2016年

新年が明けました。今年もよろしくお願いします。

今年の抱負‥‥とか考えてみるものの、扱うべきこと、成し遂げることの大きさゆえに、「今年」限定で区切ると文言が思いつきません。

まあでも、わかりきっていることは、やってさえいれば形になる可能性はあるし、何もやらなければ可能性すらない‥‥ということでしょうか。

そして、ものつくりの人間は、結局は「作品で全てを語るのだ」ということも。

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以下、雑感。

去年末まで作業していた作品において強く感じたことは、現在のアニメ制作現場は、過去から現在に渡って蓄積した制作技術を、「分解掃除」して溜まったゴミや劣化したパーツを交換することで、4Kなどの未来映像フォーマットに十分「対応はできる」ということです。逆に言えば、このままメンテを怠って馬車馬のように走り続けると、今以上に、燃費の恐ろしく悪い現場へと劣化していく‥‥とも言えます。

「デジタル作画で現場を変えよう」と考える人もいるかもしれませんが、現在の現場の悪循環の源は「紙と鉛筆が原因ではない」のですから、ペンタブ作画へとツールを持ち替えても、環境向上には殆ど貢献できないでしょう。むしろ、今以上に作画に負担がかかる(=詳細な絵を、殆ど変わらぬ作業費で、今以上に要求される)可能性すらあります。

「絵を作ることにしかコンピュータに注目できない」のだとすれば、現場は未来も似たような構造を持ち続けると思います。コンピュータは絵を作ること以外にもたくさん使っていいんですけどネ。日頃、銀行やコンビニでキャッシュディスペンサーのお世話になっている割に、自分らの現場にはそういうことを導入しようとは全く思っていないのは、現アニメ業界のある種の「発想の限界」かと思います。「オンライン」という世間では使い古された言葉を、制作現場は未だ実践できずにいます。

そして、上記を踏まえた上での最大の問題点、‥‥要は、商品・作品としての未来を考えた時、一番深刻なのは、今までの作り方の延長線上で未来のフォーマットにのぞんでも売り要素が殆ど無い‥‥ということです。今の現場の作り方による映像表現では、2KのHD解像度で打ち止めであり、4Kはオーバースペックなのです。

「ウチは企画とストーリーで勝負するから」「キャラデザインでファン受けを狙うから」と考える人もいるでしょうが、それはSDでもHDでも4Kでも同じことです。映像表現技術の売り要素が話のターゲットです。

例えば、24コマシート、レタスの二値トレスで、4Kに対応して、どれだけ絵の魅力がアップし、見る側・受け取る側にアピールできるか、頭の中でレンダリングしてみてください。容易に思い浮かびますよね、「線がかすかに綺麗になっただけの、今までと何ら変化のないアニメ作品」の映像が。

アニメに4Kは必要ない‥‥と言っている現場の人を何人か知っていますが、それはある意味、正しいのです。今までの絵の作り方で4Kに対応しても、旨味はほとんどありません。

つまり、お客さんから見れば、「効率化したから何なの?」「デジタル作画だから何なの?」「4Kだから何なの?」ということです。今までのアニメの作り方を散々苦労して未来のフォーマットで再演しても、「アップコンと何が違うの?」と言われて終了です。現場の人間は、「現場を効率化しよう」とか「未来フォーマットに備えて高画質の制作体制を確立しよう」と考えがちですが、その取り組みが作品の「対外的な魅力」としてハッキリと具現化されていなければ、単に独りよがりの内輪受けに終始します。

恐らく今後のアニメ業界のアキレス健はソコ 〜業界内部の取り組みが、購買層に対して、商品の魅力としてアピールしづらい構造〜 ‥‥であり、そこから長い期間抜け出せずに悩むと思います。

また、昨今の「デジタルアニメーション」に見慣れ、動かしまくるアニメにも見慣れた購買層に対し、「新しい何をアピールできるのか」‥‥という「時代の特性」においても、旧来アニメ現場が生み出すアニメ映像は袋小路に迷い込んで久しいです。逆に、新しいアニメーション技術の観点からすれば、旧来アニメ現場の「設計上の弱点」を執拗に攻めるのが勝利のカギでしょうし、実際、旧来現場の手出しできなかった部分が、新技術の真骨頂でもあります。

