1人で千枚

私が確立しようとしている新しいアニメーション技術は何種にも渡るのですが、「手描き」を核としたタイプは「本命」としている技術です。

手描きの良いところは色々ありますが、専門的なところで一番大きな点は「画角フリー」だという点です。この「画角フリー」の長所は、実は絵だけ描いて生きてきた人ですと、あまり実感できない点でもあります。‥‥何故かって、絵を描く時点で既に「画角フリー」を天然で実施しているからです。

実写のカメラや3Dを実際に自分の手で操作すれば、イタいほど解ると思いますが、例えばキャラですと、画角で顔なんぞ大きく様変わりしてしまうのです。画角とカメラの高さや傾きが組み合わさると、カメラの狙い方次第で「キャラデザイン」は劇的に変形してしまい、キャラ崩れをおこします。

3Dや実写を知らない人ほど、「キャラが崩れるのは絵だけで、実写や3Dは完璧だ」と思いがちです。何の根拠も無しに、「現実はイメージ通り」と「頭だけで考えて」しまいます。‥‥ちゃうのよ‥‥、実写でも3Dでも「奇麗に」「可愛く」写るカメラの狙い方があって、雑にカメラを扱うと「すんごいキャラ崩れ」をおこすんです。実際はさらに、照明が重要な要素としてプラスしますから、実は実写や3Dのほうが、「理想を具現化するのは、高いテクニックと経験が必要」なのです。穴の多い理詰めで突き進んでも、美しさは得られません。

一方、絵はどうでしょう。レンズの口径とかカメラ位置やシフト・ティルトとか関係無しに、自分の思うように描けますよネ。‥‥というか、自分の思うようにしか描けない‥‥とも言えますが。

例え、17mm(ライカ判換算で)の超広角レンズのレイアウトでも、顔の中身はいくらでも「手加減」できます。‥‥これって、絵の最大の特徴なんですよ。「自分の理想空間に全ての要素を矯正できる」と言う。

いくつもの異なる画角を、如何にも自然な雰囲気で、1つの絵、さらには1体のキャラに混在させる事が可能です。体は広角、顔は標準レンズ‥‥みたいにネ。

この利点はキャラだけでなく、背景やメカにも活きます。私は実写背景を用いる際にも変形をかけて「収まりが良い感じ」の「生理的に受け入れやすい」細工を施しますが、それは人間が「像を知覚するプロセス」を「愛想の無い単眼レンズの風景」に加えるためです。メカも「ある程度は形が正確なのが好ましい」んですが、作品に登場する際は「かっこよく見える」ように「見た目の状況を演出」するのです。

絵は、頭の中に既にあるイメージをドンと定着させるには、良いジャンル選択なんですよ。スタートの時点から自由に作れるから。

でも大きな欠点もあります。「物量に弱い」‥‥ことです。コピー機やプリンタのように、ひとりで1分間に何十枚も「出力」できませんよネ。絵を描く事は、とても時間のかかる行為です。

絵を動かすアニメーションにおいては、「絵を動かす為に必要な枚数を描き上げる」のがまず大変です。業界の皆は「既存のアニメ作画インフラ」が整って機能しているから、「今回は8千枚かかった」とか平気で言いますが、よくよく冷静に、業界ブレせずに考えてみれば、「8千枚も描くなんて、尋常な作業では無い」ですヨ。しかも、全部違う絵を8千枚で、奇麗に動く「連続画」になっている必要があります。

もし自分1人で8千枚も描くとなったら、どうでしょうか。口が裂けても「普通な事だ」とはいわないはずです。個人では到底無理な作業規模なのは言うまでも無い事で、ゆえに、お金が足りないと言っている割にはお金のかかる「人海戦術」で今までずっとこなしてきたのです。物凄く大変な事を、先人の構築したアニメ業界システムで何とか捌いているに過ぎません。

私は、自主作品のPV制作において、自分で動画をやろうと考えた事も「その昔は」ありました。でも、500枚ですら、本業の傍らの少ないプライヴェートな時間では、描けたもんではありません。もし500枚描いたとしても、クオリティが犠牲になっていたと思います。実際、アマチュアの作るアニメは、「動画」工程のクオリティがプロとは比較できないほど低いですが、それは単純に「作業内容がとても大変なので、品質に影響が出やすい」のです。

私は日頃から「どのくらいの線画だとクオリティを叩き出せるか」を知っておりますから、そのクオリティを維持した上で、例え500枚でも自分で描くのは、非現実的だと思いました。最近はアニメーター業から離れているとは言え、私とて、版権レベルの清書は今でも出来ます。しかし、それを500枚、1000枚、5000枚‥‥と、個人で量産するのは、「到底、無理なプラン」です。

しかも、動きをもっと違う内容に変更しよう、中枚数を増やそう(タイミングをゆっくりにする)‥‥なんて言い出したら、もう個人では「ドウガ、ダメ、ゼッタイ」‥‥ですヨ。

