コダーイ

私は子供の頃、「ハーリ・ヤーノシュ」のレコード付き絵本が大のお気に入りで、家にあったのはポータブル型の貧相なレコードプレーヤではありましたが、音質など気にせず何度も繰り返し聴いていました。‥‥なので、作曲者のコダーイは大好きな作曲家のひとりです。

アニメーター100%だった20年くらい前、レンタルCDで聴いたコダーイの合唱曲に強い印象を受けました。日本ではコダーイはメジャーとは言えない作曲家でしたから、コダーイの、しかも合唱曲なんて耳にすることは皆無に等しい状況でしたが、やけにマニアックなクラシックCDを置いているレンタル屋さんが国分寺にあり(故わたなべぢゅんいちさんが国分寺に住んでいたので、たまたま見つけたのです)、無作為に借りていた中にコダーイの合唱曲CDが含まれていたのです。

その合唱曲のCDをもう一度聴きたいと思い、アマゾン等で検索すると‥‥



とか、



‥‥などといった検索結果で、手に入らない状態が続いていました。ネットで生活が便利になっても、無いものは無いネ。私自身が「CDのタイトルすら覚えていない」状態なので、絶版状態と相まって、見つけにくい状況が続いていたのです。

ふと、「CDを買う」という前提を取り外して、「音さえ聴ければ良い」条件へと頭を切り替え、試しにiTunesストアで検索してみたら、何ともあっけなく見つかりました。しかも225曲の「Complete Edition」が。

即、購入。4,500円と高価でしたが、カードで貯まったポイントをiTunesギフトに交換して使ったので、お安く買えました。

しかしまあ、実際に225曲もあると、昔聴いた合唱曲がどれなのか、見つけ出すのが大変です。CDのタイトルすら忘れているくらいなので、曲のタイトルで見つけられるわけもなし。のんびりと流し聴きして見つける事にします。

音楽といえば、最近でもハンス・ジマー系の音楽が巷を席巻し続けており、映画やドラマやCMだけでなく、ラリーのPS3ゲームをやっても似たような曲が流れます。やや、食傷気味。‥‥確かに「バックドラフト」の頃(1990年代)は、「TDT」(トニック→ドミナント→トニック)、いわゆる「正格カデンツ」の響きを極端に前面に押し出すような楽曲は珍しく、12音掛かったジョン・ウィリアムス系の音楽に慣れた耳には新鮮に聴こえたものです。しかし、ウケたからといって、みんなで一斉に寝返る必要はないじゃん。世界って極端だよなあ‥‥と思いつつ、それが変えようもない世界の姿なんだと観念して、私は音楽を聴き続けます。

コダーイに話を戻しまして、コダーイは「ウィーンの音楽時計」がかろうじて有名だと言えますが、私もこの曲は小さい頃から好きでよく聴いていました。「時計の鐘」の雰囲気を出すために、基本「TDT」が底に敷かれていますが、進行とは切り離して通奏される音型によってテンションノートっぽい複雑な響きを生み出しています。四拍子の傍で5つ固まりの音型(スコア未確認なので推測ですが)が繰り返される事によって、径の違ういくつもの歯車が動く様子も描写しているんですネ。子供の頃はアナリーゼなんてできませんでしたが、しっかりと雰囲気は受け取っていました。オーボエとフルートが順番に主旋律を奏でる中間部は、子供の頃から特に好きでした。



家には「ドレミファブック」という絵本のシリーズがあり、色々な物語を様々な音楽ジャンルで構成していた、今思えば、良質な子供向けのコンテンツでした。その中に「ハーリ・ヤーノシュ」もあり、コダーイにも触れることができたのです。「子供の頃に色んな料理を食べさせると味覚が発達する」と知り合いが言っていましたが、幼児期の家庭環境が当人に深い影響を及ぼすのは、絵や音楽も同じ‥‥ですネ。

* * * * *

「ラリーのPS3ゲーム」で思い出しましたが、買ったまま全然プレイしてなかったPS3ゲームの「蒼の英雄」を最近プレイしてみたのですが、機種選択の画面で「Ave Verum Corpus」が流れるのは何故? ゆったりした曲目当ての雰囲気だけのチョイスかな。歌詞の内容を知っていると、非常に違和感があるんですけどネ‥‥。前にもPC版の大戦略か何かで「さまよえるオランダ人」序曲が流れていましたけど、それも雰囲気だけでチョイスした例‥‥ですネ。

