描いて塗って動かしてコンポして

自分で描いて、自分で塗って、自分で動かして、自分でレンダリングする。‥‥これはアニメの制作現場だと相当特殊な事例ですが、個人制作では当たり前です。考えてみれば、アニメの作り方は状況によって両極端と言えます。

 

アニメーターは商業に関わる時だけアニメーター‥‥と言うわけではなく、「いつでもアニメーター」なのです。自分のチカラを特定の条件に限定することは、考えてみれば不自由なマインドセットです。

 

何から何まで自分で作る‥‥ということを、プロのアニメーターも体験してみれば良いのに。

 

そうすれば、色々なアイデアも浮かんで、新しい制作技法やビジネススタイルのきっかけにもなるかも知れませんヨ。

 

iPad Pro、iMac、ProcreateやFresco、そしてAdobe CCがあれば、たとえ短尺でも自分ひとりで作り出すことが可能です‥‥というか、可能性が生まれます。(実際に行動しなければ、可能性のままなので)

 

 

 

下図は、カットアウトなど新しい技術(=日本国内では)の説明に使う素材として、iPad Pro、Procreate、iMac、After Effectsの4つだけで作った絵です。カットアウト用素材なので、動かすことを前提として描いています。

 

 

 

同時期に描いたものですが、テイストは両極端ですネ。4Kサイズで、かつ階調トレスなので生っぽい線です。Procreateで線画を描いて、After Effectsでペイントとコンポジット、メイク(化粧)をしています。

 

制作時間は数時間です。女の子のほうは、かなり短時間でゼロからフィニッシュまでできます。アニメーターが休日の自宅で、自分の取り組み=著作として描けます。

*あまり時間のことは書きたくないのですが(=曲解する人がいるので)、限られたプライベートの時間をどう使うかは最大のテーマですので書きました。

*曲解する人 〜例えば音楽で、3分で演奏が終わる曲だからって、演奏者・アーティストに対して3分ぶんの時給換算のお金しか払わない‥‥なんてわけないじゃん?

 

アニメーターは、30代くらいになったら、線画の枠外にも踏み出して、「線画としてのアニメではなく映像としてのアニメ」を強く意識することが必要だと感じます。もちろん、全員参加の必要はないですが、アニメーターの誰もが線画オンリーなのは、ぶっちゃけ才能がもったいないです。

 

 

 

やっぱり、なんだかんだ言っても、iPad(Apple Pencilの使える)を手にすることが第一歩でしょう。

 

一番安上がりだもん。

 

コストパフォーマンスは最強なんじゃないでしょうかね。

 

紙に留まる以上、上図のような絵を、ゼロからフィニッシュまでアニメーターひとりが作り上げることは難しいですが、iPadとiMacの組み合わせならば、ぶっちゃけ数時間で上図は描いて塗ってコンポジットできます。

 

iPadとApple Pencilで、自分の中の眠り続けている能力を目覚めさせること。

 

最近、新しい廉価なiPadが出ましたが、新モデルなのでApple Pencilも使えます。小型ゆえに仕事で使うには役不足ですが、きっかけをつかむために、お試しで使い始めるにはちょうど良い価格です。

 

 

*絵描きの人間にとって、書き味向上シートは必須中の必須です。販売店もApple Pencilと一緒にデモするなら、こういうタイプのシートを貼って店頭に置いて欲しいですネ。シートが貼っていないだけで、ポテンシャルが低いように勘違いされます。

 

 

 

しかし、前述の2枚のサンプル絵。

 

リアル系の男より、線の少ない女の子の方が、圧倒的にゼロからフィニッシュまでの時間は速いです。

 

単純に線の多さ、そして、その線の多さにまつわるデザイン上の問題です。

 

特に線の多さは、全ての工程に影響を及ぼしますネ。

 

「撮影は関係ないのでは?」とか思いがちですが、線の多いリアル系のキャラだと、まさか後ろを水玉とグラデ背で終わらすわけにはいかないので、コンポジットも作業に時間がかかりがちです。巷のアニメ制作は、絵柄に関係なく、ほとんど同じ作業価格なのは、考えてみれば変な話だよねえ‥‥。

 

でもまあ、それは作品の作風の問題ですので、「アニメはこうあるべき」なんていう古めかしい骨董品的な思考で縛るより、現代の様々な技術を応用して「現代に生きる人間が作る」アニメをもっと追求して良いと思ってます。もちろん、お金もちゃんと追求してネ。

 

 

 

 


