ユニバーサルプラットフォーム

最近、グランドパワー‥‥というか、地上戦の兵器・陸軍の兵器において、ロシアから登場した興味深い、「アルマータ・ユニバーサル・コンバット・プラットフォーム」という戦闘車両の「概念」というか「構想」があります。

 

Wikipediaでは、以下のように、1つのベース車両から、主力戦車、歩兵戦闘車の写真を見ることができます。

 

*自走砲の2S35の写真もあったのですが、どうもベース車両が違う「アルマータ展開の今後の予定」的な写真だったので、載せるのを控えました。ベース車両の違いは、転輪の数でだいたいわかるよネ。アルマータは上の写真のように7つの転輪が特徴‥‥なんでしょうかね。

*おそらく、単なる基礎車両〜シャーシやエンジンなどを共用するだけでなく、電子機器などのNCW的なシステムも共用したり拡張できるプラットフォーム‥‥なんでしょうね。

 

 

要は、「戦車を開発する」「歩兵戦闘車を開発する」「自走砲を開発する」‥‥というそれぞれ専用の単発のプロジェクトで兵器開発をおこなうのではなく、最初からバリエーション展開と運用を考慮した開発プロジェクトをおこなう構想です。

 

こうした構想に似た計画は今に始まった事ではなく、70年以上前の第二次世界大戦においても、ドイツによって「E計画」と呼ばれた戦闘車両の開発プロジェクトがありました。

 

*足回りに資材節約の苦労が忍ばれるE-50。転輪がスッカスカですネ。一方、赤外線照射の暗視スコープ(Owl的なもの)がついてたりと、色々と興味深い‥‥ですが、これ、フィクション(計画で実車が存在せず)なので、メーカーのノリを楽しむプラモではあります。

StanderdPanzer」、いわゆる「標準戦車」という呼び名が、戦中の生産効率における苦悩を逆に言い表しているようで、興味深いですネ。「生産効率における苦悩」…とは、これまた耳慣れた言葉よ。

 

 

基本重量に合わせて、E-5、E-10、E-25、E-50、E-75、そして超重量級のE-100まで、車体の規模に合わせて、様々なタイプをバリエーション展開する計画でした。E-50はパンター系列をリプレース、E-75はティーガー系列をリプレース‥‥というように、既存の「必要に応じて作ったぞれぞれの車両とバリエーション」を整理整頓して各クラスで統合し、効率的で合理的な生産計画を実践するプロジェクトでした。

 

‥‥が、ドイツの敗戦によって、その計画が軌道にのることはありませんでした。

 

 

「でもさ、昔から、例えばIV号戦車なら、ベースの中戦車をもとにして、自走砲、対戦車自走砲、榴弾砲、突撃砲、駆逐戦車、対空自走砲‥‥と、色々とバリエーション展開してたじゃん」と思う人はいるでしょう。

 

しかし、結果は似てても、開発の出発点における、構想や思想が大きく違います。IV号戦車のバリエーション展開はあくまで「後付け」です。例えばナースホルンなら「この中戦車の車体をオープントップに改造して、88mm71口径の強力な対戦車砲を積もう」と「改造」&「路線変更」したまでで、IV号戦車開発計画の当初からバリエーション展開を積極的に計画に組み込んでいたわけではない‥‥ようです。

 

E計画、そしてアルマータは、既存の車両の流用・改造ではなく、あくまで最初からバリエーション展開することを目的とし、車両を「兵装のプラットフォーム」と位置付ける点で、大きく異なっています。

 

 

この思想、この概念。

 

じゅうぶん、活用できますネ。‥‥新しいアニメ制作の概念として。

 

アニメを制作する全体的な枠組みや構造を、「制作する規模のクラス」にわけて、ユニバーサル・プラットフォーム、もしくはユニバーサル・フレームワークとして確立する‥‥という思想。

 

 

これから先の未来、今までのアニメ業界の制作システムや業態のままで、未来のハイクオリティな映像フォーマットに「太刀打ちできるわけがない」のです。アニメ業界の旧来制作システムは、残念ながら、そこまでオールラウンドでも高性能でもないです。限界はもうすぐそこに迫っています。

 

現業界の制作方式は、「70式」=1970年代のやりかたに改造を改造を重ね、「零式」=2000年代に確立された「デジタルアニメーション」にマイナーチェンジを加え続けた状態です。II号戦車やIII号戦車に、重量が重く長砲身の88mmL71を搭載するがごとくです。

 

今以上の改造が可能かを見極める決断は、どこかの時点で必要になりましょう。

 

そして、それぞれの「クオリティクラス」「オーダークラス」「ターゲット」に合わせて、プラットフォームを確立し用意し、柔軟に選択すべき‥‥でしょう。

 

具体的な実践の段取りについては、あまりこういうところではベラベラと喋れませんが、今後、必要になる重要な取り組みでしょう‥‥ね。

 

 

 

こういう話になってくると、ありがちな展開として‥‥

 

大風呂敷を広げて、業界みんなで協議して策定して

 

‥‥なんていう考えが出てくるわけですが、‥‥‥まあ、ダメでしょうね。大風呂敷を広げると、取り回すのが大変、そして畳むのも大変‥‥なのは、みなさんもご存知なはず。

 

大風呂敷自体は、実はそんなに問題ではない(=身の程を知って、徐々に広げていけば良い)のですが、大風呂敷を大勢でコネくり回すのが、極めて厄介なのです。

 

大風呂敷の先にどんな顛末が待っているか‥‥は、もう色々と体験済みの人も多く、あらかたの予測はついているのではないですかネ。

 

みんなで集まって、みんなで意見を出して、みんなで決めれば、みんなの思う通りのものができて、みんなが儲かって、みんなが幸せになる‥‥なんて、いい歳したオトナなら「そんなのあるわけないじゃん」と即答できるはず。みんなの利害がぶつかり合って、最良で妥協案、普通はお流れ、最悪は数派に分裂して闘争‥‥なんて話に、いくらでも‥‥ねえ。

 

例えば、何らかの会合があった際に、集まってくるメンバーは、それぞれ「腹にイチモツ、背中に荷物」を抱えて集まってきます。そのイチモツや荷物は、各メンバーのやりとりの中で交錯し、やがて出来上がるのは「打算に打算を重ね、妥協に妥協を重ねた」産物です。

