4Kを喰らう

4Kは、ハコだけあっても、中身が無い‥‥と各所で耳にするようになりました。また、8Kの足音も、ちらほら聞こえます。しかし、今のアニメ制作現場は、「4K」をイメージする事もままならないのではないでしょうか。2008年前後にD1時代からHD時代への移行が各所でおこりましたが、アニメ制作の基本はほとんど何も変わらなかったし、変えようともしなかった、変えなくても特に大混乱は起きなかった‥‥事を思い出せば、「同じノリ」で4Kに対処できると考えている人も、もしかしたら多いのかも知れません。

思うに、
 
1・今後も作り方は変えずに、アップコンバートだけで済ます
2・フォーマット拡張に合わせて、制作規模も相応に拡大する
3・フォーマット拡張に完全対応できる、新しい作り方にゼロから仕切り直す

‥‥という大まかな3つの選択肢があるわけですが、私のスタンスは前々から書いているように「3」のスタンスです。8K120fpsだろうが対応できるし、未曾有の16K240fpsだって制作構造的には対応可能です。もちろん、良い事ばかりではなく、リスクは相当なものがありますが、その辺は過去に何度も書いてきたので、ここでは省略します。

では、「1」はどうか。過渡期の4K24pなら、なんとかなるかも知れません。ただ、48fpsに人々の視覚能力が慣れ始めたくらいから品質的に苦しくなるでしょうし、2K未満の画像を2倍拡大(面積比4倍)したフォーカスのぬるい絵は当初から問題になるかも知れません。「品質的に苦しくても、今はそれで凌いで、誰かが新しいフォーマットを淘汰の末に確立したら、それに追随すれば良い」なんて「漁夫の利」を企んでいる人もいるかも知れませんが、それが可能かどうかはわたし的には疑わしく感じます。徐々に4K8K適応能力をつけていかずに、いきなり転換しようとしても、その頃には「老い過ぎていて」もはや対応する事は不可能かも知れません。浦島太郎が玉手箱を開いて瞬時に老化するような、堪え難いギャップと喪失感を体験する事になるやも知れません。

では次に「2」。4Kに合わせて2倍近い予算増強を果たしても、「線が若干細くなった‥‥?」程度の効果しか発揮できない事は容易に想像できます。作画用紙を大きくしてスキャン解像度を大きくしただけじゃ、世間は「4K」とは認めてくれないスもんね。「キャラの線が細くなったように見える」程度、背景美術のシャープネスが若干増した程度の品質向上で、倍予算の獲得は「お金を調達する側」にとって、正直キツいと思います。「売り要素」があまりにも地味ですもん。かと言って、現在の予算枠で抑えるとしたら、作業ギャラに大きく響くのは、電卓があれば簡単に試算できます。現予算で4K対応は現場が保ちません。

「2」の場合は、4Kの解像度、48fpsの高フレームレートに対応しつつ、実は、4K48fpsに相応しい新しい作画アニメ表現技術も盛った上で、ようやく世間に「4Kの作画アニメ、ここにあり!」とアピールできるのだと思います。4Kのフォーマットに対応しただけでは、現場の人間にしか解らない「僅差」しかアピールできません。

スタンダードB4作画(=今の劇場サイズ)、より細密なキャラ設定、48コマタイムシート、動仕枚数2倍弱、最新マシンへの機材入れ替え(これは段階的投資ですが)、絵の密度を上げるためのより一層の撮影時のハリコミ作業、グラデーション処理の多用、3Dチームの出力解像度やfpsも倍増、絵の完成度を版権イラストレベルにフィニッシュするためのより高度なビジュアルエフェクト&グレーディング‥‥。制作規模を想定すると、30分枠1話分で現場予算4〜5,000万とか、途方もない試算すら出てきそうですが、それって「商業的に成立する」のでしょうか。1クール13話で6億5千万スよ、現場予算だけで。

そして、何よりも厳しいのが、4K48fpsは「最終到達目標」ではなく、過渡的なフォーマットだと言う事です。4Kよりもうちょっと未来の8K96fpsなんて、もはや8Kテレビ1話が現在の1本の劇場予算…になりかねません。未来の人々のお財布が、札束で溢れているなんて事はないのですから、明らかに破綻しています。

こんな風な事を書いてばかりいると、「不安ばかり煽りやがって」「上から目線で物を言いやがって」と思う方もおられるでしょうが、極めて重要な局面を前にして、「心配ない」「下から目線」なんてあり得るんでしょうかネ。状況や趨勢を俯瞰視して、舵取りを見極める必要があると思います。誰もが、現在より一段目線を高くして視界を広げて、自分の進路方向を見据える必要があるんじゃないでしょうか。「どうせ自分なんて」と、卑屈に凝り固まってはいけないのです。