昔も昔

ゴールデンタイム全盛期の昭和のアニメが懐かしい‥‥とは、iPad作画でカットアウトも使う私だって思います。自分のルーツは変わりません。

 

昭和。

 

私はど根性ガエル(初代アニメ)のひろしとピョン吉が子供の頃から大好きだったので、いつか16ミリを模した色域と3コマ4コマの動きで、あの当時の動きとテイストでアニメを作ってみたいと思っています。悪ノリして、編集点の歪みやパーフォレーションのガタまで入れたりしてネ。

*その昔、「江面君は、リアルなのより、そっち(デフォルメ)の方が向いてるよ」と言われたこともあります。‥‥たしかに、デフォルメ・ギャグ系・丸っこい系の方が、キモチ的に負荷なく描けますネ‥‥。

 

私は古いものに愛着が強いからこそ、全く新しいものに潔くチャレンジできると思っています。

 

 

 

私は、昭和よりも昔、1900年前後の古い年代の画家たちが好きです。ユーゲントシュティール、シンボリズム、プレラファエル。18世紀末の画家は、どの国も大好物です。

 

実際、私はそのあたりの画家に強い影響を受けていると思います。女キャラ(じょきゃら)の好みからして、ファムファタル系ですし。

 

昔も昔、昔過ぎて、もはや流行とか関係ないくらい古い画家の作品に今でも魅了され続けています。

 

せっかく、アドビのフレスコも出たことだし、今の仕事がフィニッシュしたら、私のもう1つのルーツとも言える、18世紀末スタイルっぽい絵(=大雑把なカテゴライズ)も描いてみたいと思ってます。

 

ど根性ガエルとファムファタル。‥‥私にとっては、どちらも等価でかけがえのないルーツなのです。

 

 

 

名画と比べてアニメの価値を軽視するのも馬鹿バカしいし、せっかく絵を描いているのにアニメの流行りの絵にしか興味を持たないのも、もったいないです。

 

気になった絵、ふと気になったスタイル、畑違いの技法。‥‥描き慣れた絵を描くだけでなく、何にでも化けるiPadとiOSのドローソフトで、やりたい放題、描きたい放題、描きましょう。

 

アニメ業界で2019年に生きているからって、流行のアニメ絵しか描いちゃいけない、‥‥わけじゃですもんネ。

 

 

 

 


昔を想ふと

テレビアニメにはたくさん思い出があります。少年時代からアニメーター時代まで、山ほど。

 

‥‥今と世代は違えど、テレビアニメが愛おしくないわけがないです。

 

でも、テレビアニメへの愛しさと思い出を、引き摺り続けて未来を生きるわけにはいかんのです。未来へ進むのに、後ろばかり見て後ろ歩きしても、つまずくばかりです。

 

 

 

みんな、おじいさん、あばあさんになって、やがて死ぬ。そして、懐かしいアニメも記憶の彼方に消え去っていく。

 

私の母方の祖父の家はもうありません。引き継ぐ人がおらず売却したので、二度と「おじいちゃんち」に行くことはできません。

 

少年の日の、夏の日の思い出がいっぱい「おじいちゃんの田舎」にありますが、もうその日には戻れないし、1970年代にテレビで流れていた16ミリフィルムの商業アニメも、もう作れません。今のアニメはもはや別物ですし、テレビ自体も大きく変わりました。

 

また、私が少年時代に暮らした郵政省の宿舎は、年々住む人が減り続けて、今は取り壊しを待つのみで、人は誰も住んでいません。あんなに子供たちが駆けずり回って賑やかで、各家庭のベランダは思い思いの草花で飾られていたのに、まさに廃墟、ゴーストタウンです。

 

私はそんなこんなで、思い出の場所がどんどん消滅しているのです。なので、今でも実家や祖父母宅が健在な人より、「もう戻らないこと」に対してリアルなのかも知れません。

 

昔を思い出してはしゃげるのは、まだそんなに思い出が遠くないからです。

 

もうどうしようもなく、あまりにも遠くなって、跡形すら存在すらしないと、悲しさと寂しさだけが胸を締め付けます。

 

 

 

ゴールデンタイムのアニメか‥‥。

 

懐かしいですネ。

 

でも、アニメがゴールデン帯に放送されていた頃の社会の姿は、もう今は存在しないのです。

 

もう戻らない昔を、世代の皆で懐かしんで、盛り上がれば盛り上がるほど、その後に押し寄せる喪失感に、無性に寂しくなるでしょう。

 

なので、そっとしておくのが良いと、最近は考えるのです。

 

むしろ、昔にはできなかったこと、今、そして未来にできることに目を向けるべきと考えます。

 

