グレーディングについて

前回にの引き続きになりますが、私は現在制作中の作品の「ラボサイドのグレーディング」を、欧米のスタジオで作業(立ち会い・指示)しています。

欧米のスタジオで作業すると、「広さの感覚」の差を痛感します。ちょっとした場所の広さの使い方が、いちいち羨ましかったりします。ただそれは、根本的な土地面積の差からくる問題なので、「東京の狭さ」を嘆いても致し方ありません。我々日本人は、「狭さ・広さ」に対して、国土の広い国とは違うベクトルで思考しなければならんのですネ。

まあ、仮に「同じ広さ」を与えられたとしても、日本人は違う使い方をするとも思います。‥‥なので、省スペースの日本人的感覚を活かしながらも、欧米流のゆとりのある空間利用も意識しながら、今後の作業環境作りに活かせたらと思います。

私らが作業しているグレーディングルームは、中程度の映画館ほどのスクリーンを有し、まさに映画館さながらのルックで映写されます。業界の方なら想像できるかと思いますが、イマジカの第1試写室と同じくらいのスクリーンの大きさです。



写真ではスクリーンの大きさは解り辛いですが、右端の赤い文字が「SORTIE=出口」の大きな電光表示なので、スクリーンの大きさを何となく想像して頂けるかと思います。15席x3列=45席くらいのシートがコンソール前に配置されているので、小規模なうちうちの試写くらいなら出来そうな広さです。コンソールはサウンド関連とグレーディング関連が2段で並び、その後ろにさらにソファ(監督席のような)などが置いてあります。私らはサウンドコンソールの席に座り、現地のグレーダー(グレーディングの作業者)さんとやり取りをしています。

作品を担当してくれているラボのグレーダーさんは、エンジニアとクリエーターの両面を併せ持ったタイプの人なので、意思伝達が円滑に進み、経験値も高く手際が良いので、ロール(1本の映画は5〜6の「ロール(Roll)」で分割されています)をどんどん消化して予定通りの進行となっています。

‥‥と、今までグレーディングネタを書いてきて何ですが、グレーディングの話題にどれだけの人がピンときているかは、実は「結構少ないんじゃないかな」と思いながら書いています。

なので、規模はともかくとして、アニメにおける「グレーディングの是非」については、今回に限らず、いつも考えるテーマです。

日本のアニメ作品でグレーディングを導入しているのは、ぶっちゃけ、ほとんど聞いた事がありません。なぜ、アニメ業界ではグレーディングを使わないのか、1つ目は「グレーディングがなくても、完成させてきたから」という理由、2つ目は「撮影作業ですらギリギリなのに、グレーディングの作業期間など捻出できない」、3つ目は「充当できる予算がない」、最後の決め手は「グレーディングが何なのか知らない」事に因ると思います。

私らは2007年のスカイクロラなど色々な作品で、グレーディングをインハウスで作業し、ラボサイドのグレーディングにも関与してきました。当該作品の押井監督や西久保監督はその「有効性」もハッキリ認識しているので、それなりの作業予算規模を持つ作品では、グレーディングを「インハウス(=私ら)」と「ポスプロ(=ラボサイド)」の2段で構え、作品を想定した完成度へと導いています。アニメの近作でいうと、西久保監督の「ジョバンニの島」がそれにあたりますが、監督さんだけでなく、コンポジット以降に関係したスタッフや作品完成の最後まで付き合ったスタッフなら、「グレーディングの有無による品質の差」を認識していると思います。

とはいえ、「グレーディングがなくても今まで完成させてきた」のは、まさにその通りです。「グレーディング」なんていうと実感が湧きませんが、例えば「作画監督」「色彩設計」などのなじみの多いアニメ制作の役職に置き換えて想像してみれば、何となくイメージできると思います。「作画監督のキャラ修正がなくても、アニメの映像は作れる」のですが、キャラの顔立ちなどがバラバラになり、作品のクオリティは低下しますよネ。アニメの撮影にも撮影監督の役職がありますが、作画監督が黄色い修正用紙をかぶせて絵を手直しするような「直接的に作用する修正手段」は持っていません。つまり、「映像最終修正の手段をもたないまま、今まで『成り』『結果オーライ』で完成としてきた」だけなのです。

タイムシート通りに撮影しても、完成映像には大幅なバラつきが出ますが、その要因のほとんどが、撮影スタッフの技術レベルや経験値の上下によるものです。「全カットの本撮が揃って繋いでみたら、イメージとかけ離れていた」みたいな苦い経験をした演出・監督さんも多いはずです。

私は過去、撮影監督の役職を劇場作品で経験してきましたが、バラバラであがってくる各カットを編集のタイムラインに並べた時に「ドンピシャリで寸分の狂いのないように予測して作業する」のはハッキリ言って無理です。必ずバラつきます。作業済みのカットを参照しながら作業しても、合わせ・つなぎには、限界があります。指示を出し現場をハンドリングしても、作業者や撮影会社が違う事により、合わせがうまくいかない場合もあります。作画に例えれば、作監がコメントだけ書いて実際に作画修正しない‥‥ような状況です。

グレーディングはまさにそこの部分、「イメージとかけ離れてバラついた映像を、自分の考える本来のイメージに出来るだけ一致させる」事ができます。迫力に欠けるアクションシーンやメカシーンも、叙情の足りないシーンも、サイクルに時間のかかる撮影リテークではなく(リテークしても良くなる可能性が低い場合もありますし)、直接的に映像を修正する事により、演出意図に近づける事ができます。グレーディングの「本当の威力」を知っている監督さんが、グレーディングを必ず自分の作品に組み込むのは、ちゃんとした理由があるのです。

私だったら、仮に自分の監督する重要な作品において、グレーディング行程がないなんて、あり得ません。作監修正なき作画を容認するようなものです。撮影監督では全カットの映像に直接修正を入れる(指示ではなく直に画像を修正する)など不可能な取り組み・段取りですが、グレーディングではそれができるのです。

まあ、現在の運用意識や実際の予算・スケジュールでは、ほとんどの作品がグレーディングを導入できないとは思います。しかし、既に何年も前から活用している監督さんがいて、作業予算もちゃんと設定されているのも事実です。

つまり、監督やプロデューサーの意思〜作品に対してどのような完成像を抱いているか〜によって、グレーディングの是非も甚だしく変わってくるのでしょう。

できれば近いうちにオリジナルの映像を使って、グレーディングの具体例を解説できれば‥‥と思っております。

海外のラボ

私は今、日本と13時間の時差がある海外の地で、映像作りの最終段階の作業に入っております。私は別に海外に限らず、日本でも時間が不規則なので、時差ぼけは全く感じません。日頃から、追い込み作業の合間を見て「継ぎ足し睡眠」するのに慣れているので、調整がきくのです。

私ら作品スタッフが作業する場所は、ポスプロ総合プロダクション(Productが2回続いて変な言い方ですが‥‥)のような会社で、グレーディングはもちろん、編集やテロップや2D/3Dのグラフィックス作成、さらにはフィルムの取り扱い(現像液を使う昔ながらの)などもおこなっており、フィルム時代からの歴史を感じさせる会社です。建物は鉄道列車工場の施設を改造したユニークなデザインで、まさにラボラトリー、モノ作りの雰囲気をたっぷり醸し出しています。列車工場だったがゆえに、雑居ビルのような風体はなく、鉄の骨組みが所々に見える無骨で広い空間に、各作業部屋がまるで迷宮のように配置されています。‥‥土地の狭い日本では中々難しいとは思いますが、たとえ小規模でも、何かの施設を取り壊さずに改造して使うというやりかたも、充分アリだな‥‥と感じました。



