炭水化物系とタンパク質系の知識

業界の独特な時間進行に慣れきって、さらにはパソコンに向かう毎日を続けて、人生40余年。そろそろ生活習慣にワンシフト加えたいキモチになってきました。食事も、少なくとも炭水化物(ひいては糖質)の摂取量に気が回ってくるようになりました。

また、技術の転換期を迎えようとする中、ふと、技術って、炭水化物的な知識と、タンパク質的な技術があって、両方は似ているようで機能は全く異なるんだな‥‥としみじみ思いました。

炭水化物系の技術‥‥すなわち、即、エネルギーとして活用される知識や技術は、業界に入ってからたくさん「摂取」するようになりました。炭水化物や糖のように、今すぐ必要で即効で役に立つ知識は、作業現場で得ることができます。

では、タンパク質的な技術や知識ってなんだろう‥‥と考えると、オフライン(=プライベートな時間)の趣味とか、当座は仕事に関連しないけど、「そのうち役にたつ」であろう知識です。

すなわち、仕事で目一杯になる社会人になると、炭水化物系の技術はどんどん摂取し消費するけども、タンパク質系の技術は中々蓄積していかない‥‥とも言えます。

つまり、タンパク質系技術を摂取するのは、子供の頃、学生の頃がメインになると言うことです。

‥‥で、中堅の作業者になってくると、現場で消費される技術だけでは頭角をあらわすことは難しく(数だけが物言う現場や年功序列な現場ならまだしも)、以前に身につけておいた筋力、要はタンパク質を摂取した子供時代・学生時代の蓄積が、ものを言うようになるわけです。

ここはこんな見せ方が良い、こんな表現もある‥‥と、アイデアが湧き出してくるのは、子供の頃に好きだった絵本や学生時代に取り組んだ自由課題が源泉だったりするのです。

炭水化物系の知識だけだと、人生の中期以降に息切れしてきます。現場促成の技術で経験値は積むことはできても、「アイデア力」「発想力」といったキーマンに要求される素養は一向に身につかず、単に「出来高だけを期待される戦力」としての自分しか見出すことが出来ません。40〜50代に誰しも実感することでしょう。

おそらく、40〜50代に求められる「現場の資質」とは、アイデア力と現場の豊富な経験値に支えられた統率力だと思います。炭水化物系知識だけでなく、日頃からタンパク質系知識も意識的に摂取しておかないと、映像制作者としての身体は形成できません。

今、つくづく、子供の頃に絵本やレコードに親しんでいて良かったと思いますし、市の図書館に画集があって良かったと思いますし、学生時代に油絵やバンドをやっていて良かったと思います。全部、モロに今の自分に活きていますもんネ。

学生時代に焦って、「即戦力になろう!」と頑張るのは、実は私がそう思い込んでたのでよくわかるのですが、アマチュア時代の人聞きの即戦力知識など大した役には立ちません。現場に入れば半年で生身で覚えられるのですから。
*アマチュア時代って、会社の求める「即戦力」のフレーズを深刻に受け止めすぎちゃうのですが、ぶっちゃけ、実際の仕事をすれば「イヤでも覚えざる得ない」ので、アマチュア時代にやっておくべき事って、即戦力のための勉強じゃないんだよね。それに、「新人募集」しておいて「即戦力」なんてあり得ないわけですから(だったら、最初から「経験者に限る」と書くよね)、「即戦力」って要は「即戦力になれるくらいのガッツと、機転の利く人間がイイ」と言ってるわけです。

逆に今の私に、とてつもなく重要な知識は、あらゆる時代のあらゆる国の画家たちの画集を図書館から借りまくった事や、業界に入ってから趣味でフィルム写真をアホほど撮りまくった事、音楽のアナリーゼらしきものに熱中した事です。仕事には直接結びつかない色々な事が、今の自分の役どころを支えているのです。

ただまあ、999の鉄朗くんが大人たちの言葉に上の空だったように、当時の私も、がむしゃらに走るだけだった‥‥とは思います。

それでもあえて言うのなら、ひと言。‥‥走り続けたいのなら「タンパク質を摂れ」‥‥です。

Amazon中古ストア

古本‥‥ではなくて、様々な中古商品を取り扱い始めたようです。その名も「アマゾン中古ストア」。‥‥と言っても、中身を覗いてみると、単に今まで扱っていたショップ委託販売の中古商品を集めているだけのような‥‥。

しかし、改めてアマゾンのラインアップを覗いてみると、何と乗用車まで取り扱っているんですネ。33万円の平成17年型のマーチとか。

33万円のマーチ。関東への配送料無料。2〜3週間以内に発送。‥‥普通の商品と扱われ方が同じなのが、何とも。

陸運局とかへの登録とかは自分でやるんでしょうかね。「コミコミ価格」はどこまでコミコミなのか。

エレキギターやエフェクターの中古もあるようですが、ボリュームポットの交換等をいざとなれば自分で出来る人じゃないと、結構コワい気がします。あからさまに消耗パーツですもんネ。MXRの「ダイナコンプ」が8,000円か‥‥。とびきり安いわけではないスね。

