ノイズのちから

アニメーション作品の制作には、様々な基礎知識と基礎技術と同時に、様々な応用技術も必要になります。例えば、ノイズの使用法は、単にノイズをノイズとして使う他に、色々な使い道があります。

映像作品の場合、ノイズとは「画像の成り立ちを乱す」要素で、ザラつきやムラとして表れるのが代表的です。「画像の成り立ちを乱す」特徴を逆手に取れば、ベタ塗りのアニメキャラに発生しがちなトーンジャンプを抑制したり、フィルムグレインのシミュレーションも可能です。もちろん、ノイズ成分を混ぜ過ぎると、単にザラザラした粗雑な画像・映像になりますが、扱い方によって、様々に効果を発揮するのがノイズです。

以下は「ノイズ」そのものの画像です。



ノイズは「見たからにノイズ」‥‥ではありますが、もっと違う見方をすれば、様々な活用法が見えてきます。

例えば、ノイズは無作為な粒の集合体である‥‥と見れば、以下のような発想も生まれてきます。
 
「無作為の粒の集合体」ー「粒」=「無作為な集合体」

ノイズの粒ばかりに囚われ過ぎていると、ノイズの「無作為」な特性を忘れがちです。ノイズの持つ無作為でランダムな特性を引き出せば、以下のような映像素材が「ノイズをもとにして」作成できます。教材から抜粋した活用例を挙げてみます。

雨の素材


星の瞬き


水面の反射


コミック風の集中線(ソフトエッジ)


コミック風タッチ(ハードエッジ)


どれも「無作為さ」が必要となる表現ですが、ノイズを用いれば、その「無作為さ」をノイズが担当してくれるので、「大量に無作為に」という手間のかかる部分以外の「絵の作り込み」に労力を割く事が出来ます。ノイズを横に伸ばせば横長のノイズになりますから、好きなだけ伸ばして、マンガっぽいタッチにもなりますし、水面の反射にもなります。縦に伸ばせば、雨にもなります。粒の量はトーンカーブなどの色調補正で増減できますし、エッジの硬さはブラーで調整すれば良いでしょう。

After EffectsやPhotoshopには粒状ノイズの他、「雲模様」「フラクタルノイズ」というムラ状のノイズも用意されており、これらを含めれば、アイデア次第で無限の広がり‥‥と言っても言い過ぎではありません。例え素材が止め絵でも、After Effectsでスライドさせたり、輝度の共通範囲を用いれば形状の変化もアニメーションできます。

ノイズをどれだけ使い倒せるか‥‥は、応用力の指針とも言えますネ。

誰かが開発した有償のプラグインを購入して、雨や水面の反射を作るのも良いでしょう。しかし、ソフトウェアの基本機能だけをもとにして、自分のアイデア次第で映像を作り上げる「馬力」も必要です。誰かがプラグインを開発してくれなければ、途端に手も足も出なくなる‥‥なんて、いつかどこかで限界がやってくるものです。それに制作費や制作環境維持費は底なしではないですから、自力で映像技法を開発する「自己開発力」はどうしても必要になります。

こうした自己開発力は、出来るだけはやいうちに「身につけておく」のが肝要です。しかし、若年層のアマチュアは何をどうしたら良いかも解らない事もあります。私だって、中学生の頃は「レイアウトは何のためにあるのか解らなかった」ですから‥‥。

なので「自主アニメ制作のススメ」みたいな総合コンテンツも準備し始めてはいるのですが、時期的にまだ早いような気もしています。‥‥なぜって、今の業界標準の作り方とあまりにもかけ離れていて、色々と齟齬が「受け取り側」に発生しそうだからです。ものごとにはどうしても踏まなければならない順番があるので、こうして「部分的」に公開するにとどめています。

私がブログで書いている「点と点」が繋がるのは、もう少し先の事‥‥ではありますが、自分の鉛筆のように気軽にAfter EffectsやPhotoshopを使う「習慣」は、今からでも実践できる出来る事‥‥だとは思っています。

X軸問題

「パース引き」も「デジティーユー(D.T.U)」も、結局は、コンピュータ導入で自由度が格段に向上したX軸方向のカメラワークを、今までの制限の中でどう指定したらよいか‥‥という「パッチあて」の行為だと、私は認識しています。嫌な言い方をすれば、苦し紛れ‥‥とでも言いましょうか。
*「パース引き」は多少「動機が複雑」ですが、突き詰めれば、X軸問題のカテゴリーですネ。

単刀直入に申しまして、X軸を旧来のアニメ制作技法で使いこなすのは不可能です。フィルム時代から継承される現在のアニメ制作技法は、様々な機能を制限し切り詰めた上で成り立ってきたからです。タイムシートも、フレーム指示も、単純化された前提の上で成り立っています。

例えば、1937年のディズニーの「The old mill」に見られるようなマルチプレーンによる撮影技法などは、日本のアニメ業界的には「ハナからやるつもりはない」と表現を切り捨てる事で、シンプルな作業性とWeeklyに対応する生産性を獲得したわけです。


*風車小屋全景を捉えたカットの数々は、現在の眼で見ても、圧巻です。Bambiもそうですが、情景描写の素材作りと撮影技術の凄まじさは、70〜80年経過した今でも私の教科書であり続けています。

そのかわり‥‥といっては何ですが、透過光や光学フィルターの技術は格段に進歩し、70年代後半から90年代まで、日本のアニメのお家芸でした。重箱を何段も組んでX軸を積極的に活用するのではなく、複数回の巻き戻し撮影による「光りもの」のほうに表現の活路を見いだしたわけです。特に80年代は、透過光と光学フィルターで美麗な画面を作り出した劇場アニメーションの宝庫でしたネ。

極端に言えば、日本のアニメ業界はトラックアップ&バック以外のX軸要素を切り捨ててきた‥‥とも言えます。技法上の取り決め、すなわちタイムシートやフレーム指定、レイアウトの描き方などが、その方針の影響を色濃く受けています。

ですから、コンピュータを導入して、X軸取り扱い上のバラエティが増えたからと言って、にわかにX軸要素を盛り込む事は困難なのです。

例えば、3段マルチ台を組んだ時、カメラの画角によって、上段・中段・下段の作画サイズは大きく異なります。またレンズの画角はボケ味に影響し、さらに絞り(F値)によってもボケ味は変わります。カメラを動かした際(=もしくは台座を動かした際)の遠景と近景のズレかたも、カメラの画角で大きく変動します。

例えば「手持ちカメラのブレを、密着マルチ加味で」なんていう指定は、画角の大小によって、大きくニュアンスが変わるわけですが、「密着マルチ=被写界深度をオフ」にしたマルチプレーンのセットをどう組むか‥‥なんて、作画や演出サイドでは全く関与できないのが、旧来の制作システムなのです。標準の作画法もフレーム指定も用意されていません。


*この設定画面で示される「ミリメーター」はMacの場合、72dpi換算です。私はもう10年以上前からAdobeの開発チームに「72dpi以外に設定したいから、dpiを変更できる機能を追加して」と事あるごとに言っているのですが、どうも聞き入れられないようです。10年以上前に、米国本社の開発者の方にも直に話したのですが、「?? それは何のために必要なの?」的なレスポンスをされてしまったのを思い出します。紙をスキャンして素材とする‥‥という事に疎いと、どうもその辺が理解してもらえないのかな‥‥と思います。「何のため? ‥‥我々が絵を描くレイアウト用紙、作画用紙に対しての、ドットパーインチですヨ」と。‥‥この設定画面のdpi(ppi)設定を変えられると、レイアウト100Fの原寸が気持ち良く数値としてピクセル数とビッタリ合うのよネ。

