ツールと言っても

現アニメ業界で、オンライン制作管理システムやパイプラインツールの開発の機運が高まらないのは、ぶっちゃけ、「導入による効果」を実感できないからです。開発もしなければ導入してもいないのだから、実感できないのはあたりまえなんですが、「本当に金をかけるだけの値打ちがあるのか」という、「開発費を出す側にとっては一番重要な部分」が納得できないから‥‥でしょう。

「反って、手間を増やす結果にならないか」
「システムにトラブルが発生した時に、業務が長期間ストップしてしまうのではないか」

制作現場を取り仕切る責任者なら、何よりも先に、危険予測する事でしょう。

要は、「納得できるだけの材料」が必要なのです。

「Webで絵コンテや設定、スケジュールが確認できる」とか、「作業セクション間の受け渡しが自動処理される」といくら喧伝したところで、「じゃあ、その導入と維持にいくらかかって、どれだけ作品の内容向上に寄与して、なおかつ、どれだけのコスト節約につながるのか」と問われた際に、具体的な数字(試算でも)を示せず、「やってみないとわからない」なんて応答では、「おととい来てください」という事になります。

ソリューション導入によって高められる制作現場の総合パフォーマンスを、ちゃんとアピールできなければ、お金を出そうなんて人は永久に出現しないのです。

しかし一方で、私が思うに、オンライン制作管理システムやパイプラインツールだけを売り込もうって言っても、ちょっと「弱い」と思うんですよ。自転車を電動アシスト自転車に買い替えさせるようなものです。

「人力以外の動力」というテーマを魅力的にアピールするのであれば、「自転車しかない我が家に、初めて乗用車がやってきた!」というくらい、劇的でショッキング、センセーショナルでなければならないと思っています。

オンライン制作管理システムやパイプラインツールは、今までの見慣れたアニメとは違う、新しいアニメーション作品と併せて、初めて説得力が生まれると考えています。(前々回書いた内容の繰り返しですネ‥‥)

* * *

私は自腹を切り続けて4K8Kの研究をおこなっているうちに、「技術者の夢のような話」だけでは決着できない思考へと変化していきました。だって、「予算」は自分の財布の中からどんどん出て行きますからネ。

自分は出資者じゃないから、「誰かがお金を出してくれるまで待っている」のでしょうか。

誰かがお膳立てをして、誰かがうまくまとめてくれて、誰かが上手に売りさばいてくれるのを、「自分は技術屋だから」と言って、自らは行動せず、言葉で体制批判を繰り返すだけでしょうか。

私の好きな言葉は、ジョブズの「OK、誰も助けてくれないなら、自分たちでやるだけだ」という一節です。これは理解を示さない周囲への怒りと同時に、周囲にどこか甘えていた自分への強い戒めも含んだ、とても身に染みる言葉なのです。

dpx

「dpx」という映像制作ではよく用いられる静止画フォーマットがあります。ただ、「連番を前提とした静止画」なので、どちらかというと動画フォーマットと言ったほうがしっくりきます。

dpxはタイムコードを埋め込む仕様なので、連番静止画でありながらタイムコードを活用した運用が可能です。でもまあ、よほど巧妙なシステムを組んで皆がそのシステムに準じなければ、少々厄介な事になります。

タイムコード情報を持つ‥‥という事は、フレーム番地を記録するだけでなく、当然の事ながらフレームレート情報も持つ事になります。フレームレートはQTなどの単一動画フォーマットだけが持っているわけではなく、dpxのような「動画のメタ情報を持つ静止画フォーマット」もフレームレート情報を有しており、After Effectsの動作もそれに準じる‥‥というわけですネ。

例えば、After Effectsの連番における「読み込み設定」。dpxは静止画連番であっても、動画ファイルと同様にフレームレート情報を持つので、After Effectsの「読み込み設定」の対象にはならないのです。つまり、前工程で24.0fpsで書き出されたdpx連番は、読み込み設定が23.976fpsであっても、24.0fpsで読み込まれます。

「連番だったら、数のつじつまがあってれば、結果オーライ」‥‥とはいかないのが、dpxです。連番であっても、タイムコードの「縛り」が効いているわけですネ。

あともうしばらく、dpxの時代は続くかも知れません。全世界で共通の連番フォーマットになっているので、何か新しいフォーマットが台頭するまでは、dpxを使い続ける事になりそうです。

ちなみに私の日頃用いる標準フォーマットは「ProRes4444」ですが、理由は単純で、「奇麗で軽い」からです。ただ、某大手現像所など昔からのポスプロですと、「ProRes422(HQ)」しか受け取ってもらえない事(運用実績に乏しく未検証の要素が多いから)も多いので、そういう場合は変換して受け渡します。

ProResコーデックファミリーはAppStoreで「Compressor」(5,000円)を買えばついてきますから、資金の乏しいアマチュアや個人でもプロと全く同じフォーマットで出力できるのです

ライフライン

ワークフローの設計が完了すると、「制作システムの全貌が見えた」と自信を持つわけですが、まさに「見えた」だけで机上プランを脱しません。ワークフローに基づいたインフラを実際に構築しないと「机上の空論」、会議だけ熱心に時間を費やして「会議だけで、モノを作り上げた満足感を得る」ような滑稽な状況になりかねません。‥‥何度もそういう場面を見てきたんよ。

私の昔からのストレスは、自分の部署のパイプラインはそこそこ完成しているのに、外とのやり取りが「バケツリレー」なところです。

現場を動かす人(制作や作業チーフ)は、いっその事、研修アイテムとして「シムシティ」でもやってみると良いかも知れませんネ。今だとAppleのAppStoreで1000円(日本語版)で買えますヨ。

