4Kコンテンツ

4Kのテレビが50万を切って発売されるそうな。私のよく見るヨドバシのサイトでも宣伝しておりますネ。

ほほう‥‥。

で、コンテンツは?

まあ、これ以上は申しますまい。

最低でも、48fps、60fpsのプログレッシブのコンテンツ、それを再生できるプレーヤー等々がないと‥‥なんですが、まあ、まだ無理か‥‥。

未来のアニメーション映像に興味のある方は、たとえSDサイズでも、48fpsや60fpsでのフルモーション実験映像を作る事をお勧めします。「モーションの感覚」の世代‥‥というよりは時代の移り変わりが、少しは体感できるはずです。

とりあえず、4K、48fpsにネイティブ対応するだけでも、江戸から明治くらいの変わり方にはなるはず。

私が思うに、アニメにとっての「黒船」は、4K解像度ではなく、フレームレートなのよネ。4Kや8Kはさ、既に静止画の版権類で充分、体験済みじゃん。

今のところ、私の本命は4K96fpsです。もちろん、1秒96枚の絵、です(コマ落ちはなし)。8Kはね‥‥マシンの性能に大革命でもおきない限りは、(実験はともかく)常用など無理ですネ。

宇宙船ペペペペラン

私が小さい頃、家に「ドレミファブック」という音楽絵本がありまして、毎日のようにレコードをかけ、絵を眺めていました。

その中で私が好きだったのは、「ちびくろサンボ」「ないたあかおに」「はくちょうのみずうみ」「ほらふきヤーノシュ」そして「宇宙船ペペペペラン」です。

宇宙船ペペペペランは、抽象絵画のような挿絵でしたが、私は今でも明確に、その時感じたイメージを思い出す事ができます。こずるくて小器用な処世術を身につける前の、無防備かつ、ある種残酷な子供時代のほうが、抽象絵画を感じとる能力は高いのかも知れません。

筋立ては、おじいさんが街にやってきて、子供たちに「昔話のような、未来の話」を聞かせるというものです。話は、地球上が1つの国になった未来に、子供たちだけを乗せた宇宙船ペペペペランが新天地アンドロメダを目指して、宇宙を航行する‥‥と言う内容です。

宇宙船には男女同数の子供が乗っているはずだったが、実は(何かのミスで)男の子が1人多くのっており、男女が思春期を経て結婚するようになると、「弱虫ロン」が1人取り残された。ある時宇宙船に彗星が衝突し、独身で妻帯者ではないロンが船外での危険な修理を引き受ける事になった。修理が済むとすぐにロケットは発進し、ロンは宇宙に取り残され、気が狂れた‥‥という、子供の私には(今思うと)強過ぎるほどの刺激の絵本でした。


‥‥で、最近、エスペラント語の事を人から聞いて、ふと、この「ペペペペラン」の事を思い出したのです。全くエスペラント語の事を知らなかった私(古文書か何かだと思ってた)が、その成り立ちを聞いた後、ふと「ペペペペラン」はエス「ペラン」トのもじりだと言う事に気がつきました。そして、子供の頃に呼んだ「創作絵本」が何を言わんとしてたかが、瞬時にクリアになったのです。

世界に国の境がなくなり、言葉も共通になっても、全ての人間が解り合えて愛し合い幸せになるわけではない‥‥という理不尽などではなく淡々とした現実を、そっと語りかけているのでしょう。これはもっと遡って思いを巡らせれば、自己の「こっち側とむこう側の垣根」は、あらゆる個性に取り憑かれたカラダからは、取り払う事はできない‥‥と言う事ですネ。

ロンがなぜ大勢の女の子の誰ひとりからも愛されなかったのか。作中では、「弱虫」「しし鼻」という理由を上げています。おじいさんの話を聞いてた女の子が「私だったらロンと結婚するのに」とか言うと、他の子が「そしたら、また誰か他の子が余っちゃう」と言います。

恐るべし。ドレミファブック。

子供に何を語ろうとしたのか。何をインプリントしようとしたのか。

今になってしみじみ思うのは、6000万人とも言われる死者を出した未曾有の惨劇とも言えるWWIIを経た人類、その若い世代が自由や友愛に理想を掲げ(例えばヒッピームーブメントのような)、内輪でもめ混乱し、やがて挫折していく様を、この絵本の筋立てに見るのでした。

