基礎という馬力

パソコンのソフトは多彩で高機能だから基礎技術なんていらない‥‥とか、応用と発展をすぐにやりたいから基礎はスキップしたい‥‥とか、いかにも初心者にありがちな思考ですが、その思考ゆえの当人の未来も暗示します。

 

初心者とは、基礎を習得することの大切さも含めて、何もかもわからないがゆえに、初心者といえますから、その辺を指導するのは経験豊富な年長者の役割でしょう。

 

ただ、どんなに日々の作業の中で基礎の大切さを吸収してもらおうと思っても、やはり、そこは人ですから、当人にその気がなければ、身につきません。それどころか、どうやれば、上の人間の「基礎を学べ」を回避できるか、どんどんおかしな状況に進んでしまうことすらあります。

 

やっぱり、大事なものごとは、自分自身で気づかないと、ダメだよね。他人がどんなに大事だと言っても、当人がそう思わなければ、状況は変わりません。

 

何か良いソフト、何か良いマニュアル本、何か良い講座やセミナーや教室。

 

延々と、自分の足元や手のひらを見ずに、何かミラクルなものが自分を変えてくれると幻を追い続けて、40代になっても見つからないままソレが幻であることにもまだ気づかず、自分の不遇を世代論に覆いかぶせて、やがてもうどうにも取り返しも取り戻しもできない事態に陥る‥‥なんて、避けるべきと思うのです。

 

であれば、やはり10代20代、遅くとも30代前半までには、基礎の大切さに気づくべきと思います。本人しか気づけないものだから、なおさら‥‥ネ。

 

 

 

After Effectsでの日々の映像制作は、アニメ撮影に関していえば、相当「型」が初めから決まっているので、After Effectsの一部の機能しか使わないまま、アニメ撮影に特化した技術しか得られない状況に陥りがちです。私もアニメ撮影のアニメ撮影監督をやっていた時期がありますので、アニメ撮影の一連の流れの「定型」の特性は経験済みです。

 

現在は、多色のブレンド(任意の複数色にブラーをかける)やグラデーション処理に、さらなる手数を要するようになったとは言え、やはりアニメ撮影の特殊な偏りはそのままです。つまり、アニメ撮影だけに従事していると、After Effectsの基礎機能も習得できないまま年齢を重ねていくことになります。

 

私はアニメーターで線画ばかりを毎日描いていた20代の頃、

 

自分が描いているのは、絵の「線の部分」だけで、絵そのもの、絵全体を描いているわけではない。

 

‥‥ということに今更ながらに気づいて、「これはヤバい。未来にツブしがきかなくなる。」と恐怖を感じました。

 

姪にせがまれて絵を描いた時に「色は塗らないの?」と言われて、‥‥‥‥そうだ、オレは色のことを自分の絵からサッパリと切り離してしまっている‥‥と、自覚したのです。鉛筆で線画を描くことも基礎の1つでしょうが、色を塗ること、背景を描くことも、大事な絵の基礎要素です。

 

アニメの撮影も似ていて、アニメの撮影に必要なものしか、業務には登場しません。なので、キーイングやトラッキング・スラビライズ、写ってしまったマズイ何か(例えば、異世界ファンタジー作品なのに、海にタンカーが写っているとか、発火コードとか、吊るす糸とか)を消す‥‥などの、After Effectsの実写系の基礎技術は全く覚えられないまま、歳だけを重ねていきます。

 

さらには、After Effectsの外部に出て、ネットワークの知識、サーバの知識、ハードウェアのメンテナンスの知識など、本来なら徐々に固めていくべき基礎の足場が、アニメ業務だけに身を任せていると、初心者のまま自分を置き去りにします。

 

アニメ業界が、単に自分の業務に関する技術だけを覚えておけば、生涯安泰だ‥‥というなら、他は全部任せっきりでも良いとは思いますが、‥‥どうですかね、アニメ業界は安泰ですかネ? 私は全くそうは思えません。尻馬に乗るようにして、フィルム撮影台をどんどん廃棄したアニメ業界=アニメ制作に関わる集団心理が、「自分の業務や工程だけは特別待遇で、未来の安堵を完全保証してくれる」とは思えないんですよ。

 

であるならば、基礎を固めて、強い軸足を自分自身で確保すべし。

 

どんな変革があっても、基礎が固められていれば、応用が利きます。色んな仕事の、色んな作業で、自分の能力を発揮できます。

 

 

 

私は、自分ながら、知識欲が過剰でソレはソレで難儀しているので、自分のやり方をお勧めしようとは全く思いませんが、基礎技術なんて知らなくても業界の仕事の流れだけ覚えれば生きていけるなどとは口が裂けても言えません。

 

私が少年時代に好きだった劇場アニメの撮影監督さんは、コンピュータにアニメ撮影が移行した後に制作に転向したものの、1〜2年でやめて、同じ会社の全く別の業務(総務的な仕事‥‥と聞いた覚えがあります)にさらに転向した後、数年で引退したと聞きます。

 

After Effectsでアニメ撮影‥‥って、いつまで続くのかな。

 

私はぶっちゃけ、AppleもAdobeも「企業であるがゆえ」に永遠ではなく、いつどんな「進路変更」があってもおかしくないと考えています。macOSもAfter Effectsも永遠だと考えるほうがどうかしてますよネ。

 

