機材のコスト

自社完結の作品ならともかく、複数の制作会社・スタジオとやり取りする時、「定番の悩みどころ」は制作環境の差異による「互換性」の問題です。私は極力、ソフトウェア固有のプロジェクトファイルでの受け渡しは避け、一般的なファイル(QTやPSD、DPXなど)を用いるようにしています。

ソフト・ハードを「最新版合わせ」に維持し続けるのは、作業端末を多く抱える会社ほど困難です。ゆえに、作業を計画する際には、「受け渡しに用いるファイルは、ごく一般的な汎用形式を採用したい」のですが、それでも難しい事はあります。

例えば、現在のMacはAVIファイルの出力は苦手です。また、Windowsは基本的にはProResコーデックの書き出しはできません(ウラ技を使えば何とか)。かと言って、DPXを常用するのは、運用的に中々難しいです。MacとWindowsで「共通して、奇麗な10〜12bitのムービーファイル」は非圧縮のQTになるかも知れませんが、容量的にNGです。よって、多少の汚さは覚悟で、Avidの高圧縮コーデックを使うのが「痛み分け」的な感じですが、品質で商売をするわたし的には「画質が汚いのは痛いだけ」(=譲歩したくない)なので、やっぱり「圧縮した事で目に見えて画質が劣化する」コーデックは避けたいと思っているのです。ProRes4444をAppleがWindowsにも開放すれば全ての問題は片付く‥‥んですがネ‥‥。

相変わらず、私が本格的にコンピュータを使い始めた1996年頃と同じ問題を、世界は抱えているわけです。でもまあ、これは言ってもしょうがない事なんで、「解決できない問題ありき」で構えて、その時々のベストな選択をチョイスするようにしています。

しかし一方で、機材が古いままでも問題がおきます。2009年前後のハイスペックマシンは、HDサイズの制作には適していますが、4Kクラスの映像制作には目に見えて遜色が出てきます。2008年のMac Pro(4コア)、2009年のMac Pro(8コア)を使っているので、しみじみ、実感できるのです。ひと昔前にエントリー機種の上位CPUだったCore2Duoなんて、4K時代にはお話になりません。限界は「もうすぐそこ」です。各作業グループ間でマシンの年代の差が大きすぎると、共同作業自体が危うくなります。

といっても‥‥です。そんなに簡単に、フラッグシップのマシンなどホイホイ買えません。大型の劇場作品など、ハイスペックを導入するに値するプロジェクトが進行していないと、導入は厳しいのが現実です。

最新版のMac Proは6コアで40万、メモリやHDDを買い足してプラス10〜20万、合計で50〜60万です。もしかしたら、昔の32bit版の環境のまま作業している場合は、プラグインとかを一斉にバージョンアップしなければなりませんので、さらに5〜10万くらいの上乗せになるかも知れません。最悪の場合、一式70万円で、6人の作業者がいた場合、420万円の調達費がドカンと必要になります。WindowsマシンでもBTOでMac Pro同等のスペックのマシンに仕立てたら、やっぱり50〜60万くらいはかかると思いますから、OSに関わらず「似たような出費のパンチ」を喰らう事になります。

でも、どんな状況においても、Mac Proクラスのマシンが必要なのか?‥‥というと、そうでもないのです。Mac Proを「重戦車」に例えるならば、全部隊の全戦闘車両をティーガー重戦車で揃える事は無いですよネ。国家によって支えられている実際の軍隊だって、そんな無謀な配備はしないわけです。

Wikipediaによると、ティーガー重戦車のコストは「30万ライヒスマルク」、一方、攻撃力ではティーガーと同クラスを誇るパンター中戦車はなんと「12万5千ライヒスマルク」で、半分以下のコストです。なぜ、そんなにもコストの差がでるのかは、詳しくは専門家の方にお譲りするとして、戦力的に見ても強力なパンター中戦車がティーガー重戦車の半分以下なのは、単純な驚きです。

話を元に戻して、コンピュータの世界でも今は、Xeonでなくても、Core i7の高クロック数のマシンであれば、かなり強力なパワーを持っています。「i7、3.5GHz前後、32GBメモリ」を積んで、さらにはSSDでシステムを動かせば、Mac Proを喰う勢いのマシンに仕立て上がります。なのに、コストは20〜35万でMac Proの半分、まさにパンター中戦車の頼もしさ。

重戦車たるハイスペックマシンには、それに相応しい「激戦の戦場」がありますが、戦場全てに重戦車が必要なわけではありません。戦場には、軽戦車から中戦車、重戦車、自走砲や突撃砲まで、多種多様な装甲戦闘車両が存在しますが、同じように現場も「目的・用途」にあった的確な機種選定をおこなう事で、絶望的とも思える高額な調達コストを回避・軽減できると思います。制作システム的に考えるならば、「E計画」のような配備を計画しても良いかも‥‥ですネ。

「異様に固い敵」に肉薄して撃破するのは重戦車の役割、「平素な敵」を次々に撃破するのはパンタークラスでも可能。まあ、ドイツは四方を敵に囲まれて自滅的に負けてしまいましたが、その高い戦闘能力は、戦勝国がドイツの技術を自国に持ち帰って研究したほどです。‥‥日本人は今でも敗戦のショックからか、戦術論や戦争論を学ぶのは「戦争を肯定しているようで悪い事だ」と思う人が多いですが、日常生活においても、戦いに勝って生き抜くという事は、日々是戦争なのです。史実の戦いの歴史から、自分の作業現場に活かせる事も沢山あります。

ふと考えてみれば、何でもかんでも「同じ性能のマシン」というより、「自分の腕前が上がれば、重戦車(=ハイスペックマシン)に乗れる」という目標も、解りやすくて良いかも‥‥です。

