墨入れまくり

私は作品制作資料として各種立体造形物をコレクションしていますが、その中には市販の「完成模型」も含まれています。完成模型は、安価なものほど制作が雑ですが、「金と引き換えに時間を買っている」と思えば、そんなに悪いものではありません。

パーティングライン(パーツの合わせ目)やゲート(プラを流し込む水路のようなもの)の処理は基本的に甘かったり、各種パーツの取り付け角度がいーかげんだったりしますが、一応は塗装まで全部仕上げ済みの「完成モデル」なので、私はそれなりに重宝しています。少なくとも、イメージ作りくらいには使い道はあります。

完成モデルは、2千円前後の安いものも1万円近くする高いものも、基本的には塗装以上の仕上げは施してありません。つまり、「組み立てて塗って終わり」な状態なわけですが、そこにひと手間加えるだけで、随分と見栄えがアップします。そのひと手間とは「墨入れ」です。

下の写真は、F-14トムキャットの「トムキャッターズ」(ダイキャスト製)ですが、墨入れをしてディテールを際立たせています。写真内の左上にある「12BL」と書かれた瓶の塗料が「墨入れ用のエナメル薄墨」です。これを凹凸に沿わせて浸透させる事で、ほとんど見えなかったディテールが浮きだすのです。

*「12BL」とは、いわゆる「0-255でいうところの、12くらいのブラック」の意味で、とっさに油性ペンで書いたもの‥‥ですが、12の指す「ほとんど黒だけど、真っ黒じゃない黒」はいいとしても、ブラックを「BL」と無意識に書いてしまうあたり、今でも原画の癖が抜けないんですよネ‥‥。



機体左側(写真の上部分)に墨入れをして、右側(写真の下部分)には墨入れをしない状態で、比較したのが上の写真です。主翼下面のディテールの見え方が大きく違いますよネ。この「墨入れ」処理をおこなう事で、ただ塗って終わりにしてある市販の完成モデルも、「リアル感」が増します。‥‥まあ、あくまでリアル「感」ですが。

この年末年始は、他のことをやりながら、溜まりに溜まったいくつもの完成モデルの墨入れを片付けました。30機には及ばないですが、20機以上は墨入れしまくっておりました。エナメル溶剤はラッカー系よりは匂いがキツくないですが、それでも独特な匂いがするので、一度に処理するのは、下図のように4〜5機にとどめました。‥‥臭気で気分が悪くなるので。



日本人には馴染み深い零戦も、ちょっと墨入れしておくだけで、随分と「武者」ぽい雰囲気になります。墨入れはその効果の高さの割に、技術や道具はさして必要としない「対費用効果の高い処理」です。下図は墨入れ前と後の2点です。




墨入れをすると、飾ってもそこそこサマになります。「買ってはみたもののすぐに飽きてどこかになくしてしまう」可哀想な食玩のような運命になりにくいですネ。パッと見た時に、「雰囲気を持っている」のが良いのです。



買って梱包を解いた状態だと、ツルンとして面白みのない表情のフォッケウルフも、墨入れをして、さらには「パタパタ」(女性化粧品のようなヤツ)で若干の土埃とかをつけると、戦場の武者のような雰囲気になります。



斜めから見た時でも、翼面のディテールは目に飛び込んでくるので、墨入れの効果は大です。ビア樽ポルカのようなF4Fも、猛者のような仕上がりに。



F4Fはちょっと汚れすぎたようにも思いますが、まあ、自分しか見ないからコレでも良いです。機体中央の穴は、スタンド用の穴ですが、完成モデルはこういうのをイチイチ気にしているとキリがないので、大らかに接するのが良いです。ちゃんとしたものが欲しければ、キットを買って、自分の好きなように作れば良いんだし。

ちなみに、このF4Fは「トムキャッターズ」仕様らしく、おなじみのあのネコのマークがプリントされてました。買ってからしばらく経って気付くあたり、大雑把な買い物をしておる私です。





F-14の名前が「トムキャット」なので、F-14の飛行隊の愛称と間違われそうですけど、「VFA-31(VF-31)/第31戦闘攻撃飛行隊〜トムキャッターズ」は歴史の長い飛行隊で、複葉機の頃から存続しているようです。私は以前からVFA-31トムキャッターズに愛着があるので、全くチェックせずに「F4Fの機体目当て」で購入して後から気付いて、ちょっと得した気分になりました。

*ダイキャスト製のF-14トムキャッターズは、今は品切れで2万円近い値がついちゃってますが、私が買った時は7,500円くらいでした。この手の商品は、こういうの(買う時期を逸すると値段がハネあがる)があるから「出た時に売値を見極めて買っておく」のが必須なんスよね。

とりあえず、航空機関連の完成モデルは処理が終わり、年末にはこれら完成モデルを飾る棚も作ったので、ひと段落です。組み立ててないものならともかく、完成品を箱積みのままでは、何のために買ったのかも薄れるので、カタをつけました。今後、色々と参考になってくれる事でしょう。

その他、CLIP STUDIOのiMac 5Kでの動作を確認したり、Adobe関連の設定を旧環境から移植したりと、色々と溜まってた雑事を片付けました。明日はゲイラカイトでも飛ばしつつ、今年1年の大まかな流れでもイメージしてみようかと思っております。

 

2015年謹賀新年

あけましておめでとうございます。

2015年になりました。新年も変わらず、粛々と物事を進めてまいります。今年もよろしくお願いします。

* * *

新年売り出しのチラシを見てたら、
 
  • 4Kの40インチテレビ
  • 2Kの32インチテレビ
  • テレビ台
  • BDレコーダ
  • BDプレーヤ
  • HDMIケーブル等
 
‥‥を全部で20万円で売り出してる広告が目にとまりました。福袋的な正月ならではの売り方‥‥ですネ。

4K40インチのテレビは2014年夏のモデルでも、今だと14万円前後まで価格が下がってきたんですネ。‥‥となると、2015年はテレビの買い替え時期に4Kテレビをチョイスする人も増えるのでしょうね。10万円代後半だとまだ普及しにくいだろうな‥‥と思ってましたが、案外、4Kが世間に浸透するのは早いかも知れません。私の実家の37インチのテレビは液晶に曇りが出てきて、2年以内には買い替えが必要になりそうなコンディションですが、買い替えの際はごく普通に4Kテレビの40インチ以上のものを買うことになるでしょう。

YouTubeも60pに対応したようですし、あとは映像コンテンツ販売における主要な媒体がフィックスすれば、4Kのインフラはひと段落できるでしょうネ。

ただ、NHKは2年以内に8Kの試験放送を開始するとのことなので、まだまだ先は長いです。わたし的には、4KはH.265等の新技術で乗り切れたとしても、8Kはあらゆる面においてハードルが高いので、ちょうど昔のNHKのアナログハイビジョンと同じくらいの年月は必要だろうな(旧ハイビジョンはNHKのひとり相撲が長く続きましたよネ)‥‥とは考えています。8Kはトントン拍子には進まず、試験放送だけが続く期間がそこそこ長いように思えるのです。

一方、アニメ業界は今年くらいから徐々に荒れ始める予感もします。2Kはともかく、4Kに関しては「今まで通りにやっても通用しない」もどかしさを体験することが多くなってくるでしょう。実際、4Kアニメーション映像に目が慣れた現在の私が、2K(HD解像度)の作業をたまに手伝うと、HD向けのアニメの素材の絵の荒さ・不鮮明さ、ディテールの粗雑さがイチイチ目につきます。いくらスムージング処理をしても、低解像度で作業を続ける限りは「絵が溶ける」状況は変えようがありません。コワいのは、こうした低解像度ワークフローによって作られる今のアニメの「絵の荒さ」を、やがて一般の人々も気付き始める‥‥という事ですネ。

4Kが世間で「普通」になった時、パラダイムシフトと呼んでも大袈裟ではない大転換期を迎える‥‥かも知れない、ここ3〜4年のアニメ制作業界。アニメがゴールデンタイムからいつしか姿を消した過去、フィルムからデジタルへ、そして今度は映像フォーマットそのものへの生き残りをかけるのでしょうね。

「別枠」と覚悟を決めた私としては、今はとにかく粛々と、ノイズ干渉に乱される事なく、慌てず確実に駒を進めていこうと思っております。


 

別枠

私が4K8Kに完全対応するアニメを「新しいアニメーション作品」だなんて勿体ぶって書くのは、ちゃんと理由があって、現アニメ業界のシステムと「完全に分離させたい」からです。違う言い方をすれば、「制作システムを引き継べきではない」と考えているからです。

もうかなり以前から、「新しいアニメーション作品」の技法を、現アニメ制作へと活用・流用していますが、その作業は「特別作業費」としか設定できない「扱いに困る」ものです。例えば以下。

*3DCGやプラグインではないですヨ。2Dの「After Effects上での作画」です。ケムリのでかたが唐突なのは、前景に隠れる部分も描いているからです。

6年くらい前に作った上の動画は、旧来工程で言うところの「原画・動画・仕上げ」をAfter Effectsオンリーでオールインワンで作業して作ったものです(レイアウトとラフ原は手描きです)。この作業一式をわざわざ旧来工程に置き換えて作業発注伝票を書いて作業依頼する‥‥なんて、技術進化に逆行する馬鹿げた行為ですよネ。原動仕で換算した場合、旧来工程の1/5〜1/10の期間で完了し(内容がキツくなるほど効率がアップします)、その気になれば秒間120コマにも対応できる新しい技術を、旧来の枠組みで締め付けるのはアホらしいです。

さらには、こういうのを見て、「煙の作画は、撮影でもできるんだ」と考える輩、「After Effectsを使うのは撮影工程だから撮影費の一環だ」と安直に考える少々頭の弱い人も出てきそうな雰囲気すら感じるので、この10年近くブラックボックスにしてきた経緯があります。内容を理解した方からの依頼以外は引き受けないようにしてきました。

2007年くらいに半ば遊びで作った以下の動画も、After Effectsオンリーです。

*GIFFなので色数が足りなくて画像が荒いです

2014年の今、そして2015年には、どんなレベルに達しているかは、フタを開けた時のお楽しみにとっておきましょう。技術だけでなく、作業コストも映像の内容も、もはや旧来の枠で語れないのは確かです。

新しい技術を前にして、物事を「原動画」や「仕上げ」「撮影」といった枠組みで捉えようとする事自体が、既に誤っているのです。しかし、業界の多くの人々は、旧来の枠組みありきで思考する習慣が根強いので、「だったら別枠で」と考えるようになったのです。旧来の思考でフィックスした現場に、新しい技術・技法を導入するのは、「双方にとってマイナスだ」と悟ったわけです。

実際、原画マンの多くは慣れ親しんだ原画作業しかやりたくないでしょうし、「新しい事をするなら教えてもらわないとできない、やらない」なんていう受け身の姿勢になりがちです。ですから、興味のない人を巻き込まずに済むように、「改変」ではなく「新規」が良いと感じたのです。

しかし、「新規」なのは枠組みであって、人材まで「新規」オンリーではありません。やりたくない人を巻き込まない反面、やりたい人はいつでも参入できるのです。旧来工程の様々な才能・人材は、新規の枠組みにおいても貴重な才能・人材です。

現在の私の感慨として、現業界の構造を保ったまま、新しい技術基盤を敷き直すのは「到底無理」だと考えています。そして、新しい技術基盤を最大限活用するには、新しい構造が必要だとも考えます。新しい基盤と構造において、「原画」「動画」「撮影」といった旧セクションは存続できません。しかし人々の技能は、新しい枠組みの中でも生き続けることができます。

要は、「セクショナリズムで生きる人は滅び」「技能を持つ人が自由に才能を発揮して栄える」構造を目指しているのです。原画マンになったら一生原画作業でしか能力を発揮できない‥‥なんて、作業者個々のライフプランや現場全体の発展からして有り得ないと思うのです。

