中々ね‥‥

「デジタル」作画について、何が一番引っかかっているか‥‥というと、「作画の作業様式をデジタル化しよう」というのが、発想の限界を明らさまに示していて、未来が見えてこない‥‥のですよネ。要は、電気で動くそろばん、エンジンを動力として四足歩行で走る馬‥‥を求める思考が、早々に行き詰まるような気がしているのです。

今までそろばんを使ってきた人や、馬に乗ってきた人からすると、そろばんの駒を弾く手の動きや、馬の四足歩行は、欠かすことのできない要素だと思わずにいられないのかも知れません。アニメーターがアニメーターの視点でものを考えると、今で言うところの「デジタル作画」という考えに向かい易いのかも知れません。

アニメーターとしての視点が強すぎて、絵を描く、絵を動かすという根本からの発想を阻害してはいまいか? 原画・動画‥‥という様式に囚われすぎていまいか?

電卓やバイク・車に馴染んでいる現代人の我々からすれば、電動の機械仕掛けで動くそろばんや、エンジンで関節を動かして四速歩行する馬が実際に存在したら、ジョークかと思いますよネ。数字と演算キー、エンジンとシャーシとタイヤじゃダメなん? なぜ駒にこだわる? なぜ四足にこだわる?‥‥と不思議に思えることですが、時代の移り変わりの時期というのは、得てして、古来の様式に邪魔されて本質が見えないものなのでしょう。

「デジタル仕掛けの作画現場」を作ろうとし過ぎて、アニメーション映像制作の本質とコンピュータ活用の本質が、見えなくなっていませんか‥‥? せっかくコンピュータという新たな絵を描いて動かす道具を手に入れたのに、それを紙と鉛筆の代用品に仕立てる視点しか持てていないのでは?

人間の目は前しか見えないかもしれませんが、後ろの音を耳で聞くことはできます。また、面倒くさがらず、怖がらずに、くるりと1回転すれば、後ろも左右も見ることができます。

コレだ!‥‥と決めちゃうと、体も頭も固くなって、前方の決められた一点しか見なくなるのは、ある種、人間のサガかもしれませんが、そんなサガに支配され続けていては、「事を仕損じて」しまいます。これはホントに、自分に耐えず言い聞かせることです。

新しい取り組みを「賭け」や「ギャンブル」にしていては、負けるのは必至。「勝ち難きに負ける」状況を自ら作り出してどうするのでしょうか。剣術書の引用を待たずとも「負けに不思議の負けなし」です。

旧来の作画様式を「デジタル」で再演しようとするその滑稽さに気付き、肩の力を抜いて覚めた頭で考えてみれば、案外、糸口は見出しやすいのかも知れません。‥‥が、人が大勢集まると、中々、そうはいかないんだろうなあ‥‥。

甘い読み

アニメ制作ソフトのPVを見るたびに、「中割りアシスト機能」を「無人動画」と勘違いする人間が、また増えるんだろうな‥‥と思います。つまりは、コンピュータをオペレーションする人間は無人扱いか‥‥と。

コンピュータを空気のように扱う人間は、少なからず実在するとは思います。‥‥じゃないと、「今の状況」は説明がつかないもんネ。そして、そのような類いの人間は、無意識にでも、こう思っているはずです。「空気を吸うのはタダだ」と。

でもそれは、状況を次のフェイズへと推し進める、キツい「必要悪」だとも感じます。特に日本人は、とことんまで追い詰められないと、システムを変えようとはしないですからネ。

デジタル作画を始めても、依然として紙に頼らざるえない現状は、まさにコンピュータを空気にように扱ってきたが故の「甘い読みの結果」だとも思います。タブレットとソフトウェアは意識しているけど、コンピュータは意識していない‥‥というあまりにも間の抜けた考えのもとに、シンポジウムや勉強会をいくら開催しても、誤認がさらなる誤解を招くだけだと私は感じます。デジタル作画のソフトウェアが必ず避けて通る「技術的な地雷」も見抜けないまま、いかにも「甘そうな」部分に飛びついてしまいます。「当てが外れた」「こんなはずではなかった」というのは、甘い読みに甘い考えを上乗せしたがゆえです。足を地につけて、「腹を割ってコンピュータと付き合ってみれば」そんな甘々尽くしの行動には及ばないはず‥‥です。