インフラ〜ライフラインをないがしろにするとどんな事になるか、シムシティでプチ恐怖体験をすると、制作現場でも応用できると思うのですよ。シムシティのゲーム内で「市長」の名前を自分の名前で入力すれば、自分の「ダメ市長ぶり」にプライドを破壊されることでしょう。

拡張性と柔軟性を併せ持つワークフローの設計を完了したら、まずは頭からお尻まで作業がパイプでつながる「作業パイプライン」を作ります。目指すは、バケツリレーの撲滅です。パイプラインに滞りがない事を実感できたら、今度は多重のインフラストラクチャたる「ライフライン」設備へと着手し、作業現場に創造性と快適性を付与していく‥‥のですが、まあ、文字で書くように簡単にはいかんわな。

私の考える新しいアニメーションは、映像内容や表現技術だけでなく、こうしたインフラも全て込みなのです。

ちまたの4Kアニメの話題とか見てると、恐らくまた昔の制作構造が再演されるだけのように感じます。シムシティじゃないですが、「神のダイナマイト」よろしく、一回全てを「新地」に戻して「生き直し」が必要だと思うのですよ。じゃないと、4Kの業界アニメ制作は「バイオレンスレッドオーシャン」になるすよ。

決して、特定の技術だけに夢中な「技術馬鹿」になってはいけないのです。

歴史は繰り返す‥‥とは言うけれど

4K8Kに揺れ始めた現場を見ていると、1995〜1998年あたりの雰囲気が思い起こされます。いわゆる「デジタルアニメ」の発端となった頃ですネ。当時の人の動きも、今と似たような感じで、大半は暢気に構えていて、ごく少数がそれぞれの未来の方針を模索していました。

1995年頃の「デジタル」アニメは、「絵が薄っぺらい」「ビデオ合成のように絵作りがぎこちない」「3Dとの違和感がものすごい」といった問題点が指摘され、決してフィルム&セルによる旧来作品表現に勝るものではありませんでした。

では、「デジタル」の性能が劣っていたかというと、そんな事はありません。単に「使い方」の問題、もっと言えば、「使う人間」の問題で、「デジタル」を絵画表現の道具として上手く使いこなせなかったのです。

「デジタルを導入してアニメを作る」という事にテーマがすり替わって、いわゆる「本末転倒」状態に陥っていたフシを、私は1996年に「デジタル」の現場に入って感じました。「デジタルを導入する」のがテーマとなり、肝心の完成物たるアニメ作品は、まさにテーマ通りに「デジタルで作りました」という絵になっていたのです。
*もしかしたら、元から、作品よりもワークフローの方がテーマだった可能性もありますが、ワークフローが目的の作品って‥‥さ‥‥、現場の都合優先で、「絵」を受け取るお客さんの存在はガン無視だよネ。

私は当時の「出始め」の「デジタルアニメ」を見て、「何か思惑はあるんだろうけど、絵自体が新たな魅力で溢れてなかったら、誰も振り向いてくれないじゃん」と冷ややかに見ていました。同時に、その頃Photoshopをイジりはじめていた事もあり、「デジタル」で如何様にも絵画的・映画的表現が可能だと確信していましたので、「デジタル云々ではなく、作り手の表現技術の問題だ」とも感じていました。ゆえに、私が「デジタル」の現場に入って、まず手がけた事は、「絵を不在にしない」ための大量のイメージボード作りでした(〜その辺の話は長くなるので割愛します)。イメージもないまま、段取りだけで作るのはヤメましょうよ‥‥と。

そして2014年現在。この構造は、4Kに対応しようとするアニメ業界にピッタリあてはまるように思います。「4Kを使う」という事がお題になってしまって、「こういう絵を作りたいから4Kのスペックが必要だ」という必然性は全く感じられません。皆一様に「どう対応すべきか」なんて困った表情ばかりです。何だか私だけヒートアップしてるような孤独感すら感じます。‥‥ほんとに皆、アイデアが無いんか??

「欲するものがなく、形だけが先行する」という状況。歴史を振り返るに、アニメ業界に限らず、古今東西の「ダメなパターン」の典型です。
 
4Kをどうやって使うつもりか、質問されて困ったりしてませんか?

4Kを現アニメ業界フローで使って、絵的に「お得」な部分はどれだけありますか?

4Kのアニメは、「これが4Kか。凄い!」と、観る人を興奮させることが出来そうですか?

‥‥思うに、結構多数の人が、「4Kなんて、やってみなければわからない」と考えているんじゃないですかネ。ですから、事前にこんな事を聞かれても、まるで実感をもてないと思います。でもそれは、未来の迷走ぶりを予感しているようなものです。

「4Kのアニメ制作フロー」だけを考えようとして、「絵」を考えないのなら、私の意見としては、「失敗確定」だと思っております。‥‥だってさ、そんな「フローがどうだこうだ」なんて、「観る側」には関係のない事ですもん。残酷かも知れませんが、業界の苦悩や困窮なんて製品を購入するお客さんにとってはどうでも良い事で、単に「出来映え」で判断されるだけです。「絵的には以前の2Kとほとんど変わらないですが、苦労して4Kで作ったので、売価を高くします」なんて、お客さんにしてみれば「えー!」ですからネ。だからといって、予算が今までと同じなら現場が「えー!」だし、予算倍増・売価据置だったら出資者が「えー!」だと思います。現アニメ制作にとって、4Kで嬉しい点なんて、あるんすかネ? 2K24fpsでちょうどピッタリなのでは?

