文字列変換マクロ

映像制作の際には、ファイル名やフォルダ名など、様々な文字列を適宜処理して、作業を進めます。ファイル命名規則において、全世界で統一されているのはファイル拡張子くらいなもの(ようやく‥‥ですが)で、他の文字は各国各社各セクション、バラバラです。

ファイル名を見れば、その持ち主が性格が解るくらい、「名は体を表す」のです。どのくらいの練度か、またどのくらいコンピュータを使いこなしているかも、大体判断できます。「人海戦術タイプ」とか、「手作業でやっつけるタイプ」「地道におっかけるタイプ」など、運用パターンも「たかだかファイル名」だけで見えてきます。

ファイルやフォルダの名前の文字列は、それを運用する人々の性質を反映しており、ポリシーがまちまちです。共同で作業する作品制作でも、ファイル名の命名規則は統一できません。統一するには、関与する人々全員に何か大きい「恩恵」「対価」が必要なのですが、現在のところ、その恩恵は見えてきません。同一セクションならともかく、他のセクションにファイル命名規則を強要する事は、現状では難しいのです。

しかし、作業状況を把握するには、何らかの管理法が必要です。ファイルやフォルダから取得する情報はとても有用ですが、名称がまちまちだと、ストレートに情報を得られません。

‥‥なので、私は以前から「名称変換式」という仕組みを作って、他者の規定した名称を、自分の管理するデータベースに最適な文字列へと変換する方法を採っています。毎回、他者の方式に合わせるのではなく、内部はガッチリとシステムを作っておいて、外部との受け渡しの際にだけ先方との整合性をとる‥‥というやり方です。

このやり方は、手作業だと二度手間・三度手間ですが、コンピュータの自動処理ならば、人の手間は増えません。

2005〜6年くらいから既に導入していますが、最近は使い勝手が悪く感じられるようになり、この度、全面的に変換式を刷新しました。ファイル名の名称変更以外にも幅広く活用できるよう、「名前変換式」ではなく「文字列変換マクロ」という位置づけにグレードアップし、あらゆる「難題」に対処できるように強化したのです。

まずAppleScript版から作り、JavaScript版もほぼ完成しました。同じ命令文でAppleScriptでもJavaScriptでも同じ動作をするので、「言語ごとに命令文を変える必要がない」のが特徴です。そんなに難しい事はしてないので、ShellScriptやPerl、Objective-Cなど他の言語でも実装できると思います。命令文は単純なテキストなので、ASCII文字列、日本語を使いたければUnicodeを記述できる媒体・データベースでOKです。

以下は模式図です。



作業者に配布されるヘルパーアプリは、この「文字列変換マクロ」のコンポーネントライブラリをサーバからロードし、同時に「マクロ命令文」もサーバから供給されます。作業者は特に煩わしい操作をする事なく、作品仕様に合致した「自動変換結果」を適用できるのです。

私の考える未来の制作方法は、皆が同じファイル命名方式をリレーして踏襲するので、このような「文字列変換マクロ」は不要になる予定です。その時の「マクロ命令文」は「?THRU」という命令文になります。‥‥とはいえ、まだ来ぬ未来に焦点を合わせ過ぎても現在が立ち往かなくなるので、基本「どんな名称でも」対応できるように作り込む所存です。

A4かB4以上か、または‥‥

前回、色々な画風でのキャラのルックテストを紹介したのですが、作業上のスペックは「A4/600dpi」という内容でした。今の業界の標準が150〜200dpiくらいですから、かなりデータ量の大きいスペックで作業をおこなっているわけです。

しかし、どんなにスキャン時のdpiをあげようが、紙の大きさと描線との比率が変わるわけではありません。dpiの数値をあげたところで、「黒鉛粒子が紙の繊維と絡み付いているさま」が克明に描写されるだけで、線が繊細になるわけでもなければ、滑らかで流麗になるわけでもありません。

要は、スキャン解像度をあげるだけでなく、鉛筆・シャーペンの「繊細な使い方」と、紙の「繊維の滑らかさ」も、同時に向上させないと、単に描線の荒さが生々しく目立つようになるだけ‥‥なのです。

とはいえ、どんなに芯の先を尖らせて精密に線をひいても、「A4」の小さな紙に描いているがゆえに、限界はすぐにやってきます。4k以上の解像度にふさわしい描線を全てA4用紙で描き切る事は不可能だと、数年のテストを繰り返すうち悟りました。「A4用紙に線を描く」時点で、絵の繊細さはある程度決定してしまうのです。

今の業界フローでも、小さ過ぎて線が潰れてしまう場合は、拡大して作画し、撮影時に縮小するという方法が部分的に用いられています。4k8kではそうした「描線のマテリアル」問題が、いっきに表面化するのです。でも実は、現在でも既に表面化し始めてるとはおもうのですよネ。テレビでたまにCMでアニメ映像を見ると、線が太くて異質で、即座に「現業界産」だという事がわかってしまいます。レタスの線って、すぐわかっちゃうんだよねえ‥‥。

A4用紙に鉛筆で描くと、線があらくなる。もしくは太くなる。‥‥この問題に対し、解決方法はいくつかあります。

1・B4以上を用紙のスタンダードにする

紙の面積と鉛筆線の比率を、引き離そう‥‥という考えです。例えば線の太さを0.3ミリと仮定して計算すると、今までA4「297mm : 0.3mm」(990:1)だった比率が、JIS-B4「364mm : 0.3mm」(1213:1)となり、相対的に線が繊細になります。‥‥しかし、簡単そうに見えて、結構な高いハードルです。

全てのスキャナをB4以上のモデルに刷新しなければなりません。B4のスキャナは入手が困難ですから、都合A3スキャナになります。10万円クラスが最安になり、機材導入費としてかなりのパンチとなります。

そして何よりも作業スペースを広く確保する必要があります。スキャナが最低10万円だと嘆くよりも、こちらのほうが大打撃です。絵を描くスペース、スキャナを置くスペース、さらには用紙の単価(今よりも白色度の高い専用紙)も普及したA4よりも割高となります。描き終えた原画類の保管場所も、相応に広い場所を必要とします。現在発売されている事務用品のメインはA4サイズですから、度々、「B4対応製品の少なさ」に泣かされる事になるでしょう。(‥‥既にリサーチ済みです‥‥)


2・分割作画&スキャンする

原稿をA3で作画し、分割スキャンする方法です。これが一番、(少なくとも今は)現実的かも知れません。

どうせ分割スキャンする手間を負うのですから、B4なんて中途半端なサイズでなく、いっきにA3まで拡張できます。また、私の考える新方式ではリギングが必須ですが、分割スキャンする事がリグの単位と関連づけられるので、合理的に作業を進める事ができます。
 