新人が、ハイスペックの1/10も使いこなせず、簡単な作業内容に終始しているのだとすれば、9/10は無駄なコストです。新人の能力向上に合わせて、自走砲(i5)から始めて、中戦車(i7)、重戦車(Xeon)とステップアップするのは、マシンの何たるかを体得するうえでも、良いかも知れませんネ。ハイスペックのマシンを使ったからと言って、その人間の能力がいきないハイスペックになるわけじゃなし、むしろ「ハイスペックマシンとの対比でミジメ」になる事すら考えられます。人とマシンが同じ歩みでハイスペックになっていくのは案外良い事かも‥‥です。

「そうこうしているうちに、全員がエースになったら?」という状況もあるでしょう。「結局エースになるのだったら、最初からハイスペックなマシンを1台買ったほうが良い」という考え方も当然あります。しかし、「ハイスペックマシンの能力を100%使いこなす人材」なんて、簡単に育つものではありません。途中で脱落する可能性も充分あります。さらには会社の作風的・作業内容的に、そもそも重戦車エースの技量でなくても済む作品も多いでしょう。最初に巨額の機材費を投じる事無く、「戦況」を見極めて調達を進めていくのが良いと感じます。もし「新人の頃にハイスペックマシンを購入して、その新人が上達した5年後に、マシンの買い替え時期がやってきた」とすれば、「5年間のハイスペック」に対するコストは無駄が多かった事になります。定期的な買い替えを考慮すれば、むしろ「上達する前から、無理してハイスペックを買う事はなかった」と思うのではないでしょうか。

もし仮に、皆がめでたくエースになった暁には、自走砲や中戦車クラスのマシンは、部内の共有マシンにしてしまえば良いです。実際、融通のきく共有マシンは活躍の場が多いですし(ガルムではソレで助かった‥‥)、全員が全てのマシンを「使いこなせる」状況にあるのですから、妙に短期レンタルで見知らぬマシンを導入するよりも頼りになります。ゲスト作業者のマシンにもなりますしネ。

新人が成長して、重戦車級のハイスペックマシンを駆る時、「自分は強い」と自信に満ちあふれている事でしょう。機材コストの面もそうですが、各人の意識においても、ハイ&ローの運用は有用なのかも知れません。

ルッサー、再び

様々なタイプの映像制作に携わっていると、しみじみ「ルッサーの法則」の真実味を味わう事が多くなります。毎日、同じ行程で似たようなクオリティの作業を続けていると解りづらいんですが、アニメ・実写・3Dを入れ替わりで、さらには本編・PV・OPなども入れ替わりで作業すると、各作品ごとの「作業意識」や「状況」の大きな差に直面します。

作品のボルテージを「100点満点での点数」で表現するのはあまりにも大雑把ではありますが、仮に80点くらいのボルテージを実現したい時、レイアウト・原画・動画・ペイント・背景・撮影の6セクションはそれぞれ「何点くらい」の作業をすれば良いか、考えた事はありますか?

ありがちなのは、「80点のボルテージを実現する為に、皆、80点くらいの仕事はしようよ」みたいな考え方です。いわゆる、「皆で80点の仕事をしておけば、完成物も80点になるだろう」という「平均点」の考え方です。

しかし、これは大きく間違った考え方です。

まあ、算術上の仮定‥‥ではありますが、皆が20%も手を抜いて80%のヌルい作業で作った作品のボルテージは、0.8 x 0.8 x 0.8 x 0.8 x 0.8 x 0.8 = 0.26、何と26点というボロクソな結果となります。作業経験豊富な方だったら、「皆でやっつけ仕事をしたら、予想以上にマズい仕上がりになった」苦い記憶を過去に持つ人もいるんじゃないでしょうか。皆で80点の作業しても、作品は80点にはならない‥‥という事を。

「なぜ、平均点で考えちゃダメなの?」と思う人もいるかも知れませんが、よく考えてみましょう。

レイアウト・原画・動画・ペイント・背景・撮影の各作業結果は、別々に展示したり公開されるものでしょうか。作品を見る人々に対して、各作業が独立して提示され、個別に評価される‥‥なんて事は、ありえないわけです。作品はあくまで、「各作業が掛け合わされて、1つになって出来上がる」のですから、各作業を並列に並べて平均点で評価する事自体が的外れなのです。

作業はすべて「掛け合わされる」のですから「平均点で算出できるわけがない」のです。


作品は、各作業結果を並列に眺めるものではなく‥‥


掛け合わせて1つになった映像を見るもの‥‥ですよネ。


では、80点の出来にするには、各作業はどれだけの作業ボルテージにすれば良いのでしょうか。計算してみると、0.964 x 0.964 x 0.964 x 0.964 x 0.964 x 0.964 = 0.8、これまた何と、満点近い96点の仕事が各セクションに必要なのです。80点の完成度を得る為に、各作業者はほぼ満点の96点の作業ボルテージが必要になります。

96点なんて無理っぽく感じますが、実際のプロフェッショナルな意識としては、「120〜140%のボルテージで作業して、様々な経緯で結果的に100%くらいに落ち着く」案配で取り組む人も多いでしょう。言われた事だけを最低限やるのは「ヘタレ」という意識は現場には昔からあって、作業の基準として、20%くらいのマージンを多くとって作業してちょうど良い‥‥というわけです。下から昇って100点を目指すのではなく、プロフェッショナルは上から100点に落とし込むのです。

