実写やドールや日本画やボックスアートや

最近、10代の女の子がいっぱい出てくる実写作品をやりましたが、表情の動きとか所作とか、動作の間合いとか、細かくは服のシワの動きとか、色々と感じ入る事がありました。60p、すなわち1秒間に60枚の絵で動くアニメーション技法に対し、大いに参考になるというか、一般的なアニメの紋切り型の動きとは違うモーションが、とても刺激になりました。

オンライン編集なので「ラッシュ」と言って良いかはわかりませんが、オールラッシュを見ながら、髪の動きや服の動きに時折目が釣られていました。この服のシワ、いい形してる‥‥とか、この動きなら出来そう、これは中々大変だ‥‥という感じで。

私はモーションキャプチャやロトスコーピングはやらないつもりです。頭の中で象徴化され様式化された動きが好きだからです。まあ、アニメの「作られた動き」「意味のある動き」が好きなのでしょうね、結局。
*注)誤解されるのは嫌なので明示しておきますが、キャプチャもロトスコも有効な技法だと思っていますし、仕事上では取り組みます。しかし、自分の作ろうとしている作風には、イメージされた動きが合うと考えています。

‥‥ただ、昔から日本のアニメは、「両端ヅメ」にする傾向があり(理由は分かります)、それとは違う動きを作ってみたいのです。「シュッ!」「バッ!」という動きではなく、現実の速度にやや近いニュアンスの‥‥です。

「アニメと言えば、こういうキャラ、こういう動き」というお約束から離れてみたい。今までと同じようなキャラ、同じような動きを、新しい技法で踏襲する必要性は感じていません。同じものを作るのなら、今までと同じやり方が一番完成度が高いでしょうから。

中枚数を一切気にする必要のない新技法において、キャラ崩れを防ぐ中割りのコツは不要ですし、中100枚の微妙過ぎる動画も可能なわけですから、新技法に基づいた新しい表現がこれからの私の目指すところです。動画枚数の節約など何も考えずに、ただ動きのニュアンスを追求していく‥‥わけですネ。

以前、作品の取材で、人形作家さんのギャラリーを見学させてもらった事があります。その際、作家の方が「ただ、美しいものを表現したい」と言っていたのが印象的でした。数々の美しいドールはまさにその言葉を体現しており、写真を何枚撮影しても撮影し足りない、透き通った魅力を放っていました。ビスクの質感は、不思議です。

私は色々な作風を計画していますが、人形作家さんの仰った言葉に似た心情のものも考えています。以前掲載した4Kの女の子の絵はそれに近いですネ。また、松園などの日本画が学生の頃から好きで、必ず画集は本棚に常備してあるので、そのあたりのモチベーションもそろそろ盛り込み可能かな‥‥と考えています。

目をあまり大きく描かず、眼球の表現も質素、しかし全体の雰囲気からくる可愛さ、美しさは失わず。かと言って、リアル方向に走り過ぎず、様式化した表現を保つ。‥‥まあ、そんなビミョーなキャラは、今までの制作技法ですと動かすのは困難で、キャラ崩れの危険性が高いものでしたが、新しい技法なら、簡単な事ではありませんが実現できそうに思います。

またエフェクトやメカも、「描かれたエフェクト」「描かれたメカ」を表現していきたいと考えています。3DCGのメカは、確かに「上手い」(=変な言い方ですが)。しかし、情熱や憧れを反映するには、何かまだクール過ぎると感じています。小松崎さんや高荷さんとは言わないまでも、もっと血湧き肉躍る感情が表現できたら‥‥。‥‥そのあたりも、取り組んでいけたら良い‥‥ですが、そんなに欲張ると何も実現できないでしょうから、まずは今年前半期、シリアル&パラレルタスクを地道に消化していこうと思います。


