「撮ま!」は試金石なんですよネ。‥‥もし、ネットで公開され自由に閲覧できる「撮ま!」に書かれている内容を、皆で(草の根でも)標準化できないくらいなら、未来だって同じく‥‥‥‥。

自分の武器で戦う

私のブログ記事を読むと、「オールデジタルがこれからのアニメ制作の方法」であると啓蒙しているように思われがちですが、過去のブログを読んでいただくとお判りの通り、コンピュータを軸足として「アナログもデジタルも使いたいように使う」事が私の真の趣旨です。投げやりな物言いですが、現在において映像作品を鑑賞する場合は「最後はどうせデジタルデータ」なのですから、コンピュータを土台に敷いて、その上で「やりたいようにやれば良い」のです。

デジタルデータが最終到達地点だとしても、中途の段階では「勝てる手段を自由に選択」すれば良いのです。この場合の「勝つ」とは、「自分の能力をロスなく発揮し、思った通りの結果を得る」事で、「負ける」とはその逆、「自分の能力を思うように活かせず、不本意な結果となる」事です。

ペンタブレットがどうも苦手な人は、「紙と鉛筆を使って、コンピュータを活用する」方法を編み出せば良いですし、昔ながらの描き送りで絵を動かすのが得意な人は、「描き送りの原動画で、新たな映像フォーマットを使いこなす」制作技法を確立すれば良いのです。「デジタル」という言葉に惑わされることなく、「デジタルもアナログも自分の使いやすいように利用する」どっしりとした覚悟で望めば良いです。
*右図は、鉛筆と紙を使って描いた、「新しいアニメーション技法」の作画の一例です。(テスト画像より抜粋〜クリックで拡大表示〜後半に解説有り)

つまり、「アナログ・デジタルを分け隔てなく使って、勝利を呼び込む」のです。アナログとデジタルの両方を自由に組み合わせて、「勝てる戦を仕掛ける」わけです。アナログとデジタルの比率は、作品ごとに変えれば良いですし、制作システム的には「可変フロー」「モジュール」的に扱う設計にすれば良いですネ。

しかしながら、紙と鉛筆を使う人の中には、4Kのような次世代の解像度とモーションを有する映像フォーマットを前にして、「紙と鉛筆の技術で品質的に対応できるのか?」と考える人も増えてきていると思います。私に言わせれば、半分YESで半分NOです。

今のテレビアニメの作り方は、A4作画用紙に描かれた絵のポテンシャルを大きく損失するような制作方法です。その「品質損失状態」を放置したまま、「品質的に対応できる・できない」なんて少々バカげています。紙と鉛筆の作画に課したテレビアニメ制作上のハンデを取り払って、まず技術上の品質面から検証してみたいと思います。

普段はコンピュータによる作品制作を主軸に記事を書いている私ではありますが、紙と鉛筆の「ポテンシャル」がどれだけのものか、キャラの絵で実演してみます。私はいまどきの可愛いキャラは苦手(=イイ感じに描けない)で、もっと可愛く描ける人が沢山いる事を承知の上で、頑張って描いてみます。私の好きな作風を持ち出すより、現代っぽいの画風のほうがサンプルとして判りやすいですからネ。

まず最初に、「ここで書く事は、技術的な検証」であり、即時にアニメ業界で実践できる内容ではない事をご理解した上でお読みください。発注する側の方々はくれぐれも、「ブログで読んだんだけど、同じ内容で作って」みたいな事は言い出さないようにしてください。然るべき制作費とスケジュール、スタッフを揃えない限り、今回のブログで語る技法は実践できません。‥‥解っているとは思いますが、念のため、ご承知ください。

ではさて、世間一般でもごく身近、かつ業界スタンダードのA4用紙に描いて、フラットベッドスキャナで300dpiでスキャンします。現在のテレビアニメのスキャン解像度は150〜200dpiですので、高めの解像度ですネ。



線のニュアンスを殺さないように、然るべき勘所で線の質を整えます。Photoshopの「レベル補正」などを使い、作風に合わせて適切にコントロールすることが大切です。今回のサンプルは、絵柄から逆算するに、鉛筆で描く際にもう少し丁寧に描くべきでした‥‥が、逆に言えば、少しラフな描線も絵にはなる‥‥と言う事です。

2000年のBlood劇場版(The Last Vampire)では、描線についての注意事項があり、単に線をきれいに1本線でトレスするのではなく、荒びた線で動画清書をするように指示されていました。当時使用していた「Animo」がグレースケールトレス線を扱えるのを、作品表現に活用したわけです。また、「イノセンス」でも「Animo」を使っており、マシンパワーが格段に非力だった頃の作品であるにも関わらず現在より描線が繊細なのは、「Animo」の諧調を有したトレス線ゆえ‥‥だったのです。

話を元に戻して。この段階でiMac 5Kで見ると、「描いた事が楽しくなる」ような克明なトレス線による繊細な絵が表示されます。自分の線って、こんなに勢いがあったんだ、表情が繊細だったんだ‥‥と、自分の絵の真のディテールを再発見するかも知れません。

以下は、比較対象としての、現在主流の低解像度の2値トレスの画像です。クリックして実サイズで見ると、2値トレスの特徴をお解り頂ける‥‥と思います。

*リンクのはってある画像は巨大画像へとジャンプします。

描線のニュアンスは消失し、無機質な線へと変換されています。しかし、あえて現状の2値トレスの擁護をしますが、ニュアンスが出にくい2値トレスは「描線のニュアンスの統一」の効果を合わせもちます。数多く速く作ろうという目的だけなく、描線の品質の統一にも、実はおおきな役割を果たしているのです。現在の現場の作業ペースを維持するには不可欠なプロセスだとも言えます。

しかし、いつしか「鉛筆線=スキャン=2値化=アニメの絵柄」という認識が支配的になり、鉛筆の可能性を否定するような流れになるのは、ちょっと極端というか、チャイルディッシュだなと思うわけです。

次に、彩色をおこないますが、今回はPhotoshopを使わず、After Effectsだけでペイントしました。境界線のぼかしを自由にコントロールし、単純な塗り分けでは得られないニュアンスを作ります。



