20年の「敗戦」

前回の記事で書いてて「ギョッ」としたんですが、

 

東京オリンピックの今世紀「20」年8月は、1945年の昭和「20」年8月の敗戦の様相再び

 

‥‥だとしても不思議ではないですよネ。

 

つまり、東京オリンピックは、戦後日本が再び「敗戦」することの象徴になり得る‥‥と、ゾゾゾっと悪寒が走ったのです。私は「オリンピックは普通にやって、普通に終わる」と考えていましたが、実は今まで蓄積してきた社会の内側の大きな「無理」が、象徴的に2020年の東京で表面化するのかも知れない‥‥と、ふと思ったのです。

 

大怪我をして瀕死となる「負け」ではなく、大病による「負け」‥‥です。なので、外部からは見えにくいのかも。

 

 

 

トライアスロンでは海水からトイレの匂いがして

 

会場では猛暑を朝顔で「キモチ」でなんとかできると考え

 

馬術競技では猛暑ゆえに馬の様子が変で

 

‥‥と、今まで日本が作り上げてきたイメージが全て「敗れる」のが東京オリンピックだとしたら、悲劇を通り越して喜劇です。

 

まさに戦後75年目、奇しくも末尾の2桁が一致した、2020年と昭和20年で、敗戦を喫するのだとしたら‥‥

 

もちろん、2020年に玉音放送が流れることはないでしょうが、「今までの価値観に対する、決定的な不信感」のきっかけが、東京オリンピックになってしまうのだとすれば‥‥、なんとも皮肉な祭典ですネ。

 

 

 

「東京」の「責任」も一致しているように感じます。

 

東京の犯した様々なジャッジのミスが、やがて日本全体を敗戦国へと変えた

 

‥‥というのは、74年前の昭和20年以前も同じでしょう。

 

もちろん、繁栄の「立役者」も東京かも知れませんが、同じくらい、いや、それ以上の深い影響力(まあ、首都なので)で、日本の運命を司ってきました。

 

 

 

アニメ業界的に言えば、4KHDRやカットアウトは「進駐軍」でしょうかね。

 

であるならば、新しい技術に占領されるよりも、そもそも事前に新しい技術を取り入れて、「進駐は不要です。だって、すでに導入して改革してます。」と言ってのけたほうが良いですよ。

 

アニメを作って生きていくのは、並大抵のことでは成し得ません。今までがそうであったように、なおさら未来は格段に厳しくなるでしょう。

 

昭和19年、いや、2019年だからこそ、まだできる「IF」を実践しましょう。私らはすでに新しい取り組みや次世代のアニメ制作を見据えた行動を開始して、実感をひしひしと感じ始めています。

 

自分たちの未来の運命は、自分たちが握っているのです。

 

 

 

アニメ業界人全員で「総特攻」をかけますか?

 

本土決戦に至り、体当たり肉弾攻撃で、世界経済に立ち向かいますか?

 

私は自爆攻撃と言う名の無理心中に加担するつもりはありません。

 

あなたはどうですか?

 

 

 


19年

アニメに関する記事をツイッターで見かけました。

 

アニメ市場「過去最高」なのに制作会社の「倒産」続くワケ 業界特有のリスクも

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190816-00010000-magmix-ent

 

書かれている内容は去年一昨年に始まったわけではないですが、作品制作の内容がどんどん高品質化して1980年代のような内容では済まなくなったことも大きな原因と思います。

 

社会の様々な物事が高品質化する中、アニメだけが1970〜90年代の品質のままで許されるわけもなく、社会とともにアニメ制作も歩んだ結果とも言えます。16ミリフィルムのテレシネでパーフォレーションのガタも酷く、オプチカル合成はおろかクロス引きも厳しく制限された内容で、2019年の今に通用することは決してありません。時代の進化とともにアニメ制作会社も歩んだ結果、高品質化の高コスト構造に苦しんでいるのです。

 

一方、新しい技術の導入は、困難の連続です。「デジタル作画」に移行できない現場はまだまだいっぱいあります。カットアウトに関しては、日本は全く手付かずの現場がほとんどです。

 

そうした中、「ただでさえお金に苦しんでいるのに、新しい技術の導入にさらにお金など出せない」と思う人も、それなりに多いのではないでしょうか。

 

しかしそれは、まさに、

 

戦局で窮地に追い詰められた日本が、自爆攻撃と竹槍バケツリレーへと至った、破局の道

 

‥‥です。

 

たしかに今のアニメ業界の形勢は悪いです。まさに昭和19年のごとく。

 

しかし、昭和20年ではないことは救いでもあります。今ならまだ、間に合う部分もあります。

 

‥‥そうか、何か既視感があると思ったら、

 

昭和19年っぽい、2019年。

 