シンセは、やっぱりと言えばやっぱり、ビンテージ系はそんなに安くはないですネ。JUNO-6とかSH-101とかが10万円、MONOPOLYは17万円。デジタル波形のシンセは当時の価格の1/10以下とかでも売ってますが、アナログシンセは根強い人気があります。アナログシンセの「電気回路に通電して音を出してる」感は、デジタルには無い魅力ですもんネ。

DX-7は24,800円か。初音ミクのオリジナルカラーになったシンセですよネ。オンタイムだった私は何よりも「TOTO」を思い出します。DX-21とか27でなく(DX-21は持ってた)、「80年代の音」を体現するDX-7はいつか欲しいんですけど、道楽以外の何物でもないので(本当に音が必要だったらLogicなどで呼び出し可能なエミュレータを買うべき)、今は我慢しときます。

中古のデジカメとかは、「ちゃんと動いてくれれば」結構お得な買い物かも知れません。よほど画素数が低くなければ、メモカメラ程度には十分使えますもんネ。実際、私がブログに写真をアップする際に、手元に置いてあるメモ用カメラは、もう7年くらい前のデジカメです。

実店舗という存在がどんどん希薄になっていきますが、それは商品販売全体に言える、時代が進んで変化するがゆえの宿命とも言えます。ただ、どんなに通販が発達しても、店舗じゃないと手に入らないものもあります。通販は万能ではないですもんネ。

パントリーといい、ビデオ配信サービスといい、アマゾンはどこまで手を広げるんでしょうね。

Amazon パントリー

「Amazonパントリー」なる新サービスが始まったようです。どんな小物でも定型の箱に詰められるだけ詰めて、送料290円で配送してくれるサービスです。

今まで小物過ぎて、通販だと買い難かった商品も、まとめ買いする事で手軽にサービスを活用できる‥‥というわけです。それぞれの商品には箱の占有率を示す「%表示」があるので、100%以内ならどんどん詰めていけるという注文の仕組みなんでしょうネ。

気になる単体の商品のお値段ですが‥‥

サントリーの金麦350mlが130円
クリネックスティッシュが5箱パックで248円

‥‥と、スーパーの通常価格を知っていれば、「特売には負けるけど、安めではある」感じなのが分かります。
*私はスーパーが好きで、旅行をするとその地元のスーパーに行くのを楽しみにしております。また、伊丹監督で好きな映画は「スーパーの女」で、サントラの楽しい音楽も良いですネ。

まあ、生鮮食品は通常配送(クール便ではない)なので無理でしょうから、頻繁にスーパーに行く人にはあまり響かないサービスかもしれませんが、20〜30代で働き盛りの独身・一人暮らしの人は、結構便利なサービスのようにも思います。また、過疎地で豊富に物品が手に入らないような地域でも、もしかしたら使い道があるかも知れませんネ。

ただ、まだ扱う品目が少なく、例えばキャットフードは「サイエンスダイエット」「ロイヤルカナン」などを網羅しておらず、アマゾンプライムや他のショップとの併用が必要でしょう。

しかしまあ、どんどんサービスが増えて便利なって、社会も少しずつ変化していきますネ。

思い起こせば、変化しなかった社会などなかったわけです。昭和が良かったという人もいれば、その昔は明治は良かったなんて言う人もいたでしょう。江戸時代生まれの人から見れば、明治生まれの人間は開国で浮かれているようにも見えたかも知れません。

自分の生まれ育った時代に愛着をもつのはごく自然なことですが、一方で、どのように時代が変化しているのかも、フラットにクールに見定める必要があるんでしょうネ。

Wikipedia

Wikipediaは現代の辞書ともいうべき、頼りになる知識の宝庫ですが、私は利用する際に必ず気をつけている事があります。それは、内容が不正確なことも多々存在し、文責の所在があいまいで希薄だという事です。内容の信憑性が低い可能性があり、文責の所在がはっきりしない‥‥というのは、そもそも参考文献として致命的ではあるのですが、Wikipediaはそうした致命的な部分を逆手にとって内容の充実を図っているとも思えますので、あくまで「Wikipediaを参照する側のスタンス」が問われると感じています。

例えば、アニメ作品の記述で「HD解像度で作業された」などの記述をたまに見かけますが、少なくとも2007〜8年までは劇場アニメに関してはHDではなくアメリカンビスタの画面縦横比で作業される事も多く、またラボや劇場も上映サイズはあくまでビスタかシネスコで、HDの16:9の場合は、僅かなレターボックスになる事が多かったのです。そして、HDの「解像度」でスキャン当初から作業している制作会社は稀で、「HD解像度で作業された」と書くと事実と異なってしまう事例も数多く存在します。実際、私が画像解像度の出力寸法制定に関わった作品でも、「HD解像度で制作された」と書かれているのを見かけた事があり、Wikipediaの記述を全面的に信頼して鵜呑みにするのは、危険な事だな‥‥と感じた事がありました。

自分の関わった物事に関する記事は内容の相違をジャッジできますが、他の記事に関しては知る由もありません。

つまり、Wikipediaを使う際は、他の文献も複数検証して、内容の「共通性」を確認したのちに用いるか、そもそも「話半分」くらいのスタンスで用いるか、使う側の冷静さが必要になってくるのでしょう。