旧来のアニメ現場の技術はいわばレシプロ機。一方、全行程に対し統合的にコンピュータを用いる新技術や、「デジタル作画」は、まだ飛行することすらおぼつかない領域をうろついているジェット機。史実において、ジェット機は登場した頃、情けないほどに非力でしたが、未来の可能性を秘めた一面も既に覗かせていました。ジェット機をプロペラのない飛行機と思っているうちは、発展の糸口など見えないでしょうが、ジェットで何が変わるかを実感できている人は、着実に進化の駒を進めることでしょう。

ちなみに、「デジタル作画」に関して言えば、旧来技法の模倣や踏襲に明け暮れるよりも、もっと攻めるべき点があるとは思います‥‥が、それについては主要な人材配置に大きく関わることですから、アウトサイダーたる私はあえて何も言わないでおくのが肝要でしょう。映像表現のアイデアマンや仕切り役が、昔のアニメの古い思考を引き摺っていては、「デジタル云々」なんて「壁紙の貼り替え」にしかならない‥‥とだけ、申しておきます。

未来の「戦場」はどのようなものか。今年2016年は「経緯」を見守る1年、そして、水面下での動きをより一層積極化する1年になることでしょう。



   

年内の作業、終了

つい昨日、久々に「撮影監督」を担当したアニメ作品の作業を終了しました。その作業の中で、現場の状況は5年前と比べて、また大きく変化していることを実感しました。

私自身としては、知人たちからよく耳にする「どんどん状況が悪くなる」的な要素とは別の要素、すなわち、新展開に通ずる要素も感じとりました。確かに状況は激化していますが、次世代技術の新展開を鑑みた場合、旧来技術の中に未来への光明が見える瞬間もありました。その光明とは、現場の人々にとってはあまりにも普通すぎて話題にものぼらないベーシックな技術群なので、気付いている人も少ないかも知れませんが‥‥。

周囲が暗ければ、明るい光は見えやすくなるものです。何十年も受け継がれた作業スタイルの中に、依然、輝きを失わないものは存在します。ただ、疲れ果てた人々は、今一度、顔を上げて情景を見渡す気力も失せているのかも‥‥知れないですネ。

「もうダメだ」「これ以上は無理だ」という感情は、もしかしたら、最大級の決断を即す「福音」かも知れませんネ。

旧来の制作スタイル側に参画した場合、何を武器として、何を避け、何を味方につけるかが、今回の作業でより一層明確に見えたように思います。日本のアニメ制作の基礎技術の高さを実感できた一方で、現業界で主流の技術〜二値トレスという20年前の技術を使いつづける事が、実は業界の技術発展を大きく足止めさせている事を実感できたのは大きかったです。20年前の、あまりにもコンピュータが非力だった頃を象徴する技術に、2015年の今でも頼り続け、「経済的理由」からその依存関係を断ち切れない業界の体質は、今後も続くのだと痛感しました。二値トレスは確かに色々と便利なんですけどね‥‥。その便利さにすがっているからこそ、別の技術フィールド・映像表現に歩み出せないこと、そして(これが重要で深刻な事ですが)二値トレスに変わる新技術を探し当てていないことも再確認できました。

また、新しいアニメーション技法においては、旧来の制作技術・作画技術に対して、どうやって攻め、どうやって正面対決を避けるかを、再思考しました。新しい制作技法に課すべき目標は、旧来技術を凌駕することではなく、旧来制作体制や制作技法全般のウィークポイントを徹底的に叩くことでしょう。現業界システムが得意としている要素で戦っても、よちよち歩きの新システムは太刀打ちできないのです。内容要求のハードさゆえに徐々に弱体化しているとはいえ、旧来制作体制の各方面にはまだまだエースは数多くいるものです。ゆえに格闘戦は厳禁、新技術による一撃離脱を徹底すべし‥‥です。妙なプライドや空元気で誤魔化すことなく、新技法の弱点を見定め、冷徹に、旧来技法の弱点を重点的に突くのが肝要というものです。

要は、どちらのスタンスを採るにしても、強い部分を引き立たせる状況を作るよう、最大級の知略を働かせることですネ。わざわざ長所を錆びつかせて、短所をさらけ出すようなことをしなければ良い‥‥ということに尽きます。

ただそれが、慣習やしがらみに束縛された現場にとって、とても難しいことは、業界に在籍していれば誰もが実感していることでしょう。

しかし、難しいからといって何もしなければ、何も変わらないのも事実です。放置したままでは、むしろ状況はどんどん悪化していきます。

状況が停滞(もしくは劣化)し、新しいことを実践するのが難しい時期こそ、アイデアを練る最良の時なのです。たまに「考える前に行動せよ」なんていうフレーズを耳にしますが、「考えないで行動しちゃダメ」‥‥ですよね。PDCAのPの後に、何が飛び出してくるのか‥‥が、まさにものつくりを仕事に選んだ醍醐味でもあるのですから。