しかし、これはどの現場でも同じ意識‥‥ではなく、ところ変われば意識も大きく変わり、結果的に「作品の差」となって表れるのです。凄腕揃いでシビアで「技術のキリングフィールド」(ヘタレは八つ裂きにされろ、的な)みたいな高レベルな現場もあれば、ほめ殺しあって体よくまとまるぬる〜い現場もあり、様々です。だからね‥‥、1つの会社の1つの部署で純粋培養されるのは、「ものつくり」個人としてはかなり危ういんですよネ。色んな作品の色んな現場を体験して、はじめて獲得できるものなのです。

‥‥で、話を戻して、仮に「26点」になってしまった可哀想な作品はどうすればよいのでしょうか。最後の救いは、音楽や声優さんの演技、そしてビジュアルエフェクト(VFX)やグレーディングなどの強力な後処理です。

また数字上の仮定の話ではありますが、26点の映像に対し、音楽・キャラクターボイス・VFX&グレーディングの3工程で146点の「100点越えの頑張り」を見せれば、80点まで挽回できます。「0.26 x 1.46 x 1.46 x 1.46」=0.8=80点‥‥というわけです。‥‥まあ、何とも酷い話でリアルな話でもありますが、心当たりがある監督さんも多いんじゃないでしょうか。ゆえに、演出さんや監督さんは、音を重要視する人も多く、VFX&グレーディングの「挽回力」を知っている監督さんは、必ず最終行程にVFX&グレーディングを配置してきます。
*「VFXと音が掛け合わされるっていう考え方は、絵と音で別カテゴリーなのに変じゃない?」なんて言う人もいるかも知れませんが、VFXやインハウスのグレーディングで映像のメリハリや情報量をアップさせておくと、音響さんのほうでも呼応して、一層のかっこいい音を上手く付けてくれるのです。空気感のエフェクトなどは、アンビエントにも影響してきますしネ。フィルムスコアリングの際にも、映像内容の上下はかなり重要な要素となります。

でも‥‥です。こうした点数での例えは、実際のところ、「本当に80点まで挽回できているのか」と言うと、そうでもありません。ロングショットのぶっといトレス線でキャラの絵が崩れているのは、アニメ好きな素人さんでも判別できますし、音やVFXで隠せるものではありません。素が良くないとどうにもならない局面は沢山あります。

以上は各セクションが「80点の仕事ぶり」をした仮定の話ですが、現場の名誉のため付け加えておきますと、現場が恒常的に80点の作業をしているわけではありません。「あくまで、全セクションが8割くらいのユルさで仕事をしちゃった場合」の仮定です。実際の現場では作品を良い方向へと向かわせる人々も沢山います。

ただ同時に、80点すら危うい苦境の中で作業する事が多いのも、実情としてあります。金や時間をどこからも捻出できない‥‥となれば、それはあからさまな「詰将棋」となり、そのパイの中では改善など望むべくもありません。狭いパイのまま、4K時代に突入したら、どんな惨事になるのか、想像もできません。

様々な要素、そして状況は、掛け合わされて1つの作品となります。決して、平均点で推し量るべきものではありません。作品の出来映えを、作業の平均点で思考する事があるとすれば、それはまさに落下の始まりなのです。逆に「掛け合わせ」で思考する時、100点以上のボルテージを発揮するスタッフやセクションは、品質強化と挽回の、まさに作品にとっての虎の子、代え難い存在でもあるのです。

雑感

ガルムの作品終了後の現在、私らの作業チームで作業している内容は、とあるアニメ映像の「絵と音楽を作り変える」内容です。「エフェクトを追加して見栄え良く」なんていう軽いものではなく、「世界観を仕切り直す」レベルのものです。今後はこうした、かなり積極的なグレーディング(その際は従来のグレーディングと差別化する為にも役職名は変えたいですが)も請け負う事になるかも知れません。

アニメ作品にも、ファイナルビジュアルエフェクトやグレーディングで映像を左右する動きが「のっぴきならないニーズとして」見え始めた‥‥とも言えます。でもまあ、考えてみれば、タイムシート通りに撮影して完成‥‥なんていうスタンスのまま、映像技術が盛りだくさんの現代と未来に通用するはずもないのです。

相変わらずのアニメ制作工程、すなわち、線画からスタートして、背景を先に完成させて、そこに色を合わせていくような作業では、「映像の強い意志」など作品が体現するわけありません。作品に現れるのは、各作業者が自分のテリトリー内で「反射神経」でまとめあげた作業結果の寄せ集めです。その結果=完成映像を見て、「いまいちピンとこない」なんて‥‥当たり前の話じゃないですか。現アニメの生産ライン自体がもともと、明確な映像表現の到達目標に基づいて動いているわけではないのですから、「強い何か」を映像上に表出させたいのならば、作品に基づく強い磁界をフローに作用させるリーダーと精鋭スタッフ、そしてメカニズムが必要なのです。

私はBlood劇場版(2000年の)のスタンス、つまり、各セクションのキーマンが明確な映像表現の指針のもとに協調して作り上げる制作スタイルがベストだと考えていますが、一方で、色々なしがらみで「このままでは世に出せない」ような状態になってしまった映像を、監督を中心としたごく少人数の精鋭スタッフで「作り変える」方法もやむなし‥‥と考えてもいます。「ピンとこないものを、ピンとさせる」とでも言いますか。‥‥凡庸な内容のものを大量生産ラインで作っておいて、最後の段階で大改造を加える‥‥なんて、あまり良いやり方とは思えませんが、大量生産ラインの当事者たちが「今のまま変える気がない」状況なのですから、ぶっちゃけ「仕方ない」ですよネ。

映像表現は宝くじではないので、いかようにもで結果を導き出せるのに、なぜか、「いつも通り作って、たまに当たりが出る」みたいな考え方をする人は‥‥多いですよネェ‥‥。

