around50は

45〜55歳の世代は、テレビアニメが黄金期の頃に、少年少女だった世代です。

今、その頃のアニメ雑誌を読み返すと、何とも切ない気分になります。

アニメの放映は午後7〜8時のゴールデンタイムがあたりまえ。各局でアニメ番組を繰り出していました。誌面にはそんな当時の雰囲気が溢れています。

花の子ルンルンやキャンディキャンディ、ダイターン3(ガンダムの前)が本放送中! 新番組が宝島! 一休さんは放映期間が長過ぎてイマイチ時代の感覚がわからんけど本放映中! 初の24時間テレビのアニメ「バンダーブック」制作快調!‥‥‥1978〜79年の雑誌には、当時の「今」が映し出されています。

1980年になると、松本零士アニメが全盛になります。雑誌には「松本零士・手塚治虫・石森章太郎」の対談記事! ‥‥‥‥‥感慨無量。


何とも苦笑してしまうのは、1980年の雑誌にも「若いアニメーターの養成が必要」とか「アニメ界をどうしていくか」みたいな特集・対談が載っている事です。これって、つまりは‥‥。

傾向として、アラウンド50の世代は、こうした時代のあれこれを、インプリンティングされているので、どうしても、その感覚が今になっても根底に残り続けています。私もそうですが。

でもさ。35mmに24コマで作って、テレビのゴールデンに放映してた時代をいくら懐かしんでも、もう還らないんです。

テレビの役割も変わって久しいですしネ。テレビが家庭の娯楽の中心だったのは、今となってはもう随分昔の話です。

どんなに懐かしんでも、「昔のスタイル」には戻らない事だけは、歴史が身をもって証明しております。江戸を懐かしんでも、世の中はもう江戸には戻れないですよネ。どんなに懐かしんでも、「昔のアニメスタイル」にも「昔のテレビ」にも戻れんのです。

私らの馴染んだアニメは、単にスタイル=様式の1つに過ぎなかったんだ‥‥としみじみ思います。

「アニメのスタイル」が重要なのか、「アニメーション」が重要なのか、これから進む道を、各自が選択していくしか、ないでしょうネ。強制など誰もできないです。

自分の人生の行く末をフィルムスタイルアニメの終焉にシンクロさせるか、アニメの原点に立ち戻って新しい道を行くか、‥‥ダネ。


ちなみに、昔のアニメージュとかを読むと、読者投稿イラストに、現在活躍中のベテランの方の名前をひょっこり発見したりします。うーむ、当時から巧いですネ。

新型MacPro、それでも

新型Mac Proが、やっぱり、話題になっておりますネ。まあ、驚きますよネ、まずあの外見。

円盤ドライブがないとか、カードが差せないとか、‥‥さすがにそういう意見は少ないようです。さすがに、皆、もう気付いてるんでしょうネ。iMacやiPhoneの時の経験で、その類いの論調が恥ずかしい類いのものである‥‥という事を。

実際、円盤ドライブなんて、本体にはもう要らんしネ。家庭用途ならまだしも、作業ではほぼ出番は無いです。使う時だけ、USBのBDドライブ(6千円くらいで買えるヨ)を繋げばそれでOK。

ただまあ、4Kのアニメーションを自己研究している私としては、今回の新型MacProでも、性能は足りんだろうなあ‥‥と感じています。「1280ピクセル幅の映像作品をPowerMac9600くらいで作る」ような手応えだろうなと感じます。

PowerMac8600(9600は高過ぎて手が出なかった)を買った1997年末。640x480‥‥つまりSDクラスの映像が普通に扱えるようになりました。PS1とかの320x240とかは楽勝で扱えるようになりましたが、1280や1440の寸法だと「作れるけど、重い」感じでした。1920pxなど論外。

2013年現在。ちょうど、体感が「1段」ずれた感じの状態です。16年前のSDがHDに、1280が4Kに、1920(HD)が8Kになったような感触ですネ。

つまり、8600や9600とかで1280pxのハイクオリティアニメーションを作る「あの手応え」が、今度出る新型MacProで4Kハイクオリティアニメーションを作る時と似たような手応えになるのだと思います。Blood-2K(2000年公開の初代のBloodの事ネ)やイノセンスを9600/300とかで作るイメージでしょうか。