まあ、とにかく、現在の撮影事情は追い込みの時期にプライベートな時間など皆無となるのが必至、ゆえにApple Pencilも全くイジれませんでしたが、予定通りの年内作業終了を果たしたので、年末年始の休みにiPad ProとApple Pencil、そして紙と鉛筆も含めて、色々と実践してみようと思います。

映像の世紀・デジタルリマスター

NHKの「新・映像の世紀」に合わせて、今から20年前に制作された「映像の世紀」がデジタルリマスター版としてNHKのBSで再放送されていました。私は、BDレコーダの「おまかせ録画」によって、デジタルリマスター版のBS放送があったことを、事後に知りました。

「映像の世紀」の話題は、このブログでも何度か取り上げていますが、デジタルリマスター版により全話数を再視聴して、やはり優れたドキュメンタリーだと再認識しました。‥‥別に「映像の世紀」じゃないとダメなわけではないですが、近代史に関わる内容を作品で扱うのならば、「映像の世紀」のようなドキュメンタリーは制作者として「最低でも」見ておく必要があると感じております。「近代史に関わる内容」とは、ぶっちゃけ、ミリタリーや銃、社会秩序や権力構造が出てくるアニメです。「映像の世紀」で網羅している近代史くらいは踏まえておかないと、作品内容を話し合う会議なんて「基礎知識不足」でまっとうにできませんもんネ。

BDレコーダの「おまかせ録画」によって見逃さずに済んだ「映像の世紀」。先週の再放送を最後に、デジタルリマスター版をコンプリートした!‥‥と思ったら、BDレコーダは天使から悪魔へ変貌、「おまかせ録画だったから消すね」と第1話を消してしまいやがった‥‥のです。‥‥親切なんだか、不親切なんだか。

最近まで知らなかったのですが、ソニーのBDレコーダおまかせ録画って、1回再生すれば「消さないフラグ」が立つと思っていたら大間違いで、容量が逼迫してくるとなりふり構わず消しまくるのです。(もちろん、おまかせではなく、通常の録画予約ならば消されることはありません)

「プロテクトしておけばよかった」と後悔したところで、消された録画はもう元には戻りません。

ダメ元で、「映像の世紀 デジタルリマスター 再放送」でネット検索してみたら、なんと元日にBSでもう1回再放送するではありませんか。

ああ、良かった。今度は忘れずに、明示的に、録画予約しておこう。

元日から重いキモチになりたくはないでしょうが、映像作品の制作に関わる人間の、最低限の基礎知識として、元日の「映像の世紀」再放送は是非オススメしたいです。元日に見るのがヘヴィならば、録画予約しておいて後日にでも。

ちなみに、「新・映像の世紀」は、今週の深夜に第1・2話がNHK地デジで再放送、第3話が日曜に本放送されますヨ。「映像の世紀」に劣らず、「新・映像の世紀」も、制作に手がかかったであろうNHKならではのドキュメンタリーなので、毎回の放送が待ち遠しいです。

乱高下アマゾン

ここのところ、タミヤのミニタリーミニチュアの再販ラッシュに注目し、アマゾンの売り場を眺めているのですが、値段の変動や品切れが目まぐるしいですネ。

昨日まであったM4A3E8イージーエイトがもうアマゾンプライムでは買えなくなって値段が上がったり(送料込みで)、M24チャーフィーが千円近く値下がりしたり、Sd.kfz234/1がほんの数日の間に2300円から2000円、そしてまた2300円に戻ったり‥‥と、一体アマゾンの舞台裏で何が起こっているのか。

はたまた、ヨドバシではすでに「予約数終了」でフューリー似の戦車兵セットが手に入らなくなったり‥‥と、何だか忙しい1/35です。(アマゾンでは今のところ、まだ大丈夫そうです)

タミヤの再販ラッシュに乗って、他社もPanther IIとかE10,25,50,75,100シリーズとか、また再販してくれないかな。Panther Fは、10年前くらいの安い時に買っておけばよかった‥‥と後悔している一品です。

しかしまあ、こうして何段階右折かで、再販の兆しすら見えなかった1/35の数々が手に入るようになったのは、やっぱり、アニメ映画のおかげ‥‥ですよネ。その点は、素直に感謝しないと。