ゲーム音楽で私が好きなのは、シムシティ(2013)です。「Wheels of Progress」「Deserted」のような管弦楽曲からAC(アダルトコンテンポラリ)、エレクトロニカ、アンビエントまで多彩ですが、どれも質が高く、ゲームBGMの印象から大きく外れます。



この他、「Shipyards of Lorient(=ゲームはやったことがないです)のようなベタベタでイケイケな音楽も好きなんです。曲の構成は、ハンスジマー系というよりは、「空軍大戦略」などの戦争映画の伝統的な管弦楽曲の流れを汲むものですネ。‥‥それに、ハンスジマー系が食傷気味‥‥とは言いましたが、別にハンス・ジマーが嫌いなわけではありません。恐らく私は、平均的な人よりも、ハンス・ジマーのCDを多く所有しているでしょうしネ。萌絵もそうですが、みんなで一斉にソレに染まって、世間が同一色で覆われるのがイヤなだけです。「日本人は演歌」「アニメは萌絵」とか決めつけられるのがね‥‥。

人にはそれぞれ固有の「郷愁」を誘う音楽があるようで、私は基本的に東欧系で、ヨーロッパのジャズの響きが被さったような状態みたいです(=自己分析すると)。なので、チャイコフスキーはもちろんのこと、コダーイにも惹かれますし、ミシェル・ルグランやフランシス・レイ、ヤマトの宮川泰氏の節回しにも反応します。ヴァイオリニストのラカトシュも良いすネ。日本の民謡や演歌を聴いても郷愁を感じませんが、アンダンテカンタービレを聴くだけでフワ〜っと懐かしい気分になります。郷愁を感じる音楽は、人によってはアンデス系の民謡だったりスペイン系のややイスラムの混ざった響きだったりと、日本人でも画一には語りきれないようですネ。

 

チェルニー

最近、手足の末端を角にぶつける事が多くなってきて、「身体の感覚の低下」を実感してきたので、ピアノも「好きな曲だけを弾く」のではなく、ここはひとつ、基本を楽しみながらやってみようと、ツェルニーやハノンなどを「今更ながら」弾き始めました。

自己流でピアノを始めたがゆえに、あらゆる部分が自己流のままで、「古典派」と呼ばれるモーツァルト、ハイドンあたりは特に苦手、ベートーヴェンもロマン派寄りの曲はなんとか「それっぽく」弾けるのですが、古典派寄りな楽曲はすぐにボロが出る始末です。ロマン派だろうが印象派だろうが、基本がダメならグズグズな演奏しかできないんですが、「音をさらえれば良い」とばかりに、基本技術を踏襲することはしてこなかったのです。エレキギターだとハノンみたいな音階練習はよくやっているのに、ピアノはやらなかったのですね、不思議と。

日本ではツェルニーと呼ぶことの多い「カール・チェルニー」は、ベートーヴェンからリスト&ショパンへ至る中間期に位置する年代の作曲家で、日本のピアノ教育の教材として昔から親しまれてきました。逆に言えば、「ピアノレッスンの憂鬱な楽曲」を作った人‥‥とも認識されているかもしれませんネ。
*ちなみに、リストは長生きしたので、娘のコジマがワーグナーと結婚した時も存命でした。ワーグナーの息子のジークフリートの嫁さんのヴィニフレートは、ヒトラーとの仲を噂されたりしましたから、シームレスに現在まで繋がっている実感があります。

私も子供の頃の印象で、チェルニーは「指使いのための、つまらない曲を書く人」と捉えていましたが‥‥、最近聴いた楽曲で、その愚かな認識を悔いる事になります。

チェルニーの曲を色々と聴いてみると、随分と「熱い曲」を書く人なんだ‥‥とイメージが一新しました。100番練習曲のようなピアノレッスン然とした曲の中にも、中々にしんみりと感じ入る曲(66番、49番とか)も含まれており、さらには50番練習曲「The Art of Finger Dexterity」では、いわゆる「カッコイイ」曲も相当入っています。