*教材より抜粋(デモなので、解像度が低いです)〜実際の女優さんと同様、メイクは重要です。メイク次第で顔が大幅に変わります。美の重要要素ですネ。
*ちょっと描き方が荒いのですが、髪の毛とか服も足して描き直して、ワンアクションのムービーにしてみようかな……。


何度も引き合いに出す、4Kの女の子。(実は素材は6K〜下図は2Kに縮小してます) 〜こういう髪の毛のニュアンスをフンワリサラサラと動かせるのが、新技法の強みです。

 

雑感

私が某米国大手の「新しいタイプのアニメーション」のPV(プロモーションビデオ)を見たのは2010年の事なので、もう4〜5年前の事になります。私は自主的に(仕事ではなく自腹で)似たようなアニメーションの取り組みを2007年頃から本格化していましたが、そこはそれ、個人レベルの取り組みですから、開発ペースも規模も小規模なものでした。しかし、米大手のソレは、かなりの完成度を誇り、何とも我が身(とその周辺)が情けないやら不甲斐ないやら悔しいやらで、祖父の代の、かの日米戦争時の工業力の大差がフラッシュバックする想いでした。

米大手のソレは、画面設計・カラー設計(おそらくカラーリール的なものを作っているのでしょう)はしっかりしているし、紙芝居なんて全く言わせないほどに動きまくっているし、何よりも各種技法が安定しているのがショックでした。守秘義務があるので、作品名も会社名も言えませんが、5年前の2010年には既に米国はかなりのレベルまで達していたわけです。

私の当時の感触では、欧米は3DCGにシフトすると考えており、2Dで動かす方法にリソースを投入するとは考えていなかったので、意外かつ嬉しくない誤算でした。2D、つまり平面を巧く活かすのは、日本の昔からのお家芸であり(19世紀のジャポニスムなど)、3DCGのアニメに欧米がうつつを抜かしているうちに、2Dの新たな可能性を発展させようと目論んでいたのです。‥‥しかし、実は欧米にも2D派は健在だったわけです。2010年と言えば、日本のアニメ業界では「デジタル作画」の話題なんてほとんど聞こえてこなかった時代で、日本の「決定的な立ち遅れ」は明白でした。

正直、「どうしようか」と思いました。しかし次第に、その米大手の2DのPVにも急所‥‥というか、ガラ空きで防御の薄い箇所が見えてきました。その急所とは、ちょうど、私の考える新しいアニメーションの「ウリ」の部分であり、「例え工業力で負けていても、上手く覆せるかも知れない」と感じるようになりました。最新の欧米の「デジタルアニメ」を見ても、急所は全くカバーされていないので、それが目下の私の「救いと希望」でもあるのです。その急所は、「欧米人が欧米人であるがゆえに気付けない部分」でもあるので、概ね安心はしているのですが、フランス人とイギリス人は早期に気付く恐れアリ‥‥かも知れないなあ‥‥。

私が個人研究レベルで取り組んでいるのを見て、「無理しないで、予算交渉すれば」みたいに思う人もいるでしょう。米大手が会社ぐるみで開発資金を投入しているように。‥‥もちろん、私も、いつまでもごく少人数で取り組むつもりはありません。しかし同時に私は、今までとは異なる画風でアニメーション作品が作れる技術を、「今まで通りのプランテーション」へ投入するのではなく、アニメ制作団体の自立の糧にしたい‥‥とも思っているのです。業界は昔から「窮状を訴える」とは言いますが、自分たちの仕事を「二束三文」にしているのは、「自分たちの性質」に因るところも大きいのです。今までと同じように外部のお金を入れたら、新しいアニメーション技法とて、いつも通りの「二束三文」に落ちていく事は明白です。ここ10年の現場を振り返っても、そう思いますよネ?