これにビジュアルエフェクトを積極的にプラスして、絵を完成します。

例えば、以下のように。
注!)画像をクリックすると4Kサイズの画像が表示されます。4千ピクセル以上の横幅なので、4〜5Kモニタ以下では適宜縮小表示され、画像がボヤけます。

私が日頃やりがちなダークな要素を一切排した、明るく爽やかな色調にて。
‥‥私だって、こういう絵作りもできるのですよ。たまたま、というか、全くオーダーが来ないだけで、、、。




逆行の表現も。
影をブルーに転ばせる、王道の色彩表現。



私のようなオッサンには、瞳はともかく、髪の毛は黒髪のほうが落ち着くので、ちょっと変えてみました。


(この画風が私の性質にハマっているかはおいといて)まるでイラストのような仕上がりを実現できるのが、お判りいただけたでしょうか。アニメ制作行程に沿ったかたちでも、諧調トレスとビジュアルエフェクトを有効に活用すれば、このような絵作りは可能なのです。もちろん、連番作画にも対応できます。少なくとも私の作業チームでは、作品全体をこうしたルックで仕上げることは2003年の「イノセンス」以降は順次可能であり、色々な「都合と諸事情」によって、避けてきただけ‥‥なのです。

技術面から見れば、「紙と鉛筆の可能性はもう頭打ちだ」なんて、ウソです。まだまだ色んな方法で、色んな絵を作ることができます。

線のニュアンスを丁寧に扱いペイントのボケ幅を適切にコントロールすれば、ビジュアルエフェクトでふんだんにニュアンスや情感を追加する事で、同じA4用紙の作画でもテレビアニメとは一線を画した品質へと仕上げる事ができます。

次の絵は、以前のブログで既出(以前作った教材の流用)ですが、事例としてわかりやすいので再掲します。おもむろに、A4のコピー用紙にシャープペンで描いた、とても身近な描き方で描いています。つまりは、諧調トレスとブレンド(塗り分けの境界線をボカす)が出来る現場なら、可能なレベルの絵作りです。ただし、現在は諧調トレス自体が廃れているので、実質的には不可能と言えるかも知れません。

背景とキャラの基礎素材。キャラは、A4用紙の鉛筆による線画と「階調トレス」です。



ビジュアルエフェクトの例(温かみのある光)



ビジュアルエフェクトの例(冷たい感じの光)




要は、A4用紙による作画が「限界に達したかのように見える」のは、数日で原動仕と撮影を作業完了する事を(結果的にではあれ)選択した今のアニメ制作体制の表れだったのです。残念な事に、上図のような絵作りは、もはや今のアニメ業界では「失われた技術」になりかけています。前から書いていることですが、時代が進むと逆に退化する事も往々にしてあるのです。

技術面で言えば、60pに24コマで対応する方法だって可能(既にテスト済みです)ですから、24コマシートでも4K60pに適応できますし、品質の高いトレス線とビジュアルエフェクトを標準化する事で、A4作画でも「映像を綺麗に格好良く」作り上げる事は、技術的には十分可能な事です。

ですから、「紙と鉛筆で4Kに対応できるのか」という設問に「半分YESで半分NO」と書いたのは、そういう事〜昨今のアニメ制作状況的にはNO、技術的にはYES〜だったのです。

「対応の限界」は、技術ではなく制作状況に因るもので、要は、「より良いものを作りたい」「今までとは違う絵を作りたい」という行為そのものが「現在一般の制作状況からして、無理」なのです。それが、いつしか「紙と鉛筆の技術的限界だ」という論調にすり替わりはじめているわけですネ。

「自分の武器で戦う」話題に立ち戻って考えますと、紙と鉛筆を自分の武器とする人たちにとっても、「デジタル」を上手く使いこなす事で「まだまだ戦える」のは、お判りかと思います。しかし「作画のポテンシャルを低下させる」状況は、単に量産目的に起因したものだけでなく、作画スケジュールの延滞が巡り巡って深刻に作用している側面もあります。つまり、作画は自らのスケジュール面におけるルーズな慣習によって、作画の結果物=完成映像の品質を落としている事例も多く見受けられます。シナリオや絵コンテの遅れも、確実に完成画面を悪い方向へと傾けます。大所帯の現アニメ制作システムで、「自分の武器で勝負する」のは、かなりの「改革の労力」を必要とするのでしょう。おそらく「大改革レベル」が必要です。

しかし、その労力を惜しんでいたら、紙と鉛筆の作画は、時代の流れに身を任せて消滅してしまうのかも知れません。

一方、私が度々ブログで書いている、新しいアニメーション制作技法は、「アナログもデジタルも問答無用」に使って作ります。以下は、現時点で露出可能なテスト画像(作品企画に関係ない研究目的のもの)だけですが、この他にも様々なアプローチが可能です。旧来アニメ技法とは異なる、作風の「多様性が売り」です。今までのアニメと同じことを再演しても面白くないですからネ。

画像をクリックすると、4K寸法のスナッップショット画像が開きます。テストゆえ、荒削りな部分も相応に残っている事を、ご承知おき下さい。


「少女」

絵を見るからに、かなり独特なルックですネ。コンピュータで動かす技法が大前提の絵作りです。高密度画素の再生装置(4KテレビやRetinaのiPad、4K以上のPCモニタなど)を意識しています。
紙と鉛筆による作画ですが、現在の業界標準フローでは、不可能な方法で作画しています。作画サイズはA2サイズ相当、さらに「枚数を大量に描かない事」を前提とした髪の毛のディテールなど、「同じ紙と鉛筆を使っていても、従来技法とは全く異なる」表現です。こんなのを何万枚も描き送りで動かしたら、原動仕すべてのスタッフが「討死」してしまいます。
微妙な色使いによる色彩も取り扱いが難しいですし、演出技法も今までのアニメとは大きく考え方を変える必要があります。絵が大きく変われば、演出法(画面の切り取り方、配列、テンポ、間など)が変わるのは当然の事ですネ。
この記事のトップにある画像は、この「少女」のキャラクター素材のみの画像です。また、同じ素材を用いて絵作りを変えたバリエーションはこちらです。こんな感じの女の子キャラなら、特に悩む事もなく描けるんだけどなぁぁ‥‥。



