PC

今はもう、「Windowsだから安い」ということはないんですよネ。20年前の「自作PC」が流行った頃とは違って、必要条件を満たしていけば、MacもWinもそんなに値段は変わりません。今でも安く感じるとすれば、値段相応に、性能を削ぎ落とした製品がWindows PCには用意されているからでしょう。

 

Webの購入ページの「カスタマイズ」でちょっと見積もった感じだと、節約したつもりでもアレよアレよという間に20万円台をオーバーしました。モニタなしの値段でソレなので、4K HDRモニタを買い足せば、なんだ‥‥iMac 5Kとそんなに変わらない値段です。

 

i7で3GHz(TB時に4GHz)は良いとして、メモリは8GB、HDDは1TB(HDDの銘柄は謎)‥‥と、そのままじゃキツいのを納得した上で初期状態で買えば、税無しで10万円(99800円)で買えるモデルもあります。そこから徐々に自分でパーツを買い集めて(できるだけ安いタイミングで買って)、M.2のSSD、32GBメモリ追加、3TBで7200rpmのデータ置き場HDDで強化していくのが、一番安くWindowsを自宅の映像制作用として買える方法かも知れません。

 

うーん。

 

やっぱり、なぜ私が今、Macばかり使っているかを思い出しました。

 

Windows PCで環境を揃えるのは、色々と煩わしいからですネ。

 

Macの場合は、iMac 5Kを買いさえすれば、iPad Proとの連携ですぐに色々と始められますから、ものすごく「手軽で楽」なのです。消費電力も発熱も低いですしネ。Air Dropは便利ですし。

 

Windowsマシンのメーカーラインアップを見ると、コンパクトミニタワーと言いながら、しっかりとデカい筐体と、消費電力の大きさは、なかなかに萎えます。昔、散々、デカい筐体の猛烈な電力消費と発熱と冷却のためのエアコン電気代で苦しんだので、そういうのはもういい‥‥のです。なので、できるだけコンパクトで省電力なのも、製品選択の重要項目です。自宅の居室は、アニメやCG会社の作業場とはやっぱり性質が異なりますからネ。

 

 

ただ、筐体がコンパクトで省電力でも、MacはPCIe増設スロットを本体に持たないので(まあ、あの筐体なので当然ですが)、そこは結構面倒です。Thunderboltのブレークアウトボックスに頼ることになりますが、今はまだ4K過渡期なので製品の選択肢に困ります。

*Thinderbolt経由でPCIeを接続するボックスもありますが‥‥、手を出していません。

 

まあ、4Kはやがて「普通」になって、いちいち大騒ぎするようなものでもなくなるでしょうから、モニタも周辺機器も今は「待つ時期」と心得て、Windowsマシンなら「拡張のベース」となる機種・モデルを買うのが良いのでしょうネ。今、2Kにしか対応できないマシンを買って(例えばオンボードのビデオが4K非対応とか)、あとで買い直しになるのだけは避けたいところです。

 

今すぐにバリバリやり始めたいのならともかく、自分の成長戦略・ロードマップをある程度考えてコツコツと足場を固めていくのなら、いきなり高いマシンを買って持ち腐れするよりは、10万円そこそこで未来の拡張性もあるベースマシンを買うのが良いのだと思います。

 

ちなみに、4年前に買ったiMac 5Kは、今でも十分現役です。今月ちょうどローンが終わりますが(=つまりiMac 5Kが世界にデビューしたのが4年前の9月だったということですネ)、あと2年はなんとか現役でイケそうです。

 

今のパソコンは寿命が長いよねえ。昔は4年なんてもたなかったもんネ。

 

 


iMac相当のWindows PC

私は最近はMacばかり使っていますが、昔からWindowsも使ってきました。2010年代に入ってからはFusionとかの仮想OS環境の性能が向上したこともあり、ハードウェアはiMac、仮想環境でWindowsという状況が続いています。

 

最近はその仮想環境も使わず、macOSとiOSだけで仕事場も自宅も作業しています。

 

別にWindowsが嫌になったわけでもなく、macOSとiOSの作業快適性が、新しい映像制作のスタイルに適しているからです。もし自主制作をするにしても、macOSとiOSのコンビはパフォーマンスに優れています。映像制作には絵も音も必要ですが、GarageBandは言うに及ばず、有償のLogicにしても、他社では太刀打ちできないライブラリの豊富さがありますし、なんだかんだ言っても、QuickTimeのProResが使える恩恵は大きいです。

 

昔、Windowsは「フリーソフトがいっぱいある」のが売りでした。とは言え、大して使い物にならないフリーソフトが膨大にあるよりも、使えるソフトが指折りで数えられるくらいあれば良いのです。

 

 

で‥‥、前回の続きですが、「自分たち数人でプロレベルのアニメを作りたい」と自主制作を思い立った時に、Macに「お引越し」しなければならないのは、大きなハードルですよネ。

 

私はmacOSでのノウハウが積もりに積もっているので、Macを使いたいという理由もデカいです。同じく、Windowsを使っている人もノウハウは継承したいでしょう。

 

なので、Macだけに偏って未来の少人数精鋭のワークグループを模索するのは、あまり良い方針とも思っていません。Windowsだけに偏るのもマズいですが、Macだけなのもマズい。

 

ゆえに、現在、「iMac 4K」「Mac mini上位機種」あたりの性能と同等クラスのWindowsマシンを探し始めています。自分で所有して使ってみないと、実感に基づく文章は書けないもんネ。

 

