CCから消えたもの

Mac Proが故障し、iMac Proをメインにして作業するようになって、色々と周りを見渡す余裕が出てきましたが、ふとAdobe CCのアプリケーション一覧を見ると、2つ3つ「消えた」ものがあります。

 

SG=Speed Grade

FL=Flash

ESTK=Extendscript Toolkit

 

まだ他にもあるかも知れませんが、私がすぐに気付いたのはこの3つ。OSを更新し続けてCCも更新し続けていると気がつかないのですが、新規でOSをHigh SierraからスタートしCCも新規でインストールすると、もはや終了が予告されているFlashだけでなく、使っているのを誰もみたことがないSpeed Gradeも一覧からひっそり姿を消していました。

 

ESTKだけは終了されると困るんだけどな‥‥。エディタとして便利だったから。

 

現在、私らの作業グループでは、環境の近代化を実施しており、映像をリアルタイム再生して作業するような「モーション(アニメーション)」「ビジュアルエフェクト」「編集」「グレーディング」工程に関わる作業者は、iMac Proへと乗り換えております。iMac Proをとりたてて高く評価しているわけでもないのですが、ぶっちゃけた話、今、Macで4Kを普通にぶんまわせるマシンってiMac Proしかないので、結果的にiMac Proに落ち着いています。

 

で、iMac ProはHigh Sierraがスタート点なので、インストールするソフトウェアも「それ合わせ」になり、加えてApp Storeでは「いつのまにか消えている」ソフトも多いので、何だか、やけに「スッキリ」とした「新居」のような感じです。

*Transmit、Get Backup、Mind Note、SimCity Complete Editionとか、App Storeで新規購入できなくなったソフトはかなり多いです。

 

Adobe CCにおいても、旧環境と見比べれば、リストから消えたソフトはもっと多いかも知れません。まあ、Photoshop、After Effects、Illustrator、Dreamweaver、Audition、Lightroomあたりが生き残ってくれれば私としては困りませんが、Flashがいつの間にか一覧から姿を消していたのは「一時代の終わり」を垣間見るようです。

 

ちなみにPremiere。‥‥今後、どのように発展できるんでしょうかね。まあ、発展性で言えば、After EffectsもPhotoshopも似たような行き詰まり感はありますが、Premiereは隣りで使っているのを見ていて不良動作やクラッシュの連続だったので、先行きがリアルに不安です。トラブルの絶えないPremiereを尻目に、私らのグループではDaVinci&Extreme4Kに乗り換えて、新しい取り組みを進めています。

 

お手頃価格帯ソリューションにおける、Adobe一強‥‥という状況は、最近のCCの停滞ぶりから見ても、そろそろ終わりが見え始めているのでしょうかね。お手頃価格帯のもう1つの雄、Blackmagic社の方が気になる製品や欲しい製品が多いです。

 

ただね‥‥、私はやっぱりアドビ製品への愛着や慣れが強いので、CCには頑張って欲しいです。「4Kに対応」ではなく、「4Kを率先」して欲しいです。でもこれはアニメ業界にも言えて、4Kに尻を蹴られて嫌々対応みたいな態度は、それすなわち「2K時代で終了」を予告しているようなものです。新しい技術やフォーマットは対応するものではなく、使いこなすもの‥‥なのですヨ。

 

After EffectsやPhotoshopが、8bit時代、2K時代の「古き過去の象徴」にならぬよう、CCのメンツを盛り上げてほしいです。

 

 


名前

自分の名前に限らず、ハードウェア、ソフトウェアに至るまで、様々な「名前」は、疑似人格とも言える、時と場合によっては重要な要素です。

 

あくまで私の持論ですが、名前に「ガギグゲゴザジズゼゾ」のような刺さる響きが含まれていると、幼い頃から名前で呼び続けられることにより、潜在的に人格に影響が出るように思います。

 

「ガンギ」という名前でずっと呼ばれるのと、「まるみ」という名前で呼ばれるのとでは、人間だけでなく、猫や犬でも、何か変わってくるように思うのです。言葉のカタさ、柔らかさは、その言葉で呼ばれたり話しかけられたりして、特に幼少の覚醒期には影響がそこそこある‥‥と思っています。

 