ブルムベアとか、もう再販されないと思ってましたからネ。

 
*よく見ると、ハッチから顔を出してる戦車兵の顔が‥‥、ヤバいすネ。。。

シート

タイムシートって、テクニカルの「パワーリミッター」みたいなもんだな‥‥と最近つくづく感じます。

リミッターでパワーを制限しているから、昔ながらの生活道路でも事故を連発させずに破綻を防いでるんですよネ。馬力はせいぜい7馬力まで、49ccの排気量にあえて抑えて、最高速度も60km以上出ないようになっています。

もし、最新映像技術のパワーを解放して、大馬力・大排気量で昔ながらの狭路を爆走したら、重大事故の連続です。

どんなに最新技術パワーを発揮できるマシンやソフトウェアがあっても、タイムシートの規則に従う限りは、30〜60kmの速度制限と曲がり角の度に停止標識を守らなければなりません。タイムシートは事故防止の番人でもあるのですから。

今の作画方式でも、実は100馬力、1300ccくらいまで「エンジン」をチューンできるんですよネ。つまり、秘めたるパワーがあっても、走らせる場所がないのです。バイク乗りや車好きの人なら、この表現はよくお解りかと思います。

タイムシートを大改正して、道路区画も整理すれば、昭和30年代の未舗装路のような交通状況から一変できるとは思います。

このお話は、見方を変えれば、「いつから、タイムシートは進化が止まってしまったんだろう」と疑問に思う人が、業界にどれだけいるのか‥‥ということでもありますネ。疑問に思わない人が多ければ、たとえデジタル作画に移行しても、タイムシートの仕様にパワーをリミットされ続けます。

また中には、60km制限のままでいいよ‥‥という人もいるでしょう。私はもうのんびり暮らしたいだけだ‥‥と。

そういうことを考えると、技術基盤で「行政区画」を分けるのが適当だろう‥‥と思い至ります。「昔ながらの行政区」と「新時代の行政区」。でも、そうなると、業界はもはや「作業を融通し合う一枚岩」の状態ではなくなります。

そしておそらく、現在40〜60代の層と、30〜50代の層、20〜40代の層は、それぞれに独自の思惑のもと、業界内でクロスオーバーしていくことでしょう。

こうした様々な状況の変化が、今後の「タイムシート」のディテールとして現れるように思います。考えてみれば、タイムシートは「思惑の鏡」みたいなものですからね。

ちなみに私は、新しい制作技法ではタイムシート自体を廃止しています。なぜって、あの書式では技法の要約を表現できないからです。

‥‥そういうことも含め、やっぱりタイムシートは興味深い存在です。

4K60pのアニメの未来を考えてみる

UHDのBlu-rayとか、Thunderbolt3とか、時代はどんどん先に進んでいきますネ。

4Kで24pのアニメは、もう大体、落とし所は見えています。24pで作っちゃったものを60p変換なんて姑息なごまかしをせずに、制作当初から「24p on 60p」でやれば良いのです。
*ちなみに、たまに今でも、30p対応で「1234456788」みたいな解決法を目にしますが、それだと動きに引っ掛かりが出るのでNGなんですよネ。プルダウンなどのフィールド合成をレンダリングしちゃうのは、セパレートフレームが汚いので前時代の代物ですしネ。

でも、アニメの24pって、キャラなどのメインの被写体の動きは8〜12fpsですから、4K8fps、4K12fpsをUltra HDフォーマット上でやったところで、「キャラは4Kなの?」と4K効果をほとんどアピールできないでしょう。どんなに社会のテクノロジーが発達しても、アニメは8〜12fpsから進化できないんだな‥‥と見くびられそうです。

美麗に描きあげられた背景美術は、4Kでかなりの効果を発揮できると思います。日本のハイクオリティな背景美術はむしろ、4Kのポテンシャルを宿命的に欲していると言っても過言ではありません。しかし一方で、ストーリーの演者たるキャラの作画が、「線がちょっと繊細になったかな?」くらいの4K効果では、キャラだけがどんどん見劣りしていきます。日本のアニメーター自体の技術は高いのに、旧来技術体系のベース上ではそのハイテクが、4Kではうまく機能しないのです。

今の作画技術体系で、中途半端に4K対応をしたところで、その効果は著しく低い結果となる‥‥と思います。かかるお金の割に、効果が画面に出ません。

‥‥実際、今の作画内容が4Kで動いた時、どんな絵になるかを頭の中で想像しただけでも、「‥‥‥?」となりますよネ。現在のアニメ作画を4Kにしたところで、具体的な4K導入効果はイメージできないのではないでしょうか。