「Windows PC おすすめ」の語句で検索すると、そりゃあもう、「ノートパソコン」ばかりが検索に引っかかります。ああ‥‥そうだった‥‥、世間ではWindowsは「ビジネスパソコン」なんだよネ。ジョブズの術中にまんまとハマった世界が今ここにある‥‥という感じで。

 

10万円台前半で買える構成で、

 

4K10bitを接続できるビデオ性能

PCIeのスロット

Core i7 4GHzあたり

M2のSSD

 

‥‥くらいので良いのです。メモリは4スロット、PCIeは2スロットあるのが望ましいです。

 

後で自分で増設して、

 

追加で16GB2枚=32GBのメモリを追加

BlackmagicのHDMI出力カードをPCIeに差す(=当初は必須ではない)

ビデオカード(ボードのビデオ出力が1つしかない場合)

適当な4K HDRモニタ(6〜7万くらいの)

適当な4K HDR出力モニタ(編集ビデオ出力をカードから出して繋ぐ・別接続でサブモニタにもする)

追加のHDDか、SSD

 

‥‥というあたりでストップ。それ以上のお金はかけずに、必要最低限のマシン構成のWindowsでどこまでできるかを試してみたいです。

 

ちなみに、ソフトウェアは、

 

Adobe CC(全部入りかAfter Effectsのみ)

DaVince Resolve

 

‥‥くらいで良いでしょう。Adobe CCとDaVinciがあって映像が作れない‥‥なんて言うのなら、そもそも本人のポテンシャル不足でしょうしネ。

 

そこに、iPad Proとプロクリ&クリスタで、ペンタブ環境は十分です。板タブはあれば良いけど、必須ではないです。高い液タブ(30万円前後)は不要です。

 

安く抑えても、これらを一度に買おうとすると、50万円くらいはかかってしまいますが、これら機材を一度に使うことはあり得ません。ですから、最初はiPad Proから買い始めて、たっぷりと絵を描きためて、iPad Proのローンが終わる頃に4Kマシン(MacでもWinでも)を買って、カットごとのアニメ制作が終わる頃=4Kマシンのローンがそろそろ終わる頃に、サブモニタと出力カードを買って編集をおこなう‥‥という順番でしょうかね。

 

あしかけ5〜6年くらいにはなると思いますヨ。なので、年齢的なことを考えても、若い頃から取り組んだ方が良いです。

 

「え〜、そんなにかかるの?」と言う人は、おとなしく受け身で、商業ベースの単価仕事を続けていれば良いのです。自分の欲しいものは簡単には手に入らないんですヨ。

 

 

私は何もMacのエバンジェリストになりたいわけではなく、アニメーションの再定義・再発明のムーブメントを盛り上げたいので、MacもWinもどっちも「どんとこい」です。

 

そんな私がWindowsマシンを現在稼動状態にしていないのは、ちょっと苦しい。‥‥ので、何か、iMacの中位機種かMac mini上位機種くらいのそこそこの値段でWindowsマシンを買えると良いなあ‥‥と思っています。

 

でもねえ‥‥‥。私がMacに落ち着いているのって、煩わしい構成に気を揉まずに、だいたいどんなMacでもすぐに映像制作が開始できること‥‥なのですよネ。一番安いMac miniでも買わない限りは。

 

 

 

 

 


Webの復活

最近、「マイホームページ」は全然流行らなくなって久しいですネ。まあ、そりゃ、blogの方が簡単、twitterはもっと簡単、しかも伝播する速度も桁違いに速い‥‥となれば、「ホームページ」‥‥いわゆる自己運営のWebサービスが不人気なのも当然といえば当然。Webを作るのは最低限の知識(ディレクトリの構造とか)が必要ですが、blogやtwitterはスマホが使える程度のレベルで知識は不要。Webサーバーを(レンタルといえども)立ち上げるほどの「ある程度勉強しないと覚えられない知識」は不要ですもんネ。

 

私もこうしてblogだけになって久しいですが、blogにもtwitterにも不可能なことがあると日頃から痛感しています。それは体系だったコンテンツです。

 

ツイートのまとめは単なるまとめ。纏めて読めるだけで、決して体系を成しているとは言えません。ブログの記事にカテゴリーのタグ付けしても、単にタグが付いているだけで、やはり体系とは言えません。

 

自分の意図した通りに体系を組み立てたコンテンツを作るには、やはりWebサービスによるハイパーテキストが適しています。もちろん、ブログやツイッターのような軽快性は持ち得ませんが、その逆、つまり重厚で読み応えのある技術指南書・解説書はWebが今でも適していると感じます。ブログは記事を書けば、前の記事はどんどん過去に追いやられるし、ツイッターは文字化した小鳥のさえずりのごとく、揮発してどこかへ消えます。

 

技術を体系立てて解説するには、このブログでは不可能。ツイッターではもっと不可能。

 

なので、またWebの復活を目論んでいます。同時に電子書籍にも著そうとも考えています。

 

 

何度もこのブログで書いてきたことですが、もはや機材的なハンデは、少なくとも 4K 24p SDRであれば、プロもアマも全く同質です。アニメ会社だろうが、60万もする300nits PQ対応のモニタはポンポン買えるわけではないですし、アマチュアや個人活動でも4Kサイズのキャンバスで綺麗に整った絵を描くことは可能です。つまり、機材的なハンデや長所は同じです。

 

意外と知られていないかも知れませんが、アニメ会社は高い機材を思うように買えません。安い機材で実は凌いでいるのです。Adobe製品がCS6で止まっている理由は、「機材が更新できない」「バージョンアップの費用を捻出できない」「プラグインの更新の問題」など、結局「金の問題」です。金があれば、すべての会社が皆CCにしてますって。