このまま突き進むと、おそらく昭和20年っぽくなる、2020年。

 

‥‥だったんですね。

 

もし、今のアニメ制作現場が昭和19年のソレだとしたら、やるべきことは歴史から多く学べます。

 

 

 

やるべきことは、昭和19年の日本ができなかった歴史の「IF」を実践すること〜現状を維持しながらも計画的に撤退する一方で、新しい世界で生き残るために、新しい状況へとシフトすることです。

 

このままの方法でも、命がけなら勝てる!‥‥と思わないこと、です。

 

古い考え方に基づく旧来技術一本槍では、破局は必死であることを、歴史は教えてくれます。

 

お金がかかるにしても、「特攻兵器」に開発資金を注ぐのではなく、新時代の新しい技術に注ぐべきでしょう。

 

少なくとも、現状の技術でもテレビのアニメは作れているわけですから、そのテレビアニメを今以上に高品質化する必要はなく、新時代のビジネスフィールドでの4KHDRやDolby Vision(PQ1000nitsなど)で、アニメ制作現場がどのように新技術で生まれ変わるかにお金を投入し、20年代を迎えることを明確に意識しましょう。

 

何を終わらせて、何を始めるのか。

 

ずるずると敗北する道を選ぶのではなく、退くところは退いて、新時代の社会を見据えて、攻める機会に備えるのです。

 

リーダーの決断力が問われる、2019年の今‥‥と言えましょう。

 

 

 

猛暑を朝顔で迎え撃とうとする東京オリンピックが、どんなにダメダメでショボくても、新しい映像技術世代はやがて世界を席巻します。4KHDRは東京オリンピックを「利用」するでしょうが、心中はしません。

 

4KHDRへの流れは世界規模です。

 

戦前戦中の昭和の日本がマズかったのは、世界規模で状況を読まなかったことです。

 

アニメ業界も「日本のアニメは最高峰」とおだてられて、技術革新を怠り、世界の映像技術進化をまるで他人事のように無関心のまま、気がつけば「ガラパゴス」化した古い技術で精神論だけで戦う状況です。

 

世界に目を向けましょう。

 

今、日本のアニメ業界が目を向けるのは、国内ではないです。世界規模の映像技術ムーブメントです。

 

日本国内だけで内輪受けしてはしゃいで、相変わらず2K以下でSDRで作り続けて、1日10枚も描けないような内容を動画料金1枚200〜400円で済ませている現状を、「今こそ危機的状況」と認識しましょう。

 

 

 

では、その危機をどのように突破するのか。

 

ズバリ、金の使い方です。

 

金とは、すなわち、技術、人、そして時間です。

 

すぐには方向転換できなくても、ちゃんと未来を見据えた舵取りはしておきましょう。

 

大型旅客機も大型船舶も、舵を切ってしばらく経ったタイムラグを経て、方向が転換しはじめます。そのタイムラグを、大所帯のリーダーならちゃんと計算すべきです。

 

 

 

技術の方向転換をせず、相変わらずの根性論で安い金で命を削って作り続ける会社は、2020年ピッタリではなくても、2020年代のいずれかの年に、どんどん破綻して消滅するでしょう。

 

8月の日本敗戦に思いを馳せ、

 

もし、昭和19年の日本が、こうしていたなら

 

‥‥と「歴史のIF」を考えるのもよいです。

 

しかし一方で、

 

滅んだからこそ、新しく生まれることができた

 

‥‥と思う人もいるでしょう。私も少なからず、そう思います。

 

となれば、精神論と根性論で突き進んで滅ぶ人々の「巻き添え」を食わずに、いかに、新しい時代においてもアニメを作り続けるかを、年齢性別国籍を問わず同志とともに切り拓くことが、まさに私の主眼です。

 

また、今は古い精神論に染まった人々でも、新しい方法論にこの先どれだけ目覚めることができるか‥‥も重要でしょう。思考の柔軟さを失っていない人は、最後の最後に何が大切かを考え、古い時代とともに滅ぶか、新しい時代でアニメを作るかを、選択すれば良いです。

 

国営放送の連続ドラマの影響で、昔のアニメを懐かしむ人々もいましょうが、まさに、「試金石」です。現実から外れて昔に戻りたいのか、現実と向き合って未来を生きぬくのか、当人に心情が浮き彫りになりましょう。

 

 

 

新しい技術の台頭なくしては、日本のアニメ制作現場は、かならず破綻します。

 

‥‥というか、すでに破綻しています。動画の作業枚数が1日10枚未満なら、動画料金は1枚1500円くらいは必要でしょう?

