WWDC2018

毎年恒例のWWDC。今年はどんな製品の発表があるのか、そして、ないのか。

 

私らの作業環境を、2020年代を見据えた近代化改修を進めていることもあって、Apple製品が刷新されるのか、マイナーアップデートなのか、そのへんを見極めた上で機材調達をせねばなりません。でもまあ、WWDCという明確な切り替わりポイントが事前にわかっているだけでも、計画は立てやすいですけどネ。

 

新型Mac Proはなさそうですネ。なので、Late2013はもうしばらくは現役です。

 

iMac Proのマイナーアップデートがあるのか、ないのかは、気になります。ないならないで良いですし、CPUのクロックアップなど少しでも熟成されればそれで良いです。ぶっちゃけ、2020年代視野で4Kに取り組むならiMac Pro程度の性能は必須です。アップコンなら今のままで構いませんが。

 

iPad Proは13インチはどうか。これも、刷新やマイナーアップデートが、ないならない、あるならあるで、とっとと状況を知りたいです。iPad Proは直に作画作業の中心なので気になりますし、スタッフの育成にも重要な機材です。

 

Mac mini。今回もまた放置プレイなのか。Mac miniを4K60Hzに対応させて、メモリを64GBまで増設できるようにすれば、十分、2020年代の自宅作業にも耐えるでしょうが、まあ‥‥それはなさそうな予感。

 

Mac BookやiPhone。それはぶっちゃけ、私にはあまり関係ないので、興味は薄いですが、iOSアプリがmacOSでも動作するようになる噂は、気になりますネ。

 

Home Pod。すでにアレクサさんがいるので、あまり興味を惹かれませんし、作業場にはミキサーから各種特性のスピーカーで音出しできるので、よほど何かの利点がなければ(例えばiOSやmacOSからスマートホームをシームレスに操作できるなど)、わたし的には、HomePodの出番はなさそうです。

 

 

仮に、今回何ひとつバージョンアップやマイナーアップデートや刷新がなくても、十分、未来の環境作りは可能な計画なので、導入してすぐに新製品が発表されるイタい事態を防ぐことだけを考えております。

 

すべて理想の機材を揃えられるわけではないですし、私らの作業部屋には色々な事情で今でもFireWireで動作するHDDもあったりしますので、目標を達成するには何が必要かを精査し、重要度の高い機材を厳選して導入し運用するのみ‥‥です。

 

でもまあ、初夏と秋のAppleのイベントは楽しみで良いです。

 

最近、新製品が発売されても無感動なことも多いですもんネ。製品発表が楽しみな企業って、やっぱり稀有です。

 

 


根性依存

「根性作画」。要するに、どんなに大変な内容や状況でも根性で乗り切る作画です。「根性撮影」なんて言葉もありましょうか。

 

「根性」で苦難を突破する度量、気概、自己への確固たる信頼は、持つに値するスキルや経験だと思います。いざという時の火事場の馬鹿力は、どんな工程にも役職にも必要だと思います。

 

ただし‥‥‥。「根性に依存」しちゃだめなんですよネ。

 

根性そのものに害はないのです。根性って、当人の能力やバイタリティの証でもあります。しかし、ワークフローや生産システムが「根性ありき」で計画され運用されるのは、その時点で破綻しています。

 

 

「一人十殺、一人百殺の気概であります!」

 

その気迫は良いでしょう。他人がどうこういうものでもなく、あくまで本人の気概・気迫なのですから。

 

 

「一人十殺なら、敵を打ち破るのに、敵の1/10の戦力で大丈夫だ」

 

‥‥アホでしょ。本人の気迫を計算に組み込むなよ。

 

しかし、アニメ現場はいつしか、そのような見積もりが常態化して久しいように思います。80〜90年代に作画技術をスパークさせたベテランの惰性だけでなく、若い世代の監督や演出もカジュアルなノリでテレビシリーズの通常単価で「一人十殺」を現場に要求します。

 

そういう時にね。「そんな馬鹿げたことはヤメようよ」と言うのは、実は効力がほとんどないことは、ツイッターが広く普及した現代が証明しています。「言ったって、治るもんじゃない」わけです。

 

じゃあ、どうするのか。‥‥仕切り直すしかないでしょ。

 

「一人十殺」が常識になってしまった現場に、いまさら「一人一殺ですよ」と訴えても、「今までソレでOKだったんだから、これからもソレで良い」で、ハイ終了です。旧来現場の中で改革を格闘するだけ無駄なんですヨ。

 

現場を完全にバラした後、用語辞書や技術体系もゼロから組み直して、システムも作り直して、新しい技術もどんどん導入して‥‥と、それでようやっと、慣習や常識を変えることができると思います。

 

口で言って、変えられた試しなんて、ないでしょ。思い出してごらんよ‥‥です。

 

 

「根性は何のためにあるのか」

 

‥‥その「根性の根本」を定義し直すのは、今までの現場では無理です。キッパリと言いますが。

 

日本人だって、無条件降伏=戦前戦中意識の強制解体という通過点を経なければ、今でも「進め一億火の玉」「一億玉砕」「一億総特攻」「日本は神州」とか言い続けてるでしょうネ。

 

 

 

今までのアニメ現場で「根性依存」から抜け出すのが困難な理由は、「根性意識」の習慣が根強いのと同時に‥‥

 

「根性に頼らざる得ない、技術体系の旧式化」

 

‥‥があることです。

 

思い出しましょう。旧式化した零戦で、特別攻撃隊が編成された70年前の日本を。

 

大戦末期の日本は、根性に依存するだけでは飽き足らず、根性をもって命を差し出すことまで強要したわけです。旧式化した技術、遅れをとった技術を、根性と命で挽回しようとしたのです。

 

ああ、まるで、今のアニメ業界じゃないか。‥‥いつまで「根性作画オンリー」の考え方を続けるつもりなんだ?