After Effectsには「カメラレイヤー」の他に、「3Dレイヤー」機能があり、レイヤーを左右上下だけでなく、奥と手前・前後に配置する機能があります。ゆえに、下図GIFF動画のような事はごく普通に実現可能ですが、現アニメ業界制作の取り決め上は、実質不可能です。

◆教材から抜粋(After Effectsカメラワークに関する)〜無理矢理GIFFにしたので重くてスマんです


 
*準備中の新しいアニメーション技法においては、こうした「立体セット」はデフォルトで、逆に旧来の「素材ベタ置き」のほうが特殊になります。実写とアニメの両要素をミックスしたような技法や運用形態で、編集もマルチカメラ的な作業が恒常化します。もちろん、絵コンテのあり方も変わってきます。
*こうした「立体セット」を現アニメ業界のメカニズムでやろうとすると、何よりもまず、コスト的に破綻します。現アニメ業界のコスト構造は、機能を制限した上で成り立っており、アニメ従来の「カット型の運用思想」(=絵コンテに代表される)で「立体セット」をやると、膨大な労力を美術と撮影が負担する事になります。立体セットを運用するには、「シーケンス型の運用思想」が基盤となります。


上2つのGIFF画像で示されるX軸の扱いは、今のタイムシートやレイアウトでは指定しようがありません。これを無理に「TB」「TU」「密着マルチ」「PAN」などの指定でやろうとしても、十中八九、撮影さんのほうで指定を全修正して、「何とか見れるように」撮影して処理されるだけです。この手の複雑なカメラワークは、現在のアニメ現場では指定法自体が機能不全(というか未対応)なのです。

カメラの軌道は、水平垂直とは限りません。上図2番目のGIFF動画は、カメラの軌道に上下左右のヒネリを加えています。‥‥そうなってくると、もはやタイムシートになんて書けば良いかわからないですよネ。「回転 PAN T.U」ではなく、カメラの軸を微妙にネジったドリー的なカメラワークなので、旧来の方法では指定法が全く存在しません。

●軸を傾けられない旧来カメラワーク

●軸を自由に傾けられる(被写体が2Dなので限度はありますが)新しい技法に基づくカメラワーク

*カメラを傾けると、被写体に「台形ひずみ」が発生しますが、対処法・回避法はそれなりにあります。
*軸を傾けない事も、もちろん可能です。カメラの位置と目標点の設定次第ですネ。



そんなこんな、私が思うに、こうしたカメラワークの問題は単なるきっかけで、一番大きな問題点は、現在のアニメ制作現場において、「今までのやりかたで良い」と旧来派と、「取り入れ可能な表現や技法は取り入れていきたい」と改革派の、大まかに分けて二派が存在する事です。

どの段階かで、賢者が現れて、「デジタルを野方図に乱用して、これ以上、現場を混乱させるのはやめよう。アニメを旧来のあるべき姿に戻そう。」と皆を説き伏せるのか。もしかしたら、「デジタル作画」が「さなぎ化」を即して、以前の身体を溶解してでも、新しい姿に変わろうとするのか。‥‥私には、解りません。

私は、今まで何度も書いてきたように、旧来派・改革派のどちらにも属さない事になるでしょう。コンピュータの能力、そして人の能力を最大に引き出すために、ゼロからシステムと技法を新しく構築する所存です。
 

作業者をマルチプレイヤーにしたい理由

私の準備している新しいアニメーション制作システムと技法は、「1人=1役職」ではなく、「1人=複数の役職」が基本です。これは、作業現場を極力小規模にまとめつつ、1人の作業者により多くのジョブを供給する目的の他、もう1つ重要な意味があります。

それは、複数の作業を兼任する事で、作品制作全体の構造を作業者が体得し、無駄な作業と無用なトラブルを回避したい‥‥からです。

例えば作画しか知らないアニメーターは、コンポジットやビジュアルエフェクトの作業内容を知らないがゆえに、的確な作画をしにくい事があります。自分の役職しか体験した事がないゆえに、作品作り全体の「道理」「構造」がわからないのです。

私は旧来の作画業務をする際には、撮影・コンポジット・ビジュアルエフェクト、さらには実写のノウハウもフィードバックして作業にあたります。「現在与えられた条件で、最適な作画内容を実現する」には、少なくともコンポジット〜撮影素組みが成立するレイアウトを描く必要があるからです。

自分で描いたレイアウトと原画を、原撮でも良いから、自分でコンポジットしてみれば、自分の描いた内容が可能か不可能か、肌身で実感できます。ツイッターの話題で見かけた「パース引き」も、描いた原画マンが自分で撮影してみれば、どれだけ無茶な指定をしていたか、自己嫌悪に陥ると思いますヨ。「貼り込み」も実際にそれを指定した原画マンがやってみればいい。
*アニメーターの名誉のために付け加えれば、経験豊富で周到な原画マンは、みだりに「自分の理解していない用語を連発しない」ものです。新人や中堅の原画マンが、用語を聞きかじった程度で用いる際に問題が起こりがち‥‥です。まあ、あと絵コンテで既に「そうなっている」事も多いですよネ。

要は、体験してみないと解らんのですよ。

原画マンが、パース引きや貼り込みの難しさを知れば、乱発する事は控えるでしょうし(=人は善業に務める‥‥という前提ですが)、演出家がパース引きや貼り込みを乱発するのを抑制するかも知れません。さらには絵コンテの読み方も変わってくるでしょう。

でもまあ、体験だけでなく実作業として、「大変な割にチープな仕上がりの作業を、自分がやらされる」という恐怖がなければ、実効力は薄いかも知れませんが‥‥。

なので、私は作画は作画村だけに生きていれば良い‥‥という因習を撤廃し、等しく他の役職もセクショナリズムの壁を取り払い、能力に応じて作業を兼任できる仕組みを考えているのです。

ホントにぶっちゃけて言いますが、コンポジットの基礎知識くらいは持たないと、これから先、有効な作画作業なんて出来なくなります。もっと言えば、絵コンテの絵だって、尺だって、決められなくなります。コンピュータを使って作劇をした場合、どのようなレイアウトのバリエーションが可能で、どんな絵で「尺が保つ」かを知らなければ、いつまで経っても、80〜90年代のフィルム時代の刷り直しですしネ。

最近ツイッターで「パース引き」の話題が出ていたので、私が体験した「問題カット」の例を挙げます。今から7〜8年前の事です。

並木道が奥まで続くレイアウトのカットがありましたが、それはこともあろうに、その道を走る車のFollowでした。「絵コンテ担当者はアニメ現場の初心者なのか?」とも思いましたが、まずは素材を確認してみることにしました。もしかしたら、画期的な表現技法に基づいているのかも‥‥知れないですからネ。

しかし、素材は「最悪のケース」でした。空がBG描き、BOOKで横位置の並木道が描かれているもの‥‥でした。

‥‥これを? 28mm広角レンズくらい(ライカ判換算)の広角パースに合わせて、変形させよ? ‥‥メリーゴーラウンドの壁の背景みたいになっちゃうけど、それでOK?