以前に引用したインパール作戦のWikipediaの一節で、牟田口陸軍第15軍司令官が口頭で訓示したと記述される箇所に関して、私は最初、目を疑ったのですが、それは「本当にこんなヤツが司令官だったのか? 喋った内容は本当に確かなのか?」という信憑性の可否によるものでした。ごく普通に、冷静に考えて、以下引用のような事を泣きながら訓示するような人間が、軍集団の「司令官に任命される人事が実行されたこと」が、まず何よりも信じられなかったからです。

 

7月10日、司令官であった牟田口は、自らが建立させた遥拝所に幹部を集め、泣きながら次のように訓示した。

「諸君、佐藤烈兵団長は、軍命に背きコヒマ方面の戦線を放棄した。食う物がないから戦争は出来んと言って勝手に退りよった。これが皇軍か。皇軍は食う物がなくても戦いをしなければならないのだ。兵器がない、やれ弾丸がない、食う物がないなどは戦いを放棄する理由にならぬ。弾丸がなかったら銃剣があるじゃないか。銃剣がなくなれば、腕でいくんじゃ。腕もなくなったら足で蹴れ。足もやられたら口で噛みついて行け。日本男子には大和魂があるということを忘れちゃいかん。日本は神州である。神々が守って下さる…」[37]

退却戦に入っても日本軍兵士達は飢えに苦しみ、陸と空からイギリス軍の攻撃を受け、衰弱してマラリア赤痢に罹患した者は、次々と脱落していった。退却路に沿って延々と続く、の湧いた餓死者の腐乱死体や、風雨に洗われた白骨が横たわるむごたらしい有様を、日本兵は「白骨街道」若しくは「靖国街道」と呼んだと三村秀氏は主張している。イギリス軍の機動兵力で後退路はしばしば寸断される中、力尽きた戦友の白骨が後続部隊の道しるべになることすらあった。



この文面の「口語風」の文章は、誰がどのように聞き取ったのか? 映像か音声が現存していて、そこからの文字起こしなのか? その場に居合わせた人間の回想だとしたら、その記憶はどれだけ正確か?

この牟田口氏の「訓示」を読んで、「ムキー!」となる人は多いでしょうが、まずムキッとなる前に、この文章の信憑性についての許容を自分の中にバッファしておかなければならないでしょう。私が信頼してきた年長の方は、何を吹聴されても同調せず、まずは事実を確認しようとします。私もそうでありたいと思うのです。

この口頭による訓示は、「責任なき戦場」206頁に記載されている‥‥とWikipediaの脚注は引用元を示していますが、その書籍「責任なき戦場」は同名のNHK特集の放映後、角川出版から出版されたもののようです。つまり、多少のバイアスは作用しているとみたほうが、自然でしょう。
*1994年放送の「責任なき戦場」は私も視聴しており、8mmビデオに録画して何回か見たので、記憶に残っています。

インパール作戦の概要と歴史的事実、そしてNHK特集の平均的な信頼性を鑑みて、「おおむね、牟田口氏の言った内容は、そんな感じだった」くらいには考えて良い‥‥とは思えるわけです。

まあ、要はWikipediaも、他のネットの情報と同様、最終的には情報を使う側のジャッジ能力と運用能力が問われるのでしょうネ。


しかし‥‥なあ、インパール作戦。作戦トップの司令官である牟田口中将の個人の責任と人間性・才能の問題は、私が思うに原因の3〜5割くらいに思えます。何よりも、牟田口氏を司令官として作戦トップに据えた人事とその人事に至る組織構造が、原因の7割くらいを占めると思いますヨ。人を悪者にするのは容易いですが、その悪者を許容し権限を与え物事を実行させた「組織の悪」が、一番、凶悪で凶暴なんじゃないでしょうかネ。

その「組織の悪」は、その組織構造ゆえに同じ事を人と品を変えて延々と繰り返すのです。「であるならば、構造改革を」とか言いますが、バカを言ってはいけません。その組織は、自らを滅ぼす改革などを受け入れるわけはないのですから、構造が変わるときは組織が完全に解体される時なのです。思うに、構造は「改革する」ものではなく、「解体して、作り直す」ものなのです。それは無条件降伏と占領政策を経た戦後を生きる我々が、一番よく知っている事ではないですか。

私も「構造改革」を夢見た時期はありましたが、どうも「ダメポ」ですネ。そもそも、時代の技術的なムーブメントによって、構造の足場が地崩れしそうな未来だからです。どんなに家の中身を住みやすく変えても、家自体が波に流されて倒壊するのだとしたら、新しい場所に新しい家を建てるしかないですもんネ。

身内それぞれの戦争

私がなぜ、ここまで戦争に興味を抱くのか。小学3年生くらいの頃に「キノコ雲」を描いた事がありますし(その後のエフェクト作画に通づるものがありますネ‥‥)、戦艦武蔵の悲壮な戦記を同じ年頃に読んでいました。

思うに、少なからず、両親の間接的な影響が作用しているのだと思います。

私の父は、以前にも書いた事がありますが、父親(私にとっては祖父)を戦死で失っており、戦後まもなく母親も他界したため、実質として戦争孤児でした。終戦の2ヶ月くらい前に南方に送られる輸送船が撃沈され、命を失った‥‥との事です。父は度々「あと数ヶ月終戦が早ければ」と言いますし、実際、戦死で父親を失わなければ、私の父の人生も大きく変わっていた事でしょう。という事は、私の人生も変わっていたかも知れませんし、そもそも私は生まれていなかったのかも知れませんネ。