「お姉さん」(=雑なタイトルですが)

よく「清書すると線の勢いがなくなる」というフレーズを耳にしますが、だったら清書しなければ良い‥‥のです。「何て事を言い出すんだ」と呆れる人もいるかも知れませんが、動きをコンピュータで作る方式では「何でもあり」です。ゆえにこの「お姉さん」は、描線の勢いを重視し、あえてカッチリとした清書はおこなわず、黒鉛の描き味を楽しみながらステッドラーぺんてるの0.3〜0.7のシャープペンを使用)描いています。旧来は「塗り分け」のために必須だったペン画のような清書も、新しいアニメーション技法では「どんな画風か」「どんな線で描くか」を最優先にしてニュアンスを自由に選択できます。何千・何万という作画が大前提の旧来方式とは、技術の根本や運用のスタンスが大きく異なるのです。


「ベクターの少女」

以前のブログで既出ですが再掲です。このスナップショットは、4Kといっても4800ピクセルで制作しており、その4800pxキャンバス上で、一番細い線幅が「1px」なので、どれだけ線が細いかは比率でもご想像して頂けますよネ。4800pxの根拠は、どんなサイズで制作したら良いか解らなかった頃、「5K近くで作っておけばとりあえず困らないだろう」という大雑把な考えに基づきます。5K iMacがでる随分前の事です。
一見、今までのアニメ絵に似てますが、このスッキリハッキリシャープな絵が60fpsで動く様は、従来のアニメとは似て非なるものです。意外かも知れませんが、線画の元絵は鉛筆です。スキャンした後はペイントやコンポジット・ビジュアルエフェクトはAfter Effects、背景は実は実写がもとで、After Effectsによるポップな加工をしています。空気感はほとんど入れずに、故意にクリアな絵に仕上げています。



「ねことおんなのこ」

こういうのは萌絵とは言わないのでしょうネ。ちひろローランサンを萌絵とは呼ばないですからね‥‥。こういうのなら、いくらでも迷わず描けるんですが‥‥。
「お姉さん」と同様、線の扱いが
難しいと思いますが、出来ない事はないです。ペンタブとPhotoshopで線画を描いた後は、ペイントと背景、ふわっと水彩風にぼかした表現など、全てAfter Effectsです。こういう絵柄は、あえてモーションをふんわり優しい12〜24コマのフレームブレンド(普通は12コマ以上ではフレームブレンドはしませんが)で動かしても効果的でしょう。


「二枚目」(=これもヒドく雑なタイトルですが)

ビジュアルエフェクトで顔を作り込む事で、ホリの深い「外人さん」顔でも思った通りのニュアンスに表現できます。旧来の方式ですと、2号はまだしも3号影まで使うとクドい影になりますが、ビジュアルエフェクトで加工すれば無段階にブラックまで影を自然に落とすことができます。>もっと顔を暗くしたカラーバリエーションはこちら
ちなみに、細部の作画の修正・変更をAfter Effectsのベクター線でおこない、エフェクトで0.9のシャープペンのような手描きニュアンスに似せています。野戦服のパターンは、Photoshopのテキトーなプリセットのブラシで、ひと粒ずつ、ちまちま楽しんで作りました。




どのサンプルもなんだか、雑なタイトルの付け方で、申し訳ございません‥‥。テスト番号しかついてないものに、無理矢理命名したもので‥‥。しかし、旧来のアニメとは違う表現を色々と模索している様子が、少しではありますが、紹介できたのではないかと思います。私の守備範囲内での絵柄‥‥という限定条件はあるものの、随分と絵柄やニュアンスに幅が出せるのが、お判りではないでしょうか。

これらサンプル画像は、全て「動かす用に」描いたもので、イラストのように見えても、実は動かすための工夫や仕込みがしてあります。よく考えがちなのは、「漫画家さんやイラストレーターさんの絵を使って『CG』で動かす」という発想ですが、「絵を動かす用」に作っていない絵は紙芝居程度にしか動かせない事がほとんどです(でも、Live2Dはあっぱれですネ)。上の絵は全て、3DCGで言うところの「リグ分け」や「Birth to Death」を「絵を描く時点から計画して描いている」ので、イラストとは「似て非なる」ものなのです。

上図の中でスッキリサッパリした、一番「デジタル」っぽい「ベクターの少女」は、絵の描き始めは鉛筆からスタートしています。また、「ねことおんなのこ」は、ゼロからタブレット(Intuos&Photoshopのデュアルブラシ)で描いています。アナログっぽいものもコンピュータ上で描けるし、デジタルっぽいものを紙と鉛筆からスタートする事もできます。

「画を作る根本」から、「何をどう使って描くか」を思考すれば良いのであって、「デジタル」という言葉にむやみに惑わされる必要はないです。

私はコンピュータで作画し動かす方法を主軸に据えますが、完成までの経緯は、様々なツールを用います。「デジタルアニメだから最初から最後までデジタル以外は禁止」だなんて一神教めいた事はしません。紙と鉛筆も、ペンタブもマウスも、パーティクルも何もかも、生産効率が高く表現に適したものをチョイスすれば良いだけです。作品作りに有効とあらば、実写だって取り入れて絵に作り変えます。

4Kや「デジタル作画」を前にして、「自分らのポテンシャルを引き下げる制作手法をわざわざ選択する」意味など、果たしてあるのでしょうか。「困ったな。どうやって『対応』しようか」‥‥だなんて、その時点で既に負けてます。

映像制作者たるもの、新しい技術やフォーマットに対して、「どうやって対応しようか」じゃなくて、「どう利用してやろうか」‥‥ですよネ。

紙と鉛筆が好きな人は好きなままで良いのです。好きなまま、「デジタル」も武器に加えれば良いだけです。「アンチ・デジタル」を気取って、重荷を背負いこむ必要などないのです。

去年作業した実写パトレイバーの第7章の回想シーンは、これまたアナログな素材を用いてますし(メイキングにちょっと出てます)、現在作業中の作品では1,000枚前後の動画相当を「コンピュータで作画する」方法で私1人で作り(=こういうのも「デジタル作画」って言うんですかネ?)、コンポジットとビジュアルエフェクトでフィニッシュする予定です。