 

 

私はこのところ、仕事をし続けて相当滅入っています。なので、自分でも自覚しますが、少々気弱です。

 

世間一般のまとまった休みなんて、無縁だったもんな‥‥。我ながら流石に消耗の激しさを実感しています。感傷的な気分にもなり易いです。

 

でも、昔を懐かしんで、殻には閉じこもるつもりはないです。それをやったら、自死と同じと判るからです。

 

ゴールデンタイムのアニメが消えても、それならそれで時代の流れと受け止めます。悲しむより、少年時代に夢中になったテレビアニメに感謝するキモチのほうが勝ります。

 

昔のアニメが愛しいからって、令和の今に、昭和っぽいアニメごっこをしてもしょうがないです。昭和のマネは余興で十分です。

 

昭和の、1970年代のアニメは、昔を懐かしんで作ったものではないはずです。永井豪さんも松本零士さんも乗りに乗りまくって原作を描き、アニメ制作会社は前例のない作品制作を切り開いていったことでしょう。

 

であるのなら、令和、2020年代に、昭和を再現するのではなく、今作るにふさわしいアニメを作れば良いです。

 

 

 

私としては、はやく今の仕事をフィニッシュして、小さな旅にでも出たいです。

 

擦り切れすぎると、感傷的になったり、弱気になったりしますが、逆に、擦り傷は、療養すれば治る傷でもありますからネ。

 

 


ゴールデン枠、完全消滅

アニメがテレビのゴールデン枠から、完全消滅したそうな。

 

進むアニメの「テレビ離れ」 ゴールデン帯から番組消失

https://www.asahi.com/articles/ASM9T7FXDM9TUCVL03S.html?iref=com_rnavi_arank_nr05

 

 

私はまさにアニメがゴールデン帯の主役だった頃の世代です。今でもよく覚えていますが、土曜日は夜8時半になってもアニメを放送していたくらいです。1973年の「キューティーハニー」です。

 

1970年代。今は2020年代目前。‥‥ほぼ、50年前ですネ。

 

子供にターゲットを合わせたアニメが当時の主流でしたが、今のアニメは玩具を売る宣伝としてのアニメのほうが珍しいですし、子供も少ないですし、アニメ以外の娯楽で盛りだくさんです。

 

そして、そもそも、テレビ自体が、テレビ放送を見るためだけに存在するものではなくなりました。映像娯楽コンテンツを映すためのプラットフォームであり、私も1ヶ月でテレビ放送を見る時間は10時間に満たないこともあります。

 

とりあえず何でもテレビをつけて流しておく‥‥みたいな生活ではなくなりました。戦後昭和とは大きく異なります。

 

 

 

まあ、仕方ないんじゃないでしょうか。こればっかりは。

 

ゴールデンにアニメを戻そう!‥‥なんて言っても、結局は私の世代=ベビーブーム世代のノスタルジーでしかないのです。「戻す必要性は何?なぜ?」と言われて終了です。

 

テレビ放送が無かった江戸や明治大正にはアニメ番組も無かったわけです。‥‥つまり、アニメは普遍の存在でも何でもなかったのです。

 

アニメを作っている側からすれば、未来も普遍であって欲しいと願うでしょうし、私のような生まれた時からアニメ番組テレビ放送が存在していた世代はアニメが普遍であると勘違いしやすいです。しかし、戦後の日本でアニメ番組が花開いたのは、戦前から兆しを見せていた映像の科学技術が、世界的な戦後復興の勢いを追い風にして飛躍的に発達した、強い影響下にあるのは否めないでしょう。

 

つまり、社会を形成する人口の層と経済によって、技術も、そしてその技術から生み出される娯楽産業も、強い影響を受けるのです。

 

社会の技術と経済の変化、それに伴う人々の生活の変化。

 

思うに、深夜のアニメだって、この先どうなるかはわからないですよネ。深夜だけは安泰だ‥‥なんて誰も保証できないでしょ。

 

深夜に流して円盤を売る。‥‥そうしたビジネスモデルが今後行き詰まりを見せるのは必至ですし(もう何年も前から言われてますよネ)、深夜枠&円盤ビジネス感覚のまま、未来の映像フォーマット基準のアニメなんてとても作れるものではないです。衣の付く製作も、付かない制作も、両者とも覚悟すべし。

 

 

 

2020年代、2030年代、2040年代と、時間は確実に進行します。

 

1970年代をいくら懐かしんでも、時間は戻りません。未来は「2010年代はアニメをやたらと深夜に放送してたよなあ」と懐かしく思う日も来ましょう。

 