 

ユニバーサルな取り組みが一番ハマりやすい罠‥‥は、まさにソレです。

 

同じく軍事関連の話題で例えるなら、知っている人はよくご存知の、マクナマラのTFX/FADFです。以下、Wikipediaからの引用です。

 

マクナマラは、空軍のTFX (Tactical Fighter Experimental) 計画と海軍のFADF(Fleet Air Defence Fighter) 計画を強引にひとつの計画に統合してしまった。TFX計画は空軍の次期主力戦闘爆撃機、FADF計画は海軍の艦隊防空戦闘機の開発計画であり、空軍海軍両者とも要求仕様が全く異なるとして反対したのであるが、マクナマラは強引に計画を進めた。その結果完成したF-111は航空母艦での使用が不可能な大型機となってしまい、結局空軍機としてしか採用できず、無惨な失敗となって終わった。

 

〜中略〜

 

前線を知らず、机上だけでの効率化を推し進めたマクナマラの失敗の一例である。

 

〜中略〜

 

F-111は、戦闘爆撃機を名乗りながらも、戦闘機としては使用不可能な大型機となってしまい、純然たる爆撃機としてしか使用できなかった。そのため海軍機としてのみならず、空軍機としても当初の開発目的を達成できなかった。

 

 

 

マクナマラのコレに限らず、ユニバーサル路線や統合路線を掲げたプロジェクトは、相当慎重に目標を定めて脱線せずに進んでいかないと、「パッとせずに尻切れとんぼで」終息することも多いです。

 

ユニバーサルな取り組みは、各方面の色々な意見を総合するうちに妥協と打算にまみれてしまい、「凡庸な結果を導きやすい」ということも、しっかりと認識しておく必要があります。その「凡庸さ」ゆえに、新しい取り組みのはずが、新しい時代に対して最初から「時代遅れ」「能力不足」になることすらあり得るのです。

 

 

ユニバーサルプラットフォームを用いて、「何を勝ち取りにいくか」を、具体的かつ明確にすべきでしょうネ。

 

アルマータも、見る人が見れば、その表面上のステルスっぽい外見ではなく、ロシアのきな臭い野望が見えることでしょう。装甲戦闘車両の開発を効率化をして、未来に何を得ようとしているのか、ちょっと軍事や経済に興味がある人なら、大体察しはつきますよネ。

*でもまあ、私はもちろんのこと、日本人のほとんどはロシアと戦争なんてしたくないでしょうから、お手柔らかにお願いしたい‥‥です。戦争なんて、ちょっとでも足を突っ込んだら、アニメなんて作れない世の中になっちゃいますもん。戦うのは、ビジネスの世界だけでよろしい。

 

何を獲得するかがブレずに明確にさえなっていれば、各ユニバーサルプラットフォームの「クラス分け」も自ずと見えてきましょう。転輪の数、履帯の幅、エンジンの出力や燃料、全体的な重量‥‥などがネ。

 

 

 

 

 


エフェクト作画とお金と

ぶっちゃけ、「原画のことだけ」考えるのなら、紙の作画も「デジタル作画」もまだなんとかなるように思います。しかし、「動画」のことを考えれば、色々なことが「逆算」で「もう無理だ」と思えてきます。

 

例えば、爆発の原画。‥‥そりゃあ、原画だけ描くんだったら、まだ良いだろうよ。しかし、問題は動画です。

 

動画が描けない。原画で「割り先が迷わない」ように描いても、割りミスが頻発します。国内作画ですら、立ち昇る煙が下に戻ったりします。もはや、エフェクト作画の1枚1枚の手描き作画は、動画の時点で無理なんじゃないだろうか‥‥とすら思えます。

 

エフェクトの作画の知識や技術って、どんどん退化し喪失しているように感じます。

 

ゆえに、「そんなこと言って諦めてばかりいたら、技術は失われていくばかりだ」‥‥と、誰でも考えます。

 

じゃあ、エフェクトの動画の知識を、エフェクト作画の得意な人間が指導して、人材を育成しようと考えた‥‥と、します。

 

 

で? そのエフェクト作画の動画の単価は?

 

‥‥‥‥。

 

はい、終了。

 

 

「いやいや、そういう大変なカットは、特別単価を設定してだな」

 

??? 誰がどう言う基準でどのくらいの上乗せで? エフェクトに限らず、大変なカットで、能動的に特別単価が設定された試しなんて、どこに事例がある? クレームをつけて初めて対応するだけでしょ? そもそも、均一単価でバランスしてきた現場じゃん?

 

はい、また終了。

 

王手で「詰み」です。

 

 

 

育成した先に、ちゃんとした料金体系が整ってなければ、どんなに技術を高めようが、手間のかかる作業を安ガネで引き受ける人などいません

 

あるいは、「武士道ならぬ、作画道」にでも訴えかける? 「金など関係ない。作画する喜びこそ。」みたいな精神論を強要する?

 

どう考えたって、一律単価なら、爆発でケムリモクモクで死ぬほど線が多い1枚の絵を描いて、わざわざ「ど貧乏」になりたい人間なんていないでしょ。‥‥よほど、「エフェクト大好き!貧乏大好き!」という変わり者でもなければ。

 

 

こうして、旧来の現場の様々な問題は、解決しよう・改善しようと試みても、逆算・試算した途端に頓挫することが多いです。

 

ゆえに、これから先の未来も、有効な打開策を見出せないまま、今までの現場は今まで通り、歩んでいくしかないでしょう。現場の人間たちのちょっとした工夫や機転で乗り切れる問題ではなく、根本的な問題ゆえに。

 

Someday My Prince Will Come〜「いつか王子様が」なんてことはないです。待ち続ければ待つだけ、単に歳を喰っていくだけです。そして、待ち続けたあげく、改めて自分の年齢を省みて青ざめ、もはや迂回も転進もできずに身動きできないまま、進退窮まる‥‥というシナリオです。

 

 

まあ、あくまで「私の考え」ですが、「エフェクトのアニメーション」が好きで、どうしてもエフェクト作画をやりたいのであれば、もはや「原動仕」のシステムに頼らずに、自分一人で完結する技術を確立すべきでしょう。

 