 

アニメを作り続けるためにこうすべきだ!‥‥なんて、ツイッターでぶつくさ吐いていても状況は進展しません。賃金を上げろと言って、会社が倒産してたら賃金や報酬以前の問題です。

 

確実に「未来の足場」を固めていくこと=来るべき未来に有効となる行動を実践することが重要です。たとえ今は厳しくても、安易な計画に基づく自爆攻撃ではなく、経験と知恵を最大限振り絞って伏撃や挟撃を仕掛け、攻勢の機会を待ちましょう。

 

日本の資源は、結局何でしょうか。

 

人と技術‥‥です。

 

ならば、「自爆」して死んでしまってはダメです。人と技術を武器にして、活路を見出すことを、最大のテーマにしましょう。

 

数千数万枚の根性作画でクオリティを支えることが本当に未来のアニメ制作に有効な手段か、そして、昔の技術と運命をともにすることが本当に我々アニメ業界人の最適解か、各人、各セクション、各制作集団が、未来を直視して考えましょう。

 

 

 


色んな絵を描こう

この数週間で、ブログに載せた絵は、全てiPad Pro&Apple Pnecilで描いたもので、故意にバリエーションを増やそうと思ったので、色々な絵が出来上がりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々なスタイルを、ProcreateとConceptsだけで描いてみました。どれも共通しているのは、短時間で描いたことです。‥‥本業の合間の、ちょっとした息抜きとして描いたので、時間はかけておりません。

 

もし水彩だったら、少なくとも乾かす時間、画具の洗浄の時間は要したでしょうから、淡彩で気軽に‥‥とはいえ、iPadよりは手間がかかります。

 

そのちょっとした手間ゆえに、仕事の忙しさに追われて、落書きレベルですら色付きで描けなくなることも、往々にしてあるでしょう。

 

 

 

アニメーターはねえ‥‥。

 

状況的にも「線画しか描けないカラダ」に追い込まれていくんですよね。

 

本業が忙し過ぎて、自分の家に水彩やアクリルの画具を揃えても、自分のプライベートな時間には、イラストを制作する気力も残っていないことが多いです。

 

何度もこのブログで書いてますけど、アニメ制作特有の特殊な線画しか描けないのは、自分の仕事を「画業」として捉えると、極めて危険で不利です。

 

自分を「絵描きの人間」と思うのなら、色んな絵を描かにゃあマズいです。

 

でも、アニメの作画用紙では中々難しいし、パソコンの前に座って日頃仕事で使っているクリスタで描くのも萎える‥‥ということもあるでしょう。

 

どんな場所でも、ほんの1時間で、2〜3枚の軽い着色イラストが描けて、それをデータとして自分のクラウドに保存していつでも画像を呼び出せるのならどうでしょう? ‥‥アニメの線画以外の絵も、描いてみようかな‥‥と、思い始める人も多いんじゃないでしょうか。

 

それがiPad ProとApple Pencilです。

 

まず何より、私が「iPad Pro&Apple Pencil導入」の以前と以後の差を痛感しています。

 

 

 

変な話‥‥ですが、近年まで私は、「絵を描かない人」として振舞ってきた経緯があります。なぜって、アニメの原画の仕事は、あまりにも、色んな他の仕事の可能性を駆逐して荒らすので、「コンポジター」として振舞っていた方が都合が良かったのです。私の過去を知る人だけが、私に作画の仕事を入れてくれるくらいでちょうど良いと思っていました。

 

紙をベースにして机で作業すると、机の荒れ方もハンパないです。鉛筆のちょっとしたカス、消しゴムの屑、嵩張る紙の束、印刷した設定書類を広げる場所‥‥と、空間破壊の権化のようでした。紙で作業する環境は、あまりにも旧時代のままで、技術進化から取り残された陸の孤島さながらでした。

 

ぶっちゃけ、紙の運用を考えると、4Kが到来する未来の展望は行き詰まりを感じていました。下図は、2014年に「紙で4Kでカットアウト」を考えていた頃に描いた絵(=なので、紙に鉛筆で描いてスキャンしました〜A4で分割して作画してA2相当で)ですが、相当厳しい運用を覚悟していました。

 

 

しかし、2015年に、iPad ProとApple Pencilが登場したことで、状況は180度ひっくり返りました。

 

2019年になって、iPad Proが登場して4年が経とうとする今、状況は180度どころか、360度、540度‥‥と、何回転もして、4Kやカットアウトにとどまらず、様々な展開の可能性を肌身で実感できるようになりました。

 

 

 

多くの日本のアニメ制作者は、アニメに焦点を定めると、1次元的にしか思考しません。「クリスタかTVPか」なんて話題を延々と続けているのが、論より証拠。

 

日本のアニメ制作は、あくまで戦後のテレビアニメの潮流であって、アニメの作り方の絶対的指針ではないはずなのに、日本のアニメ制作者はまるで強い洗脳にかけられたように、アニメの作り方を1次元でしか考えません。