歴史は繰り返す‥‥と言いますが、「デジタルアニメ黎明期」当時の記憶が甦るのです。しかし、失敗する構造だけでなく、成功する構造も、歴史は反復します。

私がいつも自分を戒めるのは「技術バカにならない事」です。お客さんは、技術にお金を出すのではなくて、技術を用いた完成物にお金を出すのです。4Kという技術を使って、どのようなキャラをどのような情景の中に立たせて、どのようなストーリーにて、お客さんに披露するのか。そこが見えてなければ、4Kはまさに技術バカ・スペック馬鹿の巣窟になってしまう‥‥と私は考えます。

* * *

‥‥とまあ、今まで色々と感じる事や考える事を書き綴ってきましたが、私もそろそろ本格的に、4Kの取り組みにリソースチャージ!‥‥すべき時期が来たので、文章書きもほどほどにしようと思っております。‥‥文章って、時間かかりますもんネ。

私は4Kの1ピクセルも、48fpsの1フレも無駄にするつもりはないです。持て余す…なんてあるわけもなし。

ただし、私は新しい技術を、日和見層に選択肢として提供するつもりなどありません。過去、日和見層がなだれ込んだ結果、どのような顛末となったのか。「デジタルアニメーション」の「成功と失敗」を歴史から学んで、二度と同じ轍は踏まない所存です。

安易にメイキングを商品付録にしたり、作った傍から技術公開なんて、終局的には「安売り」「夢潰し」にしか繋がらなかったのです。マジックのネタなんて「ナゾ」なままでいいじゃないですか。コピペで広く伝播した技術は、安売り合戦を加熱させるだけです。「窮状の自作自演」に陥らないための、明確な技術運用理念が未来には絶対に必要だと、やはり過去の歴史から学びました。業界で誰もが知っている共通の技術ではなく、独自技術こそ「ブランド」を形成する大きな土台なのです。そして、各々が高い独自技術を持つがゆえに、お互いを尊重し合えて、技術を高め合う事も可能なのです。

4K対応の機材も身近になりつつある2014年は、今までの研究の成果を未来に繋げる重要な戦いの年〜「Red Sky」になりそうです。

 

2014年春のApple製品

新型MacProが発売されたものの、iMacやMac miniはそのまま放置状態の、今のMac製品群。

Mac Proは「後々の事」を考えると、最低でも6コア&4GBビデオメモリが欲しいですから、その時点で40万越えが確定します。さらには500GBのシリコンドライブでは容量が足りませんから、何らかの外付けドライブが必要になります。内蔵SSDは容量を増やしても運用上はほとんど意味がないので、おそらくPegasus2などのThunderbolt2外付けHDD箱を増設する事になるでしょう。その時点でさらに15万くらい加算(Thunderbolt2の4発の箱+HDD4つ)されて、なんだ、Mac Proはまともに映像を作ろうと思うと、Mac Pro本体+HDDで60万近い出費が必要になります。もちろん、2.5〜4Kのモニタが既にあるものとして‥‥です。

きっついです。8コア、12コアをあきらめても、60万の出費が必要だなんて、個人じゃ簡単には買えません。そしてその60万の環境は、2年後には特筆すべき点のない「特に速くもない」凡庸な環境と化しているでしょう。コンピュータの宿命ですからしょうがない事だとしても、個人購入の視点ですと「そんな残酷な」‥‥と思います。

じゃあ、iMacやMac miniだとどうか、と言うと、まずMac miniは1年以上性能アップしていない放置状態なので、少なくとも今買うのはNG。で、iMacならどうか‥‥というと、iMacはモニタの調整がしづらいので、ぶっちゃけiMacのモニタは「色は見ない(色彩チェックには使わない)」サブモニタにしかなりません。つまり、Thunderboltコネクタに別購入のモニタを繋げて、それをメインモニタにする事になります。ですから、27インチの大きさはサブモニタ用途では過剰となり、21.5インチのほうが都合良い‥‥のですが、21.5インチモデルのGPU(ビデオの処理ユニットですね)は1GBで打ち止めなので、これまたすぐに役不足になることはハッキリしています。

つまり、今のMac製品群は、個人が映像制作環境を整えるには、何ともやりずらい状態です。

だからといって、Windows勢もさほど状況が変わるわけでもないようです。Mac Proと同じ構成を目指せば、やはり同じくらいに高額な出費を余儀なくされますし、低価格モデルは低価格ゆえに映像制作にもともと不適合だったりします。

おそらく、個人が2〜3年のサイクルで機材をリプレースできる限度額は、20〜30万前後だと思いますから、今のMac製品群ですと、iMacかMac miniにならざるを得ない‥‥すよネ。でも、その2製品が2014年4月現在では、映像制作用途では何だか中途半端な性能です。
*ちなみに、個人で制作環境を「ちゃんと使える性能」に維持する為には、月1万の「マシンリプレース用積み立て金」が必要だと言う事、ですネ。

WWDCは6月か‥‥。どうなる事かの。

私は自宅ではMac miniで4Kとか色々やってますが、2014年の現在に2012年秋に買ったのと同じ性能のMac miniを買うのは、正直イヤな感じです。何が理由かAppleの内情は解らないですが、滞った状態のラインアップを買う気にはならないス。‥‥もういい加減、Mac miniを性能アップしてほしいですが、実はMac miniごとサクッとラインアップ削除されたりして‥‥。

そんな怖さのある企業が、Appleなのです。

 