*op.720-12 ニ短調

同じ曲で手の様子がよく見える動画は以下。‥‥つまり、左手の練習なのです。


以下の曲も左手の練習ですかネ。

*op.720-8 イ短調

曲の勢い‥‥というか、雰囲気は、まさに恩師ベートーヴェンの流れを汲むもの‥‥ですネ。

チェルニーはピアノだけでなく管弦楽曲も多数作曲していますが、交響曲第1番はモロに「ベートーヴェン大好き」感を発散しており、曲の構成からフレージング、オーケストレーションまで「ベートーヴェンが大好きで何が悪い」と堂々と開き直った姿勢が清々しいです。木管の使い方を聴くと、「ほんとに、ベートーヴェンが好きだったんだなぁ」と感じ入ってしまいます。

ベートーヴェンの草譜の断片を繋ぎ合わせて、欠落部は想定して再現、全体の構成も想定して完成した「ベートーヴェンの交響曲第10番・第1楽章」のCDも持っていますが、そちらはテンポはゆったりではありますが、チェルニーの第1番と似ています。弦楽のトレモロの多用、クラリネットを始めとした木管の副旋律、ホルンその他金管とティンパニのアクセントの趣向など、共通点が多い‥‥というのは、何だか妙な語り口ですね。

私が所有するCDはそのチェルニーの交響曲を収めたものですが、YouTubeで同じ音源が誰かによって公開されていますので、今なら聴くことが可能です。(‥‥なので、いつ消されてもおかしくないですネ)

私は昔からベートーヴェンのベタベタに熱い「コリオラン序曲」が大好きですが、チェルニーの第1交響曲も似た様な雰囲気を持っています。「カッコ悪いけど、カッコいい」とでもいいましょうか。劇的な導入部、緩やかな中間部、移行部を経て再現部には劇的な展開で畳み掛けて結ぶ‥‥という「王道パターン」の道のど真中を堂々と歩くような曲です。



チェルニーが第1交響曲を作曲した頃は、ロマン派も後期へと移行し始め、「時代遅れ」と揶揄されても不思議ではない曲調だったでしょうが、言わば、確信犯だったんでしょうネ。だって「ハ短調」ですもん。解る人には解る「合言葉」のようなもんです。ハ短調の平行調は変ホ長調(=ヒロイックな響きを持ちます)ですから、まさに「ド直球」、みなまで言うな‥‥という感じですネ。チェルニーの「大好きなものを詰め込んだ」感が素敵です。そういえば、ブラームスも第1番はハ短調でしたから、ベートーヴェンを意識する人は、ハ短調を自分のマイルストーンに選択しますネ。

ちなみに、チェルニーはノクターンを何曲も書いており、サリエリ、ベートーヴェン、リスト、シューマン、ショパンの同時代を生きた人ならではの、曲種の多彩さです。ノクターンはAmazonのMP3ストアで購入しましたが、フツーにノクターンっぽくて「何でも書く人だったんだな」と思いました。

現在、ドイツのショップからチェルニーのCDを2枚取り寄せていますが、「4手ピアノの協奏曲」「フォルテピアノとホルンのための音楽(直訳ですまんス)」というピアノ教則ではない楽曲集で、到着を楽しみにしております。日本だと「xx番練習曲」のCDしか手に入らなくてね‥‥。

チェルニーは、生涯独身で多数の猫と暮らしていたようで、その曲調と猫との対比で、なんとなく、人柄や情景が浮かびます。

2Kが狭い

動画サイトでガルムのトレーラーが公開開始されましたネ。荒い解像度なので、パッと見の印象しか伝わりませんが、絵作りの意図は何となくでもお解り頂けるかと思います。「実写映画」と言うよりは「実写ベース」と言ったほうがしっくりくるガルムの映像制作でしたが、特にランス(Lance Henriksen)さんのショットは絵作りにおいて「煮て良し、焼いて良し」で、作ってて楽しかったです。どんな風にしても、絵になるんだよネェ。公式な情報開示の少ないガルムではありますが、演者のランスさんをはじめ、メラニーさん、ジョーダンさん、サマーちゃんも一斉にツイートしてますネ。

ガルムの色々は公式サイトの今後に任せるとして、ガルムを経た最近の私の実感ですが、映画を描くキャンバスとしてもはや2Kは狭く感じる事が多くなってきました。ちまたでよく見かける意見は「4K8Kなんて高画質は必要無い」というものですが、私は4K8Kになれば「欠損せずに伝えられる」ので願ったり叶ったりで、むしろ、今まであきらめていた事が可能になる「標準画質」だと考えています。多くの人は、映像作品は「情報の欠落した低品質のものを見るもの」と定義しているのかどうか知りませんが、わたし的には、実際の肉眼の感覚に近くなるほど「標準」であり、今までが技術の都合に「甘んじていただけ」だと考えているのです。