レイアウト&ラフ原画=A4(後に拡大して用いる)
原稿(旧来の原画と動画に相当)=A4分割作画によるA3やA2サイズ
スキャン=A4/300dpi以上

難点は作画サイズが入り乱れる事、分割の手間が各所に波及する事などです。うまくフローを構築しないと、すぐに大混乱に陥るでしょう。上手く運用できれば、スキャナもプリンタ(作画のガイド等のプリント)もA4サイズで完結できます。


3・そもそも鉛筆と紙を使わない

これが一番合理的に思えますが、絵描きにとっては合理的ではない部分もあります。ペンタブレットが今でもヘタレなのが、最大のマイナス要因です。

10数万円出費して液晶タブレットを買っても、紙と鉛筆の正確さに匹敵できないのは、かなりイタい事実です。私は液晶タブレットを使っていますが、ガラス越しに絵を描いている感覚が今でも馴染めません。さらに座標のゆがみが存在するので、描いている時のストレスが相応にあります。タブレットを使った後で、鉛筆や筆を使うと、そのダイレクト感に今さらながらに驚きます。

しかし、道具の上手な使いこなしを模索するのも、フロー構築の醍醐味。原画を描く行程で「ペーパーレス」になれば、やはり一番合理的なフローになるのは明白です。

Adobe製品に限定せず、Clip Studio PaintとかSketchBookProなどもフローに組み込んで、ペンタブで絵を描く意識をデフォルトにした制作システムを考えても良いでしょう。‥‥まあ、統合的なシステム作りは相応に大変、ですけどネ。


4・ペンで描く

紙は使うが、鉛筆・シャーペンは使わず、丸ペンやコピックマルチライナーなどのペンで描く方法です。「うそぉ」と引かれそうですが、実はこれはかなり有効な方法です。A4用紙でも、格段に「高解像度感」を得られます。

弱点はズバリ、消しゴムで消せない事でしょうか。ただし、少々(いや、かなりの?)の修正はスキャン後に可能ですから、大間違いでも無い限りは問題にはならないですネ。

あとは、原画を描く人間が、ペンの扱いになれているか?‥‥ですネ。


‥‥とまあ、いくつかの方法を挙げてみました。一番現実的ですぐに実行できるのは「2・分割作画&スキャンする」でしょうが、他の方法も利点も難点もありますから、随時平行して研究していく所存です。

「1・B4以上を用紙のスタンダードにする」方法は、東京集中型の作業スタイルだとキツいものがあります。A3スキャナって、小振りの仏壇なみの専有面積を欲しますからねえ‥‥。なので、実は新方式に絡めて、地域分散型の制作方法も込みで考えているのです。作業場所の拡充を考慮すれば、当然の成り行き‥‥ですよネ。地方の安い地代でアニメが作れれば、コストを他に充当したり還元できるもんね。東京って不用意に人が多いよねえ‥‥‥。そいでもって、ふらちなほど、物価が高いよねえ。「都市集中・地方過疎化に歯止めを」って、30年前から言ってるわりに、全然ダメじゃんね。

ちなみに‥‥、私は祖先が浅草界隈なので、先祖代々の実家に戻って‥‥という方法はできないのです。まとまった広い敷地なんて、ありゃしません。お寺は青山の善光寺ですが、そこだけスポット的に都市化を免れていて、周囲は都会の喧噪そのものです。地価も相当なもんだろなあ‥‥(他人事)。‥‥なので、私の代から日本のどこかで土地持ちになるほかありません。まさに「アニメバカ一代」。素手で牛を倒すかわりに、4Kの短編を1人でこなしたろうか。

先祖代々‥‥でふと思い出しましたが、年初め正月1日の朝食は必ず「小豆のおしるこ」でした。お餅の入ったお雑煮ではなくて、朝っぱらから甘〜いおしるこです。なぜ、おしるこなのかと言うと、小豆の皮が中央部で真横に割けている様子から、「いつでも腹を切れる用意をしておけ」という1年最初の訓だったのです。おしるこは必ず祖父(=料理が得意だった)が作っていました。腹切りとは「腹を切るほどの覚悟」、すなわち「命をかけて物事にあたれ」という意味ですわな。

ふさわしいキャラ

女(じょ)キャラはまさにアニメ作品の華‥‥ですが、そのキャラのデザインは、紙で作画してペイントするという工程上の制限を反映して「今の感じになっている」のは、周知の事実です。ですから、現アニメワークフローとは全く異なったフローでアニメを作るのであれば、今のデザインを踏襲する「技術的必然性」はありません。もし必然性があるとすれば、「慣習」があるのみ、です。

慣習とはなんだろう?‥‥と考えると、まずは「描き手の慣れ」があり、さらには作品を受け取る人々の「慣習的な嗜好」もあります。「アニメっていえば、コレだよね」という暗黙の合意とでも言いましょうか。

現在のキャラデザインのアプローチとして、目を大きく描く「ロリ顔」が慣習化している‥‥というか、発想する時点で幼女顔にデフォルトがセットされちゃっているように感じます。ごく少数、「普通顔」「大人顔」のキャラも存続はしているようですが、大半は「ロリ顔」ですよネ。

「アニメと言えば、目のデカいキャラ」という認識から、少なくとも私は抜け出したいと思っています。萌え絵もあっていい、しかし、それ以外の作風も沢山あればいいのに‥‥と思うわけです。

‥‥なので、アニメのトレンドとか慣習とか、1度リセットした上で、
新しい方式で表現可能なキャラとはどのような広がりがあるのか、目の大きいキャラも小さいキャラも選り好みせずに、色々とテストしています。私が素で描くと、目の大きいキャラは敬遠がちになりますので。


以下は、同じポーズによるルック&デザインのバリエーションで、原画を描いた後に直にAfter Effectsに持ち込む「原画 to After Effects」の作業スタイルで作成したものです。オリジナルは「4.5k x 6.5k」のサイズですが、1/10サイズに縮小しています。

【1】それ系

線画をAfter Effectsに持ち込んだ状態が以下です。鉛筆画をAfter Effects上でベクタートレスに変換しています。




これをさらに、After Effectsでアレコレと作り込むと、以下のようになります。



‥‥無理しております。借り物のスタイルです。自分から素でこういう絵は出てきません。色んな箇所に無理が見えます。こういう絵は、「好きこそ物の‥‥」で、何も無理せず素で描ける人が描くべきですネ。

