老眼

ここ最近、数人の方から「今、ベテランのアニメーターは、老眼になって、自信を喪失している人が多い」‥‥と言う内容の話を聞いた事があります。複数の別々の場所で聞いたので、局所的ではなく、そこそこ広範囲の話題だと感じました。

たしかに。‥‥ある日突然、老眼がやってきて、今まで見えていた鉛筆の先の絵が、極端に見え辛くなるのって、かなりのショックですよね。

老眼の「老」は、からだ1つで自分の運命を切り開いてきた絵描きにとって、耳にしたくない、目にしたくない、1文字です。仕事の受発注のシステム上、老いを受容できないのです。

しかも、今のアニメ作画は、キャラがどんどん細かくなって、余計にマクロ視力を必要とします。

視力低下と細密なキャラデザインを前にして、自分がどんどん取り残されていくような不安や苛立ちが、感情の圧迫するとしても、致し方ない状況と言えます。

老いぼれたらThe End‥‥という、暗黙の価値観がアニメ業界にはあると思います。特にアニメーターは、そういう強迫観念が強いのではないでしょうか。白紙に描線をひいて、絵をゼロから描き起こすプレッシャーとともに生きてきたわけですから。

ですから、どんなに自分の感覚を磨き続けても、体が勝手に老いぼれていく現実は、絶対に受け入れがたい事なのです。老眼を認めたくない、あるいは、周りに言えない事も多いのではないでしょうか。

私は以前、アニメ業界は「老いを想定していないシステムだ」とブログで書いた事がありました。アニメーターに限らず、撮影などの他のセクションであっても、「20代の君は、30年後にどうなっているか、想像できるか?」と聞いて、具体的に答えられる人はあまりいないと思います。個々の生き様の話ではなくて、業界に在籍し続けた30年後の状態の事です。‥‥おそらく「今のまま、作業を続けている‥‥んじゃないかな‥‥」という漠然とした答になると思いますが、身体は30年後に「今のまま」であるはずがない、です。

アニメ業界の標準作業システム・ワークフローは、「ベテランー中堅ー新人」の技能を無視したフローとも言えます。作業内容の難易度を無視して、単価を一律に設定しているのが、その何よりもの証拠。技能の伝授に対しても「適当に内輪でやってよ」的なスタンスで、システムとしては何ら考慮されていません。

新人にベテランと同じ作業内容を要求して「ダメなやつだ」と罵る。同じく、50代と20代の体力を同じに考えて、捌ければいいやと、内容無視で仕事を撒く。どちらも、「‥‥」ですよネ。

私は「工房型」のワークグループを計画していますが、それには「ベテランー中堅ー新人」の技能サイクルの構想も含まれています。‥‥普通さ、誰でもそう、システムを考えないかな。特に変な事を言ってるとも思えないんだけど。

しかし、現実問題として、業界は「そう」(=「ベテランー中堅ー新人」を一律で扱う)なのです。前にも書いた事ですが、業界の枠組みが「そう」だから、今までアニメを量産し続けられたのかも知れません。しかし、個人に突きつけられる現実は、老眼がまるで死刑宣告のように響く辛辣なものです。

旧来アニメ業界のシステムはもう変えられないと思っています。しかし、新方式でアニメを作る新しい場所は、老眼なんぞで気落ちしない、技能ピラミッドをベースにしたシステムを構築したいと考えています。

「けッ。口で言うのは簡単だろ」と罵る声が聞こえてきそうです。しかし、「口で言うのは簡単だ。実際は難しい。」と言ってる人も、結局は口で言ってるだけ‥‥ですよネ。達観してみせて、自分は何も動かない。誰かが変えてくれるのを待っている。誰かが救ってくれるのを待っている。自分はつぶやくだけ。

「会議」や「議論」するだけじゃダメなんです。「会議」ってコワいんですよ。会議だけで何か成し遂げた気分になりますから。実質は何も進展していないのにネ。

要は行動を起こしているか、否か、です。‥‥私は、もう数年前から開発を自己資金で進めてますがネ。達観できるほどの経験と技術があるなら、それを元手に、具体的に行動せよ!‥‥です。

老眼になった事で、絶望的な気分になる、今の業界。

‥‥実は私も、数年前から老眼が忍び寄ってきています。数年後には老眼フルタイムになる事でしょう。老眼の兆候をはじめて感じ取った時は「これが老眼と言うやつか」と少々ショックでしたが、まもなく「視力が落ちたのなら、そのように対処すればいい。『老いのスケジュール』を組むべし!」とキモチを切り替えました。嘆く事にカロリーを費やすよりも、どうやって未来を切り開くかにカロリーを活用したほうが、有意義じゃないすか。

外堀から

先月、米Amazonから新しい「Kindle HDX」が発売されました。7インチスクリーンの「iPad mini」相当のモデルが1920x1200、8.9インチの「iPad」相当モデルが2560x1600と、高密度な画素数を持つモニタを搭載しています。

7インチの大きさに、一般的な作業用モニタの解像度がギュッと詰まっていると思えば、その高密度ぶりがイメージできます。一方、8.9インチモデルは27インチモニタの画素が詰まっているわけで、これも中々に恐るべきスペックです。