ジョバンニの島の時もそうでしたが、今回の作品も、ラボのグレーディング環境のモニタ(投影式)と我々のメインモニタの差がとても少なく、円滑に最終段階のグレーディングの作業ができそうです。最終のグレーディングはロールごとに作業をおこないますが、おそらく、特にひっかかりもなく、進行できるのでは‥‥と思います。もし前段階での修正点が発見されても、すぐに直せる準備を用意しているので、どんとこい!‥‥です。

ちなみに、我々が日頃使うディスプレイは映像専用モデルではないEIZO製のモデルで、個人でも買えるクラスのものです。プロだからプロモデルを‥‥と考えがちですが、20〜30万前後のディスプレイを買うということは「シビアな色校正と性能管理が必要」ということですから、実はメンテに非常にコストがかかるのです。単に高価なプロモデルを買っても、調整が行き届いていなければ、「高いお金を払って気分に浸っているだけ」に過ぎません。そして何よりも、作業部屋の「部屋のクオリティ」がラボのレベル(特に照明や映り込み防護の面で)に近くなければ、高価なディスプレイなど愚の骨頂です。私はシステムメンテナンスのスタッフと相談して、「局所的に高価な機材を購入して、妙に中途半端な導入と運用するよりは、一定のライン引きで割り切った導入と運用をしよう」という事となり、「廉価版」ともいえそうな27インチのモデルに決定したのです。

その判断が、国内のイマジカでも海外ラボでも「うまくいってる」のは、中々痛快で気分が良いです。海外ラボのグレーディングルームでプレビューして「概ね良好」だったのは、ひと昔までは散々「色合わせ」に苦労してきた経緯をもつがゆえに、嬉しいとともに奇妙ですらあります。

ちなみに、イマジカや海外ラボとほぼ一致しているディスプレイ(=メインモニタ)は、私のMacBook Pro(白色点を色彩計で調整済み)ともほぼ一致しているので、モバイルコンピュータクラスでも安心して臨時作業が出来る事になります。‥‥実は私が先月MacBookを調達した際は、「色は全くダメだろう。暗部も黒が締まりすぎてヤバいのだろう。」と予想していたのですが(昔のモバイルPCはそんなのばかりでしたから)、メインモニタと実際に並べても「かなり似て」いて正直ビックリで、良い意味で予想を裏切ってくれました。カタログスペックやWebの情報だけでは、「このへん」ってわからないんですよネェ‥‥。

海外のラボに話を戻して‥‥。街中を歩くと、英語とフランス語に取り囲まれて不安も感じますが、ラボのスタッフは技術者・クリエーターなので、ほっと落ち着きます。国籍は違えど、作品を作り上げるという点において、話の焦点が定まりますからネ。特に今回のラボは、フィルム時代から続くラボなので、技術屋さんらしき雰囲気の人も多く、ひときわ、安心できます。

ただ、日本と大きく違うのは、早朝8時から作業して、夕方には終わる‥‥というサイクルです。「そんなタイムスケジュールでも回る」のは、少なくとも日本のアニメ会社ではないですもんネ。

ラボからの帰り道にマーケットに立ち寄って、ホテルで調理して食べるため(そこそこちゃんと調理できるキッチンがついているのです)の食材を買いました。外食ばかりだと野菜が不足がちになりますもんね。早速、ほうれん草のおひたし、かき菜のわさび醤油和え等々を作りました。

logの運用

日本のアニメ制作では全く馴染みのない「ログ」の色空間の映像。アニメの通常の制作フローではいわゆる「見た目通り」の「リニア」の映像で運用されますが、今どきの実写では、撮影からラボまで「ログ」で運用するスタイルが用いられているようです。私が関わっている現在の作品も「ログ運用」です。

リニアは「見た目のまま」、すなわち10の黒はそのまま10のまま、245の白は245のそのままです(解りやすいように8bitの256段階で数値を表現しています)。一見、「それでいいじゃないか」と思うのですが、次の工程に映像を渡す時に、10の黒は0との間に10段階しか数値がありません。つまり、「見た目合わせで運用すると、輝度や彩度での数値上の余裕がない」状態で運用する事になるわけです。

ログの場合、「見た目よりもダイナミックレンジが広く扱える」ように工夫されて映像情報が扱われていますので、「黒より黒い黒」「白より白い白」「赤より赤い赤」などをもつ事ができます。ログをリニアでプレビューした際には「10の黒」に見えますが、実際にはより多くの数値上の諧調を有しており、強めの加工を施しても「バンディング(トーンジャンプ)」「オーバーフロー」を発生させずに済みます。
*注)「ログをリニアでプレビュー」にはLUT(後述)を適用するわけですが、これはラボや作品によって見た目が大きく変わります。白方向に変化が出にくいLUTもあれば、色味に大きな変化がでるLUTまで、様々です。ラボとのLUTを介した連携が必須‥‥ということですネ。

昔の人なら解るかも知れませんが、どこかカセットテープ時代の「Dolby-C NR」「DBX NR」に似ています。全体の情報記録空間は同じでも、記録のしかたによって、より広いレンジを得る‥‥という仕組みにおいて。‥‥身近ではRAWデータの取り回しにも似たところがあります。
*注)あくまで「扱いが似ている」だけで、同じではありませんのでご注意ください。

ログを扱い始めた頃は戸惑う事も多かったですが、今ではログ運用の意図や有効性がわかり、むしろ未来のアニメもログで運用しても良いんじゃないかと思うくらいです。リニアは積極的に映像データを扱おうとすると明暗部で破綻しやすいのですが、ログだとたとえ10bitでも有効にデータ空間を扱えるので、結果的に破綻しにくくなり、データの取り回しが「総合的には良好」になります。

アニメをログで扱う意義としては、目では見えない最暗部・最明部の情報を保ったままフローを流せる(次の工程でデータの余裕が出る)ので、解りやすい例で言えば、グラデーションを加味した際にトーンジャンプを抑えられますし、未来のより広大なダイナミックレンジをもつ新映像フォーマットにおいて「再マスタリング」が可能なので、「作品の息」を長いものにできます。

運用方法は、色彩に関与するスタッフが「ログとリニアを理解」して作業すれば特に困る事はありません。実写カメラだけでなく、3Dだって私らのグレーディングだって「リニアに対応」したのですから、出来ない事では全くありません。LUT(ルックアップテーブル〜Look Up Table)の扱いに慣れ、色調補正系のフィルタやレイヤーモードなどを繊細に扱えば良い‥‥だけのことです。

例えばディックブルーナのミッフィとかはリニアでも充分だとは思いますが、より濃密に絵作りをおこなう場合は、10bit程度のリニア運用ではアニメであっても(いや、アニメだからこそ)破綻しやすいと思います。実際、今人気の作品(中傷したくないので作品名は出しません)では画面の至る所にトーンジャンプが頻発している‥‥とも聞きますしネ。