形骸化したポリシーなどに惑わされず、アナログもデジタルも、使いたいように使う事で、「絵を作る闘い」を有利に展開することができます。先入観や嫌悪感は、何の利益ももたらしません。「勝機」を逃し、貴重な時間を漠然と浪費するだけです。

もし「紙と鉛筆が自分の最大最良の武器だ」と自認するのなら、紙と鉛筆という殻に閉じこもって篭城するのではなく、「デジタルという舗装された進攻経路」を使って攻め入れば良いのです。

以前に書いた「ブランド戦略」、そして今回の「自分のポテンシャルを活かす方法」は、未来の制作システムを構築する上での基礎中の基礎だと思っています。私が目指しているのは、もっと、もっと、その先‥‥なんです。

今まで同じものを作りたいのなら、今までの方法を選択すれば良い。何か今までとは違う、新しいものを作りたかったら、別の方法を考える。どちらにしても、自分にとって使いやすいものを使い、そしてカッコイイものを作って売る。‥‥まずはここから、ですネ。

管理システムに思う

独自技術の中にブランド性が潜んでいるのは(ブランドとして発揮するか否かは別として)考えればすぐにわかる事ですし、自分らの武器を最大限に活かすように戦術・戦略を設計するのも当然過ぎる事‥‥なんですけど、大量生産的(没個性的)にガントチャートで管理する方法から抜け出さない限りは、ブランドもポテンシャルも有効活用できないですよネ。

私の考え‥‥ですが、アニメって、本質的に大量生産ではないですよネ。例えばテレビシリーズで、全部内容の違う300カットを作る状況の、どこが大量生産なんだろう‥‥と思うのです。多品種少量生産と言ったほうが近いです。

アニメ制作は決して大量生産工場型にはなれない‥‥と、最近は強く自覚するようになりました。全く同じ内容のカットを300,000カット作るのではなく、それぞれ違う内容の300カットを作る業種‥‥なのですから。

だけど、現場の意識的には大量生産なんですよネ。‥‥恐らく、短期に仕上げるさまが「大量生産っぽい」感じがするだけで、実は(多少の兼用カットはあるにせよ)「内容の違う数百カットに合わせて、逐一作業していく煩わしさ」が「忙しさの真実」なのでは?‥‥と思うことがあります。

多品種少量生産を、少品種大量生産的に捉える事自体が、管理の根本的な過ちだと考えるようになりました。

最近出始めた「統合アニメ制作環境」のソフトウェアを眺めていて、「どうもアカンな」と感じるのは、まさにソコ、多品種少量生産に対応しているとは思えない内容(=静的ワークフロー従属型)だからです。私が思うに、統合ソリューションなんて形態をとらずに、モジュール独立型にして、ニーズに合わせて組み変えて繋ぎ合わせたほうが、「全部内容の違うカットを扱う」映像作品には向いているように思います。

「統合アニメ制作環境」や「制作管理システム」って、最低でもバッファの算出ができないとダメだと思うのです。希望的観測に基づいた、もしくはサバ読みを大量に内包した、ガントチャート的な管理手法では、希望的観測とサバ読みを最後の最後で一気に「やっつけ」る「乱作乱造」状況を、今後も繰り返すだけだと感じます。

私はその昔、撮影監督業を全うするために、「atDB」というデータベース&ソフトウェアを自己開発していました。カット全体がどのように作業インして、撮影アップするまでにどのくらいの期間を要して、リテーク率はどのくらいで、スケジュール的に危険なシーン(カット番号のエリア)はどのあたりで、ゆえに、今回の作品(プロジェクト)はどのような様相を呈するのか‥‥を、データベースから読み取るソリューションでした。状況はグラフで示されるので、作業リソースの割り振り変更のジャッジに役立ちました。作業者は専用のヘルパーツールを使うことで煩雑な作業(ファイルリネームやサーバアップロード、After Effectsのプロジェクト仮組み、テイク番号の更新、QT尺の検証、作業結果の記録など)を省くことができ、撮影作業システム的には「誰が何をいつ作業した」という記録を自動記録できる仕組みでした。

2007年頃にさらなるステップアップとして「atDBx」というアニメーション制作全体を管理するソリューションへと踏み込みました。それはいわゆる「プロジェクトバッファ」(その頃はそんな用語があるとは知りませんでした)を盛り込んだ仕様で、同時に「クリティカルチェーン」的なものを炙り出す仕組みも考えていました。例えば原画工程で停滞している場合は、当該カットの「バッファ」がどんどん減衰している事〜つまり危険度〜を管理者に知らせ、何らかの解決を促します。作業の「てこいれ」はすなわち、どこかから作業リソースを調達してくるわけですが、どのカットでバッファが潤沢か欠乏しているかをソフトウェアが知らせるので、プロジェクト全体でどのようなやりくりが可能かを管理者に検討させる拠り所となります。

カットごとの作業は標準の雛形はあれど、組み替えが自由なモジュール型で成り立っており、自由な組み合わせができます。もちろん、モジュール間の入出力が適合していなければ結線はできず、工程に何が足りていないかも事前にシミュレーションすることができます。複雑な工程を組んだ場合は、そのリスク(金銭的、技術的、時間的など)も浮き彫りになるので、野放図に大変なカットだらけの状況になるのを、事前に警告できる仕組みも計画していました。

‥‥のような開発をし始めていたのですが、「システムも大事だが絵作りも大事」という事で、atDBxよりも新しいアニメーション表現技法のほうを今はメインにしています。新しい表現技法がシステムに何を要求するのか‥‥を知る上でも、システム開発を先行するよりも、映像表現技法の開発を先行すべきと考えたわけです。

私がなぜ、そのような管理システムを手がけ始めていたか‥‥というと、とても単純、「未来に必要だから」です。

ロスだらけの制作メカニズムでは、お金と時間がいくらあってもあった分だけ使い果たすでしょうし、中途半端にコスト削減しても作品に悪影響がモロに出ます。技術の「ブランド」なんていつまでたっても確立できませんし、自分らの映像表現技術が雑事に翻弄されてポテンシャルを充分に発揮することもできません。