実際に、子猫に「ねむねむねむねむねむ〜」と優しく話しかけながら、口の周辺を撫でてあやすと、ふわふわと眠りに落ちたりします。柔らかい音は、生き物をリラックスさせるのかも‥‥知れませんネ。

 

 

コンピュータの名前も、現場では思いの外、重要です。特に、似たようなマシンがひしめいていると、製品名では混乱します。

 

iMac Pro

iPad Pro

Mac Pro

 

‥‥。ん〜、ややこしい。結構、言い間違えます。特に、「i」ほにゃららと、ほにゃらら「Pro」が混同します。

 

なので、愛称。実践的には、DNS名。

 

ネットワークに「iMac」としか見えていなければ「誰のiMac?」となりますが、例えば「アデーレ」「アグネス」「アルマ」とかになっていれば、疑似人格を伴うことにより、特定が比較的容易になります。もし命名規則に意味を持たせるのなら、Aで始まる名前は2018年導入機材、Bで始まる機材は2019年導入機材‥‥のようにしても良いですよネ。

 

実はこのABCDで西暦に関連づける方法は、猫のブリーダーさんから聞いた話です。「スミレ」「ソフィ」「サイモン」という名前は、「S」で名前が始まるので、2001年生まれの子だ‥‥とわかるわけです。(もちろん、飼い主さんが、その命名の習いにのってくれれば‥‥ですけどネ)

 

 

命名規則は、例えば航空機、軍用機などは、「お国柄」「国民性」が興味深く反映されます。

 

旧日本軍:

零式艦上戦闘機

A7M2

九九式艦上爆撃機

三式戦闘機

キ84

四式重爆撃機

 

 

皇紀で正式型番を決めて、愛称はあったりなかったり、命名の表面に出るのは、皇紀何年に正式採用されたか、機種は何か‥‥だけです。開発名では海軍はメーカー名なども含まれ、陸軍は大雑把に通し番号での管理です。

 

「皇紀何年か」‥‥というのが、過去の日本のお国柄そのもの‥‥ですネ。個よりも群で‥‥という全体主義的な点も含め。

 

 

イギリス空軍

スピットファイア Mk.III

ハリケーン Mk.IIc

ボーファイター Mk.X

 

 

イギリスも特徴的です。正式採用の年とか、全く記述無しです。何よりも愛称、名前そのものが全てです。偵察機か攻撃機か、種別もわかりません。

 

「スピットファイア」などあくまで名前が基本で、そこに「マークスリー(Mk.III)」とか、「改良型」「発展型」の通し番号が付与されます。さすがに産業革命、蒸気機関の国ですネ。機械に愛着を感じている様子が想像できます。

 

 

ドイツ空軍

Fw190A

Bf109E

Me262A

Ta183

 

 

ドイツも全く違います。「マイスター」のお国柄でしょうネ。

 

まず航空機メーカーの略号がきて、その次に「航空機メーカーの開発した何番目か」の数列がきます。戦闘機か爆撃機かなどの種別も判らなければ、正式採用の年なども判らず、わかるのは「どのメーカーが作った何番目の飛行機か」だけです。

 

しかも大戦後期には「メーカーではなく、主任技師の略号」を先頭に掲げる規則に変更されました。同じ技術立国でも、個を封じて全体を尊ぶ日本人とは全く逆の意識です。日本とドイツが似て非なるものの良い例です。

 

 

最後はアメリカ。アメリカは少々ややこしく、歴史の新しい国らしい特徴があります。

 

旧アメリカ海軍

F4F

F4U

AD

 

 

短かい略号にまとめているのが特徴です。先頭のFは戦闘機を表しAは攻撃機、数字は通し番号、最後のアルファベットは製造メーカー略号です。F4Fは「戦闘機の四番目、グラマン社の」という意味を表現しています。

 

ADって何よ。‥‥普通ならば、A1D、「攻撃機の一番目、ダグラスの」とすべきですが、1は省略したんでしょうかネ。う〜ん、アバウト。旧アメリカ海軍は、何か「場当たり的な」名称の雰囲気があって、例えば「SBD」はドーントレスという急降下爆撃機ですが、「SBD」‥‥てさ‥‥ADと同じで、数字は入ってないし、しかもアルファベット3文字だし、文字列を見たときの一貫性が希薄ですよネ。

 