透過光マスクの作画とか、簡単な煙や水のエフェクトなら、動画作業的にも「稼げる」場合もありますから、それはそれで良いです。

 

稼げるエフェクト動画なら、むしろ、動画工程を活用すべきでしょう。

 

しかし、どう考えても時間がかかりそうな「大爆発」「巨大な煙」「大津波」みたいな複雑至極なエフェクト作画は、作業時間の増大に見合った特別単価を設定しない限り、破綻は必至です。

 

稼げないエフェクト動画を、どうするか‥‥ということです。

 

「エフェクト作画が好き」と原画マンが心に秘めるのは構わないです。しかし、動画の料金体系のことも考えて、必要に応じて別路線の未来の技術を確立していかないと、エフェクト作画はやがて「描きたいのは原画マンだけ」みたいな話になって、もっと先には「エフェクト作画を動画で経験していないので、そもそもエフェクトが描けないし、思い浮かびもしない」なんていう状況も頻発しましょう。‥‥つーか、すでにそう?

 

今は1988年じゃなくて、2018年です。色々な作画のアプローチ、アニメーションのアプローチがありましょう。

 

以下の2008年に作ったムービーは、このブログで何度も引き合いにだしていますが、2008年の10年前のマシンでも、エフェクト作画を一人で「原動仕」を完結させることは可能でした。

 

 

一人で作業が完結する‥‥ということは、言うなれば、一人の工夫次第で色々と表現も広がる‥‥ということです。火砕流、土石流のような極めてディテールの細かいエフェクト作画だって、自分次第で実現できましょう。

 

「誰かが動画をやってくれないと、どうにもならない」という立場でエフェクト原画を描き続けていたら、おそらく、この先はどんどん窄まっていくばかりです。動画マンの誰ひとりとして、ビンボーにはなりたい人はいないでしょうから。

 

稼げるエフェクト動画なら良いですが、稼げないエフェクト動画をどうするか。

 

「俺たちもビンボーしたんだから、お前らもビンボーせい!」なんて、少なくとも私は言う気になりません。

 

 

エフェクト作画が好き? ‥‥ならば、そのエフェクトのイメージは、既に脳内でアニメーションのムービーとして再生されているはず。

 

だったら、動画マンに頼るだけでなく、別の方法も考えてみたら良い‥‥と、私は思います。

 

 

 

 


クチパク

アニメでのクチパク。演奏するふりして音源を流すMVのことではなく。

 

口パクは、現在のアニメ、特にテレビですと「閉じ口、中口(半口)、開き口」の3枚セリフが定着しており、ツイッターで「どんなシートワークが適切か」みたいな議論を見かけます。

 

まあ、要は、あくびに見えたり、止まって見えなければ良いだけで、動きの基本をそのまま適用すれば良いだけです。合理的に考えれば簡単にシートのパターンは見つかります。

 

でも。

 

口パクを3枚で済ますのは、アニメの歴史で言えば、必要最低限であり、「それが基本だ」といっても、狭義の「日本のテレビでの、お金をあまり使えないアニメ」の経験則でしかありません。

 

現在の20〜40代前半の人は、あまり聞いたことがないかも知れませんが、その昔、「合作アニメ」というジャンルがあって、要は欧米(特に米)から受注したアニメのことですが、そのアニメ制作においては、口パクは最低でも「Eくち」、つまりABCDE=5枚は最低描かされておりました。

 

標準では、GもしくはHの口まであり、欧米のプレスコ方式に合わせて、セリフの「発音」に同調するよう作画していました。

 

 

>プレスコ

プレスコとはプレスコアリング (prescoring) の略で、台詞や音楽・歌を先行して収録する手法である。「プリレコーディング」 (prerecording) や、その略である「プリレコ」とも呼ばれる。
アニメーションの作成においては、収録された台詞や音楽に合わせて絵を描き、作成する。また、ミュージカル映画でもよく用いられ、先に収録された歌やタップなどの効果音に合わせて俳優が演技を行う。

 

 

A〜Dが、閉じ口から大開き口への段階的クチパク、D〜Fが「オウ」の発音を描き、GやHは「ヴ」「ス=TH」の口だったように記憶します。うろ覚えなので、ズレているかも知れませんが、とにかくクチパクの枚数は多く、ぶっちゃけ「枚数が稼げる、つかの間の安らぎ」の1つでした。

 

ここで勘が良い人は思うはず。「そんなに細かくクチパクを設定したら、中セリフはどうすんの?」‥‥ということですが、そこはそれ、プレスコのスポッティングに合わせて「一番近い発音の時間的グリッドに沿わせて、中セリフを合わせる」ことで作業していました。

 

もっと、根本的な疑問。「そんなに細かくクチパクを合わせる必要があるの?」‥‥‥ですが、それは私も知らん。理由は知らん。

 

「口は細かく合わせてくれ。金は払う。」という欧米のオーダーに準じていただけです。‥‥というか、いち動画、いち原画の、しかも駆け出しの頃の私がクチを挟める領域ではなく、特に動画の頃は「口パク、枚数多くてラッキー」だったので、そのまま従順に作業していました。

 

なぜ、あの頃の合作アニメが、あんなにセリフの発音描写に細かかったのか‥‥を、真の理由を知っている人がいたら、いつか、呑みながら教えてください。

 

 

ちなみに、合作でも「口パク3枚でイケる」と判断した作品もあったようで、3枚セリフの合作もありました。

 

しかし主流はあくまで「いっぱい口パクがある」合作で、実際に原画を描く時には、必要なクチをスポッティングから拾って描いていたので、結構煩雑でしたヨ。「A1の時は、BセルのセリフはA,B,D,F,Hか」‥‥みたいな感じでセリフの枚数は一定ではありませんでした。セリフ口のフルセットの場合、原画で描く口はA,D,F,G,Hと5枚くらい描いて、中割りはB,C,Eだったような記憶があります。‥‥でも、それも、各社各作品で色々だったんですけどネ。

 

合作の作監を担当されていた方なら、その辺の記憶が私よりもはっきりしている人もおられると思います。

*私は駆け出しの動画・原画の時期で、一生懸命こなすのが精一杯で、合作アニメの口パクのシステムを冷静に俯瞰視する余裕がなかった‥‥のです。GやHの口を面白がって描くココロの余裕もありませんでしたし。