 

根性を戦況打開の戦術に組み込んだ時点で、その戦争は、たとえ一時的な優勢を得ても最終的には負けましょう。73年前の1945年に根性を捨て無条件降伏を受け入れ、翌年に「コロネット作戦」が発動されずによかったね‥‥と思うばかりです。

 

「忍び難きを忍び、耐え難きを耐え」

 

‥‥で、結局負けてんじゃん。どんなに忍んで耐えても、負けてりゃ意味ねーよ。です。

 

当時の人々が、ある時には命まで差し出して、根性で忍んで耐えたのは、一体、何のためだったのでしょうね。

 

 

 

ではアニメ業界は?

 

アニメ業界に投下される「新型爆弾」は何でしょうか?

 

アニメ業界も、どんなに「忍び難きを忍び、耐え難きを耐え」ても、いつかやがて忍びきれず耐えきれない日が確実にやってきます。

 

根性依存をいつまでも続けている場合ではないでしょ。‥‥と、少なくとも私は思いますし、実践を開始しています。

 

 

 

 

私に限らず、幅広い見識をもった人々は、もう気付いているのです。「今までの技術体系では立ち往かない」と。

 

ベテランだって新しい意識をもっている人は何人もいます。どうしようもない石頭ばかりではないです。

 

各々、自分が関われる範囲で状況を進めて、未来計画を開始しているでしょう。

 

 

私は根性を信頼しますが、依存はしません。当人の根性・ポテンシャルがいかんなく発揮される技術体系や技術開発に重きをおき、「一人一殺」でもその「一殺」の中身を高効率化することで、制作運用の全体像を根本から変えていきます。

 

中堅・若手の、若いゆえの覇気に満ちた根性・度胸は、実に頼もしい。‥‥しかし、その根性や度胸をあてにして生産計画に組み込むのは具の骨頂。

 

根性や度胸は、本人の内に在って、じんわりと作品作りに滲み出すべきもの‥‥なのですから。

 

 

 


HS5

ヤマハのHS5。最近見たときはペアで2万3千円で売ってて「安っ!」と思ったのですが、今日見たら、普通の値段に戻ってました。あれはただの特売だったのか。

 

 

 

このスピーカーは音を気持ちよく聴くのとは正反対で、音をチェックするのに適しています。特に定位はバツグンで、1つ1つの音が箸で摘めるように錯覚するほどです。

 

アマゾンのレビューはなかなかビミョーですが、運搬トラックに乗用車の価値観を説いても的ハズレなのと同じく、このHS5はあくまでモニタースピーカーであってリスニングスピーカーではないので、そのへんをわきまえれば、かなりのコストパフォーマンスの製品だと思いますヨ。

 

安いところ(サウンドハウスとか)で買えば、ペアで2万5千円ですもん。

 

アニメ会社もさあ‥‥、ラッシュチェック環境くらいには、せめてこうしたHS5やMSP5 Studioを設置してもバチはあたらんと思うよ。大した金額じゃないんだからさ。

 

ちなみに、HS5は、ヤマハの音叉ロゴが光るのが可愛いですヨ。

 

白いのも出てて、これがまた可愛い。

 

 

 

 

私らの作業部屋では、MSP5 Studio、ALESISのPC用ミニスピーカー、ヤマハのサブウーファー、そしてHS5を、適宜チョイスして鳴らせるようにセッティングしてあり、様々な制作場面で活用しています。雰囲気を聴きたい時はMSP&ウーファー、定位を確認したい時はHS5と、ニーズに合わせて使い分けています。音の崩れを確認するために、Bluetoothの無線スピーカーや、ラジカセで鳴らすこともできます。

 

ヘッドフォンは、おなじみのCD900ST、同じソニーのV6や7506、AKGの240、JTSの535、KOSSのスポルタなど、様々な出音を確認できるように、ヘッドフォンアンプに繋げています。

 

普及価格帯の製品ばかりですが、アニメ会社の作業部屋としては充分だとは思っています。私らの作業は、単一工程ではなく、最初のイメージ出発から最後の着地まで、幅広い範囲を引き受けることが多いので、安価な製品でもしかるべき性能の機材が必要です。

 

 

 

 

6月は、環境の性能増強に合わせて、音周りも合わせて向上する予定‥‥というか実行します。長らく未使用で眠っていたサブバス付きのミキサーを導入して、明確にコントロール送りとメイン送りを分けた配線にして、例えば私のヘッドフォンでは音を出すが、監督やプロデューサーの聴いているスピーカーからはミュートする‥‥という、ごく普通なメイン&コントロールを分離できる環境(=安いミキサーでは中々難しい)をようやく実現します。安いミキサーは個人で使うことが前提ゆえにメインもサブも一緒で、各チャンネルのMUTEすらなかったりしますもんネ‥‥。

 

 

ヤマハが、HS5のような「貧者の味方」(=価格的に)のスピーカーを販売し続けてくれているのは、嬉しい限りです。自分の部屋で音楽を聴くのならともかく、作業部屋でチェック目的で聴くのなら、HS5は文句なしに安くて高品質なスピーカーです。

 

 


F-15

作業部屋の模様替えの下準備をしてたら、しまっておいた「嘘のF-15」が出てきたので、飾りました。

 

これ。‥‥数年前の作品で実際に使用しました。

 

 

 

アカデミーの1/72のキットを、水平&垂直尾翼を切断し、角度を変えて接着し直しました。‥‥なので、実在しない嘘のF-15です。作った当時は、アカデミーのキット価格は1200円前後だったと記憶しますが、今は絶版らしくプレミア価格になっているようです。今購入するなら、容易に入手可能なハセガワのスジボリキットで良いですネ。

 

マグダネルダグラス〜ボーイングのF-15は空想だけでなく性能向上案として尾翼の角度を変えた計画案が存在したようで、モックアップの写真を見たことがあります。逆ハの字のF-15は、アニメの世界だけではなかった‥‥ようです。

 