実写からのフィードバック

現在の私の仕事は、日本のアニメだけでなく、実写なども手がけております。さらには、実写ともCGともなんともジャンルの言い表し難いもの(例えばドキュメンタリーのOPなど)も手がけており、最近やった実写作品の回想パートなどはこれまた説明しにくい「使える物はなんでも使う」映像制作を実践しました。まだ未公開作品なので、言及は控えますが‥‥。

実写のビジュアルエフェクト系・グレーディング系の仕事は、日本のアニメ制作では想像もつかないような内容が、わんさか盛り込まれています。アニメだと普通で何でもない事が、実写だとまるで段取りや作法が異なり、「アニメのようにはいかない」のです。例えば、今の日本のアニメは「レタス塗り」ゆえにマスクが超簡単にぬけますが、実写、とくにlogと呼ばれる一種のRAW状態の素材ですと、マスク抜きはあの手この手を駆使しないとうまく取り出せません。logとlinearの運用もアニメ制作から見ればかなり奇異に感じられますし(アニメだとlog自体が存在しないですもんネ)、物理的なカメラに由来する様々な問題にも臨機応変に対応しなければなりません。

そうした中でも、すごく基本的な、けれども、かなり大きな違い‥‥は、ショットとカットの捉え方です。日本のアニメはショットは事実上存在せず、いきなりカットの配列から思考がスタートします。シーンをいくつかのショットで捉えて、編集時にショットをカットして(切り取って)繋いでいくような実写的な段取りではなく、むしろ漫画のコマ割りに近い感覚です。「Cut=カット」という言葉をアニメでも使いますが、PC用語の「ログ=丸太」みたいなもので、Cutしていないけどカット‥‥なんですよネ。

アニメ現場のカット番号は基本的に行儀が良く、テレコ(カット配列の入れ替え)は数えるほどしか存在しません。ゆえに、カット番号でソートすると、ほぼ編集上のクリップ順と一致します。私の作ったパイプラインソフトウェアも、そのようなアニメ業界の風習に即したものでした。

しかし、実写はそれでは立ち行きません。ショットから切り出したカットが、編集のタイムライン上に入り乱れます。ショット番号から派生したカット番号の場合、001-01, 002-01, 003-01, 002-02, 003-02, 004, 003-03 なんて言うカット順になる事も珍しくありません。つまり、カット番号では安易にソートできないわけです。なので、私のパイプラインソフトも、カット番号〜「カットID」だけではなく、「編集ID」もプロパティに加えて、「カット番号に依存しない配列ソート」を実現できるように改良しました。

こうした実写とアニメを違いを経験して、「アニメと実写では色々違って大変だねェ」で終わらせるのは、ちょっともったいないです。私の準備している新しいアニメーション制作技法にも、広く活用できそうです。

私の考える新しいやり方は、「セット」を組むのがそれなりに大変です。一度組んでしまえば、「1秒間240フレームでも、いくらでもどうぞ」なんですが、足回りはそこそこ重く、実写や舞台のセット設営にちょっと似ています。

ですので、「似たような別カット」を乱発するのではなく、明確に「シーン」「ショット」で運用して、「カット」は編集時に持ち込む手法も、技法の1つとして準備しています。絵コンテ方式も今のまま存在しますが、一方、「字コンテ」による運用アイデアもあり、メインアニメーターがショットを図像に起こすフローも想定しています。

また、実写の「基本、1枚絵にビジュアル効果を加える」スタンスも、新しいアニメ映像に多いに応用可能です。情報量の多い絵は、実写と似たような特性を持ちますから、アニメ技法だけにとどまらず、実写の各種ビジュアルエフェクト・グレーディング技法を惜しみなく投入する事が可能です。その際、いちいち素材分けして重いプロジェクトでやり取りするのではなく、統合した1枚絵・QTでやり取りすれば良いので、運用の負担も少ないのです。実写の1枚絵からヒネりだす技法に慣れてくると、受け渡し時に「レイヤー別に」なんて、逆に受け取るのが面倒なのでイヤなんですヨ。

4K8Kのディテールの微細な絵を、1秒間48〜120コマのフルモーションで動かし、繊細な空気感を表現しようとする時、そこに必要な技法は旧来のタイムシートに記述するような映像技法ではなく、実写やイラスト、フォトリアル3Dと共通した「限定解除」の映像技法です。アニメ業界の作品作りが未来にどこへ向かうのか、私は予想がつきませんが、私の考える「動く絵のアニメーション」を作る時、実写ならではのドクトリンから学べる事は相応に大きいです。

他人はともかく、私自身はもはや、絵を動かすのに大量の中割り枚数(描き送り枚数)を必要とする、「中割り型アニメ」への関心を喪失しています。「中割り型アニメ」の良い点は充分に認知するところですが(だって、20〜30代と人生をかけて取り組んできましたから)、何か動きを発生させるたびに原動画のフローを踏まなければならないのは、映像内容的にも制作運用的にも限界を感じています。原動画ありきの「中割り型アニメ」に固執する事が、自ら、前方の視界を大きく狭めているように思うからです。

絵が動けば成立するアニメーション作品を、かたくなに日本式の原動画スタイルで発想する呪縛から抜け出るには、相応の長い時間といくつもの大きな衝撃体験が必要だった‥‥と振り返ります。だからといって、「実験アニメ」「アートアニメ」をやるつもりは毛頭なく、あくまで商業作品の態ですが、「アニメ作品=旧来からのセルアニメスタイル」という図式を一神教的に守り続ける必要性もないと感じているのです。実際、アニメとコミックの絵柄を比較しただけでも、大きな差がありますよネ。「セルアニメスタイルでないアニメは、アニメにあらず」というのなら、アニメと呼んでもらわなくても全然構わないですし、もはや、アニメ以外の仕事も多くこなしてきたので、アニメ業界コミューンの中じゃないと不安だ‥‥なんて事も無いのです。私の準備している技術・作品・作風は、ANIMEではなくANIMATIONなのかも知れません。