であるならば、macOSやAfter Effectsを通じて得られる基礎技術の馬力で、たとえ一時的にピンチに陥ったとしても、別の経路を這い上がれるようにしておきたいです。自分の中にエンジン=基礎となる動力源さえあれば、今までの道が崩れて険しい道しか残されていなくても、自力で新たな道を走り出すことができます。

 

というのは、やっぱり、20代の頃にキツい経験をしたからだろうな‥‥とは思います。這い上がる‥‥という意識において。

 

 

 

私も若年の頃は、基礎を軽視していた傾向がありますが、ちょっとした「今までとは違う事態」に遭遇した途端に、ヘナチョコで大きく動揺し翻弄される自分に、限界を感じていました。

 

器用さだけ、飲み込みの早さだけで、切り抜けられるのは、直面した状況がその程度の難易度だからです。やがて、器用さだけでは切り抜けられない場面に、何度となく遭遇します。

 

ゆえに基礎の大切さに目覚めたのです。20代ではなく、8〜12歳くらいの幼い頃に気づけばなあ‥‥と、過去を振り返っても仕方ないので、アラウンド50になった今でも、「知らなかった基礎」を覚えていく毎日です。

 

 


無題。

スタジオのトイレが男女兼用でウォシュレット(商標)がなくて、臭くて汚い‥‥とな?

 

よほど先を見越した戦略を胸に秘めていない以上、そういう職場は止めといたほうが良いと思うのよネ。

 

だって、働いている人のことを、親身に考えてない証がそのトイレにあるじゃん。

 

誰か、フリーランスのアニメーターさんの家で間借りして研修しているのならともかく、スタジオなんでしょ?

 

まさに昭和の「一般家屋」のスタジオだよ。。。

 

 

 

たしかに、昭和・平成でフィルムと紙の時代には、そういうスタジオはたくさんあったけど‥‥。

 

 

 

そういうスタジオ(自営丸出しの)は、渋いけど、緩くものあるので、足軽から潜り込んで、やがては大将に成り上がるつもりなら、それでそれで個人の自由ですけどネ。

 

よほどの野心でもない限り、もう、昭和の香りのするスタジオは、止めとこうネ。

 

5月から令和に生きようとするのに、お金も時間もココロも、昭和のレベルになっちゃいますからネ。

 

 


生きる

ダメでもともと、とにかくやってみる‥‥というのは、20〜30代までの言い草。40代以降は、30代までに蓄積した技能を足場に、発展させていくフェイズです。ゆえに、絵を描く技術を30代までに積んできた人は、40代以降に全然違う職業でゼロから始めるのはもったいないことで、昔の道具から現代の道具へと持ち変えれば発展が期待できるわけです。

 

せっかく育った多年草の根っこを引っこ抜いて、うまく育つかどうかも不安な新たな種を蒔いて待つよりは、多年草の収穫はそのままに、さらにノウハウを活かして、違う道具で違うことにも幅を広げれば良いのです。

 

30代後半には、改めて、自分の「売り」とは何かを、再検証する時期がやってきましょう。少なくとも、私はそうして、現在の活動の方針が固まりました。

 

10代から30代までは、いわばレゴブロックのピースを1つ1つ作り続けて貯めてきた年代です。30代後半からは、そのレゴブロックでいよいよ何かを作れる段階に進むことができます。

 

ずっと一生、レゴブロックのピースを作っていきていたい‥‥と思っても、40代以降はそうもいきません。それまでに蓄積した経験と知識と技術を活かした役割にシフトしなければ、仕事を出す側も貰う側も「年齢に見合った」金額を設定できなくなります。

 

まさか、全く同じ内容なのに、20代だと2万円の仕事が、50代だと5万円になるわけがないです。50代でも2万円の仕事は2万円のままです。

 

明らかに仕事の内容も責任も違うからこそ、金額も変わってきます。年功序列で金額が決定されると思っているのなら、それは甘過ぎます。まあ、フリーランスでそんな甘い考えを持つ人がいるとは思えませんが、会社員しか経験したことがない「エスカレーター出世」を今でも夢見ているような類いの人は、40代になるころにはさすがに目を覚ましたほうが良いでしょう。

 

 

 

8050問題とか孤独死とか、セルフネグレクトとか、先々の貧困や困難が予測できているのに、社会や政府への不満をツイートしてても自分の状況は改善されません。1万回ツイートすれば「幸せな未来生活の優待券」が貰えるわけではないですもんネ。

 

自分のツイートに共感したのなら、俺の口座に皆1000円ずつ毎月振り込んでくれ。200人振り込んでくれたら、20万円になるから。

 

‥‥と言って、200人の「いいね」した人が、毎月1000円を振り込んでくれるわけがないです。

 

若い頃に何かで挫折した人の中には、延々と鬱屈した感情を引きずり続けて、視点や発想を変えられずに、新しいものごとに取り組む気力を失っている人もいるのでしょう。中高年引きこもりが61万人なんていう記事を読むと、就職氷河期も無縁ではないでしょうし、昭和の生涯設計が平成には通用しない場合も多かった証とも思えます。

 

でも、何をいっても、自分を窮状から脱出するきっかけは、自分自身のアクション以外あり得ません。不平を言ってれば、誰かものすごい慈悲深い人がいつか助けてくれる‥‥なんて考えるだけ無駄です。

 