カナード翼をつけたり、ベクターノズルに変更したり‥‥は、なんだか上手くいきそうもなかったので(私の工作技術では)、尾翼のアレンジだけです。それだけでも、随分と未来チックになりますネ。

 

 

ちなみに、100円ショップで買った釣り糸で吊っています。透明の細いナイロン糸なので、簡単に(PhotoshopやAfter Effectsで)消せます。

 

国籍マークや部隊マークはあえて貼らず、ステンシル関係のみ貼っています。国や軍隊の固有マークを貼っちゃうと使い回しするときに面倒なのです。

 

サーフェイサーは下地で使うのがほとんどだと思いますが、私はフィニッシュとしても使います。適度にマットな仕上がりが光の反射を抑えて影をしっとりと描写し、立体把握がとてもしやすく、後処理するスチル撮影にも汎用性が利きます。

 

*私が標準仕様として使っているのは、クレオスの1200です。1200のグレーが光源の反射でも白飛びせずにちょうどよく、タミヤカラーでクレオス1200のグレーを再現するために、XF−80「ロイヤルライトグレイ」XF-83「ミディアムシーグレイ2」を調色して常備するほどです。

*ちなみに、アマゾンだとこの辺の具材は割高です。私はヨドバシを常用しています。

 

立体造形は、日頃平面ばかり相手にしていると、実際に実物(模型であっても)を目にすると、とても新鮮で良い刺激になります。模型に縛られて理屈ガチガチになる必要はないですが、思わぬ発見も少なからずあるので、アニメスタジオに常備しておきたいアイテムの1つです。

 

 

 

 

 


設計図

私は最近、アニメ制作上において、キャラ「設定表」、メカ「設定表」などの「設定」という言葉は避け、「設計図」という言葉に変えています。もちろん、私がメインで関わる場合は‥‥ですけどネ。

 

私が子供の頃に見たクレジットは、「設計」という言葉もそれなりに使われていた記憶があります。なぜ今は、ほぼ全て「設定」になったのか、理由はよくわかりません。

 

ぶっちゃけ、「設定」だと、少し柔らかいニュアンスになるように思います。一方、「設計」だと厳格な印象があります。

 

私が思うに、髪の毛が透けるデザインで多重組みが頻発するのは、キャラのデザイン時点での甘さが大きな原因だと思います。ツイッターでは、各種作画上の障害を原画マンの責任にする発言を多く見かけますが、原画マンはキャラ表を見ながら描いていますから、そのキャラ表に明確な「障害抑制」のデザイン上の工夫が示されていなければ、いくらでも事故は発生するでしょう。

 

私が子供の頃にみた「キャラクター設計」のデザイン画は、想定される場面においてどのように処理すべきかも併記してありました。サイズによっての描きわけかた、髪の毛の下の処理など、色々と。

 

「作画注意事項」として別立てで書かれたものではなく、「キャラクター設計の一環」としてキャラデザインに盛り込んでありました。‥‥当然ですよネ。‥‥だってさ、アニメ制作運用において、キャラを描画する際の規定書・作業の拠り所なのですから、デザインに最初から盛り込まれていて然るべきです。

 

昔はセル画でしたから、デザイン上の迂闊さは、モロに仕上げ不可、撮影不可に直結しました。

 

 

キャラ表は、デザイナーが自分の好みやクライアントのオーダーに準じてただ漠と描くだけのものではないはず‥‥です。作画スタッフに対して、どのように描けば良いかの指針やメカニズムを示す設計図であるべきでしょう。

 

多重組みが発生しやすい場面での回避策もキャラ表には必要となるでしょう。作画作業以降での多重組みなどの諸問題は現場のみんなで上手く処理してよ‥‥なんて、設計図としては欠陥設計図と言えます。設計図にミスがある‥‥ということです。キャラ表は単品のイラストじゃないんですから。

 

でもまあ、そうした「各スタッフへの対応がめんどくさい」ことを回避するためにも、厳格な印象を持つ「設計」よりも、やんわりとした「設定」の呼び表しのほうが好まれるのでしょうかね?

 

 

新しい技術においては、キャラやメカ、美術、プロップ、そしてエフェクトにも、現場での実用・運用を周到に計画した設計図が必要になります。設計が甘いと、技術が新しいがゆえに、作業に支障が出やすいからです。

 

「そうか‥‥、こういうデザインにしちゃうと、このようなシチュエーションで破綻するんだな‥‥」という経験値をどんどんデザインにフィードバックすることが、これから未来の取り組みです。作画技術だけでなく、コンポジットや色彩設計などあらゆる工程の現場のノウハウをどんどん反映した「アニメーションキャラクター設計図」を描くことが必要です。

 

立像、キャラの基本表情、表情バリエーション‥‥を描けば済むような「設定」ではなく、様々な技術を用いる時に、また、様々なシーンのシチュエーションで実際に用いられる時、どのようにキャラをデザインしておけば成立するのか、まさに「設計」することが求められます。髪の毛の分け方、パーツ・リグの分け方など、作業上に必要な設計図を、できるだけコンパクトにページに収める知恵も必要となりましょう。

 

現在のアニメ制作はクオリティも相当に上がりましたが、アニメ制作黎明期の「運用するための知恵」もかなり多く忘れ去られています。得たものも大きいが、失ったものも大きい。‥‥そしてそれが、作業上の障害にも通じています。

 

これから先、若い人間たちと共に様々な映像技術の変遷を経験する上で、設定ではなく、設計という意識で現場作りを志したい‥‥と思っています。年長者の見識の甘さや迂闊さが、若い人間にも伝染しちゃうのは、できる限り避けたいですもんネ。

 

 


アニメの絵柄

今のアニメの絵柄は、言うまでもなく、以前のアニメ彩色用の塗料=アニメカラーの名残りを大きく引きずっています。アニメの絵柄は、そもそもデザイン視点で今のスタイルを選択したのではなく、彩色上の制限を反映したゆえのスタイルです。塗料を混ぜ合わせることが実質不可能だったので、「色は混ぜない、ぼかさない」制限の中で、アニメの絵柄は工夫を重ねて発展してきました。

