アロマ

アロマは以前から好きで愛用しており、最近は「雰囲気」ではなく、「確信的」にアロマの効能を活用しています。集中力を高めたり、作業場(自宅も含む)の環境のベースを香りから作り出したり、気分をリフレッシュ・リラックスして次の作業に備えたり‥‥と、アロマは意外に「使える」のです。

 

私の作業場は小部屋なので、アロマを焚いても(といっても、熱は使いません)、特に問題にはなりません。大部屋だと無理かなぁ‥‥。香りって、人によって好き嫌いがありますしネ。

 

 

最近、3.5リットルの大型のアロマディフューザーを買ったのですが、これは失敗しました。

 

何が失敗したって、

 

  • 3.5リットルもあると、2〜3日もつので、同じ香りがずっと続く(=考えれば事前に解ること‥‥でしたネ)
  • 大量にアロマオイルが薄められるせいか、香りが弱い

 

‥‥です。

 

同じ香りが続いて良い部屋なら特に問題は生じませんが、作業の節目で香りを変えていく用途には、全く向きません。なぜ、そんな基本的なことに気がつかずに、どでかい3.5リットルのを買ってしまったのか、‥‥‥給水の手間を減らそうと、めんどくさがったのが、運の尽きですネ。

 

なので、やっぱりおすすめは、100ccか200cc、どんなに大型でも1リットルを限度に、ディフューザーは購入した方が良いですネ。

 

ちなみに、私が使っているディフューザーは、みな超音波式です。よく「赤カビがでる」とか言われますが、ユーカリとかローズマリーとか、結構キツめのオイルも常用するお陰か、赤カビって見たことがないんですよネ。大雑把な私がメンテしているので、行き届いた器具の清掃なんてしておりません。水でたまに濯ぐ程度です。

 

オススメは、このくらいのサイズのものです。それぞれ、100ccと200ccの製品です。

 

 

 

アロマオイルは、今ではアマゾンで5本セット、6本セットなど、安くて豊富なアロマオイルの詰め合わせが購入できるので、それを使うのが手間なくて良いです。

 

 

 

 

 

まあ、難点は、セットを複数買うと、ラベンダーとかベルガモットなどの定番オイルが重複するので、ダボつきがちになるくらい‥‥ですかね。

 

アロマオイルは少量でも「激効き」のものもあれば、さりげなく香るものもあるので、加減しながら使うのがよろしいと思います。キツ目のオイルを多めに投じると、それはもう頭痛を感じるほど、効き過ぎになります。

 

複数人数のいる部屋では、皆と相談して、皆が良いと思う香りを、さりげなく香らせるのがコツでしょう。100〜200ccの水だったら、例えば「ラベンダー2滴、ユーカリ1滴、ベルガモット1滴」くらいで十分、さりげなく香ります。キリッとしたい場合は、ローズマリーや柑橘系のオイルに差し替えればよろしいかと思います。

 

自分の部屋では、自分の作業効率が向上する香りを自由にチョイスできます。香りの一般論はありますが、結局は自分の好みの調合を、楽しみながら見つけていくのが、アロマの醍醐味ですよネ。

 

あと、アロマの組み合わせによっては「生ゴム」みたいな悪臭に変わってしまうこともあるので、注意が必要です‥‥と言っても、失敗してみないと覚えられないですけどネ‥‥。

 

 

私が以前、調合に失敗して、部屋が廃タイヤみたいな匂いで充満してしまった時、役に立ったのが100円ショップで買った「フローラル」というアロマオイルです。いかにも怪しい「フローラル」。フローラルって、大雑把すぎて、何が原料だかも判らんですよネ。

 

そのフローラルを混ぜたら、あら不思議。ゴムっぽい匂いがむしろ、濃厚な花の「奥の香り」のように変化して、全然耐えられる匂いに改善できました。まあ、なんともズボラな解決法ですが、香りの織りなす神秘ですネ。

 

 


「中割り」意識との決別

あまり声高に書いてはいませんが、4K8K、60p120pをネイティブなフィールドとする新しいアニメーション技術における、極めて重要な意識は、「中割り」という作画意識と完全に決別することだと思っています。

 

全体の動きのイメージを捉え、動きをプランニングする、今まで通りの作画意識は、何ら変わることがありません。

 

しかし、イメージしプランした動きを4K60pレベル以上の本番の映像として具現化する際には、「原画を描いて、その間を動画で埋めていって」という「中割り」スタイルではなく、コンピュータを動かす道具として用いて動きのプランに沿って絵を順次動かしていくという新しい意識・スタイルで可能になることが、もうかなり前から(私の中では)判っています。

 

ここ数年、粛々と準備している新しい技術には、「中割り」という作業自体が存在しません。(そもそも中割り作業が必要なプロジェクトだったら、人足が必要過ぎて、水面下で実行不可能ですもんネ)

 

「中割り」なんていうスタイルを採り続けていたら、24p(秒間24コマ)で打ち止めです。

 

ですから、人によっては、「人手のいらない自動中割り」という幻想が頭をよぎるのでしょう。どんなに中枚数が増えても、人手がかからずにコンピュータで自動中割りできれば問題解決できる‥‥と。

 

しかし、その問題解決の前に、自動中割りをおこなうソフトウェアの問題解決が大きく立ちはだかります。もう開発者の人はわかっていますよね。‥‥人間の動画マンがおこなうのと同等の作画を、コンピュータで自動でおこなうには、極めて高度なAI的なものが必要だということを。

 

‥‥そりゃ、そうだ。人間の代わりをするんだもん。しかも、絵を描く‥‥という領域を、です。

 

単純に時間軸上の線と線の間を埋めるのが、動画作業だと思ってるのだとしたら、とんでもなく「みくびった」認識です。

 

制作現場の門外漢の方々は、「中割り」とか聞くと、「画像と画像の間の補間技術」と勘違いするかも知れませんが、その認識自体が大きな間違いです。

 

 

動画作業は、「絵を描いている」のです。

 

決して、原画の原画の中間の補間画像を生成しているのではありません。

 

つまり、「自動中割り」を完璧にコンピュータが処理するためには、コンピュータが絵を自律的に描けるほどの人工知能が必要になります。

 

 

もし、「そんなことはない。できる。」というのならば、ぜひコンピュータで動画を描いて欲しい原画を持参しますので、それを目の前で「自動中割り」して、「できる」を証明してください。

 

キャラ崩れもなく、割りミスもなく、省略された線から暗黙の立体を捉えてうまいこと線画で描く‥‥という、優秀な動画のスタッフが日常でおこなっている高度な作業を、コンピュータが自律で自動処理できるというなら、目の前で見たいです。それって、コンピュータ処理のかなりの歴史的革新だと思うからです。

 

もし、「コンピュータ自律の自動中割り」ができると、制作現場側の作画経験のある人間までの思うのなら、おそらくその人間は、タップ割りの中割り作業でキャリアを積んでしまった世代の人間でしょう。もしくは、よほど現実を無視して「自分では現物を見たことのない架空の秘密兵器」に期待したい境遇の人か。

 

 

作画を熟知した人なら、必ず言うことの1つに「動画の仕事は中割りじゃない」という言葉があります。

 

原画マンが、動きのポイントを捉えた作画をおこない、動画マンはその動きの流れを実際に整然とした一連の作画として作り出していきます。

 