「子供たちだけで未来の新天地を目指す」というのも、確信的、示唆的です。理想を託された子供たちが、大人になって、どうなったか?‥‥という事ですネ。

この創作絵本の作者は、何か世相から、挫折感を感じとっていたのでしょうかネ。ドレミファブックは、1970年前後の出版なはずですから、例の全共闘絡みの「終盤」です。

創作絵本の中に、自由や友愛の「阿鼻叫喚」が磁気転写されたとしても、何ら不思議ではありませんし、むしろ「大いにありそう」です。

およげたいやきくんも、そんな歌でしたネ。「やっぱり、ぼくはたいやきさ。すこし、焦げある、たいやきさ。オジサン、つばをのみこんで、ぼくをうまそうに食べたのさ。」

レシピにそって、日々、大量に製造される、たいやき。ある日、たいやきは自由を求めて海に逃げ込む。しかし、海は海で、いじわるなサメはいるし、お腹も空く。ふと美味しそうな餌が漂っているのを見て、おもわずパクつく。そしたら、釣り上げられ、もとの世界へと戻されてしまう。結局は、他のたいやきの運命と同様に、オジサンに食べられて一生を終えた。チャンチャン。

なんだろう。この頃の創作家は、大人の社会での無念を、子供に訴えかけようとしてたんでしょうかネ? ‥‥で、私はその子供のなかの1人です。うーむ。

70年代は、そんな風味が数多い時代‥‥ですネ。

ずっと欲しかったプラモ

子供の頃、「畏怖の念」を持って眺めた箱絵のハセガワのプラモデルを、ようやく入手できました。F-4Eの「シャークティース」のパッケージのプラモデルで、たしか当時の価格は400円だったと思います。私が小学校3〜4年の頃、ですネ。

そのプラモデルは3つ離れた兄が買ってきたもので、逆ガルで鋸翼の主翼、機首のバルカン砲、ベトナム迷彩、爆弾をしこたま翼下に搭載し、トドメは機首の恐ろしげな顔。戦闘爆撃機の凶暴で粗野なイメージを体現する箱絵、そしてキットでした。

当時の特撮やアニメヒーローの「かっこいい」とは、全く別次元の強烈な印象を、ハセガワのいち商品から受けたのです。

実機のプラモデルは、「子供に人気がでるように」デザインはされていません。プラモデルが売れるように、マクドネルダグラス社がF-4を作ったわけじゃないですもんネ。

しかし、なんでまた、子供に「飛行機や戦車が人気があるのか」。「ロボットやヒーローが敵を討ち果たすストーリーを見て、歓喜するのか」。

カッコいいと思わせる要素って、何なの?

大げさに言えば、そんなような部分を、子供ながらに感づいて意識するようになったキッカケが、このプラモの箱絵かも知れません。だって、このF-4ファントムの攻撃して殺傷する相手は、絵に描いたような悪人顔の秘密結社の戦闘員じゃないですからネ。

私の母系の家系は昔から浅草にあって、祖父母が結婚した時に高円寺に居を構えたのですが、母は子供ながらに東京大空襲で空が真赤になっているのを見たと言っております。私は「その頃はもう群馬に疎開して、高崎の大空襲と記憶違いなんじゃないの?」と聞いたのですが、「よくわからない」らしいです。高円寺の住所もわかっているので、今度、「その地域が無事に焼け残ったのか」を調べるつもりですが、何とも壮絶な話です。

飛行機が大挙して飛来して、こともあろうに、爆弾(というか焼夷弾)を落としていく‥‥んですから、よく考えてみれば、凄い事です。「公然と人間を殺しにやってくる」のですから。

なのに、なぜ、カッコいい? そう感じる?

子供時代の無垢な部分と残忍な部分。大人も、子供に対して友愛や平和を説く一方で、小さな事から大きな事まで争い事を止める事はない。

子供心に、「自分は、人間の呪いの中に、居る」という事を、うすうす、感じさせた「思い出深い」キットなのです。

F-4Eのパッケージ。シャークティースの口の中が真赤で、陰惨な印象すら受けます。思い出すのは、ゴヤのこの絵。

子供の頃、怖過ぎてイヤだったなぁ。。。いや、今見ても、充分、怖いですワ。



CLIPのソフトウェア

昔、「セルシス」ブランドで販売されていたComic StudioやRETASなどが、今ではCLIPブランド(と言っていいのかな?)で発売されています。

私は、特に旧RETASに関しては、従来アニメとの作業上の互換を保つあまりに、どうも「アニメを昔の型に押し込められている」と感じて、ずっと使ってきませんでした。「透過光」という言葉1つとっても、もはや、コンピュータで映像表現をおこなう際には(わたし的には)「不毛」なスタンスだと思っているからです。‥‥あ、私の想いと、現場の現実は別、ですヨ。

