台風が去って

最大級と言われた台風が去って、幸い、私の周りは被害らしきものはありませんでした。バケツが転がった程度、唐辛子やシソの草木がやや斜めになった程度でした。(事前にやんわり補強しておいたので、前回の台風よりは倒れませんでした)

 

停電も発生せず、PC関連は特に異常なしです。

 

しかし、浸水した地域の映像を見ると、やはり相当な規模の台風だったことがわかります。いつ誰の身に降りかかってもおかしくない状況だったのでしょう。私の地元は水害で昔から被害を被り続けた地域で、堤防の備えに戦前から取り組んでいたので(小学校の時に地元の歴史で学びました)、今回も堤防(土手)が守り抜いてくれました。東京の多摩川の方では一部の地域で水害が発生したようです。

 

今日まで休日ですので、休める人は休んだ方が良いかもです。早朝にスーパーに寄りましたが、まだ品薄の状態が続いていました。

 

 

 

台風襲来の当日は、ネットも繋がりにくくなっていました。帯域を制限でもしてたのかな? それとも単に皆がネットにアクセス集中してたのかな?

 

私は東日本大震災の時に、色々と買い揃えたものが今でも健在で、乾電池のストックも定期的に補充していたので、水と食料以外はそこそこ充実していました。単3で駆動するラジオやめちゃ明るいLEDライトやランタン、トランシーバ(スマホはすぐ使えなくなるので)などを準備していましたが、出番がなかったのは幸いでした。

 

防災も国防もそうですが、実際に備品を使わないのが一番ですよネ。

 

使わないまま古くなって、定期的に入れ替えるのも、コストのうちです。今まで事故ったことがないからって、無保険で自動車を運転するお馬鹿さんはいないですもんネ。

 

でも、いつか東京全域レベルで災厄が来るような気もします。オカルトみたいな話ですけど、言わば「確率」的な話で。

 

大震災の時に計画停電すら免れた地域(=つまり東京の区と周辺の市)は、「幸運」な状態〜「不運を免れ続けた」状態が続いており、エントロピー的に危ういようにも思うのです。東京の中心部は74年前に徹底的に凄まじいほどに焼け野原になったので、そこで一気にありったけのジョーカーを同時に引いたような状態だったのでしょうが、最近は40枚以上引いても1枚のジョーカーにも当たらない状態〜「残りのカードに高確率でジョーカーが潜んでいる」状態とも言えそうです。

(オイルショック、バブル崩壊、リーマンショックと、不幸のタネを散らしてはいますが、東京限定ではなく日本全体や世界規模の話ですし、東京地域の大規模な建物破壊やインフラ崩壊は、戦後未だ経験していませんよネ)

 

と、オソロしい予感もする中、また日々の仕事を再開するとしましょう。

 

 

 


さらば32bit、さらばS1500

自宅のiMac 5KをmacOS10.15「カタリナ」にアップデートしました。

 

もちろん、様々なリスク覚悟で。‥‥32bit切り捨てはかなりの影響があるでしょうからネ。

 

なので、自宅のiMac 5Kだけで、作業場はHigh SierraとMojaveのままです。

 

「無理せず、昔のバージョンのままでいいじゃん」と思う人もいるでしょうが、現在の狭い視点で見れば「新しい何か」はリスキーでも、視点のスパンを広げれば、昔のままでいることのほうがリスキーでもあるのです。特にコンピュータの類いは、今でも日進月歩なので、あっという間にガラパゴス化して陳腐化します。

 

事実、平均的なアニメ業界のコンピュータ関連技術事情は、古いままで10年間続けてしまったリスクで溢れている‥‥と言っても過言ではないですよネ。おそらく、4KHDRの波を乗り越えられずに店を畳むことになる制作集団も、今後増えることでしょう。

 

とは言え、いきなり制作現場の環境を最新=つまり未知の障害を含む環境に更新するわけにはいかないので、私は20年近く前から、自宅のメインマシンをある意味「人身御供」にして最新環境にして、「毒味」してから現場に導入するというパターンを繰り返してきました。

 

で、今回もその感じで、まず私物のMacに、「32bit切り捨て」のカタリナをインストールしました。32bit廃止でどんなことが起こるのか、特に旧製品ハードウェアあたりがヤバそうで、下手をするとスキャナもプリンタも全滅かな‥‥と覚悟してインストールしました。

 

 

 

インストールを実行してみたところ、結構待ち時間が長かったので、「やっぱり大きなアップデートなんかな」と感じました。3〜4時間はかかりました。「残り時間を計算中...」の表示で何十分も止まるので、フリーズしたかと思いかけましたが、そのまま放置してたら無事アップデート終了しました。

 