しかし、この命名規則は、大戦中の陸軍航空隊(空軍ではありませんでした)の航空機名称との違いでごちゃごちゃっとしたこともあってか、戦後の「航空機の命名規則一斉変更」でアメリカ全軍が同じ命名規則になりました。日本の航空自衛隊も踏襲する命名規則です。

 

現アメリカ空軍・海軍

F-15C イーグル

F-22A ラプター

A-7A コルセア

F/A-18F ホーネット

 

 

「F/A-18」なんていう名称はやや苦しい部分もありますが、基本的にはかなりスッキリとした命名規則です。愛称も正式に規定されることが多く、実機を連想しやすい命名です。

 

色々な国から人が集まってできた国っぽい、あっさりしていて簡潔で、愛称でも覚えられる‥‥という、合理性と実用性を兼ね備えています。作った人よりも、使う人の「実利」を優先していますネ。そもそも軍用機が何のために存在しているのか、合理的に考えた結果がよく表れています。

 

 

名前、命名規則って、その集団の個性や特性が、しみじみと表面に表れます。「合理的」といっても、その合理性がどの部分をターゲットにしているか‥‥も含めて。

 

ですから、集団の気風やドクトリンも、ときには経験値やスキルまで、命名規則でわかってきます。下手をすれば、今までの歴史すら想像できちゃいます。

 

名前は、大切にしたいもの‥‥ですネ。

 

 

 


ケーブルバイト

‥‥というのがあるのですネ。アマゾンで動物の立体模型を探してたら、横道に逸れて、結局買っちゃいました。

 

ケーブルバイトとはコレです。

 

 

この写真だけだと何だかわかりませんが、要はコネクタを保護するアクセサリ‥‥のようです。

 

しかし、どう考えても、これは装飾だよなあ。マレーバクのケーブルバイトをiPhoneのライトニングケーブルに装着した写真です。

 

 

 

種類はいっぱいあって、私はこういう感じのくたっとして可愛いのに目がないので、iPadやFireを机や棚で常用していることもあり、色々買ってみました。

 

 

 

ちなみに、絵をiPad Proで描く時には邪魔になります。‥‥当然か。。。

 

USB(ミニ、マイクロ)の場合は、動物の背中と腹を端子の上と下にしておけば、台形断面のコネクタを挿すときにイライラしないですみます。

 

これがなくても、全然困ることはない、充電して置いておく時のアクセサリというか、グッズですネ。

 

 


上から下から

昔から延々と続くアニメ業界の厳しい状態をして、トップダウンの至らなさに論調の重きをおくのは、「悪者探し」に終始して実際の改善には全く結びついていないと、常々思っています。

 

ミスを指摘したり、悪い部分をつつくことは、ある程度のキャリアを積めば誰でもできることです。では、そのミスを抑制するためにはどうしたら良いか、悪い部分を良くするためにどうすれば良いか、「ダメだと言うばかりではなく、改善策・解決案とセットで語る」ことが必要です。

 

現状のココがマズい! 原因はココにあった!

 

じゃあ、どうすれば、原因と現状を改善できるの?

 

‥‥‥え〜と、どうすれば良いんでしょうねぇ‥‥‥みんなで頑張れば良いんじゃないですかね

 

具体的には何を頑張れば良いの? まず、改善の一手は何から始めるべき?

 

‥‥う〜ん‥‥‥

 

 

核心を指摘したった! ‥‥というレベルで満足して、そのあとはシラ〜‥‥では、実は何も変わっていかないです。

 

指摘するのは簡単なのですよ。指摘した部分をどうすれば良き方向へとシフトできるか。‥‥そこまで考えて、実際に実践して見て手応えを得るところまでやることが不可欠です。

 

 

私は、ボトムアップとトップダウンの両面で、現状の改善、窮状からの脱出を実践せねばならないと思っています。

 

‥‥で、私はボトム側の人間ですから、強烈にボトムからアップしていくべく、仲間と一緒に行動しています。「してくれないから、できない」と言い続けるのではなく、「やることによって、変えていく」のです。

 

そして、「アニメの作り方なんて、昔っからこんな感じだろ」と慢心しきっているトップダウンを揺さぶって、トップダウンの意識を状況的に強制的に変えていくわけです。大きな地震がおこれば、ビルの最上階も大きく揺れて、慌てて跳びだしてくるでしょ。