このスタイルは、今の業界フロー〜特に撮影部門に自動化を取り入れ技術向上させれば、今のままの作画スタイルでもとりあえずは実現可能でしょう。48fps以上に対応するには、かなりの効率化が求められますが、できなくはない‥‥と思います。

‥‥ですから、新方式でこれをやる意義はかなり低いと判断しています


サンプルを作ってみて‥‥、こういうスタイルの絵は、所詮、私には不似合いだと言う事を改めて確認しました(苦)。出来のマズさを承知で晒しております。パッションの薄さが、絵に表れており、小手先のテクニックで誤摩化そうとしているさまが、過装飾によってモロバレだ‥‥という事もゲロしておきます。大いなるパッションを持って、もっと上手く描ける人は大勢いると思います。

目の処理(下図)とか、色々試してみたんですが、
どうイジっても一定以上にはならんですネ。昔から解っていた事ですが、情熱が無いのなら、やらないに限る‥‥と思いました。



わたし的には‥‥



‥‥のくらいで充分だと思えてしまうのです。スッキリしてて、私はこっちのスタイルのほうが好きです。‥‥でも、この絵柄なら、なおさら、旧来の作り方で全く問題無さそうですネ。



【2】ちょっとそれ系

今度は目を大きく描く事をあまり意識せず、頭身も少し高くした絵柄です。とは言っても、充分、目は大きいですが、2013年現在の風潮では控えめなほう‥‥でしょうか。技術的には、鉛筆のニュアンス活かした、いわゆる諧調トレス線で処理してみました。今のアニメ業界は、ほとんどが2値トレス線(白黒オンリーで中間調を殺す方式)ですが、私の考える方式のデフォルトはこの諧調トレス線です。




After Effectsで色づけやら、グラデーションを加味します。今回の絵は、影の半分以上がグラデーションによる表現です。顔の影のディテールは、後のビジュアルエフェクトなどの効果を先読みして、適度な影付けをおこないます。原画・彩色で「ドンピシャ」にする必要はありません。照明によって顔のニュアンスはかなり変わります。

ビジュアルエフェクト・グレーディング等を追加して完成させたのが以下のサンプルです。3パターン作りました。


・柔らかいトーン


・色、濃いめ〜やや逆光


・逆光

1番目の「それ系」と似たような感じですが、私としては、こちらのほうが素に近い状態で描けます。おそらく、目の面積の問題なんでしょうね。あと、頭身や首の太さ、髪の毛の量など。こちらは、普段より目を大きめに描いて鼻や口を淡白に処理すれば良いので、ココロの負担が軽くて済みます。

グラデーションを影付けに多用して各所を処理しているので、今の業界フローではちょっと難しいかも知れません。グラデーションがキャラのニュアンスの大きな要素となっていますが、紙の作画時には指定のしようがありません。各所のグラデーションは、それぞれ濃淡の幅が違っており、
単純にボカせば良いというものではないので、今の業界フローでは「誰がグラデを操作するのか」が特定できず、フローが頓挫します。

私の考える新しい方式では、絵を描いた本人がグラデ操作をおこなうので、特に不都合は発生しないのです。線画だけを描くアニメーター‥‥という概念は、新方式においては、もう存在しないのです。



【3】私の素のスタイル(特に流行を意識せず)

特に何かを意識するわけでなく、気楽に描いたサンプルです。流行とは全く無縁のスタイルだと思います。前の2点に比べると、リアルバランスに見えるかも知れませんが、全然、マンガのバランスです。
諧調トレス線の持つ強弱を活かして、手描き感をより一層強調した方式です。




この方式では、もはや「トレス線が途切れないように、一定の濃さで無機質に描く」必要はありません。むしろ、たっぷりとした黒鉛(鉛筆やシャーペン)の表情が要求されます。これをAfter Effects上で、いくつかのアプローチにて作った3種類が以下です。


・中庸なニュアンス


・逆光&ソフトフォーカス〜彩度の高いパステルカラー


・荒びたフィニッシュ&線画の味わいを強調〜彩度低め
〜寄るとこんな線画のニュアンスです(下図)


私が無理せず、このスタイルの絵を描く時、いつも頭に想い浮かぶのは、ラッカムデュラックなどの、ほぼ100年前の絵本画家たちです。時代性からすれば、私の頭の中では「何百年も古くて良い」感じなのです。現在の特徴的な萌え絵や作画スタイルだって、10〜20年後には相応に古くなっているはず。‥‥であるのならば、仕事で設定に合わせて絵を描くのならしょうがないとしても、自分の絵を描く時は、流行に振り回されて絵をかくのではなく、ウソをつかずに絵を描くのが良いと思うんですよネ。ブームの尻馬にのって描いた絵は、廃れた際にファンが離れるのもはやいですもんネ。(もちろん、尻馬ではなく、ブームの本家本元は、根強いファンがつきますけども)

技術的には、2番目のサンプルとさほど変わりません。ペイント時にグラデーションを多用する事、ビジュアルエフェクト時に照明や陰影をコントロールする事、フォーカスの操作など、キャラの感じは違いますが、技術の基盤は同じです。もちろん、After Effectsで48fpsなどのハイフレームレートで動かせます。

線画の行程から微細なニュアンスが要求されますので、今のような夥しい人海戦術による量産には不向きだと思われます。一方、新方式は極めて少人数で制作が可能なので、キャラ崩れを起こす事なく、作品を作る事は可能だと思います。




【4】淡彩風

新方式の守備範囲の広さが発揮されるルックです。私は
いわさきちひろさんも大好きなので、こういう方向性も考えてみました。

線画はかなり自由な描き方です。こんな描き方でも、新方式は対応できます。以下は、スキャン後の状態です。




線がかすれて輪郭の曖昧な描き方は今の業界では御法度(というか対応不可)ですが、新方式では全然構いません。これをAfter Effectsに読み込んで、ちひろさんを思い浮かべながら、あれやこれやと作り込んでいくと、以下のような淡彩風の絵になります。After Effectsが単なる「素材ありきの画像合成」のコンポジットツールでなく、「絵を描く」という積極的なアプローチにも充分使える事がお解りだと思います。



これを背景と一緒に、ビジュアルエフェクト・グレーディング(‥‥この作業内容をVFXやグレーディングと呼ぶのはやめたいんですが)で「絵を描いてフィニッシュ」すると、以下のようになります。3パターン作りました。