再起動後にログインして、早速ドックを見たら、あれやこれや、使用停止のアイコンがオーバーレイしてました。

 

 

 

QuickTime7が、本格的に死ぬ時が来ましたか。

 

もういつ終わってもおかしくないとは思っていましたが、実際に廃止になると感慨深いものがあります。「マックユーザー」が手作りでムービーを編集していた頃の名残りが、まさにバージョン7でしたが、今後は「ジオシティーズのホームページ」が消えたのと同じく、アマチュアリズムは姿を潜め、「プロとアマのヒエラルキー」の境界線がより明確化する時代になっていくのでしょう。

 

脱線しますが、あまりにもテレビが高価だった昭和30年代に、少しでも安くテレビを手に入れようと「テレビの組み立てキット」が発売されたこともあったようです。技師でもない個人が組み立てるなんてスゴい時代だと思います。欲しいものを単に完成品を買うのではなく、自らも参加して作り出そうとするバイタリティが、今とは大きく差がありますネ。

 

実は、時代が進化すると、「知識を活かして有利に展開する者と、完成物に対価を払ってただ受け取る者の、2局化」が進行するのかも知れませんネ。

 

人々は「便利で楽になった」と言いつつ、知識と経験をどんどん手放して、お金を徴収される側に回っていく‥‥という、能力の貧富の差が激しくなるんだと、薄々感じているこの10年です。iPhoneを手にして「自分は情報社会に強い人間になった」と錯覚して、実は猛烈な搾取の対象となる‥‥なんて、まるでイスラエルの学者さんが説いた人類の未来予測みたいで怖いですネ。

 

 

 

話を戻して。

 

QuickTime7が終了するのは、もう数年前に予告されていたことですのでショックはないですが、富士通のスキャンスナップ「S1500」が死んだのは、ややショック。‥‥もし、本格的にダメな場合は、旧OSのままで今後も稼働する「2013年のMac mini」に接続して使おうと思っていましたが、それが現実になりそうです。

 

開発元のWebを確認すると、

 

 

‥‥だそうなので、カタリナでS1500を動作させるのは、もうダメですネ。潔く諦めます。

 

 

 

一方、Epson Scanはドライバのアップデートで、対応しています。エプソンから最新の対応版をダウンロードしてインストールしました。

 

ただ、私はプリンタ(複合機)もあるので、スキャナの単品ドライバではなく、「エプソンソフトウェアアップデータ」なる「エプソン関連をいっきに面倒見る」ソフトをまずインストールして、「アップデートが必要なものを判別して全部インストール」してくれるようにしました。

 

64bitのカタリナでも、2009年製のスキャナ「GT-X820」がちゃんと動作しました。円盤ラベル印刷の「プリントCD」も動作するよう(起動だけ確認しました)です。

 

 

エプソンスキャンでも、システム環境設定のプリンタ・スキャナの設定でも、両方で使用可能です。

 

自宅のもう1つの複合機、ブラザーのDCP-J940Nも普通に認識され動作可能みたいです。(印刷は試していません)

 

 

 

ちなみに。

 

このブログにキャプチャ画像を載せるために、PNGやHEICをJPEGに変換する自作の自動処理を、AppleScriptとShellの連携によるアプリケーションにして使っているのですが、今回のmacOSアップデートは毎度のこと色々あるようで、素ではAppleScriptのアプリケーションは動作しませんでした。

 

 

 

AppleScriptはここ最近のOSアップデートでは、必ず動作しなくなるので、再度コンパイル&アプリケーション形式書き出しをおこなっています。‥‥AppleScritpはもはや、粗末に扱われ過ぎな感、満載。

 

 

 

32bit打ち切りでどうなることかと思いましたが、今のところ、大被害は無いです。

 

動作しなくなったS1500は相当古いスキャナですし、そもそもスキャンをすること自体が、iPad Proによって絵を描くことでほとんど無くなったので、S1500に「今までありがとう。いつか使う時まで、さらば」と潔く言えます。

 

これを機に、さらなる「断捨離」を進めて、これから先の人生に「本当に必要なもの」を明確にしても良いかな‥‥と思いました。

 

 

 

 


ト長調

昨日からGメジャーの分散和音がiPhoneから頻繁に流れていますネ。

 

とりあえず、私の身の回りでは台風の被害はありませんでした。

 

現在東北を通過中ですが、朝が明けてどんなことになっているのか、情報を待ちたいと思います。

 

なので今日はもう寝る。


クリエイティブの自我

アニメ制作は、一見、大量生産の製造業のようにも思えて、実際に他業種の製造業のノウハウ・マネージメントを応用できる場面も多いです。

 