 

そうした強い洗脳状態から目覚めるためにも、iPadとApple Pencilは有効なのです。

 

iPad ProとApple Pencilで色んな絵を描きましょう。描かないうちから邪推に邪推を重ねて「どうせダメだ認定」するのは、果たして良き創作者のすることでしょうか。

 

絵描きは、自分の描いた絵で、未来を切り開くのです。

 

であるならば、絵を描く手段に対して、もっと柔軟に、もっと合理的に思考しても良いはずです。

 

iPad ProとApple Pencilは、未来を新しい概念で切り拓く人々の、良き友です。

 

 


なので、iPadとApple Pencil。

前回の「自虐ボケ」の続き‥‥みたいではありますが、中間を極端に省いて申せば、iPad ProとApple Pencilを絵描きの人間が手にすれば、自虐から抜け出せる‥‥と言っても、過言ではないです。そのくらい、iPad ProとApple Pencilの道具としての存在意義は絶大です。

 

 

*現行は第3世代ですが、第2世代もオススメです。

*紙のように描けるフィルムは必需品ですのでお忘れなく。‥‥私は安めのフィルム(10枚オトナ買いで、1枚あたり1000円)を使っていますが、それでも十分効果はあります。

 

 

「自分なんて」と言いがちな自虐の根源を、自分なりに分析してみれば、

 

自分の能力の低さ

→自分を認めてもらえない現状

 

自分の存在意義の危うさ

→他者との関係性の希薄さ

 

‥‥のような要素が思い浮かびます。

 

絵を描く人間の場合、描いた絵が「自分の代理」として他者の目に晒され、プロ・アマ問わず、何らかの評価がフィードバックされます。

 

なので、絵が下手だと、自分の存在自体にも自信がもてなくなることは、往々にしてあるでしょう。

 

 

 

絵が上手くなりたい‥‥という欲求は、自分の分身とも言える絵が、ありていにいえば「多くの人に気に入ってもらえるため」「高く評価されるため」の必要な手段・プロセスとも言えるわけです。

 

皆が流行りの萌え絵ばかり「前倣え」で描くのは、今の流行りに合わせておけば関心を惹きつけやすい‥‥ということも、根底には絶対にあります‥‥よね。絵柄なんていくらでもあるのに、皆似たような絵を描いて、「流行というナショナリズム」に傾倒するのは、やはり「流行に乗って他者に認知されたい」願望の表れだと思います。

 

もし他者の目など関係なく自分だけの趣味の世界ならば、他人に公開する必要はなく、自分の部屋に飾っておけば良いのです。でも、そんなんじゃダメだと当人が思う理由は、どんな綺麗事を並べようが、結局は「自分の代理である絵が、他者から認められたい」と思うからでしょう。

 

極端に言えば「愛されたい・愛したい」という欲求が、繋がりに繋がって、最終的に絵に表れるわけです。

 

「芸術に対する汚れなき欲求」とか綺麗事で自分を誤魔化すのは、せいぜい20代の前半で終わらせて、自分の中の「禍々しい承認要求」を肯定しちゃったほうがロスなく画業に取り組めますヨ。

 

 

なのでiPad Pro。

 

なのでApple Pencil。

 

 

絵を描いているうちに表面化してくる、自分の中の「うまくいかない部分」を、iPad ProとApple Pencilで直撃して修正していけば良いです。

 

紙と鉛筆でも同じことができるでしょうが、iPadなら格段に速いペースで、「絵における自己批判と改善」が可能です。

 

また、時系列を超えて、昔に描いた絵を現在に呼び戻し、自分の過去の絵を「もしかしたらこんなアプローチもあったのかも」と考え直すこともできます。

 

前にも出しましたが、今から20年前に描いた絵をスキャンしてデータ化し、iPad ProとApple Pencilで修正したのは以下。‥‥自分ながら直したい部分がいっぱいあって、ほとんど描き直しの状態になりましたが、20年前の絵をひっぱり出さなくても、1週間前に描いた絵を見直しても良いです。

 

 

 

自分の絵を観察し、何が良くて何が悪いかを洗い出し、どのように描くか・修正するかを見極め、実際に描いてみる‥‥という「絵描きのウーダループ」とも言えるサイクルが高速に展開されるので、紙時代に比べて「自分のアップデート」が頻繁に更新されます。iPadのように、ファイルを複製して履歴編集、レイヤーを複製して非破壊編集が可能な媒体ならば、自分の急所を比較検討し、他の描き方を試しに実践することも可能です。

 

アニメーターである以前に、絵描きとして一生を生きる自分‥‥を考えれば、iPadによって自分の自由な時間に好きなように自分の絵を描ける事は、「自分の存在意義」を自分自身で問い直すためにも有効なのです。