リニアで16ビット連番ファイル(TIFFやPSDなど)で扱う‥‥という手もなくはないですが、少なくとも2020年くらいまでは10〜12ビットのログで扱うのが「現実的で賢い」手段だと思います。私の直近の欲求では、12bitの4444をログで運用できればいいな‥‥と考えています。

「終わったら忘れちゃえ」という作品を作り続けたいのならともかく、作品をより高い品質で作り上げて数十年のスパンで大事にしていきたいのなら、「アニメでログ」はアリかも‥‥です。

インハウス・グレーディング

現在作業中の作品の国内作業を、最悪の「崖っぷち0ミリ」まで追い込む事なく、無事終えました。後段の作業に少々でも「ココロの余裕」を持ってのぞむ事ができるのは、やっぱりイイです。ギリギリの限界を超えちゃう作業は、ただ単に作品を危うい状況に追い込むだけですもんネ。
*作品名に関しては、公式の情報公開があるまで言及を控えます。スミマセン。

今回の作業は、スカイクロラの頃から作業を始めた「グレーディング」と呼ばれる類いのものですが、いわゆるラボサイドのグレーディングではなく、インハウス(制作会社から見て)のグレーディングであり、作業内容もスケジュールも大きく異なります。作品映像の最終的な「落とし前をつける」作業(=上手くいってないものを上手くいかす)であり、特に今作は要求度も高く、自ずとレンダリングの時間も物凄い事になりました。新型のMacProが力不足のマシンに感じたほどです。

実は、自分たちの作業を、「グレーディング」と呼ぶのはいささか抵抗もあります。しかし、「役職名の通りが良く、一番近い作業内容がグレーディングであるのも事実」なので、甘んじているのです。「カラーグレーディング」の作業の他に、デノイズして、トラッキングやスタビライズをおこない、画面ブレを足して、ピクセルモーションブラーを足して、砂ボコリを足して、火花を足して、マズルフラッシュを足して、照明効果で全体の絵作りをして‥‥なんて、グレーディングの範疇を遥かに超えちゃってますもん。

もちろん、内容相応のちゃんとした作業コストが充当してあるからこそ、出来る作業ではあります。願わくば、この「インハウス・グレーディング」を、アニメ撮影や3Dのコンポジットの作業枠に「予算を変えずに」組み込む人々が出てきませんように‥‥。技術宣伝の期間(技術の試用期間とでも言いましょうか)は別としても、正規作業においては、ちゃんと予算を獲得してから作業枠を広げましょうネ。じゃないと、あっという間に「自分の首を絞める」ターンがやってきますヨ。

私がかつて作業していた「アニメの撮影」は、現在の映像技術のバリエーションからすれば、とても限定的な範囲に留まっています。‥‥いや、撮影だけでなく、旧来のアニメの制作システム自体が、進化していく技術から「視線を外している」ような状況‥‥に私からは見えます。標準制作システムは「唯一無比の絶対神」であり、「技術は付け足すもの」と考えているかのようです。例えば、今回の「インハウス・グレーディング」にしても、その効果を理解し活用イメージが抱ける数人(というか、今のところ、おふたりだけです‥‥)の監督さんだけが使っているだけですし、4Kにしても業界はどうも「2Kのサイズ拡大版」程度の意識で停滞している雰囲気を感じます。

私は「アニメからハコを考える」のですが、業界標準システムを基点としている人々は「ハコからアニメを考える」のでしょう。私からは「限定的で消極的」に見える業界ですが、業界一般論からすれば、私の考えは「逸脱して破壊的」に見えると思います。根本で話が食い違うのは当然の事ですネ。

私は新しいアニメーション技法を形作る一方で、従来の「紙に描く作画」を「24コマ意識」で動かす48fps(60fpsでもOK)4Kアニメ技法のアイデアもあります。その「作画描き送り式4Kアニメ」と「インハウス・グレーディング」等々の新手の技術を結合した制作フローの着想も既にあります。しかしそれは、業界標準からは、作業仕様も映像内容も大きくかけ離れています。「紙に描く作画」を「24コマ意識」で動かすからといって、今までのフィルム時代の制作意識の延長線上にアニメ作品を幽閉する必要はない‥‥ですもんネ。「紙に描く作画」を新しい技術フィールドに解き放てば良いのです。

‥‥まあ、私のターゲットは相変わらず、様々な技法で絵を動かす「新しいアニメーション」ではありますが、貴重なベテラン人材と新世代の若い人の間に「ミッシングリンク」が発生しないためにも、ハイブリッド&強化型の「作画描き送り式4Kアニメ」は有効な「1つの手段」かも知れないと考えている次第です。もし私があえて旧来の「作画描き送り式」のアニメーション技法に関わるとすれば、「原画・動画・仕上げ」のエンジン部分を、新しいトランスミッション・シャーシ・電装、そして空力ボディに組み込んだものになるでしょう。ジェット時代に開発するレシプロ機、「アンリミテッドクラス」〜4000馬力で時速800km超えのプロペラ機‥‥とでも言いましょうか。



‥‥で、グレーディングに話を戻しますが、海外ラボではスクリーニングを行いながらのグレーディングをおこないます。「インハウスでおこなうグレーディングで完結できないの?」と思われるかも知れませんが、まあ、それでもできなくはないんですけど、「劇場上映の基準を見ながら、最終的なカラールックを追い込める」のは上映施設を有したラボならではのアドバンテージなのです。アニメ制作会社は劇場ばりの上映環境なんて所有できないですしネ。

海外のスタッフとどうやりとりするか、今から楽しみです。

ちなみに、最近調達したMacBook Pro(Retina)のディスプレイは、色彩計で量ってもらったところ、色に癖が無く、「応急作業で充分に使える」印象の良いものでした。実際に国内作業での「log to linear」のプレビューチェックに用いたメインモニタと比べて、MacBookのRetinaが「かなり似て」いるのは驚きでした。ノートパソコンのモニタは「2次災害」が起こりそうなプアな品質なものが多いのですが、MacBookのRetinaはメインモニタと並べても、「ごく普通に同じく見える」ほどフラットです。メインモニタとして常用するのは無理ですが、「特性が近いディスプレイ」としては使えそうです。

しかし何だ、空輸するデータ容量が「20TB」前後になる‥‥なんて、今は凄い時代になったもんです。ファイル総数は30万ファイルを軽く超えますしネ。

カメラワークでスキルが解る

技術を要する場面において、「スキル」が高い、低いだの言いますが、ではスキルとは何かと考えてみると、いくつかの要素を総合評価して「スキル」と呼び表している事がわかります。さらには、人がスキルを高める「順番」も見えてきます。

私が考えるに‥‥ですが、スキルは「共通した基礎技術」「作業経験から理論立てて体系化した応用技術」そして「勘(直感・インスピレーション)」の大きな3要素で形成されている‥‥と思うのです。この3要素の「配合」は各人それぞれだとしても、どれか1要素でも大きく欠損していると、スキルも相応に低く、かつ不安定になります。「勘」だけに頼る新人はまさにスキルの未熟な例の典型ですが、「勘」が衰え「作業習慣」でマンネリ作業に陥る中堅やベテランの例などもありますので、作業歴が長いからといって、必ずしもスキルが高いとは言えないようです。