しかし、製造業とは全く違う性質があり、その部分を見落とすと、やがて内部崩壊・内部分裂が始まり、ゆえに制作集団は解散と再編を繰り返します。

 

全く違う性質とは、

 

製造と創作の差

 

です。

 

アニメ制作においては、例えば、

 

カット1を300カット大量生産

 

‥‥なんてことはありません。製造業とは全く異なる性質です。アニメ制作は同一内容のカットを何百カットも生産なんてしませんし、製造業においては作り出す製品が1つ1つ全て異なる仕様‥‥なんてないですよネ。

 

アニメ映像制作の根本は製造業とは違うのです。応用できることはあっても、完全一致はしません。

 

この根本的な違いをわきまえずに、製造業のノウハウを導入して組織を立ち上げても、最初の4〜5年までしか通用しなくなります。どんなに環境がホワイトでも、大量生産の現場ポリシーに対して、クリエイティブ担当のスタッフたちが疑問を感じ始めます。

 

そもそも全カットの内容が違う制作状況に、製造業の全てを応用できるわけがない。‥‥と気づくわけです。

 

つまり、5年くらいで、

 

スタッフの心の中で、クリエイティブの自我が目覚め始める

 

‥‥ということです。

 

こうした映像制作スタッフの自我を理解できないと、制作集団は「次のフェイズ」に進めなくなります。

 

アニメ業界が長年作り上げたシステムは、その辺をよく解っており、例えば作画なら、

 

動画の次は原画

 

原画の次は作監

 

作監の次はキャラデザイン

 

‥‥と、大量生産の製造業的アプローチの「弱点」をかわす方法を、先人たちはよく理解していたと思います。

 

製造業アプローチでクリエイティブスタッフの自我を抑え続けておけるのは、例えば作画スタッフなら最初の4〜5年までです。5年目から「自分はアニメ制作現場における規格サイズのボルトやナットを作り続けて、この先にクリエイターとして生き残っていけるのか」と少しずつ疑念が湧いて悩み始めます。

 

組織がいくら「うちの会社は大丈夫。労働条件はホワイトだ。」と言っても、クリエイティブの自我から生まれた焦燥感を抑え込むことは難しいのです。なぜって、アニメはそもそも「作品造り」「創作」という強烈にクリエイティブな一面を持つからです。

 

そこで「原画」という新たなステップアップを与えて、再度「疑念が湧くまでの数年」を稼ぎます。その原動画10年の期間は、多くの人が淘汰される期間でもあります。

 

その後に、作監、キャラデザインと続けるうちに、30代も半ばになります。

 

とはいえ、役職にランクを設けて(=特に金銭面で)、何か新しい役割へとステップアップしても、

 

キャラデザの次は何にステップアップできる?

 

新しい社会変化の中でどう生き残っていく?

 

‥‥という問題が立ちはだかります。

 

しかし、30代も後半になると、新たな別の業種には転向が難しくなり、業界と運命をともにするキモチ‥‥例えるなら、第二次大戦末期の日本国民の感情のようになっていきます。未来が頭打ちでも作業料金が安いままでも、もはや辞めようとは思わなくなります。‥‥これは言うなれば、製造業アプローチが勝利したと言えますが、社会的にどうか?‥‥は、ご覧の通りの業界のていです。

 

個人規模のクリエイティブの自我‥‥で思考すれば、「そりゃあ、ステップアップなんて自分で決めることだし、社会に順応してベターな創作活動を順次展開していけば良いだけだろ」と簡単に解が導けますが、製造業視点・制作集団を統率する立場で思考すると甚だしく難問になります。

 

なまじ、クリエイティブを製造業思考で全て解決しようとすれば、です。

 

実際、アニメの撮影部門では、ステップアップの行き詰まりが発生している事例を何度も見聞きしています。皆がベテランになると、撮影監督の人数が撮影スタッフよりも過多になる‥‥という「逆ピラミッド」状態になり、ある一定の時点から、新人は新人待遇から抜け出せない状況に陥ります。

 

人員の構成が行き詰まって、どんなに技量が上達しても、上が詰まって昇進できない状況が生まれます。(で、それは理不尽だからと昇進させると、ほぼ全員撮影監督という「監督職だらけのセクション」になります。)

 

年功のステップアップを実施した結果、撮影監督と撮影監督補佐が増えすぎて、監督職のほうが一般スタッフよりも多くなるという異常なバランスは、ベテラン側にとっても新人側にとっても、「成長できない現場=同じことを繰り返す消化試合の作品作り」へと直結します。

 

 

今後、未来のアニメ制作現場においては、スタッフ構成が「ベテラン過多」になる「逆ピラミッド」現象は、どんどん増えていくように思います。今のままの技術基盤で、作り続けるならば‥‥ですが。