もちろん、「フィルムの絵作り」(グレインや色再現性の特性)の良さは重々承知ですが(過去の私がアホほどフィルムカメラに執着していた事を知る人はもはや少ないですが)、フィルムが消えた今は、全く違う「脳」で絵作りをしたいと思いますし、その為にはデジタルカメラと同じような高画素・高画質の基盤は必要だと考えています。さらには、より一層高速なフレームレートも必要です。

私は未来もアニメーション作品を制作し続ける所存ですが、そんな私が未来の「実際の肉眼の感覚に近くなる」映像技術を基盤とする事を語ると、「肉眼の感覚に近いアニメって、変じゃないか? そもそもアニメは実際には存在しない映像なのだから」‥‥という矛盾を感じる人もいるかも知れません。

そうなんですよネ。だから、とても「面白い」んです。「肉眼の感覚に近くなる映像フォーマット」の上で「作りもののアニメ」を作るなんて、アリスじゃないですがまさに「curiouser and curiouser」、「絵を動かす根本的な好奇心」がいや増します。

多くの人の手によって何度も刷り直され見慣れたものを、自分の想像の及ぶ範囲で繰り返し作り続けて面白いですか? 現実には動くはずもない絵が、新しい技術基盤のもとに、作っている本人たちですら予測し得ず「見た事もない、映像の印象」を発散する‥‥なんて面白過ぎます。まさにアメージングディスカバリの連続であり、その興奮や躍動は、作品を通じて観る側に否が応でも伝わっていきます。

4K8Kは大画面でも有効ですが、24〜27インチの高密度ディスプレイ(Retinaのような)でも威力を発揮するでしょう。4K8Kを大画面用と考えるのは、どちらかというと旧い考え方で、「今までと同じ面積に、沢山の画素」と考えたほうがイメージしやすいと思います。人間が眼で画素数を認識していた昔の延長線上ではなく、感覚的・生理的に画素数を知覚する‥‥とでもいいましょうか。2K程度ではまだ「人間の知覚能力を凌駕するには至ってない」のは、デジカメの画素数の歴史を振り返ればよく解りますよネ。4Kでようやく「まだまだイケそうだけど、そこそこいい感じになってきた」という印象だと思います。

とはいえ、4Kを持て余している人々もいるでしょうし、4K8Kを今の常識で推し量る人も多いでしょう。新しい技術って、旧来の延長線上で把握しようとすればするほど、理解不能となり、嫌悪や拒絶の態度をとるようになります。まあ、それはそれで構わないし、実は、そういう層は「対比として」必要でもあります。革新は「全員にとって必須ではない」ので、事の成り行きに任せまひょ。過去20年を観察してれば判る通り、結局は物事は収まるところに収まっていく‥‥のです。

「どうしたら良いか見当もつかない」4K、「待ち望んでいる」4K。受け取る人々の人間模様は様々ですが、経緯を見守りつつ、粛々と成すべき事を成していけば良い‥‥のでしょう。

かわいいシュレッダー

私が小学校5〜6年の頃に、兄が「家にロックを持ち込んだ」影響で、兄のエレキギター(グレコのレスポール)を独学で弾き始めました。当時はヴァン・ヘイレンがデビューして間もない頃で、「ライトハンド奏法」がウルトラテクニックとして一世を風靡していました。中学生の頃にマイケル・シェンカーがドラッグから復活しソロ活動、高校の頃にイングヴェイが登場して「速弾きの概念」を大きく変え、まさにテクニカル・ロック・ギター花盛りの頃でした。その後、テクニカルに走る勢いが飽和状態となり、急速に下火となっていきます。

速弾きギターの系譜が流行の水面下に隠れ、後継者が育たないように見えたこの20年余。ハイティーンではなく、7〜8歳の頃からエレキギターを弾いちゃう男の子・女の子が出現し始め、「親から子へ」受け継がれるという形で「系譜が途絶えていない」事をYouTubeで知る事ができます。今の子たちはポール・ギルバートなどのハイテクギタリストがわんさか存在するご時世に生きているので、発達も相応に速く、昔なら高校生レベルで弾く楽曲を小学生の子が弾いちゃったりします。

下のYouTube動画は、音の粒立ちも良く、堂々とした演奏を聴かせる12歳の少年の弾く「テクニカル・ディフィカルティーズ」。余計な手や指の動きや力みがなく、特に右手の安定感がバツグン! 皆、速弾きというと左手ばかり注目しがちですが、実は難しいのは右手なんです。どんなに左手を速く動かしても、正確に右手でピッキングしないと、音が濁ってしまいますからネ。この男の子は、とにかく、音がクリアですネ!