新しいツールを手にしたのに、なぜ、昔の型を踏襲するのか。

例えば、飛行機に爆弾を積んで「飛距離のとても長い砲弾」として扱うようなもの‥‥とでもいいましょうか。新しい能力を、「戦術」ひいては「戦略」上で見誤る、重大な「人的過失」だと思うからです。

前置きが長くなりました‥‥が、最近、CLIPブランドに衣替えし、呼び名も新しくなったペイント系ソフトウェア「CLIP STUDIO PAINT EX」を使ったのですが(もちろん、自腹よ)、‥‥何か、柔軟性が向上しているように感じました。‥‥昔の印象と違います。

昔の型を踏襲しなくても、ソフトウェアが使える。

旧来のソフトウェア群にあった「型ハメ」の匂いが少なくなって、「結構、何でも活用できそうな予感」のするソフトウェアです。絵を描く‥‥という行為に対して、マンガやアニメの「売れ線」「スタンダード」の型にハマらずに、汎用性に富んだ使い方ができるような感触です。

旧来のComic Studio由来の「日本のマンガ」スタイルのツールも継承していますが、それらはあえて「日本のマンガ」スタイルで使わなくてもよく、自由度が高いように思います。

また売り方も、大きく変わっています。資金の乏しい学生、中学生のお小遣いやりくりレベルでも、ソフトウェアが使えるようになっています。バリュー版は月額500円。「500GOLD」という単位を導入しているのは、クレジットカードを持てない層に配慮しているように思えます。これ‥‥って、大げさな物言いかも知れませんが、「Grand Strategy」視野の思考ですよネ。さらには、その上の段階も目指しているんだろうか‥‥とつい邪推してしまうような、大きな目論見を感じます。何もなしに500円なんかでソフトは提供できないと思いますし。

サイトを見ると、「色々と買わせて」みたいに感じる人もいるかもしれませんが、絵を描く道具の購入は、ただ単に消費する一方のソリューションではありません。ゲームやコレクションとは性質が異なります。道具を買ったユーザが、今度は生み出す側になるわけです。プレミアムなイラストを「get」するんじゃなくて、自分の腕を上げて「make new」するのです。

日本人てさ、生み出す国民だと思ってたけど、最近は消費する国民じゃん。チョイスして消費するのが「センス」だと思うようになって‥‥。たとえ、最初は誰かのマネで、ツールにおんぶされてても、自分の手から生み出さないとさ。iPhoneばかり弄ってても‥‥さ。


話を元に戻して。‥‥思うに、2000年頃のRETASのイメージの延長線上で、CLIPブランドを捉えるのは間違いなのかも知れません。

セルシスの名をやめ、CLIPへと移行し、衣替えした老舗。全く内情はわからないですが、何か、新しい流れを、傍目からでも感じます。数年前にどんと安く売りはじめたのは、単なる前哨戦であって‥‥、うーむ、こういう展開で来たのか‥‥と、感慨に浸りました。


ちなみに、CLIP STUDIO PAINT EXは、Photoshopには無い「絵を描くのに有用な」機能があります。ベクター系の機能はComic Studio時代から実装されてはいましたが、やはり便利だし品質にも貢献します。SketchBookProあたりが競合かも知れませんが、コミック機能(吹き出しとかネ)は何かと使い回しがきいて、これからの電子図書の流れにもハマるやも知れません。ベクターでどんどん描ける、「Photoshopでの工夫では追いつかないレベル」のツールが備わっているのが、最大の魅力でしょう。

RETASのほうはどうなんだろうか。インターフェイスを見るに、「レイアウト、原画、動画、背景、ペイント、タイムシート、etc」のようなスタンスらしきものなので、わたし的にはPaintManの作業性には惹かれるのですが、未来の2Dアニメーションにはもはや対応できない印象が強いです。

一方、CLIP STUDIO MODELER(開発中との事)とかは、六角大王の長年のファンでもある私にとって、「なるほど、こういう事だったのか」と合点が行く「終作」吸収劇を感じました。私は近年は「大人の女性」を描きたい衝動が強いですが、3Dベースの可愛い女キャラも良いんじゃないでしょうか。3Dのキャラが身近になるのは良い事です。私は描き絵、2D派ですが、3Dもどんどん発達して、土壌が豊かになるのが良いと考えております。