 

 

2020年代も自分らの未来を見据えて何をすべきかを考えれば良いだけのことです。難しく考える必要はないです。

 

アニメがゴールデン枠から消えたなら、その事実とその先の未来を見据えましょう。

 

 

 


クリスタのTIFF

クリスタの使用頻度が徐々に増えるようになって、色々と改善点を感じるようになりました。

 

今回ハマったのは、アニメーションセルの出力における落とし穴です。

 

なぜか、TIFFにアルファチャンネルがつかない

 

‥‥というナゾ仕様です。TIFFはごく普通にアルファチャンネルが持てるファイルフォーマットで、アルファチャンネル付きで書き出す代表的なフォーマットです。

 

しかし、現バージョンのmacOS版のクリスタはTIFFにはアルファチャンネルがつきません。どうして???

 

PNGやTARGAではアルファチャンネルが付きます。TIFFにアルファチャンネルがつかずに白背景になるのは、どういう根拠に基づく書き出し仕様なのか、理解できません。本当はアルファがつくはずなのにバグ? 内部事情なので外部からはわかりません。

 

そもそも、「アニメーションセル」出力での各ファイルフォーマットのオプションが指定できない仕様は、無駄なエラー&リトライをユーザに強いることにもなりましょう。After Effectsの出力モジュールのように設定できれば、仕様なのか設定ミスなのかバグなのかがすぐに判別できます。

 

初心者向けに、細かいオプションを省いて使いやすくする‥‥という意図もありましょう。しかし、ペンタブで作画するアニメーターは「プロ」であって初心者ではないので、ファイルフォーマットのオプションくらいは普通に知識として有すべきですし、「知らない方が知識不足でNG」なので、ユーザをひとまとめに初心者扱いせずに、普通にフォーマットオプションは設定できるようにしてほしいです。

 

macOS版のクリスタを使う限りでは、容量を節約しつつアルファチャンネルを持てるのは「PNG」ファイルフォーマットを選択した場合です。しかしそれはあくまでクリスタの設計上の問題で、一般的にはTIFFでもPNGと同等の容量削減(LZW圧縮にて)とアルファ保持は可能です。

 

 

 

ちなみに、エフェクト系の作画なら、煙や火など色数が限られているので、After Effectsで無理やり「二値化風の255透明化」は可能です。

 

トーンカーブで色を極端化して二値化の準備をして、ポスタリゼーションで色数(255の白も色数にカウント)を入力し二値化と同等処理した後で、逆カーブのトーンカーブや色置換系エフェクトで色を元に戻す‥‥というプロセスで、あたかも二値化のペイント素材のようにできます。‥‥おそらく、この処理が可能なのはエフェクトのみで、キャラには難しいと思います。

 

運悪くTIFFで書き出して「クリスタの出力にはアルファがつかない!!」と思い込んだ場合(=私)は、チカラ技でAfter Effectsで処理することはできますが‥‥

 

TIFFにもアルファをつける

アルファを持たせるか否か、圧縮形式など、ファイルオプションで指定できる

 

‥‥ようにクリスタがセル出力できれば、何の不具合もトラブルもないです。

 

書き出したファイルを眺めて内容をうっすら把握できる‥‥というのではなく、最初からオプションまで指定して書き出して明示的に状況を把握したいです。

 

 

 

でもまあ、クリスタもまだバージョンは1.9.x。

 

バージョン1=初期バージョンゆえの試行錯誤の期間として、ユーザともども、未発達な状態を承知して使うくらいのキモチで良いのでしょう。色々と行き届かないのはバージョン1の特徴として、温かく見守る恰幅がユーザサイドに求められましょう。

 

TIFFにはなぜかアルファチャンネルがつきませんが、PNGやTARGAならアルファ付きで連番出力できますので、TIFFを避けてPNGで書き出すようにします。そうすれば、階調トレスで直描きしたエフェクト作画などを、そのまま劣化させずにセル素材として出力してAfter Effectsに読み込めます。

 

バージョン2や3に思いを馳せつつ、今のバージョンで切りぬけようと思います。

 

 


ふれすこ2

移動中の時間を利用して、Adobe Frescoをもう少しイジってみました。

 

何だか、Amazon Music UHDで凄い良い凄いと連発した後で気が引けますが、

 

Fresco、凄く良いぞ。

 

Adobeのことだから、色々と機能を盛り込んで重くなって書き味が犠牲になってるのかも‥‥と推測してたのですが、邪推というか、全くの逆でした。

 