 

 

 

iPadが「アニメの紙と鉛筆」と比べて格段に優れている点は、

 

どんな画材にでも化けること

 

‥‥です。

 

アニメの作画用紙は、ふと「色をつけてみよう」と思っても、実際に水を含ませたらフニャフニャのベロベロになってしまいます。紙質の制限ゆえ、着彩するには画材が限られますし(色鉛筆くらいか)、そもそもオリジナルの線画状態が失われます。

 

しかし、iPad ProとApple Pencilで最初から描けば、最初は線画だけでも、いかようにでも可能性を発展させられます。

 

ふと思いついて、ちひろさん風の淡彩っぽい絵も、水彩の用具なしに、どこかのファミレスや待合室ですら描けます。Conceptsのベクターで描いて、ふんわりした画面処理をProcreateで追加する‥‥などの連携技も楽々。

 

*この絵は、ベクタートレス線(パス)で全て描きました。なので、出力しようと思えば、「画像の劣化なし」に7000ピクセルの幅でも出力できます。解像度に縛られない絵の世界も、早いうちに体験しておくのが吉。

 

 

 

まあね‥‥。アニメ業界は、200〜300円で動画を描かせているわりに、「自分の全てを投げ打って描いて描いて描きまくれ」というような業界ですから、いつしか「自分は稼げない人間」のように自己洗脳され、自虐に走りやすい場所だとは思います。‥‥自分にも身に覚えがあるし。

 

だからこそ、「アニメ用具の、作画用紙とタップと鉛筆」を使い続けているだけでは、先輩アニメーターの窮状をトレースするだけなのですヨ。

 

描いて描いて描きまくるのは必要ですが、それはあくまで当人の気概です。

 

アニメ業界に「忠誠を誓う」必要など一切なく、自分の画力で収入を得る様々な可能性を追求すべきでしょう。

 

そして、その「様々な可能性」は、動画用紙、原画用紙、レイアウト用紙からは広がっていきません。iPad Proだからこそできる、フットワークの軽快さ、そして様々に画材としての姿を変える幅広さが、「自分の可能性のきっかけ」を与えてくれます。

 

‥‥だってさ、サイゼリアでも絵が描けちゃうんですヨ。iPad ProとApple Pencil、そしてクリスタやProcreateやConceptsがあれば。

 

iPadを手にした絵描きが、どれだけ自由になれるか、作画机に縛られている自分の姿を思い起こしましょう。

 

 

 

自分の可能性を信じられない人間が、自信をもてなくても、それは至極当然。

 

「自分を信じる」ことが、まさに「自信」なのですから。

 

しかし、自分を信じるには、自分自身の能力がどうにも低い。

 

であれば、自分の能力を高めましょう。

 

先輩から聞いた「昭和平成の根性論」ではなく、今、手にできる道具によって、今の方法で、です。

 

 

 

 


自虐ボケ

「自分はコミュ障で」とかツイッターで度々目にしますが、自称する人の多くは本当に「障害」と呼べる深刻なレベルなんだろうか?‥‥と思います。「死んでやる!」と喚き散らす人間ほど、実は「死なない・死にたくない」人間だ‥‥なんて話はそれこそ昭和の昔から語られます。「コミュ障」で本当に苦しんでいるのなら、軽々しく口にしないと思いますけどね。

 

「コミュ障気取り」は、本当に病状としてコミュニケーション障害によって深刻に悩んでいる人にも迷惑かも知れませんしね。

 

日頃の自虐ってカジュアルなので、当人はその「害」に気づいていないことが多いんじゃないでしょうかね。特にアニメ業界は貧乏なので、自虐ネタに走りがちです。

 

私は男なので、男視線でしか語れませんが、アニメ業界作業者にありがちな自虐志向の論調は、いったん「業界の外」にでると、他者、特に異性(女性)にとって、かなりのマイナス印象なんだな‥‥と感じます。

 

自信を持ちすぎて中身がないのもカッコ悪いですが、自信を持て無さすぎても他人から関心や好意を得られないのも事実でしょう。「モテない、モテない」と連呼することで、リアルにモテない自分が出来上がります。

 

20数年前のことですが、「アニメ作画現場にありがちな自虐ボケ」を「一般」の男女の前(ファミレスでの食事の際)で雑談がてら話したら、場が軽く凍りついた‥‥という実体験があります。プラス方向に俗世離れしているのではなく、マイナス方向に俗世離れしていることを、ふと実感して‥‥なんだか、惨めだったなあ‥‥。

 

自虐ボケの習慣は自分の文章の隅々にこびりついて取れません。自分で意識していなければ余計に、また、日頃意識していてもつい‥‥という感じに、卑屈な気質が言葉に表れるのです。

 

 

 

