滅びの哲学

今から72年前の1945年の3月10日。爆弾(焼夷弾)をしこたま抱えた飛行機の大編隊が、日本人をひとりでも多く殺す目的で、空の向こうからやって来て、東京を火の海にして去っていきました。私の母の一家は、1944年当時、高円寺に居を構えており、母は幼いながら、空襲で真っ赤になった夜空を見た‥‥と記憶しているようですが、なにぶん幼かったので、1945年の3月は既に疎開して地方都市の空襲を見たのか、まだ疎開しておらずに東京の空襲を見たのかは、確かな記憶はない‥‥とのことです。

 

よくよく想像してみると、「空の向こうから、自分たちを殺す目的で、爆弾を抱えて飛行機がやってくる」って、スゴいこと‥‥ですよネ。

 

しかし、近代戦争だけが残酷なわけではありません。NHK大河で度々取り上げられる安土桃山の戦国時代だって、かなり、エグいです。

 

甲冑武者や日本刀を見ると、これらの道具が、どれだけの人間の血肉を切り刻んだのか、戦場を駆け巡る武者たちの残忍な姿を想像せずにはいられません。

 

戦車や戦闘機をかっこいいというのは不謹慎で、鎧の戦国武者をかっこいいというのは日本情緒があってOK‥‥という感覚は、私は全く同調できません。現代も近代も中世も、どの兵器も等しく、残酷なものでしょう。流鏑馬を見て、「日本の武士はいいわね〜」なんて言うひともいるでしょうが、戦場だったら、的はモロに生身の人間ですからネ。

 

しかし、武器は、敵を打ち倒して自分は勝ち残るという、闘争本能の権化であるからこそ、おしなべて、冷酷な機能美を体現している‥‥とも思います。

 

 

 

‥‥‥あ、のっけから脱線した。

 

今回書こうと思い立ったのは、全然別のベクトルの話題です。

 

日本人には、「ダメだとわかっていても、滅ぶ運命と共に、殉死する性質」があるのだろうか?‥‥という話です。

 

 

1945年3月10日に、東京をあれだけ焼け野原にされても、すぐには戦争をやめられなかったし、もっと酷いことになるであろう本土決戦の準備を着々と進めていた当時の日本人たち。

 

「状況が酷い事はわかっているし、劣勢なのもわかりきっている」のに、方針を転換できなかったどころか、より一層、まるで無理心中のその瞬間まで戦い続けるんだという狂気が、ごく普通に毎日の生活の中に浸透していたであろう、1945年の日本。一般の人々は虚偽の情報に欺かれていた‥‥とは言いますが、一夜にして東京が焼け野原になって、なぜ情報のウソに気づけなかったのか。

 

日本人には何か、「たとえダメだとわかっていても、最後までやり通すんだ」という「滅びの美学」のようなものが、ず〜〜〜っと心の奥底に存在し続けている‥‥のでしょうかね?

 

軍国教育、軍国社会の強い影響下に、日本人は洗脳されていた‥‥というのは、果たして正解でしょうか。

 

 

私は、現代の日本社会を見ていると、決して軍国教育だけが1945年までの日本人の行動指針を決定づけていたとは思えません。

 

そもそも、日本人には、土地と共に生き、土地と共に死ぬ‥‥という土着の精神が深く根付いているのではないでしょうかネ。

 

そして現代社会においては、その「土地」が、ひと昔前は「会社」や「組織」であったり、アニメ制作の場合は「アニメ業界」であったりするだけ‥‥だと感じます。

 

 

動画単価は一時期200円台まで上がっていて、私が新人の頃(1980年代後半)の2倍までにはかろうじてなった‥‥という認識でいました。‥‥なので、人から話を聞くまで、再度200円を下回った単価(190円とか)が存在するなんて、夢にも思いませんでした。仕上げだと160円とか。‥‥正直、耳を疑いました。

 

なんで、単価が下がってんの?

 

だってさ、昔より遥かにキツくなっているんですよ。動画の品質要求は。

 

明らかに破綻していますよネ。確実に破滅の道を進んでいますよネ。単価は上がりこそすれ、決して下がってはいけないと思うのに、内容の高い要求水準に反して、単価が下がっていく状況は、まさに業界の「終わりの象徴」とすら感じます。

 

動画の人が6万円でキツくて辞めた‥‥という話題がちょっと前にツイッターで話題になりましたが、それはその動画の人が所属していた会社云々の問題ではなく、業界全体の問題です。

 

 

東京は大空襲で焼け野原になったけど、日本が負けたわけじゃない。

 

 

‥‥これと同じことを、アニメ業界は繰り返そうとしているだと思います。

 

東京が大空襲で焼け野原になった時点で、日本は気付くべきだったのです。そうすれば、私の祖父もカンギポット山で終戦1ヶ月前間際に死ぬこともなかったのです。

 

核爆弾を2発、大都市に投下されて、ようやく、「もうそろそろ終わりにしないとヤバい」と動き出すのは遅すぎた‥‥と思うのです。

 

 

大東亜戦争の子や孫たちは、同じ構造の「滅びの哲学」を、あいも変わらずに「同トレス」しようとしている‥‥のでしょうか。

 

 

 

既に死んでしまった監督演出のわたなべぢゅんいちさんが、その昔、私が20代前半の若い頃に教えてくれた日本のポップスで、前にも紹介した「夏への扉」の一節が思い起こされます。

 

 

あきらめてしまうには まだはやすぎる

 

扉の鍵を みつけよう

 

 

 

 

みなさんは、「扉の鍵」をみつけようとしていますか。

 

扉から外に出て、生きるか死ぬかも判らないのなら、いっそ、馴染み深いこの部屋の中で死ぬんだ‥‥とばかりに、未来を閉ざされた部屋に閉じこもり続けて、何になりましょう。今、生きているのに、今、死ぬことを決めちゃうんですか?