父は、自身の父母の墓を顧みようとせず、戦後70年が経過しました。そして、その顧みない理由を一切語ろうとしません。堅く口を閉ざしている事自体が、何かを物語っているようにも思えますが、明確な理由はわかりません。ただ、父が顧みないまま天寿を全うした際は、祖父母も含めて「改葬」という事になるのでしょう。

私の母親の父(私とっての母方の祖父)は、浅草育ちで戦前・戦時中は高円寺に居を構えており、三鷹・武蔵野市の中島製作所に勤務していたらしいです。図面を引いていた‥‥との事で、航空機の設計には数千枚に及ぶ図面が必要ですから、恐らくそうした図面作成の作業に就いていたのだと思います。一旦、招集されて戦地(もしくは内地の駐屯地)に行ったものの、呼び戻されてまた中島製作所に勤務し、空襲が激しくなると群馬に疎開したと聞きます。

幼かった母の記憶は、戦地から戻った父親が日焼けして別人のようで怖かった‥‥と言うのと、街が真っ赤に燃えていた記憶があるとの事です。3月10日の大空襲で、確かに高円寺のわずかな部分は爆撃を免れており、母が東京大空襲に居合わせた可能性もありますが、既に疎開して高崎の空襲によって赤く照らされる夜空を遠くの街から見ていた可能性もあります。なにぶん、小さい頃の事(満5歳)だったので、詳しくは覚えていないようです。

どんな国に限らず、市街地への空襲って、冷静に考えてみれば、ものすごい事です。だって、「人を殺すために、空から爆弾を落とす」のですから。映画やゲームやアニメじゃなくて、現実として。

ガチで、殺すために焼夷弾を落とす。‥‥凄惨‥‥としか言いようがありません。軍需施設を破壊する際に、人も巻き込まれた‥‥のではなく、明確に「女子供老人を殺しに、殺人者たちの集団が空からやってくる」のです。

その空襲から逃れるために、母の一家は群馬に疎開するのですが、疎開先の学校で随分と辛いイジメにあったようです。「疎開者が歯を出して笑うな」と戒められる事もあったとか。

私は、母親が高円寺・浅草の空襲地区の生まれ育ちと疎開経験者、父親が戦争孤児だったがゆえに、何か、リアルなものを小さい頃から感じていたのかも知れませんネ。

まあ、だから、私の戦争に関する感慨というものは、少々(大分?)他の人より強いのでしょうね。

そして、戦後生まれの私。

スピルバーグの「太陽の帝国」におけるジム少年が日本軍をヒーローだと思っていたように、私にとっての太陽の帝国は、アメリカなのです。‥‥考えてみれば、なんというアンビバレンツ。しかし、戦後の昭和生まれの人々は、大小の差こそあれ、似たようなアンビバレンツを抱えているんじゃないでしょうかネ。

「占領政策の申し子め」とか言われそうですが、戦前戦中の人間とはどうしても意をひとつにはできません。これは宿命としか言えないです。

父母にとっての戦争、そして私の中のアメリカの存在。死ぬまで考え続ける、まさに「命題」なのでしょう。

加えて知っておきたい太平洋戦史

今年は戦後70年という事で、終戦日前後で色々な戦争ドキュメンタリーが放送されましたが、真珠湾攻撃、硫黄島の戦いや沖縄戦、特別攻撃隊、そして原子爆弾投下などの当然知っておくべき知識以外にも、さらなる知識として加えておきたい戦史はまだあります。

その中でも、日本人なら知っておくべき、そして現在未来に教訓として活かせる3つの戦史・出来事があります。
 
この3つを少しでも調べてみれば、現代も変わらぬ身近な存在としての日本人、そして同時に、相対した欧米人の性質・思想も見えてきます。
*追記:8/15の「私たちに戦争を教えてください」という番組で、3つとも特集されていましたネ。より詳しく知りたい場合は、去年のNHK特集を見てみるのも良いと思います。特にペリリュー島のNHK特集は、貴重なフィルム映像で構成されています。

これらは、漠然と「平和」と唱えるために学ぶのではなく、むしろ、自分のいちばん身近な仕事にも活かせる事のほうが大きいです。インパール作戦のような作業計画、ペリリュー島のような制作現場、そして、東京大空襲のような‥‥はもう少し未来の話‥‥かも知れませんが、要は現代でも構造が似ている事例が沢山あるわけです。「スケールや要素を置き換えると、そっくり」と言えるような。

「昔の軍人は愚かだった」と言えるほど、2015年現在の我々は賢くなっているのでしょうかネ?  軍部で計画立案する人材は、当時の社会有数のエリートでしたからネ。

戦史の分析は、ある種、「後出しじゃんけん」みたいなものですから、負けた状況の後で「だから負けたんだ」なんて、ぶっちゃけ誰にでも言える事なのです。

戦史を分析して学んで、リアルタイムに動き続ける現在に活かすのは、実は中々に難しい事なのです。

ですから、何かプロジェクトを動かそうとする時に、「戦術論」「戦争論」を下地を持たずに、「部活ノリ」の感覚しか持たなければ、どのような現場の制作体制になるかは、推して知るべし。