 

会議室にショボい「何かのオマケでくっついてきた小型PCスピーカー」が置いてあったら、それがまさにその会社の「姿を表している」と思って良いでしょう。会議室って、会社の性質がモロに表れますよネ。一見小綺麗でも、設置している機材で舞台裏は透けてみえますしネ。

 

なので、アマチュアとプロの差は、個人の技術力と経験値の差です。機材の差ではないです。個人の方が会社より、新しく充実した環境であるケースもあるでしょう。

 

ですから、プロが自宅に今どきの環境を最低限でも揃えれば、もはや劇場クラスと同等の画質のアニメーション映像も作れるのです。‥‥いや、いまだに2Kで足踏みしているのがアニメ会社の現状ですから、4Kをいち早く個人で実現して、プロ集団たるアニメ制作会社の映像品質を凌駕する内容を、個人の著作物として具現化することも短尺なら可能です。

 

もちろん、1人で何千枚も描いて塗って‥‥なんてできないですよネ。だから「新しいアニメーション技術」が必要なのです。昔取った杵柄はそのまま取って置いて構いませんが、新しい杵と柄も手に入れれば良いのです。

 

‥‥で、そのあたりの「プロ同等の自主アニメを作るための手順と技術」を、Webと電子書籍でまとめようと考えています。

 

 

‥‥‥‥‥もうさ。

 

「大集団ありきじゃないと実現できない」技術書なんていらんだろ???

 

また「同じ穴」にハマるつもりか。

 

もうその穴にハマるのは、懲り懲りなんじゃないの?

 

「アニメはマスゲームじゃないと作れない」なんて時代を引き摺って、思考もどっぷり古いままに浸かりきって、膨大な手間と時間と阿鼻叫喚でアニメ制作を埋め尽くす時代には、明確にピリオドを打つべきと、少なくとも私個人は考えます。

 

こんなんじゃ生きていけない。‥‥なんて思うのなら、理想と目標を掲げて、それに向かって立ち上がらないとさ。

 

理想をもたずして、「だって自分じゃ無理だから」「どうせ変わらないから」と愚痴ばかりに終始する人も、まあ、人生それぞれでしょう。愚痴の掃き溜めにツイッターを利用するのも、個人の自由です。

 

アニメの制作構造に皆が強い限界を感じているのに、その構造から全くもって抜け出せない‥‥って、自分ながら情けない、不甲斐ない、口惜しい‥‥と思いませんか。

 

私は情けない、悔しいと思いましたので、違う方法、脱出の方法を模索し続けて、現在に繋がっています。

 

 

 

この秋に出ると噂されていたMac miniは結局発表されませんでしたが、新型Mac miniにしろ新型Mac Proにしろ、新しい「4K時代合わせ」のマシンが出現し始めた時が、ちょうど良いタイミングです。特に4K対応可能なMac miniは廉価なので(新型は多少高くなると噂されていますが)、個人規模にはうってつけとなるでしょう。

 

新型のMac mini、普及価格の4K HDRモニタ、iPad Pro、Apple Pencil、ProcreateとClip Studio EX、無償版のDaVinci、キーボードとマウス、SSDの増設外付記憶装置、そしてAfter Effectsがあれば、他は何もなくても、自分の技術次第でテレビや劇場のアニメに匹敵する品質が作れるようになります。ぶっちゃけ、切り詰めればPhotoshopすら省けるので(=つまりAfter Effects単品のCC契約でOK)、環境構築費と維持費はバカ高くもなりません。

 

そのあたりの初歩、初期段階を、体系化してまとめて、新しいムーブメントを「作り手側主導」で実現するきっかけをつくりたいと思っています。

 

そのためには、ツイッターやブログじゃダメです。Webがふさわしい。

 

 

 

まさかをWebを「温故知新」と呼ぼうとは、2000年の頃には思いもしませんでしたが、考えてみれば、あと1年ちょいで2020年ですもんネ。

 

ひとまわりしても良い時期かもネ。

 

 

 

 


辺境は魔境

もう10年以上前に、After Effectsの米国の開発者の人々とお話したことがあるのですが、その際に「何か要望はあるかい?」的な話題になったので、「dpiを任意に設定できるようにしてほしい。Mac由来の72dpi固定ではなく。」と言ったら、「???? 何を言ってるんだい? 極東の人よ。」的な顔をされたことがありました。ファイナル段階の映像効果の際に印刷(スキャン)解像度など必要ないだろう?‥‥的な。

 

その話の流れの中で、当時(2000〜2004年くらい)としてはAfter Effectsは、まさに「アフターのエフェクト」な認識であり、米国本国の開発者の人々にとっては「実物の紙とデータのやりとり」のことなど想定外・Out of 眼中なのが感じられ、「After Effectsをアニメで使うなんて、隅っこの使い方」なのをひしひしと気取ったものです。

 

東洋の辺境の地で、After Effectsを「アニメとやら」に使い始めているらしいが、まあ、ご自由にどうぞ。日本のアニメで使うために特に機能強化やサポートはしないけど。‥‥的な空気を感じたわけです。

 

時は流れて、2018年。

 

今も変わってないよネ。その基本スタンスは。

 

でも、それで良いと思っています。

 

正式な機能としてAfter Effectsにタイムシートを!‥‥的な要望もあったと聞きます。私はそういう要望はしませんでしたけどネ。なぜかというと、After Effectsをアニメの撮影ソフトウェアに染めたくないからです。コアレタスのようになっては、絶対にイケないと考えていました。そんなことをしたら、After Effectsの良さが「アニメの作業慣習に毒されて」どんどん消えてしまうと思うからです。