 

負けは負けと早々に認めて、今まで積み上げたプライドなんか捨ててしまって、まるで幼子のころに戻って、新しい道を模索すればいいのです。

 

私は全然、1%足りとも、未来を諦めてはおりません。

 

 


生き詰まり

先日、耳にした話で、動画や仕上げの単価が徐々に下がる傾向は続いており、動画は200円を切る場合もあったり、仕上げは160円なんていう単価もあるようです。

 

私が学校を卒業して18歳でアニメーターになった時の、動画の単価は120〜130円。80年代後期、線の量のエスカレートした作品が急激に増え、月千枚をコンスタントに描くのはかなり厳しく、家賃三万円台の物件が豊富にあった私の時代ですら、月6〜8万円ではまともに生きていけないことは判明していました。

 

で、2017年の今は、遥かに線が多く、クオリティも要求される状況。

 

 

 

完全に行き詰まっていますよネ。日本のアニメの作り方。

 

 

 

でも私は、「行き詰まり」というよりは、「生き詰まり」‥‥と思うのですよ。永遠に成長し、永遠に機能を維持できて、永遠に生き続けられるものって、存在しないと思うからです。

 

老いは受け入れるべきで、それはアニメ業界も同じことです。

 

人間は歳を重ねるごとに、知識も経験も増え、相応にやることも増え、やったことに対する責任も増え‥‥と、どんどん重荷が増していきます。そして、いつしか、老人となり、第一線を離れ、仕事を辞め、隠居する‥‥という流れです。

 

アニメ制作も同じではないですかね。

 

年代が進むごとに、知識と経験が蓄積してアニメ制作技術が向上し、色々な作風のアニメを作るようになり、品質に対するハードルもあがり、どんどん、どんどん、重荷が増して‥‥。

 

このままのベクトルで進み続ける「わけがない」ですよネ。

 

いつかどこかで、限界値に達して、縮小へと転じるはずです。

 

アラウンド50のスタッフなら、「ああ、自分の身に置き換えれば、思い当たる節がいくつも」と感じるはずです。日頃から「自分の体力に過度に期待する方針は、どこかでストップしなければ」と思っている‥‥でしょう?

 

アニメ業界も同じじゃないですかネ。アニメ業界自身の「体力に過度に依存する」やりかたは、もう通用しなくなるのだと思います。なにものでもなく、アニメ業界「自身」が老いたからです。

 

アニメ業界は、自分自身の体力に過大な自信を持つがゆえに、自分の知識と経験を継承する「子供」を作らなかったし、育てようともしなかった節があります。

 

つまり、アニメ業界の技術は、このまま、「老いを認めない」で行動し続けると、冗談抜きで「一代限り」で消滅する可能性は高いです。

 

 

 

既にそうした危機感をリアルに感じている聡明な方々は、たとえ今はよちよち歩きで幼くても、新しい技術に自分らの「技術の遺伝子」を継承させるべく行動していることでしょう。私も微力で小規模ではありますが、幼い新技術を育てております。

 

現時点では立って歩くこともままならない幼子ですが、今のアニメ業界の技術だって、生まれた頃は同じだったじゃないですか。恐ろしく幼かった‥‥ですよネ。

 

 

積み上げたものをバラして壊すのは、「せっかくここまで積み上げたのに‥‥」と切ないでしょうし、得た技術は手離したくないのも人情でしょう。

 

でもね、‥‥老いたのです。アニメ業界の、思想も技術もシステムもノウハウも。

 

老いて機能が低下し、劣化してしまったからだで、どんなに欲張っても、もう若い頃のように、ウフフキャッキャとはしゃぐことはできないのです。

 

目をそらさず、その事実と向き合わなければ、老いた先でとんでもない破綻がまっているかも知れません。

 

老いた自分自身に全く気がつきもせず、若い世代に老いた思想で洗脳を試みて、大量の脱出者が毎年出る‥‥なんて、あと何年何十年、続けるつもりなのか。

 

 

業界の老いを認めて「覚悟」してしまえば、逆にポジティブな発想も浮かんでくるのではないでしょうか。

 

絵コンテ? 原画? 作監? 動画? 撮影? ‥‥その制作システムの老いを認めた上で、若い層、中堅、ベテランともども、「新しい何かを始める」のが良いと、私は思います。


ランニングコストとしてのパソコン

個人でアニメ制作に関わるフリーランスの場合、MacやWindowsのパソコンは自費での購入となり、そこそこ高額な「買い物」になります。

 

しかし、考えてみれば、仕事でパソコンを使う場合、それは「物」であっても、実は「作業を具現化する溶媒」であって、固定資産ではなく流動資産とみるべきです。あくまでパソコンは一時的に当人の作業を支える、「消耗しない消耗品」なのです。

 

「買い物」と考えてしまうと、アカンのです。電気水道ガス通信を「買い物」とは言わないように、パソコンも「仕事で使うのなら」、「物」ではなく、「仕事のインフラ」を支える「溶媒」と捉えるのがよろしいです。

 

1年で「もとを取れるか」はなんとも言えないので、流動資産というべきかは、専門家の方にお任せしますが、パソコンは3〜5年で必ず買い換える時期がきて第一線を退く、短命のハードウェアです。退いたマシンは、自宅サーバやサブマシンとして第2の活躍場所を与えることにはなりますが、SD、HD、UHD‥‥と確実に進化する映像フォーマットに対応していくには、マシンは一層の性能向上型が必要となります。

 

「デジタル作画」ではなく、パソコンで何らかを作画する状況においても、印刷に耐える解像度でドットバイドットで快適に作画したいのなら、数年前のパソコンのビデオカードでは能力が足りず、やはり買い換えが必要になるでしょう。例えば、4Kの液タブを使うには、4K60pで出力できるビデオ性能が必須です。(30pだと目が辛い)

 

 

 

私の作業環境のうちの1つ、28GBのメモリのiMac 2.5Kでは(なぜ、そんなハンパなメモリ容量なのかは話が長くなるので割愛)、メモリが足りないことが多くなってきています。ふと、FreeManをみれば、「真っ黒」になっており、開いてみるとキャッシュなどで一時的に食われた後に解放された「非使用中」が含まれるものの、メモリの残りは49MBだったります。

 

 

一番左が、FreeManのグラフ。まっくろになることが多くなりました。3〜6Kの素材を頻繁に用いるようになったのも、原因の1つかと思います。

 

28GBの使用状況。固定中と使用中で17GBですから、8GBや16GBのメモリでは足りないことが多いです。他のマシンでは32GBが標準ですが、同じく、メモリは足りないことが多くなりました。

 