で、私が技法の確立を急いでいる、新しいアニメーション技法。‥‥それは、上記の「量産の問題を解決する」ものです。

まあ、その技法の内容を話すと、聞いた人は大体「ひく」んですが、いやいやいや、繊細な動画を数千枚、数万枚、数十万枚描く事に比べれば、遥かに運用可能な見込みがあります。しかも、原画を描いた本人の線のニュアンスや、イラストレーションと同じ絵画表現のまま、動かせるんですから。‥‥もはや、線とヌリ分けの「アニメ絵」である必要もないです。

「そんな無理しないでも、既存のインフラを使えば良いじゃん」‥‥と思われるかも知れないですが、既存のインフラを使う限り、既存の縛りからは解放されないのです。企画も映像表現もコストも、何もかも。‥‥つまりは、今のやり方を続ける限り、今以上には幸福になれない‥‥ということです。

「アニメを作るには、方法は一択のみ」‥‥そんな状況から抜け出るチャンスが、新しい技法にかかっている‥‥と強く意識できるがゆえに、自費を使いまくって研究を進めているのです。業界が長年甘んじてきた「プランテーション状態」から抜け出るための、唯一の方法とも思っています。

‥‥まあ、そのかわり、After Effectsを自分の手足のように扱えないと、動かすのは無理‥‥でもあります。もちろん、アニメーション作画の技術と知識は必須です。つまりは、「現業界には非常に少ない人材」です。‥‥でも、私は新人育成のメソッドも含めて「技法」だと思っていますので、時が来れば、逐次進行していけると予感します。‥‥それにさ、動画スタッフだって、育成をちゃんとやろうとすれば、もの凄い大変なんですから、要はどこに「大変さのコストを割くか」という事だけです。

私が今、準備しているのは、「その方法で出来ると言う事実」です。その為には、まとまった数の「ユニークな映像」が必要です。Flashや市販のアニメーション制作ソフトとは一線を画す、「どうやって作っているのか謎」の様々なニュアンスの映像を、「これは確かに、4K以上じゃないと無理だよな」と納得できるものとして、‥‥です。

写真用語辞典

私は20代のアニメーター100%の頃、趣味と実益を兼ねてフィルムカメラで撮影していました。一番熱中していた頃は1ヶ月に500コマ以上(24コマ撮りフィルム20本以上)は撮ってましたから、年間で6000コマくらい撮っていた時期がありました。カメラはEOS100QD、EOS1、FUJIの69判、ハーフ判(ライカ判の半分で1コマ=24コマ撮りで48コマ以上撮影できました)のサムライなどで、首からカメラを下げてバイクで走り回っていました。その頃のギャラは、全部カメラに消えたわけですネ。。。

その頃、私が面白がって読んでいた本で「写真用語辞典」という技術書がありました。辞典といっても、何かを調べる目的ではなくて、「斜め読み」してカメラ技術の色々を浅く広く知るのに役立てていました。

今、読み返してみても、色々と興味をそそる内容が多く、忘れていた技法なども思い出したりして、結構楽しめます。

興味深い内容‥‥と言えば、「アイレベル」について、です。‥‥例えば、アニメ業界ですと、アイレベルと言うと、「目線の位置(高さ)」「カメラを構えた高さ」をさすのが一般的ですが、この写真用語辞典ですと、「ウェストレベル」と同じジャンルの用語として「アイレベル」が解説されています。要は、「人が立った状態の目の位置で狙ったアングル」の事が「アイレベル」だと記述されているわけです。

アニメ業界では例えば「腰のあたりにアイレベルをもってきて‥‥」のような言い方をしますが、この写真用語辞典では、それは「ウェストレベル」であって、「撮影者の目の位置=レンズの位置」について「アイレベル」という用語を使うわけではない‥‥らしいですネ。

「人の目の高さでカメラを構えて作図する」事をアイレベルと言うみたいです。


*悪夢に出そうな絵ですが。

「じゃあ、中腰で胸の位置でカメラを構えると、バストレベルと言うのか?」‥‥と思うと、写真用語辞典には「バストショット」はあるものの、「バストレベル」の語句は検索できませんでした。

これに限らず、用語辞典をパラパラとめくると、どうも「慣習で用いてきた語句を網羅した」ような感じで、今ひとつ統一感がなく、ISOやASAなどの標準規格は別としても、撮影現場の用語って「成り行き」「言ったもん勝ち」だったんだな‥‥と、辞典を読んでて感じました。

この「写真用語辞典」、今では古本で200円前後(Amazonで送料込みでも500円くらい)で買えるので、興味のある人はどうぞ。内容は旧くても、色々と参考になる事も多いですヨ。

実写でなくても「撮影」に近い内容の役職の人は、予備知識として知っておきたい事柄も多く含まれていますので、レンダリングの待ち時間にパラパラめくって読むのがちょうど良い感じの本です。「こんな用語の呼び方もあるんだ」的な。

 

ファイル名という規約

私が最近作業している作品では、作品全体における明確な「ファイル命名規則」が存在しません。そして、最終局面において、足をちょいちょい引っ張って、煩わしい問題の原因となっているのが、やはりファイル名です。