正直、私も4K8Kは不安で怖いです。今までの常識や勝ちパターンがほとんど通用しないのですから。でもそれは、逆に考えれば、障壁を突破して技術を掌握した際には、かなり強力な武器を手に入れた事になる‥‥とも言えるのです。限界を自分に叩き付ける事で、どんどん強靭になっていったのは、どんな時だって同じだったはず。

「でもじゃあ、どうすれば良いのよ」と言う事ですが、頭で4Kに怯えるより、まずは体で4Kで絵を作ってみて、「試し喰い」するのが一番良かろうと思います。実感の全くないまま、4Kの巨大な影に恐怖してても始まらないですもんネ。とりあえず、「かぶりつけそうな部位」から喰えば、味もなんとなくわかってきます。

アニメってさ‥‥、実写と違って、機材的な束縛が少ないので、「4Kカメラ」が無くても、「4K映像」は作れるんです。高価な4Kカメラセットを購入する必要がないので、実はアニメのほうがフットワーク軽く、4K映像制作をテストできるんですヨ。個人がMac miniでもテスト可能なんですから。

でもまあ往々にして、その「テストの第1歩」が踏み出せない人、「ひとくち目が食べられない」人が多いのよねェ‥‥。本人の気概次第なんだけどネ…。

まあ、耳障りの優しい事を言うのが喜ばれて、キツい事を言うのが疎んじられるのは、しょうがない事だと思っています。イタい事を言われても、自分の意志が固い人だけが、未来を志せば良いとも思います。そういう人は、一緒の戦場で戦おうって気になるじゃんか。…実は、そういう事もあって、最近はキツい事ばかり嫌われ覚悟で、書いておるのです。このブログの文面だけで辟易する人は、未来の映像制作に堪えていけないですもん。

 

アマゾンの箱

最近のアマゾンのA4ちょい大きめのダンボール箱は、旧来の「XM03」から、開封時に立方体から平面へと自然にバラける「XM33」へと変わってきていますネ。「XM33」は、資源ゴミとしてゴミ出しする際に、簡単にバラせるように配慮されています。

私がアマゾンのダンボール箱の変遷に注目しているのは、ダンボール箱好きのマニアだから‥‥では無くて、単に「アマゾンのダンボール箱を収納箱として再利用している」からです。1/35のミリタリーミニチュアを収納するのに、とても良いサイズなのがアマゾンの旧型「XM03」なのです。1つの箱に緩衝材と共に収納すれば、2〜4モデルが梱包できるのでとても省スペース、かつ、「いつでもそこにある」アマゾン規格サイズなので、整然としたスタックにも適しています。

新型の「XM33」はよく出来ていて、開封すると立方体を維持できなくなり、簡単に展開状態になります。これはゴミ出しに便利です。ただ、私には都合が悪い。

なので、展開状態になったXM33を木工ボンドとステープラで組み立て直すハメに。

木工ボンドはDIYでも結構出番の多い消耗品なので、今回のXM33出現に合わせて、お徳用をフォレストウェイで購入しました。ボンドは豪快に消費するので、お徳用が一番です。瞬間接着剤とかお高い高性能ボンドを買って使うよりは、昔からある木工ボンドで組み立てたほうが、コストが安価ですし、乾くと接着面の柔軟性も発揮されるので、良いです。

一方ステープラー、通称「ホチキス」は、貫通能力の高いNo.11針を使用するバイモ11を買いました。それでも、段ボール3枚重ねの貫通は無理なんですけどネ。要は、木工ボンドが乾くまで固定しておければ良いので、バイモ11でOKなのです。

ダンボール箱の流用‥‥という視点では、前より手間のかかるようになったXM33ですが、悪い面ばかりではありません。上記のごとく、側面のうち2面が「段ボール3枚重ね」なので、強度がグンと増しております。木工ボンドで固定した状態だとズレないので、箱のガッシリ度が旧型のXM03に比べて向上しております。繊細な立体モデルを保護する目的において、安心感が増しております。

私のストック関連は、今ではヨドバシの小箱と、アマゾンの中箱で、保管のスタンダードが形成されております。特に立体モデルは鑑賞目的ではなく、映像制作上の広範な資料目的なので、「ホコリが固着する」のはNGであり、適度な吸湿・保湿効果もあるダンボール箱が、ストックに適していると実感しております。配送ダンボール箱の流用は、余計なお金もかからないし、積載しても問題無いしで、見た目を気にしなければ、実は室内保管においては最適に近いパッケージなのかも知れません。

 

「大和」というネーミング

最近、「大和」という名称を、「フラッグシップの何か」に命名する「潜在的な意識」を考えてみた事があります。

戦艦大和は、世界最大の46cm主砲を装備し、まさに「俺たちの最高最強の」戦艦ではありますが、「艦船による艦隊決戦」という、時代からズレた感覚で計画・建造され、有効な戦略上の活躍もないまま最後は「特攻兵器」として出陣し、航空機勢によって撃沈された‥‥という、ある種「滅びゆくものの美」を背負った存在でもあります。