 

作業工程の監督職になって、その後、どのようにさらにステップアップして、自分の一生を豊かに広げて人生を全うするのか、アニメ業界の現システムに尋ねても、答えはありません。

 

撮影や作画の人間だけでなく、アニメ業界のクリエイティブ関連の多くのスタッフは、自我に目覚めれば目覚めるほど、未来を考えれば考えるほど、鬱とした感情に苛まれるでしょう。

 

アニメ業界は、従事するスタッフの「人生の標準モデル」を示せぬまま、産業として成熟しないまま、令和の今まで来て、どのような未来へと進むでしょうね。「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」ばかりが、業界の「人生のカタチ」であるのは、今後も続くことでしょう。

 

 

 

では、どのような解決策があるでしょうか。

 

それが簡単に解れば、アニメ業界とて、ここまで「ブラックブラック」言われ続けないですし、アニメに限らず日本の社会全体が希望に満ちているでしょうが、そうはなっていませんよネ。社会全体がアニメ業界のようになり始めている‥‥という人も多いですし。

 

「作品と商品のジレンマ」を解決できないのは、実は絵画や音楽の世界では何世紀も前から‥‥とも思えます。

 

だからお手上げ‥‥ではなくて、ベストにはならなくてもベターな方法はないか、思考の転換はできないか、考え続けて実践します。

 

製造業思考でアニメ制作をがんじがらめにすると、中堅初期の頃に「この会社には未来を感じない」と会社を辞めて他の会社に移るスタッフが出てきます。「このままでよい」と安定思考のスタッフもいますが、確実に「他のクリエイティブの可能性」を求めて他所へ移るスタッフは存在し、怖いことにそうしたスタッフは作品にエッセンスを与えていた「クリエイティブ度の高い」スタッフだったりします。

 

思うに、製造業アプローチは会社を運営するために必要ですが、同時に「クリエイティブ枠」もちゃんと用意しておかないと、そもそも作品であり商品でもあるアニメの「製造と創作の2面性」は両立できないでしょう。その2面性を両立できないと、必ず、せっかく育ったクリエイティブスタッフが辞めて、他の場所に移る結果となります。その際に「ゼロから育てたのに」と恨み節を吐いても、製造業重視でスタッフを見ていた大きなツケを払うことになるのです。

 

また、製造業アプローチに徹したとしても、製造業におけるクリエイティブ=製品開発を怠ると、その制作会社自体の魅力と価値は低くなります。

 

製造業アプローチとクリエイティブなフィールド。

 

この2つは、現場を長く存続する上で、どうしても必要になりましょう。どちらかだけではダメです。エクセルで管理するだけでアニメが作れるわけないですよネ。漠然とクリスタで作画してたらいつのまにかアニメが完成してた‥‥なんてこともないです。

 

どちらが欠けても、制作会社・制作集団はやがて解散するでしょう。過去のクリエイティブ資産を有した超大手でもない限り。

 

この難しい2極の要素を、どのように両立できるか。そしてその2極は、ちゃんと社会の技術進化と足並みを揃えて一緒に歩めているか。

 

アニメ制作会社が、2020年代、2030年代、2040年代‥‥と未来の社会で生き残っていくのは、相当な「知恵と勇気」が必要ですネ。

 

 

 

アニメーターは、なぜ、アニメーターになるのか。

 

これは、「労働条件を改善した」「理想的な作業環境にした」という話だけでは語れません。

 

アニメーターは、絵を描いて動かしたいから、アニメーターになる‥‥のです。紙と鉛筆だけでなく、タブレットやカットアウトでも、自分で描いて動かすからこそのアニメーターです。

 

つまり、

 

アニメである以上、クリエイティブが必要

 

なのです。

 

そこを軽視すると、「流れ作業で消化試合のアニメ制作」となり、やがて人は去っていきます。なぜ人が集まるのか、なぜ人が去っていくのか、アニメ制作にはアニメ制作なりの特性があり、工業製品を作る製造業とは根本の性質が異なります。

 

制作集団がクリエイティブの自我について、どのように向き合うかが、2010年代の作画崩壊と乱造の時代から抜けて、4KやHDRドルビービジョンやアトモスなど「品質重視時代」の未来に生き残る鍵だと、私は思います。

 

QCが普通のように存在するようになった時、製造業のノウハウからヒントを得つつ、クリエイティブをどのように両立するかは、少なくとも私は、重要重大な未来のアニメ制作の要素だと感じるのです。

 

 

 


台風でお休み

‥‥なので、家にiPadを持ち帰って、日頃できないことを進めよう。あと、睡眠をたっぷり取ろう。

 