ですから、動画マンとは、中割りと呼べる作業的瞬間もありましょうが、全てをひっくるめて、動きの最終形態を形作る役職であった‥‥のです。名称がそもそも「中割りマン」ではなく「動画マン」ですからネ。

 

アニメーション制作黎明期の頃、「原画」という役職名を命名した時の意思、そして同じく、「動画」という役職名を命名した時の意思を想像してみれば、「動画」と言う役職名に込めた内容が本来どういうものであったのか、想像に難くないでしょう。

 

しかし、いつしか動きの流れというよりも、絵と絵の間を埋める「中割り」へと作業意識が変質して、現在の状況があります。私が動画の作業を経験した30年前の頃には、既に「中割り」という言葉が動画作業の意識の中心になり始めていましたが、一方では、「動画は動きを作る」という意識もかろうじて現場には残っていました。その気風を知るアラウンド50、60のベテランの人は多いです。

 

そんな中、私が初めて「タップ割り」を知った時(同じく30年前)は、衝撃と共に落胆したものです。それって、絵を描くより、パズルや継ぎ接ぎじゃん。‥‥と。

 

友人がタップ割りで動画を描いているのを見て、「ああ、早く原画マンにならなきゃ」と思ったものです。タップ割りで絵を描いて、絵を動かすのが面白いわけないし、絵を動かすプロとしてのプライドも築けないと、17〜18歳の若僧でしたが、深刻に思ったのです。若くて経験の浅い人間が生意気だったかも知れませんが。

*たしかに、タップ割りは「動きのガイド」の1つにはなりますが、同期の友人が振り向きやZ軸の回転までタップ割りで何とかしようとコネくりまわしているのを見て、「無茶なことを‥‥」と当時思ったものです。当然、タップ割りだけでは動画作業は完遂できません。

 

で、その後に原画を作業するようになった際には、いつしか私も、動画には「中割り」だけを期待して、動きのポイントは全部原画で描いて押さえこみ、動画には「タメ」の部分だけを作画してもらうような意識へと変わっていきました。今考えると「悪循環」そのものですが、実質を考えると、原画を描く人間として動きを良いものにしようとすると、そうならざる得ない状況でした。

 

もちろん、動画の高い技術を有したスタッフは沢山いらっしゃいます。あまりにも美麗過ぎて、今でも克明に記憶している生の動画(紙)もあるほどです。しかし、必ず、その高い技術を持つ人のところに、自分の原画がいく保証がない限り、「下のレベル合わせ」の作業をするしかないのです。完成映像で大恥をかかないためには‥‥です。これも典型的な悪循環的考えですよネ。

 

では、本来「動画」という役職に込めた作業意義が、今後、取り戻されて「技術復興」することはあるのか。

 

私は悲観的なビジョンしか見えません。動画料金が明日からいきなり5倍になるのなら話は別ですが、そんなことはありえないでしょう?

 

 

そんなこんな、業界の現場意識の経緯、制作システムの行き詰まり感、そして未来の高品質映像フォーマットの台頭など、色々と合わせて鑑みるに、「中割り」が支配する思考から脱出して、「絵を動かす」という本来の目的を、コンピュータを道具として、新たに実践して「再発明」するのが、私の考える「本命」の技術です。

 

いいじゃん。 今までのしきたり通りじゃなくても。 絵が動けば。 それで。

 

今のシステムで「行き止まり」なら、そこでずっと立ち尽くしてどうなる? 面倒でもバックして袋小路から抜け出し、他の道を探して走り始めるでしょ。

 

現在、高い技能を持つスタッフは、新しい技術基盤の中でも、得難い重要なスタッフになります。

 

原画、動画という段取り・工程を、「絶対の真理」みたいにして、この先何十年も「絵を動かす技術」と「高レベル技術者」を縛り続ける必要があるのでしょうか。

 

現場の慣習や作法が最終的に重要なのか。それとも、絵を動かすのが最終的に重要なのか。

 

原理主義的な物言いかも知れませんが、実は今って、アニメーションの原理を改めて、思い起こすべき時期なのかも知れませんヨ。

 

旧来の技法を伝統として受け継ぐのは良きことでしょう。しかし、それに縛られ続けて、閉鎖された技術空間に閉じこもり続けるのは、未来を生きていく上で、果たして良きこと?

 

 

70年代に実をつけて、80〜90年代で丸々と実が成熟して、00〜10年代で成熟しきって地面に落ちて腐って、20年代以降は、地面で裂けた実の中の種が大地に根付いて新しい芽を出して‥‥という流れで、新しいアニメーション制作を志しても良いのではないでしょうかネ。

 

紙の作画、原画動画の工程を、コンピュータに移設することばかりに血道をあげないで、何らかの新しい路線を考えて始めても良いんじゃないですか‥‥ね。ぶっちゃけ、そんな簡単に「じゃあ新しい方式で」なんて、切り替えられないですもん。2000年前後の「デジタルアニメーション」がそうであったように、現在の本流とは別に、着々と準備することが肝要だと思います。

 

 

中割りとの決別‥‥なんて、いかにも穏やかではない響きですが、新しい技術が生まれて、新しい仕事が生まれる‥‥のも、未来へ続く道の1つなのです。

 

 


インスタンス。

なぜ、アニメ業界に突如「インスタンス」という言葉があちこちで聞かれるようになったのか。

 

前に書いた記事で「もしかしたら、ソフトウェアサイドで「インスタンス」なんていうメニューがある‥‥でしょうかネ。」と書きましたが、TVPで「インスタンス」という用語を使っていると聞き、‥‥まあ、それじゃあ、TVPを使う以上、「インスタンス」という言葉が飛び交うのは、状況としてしょうがないのかな‥‥と思います。

 

しょうがないとはいえ、やっぱり、「インスタンス」は範囲が広すぎて紛らわしい。「デジタル」とおなじくらいに紛らわしい。

 

 

Googleさんで調べて見ればわかる通り、インスタンスはそのほとんどが「プログラム関連の用語」としてヒットします。プラグラム用語ではなく英単語としては「事実」「事例」「場合」などの意味があるようです。

 

で、ごく普通の場合、インスタンスを生成したクラスの呼称を引き継ぎますから、「何のインスタンスか」がわかるのです。

 

例えば、「ドキュメント」クラスのインスタンスは「ドキュメント」、「レイヤー」クラスのインスタンスは「レイヤー」という感じに。

 

TVPにおいて、まさか、「インスタンス」クラスのインスタンスが「インスタンス」なんて、笑い話みたいなことはあるまい。TVP内部に、かならず、「インスタンス」のもとになるオブジェクトなりクラスなりプロトタイプがあるはずで、そのインスタンスが「インスタンス」なのでしょう‥‥って、ほら、こんなに紛らわしくわかりにくいじゃないか! ‥‥結局、TVPの「インスタンス」は何のインスタンスなんでしょうねぇ‥‥‥‥。

 

 

このブログを表示しているウィンドウも、呼称はWebブラウザのソフトウェアそれぞれですが、なんらか(たぶん、ドキュメントかウィンドウかタブか)のインスタンスです。

 

macOSの「Safari」で、「ドキュメント」のインスタンスを生成して新たにウィンドウを表示させて、そこに「タブ」のインスタンスを生成するApple Script文は以下のような感じです。「make new」でインスタンスを生成しています。