日本の女の子も負けていないです。若干8歳(!)の弾く「スカリファイド」(!!!!)。腕自慢の野郎どもがチャレンジするこの難曲を、8歳の女の子が基本的にちゃんとさらえているのは、超オドロキ。ストレッチのキツいフレーズや、スキッピング(弦飛びのトリッキーなピッキング)を、既にこの歳から身につけているなんて‥‥。



身体に比べて、IbanezのRGシリーズの大きい事と言ったら‥‥。チョーキング時の指の力なんて、成長すれば強くなるので、問題なし! ‥‥しかも、ポール本人(オリジナル楽曲の作曲者・プレイヤー)から、女の子宛にメッセージが届くというプレゼントまで!



しかし何でしょう、こうした子たちが世に出てくるという事は、もともと「家にShredding仕様のエレキギター」があってこそ‥‥なので、親御さんがまずテクニカルなギター楽曲がスキで、実際に自分でも弾く人なんでしょうネ。全く知らないと、自分の子に、まずどんな楽器を与えたら良いかも判断できないスもんネ。

私はIbanezのRGについてはあまり詳しくないですが、8歳の女の子の弾いているギターは、品質の「良いもの」です。お父さんがもともと「ギター好き」なんですネ。ちなみに、本気で子供にやらせるなら、楽器は一定以上の品質の、ちゃんとしたものを与えるべきです。6千円の激安ギターとかは、実は楽器の欠点をカバーできる上級者向けなんです。子供には、最低4万くらいから、できれば6〜8万の標準クラスは与えてあげたいものです。

*IbanezのRGと言えば、兄が廉価な(といっても4万ですが)「RG450」を持っていますが、エントリーモデルでも弾きやすいですよ。自分がいきなり上手くなったと錯覚するくらいに。‥‥思い出しましたがRGは、まだ「アトリエ戯画」があった頃に、「レガシアム」の作打ちに行った帰りに「三鷹楽器」に立ち寄って、試作モデルみたいなのを買った事がありました。私が19〜20歳の頃ですネ。

山下毅雄さんのルパン

私は子供の頃、ルパンのファーストシリーズ前半期のもつ「曖昧でけだるいニュアンス」が好きだったのですが、山下毅雄さんの音楽がそのニュアンス表現に絶大な力を発揮していた事を、高校くらいに音楽のアナライズをするようになって強く実感しました。

山下毅雄さんの音楽の特徴は、何よりもその和声進行です。テンションノートはほとんど使わず、コード進行だけであの「けだるさ」を表現しているのです。ルパンのエンディング曲は、その特徴をよく表しています。

主調はBmですが、ふわっとCmajへ移動しGmajへ(弱進行)、その後Emaj、Fmaj、B7からE7へのドミナント進行、E7に行けた‥‥という事はAmにもドミナント進行できるのでAmに移動し、いつのまにかキーがAmへとすり替わったカタチとなりますが、またうまいようにはぐらかされて、Bmに戻ります。この戻しかたもイイんですよネぇ。

Bm(しばらくの延々と)〜足もとに絡みつく‥‥‥

C    Cm  G 〜マシンが叫ぶ

E7         F(F7にするかはお好みで)〜狂った朝の

B7         E7 〜光にもにた

Am        Dm 〜ワルサーP38

Bb Bbm  F   F#7(Bmに戻るためのドミナントですネ)〜この手の中に

Bm(しばらくの間)〜抱かれたものは‥‥‥

D     E     F#(F#7ではなくストレートなF#のほうが感じが出ます)〜ルパン3世

コード自体はとても簡単なものばかりですが、う〜んスゴい。進行がスゴい。少しでも作曲をかじった人ならば、この曲のユニーク(独特)さがお解りでしょう。ドミナントモーションをさりげなく使って、曖昧で気怠い世界に聴き手をどんどん誘いこむ手法は見事としか言いようがないです。まさに「大隅ルパン」のかっこいいルパン、さらには、謎めいていてズルくてカワイイ不二子のようなファムファタル的な印象の楽曲です。