去年から今年は新しいことにチャレンジしているので、ハードルを1つ1つ超えるのに必死で、休む暇などほとんどありませんでした。東京がどうなるか心配ではある一方で、腹を括って休める機会ができたのは、私にとって今の時期、まさに「天からのギフト」かも知れません。‥‥まあ、嬉しくないギフトも降りかかりそうな猛烈な台風ではありますが。

 

品薄になっている‥‥とも聞くスーパーマーケットに寄って、おにぎりのネタでも買って帰ろうと思います。

 

 


台風なので

明日明後日は、休みましょう。アニメ業界と言えど。

 

結果的に肩透かしだろうが大災害だろうが、台風襲来前に交通機関の運休などで社会の機能が一時的に低下するので、「台風でもこんなに頑張ってる」アピールなどせずに、大人しく休むのが肝要と思います。これ以上、アニメ業界のブラックを上塗りしないよう。

 

 

 

今度の台風は、地球史上最大とか言われてますが、観測史上最大と表現した方がわかりやすいですけどネ。地球史上とかアオると逆にウソっぽくて信じられないス。

 

でもまあ、巨大ゆえ直径2000Kmとも記事で書かれていましたから、どんなことになるのか。

 

休もうネ。


サイドカーにのれないので

新しいmacOS「Catalina」がリリースされたようです。

 

しかし私のプライベートの環境は、2014年春のMacBook Pro、そして同じく2014年の初代iMac 5Kなので、どちらもサイドカー=iPadを液タブやサブモニタにする機能の「対象外」(がっかりした話はコチラ)です。Catalinaの「32bit切り捨て御免」だけが強調される印象です。

 

MacBookはもう買う気がしなくてねえ‥‥。私の外での使い方のレベルならiPad Proで十分でねえ‥‥。

 

日頃から外出が多く、実写の編集やVFXなどで国内外を飛び回る方は、MacBook Proは主役級の働きをすると思いますが(実際、実写撮影スタジオでリアルタイムで合成処理するなど活躍しているMacBook Proを何度も目撃しています)、私は「机の前に着座してひたすら作業する系」なので、MacBookはほとんど活躍しないんですよネ。

 

iMac 5Kもこれから先に5〜6年使うつもりなら、40万円近くのBTOが必要ですし。

 

 

 

でもまあ、とりあえず、Catalinaの使い勝手を知りたいので、まずは手持ちのMacBook Proにインストールしてみます。

 

ゆえに、まだまだAstroPadは現役です。

 

 


夜が暗くなる

深夜まで頑張ったご褒美に、たまにリンガーハットのちゃんぽんを深夜営業の店で食べて帰ることがあります。なので、いつまでもデブが治らないのかも知れませんが、楽しみの1つでした。

 

しかし。

 

深夜営業の店は、1〜2年前からどんどん減り続け、今年2019年10月を境に、私がよく行くリンガーハットまで深夜営業をやめてしまいました。(全店かどうかは調べてないのでわかりません)

 

私はどこでもそうなのですが、あまりにも同じものばかり頼むので、リンガーハットでも店内スタッフの人に「いつものですか?」と聞かれるくらい「野菜たっぷりチャンポン」を食べていました。まあ、深夜の人の少ない時間帯、しかも決まって日曜の未明(土曜の26時くらい)に訪れるので、覚えやすいのかも知れませんが、「いつもの」が通用するのって、何だか嬉しいですよネ。

 

でも、そんなささやかな楽しみも嬉しさも10月で、終了。

 

環八も青梅街道も、昔に比べて、少しずつ暗くなっているように思います。

 

 

 

リンガーハットに限らず、最近は深夜営業の看板が消え、街がどんどん暗くなっているように思います。

 

深夜営業は、団塊ジュニアとともに去りぬ。

 

団塊ジュニアの人口の多い層に合わせて、世の中も変化するのかも知れません。波の高さを見るか、低さを見るか、‥‥だけの話ではありますが、人口の多い少ないに合わせて、産業も商業も推移しますよネ。

 

団塊ジュニアが子供の頃は子供向けのおもちゃ商売とおもちゃの宣伝アニメが流行って、高校生になればバンドブームやらなんやら、お金を稼げる歳になれば車やバイクに乗って行楽地のレジャーも流行って‥‥と、高波の移動に合わせて、景気の矛先が移動しているように思えます。

 

清里のかわりようは前にも書きましたが、確かに私が高校生の頃に「清里のペンション」というフレーズを何度も聞いた覚えがあります。

 

 

 

清里だけじゃないんですよネ。荒廃したのは。

 

私が子供の頃に暮らした郵政省(とはもう呼ばないが)の宿舎も廃墟になりました。かつての活気を知っている私から見れば、嘘のように静まりかえっています。

 