 

tell application "Safari"

    set myDoc to make new document

    set myTab to make new tab at front window

end tell

 

 

ESTKでAfter Effectsに対し、新規コンポジション、つまりコンプアイテムのインスタンスを生成する場合は、以下のような感じです。

 

var myComp = app.project.items.addComp("HD24p", 1920, 1080, 1, 6, 24);
if (myComp instanceof CompItem) {alert(myComp.name+"はコンプアイテムのインスタンスです.");}

 

 

‥‥というような感じで、インスタンスという言葉はかなり一般的なわけですが、TVPの「インスタンス」は‥‥‥、開発者サイドで何かぴったりあてはまる言葉が、どうしても思いつかなかったんですかね(苦笑)。

 

おそらく日本語訳の問題ではなくて、英文の元から「Instance」で、それを単純にカタカナにしたのが日本語版なんでしょうね。日本語訳する時に、わざわざインスタンスなんていうカタカナを何処かから持ってくるとは思えないので、原文の英語のカタカナ化なのでしょう。

 

普通は、「インスタンス」「オブジェクト」だとあまりにも漠然としているので、例えば「フレームピクチャ」とか想像しやすい用語を考えるんですけど、ぴったりくる言葉が思い浮かばなくて、時間切れになったんかなぁ‥‥。「インスタンス」にしとけばフワッと誤魔化せる感じがしたんでしょうかね。

 

 

でもまあ、最近アニメ業界でにわかに「インスタンス」という用語が出始めた「出どころ」はわかりました。「インスタンス」という言葉をアニメーターが使ったら、「ああ、TVPのアレの事だな」と頭を切り替えれば良いのです。今のところ、アニメ制作で「インスタンス」という言葉を頻繁に用いるのは、TVPだけでしょうし。

 

ちなみに、Mayaでも「インスタンス」という言葉が出てくるようです。なぜ、あえてインスタンスという言葉を選んでいるのかは、3DCGの門外漢なのでよくわかりません。

 

 

呼び名が思い浮かばなくて、苦し紛れ、時間切れ‥‥というのは、確かによくあることで、実は「呼称の命名」は知恵熱のでる重要なものではあります。一般的過ぎると逆にイメージが伝わらないし、あまりにも突拍子もない造語だと言葉だけでは全く意味が伝わらなくなるし‥‥で。

 

新しいアニメーション制作技術の体系立てをおこなっていると、「この工程って、何ていう名称にすれば良いのか」という問題にぶち当たります。

 

たかが用語‥‥と思う人もいるかもしれませんが、技術というのは「ぴったりくる名称を与えた時に覚醒する」ようなところがあって、名称をもたない工程・段取り・作業は、いつまでたっても周囲に認知されない‥‥という興味深い傾向があります。名前を与えて、かつ、名前負けしない活躍ぶりを見せれば、工程や仕事、役職としてフィックスするのですが、それは結構、大変な道のりでもあります。

 

でもだからと言って、「インスタンス」だと大雑把過ぎて、何を指しているのか、やっぱりわかりにくいです。「デジタル」と同じで、「デジタルで」「デジタルが」と言われても具体的に何を指しているのか‥‥わからないですもんネ‥‥。

 

 

After Effectsのスクリプティングガイドからの抜粋。オブジェクトの存在と階層構造がわかります。ちなみに、「テキストドキュメント」オブジェクトと「シェイプ」オブジェクトはこの図には含まれておらず、「itemのサブクラスではない、compItem内のみで存在するオブジェクト」なのかな‥‥と思います。After Effectsにはアイテムではないオブジェクトもあって、たしかに、実際のプロジェクトウィンドウのアイテム一覧には、「平面」は存在しますが、「テキスト」も「シェイプ」も見当たらないですもんネ。

 

TVPの「インスタンス」も、こうした概念図があれば、その正体がわかる‥‥かも知れませんネ。

 

ちなみにTVPaintって、私だと以前(2000年前後)の「Aura」の呼び名のほうが印象深くて、TVPaintと言われるとイマイチ、ピンときません。「AuraやMirageの現在の呼び名がTVPaintだよ」と言われると、具体的に想像できます。以前、AuraやMirageが「TVPaint Animation」って名前に変わったのを聞いた際は、「昔の名前の方がかっこよかったのに」と思ったものでした。

 

今後は、TVPaintで名前が定着するの‥‥かな?  2003年まではAura、2005年までがMirage、それ以降がTVPaint Animation‥‥という状況のようです。

 

TVPaintの前身の「AURA」の解説本。1998年刊。

お借りしたまま、返せずにいますが、例の作品に絡む際に、もしかしたらお返しできる予感。


中割りという言葉

ついつい習慣で、コンピュータ上で絵を動かす「経過」をも「中割り」と言ってしまいがちですが、旧来の「動画の中割り」と非常に紛らわしいので、言葉を分けた方が良いと常々感じております。

 

いわゆる「原画と原画の中の動きを作る」動画と同等の処理を、コンピュータでできない限りは、「中割り」と気安く呼び表さない方が、手描きの動画作業、コンピュータのモーション作業の双方にとって、良きことと思うからです。

 

アニメ作画の慣習を引き継いだ状況で、コンピュータによる「中割り」と呼んで良いのは、

 

2枚以上の原画を画像データとして入力して、中間画像をコンピュータが補間生成する

 

‥‥という処理を「中割り」と呼ぶことに限定した方が良いでしょう。

*厳密にいえば、1枚の原画でリピートの動画を描くこともありますから、「2枚以上」というのは「わかりやすい状況の例え」と思ってください。


実写などでもお馴染みの「フレーム補間」に相当する処理、After Effectsでいうところの「ピクセルモーション」あたりが、旧来作画の「中割り」を「コンピュータが自動」でおこなう処理と言えます。

 

しかし、何かと何かの中間値(による中間画像)を作り出すプロセスを、業界に慣れた人は不用意に何でも「中割り」と言っちゃうんですよネ。

 

確かに、以前は私も、トランスフォームのプロパティや、ディストーションのピンやベクターのパスの頂点、メッシュやベジェのハンドルなどの、時間軸上の2点間の軌道をコンピュータが補間するさまを「自動で中割りしてくれる」などと、日常会話の中で口をついて出てしまっていましたが、これって、計り知れない誤解を生むんですよネ。なので、最近は強く意識して「中割り」という言葉を制限しています。

 

一番マズい誤解は、「コンピュータだから簡単にできる」と思われてしまうことです。

 

そして、もっと究極のマズい誤解は、「人手を煩わせず、コンピュータが自動で原画を中割りしてくれる」と思われちゃうことです。

 

「コンピュータで中割り」と言った本人は、キーフレーム間の値の自動生成のつもりで言ったのに、言葉を受け取る側、特にコンピュータをあまり使って仕事をしてこなかった人は、「自動で『絵の中割り』ができるほど、コンピュータは技術革新したんだ」と、途方もなく都合良い方面に解釈してしまうのです。

 

なんと言う、齟齬。

 

‥‥まあ、「コンピュータで中割り」なんて言葉、ちょっと軽率だったね。‥‥という話です。

 

 

 

いわゆるちまたの「自動中割り」の映像は、様々な「動かすための仕掛け」を「人が」準備した上で、様々なアプローチで動かしています。決して、「原画をソフトウェアに入力して、出力されるのだけを待ちました」なんてシロモノではないです。

 