新しいアニメーション、「デジタル作画」「ペーパーレス作画」。それらを「安く速く簡単に大量に作る方法」と考えている人とは、どうやったって話が合わないし、一緒には組めないのです。所属のジャンルは違えど、同じベクトルと熱量の「野心と野望」を持つ人間たちが必要なのです。「安く速く」作る取り組みを否定するつもりは全くないですが、日本の諸事情から鑑みるに、「安く速く」は他の大国が得意とするジャンルであって、「量と速度」で対決して大負けした過去(というか他業種では今でも)からの教訓を大事にしたいわけです。

現在は4Kの影響によるものか、「デジタル作画」の言葉が頻繁に耳に入るようになりました。会社ぐるみで資金を投入して準備しているところもいくつもあるでしょう。さて、その成果は如何に?

私は、今作っている4KアニメーションがYouTubeの360pで閲覧されて「4Kってこんなもんか」とか誤解されたくないので、世間の足並みがある程度揃った時点で「表立った攻勢」を開始する予定です。世の中には、1080/24pで十分なアニメもありますが、それとは技術的・品質的において大きな格差で望む所存です。4K60pのフォーマットなら、4Kでこそ実現可能な作品を作るべき‥‥というのが、私の心情です。

時代は時として、「経緯」や「理屈」よりも、いちはやく「結果」を欲しがる事があります。十数年前にもソレを体験しました。‥‥思うに、今はその時期‥‥になり始めているのでしょうネ。


*そう言えば、今日、M/Lのサトーさんから、新しいEIZOの4Kモニタが発売(現時点では予約)された事を聞き及びました。50万と高価ですが、マスモニにも堪え得る高性能らしいです。3840ではなく4096なので、映画もイケるのでしょう。‥‥こうやって、徐々に徐々に、足並みが揃っていくのですネ。

アカウント

世の中には「江面」さんはそこそこ居て、ツイッターやフェイスブックのアカウントで名前を見かけたりします。私は50年近く生きてますが、今の今まで、「江面」さんには会ったことがないので、不思議な気持ちではあります。

ふと、「いつまでも、あると思うな、自分のアカウント名」を思い出し、とりあえず、ツイッターとフェイスブックのアカウントを非公開で取得してみました‥‥が、ツイッターの方は公開になっておりますな‥‥。まあ、いいか。やがては公開するものだし。

私はこのブログで、推敲はもちろん、その記事自体の可否において、未公開の記事が50近くあるくらいなので、アカウントを取得したとて、「ツイッターで軽快に文字を発信する」ことは想定しにくいです。その辺は前にも書いた通り。

「言葉の意味」って、音と文字では大きく変わるものですよネ。会話文は文字起こしするとニュアンスが抜け落ちて、相当にキツいですもんね。

ツイッターなどのSNSの有用性(場合によっては有毒性?)はもはや疑いの余地などありません。どう使うか、どう関わるか、ですネ。

家は大工さんのものではない

大工さんが創意と工夫を凝らして、どんなに素晴らしい家を建てても、その家が大工さんのものになるわけはありません。家の所有者は、家を建てるためにお金を出した人‥‥ですよネ。そんなのは、誰でも知っている一般常識です。

アニメ業界の色々な話、ギャラやワークフロー、現場の未来はどうなるか‥‥などの話題を耳にする時、「何で、いつまで経っても、『その根本』に対して、触れようとしないのか」が気になるのです。

下請けはどんな業界にも存在するでしょうが、業界全体そのものがスッポリと下請けに収まっている状況が、「限界そのもの」だと思うのです。「そんな青臭い事を」(業界で10年くらい仕事をしてれば、大体考える事)と言う人もいるかも知れませんが、でもやっぱり、限界の根本はソコ‥‥でしょ。

「ものを作る」ではなく、「ものを作って売る」という考えを持つならば、ワークフローをかっちりと決めすぎるのは「売り要素を減らす」行為だと思っています。生産ラインを決めこみ過ぎてしまって、同じテイストのものしか生産できなくなるのは、「売り物」としてどうなのよ?‥‥と言う事です。現場の人々は、作る事には夢中になるけど、売る事に関しては「他人事」なんだよネ。