「どうせ自分はXXだから」「自分なんてXX程度だ」「自分なんてカス・ウンコみたいなもんだ」なんて言うのを「謙遜」「謙虚」とか「面白い言い回し」と考えているのなら、それは自分ひとりで善がっているだけです。

 

自虐という手段で自分を表現している当人の状況を、他者は結構冷静にジャッジしているものですし、他人と比べて「なぜこの人はそんなに自分を貶めるのだろう」と、ある種の当人の異常な状態を感じ取ってしまいます。

 

「どうせ」とか「自分なんて」とか「ウンコ・カス・底辺・ボロい」とか、へりくだった気持ちで自分を表現しても、その気持ちは相手に伝わるどころか、「自分に自信がないわりに、かえって承認要求だけは強い」みたいな悪い印象を与えます。決して「かわいそう‥‥自分が助けなきゃ」などと、相手の中で母性・父性が発動されることはないです。

 

自虐ボケになりがちな思考を明確に自認し、きっぱりと決別しなければ、いつまでたっても「コミュ障気取り」からは脱し得ないでしょう。卑屈な態度は相手を辟易させることを知るべきです。

 

私の20代の頃は「コミュ障」なんて言葉はなかったですが、安い金で作画の仕事をしているからって、ココロまで安さに落ち込んで、自虐で自分を慰め続けていたら、その後に状況が上向くことはなかったと実感します。

 

自虐ボケは、当人の運命すら虐げます。

 

 

 

自虐ボケに走るのは、何よりも自分に自信がもてないからでしょう。

 

自分に自信がないからといって、色んなものに手を出してどれも中途半端で、そうした挫折感からさらに自信がなくなって自虐ボケが強くなっていく‥‥なんていう人々を、アニメ業界の中で何度も目にしてきました。自分もそうした人間になりかけたことがあります。

 

アニメ業界はさあ‥‥。凄く絵の上手い人・技量の優れた人で溢れているんですよ。他人を羨んでばかりいたら、いつまでも自虐からは逃れられませんよ。

 

覚悟しましょう。今、138億年に一度だけ存在している自分の命なんですから。

 

「これだけは他人に負けない」「天才にはなれなくても、奇才になってやる」「自分は転んだり遠回りばかりしたが、転ばず近道してきた人に比べて、より多くの経験と知識はある」‥‥みたいな、「自分のココロのよりどころ」を「自分の実体験から研ぎ澄まして」形成するよう努めれば良いのです。

 

 

 

アラウンド40の男が「結婚できない」とか日頃からツイートしてて、その「できない」という思考がどんどん自分から自信をそぎ落とし、「自分に自信がもてない頼りない人」オーラを女性にも発散して「対象」から外される‥‥なんてこともあると思いますヨ。

 

泣いてわめけば、母親がかまってくれるのは小学生までです。

 

金も能力もキャリアもなく、自信がないことでウジウジしているアラウンド40〜50のオトコに、女性が母性本能だけをMAXに発動させて歩み寄ってきて「あなたはダメな人。是非、私と結婚しましょう」‥‥なんて「あるわけないじゃん」です。

 

 

 

それにさ‥‥。自信がない‥‥なんて、誰しも抱えていることです。

 

自分を信じる? ‥‥誰しも、自分が死んでしまったら、自分を信じることなどできないですよネ。

 

人には「死」という絶対的な「自信喪失」の運命が待ち構えているのですから、生きているうちは「自信を否定」するより「自信を肯定」して、肯定するためにどんどんアクションすれば良いと思いますけどね。

 

 

 

自虐ボケは、極めて近しい人に、オフラインで、たまに「弱音」を吐いて甘える時だけにしておきましょう。

 

自虐ボケによって、相手に「この人って、ものすごく謙虚な人」と感じてもらえると想定するのは、甚だ、ひとりよがりで無知な行為と思い知ったほうが良いです。

 

自分のできることをどんどん強く逞しく広く増やして、こころのうちに自信を蓄えていけば、いつしか自虐ボケだった過去から離れ、「肯定的に生きていける自分」へと変われる‥‥と過去を振り返っても思います。

 

 


ベクターでお絵描き

Concepts.appは、iPadで動作するベクターベースのドローソフトですが、テクスチャ付きの描線など豊富な機能によって、まるでビットマップで描いたかのようなニュアンスも可能です。

 

下弦の目の、ダヴィンチっぽいキャラを、Conceptsのベクター線だけで落書きしてみました。

 

*あ‥‥。「え」(=江面の頭文字)の署名書き忘れとる。絵にいちいちサインを入れる習慣が無いもんでなあ‥‥。

 

線だけでなく、色も何もかんも、ベクター線〜パスの線です。明暗の強弱も全てベクター線です。

 