いくら処理性能が向上したコンピュータといえど、2点間の補間が効かないような「中目パチ」「中セリフ」「何もない状態から、画面手前から2枚でイン」「手前のパーツで隠れていた絵を想像する」なんてことを「全くの自動で自律的に処理する」のは不可能です。

 

中目パチ、中セリフと書いておけば、動画スタッフがキャラ表を見ながら、動きを描いてくれる手描きの動画とは、全くメカニズムが異なります。

 

じゃあ、どうやってコンピュータで動かしてるの?‥‥といえば、あらかじめ仕掛けを「人が」事前に用意して、もしくは仕掛けを「人が」後付けで作り出して、動きを具現化します。見えない部分をあらかじめ描いて用意しておいたり(パーツの素材分け)、1つに描かれたものを切り分けたり(パーツの分割)、動きそのものを画像補間で成立するようなタイミングにしたり‥‥と、様々な工夫をこらします。

 

実際、現在の私の準備する技術では、簡単な絵柄ではなく、4K以上に対応した繊細な絵柄を、しなやかに滑らかに動かすことを目的にしているので、相当な「仕掛け」が必要になります。After Effectsのタイムラインを見せただけでも、「え? そんな大変なこと、やってんの?」とドン引かれるようなことを、コンピュータは電力だけで働いてくれるのを良いことに、平然と超ハードワークなモーション作業を仕込んでコンピュータにやらせています。

 

たとえ簡略化された絵柄でも、画像補間、トランスフォーム、ディストーション(ボーンやメッシュによる動きも、これの一種)、ベクターオブジェクト化など、合わせ技がなければ、色々な動きを作り出すことは不可能です。

 

そして、コンピュータで動かしていても、操作する人間次第で、「割りミス」が発生します。

 

私が「自動中割り」アニメ映像集の中で見た事例は、炎の中割りがミスっている映像で、おそらく、動かした人はエフェクトが得意なジャンルじゃなくて、神経が行き届かなかったのだとは思います。炎は燃え上がってちぎれた後は、基本的には上昇して消えていきますが(水平に疾走する火災旋風とかは別ですけど)、ちぎれて上がった炎がまた下に戻ってきて本体の炎と合体する‥‥なんて動きを繰り返していたりします。つまり、コンピュータでも扱う人間次第で動きのミスが発生するわけです。

 

また、「自動中割り」アニメ映像集に多いのは「タメ」で構成する動きですが、それはコンピュータでの作業量を抑えた上でできることを踏まえて、「タメ」強調の動きに「なっちゃっている」がゆえです。動きの流れの中に3つも4つも独立したタイミングのモーションを組み込むには、それ相応の仕込みと仕掛けが必要で、手間がかかります。しかし、全体が紋切り型で動くモーションでも、いわゆる「1 2 3・・・・4 5・・・・6 7 8・・・・・9」(点々はタイムシート上の中割り指示)のようなテンポで見せれば、動きのシャープ感だけで映像が「保つ」からです。

 

つまり、結局は人が介在して、うまく動きを成立させているのです。

 

要は‥‥

 

「人が」コンピュータを駆使して動きを作り出している行為を、「自動中割り」というひと言で認識されちゃっていいの?

 

‥‥ということです。

 

作業の手間を省いた、人の手間もお金もいらない都合の良い技術だと認識されちゃって、本当にそれで幸せな未来が来ると思えるの?

 

夥しい数のキーフレームを制御して、動きの技術と知識も相応に必要な、オペレーションに時間を要する作業を、「自動」とか誤認されて良いのでしょうか。

 

よ〜〜く、考えた上で「自動中割り」と言う言葉を使わなければ‥‥ダメですよネ。

 

「自動中割り」なんてエサをぶら下げれば、よくわからない人は惹きつけられて集まって来るかも知れませんが、その安易な「客寄せ」の代償は、近い未来、重大な障害の影響を「作業費」にもたらすと思います。

 

どんな絵柄でも、どんな作風でも、原画だけを入力してコンピュータが自律的に「中割り作画」してくれる素晴らしいソフトウェアがリリースされた時には、その時は「自動中割り」と呼びましょう。まるで人間の動画マンのように、キャラ表をコンピュータが解釈して、手描きの動画で表現していた動きの流れの中の、表情変化や振り向き(回転などの360度角度変化)や各パーツごとの複雑なツメ指示などを、コンピュータが自律的に処理できた暁には‥‥です。

 

結局、人がアレヤコレヤ面倒見て、コンピュータの至らないところをカバーしまくって、ようやっと動きが成立する作業は、決して「自動」な「中割り作画」ではないのですから、コンピュータの2点間の補間機能を「中割り」と呼ぶのは意識的に避けた方が、今後アニメを作ろうとする未来のため‥‥だと思いますヨ。

 

コンピュータが介在しただけで「簡単に済むことなんですね」と勝手に拡大解釈する心根は、業界だけでなく世間一般ですら、決して根絶されませんもん。だったら、最初から危うい「自動中割り」なんて言葉は避けた方が良い‥‥というのが、今後の私の考えです。

 

じゃあ、何て呼べば良いのか。「作画スタッフがコンピュータを使って動きを作っている」のですから、「動きの作業」「モーション作業」とでも呼べば良いです。

 

 

 

私は、コンピュータで絵を動かす技術を、「しかるべき、技術者の報酬」の仕事として、未来に成立させたいのです。

 

作画技術革新で高効率な現場を実現できたのなら、効率化によって得られた利潤を、相応の報酬として作画技術者に還元すべきです。

 

決して、「今までより安く、アニメが作れるようになりました」なんて、現場のトップが自慢げに言うのではなく‥‥ネ。幸いにも、私の周囲にはそんな「悪い」人はいないので良いですが、広い業界のこと、クライアントへの人気取りやその場のテンションで言ってしまう人も存在しそうな予感。

 

 

「自動中割り」なんて言葉を、コンピュータでアニメを作る当事者が軽々しく用いるのなら、その言葉は巡り巡って、当事者に災厄へと姿を変えて戻ってくる‥‥と私は考えます。

 

「この映像って、コンピュータで動画の中割りしてるんですか?」と聞かれたら、「いや、コンピュータを操作して色々な手段で絵を動かしています」と答えれば、それでかなりの誤解を防げます。

 

「コンピュータが中割りしているイメージ」なんて必要ないでしょ? 「人がコンピュータを用いて作業しているイメージ」で良いじゃん。

 

 

でもなあ‥‥、今はまだ「デジタル作画」の段階だもんな‥‥。戦略、戦術のターンはまだまだ先が長い。

 

 


iMac 2017

Appleの今までの経緯から、普通に考えて、iMacの新型か性能向上型が2017春のイベントに発表されそうな予感ではあります。春と秋に、新型を公開するパターンが多いんですよネ、Appleは。

 

ですので、2017年1月も後半の、今の時期にiMac 5Kを買うのは、中々に悪いタイミング。

 

どうしても、今、手元になければ、どうにもならん! ‥‥というほどでなければ、春の発表イベントまで待つ価値はありそうな予感。

 

 

私はFinalCut Pro 6を買った約1ヶ月後に7が出た!‥‥なんて悲惨な思いもしております。優待アップグレード(あまりにも買った直後に新製品が出た場合は、申請すれば新バージョンのライセンスがもらえる‥‥的な)から微かに対象を外れていたせいで、全くの買い直しをしたことがあり、それ以降は、製品発表のタイミングにアンテナを張るようにしています。