作業者の技術ブランドをチェーンし、フリクションロスを最大限に抑え、未燃焼で捨てられるエネルギーも抑え、金も時間も技術力も労働力も作品制作に無駄なく注ぎ込むために、ガントチャート思考から脱皮した制作管理システムがどうしても必要なのです。

まあでも、見るからに大変なシステム開発‥‥です。ぶっちゃけ、自分ひとりで開発するとなると、簡易版のソフトウェア(GUIがショボいのとか)でも完全に映像の開発がストップします。ハコだけあって、中身がない‥‥なんて言う笑えない笑い話になりかねません。ゆえに、今は以前に作ったシステム(atDB2.0〜撮影作業管理システムの拡張バージョン)を使い続けています。

「デジタル作画」という踊り文句だけでなく、その「デジタル作画」を走らせる制作システム、もっと言えば、その制作システムの根っこの「管理哲学」次第によって、未来は今までの業界のまま(さらなる悪化も?)かも知れませんし、新たな光が見えるかも知れない‥‥と考えています。
 

ブランド戦略

フリーアニメーターって、言わば「ブランド戦略」の上に成り立っているものですよネ。業界くまなくリサーチしたわけではないので、断言はしませんが、私の知っている人たちは、みな何らかの「技術ブランド」を有して仕事を請け負っています。ですから、プロデューサーや監督の人脈が作品のカギとなります。作業者の技術ブランドの集合体が、作品のブランド、ひいてはプロダクションのブランドを形成するのです。「誰でもいいから絵を描いてくれる人募集」ではないのです。

私はフリーアニメーターで自分の基礎を作ってから、「デジタルアニメ」にも手を出し、今の状態があるので、「自分の能力の価格」「自分の技術ブランド」を意識する癖がついています。どんなシーンをどんな価格で、どんな期間で依頼されるのか‥‥で、おおよその「自分の値段」がわかろうと言うものです。

この事は、アニメーターだけでなく、他の作業工程にもこの事はあてはまると考えています。もっと言えば、目線を広くして、作業セクション全体、プロダクション全体にも「ブランド戦略」は(当然の事ででしょうが)あてはまるでしょう。

ブランドだけで喰っていけるとは申しませんが、ブランドを武器の1つとして確立しておかないと、薄利多売のスパイラルにどんどん巻き込まれるのは、誰でもお判りいただけるかと思います。自分がスーパーで品物を買うときの事を思い浮かべれば、「買う方」「買われる方」の構図が浮かぶでしょう。安いものではなく、高いものを買う時、自分は何を基準にしているのか、自己分析してみれば、「ブランド=品質の証」であることがまず真っ先に思い浮かぶ事と思います。

ツイートで見かけた「​札幌市のアニメ制作会社の社長が、国内では普及していないデジタルアニメの可能性について講演し、「制作作業とコストが従来の3割ほどに抑えられるので、誰でもつくれるようになる」とアピールしました。」というNHKの「デジタルアニメ」の記事は、ある意味、ブランド戦略の逆像とも言えます。

アニメが「安く誰でも作れるもの」になってくれれば、逆説的に、「ブランドを形成しやすく」なります。凄く乱暴な事を書きますが、現場が薄利多売にどんどん走り、「簡単なデジタル」の作品作りに邁進すれば、ちゃんとやっているところや、気鋭の技術で野心的な作品を作るところが、相対的に「良く目立ち」ます。「荒れれば荒れるほど、引き立つ」わけです。

アニメは生活必需品ではないので、安価でショボいものを消費者は無理に買う必要はありません。もし業界が「簡単に作れるデジタルアニメ」に染まっていけば、趣味趣向の品であるアニメを買い求めるファン層も、さすがに気がつき始めるでしょう。「自分は何を買うべきか」を。

業界の技術の水位が下がることにより、消費者側から「自分の買いたいものがどこにあるのか」が見えやすくなるのは、わたし的には歓迎すべきこと‥‥なのです。何とも皮肉な状態ですが、「地形と天候は上手に使う」のが戦いの常です。

アップルコンフィデンシャル」の途中経過を地でいくような展開になってきましたネ。

業界で仕事をしている人々はそれぞれ、「制作作業とコストが従来の3割ほどに抑えられるので、誰でもつくれる」ことに対して、色んな感想をお持ちになるとは思います。わたし的には「逆の意味でいい動向」だと感じます。曖昧なまま、みんな一緒になって今の流れを継続させるより、上下左右にキッパリと分かれた方が、「今後がやりやすく」なるからです。

まあでも、「アニメはあくまで子供のみるもの」と定義するか、「今やアニメを鑑賞する層は50代まで幅広い」と定義するのかによっても、変わってくる事でしょう。また、たとえ「大人向け」でも、どこかの企業の社内研修ビデオのアニメに、高い表現技術やリアルな表現、マニア好みの趣向なんて不要でしょうしね。

私としては、1995〜1999年あたりの「現場がザワつくあの感じ」がスケールアップしたものだと実感してます。必要な事を進めておいて、状況が動き出すのを「うまく動力として使う」のが肝要です。例え、それが表面的には自分にとって負のパワーであっても、変換すれば強烈なプラスになります。

業界に「デジタル」が普及したこの10年でよく学びましたヨ。撮影・エフェクトの現場がみるみる間に低コスト競争に呑み込まれて、「撮影を2〜3日であげる」ための思考が支配的となったのがこの10年の経緯です。そんな中、画角が狭くなっていた視点に気付き、3DCG作品や実写作品にも関わる事で得た成果は、そのまま未来へ技術をつなげていけます。

かつての私がそうであったように、20〜30代の若い人で、もし現状の作画や撮影の仕事の未来展望に限界や行き詰まりを感じているのなら、行動するタイミングは「今」です。新たなレッドオーシャンに呑み込まれる前に‥‥です。血まみれの海に「わかっていながら在籍」するのであれば、それは許容し納得したと見なされても仕方ないでしょう。「みんなが動くまで待つ」‥‥だなんて、その「みんな」を形成しているのは「自分」でもあるのです。私の経験則‥‥ですが、事が動き出すまで待っていると、もうその時には手遅れになっている場合がほとんどです。