テレビシリーズで1話にDB(ダビング)を3回もやるのなんて、愚行そのものでしょうし、とりあえずリテークを作業させておいて、差し替えられれば差し替える‥‥だなんて、兵士を無駄死の戦場に送った士官そのものでしょう。

世間の中には、「アニメ現場の若い世代が犠牲になっている」みたいに書く人もいますけど、実際、若い制作スタッフが無駄なオフライン素材やリテーク作業を乱発している状況を耳にすると、「若い云々の話じゃないな」と思います。日本人の本質、合理性よりも空気を読む事に専念してしまう国民性を見る思いです。70年前、御前会議で陸海軍のトップが「空気を読んで」合理性を取らなかったエピソードは、実は現代日本にも通じている日本人の気質なのでしょうネ。

空気を読むのは、日本人の美徳でもあります。でもね‥‥、戦場や仕事場で、それをすると、どうなるのか‥‥という事です。実際の戦史が示す通り、空気を読んだ人々は見守るだけで、実際に苦しむのは実際に現場で作業する老若男女です。

戦史から現代に応用できる事は、たくさんあるのです。

それに‥‥です。「戦争の事を知らないから、自分は平和な人間だ」という人がいますが、それは真逆な考え方だと思っています。戦争の知識を持たなければ、容易に引き込まれるのです。オレオレ詐欺の被害にあうご老人のように‥‥です。詐欺の手口を知れば、詐欺の場面で少なくとも「おかしいぞ」と感じるわけです。同じように、「戦争の手口」を知る事で、「なんか、世間が変なムードになっていないか」と気づく事ができるかも知れません。

特攻隊や原爆の一般知識に加えて、少なくとも、上記3つの戦記に(Wikipediaでも良いから)目を通せば、思考空間を広げる事ができると思います。



追記:

しっかし、インパール作戦は、Wikipediaを読むだけでイライラムカムカする顛末ですネ。以下引用。
 

7月10日、司令官であった牟田口は、自らが建立させた遥拝所に幹部を集め、泣きながら次のように訓示した。

「諸君、佐藤烈兵団長は、軍命に背きコヒマ方面の戦線を放棄した。食う物がないから戦争は出来んと言って勝手に退りよった。これが皇軍か。皇軍は食う物がなくても戦いをしなければならないのだ。兵器がない、やれ弾丸がない、食う物がないなどは戦いを放棄する理由にならぬ。弾丸がなかったら銃剣があるじゃないか。銃剣がなくなれば、腕でいくんじゃ。腕もなくなったら足で蹴れ。足もやられたら口で噛みついて行け。日本男子には大和魂があるということを忘れちゃいかん。日本は神州である。神々が守って下さる…」

これが司令官の言う事かネ。作戦トップの人間が、本当にこんな事なのだとしたら、もうどうにも、負けるだけの戦争だった‥‥のでしょうね。兵士が浮かばれないです。‥‥まさか、いくらブラックと揶揄されるアニメ業界でも、こんな事を言う監督やプロデューサーはいない‥‥と信じたい。
 

節目の8/15

実は、終戦70年目の昨日、長引いた熱中症(的なもの)で病院にいき、生理食塩水の点滴を2本注入してまいりました。純粋な熱中症というよりは、熱中症的なきっかけが、今までの私の健康管理の問題点を浮き彫りにした形となり、コンピュータの前に座り続ける「もやし者」の生活習慣の悪さを深く自覚した次第です。

コンピュータが正常に動作する環境は、人間が汗をかかない環境でもあり、ゆえに、発汗の機能が衰えた体質になりやすい‥‥らしいです。つまり、自律神経が錆びついてうまく働かず、ちょっとした事で体調を崩しがちになるのです。たしかに、体調が悪かったこの1週間、体が熱いのに平熱、その体で毛布にくるまっても熱さだけ感じるものの汗は出ない‥‥という、いかにも「体のOS」が不調な感じでした。コンピュータだったら、HDDを交換してOSを再インストールすれば済みますが、人間はそうはいきません。

残りの半生、今までと同じ生き方では、うまくいかないな‥‥と実感しました。意識を変える節目として、8/15はとても覚えやすい日です。希しくも‥‥ですが。

私にはまだ成し遂げたい事がいくつもあるので、惰性で同じ生活習慣を続けて、健康面で破綻していては、そもそも、ものごとを実行して成し遂げられません。「アニメバカ一代」的な無謀な生活習慣を改める、潮時、節目なのでしょうネ。


私が今までに書いてきた「成し遂げたい事」、すなわち「新しいアニメーション技術」や「辞めようと思わない現場作り」は、ある人にとっては鼻で笑うような事だと思っています。ただ、そういう人は、いつまでも1.3Kと8fpsの動きでアニメを作り続けるでしょうし、人がどんどん辞めていく現場を持続していくのでしょう。そういう人々からすれば、私の言っている事は、「夢」としか受け取れませんよネ。