28GB、32GBで「メモリが足りない」なんて、10年前には思いもしなかったことでしょうが、映像の進化を想像できれば、至極当然のことだったとも言えます。

 

 

私は今でも、学校を卒業した時に親に買ってもらった机(ビクター製の、天板が傾斜できる中々な逸品)が現役ですが、パソコンはそうはいきません。5年持てば上々です。

 

つまり、50万円かけて「えいや!」と「清水の舞台から飛び降りる」思いで購入したハード一式でも、「50万円の品」ではなく、1年10万円の「機材環境維持費」とみるべきです。

 

要は、1ヶ月1万円の「機材使用費」です。そのほかに「ソフトウェア使用費」も上乗せしなければなりません。

 

コンピュータで仕事をするのなら、コンピュータがいくら、ペンタブがいくら、ソフトがいくら、‥‥という計算ではなく、月割りでいくら‥‥という計算を習慣として身につける必要があります。

 

そして、その月割り額は、コンピュータで仕事する以上、支払い続けることになります。‥‥この辺が、今のアニメ業界の「お金」の事情と、「どうしても折り合いがつかない」部分なのだとは思います。

 

 

 

こうして書いてると、「今のアニメ制作現場の原画動画の料金では、非現実的だな」と暗い気分になってきます。電卓で計算して、試算だけで早々に破綻しますもんネ。

 

シンポジウムで「デジタル作画」を先導(いや、扇動かな?)したところで、一番気になる「お金」=仕事の土台の部分の問題に触れずじまいでは、「どうやってコンピュータでの作画をスタートしたら良いか」はナゾのままです。

 

あくまで私の意見ですが、今の業界の作画料金体系では、デジタル作画を波に乗せることは無理だと思います。高価な運送費の高速ジェット貨物機に、単価の安い商品をいっぱい積み込んでも、利益は得られないと思うからです。

 

ジェット燃料にコストがかかりメンテにもお金がかかる高速ジェット貨物機には、相応に、単価の高い商品をいっぱい積む必要があります。

 

 

 

自社制作の作画がらみを、内部的に単価を高く設定できる作品なら、まだ見込みはあるかもしれませんが、今まで通りのフリーランスの単価料金体系では、パソコンの運用はかなり厳しいと思います。ぶっちゃけ、率直に、私の感触で言うと、です。

 

コストのはるかに安い紙と鉛筆ですら、破綻しかかっているような50年にも及ぼうとするアニメ制作システムです。

 

どこにどうやって、コンピュータを新規導入して、定期的に買い換える余地があるのか。

 

 

 

私の知る限り、コンピュータを自分の仕事の道具として使う人々は、すでに「作画」「撮影」という狭義で作業を捉えていません。コンピュータで自分ができる仕事はどんどん引き受ける‥‥という、皆、作業セクションのセクショナリズムを自ら取り払った人たちです。

 

一方、「作画だけをやります」という人でコンピュータを「メインで使う人」は‥‥思い当たらないなぁ‥‥。つまみ食いしている人は多いとは思いますが‥‥。

 

 

 

色々な作業を受注して、ようやく経済的に成立できるかもしれない、道具としてのパソコン。

 

それに加えて、パソコンを仕事のメインウェポンとして導入することは、「サムライが刀と剣術を捨て、チョンマゲを切り落とし、近代的な武器でCQC/CQBの技術を得る」という、ある種、技術上の移り変わりの「極論」にも到達する話題でもあるのです。

 

まあ‥‥ですから、ゆえに、江戸から明治の時と同じように、かなりの抵抗感、違和感が現場にも潜在するのでしょう。

 

 

 

お金、人、キモチ‥‥の色々が、パソコンのまわりを取り囲んでぐるぐると数匹の虎のように歩き回っているのが、今の状況。ぐるぐる回って回り続けて、溶けてバターになるのは、いつごろのことかな。

 

 


CC

Adobe Creative Cloudは、導入するには価格が高い‥‥と言う人は、こと、アニメ業界においては、多いように感じます。「CCって、安上がりだよね〜、数年間の運用のスパンで考えれば」と言っている人と会ったことがないです。‥‥ちなみに、私は、After Effects、Photoshop、Premiere、Audition、DreamWeaver、Illustratorの6つを最新版に保つことを考えれば、以前より遥かに安上がりだと思っていますけどネ。

 

私が割安と感じるのは、「5つ前後のAdobeソフトウェア」を「最新版に保つ」という目的があるからです。

 

なぜ私が複数のソフトウェアを最新版に保つ目的があるのか‥‥というと、アニメ制作の現場にいながら、標準のアニメ制作とは違う技術を用いて、標準外の作業をし、積極的に新しい映像フォーマットを活用しようと思うからです。例えば、4Kでアニメを作る‥‥なんて、現場やシンポジウムなどでは全く触れない「イタい話題」かも知れませんが、2017年現在の私らのグループではどんどん経験値を蓄積し、様々な未来の可能性を模索しています。ゆえに、最新の映像フォーマットを存分に活用できる最新のソフトウェアとマシンが必須なのです。

 

しかし、これは、コンピュータで映像制作をする全員に当てはまることではありません。むしろ、私らの考えは少数派に属します。

 

多くの人は、今の仕事を、どれだけ効率的に快適に、運用コストを抑えつつ、こなしていくか‥‥が、主目的となるでしょう。

 

となると、AdobeのCCのプランは、どれも「使えねーな」ということになるのです。

 

PhotoshopとLightroomだけが使えるフォトプランこそ980円ですが、他のソフトを単体で使うと2180円、全部入りだと4980円で、絵に描いたような「帯に短し襷に長し」です。After EffectsとPhotoshopを使いたいのなら、2180x2=4360円で「購入者生殺し」みたいな価格設定です‥‥よネ。

 

もっと柔軟なプランと価格が必要なんじゃないですかね。

 

例えば、どれか2つを、自由な組み合わせで、1980円とか、2380円とか。

 

Photoshop限定(つまり、Adobeにとって、Photoshopが今でも稼ぎ柱なんでしょうネ)の「フォトプラン」とかじゃなくて、「PhotoshopとIllustrator」「PhotoshopとAfter Effects」「After EffectsとIllustrator」「After EffectsとPremiere」など、自由な組み合わせで、全部入りの半額未満に抑えて、はじめてユーザーのココロは動くんじゃないかと思うのですヨ。