作画はまさに絵を見て、パラパラと紙をめくって動きをみれば、大体スキルが解りますが、「撮影」「エフェクト」も「画面ブレ」「カメラ揺れ」あたりのカメラワークを見れば、当人のスキルが大体解ります。「基礎」「応用」「勘」の3つが、「画面ブレ」「カメラ揺れ」に如実に表面化するからです。

「単に位置やスケール・回転のキーフレームを設定する」だけなのですが、だからこそ、当人の隠し仰せないスキルが出てしまうのです。実は動きを専門に扱うアニメーターでも「画面ブレ」「カメラ揺れ」に関しては苦手な事が多いのは、あまり知られていない事実です。私が過去に関わった作品では、「画面ブレ」「カメラ揺れ」をアニメーターが目盛りで指定しても、ラッシュチェック時(映像のチェック)に演出・監督でリテークとなり、撮影セクションで直す事が多々ありました。‥‥まあ、「簡単そうに見えて、難しい」という事です。
*あからさまにカメラワークがおかしい場合、リテークの作業時間をカットするために、アニメーターの指定通りのテイクと、撮影で予め修正したテイクの2種類を出す事がありますが、採用されるのはもちろん「プレビューした上で修正した」撮影修正テイクのほうです。‥‥まあ、線画オンリーで、背景も着彩した絵も見ないでフレーム指定するのですから、酷と言えば酷‥‥なのですけどネ。簡単で一般的なカメラワークならともかく、微妙なニュアンスのカメラワークを線画段階に要求するのは、ちょっと酷かな‥‥と思います。

これはアニメ制作に限った事ではなく、3Dを含めた実写映画でも共通することで、作業者を知らなくても映像を見ただけで、新人か否かが解ります。厳密には「新人レベル」と言うべきで、中には新人ながら「勘」だけで上手く表現できる人間もいますし、中堅やベテランとは言えいつまで経っても下手な人もいますからネ。そうした各人の状態が映像に「極めて解りやすく」出てしまうのが「画面ブレ」「カメラ揺れ」なのです。そしてこれは日本国内だけでなく全世界で言える事でもあります。

私がグレーディングを作業する中には、前述3要素の微塵も感じられない「画面ブレ」に遭遇する事があります。動きのタイミング、位置や回転の使い方で、スキルの低さがモロバレているのですが、それをそのまま完成映像としてスルーする事はできませんので、どうしてもキツいもの(レベルに達していないもの)だけは、After Effectsのスタビライズ機能を使って画面ブレを一旦外して、再度カメラワークを付け直します。
*注)こうした作業は「グレーディング作業とは別腹」ですので、間違っても、一般的なグレーディング作業に「カメラワークの修正」まで持ち込まないようにしてください。インハウスでおこなう「エフェクト込みのグレーディング」作業枠だからできる事なのです。

また、アマチュアの方のアニメーション映像は、絵を動かす事に気がもっていかれ過ぎて、カメラワークに神経が足りていない事がよくあります。もしくはそれ以前に「カメラワークが重要な要素だ」という事を認知していない「フシ」も感じます。いわゆる「カメラワークに無防備」であることが、YouTubeで公開されているアマチュア制作アニメによって窺い知る事ができます。実は「プロになる」という事は「慎重さを身につける事」でもあるんだな‥‥と思います。

少しだけ「画面ブレ」「カメラ揺れ」の技術的な話をしますと、カメラのブレや揺れは、表現したい内容によって広いバリエーション展開ができます。違う言い方をすれば、表現内容に呼応して数多くの表現上のバリエーションが必要だと言う事です。「ブレ」「揺れ」とひとくちに言っても、不意に振動が伝わり固定カメラが揺れる場合と、カメラ自体が動いて揺れる場合があります。カメラ自体が揺れている場合でも、例えば飛行機や車にカメラを固定している場合と、手持ちの場合があります。さらには手持ちであっても、スタビライズ機能風のカメラ(=人間の視点の表現)と、報道カメラ・戦場記録フィルムのカメラでは、揺れに大きな違いが表れます。

こうした表現の差を、まずは位置(XYZ)と回転だけで表現します。最初っからモーションブラーなんぞに頼っちゃダメですよ。動きの表現は多くの場合、XY座標と回転だけで表現できます。さらに絞ると、XY座標だけでも表現をほぼカバーできるはずです。船が荒波に揉まれているような表現の時は回転は必須ですが、通常はXY座標で「ブレ」の表現が可能です。XY座標で基礎をマスターする前に、上手く出来ないからと言って、わけもわからずに回転プロパティに手を出すと、混乱して制御不能な映像になり、余計シロートっぽくなりますヨ。

激昂して机をドカンと叩く、部屋をドスドス大きな足音で走り回る、巨大なロボットが2足歩行で歩く、重戦車が近づいてくる、砲撃の振動が伝わる、榴弾が着弾して爆発する‥‥など、アニメや実写で多く見られるシチュエーションは、特にY軸を使います。画面の内容によってさじ加減は変わりますが、XYのブレの比率は「1:9〜3:7」くらいの間です。

オフロード仕様の自動車が大きなゴツ石の河原を低速で走る、泥でぬかるんだ未舗装路を走る、小屋の中で台風の強風に耐える、搭乗している戦車の側部に徹甲弾が命中する、爆発時の強い衝撃波に晒される‥‥などの場合は、X座標の「上手い使い方」で雰囲気がグッと増します。

なぜそのようなX座標とY座標の使い分けが必要になるのか‥‥は、動きの特性を考えてみればわかりますよネ。「縦揺れ」「横揺れ」の使い分けには、ちゃんと理屈があるのです。「わけわかんねェけど、位置をテキトーに動かせば良いんでしょ」というのは、まさにシロートさんのレベルであって、作品もシロートレベルの完成度になります。「訳が解って、位置を適切に動かす」のがスキルの高い技術者の成すべき事で、そうしたスキルの結集が作品を高い品質へと押し上げていくのです。After Effectsは分け隔てなく、位置プロパティの操作を万人に与えてくれますが、適切に扱えるか否かは個人のスキル次第です。

さらには、画面のレイアウトによっても、「画面ブレ」「カメラ揺れ」は適切に扱わなければいけません。広角アングルと望遠アングルでは、ブレ・揺れの「ハマリ具合」が大きく変わってきます。一眼レフカメラを持っている人は知っているかと思いますが、カメラブレの発生するシャッタースピードの限界値は、レンズの口径によって大きく変わってきます。広角レンズはブレに強く、望遠になるほどブレやすいという性質を持ちます。つまりは、(ライカ判換算で)17ミリレンズなどの超広角アングルの画面で、After Effectsなどのコンポジット時に画面ブレを無理に大きくすると、とても嘘っぽくてペラペラでチープな映像になりやすいのです。他のカットで使った「いい感じのブレのキーフレーム」をコピペしても「イマイチ」な事があるのは、「画面のレイアウトが、そのブレを許容しない」から‥‥かも知れませんヨ。

その他、「動きのタイミング」「回転のつかいどころ」など、要素は山ほどあります。それら要素を「基礎技術・基礎知識」「経験による応用」そして「勘・インスピレーション」によって、映像を仕上げていくのです。「画面ブレ」「カメラ揺れ」は、キーフレームの単純操作で優劣が決まる作業なので、コンピュータの機能で補う「逃げ」がきかず、ゆえに当人のスキルがモロにバレてしまう‥‥というのは、ご理解頂けるのではないでしょうか。