4Kやペンタブ作画にトライする動きも各所で出ていますが、明確なビジョンがないと、「2倍にリサイズした2K」「紙と鉛筆の代用品」になるのは明確です。‥‥なぜそんな風に言い切れるかと言うと、ビジョンを持たずに周りに何となく流されてデジタルに移行した人々が、フィルム時代の代用品としてデジタルを「活用」している現状況と結果が、何よりもの「証拠」なのですから。

「2倍にリサイズした2K」「紙と鉛筆の代用品」で作り上げた作品が、「ピンとくる」作品になるわけがないですもん。4Kとペンタブに代えれば、宝くじの当選確率が上がる‥‥とでも思うのでしょうか。

新しい何かを始める時、扱っている自分自身が「(良い意味で)ヤバい」と感じるような要素を、いくつも含んでいるものです。強い何かを感じないまま「ペンタブと4Kにすれば、上手くいくんじゃないか」なんて愚かな思考そのものですが、「困った時は決戦兵器」の歴史が示す通り、人間の「性質」の一面でもあるようです。規格を4Kにして大変な作業を抱え込み、今以上に厳しい状況の中にスタッフを投じて、出来上がったものが「2Kのアップスケーリング映像」だなんて、悲劇を通り越して喜劇ですが、昔から似たような事は繰り返されてきてますよネ。少なくとも私は、一緒に作っていく仲間も含めて、そんな道へは進みたくはない‥‥と思い、色々と進めているわけです。

私の数年間の指針となる、技術的なスペックを簡単にまとめると、「4K/12bit/Log/48,60,96fps」と言ったところです。数年後の未来のアニメーションの土台として相応しいと考えていますが、その土台の上に何を築くかは、多種多様、色々なものを考えています。

新しいカンバスを前に、何を描けば良いのか想い浮かばなくて悩む人、描きたいものがいっぱいあってドキドキする人、それぞれの差は、確実に数年後にカタチとなってあらわれるんでしょうネ。

ガルム少々

映画祭での上映に合わせて、ガルムの情報公開が少しだけ始まりましたネ。ほんの少しだけ。

ガルムは、ファイナルビジュアルエフェクトやグレーディングが、世界観を作り得る事を強く実感した作品でもありました。もちろん、実写の撮影監督が良いショットを獲得してくれたがゆえに、後の工程で「世界観作り」が可能になったわけです。

ログの10bitによる運用も今回のガルムでは有効でした。今は、アニメの作業に戻っていますが、リニア空間における「中低域」のレンジの狭さが、いちいちやりづらく感じます。使わない帯域と使う帯域の傾向は明確に分かれているのだから、よく使う帯域のためにデータ領域を確保するログ運用は、至極、合理的ですよネ。

まあ、ガルムの詳細は公式の展開に委ねるとして、もし観れる人は映画祭で観ておくと良いかも知れません。何でも簡単にネットで情報やモノが手に入る‥‥と錯覚しがちな昨今ですが、実はそうでもないんですよネ。


しかし思えば、最初にガルムに関わったのは、1996〜7年のパイロットフィルムの頃だったので、今から18年前の事なんスね。その頃は、Quadra650とGatewayの100MHz前後のマシン、メモリは128MB前後、ハードディスクはSCSI(40〜80Mbpsくらいだったかな)で1GB〜2GBの時代でした。2014年のガルムは‥‥と言えば、3〜4GHzのプロセッサのMacPro、32GB(3万メガバイト!)メモリ、Tunderbolt2で20Gbpsの16TBのRAID0+1のハードディスクと、超弩級に性能はアップしておりますが、作風の根っこの部分は96年当時を継承しておるんですネ。もちろん、2014年の作品は、96年当時では絶対にできない事ばかり‥‥ではありますが。

 

MacBook Pro、よく堪える

8月に調達したMacBook Pro 15インチモデルは、スペックが示す通りに快活に動作し、典型的な劇伴スタイルの音楽制作によく報えてくれます。100GBものソフトウェア音源波形を内蔵しながら、簡単に持ち運べるので、制作環境をMacBookに集約して限定できます。

何十トラックもある、しかもソフトウェア音源の‥‥といういかにも重い作業を、特に破綻する事もなく、よく働いてくれます。

ぶっちゃけ、MacBook Pro&音楽制作ソフトウェア、USBのミニ鍵盤、ヘッドフォンはMDR-V6K240Studio(またはK240MK2)があれば、ラフミックスくらいまでは持ち込めます。昔に比べて、もの凄いコンパクトな環境ですネ。音源だけでなく、ミキサーとかDSPもLogicやNIやIKのソフトウェアでカバーできますので、MacBook以外は、入力用の鍵盤と出力用のヘッドフォンだけで当座はOKなのです。
*2種のヘッドフォンは必須です。私は特徴の違うソニー製とAKG製で聴き比べて、音の状態を把握しています。また、小・中・大の3段階の音量で聴き比べて、音の「姿」を突き放して見るようにしています。でかい音量で聴くとキモチ良いかも知れませんが、何でも迫力があるように感じるので、特にナマ演奏の魅力を持たない「打ち込み音楽」においては「ヘッドフォン大音量」での制作はキケンなのです。

最近、私が(自分でも意外なくらい)よく使うのが、AdobeのAuditionです。私は波形編集については、長らくLogicを使っていましたが、Auditionも使い慣れると、Logicとは違う方法を色々とチョイスできるので、近頃は何かとAuditionばかり使っています。折角、Adobe CCに含まれている事ですし。