ドロー風なテイストですが、描画ツール(ブラシなど)は使わず、すべてAfter Effectsのパスやエフェクトで作っていますので、48fpsだろうが96fpsだろうが動かせます。‥‥ただ、この絵柄に48fps以上のハイフレームレートモーションがしっくりくるかは、検討の余地があるでしょう。また、長尺には適さないのでは‥‥とも思います。絵本くらいのボリュームがちょうど良いかも。

このくらい「アニメ絵」と遠くなると、もはや今の業界フローでは全く対応できないスタイルです。もちろん、業界内に在籍していても、業界フローを用いなければ、色々な事はできる‥‥んですけどネ。現業界フローから「決別」しないと、こういう絵の表現の広がりは得られません。

また、「ペイント」という作業の呼び名も、もはや過去の意識となってきます。領域をクリックしてベタヌリするペイントではなく、水彩画と同等の神経を費やす作業ですから、「彩画」と呼んだほうがしっくりきますネ。今のレタス互換方式とは、似ても似つかない技法なので、一緒くたに「ペイント」と呼ぶのは、あまりにも大雑把過ぎます。

絵の特質からして、やはり、今のような夥しい量産には不向きだと思われますが、短尺ならば問題ないでしょう。



‥‥とまあ、色々と試してみました。まだまだ画風・スタイルはいくらでも模索できるでしょう。視界一面が水平線のように広がる未開拓のフィールドは、セル画時代の制限に縛られる事のない自由な広がり‥‥と言えますが、逆に「自由過ぎて何から始めたら良いかわからない」とも言えます。また、自由を支えるための、平野を開墾するための、しっかりとした技術基盤が必要でもあります。


つまりは、絵を描きたい・動かしたいという何にも代え難いパッションが根底にあって、それをどのように実現させるか‥‥という事に尽きるのでしょう。新方式においては、「アニメとはこういうもの」という固定概念はなく、「どんな絵を動かして、どんな話をつくりたいか」という、アニメーション作品における「Root」(根っこ・出発点)が何よりも重要なのです。それがなければ、何も始まらない、です。

私が未来に作りたいと思うアニメは、おそらく、萌え顔好きのファンの人々には、アピールできないものと想定しています。自分にウソをついて萌え絵ぽい絵を描いて、現在のファンの人々に取り入ろうとしても、そんな浅いウソはすぐに見破られるでしょうからネ。

私の考える未来の方式は、マンガと同等まではいわないまでも、初動段階のコストをかなり低く抑える事ができます。つまりは、リスクを抑えつつ、今までとは違う層に、違うカタチでアピールできるチャンスを持つ‥‥という事です。
60代に至る老若男女まで、もはや鉄腕アトム以降のアニメ世代だと言う事は、忘れてはならない事実です。

そんなこんなを考えた時、やり方はまだいくらでも開けていると感じるのです。「
サルまんの予言」がどんどん的中していく昨今、アニメはもはやティーンのものだけではないと、今さらながらに考えるのです。

老眼

ここ最近、数人の方から「今、ベテランのアニメーターは、老眼になって、自信を喪失している人が多い」‥‥と言う内容の話を聞いた事があります。複数の別々の場所で聞いたので、局所的ではなく、そこそこ広範囲の話題だと感じました。

たしかに。‥‥ある日突然、老眼がやってきて、今まで見えていた鉛筆の先の絵が、極端に見え辛くなるのって、かなりのショックですよね。

老眼の「老」は、からだ1つで自分の運命を切り開いてきた絵描きにとって、耳にしたくない、目にしたくない、1文字です。仕事の受発注のシステム上、老いを受容できないのです。

しかも、今のアニメ作画は、キャラがどんどん細かくなって、余計にマクロ視力を必要とします。

視力低下と細密なキャラデザインを前にして、自分がどんどん取り残されていくような不安や苛立ちが、感情の圧迫するとしても、致し方ない状況と言えます。

老いぼれたらThe End‥‥という、暗黙の価値観がアニメ業界にはあると思います。特にアニメーターは、そういう強迫観念が強いのではないでしょうか。白紙に描線をひいて、絵をゼロから描き起こすプレッシャーとともに生きてきたわけですから。

ですから、どんなに自分の感覚を磨き続けても、体が勝手に老いぼれていく現実は、絶対に受け入れがたい事なのです。老眼を認めたくない、あるいは、周りに言えない事も多いのではないでしょうか。

私は以前、アニメ業界は「老いを想定していないシステムだ」とブログで書いた事がありました。アニメーターに限らず、撮影などの他のセクションであっても、「20代の君は、30年後にどうなっているか、想像できるか?」と聞いて、具体的に答えられる人はあまりいないと思います。個々の生き様の話ではなくて、業界に在籍し続けた30年後の状態の事です。‥‥おそらく「今のまま、作業を続けている‥‥んじゃないかな‥‥」という漠然とした答になると思いますが、身体は30年後に「今のまま」であるはずがない、です。

アニメ業界の標準作業システム・ワークフローは、「ベテランー中堅ー新人」の技能を無視したフローとも言えます。作業内容の難易度を無視して、単価を一律に設定しているのが、その何よりもの証拠。技能の伝授に対しても「適当に内輪でやってよ」的なスタンスで、システムとしては何ら考慮されていません。

新人にベテランと同じ作業内容を要求して「ダメなやつだ」と罵る。同じく、50代と20代の体力を同じに考えて、捌ければいいやと、内容無視で仕事を撒く。どちらも、「‥‥」ですよネ。

私は「工房型」のワークグループを計画していますが、それには「ベテランー中堅ー新人」の技能サイクルの構想も含まれています。‥‥普通さ、誰でもそう、システムを考えないかな。特に変な事を言ってるとも思えないんだけど。

しかし、現実問題として、業界は「そう」(=「ベテランー中堅ー新人」を一律で扱う)なのです。前にも書いた事ですが、業界の枠組みが「そう」だから、今までアニメを量産し続けられたのかも知れません。しかし、個人に突きつけられる現実は、老眼がまるで死刑宣告のように響く辛辣なものです。

旧来アニメ業界のシステムはもう変えられないと思っています。しかし、新方式でアニメを作る新しい場所は、老眼なんぞで気落ちしない、技能ピラミッドをベースにしたシステムを構築したいと考えています。

「けッ。口で言うのは簡単だろ」と罵る声が聞こえてきそうです。しかし、「口で言うのは簡単だ。実際は難しい。」と言ってる人も、結局は口で言ってるだけ‥‥ですよネ。達観してみせて、自分は何も動かない。誰かが変えてくれるのを待っている。誰かが救ってくれるのを待っている。自分はつぶやくだけ。