 

しかし、現在は色を無段階に混ぜ合わせることも可能になり、アニメカラーの制限は形骸化しています。つまり、今はもう、キャラデザインの時点から、「絵柄の考え方」を変えても良いわけです。

 

一方で、多重組みの問題や、髪の毛の色分けが7色にも及ぶ‥‥など、作業の混乱や複雑化など、様々な問題が増えています。

 

形骸化した制限を今でも慣習的に踏襲して、昔の足枷をハメたまま、障害走や全力ダッシュで今まで以上のパフォーマンスを得ようとする。

 

‥‥色々と、仕切り直しの潮時ですネ。

 

思うに、仕切り直しの第一歩はキャラのデザインからです。デザインが2020年代の現用技術を意識できていなければ、続く工程が全て影響を受けます。

 

例えば、プロペラ機からプロペラだけをとって、ジェットエンジンをくっつけたような機体では、次世代を体現するスタイルにはなりません。

 

 

 

上図はエアラコメットというアメリカ陸軍航空隊時代のジェット機ですが、性能は散々だったようです。

 

ジェットエンジンで心臓部が変わったのならば、ボディデザインも応じて変わってこそ、ポテンシャルが発揮できようというものです。洗練の余地が残されていようと、古い慣習や常識から抜け出すことが何よりも必要です。

 

 

 

 

 

 

‥‥で、これは飛行機での例え話。

 

アニメのデザインは、どのような変化が、2020年にふさわしいのか。有効なのか。そして、受け入れられるのか。

 

戦後のジェット機開発と同じで、トライ&エラーの繰り返しです。頭の中だけ考えて、何も実践しないまま、解答が導き出せるわけ、ないです。

 

 

 

ただ1つ、わかっているのは、今までの尺度だけで物事を考える人々は消え、新しい尺度で物事を推し進める人々が台頭することです。様々な歴史が証明しています。

 

実際、今のアニメだって、1960年代の初期テレビアニメのアトムやロビンの常識のまま‥‥ではないですよネ。もし1960年代のアニメーターがタイムスリップして2018年現在のキャラ表や原画を見たら、「こんなの非常識だ」と絶句するでしょうしネ。

 

そして、タイムスリップした1960年代のアニメーターは、こんなことも思うかも知れません。「絵柄は複雑になったけど、基本的な段取りは大して変わってないんだな」と。

 

 

 

2020年代を迎えるにあたって、認識を新たにすべきは、「今のアニメの絵柄は何に由来するのか」です。

 

枚数量産の制限、セル絵具の制限、フィルム撮影台の制限が、まさにアニメの絵柄に強く影響していたのです。とかく、「アニメはアニメの絵柄だから」なんていう無自覚で間抜けな認識に陥りやすいですが、ちゃんと物理的な理由がありますし、黎明期のアニメスタッフはその制限を強く意識していたことでしょう。

 

アニメの絵柄を所与のものとして認識するのではなく、なぜ今までのアニメはこのような絵柄なのか‥‥を改めて深く考えた時、未来に繋がる「温故知新」が得られるでしょう。

 

昔の人は、物理的な理由ありきでアニメの絵柄をデザインし、その制限を逆手にとって、魅力的なものへと変えていった。

 

では、今を生きる私らは、どのような物理的な理由があって、どのように絵柄をデザインすれば良いのだろう。

 

 

絵柄の好みは色々あって良いし、もっと様々な「旧来アニメ絵以外の絵柄」が増えるべきとも思います。要は「昔」に縛られずに、「昔」の「切り拓いた精神」に学ぶべき‥‥なのでしょうネ。

 

アニメを通例や慣習で扱う人々は、やがて過去に消え、アニメを新しい技術基盤で「再発明」できる人々こそが、今後のアニメ制作の未来を担っていく‥‥と私は思います。

 

 

 


雑感

以前、「After Effectsで作業するのは撮影処理」だと言っている人がいた‥‥と耳にして、そんなアホな、いつからAfter Effectsは撮影ソフトになったんだ?‥‥と思いましたが、After Effectsに限らず、一定数の人は「ソフトウェアで工程を考える」ようで、それこそがコンピュータ活用術の限界を自ら生み出す大原因ですし、新しい映像技術にも追随できない理由でもある‥‥と考えています。

 

なので、そうした意味でも、After Effectsだけで作ったキャラのテストを以前紹介した次第です。キャラの描線からペイント、背景に至るまで、すべてAfter Effectsだけでゼロから作っていますが、これって「撮処理」なんでしょうかね。

 

 

 

まあ、違いますよね。明らかに作画カテゴリです。もっと根本的な表現で言えば「絵を描く行為」です。

 

After Effectsでキャラが描けるから、After Effectsを用いた場合は撮処理だ!‥‥なんて、誰も思わないでしょ。エフェクトアニメーションにおいても、After Effectsでゼロからビームや波の動きの素材(=原動仕に相当する)を作りますが、それは撮影処理じゃないですよネ。

 

 

*After Effectsにも「ペンツール」があるのですから、絵は描けますわな。

 

まあ、上図はイジワルな例ではありますが、実際、After EffectsやPhotoshopなど様々なツールを「何用」と定義するのは、ソフトウェア、ひいてはハードウェアや制作行為そのものに自ら重い足枷をハメるようなものです。

 

誰がいつ、After Effectsを狭義の撮影ソフトということにしてしまったのか。少なくとも、前世紀からAfter Effectsを使っている人々は、撮影専用ソフトだなんて思っちゃぁいないですヨ。実際、After Effectsは2005年くらいまで撮影ソフトとしては認知されておらず、コアレタスじゃないと撮影は無理だなんていう風潮が支配的だったんですから。

 