私は、人々が自分たちの何かに「あえて、大和と命名」する時、実は潜在意識の中に「最強かつ最後」という「終焉を予感するファクタ」が存在するのではないか‥‥と感じます。本人たちは無意識でも、「最高のものを用いて、最後の時を迎えるんだ」という「心中」の感情を、どこか「大和」という名前に託しているのではないか‥‥と。

私が過去から感じていた「大和」という名の持つ「不吉さ」は、その辺に由来するのかも知れません。ですから、私は自分の計画する新しいアニメーション制作システムに、間違っても「大和」なんていうネーミングをするわけもないですし、端末名にも命名する気分にはなれません。片道燃料の特攻作戦のイメージが強すぎちゃって‥‥。

別に「大和」は、戦艦固有の名前ではないのですが、戦艦大和の生い立ちと最後を子供の頃から書籍で読んでいたので、なおさら、「大和」という名前を避けがちなのかも知れませんネ。私が日本伝来の名前をチョイスするならば、スサノヲとかツクヨミとか、軍艦には無い名称を選ぶと思います‥‥恐らく。

浮動小数点の感覚

私は、描き送りの作画によるアニメ〜いわゆる「作画アニメ」に関しては、4K48fpsが構造上の限界と考えています。作画はB4用紙、1秒のコマ数は48コマ(を2コマ3コマのタイミングで)。‥‥これだけでもうんざりする人は多いでしょうが、逆に言えば、このあたりが「作画で許容できるフォーマットの限界」と考えます。映像処理プログラマーもアニメ制作側に引き込んで、近未来の8K/96fpsへのアップコン技術と組み合わせて、作画と映像処理技術の両要素で、次世代のフォーマットを活用するプランです。

しかしながら、私の本命はやはり、デジタル生粋のアニメーション制作技法です。私の考える方法では、画像寸法(ビデオ解像度)に関しては、時代の流れに合わせて4K〜8K(もっと先の未来には、もっと上もあるのかな?)へと推移し、フレームレートに関しては「いつでもフルフレームモーション」を基本とします。つまり、48fpsならば48枚の絵、120fpsならば120枚の絵で、アニメーションするという事です。意図的にタイミングを2フレや3フレで止めて「パンチ」を出す事はありますが、基本はフルフレームモーションのアニメーションです。

「そんなの動画枚数で死ぬじゃん」とか言われそうですが、動画はコンピュータがおこなうので、「フレームレートフリー」なのです。仮にフレームレートが240fpsになろうが、(マシンの処理性能はともかくとして)基礎構造として対応可能です。新しい方式においては、タイムシートの1秒毎のコマ数は不要なのです。

アニメーターはフィルム時代の24コマのタイミングセンスを重要視しますが、私の考える方法では「浮動小数点」センスとでも言いましょうか、要は、「1秒=24コマ」ではなく、「1秒=1.0」で捉えるセンスが必要になってきます。実際の作業様式としては、キャラクターなどの演技のタイミングは、タイムシートに書き込むのではなく、「演技プランシート」に書き込んでスタッフ間の対話をはかり、実際の「ガチのタイミング」はソフトウェア上で「浮動小数点レベル」で決め込んでいく‥‥という感じです。もちろん、演技プランシートは電子書類で、印刷物にはなりません。定型の用紙サイズに収まらないですからネ。

‥‥なので、役に立つのは、1/100のごく普通のストップウォッチです。人間が、1.333333333333と1.333333333334の差なんて解りようもないですから、浮動小数点といっても実際は下2ケタの固定小数点で基礎は充分だと考えます。ただし、コンピュータ上では浮動小数点で処理されるので、浮動小数点そのものに「慣れておく」事は必要だと思っています。

24コマのタイミングが染み付いた人でも、演技シートに24コマガイドを表示して記述していけば良いので、特に困る事はありません。ただ、制作上ではもはや24コマで語る事はない‥‥というだけです。

移りゆくフレームレートに翻弄されるのではなく、あくまで「1秒=1.0」の絶対的感覚でタイミングを意識して制御するわけです。「96fpsは24コマでいうところの4倍で‥‥」なんていう換算を毎回おこなうのはバカらしいという事ですネ。

私はもうかれこれ7〜8年以上は、デジタルオンリーのアニメーション制作法を研究していますから、どのような技術基盤が必要で、どんなフローやインフラを組んで、かつ、どのような人材を育てていくべきか‥‥といった事も、相応に強いイメージがあります。ただ、「下請け根性」のまま、新しいアニメーション制作をスタートすべきではないと考えているので、極めて慎重に事を進めようと考えてもいるのです。