昔の「ベクターの線は無機質」というイメージとはかけ離れた、現在のベクター線の世界。

 

iPad ProとApple Pencilがあれば、Procreateでビットマップ(ラスター)線も、Conceptsでベクター線も、自由自在に選択できて使えます。

 

 

 

iPad Proが描きにくいとかどうだの、Apple Pencilは何が使えないだの、文句ばかり言う人もおりましょうが、道具は「いいとこどり」をしてこそです。悪い点を論えば、完璧な道具なんてこの世に存在しないでしょうし。

 

ドローソフトも、インストールして何も調整しないでプリセットを使っていては、自分の思うような道具にはなりません。

 

自分の筆圧や手の速度に合わせてプリセットをカスタムし、同時に、ペンのプリセットに自分の手の動作を合わせて、相互に歩み寄ってこそ、道具は輝きを増します。

 

 

 

Conceptsはしばらく使っていますが、日頃からカジュアルにベクター線に慣れ親しめるので、オススメです。

 

たまにはアニメの作画から離れて、下書きなしでイッパツで、鉛筆線でなくインクペンのような線で描いてみると、絵を描く行為は改めて新鮮に感じられます。

 

アニメの線画だけで自分の絵の世界を封印しておくのはもったいないです。

 

他の画像お化粧ソフトで処理すれば、ちゃちゃっとこんな感じにも仕上げられます。

 

 

もとは、iPad ProとApple Pencil、Conceptsだけで描いた絵も、紙のテクスチャや滲みの効果を追加すれば、なんだかデッサン気分。

 

せっかく、絵を描ける能力を身につけたのなら、今の時代、色んな道具を使って、絵の世界を満喫しましょう。

 

138億年の一度しかない、自分の人生だもの。

 

 


Procreate、お絵かき三昧

このところ、クリスタやConcepts.appにうつつをぬかしてはいますが、Procrateは依然として快適なお絵かきツールであることに変わりありません。

 

今の本業の仕事は、とにかく集中度を要する内容なので、たまに童心に帰って、息抜きにProcreateで落書きするのもオツなものです。

 

私が少年時代に何度も読み返したコミックの絵を落書きしてみました。Procreateはレイテンシーが少ないので、ズバズバ快適に描けます。

 

まず、1973年の如月ハニーさん。

 

当時、チャンピオンコミックスで単行本が発売され、ちょうど私が小学校に上がった頃に、テレビでも放映されました。

ポイントはシンプルな目のデザイン、マズルの長い鼻、ぷっくりとした頬のライン、ズバっと太い主線ですかね。あともう何回か描けば、もっと細かい部分の特徴が捉えられると思います。

 

わたし的に、愛してやまない70年代のテイストたっぷりで、描いてて懐かしくてたまりませんでした。あの頃は今みたいにネットもなかったけど、それならそれで楽しい時代だったとも思います。

 

今は、こうしてネットもあって落書きを貼れるし、iPad ProとApple Pencilでいろんなテイストの絵を描けるし、楽しさでは負けてないですネ。

 

 

 

次に、私が大大大好きな「ふたりと5人」のおさむくんと先輩。そして、銀次郎っぽいキャラも。(特に硬派銀次郎を描こうとしたわけではないので、ふわっとしたキャラになってます)

 

*この頃(70年代)のキャラって、学生服と学帽が込みですよネ。学帽をかぶるだけで似た雰囲気が出てくことに、描いてて気付いて、驚きました。

 

Procreateの「ストリームライン」の数値を大きくすると、こうした勢いのあるタッチが気軽に描けます。

 

前に、ベルばらのオスカルを描いたのですが、根っこが少年誌の私ゆえ、非常に中途半端な出来になってしまいました。チャンピオンやジャンプの70年代のキャラは、素で描けるので「自分の生い立ち」をしみじみ実感します。「マーガレット」の絵は、素では出てこないんス。

 

とはいえ、上の落書きと比べて、Procreateでの描き方次第でどれだけ線の違いが出せるか、参考になるとは思います。オスカルもProcreateで書きました。

 

*私は、根が少年誌育ちだから、丁寧に描いても、描線の捌きがオトコ臭いのよ。‥‥池田理代子先生の優雅で軽やかな線は、わたし的に、相当練習が必要と思われます。

 

オスカルは、池田理代子先生のオリジナル版、姫野美智さんのカラーイラスト版、そして出崎演出(テレビシリーズ後半)の荒木伸吾さん版の3種を、改めてチャレンジしてみたいなと思います。

 

 

 

Procreate、Apple Pencil、そしてiPad Pro 12.9インチ。

 

色んな絵が好きなように自由に描けます。

 

画具にストレス、全く無し!