順次、H.265などの次世代コーデックも取り込んで、次世代コンテンツの足場が形成されていく事でしょう。高解像度、ハイフレームレートのコンテンツが出てきた際に、現コーデックでは転送量が増大するばかりですから、映像の圧縮技術も比例して向上していくと思われます。H.265のスペックを読むと、「まだ圧縮する隙があったんか」と驚く事しきりです。

また、AdobeがEncore(DVDやBDのオーサリングソフトウェア)の開発をCS6で中止したのは、ご承知の方も多いでしょう。要は、AdobeはもうDVDやBDなどの光学ディスクを「レガシー(過去の遺産)」だとカテゴライズしたわけです。

水面下の動きって、アウトサイダーからはほとんど見えません。たまに水面に波紋がでたり、ちょっとだけ一部が水上へと露出するのみです。

一般の人々なら、地上から眺めているだけで良いでしょう。しかしねえ‥‥アニメ業界は、曲がりなりにも映像コンテンツのビルダー・ベンダーですから、水中に視野を持って然るべき‥‥なはずです。しかし実際はそうでもないですよネ。

「クールジャパン」とおだてられながら、実際は最新テクノロジの恩寵からは離れた存在。おミソです。しかし、アニメ業界自体も「これ以上のハイクオリティは必要無い」と言わんばかりの状況ですから、ある意味、バランスしているのかも知れませんが。

アニメ業界の「総意」がどうあろうと、外堀からどんどん埋められていきます。タブレットで2.5kの時代ですもん。その後、三の丸、二の丸と追いつめられて、内堀を超えられ、本丸に火がついた時点でようやく事態の深刻さに気付く‥‥なんて、イヤですよネ。自分たちがほとほとレガシーな存在に成り果てた事を、最後になってようやく悟り、まさか、「もはやこれまで」と腹を召されるご所存か。‥‥まあ、本丸まで篭城して生き残る事はあまりないですわな。

‥‥なので、篭城しては絶対にアウト!‥‥なんですが、今のところは、篭城路線を歩んでいるように思えます。機先を制す‥‥なんていうニュアンスは感じられない。

私はアニメ業界があったがゆえに、様々な技術を身につけ、現在に至りました。耳障りの良い事を書いてもその場限りの鎮静剤にしかならないでしょうから、こんな風な「耳に痛い」ような事を書いてますが、正直、業界への愛着は消えません。

私は過去25年の間に、3人の「戦友」と呼べる身近な人たちを死によって失っています。みな、アニメ業界にフリーとして在籍していた人です。その人たちは皆アニメが好きでした。その人たちの身体は無くなりましたが、技術や思想は私の中で生き続けています。‥‥私は命の代わりに、自費(1K万くらいはいってるんじゃないだろうか‥‥)をつぎ込んでいるようですネ。その3人が、私を後押ししているようにも思えるのです。

以前、48fpsテストの際にちょっとしたAfter Effects上の作業ミスから、紙の作画方式での「生き残り策」が垣間見えた事がありました。大幅な増強は必要ですが、「城」を存続させる可能性が感じられたのです。しかし、その城の当の住人・兵たちが、次世代フォーマットを意識しない限りは、どうにもなりません。新しい事に取り組むがゆえに、旧来技術の新しいメソッドも見えてくるのです。

機動力は、活用できる時期に用いないと‥‥さ。追いつめられた後では、機動戦も夾撃も遊撃も不可能なのですから。

相互フィードバック

私は、特別なオーダーが無い限りは、現アニメ業界の作品においては、言うなれば「猫をかぶるスタンス」に徹しています。張り切っちゃったら、和を乱す原因だしネ。‥‥なので普段はいわゆるアニメ撮影の標準的な仕事ではなく、私の本領を発揮しやすいオープニングやプロモーションビデオ、ミュージックビデオ、CMなどのアニメ撮影とは異なる映像内容のものを引き受けていますし、実写の仕事もそこそこ多いです。アニメの撮影と呼ばれる仕事では、もう私の出番は無いも同然なのです。

とはいえ、絵で話を紡ぐアニメが嫌いになったわけではありません。今でも大好きです。しかし、前回も書いた通り、もう致命的なくらいに現制作方式との溝が深まっており、昔のように撮影班を組むようなパッションは消失しているのです。

もしワークグループを組む事があれば、今の業界とは全く別の、新しいドクトリンを持ったものになると思います。新しいワークグループ〜工房に必要な人材は、多少あらくれ・偏屈でも、様々な才能を持った様々な人間が欲しい‥‥ですネ。何と言っても、最低4K48fpsの壁を持つ「強固な要塞」を攻略せねばならんのですから、羊よりも狼が必要なのです。ウルフパックを形成したいのです。

私の考える未来の方式では「聖域」はありません。現業界フローでは、原画など「紙作画」の部分は手を触れてはならないタブーですが、私の方式では線画の描き方も著しく変わります。撮影と呼ばれた行程も無くなります。ゆえに、今の業界の方式とは、共用できる部分が10%くらいしかありません。