「うわー。遠いなあ‥‥」と思うでしょうネ。私も同感。。。

多分、値段も「あの頃の値段」に戻るんじゃないでしょうかネ。おそらく、どんなに安くても、40万以上にはなり、標準構成だと50万はオーバーするかも知れません。

今回発表されたモデルが「9600的」だとしたら、購入のハードルを下げた「8600的」なモデルが「もしかしたら」追加されて、30万円代で出してくれる「かも」知れません。実際、4Kと2Kのモニタが1台ずつ繋げれば仕事はできるし。ビデオ性能を半分にしてもプロ用にはなるよ、Appleさん。

ふと、物思いにふけると、2003年以後の10年間は、そういった意味じゃ、「マシンに苦労しなくて済む平和な時代」だったのかも知れませんネ。

性能が格段に向上したPCを用い、旧来の作り方を踏襲して作る。「マシンの性能が制作手法に対して優位に位置できた」平安の時代だったのかも知れません。そのかわり、スケジュールはこの10年でズタボロになったけどネ。

初めて国産アニメが劇場公開されたのが、大正6年、1917年の事らしいので、そろそろアニメも100歳くらいになるはずです。初の国産劇場アニメは、「いもかわむくぞう」という「天然色活動写真株式会社」というところで作ったアニメらしい事が、手元の書籍で確認できます。

4Kの48FPS、96FPSが姿を見せ始めるのと同時に、フィルムベース(フィルムを使ってなくてもネ)の今のアニメの作り方が決定的に旧時代のものへと老いていくのが、明瞭に想い浮かびます。人間もそうですが、老け始めると急速に老いが進行しますからね。2014〜2020年って、もしかしたら、アニメにとっては「王朝の交代」くらい大きく変わる時期かも知れません。もうちょっと後?(2018〜2024くらい?)の6年間かも知れませんが、どちらにしても、同じ原理で100年頑張ったんだから、アニメって凄いよネ。

4K/96FPSには、もうどうやっても、今の作り方じゃ対応できません。今以上のアップコンをしても、さすがに受け手だってその「かさ増やし」には気がつきますよ。

時代の終わり。残酷かも知れませんが、アニメだって、その前の何かの座を奪い取って、今の立ち位置を確立したのですから、「宿命」としかいいようがありません。昔のアニメ雑誌(1978年のアニメージュとか)の対談記事とかを読むと、当時のアニメが「旧来の色々な何か」を駆逐していった事が読み取れます。


新しくMacProが発表されましたが、未来の展望を考えると、「その先」のマシンの事、そして作品作りの事を考えずにはいられない、私でした。

来たーMacPro

WWDCで何らかの発表があると睨んでいた新しいMac Pro。「年内発売予定」として、紹介されたようです。

姿はなんと円筒形。しかもかなりコンパクト。




驚くのは、基盤の組み込みかた。なんと、三角柱のように組んであります。





天井部のダクトのような部分に「シロッコファン」みたいのが付いてて、それで空気を循環させるようです。




12コア。‥‥ちまたでは20コアとかも囁かれていたので、まあまあ、これは予想の範疇でしたネ。既に12コアモデルって、あったよネ。

モニタはなんと4Kを3モニタまで繋げるようです。





まあ、これから先(というか、直近でも)を考えれば、4Kに対応してなきゃ、「プロ向けマック」とは言えないですもんネ。


最近のMac Proは買うに値しない製品に成り果ててたから、ようやく「正常な流れ」に復帰してくれたように思います。

‥‥まあ、タワー型のマシンを買ってプロ気分‥‥なんて今どきあり得ないのはAppleも解ってたんでしょうネ。なので、ユーザの失望覚悟で現行MacProを売り続けて、ウラで新製品を開発してたんでしょう。

MacOSXの次期バージョンも紹介されましたし(Sea Lion‥‥というのは冗談ですネ)、ひとまず、「Apple家電メーカー化」は踏みとどまった感があります。

このマシンがG4Cubeのような顛末にならない事を願いつつ。。。

4Kコンテンツ

4Kのテレビが50万を切って発売されるそうな。私のよく見るヨドバシのサイトでも宣伝しておりますネ。

ほほう‥‥。

で、コンテンツは?