加えて、未来の映像産業のかたちも、たっぷりとイメージすべきでしょう。もう「昔のハコ」では稼げないのでは? ‥‥現在は1960年代でも、1980年代でも、2000年代でもなく、2010年代なのですから。

テレビやビデオが無かった時代、粗末な解像度のソリューションしか手に入らなかった時代と、現在そして未来を同じイメージで捉える事のほうが愚かです。高密度画素の家庭向け映像機器の他、より個人的なソリューションを可能とするヘッドマウント機器の今後の発展も想定しておきたいです。

音速を超えよう

「4K」というフレーズをよく耳にするようになって、アニメで4Kを作る本質は何かを、よく考えます。そうすると、どんどん深く手繰っていって、最後にはアニメとは何か?という事までさかのぼる事になります。

まあ、私は、「商業作品」というスタンスを気にいっているので、いわゆる「芸術作品」という境地に行き着く事はないのですが、一方で「何で、アニメはマンガ絵じゃないといけないのか」という疑問も浮かびあがります。「アニメ絵はマンガ絵」という暗黙の「縛り」なんて要らないと思うわけです。芸術ぶったスタンスに陥るつもりは毛頭ないのですが、「アニメ絵とはタイプの違う、別種のカッコいい絵でアニメを作る可能性」も思いつくのです。

今までのアニメは、単純明快に、「生産効率」の問題で、輪郭線とベタ塗りという手法を主軸に据えてきたわけですが、コンピュータを用いた制作環境では、特に旧来の手法を踏襲する必要はありません。

旧来方式は、フィルム24コマのフィールドの中で、最大の効率を発揮するよう形成されたわけで、4Kだ48fpsだ…などとフィールド自体が大きく変わる近い未来では、明らかに効率が落ちてきます。そのあたりの事は以前に書いたので、ここでは省略します。

現在のアニメ制作現場で4K8K・48〜120fpsに対応しようとするのは、言わば「プロペラ機で音速を突破しよう」とするものです。「空を飛ぶ」という行為は同じでも、速度域があまりにも違い過ぎますから、かなりの「無茶」をしないと音速は超えられません。極めて頑丈な機体を作り、3600馬力ぐらいの究極のレシプロエンジンを積み、急降下&エンジン全開で「強引に音速突破する」ようなやりかた。限定条件で音速突破はできるかも知れませんが、あまり無茶をすると空中分解は免れない‥‥でしょう。

なぜプロペラ機は音速を超えられないか?‥‥は、Googleで調べてみれば理由はわかります。レシプロエンジンでブレードを回す‥‥という出力装置の、根本的な構造上の限界なのです。同じように、現アニメ現場も「エンジン」の問題で、8K96fpsなんていうフレーム数には構造上対応できない(予算面も全部含めて)のです。



一方、ジェット機。話を元に戻すと、いわゆる「デジタル」オンリーのアニメ。黎明期のジェット機がそうであったように、「デジタル」オンリーのアニメも黎明期の今、ヘタレこの上ありません。かすかに動く紙芝居です。しかし、それはよちよち歩きの赤ん坊を、大の大人が馬鹿にするようなもので、「デジタル」オンリーのアニメを見据えるには、成長した後をイメージする事が必要です。

 

黎明期のジェット機を見ると、プロペラ機からプロペラを除去し、ジェットエンジンにすげ替えただけ‥‥のデザインです。エンジンは新しいけど、全体像は古いまま‥‥ですネ。「デジタル」オンリーのアニメも、今までと同じ表現スタイルを繰り返していては、「ジェットエンジンを装備しても音速は超えられない」のかも知れません。

「ジェットエンジン」を積んだからには、どんどん意欲的なデザインを試すべき…と私は考えています。




思うに、今のアニメ業界の制作スタイルで、作品効果が発揮できるMAXは、4K24fpsもしくは、4K48fpsが限度かな‥‥と思います。例えれば「亜音速域」でしょうか。「音速を超える」事に執着するのではなく、今までの経験値・技術力を「亜音速域」で活かす事をイメージするのです。しかしながら、単純に解像度を上げただけでは「これのどこが4K?」と言われておしまい‥‥でしょう。映像が4Kを体現していなければ「金の無駄」と評価されて、さらには「アニメで4Kは無理だ」とまでレッテルを貼られかねません。「スキャン解像度を4K相当にアップしました!」と言われて、どんだけの人が、「そりゃ凄い」と言うのでしょうか。従来アニメスタイルを踏襲した発展形の制作方式であっても、4Kの必然性を周囲に納得させる、新世代を感じさせる絵に仕上げる必要がある‥‥と思います。4Kに解像度をアップするのに合わせて、さらなる表現技法の向上を盛り込み、従来技術の底力を強調してアピールするわけです。