自分は報われない‥‥なんて腐っている時間を、もっと他のことに費やすべきだと思います。「腐る時期」も人生には必要だとしみじみ実感しますが、そこから抜け出せないのはあまりにもマズいです。

 

 

 

腐る時期。

 

自分が腐り、部屋も腐り、ココロも腐る。

 

部屋もココロもゴミ屋敷。きれいさっぱり無の空間なのは、銀行の口座残高のみ。

 

私は20代の頃にあまりにも稼げなくてライフラインの一切が停止し、今でいうセルフネグレクトそのままの生活に落ち込んだ時期があります。ゆえに50代になった今でも、ゴミ屋敷のように場所が散らかっていることに対して、結構大きなトラウマがあるのです。

 

ほんとに‥‥、あのまま闇の感情を引きずっていたら、強いネガティブの吸引力がさらなるネガティブ要素を引き寄せて、どうにもならなかっただろうなと、しみじみ思います。

 

40〜50代に闇堕ちしてセルフネグレクトになるのは、かなりヤバいと思います。取り返しがつかなくなる可能性が大きいです。凄い闇の深さまで転落しますから、変な言い方ですが「体力」がなければ這い上がってこれなくなります。

 

数日の間、机の上に置いたままの汚れたマグカップや食器、空き缶‥‥、セルフネグレクト体験者からいえば、それはすでにセルフネグレクト、自己放任の兆候です。ただ単にものぐさな性格ではなくて、既に自己放任の兆しがあり、何かのきっかけで容易にゴミ屋敷になり得るといっても、言い過ぎではないです。

 

ゴミが溜まったのなら、ゴミ置場に出せば良いじゃん。‥‥でも、それが無気力ゆえにできなくなるのです。「自分なんか、どうせダメだ‥‥‥‥‥」という挫折感が、全てのやる気を削ぐのです。

 

同じく、自分が報われていないと思うのなら、同じ場所でウジウジ悩んでいないで、別のフィールドにも踏み出して、報われるための色々なアクションを起こせばよいじゃん。‥‥でも、何かに挫折した敗北感と怨念感情が万年常時無気力な自分へと変えて、現状に甘んじて無為に時間を浪費して、気がつけば5年10年の月日が経過していた‥‥ということにもなりましょう。

 

私は20代のフリーランスのアニメーター時代に、セルフネグレクトを経験したので、まだ這い上がってやり直しもできました。しかし、若い頃に挫折を味わおうが、会社員でとりあえずは毎月給料をもらい続けて、極端な貧困も経験せずに40代まで生きてしまった人が、アラウンド50の時にセルフネグレクトに陥った場合、その過酷さは想像を超えると思います。

 

 

 

アラウンド50になって痛感することは、人生に無駄な時期などない‥‥ということです。

 

誕生の0〜9歳

発育の10〜19歳

基礎作りの20〜29歳

応用発展の30〜39歳

拡大の40〜49歳

事業完成の50〜59歳

 

自分のどの時期にも役割が与えられていることを思い知ります。妙な言い方かも知れませんが、年代ごとの「締め切り」は、どうやらあるみたいだ‥‥というのが、私の経験による実感です。

 

これは人間を生物としてみたメカニズムにも準じた、自然な流れとも思います。20歳の時に50歳と同じことはできないし、50歳の時に20歳と同じこともできない‥‥という、とても簡単な理屈です。

 

 

 

就職氷河期という言葉を最近よく目にします。実際、就職氷河期と呼ばれる年代のスタッフとも仕事をしています。しかし、本人たちは「氷河期でした」とはいうものの各方面から依頼も多くモテモテな人が多いです。

 

思うに、団塊ジュニアの1番のピークに生まれ、就職氷河期世代の人でも、そもそも「終身雇用型エスカレーター式の出世」など最初からあてにしないで、若い頃から独自の経験と技術を積んだ人がモテモテな現在の状況を作り出している‥‥と客観的に見て思います。

 

終身雇用かつ、エスカレーター式の出世を目論んでいた人が、氷河期のアオリを食ったのであって、最初からエスカレーターに乗るつもりがなかった人は、独立独歩で世代の影響は受けにくいのでしょう。

 

それに、人生の最後まではエスカレーターは運んでくれないことはわかっています。まんまとエスカレーターに乗れた人でも、エスカレーター依存式の考え方は50代後半から限界も見えてきましょう。

 

アニメ業界でも、まるで「アニメ業界という会社の社員」のように振る舞うフリーランスもいますが、氷河期であろうとなかろうと、アニメ業界は終身まで面倒は見てくれませんヨ。それどころか、働き盛りであってもボロ雑巾のように使い古してポイ捨てするような業界の全体像だということを、よくよく自覚すべきです。

 

であるなら、業界は利用すべきであって、忠誠を誓うものではあるまい。

 

業界も個人を利用する、個人も業界を利用する、あおいこでいいじゃないですか。

 

業界で生きて業界で死のう!‥‥なんてスローガンは全く無用。業界に命を預けるなんて、一番マズい考えかたです。死んだこともないクセに、死のう! だなんてよく言うよ。死という言葉に酔ってるんでしょうかネ。

 

生きて生きて踏みつけられてもまだ生きて、是が非でも生きぬくことを説けば良いのにネ。そうすれば、自ずと、色々な自分の中の「売り要素」を開発する機運にも繋がります。

 

大事にすべきは、技術も豊かで信頼も厚い、生身のリアルなスタッフの人々です。業界を変える!‥‥などと漠然とした目標ではなく、今、一緒に仕事をしているスタッフたちと、どのように信頼関係を築いて一緒に生きていけるか、それが一番重要なことであり、運用の主眼です。

 

 

 

自分の売りとは一体何か。

 

オムニグラフにでも書き出して、一旦整理し、何と何を掛け合わせれば、新しい要素が生み出せるのか、自己検証してみるべきです。少なくとも、40代以降は。

 

「終身雇用型エスカレーター式出世」に乗れなかったことをいつまでも嘆いていてどうするのか。恨み節を吐き続けたところで、自分の現在と未来を変えることはできまい?