まあ、これ以上は申しますまい。

最低でも、48fps、60fpsのプログレッシブのコンテンツ、それを再生できるプレーヤー等々がないと‥‥なんですが、まあ、まだ無理か‥‥。

未来のアニメーション映像に興味のある方は、たとえSDサイズでも、48fpsや60fpsでのフルモーション実験映像を作る事をお勧めします。「モーションの感覚」の世代‥‥というよりは時代の移り変わりが、少しは体感できるはずです。

とりあえず、4K、48fpsにネイティブ対応するだけでも、江戸から明治くらいの変わり方にはなるはず。

私が思うに、アニメにとっての「黒船」は、4K解像度ではなく、フレームレートなのよネ。4Kや8Kはさ、既に静止画の版権類で充分、体験済みじゃん。

今のところ、私の本命は4K96fpsです。もちろん、1秒96枚の絵、です(コマ落ちはなし)。8Kはね‥‥マシンの性能に大革命でもおきない限りは、(実験はともかく)常用など無理ですネ。

宇宙船ペペペペラン

私が小さい頃、家に「ドレミファブック」という音楽絵本がありまして、毎日のようにレコードをかけ、絵を眺めていました。

その中で私が好きだったのは、「ちびくろサンボ」「ないたあかおに」「はくちょうのみずうみ」「ほらふきヤーノシュ」そして「宇宙船ペペペペラン」です。

宇宙船ペペペペランは、抽象絵画のような挿絵でしたが、私は今でも明確に、その時感じたイメージを思い出す事ができます。こずるくて小器用な処世術を身につける前の、無防備かつ、ある種残酷な子供時代のほうが、抽象絵画を感じとる能力は高いのかも知れません。

筋立ては、おじいさんが街にやってきて、子供たちに「昔話のような、未来の話」を聞かせるというものです。話は、地球上が1つの国になった未来に、子供たちだけを乗せた宇宙船ペペペペランが新天地アンドロメダを目指して、宇宙を航行する‥‥と言う内容です。

宇宙船には男女同数の子供が乗っているはずだったが、実は(何かのミスで)男の子が1人多くのっており、男女が思春期を経て結婚するようになると、「弱虫ロン」が1人取り残された。ある時宇宙船に彗星が衝突し、独身で妻帯者ではないロンが船外での危険な修理を引き受ける事になった。修理が済むとすぐにロケットは発進し、ロンは宇宙に取り残され、気が狂れた‥‥という、子供の私には(今思うと)強過ぎるほどの刺激の絵本でした。


‥‥で、最近、エスペラント語の事を人から聞いて、ふと、この「ペペペペラン」の事を思い出したのです。全くエスペラント語の事を知らなかった私(古文書か何かだと思ってた)が、その成り立ちを聞いた後、ふと「ペペペペラン」はエス「ペラン」トのもじりだと言う事に気がつきました。そして、子供の頃に呼んだ「創作絵本」が何を言わんとしてたかが、瞬時にクリアになったのです。

世界に国の境がなくなり、言葉も共通になっても、全ての人間が解り合えて愛し合い幸せになるわけではない‥‥という理不尽などではなく淡々とした現実を、そっと語りかけているのでしょう。これはもっと遡って思いを巡らせれば、自己の「こっち側とむこう側の垣根」は、あらゆる個性に取り憑かれたカラダからは、取り払う事はできない‥‥と言う事ですネ。

ロンがなぜ大勢の女の子の誰ひとりからも愛されなかったのか。作中では、「弱虫」「しし鼻」という理由を上げています。おじいさんの話を聞いてた女の子が「私だったらロンと結婚するのに」とか言うと、他の子が「そしたら、また誰か他の子が余っちゃう」と言います。

恐るべし。ドレミファブック。

子供に何を語ろうとしたのか。何をインプリントしようとしたのか。

今になってしみじみ思うのは、6000万人とも言われる死者を出した未曾有の惨劇とも言えるWWIIを経た人類、その若い世代が自由や友愛に理想を掲げ(例えばヒッピームーブメントのような)、内輪でもめ混乱し、やがて挫折していく様を、この絵本の筋立てに見るのでした。