 

70年代の昔も善き時代でしたが、今も良い時代ですね。

 

 


お盆

この10年くらい、お盆休みはとったことがないですし、とりたいとも思いません。あくまで私の心情の話で。

 

夏を休むにしても、お盆は外したいです。なぜかって、道が混むから。‥‥お盆の高速道路は、何十キロも繋がる恐ろしい渋滞を引き起こしますもんネ。

 

それに、やりたいこと、やるべきことが沢山あって、今は全く自分の意思において休みたいと思わないのです。

 

時間って、等価ではなく、ものすごく濃密な1ヶ月もあれば、人生の転換を運命付ける1ヶ月もありますし、一生忘れ得ない1ヶ月もあります。もちろん、スカスカの1ヶ月もありますが、そのスカスカ加減は後で振り返れば、とても意味のあるスカスカだったことにも気づきます。

 

 

 

昨日は「世界の猫の日」だったとか。

 

ぼーっと、何もせず、昼間から寝転がって、ふと、ネコがトストスと歩み寄ってきて、こてんと横に寝転がって、一人と一匹で、ただ時間が過ぎていくだけの日‥‥というのも良いです。

 

不思議ですよね。

 

言葉も通じないネコと、一緒に時間が過ぎ去っていくのを感じ、時が過ぎ去るままに許容して、テキトーになすがままに1日が過ぎていく‥‥なんてね。

 

ネコって、言葉が通じないからこそ、良いんだと思ってます。言葉に邪魔されずに済みます。

 

夏の暑い日に、クーラーをかけて、猫と寝転んで過ごすのは、怠惰なように見えますが、猫が死んで地上から消え去った後では、何にも代えがたい、かけがえのない時間だったと思うばかりです。

 

 

 

お盆で家族が集まるのも良いです。猫とぬぼ〜っと過ごす夏も良いです。

 

その時々で、お盆の過ごしかたは色々あって良いと思います。

 

今の私は、今しかできないことをやるのです。

 

 


Su-57

スホーイのステルス戦闘機、Su-57の1/72モデルがズベズダから発売されるようです。

 

これ。

 

 

 

「T-50」の名前のほうが通りが良いかも知れませんネ。どうやら、ロシア空軍が正式に発注したとのことで、スホーイの「Su」ナンバーへと呼び名を変えたんでしょうかね。

 

2019/8/31発売とのことで、現在アマゾンで予約を受付中です。

 

 

 

ちなみに、私はソビエト・ロシアのジェット機が他国に劣らぬほど好きで、古くはIL-28、新しくはこのSu-57(PAK FA)もプラモキットを所有しております。IL-28は1/100、1/72、1/48の各スケールをいくつか揃えています。IL-28はグーグルの地図で、今でも北朝鮮の基地に駐機しているのが見えますヨ。ロシアの基地にはMIG-31も見えます。

 

*上面の形ですぐにIL-28だとわかる独特のシルエット。

 

MIG-31は派生元のMIG-25と似てるかなと思いきや、主翼と胴体のバランスがかなり異なるので、すぐに判別できますネ。

 

 


CS6ショック。

ツイッターでも伝聞でも、最近「CS6から最新のAfter Effectsに乗り換えて戸惑う」ようなことを聞きます。

 

まあ、そりゃあ‥‥CS6のままで今まで来ちゃったんだもん。それなりのギャップというか、ショックはありますよネ。

 

確かにCC 2019は色々と問題はありますが、2018はまともに動いてます。実際に運用しているので実績もあります。

 

 

 

安易に「仕事で使えない認定」をしないように。

 

そもそも、CS6で今まで使い続けたこと自体が、かなりヤバい運用だったと気付きましょう。

 

CS6から一足飛びにCC2019までジャンプしたら、様々な動作の変化のうち、何がCC2019固有の問題で、何が最近のバージョンの傾向かも判断できませんよネ。

 

定期的にバージョンアップすることで容易に判断できる障害も、CS6からいきなり最新バージョンに‥‥だと混乱して解りません。浦島太郎が玉手箱を開けて瞬時に老けて、訳も分からず途方にくれるが如くです。

 

 

 

CS6 to CC2018 ,2019の程度で騒いでいたら、この後に来る4KやHDRやベクター階調トレスなどの新技術には到底ついていけませんヨ。

 

今までの慣習は古い慣習だと覚悟して、心を新たに未来にのぞみましょう。

 

CS6ショックが当面イタくても、傷はやがて癒えて、新しい道を歩む活力も湧いてきます。

 

 

 

ぶっちゃけ、何よりも重要で大切なことは、古いプライドを捨てて、新しい世界で新しい自信を築けるかどうか、なんですよネ。

 

昔のAfter Effectsのことを思い出してブツクサ言ってても、どうにもならんじゃん。

 

今と未来を生きるために、古い夢は置いていきましょう。(999の歌みたいだけど)

 

 

 



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