ただそれも、自然淘汰の必然的なプロセスでしょう。失敗する人々がいてこそ、成功する人々が頭角をあらわすのですから。

既にデジタル作画に足を突っ込んでいて、何か雲行きの怪しさを感じたのであれば、状況の構造を冷静に分析し、時には「勇気ある進路変更」も必要となりましょう。デジタル作画はあくまで手段であって、目的にしてはいけないのです。デジタル作画を目的にすり替えてしまったことで、とんでもない高コスト構造へと変質することに気づいたのならば、何らかの措置は必要でしょう。「自分たちの目的を実現するための、手段としてのデジタル作画」でなければ、絵に描いたような本末転倒となります。

水は高きより低きに流れ‥‥と言います。新しい取り組みをする際に、忘れがちなのはまさにソレです。エコシステムを俯瞰視できなければ、いくら最新技術の導入を目指しても、空回りに終わるのです。

ここ数年、甘い読みは命取りとなるでしょう。戦争は最初と最後を慎重にせよ‥‥なんて言葉もあります。業界の「第2次デジタル戦争」は始まったばかり。‥‥断片から全体像を推し量るのは容易なことではないでしょうが、絶えず、大局を見据えて歩みたいものです。

雑感

「4K8Kの無料放送が録画不可になる(可能性がある)」なんていう記事を最近読みました。

4K/8K無料放送は「録画禁止」に? NexTV-F発表の規定が大きな波紋
http://www.phileweb.com/review/column/201601/09/461.html


とっさに「そんなことしたらテレビは自滅じゃん」とか思うものの、よくよく考えてみれば、テレビに依存する映像制作の性質が未来にどれだけ有効かを考えれば「それならそれでもいいか。他に作品作りの道はあるだろう。」とも思えてきます。

「なんて、のんきな‥‥」と思われるかも知れませんが、私は「アニメとはこういうものだ」という固定概念から脱出することを模索しているので、当然、配布形態・媒体にも未来の変化はあって然るべしと考えています。

アニメはテレビとともに発達しましたが、現在の深夜枠シフトを鑑みるに、未来も変わらずテレビに依存し続けられるとは到底思えません。また、昭和や平成初期とは違って、テレビはあくまで映像情報メディアの幾つかの1つに過ぎず、人々の中心とは言えなくなっています。テレビ業界の舵取りがどうであろうが、アニメ制作業は、テレビに依存していた過去に区切りをつけて、未来のエコシステムを手にしなければならない‥‥と感じます。

テレビの価値を過小評価するのは反動が強すぎるように思いますが、まるでテレビをご本尊のようにして崇め奉る時代は、ずいぶん昔に終わっているようにも思います。

アニメ業界の大半は「公開メディアに合わせて作品を作る」意識が強いと思いますが、それはまさに、テレビや出版の権益を基軸としたエコシステム由来のスタンスです。そのエコシステムから脱却しなければ、いつまでたっても農奴制に変わりはないです。世間に「アニメ業界の窮状を訴える」のではなく、「プランテーションから脱出することの方が先決」だと思うんですよ。尊い時間を「農奴の賃上げ交渉」に使っている場合ではないと、少なくとも私は考えます。

「放送が録画禁止になるかも」という話題も、それそのもので盛り上がるのではなくて、もっと先の先の先をリーディングして、思考を巡らせたいもの‥‥ですネ。

iPad Pro、その後

iPad Proは、「ちょっと大きなiPad」くらいの印象ではあるのですが、その「ちょっと大きい」特徴が地味に活きるのが「読書用途」です。

2.7K/13インチのRetinaディスプレイによって、実寸が現実の書籍と同じ大きさ、かつフォントが実物の印刷物のように非常に滑らかなので、モニタを見ているという現実をつい忘れます。A4サイズの書籍をほぼ実物サイズで読めるのは、目にも優しく疲労軽減にも寄与します。