 

 

そうした新人時代の経験もあり、また、特に女性キャラの「ウ」の口は中々魅力的なフォルムでもあるので、新しいアニメーション技術では、閉じ口と開き口だけでなく、「ウ」の口、タコちゃんの「チュー」まではいかないけれど、「ウ」の発音グチもデフォルトで作ります。

 

*ちなみに、タコのキャラクターと言えば、貝印の「タコヤン」が可愛くて好きです。

*つーか‥‥今になって気づいたけど、実際は、吸盤はおもて側にはついてないよネ。‥‥イメージです。あくまで。‥‥勢いで思わず描いてもうた。

 

また、女性が「Oh, my Gosh...」のあとで上目使いで下唇をかむクチ(ぶりぶりな演技)も、必要に応じて、口の演技の流れに取り入れてます。

 

こうした口の動きや演技を、無理やりに、昔でいう「クチパク」の枚数で例えれば、3枚なんて極少枚数(つーか、今は閉じ口描き込みで2枚???)ではなく、120枚換算になります。口の動きを60fpsで少なくとも2秒間で表現してリマップするので、枚数で無理矢理に数えればそうなります。

 

まあ、要するに、「口が喋っているように、アニメーションすれば良い」だけです。

 

 

 

今のアニメキャラの傾向で言えば、3枚セリフでクチがまさに「パクパク」動いていれば、要求は満たせましょうし、無用な事故を未然に防げもしましょう。

 

そもそも、プレスコしないのであれば、発音に口パクを合わせるなんて無理ですしネ。実際にセリフを喋っている区間を、それらしく3枚のセルでやりくりするだけです。「パクズレ」でシートを修正するのも、プレスコとは全く違う行為ですしネ。じゃあ、プレスコが理想なのか‥‥というと、そういうわけでもなく、プレスコはプレスコで欠点もあります。

 

現在の作業上のノウハウや慣習は、絶対的な法則でも決まりでもなく、作風やクオリティによって大きく基準が異なります。どんな時にでも通用する流儀や采配ではありません。演技によってはなんでもかんでもクチをハッキリとパクパクさせないで、「1212132」なんていうボソボソした口の演技も必要になりましょうし、口パクにどうしても4枚の絵が必要になる場面もありましょう。

 

 

なんか‥‥‥時代が進むと、絵柄のトッピングはどんどん過剰になるけど、アニメ技術の基礎部分の多様性はどんどん失われて、単純化して簡略化していきますよネ。

 

口パクはまさに「顔の演技」ですが、その多様性は必要最小限のギリギリまで減少して、アニメーション演出上の「Offensive」「Maneuver」「Surprise」は完全にマンネリ化し、見る側に「アニメなんてこんな程度だろ?」的に先読みされている感が否めません。

 

‥‥そんなの面白くないです。

 

せっかく苦労して作るんですから、色々と工夫していきたい‥‥と思います。新しいことができるチャンスに恵まれたのなら。

 

 

 


新製品

今年ほど、新製品の待ち遠しい年はないです。色々と必要になりますからネ。

 

今月3月のAppleのイベントは「教育」がテーマらしく、映像制作に関連する新製品は期待できなさそうな感じです。まあ、やはり、6月のWWDCですかね、本命は。

 

iPad Proの新型、Mac Proの新型は、業務の根幹に関わる重大な製品なので、噂が本当になるのを楽しみにしています。6月に発売‥‥までいかなくても、発表はして欲しいな‥‥。

 

既に発売されたiMac Proはね‥‥、色々と難しい製品なので、ちょっと思案中。内部の性能が高いのは良いんだけど、外部の‥‥つまり、モニタの性能がプロ用途で使い物になるかは微妙なんですよネ。色彩計でちゃんとキャリブレーションできるんだろうか。「ディスプレイP3」としか宣伝していない時点で、ちょっと危うい(業界標準の色域にぴったり適合できない)‥‥というか、「ちゃんとしたモニタは別で用意してね!」という雰囲気まんまんです。

 

その「作業で使えるモニタ」のスタンダード。‥‥つまり、EIZOの新製品も気になります。何を言うても現場では、ナナオのモニターは標準になりますもんね。もちろん、新製品期待の主眼はHDRモニタです。4K解像度はもはや当然で、新製品の焦点は、ST 2084やBT.2020(BT.2100)を明確に扱える(「鮮やか」とか「フルレンジ」とかの中身の謎なプリセットでなく)性能を有していることが必須で、かつ(ここが現場で重要なことですが)、ある程度廉価なモデルが出てくれるのを期待しています。まさか「数万」なんて言わないけど、20万円前後レベル(できれば10万円代)で10bitで2020対応の廉価な標準モニタが出ると良いな‥‥と期待しています。LGの10数万のモデルの上は、一気にEIZOの60万‥‥では、作業者に行き渡りませんもん。

 

それとは別にマスモニ。これから先、ちゃんと4Kをやるんなら、アニメ会社でもDP-V2420やBVM-X300(クラスの製品)の導入は免れんだろうなあ‥‥とは思います。納品する過程でどうしても必要になるでしょうから。

 

 

まあ、2018年度からは、そうした機材の新製品など、お金の話も含めて、ぐるぐるどろどろと動きが流れ始める‥‥予感です。

 

「新製品が待ち遠しい」というのは、最近のアニメ映像制作にはなかったワクワクドキドキ感で、なにやら懐かしい感じです。

 

20年くらい前は、新製品が出れば「できることが増え」て、新製品が出るたびに一喜一憂して楽しかったものですが、またそんな時代が到来して、ものつくりに没頭できるのは嬉しい限りです。

 

ただ単に故障等による機材更新ではなく、機材の「性能面」でのリプレースによって、できることが増えて、具現化できることも増えて、映像表現を盛り沢山に作品に注入して、新時代の品質基準を作ることができるのは、2018年を生きる人間の特権‥‥だと思います。

 

 

 

 


固執する危うさ

私は新しい作画技術〜アニメーション技術に軸足を据える一方で、旧来の現場の仕事もそれなりに並行しています。加えて、メカやエフェクトだけでなく、キャラの作画も引き受けていますが、それは「何かに偏り過ぎる」危うさを経験上知っているから‥‥と言えます。理屈よりも感覚で、「あ、夢中になり過ぎてる。偏り過ぎてる。」と自己防衛本能が作用するのでしょう。