前回とは違う例を挙げます。より一層、線画の描き方が変化し「線画と色彩の協和」が意識できるサンプルかと思います。

線画は、こんな状態です。



このサンプルは、「金髪のアニメーション表現に関するテスト」なので、髪の毛の描写に線を重ねています。顔はなんて言うか‥‥「大丈夫か」と思うくらいの「半完成」の状態ですネ。服は白いモコモコしたデザインなので、もはや線画では何一つ描かれていません。

これをスキャンしAfter Effectsに持ち込みメイクし、リギングを経て、コンポジット・ビジュアルエフェクト・グレーディングを施すと、以下のような完成画面になります。顔の印象など、線画の時と比べてまるで違う印象なのが確認できると思います。


TypeA ちょっと暗めの物憂い雰囲気


TypeB 金髪をフワッと軽やかに


TypeC 金髪のディテールを持ち上げたグレーディング

顔の中身を線画で描き過ぎないようにしたのは、実は「眼力(めぢから)」を実線にて集中させたかったからです。このやり方においては、「線画段階で絵の要素を描ききるのはNG」で、ビジュアルエフェクトに至るまでの「見越し作画」をおこなう事が重要なのです。
*見越し作画‥‥とは、マルセイユの偏差射撃のようなもので、映像の向かう方位を先読みして、適切な作画をおこなう技術です。

また、これは止め絵イラストを描くためではなく、キャラの演技〜髪の毛のニュアンスを活かしたアニメーションのための習作です。ゆえに髪の毛の実線は、After Effectsでのメイクで適切に処理される事を事前に予期し、「金髪になった時に、効果を発揮する描き方」を実践しました。髪を動かす研究は、もうかなり前からやっていましたが、日本人の黒髪ばかりだったので、金髪にチャレンジしてみたのです。

こんな髪の毛を動かすなんて、今の現場では「非常識」極まりない事です。二言目には「3Dで」とか言い出すでしょうネ(苦)。3Dと言えば、何でも大変なものが実現できると思っている人は、まだまだ沢山います‥‥よネ。「原画 to After Effects」ですら非常識なのに、こんないかにも複雑げなディテールを動かすなんて‥‥まあ、とても今の現場では無理なのです。

ちなみに、作品・商品レビューとか見てると、「作画じゃないっぽいものは、3D」と安直に判断する一般の人が多いです。そんな単純なものじゃないんですけど、DVD付録のメイキング映像の功罪の「罪」部分の影響と言えるかも知れませんネ。

このサンプルは、もちろん2Dです。髪の毛の1本ずつ、私が紙の上に描いたものを、After Effectsでメイクしているのです。髪の毛のアニメーションは、大変ではあるのですが、上手く管理できるようAfter Effectsで構成すれば、原理はそんなに難解ではないのです。
*もちろん、実際の運用では、こうした髪の毛などの共通パーツは、どんどんバンク化して効率化します。事実、私の手元には、既に数多くのバンク(黒髪用)が存在します。


*顔のデザインは、まだいくらでも作れると思います。今回はちょっとリアル風(でもやっぱりマンガバランスではありますけど)ですが、もう少しコミック寄りでも良かったかな‥‥と思っています。


*線画とAfter Effectsさえあれば、このような緻密な髪の毛も、表現可能です。

これは単に映像表現の絵面(えづら)上に留まる話題ではありません。この髪の毛が動かせるのであれば〜このキャラが演技できるのであれば、こんなシーンが作れる〜こんなストーリーがイメージできる‥‥と、実はシナリオや企画にまで遡る事柄なのです。

絵と話は、相互にフィードバックしていくものなのです。

今のアニメの企画やストーリーは、現アニメ表現に適した内容です。カットの割り方も、カメラワークも、尺も、みんな「現在のアニメ絵」の利点を最大に活かした様式なのです。もちろん、同時に欠点をカバーする様式でもあります。

と言う事は、絵が大々的に変わって絵画様式に大変化がおこれば、ストーリーの発想も変わる、尺も変わる、カメラワークも、カット割も、全て変わってくるわけです。

‥‥なので、こうした新しいやり方は、今の現場において、作業の枠組みとか作業者の意識などよりもさらに深い部分で、「根本的な企画として」大きな齟齬をきたしてしまうのです。現アニメの企画に、上図のような絵をブッこんでもサムいだけです。研究を進めるうちに、絵の様式の刷新は、実は「地盤のシフト」をも誘発する事が解ったのです。新しい方法の要素には、絵だけでなく、企画やシナリオも含まれる‥‥という事は、つまりは、新しい絵や映像を理解できなければ、的を外した企画しか作れない‥‥という事です。

前回と今回の記事で、線画とAfter Effectsでどのような絵が作れるのか、ちょっとだけ紹介しました。アニメとは現業界のワークフローで作るものだ‥‥と思考が固着している人も多いでしょうし、私もスタートはそうでしたが、「枠からはみ出す決心」さえできれば、実は数多くの広がりが開けているのです。