 

自分が何十年も生きて得た「自分の売り」を意識して、次に繋げていくことが、まさに「生きる」ことだと承知しています。

 

死んだ体験は1度もないけど、生きた体験は山のように蓄積されているわけですから。

 

 

 


8050

はちまるごーまる問題。80歳の親と、50歳の引きこもり中高年の、社会問題をそう呼ぶそうです。

 

推計61万人! 中高年のひきこもり

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190410/k10011879191000.html

 

NHKの特集ページに掲載された最初の写真を見るからに、いわゆる「セルフネグレクト」状態であるのが判ります。

 

8050、中高年引きこもり、セルフネグレクト、孤独死、そして死後の特殊清掃の問題は、相互に関連した構造なのでしょう。

 

でも、こうした問題は、私も仕事仲間も、20代の頃には意識していました。このまま、アニメを作り続けて歳をとって、70〜80歳になっても、一人で天井を見ながら恐怖に怯えて眠りにつく毎日なのだろうか‥‥と。

 

一方で私は、たとえ結婚して子供ができても、子供が成人して独り立ちした後に、2世帯住宅でもなければ孤独死は免れないだろうとも思っていました。生涯の伴侶を得たとしても、必ずどちらかが先に死んで、後に残さたもう一人が孤独死すると思うからです。病院や老人ホームにでも入所しなければ。

 

ですから、死の恐怖は誰にでもあるし、孤独死のリスクも無縁とは言えません。どんなに幸せな家庭を築こうが、晩年に一人で生活する可能性は結構高いと思います。

 

 

 

死や孤独そのものを考えても、要領を得ません。悟りの境地とさえ思える、自己の根源的な問題ですからネ。

 

要は、老いて、かつ、貧困であるのが、大問題です。

 

老いると当然稼げなくなります。ゆえに、若い頃と同じ考えで働き続けたら、徐々に貧困へと落ち込むのは当然の成り行きです。

 

アニメ制作現場で働いている人ならば、十分わかっているはずです。

 

物事には締め切りがある

 

‥‥ということを。

 

思うに、40〜50代が、自分の人生の事業を誘導できる最後の締め切り、デッドラインはあと10年の間です。

 

「いつかやればいい」「今は後回しにしておこう」

 

‥‥そんな方法が通用するのは、40代前半まで。

 

実は、50代こそ、「最後の締め切りに間に合うように」積極的にアクションしなければならないことを、ハッキリ自覚しましょう。

 

 

 

40〜50代の2年3年の遅れは、20〜30代の5〜10年の遅れに匹敵すると思いますヨ。例えば、iPad Proを買って何かを始めるのなら、今すぐです。

 

「でも、気力も体力も‥‥」と言うのは判ります。体は重いもんネ。

 

しかし、どんな理由があろうと、自分の状況に社会が合わせてくれるわけではないですから、重い体をやりくりして、今備えて未来を切り拓くしかないです。これはどんな甘い慰めも通用しない冷酷な現実です。

 

残念ながら、どんなに焦っても、種を蒔いて翌日には発芽しません。発芽して成長して実が成るまでには、それなりの時間が必要です。

 

iPadを買っても即効性はないです。ただ、絵描きの人間がiPadを上手に使えば、大小の差こそあれ、金の成る木には育ちます。‥‥これは言い換えれば、育て続けなければ金の成る木には成長しないということです。

 

 

 

たぶん‥‥、8050にしても孤独死にしても、良くない予想の通りになりましょう。

 

10年後には、9060ですからね。

 

それがわかっているのなら、40〜50のうちに準備しておかないとアカンす。

 

少なくとも、アニメ制作を経験したのなら、「締め切りの厳しさ」は身に沁みて解っているのですから。

 

 

 

 


謙遜しすぎ感

町の小さな製造業や工務店であっても、自分の店の紹介文に「へっぽこ製造業」「底辺工務店」なんて書きませんよね。どんなに小さくても、我が店は屋城。誇れる内容を紹介文には書くものです。

 

なぜ、一部のアニメーターは、世界的に公的なツイッターのプロフィール欄に、自分のことを「へっぽこ」「底辺」とか書いちゃうんでしょうかね。フリーランスはすなわち、個人事業主ですから、「自分の店」の広告欄に「へっぽこ」と掲載するような、信じられない行為です。

 

仲間うちの酒の席で、謙遜して「自分はまだまだ下手ですから」と喋るのとは訳が違うのです。

 

自分自身が事業主、いや‥‥たとえ会社員であっても、自身を「へっぽこ」「ド下手」だと紹介文で書くのは、つまりは、へっぽこな報酬で構わないと受け取られてもしょうがないでしょう。

 