思うに、後から参入した人々は、「ソフトウェアを何用と決めつける」傾向が強いように感じます。何も定型がないところから試行錯誤して作った人々は、ソフトウェアがどのように使えるかを制作過程で経験しますから、発想を様々に転換して柔軟にツールを使えるのですが、先人の事例を踏襲してスタートした人々は「これは何用」と思い込んでしまって、使い方を限定して狭めていく傾向があります。

 

ゆえに、アニメ業界のAfter Effectsの使いかたは、正直なところ、After Effectsのポテンシャルを20〜30%くらいしか活用していないように思います。After Effectsの中に、アニメの撮影作業で使ったことのない機能が多ければ、まさにそれが論より証拠。

 

 

おそらく、2020年代の最初の動きは、2000年代後半から現在までに決めつけられてしまったツールの使い方を一旦バラして、新しい時代の映像産業が欲する品質と性能に合わせて、組み直す・考え直すことではないか‥‥と感じます。10年かけて凝り固まってしまった認識を、10年かけて解きほぐしていく‥‥のでしょう。

 

じゃないと、先には進めんですもんネ。今までの使いかたを一新するからこそ、新しい映像を具現化できるのです。

 

 

道具の使い方は、巡り巡って、未来の命運を分けると思います。大げさな話ではなく、将来の生産力を左右してしまう‥‥でしょう。

 

まずは、世界規模で進行する映像技術進化との足並み。4KとHDR、そしてインフラの更新とともに60pなど、道具の使い方次第で対応の可否がわかれます。

 

アニメに4Kなんて不要だ‥‥なんていう人は、今までのアニメの映像しか頭に思い浮かばないからです。4K60pHDRを駆使するアニメは必ず現れます。そして、時代に進行に合わせて、アニメに対する認識が変わっていくのです。‥‥今までと同じように。

 

さらには労働力。

 

現在の「アジアの労働力」は、果たして、これから10年20年変わらず、日本の制作会社のオーダーに対して、同等の処理能力と受注金額を維持してくれるのでしょうか。

 

おそらく、アジアの生産力は、「金の切れ目は縁の切れ目」でしょう。日本の仕事を「義理と人情」「友情」で引き受けているわけじゃないのですから、もっと良い条件の仕事が他から受注できれば、日本からの仕事は少なくとも今までの条件では引き受けてくれなくなる‥‥のは誰でも想像できることです。

 

アジアの労働力を、採掘すればいくらでも湧き出す無限の油田みたいに思い込むのは、そろそろ考え直した方が良いと思います。それは労働力的にも、日本の技術者育成の観点でも。

 

ボロボロにダメージを受けた国内の労働力・生産力を再生し、新しい時代と共に歩むには、道具の使い方が何よりも第一歩でしょう。新しい時代のニーズに合わせて道具を使えてこそ、生産力と呼べる流れ・勢いも具現化しましょう。

 

 

道具の使い方〜コンピュータとソフトウェアの使い方は、未来を切り拓く上での、最重要なキーワードです。

 

手元に存在する道具に対して、昔の使い方しかできない集団は、時代の変化についていけず徐々に力を削がれ、どこかの時点で1つ消え、2つ消え‥‥と淘汰が進むと予想します。

 

でもまあ、普通に考えて、誰も「淘汰される側」にはなりたくない‥‥ですよネ。

 

だったら、時代の変化の大波小波にさらわれて溺れ死ぬのではなく、むしろ、その波のエネルギーを活用して波乗りするのが良いです。

 

活用するには、まずは「After Effectsは撮処理だ」とか言ってちゃあダメす。この10年で固まった意識は、ほぐしていきましょう。

 

作画用ソフト、撮影用ソフト。そんなことを考えるばかりでは、未来など過去の刷り直しに過ぎない‥‥のです。

 

 

 

 


新しいとは何か

世界の地域の中には、水を利用するために徒歩で片道30分・往復1時間かけて川にバケツで水を汲みに行く人々がいることを、いつだかテレビで見ました。水道などのインフラがなく、運搬車を常備するほど豊かではないので、家に常駐している女性たちの仕事だとか。

 

現代日本からすれば、いくらでもツッコミようがある状況ですが、そもそもインフラストラクチャが未発達な地域では、「日本の普通の感覚」は通用しないのでしょう。インフラの乏しい状況が巡り巡って‥‥というか、インフラには依存できない状況がデフォルトなので、男は外に仕事(=体力資本の力仕事)に出て家を空け、女は家に常駐して家事一切を担う‥‥というカタチになるのでしょう。近代社会が必死になって追い求めた「理想社会」はそこにはありません。

 

こうしたことを「構造的」に捉えて、私の関わるアニメ業界を鑑みた時、果たして現代的なインフラを形成できているか?‥‥と考えると、そうではないなぁ‥‥と思います。

 

私がよく引き合いに出す「デジタル作画」はインフラ未発達の象徴とも言える存在です。ここでいう「デジタル作画」とは、業界が今なんとなく目指している「紙と鉛筆をコンピュータとペンタブに置き換える」内容を指します。

 

‥‥と、この1行だけで、「デジタル作画」が近視眼的な取り組みだと解る人は、業界の因縁に惑わされないニュートラルな視点をもっている人です。

 

冒頭の「水を汲みに歩いていく往復60分」を思い出してみましょう。バケツを持って歩く往復1時間を何とか効率化できないか‥‥と考えた時、「歩くのがツラいから、電動モーターを装備したローラースケートを履けば良い!」と考えるのが、いわば、「デジタル作画」の考え方です。

 

電気も使える、モーターもある‥‥という状況を、自分の身の丈でしか考えず、「歩くのが辛いし時間がかかるから、歩く行為に電化を導入する」という、まさに近視眼の典型です。

 