「売れた原作を、どんどんください」的な下請け気分‥‥とでも言いましょうか。「売れた原作」という言い草がね‥‥、既にネ‥‥。

まあ、考えてみれば、アニメ業界の制作システムって、アニメ化の生産ラインにどんどん原作を放り込んでいく発想ですよね。ブランド戦略がいつまでたっても成立しないのは、そりゃあ、当たり前‥‥です。業界全体像が生産ライン留まりなのですから。

下請けの仕事を否定するつもりは、毛頭ありません。私だって、いくつもアニメ化してみたい既存の原作はありますし。‥‥ただ、「完全に下請けにフォーカスする」事に、「昔から変わらぬ閉塞感」を感じるだけです。

オールデジタルでアニメを作る機運を、以前通りの下請けの生産ラインの効率化に受け流していくのか、ブランド戦略の中核に据えていくのか、中心人物の行動が試される時‥‥なのかも知れませんネ。

*ちなみに、「家は大工さんのものではない」の「家」を、「賃貸マンション」に置き換えれば、もっと比喩として近い感じになりますネ。賃貸マンションは、マンション経営者の所有物であって、大工さんのものでも入居者のものでもない‥‥ですもんネ。

2015年謹賀新年

あけましておめでとうございます。

2015年になりました。新年も変わらず、粛々と物事を進めてまいります。今年もよろしくお願いします。

* * *

新年売り出しのチラシを見てたら、
 
  • 4Kの40インチテレビ
  • 2Kの32インチテレビ
  • テレビ台
  • BDレコーダ
  • BDプレーヤ
  • HDMIケーブル等
 
‥‥を全部で20万円で売り出してる広告が目にとまりました。福袋的な正月ならではの売り方‥‥ですネ。

4K40インチのテレビは2014年夏のモデルでも、今だと14万円前後まで価格が下がってきたんですネ。‥‥となると、2015年はテレビの買い替え時期に4Kテレビをチョイスする人も増えるのでしょうね。10万円代後半だとまだ普及しにくいだろうな‥‥と思ってましたが、案外、4Kが世間に浸透するのは早いかも知れません。私の実家の37インチのテレビは液晶に曇りが出てきて、2年以内には買い替えが必要になりそうなコンディションですが、買い替えの際はごく普通に4Kテレビの40インチ以上のものを買うことになるでしょう。

YouTubeも60pに対応したようですし、あとは映像コンテンツ販売における主要な媒体がフィックスすれば、4Kのインフラはひと段落できるでしょうネ。

ただ、NHKは2年以内に8Kの試験放送を開始するとのことなので、まだまだ先は長いです。わたし的には、4KはH.265等の新技術で乗り切れたとしても、8Kはあらゆる面においてハードルが高いので、ちょうど昔のNHKのアナログハイビジョンと同じくらいの年月は必要だろうな(旧ハイビジョンはNHKのひとり相撲が長く続きましたよネ)‥‥とは考えています。8Kはトントン拍子には進まず、試験放送だけが続く期間がそこそこ長いように思えるのです。

一方、アニメ業界は今年くらいから徐々に荒れ始める予感もします。2Kはともかく、4Kに関しては「今まで通りにやっても通用しない」もどかしさを体験することが多くなってくるでしょう。実際、4Kアニメーション映像に目が慣れた現在の私が、2K(HD解像度)の作業をたまに手伝うと、HD向けのアニメの素材の絵の荒さ・不鮮明さ、ディテールの粗雑さがイチイチ目につきます。いくらスムージング処理をしても、低解像度で作業を続ける限りは「絵が溶ける」状況は変えようがありません。コワいのは、こうした低解像度ワークフローによって作られる今のアニメの「絵の荒さ」を、やがて一般の人々も気付き始める‥‥という事ですネ。