部署ごとに統一されていれば、まだ収拾は可能なのですが、同じ作業工程を複数の会社が請け負っていて、命名規則がバラバラだったりすると、誰でもお解りとは思いますが、まず何よりも「クリップを名前でソートできない!」‥‥のです。もちろん、そうした状況に対応すべく、色々な仕組みを考えて実行はしていますが、それは「腐ったものに消臭剤を撒く」ような対処であり、「最初から腐らないようにすれば良い」のは明白‥‥ですが、今回はそうした基本原理を中々実行できない状況でした。

「いつも、ファイル名は大事だと言ってたあなたが、なぜ、そんな体たらくなのか」と言われそうですが、私がファイル名やワークフロー作りなどのリーダーシップを発揮できるのは、私が「責任者」として任命されている作品のみで、そうでない場合は「でしゃばれない」のです。

でもまあ、どんな理由があろうが、ファイル名を甘くみると、やっぱりダメですね。コンピュータのオンライン作業における基本中の基本は、命名規則により統一されたファイル名である‥‥という事が、作業中の作品でしみじみ、そして深く、再認識できました。倭人だけでなく、コーカソイドが相手でも、ファイル命名規則はキッチリと規約を発布して、遵守させるのが、作品制作の「要石」ですな。

どんなに各作業者のスキルが高くても、運用が「寄せ集めの民兵レベル」では、戦力は消耗するばかりです。歴史読本ではよく「農兵や民兵の反乱が、正規軍によって鎮圧された」ようなエピソードが語られますが、その要因は、武器個々の性能差ではなく、戦闘行動中のフォーメーションや情報伝達などの「組織力」の優劣によります。

個人のスキルが個人レベルに終始するのが、農兵・民兵レベルだとしたら、個人のスキルが複数人数のフォーメーションと情報伝達によって「かけ算」的に強化されるのが正規兵レベルです。このレベルの差は、解っている人ほど重要視します。そして、正規兵レベルを実現するための基礎中の基礎は「命名規則」です。名前が曖昧に変化するのでは、どの部隊がどの地域に展開しているかなんて、把握しようもないですもんネ。

ファイル名が統一できてない現場は、グズグズになる。

昔から実感していた事ですが、2014年のコンピュータが飛躍的に高性能化した今でも同じようです。

アニメの道交法

前回、私は「業界を変えるよりも、ゼロスタートで新しいフィールドを」的な事を書いたわけですが、一方では、例えば「撮ま!」のような「散らかった現状をまとめる取り組み」は、私の指向するベクトルとは違えど、影ながら支援したいと思っています。(つーか、ここで書いてれば、影ながらにはならんですが)

アニメ制作の「行政」的な話題も語られるべき大きな問題ではありますが、等しく、「道交法」が大きく乱れている状況も、放置できない大問題です。「一方通行を逆走する車」や「交差点のど真ん中で駐車」するような行為は、「本来回避できる事故をひきおこす」状況にあると思うからです。

この「道交法」の乱れは、直接的にアニメ業界の「行政」的な部分に打撃を与えているのではないでしょうかネ。秩序を失いかけた「交通事情」によって、制作システムに一層の負担がかかり、老朽化に拍車がかかっているのは、実感している人も多いはず‥‥です。

そりゃね、道なんて逆走しようが何しようが、目的地には到着できるかも知れませんが、道交法を無視するあまりに、各所で事故だらけでは、やがて「街はボロボロになる」でしょう。ただでさえ、制作システム確立から何十年も経とうとしているのに、より一層「雑にシステムを使って」この先、どんだけ持つのか?

街の道路を無秩序に車が走り、事故がそこら中で多発してたら、街の発展はおろか、衰退に直結するんじゃないのかな。

社会が機能している要因の1つとして、整備された交通網が挙げられると思いますが、その交通網が機能するには、道交法が不可欠です。同じく、アニメ業界が機能するには、業界の作業経路が整備・維持されている必要がありますが、今は「作業の取り決め事項」がデジタルによる機能拡張や目先の利便性で野方図状態にあり、細かい機能不全が各所で頻発しているようです。

私が以前に撮影監督を担当した作品ではマニュアル的なものも作りましたし、おそらく各作品の撮影監督さんも自分のテリトリーの中で機能回復を図っていると思われます。でも、そうした行動は、どうしてもローカルの範疇から脱し得ないのです。私が1998〜2003年くらいに書いた作画とデジタルエフェクト連携のTIPS文書なんか、とっくの昔に忘れ去られていますしネ。

アニメーターにしても、制作進行スタッフにしても、「従来技法の再確認」と「デジタル時代における再定義・新定義」に関して、「明示している何か」が存在しなかったので、何となく自己流で進めるしか無かった‥‥のだとも思います。

そんな中、「撮ま!」の特徴は、ローカルで終始しがちな「取り決め事項」「技法」的なものを、できるだけ汎用的な内容にとどめて「公開文書」としてまとめた事でしょう。これには冷静かつ俯瞰視のジャッジが必要で、特殊技法の解説よりも、実は難しい事です。