 

あまりにも安価なのでクリスタを引き合いには出したくないですが、クリスタは1ヶ月500円ですもんネ。

 

「Adobeのソフト全部なんて自分には全く必要なし。2つあれば事足りる。しかし、2つチョイスすると、4360円。コンプリートプランの4980円と大差無い。‥‥ああ、なんだか無理だな。昔のバージョンのままでいいや。」

 

‥‥という判断に落ち着いている人は、かなり多いんじゃ無いでしょうか。人だけでなく、グループも、会社も。

*会社向けには「法人プラン」があり、さらに、やや割高です。

 

もちろん、ソフトウェアの開発・販売側の事情もあるでしょう。しかし、少なくとも私の知る多くの人は、CCのプランと値段の「融通の利かなさ」ゆえに、CC導入を最初から候補外にしています。

 

 

なんで、企業や会社って、こうなんでしょうネ。人のキモチがわからないシステムを作るんでしょうかネ。

 

アニメの会社も同じで、今その瞬間の制作事情を維持するために、スタッフを安く買い叩くことばかりに邁進し、そのあとで、スタッフが離れていくことまで先読みできてない‥‥ことは、そこら中で聞く話です。

 

AdobeのCCって、その料金体系ゆえに、潜在的な顧客を膨大に失い続けているようにも思います。Photoshopにおいては、誰もが使っているソフトなわけですが、CCを導入できないがゆえに、かなり古いバージョンのままで落ち着いている人はかなり多いです。「ですから、Photoshopはフォトプランで980円で‥‥」とAdobe側は言うのかもしれませんが、じゃあなぜ、After EffectsやIllustratorは単体980円で提供してくれないのでしょうか。なぜ、Photoshopだけ980円?

 

私はマーケティングの専門家ではないですが、現場の横の繋がりなどで、色々なキモチや意見を耳にします。たとえマーケティングに通じている人でも、クリエーターたちのキモチを全く知らずに汲むことができないのなら、「この料金設定が欲しかったんだ。これだったら、お金をなんとか工面する。」とユーザが思える妥当な金額設定などできんでしょ。

 

 

私らの技術グループは、「コンピュータで飯を喰っているんだから、ソフトウェアにコストがかかるのは当たり前」という意識がデフォルトです。そのかわり、どんどん新しい技術で自分らの居場所を切り開いていくんだ!‥‥という気概もあります。そういう意識の人間やグループにとって、CCのコンプリートプランは必需品です。

 

しかし一方で、「今までの技術を継承し、安定した作品作りを実現するんだ」という意識のグループのほうが、アニメ業界的には圧倒的に多いはず。

 

その圧倒的に多い勢力に対し、AdobeのCCの料金体系は、あまりにもマッチしません。アニメの撮影やペイントや作画の現場にInDesignやInCopyやAuditionなんて全くいらんでしょ? マルチ業務を標榜する私らのグループも、アニメの映像作りにおいてはInDesignやInCopyなんて全く使わないですもん。

*マルチに業務を引き受けていると、音声編集のAuditionは結構重宝しますけどネ。

 

2つだけあれば良い ‥‥という部署や人はかなり多いと思いますが、そういうニーズに適応する「中間的な料金プラン」がないのは、私の考えるところ、「料金体系の致命傷」とも思えますけどネ。

 

 

Adobeが良きソフトウェアを販売し続けるために、Adobeにはたっぷり儲けて欲しいのですヨ。20年来のユーザとして、出来損ないのバージョンアップを頻発するような会社には、なって欲しく無いです。

 

いったん掴んだものは離さない!‥‥とばかりに、頑なに両手を握りしめて、結局、新しいものを掴むことができないのなら、一旦、つかんだものを脇に置いて手放してでも、改めて、両手を自由にして、古いもの新しいもの両方を掴みなおしたほうが「将来的にお得」なような気が‥‥‥、私の勝手な考えではありますが、そう思うのです。

 

 

 

 


ぶっちゃけ、今のAE

After Effectsは、私の「第2の鉛筆」とも言えるソフトウェアで、あんまり悪くは書きたくないんですけど、実際に2017年春現在のAfter Effectsには使いにくさや障害が増えてきて、ぶっちゃけ「悪ければ、悪いとしか書きようがない」です。

 

イメージキャッシュが更新されずに「ゴースト」が居続ける

 

非リアルタイムで遅く再生するときに、わざわざ音声トラックを遅回しで音出しする必要‥‥ある?

 

プレビューのキャシュが虫食いの場合、スキップして繋げて再生する必要‥‥ある? 逆に混乱しない?

 

フル画面でプレビューすると再生の途中で突如暗転して真っ暗になって戻ってこなくなることが3回に1回くらいある

 

ここのところのAfter Effectsの数バージョンは、どちらかというと「改悪」のベクトルに向いているように思えます。いいなと思える部分もありますが、日頃使いの部分が使いにくくなっているので、印象として「改悪」に感じるのです。

 

日頃使いの部分が使いにくくなった‥‥というのは、今までの慣習から変わったからで、要は使う自分側の問題だ‥‥と思おうとしても、プレビューすると暗転して絵が全く出なくなったり、イメージキャッシュが「あるはずもない絵を表示し続けたり」みたいなバグにいくつも遭遇すると、さすがに暗い気持ちにもなってきます。

 

新しい機能を追加したり、仕様を小変更することで、今まで安定していた部分が大きく崩れてしまうのなら、「そんな新機能いらんわ」という感情になっても致し方なし。

 

 

また、サブスクリプションの使用料金形態も、「不出来を許容する方便」になってしまっているのだとしたら、ユーザにとってはとんだ貧乏くじです。

 

 

「いや、これはたまたま、ケアレスミスで」と開発側は言うのかも知れませんが、こうしたミスが頻発してたら、決して「ケアできないミス」ではなくて、「ケアしようとしないミス」でしょう。

 

使う側としては、「ケアに至らない内部的な事情」すら邪推したくなります。

 

 

Creative Cloudを「アドビ税」とか言う人もいますが、システム要件の変化に追随してソフトウェアが安定して使い続けられ、機能も時代に合わせて向上していくのなら、「税」は喜んで支払います。