「子供たちだけで未来の新天地を目指す」というのも、確信的、示唆的です。理想を託された子供たちが、大人になって、どうなったか?‥‥という事ですネ。

この創作絵本の作者は、何か世相から、挫折感を感じとっていたのでしょうかネ。ドレミファブックは、1970年前後の出版なはずですから、例の全共闘絡みの「終盤」です。

創作絵本の中に、自由や友愛の「阿鼻叫喚」が磁気転写されたとしても、何ら不思議ではありませんし、むしろ「大いにありそう」です。

およげたいやきくんも、そんな歌でしたネ。「やっぱり、ぼくはたいやきさ。すこし、焦げある、たいやきさ。オジサン、つばをのみこんで、ぼくをうまそうに食べたのさ。」

レシピにそって、日々、大量に製造される、たいやき。ある日、たいやきは自由を求めて海に逃げ込む。しかし、海は海で、いじわるなサメはいるし、お腹も空く。ふと美味しそうな餌が漂っているのを見て、おもわずパクつく。そしたら、釣り上げられ、もとの世界へと戻されてしまう。結局は、他のたいやきの運命と同様に、オジサンに食べられて一生を終えた。チャンチャン。

なんだろう。この頃の創作家は、大人の社会での無念を、子供に訴えかけようとしてたんでしょうかネ? ‥‥で、私はその子供のなかの1人です。うーむ。

70年代は、そんな風味が数多い時代‥‥ですネ。

ずっと欲しかったプラモ

子供の頃、「畏怖の念」を持って眺めた箱絵のハセガワのプラモデルを、ようやく入手できました。F-4Eの「シャークティース」のパッケージのプラモデルで、たしか当時の価格は400円だったと思います。私が小学校3〜4年の頃、ですネ。

そのプラモデルは3つ離れた兄が買ってきたもので、逆ガルで鋸翼の主翼、機首のバルカン砲、ベトナム迷彩、爆弾をしこたま翼下に搭載し、トドメは機首の恐ろしげな顔。戦闘爆撃機の凶暴で粗野なイメージを体現する箱絵、そしてキットでした。

当時の特撮やアニメヒーローの「かっこいい」とは、全く別次元の強烈な印象を、ハセガワのいち商品から受けたのです。

実機のプラモデルは、「子供に人気がでるように」デザインはされていません。プラモデルが売れるように、マクドネルダグラス社がF-4を作ったわけじゃないですもんネ。

しかし、なんでまた、子供に「飛行機や戦車が人気があるのか」。「ロボットやヒーローが敵を討ち果たすストーリーを見て、歓喜するのか」。

カッコいいと思わせる要素って、何なの?

大げさに言えば、そんなような部分を、子供ながらに感づいて意識するようになったキッカケが、このプラモの箱絵かも知れません。だって、このF-4ファントムの攻撃して殺傷する相手は、絵に描いたような悪人顔の秘密結社の戦闘員じゃないですからネ。

私の母系の家系は昔から浅草にあって、祖父母が結婚した時に高円寺に居を構えたのですが、母は子供ながらに東京大空襲で空が真赤になっているのを見たと言っております。私は「その頃はもう群馬に疎開して、高崎の大空襲と記憶違いなんじゃないの?」と聞いたのですが、「よくわからない」らしいです。高円寺の住所もわかっているので、今度、「その地域が無事に焼け残ったのか」を調べるつもりですが、何とも壮絶な話です。

飛行機が大挙して飛来して、こともあろうに、爆弾(というか焼夷弾)を落としていく‥‥んですから、よく考えてみれば、凄い事です。「公然と人間を殺しにやってくる」のですから。

なのに、なぜ、カッコいい? そう感じる?

子供時代の無垢な部分と残忍な部分。大人も、子供に対して友愛や平和を説く一方で、小さな事から大きな事まで争い事を止める事はない。

子供心に、「自分は、人間の呪いの中に、居る」という事を、うすうす、感じさせた「思い出深い」キットなのです。

F-4Eのパッケージ。シャークティースの口の中が真赤で、陰惨な印象すら受けます。思い出すのは、ゴヤのこの絵。

子供の頃、怖過ぎてイヤだったなぁ。。。いや、今見ても、充分、怖いですワ。



CLIPのソフトウェア

昔、「セルシス」ブランドで販売されていたComic StudioやRETASなどが、今ではCLIPブランド(と言っていいのかな?)で発売されています。

私は、特に旧RETASに関しては、従来アニメとの作業上の互換を保つあまりに、どうも「アニメを昔の型に押し込められている」と感じて、ずっと使ってきませんでした。「透過光」という言葉1つとっても、もはや、コンピュータで映像表現をおこなう際には(わたし的には)「不毛」なスタンスだと思っているからです。‥‥あ、私の想いと、現場の現実は別、ですヨ。