先人の模倣や踏襲を続けてマイナーチェンジで凌ぐ事が業界の「全体意識」になってしまった今、そこから何か「新しい未来」を見出す事は、少なくとも私にはできません。ただ、新しい技術と企画の「上昇スパイラル」を実感する時、例えそれが細い1本道でも、渋滞した幹線道路よりは遠くを見通せる気持ちになるのです。

どんどん開くギャップ

After Effectsを「アフターエフェクト」のツールとして使うのではなく、アニメーションのツールとして使うようになって久しく、ふと現アニメ業界の原画や撮影の作業をやると、もうどうにもならないほどの隔絶・ギャップを痛感します。

原画の描き方は、最終的に撮影の仕上がりにも、大きく影響します。あまりにも完成度が上下するのは好ましくないので、鉛筆の使い方から撮影の方法に至るまで、「クオリティのバラつきを抑制」しつつ生産性と分担作業性も兼ね備えた方式が定められています。そうして作られた映像作品を、一般的には「商業アニメ」と呼びます。

しかし、この方式の欠点は、24コマフィルム時代に形作られたものである‥‥という点です。48p, 60p, 96p, 120pなどの近い未来のフォーマットに、絶望的なほど、対応できません。ただでさえ、現場の予算が少ないと言っているのに、作画枚数が2倍4倍になったら、それはもう大破綻です。だからといって、96fpsのためにアニメ作品の予算が4倍になるなんて、今までの経緯からしてあり得ません。自分が「金を出す側だったら」と考えれば、容易に予算など上がらない事は想像できるでしょう。

今のままで良い。アップコンすれば良いんだから。‥‥と言う人もいます。しかし、ネイティブ60fps、120fpsの中に、1.5kで24コマアップコンの映像が同居した時の、クオリティギャップは相当キツいものがあるでしょう。著しく古めかしいものに見えると思います。昭和30〜40年代のアニメを見た時の「旧さ感」と同じ印象を受けるでしょう。

旧いものをリバイバル上映・再放送するのなら、映像の質が古くても解ります。しかし、作り立てのホヤホヤなのに、映像品質が旧いのは、単純に「何で今でもこんなに旧いの?」と疑問を感じさせる事でしょう。言うならば、最新のドラマをベーカムで撮るようなものです。

After Effectsの現アニメ業界での使いかたも、かなり限定されたものです。ゆえに、一生懸命、映像表現の才能を磨いても、ひとり相撲になりかねません。均質化した映像表現を踏襲して生産する事を求められ、自分の才能もAfter Effectsの機能も、未使用のまま封印し眠る事になります。アニメ業界未経験のこころざしのある人は、プロになったら、自分の手とコンピュータで新しい表現をどんどんやってみたいと思うでしょうが、それは枠組みの「和」を乱す事になるのです。業界の求める人材は、枠組みの中で「和と忍耐力」をもって地道に働き続ける人であって、才能を持った人はある種「ありがた迷惑」ですらあるのです。悲しい事ですが、それが現実です。

ただ、私はもう、そうした現業界との意識のズレ、ギャップを埋めようとは、思わなくなりました。ズバリ、無理、なのです。

現アニメ業界の「枠組み」があってこそ、業界は成り立っているのでしょう。だから、枠組みに手を加えてはいけないのです。たとえ、「未来展望ノーアイデア」の現実に危機感を抱いたとしても、枠組みへの介入は御法度なのです。「発展や改革」をする事は、すなわち「枠組みの破壊」と同義ですから。つまりは、「現業界では新しい事をしてはいけない」のです。許されるのは「枠組みから出ない範囲のマイナーチェンジ」だけです。極論に聞こえるかもしれませんが、現実が物語っています。

私はAfter Effectsをふんだんに使って、4k48fpsの実験映像やPVを自主制作していますが、そこでのAfter Effectsの使い方は現アニメ業界から見れば「非常識極まりない」ものです。

例えば、まず線画を鉛筆で描いてスキャンします。



既に、線画の描き方が現アニメ業界フローと違います(シャツは非常に淡白ですが‥‥)。普通は下図のような描き方ですよネ。



現アニメ業界の絵の描き方の多くは、「線画で完成画を想像しやすい」描き方です。線画の枠に沿ってペイントしていけばカラーになる‥‥という感じですネ。

しかし私は、新しいやりかたにおいては、「線画と色彩の協和」を考えた線画の描き方をしています。つまり‥‥



‥‥のような線画が、After Effectsで「Make(メイク)」されると、




‥‥のようなルックへと変化する事を見越して、「線画で全てを語らない」描き方をするわけです。

業界のフローを知っている人は、「線画スキャンのあと、いきなりAfter Effectsなの?」と疑問に思うかも知れません。その通り、線画スキャン以降はAfter Effectsで全作業をおこないます。動きも含めて、です。「原画 to After Effects」です。

紙の上で、鉛筆ニュアンスで作画した後‥‥つまり、



‥‥のような絵がスキャンされた後は、After Effectsで、



‥‥のようにメイクされ、さらにあらかじめ用意しておいた背景(この例では実写)を読み込み、After Effectsでリギング・アニメーション・コンポジット・ビジュアルエフェクト・グレーディングをおこないます。以下、3つのタイプを作ってみました。