脳内で映像をレンダングしてみましょう。平べった〜い、描き割りの並木の「絵」が、流れていく様を。

*このような素材を用意しても‥‥


*「パース引き」では平べったさが強調されるチープな仕上がりになるばかりで‥‥

(実際は木の奥にも情景が描かれていて、それらも全部含めて、斜めに傾いた平べったい絵になり、その異様さはこのサンプル図をはるかに上回るものでした‥‥)

*決して、下図ような自然な立体感の絵にはなりません



パース引きなんてしなければ、美術の絵力(えぢから)で見せられるものを、変にパースを付けてスライドさせる設計にするから、極めてチープな画面に成り下がってしまったのです。これって、誰が得したの? 作る側もチープな完成画面にガッカリ、見る側も「なんだ?この不思議な絵は。‥‥異空間の表現?」と困惑。

「奥まで続く長い並木道‥‥ってシナリオに書いてあったから」と言っても、馬鹿正直に、奥まで続く絵でFollowする事はないじゃん? プロだったら「現場のキャパに応じて、見せ方やアングルを工夫するもの」です。‥‥まあ、この事例はそもそも、絵コンテに最初の罪がある事例‥‥ですネ。

でも何よりも、私がその当時深刻に思ったのは、「問題の素材が撮影までたどり着いてしまった事」です。撮影にたどり着くまで、誰も「この素材はヤバい」と思わなかった。‥‥その点が、あまりにも深刻でした。最初に発生したミステイクを、その後の各作業のチェック機構や危機管理をスルーして撮影段階まで到達したのが、特にヤバいと思いました。

車の窓から見えるほんの小さい面積ならまだしも、場面説明カットで、堂々と並木道が流れていくカットでしたから、頭を抱えてしまいました。でもまあ、本撮テイク1は、指示のまま撮影し、「見せしめ」としてアップしました。その後、やりとりをして「何とか見れる状態」までにはしましたが、現場のノウハウとしては蓄積されず、「一難去った」で終了‥‥でしたネ。

私のノウハウとしては蓄積されましたが、現場的には「大人しく言う事を聞いてくれない、厄介な撮影監督には仕事を出さないほうがよい」というノウハウが蓄積されたのかもしれませんネ。

その時に、どんなに喧々諤々しても、ミステイクがノウハウとして蓄積される制作システム上の構造を持たなければ、「喉元を過ぎて」忘れるのだと再認識したのです。現業界のシステムは「喉元通過後 記憶消去」システムなのです。これは「どんな手段をもってしても、納品する」という理念には忠実ですよネ。

「自分が損をする」と思わない限りは、人は安易な方向に流れ続けます。「得をする」方向に流れるのです。

新しい制作システムと技法においては、スタッフは技能に応じて色々な役職を兼任でき、報酬を得る手段も多彩に展開できます。元の絵を描く作業者は、自分の担当カットのコンポジットも兼任する事で、より効率的な絵の描き方を模索できます。コンポジットで自分の絵がどう扱われるかを知れば、描くべき絵と描かなくてよい絵の基準を得ることができます。もちろん、コンポジットの作業報酬もゲットできます。

問題解決を人の善意に頼っていては、未来永劫、問題は解決しません。道路を走る自動車の運転手の善意だけで、交通事故を抑制できますか?‥‥できないですよネ。道交法や交通システムの整備があった上で、そこにドライバーの善意や自己管理が上乗せされるのです。

上述の並木道と似た様な、困った「パース引き」が2015年の今でも発生しているのならば、それが「論より証拠」です。便利で手軽な「得する」「楽する」事はずっと記憶されるのに、ミステイクは「できる限り忘れ去ろう」とするのでしょう。そうした「人のキモチ」に物事を預けているばかりでは、いつまで経っても改善の方向に向かわないのでしょうネ。

善意やモチベーションというのは、現場を肉付けし強化するものではありますが、骨組みにはなり得ないのです。

問題発生を事前に防ぐガッシリとした制作システムを骨組みに据えてこそ、そこに善意やモチベーションの肉付けができるのです。システム自体が「事故防止」へと誘導する設計を持たない限り、絶対に問題は解決しません。何度も書きますが、「歴史から学ぶべき」です。

作業者をマルチプレイヤーにしたい理由。それは、作業者が様々な報酬獲得の手段を得る事でもありますし、作業を兼任する事で制作構造の広い知識を得て、トラブルを未然に回避する下地を作る事でもあります。これは結果的に、現場維持の消費カロリーを抑える事にもつながり、例えば2000万円を200で割るか、50で割るかの、大きな差として表れる‥‥と確信しております。


脚注)「マルチプレイヤー」には複数の意味がありますが、ここでは「複数の役割をこなせる人」を指します。多人数参加型ゲームの事や、CD-RやDVD-Rなどを再生できる光学ドライブの事ではありません。‥‥念のため。

「デジタル」の見積もり

4K60pにふさわしいアニメを作るには、一体どのような環境が必要なのか。そのコストは?

設備費があまりにも高額ではのっけから実現不可能に思えるのですが、私は自宅の環境で既にプロモーション映像の制作を開始しており、知識と経験さえあれば、個人レベルで4K60pのアニメは作れる事を実感しています。本当に、機材の進歩はスゴい。私が20代の頃にコレがあれば‥‥と詮ない事を考えたりもします。

私は自己資金で自宅環境を構築しているので、メインマシンからコード1本に至るまで、詳細にコストを計算できます。職場にも同等クラスの環境があるので、その環境でどんな種類の仕事をどれだけこなせるかも、肌身でわかっておりますので、生々しい内容をお話しできると思います。

まずコンピュータ本体は、最新のiMac相当の性能があれば、4K相当の作業はとりあえず大丈夫です。つまり、Core i7の3〜4GHzくらいのCPUですネ。PC本体と4Kモニタで、30〜50万くらいになりましょうか。4Kモニタはリフレッシュレートの低い(30Hzで打ち止めのヤツ)のは安くても買っちゃダメですヨ。コンピュータ本体のビデオ性能も重要で、必ず4K60pを出力可能な性能であることを確認します。‥‥そういった意味では、iMac5Kは面倒がありません。

作画ソフトウェアは金額に乱高下がありますので、なんとも言えませんネ。単体20万以上(+2年くらいごとのバージョンアップ料)するのもあれば、私のようにAdobe製品だけで作る人間だと年間6万で済みます。このへんは絵作りに大きく左右される要素で、私は今までアニメとは少々異なったテイストを指向しているので、いわゆる「アニメ制作ソフト」にはあまり必要性を感じておらず、結果的にコストも低く抑えられています。

ペンタブは厄介です。現在の技術では「もはや紙と鉛筆と同じ」と呼べるペンタブは発売されておりませんし、高解像度(といっても2.5K)の液タブは今でも高額商品です。私のように、紙と鉛筆とペンタブを併用してコストを抑える場合(大体3万くらい)もあれば、2年に1度、20〜30万の液タブを買い換える人もいます。液タブがメインモニタを兼ねれば良いのですが、そこまでの性能を期待できないのはスペックだけでも判りますよネ。

これで終わり‥‥ではありません。コンピュータの記憶装置は「必ず故障」するものです。つまり、バックアップが必要です。紙と鉛筆の世界では、作業場が火事にでもならない限りは、描いた内容を全て失う事はないでしょう。しかし、コンピュータでは割と定期的に「作業場」がブッ飛びます。内蔵HDD(SSD)と作業用スペースのHDD(SSD)、そしてそれらを完全にバックアップする大容量HDDとソフトウェア(できればHourlyで)が必要です。外付HDDケースも入れて大体5〜6万。速度性能にこだわると、途端に20万の世界です。