新しい方式はまだまだ幼く、頼りない事も多いですが、成長した後の姿を想像すると、「残り半分の人生をかけて育てていきたい」と思えるのです。今まで私が経験してきたアニメ技法だけでなく、実写技法や絵画技法からなる様々な養分を、新しい方式に与えていきたいと考えています。

ぺんてる999、いつのまにか廃番

私がスキャン原稿の清書時に絶大な信頼をおいていた、ぺんてるの炭素99.9%の鉛筆「999」が数年前に製造中止になっていたのを、数日前に知ってショックを受けております。でもまあ、どんなに大手の製品でも、結局は人間の作る物ですから、「色々あって、作るのやめました」と言われれば、大人しく引き下がるほかないス。

で、今、999に変わる鉛筆を物色していくつか注文しています。どうやら、なめらかで均質、硬さと黒さを持つタイプの鉛筆は、マークシート用のものがあてはまるらしく、数社のを試し買いしてみました。

私は、旧来のアニメ業界フローで原画を描く際は、鉛筆の銘柄など全く気にしません。むしろ、トンボ8900とかの廉価な事務用鉛筆が好みだったりします。過去には、小学生が使うようなマスコット柄入りの鉛筆(貰い物)を使っていた時期もありました。

しかし、線がそのまま完成物に反映されるような用途の場合は、作品の欲するニュアンスに合わせて、筆記具をあれこれ試します。故意に擦れて不規則な粒状の描線を欲する場合でも無い限りは、安定した出力の筆記具を用いて、意図通りの描線が実現するように気を使うのです。

999のような真っ黒くて描線にムラが出にくい鉛筆で紙に描いてスキャンした場合、修正の手間が大きく軽減されます。もちろん、紙の質も重要で、適切な紙と鉛筆を用いて線画を描くと、その後の処理が楽な上に、描いた本人の意図通りに仕上がるのです。

動画スタッフの美麗な清書ありき、2値化ありきの業界標準フローだと、いまいちピンとこないかも知れませんが、紙の上で描いた事が赤裸々に画面に出てしまうのが、私の新しいやり方なので、絵の入力方式〜「インプッドメソッド」は画風を左右しかねない重要なファクタなのです。

「AKIRA」が竹ペンで作画してたら、「北斗の拳」が丸ペンで作画してたら、あの作風にはならんですよネ。今のアニメはみな「2K」「レタス線」で共通ですから(ゆえに業界の横のつながりで作業を受発注できるんですが)「線で作風を主張する」なんて思いもよらないかも知れませんが、4K以上の繊細なディテールになるといくらでも線のニュアンスで作風を表現できるようになりますヨ。

マークシート鉛筆を物色するうちに知ったのですが、今は色々な面白い筆記具が増えているんですネ。例えば、パイロットの「フリクション」シリーズは、熱でインクが透明になるので、専用の消しゴムで擦ると、ボールペンやサインペンでも鉛筆のように消えるのだとか。‥‥もしかしたら、新しいフローで使えるかも‥‥と思い、買ってしまいました。

ペンタブレットを使う方法も平行して用いながら、筆記具を用いた味もそのまま活かして、未来に繋げていこうと思っています。

*しかし、今の動画さんの線って、細くて均質で奇麗ですよネェ。この高い能力を、単に現フローの動画行程に封じておくのは、もったいない事だ‥‥と常々思っています。

デジタルの向こう側

デジタル行程がアニメ制作に導入された後、「デジタルとはどのようなものか」と問うた時、前回書いたサザエさんのような「伝統を継承するストイックな使い方」はまさに特例で、多くの場合は「作業行程の省略やコストの軽減に用いるもの」との認識だと思います。デジタル導入初期の頃は「新たな表現技法の模索」が主目的でしたが、2004年以降の本格的なテレビアニメ制作「デジタル導入」により、一気に「量産目的」へと転じました。

ですから、2005年以降からアニメ業界に入ってきた若い人だと、デジタルの新たな可能性なんて意識できぬまま、単に「アニメ制作フローにおいて、高速化できる行程」としか認識できないかも知れません。それはある種、仕方のないことです。周りの雰囲気がそうなんですから。

デジタルは確実に、「難しい事が簡単に実現できる」と思われている風潮があります。「デジタルだと楽なんでしょ?‥‥だったらデジタルでやってよ」的な‥‥ネ。これがエスカレートして、「誰でもコンピュータを覚えれば、映像をクリエートできる」なんていう雰囲気も感じる事があります。

そんなわけ、ないじゃん。‥‥コンピュータを使ったからって、本人の美意識が別物へと変化するなんてありえませんし、キレの良いタイミングセンスが自動で身に付くわけでもありません。むしろコンピュータは、本人の特徴を誇張して「凄いモノはより凄く、無惨なモノはより無惨に」露呈させる残酷な一面すら有しています。
*例えば「画面ブレ」。画面がブレたり揺れたりする撮影技法ですが、これって、ダメな人はとことんダメです。ぶっちゃけ、アニメ作品の「画面ブレ」「画面揺れ」カットを見ると、当該アニメ撮影班の基礎的な技能レベルが解ります。画面ブレは、使いこなす能力を持つ人にとっては、即座に雰囲気を表現できる、とても使い勝手の良い技法なんですけどネ。