アニメのギャラ問題に目を向けるのと同じ重さで、システムの構造論や、アニメ作業流通に関する「道交法」的な話題にも、目を向けるべきだと思うのですが、‥‥「今は何とかなっているから良い」と後回しにされ続けて、もう10年以上は経ちましょうか‥‥。

*ちなみに「撮ま」の「協力者リスト」の筆頭に私の名前がありますが、それは単に50音順であって、貢献度とは無縁です。‥‥私が記述に関して貢献できた事と言えば‥‥‥、うーむ、言えない。とても。

工場型について

私はもう30年近くアニメ業界で作業をしてきて、アニメ業界の「工場型流れ作業」を「所与の業界スタイル」として受け入れて作業してきました。

しかし、ここ10年は疑念ばかりが頭をもたげ、近年は「工場型からの脱皮」を明確なテーマとしています。

でも実は、この疑念は10年よりもっと前、私が20代の頃から抱いていた「アニメ制作への不信」そのものだったとも思います。

工場との大きな違いは何か。

アニメ制作で作り出される映像クリップは、「みな内容が異なる」という事です。

例えば、自動車工場で生産される「プリウチュ・C-5型」という製品があったとして、その自動車は計画通りに「全車の性能が等しく生産される」事がベストです。1台ごとに内容が大きく変わっていたら、製品として大問題です。「座席シートのしわの感じが違う」といっても、それは製造上の誤差であって、「必要とされる個性」ではありません。

コンビニ弁当も同じでしょう。できるだけ「味や量が同じになるように」唐揚げ弁当は作られるはずです。もちろん、鶏肉など具材のバラつきはあったとしても、「出来る限り、皆同じ」内容である事が望まれます。お弁当1つずつの個性など、意図もされなければ、計画もされません。

で、アニメのカット。例えばテレビで250のカットがあったとします。これは「全て同じ内容のカットを250ファイル、レンダリングして生成する」わけではありません。みな、違う内容です。お話の進行に合わせて、カットの内容が変わるのですから、当然ですよネ。

同じ自動車を250台製造する生産ラインでもなく、同じネジを250個つくるオーダーでもなく、「違うカットを250カット作る作業」なのです。‥‥全然、工場生産型じゃないじゃん。

共通しているのは「流れ作業」という作業風景だけで、「生産される製品の性質」は工場型とは全く異なるものです。

工場制手工業も家内制手工業も、「同じ内容のもの(製品)を生産する」のが標準ですよネ。でも、アニメのような映像作品の生産作業は「違う内容のものを生産」するのが標準です。全く同内容の兼用カットのほうが珍しいくらいですよネ?

内容も大きく違えば、作業難易度も大きく違う、必要な技術も大きく違う、そんな作業を「工場生産と同じくくり」でやってきたツケが、今まさに、40年越しのすんごい利子とともに業界に回ってきてるんじゃないですかネ。細切れの「見かけ上の人海戦術」や常軌を逸したスケジュールなど、業界の知人達から聞く話は、もはや末期的なものばかりです。

しかしながら、業界の長年の作業で出来上がってしまった慣習は、ガチガチに固く、変えようがないほどに硬化しているのも事実です。問題点を痛感しながらも、固い外殻に阻まれ核心部にはメスの刃が届かず、むなしく時だけが過ぎていくのを傍観するしか無い人も、業界内には相応に存在するのではないでしょうか。

とはいえ‥‥です。アニメ業界が工場生産型の意識で支えられているのも、やはり事実です。アニメが制作完了するのは、工場生産型の生産ラインあってこそとも思います。

工場生産型に痛み苦しめられながらも、工場生産型のおかげで生きられる。‥‥なんと言う自己矛盾。

‥‥で、私が得た結論は、「工場生産型の現場を変えようなんて甘い夢は見ず」に、「新たなスタイルの現場をゼロスタートで小規模から模索していく」という事です。10年以上に渡り、何度も何度も何度も何度も何度も何度も考えましたが、今の現場の意識を変えるのは、無理だと判断しております。

私だけでなく他の方々も、現システムの構造が老朽化し、主要な骨組みの作り替えが必要だと判っていても、手を触れると倒壊するかも知れない‥‥と、心のどこかで解っているはず。‥‥倒壊してガレキと化すくらいなら、ガタが来ているのを我慢してでも、そっとして、今のままで使い続けよう‥‥という判断もあるでしょう。

私の指向するベクトルは、「小規模の弱者」の進む道そのものですが、その際の心強い味方となってくれるのは、実は4Kなどの新しい映像フォーマットなのです。身軽な小規模グループと新しいモノは、思考の柔軟さ(OODAループの速さとも言うべきか)とフットワークの軽さにおいて、相性が良いのです。もちろん、新しい事ずくめで、思わぬ落とし穴も数多く存在する事でしょうが。