 

しかし、「税制」が「税を受け取る側の手抜きに繋がる」のなら、絶望しかないです。‥‥ぶっちゃけな。

 

私は職場とは別に、自分の自己研究用に2ライセンス分、つまり年間12万円をCCに支払っていますが、さすがに、1ライセンス分は削ってしまおうと思い始めています。多少やりにくくなっても、しょうがないです。今のAfter Effectsを含むCCに価値を見いだせなくなっています。

 

After Effectsの開発側の内部で、どのような変化が起きているのか、アウトサイダーの私は伺い知る事はできませんが、確実にAfter Effectsは不安定な動作状態になっている「今ここにある危機」があります。

 

 

ソフトウェアに限らず、アニメでも同じことが言えますが、会社の方針が変われば作品の傾向は変わりますし、現場の人員編成が変われば作品の品質も変わります。会社のブランドというものは、玄関の表札のロゴが作り出しているものではなく、中の人々が作り出しているのです。

 

After Effectsの「中の人たち」は何を想っているのか。After Effectsの今の状態を「これで良い」と想って送り出しているのか。

 

 

会社やグループ、そして個人においても、「良い波」「悪い波」の時がありますから、短気にならずに、まったりと接していくべきとは思います。

 

After Effectsも「今は悪い波の時だ」と心得て、ユーザとして、大局を見据えていこうと思っています。

 

 

追記:

RAMプレビューについて、YouTubeで「新バージョンで良くなった」的な映像が公開されてます‥‥が、

 

 

あのねえ‥‥‥‥、レイヤーが3つしかないような状況って何よ? しかも、再生がいかにも軽そうなムービーファイルのレイヤーで。

 

「劇軽」のコンポジションでデモしてみせて、高速になっただの、使いやすくなっただのって‥‥、まさか開発内部でもこの程度のコンポジション内容で「よし!うまくできた!」なんて言ってるんじゃないだろうな‥‥。怖いわ。マジで。

 

10〜20年前の頃は、開発マネージャーの方が時には米国の開発スタッフをも引き連れて、現場をよくリサーチしに来てくれていたものですが、最近はまるで無いよね。

 

あ〜〜‥‥あれか。アニメ業界はCS6でストップしてるから、アニメ業界にはリサーチの必要なし‥‥ってことかな?

 

でも、そういう制作グループだけじゃないんですヨ。

 

4Kで、レイヤー数も極めて多く、手描きで動かす動画だけでなく、手描きの原画をAfter Effectsで動かすような、重いミッションをこなす2017年のAfter Effectsの使用状況も、是非リサーチをしにきてくださると、After Effectsの未来の展望の一助にはなるかと思います。

 

編集ソフトでできるようなことを、After Effectsで再現してみせても、意味ないじゃん。編集ソフトは膨大なクリップ数からまさに「本編を編んでいく」ソフト、After Effectsは1カット1カットを「丹念に仕上げていく」ソフト‥‥で、同じ映像処理ソフトウェアでも意図も目的も大きく異なるのですから。

 


藪蛇

前回書いた、コンポジットエフェクトの呼称をタイムシート上ではどのように呼び表すか‥‥の話題は、実のところ、私がタイムシートを書くときにいつも迷うことでもありました。

 

実際、「ブラー」と書くのさえ、躊躇われるのです。

 

もうそろそろ、「ブラー」=「ぼかし」くらいは使っても良いだろうと思うので、私は「ブラー」とだけは書きますが、「何々ブラー」と書くのは、意識的に避けています。

 

別に、どんなエフェクトを使おうが、カットの内容に合っていれば、事は済むのです。何を使うかは、担当する撮影さんにお任せすれば良い‥‥のです。

 

 

それに‥‥、妙にAfter EffectsやPhotoshopの「エフェクト」「フィルタ」名を持ち出すと、「呼称の厳密さ」が要求されるようになります。これが一番、キツい‥‥んじゃないですかネ。だから私は、After Effectsを毎日使っていて「勝手知ったる」ソフトウェアでも、原画を描くときはあえてタイムシートには汎用的な呼称を用いるのです。

 

例えば「ガウスブラー」は、After Effects CC 2017での正式名称は「ブラー(ガウス)」です。まあ、「ブラー(ガウス)」を「ガウスブラー」に読み換えるくらいのことは出来ましょうが、「動くときにブラーがかかる」ブラーを「モーションブラー」とか書いちゃうと、After Effectsでは全く別の機能を指してしまいます。実際、私はついつい癖で「ブラー(方向)」を「モーションブラー」とか「移動ブラー」とか言ってしまって、「そのエフェクトはどこにあるんですか?」と質問されたことがあります。

 

ですから、アニメ制作の「制作運用上の公文書」とも言えるタイムシートで、うろ覚えなソフトウェア機能の呼称を書くのは、混乱の元ですし、書いた本人にとっても「やぶへび」なのです。下手にAfter Effectsのエフェクト名なんて、言わなきゃいいのに、書かなきゃいいのに、‥‥ということです。

 

それに、After Effects前提でコンポジット作業を語るのも、如何なものかと思います。ソフトウェアの縛りなんて、できるだけ無くして、用語はフラットに扱うべきと、私は考えます。どんなソフトウェアでも通用する汎用的な用語を、意識的に取り扱うべきだと、私は思うんですけどネ。

 

 

ちょっと話は逸れますけど‥‥

 

最近のAfter Effectsって、どんどんボロくなってますよネ。特にCC 2017は私の居る現場では「大不評」です。キャッシュの取り扱いがもうズタボロですし、(主観ではありますが)不必要な機能を増やして逆に使いにくくしているし、不安定さがどんどん増しているし‥‥で、After Effectsの未来にかなり不安を感じてます。

 

なんかさあ‥‥Creative Cloudで定額で使用料を徴収できるようになって、Adobeって「あー、もうこれで、次のバージョンを買ってもらえるか、気にしなくてよくなった」とばかりに、「大幅に手抜き」してないですかネ。‥‥開発面で。

 

ベータ版みたいな不完全な状態で、大した検証もせずに、メジャーバージョンアップして、下図のザマです。After Effects CC 14.1.0.057の「フッテージの整理」「フッテージの統合」のダイアログです。

 

 

何これ。 ‥‥‥‥ベータテスター向けのアルファ? ベータ? でも正式バージョンですよネ?