欧米人の価値観では考えもつかない、2D,3Dの面白さを、皆で作ろうぜ。‥‥ちゅう事ですネ。


やっぱさ、子供のうちから、ツールになれて、絵を描かないとさ。ピラミッドの土台を支えるのは、技術ですからネ。

雑感

H.265の圧縮率は、スペックを読むに、ものスゴいですネ。

フルHD/30fpsで2Mbps、4K/30fpsで10Mbps。まあ、これは配信時の最低スペックかとは思いますが、どこまで圧縮できるんだ?‥‥という感じです。

H.265だけ見ると脅威的ですが、コーデックの歴史を見ると、段階的に技術が進歩してきた事がわかります。

よく考える事ですが、鎌倉時代に新幹線が造れなかったのは、技術の積み重ねが出来上がってなかったから‥‥ですよね。凄く、極端な言い方ですけども。資材は地球上に昔からあったはずですしネ。1900年代のある日突然、隕石に乗って、世界のテクノロジを一新する新素材がやってきたわけじゃないもんネ。

世界全域ひっくるめて、とてつもなく長い時間の中で、知識や技術、そしていくつもの発明が積み重なって、段階的に色々な事が可能になっていった‥‥のでしょう。すごく歴史の長い、夥しいマンパワーの、地道な積み重ねの成果です。

視野を小さくして、例えると‥‥

レインボー戦隊ロビンやビッグXなどのアニメを作ってた時代に、なぜ攻殻機動隊と同じ作画レベルが存在しなかったのか。技術の積み重ねと、それによるマインドセットが無かったからです。

ポール・ギルバートやイングヴェイ、エドワード・ヴァン・ヘイレンのようなギタリストが、なぜ1950年代に現れなかったのか。ストラトは既に1954年から発売してたのに?‥‥結局、同じ理由、ですネ。

個人レベルでもそうで、何で昔の自分は、あんなに迂闊な絵を描いてたのか、とか。歳喰って、技術が蓄積された状態で過去を振り返ると、過去の自分の稚拙さに、他人事のように驚いたり。決して、手の機能が劣ってたわけではなく、単に知識と技術が足りてなかっただけです。

個人規模でも、ジャンル規模でも、世界規模でも、歴史規模でも、技術の積み重ねって、土台を支える必要不可欠なものですネ。

楽器でも映像でも、おそらく工業分野でも、「もっとできるはず」「もしかしたら」という人間の冒険心・好奇心・欲求があればこそ、技術は進化していくのでしょう。

ハイスペック、それならそれで

昔の世代の人間ほど、「もうこれ以上のハイスペックはなくても良いんじゃないか」と思いがちです。色々苦労してきた‥‥もんネ。前回書いた、4K/96fpsなど「昔からは想像もできない」スペックを「どう使いこなしたら良いかわからない」なんていうつぶやきを、ちらほら、みかけます。

新しいフォーマットには、新しいアイデアが必須だと思います。単に解像度がデカくなっただけのものを、消費層が手放しに喜ぶとは思えません。

無理をして、新しいものにのっかる必要はないのです。おそらく、そう簡単には今のHD(1920)は消えず、互換性を保ったまま存続されると思いますから、年齢によっては、逃げ切れるんじゃないかと思います。アイデアを持てなくなった時点で、色んな意味で、「引き際」なのかも知れません。わくわくする感覚が失せ、辟易する感覚のほうが先立つようなら、それが自身の状態を示すバロメーターなのです。

ただ、今の性能で充分と思っている消費層に、冷水を浴びせる事になるのが、UHDである‥‥とは思います。「4Kで60fps、96fpsプログレッシブなんだ、へぇー」じゃ済まなそうです。マシンの「より高い処理性能」を必要とするのが、未来の映像フォーマットです。1世代前のCore2Duoの廉価マシンとか、i3の29,800円のマシンでは、まあ、NGでしょうネ。最近の「安く手軽に買えるPC」では、H.265など新世代のコーデックのデコード時にキツいような予感。