どっちの道を選んでも「苦しい事には変わりない」のですネ。‥‥まあ、要は「2つとも苦しいのなら、どちらを選ぶ?」という事なのでしょうネ。

タブレットの再生能力はどうか

前回紹介した「フレーム落ち確認用QT」のうち、1920x1080の48p, 60pのテストQTを今日届いた「iPad mini Retina」(64bit A7 / 2048px幅の解像度)で再生したところ、とりあえずはフレーム落ちはありませんでした。ちゃんと60fpsも再生できるんだネ。‥‥ただ、うっかりしてましたが、いつもの癖でH.264を書き出す時に12Mbps程度に抑えてしまったので、ちょっと「甘め」の内容のQTにしてしまいました。48p, 60pで考えれば、ハードルの低いビットレートでしたネ。単純計算ではありますが、最低でも24〜30Mbpsくらいで書き出しておくべきでした。

50Mbpsくらいを上限として、Kindle HDXとiPad mini Retinaでどれだけちゃんと再生できるか、もう少し細かい検証をしてみようと思っています。

ちなみに、いつもは4K/ProRes4444(オフライン素材はProRes422のProxyかLT)で作業しているので、イマイチ、タブレット端末上での動作は実感がないのです。HDでH.264だとどのくらい絵が劣化してヌルくなるのかは、まだまだテストが浅いです。

40Mbps・2048〜2560pxのQTが、iPadかHDXで奇麗にフレーム落ちなく動いてくれれば、とても嬉しいんですけど、さてどうかな‥‥。

私は去年あたりから4Kを標準に据えているので、1920pxにこだわる感覚は希薄で、iPad miniだったら2048、HDXだったら2560…と、機種ごとに最適化したムービーを書き出すのがデフォルトの運用法です。現在のHDフォーマットも「4Kマスターからのダウンコンの1種」にしか過ぎません。ぶっちゃけて言うと、「折角苦労して絵を描いてアニメーションを作るのなら、奇麗な4Kで作りたい」のです。現行のアニメ業界方式はともかく、自分で精魂込めて作るオリジナル(=自身の売り物)は「最低でも4K」です。
*みんなで4Kアニメを作ろう!‥‥と言ってるわけではないので、誤解なきよう。4Kアニメは「それが自分たちのウリになる=未来の発展につながる」と確信した人だけが作ればよいです。

‥‥しかしまあ、まさかHDサイズが「ヌルくなってモッサリするダウンコン対象」になる日が、こんなに早く来るとは思いもしませんでした。「地デジに切り替え」とか言ってたのは、数年前だったような記憶が。。。



 

マシンの動画再生能力テスト

どんなに奇麗な映像を作っても、再生側で奇麗に上映できなければ、全く意味なしです。

画面サイズだけでなく、フレームレートもちゃんと全フレーム再生できてこその、次世代映像フォーマットです。しかし、単に映像を見るだけでは「本当にキッチリ再生できているか」は確認し辛いですし、タイムコードを表記しても数字をちゃんと読むのは48fps以上になってくると至難の技です。

そこで、フレーム番号を2フレもしくは3フレ毎に左右・左中右に割り振り、数字の残像で見分ける方法を考えてみました。うたた寝している時に、ふと思いつきました。



正常に再生されていれば、残像は奇麗に同じ濃さで画面に表れますが、フレーム落ちしていると不均等な残像、もしくは全く残像が出ない(=文字自体が全く映し出されていない)事になります。

iPadやiPhoneなどのiTunes越しのQT再生で、どれだけフレーム落ちせずに再生できるかを確認するのが主目的ですが、Web経由での再生もテスト可能です。なので、ちょっとここでテスト。

このブログではQTを埋め込む事が出来なかったので、別のページにQT上映ページを作ってみました。480pxまで縮小した2MB未満のミニサイズです。

http://www.ezura.asia/mov/test.html

上記URLに貼付けたQTを、私のMac miniで表示すると、残像の濃度が奇麗に整って再生されました。つまり、フレーム落ちはしていないという事です。

HDサイズのテストムービーは以下です。H.264で12Mbps程度に抑えています。

http://www.ezura.asia/mov/1920-48fps_h264.mov
http://www.ezura.asia/mov/1920-59.94fps_h264.mov

上記URLのムービー再生において、フレーム落ちしたり、そもそも再生自体がギクシャクする場合は、残念ながらお使いのマシンが性能不足‥‥と言う事です。上記テストムービーはいつものHDサイズですが、4Kの3840pxもしくは4096pxの世界はもっとキツくなります。

ちなみに、YouTubeに送信したアップロード映像を再生すると、これまた奇麗にフレームが欠落しています。‥‥というか、30fpsでYouTubeは打ち止めなんでしょうネ。

48fpsのムービーは、右の数字しか上映されません。YouTubeのサーバサイドでの変換時に間引かれたのだと思います。



59.94(60)fpsのムービーは一見、数字が表示されているように見えますが、実はとびとびで再生されていて、数字の残像濃度がバラバラです。


まあ、YouTubeは世情からして、このくらいでちょうど良いかも‥‥ですネ。以前にHDに対応したように、時代とともに、ハイフレームレートにも順次対応していく事でしょう。