 

「削除 されたフッテージあるいはフォルダーアイテムは、2 でした。」‥‥の間違いなのはAfter Effectsを長く使ってれば受け流せはしますが、これって「スープに蝿が浮かんでいる料理を客に出す」ようなもんですよネ。

 

どんなに美味な料理でも、蝿が混ざっているのを気づかずに何度も客に出す店って、‥‥ちょっとヤバいじゃないですか。

 

知り合いや身内の作った料理ならば、髪の毛や小蝿など「平気平気」と、よけちゃいますけど、「客商売」は話は別‥‥です。

 

最近のAfter Effectsはぶっちゃけ、一事が万事、こんな瑣末な障害の繰り返しです。

 

 

2Kで2値化で24コマでSDRで作るんだったら、After EffectsはCS6のまま凍結‥‥というのは、賢い選択なのかも知れませんよネ。どんなに機能が増えても、バグや障害だらけの最近のAfter Effectsを使うよりは、運用上のリスクを抑えられますもん。

 

私が日頃、アニメ業界のCS5〜6でのバージョン停止に関して色々言っているのは、バージョンを上げたくてもできない「運用上の経済理由」にアニメ現場の深刻な問題を感じるからで、こと、After Effectsに目を向ければ、「何か、別の道を考えなければ」とすら感じます。

 

 

 

話を戻して。

 

‥‥というわけなので、変にAfter Effectsに合わせて制作システム上の用語を決めちゃうと、後で「そんな安易なこと、しなければよかった」なんて話にもなりかねません。After Effectsは永遠のソフトではないのですから。

 

タイムシートで扱う用語は、特定のソフトウェアに依存すべきではなく、むしろ、ダサダサなくらいに汎用的であるべき‥‥と、少なくとも私は思う次第です。

 


用語

前々回、タイムシートの記述に対して、「妙な具体的なフィルタの指示は無意味」と書きましたが、では、どのような指示が良いのか、思いつくままに書いてみました。

 

タイムシートはフィルム時代の産物で、「該当なし」も多いのですが、とりあえず。

 

ガウスブラー

滑らかブラー

=「ボケ」「ぼかし」

 

カメラレンズブラー

ボックスブラー

=「ピンぼけ」「アウトフォーカス」

*豆知識)「ピンぼけ」は意図せずしてピントがボケてしまった状態、「アウトフォーカス」は映像表現として意図的にピントをぼかした(外した)状態をいいます。‥‥でも、アニメだと実質、アウトフォーカスもピンぼけも同義です。

*予備知識)アニメでよく使われる「背景ピンぼけ大、Aセルピンぼけ中、Bセルピンぼけ小、Cセルにピント、Dセルピンぼけ大」‥‥のような指示は、原理的には「被写界深度の浅い状態」であって、決してピンぼけではなく意図的なフォーカス表現です。とはいえ、この場合も、タイムシート上の指示では慣用的に「ピンぼけ」で構わないでしょう。

 

ラジアルブラー

放射ブラー

シャイン

ラジアルファストブラー

=「ラジアルフィルター」「放射状のぼかし」

 

移動ブラー

方向ブラー

モーションブラー

=該当なし‥‥なので、「動きに合わせてブラー」とかでしょうかね

*余談)その昔「ゴーモーション」という実写の技術があり、ミニチュア撮影でもモーションブラーの表現を実現していました。現在はCGに取って代わられているようです。ゴーモーションについては、Wikipediaを参考

 

コーナーピン

メッシュワープ

ベジェワープ

パペットツール

ゆがみツール

=該当なし‥‥なので、「変形」「ディストーション」あたりでしょうか。

 

エコー

ブレンド

後幕&先幕シンクロ

=「OL(カット内OL)」「ストロボ」のほか、該当なしの効果もあります。

 

特殊な効果〜レインボーフィルタ、スマートブラー、スターグローなど

=あらかじめ作品の中で用語を決めて指定(他作品に通用する互換性はなし)

 

 

 

要は、「使用するエフェクト固有名や機能名」ではなく、「それによって得られる映像の状態」を記述すれば良いのです。

 

 

変に気を回して「CC Radial Fast Blur」なんて書かずとも、欲しい絵の状態=「放射状にブラー」と書けば、コンポジターは絵の雰囲気に最適なエフェクトの選択肢「Radial Blur」「ブラー(放射状)」「Trapcode Shine」などから適宜選択して、映像効果を付与してくれます。

 

中途半端な知識で中途半端に指示するのは、ぶっちゃけ、一番みっともなくブザマです。

 

だったら、「こういう絵にしたい」とイメージが伝わるシンプルな指示で良いのです。

 

 

「シンプルな指示では伝わりきらない、微妙なニュアンスを撮影さんに…」というのであれば、もう、そう思う本人が撮影をするほかありません。絵コンテと原画の関係性は、そのまま、タイムシートと撮影の関係性に通ずるものがあります。

 

もしくは、「つー、かー」で「いい感じが伝わる」撮影監督さんやビジュアルエフェクト担当者、グレーダーを「スタッフとして身内に取り込む」しかないです。

 

実写の撮影監督は、映画監督の女房とも共犯者とも言うじゃないですか。アニメでも同じです。

 

 

絵の細かいディテールやタイミングの1コマまで自分の思う通りに原画を描いてもらうには、絵コンテだけ書いていてもダメでしょう? 自分で原画を描くか、作監を兼任するしかないですよネ。

 

それと同じく、何から何まで自分の思う通りに撮影してほしいのなら、自分で撮影を兼任するしかないのです。タイムシートの指示だけで自分の思う通りに撮影をコントロールできるわけがないのです。自主制作ではなく、アニメ業界の商業アニメ作品は、あくまで「共同作業の成果物」なのです。

 

 

とは言っても、たしかに、タイムシートの性能が、現代の作品制作技術のニーズからどんどん旧式化して、古めかしいものになっているのは否めません。

 

何度も書いていることですが、Z軸の操作をT.B.とT.U.でしか表現できないのは、After Effectsなどの現用ソフトウェアの性能から鑑みて、著しく「タイムシートの規約そのものが旧態化」しています。Z軸だけでなく、様々な要素においても、です。

 

ただねえ‥‥、じゃあ、どこで「仕切り直し」をするか‥‥というと、アニメ業界の一番「苦手」な部分じゃん?