 

After Effectsはボルトやナットからゼロから作れる、中庸・中道な「スクラッチ性」「カスタム性」が、実は1番の魅力なのです。アニメの撮影ソフトでも実写や3DのVFXソフトでもなく、アニメの撮影ソフトでも実写や3DのVFXソフトでもあり‥‥という、「のらりくらり」感が最高なのです。何らかのワークフローに縛られないところが良いのですヨ。

 

なので、72dpi(macOSの場合)固定の状況も、変わらず仕舞いで良いと今は思うようになりました。‥‥まあ、解像度の設定くらいはあってもバチはあたらないとは思いますが、無くても良し。

 

 

まあ、大体、どんなソフトウェアも「開発者の想定外」の使い方をユーザがし始めて、「真のポテンシャルが覚醒する」と思っていますから、アドビはAfter EffectsをAfter Effectsとして、世界規模の映像フォーマットの進化に追随するようにして、整然と開発し続けてもらえばそれだけで十分です。「思いもしない使いこなし」はユーザ側でやるので。

 

仮に、天地創造の神がいたとして、生物としては身体的弱者に属する人類が土や木を油をこねくり回して「人を乗せて空を飛ぶ金属」を作るようになるとは、まさか、思わなかったでしょう。

 

辺境・魔境の自分の立ち位置を、むしろ愉快痛快奇々怪々に楽しんでこそ。です。

 

そういった意味では、旧来アニメの本流から脱して、新しい取り組みに没頭するのも、これまた辺境・異境の境地、愉快痛快なAfter Effectsの使い方です。まさか、アドビも「こんなふうに」After Effectsで「アニメの作画のソフトウェアに魔改造」されるとは思ってもいまい。

 

 

まあねえ‥‥。アニメの撮影にAfter Effectsを使うのだって、昔は「物好き」のやることだったしね。未来はどうなるかよくわかんないですよネ。

 

 

 


No.

ナンバーの略字、「No.」は、なぜ「エヌ・オー」なのか、Numberにはオー=Oの文字がどこにも含まれてないのに‥‥と、前から不思議でした。‥‥もしかしたら、長年、スペルを間違えて続けていたのでは?‥‥と不安に思って調べたら、「No.」の由来が解って安心しました。

 

「No.」には、日本人の「和製英語」感覚で意識できない2つの要素が入っておりました。

 

まず、

 

ヌメロー「Numerō」という「ラテン語」由来の綴り

 

そして、

 

略字には、頭文字だけでなく、最初と最後の文字を連結する方法もある

 

‥‥とのことを、この歳になって知りました。‥‥‥知ってました? 私は知らんかった。。。

 

 

まず、Numerō。

 

ヌメローなら、NもOも含まれますので、「No.」と略すことに大きな破綻や無理はなさそうです。

 

では、なぜNumではなくNoなのか。

 

以前から、ナンバーを「Nr.」とも略すことがあるのを知っておりましたが、深刻には考えていませんでした。

 

日本人は和製英語の国民なので、アルファベット系言語の略しかたを肌身で実感できません。特に、アニメ業界は、ブラックのことを「B.L」と略したり、透過光を「T光」と略しますから、日本人の英語感覚の最たるものですよネ。

 

由来が英語なのかフランス語なのかドイツ語なのかロシア語なのか、「サボる」「アルバイト」「いくら(魚卵のね)」とか、原語が何かなんて、暇でも持て余していなければ、調べようとは思わないほど、生活に馴染んでいます。

 

まして、ラテン語においては、なおさら。

 

ラテン語は語尾変化が激しく、「綴りの最初と最後の文字をつなげる」方法によって元の形を明示するようです。ゆえに‥‥

 

「Numerō」>「Nō」>「No.」

 

‥‥となるようです。最後のドットは「省略してますよ」という印ですネ。ドットの由来については、詳しく調べていないので判りません。

 

「NO」についての詳しくは、以下のサイトをお読みになってください。

 

ナンバーはどうしてNO.か?

https://www.kitashirakawa.jp/taro/?p=7970

 

 

こういう根拠のある略字は、今後も使い続けよう‥‥と思いますが、アニメ業界の「B.L」「B.L.」だけは使う気にならんす。使うのなら、「BL」か「BL.」でしょ? BとLの間のドットは何? Black Lineの略? いやいや、そしたら「BL塗り」は意味が通じないでしょ。BLの略字の由来は、Blackの頭二文字だと思いますヨ。

 

 

略字で思い出しましたが‥‥、話は逸れますが、未来のアニメ制作においては、もうそろそろ、ズームとZ軸移動を使い分けた方が良いと思うんですよ。拡大縮小は全て「T.U.」「T.B.」で扱っちゃってますけど、それはちょっと乱暴。というか、時代錯誤。

 

ズーム=Scaleと、T.U, T.B=Z座標のPositionは、明確に動作が違いますから、私は使い分けたいと思いますけどネ。

 

でもまあ、TU、TBの略字に慣れて十年、数十年ともなれば、慣習を変えるのは中々難しいでしょう。なので、新しい技術基盤で実践することにします。

 

 

 

 

 

 


描きたい絵

アニメーターとして毎日絵を描いているのに、自分の描きたい絵、自分の好きな絵が、自分自身でわからない‥‥という人は結構存在するように思います。逆にいえば、オーダーがなければ絵を描けない(=キャラ設定がなければ)、他人の原作の絵しか描けない‥‥ということです。

 