また、「デジタル」オンリーのアニメも、いつまでも紙芝居を続けていては、見切られるでしょう。ゾゾゾッと琴線を刺激する絵と動きが必要です。旧来アニメの刷り直し、低コスト版では、終わりは見えています。また、単発1カット2カットを気まぐれなタイミングで公開したところで、「まぐれ当たり」にしか受け取ってもらえないでしょうから、何かしらの「ソリューション」を感じさせる体で仕上げて、「技術ではなく作品として」アピールする必要があるでしょう。早く見せたいのを堪えてでも、「時が来る」のを待たなければなりません。「火力集中」は戦術の鉄則‥‥ですネ。

今、同時多発的に、次世代のアニメを模索する動きがあると思います。ある人間にとってはチャンスの時代、またある人間にとっては苦難の時代‥‥かも知れませんネ。しかし、「苦難転じて福と成す」ことだって、アイデア次第ではいくらでもあり得る‥‥と思いますヨ。

新技術が未発達の時は「使い物にならねえ」とコキ下し、新技術が台頭し始めると旧技術を「古くせえ」とコキ下ろすような、虚勢ばかりの日和見層になってはいけません。流行におびえながら生きている人間に、未来を切り開く力など、ありようもないのですから。

新旧のポリシーの差こそあれど、目標を見定めて、力強く、突き進みたい‥‥ですネ。


*ちなみに私はレシプロ機もジェット機もおしなべて好きです。なので、このありさま。‥‥同じように、16ミリ時代のど根性ガエルから、3Dアニメの「ポコヨ」まで、スタイルや年代に無関係に好きなものは好きです。ポコヨは当時500円DVDだったのが、2014年現在は6,000円とかプレミア価格になっちゃってますネ‥‥。

ストリートビュー、航空写真

Googleのストリートビューって、専用車で街を徘徊しているだけかと思ったら、水上バス・遊覧船の航路もイケるんですね。知らなかった。



しかし、GoogleMap。航空写真で航空基地まで閲覧できるので、色々と参考になります。駐機の様子なんて、中々解らないですもんネ。

下図は、極東のMig-31(だと思う)です。たしかに、アラスカ経由で来襲する米軍を迎撃するなら、この位置、この機種、ですネ。


アマゾンの画像関連付けが錯乱している案件

私は子供の頃、オバケのQ太郎と21エモンが好きだったのですが、今日、アマゾンで何となく検索したら‥‥。






‥‥‥。

一瞬、「アンソロジー」物かと思たよ。






オ‥‥オバケのQ太郎‥‥。21,000円。ちょっと似てなくもないけど、わざと間違えてないか?

アマゾンって、膨大なシステムだろうから、まあ、こんな事もあるでしょうネ。
 

新MacPro

去年末くらいに注文した人には、そろそろ届いている頃の新型MacPro、通称「ゴミ箱」ですが、私も本日、ビデオ性能を確かめてみました。MacProにはThunderbolt6つとHDMI1つがありますので、少なくとも3つのモニタには接続できる事を確認しました。

2560x1440のモニタを2つ、1920x1200のモニタを1つで、合計3つ。メインとなる2650pxモニタは2つとも60Hzのリフレッシュレートが必須ですが、接続方法が適切でないと30Hzにダウンしてしまいます。DVI接続はデュアルリンクが必要だったり高性能で高価な変換アダプタが必須だったりと、ハードルが意外に高いので、結果的には、Thunderbolt to DisplayPort(ミニじゃないヤツね)で接続するのが、一番面倒無いようです。

またHDMI1.4のビデオ出力もあるので、HDMI経由で2Kオーバーの解像度も出せるようです。ただ、接続形態(DVIアダプタをかますとか)によっては、本来の性能が出ないようなので、私の環境では1920x1200(16:10)でおさめています。

2ヶ月以上待たされたMacProを来週から本格的に使い始められるので、旧型MacProで苦労していた実写関連の仕事も、ようやく波に乗れそうです。

HDアニメのコンポジット・ビジュアルエフェクトでは遜色を感じなかった旧型MacProも、2Kのエグい実写ビジュアルエフェクトやグレーディングでは、もはや役不足を否めません。昔はあんなにアニメ撮影で活躍したのに驚くばかりです。実際、今のiMacの方(i7で32GBメモリ)が、旧型のMacPro(Early 2009とか)の2倍近いパフォーマンスを発揮する事すらあります。

でもまあ、アニメでこの先もレタス方式を続けるならば、4K/24fpsであっても旧型MacProも決して役不足とは言えません。現役で使えます。レタスの2値データは、データ量が極めて小さいので、HD解像度でも取り回しが楽なのです。現在、まれにレタス方式のペイントデータを扱うと、その動作の軽さに驚きます。今でも「キロバイト」単位のデータ量ですから、マシン速度で苦しむ事は少ない…と思います。