 

それにトップダウンに属する人間だって、慢心している人ばかりではありません。何をどう考えても未来はマズい‥‥と意識している人も多くいます。しかし、それをどのようにして実践したら良いのか、自分で絵を描いて動かしてコンポジットしているわけではないので、具体的な技術改革の内容がわからず、悶々と危機感だけを胸に抱いて、現状に甘んじているのです。

 

慢心して現状にあぐらをかいている人間は、トップにもボトムにもいます。

 

危機感を抱いて改善の方法を探している人間も、トップにもボトムにもいます。

 

 

思うに‥‥ネットを「ネガティブともだち」、つまり、各人のネガティブな思考だけを寄せ集めて、順番に悪い人間を選定して糾弾するネガティブサークルにするのは、何も生み出さないし、良き方向にもシフトできないです。

 

「ネガ友」のチェーンリングにハマるのは、とても危険なことだと思います。

 

ネガ友が寄り集まって、不平不満を積み重ねるのは、とても簡単なことです。ほっとけば部屋の中がどんどん散らかってゴミ屋敷になるがごとく‥‥です。

 

業界全体、現場全体でセルフネグレクトに陥ってどうするのでしょうか。

 

 

トップだけでなく、ボトムも。

 

ネガティブだけなく、ポジティブも。

 

 

両方が必要だと思います。どちらか一方だけだとバランスを崩して倒れます。ポジティブだけなのもダメです。ポジティブ思考に水を差すネガティブ思考も、バランスよく必要です。もちろん、ネガティブ思考だけでもアカンでしょう。

 

上か、下か、‥‥の1方面思考では容易に行き詰まるでしょう。

 

今、中間位置にある、どうにも進退極まる苦境を、上から下から攻めて突き崩していく‥‥のが、未来を変えていける方法と心得ます。

 

 

 


時代

普通に考えて、アニメ制作現場の作画(背景美術や彩色含む)の手間が凄すぎるから、これ以上の映像フォーマットの品質向上と進化はストップしましょう‥‥なんてことには、ならないですよネ。アニメ現場の、それも、テレビアニメ制作の都合を考えて、時代の技術進化がストップしてくれていたら、今でも世の中はSDでVHSでブラウン管のままでしょう。

 

明らかに、アニメ制作のクオリティ要求は、近年の映像フォーマット高品質化に引きずられて、辛辣なほどに激化しています。

 

でも、世間はアニメ業界の作画の都合に合わせて動いているわけではないです。

 

 

‥‥ですから、ここはひとつ、思い切って、考え方を変えませんか。

 

時代と共に歩む‥‥と。

 

世界の映像技術の進化に歩調を合わせて、アニメの技術も一緒に変えていく‥‥と。

 

 

「あんなにも」細かい絵を、しかも何百何千何万枚も描くなんて、もう無理!‥‥と思う人は私だけではないはずです。キャラの前髪が目に被さっただけで、作業ペースが食われます。

 

しかし、残念ながら、未来の映像フォーマットは、より一層の繊細で美麗な絵を、アニメに要求するでしょう。今はまだマシなほう‥‥かも知れませんよ。

 

 

「そんなの無理じゃん!」‥‥と思うのは、昔の頭と技術でしか考えないからです。

 

時代が進化して、皆がネットワーク端末(スマホとか)を持ち歩く時代なのに、アニメの作り方の基本は1960〜70年代を踏襲したまま‥‥なんて、どう考えても、「そんな都合が通るわけないよ」‥‥です。

 

他の色々な産業は、時代と共に、生き残りをかけて、技術をどんどん更新してきました。

 

なぜ、アニメはいまだに、何千何万枚も根性で描き続ける方法を採り続けるのでしょうか。‥‥ええ、もちろん、分かっていますよ。それ以外の方法が見つからないからです。

 

でも、見つけようとしなかったもの事実‥‥ではないですか?

 

アニメはこうやって作るものだ‥‥と、半ば、洗脳されたかのように、他の思考を捨ててきた事実はありましょう。

 

 

 

世界の時間の流れは、アニメ業界の、しかも作画の都合では、止めることはできません。

 

だったら、何をすべきかは、ちょっと考えれば解るはずです。

 

 

アンティークな技術として、時代に関係なく、技術更新を停止するか

 

世界の技術進化と共に、技術を更新していくか

 

 

‥‥私は後者を選びます。

 

私は小さい頃を思い出します。アニメが時代の寵児だった頃を。

 

アニメは縄文時代から作られていたわけではないのは、もちろん‥‥ですよネ。

 

世界の娯楽産業の技術進化の、まさに申し子だったのです。太古から営まれる、農業や漁業、牧畜、狩猟、衣服住とは全く異なる、「近代社会が産みしもの」です。

 

なのに、たかだか100年も経たない(=日本でのテレビアニメ放送開始)うちに「骨董品」「古美術」「昔の思い出」になるの?

 

なぜ、「アニメが時代性を捨ててどんなに古臭くなっても、みんなはアニメを好きなままでいてくれる」と思えるのでしょうか。忘れ去られた過去の他の娯楽と同じ運命のほうが、私には思い浮かびます。

 

少なくとも、私はイヤです。そんなのは。

 

私はアニメが大好きですからネ。

 

なので、世界の技術と共に、アニメも未来へと歩んでいきたいです。

 

 

私は子供の頃に、ヤマトや999を映画館で見て、「こんな迫力があって楽しくてかっこよく動く絵を、こんなに大画面と大きな音で見れるなんて、今の時代に生まれてよかった」と心底感激しながら観ていました。つまり、アニメ映画やテレビアニメの向こう側に、近代社会の技術力を見ていたのです。

 

そんな「現代社会の技術力の象徴」とも思えたアニメが、2020年を前に、現代技術から遠のく?

 

 

 

「原画マン」「動画マン」「作監」「アニメタ」とか言うだけでなく、「アニメーション技術」の未来を問いましょうよ。

 

必要なのは、昔の冠や役職ではなく、新しいやくどころで活躍して、アニメーションそのものに心血を注げる、新しい作品作りの方法です。

 

 

 

まあ、人それぞれ、考えはありましょう。

 

しかし、世界の時間を止めることだけは、誰にも不可能です。

 

 

 

 

 


行動すべし

「このままじゃマズい」「やがて滅びる」「なんとかしなければ」‥‥という言葉をどんなに繰り返しても、状況は好転もしなければ打開もしません。実際に今、自分自身・自分たちがどのような「未来を切り拓く方法」を実践しているか、それが重要です。

 

「上の人間が悪い」「失策につぐ失策だ」「上層部が考えを変えない」と思っているだけでも、やっぱり、状況は好転しません。

 

上だけでなく、実は、中間も下も、73年前の大戦争での敗北と、同じ構造を奇妙に忠実にトレースしているんですよネ。

 

 

何千枚も枚数を描いて塗って、「一億総特攻」を繰り返していることには目を向けず、前例のある方法や技術だけでアニメを作り続けて、技術基盤や制作構造には全くメスを入れず‥‥では、何が変わろうと言うのか。

 

実は、旧来のツールに深い愛着をもって、どんなに状況が劣勢に傾いても、そのツールから離れないし離さない‥‥のは、中間以下の人間たちなのです。

 

昔取った杵柄なんて、捨ててしまいましょうよ。そんなのにすがっているから、上の人間も下の人間も、昔に引きずられて足を取られて、現代をリアルに切り拓けず、結局は劣勢に追い込まれるんじゃないですかネ。

 

 

過去の未練をバッサリと切り捨てて、どんなに困難であろうと、ゼロからアニメを再発明する‥‥ということが、未来には必要です。

 

 

お話を作れる。絵が描ける。色が塗れる。

 

もう、それで十分じゃないですか。今までの豊富な映像制作経験があるだけで、新しく仕切り直して、未来を切り開く準備はできているのです。

 

話が作れて、絵が描けて、色が塗れる人々が、数人でも集まれば、いくらでも新しい方法は開始できます。今までの方法に固執する理由など全くありません。

 

「もし、新しい方法でうまくいかなかったら‥‥」なんていいっこなしです。そんなことでビビっているうちは、「誰かを悪者にし続ける」だけに終始するでしょう。

 

 

ひとりだって、ふたりだって、新しい技術の開発、制作システムの開発は始められるんですよ。

 

むしろ、みんなで始めようとすると、有象無象、喧々囂々、いつまでたっても始められません。プロジェクトの開始は、ごく少数が良いのです。大勢ではうまくまとまらずに、風呂敷を広げただけで終わりです。