WebでのQT配信は、各個人のマシン性能に大きく依存するでしょうから、60fpsの映像を作っても奇麗に映像再生できるかは全く保証できない状況です。家電としての映像再生機がさらなるハイディフィニッション&ハイフレームレートに対応するまでは、まだまだ水モノ‥‥でしょうネ。

ただ、水モノの時こそ、状況を掌握しやすいのも事実なのです。出来上がって型が固まった後では、その固さゆえに「手出しができなくなる」事も多いのです。自分自身を振り返るに、「物事が柔らかい内」にあれこれ手を出していたがゆえに、映像作りの根幹に関与できる立ち位置を確保できたのだと思います。カタチが固まってからだと、もう内部には立ち入れなかったりしますからネ。戦いの基本は、固い正面ではなく、柔らかい側面を突くもの‥‥なのですヨ。

まあ、とりあえずは、Kindle HDXやRetinaのiPadなどハイスペック表示性能のタブレット端末でどのように上映されるか、各種テストしてみようと思います。

ちなみに、どんなにコンピュータの処理能力が高くても、低いリフレッシュレートのモニタに接続して上映している場合は、フレーム落ちします。コンピュータから秒間60フレームを送り出しても、秒間30で処理するモニタで受け取ってたら、絵が欠落するのは当たり前‥‥ですネ。

CC同時使用、撃破

Adobe CC(Creative Cloud)のウリは、1ライセンスで2台インストール&2台同時使用だったわけですが、その「同時使用」の文言が、Adobe CC 2014が新しくリリースされたタイミングで、見当たらなくなっていますネ。私も人から聞いて、ちょっとビックリ。

つまりは結果的に、「2台同時使用」は、ユーザ獲得の為の、ある種のフィッシング〜釣りの1つ‥‥だったとも、言えなくもないスね。2台同時使用化で、財布のヒモが緩んだ人も多いんじゃないでしょうか。

詳細はそのうち明らかになるとは思いますが…

以前〜
 
Creative Cloud で提供されているデスクトップアプリケーションは 台のコンピューターに同時にインストールして使用できます。
 
2014年6月20日現在〜
 
Creative Cloud デスクトップアプリケーションは、オペレーティングシステムを問わず、複数のコンピューターにダウンロードしてインストールできます。ただし、ライセンス認証はメンバーシップに関連付けられている個人につき 2 台のコンピューターに限られます。
 

……と、とりあえずササッと手早く修正した感じの文面ですネ。​今は削除されているようなので引用できませんが、以前は「同時使用可能」とハッキリと告示されていたのにネ。いつのまにか、「同時使用」の文言がしれっとオミットされとる。

「同時使用可能」とは書いてないけど、昔のように「同時に使えるのは1台までです」とも言い切っていません。いきなり使用条件を覆すと反感を買うと思ったのでしょうか。「うやむやのうち」に、昔の条件に戻そう‥‥とでもしてるのかな?



‥‥と、今、Adobeサイドのブログで「2014/06/19」に修正された箇所が検索できました。

コレ。


引用〜「同時使用可能」の文字が「打ち消し線」になっております。昨日6月19日の修正らしいです。〜
「また、Creative Cloudは最大2台のパソコンまで同時使用可能インストールして利用可能(2014年6月19日修正)”となりましたので、例えば異なるバージョンのIllustratorを任意に選択して同時に使用する、という事も可能となります。」


同時使用を見込んで予算を立てていた人や会社は、かなり深刻なライセンスの内容・条件変更です。

2台同時使用の大盤振る舞いは結局、1〜2年くらいしか保たなかったのきゃ。

私は、同時使用が明記される以前に2ライセンス分(=2アカウント)で運用していたので、「また、もとに戻るだけか」という感じですが、‥‥まあ、こんな重要な変更を表にしたがらない時点で、「Adobe的に、後ろめたさMAX」なのが解りますネ。

Adobeのアカウント流出事件(クレジットカード情報も)の時と言い、謝る事のできない「大企業のイヤらしさ」満載だのう。アカウント流出の際のアドビの言い分は、「わたしたちも被害者です。ネットって怖いですね」的なまるで他人事のようなニュアンスで、「クレジットカード情報を含めた重要な個人情報を預かって運用している」自覚の乏しい内容でした。‥‥正直、あれにはガッカリでした。

アカウント流出からまもなく、月に2〜3通しかメールの来なかったライセンス専用メールアドレス宛に、わんさか、変なメールが大量に届くようになったので、アドビからメールアドレス情報が流れたのは「状況証拠」的に確実なように思われます。

まあ、今回も、アドビがどう動くのか、様子を見ましょ。

ミキサーのススメ

映像制作をしていると、コンピュータをはじめ、DVD/BDプレーヤー、HDDレコーダー、iPhone、iPadなど、あれやこれやと機器が増え、都合、音声の出力も比例して増えていきます。

オーディオコンポが全盛だった昔は様々な機器をプリメインアンプに繋いでセレクタで切り替えて音を聴いていました。しかし現在は安価で手頃、高性能のミキサーが各社から発売されているので、今となってはブームが下火となって選択肢の限られたプリメインアンプよりも、ミキサーを買って機器を繋いでしまったほうが、結果的に安上がりで色々と融通が利きます。