同じ目線で同じものを作ろうとするから、低コストの勢力に負けるんです。「安く誰でも」に呑まれてブランドを形成できなかったのだとしたら、結局はその程度の総合技術力・プロデュース能力だった‥‥という事です。自分たちのパワーを低コスト競争に用いるのか、新たなブランドを形成するために用いるのかは、当事者次第です。

自分の中に意識しないうちに形成していた枠を全部取り払って、技術力を丸裸にして、再構築しなおせば、新たなカタチが見えてきます。「同じ戦闘能力」でも、戦術と戦略次第で、強い軍隊にも弱い軍隊にもなるのは、歴史が幾度となく証明しています。誰も自分たちを「弱い軍隊」にはしたくないはずです。負傷者や戦死者が続出する万歳突撃の軍隊にもしたくないはず‥‥ですよネ?

技術力を明確化してブランド化する本当に良いタイミングだと思います。作画も巻き込む「デジタル作画」の「デジタルアニメ」はネ。

SSDやらWDのBlackやら

先週、WDのRedの不調が表面化し、データの復旧やらHDDの新規調達や構成変更を今日終えたのですが、何年かに1度の大掃除だと思えば、まんざらでもありません。

不調のRedは、データバックアップ後に初期化して、一見調子が戻ったように見えましたが、サーフェススキャンを実施してみたところ、不良ブロックが先頭付近に見つかり、そのままフリーズ、‥‥もうアカンようです。他のHDDユーティリティを試してみても良いとは思いますが、時間がもったいないので、不調HDDは放置することにしました。

ほとんど使っていない旧型MacProのeSATAのHDDも併せて整理し、損失した3TBを補填するために、記憶装置の構成を変更しました。さらに今の自宅のメインであるiMac 5Kが起動ディスク以外は何もぶらさがっていない状態なので、やりくりしてiMac用の記憶装置も捻出し、結局はそこそこ大きな「模様替え」になってしまいました。

HDDをバカスカ買えるはずもない小さい予算の自腹の環境なので、今回購入したのはWDのBlackだけで、あとは再構成によってまかないました。

WDのBlackは、数年前までは「高速HDD」モデルでしたが、2Gbpsは確保したい未来のワークスペースには、もう役不足も甚だしく、実は、購入は色々と考えた末でした。高価なBlackを買うよりも、中堅のRedを2つ買ってRAID0を組んだ方が高速なのはわかりきっていましたが、RAID0で容量の大きいボリュームを丸ごとバックアップするには、さらにHDDやHDDケースの買い足しが必要なので、「ストレージとしては高速な(つまりGreenよりはマシな)HDD」と割り切って2TBを1つ購入しました。

既に買ってあった256GBのSSD(ほんとは500GB越えにしたかったんですけど、最近高騰しちゃってね‥‥)、再構成で捻出したRed2発のRAID、そしてBlackの4発構成で、iMac 5Kの環境を整えてみました。

ベンチマークを計測してみると、旧世代の高速と、新世代の高速の差が、わかりやすく数字として出ました。

ケースはUSB3.0のロジテックのケースです。Macと相性が良い(突如アンマウントされるなどの障害がない)ので、私はロジテックの4発箱ばかり使っています。


Macを使っているなら、このHDDケースはイチ押しです。ハブをかます場合はハブにも品定めが必要ですが、このケース自体はOSX環境では安定しています。突如アンマウントされるような事は、HDDの不調でもない限り、私は体験していません。
*WDのGreenに多数アクセスするとテンパって、HDDの道連れになってダウンする事もあるようです。

外付HDDケースの構成は以下の通りです。シングルモードのHDDとSSD、RAID0のHDDが同居しています。劇場作品を1本作ろうなんていう規模ではないので、研究・テスト用途なら充分足りる容量です。
 
iMac 5K
|- SSD 256GB (3.5インチの下駄を履かせています)
|- WD Black 2TB
|- RAID0 4TB
|- Red 2TB
|- Red 2TB

文中の数値は「bとB」、すなわち「ビットとバイト」の表記が混在しているので、頭で読み替えてください。スクリーンショット画像の数値は「メガバイト/秒」(MB/s)なので、「メガビット/秒」(Mbps)の1/8の数値で表記されていますのでご注意をば(=つまり、よく見聞きする「bps」に変換するには8倍すれば良いです)。‥‥あと、GとM(ギガとメガ)の読み替えも適宜お願いします。

まず、iMac 5KのFusion Driveから計測。十分、速いですね。アニメーション作品制作の場合、「READ」性能、つまり読み取り速度が作業環境高速化のカギです。After Effectsのレンリング速度にHHDやSSDのWRITE性能が追いつかないなんて、想定する必要は無いですからネ。ただ、下図の速度性能は、シリコンドライブ部分のキャッシュ(のような高速読み書き場所)が有効な場合に限ると思いますので、記憶容量の頭から尻尾までこの速度がでるかはナゾです。
↑iMac内蔵 Fusion Drive


続いて、WDのBlack 2TBです。まあ、100MB/s以下のポータブルHDDとは歴然と差が出て高速ですが、ワークスペース用途ではギリギリ感が否めません。150MB/s、1.2Gbpsですと、ProRes4444の4K60pは「線撮なら、まだ何とか」(圧縮効率が高い場合)の感じなので、全く役不足なわけではありません。水際‥‥ですネ。ただ、1カットをQickTime Playerで再生するぶんには、メインメモリにキャッシュしてるんだか何だか、ビットレートが1.5Gbpsくらいでも再生できる場合が多いです。

↑WDのBlack  (USB3.0経由)


続いて、TimeMachineのバックアップ領域に充てたRed 2TB 2発のRAID0(合計4TB)です。バックアップ領域として使うにはもったいない速度が出ていますが‥‥、しょうがない、コレしか手持ちで用意できなかったので‥‥。でもまあ、例えばRed4TBを4個買って、2発のRAID0を2つ作って、1つは作業場所、1つはバックアップに用いれば、USB3.0でもそこそこ高速で容量のある環境は作れる‥‥のは、このバンチマークの結果からも想像に難くないですネ。