コンピュータがなんらかの障害でクラッシュするとデータを失う危険が増え、記憶装置そのものが故障する危険も増えます。不用意な電源ダウンは避けたいものです。無停電装置は5,000円くらいから良いのがありますが、バッテリーは消耗品なので、定期的な交換が必要です。

合計すると、下は40万から上は130万円くらいまでになります。‥‥結構な額‥‥ですよネ。

ちなみに私の自宅の4K制作環境は、
 
iMac 5K 〜33万円くらい(メモリ増設分含む)
ソフトウェア 〜Adobe Creative Cloud 年間6万円(初回は5,000円のクレジット月払い)
Intuos 4 〜3万円くらい
外付けSSD 〜2万円くらい
外付けHHD 〜3個合計で4万円くらい
外付けHDDケース(USB3.0で4発) 〜1万2千円くらい
無停電装置 〜5千円くらい

‥‥となります。初期投資で45万くらいかかっている計算ですネ。その後に必要に応じてプラグインなどを買うと、簡単に数万円が飛んでいきます。今は円高なんで、結構イタいすネ。

鉛筆を併用する場合はスキャナが必要になるので、
 
ドキュメントスキャナ 〜3万円くらい
フラットベッドスキャナ  〜3万円くらい
 
‥‥となり、45+3+3で、51万。‥‥うーむ、50万を超えてしまいましたネ。

私の場合、紙と鉛筆は基本的に「一方通行」で、画像データをプリントアウトして厳密な作業に用いる事はありません。分割作画をする際に、ラフ画をパーツ分けして「作画アタリ」としてプリントアウトするくらいです。スキャナは1人につき1セット欲しいですが、プリンタはネットワークで共有する程度で充分足ります。‥‥が、それは私の場合であって、大量にプリントアウトするフローにしちゃっている場合は、プリンタ本体とランニングコストにかなりお金がかかるかも知れません。私の場合は、プリンタには写真画質も高精度も必要なく、3色+黒=4色の低コストなプリンタがネットワークで1台繋がっていれば十分です。大体1万5千円くらいでしょうか。51+1.5=52.5万円。

ペンタブやキーボードを置くと、途端に机が狭くなりますので、できればモニターアームを購入したいところです。VESAマウントのアームは5千円くらいからありますが、使い勝手の良いのはエルゴトロンの1.5万円の高品位なアームです。52.5+1.5=54万円。

現在の自宅の4K制作環境はおおまかに計算して合計54万。

‥‥ただし、机などのファニチャーは含まず‥‥です。長く使える机を買うと、最低でも5万円はしちゃいますよね。私の机は、30年前に就職祝い的に買ってもらったビクターの製図机です。

これらはあくまで、「スタンドアロン」環境の場合で、ワークグループサーバを動かすにはさらにもっと費用がかかります。まあ、1度に買うものではないので(=サーバの運用など1度に習得できない事もあり)、体感上の金額出費は軽減されますが、出て行くお金に変わりはありません。サーバはぶらさがる端末が増えれば触れるほど、高性能なものが必要になりますが、4〜5人くらいのセグメントなら、Mac miniのような低価格マシン(=普及機をサーバとして使う廉価な方法)でも何とか耐えてくれます。10人以上が頻繁にアクセスし、大量のデータを送受する場合は、Mac miniでは手に負えません。10人以上の小規模スタジオだと、このへん(=サーバをどうするか)は悩ましい問題になりそうです。

以上、54万円の基本環境は、性能の高さの割に金額を抑えた内容と自負しております。コンピュータ本体を5Kモニタと合わせてiMac1台で済ませた‥‥のが54万で収まっている要因でしょう。最前線での使用に耐えるタフな環境一式が、どれだけお金がかかるかを知らなければ、54万円が安い‥‥という感覚は、ピンとこないかも知れません。この54万円のiMac環境から出力した映像は、イマジカにそのまま持っていける品質を有している‥‥と言えば、機材の進歩がどれほどのものか、何となくでも伝わるでしょうか。



それでも「もっと安いPCはある」と思う人も多いでしょう。しかし、絵を描いて動かすPCは「ご家庭のパソコン」とは違うのです。商売道具なのです。本体の構成だけで100万近くかかるスーパーマシン(フル装備のMac Proとか)を買う必要はありませんが、ご家庭でネットやメールを読むだけのパソコンでは4K60pには歯が立ちません。

単刀直入に言えば、アニメをコンピュータで作る覚悟をしたならば、「機材費を安く済ませる考えは捨てるべき」なのです。コンピュータは基本的に「節約を嫌う金喰い虫」なのです。作画机を1台買ったら、20年30年と長く付き合えるのとは大きな違いです。
*注)ここでの「安く済ませる」は、旧来の作画の設備費を基準にして‥‥です。私の自宅の54万円の環境は、コンピュータの映像制作一般からすれば、「4Kがそんな程度の設備で作れちゃうんだ」とかなり安いレベルだと思います。作画畑の金銭感覚とコンピュータ映像制作の金銭感覚のギャップは、しばらくは埋まらないだろう‥‥とは思います。

コンピュータは熱を出すので、夏場の東京ではどうしてもエアコンに頼ることになります。電気代の節約もままなりません。机の配置も、背中合わせで人を並べると、お互いのモニタの光が映り込みあって、最悪、作業に支障をきたす事もあります。もしコンポジットやVFXを兼任したい場合は、部屋の照明やパーティションにも気を配る必要があります。「タコ部屋」ではアカンのです。

コンピュータを自分の創作活動の武器にしたら、金喰い虫の消費を上回る生産活動を実現しなければなりません。

この際なので、ハッキリ書いてしまいますが、もし私が原画料金だけでコンピュータ環境を購入し維持しようとしたら、とっくに自己破産しております。アニメや3DCG作品、実写作品、CMやPV、様々な企画ものなど、マルチに色々な仕事を引き受けてこなしているから、成立できるのであって、原画料金だけではあっというまに限界がやってきます。

私は未来の作画スタイルにおいて、専門技術職として相応の金額設定を考えていますが、それでも、何か1つの単能職人になるのは危ういと感じています。作品の作業サイクルにおいて、1つの役職しか請け負えなかったら、手が空いてしまうからです。現場の視点で考えても、専任のスタッフを大量に抱え込み肥大化した現場は、その巨体の維持のために、高カロリー高消費の呪縛から抜け出せなくなります。

私が「コンピュータを作業全域に導入するには、システムの再開発が必要だ」といつも書いているのは、金喰いのコンピュータと一緒にやっていくためには、今までの作り方や考え方、金の使い方では破綻すると思うからです。現在は、1.5K程度だから何とか誤魔化せているかも知れませんが、時代の進化とともに歩んでいこうと考えるのなら、確実に「コンピュータありきの制作システムの開発」は必須です。

もの凄く重要な事‥‥ですが、撮影がフィルム撮影台からコンピュータへ移行した際、様々な画期的な利点にあふれていました。現在の私はそれ以上の利点を「コンピュータで作画を扱う取り組み」に見いだしています。技術面とコスト面において、利点を即答で列挙できます。‥‥一方、業界の「デジタル作画」は、どれだけ画期的な利点を見いだせているでしょうか。