4Kでは民生標準で20〜40Mbpsの速度を必要とする(それでもスゲぇ圧縮率だな)らしいので、今のインフラじゃちょっと無理っぽいです。見れそうなのは、ギガビットを謳う高速通信が契約できて、実際に相応の速度が出ている、幸運なユーザだけ。余裕を持って見るには、100Mbpsくらいの実測値が必要だと思われます。ちなみに私の自宅は実測30〜50Mbps程度なので、パツパツで無理っぽい感じです。
*つい前まで20Mbpsくらいしか速度が出なかったんですが、共有設備を換えたらしく、今計ったら、結構速度が出てました。一応、300Mの契約してるんで、20Mしか出なかった頃は、悲しかったですけどネ。

8Kになると、民生仕様のマックスは340Mbpsを計画しているようで、さらに再生のハードルが上がります。それにしても、8Kで340Mbpsっていうのも、壮絶な圧縮率ですネ。HDサイズのProRes4444が大体似たようなビットレートなので、ProRes4444をコマ落ちなく再生できる環境なら、8K映像を再生できる可能性がある‥‥かもしれませんが、デコード時の負荷も相当でしょうから、何とも言えません。当然、今のネット速度じゃインターネット経由は絶望的ですネ。

これらのビットレートは、あくまで民生レベルであって、プロ環境では、数ギガbpsを扱う事も珍しくなくなるでしょう。もうそろそろ、ほんとに、次世代のマシンが欲しいです。ここんところ、昔のような「飛躍的な処理速度の進歩」がないので、このまま大してPCの性能が向上しないままだと、作る側は結構しんどくなるでしょうネ。

つまりは、色々な部分に、ハイスペック化の余波が及ぶ‥‥という事でしょうネ。でもまあ、実際、現時点の生活環境を見回すと、明確に意識せぬまま、世の流れにまかせて、昔と比べて随分とハイスペックなあれこれに「いつのまにか」囲まれています。場所を取るブラウン管のテレビ、あんなに普及したVHSはどこにいっちゃったんでしょうか。今じゃ、HDDにフルHDで録画、薄い液晶テレビ‥‥ですからネ。UHDもなんだかんだいって、徐々に馴染んでしまうのかも知れません。

「今くらいの処理速度で充分」と思っていたマシンや、2.5Kのディスプレイは、UHDの前では随分と見劣りする機器に成り果てるんでしょうネ。ちょうど、PowerPCのMacや1154pxの4:3モニタが、今ではひどく前時代のものに感じられるように。

未来は、iPadやKindleのようなロースペックソリューションと、UHDやホームユースDCPのようなハイスペックソリューションが、同時進行・平行して展開されるのかも知れません。1ページにつき数十KBの制限がある一方で、100〜300Mbpsの映像データを難なくストリームする機器が、同じ家庭で共存する‥‥のかも。

ハイスペック、それならそれで、固着した購買層に、刺激となって作用するのか知れません。

現代人の生き方は、ある種、究極の2択。テクノロジーに乗っかって舗装路を歩むか、テクノロジーに背を向け野へ帰るか。その中間‥‥なんていう都合の良い選択肢は無いのかも知れません。テクノロジーの恩恵に与る以上、結局は、舗装路に引きずりだされるのかも。

私の場合、作品を造る事に人生を託してしまったので、もはや、現代社会の呪縛から逃れられないと、観念しています。インターネットや発達した交通網が無ければ、作品を見てもらう事すらできないですからネ。

4K,96fps

最近、数が出てきている4K寸法のハイFPSのムービーですが、YouTubeに上がっているのは、YouTubeの仕様により、かなり画質が落ちている上に、フレームレートは24や30fpsなので、逆に誤解を生じるんじゃないかと思います。「現在のフルHDと、大して変わらん」‥‥と。

フレームレートが24fpsまで落ちているのを、96fpsの単語をムービーのタイトルに混ぜるのは、ちょっとなあ。‥‥画質ももっさりして、あまり奇麗じゃないよネ。圧縮でかなり画質が落ちていると思われます。

ウルトラHDには、4Kと8Kがあるんですが、アメリカで4Kの規格を「UHD」と呼ぶ事に決めたそうで、UHD==4Kというのが定着してしまいそうな予感。じゃあ、8Kはどう呼ぶんかな?