4Kが世間で「普通」になった時、パラダイムシフトと呼んでも大袈裟ではない大転換期を迎える‥‥かも知れない、ここ3〜4年のアニメ制作業界。アニメがゴールデンタイムからいつしか姿を消した過去、フィルムからデジタルへ、そして今度は映像フォーマットそのものへの生き残りをかけるのでしょうね。

「別枠」と覚悟を決めた私としては、今はとにかく粛々と、ノイズ干渉に乱される事なく、慌てず確実に駒を進めていこうと思っております。


 

別枠

私が4K8Kに完全対応するアニメを「新しいアニメーション作品」だなんて勿体ぶって書くのは、ちゃんと理由があって、現アニメ業界のシステムと「完全に分離させたい」からです。違う言い方をすれば、「制作システムを引き継べきではない」と考えているからです。

もうかなり以前から、「新しいアニメーション作品」の技法を、現アニメ制作へと活用・流用していますが、その作業は「特別作業費」としか設定できない「扱いに困る」ものです。例えば以下。

*3DCGやプラグインではないですヨ。2Dの「After Effects上での作画」です。ケムリのでかたが唐突なのは、前景に隠れる部分も描いているからです。

6年くらい前に作った上の動画は、旧来工程で言うところの「原画・動画・仕上げ」をAfter Effectsオンリーでオールインワンで作業して作ったものです(レイアウトとラフ原は手描きです)。この作業一式をわざわざ旧来工程に置き換えて作業発注伝票を書いて作業依頼する‥‥なんて、技術進化に逆行する馬鹿げた行為ですよネ。原動仕で換算した場合、旧来工程の1/5〜1/10の期間で完了し(内容がキツくなるほど効率がアップします)、その気になれば秒間120コマにも対応できる新しい技術を、旧来の枠組みで締め付けるのはアホらしいです。

さらには、こういうのを見て、「煙の作画は、撮影でもできるんだ」と考える輩、「After Effectsを使うのは撮影工程だから撮影費の一環だ」と安直に考える少々頭の弱い人も出てきそうな雰囲気すら感じるので、この10年近くブラックボックスにしてきた経緯があります。内容を理解した方からの依頼以外は引き受けないようにしてきました。

2007年くらいに半ば遊びで作った以下の動画も、After Effectsオンリーです。

*GIFFなので色数が足りなくて画像が荒いです

2014年の今、そして2015年には、どんなレベルに達しているかは、フタを開けた時のお楽しみにとっておきましょう。技術だけでなく、作業コストも映像の内容も、もはや旧来の枠で語れないのは確かです。

新しい技術を前にして、物事を「原動画」や「仕上げ」「撮影」といった枠組みで捉えようとする事自体が、既に誤っているのです。しかし、業界の多くの人々は、旧来の枠組みありきで思考する習慣が根強いので、「だったら別枠で」と考えるようになったのです。旧来の思考でフィックスした現場に、新しい技術・技法を導入するのは、「双方にとってマイナスだ」と悟ったわけです。

実際、原画マンの多くは慣れ親しんだ原画作業しかやりたくないでしょうし、「新しい事をするなら教えてもらわないとできない、やらない」なんていう受け身の姿勢になりがちです。ですから、興味のない人を巻き込まずに済むように、「改変」ではなく「新規」が良いと感じたのです。

しかし、「新規」なのは枠組みであって、人材まで「新規」オンリーではありません。やりたくない人を巻き込まない反面、やりたい人はいつでも参入できるのです。旧来工程の様々な才能・人材は、新規の枠組みにおいても貴重な才能・人材です。

現在の私の感慨として、現業界の構造を保ったまま、新しい技術基盤を敷き直すのは「到底無理」だと考えています。そして、新しい技術基盤を最大限活用するには、新しい構造が必要だとも考えます。新しい基盤と構造において、「原画」「動画」「撮影」といった旧セクションは存続できません。しかし人々の技能は、新しい枠組みの中でも生き続けることができます。