コンビニも何軒かなくなって、全く違うカテゴリの店舗(深夜は閉店)になったのを最近みかけました。

 

 

 

車で夜の街を走ると、年代とともに徐々に、街が暗くなっていくのがわかります。

 

団塊、そして団塊ジュニアに合わせて、社会が大きく広げた風呂敷を、これからは畳みつつ、違う風呂敷を規模に合わせて広げるんでしょうネ。

 

でも、それでいいじゃないですか。

 

人もいないのに、金もないのに、深夜に営業する必要はないもん。

 

 

 

私が小学生の頃は、夜の街はほんとに静かで暗かったです。私は自転車を買ってもらったのが嬉しすぎて、朝の3〜4時くらい(つまり学校が始まる前)に自転車を乗っていた「変な時期」があるのですが、子供だったせいもあるのでしょうが、神秘的(妖怪的?)とも思えるほど、夜の街はまさに「寝静まって」いました。

 

あの夜の静けさが戻るのは、そんなに悪いことではないです。

 

いっそのこと、24時間のテレビ放送もやめちゃえば良いのにネ。深夜2時くらいで終了して、朝4〜5時くらいからでよくない? 

 

アニメ制作業も深夜や円盤に活路を見出すばかりでは先がないのは、わかりきっていますしネ。もう何年も前から、内外で言われていることです。

 

24時間は昔に戻ってラジオ、そして新しきはネットで十分な気もします。

 

 

 

 

大きなレジャーシートを広げても、座って楽しむ人が少なければ、広く広げた意味がないです。

 

この先は、団塊ジュニア層ありきの思考は通用しないんでしょう。特に、小学生から30代に至る世代に対して、団塊ジュニア向けの習慣で商売を展開しようとしても、てごたえがないのは普通に考えれば判ります。

 

さて、今日も夜の街を走ろう。

 

 


ただ

私はコンピュータを使い始めた最初の頃、そのハイテクっぽいイメージに圧倒されて、ただただ凄い発明品であり、難解なものだと思い込んでいました。‥‥いや、凄い発明で難解であるのは確かなのですが、圧倒されて卑屈になる必要はないですよネ。

 

まず「コンピュータはデジタル」だと思い込んでいましたし、ビットの組み合わせだけがコンピュータのデータの形式だとも思い込んでいました。

 

しかし、コンピュータやデジタルデータへの理解が進んで、仕組みがわかるようになると、コンピュータは電気信号オンリーではなく、電力無しで木材の組み合わせで作ることも可能ですし(卓上サイズなら処理能力規模は極めて可愛いレベルですが)、ビット(0と1の二値)のデータ形式以外の方法も有り得ることも、だんだん判るようになってきました。

 

つまり、思い込みの呪縛が、徐々に解けていったわけです。

 

初心の頃は、ただ覚えることばかり。ゆえに、思い込みの罠にハマります。

 

そこでストップする人も多いでしょうが、分析癖、観察癖を持っている人は、「なぜ、そうなんだろう」と考え、覚えたことを1つずつ分析して仕組みを知りたがります。そして、どこかの時点で「ああ、そういうことか」と「次の扉」が開くのです。

 

これって、コンピュータだけでなく、何にでも言えることですよネ。

 

 

 

1オクターブが12音からなる西洋音楽は、例えるならノイマン型コンピュータのアーキテクチャです。

 

単なるアーキテクチャの1種であって、音楽の全てを12音の黒鍵5個白鍵7個に絶対に限定しなくても、別に良いんですよ。

 

1オクターブという単位も、1オクターブを12分割する仕組みも、頑なに「それが音楽だ」と思い込んで厳守しなくても良いのです。

 

実際に、1オクターブ内を12分割以上に分割する鍵盤楽器も製作されたことがあるらしいです。アフリカや中近東や東洋の音楽アーキテクチャが、西洋の12音ではないことはよく知られています。

 

一方で、ノイマン型がそうであるように、西洋の12音の音楽アーキテクチャは、とても使いやすいですよネ。その方式を使うだけでも、色んな表現ができます。ゆえに世界中に普及しています。

 

西洋の人は、人々をある意味「支配」するシステムや構造を作るのが上手ですよネ。

 

しかし、12音絶対主義とばかりに思い込む必要はないです。バンドを組んだ若い人が「クラシック音楽なんかクソ食らえ。俺たちは自由に音楽を作る!」というのなら、まず音階の新しい仕組みや新しい楽器の製作から始めても良いのです。楽器屋さんでクラシック音楽標準の12音の楽器(エレキギターとかシンセとかも)を無批判で買う必要もないのです。

 

私はノイマン型も12音も大のお気に入りなので、活用させてもらいますけど、絶対神のように思い込んではいないです。

 