↑WDのRed Raid0 (2TBx2=4TB)  (ディスクユーティリティのソフトウェアRAID / USB3.0経由)
*ちなみに、「容量はデカいぶんに越したことはない」というのは、先を読まない大雑把な考え方です。記憶装置には最低1つの同容量のバックアップが必要になりますので、RAID0で12TB(6TBx2)を組んでしまったら、それとは別に12TBのバックアップ用HDDが必要〜合計24TB!〜となります。プロで映像制作をしているのなら「必要容量x2」の習慣は必須ですから、作業用の容量をむやみにデカくするとバックアップ環境を整えるコストも増大します。ケチらず大振る舞いせず、作業に適当な容量を読むのが、コツでもあり、ウデでもあるのです。


最後にSSD。廉価な中速のモデルを買ったので、RedのRAID0と比べて、歴然とした速度差は出ていません。しかし、READ性能で3Gbps前後出ているので、まあ充分ですよネ。もしかしたら、USB3.0のコントローラチップ的な要因も含んでいるかも知れません。MacPro(ゴミ箱)にBTOで入っているSSDは600MB/s以上の速度が楽に出ているので、この速度クラスになると、接続形態的なものも大きく影響するのでしょうかね。

Crucial MX100 (USB3.0経由)


レタスの2値トレスによる画像ファイルを扱う旧来の撮影工程では、このようなベンチマーク結果をことさらに気にする事もはありませんでした。もともとの素材が容量的に軽いですし、求められている処理も(映像業界全般から見れば)軽い内容が多いですし、レンダリングも2K未満の解像度でしたから、現状の平均的性能の機材で充分だったのです。

しかし私の進めている新しいアニメーション技法は、素材は8〜16bitのPSD素材で静止画だけでもそこそこ容量が大きく、演算処理は非常に重く、ディスクキャッシュに高速な記憶装置が必須で、さらには容量が大きい10〜12bitの4K48〜60pのQT(連番の場合も)になりますので、HDDやSSDの速度性能が作業の快適性とストレスに直結するのです。

たとえベクターベースの作品でも、After Effectsの演算処理が非常に重くなるので(細密で美麗な絵を作る場合。ミッフィみたいなキャラは軽いです。)、やはり速度性能は必須です。After Effectsのプロジェクトファイルって、普通のテレビアニメだと数百キロバイトですが、私の進める技法ですと数メガバイトが標準です。素材を内包しない、いわばプログラムコードだけのAEPファイルが数メガバイトになるあたりで、処理の重さがお察しいただけると思います。

「何か1つを性能アップして済む問題じゃない」のが、4Kの凶悪なところです。

ただ、私はお金は出来うる限り有効に使いたいです。アイデアで回避できる無駄なものにはお金を割きたくないです。昔あった、編集工程への受け渡しのためだけにHDCAM‥‥とか悪夢でしたからネ。
*他の作品でHDCAMを用いてた頃、私はテープレスで編集込みで作業していましたし、北米のファイルベースの運用も聞いていました。何で日本人って、慣習から離れたがらず、いつまでも非効率な事を続けるのか、当時は非常に腹が立ったものです。「テープ落とし」にもってかれた私の時間が空しいです。

どうやったって、お金がかかるものはいくつもあるのです。ただ、ちょっとした発想の転換でカットできるコストも存在します。4Kの凶暴さをどのように手懐けるか、まさに中心人物の腕の見せ所‥‥なのです。

コストと表現技法

『ペーパーレス作画の現状と未来予測』寄せられた質問」というアニメ業界向けのフォーラムの記事を読んでて、少々奇妙に思ったのが、「カットあたりの制作コスト」と「新しい表現技法」に関する質問がほとんど見当たらなかった点です。かなり扱いが小さく、そのほとんどは「現制作技法の移行」に関する事で占められていますね。

私が最重要視しているのが、まさに新しい「表現技法」と「制作コスト」の2つなので、‥‥なるほど、今の「デジタル作画」の話題とどうも噛み合わないは、致し方ない事か‥‥と感じた次第です。私にとって「制作コスト」と「表現技法」は、まさに「作って売る」ための主軸なので、そこを抜きに未来の展望を論じても、接点は発生しないわけです。

業界の人々が、今の制作システムを「デジタル化」した結果、好転なり改善する‥‥とホントに考えているのか、とても疑問に思うのです。「4Kでオールデジタルなら、何か良い未来が待っている」と思い込もうとしているようにすら、見えます。

私はアニメ業界とは違うやり方で「4Kのアニメ」を作ろうと研究していますが、研究すればするほど、困難にブチあたります。「技術開発レベル」の取り組みでは瑣末な技術見本市に終始してしまい、「今までの思考では、戦いには勝てない事」がひしひしと実感できます。根本的なバトルドクトリンの変革が必要なのです。

技術屋の殻を破り、技術とビジネスを結びつける、またとない機運なのです。4K8Kの新しいアニメーション映像技法は、困難もリスクも伴いますが、従来のアニメとは違う表現手法も数多く導入できるので、「ピンチはチャンス」でもあるのです。‥‥ですが、そういう意識は旧来技法に足場を置いた「デジタル作画」の話題からは感じません。

アニメーション制作統合環境のソフトウェアにしても、レタスやアニモの事例を今一度、思い起こしてみるべきです。私が2003年前後にAfter Effectsオンリーで撮影一式を請け負う試行錯誤を繰り返していた頃、周りの多くの人々は「デジタルのアニメ撮影はコアレタスやアニモのディレクターじゃないとできない」なんて言ってたのです。‥‥よく覚えております。

しかし、現状はどうでしょうか。

After Effectsで撮影作業を請け負うのが一般的になってから現場に入ってきた人は経緯を知らないでしょうが、今と似たような状況は前世紀末・今世紀明けにもあったのです。では、何が理由で、そうしたアニメ制作統合環境が廃れたのか、経験のある方は思い起こして分析すべきですし、経緯を知らない人は調べてみると良いです。