 

シリアスな作風ばかりやっていると、やはり「偏ってるな」とリミッターが働き、エロコメみたいなのも依頼があれば引き受けたりします。仕事を選ばない人だなー‥‥と思われがちですが、偏りを和らげるバランス感覚は必要だと思っています。

 

できる限り、新しい技術の体系作りに関係する作業に従事しようとする一方で、旧来技術の「独壇場」「真骨頂」もわきまえ、1つのポリシーやドクトリンに固執しないよう、柔軟さを心がけています。

 

 

 

1枚岩って、頑丈で力強い反面、岩の側面や後ろに回りこまれたら、一気に総崩れになるのです。みんなで結束して一枚岩だ!‥‥ということは、皆が同じ弱点を有することでもあります。もし新しい時代の波が、その1枚岩の急所を突いた時、なまじ同じ性質で団結していたがゆえに、砂糖の山に水をかけるかのごとく、全てが溶けて消えてしまうでしょう。

 

全ての物事にはぞれぞれ独自の性質があり、1つの物事に過信して固執することは、絶滅や大量死を意味します。

 

ゆえに、自然界は「交配と遺伝子」という仕組みを作り上げたのでしょう。雑種の方が純血種より免疫力が高い‥‥なんていう話も聞きます。

 

「これが本命だ。未来はこれなくしてあり得ない!」と確信していても、それは確信するだけに留めて、色々な可能性を同時に進行させるのが肝要と心得ます。

 

 

 

一方、旧来の現場、特に作画はどうか‥‥というと、今までの作画技術に固執している向きは否めません。新技術に邁進する私よりも遥かに、現在の現場で作画に携わる人のほうが、技術に固執しているように思えます。

 

今の作画方式を続けるしか可能性がない。だから固執する。‥‥非常に危ういことです。

 

実は私は、新しい技術でアニメーションの基礎から構築し直す取り組みとは別に、もう5〜6年前から旧来作画ベースで4Kに対応する取り組みも着手しており、大まかなガイドラインはもう出来上がっています。ペンタブ系の作画、通称「デジタル作画」で4Kで‥‥という話になれば、その方式になるだろうと考えています。

*たしか‥‥このブログでその話題を以前に書いた記憶があるのですが、記憶が曖昧で‥‥。

 

しかし、旧来作画ベースの映像制作の限界が低いのは否めません。4Kを意識したキャラデザインを手描きで何千枚と描く方式には、やはり限度があります。プロペラ機が最高速度を競うようなものです。「800Km/時」が限界です。

 

800Km/時の最高速を、900Km/時に上げるために、恐ろしく莫大なコストをかけたとしても、「音速領域」には到達することができません。

 

 

*F8F「ベアキャット」。私の大好きな戦闘機です(写真はレース用のレアベア)。コイツが日本の空に来襲する前に、戦争が終わってホントに良かったよ‥‥。

 

とは言え、いくら速度限界が800Km/時でも、プロペラ機が世界から完全に消えたわけではありません。

 

旧来の作画技術も、技術をさらに拡張した「描き送り作画の最終形」として、未来の可能性は留保されるべきでしょう。

 

 

一方、新しいアニメーション作画技術は、「人が操縦する」ことには変わりないですが、同じく飛行機で例えるならば、エンジンはプロペラ=レシプロではなくジェットエンジンです。現在の空港、現在の空軍を見れば、そのほとんどの飛行機がジェット化されているのと同じく、作画技術においても、新しい時代の映像技術・娯楽のインフラを使いこなして活躍するためには、肝となるエンジンの入れ替えは必須でしょう。

 

ジェットエンジンは、機体の設計もあいまって、容易く音速を超えます。レシプロでどんなに苦労しても不可能だった音速を‥‥です。

 

*F-16。見飽きるくらいどこでも見かける、世界的ベストセラー機ですが、やっぱりかっこいい。性能の高さは美しさとして表にあらわれますネ。

 

だから、これからのエンジンは全てジェットだ、ジェットは素晴らしい!‥‥となると、それはそれで容易に足をすくわれます。新技術に固執し過ぎて柔軟さを欠いて、コテンとひっくりかえって勝機を逃す原因にもなります。

 

ジェットにはジェットの特性ゆえの利点と欠点があることを、絶えず意識し、旧来のレシプロの利点と欠点も考慮し、総合的に運用する「度量の深さ」が求められます。

 

 

何か1つに、固執するのは危ういです。

 

それは旧時代視点でも、新時代視点でも、です。

 

 

今、私が作業している旧来技術ベースの原画の仕事は、コンポジット含めシーンまるごとの引き受けで、わたし的には「この仕事をもって、私の旧来作画技術の締めにしよう」と思っていましたし、以前のブログでもそう書いたのですが‥‥‥‥う〜ん、何だか、そうなりそうもない予感がしてきました。

 

レシプロとジェットの2つは、どちらも「飛行機のエンジン」であるがゆえに、そう簡単に「どっちか1つ!」‥‥にはならないのでしょうネ。

 

 

 


今ごろ気づく

Appleの開発言語「Swift」を、私はmacOSのデスクトップで使うソフトウェア開発に使おうと思っています。iPhoneで使うiOS用のソフトウェアではなく。

 

 

‥‥でも、ふと気付きました。

 

iOSって、作画で絶賛使用中のiPad ProとApple PencilのOS‥‥でもあるじゃん。

 

 

げげげ。‥‥なんで今ごろ、それに気づくのか。

 

iPhone=iOSのイメージが強すぎて、作画用のiPad Proが結びつきませんでした。

 

Swift本を読むと、加速度センサーとか、いかにもiPhoneで楽しそうな項目が目に飛びこむし。

 

 

作画用iPadで使う、オリジナルのソフトウェアを自分で作ろうなんて思いもしなかったわ。

 

つまり、ProcreateやクリスタiOS版を日頃使っていて、業務に便利な橋渡し用のヘルパーツールも、SwiftとiOSで作れるんですよネ。

 

 

すぐにでも考えつくのが、ファイルのダウン・アップロードの際の自動による作業情報記録です。

 