「プロのアニメーターだから、発注ありきで絵を描くのは当たり前だ」というカテゴリーミステイクな話で逸らす人もいるでしょうが、発注を元に絵を描くことと、自分の生涯の中で自分が描いてみたい絵を持つことは、別物ですので何の弁明にもなりません。発注された絵を描いてお金を稼いでいても、同時に、自分の描きたい絵を描くことだってできますので、二者択一では全くありません。

 

仕事は仕事。でも一方で、自分の描きたい絵を描く。‥‥そういうことに、あまりにもアニメーターは日頃から絵を描き過ぎていて、疎いのかも知れません。

 

私は2000年初頭から10年くらい、作画の方は寡作状態で、しばらく作画から離れていたこともあり、「絵を描く仕事」に対して物理的にクールダウンできました。同時に「アニメの様式」にも醒めた視点で関われるようにもなりました。アニメ独特の「内輪受けの場の雰囲気」に呑まれずに済むようにもなりました。

 

だからこそ、請け負いの仕事は仕事として、一方で、成し遂げたいアニメーション作画(=線画だけでなく色や効果も含む)表現も明確に意識できるようにもなりました。

 

自分が求めている絵とは何か‥‥を明確に自覚できるようになったわけです。

 

 

 

結局さあ‥‥。

 

アニメで何がやりたいわけ?

 

‥‥に尽きます。それに即答できずに、「やることは他者が与えてくれる」と思っているのなら、現場に呑まれている証拠です。

 

「どうせできない」と結果を先読みして打算し始めたら、その果てに「どうせ人間は死んじゃうんだし」と何もやる気がなくなりますよネ。むしろ「どうせ人間は生きてるうちにしか行動できないんだし」と考えるべきですよね、打算するにしても。

 

今は、iPad Proだってあるし、iMacや、今度出ると噂のMac miniの新型も控えていますし、いくらでも「自分の絵を育てる」ことは可能です。フィルム時代の「線画以外に手も足も出なかった頃」ではないのです。

 

作業をこなす歯車やネジ、使い捨ての人材に、自ら進んで堕ちてどうするのか。

 

今流行りの絵を、皆で一斉に描いて、皆が「自分はイケてる」と錯覚しても、その流行りが廃れた時に残るのは何でしょう。自分の絵を持たずに、他人の流行り絵ばかりに気を遣って怖気て生きて、自分の核を形成するに努めなかったとすれば、それほど残酷なものはないです。

 

絵を趣味止まりにできず、どうしても仕事にしたくて作画の作業者になったのです。仕事の絵だけではなく、自分の絵も描き続けて何らかの商売に結びつけるくらいの野心を秘めていても、誰も咎めないですヨ。「カネにもならないことを、よくもまあ」と笑いたい奴には笑わせとけば良いのです。自分の一生ですからネ。

 

アニメの日々の仕事ばかりに体力を使って、自分の絵など描く気力もない‥‥というのはありましょう。でも、そんな中での自分の頑張りは、未来、じわじわと効いてきます。

 

まあ、絵を描くのが好きじゃないんなら、しょうがないけどネ。

 

好きなのだったら、公私分け隔てなく、絵を描きゃあ、良いんです。描きたい絵をネ。

 

 

 

 


プロクリとクリスタ

iPad Proで作画作業をする際、私はProcreate=プロクリを常用しています。同時に、日本のメーカーのClip Studio EX=クリスタもインストールしてあり、ちょいちょい使います。正直、どちらのアプリも手離せません。

 

両方使っていて感じるのは、両アプリの決定的なコンセプトの違いです。

 

プロクリは可能な限り機能を削ぎ落として、ツールウィンドウも極限まで絞りきって、とにかく、「描画時の操作が軽快になる」ように‥‥つまり、「運動性重視」です。例えるなら、「制空戦闘機」です。一方、欠点は、その運動性重視ゆえの機能の絞り込みによって、使用用途の広がりを犠牲にしている点です。特に、円定規がないのは、今でも困っています。雲型定規はともかく、円定規くらいはあっても良いんじゃないかな‥‥。‥‥ちなみに直線定規的な機能は、いくら何でもさすがに用意されています。

 

 

一方、クリスタは、豊富な基本機能といたれりつくせりの各用途別機能で、描画作業において万能と言えるほどの充実ぶりです。しかし、その万能ぶりが操作時の煩雑さやツールウィンドウの画面占有を招き、運動性は多少犠牲になっています。例えるなら、「戦闘爆撃機」です。

 

 

運動性重視と、機能充実重視を、両方兼ね備えるのは無理です。かならずどちらかが犠牲になるのは、まさに航空機で例えた通りです。

 

ゆえに、両方とも必要です。どちらかで完璧にニーズに応えるのは、ちょっと無理かな‥‥と思います。

 

ただ、クリスタは、ワークスペースのカスタマイズで自分の使う機能を絞り込んでシンプルにすれば、「ストライクイーグル」から重武装を降ろした、制空戦闘機の「イーグル」のように運動性を挽回するようにも感じています。ちょっとワークスペースをカスタムしただけで、随分と自分好みの使い勝手に近寄せられます。‥‥なので最近は、クリスタのワークスペースを「あーでもない、こーでもない」と弄ることが多いです。

 

 

クリスタをiPadで使う際に、今後充実するといいな‥‥と思うのは、ジェスチャー機能の追加です。「3本指スワイプ」が設定メニューに加わってコピーorカット&ペーストができるようになるだけでも、相当iPadでの能率はあがります。まあ、Bluetoothのキーボードを常設してショートカットキーを使えば良いのかも知れませんが、そうしちゃうとiPadの軽快性が大きく損なわれるんですよネ。クリスタのためだけにキーボードを常設して、作画机の上の限られたスペースを減らしたくないですし。