 

逆に、eMacを買った時には、決済手続きを済ませた後にも関わらず、Apple側から「性能向上の新型eMacがまもなく発売されるので、そちらに変更したら如何でしょう」なんていう嬉しい対応をしてもらったこともあります。

 

FCP6の時は、Appleストアで買わなかったんだっけかな‥‥。同じApple製品でも明暗が分かれました。

 

* *

 

2Kはともかく、4K以上の解像度の映像制作にとって、マシンの性能や機能向上は日進月歩の実感があります。

 

2Kの映像を4Kで見ても何の感動もないですが、4Kの映像を4K60pで見れば、相応のグッとくる手応えがあります。

 

2Kの映像制作で終始するなら、ぶっちゃけ、4〜5年前のマシンで十分。Adobe CC 2017でなくても、CS6で事足りるでしょう。でも、2Kをアニメ制作の終着駅にして良いものか、普通に考えて「NO」ですよネ。2Kで「技術終了」して未来を閉ざすのは、アニメ制作の終焉を意味すると思います。発展はもうない‥‥ということですから。

 

ブラウン管テレビで育った団塊ジュニアの「アニメは2Kで十分」なんていう言葉を、真に受けるのか否か。20代30代の若い人も、よくよく考えてみてください。

 

 

自宅のパソコンがiMacで、自分で描いた絵や映像が4Kで日常的に映し出されて見慣れれば、2Kがぼやけた物に感じられるようになります。‥‥人間とはそういう生き物なのです。

 

私は2年間、iMac 5Kを見続けているので、職場などの2.5Kの環境ははっきりとボケて(変な言い回しですネ)見えます。特にアニメみたいな線画で描くような画像・映像だとエッジが甘さが目立つんですよネ。フォントに至っては2.5Kと5Kの差は歴然としています。

 

 

アニメはさ‥‥、もっと映像技術の先端部分を走るべきだと思うんだよね‥‥。ビリ集団の一員ではなく。

 

業界のどこかの作品で、1280pxで本撮の編集入れを運用しているなんて話を聞いたときは、耳を疑ったもんね‥‥。時間がない状況の中では、1920pxだとファイルが重いから‥‥なんだとか。

 

 

アニメ業界の貧困状況はともかく、技術的な物理面で言えば、アニメは有利なんですヨ。

 

何もかも人間の指先から作る原理を考えれば、レンズを通して光を記録しなければならない実写とか、4K等倍だと格段に身が重い3DCGとかに比べて、高品質を具現化しやすい映像表現のメディアです。フォーカスの制御は、描き方次第で自由自在。4Kの実写カメラの映像のシャープ感がボケて見えるほどの詳細感を実現できます。チラツキ除去を処理するにしても、問答無用のエッジをいくらでも可能です。

 

でもなあ‥‥‥アニメ業界の貧困状況がなあ‥‥‥

 

ともあれ、作り手が4Kや5Kの画像を「肌身で実感できていなければ」、何も進展しないです。見たことがなければ、想像を膨らますことも難しいでしょう。

 

 

iMacは27インチのディスプレイに5Kを映し出す、一番手軽なソリューションと言えましょう。QTの運用に悩むことも、当座はないですし。

 

2017年のiMac 5Kにどんな刷新があるのか。否が応でも期待してしまいます。

 

‥‥けど、私はあと2年は、初代iMac 5Kを使い続けて、作業環境のコスト面で「優しい感じ」にします。自費購入ゆえ、優しく、優しく‥‥。

 

30万円越えの機材なんて、個人でバカスカ買えないですもん。

 


iOSを武器に

iPad ProとApple Pencilでボードを描いたり原画を作画したり‥‥と、アレやコレやと活用し始めると、「どうせだったら、色んな場面で活用すれば良い」キモチになります。

 

考えて見ればiPadのオペレーションシステムであるiOSは、アプリの開発者の方々が世界中に沢山いらっしゃるので、Appも相応に豊富です。まさに私が原画やイメージボードを描く時に愛用するprocreateも、数多いiOSベースのお絵かきソフトの中の1つです。

 

iOSの中には、PDFにApple Pencilで手書きできるソフトウェアもあります。いくつもあって迷うほどに。

 

せっかく、ネットワークにオンラインなiPadやiMacなどの端末で仕事をするのですから、打ち合わせで紙の絵コンテに記入する「オフライン」状態にわざわざしなくても、「自分の作業ネットワーク」上でいくらでも活用できる使い方を実践すれば良い‥‥ということを、最近遅ればせながら実践し始めました。

 

打ち合わせのメモ用にまずは、PDF書き込みが可能な、「MetaMoji Note」を使い始めました。

 

いやー、便利。

 

PDFに手書きでペンで書けて、後から再編集も可能。

 

描いた後でペンのストロークを別個にベクターオブジェクトのように扱えて、拡大縮小、スタイルの変更、消去などの編集が可能です。あくまでPDFの絵コンテ画像は非破壊で、オーバーレイ状態でメモを書き込んでいけます。

 

しかも、Apple Pencilと指先を使い分けられるので(Procreateと同じように)、いちいちツールを切り替える手間を最小限に抑えられます。これはね‥‥、作業する上でかなり重要な要素なんすヨ。

 

今のところ、Lite版でお試しですが、早々に有料版にアップグレードしようと考えております。

 

procreate、MetaMoji Note、Adobe Sketch、AutodeskのSketchBook、SketchBook Motion、Art Rage、Pixelmator、その他、ユーティリティや表計算やらプレゼンソフトやら、わたし的にはiPadでは絵を描くのがメインながら、iOSの豊富なAppでかなり作業環境を増強できることを、「今さら?」というほどに再認識しました。

 

考えてみれば、「iOSの、あのApp、このAppが、秀逸で云々」なんて話、iPhoneが流行りだしたひと昔からの「定番の話題」ですよネ。

 

iPhone撮影画像の加工お遊びソフトとビジネス系ソフトだけが、iOSの得意分野じゃないですもんネ。

 

ネットワークもその気になれば、SMBやAFPに参入できるし、「Appleアカウント」の紐付けによる縛りはあるとしても、陸の孤島になんか全然ならないです。「線路」(ケーブル)で繋がってなくても、「空」(ワイアレス)で島と島を繋げますしネ。ぶっちゃけ、AirDropも使い慣れると快適そのもので、現在の私の作業効率を支える重要な要素の1つです。

 

 

兎にも角にもWindowsありき、macOSありきで、発想の基点を構えるのではなく、iOSとどのようにデスクトップOSを連携させるか‥‥という柔軟な思考も、「せっかく、これだけAppが豊富なんだから」模索してみても良いのだと感じます。要は、作業完了時の仕様さえ遵守してれば良いわけですから。

 

業界の暗黙の意向として、「デジタルアニメーション」の「デジタル作画」における生産力は、やはりフリーランスのヒューマンリソースを念頭においているでしょう。‥‥ということは、「このマシンとソフトを購入し、バージョンはXXを使い、使用法を厳守してください」なんていう自社の都合を一方的に押し付ける「囲い込み」は難しいはず。

 

入出力のフォーマットや書式・スタイルは標準化するにしても、マシンやソフトの銘柄や型式まで束縛することは不可能です。つまりは、「快適な作業性を獲得したもの勝ち」ということです。‥‥わざわざ、手際が悪く効率の悪い作業性を標準に据える必要などないですもんネ。