なので、現在アニメ業界で導入しようと画策している「デジタル作画」の未来展望に、イマイチ、私は関心が持てないんですよネ。描く行為がペンタブへと変わりこそすれ、アニメーションの根本技術は4Kのポテンシャルを引き出す進化を勝ち得ていないからです。
*ペンタブ作画の技術発展の「ロードマップ」って、どんなものを計画しているのでしょうかね。まさか、ロードマップなしに漠然とペンタブ作画を推進しているわけはないだろうし。

だったら、ペンタブで4Kならではの細密で美麗な絵を1枚ずつ描いて動かせば良い‥‥とか思いがちですが、それってギャラ的に可能? ‥‥今の制作予算枠では絶対に無理ですよネ。細密で美麗な絵を何千何万と描くのは、どう考えても現在のテレビや劇場の制作費では無理です。

それに、絵の密度を上げて美麗な仕上げにすると、今度は動きの8〜12fpsがショボく感じられるようになるのです。簡略化された絵だから、8〜12fpsがほどよくマッチするのであって、絵の密度をあげれば、動きの密度も等しく上げていく必要が生じます。これは実際に研究やテストをして、高密度の絵を動かしてみれば、実感できると思います。絵の密度(線の密度だけでなくフィニッシュの密度も)を細密にした場合、おそらく、作画上で24fpsは必要になると思います。つまり24コマベタ打ちのタイムシートです。

ますます、今の制作キャパでは無理ですよネ。作画で4Kを意識した途端、破綻が見え始めます。

つまり、社会のテクノロジ進化に歩調を合わせて進み続けた場合、今のアニメ作画の技術体系では様々な要素で「袋小路」にぶち当たるのです。作画陣営はやがて「私たちはこれ以上、先には進めません」という行き止まりに直面します。

これは別の言い方で言えば、今の作画技術体系を使い続ける限りは、社会のテクノロジ進化と決別し、どこかの時点で「伝統芸能化」して存続させるしかない‥‥とも言えます。古典芸能と同じ立ち位置に立ち、「世の中がどんなに変わっても、私たちはコレでやり続けます」と腹を決めて宣言するわけです。旧来デザインを現フォーマットに対応させた4K8fpsでいいじゃない、フィルム時代の2コマ3コマの動きが日本のアニメの原点であり美点だ!‥‥と居直る姿勢を明確にするのです。

4K60pなどの社会の技術進化をふんだんに活用する未来のアニメーション技術か、古典芸能として旧来技術を守り続けるアニメーション技術か。‥‥その、どちらを選ぶのか。

どちらも茨の道です。新しいアニメーション技法の技術体系と制作システムの構築は困難の連続でしょうし、旧来技術はどうやって「時代遅れではなく古典」の芸能・芸術として社会に認知され生き残っていくかが最大の課題となるでしょうし。

実はとてもキツい、究極の選択が近い未来に待ち受けているのかも知れませんネ。






 

ガンプラ。

私はプラモ好きながら、ガンプラはずっとスルーし続けています。まず、子供の頃にガンダムに馴染まなかったのが尾を引いているのです。さらに、プラモの人気は、軍用機、軍艦、戦車が主役だったのに、ガンプラに主役の座を奪われた‥‥と子供の頃に苦々しく思ったからでしょう。多分、ルサンチマンが私の中に存在するだと思います。

が、しかし。‥‥です。

今度発売される1/144のHGUCシリーズのガンダムMk.IIは、ちょっとスルーできないな‥‥と思うのです。どんな前置きがあるにせよ、これはすごいでしょ。





何が凄いか、判らんでしょうか。‥‥関節です。

「ああ、こうして描けばよかったのかな」と長年のナゾの答えを、ドヤ顏で示して見せる、出色の出来栄えです。上図のポーズをサンプルで出す時点で、メーカー側の強い自信が現れています。確かに、これはスゴいですネ。当時描いてたからよく解る‥‥。

Z、ZZの制作当時にコレがあれば、「スカートから出るフトモモの処理」とか悩まなくて済んだワ‥‥。

私は高校時代に友達の手伝いでZガンダムの動画を描いたことがあり、卒業後に途中からZZガンダムのローテーションに入りました。‥‥なので、このへんのメカには馴染みがあるのです。
*高校生が原画や動画を描く‥‥って、今では想像しにくいでしょうが、1980年代当時は、東京近郊に住んでいれば、よくある事でした。私と同年代の人には、結構そういう人はいて、「進行さんが高校まで原画を回収しに来た」なんて話も聞くくらいです。私はソコまでエグくはなかったでしたが。