 

現在、仕上げと撮影が完全に「デジタル化」して久しいのだって、決して、業界が一致団結して「仕切り直した結果ではない」ですからネ。2000年初頭に「デジタルアニメーション化」に成功した一部の制作会社をみて、尻馬に乗るようにしてあっちもこっちも追随して、今の状態があるだけですもん。

 

結局は、生き馬の目を抜く勢いの制作集団が、どんどん新機軸を展開していって、流れを変えていくだけです。

 

これから先、10年20年30年後に、タイムシートがどんなことになっているのか。‥‥私としては、旧来のタイムシートは「メンテナンスモード」で運用し「保守」状態で維持できればベターで(=劣化を防ぐ)、本命はどんな映像フォーマットでも対応できる新しい指示シートです。

 

まずは、2025年までの成り行きを、新しい取り組みもおこないながら、見ていくのが良いでしょうネ。

 

 


誤字誤編集

前回の記事で「いき違いを実現したいのなら」とか書いてましたが、完全な文章の編集ミスです。すんまそん。。。「いき違い」を実現したい人なんて、かなり珍しいですよネ。‥‥文はすでに修正済みです。

 

私は考えついたことを下書きで書き留めて「寝かせる」期間がありますが、のちに記事として文節を編集する際に、よくコピペミスをします。

 

そもそも文章を書くなんて、少年時代の私は、一番苦手だったのです。だから、絵と音楽に向いていったのです。

 

なので、今でもツイッターには手を出しません。適切な文体と内容を、毎度スマホで器用に入力して、私が書けるわけがないです。

 

私にはブログくらいのスタイルが性に合ってます。自分の中で整理しながらのんびり書くのが、私にはお似合いです。‥‥それでもよくミスりますからネ。


タイムシートの指示

私は作画もやってコンポジットもやるので、自ずとタイムシートの書き方には慎重になります。

 

タイムシートの指示上で「いき違い」がないように‥‥と、こと細かくタイムシートに指示を入れるのは、実は「逆にNG」なことも多いものです。

 

妙に気合を入れて、タイムシートに必要以上の細かさで記入するのは、かえって逆効果です。

 

「いき違い」を軽減したいのなら、むしろ「できるだけ質素で単純明快」がよろしいです。

 

 

撮影スタッフ・コンポジターの技量を「標準レベル」と想定して、いわば「信頼して」必要最小限で記入するのが原則です。

 

タイムシートを必要以上に細かく記入しても、決して撮影上がりの品質は上がりません。タイムシートで挽回できる性質ではないことを認識しておくべき‥‥ですネ。

 

私は撮影監督もやってましたから、タイムシートの記述を「どのようなAfter Effectsの実際の操作にするか」をジャッジする役割でもあったので、いくつかの代表的な具体例を挙げることができます。

 

 

厳選して列記しますと、まず‥‥

 

After EffectsやPhotoshopの実際のフィルタ名で指示を書くのは、実質、意味が無い

 

‥‥です。「ガウスブラー」とか「カメラレンズブラー」とか「メッシュワープ」とか書いても、無意味です。なぜかというと、実際に用いるフィルタはその時々で最適なフィルタが選ばれるので、例えば「ガウスブラー」と指定してあっても、実際は「Fast Blur」で処理することも多いです。

 

じゃあ、どう書けば良いかというと、「ボケ」、「ブラー」(=ぼかしの意)とか一般的な用語で書けば良いだけです。あくまで「大づかみ」な表現でOKなのです。ピントを外したボケにしたいのなら「ピンボケ」で十分です。

 

ガッチリした線で描いてほしいから‥‥と言って、絵コンテやレイアウトバックに「三菱鉛筆UNIの4Bで作画」とか記入してあったら、「そんなのは、作業する側が、作業する環境で最適なものを選ぶから、いちいち鉛筆の銘柄まで指定するな」と思うでしょ? ‥‥それと同じです。

 

私はボックスブラーを状況に応じて適宜使うことがありますが、これはカメラレンズブラーの代用品で、四枚絞りバネに似たニュアンスが出せるからです。滑らかにぼかしたいのなら、ガウスブラーなんて使わなくても滑らかブラー(Fast Blur)で十分なことが多いです。「ガウスブラー」と指示を記入した原画マンか演出さんに「なぜガウスブラー? 滑らかブラーではダメな理由を教えて」と聞いてまともな返事が返ってくるとは思えないですしネ。

 

フィルタの指示は「あくまで汎用的な表記」を心がけて、コンポジット作業時に実際に何を使ってオーダーを実現するかは、撮影スタッフ、コンポジターに任せれば良いのです。

 

結果、仮に映像の仕上がりが悪いとしても、「ガウスブラー」や「ベジェワープ」なんてタイムシートに書いたところでコンポジットの質なんて上がりません。細か過ぎるタイムシートの記入など、結局は「悪あがき」なのです。もし撮影・コンポジットのクオリティに不足を感じるのなら、きっぱりと「別のスタッフ」に撒き直すことを検討すればよいです。

 

 

セル(レイヤー)の透明度は「気持ち」

 

タイムシートを書く方も、受け取って読む方も、「素材の透明度の数値はキモチの表現」と心得ましょう。「Cセル50%」と書いてあったら、「半分くらい透ける雰囲気が欲しい」というように解釈します。

 

間違っても、After Effectsのレイヤーの不透明度をタイムシート通りに50%にするようなことを、指定してもいけませんし、実際に操作するのもマズいです。

 

「なぜ?」と思うかも知れませんが、明確な理屈があります。

 

現在はまず、撮出しがおこなわれていませんから、背景とセルを合わせてみて、イメージする透明度にするためには、何%が正解か?‥‥がほとんど先読みできません。ましてや、原画マンに至っては、線画の段階しか関与していないのですから、「まともなパーセント指定ができるはずがない」のです。

 

色彩の知識になりますが、真っ黒の背景に、真っ白なセルを乗せた場合、不透明度が10%でもかなり明るく見えます。逆に、真っ黒の背景に、暗いセルを乗せると、50%でもわずかに見える程度です。

 