「会議」や「議論」するだけじゃダメなんです。「会議」ってコワいんですよ。会議だけで何か成し遂げた気分になりますから。実質は何も進展していないのにネ。

要は行動を起こしているか、否か、です。‥‥私は、もう数年前から開発を自己資金で進めてますがネ。達観できるほどの経験と技術があるなら、それを元手に、具体的に行動せよ!‥‥です。

老眼になった事で、絶望的な気分になる、今の業界。

‥‥実は私も、数年前から老眼が忍び寄ってきています。数年後には老眼フルタイムになる事でしょう。老眼の兆候をはじめて感じ取った時は「これが老眼と言うやつか」と少々ショックでしたが、まもなく「視力が落ちたのなら、そのように対処すればいい。『老いのスケジュール』を組むべし!」とキモチを切り替えました。嘆く事にカロリーを費やすよりも、どうやって未来を切り開くかにカロリーを活用したほうが、有意義じゃないすか。

外堀から

先月、米Amazonから新しい「Kindle HDX」が発売されました。7インチスクリーンの「iPad mini」相当のモデルが1920x1200、8.9インチの「iPad」相当モデルが2560x1600と、高密度な画素数を持つモニタを搭載しています。

7インチの大きさに、一般的な作業用モニタの解像度がギュッと詰まっていると思えば、その高密度ぶりがイメージできます。一方、8.9インチモデルは27インチモニタの画素が詰まっているわけで、これも中々に恐るべきスペックです。

順次、H.265などの次世代コーデックも取り込んで、次世代コンテンツの足場が形成されていく事でしょう。高解像度、ハイフレームレートのコンテンツが出てきた際に、現コーデックでは転送量が増大するばかりですから、映像の圧縮技術も比例して向上していくと思われます。H.265のスペックを読むと、「まだ圧縮する隙があったんか」と驚く事しきりです。

また、AdobeがEncore(DVDやBDのオーサリングソフトウェア)の開発をCS6で中止したのは、ご承知の方も多いでしょう。要は、AdobeはもうDVDやBDなどの光学ディスクを「レガシー(過去の遺産)」だとカテゴライズしたわけです。

水面下の動きって、アウトサイダーからはほとんど見えません。たまに水面に波紋がでたり、ちょっとだけ一部が水上へと露出するのみです。

一般の人々なら、地上から眺めているだけで良いでしょう。しかしねえ‥‥アニメ業界は、曲がりなりにも映像コンテンツのビルダー・ベンダーですから、水中に視野を持って然るべき‥‥なはずです。しかし実際はそうでもないですよネ。

「クールジャパン」とおだてられながら、実際は最新テクノロジの恩寵からは離れた存在。おミソです。しかし、アニメ業界自体も「これ以上のハイクオリティは必要無い」と言わんばかりの状況ですから、ある意味、バランスしているのかも知れませんが。

アニメ業界の「総意」がどうあろうと、外堀からどんどん埋められていきます。タブレットで2.5kの時代ですもん。その後、三の丸、二の丸と追いつめられて、内堀を超えられ、本丸に火がついた時点でようやく事態の深刻さに気付く‥‥なんて、イヤですよネ。自分たちがほとほとレガシーな存在に成り果てた事を、最後になってようやく悟り、まさか、「もはやこれまで」と腹を召されるご所存か。‥‥まあ、本丸まで篭城して生き残る事はあまりないですわな。

‥‥なので、篭城しては絶対にアウト!‥‥なんですが、今のところは、篭城路線を歩んでいるように思えます。機先を制す‥‥なんていうニュアンスは感じられない。

私はアニメ業界があったがゆえに、様々な技術を身につけ、現在に至りました。耳障りの良い事を書いてもその場限りの鎮静剤にしかならないでしょうから、こんな風な「耳に痛い」ような事を書いてますが、正直、業界への愛着は消えません。

私は過去25年の間に、3人の「戦友」と呼べる身近な人たちを死によって失っています。みな、アニメ業界にフリーとして在籍していた人です。その人たちは皆アニメが好きでした。その人たちの身体は無くなりましたが、技術や思想は私の中で生き続けています。‥‥私は命の代わりに、自費(1K万くらいはいってるんじゃないだろうか‥‥)をつぎ込んでいるようですネ。その3人が、私を後押ししているようにも思えるのです。

以前、48fpsテストの際にちょっとしたAfter Effects上の作業ミスから、紙の作画方式での「生き残り策」が垣間見えた事がありました。大幅な増強は必要ですが、「城」を存続させる可能性が感じられたのです。しかし、その城の当の住人・兵たちが、次世代フォーマットを意識しない限りは、どうにもなりません。新しい事に取り組むがゆえに、旧来技術の新しいメソッドも見えてくるのです。

機動力は、活用できる時期に用いないと‥‥さ。追いつめられた後では、機動戦も夾撃も遊撃も不可能なのですから。

相互フィードバック

私は、特別なオーダーが無い限りは、現アニメ業界の作品においては、言うなれば「猫をかぶるスタンス」に徹しています。張り切っちゃったら、和を乱す原因だしネ。‥‥なので普段はいわゆるアニメ撮影の標準的な仕事ではなく、私の本領を発揮しやすいオープニングやプロモーションビデオ、ミュージックビデオ、CMなどのアニメ撮影とは異なる映像内容のものを引き受けていますし、実写の仕事もそこそこ多いです。アニメの撮影と呼ばれる仕事では、もう私の出番は無いも同然なのです。

とはいえ、絵で話を紡ぐアニメが嫌いになったわけではありません。今でも大好きです。しかし、前回も書いた通り、もう致命的なくらいに現制作方式との溝が深まっており、昔のように撮影班を組むようなパッションは消失しているのです。

もしワークグループを組む事があれば、今の業界とは全く別の、新しいドクトリンを持ったものになると思います。新しいワークグループ〜工房に必要な人材は、多少あらくれ・偏屈でも、様々な才能を持った様々な人間が欲しい‥‥ですネ。何と言っても、最低4K48fpsの壁を持つ「強固な要塞」を攻略せねばならんのですから、羊よりも狼が必要なのです。ウルフパックを形成したいのです。

私の考える未来の方式では「聖域」はありません。現業界フローでは、原画など「紙作画」の部分は手を触れてはならないタブーですが、私の方式では線画の描き方も著しく変わります。撮影と呼ばれた行程も無くなります。ゆえに、今の業界の方式とは、共用できる部分が10%くらいしかありません。