このような事を書くと、ハイスペックマシンこそが次世代高品質の「面白い」作品の制作必須アイテム‥‥のように響いちゃうのですが、「ハイスペックは面白さとイコールなのか」‥‥とよく考えます。‥‥まあ、すぐに「そんな事はない」と答えが出るわけですが。

16ミリフィルムの過去テレビ作品でも面白い作品は山とありますし、80年代の劇場アニメなどは今のリテーク基準では絶対にスルーしない信じ難いようなミスも放置されたままですが、それで作品の輝きが大幅に失われるか?‥‥というと、そんな事は決してないわけです。リテークを細かく潰して小奇麗に仕上げた現在の作品よりも、昭和40〜50年代の作品の方が、「魅力」の点で勝る事も往々にしてあり得るのです。

作品を作るビジョンやパッションは、高性能な作業環境や細かいリテーク潰しで補完できるものではない‥‥と私は思っています。作り手のビジョンやパッションを作品にロスなく浸透させるために、高性能な作業環境やリテーク処理があるわけです。

最近、実写の48fps作品の評判を聞いたり、新型マシンに触れたりすると、作品映像の魅力の大小は、決してマシンやフォーマットのスペックでは無いな‥‥としみじみ思います。48fpsをいくら使ったところで、作る側に48fpsの活用アイデアが無ければ、ただ単にヌルヌル動くだけでしょうし、4K8Kもただ単に解像度が高いだけに終始するでしょう。

48〜120fpsだから表現できる、4K8Kだから表現できる、このマシン性能だったら妥協を減らして一層表現に磨きがかかる‥‥のような、「作る側の強烈な意思やビジョン」が無ければ、いくら高スペックの環境を揃えても、使いこなせないままで持ち腐れて終わりです。性能の高いマシンや次世代フォーマットを用いれば、誰でも凄い作品が作れるなんて、あるわけないですもんネ。高い鉛筆と用紙を買えば誰でもうまい絵が描けるわけじゃないし、スポーツカーを買えば誰でもレーサーレベルの操縦技術になるわけではないのは、それこそ誰もが理解できる事ですが、コンピュータやデジタル絡みになると、その辺がゴマかされて幻想を抱きやすいんですよネ。コンピュータが本格的に普及し始めた頃、ハード&ソフトを売る側が「誰でもプロ並み」と喧伝した影響が、今でも根深く残留しているのかも知れません。その幻想の残留物は、デジタルでマトモに作ろうとしている人にとっては、実はとても迷惑な事(=根拠無しに雰囲気で、デジタルは楽だと憶測される)なんですが、どうしても払拭できないのよネ。

逆に言えば、強烈なビジョンを持っている人にとっては、高品質フォーマットや高スペックマシンは、アイデアのおもちゃ箱のように働きかけるのだと思います。かつての90年代のAfter EffectsやPhotoshopが、アイデア次第で色んな事が実現できたように。

要は「次世代に欲情できているか否か」だと思います。

で、新型Mac Pro。2.5Kの2モニタ同時映像再生(ProRes422HQ)は、難なくクリア。直近の現実的なお話しでは、旧型だと24時間と予測時間が出るレンダリングを、新型MacProは果たして、何時間でレンダリングするのか。

PowerMac8500/180、メモリ160MBでAfter Effects 3.1Jを使っていた頃が遥か昔に感じられますが、新型MacProもしばらく後には、懐かしいマシンになるのでしょうネ。
 

ジョバンニの島、公開

今日、2/22から「ジョバンニの島」(以後、ジョバンニ)の劇場公開がスタートしましたネ。ジョバンニは「作画&背景美術 押し」作品ではありますが、全カットもれなくビジュアルエフェクトが入っておりますので、空気感や季節感の質感表現にも注目して頂けたらと思います。「タイムシートには記述指定できない」ニュアンス表現を具現化するのはビジュアルエフェクトの大きな仕事の1つですが、例え作画中心のアニメであっても、映画のような長尺には必要なんだなあ‥‥と実感しました。

実は、「並撮」のようなシンプルな内容のシーン・カットほど、技術的なバックボーンが必須なのです。キャラと背景を組み合わせるのって、極めて基礎的でシンプルですから、逆に難しいわけです。「デジタルでは何もしていないくらい、普通に見える」のが、ジョバンニのスタンダードシーンの「正解」ですから、「ビジュアルエフェクトって、普通のシーンでは何をしてたの?」‥‥でバッチリOKなのです。