それに、ティターンズ仕様のダークネイビーグレーのガンダムMk.IIは、やっぱりかっこいいよネ。ガンダムそのものに幼少の頃の苦い思い出があろうと。


*ちょっと金田さんぽいポーズ‥‥ですネ。当時(ZやZZガンダムの頃)はご法度だったように記憶します。金田モドキは禁止だったような。


‥‥なので、アマゾンで予約してしまいました。ちなみにハマーンさんの搭乗していたキュベレイも12月末に新キットが出るようです。キュベレイって不思議なデザインで、当時若かった私(10代でしたな‥‥)にはとても描ききれるようなシロモノではなかったです。各部をどう処理したら良いか、迷いまくりました。



*なだらかな曲線が多用されていて、遠近感を出しにくかったのを記憶しています。まあ、私がヘタだっただけですが。


上記の予約商品に限らず、既に発売済みのガンプラ「HGUC」シリーズは、私が子供の頃に見たガンプラとはかけはなれた超弩級の進化を遂げており、ガンプラという色眼鏡なしに「製品」としてみた際、そのユーザエクスペリエンスのレベルの高さは、同価格帯の軍用機などのキットを遥かに上回っています。

まず、ランナーに並んだ出で立ちが美しいです。箱を開けた時の印象が良いのです。また、組立説明書もサイドストーリーなどを盛り込んで読み物として楽しめる構成になっており、「このキットを手にしたユーザが、どんなキモチになるか」までちゃんと練って製品を作っているのが、ヒシヒシと伝わってきます。「ユーザエクスペリエンス」がまさに製品に体現されています。

アカン‥‥。これに比べたら、ハセガワなどの旧キットのユーザエクスペリエンスなんて‥‥全く太刀打ちできないスね‥‥。現在発売中のスケールキット群の多くは、旧製品の刷り直しばかりで、ユーザに対する情熱を失っています。
*スケールキット(=スケールモデル)とは、実物(戦車や戦闘機など)のプラモの総称です。

ガンプラのキット内容はまさにオンタイムです。スケールキットは、昔の思い出に頼るばかり‥‥です。

でも、最近のタミヤの零戦とかは、ガンプラに負けてません。スケールモデルの問題は、そうした「ホットな製品」があまり発売されなくなって久しい事‥‥です。


*このタミヤ1/72の零戦はオススメです。ディテールの細かさ、パーツの精密さに絶句せよ。

「ファンが喜ぶ製品」‥‥この基本的な製品作りのスタンスが、ガンプラには豊富に含まれていて、スケールキットには(タミヤの一部の良い商品を除き)忘れ去られているのです。

スケールキットが時代と共に衰退しても、製品自体の問題で、しょうがないのかもなあ‥‥と、ガンプラとの対比でつくづく感じた次第です。

ガンプラ人気は堅調だと聞きます。そういう「売れてる」「売れない」などの話題をすると、業界ズレした人は、なんやかんやと何処かで聞いたような論説を展開しますが、ガンプラの製品そのものを見れば、「売れて納得」です。ユーザの製品体験を大切にしているのが、何も聞かずとも製品からグングン伝わってきますもん。ここまで工夫を盛り込んでいるガンプラが売れないのだとしたら、市場は闇です。堅調なのは何よりです。

まあ、私はこれから先もスケールモデルが主ですが(資料としても必要なので)、ガンプラの製品作りの姿勢は、学ぶところも大きいですネ。

倒れる

ここ2回くらい、深刻な話題を書きましたが、期せずして、アニメ会社の倒産の記事をネットで見ました。

実は私、20歳半ばの頃に、自分の席があった会社が倒産したことがありました。小さな会社でしたから、社長さんとの距離も近く、スタッフ皆で家に呼んでもらったこともありました。倒産の半年まえくらいから、お金の支払いが乱れ始めて、不渡りが発覚する前夜には役員の人が高価なビデオ編集機などを運び出したりして、「倒産の現場」をリアルに経験しました。

倒産した後、私はフリーアニメーターで社員ではありませんでしたが、酷くみじめな気持ちになったものです。作品制作を引き取ってくれた制作会社のプロデューサーの方が以前に仕事でお付き合いがあったり、何よりも同業のフリーアニメーター(原画や作監)の方々がごく普通に接してくれた事は救いでした。一方、動画の何人かには「こんなのやりたくねーなー」とか明からさまに嫌味を言われたりしましたけどネ。