 

ジェスチャーはiPadアプリの肝です。

 

PCソフトと一線を画すのは、キーボード無しでも使いこなせる操作性があればこそです。タッチ機能を賢く使って、キーボードとマウスに縛られた過去のドローソフトの操作感から脱皮したいのです。

 

私は他にも、ibisPaintやSketchBookも購入していますが、今はほとんど使っていません。なぜかというと、シングルスワイプの機能が設定できないからです。シングルスワイプを「消しゴム」に設定すると、ものすごく効率がアップします。

 

いちいちツールを切り替えるのは煩雑至極、無粋なキーボードを机に置くのは言うに及ばず、ペンをひっくり返すのすら野暮ったいのですから、シングルスワイプへの機能割り当て(ペン入力と指入力で機能を切り替える)は、iPadなどタブレットPCのドローソフトの必須だと感じます。

 

プロクリもクリスタもその辺はちゃんと設定可能です。クリスタの場合は、ショートカットの設定でジェスチャーのシングルスワイプを表示して、「一時的にツールを切り替える」機能で消しゴムを割り当てるだけで、自分のどれか一本指が消しゴムに早変わりします。

 

ibisPaintやSketchBookは、シングルスワイプ機能がないだけで全く使わなくて、勿体無いと思っています。特にibisPaintは、ちょうどクリスタとプロクリの中間的ソフトウェアになりそうで良いんですけどネ‥‥。

 

 

 

 


魂!=手段

ネットの記事を読みました。コレ。

 

失敗を重ねる名門パイオニアが、”解体ショー”に突き進むこれだけの理由

http://blogos.com/article/328092/?p=1

 

パイオニアの凋落

http://blogos.com/article/325227/

 

 

考えさせられる事の多い記事です。「成功体験が未来の失敗の原因となる」というのは、まさに「デミヤンスク包囲戦」=「スターリングラードの悲劇を招く遠因となった成功体験」を彷彿とさせます。実はこの「成功体験の暗部」は、私がプロジェクトの立ち上げに関わる時にいつも念頭におくことでもあります。「成功体験に基づく自信」と「次がうまくいくとは限らない」という相反する思考は、プロジェクトのキーマンならば当然のように有すべきことだと痛感します。

 

「解体ショー」の記事でもう1つ気になるのは、「企業の魂」というフレーズです。

 

私も「魂を売るべきではない」という事自体には同感です。‥‥で、そこで「魂」という「言葉だけ」で「わかった気」にならずに、「では、魂とは何を指して表す言葉なのか」をちゃんと考えるべきでしょう。

 

パイオニアの部外者から見た、パイアニアにとっての「魂」とは、決して「オーディオコンポを売る」ことではなかったと、オーディオコンポ世代の私は思います。チープなモノラルラジカセとはまるで別世界の音楽体験こそが、オーディオコンポの魅力でした。

 

アウトサイダーである私が、パイオニアに期待するのは、「音」「映像」を「上質な体験としてユーザに提供」してくれることです。オーディオコンポやカーステレオやレーザーディスクは「単なる手段」に過ぎません。「手段」は時代とともに変化しますから、パイオニアに私が期待するのは、あくまで「素晴らしい音と映像をユーザにもたらしてくれる」伝道者のような役割です。そして、その「素晴らしい」という状況も時代によって変わりますから、常に「時代とともに歩む」意識が不可欠だと感じます。

*もちろん、「提供」「伝道」の対価はユーザが然るべき価格で支払います。タダではありません。例えば製品購入とか。

 

 

 

日本人って、「根本を解き明かして、始点から発想をチェンジする」ような取り組みが苦手な国民です。それはまさに、今のアニメ業界が雄弁に物語っています。

 

他業種の内情には詳しくないので、アニメ制作業で考えると、アニメ制作会社における「魂」って何だろう‥‥ということです。

 

紙と鉛筆を使い続けて、セルと背景を「撮影」する‥‥というのが、アニメ制作会社の「魂」なんでしょうかね? 紙と鉛筆をペンタブに置き換えることが「時代とともに歩むこと」なんですかね?


アニメ制作会社における「魂」とは、まさに「アニメ制作会社」なのですから、「アニメ映像作品」を作ること‥‥だと思います。少なくとも私は、そう思います。

 

そして、アニメ映像作品は、必ずしも、今までの技術やシステムや慣習で作る必要はないです。アニメを作ることが成就すれば、アニメ制作会社足り得ると私個人は考えます。

 

ゆえに、アニメ映像作品(=商品)が全世界の潜在的なユーザに対して、どのように「かけがえのない体験として提供」されていくのかも考えます。深夜に追いやられた日本国内のテレビ枠がアニメの最後の砦なんでしょうかネ??

 

アニメ制作者の未来の居場所は、世界のどこにあるのでしょう?