つまり、背景の色と、セルの色の、それぞれの素材の明るさ暗さや色彩によって、レイヤーの不透明度など「いくらでもルックが変わってくる」のです。

 

だったら、「20%くらい〜うすく見えるくらいに」とか、「ほとんど後ろが透けない程度で〜90%くらい?」と書いておいた方が、コンポジターにイメージが伝わります。

 

妙に具体的な数値を書くより、「%くらい」とイメージを伝えるだけにとどめ、実際のコンポジットの質はコンポジターの解釈の能力に預けて、映像の仕上がりの「実」をとるべきでしょう。

 

 

カメラワークのイーズは許容を広く

 

カメラワークの加速減速など「フェアリング」とも呼ばれる操作を、自分のイメージ通りに、今のタイムシート標準の記述法で書くことは困難です。そもそもイーズのカーブの記述法が制定されていません。

 

なので、カメラワークは「ストライクゾーン」を広めにとっておいて、大まかなA-B-Cなどのフレーム指定と「加速減速」の添え書きで「よし」とするか、目盛りで指定するかの2択で、「手打ち」にしておきます。

 

A-Bのフレーム指定でも、イーズ次第でいくらでもカメラワークの雰囲気を操作できますが、それを現在のタイムシートに指定することは無理なので、作画しか関われないのであればなおさら、大まかな指定によるイーズでカットが成立するように設計しておくのが肝要です。

 

‥‥実は、このあたり、結構「根深い」問題を孕んでいるので、別の機会に採り上げたいと思います。

 

 

まだ色々とありますが、ひとまずこの辺で。

 

 

絵コンテで原画作業のこと細かい指示ができないのと同様、撮影に対してタイムシートで指定する際も、過剰な記入は単なる情報のオーバーフローに過ぎません。

 

「必要なことだけを書いておけば」良いのです。

 

「でもそれだと、思った通りに上がってこないんだよ」とやきもきしても、それはタイムシートの記述ではなく、当該のスタッフの技量です。絵コンテにどんなに丁寧にト書きを書いても、絵コンテを素晴らしく綺麗に清書しても、実際は担当する原画マンの技量によるじゃないですか。それと同じです。

 

あまりにも色々なことが書き込んであるタイムシートは、それだけで「ああ、つまりは頭の中で映像の設計の折り合いがついてないので、思いつくままに書いてるんだな」と悟られてしまうのです。タイムシートにやたらめったら書き込めば、映像がゴージャスになると思うのは、残念ながら「NO」です。

 

まあ、ごくごく稀なカットで、どうしてもシートが複雑で書き込みも多くなることはあります。しかし、一般的には、タイムシートはシンプルで明快なのが一番です。

 

 

BOOKがどのセルの上にくるか‥‥とか、T光が含まれるのは何セルなのか‥‥とか、そういう基本的なことを書かずして、「ガウスブラー」とか書くのって、それだけで担当原画マンの経験の浅さ(もしくは手抜き)をタイムシートから読み取られてしまうのです。

 

必要なことは最低限踏まえて全部書いてある。撮影技術上の伸びしろや采配は撮影担当者に任せてくれている。‥‥私の考えるタイムシートの「スタンダードとしての理想」はそんな感じです。

 

 

 

要は、タイムシートに頼って運用している以上は、タイムシートの限界の中で工夫して作るべき‥‥なのでしょうネ。

 

アニメーターが、どうしても複雑な撮影・コンポジットを経て、完成させたい映像イメージがあるというのなら‥‥‥‥、それはもう、自分でコンポジットまで担当するしかないのです。

 

なぜかって、タイムシートに「そこまでの許容はない」からです。

 

タイムシートに書けないことを映像で表現したいのなら、本人がコンポジットするしかありません。

 

もしその「現状の限界」に「限界を感じる」のなら、タイムシートを捨てて、タイムシートに代わる新しいシステムを作るのが肝要です。私は半々で、タイムシートをベースとした仕事と、タイムシートの存在しない仕事をやっていますから、決して無理なことではないと実感します。

 

 

 

ただ、タイムシートは、長年の運用に耐えてきただけあり、さすがによく出来ております。コストの増大を抑制する効果すら盛り込まれていますしネ。

 

タイムシートをどのようにして使うか。

 

原画を「デジタル」で描くようになっても、タイムシートはまだまだ当分は、カットごとの「設計のキモ」になりそうですネ。

 

 


新型はすぐ使う

買い時が微妙なのは、新型が出る周期が解っていて、それが3月なのか6月なのか10月なのか‥‥という時期です。iMacの新型の発売は、3月ではなく、もう少し先‥‥な感じの空気が漂い始めましたが、さて、如何に。

 

機材の絶好の買い時は、新型が発売されて直ぐ‥‥か、「新型の2型」にマイナーチェンジして直ぐ‥‥です。新型は、刷新された性能や機能が、そのまま直に仕事に活かせますし、新型の2型(新型が出て次のマイナーチェンジモデル)は、製品「1型」の不具合がフィードバックされていると同時にコストの簡略化に走る前なので「質が良い」ことが多々あります。

 

 

iMac 5Kも、iPad Pro 12.9インチも、発表されて発売開始に直ぐに買いましたが、早く買ったぶんだけ、十分「もと」はとりました。化粧直しした程度の新型ならば、慌てて買う必要はないですが、「これなら仕事に使える」と解っている新機軸を盛り込んだ新型は、「とっとと買ってしまって、とっととソレで金を稼ぐ」のがよろしいのです。

 

iPadとApple Pencilは、買って半年くらいは手探り状態でしたが、今ではもう「うんざり」するほどのiPad作画の日々で、来る日も来る日も、iPadとApple Pencilで絵を描いております。

 

「iPadでほんとに仕事ができるかなぁ」なんて迷い続けて未だに買ってなければ、右も左も前も後ろもiPadでこなす仕事だらけの現在の状況なんて、決してありえなかったです。iOSは縛りが強い‥‥とは言いますが、「仕事となれば」いくらでも抜け道や迂回路は見つかるものです。

 

ソフトがどうだ、ハードがどうだ、‥‥なんて石橋を叩いて叩いて叩きこわすほどに慎重に構えてても、年月はただ過ぎるだけですもんネ。
 

 

 

 



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