謙遜は、時と場合によっては、とんでもない損失になることを、今一度、自分の中で再確認したほうが良いです。

 

商談の場で自分のことを「下手」だと謙遜しても、誰も「謙虚な人」とは思いませんよ。むしろ、自分から値下げしてディスカウントしてくる間抜けな人だと見くびられます。

 

 

 

部活の先輩後輩の関係性ではないのです。商談であり、取引なのです。

 

もし、自分の仕事が気に入ってもらえなかったら

 

自分の能力が低いと評価されたら

 

そんな、悪い場面を見越して、事前に予防線を張るようなことは、「やっても、やらなくても、同じ」です。

 

自分の中の「ガラスのプライドにひびが入らないように」恐る恐る仕事したって、ダメな時はダメ、良い時は良い、ただそれだけです。学生時代から惰性で持ち続けた薄いガラスのプライドなんて、「こんなプライド、持ってるだけ邪魔だ」と20代の早々に自ら床に叩きつけて割って、心も新たにプロのプライドを裸一貫から作り直せばよいです。

 

謙遜したからって、何を隠し通せるわけでもないです。見る能力を持つ他人は、少ない断片でも見抜きますもん。

 

同業者との腹を割った「打ち明け話」と、商談での行き過ぎた謙遜を、混同してはなりません。

 

 

 

未来、お金の問題を改善しようと思うのなら、自分の公のプロフィールに「へっぽこ」「ド下手」「底辺」なんて、書くべきではありません。

 

自分はまだまだ未熟でへっぽこだ‥‥というのは、日頃は自分の中だけに秘めておけばよいことです。世界中の人々の目に触れる場所にわざわざ掲示する必要などないです。

 

謙遜する相手は、ごく親しい同僚、知人、身内との会話だけにしておきましょう。

 

 


ネットの色

ジオシティーズが閉鎖されて10日。もうすでに数年前から「廃墟巡り」のように90年代から放置されたジオシティーズの「ホームページ」を愉しむ趣味すら存在するようなので、いくら「仮想の街」と言っても閉鎖はやむなしだったのでしょう。

 

改めてふりかえってみると、ジオシティーズの各Webに見られた配色は酷かったと思います。時代云々ではなく、素人パワー炸裂そのものだったと言えます。

 

例えば、

 

WELCOME

 

‥‥とか、

 

ようこそ

私のホームページへ


日々思うことや感動したことなど

自由に書きつづっています。

 

‥‥とか、黒バックに文字がセンターで延々と、

 

ようこそお越しくださいました

 

このホームページは

 

インターネットエクスプローラー

ネットスケープナビゲーター

 

のいずれかで

ご覧くださることを

推奨します

 

‥‥みたいな色使いの宝庫で、「漠然と自分の好きな色を寄せ集めた」配色は、まさに無法地帯と呼ぶにふさわしい状態でした。濃いグレーに赤い文字とか、「何かの目のテストか」と思うくらいです。

 

比べて、今のデスクトップのそれは上品なことと言ったら。

 

ブラウザのウィンドウを並べていても、目がチカチカせずに済みますわな。

 

 

 

当時の謳い文句、「パソコンとネットがあれば、誰でもクリエーターになれる」というフレーズが、ただ単にソフトを売る「売り文句」であって、実質とはかけ離れていたことがわかります。

 

なんでもかんでも無難な配色にすれば良い‥‥ということではなく、なんのビジョンも方針もなく、なんとなく好きな色を寄せ集めた、ある種、暴力的なまでの色の組み合わせが、「ジオシティーズのホームページ」の凡例だったと言えます。もちろん「暴力的なデザイン」を意図してやるのなら、それはまさに意図した通りに見る側にも伝わるのですが、当人は全く無自覚で暴力的だなんて考えもせずに目に突き刺さる配色をホームページビルダーでどんどん実行していったわけです。

 

うーん。やっぱり、凄い時代だったと思います。

 

 

WELCOME

 

‥‥これじゃあ、目がキツいですよネ。色の組み合わせで、ここまで読みにくくなるのか‥‥という典型の配色です。

 

グレーに赤文字を組み合わせたいのなら、

 

WELCOME


 

FASHION | BEAUTY | CULTURE

 

とか、

 

 

WELCOME

 

 

FASHION | CULTURE | GEAR

 

 

 

WELCOME

 

 

FASHION | BEAUTY | CULTURE

 

*黒字に見えますが、444444のかなり暗いグレーです。文字を暖色系にするか寒色系にするかでも、男性的にも女性的にもなりますネ。ee4433かee3344の違いだけなんですけどネ。

 

くらいには抑えて(まあ、赤文字はそもそも目に刺さりますけどネ)、配色の規則(配色の言語ともいうべきか)をあらかじめ決めて各ページを構成すれば、サイトの基本テーマを色でも語ることができます。

 

背景色やフォントの色使いも、表現者の言わんとすること、伝えたいことの、重要な媒体だということを忘れてはならない‥‥というところまでは、ホームページビルダーもページミルも教えてはくれなかったということですネ。

 

 

 

でもねえ。

 

ここまで書いておいてなんですが、皆が一生懸命「パソコンのソフト」と格闘してWebサイトのコンテンツを作っていた「あの時代」が、今はとても愛おしく感じます。

 

素人っぽい暴力的な配色も、徐々に手直しして、やがて自分の思う印象のページのカラーデザインにすれば良いことですし。

 

