駆逐機のお話

私は小さい頃から飛行機、特に軍用機が好きなのですが、そのきっかけとなったのは、小学校1年の冬に同級生から見せてもらった「衝撃降下90度」という松本零士氏のコミックです。つい最近、「サンデーコミックス」の「戦場まんがシリーズ」旧版全巻を古本でまとめ買いしましたが、特にプレミア価格へと高騰していなかったので入手しやすかったです。

最近発掘されたネガの記念写真の中に、小学生6年前後の私の学習机が写り込んでいる写真がありましたが、机の上に「桜花」が置いてあるのをみて、何とも言えないビミョーな気分になりました。‥‥親戚の記念撮影のタイミングに「桜花」‥‥か。



アンドロメダも見えますネ。中央のカセットテープは、そのデザインからして、コロムビアのアニメサントラシリーズでしょうか。アサヒペンは何に使ったのかナゾです。まさか、プラモに使うはずはないし。‥‥それに何か、領収書らしきものがマグネットで貼り付いています。‥‥今、見ると、現在の自分を要約したような机‥‥ですネ。

この桜花は単品ではなく、一式陸攻とセットのプラモだったはず‥‥ですが、たしかに、同じネガにありました。



米軍のガンカメラ風の映像‥‥ではなくて、単にシャッター速度が長くて手ブレしただけの事‥‥でしょう。絞り全開・低速シャッターでも露光不足でグレインが荒いのがなんとも。‥‥今だったら、故意にこういうエフェクトをかけますが。

この頃には悲壮な戦記を何冊も読んで、「軍用機のダークサイド」を知っていましたから、「桜花」のなんたるかは認識していたと思います。小学生とは言え、6年も軍用機とつきあえば、単に外見だけで「カッコイイ!」なんて思えなくなってきますもんネ。

* * *

前置きが長くなりましたが、昨今の4Kに揺れ始めた映像制作業界、特にアニメ業界を見ていると、「駆逐機」の事を思い出します。「駆逐機」とは簡単に言えば、敵国の領空上に侵入して敵機を駆逐する戦闘機の事です。多くは爆撃機の護衛の際に、そういうシチュエーションが発生するわけですが、「護衛戦闘機」ではなく「駆逐機」という呼び方なのも注目したい点です。

駆逐機は「戦争をしていない、戦間期」に考案されたジャンルです。Wikipediaから引用しますと、

1934年秋、ドイツ空軍は当時世界的に流行の兆しを見せていた、爆撃機に随伴してこれを護衛でき、敵迎撃戦闘機を制圧、あるいは強行突破し強行偵察や地上攻撃を行い得る多目的長距離双発戦闘機(重戦闘機)を求め」

「「駆逐機」(ツェアシュテーラー / Zerstörer)と命名され」

「長距離を飛行する燃料を搭載し、そして長距離を飛行するが故に航法士を要することから、また十分な武装を積載したいことから、双発かつ乗員は複数とされた」


‥‥とあります。

メカに造詣の深い方なら、「欲張りすぎでどっちつかずの戦闘機なんて、使いものになるの?」と考えるでしょうが、まさにその通りで、日進月歩の航空技術と「戦間期の頭でっかちな思考」が合体した事により、戦闘機としてもダメ、攻撃機としてもイマイチな飛行機が各国で開発されました。ドイツの開発した駆逐機「Bf110」は、バトル・オブ・ブリテンでは、「戦闘機の中の戦闘機」とも言えるイギリスのスピットファイアに太刀打ちできず大損害を被り、本来「戦闘機を駆逐する、もっと強い戦闘機」であるはずの駆逐機が、単発の戦闘機(Bf109)の護衛を伴う‥‥という本末転倒な作戦運用となっています。



注目すべきは、各国のエリートたちが「そのダメダメな設計思想の産物」をしのぎを削って開発していた事です。そしてもっと注目すべきは、その開発時期が「戦間期」、つまり戦争の無い時代だった‥‥という事です。

まあ、この「駆逐機の顛末」については、色々と考察すべきポイントが沢山あるでしょうが、わたし的にひと言で言えば、「戦闘機を作ろうとした」事が敗因だったと思うのです。もう少し言葉を付け加えるとすると、「戦闘機というジャンルだけが一人歩きして、戦闘機に都合の良い戦争を想定した」事が、そもそもの敗北の原因だったと思います。「平和な時代に、会議室で生み出された戦闘機」とも言えるかも知れません。

「空を制す事のできない制空戦闘機」を各国の専門家たちが熱心に開発していたのは、まさに「笑えない、明日は自分たちの身」のお話かも知れません。戦間期というのは、言わば「戦闘のない期間」なので、「勝敗の結果」で命運が左右される事がありません。ゆえに、「結果」よりも「手段」のほうにウェイトが大きく傾くようです。「戦争に勝つための武器」ではなく、「武器が活躍するための戦争」にいつしかベクトルが偏向していきます。

ここまでお読みいただければ、このたとえ話の意図はお判りでしょう。現在は言うならば、「第二次ハイディフィニッション戦争」間近の「戦間期」なのです。アニメ業界的には同時に、「第二次デジタル戦争」前夜かも知れませんネ。戦間期の「平和ボケ」した今に、「駆逐機」のようなソリューションを机上で作り出そうとしている‥‥のだとしたら。

私がアニメ業界の「第1次デジタル戦争」に参戦した1996年の頃も、(前回ちょっと触れましたが)似たような雰囲気でした。まだ数少ない「デジタル」の現場ではありましたが、「デジタルで作る」事をテーマにしているスタンスが目についたものです。「アニメを作るためにデジタルを使う」のではなく、「デジタルを使うためにアニメを用いる」ような感じ‥‥とでも言いましょか。

4Kも同じ‥‥じゃないですか。「時代の波に乗り遅れないように、4Kでアニメを作る」‥‥って、それはすなわち、「時代に乗り遅れない事がテーマ」なんですよネ。アニメ作品そのものは二の次、三の次‥‥なんですよネ。

業界の内輪の都合で出来上がった「4K対応アニメ」。‥‥
そんなんで勝てるわけないじゃん。

私が4K8K、48f〜120fpsの、未来のアニメーションに熱中しているのは、それそのものが残りの半生を費やしても全く惜しくないほど「刺激的」で「豊潤」だからです。「時代に乗り遅れたくない」などという安っぽい打算で動いているわけではありません。「今まで見たことの無いようなアニメの映像が、どんどん作り出せる」という強烈な武者震いを感じるのです。1996年頃の「第1次デジタル戦争」を遥かに上回るムーブメントをヒシヒシと実感できるのです。

私にとって、アニメとは「絵が動いて話を紡ぐ」ものです。ですから、旧来の段取り〜原動仕や背景や撮影は必ずしも必須ではありません。「アニメとはこういうものだ」という凝り固まったジャンルを解きほぐし、昨今のコンピュータや4K8Kのリソースを最大限活用しながら、アニメについて柔軟に取り組んでいくべき‥‥と強く実感します。これは「駆逐機のハマったドツボ」からの教訓でもあります。

「戦間期」の今、もし、「4K」や「デジタル」の流行だけが気になってアクションしているとするなら、または「アニメ」というジャンルを凝り固めて、その延長線上に未来を投影しているのなら、おそらく「駆逐機」と似たような顛末が待ち受けている‥‥と私は考えています。


‥‥とまあ、ここまで書いておいてなんですが、実は私、駆逐機「Bf110」は好きな機体のひとつで、リビングの飾り棚にダイキャストモデルを飾っております。Bf110は駆逐機・制空戦闘機としてではなく、高速汎用爆撃機・夜間迎撃戦闘機としては魅力的な機体なのです。‥‥もしかしたら、そんな事も歴史は教訓として教えてくれているのかもしれません。「失敗転じて成功となす」方法も。


 


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