ペンの軽快さは随一。ビットマップの鉛筆は、最高レベルじゃないでしょうか。

 

最後発ということでライバルが多い中、一番ハードルが高そうな、まさか書き味のダイレクト感で勝負してくるとは。

 

そして‥‥

 

ベクターペンも最高。

 

申し分なくプロ仕事ができます。

 

ビットマップ(ラスター)ペンもベクターペンも、両方ともとても描き心地が良いです。最後発のプレッシャーを見事跳ね返して、描いた瞬間から良さを実感できます。

 

まさに、

 

絵が描きたくなるApp。

 

ですよ。試し描きしている間、年甲斐もなく、惚れ惚れしちゃって困りました。

 

macOSアプリと液タブでは太刀打ちできない書き味の良さ、軽快さ。iPadならではの世界です。

 

 

 

‥‥macOSにしろ、Windowsにしろ、あのレイテンシーの大きさ、ペンの筆致の遅延が、わたし的には憂鬱なんですよネ。iPadに慣れてしまうと、久々にCintiqを使った時に、レイテンシーでまず違和感を感じてしまって、慣れるのに苦労するのです。

 

iOS 13(iPad OS 13)のプレビューの時にプレゼンしていた「さらにレイテンシーが小さくなって、9ms」が、Frescoの書き味にも貢献しているのでしょうか。技術的な内側はわかりませんが、とにもかくにも、書き味はとても良いです。Procreateと比較しましたが、ビットマップ描画同士ならFrescoの方が筆致が一層ダイレクトです。Procreateのペン(ビットマップ)とFrescoのベクターペンが、ちょうど同等の速さのように感じられます。

 

 

 

ビットマップのペンは、様々な質感が用意されていて、画具をたくさん取り揃えたような気分になります。絵だけでなく、カリグラフも楽しいと思います。つたない文字で済まんですが、かすれ具合も気持ちい、カリグラフペン風のプリセットで書いてみました。

 

 

ビットマップなので、拡大すると(1291%)、当然ドットが表れて荒れます。

 

 

ベクターのペンと比較すると、一目瞭然。

 

 

 

ベクターのペンの動作も軽快です。ビットマップのペンの筆致がとてもダイレクトなので、それよりは遅い感じはしますが、他のドローソフトのビットマップ描画と同等レベルで十分高速です。

 

今さら説明するまでもないですが、ベクターの真骨頂はまさに下図の通り。

 

 

ベクター線の優位性はいわずもがなですが、Frescoで驚くのは、「ベクター臭くない」ことです。

 

他のドローソフトですと、「ベクターの事情」が見え隠れするのですが、Frescoのベクター線はそれを感じることがかなり少ないです。

 

凄く綺麗に描かれたペンのような自然さです。十分、インク系のペン用途の清書に活躍するでしょう。これを使わない手はないですネ。

 

 

 

Frescoは、ProcreateにもConceptsにも、もちろんクリスタにも、他のドローソフトにはない部分をまるっと埋めてくれるので、わたし的にはかなり嬉しいドローソフトです。

 

鉛筆線のルックではどうしても様にならないジャンルがあって、ProcreateでもConceptsでもペン設定を色々と模索していたのですが、Frescoのベクタートレスであっけなく解決しそうな予感です。

 

しかもベクターなので解像度フリーです。さらには、どんなに線を重ねて高速で描き進めても、重くなったりもしません。以前のベクタートレスは「絵の内容を手加減」する必要が少なからずありましたが、Frescoは手加減なしにベクターの恩恵だけをプラスできそうです。

 

 

 

こんなに出来栄えが良いとは、思いませんでした(=失礼な言い方)。まだまだiPadもiOSのAppも「伸びしろ」があることを痛感します。そして、Adobeの提供するソフトウェアも、PhotoshopやIllustratorやAfter Effectsだけが絵を描く人間のためのソフトではないことを、改めて認識しました。Frescoは全世界の絵を描く人に訴えるAppですネ。

 

今まで以上にダイレクト感に優れた書き味のドローソフトが、2019年の秋に出現するとは、嬉しい誤算です。

 

 

 


ふれすこ

出てましたネ。Fresco。

 

今はイジる時間もないので、インストールだけしました。

 

パッと線を引いてみた感じだと、レイテンシーを感じさせない筆致のダイレクト感に驚きました。描き心地に優れたProcreateに比べても、Frescoのほうがペンの追随が若干速いです。

 

iPadならではのレイテンシーの低さを満喫できそうな予感です。

 