でも実は、私も、妙に大プロジェクト化するよりも、ノーマークで注目されないほうが「都合が良くてやりやすい」と思っています。これは以前の経験に照らし合わせて。

鳴り物入りで立ち上げて、何かを作り上げる前から各社各人の思惑が錯綜する、「取り回しがやりにくいプロジェクト」よりも、鼻で笑われたり半信半疑で見られるくらいのほうが、実は自由に軽快に状況を育めるのです。

私の実感として、デカくなっちゃったプロジェクトは、それだけで頓挫しやすい‥‥と感じています。逆に、小規模で軽いプロジェクトのほうが、その後の大きな起爆剤になるとも実感しています。何度となく、そんな事を経験しましたからネ。

意外に思うかもしれませんが、現在主流の「デジタルアニメーション(=2000年当時のキャッチフレーズ)」の制作技法は、最初はほとんどの業界人がノーマークだったのです。フィルムとセル絵具の永続性を信じて疑わない人々がほとんどでした。そして「デジタルアニメーション」の中にあっても、例えばAfter Effectsを使う撮影方法は、マイノリティもマイノリティで、2000年初頭の頃は「アニメの撮影はレタスで」なんて言われてたのです。もちろん私は、その当時からAfter Effectsで完結する方法をずっと模索しており、テキストベースのタイムリマップキーフレームデータなどを運用する手法を徐々に確立していきました。

コアレタスは、合理的でなかったのです。コンピュータを用いたコンポジット&ビジュアルエフェクトで今までにない様々な映像効果を盛り込める状況を手にしたのに、コアレタスの設計の基本は旧来アニメの撮影処理を踏襲する事が主でした。つまり、コンピュータの能力を旧来アニメの枠に閉じ込めるような構造だったのです。そして、その非合理構造は、もろに「完成品」に表れたのです。ゆえに、レタスで撮影する事例が消滅していったのでしょう。

コアレタスの顛末ってさ‥‥。現在と未来の何かを暗示してない?

いつの時代もそうですが、こうした論拠を示しても、人々の頭は簡単に切り替わらないものです。でも、それでいいと思います。そのほうが「事を動かす」には都合が良いのです。

日和見をする多くの人が想像できない新しい合理性をもった小規模プロジェクト。それが重要なのです。日和見層から怪訝に思われ近寄りがたい事が、ある種、先進性・合理性のバロメーターなんですよネ。


でもしかし、自分の体をちゃんと維持しないと、どんな計画を立てても実行できなくなるな‥‥と、ぶら下がる点滴の袋を見ながら考えておりました。まあ、私自身の健康管理も、ちょうど良い潮時なのでしょう。糖尿病になってしまうと行動が鈍くなって、快活に事を進行できなくなってマズいしね。

終戦70年

今日は終戦後70年の節目の日ですが、インパール作戦などのドキュメンタリー番組を見ると、日本人ってどんなに生まれ変わっても日本人だな‥‥と思います。インパール作戦みたいなアニメ制作状況って、今でも耳にしますし、それをここ10年くらいでアニメ制作慣れした30代の若い世代が主導してたりするのを見ると、歴史は姿を変えて繰り返されるものだな‥‥と思います。

戦時教育とは無縁の、平成生まれの人間にも脈々と受け継がれる、日本人気質。戦争を忌むばかりで学ぼうとしなければ、似たような事を自分たちのフィールドで、知らぬうちに、無意識に、再演してしまうのかも知れません。

期間も作業費も同一で、どんどん細かく面倒な作業内容へと邁進する業界。10+10+10+10+10=20だ、計算のツジツマの合わない30は気合と根性でカバーだ!‥‥という、重い火砲を人足で運んで高山を越えようとしたインパール作戦的発想と状況が、業界のそこかしこから聞こえてきます。

‥‥なので、まさに日本が敗戦したように、アニメ業界の構造も、行き着くところまで行くことが、まずは必要なのだろう‥‥と思っています。

業界が何処に行き着くのかは、皆が「時代の証人」となっていくのでしょう。

アラウンド50の人々は、如何にして「自分たちのやりかたで、逃げ切るか」を考えているかも知れません。20〜30代の若い世代は、破綻しつつある「2005年移行のアニメ制作スタイルを如何にして持続させるか」を考えているかも知れません。

私の最大の関心ごとは、如何に上手いタイミングで、アニメーション技術の新しいパラダイムへと移行するかです。逃げ切りも持続も有りません。包括的なアニメ技術のパラダイムシフトあるのみです。

かつての日本の社会がそうであったように、アニメ業界の戦陣訓に縛られた強固な枠組みが崩れてこそ、新しい未来が開けるのでしょうネ。



 

絶滅と進化

再放送で見た「地球大進化」という番組で、地球の進化の過程で、生命にとって「絶滅」に等しい試練の時期があったからこそ、高度な進化を遂げた‥‥みたいな事を言ってたのですが、これはなるほど、他にも当てはまる事だなと感じ入りました。

その番組では、直径500kmクラスの隕石衝突が過去に数回あった事、全球凍結と呼ばれるあまりにも過酷な氷河期が2回あった事、それによって、地球は自らの姿を作り上げ、生命の高度な発達の大イベントとなった事を説明していました。