 

しかしながら、アニメ制作会社、フリーランス作業者、そしてアニメ業界は、あまりにも「手段に固執し過ぎている」ように思います。そして、「アニメ」を一意に考えすぎて柔軟性がほぼゼロのような状態にも思えます。慣習による行動を「自分の魂の発露」と思い込んで、惰性で未来を占おうとします。

 

つまり、アニメに対する「固着化した思考にもとづく手段」を、「魂」に同化させてしまって、まさに「解体ショー」に突き進んでいるように思えるのです。作監20人なんていう制作体制も、それが「何がなんでも作監の肩書きは必要。アニメの魂だ」ということになれば、自分の思考の内外で正当化もできる‥‥とういう仕組みです。

 

私自身はハッキリと自覚していますが、正直、「旧来のアニメの作り方は現代に合っていない。技術的にも、品質的にも、そして思考的にも、立ち遅れが酷い」です。それは各個人の人間としてのポテンシャルではなく、技術的思考の古さによるものです。

 

実際、旧来のワークフローや制作体制の作品に関わると、いくつもの新しい技術を封印せねばならず、とても暗いキモチになります。新しいことを受け入れられず、むしろ頑固になって殻に閉じこもる業界の体質に、先の見えない暗さを感じます。

 

 

 

アニメを作るプロとしての「魂」。

 

アニメーターなら、まず絵を描くこと。そして絵を動かすことです。決してタップ穴に固執したり、紙と鉛筆に固執することではないはずです。道具は、自分の魂を具現化するための手段です。決して魂そのものではありません。

 

アニメ制作でいえば、アニメ映像を作り出す、そのことズバリが「魂」でしょう。アニメ映像を作り出せるのなら、既存のシステムやワークフローや技術体系に凝り固まる必要はないのです。新しい時代の新しい技術をどんどん旺盛に盛り込んでいくべきと考えます。

 

家電メーカーの凋落を笑っていられるほど、アニメ業界の会社や個人は安泰ではないはず。むしろ、未来に対する無思考・無計画の酷さは、家電メーカーより遥かに上回るでしょう。限界アリアリの「原動仕美撮」に変わる未来の制作構造をどれだけ考えていますか? ノープラン? 今までやってきたことをやり続ければ良い? ‥‥それこそが凋落ド直球なのです。「未来はノープラン。今までやってきたことをやり続ければ良い。」を体現し続けてきた他の業種の企業が、どれだけ消え去ったか、枚挙にいとまがないです。

 

自分の「魂」、制作集団の「魂」とは何なのか。

 

道具が魂だというのなら、道具の衰退とともに、自分も消えていくしかないでしょう。

 

作り出す事自体が魂だというのなら、作り出すための道具と手段を変えていけば、存在し続けられるでしょう。

 

 

 

まあ、色々と悩みはつきませんが、楽観的に構えられる絶大な要素を、絵は持っています。

 

これだけ実写の媒体が身の回りに溢れているのに、なぜか、人は絵に惹かれる。絵は現人類誕生の太古から存在し、今まで滅んだことがない。

 

それだけでも、凄く、楽観的状況だと思うのですヨ。

 

あとは、その絵の「表し方」を、現代社会とともに考えていくだけ‥‥です。

 

 

 

*追記:

 

引用記事で「その後音響製品をベースに映像分野にも手を伸ばし、映像デジタル化の流れの中ではレーザーディスクを担いで参入。」とありますが、それは取材不足。‥‥というか、引用元は「ブログ」なので、取材というよりは知識の不足か。

 

レーザーディスクの映像データはデジタルではないですヨ。アナログ映像フォーマットです。アナログからデジタルへの移行は、時代を語る上でとても重要な要素なので、見落としはマズいです。記事の説得力がガタ落ちです。

 

まあ、パイオニアの内情は全く知りませんので推測の域を脱し得ませんが、もしパイオニアがあの当時(80年代)にいちはやくデジタル映像フォーマットのディスク&機器を開発・発売できるくらいの「イノベーティブ」な体質だったら、今のようなことにはなっていないかも知れませんネ。


作業力としてのコンピュータ

コンピュータに作画作業の一部を負担させる‥‥という取り組みは、私は1997〜8年から開始して、実際に実用として私が使用したのは2000年公開のBlood The Last Vampireだったように記憶しています。

 

現在、業界で注目され始めている「自動中割り」=作画労働力としてコンピュータを扱う目的ではなく、「動かせないものを動かす」「今までは不可能だった映像表現を実現する」という目的でした。Bloodでは主人公の小夜がよじ登るBOOK描きの金網(=普通だったら止め絵で動かせないもの)を、たしかメッシュワープで動かした記憶があります。あの当時にも、かろうじてAfter Effectsにもアニメーションに活用できるツールはあったんですよネ。

 

いつも思うんですが、新しい技術を実現しようと取り組む「思惑」には2種類あって、

 

  • 表現の拡大のため
  • コストの縮小のため

 

‥‥があります。

 

私は今でも、「映像表現の拡大」を主軸にしています。動かせないと思っていたものを動かす。無理だと思っていたイメージを実現する。‥‥そのために、コンピュータの能力を作業計画に組み込みます。

 

とはいえ、「映像表現の拡大」取り組みの副産物として、「普通だったら、4人がかりで2週間かかる内容を、1人で3日で終わっちゃった」みたいな「強烈なコスト抑制効果」を「たまたま」得たのは事実で、「セレンディピティ」的な感じです。

 

現在は、その「高効率生産能力」も考慮していますが、やはり本筋は「映像の表現のため」です。

 

 

 

‥‥で、これもいつも思うんですけど、映像技術におけるプロジェクト・取り組みが迷走するのって、

 

コストを縮小するのが目的の場合

 

‥‥がほとんどように見受けられます。

 

なぜか?‥‥って、映像技術を扱っているわりに「イメージ」「ビジョン」が希薄だからです。

 

例えば今回の「作業力としてのコンピュータ」の事案を考えた場合、作ろうと思う映像のビジョンがあって、その具現化のためにコンピュータの具体的な機能を活用する場合は、どの作業が「人間管轄」で、どの作業が「コンピュータ管轄」かを、最初から計算して運用できます。映像をイメージして思い浮かべるのと同時に、コンピュータの能力を作業計画に組み込むので、「映像表現」と「現場の制作技術運用」が合致します。