今日の今日まで作業していた会社が倒産したり、苦楽を共にした人が職場で倒れて帰らない人になったり。‥‥生きていくうちには、色々な事があるものです。

ネットがいくら発達しても、経験だけは手に入れられません。悲報‥‥なんていう決まりきった単語を見かけるけど、何が解った上での「悲しみ」なんだろうな‥‥と思います。

倒産前日の最後に会った、社長さんのこわばった表情は忘れられないし、隣に座っていた演出さんが急死した際の、すべての力が抜け切った死顔も忘れられません。

前回の続きみたい‥‥になりますが、そんな人たちの顔を思い浮かべれば、経験は100%、否、120%、未来に活かしたいと思うのです。

過去

妙な自尊心に囚われていると、冷静かつ大局的な判断ができなくなるのは、まさに70年前の日本人が身を以て示してくれた事です。過去の作品や業績の栄光にすがり続けていると、事態の変化を見落とし、合理的な判断ができなくなります。

過去の経験と知識は強力な武器です。しかし、その武器をショーケースに展示して、「昔は凄かったでしょ」なんて、まさに公家と化した武士のようです。

昔の業績、フィルモグラフィなんて、振り返らなくても良いのです。重要なのは未来です。

もし、昔の事ばかり懐かしむのだとしたら、その人はもう刀が折れてしまったのです。

蓄積した経験と知識を、さらなる前進の橋頭堡にして、戦い生き抜き、切り開こうとする時、過去を懐かしんでいる暇などありません。教訓や足場にするのはいいけど、懐かしんで座り込んじゃダメです。

これから先、世界は変わり続け、アニメ制作も変わり続けるでしょう。自分たちはどう進むのか、または止まるのか、‥‥自分たちで決めていくしかないです。

今は相変わらず忙しいかも知れません。しかし、その「忙しさの質」は変わってきていますよネ。忙しさは安泰のバロメーターではありません。好景気の時も、大戦争に負ける寸前の時も、忙しいという状況は同じです。

アニメ業界の全体像を、忙しさに惑わされず、ここ5年、10年、20年の経緯を冷静に分析して評価してみましょう。さらに世界の技術の進化をリサーチしましょう。そして合理的に判断してみましょう。現実を見るのは嫌だとか、オレの時代はこうだったとか、目をそらさずに、あくまでクールに合理的に。

冷静に合理的にジャッジできる、クリアな視力と脳みそならば、同じく、どのように今後行動し展開すれば良いかは見えてくると思います。

武勇伝なんて、未来にとって何の糧にもならない、単なる思い出話です。

今が忙しいからと言って、未来が保証されているわけではありません。

過去、そして現在とどう向き合うか、当人のスタンス次第で、当人の未来も、当人の関わる周囲の未来も、大きく変わってしまうものなのでしょう。

わたくしとアップル

私が一番最初にメインで使ったApple製品は、Macintosh Quadra650で、某クライアントからの貸与品でした。その次はPower Macintosh 8500/180、同時にWindowsはGatewayの100数十メガHzのCPUのものも使っていました。

そして、初めて「パソコン」を買ったのが、コンピュータを仕事でイジりだしてから1年ほど経過した頃のPower Macintosh 8600/250です。1997年当時、パソコンのハードウェアについて疎かった私は、買う直前までWindowsかMacかを悩み続けていました。最終的になぜMacに落ち着いたかというと、アップルスクリプトや機能拡張マネージャーなど、若干ではありますが、ユーザにフレンドリーな気がしたからです。他愛のない話かも知れませんが、Osakaなどフォントが親しみやすかったというのもありますし、何でもアイコンをつけるスタイルも「ビジネスぽくなくて」好感が持てたのです。

しかし、その当時は、アップルに不穏なウワサが少なからず流れていて、「買収される」「倒産する」など、ユーザの不安を煽る状況を、よく雑誌などで目にしたものです。スカリー時代に、ビジネスユーザへの売り込みで決定的な敗北を喫して以来、迷走を続けるアップルは、現在の2000億円の社屋を建てたり、CEOが中国国家主席と直に話すような世界有数の企業ではなく、いつ消滅してもおかしくない危ない状態を続けていたのです。1990年代後半、リアルタイムでそれをヒシヒシと感じておりました。