インストールしたのは、初代のiPad Proで、OSは新しいiPadOS 13.1です。初代でも全然遜色のない描き心地です。

 

 

 

もしAdobe CCを契約していて、Apple Pencilを常用しているのなら、Frescoを使わないのはもったいないですネ。

 

Adobe CC無しだと、1080円の月額サブスクリプションで使えるようです。

 

 

 

* * *

 

 

サラサラシートを貼ったiPadとApple Pencilで、実際にFrescoで数本だけ線を描いてみるだけでも、現代のテクノロジーの片鱗を窺い知ることができます。

 

一方、アニメ業界の制作技術は、どんどん現代から遠のくばかり。どんなに新しい技術とハードとソフトが現れても、それを活用することができないのは、魅力的な機能が溢れているほどかえってそれを使えないミジメさと悲しさが増します。私はこの数年自費を少なからず投入して、なんとか新しい未来を切り開こう・機運を盛り上げようと気を吐いてきましたが、正直疲れてきました。業界が新しい4KやHDRに未来を見れないのなら、もうそのまま=地デジ2K止まりのフォーマットのまま今後何十年と作り続ける制作会社があっても、それはそれで良いのでしょう。無理強いすることでもなし。

 

Frescoがリリースされたのに、なんだか弱気になっているのは、Frescoがどんなに新しい基軸をひっさげて登場しても、びた一円もアニメ業界には恵みがないことが判るからです。恵みがない‥‥というよりは、そもそも新たな恵みを得ようとしない気風がガッチリと根付きすぎちゃって変わらないのです。

 

せっかくFrescoやProcreateやConceptsがあるのなら、そうした新世代の画具と画法が活きる全く別の何かを考えたほうが良いのかも知れない‥‥とも思う今日この頃。今の私に必要なのは、しがらみを一切断つ、最大限の「Think Different」なのかも知れません。

 

 


iPad OS, Procreate, Clip Studio, Concepts, Fresco, , ,

iPad OSが今日の未明、公開開始しましたネ。私は既に3つのiPadにインストールして使い始めました。

 

iPadは、絵を描くことだけを考えても、かなり「未来」に期待を持てます。

 

Precreate。

 

近々登場予定のバージョン5は、オニオンスキンが搭載され、アニメ(日本の商業アニメ限定ではなくアニメーション一般)も作れるようになるそうです。

 

まあぶっちゃけ、オニオンスキンなんてなくても、私はもう4年間、原画をiPad ProとProcreateで描いてますけどネ。使えない理由を挙げている人もたまに見かけますが、使い方次第ですよ。オニオンスキンが搭載されたらなら、より便利に原画も描けるようになるでしょうし、イラストを直に動かしたようなユニークなアニメも作れるでしょう。

 

Clip Studio。

 

レガシーOSのソフトウェアをそのまま移植したような使い勝手ですが、少なくともmacOSのクリスタよりはアニメ作画機能は遥かに軽快に動作します。

 

既に動仕作業が終わったセルをムービーで読み込んで敷いて、エフェクト作画を送り描きでスイスイ描き足すような使い方は、今のところ、クリスタの独壇場です。4Kオーバーのサイズでもストレスなく動作してます。

 

Concepts。

 

水彩風の筆致までベクターで処理する、ベクタードローソフトの雄です。私はメモや落書きなど、アイデア出しに重宝しています。寸法解像度の概念がないのが(ベクターなので)、アイデアを膨らます際に便利です。JPEGなどに書き出す際に、初めて解像度や寸法を指定するので、ビットマップのような解像度不足による絵の劣化がありません。

 

Fresco。

 

Adobeの放つ本格的なiOS用ドローソフトです。いまいちパっとしないAdobeのiOS関連も、FrescoとPhotoshopフル版で一気に巻き返すかも? ‥‥登場を心待ちにしているAppです。

 

 

 

今後の発展が楽しみなAppばかりです。1996〜2005年の10年間もそうでしたが、どんどんできることが増えて、表現も多彩に広がって、「伸び盛り」のころのOSやソフトウェアって、まさに作り出す成果物も「伸び盛り」なのです。

 

この「伸び盛り」の時期に、作る人間も一緒になって「伸び盛り」を体現できます。

 

一方で、衰退し消えていくものもあります。

 

昔の慣習や常識も時には必要ですが、今現れ続けるものにどんどん触れて新しい何かを掴むことも重要です。常識で自分を縛り続けて、海が真っ赤に染まった頃にようやく触れ始めるのでは、時を逸します。

 