まあ、あと「作品の風格」を表現する1要素としても、「画面ブレ」「カメラ揺れ」は大きい要素です。ビデオゲームやヒストリーチャンネルのノリで、「画面ブレ」「カメラ揺れ」を施すと、劇場作品が「でっかいテレビ」になります。今は「劇場」の意味も昔とは大きく変わってきていますから、一元的に評価する事は避けますが、少なくとも「劇場作品の風格が欲しい」と考えているのなら、「画面ブレ」「カメラ揺れ」を「テレビライク」に処理しないように「コンポジットに従事するスタッフ」が注意すべきでしょう。‥‥最終のグレーディング段階ではどうにもならん事もあるからネ‥‥。

「画面ブレ」「カメラ揺れ」は、まさに作業者のスキルを映し出す、コンパクトな手鏡のようなものです。コンポジット作業者、その現場監督、そしてその会社の状態まで見透かされる、とても「コワイ」要素なのです。

最後に‥‥ですが、現在アマチュアでプロを目指している人が、スキルを形成していく順番については、合理的に考えれば自ずと見えてきますよネ。「経験から理論立てた応用」なんて現場に入ってからのことなので、アマチュア時代には「基礎」と「勘」の2要素に重点をおくべきでしょう。基礎を出来る限り早期に学ぶ事、そして勘・インスピレーションを高める為に色々な「ものを見る」事です。

アニメのコンポジットの基礎知識に関しては、「撮ま!」の準備号を通読すると良いでしょう。現在容易な手段で入手可能かつ、信頼できる文献として、唯一とも言える存在ですので、用語の解らない部分をスキップしてでも目を通しておくことをおすすめします。また、撮影工程において「なぜそのように各要素を扱うのか」を、自分なりにシステムを想像して読み解くのも、良い思考トレーニングになります。

また、アニメ作品を作りたいからといってアニメだけ見るのではなく、様々なものを見て感じる事が、後々の「勘」に繋がっていきます。むしろ、アニメ以外のものをアマチュアのうちに蓄えておいたほうが良いですネ。「ネットで閲覧」する画像・映像は、既に撮影者や作成者の主観が大きく介在していますので、自分自身の肉眼で実物を見ることが重要です。他人のセンスを自分のセンスと勘違いしないように、しっかりと自分の肉体で実物の存在感を吸収しましょう。プロになったら、そうそう身動きの自由が取れなくなり、仕事上での経験値は上がる一方でインスピレーションは蓄えられない傾向に陥りがち‥‥ですからネ。

MBP購入

海外での作業に備えて、Mac Book Proの15インチモデルを調達しました。Apple Storeは昔ほどではなくなったにしろ、あまり速いとは言えない配送状況なので、時間的に大きく余裕をとって、渡航までに間に合うようにしたのです。

買ったモデルは15インチの下位モデルで、i7/2.5GHz(BTOでUP)、256GB SSD、16GBメモリと、スペック的には自宅で使っているメインのMac miniとほぼ同程度です。実はMac Book自体、買うのをずっと迷ってたのですが(買うとなるとそこそこの値段はしますので)、「この性能なら映像の自動処理や4Kアニメのレンダリングなど、色々と使える」とキモチを新たにして、Appleローンで買う事にしました。

秋頃にはまた性能がアップした新モデルが出るんだろうけど、今所有するCore2Duoのはもう性能的にかなりキビしいので数週間後の作業には使えない事もあり、まあ、しょうがないか‥‥という感じです。

しかし、今は消費税でドカンと値段がハネ上がりますね。分割手数料と合わせて、4万近くの上乗せです。

私が15インチの下位モデルに即決したのは、16GBのメモリが最初から実装されている点が大きく、CPUはi7で2.5GHzくらいだったら良い‥‥という大雑把な感じでした。15インチに関しては、画面も大きければ、作業もやりやすいだろうと言う判断です。

「今でもメモリ容量に悩む事あるの?」と思うアニメ業界人の方もおられるかも知れませんが、現アニメのコンピュータ周りは「使用メモリが大幅に節約できて軽快に運用できる」ので、映像制作全般から見れば特殊な部類に属するのです。アニメ制作ではない他の映像制作をやってみれば、「今でもコンピュータの性能は全然足りてない」事が実感できます。それでなくても、今のMacOSXはかなりのメモリ喰いなので、8GBメモリだと2K以上の映像制作(アップコンではなくネイティブ解像度で)はかなりキビしいです。ほんとは32GBのモデルが欲しいんですが、無いものはしょうがない。

今回、海外用に買ったMac Bookは、あっちのラボで「何か不都合があった時」用なので、出来るだけ出番が少なければいいな‥‥と思います。ホテルにこもって相変わらずのAfter Effects作業とか‥‥、出来る限り遠慮したいス。

今回はあまりにも大雑把に購入モデルを即決したので、今改めて、Mac Book Proの記事を検索したら、注文の前日に「一斉値下げ」がおこなわれていた事を知り、何ともラッキー。‥‥全然知らなかったけど、たしかに「New」のアイコンがストアの製品一覧にありましたな‥‥。以前、FCP6を買った直後にFCP7が発売された時は悲し過ぎましたが、逆にこういう事もあるんだな‥‥と多少「運」に感謝。

新しい売り

前回、フレームレートの話題の中で、「無段階のタイミング」についてちょっと触れたのですが、私はその他、「解像感に余裕のある絵作り」なども合わせると、「新しい商売」が出来ると考えています。

ノッポさん、もとい、ジミー・ペイジが、歴代のレッドツェッペリンのアルバムをリマスターした記事を新聞で読んだのですが、ツェッペリンに限らず往年のバンドの音楽ネタは「息が長くて、羨ましいなあ‥‥」と思います。

アニメでそういう事はできんもんかネ。‥‥と、前々から考えているのです。

なので、私は「折角苦労して作るアニメーション作品なんだから、当時のギリギリレベル(下方向に)で作るのではなく、今後の展開が膨らむように作りたい」と色々と計画しています。

ただし、私がやりたいのはリマスターではなく、メディアごとのエディション、時代の進化に合わせたエディションです。

ごく普通に考えて、スマホやタブレットPCの画面サイズで観る絵作りと、32〜40インチクラスのテレビで観る絵作り、ホームシアターや劇場大画面で観る絵作りが、1つの絵作りでカバーできるわけがないのです。‥‥まあ、今までは、そもそもメディアによってエディションを変える発想があまり前例の無い事でした。(‥‥全く無かったわけではなく、その昔、ターミネーター2は、4:3テレビでシネスコを見るのはあまりにもショボい‥‥と監督が思ったのかは定かではないですが、画面をいっぱいに使える4:3エディション版が出ていましたネ)

とは言え、1つの作品を、様々なフレーミングやカメラワークで多種に展開するなど、今のアニメ業界標準の方式では無理です。もしかしたら、実写作品でも難しいかも知れません。‥‥しかし、新しいアニメーション制作技法ならば、出来そうなのです。もちろん、品質の劣化なく‥‥です。多種展開も同時期にバッとおこなうのではなく、時代の進化に合わせて、です。