 


 

悪い運命に呑み込まれるのが分かっているのに、どこかの誰かの巨悪のせいにして、自分では何一つ実際の行動はしない。‥‥ただ、呟くだけ。

 

そういう「行動しない人々」が集まれば、実は中ボス・ラスボス以上の巨悪になることも、過去の歴史は教えてくれています。

 

 

73年前と違うのは、自分たちが未来を切り拓く行動は、国家の制限を受けないことです。それだけでも、73年前の大戦争より、ずっと望みがあると、私は思います。

 

なので、私は仲間と共に、10年以上前から行動しています。「国家反逆罪」ならぬ「業界反逆罪」で投獄されることもなく、地道に新技術の開発を進めてきました。そうした行動の数々が、2020年代に照準を合わせて、まるで石膏デッサンで絵がキャンバスの各所から浮かび上がるように、カタチとして見えてきています。

 


今の状況は、今の状況として捉え、別枠、別ラインで、地道に自費で準備を進める。‥‥誰も助けてくれないのなら、自分たちで行動して活路を開くしかないですよネ。他人が手を差し伸べてくれるのは、ある程度カタチになったあとなのですヨ。‥‥だから、まずは行動が必要なのです。

 

「行動しない人々」ではなく、「行動する人々」が集まれば、悪い運命とは真逆のことがおこる‥‥のではないですかね。

 

 

 

 


散財エアファイター【3】〜F-15アグレッサー

1/100スケールのエアファイターコレクションの3番目は「F-15」です。

 

 

 

単座型のF-15の美しい機首が再現されていますネ。小さいスケールになると、このあたりが一番気になりやすいのです。

 

ステンシル類は全部省略されているので、かなりサッパリ味のF-15Jです。F-15の頃の軍用機は、鬼のようなステンシル責めが特徴の1つですから、ステンシルが全くないと印象が単純です。

 

なので、いつもより濃いめに汚したら汚れ過ぎました。グレー系はまだしもブラウン系は余計でした。戦車じゃないんだし。‥‥‥でもまあ、いいか、遠くで見る分には。

 

やっぱり、控えめにスミ入れ程度、ノズル部分の金属処理程度にしておくほうが良いですネ。そもそもダイキャストのスジ彫りが1/100ですとオーバーですから、あまりイジらずに並べて楽しむのがこのシリーズの楽しみ方でしょうネ。

 

次号はフランカーです。ロシアのSu-27。

 

シリーズ最初は人気機種ばかりですが、MIG-25あたりが出る頃から、シリーズも楽しくなっていく感じです。

 

 


AI

AIに作家性は期待できるのかな。

 

もしAIが作家性を持ち得ないのだとしたら、AIのできることは、作家性を要求しないフィールドですよネ。

 

 

例えば、流行りのキャラの傾向とかストーリーとかであれば、AI‥‥というか自動処理で作り出すことは可能です。それこそ20数年前のHyperCardですらできたことです。

 

私がスクリプトを覚えたての時に、いくつかの文節を用意しておいて、ある程度のランダム要素(「突飛さ」をあらかじめ用意しておきます)、そして日時(時間帯や季節)に応じて、自動で文章を組み立てるプログラムを作ったことがあります。ネタの仕込みこそ人間ですが、実際の文章の構成はコンピュータ任せなので、「そういう組み合わせで来たか」と、意外に面白みがあって、楽しみましたヨ。

 

現在のAI的なものと違うのは、組み立てに必要な要素やメカニズムがスタティック(静的)であることで、刻々と集計されるデータベースの値に応じて動的に要素やメカニズムを変えるようなことはできませんでした。

 

 

市場の分析とかは、確かにAIと呼ばれるソリューションの得意分野ではありますが、それは人工知能というよりは先進的な処理システムのように思います。

 

知能というからには、作家性・独自性をもって、絵や文を書いてほしいものです。それこそ、AIが100あれば、100の作家性を発揮していただきたい。

 

ですから、人間が、市場の好みに従属して、話の筋がお定まりで、キャラのバランスやパーツもお定まりで‥‥みたいな作品を作っていては、未来は簡単にAIに負けるだろうなとは思います。だって、市場の分析はAIがいかにも得意そうですもんネ。人間は、AIが用いる要素作りに動員される‥‥という皮肉な結果すら予想できます。前例がないと行動できない類いの人間は、未来はあっけなくAIに敗北するのかも知れませんネ。