今振り返ると、歌詞も相当カッコいいですし、ルパンが当初「どんな感じを目指していたか」が楽曲にもよく表れていますネ。

ちなみにガンバの音楽も山下毅雄さんで、ガンバのエンディング曲のコード進行も中々にエグくてイイですヨ。

こんな感じの曲、かっこよくて良いなあ‥‥と思っても、それは「その時代の宝」として、そっとしておくのが良いですネ。ルパンの山下毅雄さんの音楽は、まさに「その時代の雰囲気」ですから、2014年現在に音の響きを再現しても「ウソになってしまう」でしょうネ。

電子ピアノ

電子ピアノ。要は打鍵以後のプロセスを電気的に処理するピアノです。エレクトリックピアノ〜通称エレピとはカテゴリーが違うので、ややこしいですが、ぶっちゃけて言えば「生ピアノの音を模した電気式楽器」ですネ。

最近の電子ピアノは、様々な工夫が凝らされていて、単に「ピアノの生音をサンプリングしました」で終わらず、1音ごとの発音メカニズム、ペダルを踏んだ時の弦同士の共鳴など、これでもかというほどに進化しているようです。ローランドのエントリー(入門)クラスの位置づけのHP504でも、かなり音色が良いようです。

私はつい最近、10年以上のブランクを経てピアノを弾き始めました。弾いているのは随分昔のクラビノーバで、音も昔のレベルです。しかし、決して悪い音ではないので、満足して弾いております。ごまかしのきかないスッキリとした音色なので、私の演奏目的にはちょうど良いスペックです。

昔弾いていた曲をもう一度、復習して弾いております。バッハのインベンションなどを弾くと、指がもつれて大きなブランクに苦しみますが、メゲずに弾き続けていると指がどんどん動くようになってきます。口で言い表すのはムズカしいんですが、音楽の持つ具象が明確にイメージできるようになってきて、日々同じ事を繰り返して煮詰まった脳には良い「イメージングのエクササイズ」になります。

手癖で弾くのではなく、1音ごと大切に発音してピアノを弾くと、日頃は何となくミュートしている自分の傲りなども見えてきます。心の状態が記録紙に写し取ったかのように音に出るので、弾いてツラい事もありますが、目を背けず向き合って弾き続けると、わだかまってこんがらがった無数の糸がほどけていく感触を得られます。

私が今、好んで練習しているのは以下のような曲集です。人に聴かせる目的ではないので、フリーダムなチョイスとなっています。
 
バッハ・「インベンションとシンフォニア」「小プレリュードとフゲッタ」「フランス組曲」etc...
グリーグ・「ピアノ名曲集
シベリウス・「ピアノアルバム
坂本龍一・「エナジー・フロー
ベートーヴェン・ピアノソナタ8番32番 etc...
ショパン・「24のプレリュード」から数曲

上記の曲集の中にはごっつ難しい曲も含まれていますが、ピアノを弾きまくるというよりは「音で脳幹をチュチュッと共鳴させる」目的なので、ミディアムテンポ未満で比較的優しい曲ばかりを好んで弾いております。ショパンのプレリュード13番とかエナジーフロー、グリーグの抒情小曲集などはピッタリはまります。

ピアノって、何か「教養」的なニュアンスで語られることがありますが、そんなのはどうでもエエです。ピアノが弾けるとカッコいいとか、才能やセンスがあるとか、本質には全く関係無い余計なキャプションです。ただ弾けば良いだけです。デジタルピアノはヘッドフォンで演奏すれば、鍵盤のパタパタ動く音だけになりますから、邪魔されずに自分ひとりで音に浸れますし、ご近所の迷惑にもなりません。

「良いのはわかるけど、ピアノなんて弾けない」と言う人に何人も出会ってきましたが、弾けないというよりは「弾かない」人ですよネ。私は全くの独学ですが、そこそこ「音をさらう」事はできるようにはなりました。本式で教育を受けた人との「基礎の差」は間近で見て歴然と感じますが、少なくとも「弾けない」わけではありません。コンピュータもそうですけど、「わからない、できない」んじゃなくて、「わかろうとしない、しようとしない」だけです。ほんの2〜3回、数時間触ってみただけで「自分はピアノが弾けない」なんて、‥‥可笑しな話ですよネ。通算100時間練習すれば、100時間なりの成果で弾けるようになるんですが、要は100時間保たない(100時間の練習にガマンできない)‥‥んですよネ。で、100時間の練習に耐えなかったのを「才能がないから」とすり替えて自嘲気味に自己弁護するわけです。