48fps版、60fps版、96fps版、120fps版のエディションも、簡単ではないですが、不可能では全然ありません。現業界の「描き送り&タイムシート方式」でこれをやろうとすると、全作画を新作‥‥という到底不可能な取り組みになりますが‥‥。

劇場サイズでは、ピシッとFIXで引き締まったレイアウトで見せるが、iPadサイズではキャラの情感を追うフレーミングで見せる‥‥のような、「大幅にニュアンスの違う」エディションを、新しいアニメーション技法ならば、1つの作品からいくつも作れる予感がします。もちろん、音響は仕切り直しですし、総尺も変わるでしょうが、「よりピュアなリマスタリング」という発想ではなく、「特別エディション」をメディアごとに作るという発想であり、「1つのでエディションからは引き出せなかった別の魅力」を楽しむためなのですから、特に音響はエディションごとに大きく変えるべきとも思います。(音響ニューバージョンの作品経験があるので、不可能では無い事が立証されています)

まあ、まだ構想中の事なので、運用面の裏付けはありませんが、新技術は「それが不可能でない」事を、暗に語りかけているように思うのです。「新技術だからこそ、出来る」という事を。‥‥まあ、旧来の技術で簡単にできるのなら、ここでアイデアを喋る事はありませんしネ。

新しい技術を、古い色眼鏡で取り扱うと、単なる「旧時代の代用品」にしかなりません。新しい技術を新しい発想で取り扱うと、どんどんアイデアが連鎖的に生まれてきます。そこがまさに、「新しいモノ」のたまらない魅力なんですよネ。

FPSの感覚

ツイッターで私の「フレームレート」に関する記事が取り上げられていたので、補足をば。

まず、どのフレームレートが主流になるのか?‥‥については、放送のフォーマットで言えば、30(29.97)の倍で60、そして120がスタンダードになるんじゃないか‥‥と考えています。120fpsに関しては、NHKの頑張り次第のような雰囲気もあるので、当面は60p(59.94)なんじゃないのかな‥‥と思います。

48fpsは、ハリウッドの映画界が支持してきた24fps(23.976)の倍で、映画人にとっては「計算しやすい」フレームレートです。「ホビット」では48fpsバージョンがあるようですが、48fpsがどれだけ普及するかはまだ何とも言えませんし、果たして24の倍の展開〜24, 48, 96とエスカレートしていくかは「映像機材の発展次第」です。

ぶっちゃけ、コンピュータの世界では、32fpsだろうが、27fpsだろうが、55fpsだろうが、ハンパでキモチ悪い数値のフレームレートも作成&再生可能ですから、コンピュータをベースにアニメーションを作ろうと思っている私としては、「何でもこいや」というキモチなのです。ただ「フレームレート欄」には何かしらの数値を入力しなければソフトウェアは機能しませんので、当座は48, 60, 96を想定して作業しています。‥‥ちなみに、After Effectsは「99」でフレームレートが打ち止めですし(なので120fpsはまだ無理)、モニタのリフレッシュレートも60Hzが多いので、現実的なのは48か60でしょうネ。ウラ技を使えば、今でもAfter Effectsで120fpsの映像は作れますが、運用面ではNGです。

前にも書きましたが、私の試作している「タイムシート」には、もはや「フレームレート」のコマ割りがありません。「無段階」なのです。1秒は1.0、2秒は2.0であり、1から2の中間値は、例えば1.333333333のように浮動小数点的に捉えます。そうした「無段階」のタイミングを、60fpsならば60分割、96fpsなら96分割して出力する事になります。ただし、分割点に「決め絵」「欲しい絵」が必ず来るとは限らないので、フレームレートごとの「動きのチューニング」は必須です。‥‥そんな事なので、「タイムシート」とは呼ばず、「アクションシート」「アクトシート」「演技シート」など他の名称を考えているところです。

「無段階」だなんて、とらえどころがないように思えるかも知れませんが、ダンスとかスポーツ、楽器演奏のように、「たゆたう時間を知覚」すれば良いだけです。24コマのグリッドが無いと、タイミングを具体的にコントロールできない‥‥なんていう考えは、実は24コマの世界にどっぷりと浸かってしまった人間の「思い込み」であって、思考をクリアにして、生理的な感覚でタイミングコントロールにのぞめば、案外、「できるじゃん」と実感できるもの‥‥ですヨ。何も考えずに習慣で「3コマ、中3」でシートを書くアニメーターは論外だとしても、ちゃんと自分なりのタイミングセンスを身につけたアニメーターならば、無段階のタイミングも「馴れれば馴れる」と想定します。

人間の目の「知覚能力」に関していえば、30fpsどまりなんて事はありません。1秒間30分割よりも、もっと細かいニュアンスまで人間は知覚できます。テレビに映った情景と、実際に目でみた現実の風景は、「明らかに動きが違い」ますよネ。「自分の目で見た、現実の風景は、現実そのもの」なわけですが、それは、太陽光に照らし出された様々な動きを、非常に細かい分解能で知覚しているという事です。
*ちなみに蛍光灯と太陽光では、肉眼でも動きが変わって見えるので、クリアな動きを見たいなら、太陽光や白熱灯やLED照明の下で実物の動きを観察しましょう。>蛍光灯のチラツキ >フリッカー (注:ここでいう「フリッカー」はアニメ撮影の付けパンのフリッカーとは別ジャンルの話題です)

ハイフレームレートの意義は何か?‥‥というと、画素の高密度化ばかりが進んで、動きの分解能だけが旧来のまま置き去りにされていた状況にようやくメスが入り、映像の動きのクオリティがステップアップする機運が訪れた‥‥という事だと、私は考えています。映像だけ緻密で、動きが何十年も前の30fpsなのは、いかにも不適応ですもんネ。

24や30の秒間分解能というのは、動きがガサガサ・カクカクしない「限界値」あたりの数値です。我々は、長年見慣れた30fpsのテレビに対して、「テレビの映像はそんなもんだ」と無意識に受け入れていますが、NTSCがスタートした数十年前の技術のまま、動きの感覚が留まっているに過ぎません。技術が進歩した現在、テレビのフレームレートが高くなれば、より「目にひっかかりのない、滑らかでリアルっぽい動き」になります。そして、人はそのハイフレームレートに容易に馴染んでいく事と思います。

私が48〜120fpsでウキウキしているのは、まさにその点、「滑らかで現実に近くなる動き」、ハイフレームレートを上手く使えば「キャラがよりナマっぽく」なる事です。私は既にテストを繰り返しているので馴れてきましたが、見慣れないうちは、反って「キモッ!!」と感じるほどに、妙にナマッぽい動きになります。

ただ‥‥です。アニメは描写する対象の特徴を捉えて、誇張と省略を加えて絵を描く「略画」ですので、動きの分解能だけが先走ってリアルになっても、絵のスタイルがついていきません。ハイフレームレートのモーションを「キャラの生っぽさ」に活用するには、「今のアニメの文法」では不適応で、「新しい文法」を作り上げていく必要があります。‥‥でも、その文法作りがまさに楽しいんですけどネ。