しかし、そうなってくると、肝心のKindle電子書籍のクオリティのバラつきが気になってきます。

昔の書籍をKindle化する際に、結構な割合でフォントが画像化されているものを見かけます。フォントの輪郭にモスキートノイズがまとわりついているので、即座に判別できます。

ちゃんと、文章はテキストデータに、画像は画像データになっている電子書籍は、まだまだ少ない印象で、電子書籍の世界も過渡期真最中なんだろうな‥‥と察します。

Dover社の美術書は、文章はテキストデータに打ち換えられ、画像データとバランスよくレイアウトされていますが、画像の解像度が低いので、画集としてはちょっとビミョーなんですよネ。美術解剖書などは特に不都合は感じませんが、画家ごとの画集はまだ印刷物を買った方が無難かもしれません。

ただ、私としては、何十冊もの本を700gのiPad Proに入れて持ち歩ける恩恵の方が絶大なので、今ではできる限り電子書籍で購入するようにしています。私がよく読む戦史などは挿絵がなく文字がほとんどなので、文字が大きく美麗なKindle&iPad Proの組み合わせが、最大に活きるのです。

iPd ProはほぼA4サイズで264ppiと、印刷物のクオリティとほぼ同一なので、企画書、イメージギャラリー、絵コンテ、設定のビュワーとしても大いに期待できる存在です。手軽なところではPDFによる閲覧、ネットワークならばSafariでiPad用にCSSを組んだWebページ、本気モードならiOSのアプリ開発による専用ビュワーで、各種ドキュメントの閲覧環境を考えてみても良いでしょうネ。ネットワークのサーバを基幹とすれば、HTML5のVIDEOタグで、YouTubeなどを経由しなくても内輪でビデオの閲覧も出来ますし。

ちなみに、今の私の作画机には、(自宅も職場も)コンピュータは置いてません。以前はモニターアームやらでモニタを設置していたものですが、去年暮れからiPad Proをペンタブの代用にしつつ、以前買ったiPadをビュワーにして、「iPad2台体制」にしているので、ゴツくて大きくて重いモニタは作画机周辺からは撤去してしまいました。その代わり、コンピュータ机にはMacや周辺機器を集中させています。

アニメ会社で使われている作画机って、コンピュータ一式を設置するには無理があるんですよネ。「それ用」に設計されてないので、仕方ないです。設置を工夫すれば多少は良くなるのですが、逆に言えば、工夫しないとダメなのです。でも、iPad2台なら簡単に置けますし、使用しない時は棚に避けておけば良いのです。iPadを立てる折りたたみスタンドは100円ショップで売ってますし、自作も容易でしょう。

30年前の自分は、まさかiPadのようなガジェットを活用して作画するようになるなんて、思ってもみませんでしたが、時代は絶えず進み続けて、人も順応していくんですネ。

書くだけだったら楽だから

色々と映像制作のアレコレを書いていますが、私本人が書いているそばから何ですが、ブログやツイッターで書くのって楽ですよネ。書くだけでいいんだもん。小説や論文のような創作物とは、大きく異なります。

文章って魔物のような性質を持っていて、「文字を書いた行為が、カタルシスを呼び起こす」ところがあります。でも、そんな「偽りのカタルシス」に惑わされることなく、やはり実際の行動として実践しなければなりません。

文章は、何らかのアクションの発端やきっかけにはなりますけどネ。文字だけでは何も変わらないし変えられないです。残念ながら。

新しいアニメーション技法について文字でいくら書き表したところで、映像はレンダリングされません。文字は情報を伝達するには適しているのでしょうが、物理的なアクションを文字で発生させることはできませんよネ。ブログで新技術や未来の映像のことを書くだけで、実作品の映像が実現するのなら、どれほど楽な事か。

文章と同じく、言葉も似た性質があります。現場で言うならば「会議」です。白熱した会議に当人たちは満足感を得たものの、その会議で話した内容を明確に具現化しなければ、何ら結果には結びつきません。PDCA(計画・実行・チェック・対応処置)ならぬ、PC(計画とチェック)では物事は動きません。ディスカッションの難しさは、まさにそこですよネ。熱心に話し合ったことで満足してしまい、肝心の実行力が希薄になってしまう…という。