自己投資のコンピュータ環境50万をどう受け止めるか。‥‥まさに、各個人の未来設計図次第‥‥ですネ。

無駄を転じて

作業の無駄をなくして、出来の良い作品を作る。‥‥あたりまえの事ですが、難しい事ですよネ。

作業の無駄をなくして(ハイコストパフォーマンス→ローコスト化)、出来の良い作品を作る(ハイクオリティ)‥‥なんていうと、アニメ業界ではそれを「絵に描いた餅」のように一笑に付す人たちが結構います。「今はそんなことを言っている場合ではない」‥‥と。

でも、今はできない‥‥って、実は1年365日、2年、5年、10年、いつまで経ってもできない‥‥んですよネ。私はもうさすがに、そういう手合いと歩調を合わせるのがキツくなってきたので、独自路線で行動しているわけです。

もし仮に生産管理のコンサルタントが現アニメ制作現場に介入したら、その無駄の多さが槍玉に上がるでしょう。こんなに無駄の多い構造で、現場にお金がないなんて、論外だと。‥‥生産現場改善の一般論からすれば、アニメ業界の作業実態は、無駄だらけでしょうから。

しかし、生産管理のコンサルタントは、実態を調査していくうちに、アニメ制作における作業習慣や因習、しがらみに直面し、いわゆる「工場の様には上手くいかない」事を実感すると思います。シナリオや絵コンテが大幅に遅れる理由、原画のスケジュールが伸びる理由、絵コンテ撮から線撮、タイミング撮、本撮と、何種類も撮影作業を重ねる理由は、決して独立した障害ではなく、要因が相互作用しているからです。全く極端な話ではなく、線撮作業の可否を論ずるには、手繰り手繰ってシナリオライターの降板問題まで発展するからです。

コンサルタント的思考の限界は、既存のシステムの改善に立脚している点です。シナリオ→コンテ→レイアウト→原画&美術→‥‥と言った従来の流れまでは変えられず、どうしても、既存のワークフローに従属するような思考に陥りがちになります。

私が思うに‥‥ですが、まず「無駄な作業は、なぜ無駄だと判断されるか」‥‥です。「無駄な作業」とはすなわち、「制作状況が良ければ、やらなくてよい作業」ですよネ。状況の運によって、作業が発生したりしなかったりするさまが、「無駄か否か」を判別している‥‥といえます。

私の準備するアニメーション制作システムは、作業の成果物は全てデータとしてシステムのオンライン上に提出される原則です。作業過程で紙と鉛筆を使っても、提出時はデータとなり、専用のデータアップロードツールがデータを送信するとともに、データベースにアクセスして「報酬請求権」を獲得する仕組みです。
*逆に言えば、自分の仕事をデータ化できずにアップロードできない場合は、ギャラを手にすることができない‥‥という事でもあります。どんなにお金を銀行に貯金していても、キャッシュカードとATMの操作法を知らなければ、コンビニでお金をおろせないのと似ています。

メインアニメーター(仮称)が動きのラフを「ラフモーション作業アップ」としてデータ送信すると、制作や監督・演出等に「チェック依頼」がシステムソフトウェアから打診されますが、同時にこのデータは今で言うところの「ラフ原画」「第1原画」の「線撮」にも相当します。つまり、「ラフ原撮」はメインアニメーターが動きを作る作業の中で必然的に生成され、かつチェックにもオンラインデータとして用いられ、さらには編集のオフライン素材にもなる‥‥という事です。

つまり、無駄な作業と産物ではなく、然るべきジョブオブジェクトの成果物として当然に存在すべきもの‥‥というわけです。

ラフモーションを描くメインアニメーターは、紙と鉛筆、コンピュータの両方の利点を享受できますし(速書きは鉛筆、修正はペンタブとか)、作業アップ時には「何日何時までに完了した」という正当性を誇示できますし、中間チェックする人させる人も、「現物の前にいなくても良い」ですし(端末とアカウントがあればどこでもチェックできる)、いざという時のオフライン素材をわざわざ新たな作業力を割かなくても確保できる‥‥など、「コンピュータのアメとムチ」を各方面が実感できる事が必須です。「アメ」だけだと人は怠惰になりますし、「ムチうち」だけでは人は動かないものです。

要は、システムが難問に対する解を持つべき‥‥なのです。

今回の話題で言えば、無駄な作業そのものが、システム上にジョブオブジェクトとして存在できない構造を作れば良いのです。「線撮」「タイミング撮」というジョブはそもそも存在せず、「レイアウト」「ラフモーション」「アニメーション」「ストラクチャ」(新技法での用語〜アニメ業界では一般的ではありません)など各必須ジョブの産物を適宜使用するのです。カッティングやアフレコのための取り繕い作業を発生させるシステムやワークフローを、延々と許容するのではなく。

ジョブオブジェクトの成果物だけで作品を作っていくわけです。これは少人数制作システムの真骨頂であり、コストが増大する一方のアニメ業界制作システムに対抗するアドバンテージでもあります。
*作業内容の激化に合わせて人を増やし‥‥というのは、コストの増大だけでなく、各作業者のレベルのバラつきも招く事になります。人を増やすのと同時に、人材育成のコストを増やすのなら別ですが。‥‥また、作画1人あたりの設備費は「絵をスラスラ描けるほどに反応の機敏なコンピュータ一式」となるとそれ相応に高コストになり、人員が増えるほど機材コストも格段に増加します。一式60〜100万の作画用高性能PCを、10人分揃えるにはいくらかかるのか、計算してみてください。夏場のエアコンの電気代(高性能PCを冷却するために必須)も洒落にならんですよ。「デジタル作画は節約できて金がかからない」‥‥と一部で喧伝されているようですが、作品内容のレベルを落とさない限り、確実に全体コストは増大します。

新しい時代に合わせて、新しいシステムを作らなければ、無駄な労働が増える。例え強固なシステムが存在しても、そのシステムが古ければ、場当たりのパッチあての作業が増え、コストが増大し、人々の不満も蓄積される。ローマの時代から繰り返されている凡例です。

「絵に描いた餅」は旧世界から見れば絵に見えるのでしょう。しかし、新世界では、こんがり美味しそうに焼けた実物のお餅なのです。

50円。

今でも強烈に記憶している‥‥というか、絶対に忘れないのが、中野区のアニメ会社(=今はもう無いです)で初めて稼いだお金が「50円」だった事です。研修期間だった事、月末の最終日に初めて本番動画の「止め」を1枚描いた事が重なって、もはや笑うしかない金額「50円」が封筒の中に入っていたのを思い出します。

それでも、私はかなり運が良いほうだったと思います。東京近郊に住んでいたので、中野〜荻窪〜練馬のあたりに1時間以内に通えましたし、アニメブームだった事もあり、ネットがない80年代でも情報は豊富でした。親の理解もあって(というか、子供の頃から熱中していたので認めざる得なかったのでしょう)、高校在学中からアニメスタジオに行く事ができました。

その当時から、動画のキツさは相当なもので、「メカとエフェクトが好きです」なんて軽口を叩いたのが運の尽き、ガンダム2体がメガライダーにタンデムするという地獄のように線の多いカットが回ってくる始末‥‥でした。1枚の動画を描き上げる能率と報酬を計算してみて、それがいかなるものか、高校生の私とていくらなんでも解りました。なので当時は、「できるだけ早く原画に成らなければ死ぬ」と考えたものです。