MacやWinは、いつしか進化の速度が落ちて、勢いがなくなった感は否めません。据え置きにしろモバイルにしろ、パソコンという形態の「行き詰まりの象徴」とも思えます。それは筐体の重さから始まって、デスクトップのデザインに至るまで。

 

しかし私は、レガシーなOSはとりあえずはそのままで、新しい要素をiOSで追加して、全体の広がりを得る方法も大いに有効だと思います。

 

これは作画技術も同じで、旧来の技術は維持しつつ、カットアウトなどの新技術を大々的に加えて、強力なハイブリッドの布陣を形成することで、ようやく新時代を生き抜くことが可能だと、最近の作業で確信するに至りました。どっちかが、ではなく、どっちも活用して、です。

 

iPadやiOSのAppを大して使ったこともない人が、iPadやiOSに難色を示して低評価するとか、今までと使い勝手が違うので「使えない判定」するとか、どれも当人の了見の狭さを公言しているようなものです。

 

使いこなせばいいじゃん。

 

使いこなせるよう、日々研鑽を積めばいいじゃん。

 

そうすれば、道具はきっと応えてくれます。

 

 

 


iPad OS 13.1

‥‥を、とりあえず、iPad Pro 12.9 第1世代、無印iPad 第6世代、iPad mini 第5世代の3つにインストール開始しました。

 

仕事で今日も使っていたiPad Pro 12.9 第3世代は、とりあえず様子見でiOS 12のままでいきます。プロクリとクリスタで不具合が出るのは困るので。

 

 

 

 


変えていくことを考えよう

「アニメ制作現場は内部での改善はもう限界なので、政治のチカラでなんとか」みたいな論調を、たまツイッターでみかけます。

 

内部での改善はもう限界‥‥とのことですが、改善や改革に本気で自分から取り組んだことがあるのでしょうか。単に傍観して、酷い状況を見聞きして悲観する。自分の身に降りかかっても、なんだかんだと受け流す。その繰り返しじゃ改善なんて、アニメ業界に限らず、何にだって無理です。

 

昔からホントに思うのは、アニメって自由な発想で、現実にはない奇想天外なストーリーを映像化することが多いのに、当の作っている本人たちはシステムや技術に対しては酷く保守的で、アニメを一意的に考え過ぎています。

 

アニメを作る技術に対して、不自由な思考のまま、しかも頭がカタい。

 

昭和の作り方を変えずに、線が格段に多くなって、動きも細かくなって、チェック基準も厳しくなって、そんな状態で5000〜10000枚も1枚ずつ描いて塗り続ければ、何をどうしたって「昭和レベルの単価計算」では作業者が破綻します。

 

アニメの作り方を一意的にしかとらえず、一方では成り行き任せで10000枚も細かい絵を作り続けるばかりでは、政治のチカラをもってしても救えないと思います。政治のチカラを買いかぶり過ぎているではないでしょうか。自分らとは別世界ゆえに、物凄い支援策が政治の世界のチカラで実践されると夢想しても、この金のない日本でアニメだけゴージャスに支援してもらえることは、普通に考えて想像できません。

 

こんな記事がありました。

 

東洋経済オンライン

●時給「1000円ぽっち」払えない企業は潰れていい

 

その中に、

 

 

‥‥という一節があります。アニメ制作の場合、アニメ会社というより、アニメ業界を言い当てているような一節です。耳が痛いのを通り越して、図星過ぎて怒り出す人もいるんじゃないですかネ。

 

一部の会社は、懸命に「社員」に関しては改善に取り組んでいますが、業界全体としては‥‥否定できない指摘ですよネ。

 

生産性が低すぎる

 

作画工程において、生産性を高める技術革新に取り組んでいる人は、どれだけいますか?

 

現在アラウンド50で発言権や決定権のある人は、むしろ‥‥

 

昔からアニメの作り方はそうだった

 

‥‥なんて言い続ける人も多いのではないですか。

 

生産性を新しい技術で向上しようなどとは微塵も発想せず、現代社会の技術進化も気にもかけず、「アニメの作り方を決めつけるばかり」ではないですか。

 

昭和のアニメ制作技術は人類普遍の定型プロセスではありません。いくらでも改善と改革の余地があります。

 

 

 

思うに、窮状を傍観して放置し続け、外部のチカラ頼みの論調に傾きがちな人って、

 

アニメ業界は変わらないままでいてほしい(金だけはいっぱい貰えるようになって)

 

‥‥と思っているのではないですかネ。実は「変えたくない」のです。変えたいのは「貰う金だけ」なので、新しい映像フォーマットなんて無用であり、A4用紙で150dpiで二値トレスでSDRのままで、未来も作り続けたいのだろうと察します。