96fpsって、つまりは24x4です。例えば、今の3コマ均等のシートだと、96fps時代には12コマ均等になってしまいます。いわゆる「12コマ打ち」「12コマ落ち」ですネ。

で、3コマを崩さず、中枚数を増やすと、中3枚の歩きが中12枚の歩きになります。

12コマ打ちの映像は、周囲の48コマ、60コマ、96コマのフルモーションの動きに比べて、さぞや、カクカクしたものに感じられるでしょう。一般の人たちは、どんどん新しいフォーマットに馴れていきますから(=過去の歴史から学ぼう)、アニメの24コマフィルム時代の2コマ、3コマの動きは、新しい技術と比較して相対的に、見ていてキツく辛い、古めかしいものになっていくでしょうネ。極端に言えば、トーキー時代の映像を今見るのと、同じようなニュアンスです。

24コマといえばフィルム映画ですが、映画館では急速にフィルムが姿を消しているとか。いわゆる「デジタルシネマ」にどんどん移行して、フィルム映写機自体が引退しているようです。あれだけ馴染んで、愛着をもって接した、フィルム上映の映画館が、数年で大きく様変わりしているのです。

観客から「フィルム上映をやめないでほしい」という大ブーイングが起こったという話は聞きません。一般の人は、一段と奇麗で滑らかで、見ていてストレスのないフォーマットに流れていく‥‥のでしょう。

そんな中、アニメだけが「24コマ」を維持し、客層からも優遇され、技術革新を免除される‥‥なんて事は、考えにくいですよネ。近い将来、旧作ならともかく、新作でもあいも変わらず旧フォーマットにしがみついている様を、消費層はどう見るのか。

「つーか、UHDが普及する前提で話してるみたいだけど、本当に普及なんかするのかね?」と思う人もいるでしょう。私も未来の事は何も「断言」はできません。しかし、今までの歴史、経緯を振り返ると、普及しないと考えるほうが難しいように思います。

私もその昔、秋葉原でハイビジョンを見て、女優さんの髪の毛の1本はおろか、毛穴まで見える高詳細映像に驚き、「こんなテレビ、一般家庭で普及するんかねぇ」と半信半疑でしたが、結果はご覧の通り。どこか数社で盛り上げようとしているハードウェアの規格なら消えちゃう事もありますが、放送・映像のソリューションを包括する世界規模の規格に発展し始めているUHDですから、重大な何かでも発生しなければ、推進していくんじゃないかと思います。

「プロならともかく、一般家庭に、これ以上の高性能な映像が必要? 見分けられないんじゃないの?」と思う人もいるでしょう。

一般の人は、今、平然と「地デジ」を見ています。今までのSD画質は「無かった事に」なっています。たまに間違えて、アナログチャンネル(建物設備が信号を変換してアナログチューナーでも受信できるようになっている場合)を見ると、専門知識を持たない人でも、そのボヤけ具合、不鮮明さに、一目で驚くほどです。

YouTubeで見る分には、4Kの映像のスゴさは解りにくいです。フレームレートの低さは特に致命的です。しかし、「本当の4K、8K」「本当の60fps、96fps」を見れば、あまりの差に誰もが気付くと思います。私は120fpsは出力した事がないので見た事はないですが、120fpsは「限りなく透明なガラスの向こうの現実」を見る思い‥‥かも知れません。フレームレートの向上による、生理面に訴えるモーションのパワーは、絶大です。

私は既に、3〜4Kで48fps,60fpsで動くアニメーション映像を、自己研究により認知しています。もう、今までの「アニメ」ではなく、「絵の世界が動く」とでも言うような不思議な感覚の映像です。大事にしている大判の画集、その中の大好きな絵が、濁り無く透明に、高密・細密に動くとしたら? 実物のシミュレーションではなく、絵描きの感性が、観る者に、リアルに指で触れられる距離に存在するとしたら? ハイFPSの世界は、もはや、今までの「テレビを見る」という「いつもの感覚」とは別次元なのです。

今、YouTubeで出始めている4Kの世界。まだまだそのパワーを実感できるような状況ではないですが、各国において、水面下でどんどん進行している気配を強く感じます。アップコンで現状を切り抜ける事は、今を生きるために必要な事でしょう。しかし、同時に、未来への礎を築く取り組みも、等しく必要だと思うのです。

*注)ここでいう96fpsや120fpsは、画像が96枚、120枚、ちゃんと記録された映像の事です。フレーム間を補完するfpsではありません。

技術の周辺

技術はなくてはならないものです。しかし、技術だけあっても、どうにも、ダメです。私のような現場肌の人間は、とかく「技術至上主義」に陥りやすいですが、それじゃあ、長期的な戦いには勝てないのです。昔からモヤモヤ、ウズウズしながら考えてきた事ですが、最近は、しっくり、まったりと、納得できる歳になりました。