もし電気があって、モーターがあるのなら、そこにホースを追加して、ポンプで汲み上げてホースで水を村へと流し込む「簡易水道」を発想する人も多いでしょう。アニメ業界の人々も、もし自分ごとではなく他人事だったら、「近視眼的なことしないで、大きな効率化を目指せば良いじゃん」と言う人も多いでしょう。

 

しかし、自分の足が接地している事案になると、途端に消極的で近視眼になるのが、もしかしたら日本人の特性なのかも知れません。

 

そのような消極的な考えに陥りがちなのは、「だってさ、ポンプを動かすには電線を通さないとダメだし、片道30分の距離に相当する凄く長いホースだって必要だろ? そんな金も労力も、簡単には調達できないよ」と思うからです。‥‥そうなんですよね、まさにそれがアニメ業界の現実そのものです。前例が無いと実行できない、プレゼン力の弱い民族性とでも言いますかネ。

 

電線を川まで延長する(=前述の村には電線だけは通じていました。電球を灯す程度の役割で。)インフラ事業、ホースを村まで這わせるインフラ事業、どれも相応に大変な取り組みですし、設置したらメンテも必要になります。

 

だからやらない。できない。そして、考えてみることもしない。

 

 

本当に、アニメ業界の「現代&未来技術の活かし方」は、「デジタル作画」なんでしょうかね?

 

たしかに、まずお金の面で、大々的なインフラをいきなり構築するのは無理でしょう。しかし、自分の在籍する部屋、部署、会社の中だけで、まずは小規模な未来志向のインフラを実施して、未来技術の活用方法を試行錯誤することはできます。それこそ、一番最小単位ならば、個人規模でインフラ〜作業デバイスネットワークを実践すれば良いのです。

 

いきなり全部は無理でも、少しずつでも手応えを得て、小さな成功を積み上げる。

 

でも、全部できないから、少しもしない。1000ができないから、10もしない。

 

‥‥なぜでしょう?  その1000は、10を100個組み合わせて出来上がっていると言うのに、です。

 

電子レンジでチンすれば食える食材ばっかり食っているから、「未来を料理する」素材探しも調理法も考えないでしょうか。

 

 

「デジタル作画」という技術の選択肢は、いくつもある中の1つとして存在すれば良いでしょう。決して「未来はコレだ!」という一択ではなくネ。

 

アニメ制作や画業で1990年代後半からコンピュータを使い続けている方々とたまに話すのですが、どなたも「色々な技術を組み合わせていくべき」との見解をお持ちです。私もそう思います。

 

未来は色々な技術を組み合わせて、ひとまとまりの技術体系を成すのであって、「紙作画からデジタル作画へ」という安直な流れでは、早々に立ち行かなくなるでしょう。なぜって、紙作画時代のワークフローを踏襲するのならば、その頃に抜けようと思っても抜け出せなかったブラック構造をも踏襲し続けることになりますが、作業構造が宿命的に内包するブラックは「社会が許さない」状況にどんどん追い詰められていくからです。もはやアニメも労基と無縁ではないのです。

 

 

年長者は「自分の若い頃はそうだったんだから」と言うし、若い人間は妙に常識に囚われていてアタマが固いし、年齢に関係なく「何が新しいことなのか」を考えられない人はそれなりの数が存在します。

 

「新しいとは何か」を考えてみませんか。

 

「新しいとは何か」を考えることは、未来に光明を見出すことでもあります。

 

もちろん、古きものから、影色の深みを得ることもありましょう。でもそれは、決して古きものに固執することではないはずです。

 

 

 

「水を汲む」例えでいえば、アニメの映像制作にとって、水とはすなわち絵、そして汲むことは、イメージの源流から「絵を汲み出す」行為なんだと思います。

 

ですから、アニメを「絵が動く映像作品」として定義するのなら、イメージの源流から絵を汲み出し続ける限り、アニメ足り得るでしょう。私も汲み出す瞬間はiPad Proを使います。汲み出すバケツとしてのポテンシャルは、iPad Proは高いですもんネ。

 

汲み出した絵を、どのように映像制作に用いる「映像」として動かすか‥‥を、「新しく」考えていけば良いのです。

 

今までの徒歩による往復に終始する必要はないです。色々な方法が考えつきましょう。

 

そして、絵を汲み出す源流は、川だけでなく、地下水脈でも雨水でも、アイデア次第で色々です。そう言った意味では3DCGは、地球の内部から水脈も油田も掘り起こせる位置にいるのだとも思えます。‥‥私は、2DCG=川や海の表面から水を汲み出すのに一生をかけようと思いますが、人によって様々なアプローチはあって然るべきでしょう。

 

 

 

「アニメ制作村」で映像を作る時、どんな材料とエネルギーを「村」に集約できるのか。

 

新しい何かに浮かれすぎると足をすくわれますが、古い何かに執着しても足が腐ります。

 

最近制作に参加して先週放送された作品の中で「怒気あって真の勇気なき小人め」とのセリフがありましたが、中々いいセリフですネ。

 

体制や伝統に寄り添うばかりで、他の可能性を考えもせず、ただ現状にイライラして怒号を発する人は、たしかに小人ですよね。

 

真の勇気‥‥か。

 

なあなあの空気をぶち壊してでも、未来への有効な打開策や新機軸を打ち出すには、やっぱり、それなりの勇気が入りますわな。このブログも、書かれている内容が耳障りで嫌な人はそれなりにいるんだろうなあ‥‥と思いつつも、私は決して、ヤケクソで玉砕攻撃・バンザイチャージするような未来は選択しませんので、不特定の誰かに嫌われてもいたしかたねいです。事なかれ主義で進んで、最後にとんでもないツケを払うのは、誰だっていやだと思いますけどネ。

 

何が新しいのか、何を継承するのか、‥‥を考える日々は続きます。

 

 


雑感

アニメ制作現場の未来を考える‥‥という命題を論じた時、結構多くの人が「原画・動画・仕上げ・美術・撮影」というフローのままで思考します。つまり、今までの方法は変えずに、未来を考えるわけです。