とりあえず、懸案の音楽作業はラフミックスまで到達したので、今度は返す刀で別作品の原画をば。

しかし、MacBook Proの性能を日々実感するたびに、Mac mini(か、それ相当)の新型が望まれます。Mac miniって、MacBook ProからRetinaディスプレイと薄いボディを抜いて、安上がりにまとめたような製品なので、実力は高いのです。‥‥私の場合は、以前にMac miniを買って、かなり使い物になったので、MacBook Proも大丈夫だろうと判断したくらいです。

Appleが電話に時計か。まあ、今はもうAppleは、コンピュータで儲けている会社じゃないもんな…。

絵も音も

世間は3連休のようですが、私はどうにも隙間がなく、懸案の音楽の仕事を日月で自宅で作業できるかも‥‥くらいです。先月でほぼ作業が完了した実写ベースの作品が終わって9月に入ってみれば、鉛筆とペンタブレットと鍵盤が入り乱れる日々‥‥で、1日をジャンルごとで切り替えるのがめんどいです。今年のお盆休みはやっぱり10月以降になりそうな予感。

絵と音は、それぞれを手繰っていくと、根底に共通部分があるように思います。しかし音は、絵とは違うメソッドやインターフェースで具現化するので、あまりにも頻繁に絵と音を行き来していると、「頭の部屋」の模様替えが煩わしいです。簡単にはテンションが切り替わらないんですよネェ‥‥。

私の周りには、映像だけでなく音楽もやってきた人が多く、先月カナダのラボでグレーダーをやっていたパトリスも若い頃は音楽方面に進むか迷っていたらしいですし、音大出身のVFX&イメージコンセプトのスタッフもいれば、ドラムを叩く作画&演出の知人もいますし、米国の映画学校を出たスタッフも過去にエレクトーンをやっていたりと、偶然とは思えないほど「絵と音を理解する」人が多いです。幼少期から少年少女期に音楽に親しんでいた感覚は、映像表現の内層に通じるものがあるのかも知れません。「ここを明るくするといい感じになる」とか「光の抑揚のリズム」とか、後天的に理詰めでは会得しにくい「感覚的なもの」を10代までに身体に取り込んだ経験を持つ‥‥といいますか、映像規格とかAfter Effectsの機能とか「暗記もの」では得られない、表現における根本的な衝動が常に体内にある感じ‥‥です。

皆まで言うな」という感じで、そういう人々は「1から10を知る」というか、言わなくても「行くべき方向を察知する」ので、トントン拍子に作業が進んでいきます。カナダのラボでのグレーディングが滞りなく進んだのは、ラボの作業環境も貢献しているでしょうけど、やはりグレーダーのパトリスの能力に因るところが大きいです。その映画は何を求めているのかを何となしに気取って、まるでライブセッションで音を合わせるかのごとく、絵を合わせていくのです。

音大の声楽科出身のスタッフもいるのですが、自分の身体を直に楽器にする「歌科の人間」は、ダイレクトに色彩や明暗に関与するビジュアルエフェクトやグレーディング、さらにはカラーリールなどの作業に適しているようにも思います。色彩が法楽・法悦的といいましょうか、表現した者勝ちともいいましょうか。

言葉では言い表せない「何か」を、音にするのか、絵にするのか‥‥の出力の違いはありますが、脳ミソの根っこのコア部分は絵も音も共用しているのかも知れませんネ。

iMacの選択肢

私に限らず、映像制作でiMacを使っている人は、実はそこそこ存在するのですが、現在販売中の全てのiMacがプロの映像制作用途に適しているわけではありません。むしろ、5モデルある内の2モデル以外はスペックが不足しています。

21.5インチのiMacは、特に最下位モデルは「デスクトップなのにまさかのオンボードメモリ」で、8GB以上にはなりませんので、映像制作にはあまりにも不適合です。「Menu Meters」というメニュー常駐型のアプリを起動していると解りますが、メモリ消費量は8GBなどあっという間に超過してしまいます。最低で16GBは確保しておきたいです。

21.5インチモデルの中では、CPUをi7に変更可能な「21.5インチ最上位モデル」が映像制作には適当です。CPUをi7にBTOで変更、メモリは後でアマゾンで8GBx2のセットをアップルストアよりも安く買って装着‥‥というのが、21.5インチ購入の際の「落としどころ」でしょうネ。

27インチモデルも、CPUをi7に変更できる最上位モデルが適当です。メモリはやっぱり、アマゾンとかで8GBを4つ、安く購入したほうが出費を抑えられます。

‥‥という感じで、5つも選択肢があるiMacではありますが、実は映像制作で本気で使うには、2つに選択肢が絞られます。さらに、使いまくり・レンダリングしまくりの「遜色のないマシン」に仕立てるならば、27インチの最上位=一番高いiMacだけに絞られます。

スペックにあまり詳しくなく、現場での使用経験も少ない場合は、どんなマシンを買ったら良いか、迷う事しきりだとは思います。現時点での最優先ポイントは「i7」「16GB以上のメモリ」への変更が可能である事です。

アップルストアではディスプレイ寸法の違いで選択を即すような売り方になってますが、ぶっちゃけ、その点については「悩む必要はない」です。メモリ消費量を自分の用途に合わせて、16GBならば21.5インチモデル、32GBならば27インチモデルを買う事になり、画面の大きさは特に考慮しなくても良いです。‥‥なぜかというと、どっちにしろ、映像制作用途ではEIZOなどの特性の素直なディスプレイをメインモニタとして調達する事になりますから、iMac本体の癖のあるディスプレイは「サブモニタ扱い」になるので、アレコレ悩むのは不要なのです。もし悩む事があるとすれば、「オレの部屋の机には27インチ(メイン&サブ)を2台も置けない」とか、住宅事情のほうでしょうネ。