今回、私が担当したのは、いくつかの撮影ボード(撮影見本のようなもの)、バンク素材作成のいくつか、特殊なカットの撮影(クレジットには出ておりませんが)を少々、ビジュアルエフェクト&グレーディング(私を含めた全2名で全カット)と言った内容です。一見、キャラと背景だけのように見えるカットでも、シーンごとにフォーカス(輪郭表現)やシャドー、距離感などビジュアルエフェクトが加味されており、改めて、映画の絵作りのなんたるかを認識しました。私が気に入っているのは「吹雪」のシーンですが、雪そのものではなく、むしろカラーリング(色彩・明暗)やフォーカシングに「臨場感」のウェイトがかかっていると再認識しました。やっぱり、基本は、トーンカーブでどれだけ「空気」を表現できるか、ですネ。

今回のジョバンニは、以前にも増して、西久保監督のオーダーが繊細になっており、ビジュアルエフェクト&グレーディングの「性能」をとことんドライブされておりました。私らのグレーディングの後に、1日だけイマジカ・ラボサイドのグレーディングも実施しており、もしかしたら、アニメーション監督で一番グレーディングを使いこなしているのは、西久保さんかも知れませんネ。

ジョバンニの話を受けた当初、「作画アニメ」でどれだけビジュアルエフェクトの出番があるのか、懐疑的な心持ちでしたが、ふたを開けてみれば、全カットにエフェクトをかけないと「作品がまとまらない」事が解りました。まあ、よく考えてみれば、セルと背景を組み合わせただけじゃ、「収まりが悪い」スもんネ。だからと言って、「ディフュージョンの1番、2番」みたいな大雑把な質感の仕切りでは、「大きなテレビ作品」になっちゃいますし、ちゃんと真正面から「効果の大小こそあれ」ビジュアルエフェクトでがっつり表現しにいかないと、映画の質感にはならないようです。要は「画像データを映画の絵に仕立てる」勘所が必要なわけです。ビジュアルエフェクトの派手な作品よりも、より一層の技術経験値を必要とするのが、ジョバンニだったかも知れません。

しかし何だ、西久保監督は実は「家族愛」的な作品が得意なのかも知れませんネ。2年前の某CMもご一緒しましたが、あれも話題になりましたし。また、戦争ものって、往々にして教訓的、説教的、ある種「見た者への精神的懲罰」的なスタンスになりやすいですが、西久保さんのバランスが、そうなるのを絶妙に回避していたように思います。過度に感情的に流れず、淡々と感情と事物の進行を追う事が、逆に大きな作品効果を生み出しているんだなあ…と、グレーディングで何度も映像を見ながら感じておりました。

あと、ジョバンニは音楽も良いです。メロディを大切に紡いでいくさまは、まさに「日本のサントラの美意識」と言えましょう。ハリウッド調の「アクセントを過度に強調した」音楽とは一線を画す、美しさが際立つ劇伴です。基本主題を変奏して、物語の進行と結びつけていく様子は感動的です。ジョバンニの基本主題は何度も姿を変えて現れ、観客の心理を誘導していきます。わたし的には、純平とのデートのシーンで、ターニャの悲しげな主題(悲しき天使)が、幸福感で満ちた長調で変奏されるくだりは、お気に入りです。そのシーンのビジュアルエフェクトは私が担当した事もあり、絵だけでは手にできない、「音楽による映像の力」を実感しました。

しばらく、ロードショー公開していると思いますので、興味のある方は、是非劇場へ。。。

慣れれば、慣れる

何故、平安時代にジェット機を生産できなかったんでしょうか。平安時代にはジェット機を生産するための、根本的な資材〜もっとさかのぼって言えば、元素が地球上に存在しなかったんでしょうかネ。‥‥そんな事はないわけで、要は総合的なテクノロジーが発達してなかったからですよネ、大雑把に言えば。

思うに、昔の人の知能や身体能力がことさら低かったわけではなく、全世界規模の技術基盤や文化などが複雑に入り組んで「時代」を形成し、人々はその強烈な影響化にあったのだと思います。1935年生まれの戦前の新生児をタイムマシンで現在につれてきて、現代社会で育てれば、まさに「現代人」になると思います。人は「状況に慣れる」性質を持つ‥‥のかも知れません。

もっと個人レベルの視点で考えてみると、なぜ、子供・学生の頃は「下手」なのか。10代の身体に致命的な弱点があるわけでもないのに。「自身の肉体」という道具は存在したのに、何かしらの要因や意識が不足していて、「上手くできない」のです。

人が「慣れるイキモノ」だとするならば、古いものに慣れ親しむばかりでなく、新しいものに慣れる事にも、その性質を発揮したいところです。

「できるのに、できない」事は、次世代映像制作の取り組みをしていると、痛烈に実感します。「1年前に、このやり方が、なぜ想い浮かばなかったのかな‥‥」とか「妙に、昔の作法に縛られて、思考が凝り固まっていたな」‥‥などと、自身の発想の不自由さに歯がゆくなる事があります。