自由で縦横無尽な映像作りを、After Effectsベースでおこないます。空気感や光、影の付け方も、After Effectsで自在にコントロールできます。演技内容に応じて、上図のキャラを1秒間96枚の動きで、こちらを振り向かせたり、微笑ませたりする事もできます。芝居場は立体的に組まれており、カメラを動かすと、キャラや背景の位置関係が立体的に推移します。
*現アニメ撮影では、フィルム撮影台を踏襲しているがゆえ、「カメラを動かす」(After Effectsで言うところのカメラレイヤーの活用)という意識が希薄です。動かすのは「台」のほうですネ。

線画以降はAfter Effectsのインソース‥‥なんて、現アニメ業界では、許容もできなければ、対応もできないでしょう。私もこのやりかたを現業界に持ち込むつもりは「全く」ありません。このやり方を許容し活用するのは、「アニメを作る新しい場所」だと思います。

上図の処理例は、ごくごく、ほんの一例です。現アニメ業界フローを全く無視した新しいやり方においては、私の残された寿命では到底やりきれないほどの表現の広がりがあります。上図はまだ現アニメの影響が色濃いですが、もっと違う事が「2D」でもいっぱいできるのですよ。

48〜120fpsフルモーションの動きは、現アニメと全く異質なもので、違和感も相当なものです。しかしそれは結局は、「表現様式の洗練」を待っているだけだと感じます。今のアニメだって、エコノミーな理由で2コマ3コマのポスタリゼーション(コマ落ち・コマ打ち)の動きがベースとなり、それに適した定番の様式を先人たちが生み出していったのですから。後から追随する人間は、「様式」について「所与のものと錯覚」し無意識・無頓着すぎるのです。新しい技術・新しいフロー、そして新しい表現様式は、言わば三位一体なのです。

作画法、ソフトウェアの活用方法、ワークフロー、運用予算、作業の意識、完成物の品質・仕様、著作に関する意識‥‥のどれをとっても、どんどん現業界とのギャップが広がっていきます。

今のアニメが作りたいのなら、雇用の条件がどうであろうと、今の業界の枠組みに加わるのが現実的な選択です。一方、新しいアニメを作りたいのに、旧い枠組みの中で活動する‥‥なんて、考えてみれば、変な話なのです。数年前はまだ幻想を抱いていましたが、今では、旧来の枠組みの中で新しい事を試行錯誤する事は、無駄だとハッキリ認識しています。「その枠組みがあるから、アニメ業界なんだ」という事を、10年かけて悟った次第です。

Adobe Audition

iTunesで2000年以前の旧い音源を聴いていると、音圧が低く、聴き辛く感じる事があります。最近の音源と連続再生した時に、特に差を感じます。

まあ、iTunesの各音声ファイルごとの音量調整機能を使えば良いのでしょうが、どのファイルをどれだけ音を上げ下げしたかが解らなくなりそうです。なので、私は音量の差をどうしても調整したい場合は、ファイルを複製して自分なりに調整したファイルに変えてしまいます。「自宅リマスター」みたいな感じ、ですね。

私は最近Mac miniを常用していますが、本格的な音楽制作環境はインストールしていないので、たまに音量が小さい楽曲に遭遇しても、そのまま我慢して聴いていました。いちいちLogic ProをインストールしてあるMac Proを起動するのが億劫なのです。

しかし考えてみれば、そのMac miniにはAdobe CCをインストールしてあるので、「Audition」というソフトを使えば、音圧くらいなら簡単に調整できるはず‥‥です。折角CC一式をインストールしてある事だし、試しに使ってみました。

結果。‥‥充分、使えますネ。あまり名前を聞かないソフトでしたが、特に扱い辛いと感じる事もなく、エフェクト類も充実してて、やりたい事が実現可能です。

Auditionって、何か、マイナーな扱いですよネ。もったいない。‥‥アドビって、色んな会社を買収してソフトウェアを自社化しても、どうも「持て余している」感がありますよネ。Speed Gradeとかもネ。

で、Auditionですが、パラパラッと流し見した感じでは、ひと通りの機能は取り揃えているようです。インターフェイスは最近のLogicなどに比べると、やや旧い印象を受けますが、特に困る事はありません。

音圧を上げる程度だったら、「エフェクト/スペシャル/Mastering...」だけで充分可能です。音楽制作の統合環境にはならなそうですが、軽めの波形編集やミックスダウンなら気軽にパパッとできちゃいそうです。

CCを契約しているのなら、Auditionはインストールしておくと、色々と重宝しそうです。機能限定版のGarageBandでマスタリングするより、積極的な事ができますヨ。当座、音楽制作環境がGarageBandオンリーでも、GrageBandでミックダウンした音声ファイルをAuditionでマスタリングするだけで、グッと音圧の詰まった聴きやすい音に調整できると思います。