 

「昭和」の時代をそのままに、お金周りだけ「令和」にしたいのが、一定のアニメ関係者の様々な文脈や流れから読み取れます。未来もずっと、昭和から継承した同じルーティンで作業し続けたいこと、‥‥言い換えれば、演出・作監・原画あたりを「聖域」にしたい主旨がクリアボックスの中身のように透けて見えるのです。

 

 

 

私は、昭和を終わらせない限り、昭和の悪癖も延々と引き摺ると考えます。

 

私は昭和生まれなので、特に実感をもてます。

 

2019年の9月の今、昭和はおろか、春に平成すら幕を閉じたではないですか。

 

新しい作画技術を取り入れることで、アニメ制作現場は、作業報酬を格段に改善しつつ4KHDRの未来にも生きていけます。昭和〜戦後に別れを告げ、新しい時代を生きる気概に満ちれば。

 

年長者こそ、新しいことに積極的になるべきです。

 

若い世代が、新しい映像や画像の技術を習得して使おうとしても、昭和生まれが「昔のままがいい」と阻むようでは、なんのための「年の功」なのか。

 

マーラーは14歳下のシェーンベルクの音楽について、こう語ったそうです。

 

「私はシェーンベルクの音楽が分からない。しかし彼は若い。彼のほうが正しいのだろう。私は老いぼれで、彼の音楽についていけないのだろう」

 

正しいか否かの言い回しは「語り口」としても、自分が馴染んできたものとは異質な何かが登場した時、「ありえない」「デタラメ」「インチキ」「気分が悪い」と拒否するだけが年長者の行動ではないことを、この逸話は教えてくれます。

 

私はまさにテレビアニメの申し子です。ベビーブームの中にいました。戦前戦中世代の大人からは新人類(軽く蔑視も含めて)などとも呼ばれ、日本のアニメの「子供向け玩具の宣伝役」待遇を、「映像作品」としての待遇に変えていった世代です。

 

私の世代は、当時の年長者の目からすれば、破天荒で荒唐無稽にも映ったはずです。新しいことをアニメにどんどん取り入れていきました。

 

その世代が、歳を喰ったら体力も行動力も衰退して気弱になって、保守的な立ち位置にばかり固まって、新しいことを嫌悪し、古いやりかたばかりに固執するのでしょうか。

 

もし、昭和40年代前後生まれの人間が若いまま、令和の今にアニメを作るべくタイムスリップしたら、「政治家の力をあてにしよう」なんて、いの一番に言い出さないでしょう。

 

なんとか、自分たちの力で技術改革を推し進め、どうすれば新しい社会と新しい映像産業と共に歩めるかを考えるはずです。

 

 

 

変えていくことを考えましょう。

 

自分たちの発想で、自分たちの行動力で。

 

他人をあてにしてたら、20代もあれよあれよというまに50代ですヨ。

 

キャラの髪の毛の中に目と眉が透けているだけで、生産効率がドカンと下がるような現場を変えていきましょう。

 

アニメ作りは一意ではないです。色々な技術バリエーションがあります。

 

2020年代は、自らを変えていくことが、キーワードとなりましょう。

 

生きるか死ぬか、大きな運命が託されているのですから。

 

 

 

 

 

オマケ:新しい技術の一部を、ちょっとだけ紹介(以前のブログから再掲)

クレーン(ドローン)やZ軸のカメラワークは、もう10年以上前にはスタンバイ状態でした。しかし、制作現場は旧式のタイムシートに固執するばかりなので、一向にアニメ制作には導入できませんよネ。新しいアニメの技術では、XYZの3軸はデフォルトです。

ベクタートレスも、まだあまりにもアニメ業界では未開過ぎます。私らは次のステップとして、Toon Boomにてベクタートレスの本格導入へと駒を進める所存です。

 

描けばどんどん炎になる「リアルタイムエフェクト作画技法」とかも、旧来のアニメ制作フローでは全く取り回せないです。After Effectsだからって、撮影スタッフさんに炎の作画をしてもらうわけにはいかないでしょう。After Effectsを作画のツールとしても認識できる、新世代のアニメ制作技術と意識が必須です。

 

CSVでシートを反映することもできます。さらには、昔から「複合クミ」として問題になる「眉と目が透ける処理」も、簡単なマスクワークだけで下の目や眉を透かすことが可能です。髪の毛に目を描き込んで作画しちゃうなんて、あまりにも面倒で不毛です。

 

 



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