私が東京から遠く離れた地方に在住していたら、商業アニメの世界には入れなかったかも知れません。私の目論みは、「お金の稼げない動画時代を高校在学中に通過し、卒業したら原画になって稼ぐ」という、まさに東京近郊の強みを活かしたものでした。今だと高校生がアニメスタジオで動画を作業するなんて、もはや現実的ではないでしょうが、80年代はまだおおらかさを残した時代だったのも幸運でしたネ。

私は18歳の7月から、水道代込みで32,000円のアパートを借り、フリーアニメーターの第一歩を踏み出しました。80年代当時の練馬区、家賃が安い事に加えて、エアコンがなくてもとりあえず暮らせる風通しの良い部屋で、しかも熱を発するパソコンなどは存在しませんでしたから、電気代も安上がりで、無鉄砲な若者でも70〜80カットくらいの原画をこなしていけば、暮らしていける状態でした。
*高校在学中〜卒業後まもない期間に原画を経験していましたが、その時は友人と一緒にスタジオに所属していました。その時期に得たわずかな人脈で、フリーランス開始時の仕事を得ていたのです。‥‥昔の私は、ほんとに無鉄砲でしたワ‥‥。各方面の方々‥‥、迷惑をおかけしまして、すみません‥‥。
*当時のテレビの単価は2,200〜2,500円(作業はレイアウトから原画までの一式。当時は1原2原なんていう形態はありませんでした。)でしたから、源泉徴収を引いて大体2千円前後でした。また、線の多いロボット物でも70カットくらいはこなせる内容と要求度でした。現在の作品は単価が上がったとは言え、1ヶ月で70〜100カットをコンスタントにこなすのは、かなりキツいでしょうね(=実際にやってみてそう思う)。昔は1話の作業サイクルが2〜3週で、毎月の請求が生活の月間サイクルと上手くシンクロしていたのも良かったのでしょう。


当時の感覚からしても、「無謀なスタート」でしたが、それでもやっていけたのは、80年代の物価や生活レベルだったからです。スマホもネットもパソコンもない、都市温暖化もない、そんな世の中だったのです。

つまり、私は「時代と地域に生かされた」とも言えます。現在だったら、当時の私がとった行動は通用せず、早期に金銭面で破綻するでしょう。

2015年現在、アニメーターを目指す人に対し、何かアドバイスする際は、「昔と今は大きく違う」事を意識すべきでしょうネ。アドバイスする側が浦島太郎ではイカんわけです。加えて、30年前のアニメと今のアニメでは、画風が大きく違い過ぎますしネ。

人体デッサンや骨格、自然現象など、作画上の普遍的な内容ならともかく、生活レベルや生活習慣において、30年〜20年前の感覚や経験を持ち出しても、ほとんど意味がない(=昔話に終始し、有用な情報にはなり得ない)のです。

私は新しいアニメーション技法や制作システムを準備していますが、それは「作画枚数」に縛られた旧来の刷り直しのシステムではなく、2010〜2020年だから想起できる内容‥‥と言えます。今までと同じアニメの作り方が、これから先の未来に変わらず通用するとは、私には全く思えないのです。70〜80年代に基盤が固められた昔のやり方のままでは、今後の社会的な流れにおいてコスト面で決定的に破綻していく‥‥と思うからです。

4Kに対応しなければ「世間の技術についていけない」システム設計や技術体系の古さが露呈するでしょうし、4Kに対応したらしたで、現在以上に「枚数が稼げない」細かい絵を描く事になるでしょう。「だったら、細かい絵を動かさないで、簡単質素なアニメを作れば良い」と思っても、そうできないのが凝り性の日本人のサガですし、現場の都合で内容を簡略化したコンテンツが、人々の購買意欲をそそるとは到底思えません。「数千数万の膨大な作画枚数」がある限り、「デジタル」「ペーパーレス」にしようが、コスト面では「詰将棋」なのです。細かい絵を1枚ずつ描き送りしてたら、そりゃあ、時間(=コスト)なんてあっという間に消費しますよネ。「描き送りのアニメはもの凄くお金がかかる」として時代性に影響を受けない希少な伝統芸能とするか(=制作費の上昇と反比例して本数は激減する)、技術の根本をリプレースして作業する人間の能率を飛躍的に向上させるか(=作画枚数の概念自体が存在しない)、結局は2つしか道はないと考えています。

一方、若い人たちは、現在の作画システムを超えた「向こう側」を、今から意識しておいても良いとは思います。今のシステムに甘んじるばかり‥‥ではなく。

人と人は、そんな簡単に出会えないし、人の能力も簡単には育たない‥‥のは、誰もが認識しているはずです。現場のお金が減り続ければ、出会いも育ちも一時的なものとなり、未来へと繋がっていきません。‥‥ですから、封筒の中に50円玉が1枚だけ入っていた私の過去を、若い人たちにトレースさせるつもりなど毛頭無いのです。

 

オンラインとオフライン

現在同時進行している作業の中で、「新旧折衷」の作画の仕事があるのですが、やはりと言えばやはり、コンピュータで作画したものをチェックなどの通過点のために紙出力すると、途端に効率がガタ落ちになりますネ。コンピュータ内で完結しているものを、アニメ業界の旧来フローの体裁に合わせようとすると、体感として30〜40%くらい時間や労力をロスする印象です。1日で終わる作業が1日半、一週間で終わる内容が10日かかる‥‥と言っても言い過ぎではないでしょう。

特に、3DCGの簡易モデルを活用して動きを作った際(動きのアタリ)は、紙出力の負担が異様に大きいです。コンピュータの利点の半分が死ぬ。



*上図は、SketchUpのモデルを使ったF-16戦闘機の図。本番使用にはキツいですが、レイアウトやプレビズには充分活用できます。手軽なGoogle SketchUpの存在により、作画担当者でも容易に3DCGの恩恵を受けられます。シーンでポーズを決めてムービーを書き出し、After Effectsでタイミング調整すれば、線撮レベルのタイミング決めみたいな事もできますし。‥‥それでもまあ、作画の基本を知らないとポージングがままならないので、作画の訓練は変わらず必須ではありますが。

絵そのものの重要なニュアンスを表現する為に、紙と鉛筆を使うのは、私としてもやぶさかではないのです。しかし、通過点として「紙じゃないとチェックできない」という作業習慣は、私の考えるフローにおいては撤廃する所存です。現業界のワークフローにおいては仕方ない‥‥としても。

一旦コンピュータのデータフローのオンラインにのったものを、昔からの流儀(チェックなど)のためだけに紙へと出力するのは、かなりの深刻なロスです。作業の時間や印刷のランニングコストを計算すれば、無視できない金額になるでしょう。この事は、2008年くらいに大量に枚数のかかるエフェクトの作画をコンピュータによる作画で引き受け始めた頃から実感していましたが、新旧技術の同居自体が一時的・過渡的なものとして、私自身は受け流していました。しかし、業界が自らの体裁を保持したままの「デジタル作画」「ペーパーレス作画」を意識し始めた昨今、悩ましい問題に発展する可能性は大です。

制作システムの敷き直しや作業区分の新定義を想定していないであろうアニメ業界にとって、コンピュータの本格的導入とは、実はとてつもない「水と油」のような分裂状態を呼び込む事を意味するのかも知れません。