でもまあ、Auditionって、ちょっと名前で損しているような気が‥‥。私も「オーディション?‥‥関係無さそ。」とスルーしてましたから‥‥。

Adobe CCには、音声の波形編集ソフト・マルチトラックミックスのソフトもついてくる‥‥と思えば、解りやすいかも知れませんネ。

デジタルの弱さと強さ

デジタルデータは、タフでもあり脆くもあります。脆い面の代表例は、「データ読み取りの互換性・再現性」です。特に旧式メディアに収録されたデータは、読み取りドライブが手元にない場合には、手も足もでなくなります。

私の手元にある一番古いデジタルデータ収録メディアは、QD〜クイックディスクというものです。当然、現在はクイックディスクドライブなんて売っているはずもなく、データの読み取りは困難です。
(まだドライブは捨ててないので、ドライブを物置から発掘すれば読み取れますが‥‥凄く面倒な段取りなので、もう一生使う事は無いでしょう=>捨てればいいじゃん)
*私の持つデータ収録メディアで一番古いのは、厳密には、カセットテープなんですけど‥‥手元に見つからないので(多分、捨てた)除外しました。

デジタルデータそのものはとてもタフなんですが、データを収納するメディアと「一蓮托生」なので、結果、脆くなりがちなのです。

なので、銀河鉄道999のメーテルではないですが、「体を入れ替えて」データを生き続けさせる事が必要なのです。当該メディアのフォーマットが古くなってきたら、新しいメディアに複製して移動するのです。その取り組みをやめた時点で、データは死ぬ運命にある‥‥んでしょうネ。

データの移動を怠らなければ、データはいつまでも存在します。もちろん、二重バックアップは基本中の基本です。私は1996年にマウスで描いた絵が、今でもデータとして手元にありますし、もっとさかのぼれば、PC-98のマルチペイントで描いたラクガキもデータとして残っています。もちろん、当時のメディアのままではなく、何世代もメディアを乗り継いで、現在に至ります。

20年前のデータが、全く劣化せず、今でも手元に残る。‥‥なんとタフな事でしょうか。18年前に作ったバンク素材だって、現役で使えます。1994年のデータでも、2013年のデータと並んで、共有ディスクの中に平然と存在しております。

つまりは、データをアーカイブしようと思ったら、現行の記録メディアを買い続け、定期的にデータの大移動をし続けねばならない‥‥という事です。それがイヤなら、データは捨てるしか無いスね。

また、データの保存方法を誤ると、様々な理由で開けない事もあります。After Effectsのプロジェクトファイルがその適例(昔のAfter Effectsとプラグインでないと再現できないとか)です。

当時のメディアに当時のデータのままとっておけばアーカイブは完了するわけじゃありません。ぞんざいに保管されたデータは、その半数以上が15〜20年後には廃棄物となる運命にあります。

デジタルデータをタフにするか脆くするかは、扱う当人次第‥‥という事ですネ。

4K8K、裏方の利点

4K8Kは、よく考えてみれば、さすがにもうテープで運用する事はないですよネ。

私は既にテープベースの仕事からは遠ざかっていますが、今でもHDCAM関連の仕事は周囲に沢山存在しております。

テープなんて、もう「作業場の慣習」「新規機材費カット」以外、利点なんてないもんね。複雑なメカ、高いメンテ費用とランニングコスト、前時代の画質(HDCAM)、ランダムアクセスできない点も遠い昔のフォーマットだよね。

4K8Kでようやくファイルベースだ(^D^)テープ撲滅だ(^Q^)

私にとって、ベーカム・デジベやHDCAMは、大げさな言い回しではなく、胃潰瘍寸前(武蔵境の日赤に夜間緊急外来)となる大きな原因でした。テープが無ければ、確実に睡眠時間を多くとれて、休息を得て体力を回復できたでしょうから。‥‥あたた、思い出しただけでも胃がキュウっとなってきますワ‥‥。

テープ運用って、何もかも、前時代的だもんね。コンピュータを使っている意味がほぼ無い。PCからリモートでデッキを操作‥‥なんて、懐かしい感じだよネ。そういえば昔、自宅の1/4インチのオープンリールテープやMD DATAのMTRとシーケンサー(MTCを使って)で似たような事、やってましたよ。それがまた運用が煩雑でねえ‥‥。

コンピュータデータも管理しなければ煩雑極まりないですが、工夫して自動化を導入すれば、大きく改善されます。テープ運用は、物理的に拘束される時間とメディアの管理に、どうしても手間(=時間)を持っていかれます。

テープデッキが現場から無くなれば、テープに関わる可能性はゼロになります。‥‥それはほんとに、嬉しい事です。

4k8k

4K8Kで検索すると、みな解像度ばかりで(4k8kが見出しだから、まあ仕方ないけど)、フレームレートの表記や注釈は皆無なんですよね。そしてさらには‥‥

ソニーや東芝は韓国勢への対抗策として4Kの早期普及に意欲を見せるのに対して、地上デジタル放送の移行に巨額の投資をしたばかりの民放各社は消極的。技術に絶大な自信をもつNHKは4Kに興味はなく一足飛びに8Kの開発を目指すといった具合だ。

‥‥という、予想した通りの展開。誰でも予測できるわな、こうなる事は。

なので、特に放送局の機材導入費用がネックとなり、受け手側だけでなく、作り手側のインフラもままならず、8K実現には20年くらいかかるんじゃないか‥‥と予測しておった次第です。

しかし「東京で決まっちゃった」ので、大きくロードマップが変更される予感。そして、既に迷走し始める「4K8K」。

「4K8Kを看板にしちゃう」‥‥のですか?