何の思索もなしに、論ずることもなしに、「考える前に行動しろ」なんて馬鹿げています。考えずに行動したら、大問題です。だから文字に書き留めて考えもするし、議論の場も必要でしょう。しかし、言葉に偏重するのは危うい。

言うなれば「考えすぎる前に行動しよう」でしょうネ。もしくは「行動しながら、次のことを考えよう」でしょうか。

2016年

新年が明けました。今年もよろしくお願いします。

今年の抱負‥‥とか考えてみるものの、扱うべきこと、成し遂げることの大きさゆえに、「今年」限定で区切ると文言が思いつきません。

まあでも、わかりきっていることは、やってさえいれば形になる可能性はあるし、何もやらなければ可能性すらない‥‥ということでしょうか。

そして、ものつくりの人間は、結局は「作品で全てを語るのだ」ということも。

- - - -

以下、雑感。

去年末まで作業していた作品において強く感じたことは、現在のアニメ制作現場は、過去から現在に渡って蓄積した制作技術を、「分解掃除」して溜まったゴミや劣化したパーツを交換することで、4Kなどの未来映像フォーマットに十分「対応はできる」ということです。逆に言えば、このままメンテを怠って馬車馬のように走り続けると、今以上に、燃費の恐ろしく悪い現場へと劣化していく‥‥とも言えます。

「デジタル作画で現場を変えよう」と考える人もいるかもしれませんが、現在の現場の悪循環の源は「紙と鉛筆が原因ではない」のですから、ペンタブ作画へとツールを持ち替えても、環境向上には殆ど貢献できないでしょう。むしろ、今以上に作画に負担がかかる(=詳細な絵を、殆ど変わらぬ作業費で、今以上に要求される)可能性すらあります。

「絵を作ることにしかコンピュータに注目できない」のだとすれば、現場は未来も似たような構造を持ち続けると思います。コンピュータは絵を作ること以外にもたくさん使っていいんですけどネ。日頃、銀行やコンビニでキャッシュディスペンサーのお世話になっている割に、自分らの現場にはそういうことを導入しようとは全く思っていないのは、現アニメ業界のある種の「発想の限界」かと思います。「オンライン」という世間では使い古された言葉を、制作現場は未だ実践できずにいます。

そして、上記を踏まえた上での最大の問題点、‥‥要は、商品・作品としての未来を考えた時、一番深刻なのは、今までの作り方の延長線上で未来のフォーマットにのぞんでも売り要素が殆ど無い‥‥ということです。今の現場の作り方による映像表現では、2KのHD解像度で打ち止めであり、4Kはオーバースペックなのです。

「ウチは企画とストーリーで勝負するから」「キャラデザインでファン受けを狙うから」と考える人もいるでしょうが、それはSDでもHDでも4Kでも同じことです。映像表現技術の売り要素が話のターゲットです。

例えば、24コマシート、レタスの二値トレスで、4Kに対応して、どれだけ絵の魅力がアップし、見る側・受け取る側にアピールできるか、頭の中でレンダリングしてみてください。容易に思い浮かびますよね、「線がかすかに綺麗になっただけの、今までと何ら変化のないアニメ作品」の映像が。

アニメに4Kは必要ない‥‥と言っている現場の人を何人か知っていますが、それはある意味、正しいのです。今までの絵の作り方で4Kに対応しても、旨味はほとんどありません。

つまり、お客さんから見れば、「効率化したから何なの?」「デジタル作画だから何なの?」「4Kだから何なの?」ということです。今までのアニメの作り方を散々苦労して未来のフォーマットで再演しても、「アップコンと何が違うの?」と言われて終了です。現場の人間は、「現場を効率化しよう」とか「未来フォーマットに備えて高画質の制作体制を確立しよう」と考えがちですが、その取り組みが作品の「対外的な魅力」としてハッキリと具現化されていなければ、単に独りよがりの内輪受けに終始します。

恐らく今後のアニメ業界のアキレス健はソコ 〜業界内部の取り組みが、購買層に対して、商品の魅力としてアピールしづらい構造〜 ‥‥であり、そこから長い期間抜け出せずに悩むと思います。