特にオトナになると「お膳立て」を自ら用意しないと行動をおこせなくなりがちですが、「自分の好きなように、音に浸りたい」という衝動で行動しても良いんじゃないですかネ。ピアノが弾けるようになるかどうかなんて、やらないうちから頭で理屈でコネくりまわしたって、どうにも判断しきれるものではないですもん。オトナになるとそのへん(=直感や衝動)が異様に不自由になって、何でも「対費用効果」とばかりに小器用に計算するクセがついちゃって、往々にして何もしないで終わる事が多くなりますよネ。良いオトナがどヘタクソ‥‥って言ったって、誰でも最初から上手く弾けるわけはないし、ヘッドフォンならば練習中の辿々しい演奏が外部に響き渡る事はないのですから、「アンプライドライブ」とばかりに好きに弾けば良いのです。カッコつける必要は無しです。

例えば、ショパンのプレリュードの中には、音をさらう分には難易度の低い曲(E-minの第3番)もあって、何でもかんでもピアノは難しいわけではないです。1曲弾けるようになったら、延々と弾いて愉しめば良いのです。



ただ消費するだけの娯楽。お金を消費する事で満足を得ようとする行為。自分自身が、まるで社会システムにおける「消費端末」のように思えてしまう。熱しやすく冷めやすい、世間やネットの空騒ぎ。‥‥どれも、成長を宿命づけられた現代社会の呪いのようなもの‥‥ですネ。Identityすらネットで通販の昨今です。

自主的に、絵を描く事や、楽器を演奏する事は、無の状態から自らがアクションするところから始まります。だからこそ、キャプションやステータスを剥ぎ落とした「素の自分」が見えてくるのです。

自分で作曲するのにピアノを弾いても良いし、好きな曲を弾いても良いし‥‥で、ピアノの「賞味期限」は本人次第で「生涯永年」です。高校時代に弾いてた曲、もっといえば、何百年前に作られた曲でも、リアルタイムで弾いて愉しむ事ができます。自分の年齢に応じて曲の解釈も大きく変わってきますから、1曲で何度も感慨にふける事ができます。作曲家の心の動きを、音を通じてトレースする体験(=追体験とも言えますね)は、他では得られない感動的なものです。

昔からピアノ演奏には「清浄作用」があるとは感じていましたが、今では明確にその効果を実感できます。‥‥だって、ピアノを弾かないと、1日がヌボーっと過ぎていくだけで、その間にも堆積物が積もって不明瞭・不透明になっていくのですから‥‥。

障害や苦悩・苦悶だらけの20代のアニメーター時代に、ことさらピアノを弾きまくっていたのは、ちゃんと理由があったんだねえ‥‥と我ながらしみじみ思います。

AmazonのMP3

Amazonで懐かしいサントラを数枚買いました。007の「ロシアより愛をこめて」「ゴールドフィンガー」などのジョン・バリー氏の楽曲、「セーラー服と機関銃」などの星勝氏の楽曲など、多数のサントラCDが1000円の価格で発売されているのを知り、急遽購入したのです。

そしたら、合計で400円の「MP3ダウンロード 割引」が付いたので、早速MP3を買ってみました。Amazonは100曲で200円とか価格破壊商品があるので、ソレ目当てです。

久々にのぞいてみたら、格安のアルバムがかなり増えていました。今回買ったのは、ラフマニノフの100曲シリーズと、バッハの鍵盤作品全曲集です。

ラフマニノフは、まずトップはピアノ協奏曲第3番で幕を開け、メジャーなものから珍しめのものまで、色々100曲(というか100トラック)入って、何と1セット160円です。1曲ごとに買うと1曲150円なので、もはや価格設定の意味も崩壊しております。あまり耳にする事のないピアノ協奏曲の1番(よく聴くのは2番か3番ですよネ)とかノクターン(ラフマニノフのノクターンは珍しいですね)など、単に入門編に留まらないのが良いです。
*ピアノ協奏曲第3番は当初ラフマ本人かと感じたのですが、私の所有するCDとは演奏が大きく異なりますし、トラックの表記もいー加減なので、よく解らないです。ラフマニノフは結構インテンポで極端なダイナミクスをつけずに弾いてる(私の所有音源だと)のですが、アマゾンの音源はどうも違います。