Webのコンテンツを自分では作らず、どんどん受け身と化した今の状況は、何だかつまらないです。

 

 

 

ふと、本棚の本に目をやると、「あの本は、いつの頃に出版されたのかな。相当古いはずだけど‥‥」と思う本が並んでいます。

 

カラーデザインって、実は相当長い寿命をもちますよネ。

 

本の内容も、そして絵の内容も、例えば「クリムト、古〜〜!」とかもはや言わんもんネ。つまり、内容によって古くなるものと、古くならないものがあるのがわかります。

 

例えば線画1つみても、今のアニメの可愛い女の子の絵柄は20年後にはかなり古臭く感じるはずですが、ビアズリー林静一さんの画はいつの時代に描かれたとしてもおかしくない超時代性を獲得しています。

 

新しい古いの皮が剥がれた後に、何が残るかがキモなんですよネ。

 

なので、私が今考えている「復活のWeb」は、時代の一時的な流行に翻弄されない、30年後に見ても普通に見れるWebを目指しています。萌えキャラ(既に萌えキャラという言葉も聞かなくなりはじめていますが)とか流行り言葉とかは一切使わず、まあ誰が描いても人体はこう描くだろうし、文もいつの時代もこう話すだろうという内容を考えています。

 

 

 

ジオシティーズは、皆がネットを利用し始めた黎明期における、「インターネットのホームページ」という一時的・一過性の流行だったのかも知れません。

 

しかし、インターネットそのものが一時的なものではないのは、誰でもわかることですよネ。そして、Webサイトという形態自体も新しいだの古いだのは関係ないです。ツイッターだって、Webサイトへの参照ありきだからこそ、短文で済むことも多いですしネ。

 

ジオシティーズは消滅したけれど、Webやネットはまだ健在‥‥というか、存在して当たり前のものにすら、定着しています。

 

使わないでおくのは、もったいないですよネ。

 

 


歯に衣

歯に衣を着せて、何とかなったのか。

 

「大丈夫、なんとかなりますよ」と当たり障りのない言葉で当座をやり過ごして、もう2019年。

 

問題を提起し、みんなで考えていこう。‥‥と考えているうちに、もう2019年。

 

嫌われたくなくて、悪役になるのは嫌で、「イイひと」と思われ続けたくて、耳障りの良いことだけをチョイスしているうちに、もう2019年。

 

穏健派を気取って、結局はどんどん悪い流れに加担し続けて、もう2019年。

 

 

歯に衣。耳障りの良い言葉。

 

言葉は、時と場所を選ぶ‥‥と言うのなら、アニメ業界は時と場所を選び損ね続けて、70年代から50年が経過したのだと思います。

 

 

このJUGEMのブログ、そして以前のYahooブログも、最初のうちは、耳障りの悪い部分は避け、ポジティブなことをチョイスして書いていたと思い起こします。

 

そりゃあ、誰だって、‥‥もちろん、私だって、嫌われたくないもんネ。

 

でも、ポジティブな要素だけ取り上げて、ネガティブな要素はまるで無いかのようにマズい部分に衣を被せて、それで何ともならずの2019年の現在があります。ゆえに、悪化の一途を辿る現実を前にして、「そういうの=歯に衣」は、できるだけ止めようと思ったのが数年前。‥‥以後、少々キツめのことも書きますが、それでも手加減はしておるのですヨ。

 

もちろん、守秘義務に関することは書けないし、憶測で他所や他者をコキ降ろすようなこともすべきではないです。

 

でも、誰でも陥る危険〜「セルフネグレクト」な要素に関しては、もう「衣を着せるのはやめ」ています。ゴミ屋敷を「ゴミ屋敷じゃない」なんて、ウソそのものですもんネ。

 

特殊清掃、孤独死の記事は、アニメ業界のスタッフにはキツいものばかり‥‥かも知れませんネ。

*「強迫的ホーディング」というコトバもあるのか‥‥。うーむ‥‥。

 

 

誰もキツいことは言わないし、どうせ何とかなるんだろうし、今のまま続ければいいや。

 

これって、セルフネグレクトの一種なように思います。しかし、そうした「何とかなるだろ。」的な空気の中で、問題点を指摘しようものなら、一気に「五月蝿え奴」「空気を乱す奴」認定になるでしょうな。

 

空気を大事にする人々とは、いわば日和見層。日和見層とは主体性を持たない集団であって、状況によって立ち位置がコロコロ変わる層でもあることを考えれば、今日のNOは明日のYESに変わることもありましょう。

 

さすがに50年生きて、人々の影(実体ではなく)にいちいち怯えて翻弄されることは愚かしいと思うようになりました。

 

 

 

例えば、今、40〜50代のアニメーターが、60, 70, 80代になった時、どうやって「鉛筆の線画」だけで生きていくのか‥‥という問題は極めて深刻なわけですから、それを「何とかなりますよ。」なんて‥‥‥‥書けないもん。

 

「次の手を打たないとアカン!」‥‥とは書けますが、「どうせ何とかなるでしょ」なんてあまりにもウソっぽ過ぎて書けんです。

 

一方で、日和って生きていきたい人にまで、核心を見るべきだ!‥‥なんて余計なお世話でしょうから、まあ、伝わる人にだけ伝われば良いと、最近はサッパリとしたスタンスです。

 

 

 