そしてジョブズの復帰(一度、アップルを追い出されて、自分で会社を立ち上げて、瀕死のアップルに帰ってきた)してからのサクセスストーリーは、ジョブズ時代から始まった「i」製品が示す通りです。iMac、iPod、iTunes、iPhone‥‥と「あの瀕死のアップルがよく‥‥」と長年のユーザーですら目と耳を疑う復活劇を成し遂げたわけです。

思えば‥‥です。アップルって、ビジネス戦争に負けて、瀕死になったのが、結局良かったんでしょう。

もしマイクロソフト&IBM陣営との戦いに勝利して、一般企業のビジネス用途に広く普及していたら、今のアップルは確実に有りえなかったと思います。どうやって生き残りをかけるか‥‥という企業としての闘争本能は発揮できないまま凡庸なOSとして「飼い殺し」みたいな状態になっていたかも知れません。

2000年初頭に「サウンドジャム」の開発元や「ロジック」のEmagic社を買収したアップルの動きを見たとき、「なるほど。そっちの方面に完全にシフトしたんだな」と思ったのです。大負けしたビジネス用途でのシェアにはもう手を出さない代わりに、人々のプライヴェート用途をごっそり取りにいく戦略に切り替えたんだな‥‥と、買収した会社のメンツを見て感じたのです。買収した会社の一覧を見れば、その当時のアップルの野望が見えてきますよネ。

今度のiPad ProとApple Pencilは、どうなるのか。アップルが「何を獲得しようとしているのか」は、「Windows版に負けない、素晴らしい会計ソフトを開発しました」ではなく、デザイナーやアーティスト、クリエーター、映像制作者に訴えかけるガジェットをリリースすることから、おぼろげに浮かび上がってきます。

まだイジっていないので、iPad ProとApple Pencilの性能は未知ではあるのですが、Appleは「良くも悪くも」プライドの高い会社なので、Wacomが既に存在している以上、失笑を買うようなブザマなものは出してこないでしょう。

だって、わざわざ、このタイミングで「液タブ」版iPadですもん。後発の常として、先発を凌駕しにかかってくるのは、当然でしょう。

おそらく、ペンタブが事実上のWacomの独占市場になった時、ペンタブの進化は鈍化してしまったのでしょう。10万円以上する液晶タブレットの性能がイマイチ、イマニ、イマサンくらいで、数年後にちょっと性能の向上した10万円以上する新しいモデルを出しました!‥‥と言われても、「もう買わないよ‥‥懲りたから‥‥」としか言えませんもん。

アップルは社内に大勢のデザイナーを抱えているでしょうから、Wacom製品の如何ともしがたい状況は「デザイナーの不満」として、もしかしたらアップル内部で声が上がっていたかも知れませんね。あくまで想像ですが。‥‥アップル内部に対するアイブ(デザイナー上がりの人スね)の影響力を考えれば、「自分たちで未来の鉛筆を開発しよう」と考えたとしても不思議ではありません。

私も最近、ペンタブによる清書をおこないましたが、アシスト機能を持たないPhotoshopでの清書は「苦行」以外のなにものでもないです。せめて、ペンタブに新しい技術の波が来てくれたなら、もっと状況は変わるのに‥‥と痛いほど実感しました。

下世話な話ですが、アップルくらいの「大金持ち」でなければ、「新世代の電子鉛筆」は作れないのかも知れませんネ。

まあ、こんな話を書くと、昔の人は「アップル信者」と思うのかも知れませんけど、私が信じているのはアップルではなく、「人とコンピュータのちから」です。映像作品・映像商品を作る用途において、人がコンピュータと共に作業する際に、現在一番「勝手が良い」のがアップル製品だというだけです。ビジネスユーザが無理してiMacを使うのは滑稽ですが、デザイナーやクリエーターが無理して汎用Windowsマシンを使うのも同様に「遠回り」なように思います。

ただ‥‥ねえ、アップルが変な気をおこして、「昔負けたビジネス戦争に勝ってみたい」とか思わなければ良いんですけどネ。もういいじゃないの、ビジネスの市場は。


で、気になるiPad Pro&Apple Pencilのお値段は‥‥。

128GBで15万以下だと嬉しいなあ‥‥と、思って調べてみたら、大体128GBモデルが12万、Pencilが2万で、合計14万円くらいのようです。‥‥発売が開始したら、速攻で買いますワ。すぐに私の仕事やプロジェクトに活きますもん。

iPadで動作するPhotoshop Fixとやらもリリースされるようですし、絵を描く人間にとって、しばらくはiPad Pro周辺は気になるところ‥‥です。


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