また、昨今の「デジタルアニメーション」に見慣れ、動かしまくるアニメにも見慣れた購買層に対し、「新しい何をアピールできるのか」‥‥という「時代の特性」においても、旧来アニメ現場が生み出すアニメ映像は袋小路に迷い込んで久しいです。逆に、新しいアニメーション技術の観点からすれば、旧来アニメ現場の「設計上の弱点」を執拗に攻めるのが勝利のカギでしょうし、実際、旧来現場の手出しできなかった部分が、新技術の真骨頂でもあります。

旧来のアニメ現場の技術はいわばレシプロ機。一方、全行程に対し統合的にコンピュータを用いる新技術や、「デジタル作画」は、まだ飛行することすらおぼつかない領域をうろついているジェット機。史実において、ジェット機は登場した頃、情けないほどに非力でしたが、未来の可能性を秘めた一面も既に覗かせていました。ジェット機をプロペラのない飛行機と思っているうちは、発展の糸口など見えないでしょうが、ジェットで何が変わるかを実感できている人は、着実に進化の駒を進めることでしょう。

ちなみに、「デジタル作画」に関して言えば、旧来技法の模倣や踏襲に明け暮れるよりも、もっと攻めるべき点があるとは思います‥‥が、それについては主要な人材配置に大きく関わることですから、アウトサイダーたる私はあえて何も言わないでおくのが肝要でしょう。映像表現のアイデアマンや仕切り役が、昔のアニメの古い思考を引き摺っていては、「デジタル云々」なんて「壁紙の貼り替え」にしかならない‥‥とだけ、申しておきます。

未来の「戦場」はどのようなものか。今年2016年は「経緯」を見守る1年、そして、水面下での動きをより一層積極化する1年になることでしょう。



   

年内の作業、終了

つい昨日、久々に「撮影監督」を担当したアニメ作品の作業を終了しました。その作業の中で、現場の状況は5年前と比べて、また大きく変化していることを実感しました。

私自身としては、知人たちからよく耳にする「どんどん状況が悪くなる」的な要素とは別の要素、すなわち、新展開に通ずる要素も感じとりました。確かに状況は激化していますが、次世代技術の新展開を鑑みた場合、旧来技術の中に未来への光明が見える瞬間もありました。その光明とは、現場の人々にとってはあまりにも普通すぎて話題にものぼらないベーシックな技術群なので、気付いている人も少ないかも知れませんが‥‥。

周囲が暗ければ、明るい光は見えやすくなるものです。何十年も受け継がれた作業スタイルの中に、依然、輝きを失わないものは存在します。ただ、疲れ果てた人々は、今一度、顔を上げて情景を見渡す気力も失せているのかも‥‥知れないですネ。

「もうダメだ」「これ以上は無理だ」という感情は、もしかしたら、最大級の決断を即す「福音」かも知れませんネ。

旧来の制作スタイル側に参画した場合、何を武器として、何を避け、何を味方につけるかが、今回の作業でより一層明確に見えたように思います。日本のアニメ制作の基礎技術の高さを実感できた一方で、現業界で主流の技術〜二値トレスという20年前の技術を使いつづける事が、実は業界の技術発展を大きく足止めさせている事を実感できたのは大きかったです。20年前の、あまりにもコンピュータが非力だった頃を象徴する技術に、2015年の今でも頼り続け、「経済的理由」からその依存関係を断ち切れない業界の体質は、今後も続くのだと痛感しました。二値トレスは確かに色々と便利なんですけどね‥‥。その便利さにすがっているからこそ、別の技術フィールド・映像表現に歩み出せないこと、そして(これが重要で深刻な事ですが)二値トレスに変わる新技術を探し当てていないことも再確認できました。