要は、「セクショナリズムで生きる人は滅び」「技能を持つ人が自由に才能を発揮して栄える」構造を目指しているのです。原画マンになったら一生原画作業でしか能力を発揮できない‥‥なんて、作業者個々のライフプランや現場全体の発展からして有り得ないと思うのです。

私は「即戦力」という言葉が嫌いです。私個人の見解‥‥ですが、「即戦力」で人材を募集するのって、募集する側の技術レベルの凡庸さをゲロしているようなものだ(即戦力で何とかなるレベルなんだ‥‥という)と思うのです。私はちゃんと人材を育てたいです。人材の成長まで見越して現場を作りたいです。しかし、今のアニメ制作システムって、「即戦力だとありがたい」システムじゃないですか。‥‥そういうのもあって、別枠で仕切り直したいんですよネ。

プロフェッショナルなアニメスタッフになる!‥‥と心に決めて切磋琢磨した先に、今のアニメ業界システムのPrison Cellしか待ち受けていないのは、あまりにも辛すぎます。アニメーションの能力をもっと幅広く使うために、旧アニメ業界システムとは別枠の、新たなストラクチャが必要なんだと考えています。

足し算、引き算

私がこのブログで書いている「未来展望」って、予知とか直感というよりは、単純な四則演算なんですよネ。「1+1は2です」と書いているだけです。

例えば、今の業界のワークフロー、制作システムが、4K60fpsに対応する場合、fpsは24のままで保留したとしても、さすがに解像度くらいは多少アップせねばならなくなるでしょう。つまり、追加要素が発生するわけで、それすなわち、足し算です。

しかし、業界の暗黙の総意としては、「1+1は、1のままであってほしい」と願っているような状態ですよネ。予算が大幅にアップしない限りは、作業の密度が格段に増える4K解像度にはネイティブ対応できない‥‥と誰もが考えているはずです。しかし、ただでさえ制作費のかかるアニメに、より一層の破格の費用が上乗せされるのも考えにくい‥‥とも思っているでしょう。ですから、要素が追加されると判りきっていても、今の予算規模ならば「今のまま、作業量が増えない」ことを願うわけです。‥‥誰もが、「1+1は2」である事などすぐに計算できるのに、願望が作用して、「1+1は1のまま」という「不正解」を胸に抱き続けます。

でも、「不正解」は、どこかの段階で露呈する事となり、必ず「正解」へと修正されます。その「修正」の際に、どんな事が起こるか‥‥も、四則演算だけで試算できますよネ。

ここ20年で大幅に絵が細密化した日本のアニメ、DVDやBDや配信などで何度も繰り返し再生される状況、高品位へと移行する映像フォーマット、高品位フォーマットにネイティブ対応する新しいタイプのアニメ(=競合の出現)、物価の移行と世間の意識変化‥‥など、いつくかの大きな要素を現状に足し引きすれば、自ずと「作業現場の未来像」が(多少の誤差はあったとしても)演算できるでしょう。

演算する際に、「願望」というバイアスは作用させてはイケないのです。フィルム撮影台もセル絵具もすべて消滅した現実を、今一度、思い出して、「今まで続いたものが簡単に消えるわけない」とか「自分の作業が無くなるなんてありえない」などの願望や慣習を盛り込まずに、クールに演算する必要があります。‥‥でなければ、甚だしく値の違った不正解が導き出されてしまいます。

私が試算するに、今のアニメ業界の制作技法とシステムで対応できるのは、4K24/60fpsまでだと考えています。8K120fpsにはさすがに8K48/120fpsくらいにはベースアップしなければなりませんから(人間の視覚上の生理的な問題で)、今のままでは無理です。4K24/60fpsが今の業界システムの最終地点でしょう。‥‥これは私の意思ではなく、単に演算上の結果で‥‥です。