ちなみに、私の使用するiMac(27インチ, i7 3.4GHz, 32GBメモリ)は、「ジョバンニの島」では内容のヘヴィなカットの撮影(=マシンの処理能力が不可欠)と本編半数のグレーディング(=安定性が不可欠)をこなし、近作の実写ベースの作品では全カットのProRes4444変換やグレーディングのレンダリングを数多くこなしました。一年以上使って、既に「実績はお墨付き」です。最高位のiMacを使って重く感じる作業は、ゴミ箱型Mac Proを使っても重く感じます。つまり、現在の映像制作ニーズに耐え得る性能を充分持つという事です。

ただまあ、10月の後半とか、アップルの更新時期の1つでもあるので、買うタイミングは悩みどころ‥‥ではありますネ。

Mac Proは高すぎて買えなくても、iMacなら何とか‥‥と思っている人は、以上の点を考慮しながら購入プランを組み立てると良いかも‥‥です。

MacBookって

先月のカナダ行き(情報が徐々に露出しているようなので国名くらいなら)に合わせて購入したMacBook Proは、Core2Duo以来の5年ぶりの機種更新となったのですが、処理性能が今のMac miniよりも優れているため、「デスクトップマシン」として積極的に使う予定です。過去のMacBookは、デスクトップモデルに比べて「格下」の性能だというのが私の印象でしたが、i7で16GBメモリのモデルならば、充分デスクトップモデルの代用として使えますので、旧式となった2008年のMac Proから代えようと思っています。

MacBookを以前より使うようになって、初めて気がついたのですが、今のMacBookって、外部モニタを接続してればフタを閉じても自動スリープしないんですネ。昔のMacBook(G3の黒いヤツ)とかはフタを閉じると有無を言わさずスリープしてたので、半閉じ状態で維持するクセが今の今まで、ずっと持続していました。

つまり、うまく立てて設置できれば、薄型のデスクトップマシンになるわけです。これは便利。

LANはThunderbolt経由のギガビットEthernetとWiFi、外部ストレージはLAN上の共有ディスク、USBハブを繋いでキーボード・無線マウス・ペンタブレット・ミニキーボード(鍵盤)などを接続すれば、充分使える環境になります。まあ、本体内蔵のSSDが250GBなので、あまり内部にはモノを詰め込めませんが、作業エリアを外部に逃がせば特に困りません。

ちなみに、Thunderbolt(Mini Display Port) to DVIのシングルケーブルで、2560pxの27インチモニタが「30Hz」で表示できます。HDMIは試してないので解りませんが、恐らくHDMI Ver1.4ならば2560pxはイケたはず(1920px止まりではない)です。これまた恐らく‥‥ですが、DVIもデュアルリンクならば「2560px/60Hz」がイケるんじゃないかと思います。‥‥まあ、DVIのデュアルリンクでMini Display Portに繋ぐのって、結構、選択肢が限られちゃうんですけどネ。HDMI経由の1920pxならば「60Hz」は普通にOKです(<確認済み)。
*モニタの接続は接続コネクタだけでなく、ケーブルの仕様も確認しないと、期待する結果を得られない事がありますので、注意!‥‥です。いくら2560pxの27インチモニタでも、ケーブルの選択をミスって60Hzがでないのは、映像制作用途的にアカンですよネ。

MacBook Pro 15インチモデルは値段が結構なモノなので、中々に悩みどころですが、中程度のPC(モニタと合わせて12〜14万くらい)とノートパソコン(10〜12万)で25万前後の予算になるのなら、「MacBook Pro (16GBメモリ, i7/2.5GHz〜) +27インチモニタ+キーボード&マウス」という変則技も案外「あり」かも知れませんネ。

明日の未明(2014年9月10日)は、アップルの催しがあるので、Mac関連でも新製品などの発表があるかも知れません。私は、Mac miniの新モデルかそれに代わる低価格帯Macを待っていますが‥‥、今回もスカのような気もしてたり。「iWatch」の登場なるか?‥‥が、ちまたで騒がれていますが、私はそれよりもアニメーション制作のパワーが欲しいのです。

ペンタブの未来

私は、アニメーション制作で絵を動かして描く人は、今後、鉛筆と紙の他に、ペンタブレットとPCを「画具」の中に加えて然るべきだと考えています。紙でもコンピュータでも鉛筆でもタブレットペンでも、「絵を描く道具」として分け隔てなく、必要な時に必要なだけ活用しよう!‥‥という事です。

ただし、原動画をペンタブに置き換えた方式による「効果」に関しては、実はわたし的には懐疑的です。私の考えるところの、明確な理由は以下の2つ。

・ツールをペンタブに置き換えても、アニメ業界の積年の問題である、作業費(=コスト)の問題は解決されない
・既にペンタブ作画が一部作品に導入されているが、決定的な映像表現上のアドバンテージが見えない

アニメーターがペンタブに持ち替えて、果たして、大幅な収入増に繋がるか?‥‥というと、原画単価と動画単価の制度には変化がないでしょうし、「さらに詳細なディテールの作画」にエスカレートする可能性と相まって、むしろ収入減になるのではないか?‥‥という危惧すらあります。ペンタブ作画の作品は他に比べて予算が多い‥‥とか、ペンタブ作画によって制作全体の高効率化が実現できるので、その分、アニメーターに配分できる‥‥という話は、今のところ、聞こえてきません。

また、大予算を投じて作画方式を転換したに値する、「映像上の特質」が今のところ見えていない‥‥のも気になります。ペンタブ作画の威力を、作品を観るお客さんにどれだけのアピールが出来ているでしょうか。方式が違うだけで、結果は紙の作画と変わらないのであれば、業界のひとり相撲になりかねません。実はペンタブ作画って、2003年くらいには既に存在していましたが、どの作品がペンタブ作画だったか端からは見分けがつかないですよネ。ペンタブを使う「表現技術上のアドバンテージ」が作品上に示されて、かつ、作品の魅力に大々的に結実しているようでなければ、ペンタブは「業界の内輪の都合」どまりになってしまいます。