私のような、吹けばとぶような、現場の駒に過ぎない人間でも、「生き抜く戦い」をしなければなりません。その「戦い」の注視点を、現場の人間(=私)は「技術」へと偏向・偏重させていまいがちです。しかし、「戦いのフィールド」は、30代くらいから段階ごとに視点をステップアップさせて、包括的な「勝利」へと導く努力をしなければなりません。

包括的って、ぶっちゃけ、自分の考える・望む、「包括」です。‥‥なので、「おれは技術畑で一生を全うするのが本望だ」と考えれば、技術に重きを置いても間違いではないです。しかし、それで本当に、本望が達成できるかは、解りません。おそらく、アニメ業界では、アラウンド50の世代までは「今のシステムのままで逃げ切れる」かも知れませんが、それ以下の世代は「技術だけ見つめていても」立ち往きが危ういように思います。

私が「包括的」なんてもったいぶった言葉を使うのは、技術畑で生きていくのなら、少なくとも、「技術畑の『畑』」をも視点に組み込んで日々取り組むべきだ‥‥という事です。「畑」を所与のものとして「あってあたりまえのもの」と捉えるのは、あまりにも、楽天的過ぎると思うわけです。

技術畑の畑を状態よく維持するには? ‥‥技術しか見えてなかった視野から、数歩下がって見渡すだけで、「やるべき事が沢山ある」のが解ります。

アラウンド50から微妙に外れる(ギリギリ?)私としては、状況を逃げ切る事をなんとなく考えるのではなく、新しいドクトリンを形成したいと考えるのです‥‥未来のため、否が応でも。今、行動しない事が、自分の悲惨な未来を暗示しているようでならないのです。

「そんな視点を、技術屋が考えたみたところで、しょうがない。技術屋は技術だけに没頭すべき。」‥‥と思う人も多いかも知れません。私は、そういう感情を否定はしません。正直、視点を移動して行動することは「面倒」で「厄介な事」ですからネ。しかし、感情とは関係なく、「地政」的なものは常に変動しています。技術に没頭しダイインしても、状況は変えられないのです。

しかし、ビジネスにおける地政学的な考え方がデフォルメされ、戦略的な思想だけエスカレートしても、それはそれで、問題があります。中身の乏しいスッカスカのハコをいくら用意しても、やはり上手くいきません。地政学には学ぶべき点が豊富です。しかし、早とちりして安易に流用するのは、反って逆効果のように思います。探りながら、じっくりと身に染み込ませないとネ。

上から目線、下から目線、そのどちらかに偏っても、上手くいかないのでしょうネ。

入れるハコの無い技術。中身の無いハコ。どちらも良いものとは思えません。

上と下、出発点と到達点、右回りと左回り、1点に固執・固着せず、せめて視点だけでもアクティブに動かすべきだと、ホントに、つくずく、感じます。怖いし恐ろしいのはヤマヤマですけどネ。

私としては、プチ海洋国家的なモデルが、自分には適当かなと、日々つれづれ、考えています。技術を元手に段階を積み上げていく戦い方、制覇ではなく拠点を配置するやり方は、良い意味での島国根性が多いに発揮できるんじゃないか‥‥と思うのです。

Kindle PaperWhite

Kindleの一番小さい「PaperWhite」をボチボチ使い始めたのですが、使い勝手がわからず、数日あれこれとイジってましたが、なんとか、落としどころが見つかりそうです。

Kindle PaperWhite(以後PW)は、「低画質でどれだけ見せるか」というスタンスで取り組むと、実りが大きいように感じました。日頃、2kだ4kだなどと言ってる延長線上で考えるのではなく、軽量コンテンツを明確に意識すべき‥‥という事ですネ。

運用方針さえ見えれば、後は、どのように土台を作るか、だけです。目的地さえ見えれば、自ずと道筋は見えてきますもんネ。最初のうちに、Photoshopのドロップレットや、GraphicConverterなどの変換用バッチを用意しておけば、PWに最適なデータにする事ができます。

データの運用と管理は、PCやiPadで見るようなデータをそのまま流用するのではなく、別ライブラリとして、658x905のミニサイズデータを「適宜変換してストックする」のが、良いと思われます。ただし、妙に入れこんで、PW用のライブラリを新設するような行為に及ぶと、結構大変な事になります。軽量にする際、単に小さくリサイズして圧縮率を高くするだけでは、PWでは具合よく表示されません。余白を上手くクロップして文字を相対的に大きくしたり、写真や図像のページは別のガンマ補正をかけたり、そこそこ手間をかけないと、何とも見窄らしいコンテンツになってしまいます。