言わば、親夫婦世帯と子夫婦世帯の2世帯が、1世帯の間取りに同居するような状態です。生活習慣も違えば価値観も違う2世帯が1世帯分の狭い間取りの中で、占有権や優先権をめぐって骨肉の争いを繰り広げる‥‥なんて、笑えない喜劇です。誰もが、そんなに相容れないのなら、別棟で生活すれば良いじゃん‥‥と思うはず。

フィルム時代まで意識を戻してエミュレーション環境を構築するか、分裂崩壊するか、恐ろしい事に「究極の2択」しかあり得ないのかも‥‥と思うこの頃です。都合良くコンピュータの便利機能だけ取り入れようとするのなら、待ち受けるのは悲惨な現システムの崩壊だけ‥‥なのかも知れませんネ。

「デジタル化」の議題だけでも深刻かつ膨大な問題が山積みの現段階のアニメ業界。その問題を果たして何年で解決するロードマップなのか。さらには積年の辛苦たるおカネの問題も。‥‥解決する長い月日のうちに、別ドクトリンに基づく新たなテクノロジとコスト構造を持つアニメ制作ムーブメントへと刷り変っているかも知れませんヨ。

崩壊分裂の危機を察知し、コンピュータを導入する以上は旧来の互換性を捨ててでもコンピュータの特性を徹底的に活用し、新たにシステムを組む機運が生まれたとするならば、そのアニメ制作現場はその時点ですなわち、アニメ業界とは別物へ変化した‥‥と言えるのでしょうネ。

 

境界線

私の準備する映像制作システムは、(何度も書いている事柄ではありますが)「作業」というオブジェクトを連結してフローが出来上がるダイナミック(動的)な構造を基盤としています。もちろん、標準的なテンプレートは存在するものの、組み替えは「入出力が一致すれば自由に」おこなう事ができます。

これは、違う言い方で言えば、「アニメーション制作を一意として、各スタッフの各技能が、平滑に運用される」事でもあります。作業内容の難易度や重さ軽さはあれど、特定の何かを特別扱いして、その周辺の作業を実質的に隷属させるような事はありません。例えば、絵コンテや作画で大量に時間を消費して、残り少ない時間の中で後続の作業セクションが死ぬ思いで完成&納品のつじつまを合わせる‥‥なんて、超ナンセンスなわけです。

私の考える作業システムは、「能力リソースベース」なので、例えば、作画の人間が紙の「原稿清書」をフィニッシュしたら、「手持ちが終わったから、コンポジットに入るわ」と、ひとり何役もの作業を想定しています。また別の例としては、3DCGソフトウェアを扱える「元撮影出身」スタッフならば、コンポジットやビジュアルエフェクトの作業前の期間は、簡易3DCGによる芝居場作成をおこなったり、3Dレイアウトをおこなったりします。色彩設計の女史には、作画・ペイント前の準備段階に山ほど頼みたい事があります。もちろん、1種類の作業にかかりっきりのスタッフもいるでしょう。作業各々をセクションとして境界線を引くのではなく、境界を取っ払って、作業要素を全てフローティングさせ、能力リソースベースで制作を進行していくわけです。

「そんな事したら、管理が猛烈に大変になる」というのは、そりゃあ、エクセルに手入力で状況記録していったらダメかも知れませんが、作業をオンラインにのせる事で状況が自動記録され、電車のダイヤのように、集中管理にて状況をリアルタイムに把握できるのなら、不可能ではありません。この辺は小規模ですが、実際に運用システムを動かしてみて充分な手応えがあります。何が足りてて、何が足りない、プロジェクトバッファやリソース競合など、様々な状況を、俯瞰視したりクローズアップして、制作スタッフは采配を振るうのです。

「アニメーターのための」「演出のための」という境界線を引きたがる人もいます。色々理由はあるでしょうが、根底には「自分らの作業上の聖域を侵されたくない」心理が作用しているのではないか‥‥と感じます。コンピュータが「苦手」な人々が、「時代の流れを察して、頭ではわかっていても、心の奥底で、かたくなに、境界線を引いてしまう」のでしょう‥‥ね。私が考えるに、そのような心理が根底にある以上、コンピュータもネットワークも、何かの代用品止まりで終始するでしょう。

「アニメーター・演出のための境界線」が、コンピュータの性能を否定しているとも言えます。凄く極端な事を言ってしまえば、コンピュータというのは、積極的に使えば使うほど、「アニメーター・演出のための境界線」を破壊する性質を持つのです。それでも境界線を引き続けたいのなら、潔く、旧フィルム時代のシステムをコンピュータでエミュレーションする!‥‥と決心すれば良いです。「アニメーター・演出のための」システムやソフトウェアを、「アニメーター・演出」の内輪だけで外部に頼らず、自分らの思い通りに開発すれば良いのです。

一方、私の知っている若い人々は、最初から最後まで何でもやっています。自分の能力、そしてアニメーション制作に必要な作業要素に、自らボーダーを引く事などありません。今はiMacとペンタブ、もしくはスキャナがあれば、ひとりで自主アニメが作れてしまう時代‥‥なのですから。作業をひと通りこなして、その経緯で「自分は何が得意みたいだ」という実感を得て、自分の個性を伸ばしていく事にはなるでしょうが、アマチュア時代に全作業を経験している状態は、その昔とは大違いです。

私は、未来の可能性を阻害する境界線など撤廃したいです。制作システムのネットワーク上だけでなく、実際のフロアも主要各スタッフが同室で「工房スタイル」で作業するのが理想です。実は2000年の劇場Bloodはそれに近い形態でした。現在の人海戦術的制作システムでは無理でしょうが、少人数による制作システムなら、決して無理な事ではないでしょう。遠隔地であっても、ビデオ中継(現在だとビデオチャットでしょうかネ)のようなスタイルも考えられます。

コンピュータでアニメを作りたいのなら、防壁で囲んだ「作画村」を作ってはいけないのです。防壁の内側の閉ざされた視野でしか、コンピュータを見る事ができなくなります。

アニメーション制作において、全ての作業要素をフラット化する。‥‥この意味の重要性が、解る人と、解らない人がいるのは、信条の違いゆえに仕方なき事ですが、まあ、そういうのも含めて、人々は収まるところに収まっていくのでしょうネ。

成熟

前回、「旧来制作システムを、老いに抗うために、デジタルで厚化粧して」みたいな事を書きましたが、どんな事でも場面でも、「老いをハンデとして」捉えた途端に、色々な要素がマイナスへと反転して転写されてしまいますよネ。年月の積み重ねを、「老い」「若さの喪失」と見るか、「成熟」「経験の蓄積」と見るかで、価値はまるで正反対になり、マイナスにもプラスにも成り得るわけです。

成熟した技術的風格の優雅さ。今まで数多くの作品を送り出してきた強靭さ。層が厚く、バラエティにも富む、人材とその能力。

そうした美点を見失い、老いの想念に取り憑かれ、アンチエイジングばかり気にするのだとしたら、結局は自分自身が何たるかを、ほとんど理解していなかった事になります。

私が本気で取り組んでいる新しいアニメーション技法は、本気な自分で言うのも何ですが例えるならば、まだまだ「小便臭い」(言葉が汚くて失敬)、演技力が未熟で発育途中のガキ・小娘なのです。大女優の風格を持つ旧来アニメ技法が、なぜ、「小便臭さ」で同じ舞台に立とうとするのか、新しい取り組みの中にいる私からすれば、非常に滑稽に見えるのです。