新しいツールを手にしたのに、なぜ、昔の型を踏襲するのか。

例えば、飛行機に爆弾を積んで「飛距離のとても長い砲弾」として扱うようなもの‥‥とでもいいましょうか。新しい能力を、「戦術」ひいては「戦略」上で見誤る、重大な「人的過失」だと思うからです。

前置きが長くなりました‥‥が、最近、CLIPブランドに衣替えし、呼び名も新しくなったペイント系ソフトウェア「CLIP STUDIO PAINT EX」を使ったのですが(もちろん、自腹よ)、‥‥何か、柔軟性が向上しているように感じました。‥‥昔の印象と違います。

昔の型を踏襲しなくても、ソフトウェアが使える。

旧来のソフトウェア群にあった「型ハメ」の匂いが少なくなって、「結構、何でも活用できそうな予感」のするソフトウェアです。絵を描く‥‥という行為に対して、マンガやアニメの「売れ線」「スタンダード」の型にハマらずに、汎用性に富んだ使い方ができるような感触です。

旧来のComic Studio由来の「日本のマンガ」スタイルのツールも継承していますが、それらはあえて「日本のマンガ」スタイルで使わなくてもよく、自由度が高いように思います。

また売り方も、大きく変わっています。資金の乏しい学生、中学生のお小遣いやりくりレベルでも、ソフトウェアが使えるようになっています。バリュー版は月額500円。「500GOLD」という単位を導入しているのは、クレジットカードを持てない層に配慮しているように思えます。これ‥‥って、大げさな物言いかも知れませんが、「Grand Strategy」視野の思考ですよネ。さらには、その上の段階も目指しているんだろうか‥‥とつい邪推してしまうような、大きな目論見を感じます。何もなしに500円なんかでソフトは提供できないと思いますし。

サイトを見ると、「色々と買わせて」みたいに感じる人もいるかもしれませんが、絵を描く道具の購入は、ただ単に消費する一方のソリューションではありません。ゲームやコレクションとは性質が異なります。道具を買ったユーザが、今度は生み出す側になるわけです。プレミアムなイラストを「get」するんじゃなくて、自分の腕を上げて「make new」するのです。

日本人てさ、生み出す国民だと思ってたけど、最近は消費する国民じゃん。チョイスして消費するのが「センス」だと思うようになって‥‥。たとえ、最初は誰かのマネで、ツールにおんぶされてても、自分の手から生み出さないとさ。iPhoneばかり弄ってても‥‥さ。


話を元に戻して。‥‥思うに、2000年頃のRETASのイメージの延長線上で、CLIPブランドを捉えるのは間違いなのかも知れません。

セルシスの名をやめ、CLIPへと移行し、衣替えした老舗。全く内情はわからないですが、何か、新しい流れを、傍目からでも感じます。数年前にどんと安く売りはじめたのは、単なる前哨戦であって‥‥、うーむ、こういう展開で来たのか‥‥と、感慨に浸りました。


ちなみに、CLIP STUDIO PAINT EXは、Photoshopには無い「絵を描くのに有用な」機能があります。ベクター系の機能はComic Studio時代から実装されてはいましたが、やはり便利だし品質にも貢献します。SketchBookProあたりが競合かも知れませんが、コミック機能(吹き出しとかネ)は何かと使い回しがきいて、これからの電子図書の流れにもハマるやも知れません。ベクターでどんどん描ける、「Photoshopでの工夫では追いつかないレベル」のツールが備わっているのが、最大の魅力でしょう。

RETASのほうはどうなんだろうか。インターフェイスを見るに、「レイアウト、原画、動画、背景、ペイント、タイムシート、etc」のようなスタンスらしきものなので、わたし的にはPaintManの作業性には惹かれるのですが、未来の2Dアニメーションにはもはや対応できない印象が強いです。

一方、CLIP STUDIO MODELER(開発中との事)とかは、六角大王の長年のファンでもある私にとって、「なるほど、こういう事だったのか」と合点が行く「終作」吸収劇を感じました。私は近年は「大人の女性」を描きたい衝動が強いですが、3Dベースの可愛い女キャラも良いんじゃないでしょうか。3Dのキャラが身近になるのは良い事です。私は描き絵、2D派ですが、3Dもどんどん発達して、土壌が豊かになるのが良いと考えております。