 

一方、映像はぶっちゃけ今まで通りで構わなくて、人間の代わりにコンピュータが自動中割りしてくれれば良い場合は、当座、制作中の作品で「試してみる」スタンスになりがちです。コンピュータが関わって生み出される映像に対しての明確なビジョンなどなく、人間でもできることを、コンピュータにやらせてみて、うまくいけば省力化、うまくいかない場合は人間がフォローする‥‥みたいな、結果待ちで後追いの制作展開になりやすいです。

 

つまり、「コストを縮小するのが目的の場合」は打算的で泥縄的で、当然のことながら、運用計画を事前に想定できなくなるわけです。‥‥だってさ、「できるかどうかも、わからない作業を、コンピュータに投げる」のですから、作業計画なんて事前に組み立てられるわけがないもんネ。

 

 

 

コンピュータを自らの意志で使う人間は、コンピュータの能力に期待していますし、以前のコンピュータの作業経験からくる信頼もそれなりに厚いものがあるでしょう。「コイツがいれば、新しいことができる」と思うからこそ、コンピュータの能力も応えてくれます。コンピュータを相棒のように頼もしく感じて、色々なアイデアも次々と浮かびます。

 

しかし、「コンピュータを使うと作画の人件費を節約できるらしい」「あまりあてになるとは思えないけど、自動中割りとやらでも使って見るか。もしダメならファイルは使わずに人間が作業すれば良いんだし」みたいな人間は、やっぱりと言えばやっぱり、コンピュータの能力を存分に引き出せるまでには至らないでしょう。普通に考えて、引き気味で期待薄の対象に、とことん突っ込んで使いこなすようにはならないからです。

 

コンピュータを使う人間のキモチによって、いくらでも、コンピュータが生み出す映像とお金も大きく変わってきます。「コンピュータが期待に応えてくれる」なんていうとオカルトみたいですが、要はコンピュータの能力をうまいこと活用できるようになると、状況が連鎖的にかけ合わさって、ルッサーの法則の「良いバージョン」的な膨らみ方をするのです。

 

コンピュータに大した期待もせず、色々な機能をテキトーにイジるだけだと、各機能のポテンシャルを0.5くらいしか引き出せず、そのかけ合わさった結果は、

 

0.5x0.5x0.5x0.5=0.0625

 

‥‥と、まあ、事実上0%になって「なんだこれ!?コンピュータなんてボロくて使えないわ」とか言い出す始末。

 

しかし、コンピュータの能力を理解してたとえ10%でも想定以上のポテンシャルを引き出せば、

 

1.1x1.1x1.1x1.1=1.4641

 

‥‥と50%近くも総合的な能力がアップして、「コンピュータって、すごい!どんどんやりたいことができる!」と感激するわけです。

 

実は、コンピュータの機能を殺すか生かすかは、当人たちの写し鏡なんですけどネ。

 

使う人間次第だということに、個人はおろか、制作集団や会社まで気づけていないこと‥‥は、相当多いよなあ‥‥と思います。高いコストを支払って導入するコンピュータ。それを、実際にどう使うかは、それこそ、数十年以上語り継がれてきたテーマです。

 

打算的に‥‥ではなく、意欲的に、コンピュータと一緒に仕事をしていきたいと、私は思っています。

 

 

* * * * * *

 

 

私が初めて仕事で「正式に」使ったコンピュータ、「Macintosh Quadra650」。ネットワーク線は引かれておらず、MOでのデータ受け渡しだったのが懐かしいです。この1〜2ヶ月後に、私専用の「PowerMacintosh 8500/180」が設置され、コンピュータの面白さにどんどんハマっていくことになります。

 

 

 

1カットごとの上がりがTIFFやSGIなどの連番ファイルだった時代(2000年代初頭)に、簡単な操作で「プルダウン画像」「プルダウン解除(=元の絵に戻す)」を生成するソフトを作りました。たしか、REALbasicで作ったはずです。フィールド合成の仕組みさえ理解していれば、プログラム自体はそんなに難しいものではなく、ラインごとに合成するだけですから、画像処理プログラムの初歩も兼ねて2002年くらいに作りました。

 

コンピュータで絵や映像を作るのは作業のメインとしても、コンピュータの長所は、雑事の自動処理にも活用できるはず‥‥と、1997年にApple Scriptからプログラムの自己学習を開始しました。コンピュータを使っているのに、ファイルのまとめとか手作業で大量の反復処理をするのは、釈然としなかったですしネ。

 


肉、肉、肉。

コンビニで「謎肉祭」が売っていたので、買いました。

 

 

 

カップヌードルではないですが、マルちゃんの「肉そば」も買ってみました。

 

同じ時期にこれだけの「肉」カップラーメンが出るのも珍しいですが、肉を喰らいたい願望は、特に現代人は根強いかも知れませんネ。ヘルシーとか言っても、よほどの思想的禁忌がなければ、肉を食いたくなるのは男も女も共通だと思います。

 

話はちょっと変わりますが、今、アニメのキャラの風味は、一見「草食系」が多いですが、実は胸を「解りやすい」ように過度に強調してたりと、「裏肉食系」が多いのも特徴です。欲の「表し方」が変わっただけで、「肉が好き」なのは隠し果せません。そりゃあまあ、人間、草ばっかり喰って生きていくには、欲望が多すぎますもんネ。

 

 



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