また、新しいアニメーション技法においては、旧来の制作技術・作画技術に対して、どうやって攻め、どうやって正面対決を避けるかを、再思考しました。新しい制作技法に課すべき目標は、旧来技術を凌駕することではなく、旧来制作体制や制作技法全般のウィークポイントを徹底的に叩くことでしょう。現業界システムが得意としている要素で戦っても、よちよち歩きの新システムは太刀打ちできないのです。内容要求のハードさゆえに徐々に弱体化しているとはいえ、旧来制作体制の各方面にはまだまだエースは数多くいるものです。ゆえに格闘戦は厳禁、新技術による一撃離脱を徹底すべし‥‥です。妙なプライドや空元気で誤魔化すことなく、新技法の弱点を見定め、冷徹に、旧来技法の弱点を重点的に突くのが肝要というものです。

要は、どちらのスタンスを採るにしても、強い部分を引き立たせる状況を作るよう、最大級の知略を働かせることですネ。わざわざ長所を錆びつかせて、短所をさらけ出すようなことをしなければ良い‥‥ということに尽きます。

ただそれが、慣習やしがらみに束縛された現場にとって、とても難しいことは、業界に在籍していれば誰もが実感していることでしょう。

しかし、難しいからといって何もしなければ、何も変わらないのも事実です。放置したままでは、むしろ状況はどんどん悪化していきます。

状況が停滞(もしくは劣化)し、新しいことを実践するのが難しい時期こそ、アイデアを練る最良の時なのです。たまに「考える前に行動せよ」なんていうフレーズを耳にしますが、「考えないで行動しちゃダメ」‥‥ですよね。PDCAのPの後に、何が飛び出してくるのか‥‥が、まさにものつくりを仕事に選んだ醍醐味でもあるのですから。

まあ、とにかく、現在の撮影事情は追い込みの時期にプライベートな時間など皆無となるのが必至、ゆえにApple Pencilも全くイジれませんでしたが、予定通りの年内作業終了を果たしたので、年末年始の休みにiPad ProとApple Pencil、そして紙と鉛筆も含めて、色々と実践してみようと思います。

映像の世紀・デジタルリマスター

NHKの「新・映像の世紀」に合わせて、今から20年前に制作された「映像の世紀」がデジタルリマスター版としてNHKのBSで再放送されていました。私は、BDレコーダの「おまかせ録画」によって、デジタルリマスター版のBS放送があったことを、事後に知りました。

「映像の世紀」の話題は、このブログでも何度か取り上げていますが、デジタルリマスター版により全話数を再視聴して、やはり優れたドキュメンタリーだと再認識しました。‥‥別に「映像の世紀」じゃないとダメなわけではないですが、近代史に関わる内容を作品で扱うのならば、「映像の世紀」のようなドキュメンタリーは制作者として「最低でも」見ておく必要があると感じております。「近代史に関わる内容」とは、ぶっちゃけ、ミリタリーや銃、社会秩序や権力構造が出てくるアニメです。「映像の世紀」で網羅している近代史くらいは踏まえておかないと、作品内容を話し合う会議なんて「基礎知識不足」でまっとうにできませんもんネ。

BDレコーダの「おまかせ録画」によって見逃さずに済んだ「映像の世紀」。先週の再放送を最後に、デジタルリマスター版をコンプリートした!‥‥と思ったら、BDレコーダは天使から悪魔へ変貌、「おまかせ録画だったから消すね」と第1話を消してしまいやがった‥‥のです。‥‥親切なんだか、不親切なんだか。

最近まで知らなかったのですが、ソニーのBDレコーダおまかせ録画って、1回再生すれば「消さないフラグ」が立つと思っていたら大間違いで、容量が逼迫してくるとなりふり構わず消しまくるのです。(もちろん、おまかせではなく、通常の録画予約ならば消されることはありません)

「プロテクトしておけばよかった」と後悔したところで、消された録画はもう元には戻りません。

ダメ元で、「映像の世紀 デジタルリマスター 再放送」でネット検索してみたら、なんと元日にBSでもう1回再放送するではありませんか。

ああ、良かった。今度は忘れずに、明示的に、録画予約しておこう。

元日から重いキモチになりたくはないでしょうが、映像作品の制作に関わる人間の、最低限の基礎知識として、元日の「映像の世紀」再放送は是非オススメしたいです。元日に見るのがヘヴィならば、録画予約しておいて後日にでも。