ですが、現アニメフローは伝統手法で手堅くまとめる土台を持っているので、技術的な多少のバラつきは丸め込んでアニメ作品の態を成す事が可能です。これは先人たちの大発明と呼ぶにふさわしいものです。その作品表現基盤の上に、トッピング的にパーティクルだのデジタルTB&TUだの、境界ぼかしだのテクスチャ貼り込みなどを付け加えたのが、今のアニメのスタイルです。‥‥そして、その程度で良しと現場でも判断され、現在の状況があります。

私は、デジタルが「デジタル然」として扱われているうちは、アニメ作品表現の「バーター」にしか成り得ないと感じています。作画メインの抱き合わせとしてのデジタル表現。ですから、いつまでもお手軽に扱われます。
*バーターは色々と意味があるようですが、「芸能界の業界用語。束(たば)を逆に読んだ「ばた」から来たとのが有力で、「抱き合わせ出演」の意味。ドラマ・映画などのメイン出演者と同じ所属事務所の新人俳優、女優を出演させる事。」Wikipedia〜の意味でここでは使っています。

アニメ業界においては、まさにデジタルは「デジタル」。デジタルとそうでないものを分けて呼び表している時点で、どのくらいの活用レベルがわかりますよネ。しかし、今のアニメ業界フローは、今くらいのデジタル活用術が限界だというのも、フローの内実を鑑みれば、しみじみ納得できるのです。

一方、私の考える「デジタル」は、全く異なります。「付け加えるもの」ではなく、「最初からそこにあって基盤となるもの」です。私の準備している「デジタル活用術」は、各スタッフの高い技能が必要となる、「簡単ではない」「手軽ではない」デジタルです。手描きのアニメーターと同様、才能が必要です。しかし、当初からデジタルありきで設計したシステムなので、「手軽ではない」けれど、「システム規模は大きくはない」のです。

新しい制作技術では、「デジタル」という単語を改めて使う必要がない‥‥のです。「デジタル」が「共通の分母」になるのは言わずもがななので、通分する手間自体が存在しないわけです。行程にいちいち「デジタル何たら」なんて命名するのは、単に文字数の無駄なのです。

「じゃあ、人の手の介在しない、冷たいデジタルのアニメを作るつもりなのか」とか言われそうですけど、「デジタルだと人のぬくもりが無い」と定義しちゃう感覚自体が、未開人なのよネ。たしかにデジタルは使い方によっては無機質なデジタル臭漂う絵になる事もありますが、現在においては、それは単に使う人間の技量の問題です。‥‥それに人の手は、デジタルでも山ほど介在しますしネ。

前世紀末は、故意にデジタルの無機質さを煽って表現に結びつけた作風もありました。コンピュータ機器の未発達を逆手に取った演出法‥‥ですよネ。

しかし2014年現在はそうした演出で未熟さをカバーする必要がないほどに、コンピュータのパワーは格段に向上しています。そのパワーを用いて、とても生っぽい絵を描けるようにもなってきました。マティエール、スフマートといった私が学生時代に慣れ親しんだ絵画技法も、今では新しいアニメーション制作技法の1つです。これら新技法(‥‥絵画の世界では古くからの伝統技法ですが)は、Blood劇場版やイノセンスの頃のコンピュータパワーではとても実現出来なかったですし、解像度も全然足りなかったのですが、今なら8万円の Mac mini でも「技量さえあれば」可能です。私は時に、After Effectsでパスやマスク、トーンカーブやブラーを用いていながら、水彩や油彩を描いている感覚に陥る事すらあります。

私の考えるアニメとは、「絵が動いてお話になる」作品です。

絵は面白い。本当に面白い。その絵が、動いて喋って泣いて笑って、お話になる‥‥だなんて、愉快痛快奇々怪々ですよ。そのアニメを作る際に、なんでデジタルのパワーを最大限に引き出さないのか。なぜ、旧いフローにがんじがらめになっているのか。新しい作品を作るのに、なぜ、過去の絵のスタイルを踏襲し続けなければならないのか。

ノリにノって作画用紙に描いている時に、紙と鉛筆の存在をいちいち認識しますか? ‥‥同様に、デジタルを使いこなす能力が高くなるほどに、「これはデジタルだ」なんていちいち意識しなくなると思います。「絵が動いてお話になる」という本質がどんどん浮かび上がってくると感じます。

デジタルの柵を超えなければ、デジタルは「超えなければならない障害」として、いつまでも目の前に存在し続けますが、跨いで乗り越えちゃえば、もはや柵は背後に遠ざかり、視界から消えます。

ですが、デジタルの向こう側に行ったからと言って、人が無能で済むなんてあり得ません。全く逆で、今のアニメより一層、当人の美的感覚、動きの感覚、美の探求が要求されるのです。デジタルの向こう側には、自分を守ってくれる既存の風習や伝統など無いのですから。

デジタルは楽なものじゃありません。私がこれから先、一緒に歩みたいのは、デジタル・アナログの境界線を超えて辛辣な状況に身を置いても、アニメーションの楽しさを実感し享受できる、「新たな世代」なのです。

縮尺

4Kそして8K周りが徐々に動きを見せ始める中、私も自己の「兵器開発研究」のレベルを1段引き上げて、「実弾演習」レベルへと移行しています。私の考える新しいワークフローは根本的に動的〜固定した段取りで作業をおこなわない方法〜ではありますが、2014年の「混沌とした状況」においては、まずはワークフローの標準的仕様を設定して「とっかかり」を得やすいように切り替えています。