欧米人の価値観では考えもつかない、2D,3Dの面白さを、皆で作ろうぜ。‥‥ちゅう事ですネ。


やっぱさ、子供のうちから、ツールになれて、絵を描かないとさ。ピラミッドの土台を支えるのは、技術ですからネ。

雑感

H.265の圧縮率は、スペックを読むに、ものスゴいですネ。

フルHD/30fpsで2Mbps、4K/30fpsで10Mbps。まあ、これは配信時の最低スペックかとは思いますが、どこまで圧縮できるんだ?‥‥という感じです。

H.265だけ見ると脅威的ですが、コーデックの歴史を見ると、段階的に技術が進歩してきた事がわかります。

よく考える事ですが、鎌倉時代に新幹線が造れなかったのは、技術の積み重ねが出来上がってなかったから‥‥ですよね。凄く、極端な言い方ですけども。資材は地球上に昔からあったはずですしネ。1900年代のある日突然、隕石に乗って、世界のテクノロジを一新する新素材がやってきたわけじゃないもんネ。

世界全域ひっくるめて、とてつもなく長い時間の中で、知識や技術、そしていくつもの発明が積み重なって、段階的に色々な事が可能になっていった‥‥のでしょう。すごく歴史の長い、夥しいマンパワーの、地道な積み重ねの成果です。

視野を小さくして、例えると‥‥

レインボー戦隊ロビンやビッグXなどのアニメを作ってた時代に、なぜ攻殻機動隊と同じ作画レベルが存在しなかったのか。技術の積み重ねと、それによるマインドセットが無かったからです。

ポール・ギルバートやイングヴェイ、エドワード・ヴァン・ヘイレンのようなギタリストが、なぜ1950年代に現れなかったのか。ストラトは既に1954年から発売してたのに?‥‥結局、同じ理由、ですネ。

個人レベルでもそうで、何で昔の自分は、あんなに迂闊な絵を描いてたのか、とか。歳喰って、技術が蓄積された状態で過去を振り返ると、過去の自分の稚拙さに、他人事のように驚いたり。決して、手の機能が劣ってたわけではなく、単に知識と技術が足りてなかっただけです。

個人規模でも、ジャンル規模でも、世界規模でも、歴史規模でも、技術の積み重ねって、土台を支える必要不可欠なものですネ。

楽器でも映像でも、おそらく工業分野でも、「もっとできるはず」「もしかしたら」という人間の冒険心・好奇心・欲求があればこそ、技術は進化していくのでしょう。

ハイスペック、それならそれで

昔の世代の人間ほど、「もうこれ以上のハイスペックはなくても良いんじゃないか」と思いがちです。色々苦労してきた‥‥もんネ。前回書いた、4K/96fpsなど「昔からは想像もできない」スペックを「どう使いこなしたら良いかわからない」なんていうつぶやきを、ちらほら、みかけます。

新しいフォーマットには、新しいアイデアが必須だと思います。単に解像度がデカくなっただけのものを、消費層が手放しに喜ぶとは思えません。

無理をして、新しいものにのっかる必要はないのです。おそらく、そう簡単には今のHD(1920)は消えず、互換性を保ったまま存続されると思いますから、年齢によっては、逃げ切れるんじゃないかと思います。アイデアを持てなくなった時点で、色んな意味で、「引き際」なのかも知れません。わくわくする感覚が失せ、辟易する感覚のほうが先立つようなら、それが自身の状態を示すバロメーターなのです。

ただ、今の性能で充分と思っている消費層に、冷水を浴びせる事になるのが、UHDである‥‥とは思います。「4Kで60fps、96fpsプログレッシブなんだ、へぇー」じゃ済まなそうです。マシンの「より高い処理性能」を必要とするのが、未来の映像フォーマットです。1世代前のCore2Duoの廉価マシンとか、i3の29,800円のマシンでは、まあ、NGでしょうネ。最近の「安く手軽に買えるPC」では、H.265など新世代のコーデックのデコード時にキツいような予感。