バッハの鍵盤作品全曲集は、377トラックで600円。これもスゴいですネ。再生時間は15時間超えなので、10数枚のCDボックスのボリュームです。ハープシコードによる演奏で、モノラルとステレオのトラックが混在する点から、古い音源と思われます。ダイナミクス&エンハンスが不安定なトラックもあり(強めのゲートとか)、必ずしも良い状態とは言えないのですが、全曲をさらうにはコストが半端なく安いです。あと、真作か否か(バッハ本人の作曲か)の疑問が残る作品は収録されていないものもあるようです。BWV905とか。

この他にまだ沢山、「缶ジュース2〜3本の値段で100曲」のシリーズがあるので、また物色しようと思っています。
 

劇伴

ご存知の方も多いと思いますが、「サザエさん」の初のサントラCDが12月に発売されるようです。実は私、早速アマゾンで予約してしまいました。

サザエさんに格別の思い入れがあるわけではないのですが、小学生の頃には既に耳にしていた息の長いサントラですから、欲しくなったのです。もはや、メロディを口ずさめば、サザエさんの絵が想い浮かぶほど、一心同体となったサントラですよネ。

ハンス・ジマーやハワード・ショアも良いけど、「作品を体現」している点において、サザエさんのサントラもなかなかの優れものですよ。

Original Album Classics

長い事、似たようなジャンルの音楽を好んで聴き続けていても、ポッカリと「なぜか聴いていなかった」楽曲があります。

私は、中学生の頃に「Blow By Blow」を聴いて以来、Jeff Beckを好んで聴いていますし、私の世代ではありがちではありますがドラムスのCozy Powellは何だかんだ言って好きです。と言う事は、どう考えても、第2期のJeff Beck Groupをどこかで聴いていてもおかしくないのに、CDを買ってない事にまったく無自覚でした。不思議なもんで。

YouTubeで第2期のJeff Beck Groupを見てたら(映像と音が1拍ズレてて、異様にキモチわるですが)聴いてみたくなり、Amazonで探して購入。その際、様々な60〜80年代の音源が「Original Album Classics」と称して、5枚組2,300円くらいで売り出している事を知りました。

要は、アーティストが過去に順次リリースしたアルバムを、えいやと5枚セットで「まとめ売り」する企画モノです。アルバム1枚あたり500円未満なので、iTunesで買うよりお安いですネ。

ぶっちゃけ、手を出しあぐねていたアーティストも、この値段なら買って聴いてみようか‥‥という気になります。私はMahavishnu OrchestraとかSoftMachineなど、普段なら手をださないようなのを買ってみました。

現役のヒトから懐かしいヒトまで、かなり豊富なラインアップ。今はほとんど耳にしないコトバとなった「フュージョン」や「クロスオーヴァー」なども沢山あります。


私はまさにロックやフュージョン、ハードロック、ニューウェイブオブヘビーメタルの世代ですが、実は「家にロックを持ち込んだ」のは兄なのです。小学生の子供が、素でレッドツェッペリンやディープパープル、ヴァンヘイレンなんて聴くかいな。私はそれまで、子供らしく、アニメ主題歌やおよげたいやきくんとか、ビューティフルサンデーを聴いてたわけで。‥‥真綿のような子供時代は、簡単に何色にでも染まる‥‥ようですネ。

ちなみに‥‥。「凄い」をカタカナで言い表す時、「ハードだな」というのは70年代の風味、完璧にオッサンですな。「ヘヴィ」というのはバックトゥザフューチャーでお馴染みの80年代風。90年代以降の「クール」とか言うのは、正直、私は世代がズレてて恥ずかしくて言えません。私は「ハード」か「ヘヴィ」だけで一生充分です。

でもまあ、何でもハードを付ければ良いってもんじゃありません。ヴァンヘイレンの「Somebody Get Me A Doctor」の邦題が、「必殺のハード・ラブ」だったのは、当時中学生だった私も、さすがに恥ずかしいと思いました。

DoverのスコアがKindleに!

前のブログで、AmazonのDoverスコアを検索してたら、なんとKindle化されてるじゃないですか。

エクセレント。

あの電話帳のように大きくて重い印刷物でなくても、スコアを読める。

数十冊も携行できる。‥‥これは未曾有。

しかも、割安。

中身だけが必要な人にはオススメですね。

ただ、印刷物は印刷物ゆえの、元来の利点がありますから、その点に魅力を感じる場合は、やっぱりペーパーバックのスコアかなあ。


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