私の考える2014年以降仕様のワークフローには、もはや「原画」「動画」そして「セル」という用語は消滅しています。タイムシートには1秒24コマのグリッドはなく、セルの代わりに「エレメント」という「被写要素=映像に登場する要素」を言い表す用語が新設されています。

レイアウト作業はそのまま生きるのですが、その直後に「エレメントデザイン」という行程が配置され、3D空間にどのように被写要素が配置されるかを設計(=デザイン)します。「3D? 立体視?」とか思われそうですが、意図はステレオグラムの実現にあるわけではなく(もちろん、ステレオグラムにも流用可能ですが)、多段マルチ台の超強化版たる「空間配置」を実現するためのものです。エレメントデザインの設計内容次第で、画面は平面的にも立体的にも表現でき、結果的に「コスト」も調整できます。60段マルチとかを組めばコストはもちろん増大しますし、昔でいう「セルと背景のベタ置き並撮」ならばコストは低く抑えられます。

‥‥とまあ、こんなような新機軸がフローの各所において導入されており、目新しい用語ばかりがフローチャートを占めています。2014年版フローを設計した時に考慮したのは、作業&コストのスケーリング自由度です。「必ず膨大な手間がかかる」とか「極めて多額の予算が必須となる」事を避け、状況に応じたスケーラビリティを選択・設定できるように考えているのです。

スケーラビリティ。Wikipediaによれば、「スケーラビリティ(scalability)とは電気通信やソフトウェア工学において、システムまたはネットワークまたはアルゴリズムの、持つべき望ましい特性の1つで、利用者や仕事の増大に適応できる能力・度合いのこと。」‥‥との事です。この説明文の細かい点をつつけば、「増大」ではなく「増減」というべきでしょうネ。規模を小さくするのだって、スケーラビリティの大要点ですからネ。

企業が何かプロジェクトを発足推進させようとする時、相応の人員予算を投入するでしょう。そして、その「スケール」に見合った「ハコ」を用意するでしょう。‥‥という事は、「使った大金に応じた大成果」も暗黙のうちに求められる‥‥という事です。

未知の領域に踏み込むプロジェクトにおいて、「何が大成果なのか」も実感できない状況なのに「大成果というカタチ」は当初から求められる‥‥のって辛辣ですが、企業レベルのプロジェクトは往々にして、そうなりがちです。「ハッピーな旅行にしよう!」と資金片手に意気込んで車を発進させたものの、旅の目的地について実は誰も決めてない・決められない‥‥という。

私は昔、個人で研究を進める状況〜人手も金もない状況〜を、当然の事ではありますが、弱点・ハンデのように感じていました。しかし、個人サイクルで研究の成果を逐一実感できて、順次フィードバック可能‥‥だと言う事は、スケーラビリティ視点で言えば「極小」であり、大事業大失敗の恐怖に怯える事なく、頭も体もフットワーク軽く、様々な可能性を試せる事なんだと、実感するようになりました。

私が月日を経るにつれ、自由に発想を転換できたのは、ぶっちゃけ、個人研究だったからです。これはものすごい実感があります。何度も「今まで積み上げた理論や方向性」を反故にして、自ら仕切り直しましたからネ。「作画」「セル」「背景」という言葉を捨てて、「エレメント」という新語を導入できたのは、個人研究レベルだったからです。

でも、大所帯の企業レベルのプロジェクトだったら、どうなってたか‥‥。大金が動いて大人数を巻き込んだプロジェクトを白紙に戻すのって‥‥ツラいですもんネ。保守的な人もいれば、先進的な人もいる、日和見を決め込んでいる層も大勢いる‥‥という中で、「新機軸」「新発明」って、根本的に実現できないと感じます。「新」という言葉に反する体制ですもんネ。「気分だけNEW」じゃどうにもならんス。結果から逐次フィードバックする事すら、いちいち会議を必要とする‥‥なんてのも、いかにも‥‥。

例えば、前回書いた「インプッドメソッド」というコトバ。過去の私はアニメーター出自ゆえに「原画作業」という形態に、どこか固執していたのですが、今では「描線と動きは分ける」という思考に至っています。これは個人レベルだから「割り切れた」「吹っ切れた」のかも知れません。既存の業界ワークフローに限定するスタンスや、動き出して資金も消費したプロジェクトに関わってしまっていたら、「原画作業」というカタチは様々なしがらみにより放棄できなかったと思います。しかし、個人レベルだから誰への遠慮もなく決断できて即行動できた‥‥のいうのは、研究成果としてかなりデカいです。

個人だからできる事を、最大に活かす方法を考えたのです。個人が企業のマネゴトをしたって、あっという間にマンパワーで限界に達します。しかし同じように、企業は個人のマネゴトもできないのです。企業は個人の上位互換ではないのです。

要は個人戦と団体戦の得手不得手を見極める‥‥という事なんでしょうネ。

忘れてはならないのは、個人と団体との関係性にもスケーラビリティは作用している事‥‥です。個人か団体か‥‥という二元論ではなく、「個人 thru 団体」の中間スケールを適所でどのように旨く活用するか‥‥なんでしょうネ。

4Kと8Kのアニメ。各所で悩んでいる今こそ、実は、渡りに船‥‥かも知れませんヨ。でも、船で漕ぎ出す強い個人になるためには、普通の個人と同じ行動してちゃダメだよネ。

描線のインプットメソッド

最近よく耳にするようになったのは、「タブレット作画」というコトバです。作画を、紙と鉛筆ではなく、タブレットでおこなう作業を指すようです。私が初めて「組織的なタブレット作画」に出会ったのは10年ほど前の事ですから、ペンタブレットの進化とともに、地道に根付いていったのかも知れません。