ちなみに、「新・映像の世紀」は、今週の深夜に第1・2話がNHK地デジで再放送、第3話が日曜に本放送されますヨ。「映像の世紀」に劣らず、「新・映像の世紀」も、制作に手がかかったであろうNHKならではのドキュメンタリーなので、毎回の放送が待ち遠しいです。

乱高下アマゾン

ここのところ、タミヤのミニタリーミニチュアの再販ラッシュに注目し、アマゾンの売り場を眺めているのですが、値段の変動や品切れが目まぐるしいですネ。

昨日まであったM4A3E8イージーエイトがもうアマゾンプライムでは買えなくなって値段が上がったり(送料込みで)、M24チャーフィーが千円近く値下がりしたり、Sd.kfz234/1がほんの数日の間に2300円から2000円、そしてまた2300円に戻ったり‥‥と、一体アマゾンの舞台裏で何が起こっているのか。

はたまた、ヨドバシではすでに「予約数終了」でフューリー似の戦車兵セットが手に入らなくなったり‥‥と、何だか忙しい1/35です。(アマゾンでは今のところ、まだ大丈夫そうです)

タミヤの再販ラッシュに乗って、他社もPanther IIとかE10,25,50,75,100シリーズとか、また再販してくれないかな。Panther Fは、10年前くらいの安い時に買っておけばよかった‥‥と後悔している一品です。

しかしまあ、こうして何段階右折かで、再販の兆しすら見えなかった1/35の数々が手に入るようになったのは、やっぱり、アニメ映画のおかげ‥‥ですよネ。その点は、素直に感謝しないと。

ブルムベアとか、もう再販されないと思ってましたからネ。

 
*よく見ると、ハッチから顔を出してる戦車兵の顔が‥‥、ヤバいすネ。。。

シート

タイムシートって、テクニカルの「パワーリミッター」みたいなもんだな‥‥と最近つくづく感じます。

リミッターでパワーを制限しているから、昔ながらの生活道路でも事故を連発させずに破綻を防いでるんですよネ。馬力はせいぜい7馬力まで、49ccの排気量にあえて抑えて、最高速度も60km以上出ないようになっています。

もし、最新映像技術のパワーを解放して、大馬力・大排気量で昔ながらの狭路を爆走したら、重大事故の連続です。

どんなに最新技術パワーを発揮できるマシンやソフトウェアがあっても、タイムシートの規則に従う限りは、30〜60kmの速度制限と曲がり角の度に停止標識を守らなければなりません。タイムシートは事故防止の番人でもあるのですから。

今の作画方式でも、実は100馬力、1300ccくらいまで「エンジン」をチューンできるんですよネ。つまり、秘めたるパワーがあっても、走らせる場所がないのです。バイク乗りや車好きの人なら、この表現はよくお解りかと思います。

タイムシートを大改正して、道路区画も整理すれば、昭和30年代の未舗装路のような交通状況から一変できるとは思います。

このお話は、見方を変えれば、「いつから、タイムシートは進化が止まってしまったんだろう」と疑問に思う人が、業界にどれだけいるのか‥‥ということでもありますネ。疑問に思わない人が多ければ、たとえデジタル作画に移行しても、タイムシートの仕様にパワーをリミットされ続けます。

また中には、60km制限のままでいいよ‥‥という人もいるでしょう。私はもうのんびり暮らしたいだけだ‥‥と。

そういうことを考えると、技術基盤で「行政区画」を分けるのが適当だろう‥‥と思い至ります。「昔ながらの行政区」と「新時代の行政区」。でも、そうなると、業界はもはや「作業を融通し合う一枚岩」の状態ではなくなります。

そしておそらく、現在40〜60代の層と、30〜50代の層、20〜40代の層は、それぞれに独自の思惑のもと、業界内でクロスオーバーしていくことでしょう。

こうした様々な状況の変化が、今後の「タイムシート」のディテールとして現れるように思います。考えてみれば、タイムシートは「思惑の鏡」みたいなものですからね。

ちなみに私は、新しい制作技法ではタイムシート自体を廃止しています。なぜって、あの書式では技法の要約を表現できないからです。

‥‥そういうことも含め、やっぱりタイムシートは興味深い存在です。


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