母の胎内のように穏やかな場所では生命は進化しなかった‥‥絶滅級の過酷な試練があったからこそ進化できた‥‥と語る内容は、様々な事柄に当てはまるのでしょう。

たしかに、大きな問題も発生せず、なんとなく過ごせる時期というのは、増殖こそ促進するものの、大きな技術進化は停滞してしまうものです。アニメ業界で言えば、「デジタルアニメーション」の基礎が確立された後の、2003年から2015年の12年くらいはまさにそんな「停滞」の時期だったのでしょう。

そして2015年以降の未来。今度は「聖域」と呼ばれていた作画、そして演出にも、大きな技術進化のイベントが到来すると感じています。これは自分のキモチではなく、世間・周囲の「時代の流れ」として、です。

「ああ、それがデジタル作画ね」と考える人もいるかも知れませんが、業界の呼ぶところの「デジタル作画」すなわちペンタブ作画は、大きな技術進化と呼べるのか、私はどうも違うように感じています。なぜって、「デジタル作画」絡みの技術は現場の内輪の都合が主で、技術進化が作品に表出していないからです。

24fpsベースで、秒間8〜12枚の絵で動かすのはそのまま、キャラのデザイン傾向も特に変わるわけではない、大解像度を活かす手立ては未だ存在せず、よって、企画やストーリー、演出技法も旧来の延長線上を踏襲する。‥‥ペンタブに持ち替えても、絵的にはほとんど何も進化していません。

私を含め、何人かは模索&実行中だとは思いますが、新たな作画の技術は、今までの風習や価値観を「絶滅」させるほどの「トータルリコール」が起こるのです。これは「映像作りの大地」とも言える部分が、コンピュータや高解像度時代へと大シフトしたからです。紙と鉛筆をペンタブに持ち替えた‥‥なんていうツールレベルのシフトではなく、アニメ作品制作の成り立ちをも大きく変える「大変動」なわけです。

「ペンタブか否か」なんて段階で足踏みをしている時点で、まだ旧世界の意識なのです。前世紀からペンタブを使っている人々からすれば、何だか不思議な状況とすら思えるのですが、でもそこはそれ、作画は聖域だったがゆえに、ペンタブの活用が非常に遅れていたわけです。4Kで尻に火がついて、ようやく‥‥なわけですから。

ペンタブを使い込んで、さらにその先に見えるもの‥‥なんていう領域にはまだ足も踏み入れていない状況なのかも知れません。アニメ業界の現状においては、ペンタブで描いても2値化している状態ですから、映像表現技術的にはペンタブ導入前後でほとんど何も進化していないと言っても過言ではありません。ペンタブの使用目的が現場の制作体制の都合にどっぷり使っている状況では、ペンタブのポテンシャルなど引き出しようもないのです。

まあ、アニメコンテンツの市場において、傍目でわかりやすい明確な「スノーボールアース・イベント」が発生するかはわかりませんが、戦前のディズニーの頃から基本構造が変わっていない日本のアニメ制作スタイルは、コンピュータの出現と台頭からずいぶん遅れて、ようやく大シフトに晒されるのかも知れませんネ。3コマシートで動くキャラを見て、「アニメって、いつまでたっても、古い感じのままだな」と言われる時代は、そう遠くないと思います。

4Kはアニメには必要ない‥‥という人もいますが、裏を返せば、今のアニメ業界では4Kに対応するアニメを作れないとも言えます。4K60pにネイティブ対応するアニメを作れた上で、4Kはオーバースペックだと言うのなら話は別ですが、1.3〜1.6Kで作っている現状では、アニメにおける4Kの有用性を精査することも不可能でしょう。

要は、アニメ業界としても、時代の映像技術の進化に合わせて、アニメも進化していきたいのでしょうけど、台所事情が足かせ・歯止めをかけるわけです。私は、その台所を撤廃するところから考えているわけですが、それは、旧世界の破壊とも言えるのかも知れません。‥‥が、私は業界からはみ出したところで始めようと思うので、業界の方針にはノータッチ・無関与です。業界の総意が「デジタル作画」に賭けるのなら、それでも構わないと思っております。色々な意味で、運命は変えられないと思いますからネ。

数億年スパンの「地球の生涯」に比べれば、私の一生など瞬きの間のごとく‥‥ですが、その瞬きの間に、アニメを作って泣いて笑って‥‥が繰り返されるのですネ。


 

幸運の時代

むしろ日本の社会全体がブラックだ、恋愛をする気にもなれない世界だ‥‥なんて、世の中の不味い部分を口にすれば山ほど出てくるでしょうが、映像を制作する事だけを考えれば、現在は幸運な時代だと言えます。‥‥これもまあ、「制作する」をどの場面・側面で考えるかによって大きく変わるでしょうが、純粋に映像を生み出す行為だけで言えば、少なくとも30年前よりは絶大に「可能性」が大きく、そして広いです。

世の中の全てが、全ての人にとって、「幸運」だった時代など、おそらくは一度もなかったと思います。要は、時代のどの部分を切り取って、幸運か不運かを評価しているだけに過ぎないのでしょう。そして、その「時代の切り取り方」は、個人ごとに甚だ大きく異なるのでしょうネ。