 

自分の、そして、自分たちの「作業ネットワーク」をどのように構築し運用していくか。運用設計の「手腕」が試されるこの数年となりましょう。

 

システム設計って、とどのつまりは、楽しいものです。まあ、もちろん、楽しいだけじゃないですけど。

 

ガッチリ固まった旧来のシステムにハマって身動きがとれず、自分たちの未来を変えようもない行き詰まり感に閉ざされる一方で、新しく積み上げることが膨大ではあっても、工夫次第でいくらでも自分たちの「運命」を変えていける新しいシステムづくりは、「うまくいかない可能性」とともに「うまくいく可能性」も秘めているのです。

 

誰しも、うまくいかない未来なんて望んでいませんよネ。そうした中、「うまくいかせたい未来」を、「延命」に賭けるのか、「新生」に賭けるのか。

 

徐々に分岐点が、道の先に見え始めているように思います。

 

 


無停電な日々

アニメ制作において、作画工程までコンピュータで扱うようになると、停電に対するリスクも応じて増加します。

 

iPad Proのような「無停電装置が天然」な機器を常用しているのならともかく、据え置き型のPCにペンタブを接続して作業しているスタジオや個人の場合、最悪、停電時の予期せぬ終了によって、現在作業中のデータの他に過去のデータまでHDDのクラッシュによって失う可能性もあります。

 

iPad Proは、持ち運んで使用するために、軽量薄型であるばかりでなく、バッテリーで駆動する設計に「今さら言うまでもなく」なっており、停電など屁でもないです。

 

しかし、据え置き型の作業環境の場合、ほんの0.1秒の断続的な停電でもアウトです。

 

私はiPad Proに関しては停電の心配は皆無ですが、iPadだけでなくデスクトップ型のMacやPCも使用していますから、停電のリスクから完全に逃れられるわけではありません。

 

そこで何かしらの対策が必要になるのですが、私は結局、一番オーソドックスな無停電装置で保守しております。

 

*価格の安さが嬉しい、サウンドハウスのUPS。交換用のバッテリーも格安です。個人や小規模ワークグループなら、これで十分です。ただし、バッテリーの寿命には気をつけましょう。

 

しかしながら、無停電装置。

 

結構なランニングコストと保守点検整備の負担になります。

 

バッテリーは永久に使えるものではないのは、皆が携帯電話・スマートフォンでご存知の通りです。バッテリーは必ずヘタれます。

 

私が愛用するサウンドハウスの無停電装置は、本体、交換バッテリーとも安価で、重宝する製品ではありますが、

 

  • 定期的なバッテリーのヘタりを1年に1度、実地でテストして検証する
  • バッテリーの交換と処分

 

‥‥というそれ相応に重く感じる足枷が発生します。

 

でもまあ、企業でも電気設備の「法定点検」がありますし、「電気製品を使う以上、点検保守と消耗部品の交換からは逃れられない」とは思います。

 

私は昨日、自宅のUPS500と1200の2つの無停電装置のバッテリーを発注し(バッテリー個数はUPS500が1つ、UPS1200が2つなので、合計3つ)、休日に交換する予定です。

 

無停電装置のバッテリーを交換するということは、無停電装置の電源を落とすことになるので、当然ですが、繋がっているマシン全台をシャットダウンする必要があります。

 

これはそこそこ面倒。

 

私の自宅で無停電装置につながっているのは、

 

  • iMac 5K
  • Mac mini
  • Mac mini Server
  • QNAPのNAS
  • SONYのHDDレコーダー
  • それらの外付けストレージ4台

 

‥‥と結構な台数です。

 

バッテリーの交換自体は簡単なので、あとは「バッテリーの引き取り処分」です。サウンドハウスで購入した製品ならば、送料自己負担ではありますが、引き取って処分してくれます。

 

でもこの手間、会社全体、企業全体だったら、かなりの負担ですよネ。

 

ぶっちゃけ、会社ではローカルとサーバでデータの保守を分担して、停電が来るか否かは「神頼み」が現実的な状況だと思います。サーバはもちろん無停電装置で守るにしても、全台のPCを完璧に無停電装置で守るのは‥‥できますか? 大量のバッテリー交換を数年に1度、全台に実施するなんて、ただでさえ現場の負担が大きい上に、紙と鉛筆で描いてきた「旧来意識が邪魔をする」‥‥んじゃないですかネ。

 

ただ、個人の自宅で作業している場合は、「デジタル」に手を出して「飯を喰う」以上は、無停電装置は必須だと思います。「停電でHDDがクラッシュして、3日分の上がりが全部消えました。」なんて、全体にムリ‥‥でしょ。

 

自宅では、

 

  • ローカルの作業エリア
  • ローカルの作業エリアを定間隔でバックアップする外部ディスク
  • ローカル作業エリアを守る無停電装置

 

‥‥と、

 

  • 今までの作業データをアーカイブする自宅サーバ
  • そのサーバデータのミラーリングバックアップ
  • サーバを守る無停電装置

 

‥‥がどうしても必須になります。

 

もし「自宅サーバ」を省いて倹約するとすれば、

 

  • 今までの作業データをアーカイブするHDD(非通電)

 

‥‥になります。しかし、非通電なので、「以前、似たようなデータがあったな‥‥」的な作業履歴検索のフットワークの軽さは失われます。

 

でもまあどうであれ、バックアップと無停電環境は大変です。

 

だからと言って、マシン単体だけの「丸裸」状態で作業するのならば、停電でデータが消えても文句は言いっこなしです。消えたデータを作り直す(描き直す、作業し直す)手間も文句を言わず引き受けるべし‥‥です。

 

運転免許を取得して、自動車を買って、道路を運転するときに、無保険で走って事故を起こして、多額の賠償金を背負うことになっても、「保険に入ってなかったんだから」しょうがないとしか言いようがありません。「なんで、自分に災難が降りかかるんだ」と天を呪っても、何の救いにも解決にもなりませんもん。

 

でもこれって、

 

  • お金がないので、バックアップ・停電対処なしに作業していて
  • 停電が発生して機器が故障してデータが消えて
  • 数日後に放映が控えている

 

‥‥なんて状況だったら、どうすんの?‥‥という話ですよネ。

 

このようなリスクは、「デジタル」でペイントや撮影を本格化させた2004〜5年以降のアニメ業界では、いつでもつきまとっていたはず‥‥です。

 

しかし、作画作業が「デジタル」になって、「原画」のデータが消えてしまった‥‥と仮定したら、かなりキビしいですよネ。

 

影も形もないところから作画し直さなければならないのは、どんでもないダメージです。

 

「停電で本体のHDDが故障して、XXさん担当分の8カットの原画データが消えた? どこかにデータのコピーは存在しないの? XXさんのマシンの中にしか存在しないデータ? そのマシンのHDDはミラーリングか履歴などのバックアップはしてなかったの? 作業途中だからサーバにもアップしていなかった? まるで手を打つ術がない? 完全なゼロからの描き直し???? 何だよ!それ!!」

 

‥‥というパニック状態、いつ、どこで、発生しても不思議ではない未来。

 

紙はどんなに地面が揺れようが、水に濡れようが、多少破れようが、ゼロにはなりません。しかし、データは簡単にクラッシュしてゼロになります。

 