 

 

思い込みから脱出する。構造や仕組みを知る。そして、あえて普及した構造や仕組みを用いて使いこなす。

 

このサイクルに目覚めれば、コンピュータをひとまとめに「デジタル」なんて言うのは笑けてしまうはずです。紙と鉛筆を「アナログ」と呼ぶ気も自然とおきないでしょう。

 

良いものは使う。それでいいじゃんか。

 

アナログやデジタルをご本尊のように崇めて、信者のように崇拝する必要などないです。

 

ぶっちゃけ、私もあなたも、紙も鉛筆もコンピュータも、地球上〜宇宙の物質から生み出されているのですから、もうそれだけで血縁関係みたいなものです。‥‥と、中2みたいなことを言い出しますが、妙な思い込みで分け隔てするのは、不毛だと思うのです。

 

各世帯に4KHDRのテレビが普及した社会において、アニメ制作会社やフリーランス作業者とて、未来の映像娯楽産業の中で生きていくわけじゃないですか。

 

だったら、そうした未来社会でポテンシャルを発揮する道具と方法を選べば良いのです。デジタルがどうの、アナログがどうのと、こじらせて同じ場所でループするんじゃなくて。

 

 

 

今、何かを成そうとする時に、良いものをどんどん取り入れて使いこなす。ただ、それだけのことなんですよネ。

 

 


本当のアナログ

生身の人間や、現実世界の物品を、「アナログ」と表現する人をネットの文字上でよく見かけます。しかし、私の周りでは「生身・現物=アナログ」という意味で使う人はほとんどいません。

 

なので、実際に「現実世界の何か=アナログ」との意味で使う人が多いかはナゾです。

 

ネットに記事やツイートを書く類いの人が「イメージしやすい」意図で用いるので、多いように錯覚しているだけかも知れません。ただ、ネットに感化されやすいのも人の常なので、記事やツイートを書く場合は安易に「アナログ」という言葉は使わないほうがいい‥‥とは、わたし的には感じます。

 

私の周りで、なぜアナログという言葉を使う人がほとんどいないのか‥‥というと、単なるイメージだけで「アナログ」だ「デジタル」だのと言葉を用いると、本当の意味で「アナログ」「デジタル」の言葉を使いたい時に混乱するので自制するのです。

 

現在扱っている信号はアナログかデジタルか‥‥とか、信号の経路においてどこからがアナログでどこからがデジタルだ‥‥とか、DAやAD変換時の精度が云々‥‥とか、作業場の会話の中で「アナログ」「デジタル」を使うので、「生身のイメージでアナログ」みたいな表現を使うと、ぶっちゃけ「紛らわしいし迷惑」でもあるわけです。

 

 

 

アニメ制作といえど、今やコンピュータやネットワークのチカラなしでは制作は成り立ちません。

 

どこがアナログ信号&データで、どこがデジタル信号&データかを、ちゃんと明確に把握できていないと、取り回しができません。取り回しとは、制作進行さんがブツを工程から工程へと伝搬するだけではなく、工程の内部まで及ぶ取り回しです。全行程における信号とデータの流れの「完全な把握」のことです。

 

アニメ制作者で、安易に「アナログ」の語句を使いがちな人は、

 

全行程のデータと信号の流れを意識したことが無い(=考えたことがない)

 

‥‥か、もしくは、

 

めんどくさいので、「アナログとデジタル」ということにしておく

 

‥‥と、さじを投げているかの、どちらかじゃないですかネ。

 

もしかしたら、

 

アナログとデジタルの対比で表現できると、信じ込んでいる

 

‥‥可能性もありますかネ。

 

 

 

アナログ信号は身の回りに溢れていますが、アナログデータ記録形式は日常生活では死滅状態です。私はカセットテープを今でも愛用しているので、カセットテープの磁気データが「最後に残された」身近なアナログデータですが、ふと部屋を見渡すとあまりにもアナログデータは身の回りから消えていることに驚きます。レコード盤もVHSビデオテープももはや部屋にはないです。

 

信号線の中のアナログ信号は今でも健在です。そこら中に存在してます。

 

iPhoneは「デジタル」を体現する基本アイテムのように思えますが、iPhoneで通話する時に音が出たりマイクで音を相手に伝えるのはアナログです。iPhoneの中にDA/ADコンバータ(DはDigital、AはAnalog)、そして空気の振動を入出力するスピーカとマイクが内蔵されているから通話可能です。

 

 

 

紙の書籍はどうでしょうか。紙の書籍は、いかにもアナログと言われそうな存在です。

 

この記事を書いててふと思いましたが、

 

文字という存在自体が、不連続なデジタルそのもの

 

‥‥ですよネ。

 