 

でも。

 

今まで50年間、ずっと諸問題を解決できなかったフローに、なぜそこまで無批判でいられるのか、大きな疑問です。

 

アニメ制作現場の未来を考える‥‥というのなら、今までの方法にプラスして、旺盛に大胆に新しい技術を導入するべきでしょう。

 

今までの方法を全て放棄する必要はないです。しかし、それだけを踏襲し続けるのは、良策とは言えず、むしろ愚策です。

 

 

フロッピーディスクがないと西陣織が滅びる‥‥という記事が以前ありましたが、アニメ業界も似たような状態です。いつまでもフィルムカメラの流儀に縛られており、新しい技術を導入して発展することができません。しかし、その「なぜ新しい制作技術を開発しないのか」について、業界の多くの人は自意識が希薄ゆえに批判しません。

 

もしアニメ業界の未来を本気で憂いて、制作現場の未来に貢献したいと思うならば、新しい基軸や発想、現代の技術を活用した新しいシステムを、2020年代にさらに前進する世界規模の技術発展を味方につけて、どんどん実践していくべきです。

 

いつまでも「原動仕美撮」でものごとをカウントするのではなく、です。

 

 

ヤマト・ガンダム世代がいよいよリタイアし始めた時、どのように業界が変わっていくのか。

 

フィルムを知らない世代が活躍する時期になっても、まるでフィルムの地縛霊に呪われるがごとく、自らを「原動仕美撮」で縛り続けるのか。そして、「原動仕美撮」から離れたくないがために、ブラック状態を不本意ながらも相変わらず自作自演していくのか。

 

 

2020年代をもっと意識すべきです。

 

2020年代は、1970年代でも、1980年代でも、1990年代でもなく、もちろん、2000年代、2010年代とは大きく変化していくでしょう。

 

前時代から継承するものはあって良いと思います。温故知新はまさにその通りです。

 

しかし、継承するだけでは限界が訪れます。それはアニメ業界に限らず商業・工業の多くが同じ条件です。アニメ業界だけが時代に反して昔の技術やシステムのまま生き残れると思っているのなら、何ともむしのいい話です。アニメ業界だけ特別扱いされるわけ‥‥ないじゃん。アニメ業界もアニメ制作会社も、時代の淘汰に生き抜く強さと知恵を発揮しなければなりません。

 

新しく技術やシステムを作ることも、2020年代のプロ現場のスタッフには必要なのです。

 

 

 

 


エフェクトのアニメーション

今後、エフェクトの作画における原画マンの役割は、原画を描いて終了‥‥ではなく、動画・ペイント・ストラクチャ(撮影でいうところの素組みの状態)まで一貫しておこなう作業スタイルに移行せざる得ないと考えています。なぜか?‥‥というと、エフェクトの作画〜特に複雑なディテールのエフェクト作画は、今までの原動仕で作業すると、どうやっても作業構造的=ギャランティと作業規模で破綻せざる得ないからです。

 

私がエフェクトの作画を、新しい技術ベースに移行させたのは、ぶっちゃけ、動画工程での諸問題を回避するためです。

 

図例で説明しますと、まず、こんな感じのエフェクトなら、どんどん動画をやってもらって稼いで頂きたいです。稼げる動画‥‥ですよネ。

 

*描き方は原画です。動画はもっと丁寧に描きます。

 

 

同じスパーク・プラズマでも、少し複雑になると、以下のような感じで、1時間に4枚以上は描けるものの、前図よりは手間がかかってきます。

 

*アニメスタイルのスパークです。理屈よりもフォルムを感性で描きます。

 

*リアルタイプのスパークです。ハリウッドSF映画の放電エフェクトなどで昔からの定番です。

 

 

しかし、以下のようになってくると、明らかに難易度が上がってきて、送りミス(煙などの方向性や速度の描写・描画ミス〜割りミスともいう)が出やすくなります。送りミスを防ぐには、原画マンが送りマークを書き添えるのと同時に、動画マンの卓越した技量と経験値が不可欠です。

 

 

 

動画マンによってクオリティのバラつきが表れ始め、しかも、現在の動画単価では危うい報酬ラインになり始めます。1時間4枚描けなければ時給1000円になりません。

 

そして、以下のような細かいディテールのエフェクトになると、まさにプロとしての動画マンの卓越した技量と経験値が必須、さらには1枚800〜1000円前後の動画単価も必要になりましょう。こんな作画、動画1枚200円ちょいなんて冗談にもほどがあります。

 

*もし、こうした細かいディテールの煙のセルがキャラやメカを挟んで前後に配置されて、PANで密着マルチだった場合、そりゃあもう、盛大な枚数と労力を消費することになります。‥‥が、こうしたシーンでエフェクトがショボいと、作品の「格」もダダ下がりですもんネ。

 

エフェクト作画に限らず、旧来方式のすべての作画も同じですが、原画マンだけ頑張ってもカタチにはなりません。適切な動画マンの作業があって、モーションが初めて成立します。動画マンもかなり頑張らなければ、エフェクト作画は動きを全うできないのです。

 

で‥‥?

 

動画マンがかなり頑張る??? ‥‥いったい、いくらの報酬をもって? 複雑で細かくて手のかかるエフェクト作画を?