4Kでは民生標準で20〜40Mbpsの速度を必要とする(それでもスゲぇ圧縮率だな)らしいので、今のインフラじゃちょっと無理っぽいです。見れそうなのは、ギガビットを謳う高速通信が契約できて、実際に相応の速度が出ている、幸運なユーザだけ。余裕を持って見るには、100Mbpsくらいの実測値が必要だと思われます。ちなみに私の自宅は実測30〜50Mbps程度なので、パツパツで無理っぽい感じです。
*つい前まで20Mbpsくらいしか速度が出なかったんですが、共有設備を換えたらしく、今計ったら、結構速度が出てました。一応、300Mの契約してるんで、20Mしか出なかった頃は、悲しかったですけどネ。

8Kになると、民生仕様のマックスは340Mbpsを計画しているようで、さらに再生のハードルが上がります。それにしても、8Kで340Mbpsっていうのも、壮絶な圧縮率ですネ。HDサイズのProRes4444が大体似たようなビットレートなので、ProRes4444をコマ落ちなく再生できる環境なら、8K映像を再生できる可能性がある‥‥かもしれませんが、デコード時の負荷も相当でしょうから、何とも言えません。当然、今のネット速度じゃインターネット経由は絶望的ですネ。

これらのビットレートは、あくまで民生レベルであって、プロ環境では、数ギガbpsを扱う事も珍しくなくなるでしょう。もうそろそろ、ほんとに、次世代のマシンが欲しいです。ここんところ、昔のような「飛躍的な処理速度の進歩」がないので、このまま大してPCの性能が向上しないままだと、作る側は結構しんどくなるでしょうネ。

つまりは、色々な部分に、ハイスペック化の余波が及ぶ‥‥という事でしょうネ。でもまあ、実際、現時点の生活環境を見回すと、明確に意識せぬまま、世の流れにまかせて、昔と比べて随分とハイスペックなあれこれに「いつのまにか」囲まれています。場所を取るブラウン管のテレビ、あんなに普及したVHSはどこにいっちゃったんでしょうか。今じゃ、HDDにフルHDで録画、薄い液晶テレビ‥‥ですからネ。UHDもなんだかんだいって、徐々に馴染んでしまうのかも知れません。

「今くらいの処理速度で充分」と思っていたマシンや、2.5Kのディスプレイは、UHDの前では随分と見劣りする機器に成り果てるんでしょうネ。ちょうど、PowerPCのMacや1154pxの4:3モニタが、今ではひどく前時代のものに感じられるように。

未来は、iPadやKindleのようなロースペックソリューションと、UHDやホームユースDCPのようなハイスペックソリューションが、同時進行・平行して展開されるのかも知れません。1ページにつき数十KBの制限がある一方で、100〜300Mbpsの映像データを難なくストリームする機器が、同じ家庭で共存する‥‥のかも。

ハイスペック、それならそれで、固着した購買層に、刺激となって作用するのか知れません。

現代人の生き方は、ある種、究極の2択。テクノロジーに乗っかって舗装路を歩むか、テクノロジーに背を向け野へ帰るか。その中間‥‥なんていう都合の良い選択肢は無いのかも知れません。テクノロジーの恩恵に与る以上、結局は、舗装路に引きずりだされるのかも。

私の場合、作品を造る事に人生を託してしまったので、もはや、現代社会の呪縛から逃れられないと、観念しています。インターネットや発達した交通網が無ければ、作品を見てもらう事すらできないですからネ。

4K,96fps

最近、数が出てきている4K寸法のハイFPSのムービーですが、YouTubeに上がっているのは、YouTubeの仕様により、かなり画質が落ちている上に、フレームレートは24や30fpsなので、逆に誤解を生じるんじゃないかと思います。「現在のフルHDと、大して変わらん」‥‥と。

フレームレートが24fpsまで落ちているのを、96fpsの単語をムービーのタイトルに混ぜるのは、ちょっとなあ。‥‥画質ももっさりして、あまり奇麗じゃないよネ。圧縮でかなり画質が落ちていると思われます。

ウルトラHDには、4Kと8Kがあるんですが、アメリカで4Kの規格を「UHD」と呼ぶ事に決めたそうで、UHD==4Kというのが定着してしまいそうな予感。じゃあ、8Kはどう呼ぶんかな?