前回とは違う例を挙げます。より一層、線画の描き方が変化し「線画と色彩の協和」が意識できるサンプルかと思います。

線画は、こんな状態です。



このサンプルは、「金髪のアニメーション表現に関するテスト」なので、髪の毛の描写に線を重ねています。顔はなんて言うか‥‥「大丈夫か」と思うくらいの「半完成」の状態ですネ。服は白いモコモコしたデザインなので、もはや線画では何一つ描かれていません。

これをスキャンしAfter Effectsに持ち込みメイクし、リギングを経て、コンポジット・ビジュアルエフェクト・グレーディングを施すと、以下のような完成画面になります。顔の印象など、線画の時と比べてまるで違う印象なのが確認できると思います。


TypeA ちょっと暗めの物憂い雰囲気


TypeB 金髪をフワッと軽やかに


TypeC 金髪のディテールを持ち上げたグレーディング

顔の中身を線画で描き過ぎないようにしたのは、実は「眼力(めぢから)」を実線にて集中させたかったからです。このやり方においては、「線画段階で絵の要素を描ききるのはNG」で、ビジュアルエフェクトに至るまでの「見越し作画」をおこなう事が重要なのです。
*見越し作画‥‥とは、マルセイユの偏差射撃のようなもので、映像の向かう方位を先読みして、適切な作画をおこなう技術です。

また、これは止め絵イラストを描くためではなく、キャラの演技〜髪の毛のニュアンスを活かしたアニメーションのための習作です。ゆえに髪の毛の実線は、After Effectsでのメイクで適切に処理される事を事前に予期し、「金髪になった時に、効果を発揮する描き方」を実践しました。髪を動かす研究は、もうかなり前からやっていましたが、日本人の黒髪ばかりだったので、金髪にチャレンジしてみたのです。

こんな髪の毛を動かすなんて、今の現場では「非常識」極まりない事です。二言目には「3Dで」とか言い出すでしょうネ(苦)。3Dと言えば、何でも大変なものが実現できると思っている人は、まだまだ沢山います‥‥よネ。「原画 to After Effects」ですら非常識なのに、こんないかにも複雑げなディテールを動かすなんて‥‥まあ、とても今の現場では無理なのです。

ちなみに、作品・商品レビューとか見てると、「作画じゃないっぽいものは、3D」と安直に判断する一般の人が多いです。そんな単純なものじゃないんですけど、DVD付録のメイキング映像の功罪の「罪」部分の影響と言えるかも知れませんネ。

このサンプルは、もちろん2Dです。髪の毛の1本ずつ、私が紙の上に描いたものを、After Effectsでメイクしているのです。髪の毛のアニメーションは、大変ではあるのですが、上手く管理できるようAfter Effectsで構成すれば、原理はそんなに難解ではないのです。
*もちろん、実際の運用では、こうした髪の毛などの共通パーツは、どんどんバンク化して効率化します。事実、私の手元には、既に数多くのバンク(黒髪用)が存在します。


*顔のデザインは、まだいくらでも作れると思います。今回はちょっとリアル風(でもやっぱりマンガバランスではありますけど)ですが、もう少しコミック寄りでも良かったかな‥‥と思っています。


*線画とAfter Effectsさえあれば、このような緻密な髪の毛も、表現可能です。

これは単に映像表現の絵面(えづら)上に留まる話題ではありません。この髪の毛が動かせるのであれば〜このキャラが演技できるのであれば、こんなシーンが作れる〜こんなストーリーがイメージできる‥‥と、実はシナリオや企画にまで遡る事柄なのです。

絵と話は、相互にフィードバックしていくものなのです。

今のアニメの企画やストーリーは、現アニメ表現に適した内容です。カットの割り方も、カメラワークも、尺も、みんな「現在のアニメ絵」の利点を最大に活かした様式なのです。もちろん、同時に欠点をカバーする様式でもあります。

と言う事は、絵が大々的に変わって絵画様式に大変化がおこれば、ストーリーの発想も変わる、尺も変わる、カメラワークも、カット割も、全て変わってくるわけです。

‥‥なので、こうした新しいやり方は、今の現場において、作業の枠組みとか作業者の意識などよりもさらに深い部分で、「根本的な企画として」大きな齟齬をきたしてしまうのです。現アニメの企画に、上図のような絵をブッこんでもサムいだけです。研究を進めるうちに、絵の様式の刷新は、実は「地盤のシフト」をも誘発する事が解ったのです。新しい方法の要素には、絵だけでなく、企画やシナリオも含まれる‥‥という事は、つまりは、新しい絵や映像を理解できなければ、的を外した企画しか作れない‥‥という事です。

前回と今回の記事で、線画とAfter Effectsでどのような絵が作れるのか、ちょっとだけ紹介しました。アニメとは現業界のワークフローで作るものだ‥‥と思考が固着している人も多いでしょうし、私もスタートはそうでしたが、「枠からはみ出す決心」さえできれば、実は数多くの広がりが開けているのです。

先人の模倣や踏襲を続けてマイナーチェンジで凌ぐ事が業界の「全体意識」になってしまった今、そこから何か「新しい未来」を見出す事は、少なくとも私にはできません。ただ、新しい技術と企画の「上昇スパイラル」を実感する時、例えそれが細い1本道でも、渋滞した幹線道路よりは遠くを見通せる気持ちになるのです。

どんどん開くギャップ

After Effectsを「アフターエフェクト」のツールとして使うのではなく、アニメーションのツールとして使うようになって久しく、ふと現アニメ業界の原画や撮影の作業をやると、もうどうにもならないほどの隔絶・ギャップを痛感します。

原画の描き方は、最終的に撮影の仕上がりにも、大きく影響します。あまりにも完成度が上下するのは好ましくないので、鉛筆の使い方から撮影の方法に至るまで、「クオリティのバラつきを抑制」しつつ生産性と分担作業性も兼ね備えた方式が定められています。そうして作られた映像作品を、一般的には「商業アニメ」と呼びます。

しかし、この方式の欠点は、24コマフィルム時代に形作られたものである‥‥という点です。48p, 60p, 96p, 120pなどの近い未来のフォーマットに、絶望的なほど、対応できません。ただでさえ、現場の予算が少ないと言っているのに、作画枚数が2倍4倍になったら、それはもう大破綻です。だからといって、96fpsのためにアニメ作品の予算が4倍になるなんて、今までの経緯からしてあり得ません。自分が「金を出す側だったら」と考えれば、容易に予算など上がらない事は想像できるでしょう。