私は小さい頃に読んだ絵本の「泣いた赤鬼」(ドレミファブックというレコード付きの絵本)が、今でもココロに残っていましてね‥‥。村人たちとの賑やかな暮らしと引き換えに、世界でただ一人のかけがえのない親友を失ってしまった赤鬼が、哀れでもあり、可哀想でもあり。

 

たった1つの代え難い大切なものを喪失した赤鬼は、本当に幸せになれたのだろうか。実は、村から追放されて孤独になろうが、赤鬼との友情を守り抜いた青鬼の方が幸せではないか。

 

青鬼としては、赤鬼の中にかつての自分を投影したからこそ、「親切過ぎる」とも思える自己犠牲を果たしたとも思えます。実は青鬼は、赤鬼が得たものに匹敵する「無形の何か」を得た‥‥と言えます。無形は無形であるがゆえに、有形のソレに比べて、(個人の一生の中で)永遠に生きる強烈な存在にもなり得ましょう。

 

今や無人の居と化した青鬼の家の前で、もう2度と会えないことを悟り、立ち尽くして涙を流す赤鬼の姿が、絵本の中で印象的に描かれていました。

 

まあ、幸せの基準はそれぞれなので、一概に語れるもんでもないですけどネ。

 

私は、可哀想な赤鬼のようには‥‥、できれば、なりたくないな‥‥と思うのです。まあ、青鬼の状況もソレはソレで辛いでしょうけどネ。

 

私としては、赤でも青でもない、黄色でいってみたい。

 


雑感

色々とアニメ業界のバッドなニュースが流れていますネ。

 

やっぱり、アニメ業界はいよいよ曲がり角に差し掛かっているのでしょう。ずっと直進でしか歩いてこなかったから。

 

 

私は作画から10年以上離れて、しかもアニメではなく実写をメインにしていた時代すらあり、何度も曲がり角を曲がってきたので、曲がり方は大体わかっていますし、曲がった先でどうすべきかも経験済みです。

 

ぶっちゃけ、曲がれるもんなら、とっとと曲がったほうが良いと思います。

 

直進できなくて、壁にぶち当たるのは、その時はショックだしヘコむし危機的状況にも陥りますが、それを乗り越えると「強い耐性」「免疫」ができて、次に曲がり角にぶち当たっても結構イケるものです。

 

今まで20〜30年、作画の、しかも原画関連しか描いてこなかった人は、早めに次のステップに進んだ方が良いです。アニメの線画って、線しか描かないから、相当「特殊」でツブしが効きません。絵を一人で完結できないことに恐怖を感じましょう。

 

企画を立てるのも他人、話を考えるのも他人、キャラのデザインを考えて描くのも他人、芝居場や演技の基本プラン(=絵コンテ)を考えるのも他人、色を塗るのも他人、背景を描くのも他人、完成画をフィニッシュするのも他人。

 

極めて心もとない作業性質だということを、アニメーターは自覚せねばなりません。

 

アニメーターはたしかにゼロから絵を描きますが、一方で「線画しか」描いていないことを、目を背けずに見据えないとアカンです。

 

業界は一旦滅んだ方が良い‥‥といいながら、本当に滅んだら、どうやってアニメーターは飯を食って生きてくのか。

 

だから、今までのまま業界は維持して‥‥ではなくて、アニメの原画の線画しか描けない自分を変えれば良いです。

 

アニメーターであると同時に、画業を営む人間であるべし。‥‥です。

 

 

 

「でもさ。画業って何よ?」って、それはあなた次第。

 

どこかのツイートで「自分は作画しかしらなくて、演出をやるようになったら、デジタルの各種技術の情報が、作画には全然入ってこないことを思い知った。」みたいな文言を目にしましたが、そりゃあ、待ってるだけじゃあ、手には入らんでしょ。

 

各工程の周りの皆さんが、なぜアニメーターに情報を献上差し上げて当然と思っているのか。‥‥自分で動きなさいませ。

 

「情報が入ってこない」なんじゃなくて、「情報を取りにいかなかった」んですよ。そこに気づかなければ、いつまでも情報の外側です。

 

画業で商売するには、何があるのか。情報を集めて、自分なりに実践すれば良いだけです。

 

待っているだけに終始するのではなくてネ。

 

 

 

前回の園芸の話で言えば、「タネを蒔いても、発芽率が悪く、発芽しても成長が悪い」のなら、「発芽率を高めて」「成長を促進する」方法を、情報も集めるし実践もするしで「自己改善」すれば良いのです。

 

それを「太陽の日差しが悪い」「立地が悪い」「土がよくない」みたいに言うだけでは、一向に改善しないです。一攫千金を夢見て宝くじを買う金があるのなら、情報集めと実践のために使えば良いのにネ。

 

フリーランスだろうが会社員だろうが、ハッキリ言って、自分を一番大事に思ってくれるのは自分自身です。であるなら、どんどん「自分でやれることはやっていかなきゃ」です。

 

 

 

業界が揺れて、現場が揺れて、自分の人生も揺れる時だからこそ、気づきの機会も生まれるし、角の曲がり方も覚えられます。

 

人生は曲がってこそ、直進では見れなかった風景や思わぬ出会いにも巡り会えます。

 

曲がることを「挫折」と考えるような、表層だけの完璧主義など捨てちゃいましょう。

 

曲がると、それはそれで、人生、面白いものですヨ。

 