 

現在のテレビシリーズで前述の動画1枚800〜1000円前後のギャラなんてホイホイと発注できるのでしょうか。

 

さらに4K時代が訪れて、タブレット作画で3〜4Kキャンバスを相手に作画するようになれば、800〜1000円だって報酬としては足りないでしょう。

 

密度の濃いエフェクト原画を描くと、特別単価が設定されない限り、確実に動画は苦しむことになる。しかし、アンパン、ジャムパンみたいな可愛いフォルムのエフェクトだけでは昨今のアニメは成立しない。内容がキビしい動画は何よりも作業金額面で誰からも敬遠され、国内でどんどんエフェクトを描ける人間が動画時点から育たなくなる。

 

お金と内容のジレンマです。

 

問題は、お金だけの話にとどまりません。時間も問題です。

 

例えば、複雑なディテールの煙の動画を1枚40分で描いたとします。2時間で3枚になりますネ。ということは、1日8時間で計算すれば12枚です。

 

エフェクトはとにかく枚数がかかります。振り向いたら止まってクチパクで時間を稼げるキャラの作画とは全く違って、動き続けてナンボです。1カット100枚前後の枚数もよくあることです。しかし、1人の作画技術者が一生懸命描いて、たった、1日12枚です。120枚の動画が必要な場合、10日かかるということです。ほぼ2週間ですよネ。

 

もうこれ以上言う必要もないでしょう。‥‥破綻してますよネ。エフェクト作画にどんだけコストがかかるんだよ‥‥って話です。

 

でもそうした作業構造上の問題点は、随分昔から判明していました。

 

 

 

少なくとも私は、エフェクト作画の原画だけ描いていれば上手く済む話じゃないのは、もう20年前にわかっていました。ゆえに、20年前からすでにコンピュータで作画して動かす方法を模索していました。その当時の映像ファイルは探せば今でも見れると思います。まあ、まだまだ当時は考えが浅く、出来栄えはイマイチ、イマニ、イマサン‥‥って感じでした。

 

「コンピュータで」‥‥というと、安易に「コンピュータが計算力でエフェクトを作り出す」と思われがちですが、「作画」とのたまうわけですから、コンピュータのシミュレーション系のエフェクトを使おうって話ではなく、あくまで自分の頭の中のエフェクト作画イメージをコンピュータを道具として駆使して具現化する手法です。

 

現実的な物理シミュレーションではなく、あくまで描かれたエフェクト、‥‥例えば未来世界の超兵器のエフェクトとかを、頭の中のイメージ通りに、紙ではなくコンピュータを用いて「作画」するわけです。使用するソフトウェアは、今や「アフターのエフェクト」を処理するだけでなくゼロからの素材作りもガシガシ出来るAfter Effectsです。平面レイヤーとペンツールがある時点で、不可能なことは何も無い‥‥といっても過言では無く、当人の技術次第です。

 

 

 

そんなこんなで、初めて新技術系〜コンピュータで作画するエフェクトのカットをテレビ作品に出したのは2008年のことでした。地道に研究を重ねて、今から10年前に実戦で使い始めました。以後、よほどのことがない限り、自分の在籍する会社の作品では原動仕の流れは使わず、レイアウトからコンポジットの基礎構成までを「アニメーション」という作業名称として運用しています。

 

他社作品では「コンピュータ作画」はやらずに、大人しくレイアウトと原画だけを描きますが、自分のホームグラウンドではレイアウトから素材作りまでを一貫して作業します。

 

これから未来のエフェクト作画は、ビジュアルエフェクトのコンポジターに素材一式を渡すところまでが「エフェクトアニメーション」だと思っています。エフェクト作画の諸問題を解決できる道‥‥と心得ます。

 

最近作業した仕事では、1000枚前後の動画(とペイント)相当を一括して作業しましたが、新しい技術でのエフェクトアニメーションは、もはや枚数換算なんて不毛なのです。動画とペイントに換算すること自体、過渡期の象徴だと思いますしネ。目指す映像が作れるか否か、それだけです。

 

どうしてもAfter Effectsだけでは作りきれない場合は、ササッと、iPad Proで描いてAir Dropで作業マシンに転送、即座にAfter Effectsに組み込んで作業続行です。デジタルデバイスの作業ネットワークは個人でも大いに活用すべきです。

 

ちなみに、今回の参考図はiPad ProとProcreateによる描画です。もし動かす場合は、After Effectsで同じ絵を作ることになります。

 

もちろん、旧来の料金システムではなく、新たな価格設定が必要なのは、言わずもがなです。まさか、1カットの原画料金でこの作業を受発注するわけがないです。加えて、単一単価は廃止し、作業内容に合わせた変動単価(=単価で受発注する場合)は必須です。

 

 

 

新しい時代の新しいアニメーション作品における、新しいエフェクトのアニメーションは、アニメーターがコンポジットの素材作りまでこなすのが妥当です。労働問題、映像技術の発展、そして品質の安定性の見地から、もはや原動仕で運用するのは非現実的となっていくでしょう。

 

もし、若い人がエフェクトのアニメーションに魅力を感じるのなら、手描きで動かす作業を経て「勘」をつかんだ後は、積極的にその「勘」をコンピュータ上で定着させて、1000枚でも10000枚でも自分ひとりでエフェクトアニメーション素材を作れるように精進すべき‥‥と思います。‥‥じゃないとさ、まさに金の問題で、生きていけんのよ。

 

今は1970年でも1990年でもないです。2020年代を目前に控えた2018年です。

 

だったら、新しい時代で活躍できる技量を獲得していくのが、まさに未来を切り開く道‥‥ですネ。動画の送りミスもなく、不適当な単価で悔しい思いもせず、しかもアニメーター=動きのイメージを具現化する当事者が思うようにコントロールできる‥‥と、プラス要素と好条件はたくさんあります。‥‥まあ、それらを「悪用=低コストと買い叩きの新たな要素に」しなければね。

 

私もイイ歳になって、墓場まで自分の技術はもっていけないので、若い人にどんどん技術を伝承していく所存です。ちゃんと、未来へと繋ぐ技術として。

 

 

 

でもまあ、新技術ベースのエフェクトアニメーションは、まだまだ歩き始めてまもない段階です。従来のセル画風に作るもよし、背景美術のようなディテールに仕立てるのもよし、実写とイラストの中間のような見せ方でもよし、絵本のようなテイストでもよし。

 

アニメは絵を動かすもの‥‥と定義するのなら、原動仕から解放されたアニメーションの技術の、発展の可能性は計り知れないです。

 

 



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