いつも思う事ですが、新しい何かに対して、古い感覚で評価しても、「ないない」ずくしになるだけです。古い時代の色眼鏡をかけて、新しいモノを見ても、変色・湾曲して見えるだけです。古い眼鏡を外して、「直に」見ないと。

‥‥とまあ、色々と書きましたが、実は私はフレームレートの移行に関しては、楽観的です。なんだかんだ言っても、皆、見ているうちに馴れて、ごく普通の映像体験になるでしょうからネ。


ちなみに以前、「折角ならハイフレームレートを活かそう!」‥‥と書いたのは、「フルモーションで動かせる新しいアニメーション技法を、見慣れた24コマの動きにする為に、動きを間引くのはやめよう」と言う事でもあります。秒間48フレームで動いているキャラの動きを、36フレームも間引いて「24フレーム2コマごとの動き=秒間12フレーム」にするなんて、‥‥バカバカし過ぎます。現在見慣れているアニメの「ルック」に合わせるために、せっかく滑らかに動いているものを「カクカク」させるなんて、新しい取り組みの中では、絶対にやりたくない事です。

​一方、旧来のアニメ方式をハイフレームレートに合わせて作画枚数を増やすべきかは、わたし的には「あまりやらないほうが‥‥」と考えています。48や60fpsに合わせて、作画枚数を増やす‥‥なんて、ちょっと「予算面」で非現実的だと思うからです。

前にも書いたんですが、現アニメ業界の24コマベースで動かす方式を、そのまま48や60fpsに対応させるアイデアが、ハイフレームレートのモーション研究の副産物として得られています。今のアニメの作り方の基礎的な技術を変更する事なく、4K対応の多少のモデファイを加える事で、60fpsのテレビ放送・次世代メディアにも対応できそうです。60fpsでも安心して「今まで馴染んできたアニメ」を鑑賞できるので、60fps4K時代に移り変わっても、充分、今のアニメ方式は存続すると思ってます。(ゆえに「撮ま!」とかの取り組みを、密かに応援してたりするんですけどネ)

私は、全世界で親しまれるようになった今の日本のアニメに、ハイフレームレートを存分に活かした新しいアニメが加わる事により、「日本のアニメは表現が幅白くて面白い」と、より一層親しんでもらえる‥‥と考えています。

アニメをさ‥‥、1つのお約束で縛りつけて、1つのスタイルに閉じ込めるのって、つまらないじゃん。アニメを今以上に、様々な作風で展開できたら良いな‥‥と思っているのです。

フルモーション

通常、アニメ業界で作るアニメは、1秒間24フレームのフレームレートを基盤として、2〜3フレームごとに絵を動かす方法でアニメーションを作っています。素早く動く時や密度のある滑らかな動きが欲しい時は、1フレームごとに動かします。

下図は、ABC列左から「3コマ」「2コマ」「1コマ」で絵を動かした際の「タイムシート」の様子です。24行なので、1秒ジャストです。(24fpsの標準的な仕様)



現場個々で色々と呼び名があるのですが、3コマごとのタイミングを「3コマ打ち」「3コマ落ち」などと呼びます。「打ち」「落ち」のどちらが一般的かは、私もよくわかりませんが、両方とも現場で耳にします。「1コマ」の動きは、ご覧のようにすべてのフレームを絵で埋めますので、「フル」「フルアニメーション」「フルアニメ」「フルモーション」とも呼ばれます。

3コマの動きに比べて1コマの動きは、3倍の絵を必要とします。ゆえに動画とペイントに要するコストも3倍となります。そんな事から、素人さんは「1コマってリッチなんだ」と思いがちですが、1コマの動きだからリッチになるとは全く限らないのが、アニメの奥深いところでもあります。

唐揚げ弁当に唐揚げがいつもの3倍の12個ものってたら、リッチというよりは「クドくてしつこい」ですよネ。1コマの動きも、リッチというよりはクドさ・異様さのほうが目につきやすく、実は「1コマの動きを自然に受け入れさせる」には、相当の「巧妙なやり方」が必要になります。絵の数を増やせばイイってもんじゃないわけです。

一番無難なのは、2コマの動きです。とりあえず、2コマでシートを打っておけば(「シートを打つ」という言い回しがあるので、「打ち」が一般的なのかな、やっぱり。)、「大概何でも動いて見えます」し、現在の適度に省略されつつも目などの重要パーツは描き込みが激しいキャラなどには、ジャストフィットのタイミングでもあります。1コマほどクドくならずに、3コマほどカクカクしない‥‥と言う感じで。

動きの技術が上達してくると、3コマ4コマの動きは刺激的で楽しく思えてくるものです。何でも無難に動く2コマよりも、アニメーターの技量が動きに出やすいので、腕を試したくなってくるのです。ポージングやアウトライン(動かす像の全体のシルエット)が適切だと、3コマ均等の動きでも面白いように小気味良く動きます。「コマ送りアニメの醍醐味」と言っても過言ではありません。私は、昭和40年代の「ど根性ガエル」の、今で言ういわゆる「作画回」の3コマ4コマの楽しい動きに、子供ながらに魅了された記憶があります。

で、本題。‥‥私が取り組んでいる「手描きの絵をコンピュータで動かす」新しいアニメーション技術体系の取り組みは、基本「フルモーション」、1コマの動きです。しかも、60fpsなら秒間60コマの絵で動きます。

「それは何だかリッチですネ」‥‥というのは、半分YESで、半分NOなのです。「1コマは必ずしもリッチとは言えない」と前述した通り、「フルで動けばアニメは全て幸せなわけじゃない」のです。フルモーションだからクオリティが高いとは全く言えませんし、反って「絵の弱点」が浮き彫りになる事すらあるのです。

試しに、48fps4Kのタイミングを「6コマ打ち」にしてみると、それはもう、「既視感」のある慣れ親しんだアニメになります。見慣れた「アニメの動き」になり、落としどころも簡単に見つかります。

でもさ、それじゃ、「何が新しいの?」って話です。やっぱりさ、48や60fps、96fpsを「最初からそうであったように」自然に使いこなしてこそ、新しさが全面に打ち出せるというものです。古巣の秒間8〜12枚の動きに郷愁を抱いていたら、新たな地平など切り開けるわけもなし。

ハイフレームレートの絵作りを前にして、古い頭で取り組む事自体が、既に負けている‥‥と近年は考えるようになりました。「昔とった杵柄」を持ち出してばかりじゃ、どうにもなりまへんよ。何よりもまず、48や60コマの動きに、自分を慣らす事が先決だと、色々なテストを重ねるうちに悟ったのです。

24コマフィルム時代の動きの知識は、基礎を形成する際には絶大なパワーを発揮しますが、ハイフレームレートの世界においてはそのままでは使えません。24コマ時代の動きの知識をもとに、技術を再体系化する必要があると感じています。

実際、24コマ時代にすがらず、潔く開き直って再出発するココロもちで取り組めば、色々なアイデアや技法が発見できるものです。24コマ時代の技術に自信を持ち過ぎていたために、「足下にある、そんな簡単な事すら気付かない」ことだってあるのです。フレームレートに対する感覚を、24コマに縛られず、もっと自由に開放すれば良いだけの話です。