なので、必要な時に必要な変換をして、都合、ストックが溜まるのを成りゆきに任せる‥‥のが、気が楽でいいです。またiPadとの「棲み分け」も意識して、「これはPW向きじゃ無いな」と判断する事も重要だと感じました。

PWはその軽さ、そのコンパクトさから、どこへでも持ち出せて、ふとした合間にドキュメントに目を通せるので、これから結構、重宝しそうな予感です。

性能が限られているのが、逆に割り切れて良いとも感じました。中途半端に高性能だと、ついついスケベ心が出て、あれもこれも‥‥になりやすいですもんネ。

ちなみに、私は3G付きのを買いましたが、‥‥う〜ん、3Gがあるとイザという時に役立つかなと思ったのですが、その「イザ」のシチュエーションが浮かびません。ぎゃふん。自分で選択しておいて何ですが、‥‥私の場合は、読書データは自宅で仕込むので、3Gはほとんど使わないと思われます‥‥。

夏目漱石とか宮沢賢治とか、パブリックドメインの作品〜青空文庫の本は、0円で購入可能です。価格表示が0円になっている事を確認してから、購入しましょう。

専門書届く、さっぱり解らぬ

今日、アマゾンで注文したMig-29(飛行機)の専門書が届きましたが、開いてビックリ、あまりにも専門的過ぎて、いまのところ、「即戦力」になる気配がありません。

現ドイツ空軍のマークの入ったMig-29の挿絵だったので、そのあたりからの英文マニュアルでしょうか。それとも、以前Mig-29の中古をアメリカが買った事がありましたが、その時のものでしょうか。‥‥ともかく、ロシア語だったら、100%解読不可能でしたが、英文だったので、ちょっとだけホッとしました。

電話帳のように厚い中身に、操縦のためのアレやコレやが淡々と説明されています。読めないながらも眺めていくと、あれまあ、誰かの書き込みがそのまま印刷されています。丸で囲んであったり、Xで消してあったり。

どういう入手経路なんだろうか。

しかし、この版元、他のラインアップも中々にシブい。

YB-49 オペレーションマニュアル
X-15 オペレーションマニュアル
SR-71 オペレーションマニュアル

‥‥のような、なぜ?と思うような機種もあれば、

月面着陸モジュール LM10-14 慣熟マニュアル(!)
マーキュリー サテライトカプセル 慣熟マニュアル(!?)
スペースシャトル システムマニュアル(!?!)

‥‥と、キワモノっぽい宇宙モノまで及び、一方では、

P-51 ムスタング オペレーションマニュアル
B-17F フライングフォートレス オペレーションマニュアル
F4U コルセア オペレーションマニュアル
F-4 ファントム オペレーションマニュアル

‥‥など、オーソドックスな機種もあります。

こんな感じなので、洋書は、とても楽しいのです。日本じゃ絶対に出版されないような本が山ほどあります。昔だったら、池袋の洋書屋さんとかに行って漁るしか現実的な入手方法は無かったのですが、いまはアマゾンで、とんでもなくマニアックなものが、家に居ながら購入できます。

前に買ったMig-19PMの洋書は、日本ではほとんど注目されないMig-19PMの細部写真が盛りだくさんな上に、なんと1/32と1/48スケールのトラペキット用のキャノピーマスキングシールが同梱されているいう、「めっちゃ、セマいターゲット」向けの内容でした。

以前はとてもハードルの高かった外国からの購入も、アマゾンのおかげで日本のお店と変わらぬ手軽さで入手可能になりました。Mig-19の本は「グレートブリテン」から届いたものですが、1週間くらいで届いたので、外国から買った感覚が何とも希薄です。

ただ、今も昔も変わらないのは、実物に触れる事の難しさです。五式戦を見たければコリンデールにいかなきゃならないし、XB-70を見たければスミソニアンに行かなければなりません。‥‥でもまあ、何でも在宅で済むようじゃ、人生つまらないしネ。

難解な洋書も手にはいるようになった昨今。価格も昔のような「輸入価格」ではなくなり、手に入れやすくなりました。ただ、あまりにも底が深いので、お金の使い過ぎには注意したいですもの‥‥ですネ。


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