銀行のATMでもそうですが、入出金の操作が通帳データの更新にリンクしていますよネ。ATMで出金した後に、窓口にいってわざわざ通帳記入なんてしません。ATMでの操作は通帳の内容記録も兼ねています。

 

アニメの制作システムも同じで、作業者が作業を完了してサーバに結果物をアップした時に、作業進捗管理のデータベースも自動記録されて然りです。2000年代に私らが使っていた撮影補助ソフト(xtoolsという自己開発ソフトです)は、作業開始終了の情報やデータのスペック(尺や寸法やコーデックなど)を自動記録していました。

 

作業者が素材や結果物のアップ&ダウンロードとは別の手間で、進捗管理のためにわざわざ手入力で「管理ソフト」に情報を入力する‥‥なんて、あまりにも時代錯誤です。自動化で手間を減らしてこそ‥‥なのに、手間を増やしてどうすんの?‥‥という話です。

 

Procreateやクリスタの作業を終えたら、データをサーバにアップロードするヘルパーソフトが、データベースへ「誰がいつ何を作業完了した」かを同時に記録すれば、どんどん進捗情報が記録されて把握しやすくなります。今風に言えば、各カットの進行状況のトラッキングです。アマゾンやピザ屋さんの配送状況みたいな。

 

地味〜なアプリですが、せっかくSwiftを使うのなら、iOSにおけるネットワークアクセス関連も掘って、チャレンジしてみようかな‥‥と思った今日昨日‥‥です。

 

 


ネットワーク・スキーム・フレームワーク

ネットワークとは、TCP/IPやMACアドレスの話だけでなく、人間・人材の繋がりもネットワークであり、人材に適合・不適合や良し悪しがあるのなら、当然ネットワークの質も上下するでしょう。

 

一人で完結できないプロジェクト・プロダクトは、まさに制作技術の総合ネットワークの質が問われます。何か1つが秀でていれば解決できるわけではないです。

 

でもまあ、そこが「実に面白い」わけで、作品制作の醍醐味でもあります。

 

制作技術の総合ネットワークは、スキームを別の視座構造で捉えたカタチとも言えます。スタッフの座組み、技術体系、ワークフロー、運用システム、料金体系など、スキームを構成する要素を、まるで複雑に交差する首都圏の鉄道網・交通網のように結線するのがネットワークの役割です。

 

ネットワーク視点、スキーム視点から、アニメ制作現場を考えた時、今後、どのように物理的なネットワーク回線を有効に活用して、制作ネットワークと制作スキームを形成するかが、重要なカギだと思っています。

 

でも、現在の制作規模で考えると、あまりにも要素が多すぎて、再編・再構築は果てしない取り組みとなり、着手するのもためらわれます。簡単にできないからこそ、現在誰もが成しえないわけですしネ。一部の改良に留まるのは、現場の規模を大きさを考えれば、致し方無しです。

 

ゆえに私は、一旦、盛りに盛った要素を全て外して、少人数によるシンプルな構成要素で再構築‥‥というか新構築を始めようと思います。新しい時代の映像技術に合わせて、まずはシンプルな新しいフレームワークを形成するのです。幸い、新しい技術はシンプルなフレームワークでも生産を可能にするだけのポテンシャルを秘めています。

 

とは言え、最初からイッパツで素晴らしく理想的なネットワーク・スキーム・フレームワークなど組めるわけもないです。どんなにスタート地点で欲張っても、エラー&リトライの時間を経た経験だけが可能にすることも多いです。どんなに耳年増になっても、絵を上手に描くには、相当な時間を要すのと同じです。

 

新時代における新しい制作技術のネットワーク・スキーム・フレームワークは、まさにこれから「知恵熱」が必要とされます。

 

 

最近、「イチゴの品種の流出」の話がNHKニュース他で話題になりましたが、新しいネットワーク・スキーム・フレームワークは、まさに「制作総合技術の新品種」とも言えますから、野放図にホイホイ外部に流出すべきではないでしょう。

 

「イチゴの品種の流出」の話は、まるで過去の日本のアニメ業界内部の話のように思えてなりません。

 

*詳細はNHK NEWS WEB

 

 

アニメ制作技術に関して、共通の標準技術は規定するとしても、何から何まで共有する必要は無し。

 

その場の都合で安易に共有したことが、後々にとんでもないディスカウントを引き起こす引き金になっているのを、誰もが意識すべきでしょう。ディスカウント構造を野放しにしておきながら、社会にいくら「窮状を訴え」ても、まずは体質改善を指摘されるところからスタート‥‥でしょう。しかし、そもそも、体質改善して未来社会に適応できるカラダかどうかも、よくよく考えねばなりません。

 

何を無償で共有し、何をライセンスし、何を門外不出にするか、旧来の現場はもう手遅れでダメだとしても、新しいスキームによる新しい制作現場はしっかりとコントロールすべきです。‥‥というか、します。

 

技術の共有・ライセンス管理・コンフィデンシャルの是非も新しいネットワーク・スキーム・フレームワークに内包されて然り‥‥ですネ。

 

 

 

 


プロデューサー

どんなに新しい技術を自己開発しようと、用いる機会がなければ、一向に状況は進展しません。加えて、新しい技術は実績がないので、さらに機会は少なくなりがちです。

 

多くの人は、他者の成功を見てから、尻馬に乗るようにして行動します。まさに今のアニメの作り方が主流になったのも、尻馬行動の結果です。

 

1996年当時、今のような仕上げ以降をコンピュータで処理する方法、一部3DCGを取り入れる方法は、片手で数えられるほどのアニメ会社だけが取り組んでいました。

 

もし、皆が技術に対する正当な評価ができて先進性を見抜ける人間なら、2000年に入る前に各社がこぞって参入していたはずですが、実際はそうではありませんでした。

 

多くの会社が当初「そんなの上手くいくのかね」と傍観し、上手くいくとわかった途端になだれ込むようにして参入して、‥‥まあ、今のありさまになりました。一部始終を最初から見ていたので、よく解ります。

 

 

では、なぜ尻馬行動の連中ばかりの世界で、徐々にではあれ、新しい技術が台頭できるのか。

 

誰かの後追い‥‥ということは、誰かが最初に走り出さなければ、後追いもヘッタクレもないです。

 