今のままで良い。アップコンすれば良いんだから。‥‥と言う人もいます。しかし、ネイティブ60fps、120fpsの中に、1.5kで24コマアップコンの映像が同居した時の、クオリティギャップは相当キツいものがあるでしょう。著しく古めかしいものに見えると思います。昭和30〜40年代のアニメを見た時の「旧さ感」と同じ印象を受けるでしょう。

旧いものをリバイバル上映・再放送するのなら、映像の質が古くても解ります。しかし、作り立てのホヤホヤなのに、映像品質が旧いのは、単純に「何で今でもこんなに旧いの?」と疑問を感じさせる事でしょう。言うならば、最新のドラマをベーカムで撮るようなものです。

After Effectsの現アニメ業界での使いかたも、かなり限定されたものです。ゆえに、一生懸命、映像表現の才能を磨いても、ひとり相撲になりかねません。均質化した映像表現を踏襲して生産する事を求められ、自分の才能もAfter Effectsの機能も、未使用のまま封印し眠る事になります。アニメ業界未経験のこころざしのある人は、プロになったら、自分の手とコンピュータで新しい表現をどんどんやってみたいと思うでしょうが、それは枠組みの「和」を乱す事になるのです。業界の求める人材は、枠組みの中で「和と忍耐力」をもって地道に働き続ける人であって、才能を持った人はある種「ありがた迷惑」ですらあるのです。悲しい事ですが、それが現実です。

ただ、私はもう、そうした現業界との意識のズレ、ギャップを埋めようとは、思わなくなりました。ズバリ、無理、なのです。

現アニメ業界の「枠組み」があってこそ、業界は成り立っているのでしょう。だから、枠組みに手を加えてはいけないのです。たとえ、「未来展望ノーアイデア」の現実に危機感を抱いたとしても、枠組みへの介入は御法度なのです。「発展や改革」をする事は、すなわち「枠組みの破壊」と同義ですから。つまりは、「現業界では新しい事をしてはいけない」のです。許されるのは「枠組みから出ない範囲のマイナーチェンジ」だけです。極論に聞こえるかもしれませんが、現実が物語っています。

私はAfter Effectsをふんだんに使って、4k48fpsの実験映像やPVを自主制作していますが、そこでのAfter Effectsの使い方は現アニメ業界から見れば「非常識極まりない」ものです。

例えば、まず線画を鉛筆で描いてスキャンします。



既に、線画の描き方が現アニメ業界フローと違います(シャツは非常に淡白ですが‥‥)。普通は下図のような描き方ですよネ。



現アニメ業界の絵の描き方の多くは、「線画で完成画を想像しやすい」描き方です。線画の枠に沿ってペイントしていけばカラーになる‥‥という感じですネ。

しかし私は、新しいやりかたにおいては、「線画と色彩の協和」を考えた線画の描き方をしています。つまり‥‥



‥‥のような線画が、After Effectsで「Make(メイク)」されると、




‥‥のようなルックへと変化する事を見越して、「線画で全てを語らない」描き方をするわけです。

業界のフローを知っている人は、「線画スキャンのあと、いきなりAfter Effectsなの?」と疑問に思うかも知れません。その通り、線画スキャン以降はAfter Effectsで全作業をおこないます。動きも含めて、です。「原画 to After Effects」です。

紙の上で、鉛筆ニュアンスで作画した後‥‥つまり、



‥‥のような絵がスキャンされた後は、After Effectsで、



‥‥のようにメイクされ、さらにあらかじめ用意しておいた背景(この例では実写)を読み込み、After Effectsでリギング・アニメーション・コンポジット・ビジュアルエフェクト・グレーディングをおこないます。以下、3つのタイプを作ってみました。







自由で縦横無尽な映像作りを、After Effectsベースでおこないます。空気感や光、影の付け方も、After Effectsで自在にコントロールできます。演技内容に応じて、上図のキャラを1秒間96枚の動きで、こちらを振り向かせたり、微笑ませたりする事もできます。芝居場は立体的に組まれており、カメラを動かすと、キャラや背景の位置関係が立体的に推移します。
*現アニメ撮影では、フィルム撮影台を踏襲しているがゆえ、「カメラを動かす」(After Effectsで言うところのカメラレイヤーの活用)という意識が希薄です。動かすのは「台」のほうですネ。

線画以降はAfter Effectsのインソース‥‥なんて、現アニメ業界では、許容もできなければ、対応もできないでしょう。私もこのやりかたを現業界に持ち込むつもりは「全く」ありません。このやり方を許容し活用するのは、「アニメを作る新しい場所」だと思います。

上図の処理例は、ごくごく、ほんの一例です。現アニメ業界フローを全く無視した新しいやり方においては、私の残された寿命では到底やりきれないほどの表現の広がりがあります。上図はまだ現アニメの影響が色濃いですが、もっと違う事が「2D」でもいっぱいできるのですよ。

48〜120fpsフルモーションの動きは、現アニメと全く異質なもので、違和感も相当なものです。しかしそれは結局は、「表現様式の洗練」を待っているだけだと感じます。今のアニメだって、エコノミーな理由で2コマ3コマのポスタリゼーション(コマ落ち・コマ打ち)の動きがベースとなり、それに適した定番の様式を先人たちが生み出していったのですから。後から追随する人間は、「様式」について「所与のものと錯覚」し無意識・無頓着すぎるのです。新しい技術・新しいフロー、そして新しい表現様式は、言わば三位一体なのです。

作画法、ソフトウェアの活用方法、ワークフロー、運用予算、作業の意識、完成物の品質・仕様、著作に関する意識‥‥のどれをとっても、どんどん現業界とのギャップが広がっていきます。

今のアニメが作りたいのなら、雇用の条件がどうであろうと、今の業界の枠組みに加わるのが現実的な選択です。一方、新しいアニメを作りたいのに、旧い枠組みの中で活動する‥‥なんて、考えてみれば、変な話なのです。数年前はまだ幻想を抱いていましたが、今では、旧来の枠組みの中で新しい事を試行錯誤する事は、無駄だとハッキリ認識しています。「その枠組みがあるから、アニメ業界なんだ」という事を、10年かけて悟った次第です。

Adobe Audition

iTunesで2000年以前の旧い音源を聴いていると、音圧が低く、聴き辛く感じる事があります。最近の音源と連続再生した時に、特に差を感じます。

まあ、iTunesの各音声ファイルごとの音量調整機能を使えば良いのでしょうが、どのファイルをどれだけ音を上げ下げしたかが解らなくなりそうです。なので、私は音量の差をどうしても調整したい場合は、ファイルを複製して自分なりに調整したファイルに変えてしまいます。「自宅リマスター」みたいな感じ、ですね。