解像度ばかり売りにしても、一般の人々は「今のテレビがデカくなるのか」としかイメージできないすヨ。そうすると、「今の大きさで充分」とか思っちゃうよネ。

ちまたのタブレットやスマートフォン、ノートパソコンでは、しきりに「画素密度」(例えばRetina)がピックアップされて、必ずと言っていいほどレビューにも解像感が語られるのに、テレビだけは「売り方」が旧いよねえ。

4K8Kなんて売り文句オンリーで、「そりゃ欲しいわ」となるはず、無いじゃんか。

8Kのテレビって、画面が大きくなるの? ホームシアター? ああ、うちは要らないや、場所も無いし。

‥‥て、なるじゃんか。

同じ面積のテレビ画面の中で、格段に細密できめ細かい映像が、まるで「薄いガラスの向こうの現実」のように映るのが売りなんであって、解像度の数値なんて副次的なもんですよ。解像度で「何Kだ」とか言ってるのは、単に技術者・制作現場の「内輪の話」(このブログもね)であって、受け取る人間は理屈やスペックなんてどうでも良いのです。「ぐっとくるか、否か」「スゲえ、と思うか否か」です。

4k8kなんて単語を、「看板」みたいにして使うと、逆に受け取る側は萎えちゃうんじゃないでしょうか。だって、4K8Kと言われて、どのくらいの密度か‥‥なんて、現場に実際に関わっている人間でもなければ、とっさに想像できないでしょう。技術者フォーラム内で半ばスラングのようにして用いられる略語を、安易に一般向けに使うのは‥‥あまり頭の良いやり方とは思えないんだよなあ‥‥。テレビでも見ましたよ、「4K8K」という文字列。

「スーパーハイビジョン」とか「ウルトラハイビジョン」とか言っとけばいいじゃん。‥‥まあ、そんな呼称の「準備」もないまま、東京オリンピックが決定しちゃったんだろうけど。

実際、今、地デジ&フルHD液晶に馴れている日本の大多数の人が、いきなりSD解像度のテレビを見たら、「なんじゃ、このボケた映像は?」となるでしょうから、人はやっぱり「高品質なものに体が慣れて、後戻りはできない」性質を持つのだと思います。全員とは言いませんが、多くの人は。‥‥これは馴れというよりも、生理面で考えても、です。

なので、需要は確実に、潜在的にではありますが、「在る」と私は直感しています。車やバイクの馬力競争は、「公道を走るのに、そんなに馬力があっても」という論点が「現在は」成立するでしょうが、テレビに関しては「まだまだ低スペック」なんですから、いくらでも「伸びしろ」があります。画素が荒く、パカパカと辿々しく上映される映像よりも、きめの細かい滑らかな映像のほうが、ぶっちゃけ、見てて楽ですよね。昔の人は、昔の映画を、「そういうものなんだ」と思って観ていたわけですが、今日的な物差しで見るとかなり目が疲れる‥‥のはどうしようも無い事です。それと同じ構図が、今でも、程度の差こそあれ、続いているわけです。

日本人が技術者気質なのは、基本的には良い事だと思います。ただ、その技術者根性をそのままマーケットに出すのは、私は負けの最大要因だと考えています。あくまで、マジックのネタなんですから。マジックを披露しようって時に、会場にネタバラシのコピーをばらまいてどうすんのよ。

売り場で必要なのは、どれほど「これ、スゲェ」と思わせるかであって、「こんなにも高度な技術を使ってます」なんてのは、技術者指向の人間だけが受け取れば良い事です。

新聞に「4K8K」なんていう文字列が印字される時点で、早速、ちょっとつまずいたのかなあ‥‥と感じるのです。

7年後の

私は、4K8K〜つまり次世代のスーパーハイビジョンが世に浸透していく速度は緩やかなもので、ハイビジョンと同じくらいの年月を要すると考えていました。特に8Kは、20年くらいはかかるだろう‥‥と。個々の技術の問題ではなく、インフラがおっつかないだろうと。

そんなふうに思ってたら、あれまの、東京オリンピック決定。「太いものに巻く」とはこの事よ。

もし7年後に4Kが実現できているとすれば、8Kの到来はもう少し近いものになるかも‥‥知れませんネ。インフラの発達速度って、社会の勢いで遅くも速くもなるもんネ。

私は正直、ステレオグラムは「制限が多過ぎる」ので、今の方式だと発展は中々難しいような気がしています。根本的な話になっちゃいますが、「四角い平面枠の中で立体」というのが、どうにも、ピンとこないのです。立体が真価を発揮するのは、おそらく映画やテレビの延長線上ではなく、全く別の方法論・技術の上‥‥のように思うのです。発想が「平面由来」のままで、技術的に「フレーム」がある以上は、今以上の進展はなさそうに感じるのです。まあ、これ以上は申しますまい‥‥。