私は「動画枚数」に支配されたペンタブ作画は、あくまで「過渡的なもの」だと考えています。より多くのアニメーターがペンタブとPCに慣れる為の移行期間としての‥‥です。私はどのメーカーだったか忘れてしまいましたが、128諧調入力の初期のペンタブを1997年頃から使い始めましたが、やっぱりペンタブは鉛筆の次にアニメーターが持つべき画具の1つだと思っています。慣れるには数を描く必要がありますが、そういった意味では、ペンタブ作画でいっぱいタブレットを使って習熟するのはアリだと思います。

また、動きのスケッチをペンタブで描きとめて、即座に「QAR(クイックアクションレコーダー)」的に見れるのは、色んな場面で重宝しますから、たとえ「動画中割り」形式から離れた作品でも、使いどころは沢山あります。中割り形式ではない、私の考える新しいアニメーション技法でも、「モーションラフ」と呼ぶ工程で、鉛筆かペンタブによる作画セクションを設けています。

ただし、「原画を清書して、奇麗な線で中割りをして」‥‥というアニメ業界の従来用途でペンタブを使うのは、どれだけ有効なのか、どれだけ幸せなのか、つくずく考え込んでしまいます。

ペンタブはそれこそ、ブルーナのミッフィーのような可愛い絵柄からスタイリッシュなDCコミックのようなかっこいい絵柄まで、広範な描画をカバーできますが、今のところのアニメ業界の使い方は、「レタス線互換になるよう」非常に狭い範囲に限定されていますよネ。かといって、ペンタブを使う動画マンが自分の好き勝手にブラシ設定を作り出したら、分業で絵を描く現場では線質のまとまりなんて得られようもありません。あえて、ペンタブを一律の線質になるように「機能限定」する必要があるのです。

つまり、ペンタブ主観で見ても、今のアニメ業界の使い方では「ペンタブの折角の能力を殺すベクトル」に傾いているわけです。

実は航空機にも、設計思想は旧いまま、「エンジン」部分だけがすげ変わった時期がありましたが、今はちょうどそんな頃なのかも知れません。





上の戦後アメリカ空軍機の写真は、2つともジェットエンジンを装備していますが、見た目はレシプロ時代のデザインですよネ。特に上の単座機なんかは、どこがジェット機すらも解りません。(よく見ると尾部にジェット噴射口があるんす)

しかし、アメリカ空軍の軍部も結構イヤラしくて、本命の「革新機」が失敗した時のために、あえて旧態依然とした機体も開発してたりします。下の写真は、数々の革新技術を取り込んだ「B-47」と、「保険」としての「XB-48」です。「B-47」は現在のジェット旅客機にも通ずる先進的なデザインですが、この新旧の状態を克明に映し出す両機は、驚く事に、全く同時期に開発された機体なのです。





エンジンが変わっても、設計思想の新旧で「ここまで形に出る」わかりやすい例ですが、では「動画中割り」方式を「デジタル作画」で踏襲する事例は、B-47? それとも、XB-48?

私は、中割りの動画を一切必要としない、アニメーターが直にコンピュータで自分の絵を動かす技法の体系化を、着々と進めています。似たような例ではLive 2Dがありますが、近年は「真後ろから真正面へ振り向き」とか「走ったり転んだり」ような、アニメ作品で必須の動き〜位置や角度プロパティ、三角メッシュでは出来ない動き〜のメソッド化へと進んでいます。言わば「完全指向のデジタル作画」なのですが、60フレーム/秒でも120フレーム/秒でも「何でもフルで動かせる」のが強みです。
‥‥でも実は、フルで動かすには、従来のアニメキャラスタイルだと「もたない」ので、「フルに相応しい」キャラが必要になってくるのです。

同時に、現業界の至宝とも言えるハイスキル原動画マンのポテンシャルを最大限までブーストする「究極のアナログ作画」のシステムも発案中です。前述の航空機で例えるならば、「最強のレシプロ機を、最新鋭の空母と早期警戒システムで運用する」とでも言いましょうか。レシプロ機でも、兵法次第でジェット機を撃墜できるほどに勝るんよ。新しいアニメーション技法を研究するうちに、ふと「紙と鉛筆をインプットメソッドにして、周囲を今日的な映像技術で強力に固める」方法が副産物として得られたのです。劇場スペックの作品で有効な手法ですが、用紙はB4の劇場レイアウトサイズでOK、タイムシートも24コマのままでOK、それで4K/48〜60fpsに対応できます。ベテラン勢の豊富なパワーを、紙の作画のまま、最新の技術に投入できるのは、まさに「日本の強み」だと思うんですけどネ。

私は、旧来のフローのまま作画の道具をペンタブに置き換えた「折衷案」ではなく、「究極のアナログ作画」と「完全指向のデジタル作画」の「2強」の方針が、日本の特質を活かすのに最適だと考えています。この辺は皆さん、考えかたも色々だと思うので、あくまで、私の考えです。

ペンタブは確実に、今後の「必須のツール」です。しかし、そのペンタブ+PCを「鉛筆と紙」に置き換えた思考は、過渡的なものと思われてしかたないのです。航空機の歴史を参考として紐解くまでもなく‥‥。