戦い方、競い方を選べば、大女優は圧倒的な不戦勝‥‥なにのネ。

しかし、老いの強迫観念に憑かれた瞳には、自身の顔のシワしか映らないのかも知れません。

デザイン

以前のブログでちょっとだけ紹介した、新しいアニメーションの4Kスナップショットは、静止画1枚ではあるものの、「4K60pの使い方」、そして「新しいアニメーション制作の概念」が含まれたものである事は、勘の良い方ならお気付きになる事だろう‥‥と予測しつつ公開しました。単なるイラストを載せたのではなく、「設計図の一部」である事は、同業者で似た触覚を持つ人ならば、すぐにお判りかと思います。「イラストを描いてみた」‥‥なんて言うほど、私は若くはありません。

4K8K、60〜120p、12bit以上のカラーデプス、多様化する映像端末、etc‥‥。新しいテクノロジーは「味方にしてこそ」‥‥ですよネ。

「新しいテクノロジーを味方にしたいのなら、古いシステムは捨てるべき」です。以前紹介した少女のスナップショット(この記事の画像)は、「古いシステムを捨てることが前提」の絵作りなのです。
*右図のリンク先の今回新たに書き出した画像は4K x 5Kで、JPEGとしては巨大な画像なので、表示の際は通信速度等、お気をつけください。‥‥実はオリジナルサイズはもっと大きくて、6K x 8Kサイズになっております。

図には、「描線を一意として、表現の品質を標準化する」意図を盛り込んでいますし、48もしくは60pで動いた時の「新しいモーション感覚」で最大の威力を発揮するようにも設計しています。つまり、実写でも3DCGでもない、「描き絵を動かすアニメーション」の設計なのです。
*実は私自身、「アニメ絵で作品を作るのがアニメだ」という強烈な洗脳から脱出するのに10年以上かかりましたが、今は「どんな絵を動かすと面白そうか」と、自由に発想できるようになりました。原画から離れ、テレビアニメからも離れ、実写や3DCGなどの作品をいくつも経験したことが、自分に客観視の機会を与えたのだと思います。

つまり、私が目指し準備しているのは、「新しいアニメーション作品のための新しいデザイン」とも言い表す事ができます。デザイン‥‥といっても、絵柄はまさに氷山の一角で、「デザイン」という言葉は「マネージメント」デザインにも「システム」デザインにもかかる言葉なのです。


最近読んだ記事で以下のような文節がありました。‥‥しみじみ、納得。アニメ業界に読み替えても、興味深い内容ではないでしょうか。


なぜ日本メーカーはアップルになれないのか
〜デザインを殺すシステム、もう捨て去る時だ

〜うわべの「化粧」で停滞した日本メーカー


「我々が目にする製品の多くは、ただ見た目を変えることだけを目標につくられている…イノベーションがないばかりか、純粋に時間や持っているリソース、より良く仕上げるための十分な気遣いをすることもなく…」

「〜前略〜 日本のメーカーで、システムやルールから外れたデザインをやることは至難の技です」

「日本のインハウスデザイナーは、海外でいうプロダクションラインデザイナーに相当します。彼らは、製品の発想や創造ではなく、いかにその製品をラインに載せて、商品にしていくかという点において優れているのです。
 自ら何かを考え出さなくてもいい立場で、事業部が開発した技術などに対して最終的にデザインを『施す』ということが多い。つまり、プロジェクトを自ら作るのではなく、途中から参加するといった感じでしょうか。そこから発想できることは、非常に限られています」

「変わらないですよ。非常に保守的です。逆に言えば、そういうしがらみや決められたシステムがあるから、デザイナーにそんな力がなくても、システムに乗ってしまえば、ある程度の仕事ができる。そういう環境の中で、突出したものを作ろうとすると、まずはそのシステムを捨て去ることから始めなければならないのです」



以上、記事からの抜粋でしたが、今後のアニメ業界にも当てはまりそうな内容ですネ。‥‥どんな業種でも、新しいアイデアと技術を元手に、新しいことをやろうとすると、似たような構図が生み出されるもの‥‥なんですネ。


アップル製品で私が何よりも「凄いな」と思うのは、「工場が中国にある」事です。

日本人は言いがちですよね、「中国製品は粗雑だ」と。‥‥しかし、中国製のアップル製品より、粗くてダサい日本製デザインの国産製品はたくさんあります。ものつくりの丁寧さに自負のある日本ではありますが、米国アップルのデザインの力をつくずく思い知らされます。

「アップルかぶれ」したいんじゃなくて、今や世界的企業となったアップルをどんなにうがったマイナス視線で見ようとしても、アップル製品の実品のエレガントさは認めざる得ない‥‥と思います。実物を見れば、「きれい」「かっこいい」と言わざる得ない。‥‥ちなみに、同じアジア生産によるNetBook(死語ですね、今や)を買ったことがありますが、それはもう、各所が不細工でした。‥‥だからこそ、アップルの「デザイン力」「生産管理力」に恐れを抱くのです。

話をもとに戻して。

これからのアニメ業界は、古いシステムに「デジタルで厚化粧」しようと動き始めているのかも知れません。決してデザインやシステムの改革ではなく、デジタルによる厚塗りの化粧。‥‥老いをごまかそうとしている‥‥のでしょうか‥‥?

「デジタル作画」も「ペーパーレス作画」も旧来システムの刷り直しのベクトルへと傾いているように見えます。「使うソフトは何が良い」「自動中割りはどこまで使えるか」と言う話題に関心が引き寄せられるあたり、そしてさらに、「デジタル化」という物言いが示す通り、「今までのアニメをデジタル化」するのが主目的になっているのが見てとれます。新しい技術によって形成される新しい世界で、新しい商売をする‥‥という気概は感じず、「居場所と取り分の確保」や「未来への生き残り」といった防御の構えが濃厚です。

恐らく「デジタル化」を業界が推し進めても、「昔からの難問」は未解決のまま引き継ぐでしょう。「そこが未解決のままでも、今はとりあえず、未来へ生き繋ぐ事が先だ」的な雰囲気を感じますし、「デジタル化で盛り上がっているのに、その話題で水を差すな」的な禁忌なムードも感じます。

私は、旧業界の流れとは別の潮流を作り、今までのアニメや実写などの優れた表現技法は踏襲しつつ、現アニメ業界のシステムでは手に入れることのできない技法もふんだんに取り入れていく所存です。昔のシステムが好きな人々を巻き込むつもりはないですし、業界を変えようとも思いません。仕事をする人にとっても、旧来方式の現場と、新しいタイプの現場の両方を、必要に応じてチョイスできたほうが、選択肢が増えて良いのではないか‥‥とも思いますし。

ただ、旧来現場の急所をどんどん突くスタンスにはなっていくでしょう。「旧システムを捨て、突出したものを作る」のは、別の視点で言えば、「旧システムでは不可能だった要素をどんどん取り入れて、時代の技術進化も味方につけて、古いものに対するアドバンテージを形成していく」事でもあります。

万歳突撃で勝ち負けを決める戦いから離脱するためにも、新しいデザインとシステムは、必然的に生まれ出ずるもの‥‥なんでしょうネ。



 


calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< July 2018 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM