PQ、1000nits。ピーキー。

1000nitsの、しかもPQの新時代の色彩制御は、「まあ、S字カーブ、つまりピーキーな特性に操作感覚を合わせればいい」とやや軽めに考えていました。

 

しかし。

 

超〜〜難しい!!!

 

でも。

 

 

 

今までのRec.709やsRGBの「鉄板」の方法は、まるで通用しなくなりますが、その喪失分を補って余りある楽しさと美しさに満ちています。

 

1000nitsは「パワーバンド」がめっちゃ広いので、例えば、100nitsリミットで通用していたグロー系の技法は「仕切り直し」、今までの方法だと大雑把過ぎてすぐにコントロールを失います。どれだけ100nitsのリミッターに助けられていたかが、あり余る1000nitsを扱うようになると実感できます。

 

 

ピーキー。

 

そう‥‥まるで、100馬力の2スト400ccモトクロッサー(なんて実在しないし、乗ったこともないですが)のようです。「じゃじゃ馬」も「じゃじゃ馬」。ある一定の回転域からいきなりパワーが出るので、アクセルワークをぞんざいに扱おうものなら、すぐに前輪が浮いてしまう、在りし日の2ストハイパワーバイクのようです。

 

RMXに乗ってた頃を思い出すわ〜。(RMXは40馬力で250ccですけどネ)

 

 

しかし、そんなピーキーな色域のP3/PQ1000でも、12〜16bitの豊かな諧調があれば、簡単にはトーンジャンプなど発生しません。余裕があります。

 

上は伸びるところまでグングン伸びてさらにまだ上まで伸びて、一見狭く思える下の部分も実はタップリある。

 

今までのように255の白までおとなしく明るくなる特性ではないので、コントロールは難しいですが、使いこなし甲斐のある色域です。

 

美術、色彩設計、そしてコンポジット(旧撮影)と、色を扱うセクションは、少なからず戸惑うことでしょうが、ルーチンワークで腰掛けて惰性で作業するのでなければ、必ずや使いこなせるようになるでしょう。

 

実際、四六時中「最大の白」を表示しているわけじゃないですし、バイクや車もそうですが、どんなにハイパワーでも街中で180kmで暴走はしませんよネ。アクセルなどの操作が「ベタ踏み」から「デリケートな操作」に変わるだけでです。同じく、輝度や彩度の扱いを、HDR時代に合わせてデリケートに変えれば良いです。

 

いざという時、ここぞという時に、300〜1000nitsを使えるのは、相当、表現の幅が広がります。明るいシーンだけでなく、ふんわりと柔らかい質感も、今までの100nitsの濁った色彩から精彩な1000nitsに変わることで、自在に表現できるようになります。

 

 

PQ1000nitsは最初は戸惑うことも多いですが、バイクと同じように、跨って走らせてこそ、「体で理解」できる‥‥ということを実感しております。

 

バイクの免許をとって、50ccから250ccのハイパワーなオフローダーや400cc以上のロードバイクに乗り換えると、もう50ccには戻れなくなりますよネ。原付バイクの30kmの速度制限なんて冗談みたいな話ですし。

 

同じように、HDR PQ1000nitsのパワーを知ってしまうと、SDR 100nitsには戻れなくなるでしょう。たとえパワーは抑えて控えめでも、「底力の大きさ」「馬力の余裕」で「映像作りに幅が出て、融通が利く」ようにもなります。観る側も早々にHDRの輝度や色域に慣れるでしょう。

 

願わくば、300〜1000nitsのPCモニタが、近い未来に「個人のプロ」でも買える値段に下がってくれば良いですネ。ブラビアなどの民生テレビは、500nits前後まで出せる製品も今どきは増えているみたいですヨ。

 

 

 


ループの速度

私が本格的にコンピュータによるアニメ制作に関わり始めたのは、1996年の頃です。その当時、コンピュータの何が一番衝撃的だったかと言うと、フィードバックの速度です。いわゆる、PDCAサイクルやOODAループの回転の速さです。

 

1・エフェクトや画面効果をこんな風に描いて動かせば良いんじゃないかな?

2・そのアイデア通りに実際にPhotoshopやAfter Effectsで作った

3・パーセプション(当時の動画再生システム)でモニタに映して見た

4・良い部分もあったし、悪い部分もあったので、すぐに作業に反映しよう

 

→1に戻ってループ

 

こうしたループが、速い時には1日に2回可能でした。そんな「型破り」な映像経験のフィードバック速度は、フィルム時代は絶対にあり得ないことでした。フィルムでは不可能でも、After EffectsやPhotoshopで直にエフェクトを描いたり動かしたりすれば、数十分のレンダリングを経て、パーセプションに読み込んで、その場で「ラッシュフィルム」が見れたのです。‥‥恐るべきことで、「これなら、どんどん作業内容にフィードバックして技術を発達できる」と武者震いしたものです。「これで上手くいかないはずがない」と成功を沸々と確信していました。

 

表面上のAfter Effectsの機能よりも、そのフィードバック速度の速さこそが、コンピュータ活用の最大の武器だと思いました。

 

 

そして2018年の今。

 

同じことが4K HDRで再演されています。DaVinci Resolve Studioによって映し出されたPQ1000nitsのテスト画像&映像は、「毎日発見がある」と言っても言い過ぎではなく、乗り越えるハードルが飛び越えてはすぐに出現して目まぐるしいですが、猛烈にノウハウを蓄積している実感があります。

 

4Kでは何を描けば良いのか、HDRにはどのような色彩や映像効果が映えるのか、120fpsまで映像が補完された場合に、どんな動きが美しくかっこよいのか。スペックを読んで頭だけで考えるのはなく、過去のアニメの価値観で自分を束縛するのでもなく、実際に自分の目で見て、どんどんサイクルして更新できるのです。

 

20年前、アニメのフィルム撮影技術が素晴らしいのは解っていても、「もうそれではない」という実感に満たされていました。今、2K24pSDRを見て感じるのは、同じキモチです。

 

ほんとに、時代は繰り返すもんだ‥‥と思います。

 

 

今も昔も、黎明期や草分けの頃に必要なのは、「工房スタイル」です。「工場」ではなく。

 

現在「主流になってしまった」工場スタイルでは、セクショナリズムが強烈過ぎて、フィードバック速度なんて鈍足も甚だしいです。‥‥いや、鈍足ならまだ良いほうで、一向にフィードバックなんて反映されない現場も多いでしょう。

 

しかし、新しい技術に関しては、フィードバックなし、PDCA/OODAなしでは成立しません。問題を解決しつつ、新たな可能性を次々に実践して、表現内容に盛り込んでいくには、工場のような「生産ラインだけで繋がった」現場ではなく、各スタッフのノウハウが対流して融合し合う現場=工房的なスタイルが必須です。

 

アイデアがまた次のアイデアを呼び、初めての経験が新たな知識として蓄積され、最新の知識がさらなる新たな経験を呼び寄せる。‥‥1996〜2004年の頃はそんな時代でした。

 

あと1年半で2020年代ですネ。

 

4K 60p HDR 10bit‥‥という新たな時代のフォーマットが、否が応でも、新たな知識と経験の高速ループをアニメーション制作に与えてくれます。

 

 


SMPTE

私自身暫く耳にしていなかった「SMPTE」。エスエムピーティーイーとも、シンプティとも呼ばれるSMPTEは、最近「2084」、つまりPQ=パーセプチュアル・クオンタイゼーションの正式な規格「SMPTE ST 2084」として、まさに私ら制作技術集団の新しい取り組みにおける中心的存在として、頻繁に目と耳にするようになりました。

 

SMPTEは、アメリカの映画テレビ技術者協会の略字とのことで、IEEEなどと同じような「技術関係者の協会」です。SMPTEの詳しい内容はネットで調べるとして、SMPTEの規格は「それもSMPTEだったの?」と驚くほど普及しています。

 

その代表格がタイムコード。その他に「NTSC」「SDI」「MXF」「DPX」などもあります。

 

若い頃、SMPTEタイムコードには随分と憧れたものです。ラジカセやビデオデッキで何かを収録する時、素人だと「せーの」で再生と記録ボタンを手動で押しますが、SMPTEタイムコードで制御された機器だと「マスター」と「スレーブ」でシンクロして再生と記録ができたのです。

 

私はMIDIのシステムでタイムコードを初めて運用しました。当時の私(30年前‥‥)の機材は、MIDIシーケンサーがMC-50、QX-5が2台、そしてオープンリールのFOSTEX Model 80という構成で、Model 80をタイムコードのマスターにして、MIDIタイムコードで制御していました。

 

Model 80の8トラック目にMIDIタイムコードを記録し、オープンリールの動作に合わせてMIDIシーケンサーが追随する仕組みでした。‥‥今にして思うと、20歳そこそこの頃に既に「キャラ打ち」(=テープにタイムコードを打ち込む(記録する))をしてたのネ。(て言うか、今の人はQTのデータ運用しか知らないから、キャラ打ちは知らんか)

 

その数年後、私が24歳前後の頃には、今はもう倒産して無くなってしまった会社に、プリロール編集のビクターの業務用VHSデッキがあり、夜になると編集の真似事みたいなことをして、「カットつなぎの研究」をしていました。ほんの1〜2フレームの差でテンポやリズムや躍動感が変わってしまうことに驚くとともに、「これが本式のSMPTEタイムコードかあ‥‥プロ用機材って素晴らしい‥‥自分じゃ絶対買えないけどなあ‥‥」と機材とそのテクノロジーに感動しながら使っていました。

 

で、現在。

 

私ら技術制作グループが関わるSMPTEの直近のターゲットは「2084」。PQです。

 

しばらくソレばっかりやっていたので、かなり頭が慣れました。しかし、油断はしませんしできませんし、油断する気にもならないです。今までとは、ドカンと色彩の扱いが変わるので、それこそイメージボード・ショットボードの時点から、頭を切り替えなければなりません。

 

でも、ログとリニアの運用に慣れた実写の人なら、「ああ、もっと極端なヤツね」とすぐに順応するとは思われます。アニメはログもリニアもなく「リニア=見た目ひとすじ」ですから、PQを現場に導入するのはあまりにも今までとが勝手が違って、各方面で拒絶と混迷の阿鼻叫喚がこだますることでしょう。でもまあ、PQを扱わなければ、自分らで意図的で有意義な色彩をコントロールできないとなれば、慣れて覚えて使いこなすしかないです。

 

アニメ業界がHDRやPQの可否を決めるのではなく、HDRやPQなどの次世代映像フォーマットがアニメ業界の可否〜生死を決めるのです。アニメ業界を中心に世界の映像フォーマットが決まるわけじゃないですもんネ。今までだって映像フォーマットに準じてアニメを制作してきたのですから、これから先の未来映像フォーマットを中心にして「何を作るか」が問われるのは、今も昔も未来も同じです。

 

アメリカの放送技術者協会の規格が日本の規格‥‥というのは、まあ、少なくとも私が生きている間にとどまらず、今20代の人でも、同じでしょう。

 

 

ちなみに、私も「技術者協会」のような仕組みを作りたいと思っています。演出やアニメーターに限定した規模の小さい「寄り合い」のような集会ではなく、各方面の技術者で、出自の新旧問わず、これから未来の色々なアニメ制作の規格を明確に定めて、SMPTEやIEEEやISOのように、基礎をガッチリと固められたら良いなと考えています。

 

私ら制作技術集団では2005年頃から「atDB」、そして最近では新しい技術の基盤を成すために「ASTD」という規格を自主的に運用してきました。例えば、現在作業中の作品はASTD規格の4Kレイアウト用紙(のイメージファイル)を用いています。

 

日本のアニメの「表現の豊かさ」を鑑みるに、「自由に表現技術を拡張できた」がゆえの豊かさだと痛感します。

 

ですから、規格と言っても、あくまで基礎的な作業仕様や用語や取り扱いの範疇です。SMPTEのタイムコードやSDIやMXFが映像表現にクチを出さないのと同じく、アニメ制作技術者の標準規格も技術の仕様であって表現には関与しません。

 

レイアウト用紙やファイル命名規則に規格を制定したって、絵が極端に描けなくなるわけじゃあるまい?

 

むしろ、標準化・ユニーバサル化によって、ストレスは軽減され円滑に事が進むと思います。その標準規格の処理に必要な各言語のファンクション・ルーチンは協会員に公開されるわけですし、困った時は標準規格の「用語辞書」を検索すれば良いのです。

 

日本のアニメは表現をどんどん発展させる特徴を持つ一方で、内部の規格や決め事はグダグダに発展‥‥もとゐ悪化していく特徴も併せ持っています。複合組みとか付けPANの「業界標準の規定」なんて一切確立していないのに、あーだこーだ言っても始まらんのですよ。口約束、口頭伝達、成りゆきの作業習慣を、さも「決まり」のように語るほうが異常なのです。

 

「その決まりごとを規定して明文化しているドキュメントはどこにありますか?」‥‥と聞かれて答えられるのは、「動画&作画注意事項」だけでしょうが、例えばタイムシートの基礎1つとっても、その「作品ごとにコロコロ変わる注意事項」のどこにも明記されていないですよネ。

 

付けPANとFollow PANは違う、いや、同じだ。‥‥その根拠はどこで知ることができますか? 「先輩にそう教えられたから」なのだとしたら、とんでもない笑い草です。規格でも規定でもなんでもなく、ましてや標準と呼べるような状態とは程遠いです。

 

標準として規定された基礎を持たないなかで、いくら「どっちが正しい」かをツイッターで何百何千もツイートしても、時間の無駄以外の何ものでもなく、単なる暇つぶし・気晴らしです。‥‥実際、解決する気なんて毛頭なく、ただ単におしゃべりして盛り上がりたいだけなのは、端から見てればよくわかります。本当に解決したいのなら、ツイートに熱中するのではなく、規格草案をエクセルやワードで書くはずでしょう?

 

 

アニメ業界は多分に、SMPTEやIEEEやISOのお世話になっています。じゃあ、それら標準規格は自然とニョキニョキと生えてきたものでしょうか? ‥‥‥いや、違いますよネ。ちゃんと、人間たちが考え出して規定したものですよネ。

 

ですからアニメ制作者も、成りゆきに任せて誰かが発した言葉が自然と用語に定着するのを待つのではなく、自分らの明確な思考の制御によって、「運用のための規定」を規約すべきでしょう。いつまでたっても、学生の卒業制作気分じゃ、どうしようもないです。アニメのブラック問題って、実は自分たちのルーズな規定や規格が病巣だと思いませんか。

 

アニメ制作現場は、USBもDisplayPortもSMPTEタイムコードもSDIも使うわけです。アニメ制作はアニメ好きの人間たちが集まって「フワッ」としがちな現場ではありましょうが、「自分たちのSMPTE的なもの」を目指しても良い‥‥と思います。

 

 

 


iMac 5K。Mac mini。

PC・Macの性能は、長い間停滞気味で、モニタの性能は次世代映像に足踏みしている‥‥という現状を鑑みるに、私がパッと思いつく選択肢で誰にも判りやすい「現行機種」は「iMac 5K」くらいです。別にWindowsでも良いんですが、iMacに匹敵する知名度と性能をもつ「固有名」が思い浮かばないんですよね‥‥。

 

iMac 5Kのどこが「推薦できる」内容かを書き連ねると‥‥

 

  • 5Kの解像度を持つ
  • 5Kで60Hzのリフレッシュレート
  • コーデックを工夫すれば、コマ落ちなしで4K60pが再生可能
  • P3らしき色域(「Display P3」とAppleがのたまう‥‥)
  • i7で4コア8スレッドの処理性能
  • 64GBの実装メモリ
  • 外部に4K HDR/PQ 60Hz 10bitモニタを接続可能
  • さらに追加で2Kモニタも接続可能
  • 意外に高速なFusion Drive 2TB
  • 40GbpsのThunderbolt3
  • 実測で秒・2ギガバイトが出せる外部記憶装置の接続(高速な外部SSDはまだまだ高価ですけどね‥‥)

 

‥‥です。

 

上記スペックに近ければ、Windowsマシンでも何の問題もないでしょう。

 

ただ、Windowsマシンは何が厄介かというと、スペックをちゃんと読める人じゃないと、あまりにも選択肢が多過ぎて「必要なスペックを満たしていない製品」を買う危険性があることです。「安さに飛びついて、銭失いになりかねない」のです。

 

エプソンやDELLでiMac 5Kの最上位機種と同じ内容でBTOを組むと、結構いい値段がします。そこに普及価格帯の4K HDRモニタをプラスすれば、20万円台後半にはなりましょう。iMac 5Kの最上位機種と似たような値段になりますから、盲目的に昔の慣習で「WIndowsは安い」と思うのは、間違いの元です。Windowsマシンを買うにも、しっかりと腰を落ち着けてBTOで構成する必要があります。‥‥アニメの映像を作ろうと思うのなら、です。

 

 

なので、手っ取り早く、お金と性能のバランスが良いのは、iMac 5Kなんですよネ。特に、個人で買う場合は、面倒がないです。

 

ちなみに、私がここで書いていることは、自分の自宅や作業場での「実際の導入実績」に基づいています。スペックマニアが実物を知りもしないで予測で書いている‥‥わけではないです。

 

実際、私の自宅の初代iMac 5Kは、購入してからそろそろ4年が経過しますが、少なくともあと2年はイケそうな感じです。

 

職場のiMac 5Kは、EIZOのCG-319XをPQ1000nitsクリッピング・10bit・60Hzで接続し、さらに波形などを見るための2Kモニタも接続して、5Kと4Kと2Kの合計11Kのディスプレイにて、色彩設計の4K HDR作業環境として稼働を開始しました。「こんなに大量の画素数をつないでちゃんと動作するのだろうか」と半信半疑でしたが、ケロリと普通に動作しています。

 

 

そして、Mac miniの新型の噂。2018年の秋‥‥との噂ですネ。

 

iMac 5Kだと、ディスプレイ一体型で色々と融通が利かなくて‥‥という人でも、Mac miniの新型なら、低価格な4K60Hzのモニタを自由にチョイスして構成できますネ。数年後にさらに4K HDRの目視確認作業用モニタ(=普及価格帯では今はまだ良い製品がありません)を買い足せば、4K+4Kの8Kデュアルモニタでの作業環境も構築できましょう。新型Mac miniは幾ら何でも、今のショボすぎるグラフィック性能を刷新するでしょうからネ。

 

そこに、iPad ProやiOSが加わることで(まあ、Apple漬けですが)、個人のスタミナ次第で、他には何も必要とせずに「自主アニメ」「コミック」が作成できます。

 

旧来制作現場のアニメーターはさ‥‥、アニメをまるごとは作れないじゃん?

 

旧来技術の作画工程が生み出せるのは線画だけです。

*「デジタル作画」になってペイントを兼任するケースもありましょうが、作業クオリティや経験による障害回避がペイント工程のプロにどれだけ匹敵するのか、疑わしいです。実際、作画の人間の塗った荒くて雑なペイントを仕上げさんが尻拭いしたり、簡単なペイント(透過光マスクとか)だけやって面倒なのは仕上げさんに回す‥‥なんていう酷い事例も耳にします。

*ペイント工程を兼任するのなら、仕上げさんと全く同等の教程を実施し、ペイント工程に対する責任と品質管理が必要不可欠です。「デジタル作画だから動画だけでなく仕上げもやると稼げる」なんていう甘い考えは、少なくとも私は絶対NGだと思います。私はお金のでない自主開発では自分でペイントもしますが、制作費の出る商業作品ではペイントと色彩のプロに任せます。知識と経験が、専門職だと段違いですからネ。

 

でも、アニメーターが、iPad ProとiMac 5Kを手にしたら、線画だけを作り続ける「工場の工程の1役職」から解き放たれ、様々な可能性が現実のものとなります。「未来のアニメーター」が「旧来のアニメーター」と同じである必要は全くないです。むしろ、変わっていくべきでしょう。

 

旧来とは違う方法で手描きのアニメーションを作る方法は、旧来の現場では無理です。新しい技術が旧来の現場から生み出せないのは、まさに旧来現場の実情が証明しています。新しい技術を生み出せるのは、まずは自分の所有する映像制作環境です。そこから前例や実績を作って、ようやく次のステップに進めます。

 

 

iMac 5Kに加えて、秋にはビデオ性能とプロセッサを強化したMac miniが出るとの噂は、個人や仲間たちで何かを始めるきっかけにもなるでしょう。新しい何かで未来を切り拓こうとする人たちには、セレンディピティや共時性が味方してくれますよ。

 

私自身を振り返るに、4年前にiMac 5K、3年前にiPad Proが出ていなかったら、現在の開発プロジェクトにたどり着けなかったかも知れません。しかし、「時代性」をよくよく考えれば、iMac 5KもiPad Proも「出るべくして出て」、そして私が「ここぞとばかりに」飛びついたのです。‥‥共時性の為せる技に、まんまとハマったわけです。

 

まだまだ、コンピュータのお楽しみはこれからです。

 

それにしても、久々のMac miniの更新は楽しみ‥‥ですネ。

 

 


フィルムの凄さ

フィルムの真価は、4K HDRでようやく人々の目に届けられる‥‥のだと思います。Rec.709(SDR)のHDではフィルムの性能は著しく損ねられていた‥‥と言っても、言い過ぎではないでしょう。

 

フィルムカメラ時代に、ポジフィルムで撮影して、現像上がりのポジをライトボックスとルーペで見たことがある人は、映像業界にどれだけいるでしょうか。おそらく、35mmライカ判の一眼レフカメラが現役だったころに20代だった人は、本業はアニメやビデオでも、趣味でポジフィルムに馴染んでいた人もそこそこいると思います。

 

まあ、ライトボックスにもよりますが、35mmポジフィルムをルーペで覗いた時の鮮やかさは、印画紙のプリントとは大きく異なります。Rec.709やsRGBも「発光体」を見ている状況は同じでも、ポジフィルムを覗いた時に比べて、色の発色が大きく異なります。

 

 

しかし、フィルムカメラが市場の表舞台から姿を消し、キャリアの最初からデジタルデータのアニメやビデオカメラしか知らなければ、sRGBやRec.709が、光学画像の経験の全て、映像経験の全てにもなりましょう。

 

つまり、現在の若い世代〜中堅の世代は、狭い色域の世界しか知らない‥‥のです。全員ではないでしょうけど、大半は‥‥です。

 

特に、ここ20年近くのアニメ業界は、sRGBとRec.709しか知りません。若い人は状況的に、sRGBとRec.709、Adobe RGBだけが、映像や画像の全てだと、無意識にも思い込んでいるでしょう。

 

でも、世界はそんなに狭く、チョロくはないです。映像の世界は、まだまだ深いエリアがたくさん存在します。

 

世界が今や見捨てた‥‥と言っても過言ではないフィルムでも、実は、Rec709なんてショボくて失笑するくらいの、幅広いレンジを内包しています。

 

ぶっちゃけ、私も今までのデジタルデータでそこそこ十分だ‥‥と思っていました。しかし、HDRの色域で10bit以上の映像を見ると、今までのSDR時代のフィルムスキャンは「すべてスキャンし直し」が良いんじゃない?‥‥と心から思えます。

 

 

とある技術者の方が、「Rec.709はもはや映像のワーストケース(=最下位品質)」だと言っていたのを思い出しますが、それは、新時代の映像技術を誇張して喧伝するためではなく、実際のHDRの映像実物が雄弁に物語っているからこそです。Rec.709と2100を並べて比較した際の、その無残さと言ったら、まさに「筆舌に尽くし難い」ものがあります。

 

HDRの取り組みを本格的に始めて、フィルムの魅力はまだ死んでいない‥‥と強く思うようになりました。フィルム作品は4K HDR時代に「生まれ直す」のだと思います。

 

私は今後、フィルムを使うことはないと思いますが、フィルム時代の作品は敬愛して止みませんし、フィルム一眼レフカメラ時代の撮影経験は私の基礎の大きな部分を占めています。

 

フィルム時代の作品が、今後、4K HDRのコンテンツとして、フィルムスキャンからやり直して、どんどん発売されることを望んでいます。

 

 

アニメ業界もRec.709に縛られた狭い了見で色彩を扱うのではなく、新しいHDR時代の色彩感覚を意識し始めるべきです。Rec.709なんて、人間の知覚からすればホントにショボさ爆発なのです。単に旧時代の放送や機器の都合でレンジが定められたに過ぎません。

 

今の若い世代が、Rec.709しか知らないのは、実は、今後の発展における大問題・大障害なんだよね。

 

かと言って、2018年現在にフィルムを経験することは中々難しいです。35mmのポジフィルムと一眼レフカメラを購入して、現像してポジを覗いて‥‥なんて、今では、酔狂でしかないもんネ。

 

なので、一番てっとり早いのは、自宅や職場に4K HDRのテレビを入れてしまう‥‥ことです。HDRでPQにも対応し、500nits前後で10bitのスペックの映像体験環境を、安価に入手するのは、ソレしかあるまい。

 

‥‥で、ネット配信のHDRコンテンツや、UHDでHDRのブルーレイを見て、今までの暗く寝ぼけたRec.709から「自分の目を解き放つ」べし!‥‥です。120fps補完の実態にも目を背けずにしっかりと自分の目で確認しましょう。

 

「未来の現実」を自分の目で見定めるのです。逃避するのではなく、です。

 

頭の中で、いくら300nitsだ1000nitsだ、HDR10だHLGだ、PQだと、「文字」だけで考えても、自分のナマの目で見なきゃ本当のところは判りませんヨ。

 

 


数値がわからなくなったらアレクサに聞こう

今から20年前以上の昔。各色8bitのRGBで自由にセルの色が決められる「デジタルアニメーション」は、「なんと、セルの色数が1670万色も使える!」とも言われて、当時のアニメカラー(=セルを塗る塗料)の200〜300色の制限とは比べものにならないと思われたものです。

 

でもまあ実際は、アニメカラー時代も、フィルム銘柄の特性によって色に変化は生じましたし、パラやフォギーフィルタなどの撮影処理を加味することで実際のアニメカラーの色数よりも遥かに複雑な色数を実現していましたから、アニメカラーとRGB各色8bitの色数を比較すること自体がナンセンスではありました。「色数が多い」というよりは、「アニメカラーの色数ではなく、自由に「調色」して色を決められるようになった」というべきでしょう。

 

その「いかにも十分過ぎると思えた1670万色」も、今では「ワーストケース」というべき「最低限のスペック」扱いです。実際、1670万色=1670万諧調と言っても、明るさが半分の薄暗い赤色照明のシーンでは、128諧調以下になってしまい、トーンジャンプの危険性と隣り合わせです。どんなシチュエーションでも1670万諧調があるわけでなく、最大1670万‥‥というだけです。

 

RGB各色8bitで全ての色を使った場合(現実的にはあまりないですが)

 

R:0-255

G:0-255

B:0-255

256x256x256=16,777,216

 

薄暗い赤い照明(=赤のモノトーンで半分の明るさ)の場合

 

R:0-127

G:0-0

B:0-0

128x1x1=128

 

総天然色で色鮮やかで明るい部分も暗い部分も同じ画面に収まっているような絵ですと、1670万諧調を発揮できますが、トンネルの中で水銀灯だけが照らし出すようなシーンですと、薄暗いオレンジのモノトーンに多少の色が垣間見える程度になり、色数はぐっと減ります。

 

ゆえに、擬似的な多色処理、そして10bit以上の諧調が必要になってきます。

 

10bitは単色で1024諧調、12bitはその4倍で4096諧調になります。8bitの256諧調より、数値がどんと増えます。

 

しかし、暗算では中々パっと数値が出て来ません‥‥というか、それは256諧調でも同じですが、8bit=256に関しては長年の作業経験で暗記していますが、10、12、そして16bitになると、暗記だけではおぼつきません。

 

16bitの諧調は6万5千‥‥‥なんだったっけ?

 

そんな時はアレクサさん

 

 

「アレクサ。2の16乗は?」

 

6万5千5百36、です。

 

「アレクサ。65536の3乗は?」

 

281兆4749億7671万6百56、です。

 

 

‥‥まあ、281兆の下りは、アレクサさんがどんどん読み上げても、1回で聴き取って覚えきれる数値ではないですが、281兆であることはわかりますネ。

 

同じく、「1024の3乗は?」とか、「4096の3乗は?」と聞けば、それぞれ「10億‥‥‥」「687億‥‥‥」と答えてくれます。聞き取るのが面倒なので、末尾は割愛しますが。

 

アレクサさんはコンピュータですもんネ。このような単純‥‥だけれど数値が巨大な計算はすんなり計算しますし、電卓プログラムにありがちな「2.8147498e+14」なんていう表記ではなく、末尾1桁まで読み上げてくれます。

 

10bitRGBの諧調は10億色、1bit増えて11bitだと85億色、さらに1bit増えて12bitだと687億色‥‥と、アレクサさんに聞けばすぐに答えてくれるので、やがて、10bitや12bitの色数を、8bit=1670万‥‥の時と同じように暗記するようになります。

 

 

 

256で色を考えるのは、基礎としては今でも有効です。会話の中で256で呼び表して容易にイメージするのは、たとえ10bit運用になった時でも「伝わりやすくて」良いと思います。

 

しかし一方で、256では済まない状況も、ボチボチ周辺に出始めています。After Effectsでは256のドラフト表示のままですが、データとしては10〜16bitを扱うのが主流になりますので、時には1024〜65536=10〜16ビットの諧調で話すことも必要になります。

 

でも、数値はどんどん大きく細かくなります。‥‥なので私はよく、アレクサさんに聞いて、数値を計算してもらいます。

 

‥‥とはいえ、こんな聞き方だとダメみたいです。

 

 

アレクサ。16ビットの数は?

 

「すみません。わかりませんでした。」

 

 

わからないんだったら、仕方ない。

 

あくまで、質問する側が、1bit=2値ということを踏まえて、「2の16乗は?」と聞かなければ、いまんとこ、ダメっぽいです。

 

加えて、アレクサは「京」の桁の末尾まで細かくズンズン読み上げる「人間に優しくない」部分もありますから、すぐに大まかな数値を知りたい時に、アレクサにサクっと聞く程度が良いです。

 

丸いディスプレイをもつ「Echo Spot」も登場して、充実するアレクサさんのラインアップ。

 

 

 


2K24pSDR8bitと4K60pHDR10bit

現在、作業場のほぼ全ての装備を4K HDR 60p仕様に改変して、あと1つ2つの発注済みの物品が到着すれば、いよいよ名実ともに「未来の環境」が完成することになります。‥‥とは言え、技術は「イタチごっこ」ゆえに、これで環境構築が終了したわけでなく、今後も順次、作品ごとに強化していくことになりましょう。

 

そうした中、頭で考えているだけではわからなかったことが、しみじみと肌身で、実感としてわかるようになってきました。アニメ制作現場の未来は、新旧の2派に分類されるだろう‥‥ということを、ハードやソフトが暗示するのです。似たようなことは以前にも「予想の範疇」で書いてきましたが、目の前のハードやソフトの振る舞いを日頃から見るにつけ、「詰み将棋」のように「未来がの成り行き」が具体的に見えてきます。

 

技術、装備、そして慣習を古いままで更新できない集団=「新旧の、旧の現場」は、おそらく、未来も古いままで続けるしかなく、未来技術のエッセンスを取り入れるような「部分的な現代化」すらままならないだろうと思われます。紙の作画を「デジタル作画」に更新した段階で進化は終了し、未来社会への対応は、ポスプロのアップコンに頼り切ることになるでしょう。要するに、旧来のアニメ技術は進化が終了し、老化をできるだけ食い止めるために、新時代の映像技術を「介護技術」として用いる‥‥という未来です。

 

絵を1枚ずつ描いて動かす方式で、2K24pSDR8bit。‥‥これが旧来の技術を主体とする現場の最終形態です。

 

2K

24p

SDR

8bit

 

‥‥あらたに「8bit」というキーワードが付随しましたが、実は8bit問題は相当根深いです。After EffectsもQuickTimeも内部では10bit以上を扱えますが、表面に映し出される映像は、実は8bitです。どんなに16bitモードに変更しても、12bit素材を読み込んでも、10bitモニタを買って設置しても、After EffectsやQuickTime Playerでは8bit表示です。システムスタッフが改めて検証してくれたおかげで、私も再認識できました。

 

ですから、撮影作業などで10bitの高価なモニタを使っていても、実はほとんど役にたっていません。ムービーファイルのデータ構造もグラフィックカードもケーブルもモニタも10bitの条件を満たしていても、出力するソフトウェアのGUIが8bitなら全く意味がなく、安価な8bitモニタで十分なのです。

 

一方、新しい技術の当面のターゲットは‥‥

 

4K

60p

HDR

10bit

 

‥‥です。12bitを表示できるモニタは恐ろしく高価なので、10bitが現実的ですが、内部的には16bitの運用(これはAfter Effectsの都合でもありますが)を進めることになりましょう。

 

iMac ProやCG-319Xは10bitです。iMac ProはいまのところPQカーブに対応していませんから、HDRでPQを運用するのなら、CG-319Xなどの相応の設備が必要になります。モニタに限らず、様々な機材改変や技術改革が必要になるのは、今まで散々書いてきたことなので、繰り返しません。

 

 

「4K60pHDR10bit」の現場に環境を移行するのは、相当にハードルが高く、ゆえに「無理だから、昔のままでいく」会社は続出すると予測されます。もちろん、昔のままの体制で作り続けるので、出来上がる映像も昔のまま、作業者の報酬も昔のまま‥‥です。ポスプロでHDRグレーディングしても、映像の「アイデアの源が2K24pHDR8bit意識のまま」なのですから、後付けの映像処理にも限界はあります。

 

現段階では「60p」は置いとくとしても、「4K24pHDR10bit」に対応できる会社は、相当体力が必要ですし、出資者の増援も必須となりましょう。

 

私だけなく、現場の映像表現に関わるスタッフ、機材を多種取り扱うシステムスタッフ、皆が、「これ(=未来)って、大変なことになりますね」と、ことあるごとに話します。

 

でも、ふと冷静になって考えれば、未来が大変なのって、今に始まったことじゃないです。いつだって、そうだったんですよネ。未来を生き抜くことはいつだって、大変なのです。

 

過去の技術から転換できずに歴史に埋もれていく人々、頭角を表す人々など、様々な世代交代劇が繰り返されてきただけです。

 

ですから、今回の四半世紀規模の映像技術転換〜アニメ制作技術転換は、「あるべき姿〜必要な世代交代」と思えます。

 

表面上の「可愛いキャラ」はともかく、今のアニメ技術はどんどん老朽化しています。「萌えキャラのラッキースケベ」をファンに提供するばかりで、どれだけアニメ業界の技術や体制は維持できるでしょうか。

 

もし、老いたままで良い‥‥というのなら、「要介護」の準備を整えておくべきです。一方、技術世代を交代して転換を図るのなら、「デジタル作画にすれば安心」と考えるのはあまりにも浅はかです。

 

もし現代社会とともに歩みたいのなら、今はすぐに全部は無理でも、「4K60pHDR10bit」をそろそろ意識して、着手できそうな部分から行動開始すべき時期‥‥ですヨ。

 

 


ライセンス

アニメ制作運用において、すこ〜んと忘れられがちな代表的要素は「ライセンス」です。一番ありがちなのは「After Effectsのフッテージの収集」で他人が再利用してはいけないデータまで収集してパブリックな場所に置いてしまうことです。

 

他所が自分たちと同じ技術と環境で作業している‥‥との思い込みが、まず根底にありましょう。ゆえに、運用システムの設計もスタティック(静的)で融通の効かないものになりますし、ライセンス違反や技術流出を平然と悪気もなく犯し続けます。

 

もっと根を掘って考えると、自分たちは「作業行為を売っている」と思っているからこそ、ライセンスや技術管理に疎いのでしょう。もちろん、作業の行為は必然ですが、「自分の技術を成果物として売る」ための手段なだけです。

 

さらにもっと深く考えれば、作業行為=労働を売っている意識だから、いくらでも買い叩かれるのです。技術力はそれが独自性を帯びれば帯びるほど買い叩きは困難になります。技術力ではなく、労働力を売っているから、「他にいくらでも引き受けてくれるところはある。仕事が欲しいのなら、安く引き受けろ」と安売りを強要されるのです。

 

‥‥話が逸れるので、その辺の話は今回おいといて、ライセンス。

 

フリーランスの作業者が自分の「バンク素材」として購入した、欧米メーカーの自然現象のループ素材があったとします。それを受注した映像作品で使って、画面効果を盛り上げてかっこいいカットに仕上げました。その後、「DVDリテーク対応のため、プロジェクトが欲しい」などの理由で素材一式を制作会社に提出しました。そしたら、その水や煙や炎の素材が他の話数の他のカットで無断で使い回され、他の作品にすら使い回されていた‥‥なんていうことがあったとしたら、それは大問題です。欧米の映像素材メーカーが定めた利用ラインセンスに対して、プロジェクトを提出した作業者も、受け取って使いまわした制作会社も、違反したことになり、責任と賠償を求められるでしょう。

 

プロジェクトを提出する際に、素材をそっくりそのまま収集した作業者にも重大な過失があります。また、1円も支払わずにヌケヌケと素材を流用した制作会社にも管理上の過失があります。

 

ゆえに、私らが現在進めている「制作進捗情報の管理システム」は、「素材の共有」にもルールが規定されています。また、技術の流出・盗用を防ぐための決め事・作業習慣も設けています。

 

流用がすべてダメなわけじゃないです。ライセンスに違反した流用行為、実質的に技術の流出となる共有の行為がダメなのであって、最初から「これは使いまわし素材ですよ」「共用のテンプレートですよ」と明示的に用意した上で特定の集団内で活用することは、効率的な運用に繋がります。

 

「でもさ。合わせや直しが必要になった時に、プロジェクト一式があると便利じゃん」と思う人もいるでしょう。‥‥でも、その「便利」さを優先するために、色々なものをドブに捨ててるんですヨ。自分たちの未来すらネ。

 

他のカットで合わせが必要なんだったら、元の作業者に依頼すれば良いです。仕事の都合で断られたのなら、他の作業者が目で見て似たような映像効果を作れば良いのです。プロジェクトを丸ごと貰って流用しなければ似せられない‥‥なんていうヘタレに基準を合わすから、制作現場はどんどん安易に貧乏になるんですよ。

 

直しが必要ならば、直しの対価を払って、元の作業者にリテーク作業依頼をすれば良いんです。そうすれば、作業者との信頼関係だって、一層深まります。

 

 

 

あなたの技術は素晴らしい。あなとと今後もぜひ一緒に仕事をしていきたい。

 

‥‥という現場と、

 

アイツの技術はかっこいいけど、色々めんどくせえから、どうにか盗んで流用できねーかな

 

‥‥という現場の、どっちが「良い」現場でしょうネ。

 

 

ライセンスや技術保護を重んじることは、すなわち、人を重じることにもなります。

 

ライセンスを無視し、技術を垂れ流しにするのなら、その人自身も無視され垂れ流しの憂き目にあいます。自分たちの姑息さを棚にあげて、全体主義に走っては、イケません。

 

技術、ライセンス、人を、おしなべて、大事にしていきたい‥‥ですネ。

 

 


肯定的に否定的に

作業場に4K HDR 500nitsテレビ、4K HDR 1000nitsリファレンスモニタ、4K HDR 300nits作業モニタが設置され、しかも、4K HDR 500nitsで120fps補完のテレビに至っては部屋の中央にドカンと高い位置に設置したことにより、日頃から4K HDR 24〜120fpsの映像を「皆で普通に」目にするようになりました。

 

特定の個人だけでなく、在籍スタッフ皆が、どんどん次世代の映像標準技術に慣れていきます。理屈やスペックの文字情報でなく、目でみて感覚的に、身の丈の実感として、未来の映像産業の「発展と苦難の両方」を垣間見ています。

 

旧作のフィルムやビデオ作品も4K HDR関連機器で見て、時代性(=時代特有の技術性とでもいうか)の差異を痛感するとともに、不動の魅力を感じることも多いです。さらには、最近のBS高画質番組が4K HDRの倍速技術(120fps)によって補完されることで、4K8K HDR 60〜120p時代の絵作りはどのようなものであるかも、実写とアニメの差はあれど、未来の映像美を予感してしみじみと感じ入ることも多いです。NHKの「ネコメンタリー」は4K HDRで50インチ前後の大画面テレビで、しかもヌケの良い色彩と120fps補完で見ると、ふんわりと柔らかくリラックスした映像に病みつきになりますヨ。

 

中でも、「映画」の「映画感」の変化には驚きます。新しいテレビ(受像機・映像データ上映装置)の技術によって、「映画だったものが映画ではなくなって、技術だけでなく表現意識の古さまで浮き彫りになる」ようなマイナスイメージから、「たしかに映画のディテールは剥がれ落ちたけど、作品の面白さは不滅だ」と再認識するプラスイメージのものまで、‥‥つまり、否定と肯定が錯綜します。

 

思うに、映像技術のフォーマットだけで「表現足り得ていた」作品は、新時代の映像技術によって化けの皮があっさり剥ぎ取られ、無残な姿を晒します。しかし、化けの皮が剥がれても、「あれ? 実はスッピンも美人さんだったのね」と余計に愛着が増す作品だってあるのです。

 

そうした色々なマイナスとプラス、否定と肯定の中で、自分たちの未来の映像表現はどうあるのが良いのか、どのような美しさの可能性が存在し得るか、新しい時代の映像技術を身近におくことで、観念してじっとりと「未来に思い馳せる」ことができます。同時に、24コマの醸し出す「映画っぽいニュアンス」「映画感」に頼るだけでは、未来は相応にブザマでミジメな醜態を晒すことになろうことも悟ります。

 

展示会場にNTSCブラウン管テレビとVHSデッキを持ち込んで3倍録画を再生して、「この荒れて溶けた質感がたまらない」とばかりに自作の作品を限定的な局所で展示するのなら、どんなに時代性・現代性を無視しても良いでしょう。しかし、商業作品における映像制作者は皆、未来世界(=と言っても数年後ですが)の映像技術を概ね肯定し受け入れる必然性に迫られます。

 

そのためには、過去から現在に続く映像表現の潮流を、肯定的にも否定的にも捉えて、「新しきものから新しきを知る」ことと「古きものから新しきを知る」ことを同列に扱う自覚が必要だと考えます。

 

新しいものだけを肯定してもダメ。今までのものだけを肯定してもダメ。

 

新旧両方を、肯定も否定もできるニュートラルなスタンスが必要です。色眼鏡越しに眺めるのではなく、現在と未来を裸眼でしっかりとマジマジと「ガン見」することが重要です。もし、裸眼だと視力が足りずにボヤけるのなら、近くに寄って見れば良いですし、老眼なら一時的に老眼鏡をかければ良いのです。

 

 

 

一方、アニメ業界の総意としてヒシヒシ感じるのは、新しい映像技術に対する否定的な見解と未来技術へのマイナス感情ばかりです。4Kも60pもHDRも「自分たちとは無縁で、むしろ敵だ」とすら考える人もいるようです。

 

もし本当に無縁と決め込む否定的なスタンスを採って「過去の殻の中」に閉じこもり続けるのなら、アニメ業界の技術発展は2K24pSDRが最終点となり、ポスプロの方々に面倒を見てもらう〜アップコンで対応して、「次世代=数年後には現世代」から脱落しないようにするばかり‥‥になりましょう。

 

新時代映像技術の「介護」に頼るアニメ業界の未来の姿は、本望でしょうか。

 

「現」アニメ業界が新世代の映像技術を視界に入れたくない感情はわかります。今だってかなり厳しいのに、これ以上の負荷は背負いこみたくないでしょう。どこぞの現場取材記事で「クオリティを一定以上に維持するには、社内の動画スタッフを多く雇わなければならない」的な内容を読みましたが、さらなるレベルアップ・クオリティアップを課した時に、どのような多大な負荷がかかり、どのような結末が待ち構えているかは、少なくとも現在の作画従事者なら事前に解りますもんネ。

 

だからと言って、「このままで済む話じゃない」のは、他の商業ジャンルの過去を思い出せば判るでしょう。アニメ業界を中心にして世界は回っているわけじゃないですもんネ。世界規模の新しい技術の波を停止できるほど、日本のアニメ業界の影響力は大きくないです。

 

ぶっちゃけ、アニメ業界の総意をのんびり待っていたら、「another one bites the dust」=死体の山が積み重なっていくだけです。アニメ制作現場の未来はいくらでも当人たちで変えていけるのに、過去の慣習や感情、旧来の枠組みや権益に囚われて、戦中の日本人と同じ行動を繰り返そうとしています。首脳陣だけが悪いわけでなく、業界の過去の技術にしがみついている全員が、‥‥です。

 

作画する内容が細かくなって、枚数もどんどん増えて、塗るのも複雑で大変で、撮影処理も盛り込みが過度になるばかり。‥‥わかりきっていますよね。もう「今までの制作技術をエスカレートさせる思考では、確実に破綻する」ということは。

 

旧来技術の延長線上の中で、不確定要素があるとすれば、何がきっかけで破綻するか‥‥という、「破綻の選択肢」だけです。

 

2年後の未来は、1970年代でも1990年代でもなく、2020年代です。しかし、2020年代になっても、おそらく‥‥というよりは確実に、アニメ業界は、作画作業者の雇用の基本問題を改革できないままでしょう。

 

なぜって、アニメ業界旧来の技術内容が「どうやってもお金と人をどんどん大量消費する」宿命だからです。手作業で細かい絵を丁寧に描いて何千何万枚‥‥なんて、お金と時間がかかり過ぎて、個人への分配額が少なくなるのを、なぜ、真正面から見ようとしないんでしょうネ。

 

「自分たちの技術」に関する「根拠の明白な問題」は見ようとせず、根拠のまるでない「制作費をまずは2倍がいい」なんていう「願望」を持ち続けたって、何も解決しないばかりか、どんどん挽回の機運と勝機を逸するばかりです。

 

「これだけ耐えて頑張ってるんだもん。やがて勝つ日が来る」という思いは、「合理的な根拠」をベースにした時には有効でしょう。しかし、「当て所ない願望」をベースにした時には‥‥、まあ、明日は8月15日ですから、日本の70数年前の事実に思いを馳せましょう。

 

 

国家全体の戦争と、アニメ制作の運用は違います。自分たちの取り組みで未来の運命を変えられます。

 

とはいえ、業界の烏合の衆に呼びかけても、未来の運命は変えられません。

 

個人、および、個人が集まって形成されるグループ単位であれば、未来の運命を自分たちで変えることができます。

 

 

業界など、アニメ制作に従事する人々の影が寄り集まってできた幻影のようなものです。

 

幻影に何を期待する? 期待するほうが愚かなのです。

 

あなた個人、そしてあなたたちだけでも、そろそろ「新しい時代」の「新しい技術」を肯定し始めても良い頃‥‥だと思いますヨ。今は目に見えないだけで、同じような志をもった「同志」は「時代が同時多発的に生み出して」いるのですから。

 

 

 


わかってなくても、わかっていても。

旧来アニメ制作をより明確に計画的に運用しようと目指して、制作システムを整備しよう‥‥と考えて実行しても、どうやら「遅きに失した」感があります。むしろ、その「今さらの旧来制作技術の再整備」がとてつもないマイナスを生み出すことさえ考えられます。

 

20mの大波が押し寄せるのに、5mの堤防を最新技術で新造して何の意味がありましょうか。コストの浪費も甚だしい。

 

でも、旧来の技術と経験だけしかないのなら、5mの堤防を建設コストをかけて皆で整備するのが良いと思い込んでしまいます。堤防を作る!‥‥という大事業が、環境整備の理性的な行動のようにも思えましょう。

 

でも、それは甚だ、的外れです。旧来技術を再整備しようとする行動が、未来を真に生き抜くための機運を間接的・連鎖的に消沈させることになりましょう。

 

5mの堤防では、未来の大波を受け止めることは不可能です。別の例えを用いるとすれば、雨あられと降り注ぐM69焼夷弾が引き起こす大規模火災に、どんなに組織的に訓練したバケツリレーで対応しても鎮火できるはずもないです。

 

「じゃあ、どうすればいいんだよ」と思う人もおりましょうが、冷静に考えてみましょうヨ。

 

大波が堤防を乗り越えてきて大洪水となるのなら、あなたならどうしますか?‥‥ガッツポーズで海辺に立ち「ガオーー!」と叫んで、ザッパーンと押し寄せる大波を生身で力強く受け止めます? ‥‥マンガじゃないんだし、濁流に流されて溺死してしまうでしょう。かと言って、堤防壁面に「この堤防が役立ちますように」と皆で願い事を書いて、神頼みでもします?

 

「でも、10m、20mの堤防なんて、あまりにも途方もなくて、築けるはずもないよ」‥‥とは、確かにその通りですよネ。

 

私も20mの堤防なんて、とてもじゃないですが考えられません。突如として上がる水位に、バカ正直に対応してたら、堤防の建設費で大波が来る前に自ら破滅するでしょう。

 

大波が来るのは「自然の周期」で確定済み、とは言え、堤防はあてにならない。でも、人間には「知恵」が多少なりとも備わっているのですから、その知恵を最大限に活用しましょう。

 

大波に対して抗うだけが、方法ではないですよネ。水にプカプカ浮いてやり過ごして、水位が安定したところで、新たな陸地を探して移住するのも方法です。波の力を受け止めて吸収してエネルギーにすることだって可能。

 

B-29を迎撃して撃墜するだけが焼夷弾を防ぐ方法ではないでしょう。B-29に大空襲のミッションが発令されず、飛行基地から離陸しなければ、そもそも焼夷弾なんて投下されないんだし。

 

他の方法はいくつも考えつきますよネ。

 

 

 

私が恐れるのは、今、旧来技術の再整備をしてしまって、その再整備システムが定着した頃に、世界規模の映像技術の大転換期にさらされて対応できず、かえって「再整備した旧来技術のシステムが大きな足手まといになる」ことです。

 

「せっかく再整備した旧来システムだし、再整備にはお金も労力もかけたし、使い続けよう」と行動してしまって、技術変革の大チャンスを自ら潰してしまう結果を招く‥‥のだとしたら、再整備に着手することは本当に賢明な行動でしょうかね。

 

旧来技術の問題点の根本を見直さず、旧来の体制と体質のままでシステムの再整備をしてしまうことは、アニメ業界に対するオーバードーズになることだって大袈裟な例えではないでしょう。今がおかしい、今が苦しい‥‥と言って、「パブロンで誤魔化すのはやめましょう。代わりに、専門的な薬を処方しますから。」と言ってその通りに行動しても、本当に「今の生活」から抜け出せるのでしょうかね。

 

「データのやりとりがなっとらん!」とばかりに取り組んじゃって、結果、旧来から続く理不尽な一律単価制度や細分化による少額な報酬まで未来に受け継ぐ温床になるのなら、少なくとも私自身は旧来の制作システムに関しては「行き着くところまで行けば良い」と思います。残酷な物言いですが、もうこの方法ではダメだと破綻と破滅を経験しないと、どうしても納得できないこともありましょう。

 

 

わからない人はもちろん、見識と経験を豊富に持つ「わかっている」人でも、古い世代技術で見識がストップしていれば、大波よりも遥かに低い堤防を作って「これで災害は防げる」と思い込んでしまいます。そして、人々の自浄能力を骨抜きにしてしまう結果をも招きます。

 

どんどん変わる「世界の気候」情報をリアルタイムで吸収しながら、見識や知識、意識やドクトリンを更新していくことが必要だと思っています。

 

 

 

 



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