でもま‥‥、大変なのは事実です。成すべき積み上げるべき多くの事柄に対して、私は最低でもあと100年くらいは寿命が欲しいです。

新しいフォーマットに基づく、新しいアニメーション作りは、とても刺激的で可能性に満ちています。現状を崩したくない人まで誘おうとは思いませんが、アニメーション作品にまだ多くの可能性を見いだせる人たちとは、いつか一緒に仕事をしたいものです。

1人で千枚

私が確立しようとしている新しいアニメーション技術は何種にも渡るのですが、「手描き」を核としたタイプは「本命」としている技術です。

手描きの良いところは色々ありますが、専門的なところで一番大きな点は「画角フリー」だという点です。この「画角フリー」の長所は、実は絵だけ描いて生きてきた人ですと、あまり実感できない点でもあります。‥‥何故かって、絵を描く時点で既に「画角フリー」を天然で実施しているからです。

実写のカメラや3Dを実際に自分の手で操作すれば、イタいほど解ると思いますが、例えばキャラですと、画角で顔なんぞ大きく様変わりしてしまうのです。画角とカメラの高さや傾きが組み合わさると、カメラの狙い方次第で「キャラデザイン」は劇的に変形してしまい、キャラ崩れをおこします。

3Dや実写を知らない人ほど、「キャラが崩れるのは絵だけで、実写や3Dは完璧だ」と思いがちです。何の根拠も無しに、「現実はイメージ通り」と「頭だけで考えて」しまいます。‥‥ちゃうのよ‥‥、実写でも3Dでも「奇麗に」「可愛く」写るカメラの狙い方があって、雑にカメラを扱うと「すんごいキャラ崩れ」をおこすんです。実際はさらに、照明が重要な要素としてプラスしますから、実は実写や3Dのほうが、「理想を具現化するのは、高いテクニックと経験が必要」なのです。穴の多い理詰めで突き進んでも、美しさは得られません。

一方、絵はどうでしょう。レンズの口径とかカメラ位置やシフト・ティルトとか関係無しに、自分の思うように描けますよネ。‥‥というか、自分の思うようにしか描けない‥‥とも言えますが。

例え、17mm(ライカ判換算で)の超広角レンズのレイアウトでも、顔の中身はいくらでも「手加減」できます。‥‥これって、絵の最大の特徴なんですよ。「自分の理想空間に全ての要素を矯正できる」と言う。

いくつもの異なる画角を、如何にも自然な雰囲気で、1つの絵、さらには1体のキャラに混在させる事が可能です。体は広角、顔は標準レンズ‥‥みたいにネ。

この利点はキャラだけでなく、背景やメカにも活きます。私は実写背景を用いる際にも変形をかけて「収まりが良い感じ」の「生理的に受け入れやすい」細工を施しますが、それは人間が「像を知覚するプロセス」を「愛想の無い単眼レンズの風景」に加えるためです。メカも「ある程度は形が正確なのが好ましい」んですが、作品に登場する際は「かっこよく見える」ように「見た目の状況を演出」するのです。

絵は、頭の中に既にあるイメージをドンと定着させるには、良いジャンル選択なんですよ。スタートの時点から自由に作れるから。

でも大きな欠点もあります。「物量に弱い」‥‥ことです。コピー機やプリンタのように、ひとりで1分間に何十枚も「出力」できませんよネ。絵を描く事は、とても時間のかかる行為です。

絵を動かすアニメーションにおいては、「絵を動かす為に必要な枚数を描き上げる」のがまず大変です。業界の皆は「既存のアニメ作画インフラ」が整って機能しているから、「今回は8千枚かかった」とか平気で言いますが、よくよく冷静に、業界ブレせずに考えてみれば、「8千枚も描くなんて、尋常な作業では無い」ですヨ。しかも、全部違う絵を8千枚で、奇麗に動く「連続画」になっている必要があります。

もし自分1人で8千枚も描くとなったら、どうでしょうか。口が裂けても「普通な事だ」とはいわないはずです。個人では到底無理な作業規模なのは言うまでも無い事で、ゆえに、お金が足りないと言っている割にはお金のかかる「人海戦術」で今までずっとこなしてきたのです。物凄く大変な事を、先人の構築したアニメ業界システムで何とか捌いているに過ぎません。

私は、自主作品のPV制作において、自分で動画をやろうと考えた事も「その昔は」ありました。でも、500枚ですら、本業の傍らの少ないプライヴェートな時間では、描けたもんではありません。もし500枚描いたとしても、クオリティが犠牲になっていたと思います。実際、アマチュアの作るアニメは、「動画」工程のクオリティがプロとは比較できないほど低いですが、それは単純に「作業内容がとても大変なので、品質に影響が出やすい」のです。

私は日頃から「どのくらいの線画だとクオリティを叩き出せるか」を知っておりますから、そのクオリティを維持した上で、例え500枚でも自分で描くのは、非現実的だと思いました。最近はアニメーター業から離れているとは言え、私とて、版権レベルの清書は今でも出来ます。しかし、それを500枚、1000枚、5000枚‥‥と、個人で量産するのは、「到底、無理なプラン」です。

しかも、動きをもっと違う内容に変更しよう、中枚数を増やそう(タイミングをゆっくりにする)‥‥なんて言い出したら、もう個人では「ドウガ、ダメ、ゼッタイ」‥‥ですヨ。

で、私が技法の確立を急いでいる、新しいアニメーション技法。‥‥それは、上記の「量産の問題を解決する」ものです。

まあ、その技法の内容を話すと、聞いた人は大体「ひく」んですが、いやいやいや、繊細な動画を数千枚、数万枚、数十万枚描く事に比べれば、遥かに運用可能な見込みがあります。しかも、原画を描いた本人の線のニュアンスや、イラストレーションと同じ絵画表現のまま、動かせるんですから。‥‥もはや、線とヌリ分けの「アニメ絵」である必要もないです。

「そんな無理しないでも、既存のインフラを使えば良いじゃん」‥‥と思われるかも知れないですが、既存のインフラを使う限り、既存の縛りからは解放されないのです。企画も映像表現もコストも、何もかも。‥‥つまりは、今のやり方を続ける限り、今以上には幸福になれない‥‥ということです。

「アニメを作るには、方法は一択のみ」‥‥そんな状況から抜け出るチャンスが、新しい技法にかかっている‥‥と強く意識できるがゆえに、自費を使いまくって研究を進めているのです。業界が長年甘んじてきた「プランテーション状態」から抜け出るための、唯一の方法とも思っています。

‥‥まあ、そのかわり、After Effectsを自分の手足のように扱えないと、動かすのは無理‥‥でもあります。もちろん、アニメーション作画の技術と知識は必須です。つまりは、「現業界には非常に少ない人材」です。‥‥でも、私は新人育成のメソッドも含めて「技法」だと思っていますので、時が来れば、逐次進行していけると予感します。‥‥それにさ、動画スタッフだって、育成をちゃんとやろうとすれば、もの凄い大変なんですから、要はどこに「大変さのコストを割くか」という事だけです。

私が今、準備しているのは、「その方法で出来ると言う事実」です。その為には、まとまった数の「ユニークな映像」が必要です。Flashや市販のアニメーション制作ソフトとは一線を画す、「どうやって作っているのか謎」の様々なニュアンスの映像を、「これは確かに、4K以上じゃないと無理だよな」と納得できるものとして、‥‥です。


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