96fpsって、つまりは24x4です。例えば、今の3コマ均等のシートだと、96fps時代には12コマ均等になってしまいます。いわゆる「12コマ打ち」「12コマ落ち」ですネ。

で、3コマを崩さず、中枚数を増やすと、中3枚の歩きが中12枚の歩きになります。

12コマ打ちの映像は、周囲の48コマ、60コマ、96コマのフルモーションの動きに比べて、さぞや、カクカクしたものに感じられるでしょう。一般の人たちは、どんどん新しいフォーマットに馴れていきますから(=過去の歴史から学ぼう)、アニメの24コマフィルム時代の2コマ、3コマの動きは、新しい技術と比較して相対的に、見ていてキツく辛い、古めかしいものになっていくでしょうネ。極端に言えば、トーキー時代の映像を今見るのと、同じようなニュアンスです。

24コマといえばフィルム映画ですが、映画館では急速にフィルムが姿を消しているとか。いわゆる「デジタルシネマ」にどんどん移行して、フィルム映写機自体が引退しているようです。あれだけ馴染んで、愛着をもって接した、フィルム上映の映画館が、数年で大きく様変わりしているのです。

観客から「フィルム上映をやめないでほしい」という大ブーイングが起こったという話は聞きません。一般の人は、一段と奇麗で滑らかで、見ていてストレスのないフォーマットに流れていく‥‥のでしょう。

そんな中、アニメだけが「24コマ」を維持し、客層からも優遇され、技術革新を免除される‥‥なんて事は、考えにくいですよネ。近い将来、旧作ならともかく、新作でもあいも変わらず旧フォーマットにしがみついている様を、消費層はどう見るのか。

「つーか、UHDが普及する前提で話してるみたいだけど、本当に普及なんかするのかね?」と思う人もいるでしょう。私も未来の事は何も「断言」はできません。しかし、今までの歴史、経緯を振り返ると、普及しないと考えるほうが難しいように思います。

私もその昔、秋葉原でハイビジョンを見て、女優さんの髪の毛の1本はおろか、毛穴まで見える高詳細映像に驚き、「こんなテレビ、一般家庭で普及するんかねぇ」と半信半疑でしたが、結果はご覧の通り。どこか数社で盛り上げようとしているハードウェアの規格なら消えちゃう事もありますが、放送・映像のソリューションを包括する世界規模の規格に発展し始めているUHDですから、重大な何かでも発生しなければ、推進していくんじゃないかと思います。

「プロならともかく、一般家庭に、これ以上の高性能な映像が必要? 見分けられないんじゃないの?」と思う人もいるでしょう。

一般の人は、今、平然と「地デジ」を見ています。今までのSD画質は「無かった事に」なっています。たまに間違えて、アナログチャンネル(建物設備が信号を変換してアナログチューナーでも受信できるようになっている場合)を見ると、専門知識を持たない人でも、そのボヤけ具合、不鮮明さに、一目で驚くほどです。

YouTubeで見る分には、4Kの映像のスゴさは解りにくいです。フレームレートの低さは特に致命的です。しかし、「本当の4K、8K」「本当の60fps、96fps」を見れば、あまりの差に誰もが気付くと思います。私は120fpsは出力した事がないので見た事はないですが、120fpsは「限りなく透明なガラスの向こうの現実」を見る思い‥‥かも知れません。フレームレートの向上による、生理面に訴えるモーションのパワーは、絶大です。

私は既に、3〜4Kで48fps,60fpsで動くアニメーション映像を、自己研究により認知しています。もう、今までの「アニメ」ではなく、「絵の世界が動く」とでも言うような不思議な感覚の映像です。大事にしている大判の画集、その中の大好きな絵が、濁り無く透明に、高密・細密に動くとしたら? 実物のシミュレーションではなく、絵描きの感性が、観る者に、リアルに指で触れられる距離に存在するとしたら? ハイFPSの世界は、もはや、今までの「テレビを見る」という「いつもの感覚」とは別次元なのです。

今、YouTubeで出始めている4Kの世界。まだまだそのパワーを実感できるような状況ではないですが、各国において、水面下でどんどん進行している気配を強く感じます。アップコンで現状を切り抜ける事は、今を生きるために必要な事でしょう。しかし、同時に、未来への礎を築く取り組みも、等しく必要だと思うのです。

*注)ここでいう96fpsや120fpsは、画像が96枚、120枚、ちゃんと記録された映像の事です。フレーム間を補完するfpsではありません。


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