 

実はAIどうのこうの‥‥ではなく、人間にも突きつけられる命題なんですよネ。「作家性とは何か」‥‥とは。

 

思うに、「個」のもつ劣等感と優越感の禍々しい結晶のようなものが作家性とも言えるでしょうから、そこに向き合えない場合はヒューマンだろうがマシンだろうが、作家性を発揮し得ない=知能と呼ぶには幼い‥‥と、少なくとも私は思っています。

 

しかし、もしかして‥‥

 

我はコンピュータなり

我、処理するゆえに、我、在り

 

‥‥とAIが言い出す日がくるのでしょうか。そして、

 

コンピュータってなんだ

いっそのこと、コンピュータをやめたい

 

‥‥とか悩んだ末に、自らの回路に自ら過電流を流して焼き切る日が来るんでしょうかネ。

 

 

そういう小難しい話はそのくらいにしておいて。

 

私がAIにやって欲しいことの1つは、「CMカット」です。BDレコーダーの録画番組からCMをカットする際に、本編とCMを映像の中身で見分けて、1フレームのズレもなくCMをカットして欲しい。

 

録画データをBDに焼く際、容量が足りない時に、CMをカットするのが面倒でな。

 

本編の流れを映像で見分けて、どんなにCMが本編に似てても、ちゃんとCM=本編以外だとジャッジしてカットする。AIが知能というのであれば、そのくらい、できるはずです。

 

難しいと思われるのは、バラエティ番組の本編の間に、他のバラエティ番組の宣伝が入った時です。どうやって見分けるんでしょうね。人間なら数秒流し見して出演者やスタジオセットの内容で見分けちゃいますけどネ。映像の「雰囲気」を察して、境界を見定める‥‥というのは、今のAIには難しいそうです。

 

 

人間にも絵心のある人やない人、色々いるように、AIが苦手なジャンルではなく、AIの得意な部分を引き出すのが、良いのでしょう。

 

AIって、過大評価も過小評価も禁物だと思っています。考えてみれば、人間に対してだって、過大評価も過小評価も禁物ですわな。

 

 

 


今年後半に向けて

自然現象のエフェクトは、スケールが大きくなればなるほど、手間がかかるようになります。特に水の類いは、スケールによってフォルムやディテールや振る舞いが大きく変わってきます。

 

まずイメージボード、ショットボードを描いて、エフェクトアニメーションのプランを立てて‥‥のような丁寧な段取りを踏まないと、津波級のエフェクトはまず無理です。もちろん、コンポジットのプランは必須です。作画だけ頑張ってなんとかなる話ではないです。

 

数日で作るにはやはり無理があり、日数=技術やお金を含めたコストがそのまま絵に出てしまう辛辣なジャンルです。特に作業時間の大小は深刻で、作業時間=絵の出来‥‥になりやすいです。やれることはわかっていても、やる時間がなければ、やれないのです。即物的に「具の量」「おかずの量」が変わります。紙と鉛筆で動かそうが、iPadとMacで動かそうが、細かいディテールと動きは、物理的な時間が必要です。

 

まあ、現在のテレビ枠・2K枠ではやりきれなかったことは、4Kの取り組みで雪辱を果たす‥‥という目標にしましょう。

 

 

ちなみに、HEVCの4Kは、ビットレートの大小で細かいディテールが大きく変化する(=溶ける、溶けない)のを、テストで確認しています。現在のインフラの状況を顧みず、画質だけで言えば、4K60pで200Mbps欲しいです。‥‥まあ、今は無理ですネ。時代が来るのを待ちます。でも、200Mbpsあれば、かなりオリジナルの画質に近くなるので、HEVCって凄いですよネ。オリジナルはProResで3000Mbpsですもん。

 

思うに、未来の現場は、ただ単に、絵を描いていれば良い、色を塗っていれば良い‥‥という認識では、技術基盤が大きく進化する未来においては、机上の空論、絵に描いた餅になってしまいます。

 