After Effectsで動きを作る事は、今の私には「できる事」です。ずいぶん昔のAfter Effectsでも動きは制御可能でしたから、要は今まで自分の中で「できないことにしていた」だけです。一般的に見れば、「撮影」という行程では、動きをAfter Effectsで作り出すなんて、じゅうぶん変則的ですし、旧式の撮影行程で撮影スタッフが動きに関与するのは御法度(動きのクオリティで考えて)です。しかし、動きの経験と知識を持った人間が、撮影とは全く別の視点でAfter Effectsを用いてアニメーションするのであれば、状態が全く異なります。

「できる事とできない事」の組み合わせは、言うなれば「de facto standard」です。実勢によって事実上の標準とみなされるようになった」とは言い得て妙で、自分自身・自分の身の回りの技術・趣向などにおいても、自らの認識で「実勢によって事実上の標準」とみなしています。そして人は、いつの頃からか「自分の実勢」の更新をストップし、「自分とはこういうもの」とばかりに、グローバル定数のように固定して設定しがちなのかも知れません。

でも、過去全てにおいて、実勢に甘んじて何もアクションしない人によって世界が満たされていたら、まだ石器時代以前のままかも知れませんネ。飛行機も飛ばないし、電話もテレビもない。もちろん、アニメも、After Effectsも存在しないスね。

個人レベルで言えば、自己の「de facto standard」は、言い換えれば、「閉塞感の自作自演」とも言えます。自分の行動パターンをバックサイドで適度に設定しておきながら、「このごろ、自分自身の行動に閉塞感を感じる」などとは、滑稽にもほどがあります。

でも、自分の性質、趣向なんて、そうやすやすと変えられないじゃんか。‥‥まあ、そうかも知れません。

だったら、趣向はそのままで、別腹で新しい事をしてみて、それに慣れちゃえば良い‥‥のです。ある時期から「自分が得意だ」と決めつけた以外の、自分にとっての新しい事をすれば良いです。新しい事に着手するのに、「今までのをナシにする」とか、極論に走る必要がありますか。

かと言って、新しい事をするだけではダメで、「慣れるところ」まで習熟しないとダメッすネ。‥‥で、「慣れるところ」までいくには、状況を作る必要があります。まあ、自身を振り返ると、この「状況を作る」方法が若い頃には解らないのよねェ‥‥。

思うに、「自分はこの程度だ」と達観する事が、自己の発展を阻んでいたと述懐します。私は今では普通に、カラーボード・イメージボード類を仕事で描いたりしますし、ビジュアルエフェクトやグレーディングで微妙な色の操作をして画面作りをしますが、実は過去の私は「色彩は不得意だ」 と思っており、20代中頃まではずっと敬遠していました。そんな私が、メルセデスCMや2000年のBLOOD劇場ではカラーイメージボードを描き、ジョバンニではイマジカのグレーディングに立ち会うようになるのですから、要は過去に自ら「できるのに、できない」状況を生み出していたわけです。私が「本質的かつ宿命的に色彩に向いていない」なら、じゃあ、今なぜ、このような仕事をしてるのか‥‥という事です。今だからキッパリ言えますが、「できない」と自虐的に思考していただけです。そしてその自虐思考が、プラス要因を丁寧に1つずつ潰していく「負のジェネレータ」になっていたのです。

After Effectsで絵を動かすなんて、そんな果てしない事を‥‥。もしできたとしても、手描きに比べて、相当にヘナチョコなんじゃないか‥‥。数年前はそんな迷いもありましたが、実際に着手して作業に慣れてくると、「まだまだいけそうな予感」をひしひしを実感できるようになりました。日本のアニメーターの技量はハイパークラスですから、肩を並べるにはほど遠いヨチヨチ歩きですが、今のアニメーターのシステムでは全く手の届かないフィールドがもう見えていますし、今後の成長を加味すると、ある種、楽観できるのです。アニメ作画やアニメ撮影はまさに真っ赤なレッドオーシャンですが、夏の木陰から涼しげなブルーオーシャンが見える思いです。‥‥これも構想だけではダメで、「慣れる」ところまでやってみて、初めて実感できる事です。

慣れれば、慣れるもんです。逆に、慣れるまでつきあわなければ、いつまでたっても、変化は訪れません‥‥というか、相対的には時間の進行に置いていかれて後退していきます。

今のアニメの制作方式。「新しいフォーマットについていけなくなったら、心中するまでよ」と自虐思考に陥ってたりしませんか。それこそは、過去に消えていった娯楽産業と同じ末路を、自ら好んで進むようなものです。紙に鉛筆で原動画を描くスタイルを存続させたい‥‥とするなら、それを「実勢」と達観せずに、何かしら新しい突破口を志向することが必要でしょう。‥‥つーても、何だかんだ言って「今のシステムがいい」という人が多いこの業界、‥‥変われるタイミングも極めて見つけ辛いのかも知れません。
 


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