平面の枠の中でしっくりくるのは、やはり、4K8Kで48〜120fpsの「スーパーモーションピクチャー」だと考えております。枠の中の絵‥‥ですからね。

ただし、同じ平面の枠の中と言っても、画素数と動きが2〜4倍滑らかだと、誰の目から見ても「異質」です。新しい映像フォーマットを見てしまうと、今見ているすっかり奇麗になった地デジですら、精彩を欠いたものに感じられるでしょう。私は48〜60fpsプログレッシブのフルモーションアニメを自己研究で試験していますが、今までの基準が覆るほどの「変わりよう」です。演出法はもとより、企画・発想まで改革が必要な技術の変異なのです。120fpsなんて‥‥。

でもねぇ。新しい映像フォーマットと東京オリンピック、そして国民の感情が、螺旋状にからみあって上昇気流を形成するかは‥‥なんとも微妙なところです。

今はさ‥‥皆、娯楽を持て余してるでしょう? これは前の東京の時とは、大きく違うよネ。

7年後の東京オリンピックによって、日本の社会がどれだけ活気づいているか。前の東京オリンピックは、敗戦国日本の国際社会復帰の象徴でしたが、今回は同じようにはならんでしょうね。WW2で日本は軍民合わせて200万人(文献によっては300万人とも)の死亡者数との事ですから、1964年東京でのオリンピックは今度のとは比べ物にならないほどの「意味」を持っていたと思います。
*ちなみにWW2での死亡者数ですが、ドイツは685万、アメリカは29万、ソビエトは2500万。全世界合計で6000万人です。J.ピムロット「The Viking Atlas Of World War II」より。学校で意図的に避けてられてきた近代史ではありますが、学校を卒業したら独学でも勉強せんとね。「1192年」の数が覚えられるんだったら、「おおよそ6000万人」の数も覚えんと。

今度の「東京」オリンピックは「失ったものを取り戻す」とか「無いものを手にいれたい」というキーワードは希薄です。ですから、国民がイケイケとばかりに新映像フォーマットを欲して、国内に一気に普及するとは考えにくいです。しかし、新しいテクノロジー「関連商品」売り出しの好機であるのも事実で、オリンピックはまさに4K8Kにピッタリのコンテンツです。Retinaディスプレイばりの高密度画素のテレビで、60p〜120pで映像が配信されれば、その違いは誰の目にも明らかでしょう。

「その先が見てみたい」という人間の好奇心は、昔も今も変わりませんよネ。私もその好奇心を持つひとりです。

しかし7年か。‥‥インフラ、間に合うんかな‥‥。

怪優

私はゲームをほとんどやらないのですが、唯一、軽めのフライトシミュレータだけは息抜きにやります。私の好きなのはF-14(つーか、F-18, F-14, A-6, C-2, ハリアーの5機種からしか選べない)で、アメ車みたいな乗り心地がたまりません。

で、ほんとのF-14が飛ぶところを見たいとなると、トップガンとかファイナルカウントダウンを観る事になるのですが、特にファイナルカウントダウンはハイビジ(色鮮やかなマーキング)の米海軍機が総出演で、今となっては貴重な映像がてんこ盛りです。映画そのものの話のスジは、まあ‥‥いいじゃないですか‥‥。

今、ファイナルカウントダウンの飛行シーンを見返すと、いやまあ、凄い迫力です。CGに見慣れた現在の目で見ると、実写・実録のホンモノの実機がどれだけ凄みがあるのか、思い知らされます。

重いF-14が空力を駆使して、エグいマニューバを見せるカットなんかは、「実写だとなんでこんなに迫力がでるのか」うまく分析できません。実写というよりはもう、「実録」の凄み、ですよネ。

映像を頭で想像する面白さもありますが、「頭で考えてるよりも、実物は不思議な動きをする」事に、しみじみ感じ入ります。頭で考えちゃうと、飛行機はみんな行儀よく、機首を進行方向に向けて飛ばしがちですが、こういうのって(YouTube)かっこいいですネ。

このファイナルカウントダウン、日本人の私から見ると、ちょっと悲しくなる部分もある映画なんですが、基本的には「娯楽」作品です。登場人物がどんな深刻な会話をしてても、あくまで娯楽。なので、F-14が「やったるでー!」と意気込む時にVG翼が後退する描写(低速な零戦を相手にする時にはむしろ‥‥)も、気分盛り上げ演出として気になりません。つーか、この作品に理屈で突っ込むのはヤボだよネ。「スペース・トリック戦争巨編」だもの。

なんちゅうか、ポップコーンのバターの匂いがするような映画。ただ、実機が登場するシーンだけは物騒です。軍用機はその出自ゆえ、どうしても「怪優」になっちゃうのですネ。

*しかしなんだ、この映画もご多分に漏れず、零戦(テキサンだけど)の風防の脇に、奇怪な日本語モドキの文字が書かれていますネ。


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