ちなみに、Live 2Dと似たような動きは、もしAfter Effectsをお持ちなら、AfterEffectsの基本機能だけですぐにでも試す事ができますヨ。After Effectsには、随分前のバージョンから三角メッシュを始めとした各種変形ツールが装備されていますからネ。各要素をヌルレイヤーにエクスプレッションで関連付ければ、多少はインタラクティブ風な事もできますが、縦横無尽に反応するLive 2Dのようにはいきません。しかし、普通の演技付け(対話式ではない映像作品)なら、After Effectsだけでも可能です。

数年前に学生向けに「After Effectsで動かす」例(つまり手描きの中割りは無し)として紹介したのが、前にもここで載せた事のある、下のGIFF画像です。これはトランスフォーム各種、3Dレイヤー、ディストーション各種だけで作った、初歩的なスキルの例です。影移動とかがないので固い感じですが、このくらいの内容なら、原画・ペイント・背景・コンポジット・ビジュアルエフェクト全部をひとりで作業して、4〜5時間前後で完成できます。(うろ覚えですが、夕方に作り始めて、夜8〜9時くらいには完了していた記憶があります)



でも、こうした「セル塗り」のキャラでは、未来の‥‥とは全然呼べないのよネ。あくまで、After Effectsの機能紹介です。

未来のアニメーション方式では、もはや「セル塗り」に限定する必要はありません。例えば、手で描いた髪の毛が何百本と自在に動く、中割り不能の狂気としか思えないキャラクターデザインが、未来には相応しいと考えています。アニメに絵柄を合わせるのではなく、自由に描いた絵を自在に動かす‥‥という積極的なスタンスが、私の考える未来のスタイルです。

解像感について

これはアニメ業界全般の傾向だと思うのですが、2014年現在の映像技術のグローバルな視点で見て、アニメの解像度はどうも低過ぎるように感じます。1.3〜1.6Kの横幅では、そろそろ‥‥というよりは、もはや限界に達していると思います。

私の取り組んでいる新しいアニメーション技法(2.5〜4K)を引き合いに出すまでもなく、現在の実写映画(2K〜)と比べても、フォーカスが全体的に甘く感じます。

アニメのキャラクターは、いわゆる「セル塗り」されたグラフィックである事から、実写に比べてエッジが格段にキツく、テレビ放映でのチラツキを除去する為に、多少のデフォーカスをおこなう必要があります。しかし客観的に見て、現在のアニメのフォーカスは「チラツキ防止」処理としては「過多」です。地デジ以降の現在のテレビの品質ならば、チラツキを防止する目的に対し、全体を大きくボカす必要はありません。「エッジのスタイリング」的な処理を、作品の作風に合わせて、ポスプロ直前の出力で「最低限」加味すれば良いのです。エッジのシャープ感を残したままでも、チラツキは防止できるんです。

しかし、この「ボケ」た状態は、チラツキ防止の処理上とは別の理由、解像度を低くする事で生産効率を向上させる「都合による弊害」とも感じられます。そうなってくると、簡単に解決できない問題です。単にコンポジットに用いるAfter Effects等の設定変更だけでは済まず、どんどんさかのぼって、下手をすると、描線に深く関わる動画工程にも及ぶ大問題だからです。

私も過去に劇場作品の撮影監督を担当してきたのでわかるのですが、「じゃあ、解像度を上げよう」と簡単に決着するものではないのです。「
解像度を上げる」事は、生産ライン全体の処理能力を向上させる事と同義なので、ソフトウェアの設定を変えて済む話ではありません。生産ラインが自社で完結している事例は稀で、大概は各社が作業を受発注しながら成立しているので、縦割りと横割りの両方のラインを能力向上(機材の買い換えによる高性能化など)させねばなりません。

さらに昨今の「極限まで圧縮された」撮影スケジュールでは、「フォーカスをどうこう」などと悠長な事は言ってられないのも事実です。少なくとも私は、現在のテレビのスケジュールでは「ハイクオリティな映像制作」なんて標榜できません。

でも‥‥です。どんな理由があろうと、周囲の映像作品に比べて、現アニメ作品のフォーカスがゆるくて不鮮明なのは事実です。映像作品は全て、同じ土俵の上に立たされるのです。

生粋の2Kや4K基準で作られる作品が増えるほどに、フォーカスボケ具合は際立って視聴者の目に映る事でしょう。また、フォーカスのクリアな新しいタイプのアニメーション作品群が姿を現した際に、1.3Kくらいで制作されているアニメは前時代的な品質に感じられる事でしょう。ちょうど、ブルーレイに慣れた目で、DVDを見て酷くボケて見えるのと同じように。

私は、超解像技術を用いれば、未来の4Kには、現業界のフローを維持したままでも2.5Kの作業で何とか対応できると考えていますが、それでも今のアニメ業界からすれば「スペックオーバー」で「無理な想定」なのかも知れません。
4Kを作るのなら、やっぱり3K以上、できれば4Kネイティブにしたいところなのに‥‥です。

私はインハウスのグレーディング(ラボの直前の工程)も作業し、ラボでのスクリーニングによるグレーディングに立ち会っており、1ピクセル単位の粒状や微細なエッジのフォーカスを扱っていますが、そうした日頃の視点から見ても、現アニメ制作の完成物のクオリティは、どんどん時代から遅れをとってズレてきているように思います。

こんな話を書くと気分を害される人もいるかも知れませんが、まさに「村人全員が竜宮城にいる」状態と言えます。


作風の話ではなく、映像技術面において、徐々にスペックアップしてクオリティを今日的なレベルに追随させないと、後で巻き返そうとしても「どうにも歯が立たない」事だってあり得ます。2000〜2005年が「アニメ業界のデジタルへの移行期だった」と振り返る人は多いとは思いますが、実はその期間は単なる「準備期間」であって、ホンモノの移行期はこれから先‥‥のような気がします。
 


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