 

 

 


園芸やろう

春がきましたネ。

 

ちょっと遅くなったけど、唐辛子のタネを播かなきゃ。

 

夏頃から収穫できる生唐辛子は、色々な「野戦食」=制作現場のお弁当に、ハサミで2〜3切れを切って落とすと、食欲の進む良いスパイスになります。

 

*材料代50円・調理時間3分のぶっかけうどん。唐辛子のが彩りを添えて食欲をそそります。卵がなければ、40円で済みます。

*写真は生唐辛子ではなく乾燥した唐辛子です。乾いた唐辛子って、生に比べて辛さが格段に増しますよネ。

 

 

ものを作る仕事をしている人は、園芸をやってみると「良い刺激」になりますヨ。「ものごとのサイクル」を肌身で実感できます。

 

誕生から成長、開花、実の収穫、そして枯れる、生死のサイクル。一年草と多年草、多年草と宿根草など、様々なサイクル。実は、仕事にも応用できることが多いです。

 

だって、私らは自然の中の一部だもの。‥‥どんなにデウスだなんだと過信してもネ。

 

 

 

ヨーロッパでは蚊を払うために、窓際にゼラニウムを育てるのだとか。

 

ゼラニウムに限らず、そもそもハーブのような匂いの強い香草は、虫除け効果があるとも聞いたことがあります。

*詳しくはWebを検索してください。大雑把な言い方ですので。

 

ならば、一石三鳥。事業やプロジェクト推進のアイデアにもなって、虫も除けて、さらに食事にも嬉しい‥‥となれば、園芸をやらずして何をやる。

 

ちなみに、草木を育てる時、光と水と土が必要なのは誰でもわかることです。しかし、それだけだと育たないことも多いです。「肥料でしょ?」‥‥というのは、土の中に含まれるのでハズレです。

 

草木の育成には、光と水と土、そして風が必要なのです。風がないと、どんどん草木は病気にかかります。風が吹くから、草木は多少の日陰でも育つのです。

 

私は以前、この「風」の存在に気づくまで、随分と草木を成長途中で枯らしてしまいました。光、水、土、風、全てに恵まれた環境では気がつかないかも知れませんが、私の場合は自宅のベランダで育てていたので、「何がいけないのか」「何が足りないのか」を経験で知ることができました。

 

自然界は凄いよ‥‥。まさにアニメの制作現場に「風が吹いていない」がゆえの色々な問題を、さらりと言い当てていますよネ。

 

 


環境が揃う日

作業環境を充実して作業を快適に進めよう!‥‥と思いたいのが作業者の人情。

 

とは言え、環境がどれもこれも揃う日は、永遠に訪れないように実感します。必ず、何かが出っ張ってたり引っ込んでたりするので、「最高の作業環境」は「見果てぬ幻」のように思います。

 

マシンのCPUの処理速度が上がった!‥‥と喜べば、モニタの解像度が足りなかったり色域が旧態依然としていたり、やがてモニタの性能が向上すると、今度は外部機器の接続形態(USBなど)が速度や安定性で劣ったり‥‥と、何かしらが遅れをとったり足を引っ張ったりして、永遠に「最高の状態」が揃うには至りません。20年以上仕事でコンピュータと付き合っててそうなんだから、未来も同じだと推測します。

 

「そんなことはない。現在、最高に近い状態は実現している」‥‥と言っても、4KHDR60pには対応できないでしょう。作業環境とは、内的要素だけでなく、社会の流れ〜外的要素とも密接に絡み合っています。

 

悩ましいですよネ。

 

経済って、新しいモノが古いモノを塗り替えることでしか、発展していかないもの‥‥なのでしょうかね。

 

ふと、自然界を見ると、古いものが消え去って、新しいものが栄えて‥‥というのは、ごく自然なサイクルです。極めて長いスパンで見れば、どんなものでも世代交代を繰り返すうちに変化し続けていると思われます。でなければ、人間は今の状態にはなり得ていませんもんネ。人類の起源は実際にこの目で見たわけではないので(誰でもそうだと思いますが)確かなことは言えませんが、人間は人間だけでなく、周囲の様々なものの生き死にのサイクルにまみれて、結果オーライ的に今の状態にたどり着いたのだ‥‥と思えます。

 

であるならば、作業環境が「最高の状態で完結して止まる」なんて、夢見るだけ滑稽です。

 

当座、入手できる要素で、良好な状態を揃えるのが、ベストと言えましょう。変な言い方ですが、「ベターがベスト」ということですネ。

 

ベストを目指すと果てしないが、ベターなら着地点は見えます。架空・空想のベストはともかく、現実のベストはベターで構成されると認識すれば、迷いも戸惑いも抑えられましょう。現実には、ベストを集めてベストを形成するのではなく、best, better, good、そして、mediocreの混在にて構成されるのだと実感します。

 

 

 

ただ、ベストなど幻だと開き直って、平凡な要素だけで構成しても、達成ラインを超えられない「本末転倒」にも陥ります。映像を作るために揃えた機材が、映像を作るには性能が足りなかった‥‥では、お金を捨てるようなものです。

 

全てをベストで揃える迷いを断ち切っても、今度は、ベターとはなんぞや?‥‥という新たな迷いも生まれましょう。

 

う〜ん。やっぱり環境作りは悩ましいですネ。

 

 

 

 

 



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