私は最近Mac miniを常用していますが、本格的な音楽制作環境はインストールしていないので、たまに音量が小さい楽曲に遭遇しても、そのまま我慢して聴いていました。いちいちLogic ProをインストールしてあるMac Proを起動するのが億劫なのです。

しかし考えてみれば、そのMac miniにはAdobe CCをインストールしてあるので、「Audition」というソフトを使えば、音圧くらいなら簡単に調整できるはず‥‥です。折角CC一式をインストールしてある事だし、試しに使ってみました。

結果。‥‥充分、使えますネ。あまり名前を聞かないソフトでしたが、特に扱い辛いと感じる事もなく、エフェクト類も充実してて、やりたい事が実現可能です。

Auditionって、何か、マイナーな扱いですよネ。もったいない。‥‥アドビって、色んな会社を買収してソフトウェアを自社化しても、どうも「持て余している」感がありますよネ。Speed Gradeとかもネ。

で、Auditionですが、パラパラッと流し見した感じでは、ひと通りの機能は取り揃えているようです。インターフェイスは最近のLogicなどに比べると、やや旧い印象を受けますが、特に困る事はありません。

音圧を上げる程度だったら、「エフェクト/スペシャル/Mastering...」だけで充分可能です。音楽制作の統合環境にはならなそうですが、軽めの波形編集やミックスダウンなら気軽にパパッとできちゃいそうです。

CCを契約しているのなら、Auditionはインストールしておくと、色々と重宝しそうです。機能限定版のGarageBandでマスタリングするより、積極的な事ができますヨ。当座、音楽制作環境がGarageBandオンリーでも、GrageBandでミックダウンした音声ファイルをAuditionでマスタリングするだけで、グッと音圧の詰まった聴きやすい音に調整できると思います。

でもまあ、Auditionって、ちょっと名前で損しているような気が‥‥。私も「オーディション?‥‥関係無さそ。」とスルーしてましたから‥‥。

Adobe CCには、音声の波形編集ソフト・マルチトラックミックスのソフトもついてくる‥‥と思えば、解りやすいかも知れませんネ。

デジタルの弱さと強さ

デジタルデータは、タフでもあり脆くもあります。脆い面の代表例は、「データ読み取りの互換性・再現性」です。特に旧式メディアに収録されたデータは、読み取りドライブが手元にない場合には、手も足もでなくなります。

私の手元にある一番古いデジタルデータ収録メディアは、QD〜クイックディスクというものです。当然、現在はクイックディスクドライブなんて売っているはずもなく、データの読み取りは困難です。
(まだドライブは捨ててないので、ドライブを物置から発掘すれば読み取れますが‥‥凄く面倒な段取りなので、もう一生使う事は無いでしょう=>捨てればいいじゃん)
*私の持つデータ収録メディアで一番古いのは、厳密には、カセットテープなんですけど‥‥手元に見つからないので(多分、捨てた)除外しました。

デジタルデータそのものはとてもタフなんですが、データを収納するメディアと「一蓮托生」なので、結果、脆くなりがちなのです。

なので、銀河鉄道999のメーテルではないですが、「体を入れ替えて」データを生き続けさせる事が必要なのです。当該メディアのフォーマットが古くなってきたら、新しいメディアに複製して移動するのです。その取り組みをやめた時点で、データは死ぬ運命にある‥‥んでしょうネ。

データの移動を怠らなければ、データはいつまでも存在します。もちろん、二重バックアップは基本中の基本です。私は1996年にマウスで描いた絵が、今でもデータとして手元にありますし、もっとさかのぼれば、PC-98のマルチペイントで描いたラクガキもデータとして残っています。もちろん、当時のメディアのままではなく、何世代もメディアを乗り継いで、現在に至ります。

20年前のデータが、全く劣化せず、今でも手元に残る。‥‥なんとタフな事でしょうか。18年前に作ったバンク素材だって、現役で使えます。1994年のデータでも、2013年のデータと並んで、共有ディスクの中に平然と存在しております。

つまりは、データをアーカイブしようと思ったら、現行の記録メディアを買い続け、定期的にデータの大移動をし続けねばならない‥‥という事です。それがイヤなら、データは捨てるしか無いスね。

また、データの保存方法を誤ると、様々な理由で開けない事もあります。After Effectsのプロジェクトファイルがその適例(昔のAfter Effectsとプラグインでないと再現できないとか)です。

当時のメディアに当時のデータのままとっておけばアーカイブは完了するわけじゃありません。ぞんざいに保管されたデータは、その半数以上が15〜20年後には廃棄物となる運命にあります。

デジタルデータをタフにするか脆くするかは、扱う当人次第‥‥という事ですネ。

4K8K、裏方の利点

4K8Kは、よく考えてみれば、さすがにもうテープで運用する事はないですよネ。

私は既にテープベースの仕事からは遠ざかっていますが、今でもHDCAM関連の仕事は周囲に沢山存在しております。

テープなんて、もう「作業場の慣習」「新規機材費カット」以外、利点なんてないもんね。複雑なメカ、高いメンテ費用とランニングコスト、前時代の画質(HDCAM)、ランダムアクセスできない点も遠い昔のフォーマットだよね。

4K8Kでようやくファイルベースだ(^D^)テープ撲滅だ(^Q^)

私にとって、ベーカム・デジベやHDCAMは、大げさな言い回しではなく、胃潰瘍寸前(武蔵境の日赤に夜間緊急外来)となる大きな原因でした。テープが無ければ、確実に睡眠時間を多くとれて、休息を得て体力を回復できたでしょうから。‥‥あたた、思い出しただけでも胃がキュウっとなってきますワ‥‥。

テープ運用って、何もかも、前時代的だもんね。コンピュータを使っている意味がほぼ無い。PCからリモートでデッキを操作‥‥なんて、懐かしい感じだよネ。そういえば昔、自宅の1/4インチのオープンリールテープやMD DATAのMTRとシーケンサー(MTCを使って)で似たような事、やってましたよ。それがまた運用が煩雑でねえ‥‥。

コンピュータデータも管理しなければ煩雑極まりないですが、工夫して自動化を導入すれば、大きく改善されます。テープ運用は、物理的に拘束される時間とメディアの管理に、どうしても手間(=時間)を持っていかれます。

テープデッキが現場から無くなれば、テープに関わる可能性はゼロになります。‥‥それはほんとに、嬉しい事です。


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