しかし、ミキサーは何か「専門的な印象」があるのか、手軽に使う人はあまりいないようです。30年近くアニメ業界の色んなスタジオを見てきて、机にミキサーを置いて使っていたのは、ほんの数人の方々だけです。

もったいない。ミキサーって便利なのに。

昔は、ちょっとしたミキサーでも2〜3万円したので、軽い気持ちで買ってみる機会も無かったと思います。しかし、今はセール品とかだと5,000円以下、普通に買っても1万円くらいです。プリメインアンプを買うより手軽です。

1万円クラスのミキサーの使い方は、至極シンプル。機器を繋いで、各機器の音声レベルをツマミかフェーダーで調整して音を1つにまとめるだけ‥‥です。3〜4万くらいするミキサーだと、レコーディングに必要な多彩な機能(音声の道筋を色々と分岐させる‥‥とか)がついているので少々難しいですが、1万円のミキサーは「音をまとめて1つにする」のがメインなので、迷う事がありません。

例えば、以下のように機器を繋いで、1つのヘッドフォンと1ペアのスピーカーで音を聴く事ができます。もちろん、ヘッドフォンだけでも構いません。




聴きたい機器の音量を上げ、ヘッドフォンやスピーカーでモニター(音を聴く)します。音声レベルのまちまちな機器も、ミキサー側のゲイン(入力感度)で適宜無段階に調整できるので、あらかじめ音量の差を無くして一定に合わせておく事もできます。

さらにいまどきのミキサーは、USBオーディオインターフェイスを内蔵しているモデルも1万円くらいから買えるので、USBケーブルでMacやWindowsマシンを直にミキサーに繋ぐ事もできます。要はミキサーがUSBオーディオインターフェイス代わりになるわけです。



USB付きのミキサーをMacなどに繋ぐと、音を聴くだけでなく、コンピュータで録音する事も可能になります…が、まあ、録音する事はあまりないですよネ。MacOSXですと、「システム環境設定」の「サウンド」の入力・出力のリストにて、ミキサーを選択する事が可能になります。ベリンガー社のミキサーですと「USB Audio Codec」という名称でリストに現れます。

映像制作の作業場でもミキサーは重宝します。作業者それぞれがミキサーで音声をまとめておいて、メインチェックモニタのメインミキサーに送れば、自在に「出音(でおと)」を制御できるようになります。



作業者個々の映像をチェックする際、即座に映像と音声を切り替えて、監督・演出チェックができますし、音量を手元で如何様にでも調整できるのでとても便利です。ほどよくセッティング済みの「2ch」ステレオ音声がすぐに出せるだけでも、チェックは何かと円滑に進むようになります。

いちいち後ろに回ってプラグを差し替えたり、音量調節のできないセレクタで切り替えるのは、ピリピリしがちな映像チェック時には出来る限り避けたいものです。余計なストレスは排除し、スマートにチェックを進めたいですよネ。

「音は出る?」「繋いでないので出ません」‥‥なんていうやり取りで場が白けるのは、なんと言うか、わびしいですよネ。作業者がミキサーのフェーダーを上げれば、即座に音がモニタースピーカーから鳴るようにしておくと、チェック時だけでなく、オフライン映像のちょっとしたプレビューにも役立ちます。

私のオススメは、安くて有名な「ベリンガー」のミキサーです。選択肢が広く、様々なニーズに安価に応えてくれます。ネットで耳年増になった人とかは、音を聴きもせずに「安かろう悪かろう」なんてベリンガーをこき下ろしますが、プロのコントロールルームで聴くような場面でも無い限り、個人使用やアニメ会社の雑音の中で聴くレベルだったらベリンガーで十分です。

なんかさぁ‥‥、アニメ会社の音声モニタ事情って、往々にして劣悪ですよネ。テキトーなPCのオマケスピーカーで鳴らしてたり‥‥とか。音を実際に扱わないアニメ会社だって、音をモニタする事(主題歌のデモとか予告の音声とか)はいっぱいあるじゃんか。ベリンガーのMS16とQX1002USBで合計2万円もしないですけど、それでも、オマケスピーカーとかテレビ付属のシャカシャカした音よりは格段に良くなります。線撮にはべらぼうにお金を使うわりに、音声モニタ環境には一銭もかけないのよネェ‥‥。

まあ、ともかく、個人の環境は個人でレベルアップできますから、安価かつ良品質で使いやすい音声モニタ環境は、2014年の今はとても容易に揃える事ができるのです。

ちなみに、買う場合は「サウンドハウス」や「オフプライス楽器」など格安楽器店の通販でケーブルも同時に買うのがオススメです。特にケーブルは、アマゾンで購入するより楽器屋さんの通販での「まとめ買い」がお得ですヨ。アマゾンで1本ずつ買ってたら、出費が1万円くらい変わっちゃうかも‥‥ネ。