タブレットで原画・動画をおこなえば、紙のサイズ問題はいっきに解決しますネ。4K対応の作画もスペック的には可能です。送り描きのアニメーションスタイルで4K以上に対応するには、結局のところタブレット作画しか選択肢は無いように思います。

私は紙の描き味が好きなので、「いかにして、4K8K時代に紙と鉛筆を『インプッドメソッド』として使うか」を以前から研究していますが、今のところ「最低A3サイズの作画」が必要だと結論付けております。‥‥実は、ちゃんと「鉛筆線をきれいに表現する」ならば、A2相当のサイズが必要だとも実感しております。高解像度の世界では、もはや、A4用紙に鉛筆で細かく描く限界を超えているのです。‥‥今だって、解像不足で線がぶっといですし、ゆえにロングショットなどでは「拡大作画」が常用されるようになったのですよネ。A4用紙を600dpiでスキャンしたって、元が荒いからダメなんですヨ。

私の場合は、「送り描きスタイル」を今後のメインとしていないので、A2サイズでも運用できなくはないですが、旧来の常識で言えば「A3、A2なんて、絶対に無理」ですよネ。私だってもちろん、素でA2用紙に描いているわけではありません。A2なんてリアル世界じゃデカすぎて扱えないです。

鉛筆の黒鉛粒子の限界は、人の手ではどうする事もできません。「消しゴムで消えるから鉛筆が良い」なんて笑えない冗談です。もし高解像度で鉛筆を用いるのなら、「鉛筆の粒子を全肯定」する覚悟が必要なのです。鉛筆の描線を活かす路線を導きださなければ、単に黒鉛粒子のハンデに悩まされるだけです。

一方、タブレットで描けば、スキャナのサイズを気にする事はありません。タブレットで描くイラストだったら、既に10K(1万ピクセル以上)で描いてる人も多いんじゃないでしょうか。アニメーターがタブレット作画に切り替えれば、「4K高解像度問題」は技術的にクリアできると思います。運用的には、まだハードルが高いとは思いますが。

しかし、フレームレート問題はそのまんま残ります。私は、高解像度問題よりフレームレートの問題のほうが深刻だと思っています。いわゆる「アニメ絵」はピクセルモーションに向かないので、フレーム補完でかさを増やすのも難しいです。
*だからといって、「コンピュータ中割り」しやすいような絵や動きを人が描くようにでもなったら、何の為に手で描いているのか、根本的な意義を失い、それこそ本末転倒ですヨネ。

タブレット作画に切り替えて、高解像度の障壁をクリアした後に、より突破の難しいフレームレートの障壁が立ちはだかるでしょう。「描き送りのアニメは未来どうなるの?」ともし聞かれたら、私だったら、「描き送りのアニメは、48コマ/秒が『終点』だと思う」と偽りなく答えます。もしかしたら今の24コマが終点かも知れない可能性だってあるくらい‥‥です。

未来のアニメーション制作は、何か1つの大発明で転換したり問題解決するものではない‥‥と感じています。旧アニメスタイルの「ステップアップ」はやがて限界に達して停止し、代わりに、新たな基礎技術の集合体が徐々に姿を表すと思います。

話をインプットメソッドに戻して。

タブレット作画に変えて‥‥と言っても、アニメーター全員がタブレット作画に対応できるとは思えない‥‥ですよネ。生理的に受け付けない人は、相当数、存在するはず。
*‥‥実は私も、こんだけ長く使っていながら、どこか生理的に受け付けない部分が残っています。

ですから、1原2原のシステム(賛否両論あるとは思いますが)を逆手に取って、2原担当作業者が「デジタイズ作業」を兼ねるようになるかも知れませんネ。効率から言って、1原後の作監はいつもの黄色い紙で良いでしょうが、2原後の作監はタブレット作画を要するでしょう。‥‥うーむ、以前から感じていた事ですが、フィルム時代のアニメ制作方式をデジタルで武装する方法論って、結局、作業費の増大を免れないように思いますネ。もうずいぶん前から、フィルム時代の「システム延命措置」は、構造疲労が激しく各所に無理が生じる‥‥とは思っているのです。

ちなみに私の本命とする新しいアニメーション制作方式では、「絵の入力方式」として鉛筆だけでなく、コピックのマルチライナーや、ステッドラーのシャープペンの各サイズ(0.3〜2mm)といったアナログツールの他、ペンタブによるAutodeskのSketchBookProやセルシスのClip Studio Paint EXなど、様々な入力方法を作風に合わせて変えています。入力後の処理も諧調付きのビットマップや2値ビットマップ、ベクターなどを、やはり作風に合わせてチョイスしています。「線を描く」という行為を一元論に押し込めて束縛するのは、フィルム&セル時代の昔ならともかく、現代では正直「もったいない」と思ってます。

今のアニメは、みな「レタス線」でニュアンスに大差がありません。しかし、様々なインプットメソッドが用いられるようになると、作風を左右するくらいの描線の変化が、映像に表れるようになるかも‥‥知れませんネ。

‥‥タブレットで思い出しましたが、私はIntuos付属の太いペンではなく、鉛筆やシャーペンに近い細身のクラシックペン(下の写真)というのを愛用しています。考えてみれば、タブレット付属のペンて、鉛筆とはほど遠いぶっといペンばかりで、アニメーターが手にした時に「なんか、これじゃない」感を感じる原因の1つだとも思います。



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