ABCDEのアルファベットは、それぞれA, B, C, D, Eと区切られ、その組み合わせで意味(=情報)を作り出しますから、完全にデジタルデータの仕組みを持ちます。

 

そう言った意味では、ひらがなカタカナもデジタルです。

*漢字の場合は、字に音だけでなく意味も割り当てられているので、何と表すべきか。1つの文字で何かを呼び表す「音」と一緒に「情報」も持ち合わせていますネ。

 

AとBの中間値はなく、AとBはきっぱり分けられていますよネ。アとイの中間も無いですよネ。文字で表現すること自体が、不連続で非アナログで、デジタルそのものです。

 

特にカナのように「音」を直接文字で表す方式はかなり「デジタルっぽく」、人間の発する様々な声をしきい値で区切ってデジタル化し、組み合わせによって様々な情報を記録します。英語の場合はカナよりもう少し複雑で、例えば「B」と「E」を合わせて「Be, ビー」という音と意味を作り出します。

 

日本語の50音(濁音までいれるともう少し増えますが)は、まさに50階調のデジタルデータフォーマットと言えましょう。マスで区切れる時点で、ほらもう、デジタルそのもの。

 

 

 

この50音の組み合わせは自由かつ文字数の長さも自由なので、濁音なども入れると、膨大なバリエーションを展開できて、情報〜データを記録できます。

 

もちろん、この論法ですと、西洋音楽の1オクターブを12音で分割する記譜法も、デジタルデータフォーマットと言えます。イメージやニュアンスではなく、真の意味で言えば、ですけどネ。

 

実際の演奏上は、シとドの間に割り切れない中間の音が混ざったりもしますが、記譜法上は12分割で「デジタル=非連続化」して表現し記録します。

*無段階で上昇下降する音を記譜上で表現する場合は、ポルタメントという用語があります。シンセサイザーにもポルタメントのオンオフがあります。

 

例えば、

「凄いものを見ちゃった!」

‥‥と言う情報を誰かに伝える時に、もしアナログの連続的な発音で伝えるならば、

「うわあぁぁぁ うひ〜〜 ウッホ、ウッホ、ウッホッホ!」

‥‥みたいな雄叫びになりましょう。

 

文字の発明は、コンピュータの発明の「発想の原点」かも知れませんネ。

 

 

 

少し脱線しましたが。

 

酒の席で軽い意味で「俺はさあ‥‥根っからのアナログ人間でさあ」と言うのは構わないと思います。アナログと言う言葉で伝えたいニュアンスも伝わりますしネ。

 

でもね。制作現場は酒の席じゃないです。他愛のない世間話のニュアンスを、現場のワークフローや技術的な話題に持ち込むのは、少々‥‥いや、かなりマズいです。

 

生身の人間の作業、紙の現物、鉛筆を、アナログと表現するのは、制作現場ではやめましょうヨ。

 

それにネ。

 

コンピュータを使って作業している人間だって、生身なんだからネ。

 

紙と鉛筆を使っている作業だけが「生身」「手作り」っぽい言い方をするのは、ものすごく傲慢で失礼なので、即刻止めて欲しいです。

 

 

 

もっと、アナログの本当の意味、デジタルの本当の意味を、色々と調べて理解しましょう。

 

現物がアナログ、コンピュータのデータがデジタル‥‥と区分けは、あまりにも素人臭い表現なので、プロの映像制作、プロのアニメ制作を自認するのなら、やめましょう。

 

じゃあ、どう言えば良いんだよ?

 

紙なら、紙。鉛筆なら、鉛筆。それでじゅうぶんです。それらをわざわざアナログなんて言い回す必要はないです。アナログという言葉をプロの現場で正式に使うのなら、本当の意味でのアナログ・デジタルの区分けにしましょう。

 

なので、「デジタル作画」も、「ペンタブ作画」で良いと思いますよ。使っている道具で名前をつければ一番わかりやすいです。

 

鉛筆で描こうが、運用上はスキャンすればデジタルデータなのですから、鉛筆作画・紙作画、タブレット作画と表現するのが、一番直感的だと思いますけどネ。

 

スラングなら構わないのです。そのスラングが正式な現場の用語として用いられることが問題なだけです。アニメーター同士の世間話ならスラングはOKでしょうが、制作技術の会議の場で「アナログ・デジタル」と連呼するのは、現場意識の幼さの象徴です。

 

 

 

実際に会う人を「アナログ人間」、ネットのモニター越しやテレビに映る人を「デジタル人間」‥‥なんて言わないのと同様に、私らの使う道具や技術も、本当の意味でアナログとデジタルを基本理解した上で、現場を再構築したい‥‥ですネ。

 

 

 



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