データは簡単にコピーできますが、同時に、簡単にクラッシュするのです。

 

自転車操業でギリギリで綱渡りで余裕がないところほど、バックアップや無停電装置って必須だと思うんですけど、ギリギリの制作体制なので、そもそもバックアップ設備も無停電装置も導入するお金がない‥‥なんていうこともあるでしょう。

 

仕上げや撮影で作業データが失われるのも相当ショックですが、未提出の作画データが失われるのは、「終わった‥‥何もかも‥‥」と果てしない絶望感に死にたくなるでしょう。

 

私はコンピュータ上で作画もしますし、コンポジットもしますが、「『再インストール』では復旧できない」データの重要性をこの20年間の「コンピュータ稼業」で痛いほど身に染みてよくわかっているので、作業リアルタイムでは二重、作業後は4重のバックアップ体制を敷いています。

 

 

 

この図を見て、解る人なら解っていただけるでしょう。「ああ。随分と酷い目にあった過去があるようだね。」と。

 

データの定期バックアップも含めると、一時的に五重六重にもなるバックアップ体制ですが、私がこの20年間で得た教訓に由来する体制です。

 

作業セクションの監督職を引き受けるのって、要は作業完了するまでの「運用上の安全保障」も引き受けることです。どんなにコンポジットの技術を知っていようと、マシンがクラッシュしました、手も足も出ません、対処法を教えてください‥‥なんて撮影監督、ダメダメじゃんか。

 

作業セクションの作業環境がダメージを受けた際の、シフト体制までちゃんと計画してバックグランドに用意しておくのが、セクションの「長(おさ)」のあるべき姿です。

 

しかし、撮影ではなく作画作業の場合、作画監督がこれと同じことを実践するのは実質上不可能ですよネ。作画はフリーランスによる作業体制の上に成り立っていますから、1つの場所に集まって社員待遇で環境を構築するセクションとは同じ作業システムを組むことはできません。

 

つまり、フリーランスの作画スタッフは、自分の資金とノウハウで、数社から仕事を引き受ける「自分の作業環境とバックアップ体制」を組むことになります。

 

初心者や経験の浅い人間ほど、コンピュータをなめてかかる傾向が強いです。ソフトウェアを覚える時だけは謙虚な振る舞いをしますが、覚えてしまったらその後は「自分は世界一の強運の持ち主である」かのごとく、何のバックアップもせずに作業に没頭してしまう‥‥という感じに。

 

でもまあ、アニメ業界の歴史を振り返るに、現場は「当たって砕けて、残った僅かな結晶が、その後のシステムになっていく」経緯があります。バックアップや停電対応をおろそかにしてどんなに酷い目にあっても、それはスタッフやグループ、作品制作の経験値になりますから、淘汰される人間も含めて、「状況が未来を洗い出していく」のでしょう。

 

 

無停電装置は、厄介なシロモノです。

 

そのシロモノをどう扱うかで、当該の作業者や作業グループの運用上のポリシーも見透かせる、非常に小憎らしいシロモノでもあります。

 

ちなみに、ネットワークやクラウドの活用で、保守を一極集中‥‥なんていう発想も、以前は夢見たことがありますが、速度の問題、再現性の問題、そしてライセンスの扱いなどの理由から、「ローカル作業&サーバ」型にしています。今のアニメ制作が社内ネットワーク経由でも何とかなっているのは、背景とセルでほとんど作業が済んで、その素材が軽いからだもんネ。二値化のデータって、1ファイル数10キロバイトで済むこともザラですが、‥‥そんな状況に甘えられるのは、いつまでなのかな‥‥。

 

 


32GBでは足りない時代がやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!

前回、作例として載せた「トラディショナルスタイル」の絵柄は、最終サイズこそ縦3840pxに縮小していますが、作業時は6400pxで作業しており、macOSのAfter Effectsに持ち込むと、次第にメモリを消費していき、動作が怪しくなってきます。

 

一方、iPad Pro 12.9インチで作画している時は、たとえ6400pxの大サイズでもストレスなくサクサク描けて、コンピュータの体感速度というのは、単純にCPUが速いとか、メモリが多いなどの端的な要素では推し量れないのだと思います。

 

ちなみに、前回紹介したトラディショナルスタイルの絵柄の線画時は、以下のような状態です。比較して載せます。

 

 

*顔を白塗りにすれば、そりゃあ、顔なんて、激変しますよネ。トラディショナルスタイルは、線画だけでは最終のニュアンスを想像しにくく、技術的な難易度が高いのです。ホントはこうした技術のバックヤードは公開したくないのが本音なのですが(舞台裏は散らかっててみっともないですから)、このblogは技術的な話題をメインとするので、あえて載せます。

*意外に圧縮が効かず、3840pxでは500KB以下にできなかったので、ここに載せた線画は2400pxまで縮小してます。

 

日本画に強い影響を受けている絵柄ゆえ、そして新技術基盤ゆえに、髪の毛の描写は今までのアニメではご法度・禁止の描き方をあえて実践しています。こんなの数百円の動画料金で、しかも何千枚も描けるわけないですもんネ。

 

また、「色トレスなどの要素がすべて揃った時点で、顔立ちが完成する」描き方なので、線画だけだと「絵の歩留まりが見えにくい」難易度の高い描き方でもあります。

 

旧来のアニメの絵柄は、実は「線画だけで完成像が予測できる」工夫がなされており、原画を見ただけでどのような絵になるのか、ある程度の経験を積めば想像できるようになります。しかし、このトラディショナルスタイルは、その経験値は通用せず、レイアウトなどのラフ作画時にある程度着色して、「白塗りのオバケ」のような状態から血色の通った「メイク後の顔」を作画時に計画しておく必要があります。

 

その際、ソフトウェアは機敏にサクサクと動作してほしいのです。6Kであろうが、動作がもたつくこともなく、整然と筆致に応えてこそ、「使える環境」です。

 

iOSはその点、6Kだろうが、procreateが軽快に動作し、ストレスは「ゼロ」です。

 

しかし、macOS。そしてAfter Effects。

 

こんなことになることも。

 

 

うーん。この他、After Effectsからはメモリが割り当てられないなどの文句が表示されるし、キャッシュは定期的に空にしなければならないし、4Kに本気で取り組むのなら、32GBのメモリ容量は必須‥‥というかギリギリ、高速な仮想記憶も必要、できるならば高速なGPUも増設したいところです。‥‥iMacだと無理ですが、Mac ProやHPのワークステーションなら、数十万のGPU増設は基本となるやも知れませんな。(また、金の話か)

 

今はコンシューマ向けのiMacなどは、1867MHzのDDR3が主流になりつつありますが、16GBモジュールはまだまだ高価で手を出しにくい現状があります。特に個人の財布だとネ。

 

 

ハッキリ申しまして、ちゃんと4Kネイティブで、絵を作り込もうとするのなら、今までの機材調達の感覚では歯が立ちません。2Kで二値化の軽量なデータを扱うのとは、わけが違います。

 

今、アニメの制作会社にあるメインの機材は、みなヘナチョコ機材に成り果てます。

 

でも、私としては「20年前を思い出せ」ば、色々と考えが浮かんできます。プレステ1用のムービー制作が320x240で15fpsだった時代に、1440pxで24fpsの劇場短編を作った工夫を思い出せば、やりようはいくらでもあります。