私は、作画枚数に高依存しない内容のものならば、今まで関わったテレビや劇場の作品と同等のクオリティの映像クリップを、自宅のコンピュータ関連機材だけで全く同レベルに作り出す事ができます。これは30年前では何がどうひっくり返っても「絶対に無理」な事でした。しかもその機材は、厳選すれば50〜80万円で揃える事ができます。30年前では、10倍の500万、いや100倍の5,000万円をつぎ込んでも手に入れる事は不可能でした。
*そうした意味では、作画枚数に何千何万枚と労力を注いで映像を作るスタイルが、現アニメ制作の「真骨頂」とも言えます。当然、高コスト構造になるわけですが、その高コストの産物である事が今のアニメの存在意義を高めているのです。‥‥恐らく、その「高コスト依存」に大きな変化をもたらすのが、今後のコンピュータの使い方になると思われます。

まあ、そのコンピュータ関連機材の台頭と低価格化が、巡り巡って2000〜2010年の10年間のアニメ業界の技術価値の下落にも関与することになったのは、ある程度は仕方のない事だとは思っています。ただ、業界の中の人ですら、「機材の低価格化、機材のハイテク化によるコストダウン」と「人件費のコストダウン」を見分けられず野方図にコストダウンを推進させる人がいるのが、業界の病巣だとは思っています。「デジタル作画」に関しても記者の知識不足なのだとは思いますが、「手描きの頃のアニメに比べてデジタル作画は‥‥」みたいな記事を読むと、「デジタル作画も手を動かして描く手描きだろ」とツッコミたくなります。「ヒロインの振り向きを作画せよ」と命令したらコンピュータが自動で作画をするのなら、「手描きではない」と言えますがネ。
*実際、「貼り込み」も「指定するとコンピュータが自動で貼り込んでくれる」と思っている業界人(アニメーターももちろん含む)は意外にも多いようです。だから、乱発するのかな‥‥。アニメーターがコンピュータを使うようになった暁には、是非、貼り込みを作業して、その「人件費のコストカット」を体験して頂きたいと思います。世間の認識はもっと酷くて、コンピュータでアニメを作ると聞くと、作画もコンピュータで自動で出来ると思うようです。

しかし、フラットに状況を見回してみれば、「自宅からイマジカへ」の作業が可能な、現在のコンピュータ映像関連機材の発達は、アニメーション映像制作者にしてみれば、幸運としか言いようがありません。昔は能力があっても、機材的な問題で不可能な事だらけでした。現在は、能力を高めれば可能な事がどんどん増えます。それを「安かろう良かろう」の現場に持ち込むと格好の餌食になるだけなので、未来を見据えた思慮が必要ですが、事実を平坦に評価すれば「可能な事が飛躍的に増大した」のが2015年の現代です。

皮肉な事‥‥ですが、こうした「幸運な時代」になると、反比例して人間の能力が「不幸」になるようで、「何でも手に入る」と勘違いして、自分の能力を向上させずに、他者の成果物のコレクションに終始する人も現れます。ひと言目には「どこで手に入れたんスか?」と、自分では作らず、「ネット上のどこかの誰かが作ったものを収集するのが能力だ」と考える人が増えてますよネ。‥‥制作者じゃなければそれでも良いんです。しかし、映像を作る制作者が「誰かの美味しい成果を寄せ集めて」みたいな事ばかり考えるのって、それは「作る事を制した人」ではもはやない‥‥ですよネ。
*こういう話をすると、「絵を描く仕事ではない制作進行は制作者ではない」みたいな事を言う人が出てきます。しかし、いわゆる「制作スタッフ」は、人を動かして作品を描き出しているのであって、絵筆を持つ人間だけが映像を作っていると勘違いする人は素人さんです。成果物をネット検索する事と、人々を動かす能力は、全く別ものです。実際、制作進行スタッフの働きで、映像の質は乱高下します。
*私は以前、「ハコ(作品のフォーマット)だけを作ってモノを作った気分に浸る人」について書いた事がありましたが、それは「ハコだけ作って、人を動かさない」事への非難でもありました。机上の会議も必要ですが、実行と実効もそれ以上に重要スよね。


でもまあ、そんな状況もフラットに冷静に評価すれば、「機材が発達しても、それを使いこなさない人」の存在は必要なのだと思います。自然淘汰のシステムとして‥‥です。少々辛辣かも知れませんが、能力が磨かれる過程には、乱雑で粗暴な状況がどうしても必要となります。

新人の頃は、仕事に目一杯で、自己開発などできようがありません。ただ、やはりフラットに見れば、仕事に目一杯な状況が、自己開発の一貫として捉える事はできます。あくまで「自分が屋城」だと思って‥‥です。機材の高度な発達は、「屋城としての自分」を、後々猛烈に加速させる高出力のエンジンとなってくれます。業界の「お定まりの出世コース」とは別のルートの開拓も可能‥‥でしょう。これも、幸運な事ですネ。


こんな事を書く私でも、世情や業界の現状を見れば、心が折れそうになる事は多々あります。ただ、何千何万という作画枚数や塗料によるペイント作業、大仰なフィルム撮影台、現像液‥‥などに一切頼らずに、新しいアニメーション技法を用いて極めて少人数でアニメが作れる「技術革新」が可能な現代は、何を悲観しようとも「やっぱり幸運だ」と思えるのです。
 


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