管理する側、される側

私はアニメーターとして稼ぐ日々から、やがてアニメ作品におけるコンピューターグラフィックスの作業も請け負うようになり、ビジュアルアエフェクトやら撮影監督やら、実写のCGパート、実写やアニメのグレーディングまで、作業の幅を広げるようになりました。

そうした色々な作業の中で、「管理される側」と「管理する側」の両方を体験してきたわけですが、私が双方の立場において共通して「避けたい」「やりたくない」と強く思う作業が、「同じ情報を何度も記述・入力する手間」です。

例えば「カット名」や「カットの尺」。

管理する側は、ほんの些細な気持ちで、「何度も何度も」同じ情報を、作業者に繰り返し記述させたりキー入力させます。これは作業者にとって「単純にうっとおしい」作業であり、ケアレスミスが発生する原因でもあります。

アニメーター的な立場で言えば、「カット150、尺3+0」という情報は、レイアウト用紙とタイムシートに書いたら、それ以上はもう書きたくないですよネ。仮に「こちら側で管理する為に、作業が上がったカットは、パソコンでカット名と尺と日付と作業者名を入力して」と管理者から言われたら、「タイムシートが言わば伝票でしょ? それじゃダメなの?」と思うはず。

管理者側からすれば、簡単で少ない手間のように思われる作業でも、「同じ事を何度も繰り返すのは」嫌なものです。さらに「コンピュータで管理する為だけに、やらされる」のだとしたら、反発は必至です。

「コンピュータを使いたいのは、管理者側の都合であり、作業者にとってのメリットは無い」んじゃあ‥‥、イヤになりますって。

管理者がコンピュータで作業情報を管理したい、かつ、作業者がデータ入力を自ら率先しておこなう状況を作り出すためには、双方がメリットを感じられる「上手いからくり」が必要なのです。

アニメの撮影作業を例にとります。私が以前、劇場作品などで用いていた「xtools」というシステムは、作業を始めるにあたり素材ファイルを収集する時に、「FHX」というソフトウェアを起動し「カット名と尺」を対話方式で入力します。そうすると、カット名を認識した「FHX」が必要な素材を色々な素材保管場所から収集して、作業の準備を整えます。

作業者にとっては、「カット名と尺」を入力する代償として、素材をいちいち手作業で収集する手間を省けます。また、After Effectsで作業開始する際に、カット名と尺を自動設定するので、「プロジェクトファイル名」「コンポジション設定」の手間が省け、さらに「フッテージの読み込み」「コンポジションへのレイヤー配置」など、作業のお膳立てをしなくて済みます。これは明らかなメリットです。最初に「カット名と尺」を入力すれば、あとは「xtools」のソフトウェア群がデータベースと連携して情報を引き継いでくれるのです。

管理者にとっては、「誰がいつ、どのカットをどのマシンで、どんな作業を開始したか」「カットの尺」などを、「作業者本人の入力」によって得られ、データベースに蓄積できます。作業者がおこなうのは、あくまで「カット名、尺、トランジション」の入力だけで、「誰がいつ、どのマシンで、どんな作業」に関しては、使っているコンピュータのマシン名や日付、ログインユーザ、ソフトウェアの種別から、自動で情報を得られます。管理者サイドは、情報入力する手間を省けるので、やはりメリットです。

作業管理システムって、管理者側の視点が強くなり過ぎて、「え‥‥。また同じ事をキーボードで打つのかよ‥‥」と作業者をウンザリさせるベクトルに進みやすいです。「管理するために、協力してくださいよ」と言われても、メリットが無いなら、作業者的には「しょうがないからやる」モチベーションに落ちてしまい、やがて「ミスの多い入力」へと繋がっていきます。

「管理する側、される側」の「双方のメリット」。‥‥管理側だけの都合良さだけでは、人は動かんのです。作業者側〜管理される側のメリットを組み込んで、はじめて、活きた管理システム・自動処理システム・作業補助ツールになると思っています。

私が4Kに絡めて、以前の「作画」をコンピュータベースへと移行させたいのは、新しい映像表現の土台として、「作業管理」及び「作業の正当性の実証」の為にコンピュータを上手く使える‥‥と考えているからでもあります。例えば、「作業内容の重いカットを、素早くアップした」場合に、ちゃんと双方の実益に繋がるようなシステム作りが必要だ‥‥と思うのです。

制作管理システムを設計する際、金・作業内容・時間を全て扱える「極めて統合的」な管理システムでないと、アニメーション制作現場には上手く馴染まないと思います。管理する要素だけに限定して、作業者のメリットを「オミソ」にした管理システムは、作業者にとって厄介なものでしかありません。

「そんな風呂敷を広げ過ぎな‥‥」と思うかも知れませんが、私は「風呂敷は、広げる必要がある時には、広げるべきだ」と考えます。風呂敷を結んで閉じたままじゃ、そもそも風呂敷の存在意義がないじゃん。

要は、最初っからバカデカい風呂敷を広げようとするから途方に暮れるのであって、まずは小さい風呂敷から広げようと考えているのです。


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