 

機材の性能が足りないくらいでへこたれていては、未来など切り開けませんもん。この10年が恵まれすぎていただけですヨ。

 

PowerMacintoshで、PPC604eやG3で、256MBとか512MB(0.5GB)のメモリでも、前世紀に60分の劇場短編のビジュアルエフェクトは作業できました。今から考えると、ウソみたいな話ですけどネ。

 

 

未来は、機材調達だけでも、大荒れだな‥‥。

 

群雄割拠で混乱の戦国時代はお嫌いでしょうか。‥‥私は結構、好きですヨ。

 


軽いから気軽に

iPad Pro&Procreateに私が惚れ込んでいるのは、何らか、考えつくものは、何でも、実現できちゃいそうなポテンシャルを、強く感じるからです。

 

私は絵柄を固定するつもりはなく、ティーンの女の子キャラ1つにしても、流行も廃れもソレはソレとして影響されずに、線質もむしろバラバラで、色んなことを実践してみたいと思っています。

 

iPad Pro以前のものも含めて、この2〜3年で色々と試してきました。今までここに載せたものの再掲です。

 

●従来の描き方

 

今年1発目に、このブログ用にiPad ProとApple Pencilで描いた絵です(波の色は水色に戻しています)。いわゆる、「原画」スタイルの描き方で、もう少し線は丁寧に清書するとしても、それこそ私が小学生当時の頃から先人が築いてきた、アニメの基本スタイルです。ベタ塗りで基本色を構成し、輪郭線だけで全ての要素を表現するスタイルです。

 

目などに「ブレンド」処理、つまり固定の何色かをぼかしてグラデーション化する処理は入ってますが、基本は40年以上に及ぶテレビアニメの基本そのままです。

 

 

●高詳細階調トレス、グラデ表現影付けのデザイン

 

鉛筆をメインとしていた数年前、A2換算のサイズで 作画し、200dpiスキャンで作成した、6Kサイズのキャラです。このブログの制限上、3Kまで解像度を落としていますが、それでも、線の繊細さは拡大してもらえば一目瞭然です。

 

この当時は鉛筆でしたが、Procreateは6KもOKなので、似たようなスタイルの絵はiPadでも可能です。もちろん、これを手描きの動画作業で動かすはずもなく、全てコンピュータで動かす目的でデザインしています。

 

‥‥おそらく、このスタイルは相当ムズかしいはずですが、旧来技術の価値観に縛られなければ、やってやれないことはないでしょう。

 

 

●全ベクタートレスによるサッパリスッキリのデザイン

 

キャラだけでなく、背景までベクターです。ベクタートレスで全てを構成する、思い切ったデザインですが、これは結構楽しそうです。これも今までの制作現場ワークフローでは絶対に不可能なスタイルです。この方法ならば、手描きでもコンピュータでも両方で動かせます。

 

ベクタートレスの上に、なだらかなグラデーションを添えて、清涼飲料のようなスッキリ感をより強調できます。色彩設計さんの色使いも腕の見せ所でしょう。

 

ベクターど直球の絵柄なら、開き直ってパーティクル丸出しの水玉も、逆に「そっちのほうが良い」感じすらします。

 

 

‥‥とまあ、こうした試行錯誤、スタイルの思いつき、技法の模索を、据え置きの母機環境と、モバイルの環境を揃えることで、「思い立ったら吉日」とばかりに瞬時に描きはじめることができます。

 

上図3つは氷山の一角で、あくまで私が試したうちの数点です。コンピュータのアニメ作画(=デジタル作画ではなく)には、未開の野原に「可能性のお宝」がゴロゴロ転がっています。

 

アニメに憧れているのではなく、本当に絵を描くのが好きなのならば、Appleローンを組んででも、iPad ProとApple Pencil、そして720円のProcreateを「デジタル作画以外の目的」のためにも買っておいて、日頃からスタイルをストックしておくのは良いと思います。

 

正直、今の若い人達は羨ましい。iPad Pro一式が13万円で全部揃うんですから。私が20代終わりに買ったPowerMac8600とスキャナなどのセットは、今からすればクソショボい性能で60万円したんですよ‥‥。

 

私が20代の頃に、iPad Pro一式があったらなあ‥‥‥‥‥‥。時間はどんなにお金を払っても、買えるものではないですネ。

 

iPad Proは簡単にカバンに入って、画具一式が全て内包されてて、クラウドもネット公開も容易な手段で可能。‥‥なんなんだよ、この便利さは‥‥と、ほんとに思いますわ。私の世代は特にネ。


道具の難しさ:追記

前回書いた後でふと思いましたが、‥‥よくよく、考えてみれば、Mobile Studio Pro 16に、Cintiq Pro 16を繋いで「鬼仕様」にすることも考えられますネ。上手く動作するかは、実際にやったことがないので(というか、Cintiq Pro 16はまだ発売前か)、確実なことは言えませんけども。

*そういえば、仕事場の「ミラーリング2台、サブ1台」の変則トリプルモニタの作業環境が、タブレットドライバの不調の原因になっていた‥‥というのを、肌身で実感していますし。

 

タブレット2つなら、決して持ち運べない重さと大きさでは無いですネ。実際、私はiPad Pro 12.9と9.7、Kindle、モバイルバッテリーをリヒトのバッグインバッグに詰め込んで、移動していますし。

 

でも、そのお値段はかなりのもんです。iPad数台を使ってても、結構ヒカれるのに、高価なMobile Studio Pro 16とCintiq Pro 16をデュアルで持ち歩いていたら、「金、もってんどー」という感じ満載ですな。

 

ただまあ、今は時代が進んだ恩恵もあって、10000mAhのバッテリーなどはかなり安く買えますから、タブレット2つ分のバッテリーなど、大した金額にはなりません。

 

 

スタジオ常駐の作業環境と、移動が簡単にできる作業環境は、実は一緒くたに考えるべきではなくて、理想を言えば、「両方」有しているのが、仕事の幅が広がって良いです。

 

今は電力食いの外付けHDDなど使わなくても、外付けSSDやLightning仕様のUSBメモリ、iPhoneでデザリングしてクラウドを活用するなど、5年前、10年前とは大きく進化した「移動&分散型作業環境」が構築できます。そもそも本体の記憶領域が平気で128GBもあるような昨今、資料や設定類をJPEGやJPEGのPDFにすれば、何十万枚も本体に入れられますしネ。

 

 

まあ、何にしても、金、金、金、です。

 

ですから、アニメの作画が「喰えない」なんていう状況は、未来の発展にまったくもって、不都合、重い足枷なのです。

 

コンピュータを使い始めたら、とにかく金がかかるようになりますから、原画が喰えない、動画が喰えない‥‥なんていう状況に甘んじるのはNGなのです。

 

でも、スタジオに常駐型の作業環境だと、結局は今までの流れで、作業カテゴリは原画か動画になっちゃいますよネ。

 

動画や原画で「絵を描いて対価を得る」プロになったのなら、その経験を広く活用して、原画動画以外の仕事も積極的にこなすのが、金食い虫の「コンピュータを飼う」秘訣だと思うのですヨ。

 

 

また、1世代前、2世代前の機材を、有効に活用するのも良いと思います。アメリカ海軍、空軍のパイロット養成所だって、何もかもユニットコストが膨大な最新鋭の機体で訓練しているわけじゃないですからネ。

 



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