 

もちろん何よりも、技術開発に熱意をもって取り組む人間の情熱ありきで走り始めるわけですが、一方で、「これは面白いかも」と何かしらの可能性を見出すプロデューサーの存在なくして、具現化はありえません

 

きっかけは、ほんの数カットや短尺でも良いのです。どんなに小さいきっかけでも、GOサインが出る=実際の制作費で実行できることが必要です。

 

プロデューサーの勘やひらめきや思いつきが、技術者・表現者の情熱に加わることで、新しい技術が表に姿を表し、新たな作品表現が生まれます。その時は当座のひらめきで、プロデューサー本人は時が経つとともにすっかり忘れていても、きっかけが次のきっかけを呼んで、繋がっていくことは多いものです。

 

渡りに船‥‥は、実はお互い様だったりします。

 

 

実際、私もそうしたプロデューサーの方々のひらめきや思いつきによって後押しされなければ、とっくのとうにのたれ死んでいたでしょう。プロデュース側の発想がなければ、新しい技術は成長することなく死に絶えていたと思います。

 

卵か鶏かの話みたいですが、「こんなことができるようになりましたヨ」とプロデューサーに見せることで、実戦での機会が生まれ、機会を与えてくれたおかげで、さらに開発が進んで「こんなこともできるように増えましたヨ」とプロデューサーに持ち掛けることが可能になります。

 

上げ上げの善きループです。

 

ただ、前例のない技術ほど、興味を示すプロデューサーもかなり少なくなります。しかし、ほんの2〜3人でも、見抜くプロデューサーがいれば、それで良いのです。

 

 

これは監督に対しても言えることで、監督が卵と鶏のループの発端を与えてくれることもあります。

 

今度の作品でぜひ使ってみたい‥‥と監督が要望してくれることで、技術開発にエネルギーが作用して「新技術台頭の機械仕掛け」が動き出すのです。

 

 

強力な軍事力があってこそ、強気の政治外交も可能となりましょう。強気の政治外交があってこそ、強力な軍備も可能となりましょう。要は、もちつもたれつ、です。


プロデューサーといがみ合っているような現場は、それだけで「負けは見えて」います。作品制作はある意味戦争ですから、国の政治と軍隊が内部衝突して内紛状態では、とても戦争に勝てる状態とはならないでしょう。第1次世界大戦のロシアのように、休戦・撤退・戦線離脱を余儀なくされます。例え、その場は勢いで勝利できても、次に繋がる体制を維持できなくなります。‥‥まあ、よくある話ですネ。

 

「なあなあに馴れ合う必要はない」ですが、ある種の運命共同体として機能する関係は必須だと思います。お互いの後ろ盾となることで、強くなれるのです。

 

 


動仕の枚数

最近作業したカットは新しい技術体系に含まれる技法で作業しましたが、それを今までの実際の動仕でカウントすると、実に800枚の動仕枚数になり、動仕それぞれ200円前後で合計して400円で見積もっても30万円にはなる金額です。

 

煙が何本も別々に動いて、それぞれの間にガス素材の遠近感が挿入されるので、1枚のセルへ書き込みにはできません。また、動画200円ちょいではあまりにも作業が大変過ぎるので特別単価が必要になりそうでもあります。実はT光マスクの枚数は換算して算出していませんが、それまで含めると1000枚越えになるので控えています。

 

ガチで生身の人間の動仕でやると、1ヶ月くらいはかかるでしょう。しかも割りミスや色パカをシラミ潰しに潰すリテークを乗り越えつつ‥‥です。

 

ただこの金額や作業規模には構造上のトリックがあって、そもそも800枚も動仕枚数が必要なら、他の表現に変更になるでしょう。おそらく、一番ありそうなのが、BGオンリーで止め絵処理+透過光で炎をチラチラ。まあ、あっても、BOOK分けして密着引き(カメラワークに合わせて)とか‥‥ですネ。

 

 

でもまあ、「そもそも、今までの作業意識では、そんな大変な作業は回避する」と言っても、規模は違えど、過去にいくらでも大変なエフェクトカットはありました。私はセル&フィルム時代からエフェクトを描き続けてきましたが、動仕が作業上の限界に達した場面を何度も見てきました。

 

ゆえに、私は旧来技術の限界に気付くのが早かったのだと思います。2018年の今では、エフェクト作画を描き送りの手描きでやろうなんて、全く思わなくなりました。

 

出発点となる絵は手で描きますが、1秒間8〜24枚の絵で動かす作業を、動仕という作業スタイルで実現するのは、もはや誰も得をしないと考えるに至っています。恐ろしく細かい煙のディテールを綺麗に清書して描いて動かして1枚200〜400円とか、イヤでしょ? 塗るのだって大変ですが、それも1枚200円前後で引き受けたくないですよネ。影は明るい部分に3段、暗い部分に3段で6段です。‥‥どう考えても、通常単価じゃイヤですよネ。

*ちなみに私もまさか原画料金で引き受けてはいないです。それ相応の額で、です。

 

割りミスや色パカが作業上どうしても発生しちゃうのもイヤですしネ。どう考えても、新技術への移行しかありえません。3Dスタッフに任すのではなく、自分の手でエフェクトを描きたいのなら、です。

 

 

そうした新しい技術意識は、キャラにも応用されていて、今まで不可能だった表現をどんどん盛り込んでいます。一番端的なのは髪の毛の描写で、旧来の技法だとゴージャスに盛るにしても6〜7色の塗り分け&セレクトブラーという感じでしたが、髪の毛の光沢を虹色に表現しつつ1本1本のニュアンスを動かすことも可能になっています。ブロックで描いても、1本ずつ描いても、どちらでも可能なのです。

 

また旧来の技術では、枚数を何千何万と描く前提ゆえに、キャラのデザインが決定されています。‥‥まあ、今はかなりそういう意識は崩れていますが、動仕の効率に対する配慮はまだ生きています。しかし、新しい技術では違う観点でキャラがデザインされ、動仕枚数への配慮は不要となり、絶対に無理だったデザインも盛り込むことが可能です。

 

しかもそのキャラは24fpsフルでも、60fpsフルでも、ご要望とあらば120fpsフルでも動かせます。2コマ、3コマ=8〜12fpsのエコノミーな動きにする必要はなく、旧来の動仕換算で1カット300枚平均でも平気で動かせます。