演算には業界自身だけでなく、周囲の要素も加味されます。業界が「企業努力」で今のシステムの基本設計を保ったまま高効率化を実践しても、全く新しい方式でより高詳細な絵と高密度な動きで台頭する競合の存在や、世間の「最新技術への順応」が作用して、自助努力でも打ち消せないマイナスとして演算に盛り込まれてしまいます。

現在の空港がジェット旅客機で埋め尽くされているように、または、現在の道路に馬が走っていないように、時代はどんどん古き良きものを追い出して新しいものへと置き換えていきます。今のアニメだって、何かを置き換えて台頭したのですから、文句は言えません‥‥よネ。

簡単な演算だけでも見えて来る、制作現場の未来。例え辛辣な演算結果であったとしても、それを直視する事で、別の切り口・戦術や戦略もイメージできると思います。逆に、願望で演算結果をねじ曲げ続けていると、どんなヤバい現実が待っているかも、イメージできますよネ。

私は日頃の様々な作業や独自研究の結果を踏まえて、今の業界システムのまま、4Kに対応させるメソッドが(どのように取り仕切れば良いかまで具体的に)見えています。今のアニメよりもかなり繊細な仕上がりが実現でき、4K60fps放送で見ても普通に見られるレベルに「今のシステムを少し改良するだけ」で仕上げられます。しかし同時に「それが今のシステムの限界だ」というのも見えています。願望を織り交ぜずに、冷淡に演算すれば、色んなものが見えてきます。

演算によってマイナス要素が予見されたとしても、それは違う見方では、「事前に改善できるチャンスを得た」という事でもあるのです。「クールに計算しちゃうと、近い未来のツラい現実が見えちゃうから怖い」‥‥だなんて、まるで「ヒトラー・最後の七日間」じゃないですか。‥‥心中したくないなら、果敢に計算しないと‥‥ネ。

雑感

4K60fpsの足音がすぐそこまで近づいてきた今、私がフォーカスしているのは、「何を使うか」ではなく、「何を作るか」です。

新しいムーブメントが起ころうとする時、ツールの話で盛り上がるのは少々キケンなんですよネ。「受け手不在の内輪受け」に偏向する可能性が高いから。

私が1996年に本格的に参画した時もそんな雰囲気‥‥でした。絵が不在なまま、「ツールを何を選んだら良い」だの「制作システムがどうだの」と言った話題が先行していました。‥‥とても、今と雰囲気と似ていたのを思い出します。

歴史は繰り返す‥‥と言いますが、「現時点で何をすべきか」、「今、必要なのは何か」‥‥も過去から学べそうです。

片付

重なっていた仕事がどんどん完了して、身が軽くなっていくのは爽快です。何よりも、「xx日までにアップする仕事をやり忘れているのではないか?」‥‥という不安から開放されるのが心地良いです。

スケジュール管理ソフトは前からトライしているのですが、どうにも「スケジュール管理ソフトを管理する」のが嫌になってしまうのです。なので「行事の告知ソフト」以上の使い方はできておりません。‥‥やっぱり、SUICAのように「行動の通過点を記録」して、データベースを自動更新するような仕組みを作らないとダメッすね。atDB(独自の作業データベース)ではそれと似たような事をしていたんですが、アニメ撮影に特化させ過ぎたために汎用性を欠き、撮影以外の仕事ではほとんど役に立っておりません。なので、新しい「atDBx」を策定してはいるのですが、データベースそのものより、そのデータベースを活用するソフトの開発が滞っており(4Kの映像開発の方が比重が重くなったので)、今は昔ながらのやり方で仕事の進捗を把握しております。

一方、仕事が忙しくなると、自宅の部屋が整理できずに、ものがどんどん積み重なっていきます。仕事を終えて部屋に戻るたびに、その荒廃ぶりにウンザリします。散らかっている事にウンザリするのではなく、作業スペースが散らかる事により、空間単位の生産性が落ちることに気が滅入るのです。