少なくとも私は、現在のアニメ制作統合環境ソフトウェアの傾向は、「以前と同じ穴」にハマっていると感じます。私がコアレタスに興味を全く抱かなかったのは、妙な言い方ですが「アニメ用に作られていた事」です。新しい可能性を求めてコンピュータを使っているのに、当のソフトウェアが「アニメってこういう風に作ればいいんでしょ」とばかりに作用や表現を押し付けてくるのが、たまらなくイヤだったのです。

外国製の統合環境のエフェクト紹介で「グラー」とか書いてありますけど、グローとブラーが合体した新しい用語なのかな‥‥。私にしてみれば、「光らせ方は作り手が工夫して決めるから、アニメ風の「T光」プリセットなんてノーサンキュー」なんです。悪意はないだろうけど、ショボいグローフィルターを見ると、アニメってそんなにチープなイメージですかね‥‥とちょっと悲しくなります‥‥。そりゃあ、みんなTrapcodeを使いたくなるよね‥‥。

今までは、旧来の制作システムを踏襲する必要がありました。それはフィルム撮影台時代のワークフローの「一部差し替え版」だったからです。しかし、ワークフロー全域をコンピュータベースに移行してもなお、昔の方法に固執するなら、言うなれば、そうはもう、自動車やバイクではなく「4足歩行にこだわって、機械の馬を作る」ような行為です。新しい動力源に切り替えたのなら、それにふさわしい最適な設計・運用と販売戦略がある‥‥と思うのです。

一生懸命作っても報われるとは限りませんし、丁寧に作った品質の良いものが無条件に売れるなんて事もありません。万歳突撃して玉砕なんて、誰も望んでないと思うのです。だったら、昔ながらの「アニメ業界の戦陣訓」なんて踏襲し続けることはないです。しかし、どうも「デジタルで万歳突撃をする方法」を一生懸命模索しているようにも思えるのです。

作業内容がよりレベルアップして、機材もより高性能なものにリプレースすれば、コストが上昇するのは誰でも判る事です。「4Kになりました。細かい絵を動かす大変な作業になりました。時間はもっと必要になりました。制作費が全然足りなくなりました。」という状況を、今まで通りの運用理念で支えられると思っていますか? 出資者が金に糸目をつけずにどんどんお金を出してくれると思いますか? 細かい絵にかわっただけで、話も絵柄も代わり映えしないアニメに、どれだけお客さんが高いお金を払ってくれるのでしょうか?

ゆえに、制作コストと表現技術は、「オールデジタル」に移行する際の、最重要のキーワードだと思っているのです。技術の見本市って、その後の商談のためにあるわけですよネ。学業の集大成たる卒業制作とは趣旨が大きく異なるのです。「作る」ではなく、「作って、売る」事をいつも頭にイメージしておけば、未来の技術へのスタンスや考え方、取り扱いも相応に変わってくると思います。

 

デジタルほにゃらら

「デジタル何々」という言葉の胡散臭さや大雑把さは、もう随分昔から指摘され続けている事ですが、「デジタル作画」という言葉もこれまた謎の多い言葉です。でもまあ、「コンピュータで何をどこまでやったら良いか判断できない」状況の表れだとも思いますので、ことさらに目くじらをたてるほどではないです。「デジタルTU」とかに比べれば、まだ心情的には理解できます。

「デジタルTU」‥‥に関してですが、旧撮影工程がコンピュータに置き換わった時点で、カメラワークは全て「デジタル」になったわけですから、わざわざ「TU」「TB」と分けて「デジタルTU」「デジタルTB」なんて記述する必要はありません。今までの用語を踏襲するならば、それぞれのセルを別のフレーム指定で「TU」「TB」記述すれば良いだけです。なぜ、そんな無駄な文字「デジタル」を付け加えたのでしょう?

「今までは、セルごとにTU・TBをつける事ができなかったので、それと差別化するため」だとは思います。TUとは文字通り「トラックのアップ」の事で、素材を配置した台とカメラレンズとの距離を操作して図像を拡大していたのが、用語の本来の意味です。コンピュータには「撮影台」は無いですが、「ログ」(丸太)「セル」(セルロイド)同様、「昔の用語を慣習として使い続ける」事自体は、私も構わないと思っています。
*コンピュータの「処理記録」「通信記録」などの総称「ログ」は、その昔、船速を計測記録するために「丸太」を流したことに由来するようです。

要は、現場の実際として、画面全体に対するカメラワークと、セルごとのカメラワーク(コンピュータ導入後にふんだんに活用できるようになった)を、言葉で明確に分別したかった‥‥のでしょう。そして、その分別に用いられたのが「デジタル」だった‥‥という事です。撮影工程が全て「デジタル」〜コンピュータ環境に移行したのに、わざわざ「デジタル」などと付記するあたり、安易な発想と計画性皆無(=場当たり的な問題回避措置)のもとに命名された言葉だった‥‥と推測します。

‥‥でもね、その安易な用語が、普及してしまうあたり‥‥も、業界の特質を端的に表していますよネ。

つまりは、冷静に「デジタルTU」という用語を見つめると、「アニメ業界の行動パターン」が端的に浮かび上がってくる‥‥とも言えます。「デジタルTU」という言葉の周辺・過去と現在を深く分析すれば、実はアニメ制作現場の未来もあらかた予想がつく‥‥のでしょう。

業界の未来が良き方向にいくのなら、10年後には「デジタルTU」なんて言葉は廃れていて欲しいですが、意外に「デジタル何々」の習慣は生き残ったりする‥‥のかも知れませんネ。

ちなみに‥‥ですが、TUは崩した記述で、一般的な常識から言えば、「T.U.」(ドットが略を表す)ですネ。業界では「TU」「T.U.」「T.U」の3種類の略字を見かけます。ドット「.」はプログラム言語では結合演算子として用いられる事もあるので、"Track"."Up"で、「T.U」もアリなんでしょうかね。よくわかりません。その他、Black塗り、黒ベタ(トレス色ベタ)は「BL」ですが、たまに「B.L」と書くのも見かけますし、レイアウト〜「LayOut」を「L/O」と書くのも昔からあります。‥‥もう30年近く在籍していますが、まだまだ謎が多いですネ‥‥。
 


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