4K8Kの詳細度・細密画とはどういう特性・ルックなのか、60pになるとどのように絵の動きが変わるのか、転送速度の制限によって絵がどのように劣化していくのか、色々と新しい知識が2020年代中頃から必要になりましょう。特にPQカーブは曲者です。モニタ自体の取り扱いが、今までとは大きく変わってきます。

 

でも、何より4Kの絵が描けること。そこからスタートしなければなりません。2Kのままで良いのなら、2Kのアップコンですべて片付ければ良いのですから。

 

絵描きが4Kの旨味をたっぷりと味わうことで、4K8Kの門は開かれ、先へと進むことができます。それはキャラもメカもエフェクトも同じです。

 

‥‥で、仕事の依頼が来るのを待ってたら、まあ、何も始まらないですよネ。私らだって、何のオーダーもなく、自己開発で2013年に4Kの取り組みをスタートしたから、今に繋がっています。新しい技術に関して言えば、もう10年以上前から「自腹」で取り組んでいます。

 

新しい技術においては、まあ、鶏が先‥‥ですよネ。「新しい技術の卵」を産むのは、今を生きる鶏しかできないもんネ。

 

 

 

今年もあと半年か。‥‥半年しかないのか。

 

やることは山ほどあるわ。

 

 

 


iPad依存

iPad、注文しました。

 

また? ‥‥って感じですが、iPad2やiPad miniが寄る年波に勝てず、まともに動かなくなってきたので、リプレースです。昔のiPad〜iPad2とか初代iPad miniはもはや、Alexaアプリすらまともに動かないようになって、パツンパツン落ちます。買い替え時期と判断しました。

 

買ったのは、「iPad6」、Apple Pencilが使えるiPadです。

 

*私が買ったのは、128GB WiFiモデルです。

 

 

すでに仕事で2年以上、iPad ProとApplePencilを使っているので、心配する要素はありません。いつものように動作してくれることでしょう。

 

最強のコスパを誇るFire HD 10の数倍のコストはかかりましたが、ビデオ編集やスケッチなどにも使うので、コスト高はあえて呑みました。見るだけ、読むだけ、だったら、絶対にFire HD 10ですけどネ。

 

iPhone8で撮った4Kの編集をしたり、気軽に持ち歩いてどこでもスケッチしたりと、生み出す能力を欲するとなると、iPadを買わざる得ないです。今年の無印iPadはApple Pencilが使えるので、旧来とは全く別物と言えます。

 

 

自宅のマシンは2014年のiMac 5Kで今でも十分、職場もiMac Proで不足など無し、拠点には十分な性能のマシンがある‥‥となると、日頃の持ち歩きは軽快なiPadかiPad Proになりますわな。MacBook Proも持っていますが、常時持ち歩いて出先で絵は描けないしネ。

 

スタッフに伝えたいことがあれば、メモの図をiPadで描いて送ることなど、造作もないことです。メールの文章だけで伝える時代は今や昔の話。「図で説明する」という人間ならでは知能を、普通に活かせる時代です。

 

なので、ケースはApple Pencilを収納できるタイプにしました。

 

 

 

まあ、このサイズだと作画の本格的な作業は難しいとは思いますが、ちょっとしたスケッチならできるでしょう。軽快な書き心地のProcreateで決まり‥‥です。

 

 

 

人は、ストレスの少ない方に傾きます。まさに私のiPad依存が典型です。

 

わざわざ板タブでラジコンのような操作をせずとも、ダイレクトに絵を描けるiPadなら、ストレスは格段に抑制できます。細いケーブルで1本、時にはケーブル無しで自由に取り回せるのも、魅力です。描いた絵はワイヤレスネットワークで、これまたストレスなく他へと転送可能です。

 

ぶっといケーブルで液タブを繋いでいた昔、なんという重いストレスに人間は耐えていたのか、我ながら隔世の感があります。

 

 

 

2020年代、身近な環境がどのように変わっていくのか。

 

確実にストレスの少ない方=高品質化に傾いていくでしょう。目の疲れない高解像度による絵や文字、同じく目の疲れない高リフレッシュレートの映像、‥‥まさに我々の関わる映像制作もその一環です。

 

ほんとは絵を描くには、24インチくらいほしいけど、そんなiPadが出るわけもないし、かと言ってiOSの快適性を犠牲にしたくもないので、10インチのiPad、そして13インチのiPad Proで、十分です。それでどんどん未来へ進むことができます。

 

 

 



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