 

 

 

長く連れ添ってきた可愛い馬っこを、新しい自動車とやらオートバイとやらと、比べられちゃたまんね。どうか、手加減してくれろ。

 

 

旧来技術への愛着はよく解りますが、時代は変わっていくものです。これから先の未来世界、人間は何に跨って走るのか、ふと、考えてみることも必要でしょう。

 

その昔にオートバイが珍しかったころ、人間が奇怪な機械に跨って高速で走り抜ける姿を、奇異な視線で眺める人は大多数だったでしょう。しかし、今はどうでしょうか。時代の足並みに合わせて、馬は道から消え去り、乗馬クラブでしか見かけない存在になりました。

 

原動仕に従事する人々が、ずっと馬に跨って走るのは絶対に必要なことでしょうか。‥‥時代に合わせて、自動車やバイクに乗り換えることも必要になりましょう。あくまで、主役は乗り物ではなく人間でしょ?

 

 

「アニメが60fpsで動く必要はない」「アニメに4Kは必要ない」と言う人もいます。まあ、たしかに、今までのアニメのままだったら‥‥です。

 

一方で、新しい技術で、新しいアニメの映像が、新しい映像品質で動くのを見たいと言ってくれる人がいます。であるならば、最大限の技術をもって、その期待に応えようと思うのです。

 

4Kでしか出せない細密感、60pでしか出せない動きの生々しさ、HDRでしか出せない色彩の鮮やかさと深さ。‥‥すべて、盛り込んでアニメにしてみせましょう。

 

 

アニメの表現を昔の意識で束縛するのは、アニメの逃れられない宿命なのか。‥‥‥否。頭の古い人たちが、アニメを昔の場所から抜け出せないように束縛しているだけ‥‥だと私は思います。

 

アニメはノスタルジーの世界のみ生きるにあらず。

 

新しい世界で生きる道は、それこそ、たくさん伸びています。新しい乗り物に乗り換えて、遥かな地平を目指すのです。

 

 

 

 


雑感

作業の標準化を図ろうとして、使用ソフトウェアを統一しよう‥‥というのは、初心者の頃に誰もが考えることです。かつて私も、1990年代後半から2000年代始めまで、そんなことを考えてみたこともありました。

 

でもね。それだと、ガラパゴス化するんですよ。

 

自由にソフトウェアの選択ができなくなります。しかも、ソフトウェアの独自形式のファイルまで共用しようとすると、バージョンやプラグインまで縛りが生まれます。

 

ハイ。閉鎖空間の孤島のできあがり‥‥です。

 

 

 

技術の発展を主体として考えた場合に、ソフトウェアに縛りが生まれ、ソフトウェアが動作するためのハードウェアの縛りが生まれ‥‥と、あまりにも「その考え方がマヌケ」なことに気付いたのは、2000年代中頃の10年以上前のことです。

 

アニメ業界の中だと閉鎖空間ゆえ気づけないことが、色々な映像ジャンルの方々と仕事をした時に、外からアニメ業界を見て、その「ガラパゴスの孤島ぶり」を認識しました。

 

様々な映像ジャンルの仕事で、作業の受け渡しをする時に、お互いの作業者・技術者同士で決めるのは、「どんなファイル形式でやり取りするか」です。

 

もちろん、そのファイル形式は広く世界中で用いられている汎用性の高い形式が選ばれます。

 

画像をフラット化した可逆圧縮のTIFFやPSD、DPX、OpenEXR、QuickTime、MXF‥‥など、用途に合わせて選択されます。あくまで、汎用性が高く、マシン個々の環境依存度が低いファイル形式を選びます。

 

「それじゃあ、細かいレイヤー分けが受け渡しできないじゃんか」

 

‥‥と思う人もいましょうが、その考え方自体がNGです。作業のやり取りをする際に、自分のとっちらかったままのプロジェクトを引き継いで貰える‥‥と思うその考え方がネ。

 

会社間、セクション間の受け渡しには、自分の作業をできるだけシンプルにまとめあげて、できるだけ簡素な状態での受け渡しを考えるのです。それこそが「標準化」の第一歩です。

 

受け渡しに用いられる汎用性・流通性の高いファイル形式に準拠すれば、ソフトウェアもハードウェアも、当該の集団や個人のコスト管理や成長戦略に合わせて、いくらでも自由にチョイスできるわけです。

 

 

 

アニメ業界はさ‥‥、基本的に低くみられてんのよ。ソフトウェアの使い方、ファイルの受け渡しの方法の、素人っぽいそのやり方ゆえに‥‥。

 

一方で、たとえ豊富なプロ技術を内包していようと、その作り方自体に対して「2018年の現代に、1970年代を引きずった非効率的な運用のままなんですか?」と驚かれても、言い返す言葉も見つからないでしょう。どこぞの西陣織フロッピーの話を他人事にしていられない現実はアニメ業界に満載です。

 

ゆえに、コンピュータ運用の素人集団、時代から取り残されたコンピュータ音痴、映像技術音痴たる自身の姿にも気付かず、「馬子にも衣装」「裸の王様」とばかりに、先進技術にラップされた後進技術に甘んじるのです。

 

 

 

イイ大人が無知を指摘されるのって、恥ずかしいことですが、もっと恥ずかしいのは、その無知を年長者ゆえのマウンティングで誤魔化すことです。そして無知を放置することこそ、最大に恥ずかしいことです。

 

無知って、伸びしろでもあるのです。

 

今のアニメ制作従事者に、コンピュータや映像技術の専門知識が備わったら、どんな伸びしろが得られますか? ‥‥それはもう、いろいろな発展や成長が見込めるでしょう。

 

 

 

無知は無知のままで良い。与えられたソフトウェアだけをイジっていれば良い。適当な管理方法を考えるから。‥‥ということに対して、まずは気付いて、腹をたててみても‥‥良いんじゃないすかね。

 

腹をたてた後は、実践です。

 

無知から脱し、ソフトウェアやネットワークを自在に活用し、独自の成功例をどんどん増やしていけば、やがて全体に変化は表れると思います。お歴々の思惑とは裏腹にネ。

 

 

 



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