だったら部屋を片付ければ良い‥‥と思いがちですが、片付けるのはNGなんすよネ。片付けるのではなく、整理しないと。

片付けちゃうと、わけがわからなくなります。確かに、物品を片によせて、中心を空ければ、作業スペースらしき空間が捻出できますが、どこに何をしまったのか解らなくなり、作業のストレス・妨げになるのです。「理にかなった整え方=整理」をしないと、道具を探し出すためだけの目的に、アホみたいに時間を消費します。空いているスペースに物をどんどん「片付けて」いって、当座は「奇麗になった」ように見えても、後で「アレはどこにいった?」と探して引っ掻き回す‥‥のは、まさに「その場限りの奇麗さ」だけの行動だと悟っております。

‥‥のような事を書くと、私はとてもエレガントに整理が出来る人間のように見えてしまうのですが、全く逆で、放っておくとどんどんカオスへと作業場が溶解していきます。なので、「整理」は私のオブセッションなのです。USBカードリーダーと爪切りが同じバスケットに入っているのを見ると、自分の素性を呪わしく思います。

仕事の幅が増えると、道具も資料も増えます。つまり、物が増えていくわけですが、「片付けるのではなく、整理する」方法、しかも日本の限られた住宅事情の制限の中で‥‥となると、結構な難題です。アニメーターの仕事だけだった昔は、少なくともUSBケーブルやHDDの置き場に悩む事もなく、こもる排気熱のサーキュレーションに神経を使う事もなかったのですが、今は増えた物品の秩序を保ちつつ、作業スペースを捻出しなければなりません。

私の考える未来の作業者は、いち行程ではなく、多岐に渡る作業内容を請け負う事を前提としています。作業スペースは様々なリソースで盛り沢山になります。つまりは、未来の現場を作るには、卓越した「整理の技術」も求められている‥‥のですが、そう簡単に「理想の整理」など達成できません。インテリアの通販雑誌のような「机で仕事をしない人の部屋」ならともかく。

「理にかなった整え方」の「理」の基点を何と定め、「理」に基づいた動線やエアフローまで考慮すると、まるで複雑な「多次元パズル」のようです。‥‥この難題とは、もうしばらくつきあう事になりそうです。

零戦と今

最近、自動録画されていたNHKの零戦の前後編のドキュメントを、前編を見逃していた事もあり、改めて、前後編通して見ました。率直な感想としては、日本人て今も昔も変わらないんだなァ‥‥と言う事です。

格闘戦により大空の覇者となった零戦は、大戦当初、米軍やアジア地域のイギリス軍に絶対的優位を誇りました。しかし、米軍により、零戦への対処法が編み出されると次第に劣勢へと転じ始め、パイロットの酷使も相まって航空隊の勢力も徐々に削がれ、後継機種も登場しないまま大戦末期まで最前線で戦い、最後は肉弾攻撃を実施するに至りました。その様は、まるで‥‥。

サムライが剣術とカタナの切れ味をどれほど自負しようと、自動小銃や突撃銃の支配する戦場では、精神面しか役に立ちません。零戦も、格闘戦に敵がのってこなければ、残るのは脆弱な機体強度と防弾皆無の丸裸のパイロットだけです。

メンタルとシステムを分離して思考できなかった悲劇を見る想いです。

10年前からさして進化のないテレビアニメの制作システム、新たなフォーマットたる4K8Kの捉え方、「デジタル作画」というスタンス。変わりゆく時代を掴めず、技術更新もままならず、新たな技術ムーブメントに対しても旧来のメンタルを覆いかぶせようとするさま。‥‥なんだ、零戦の足取りをそのまま、業界は踏襲するつもりなのか。

しかし一方で、戦後生まれの我々としては、アメリカが実践した零戦に勝つ方法も知っているわけです。‥‥本当に、歴史は良い先生ですネ。


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