私は「即戦力」という言葉が嫌いです。私個人の見解‥‥ですが、「即戦力」で人材を募集するのって、募集する側の技術レベルの凡庸さをゲロしているようなものだ(即戦力で何とかなるレベルなんだ‥‥という)と思うのです。私はちゃんと人材を育てたいです。人材の成長まで見越して現場を作りたいです。しかし、今のアニメ制作システムって、「即戦力だとありがたい」システムじゃないですか。‥‥そういうのもあって、別枠で仕切り直したいんですよネ。

プロフェッショナルなアニメスタッフになる!‥‥と心に決めて切磋琢磨した先に、今のアニメ業界システムのPrison Cellしか待ち受けていないのは、あまりにも辛すぎます。アニメーションの能力をもっと幅広く使うために、旧アニメ業界システムとは別枠の、新たなストラクチャが必要なんだと考えています。

足し算、引き算

私がこのブログで書いている「未来展望」って、予知とか直感というよりは、単純な四則演算なんですよネ。「1+1は2です」と書いているだけです。

例えば、今の業界のワークフロー、制作システムが、4K60fpsに対応する場合、fpsは24のままで保留したとしても、さすがに解像度くらいは多少アップせねばならなくなるでしょう。つまり、追加要素が発生するわけで、それすなわち、足し算です。

しかし、業界の暗黙の総意としては、「1+1は、1のままであってほしい」と願っているような状態ですよネ。予算が大幅にアップしない限りは、作業の密度が格段に増える4K解像度にはネイティブ対応できない‥‥と誰もが考えているはずです。しかし、ただでさえ制作費のかかるアニメに、より一層の破格の費用が上乗せされるのも考えにくい‥‥とも思っているでしょう。ですから、要素が追加されると判りきっていても、今の予算規模ならば「今のまま、作業量が増えない」ことを願うわけです。‥‥誰もが、「1+1は2」である事などすぐに計算できるのに、願望が作用して、「1+1は1のまま」という「不正解」を胸に抱き続けます。

でも、「不正解」は、どこかの段階で露呈する事となり、必ず「正解」へと修正されます。その「修正」の際に、どんな事が起こるか‥‥も、四則演算だけで試算できますよネ。

ここ20年で大幅に絵が細密化した日本のアニメ、DVDやBDや配信などで何度も繰り返し再生される状況、高品位へと移行する映像フォーマット、高品位フォーマットにネイティブ対応する新しいタイプのアニメ(=競合の出現)、物価の移行と世間の意識変化‥‥など、いつくかの大きな要素を現状に足し引きすれば、自ずと「作業現場の未来像」が(多少の誤差はあったとしても)演算できるでしょう。

演算する際に、「願望」というバイアスは作用させてはイケないのです。フィルム撮影台もセル絵具もすべて消滅した現実を、今一度、思い出して、「今まで続いたものが簡単に消えるわけない」とか「自分の作業が無くなるなんてありえない」などの願望や慣習を盛り込まずに、クールに演算する必要があります。‥‥でなければ、甚だしく値の違った不正解が導き出されてしまいます。

私が試算するに、今のアニメ業界の制作技法とシステムで対応できるのは、4K24/60fpsまでだと考えています。8K120fpsにはさすがに8K48/120fpsくらいにはベースアップしなければなりませんから(人間の視覚上の生理的な問題で)、今のままでは無理です。4K24/60fpsが今の業界システムの最終地点でしょう。‥‥これは私の意思ではなく、単に演算上の結果で‥‥です。

演算には業界自身だけでなく、周囲の要素も加味されます。業界が「企業努力」で今のシステムの基本設計を保ったまま高効率化を実践しても、全く新しい方式でより高詳細な絵と高密度な動きで台頭する競合の存在や、世間の「最新技術への順応」が作用して、自助努力でも打ち消せないマイナスとして演算に盛り込まれてしまいます。

現在の空港がジェット旅客機で埋め尽くされているように、または、現在の道路に馬が走っていないように、時代はどんどん古き良きものを追い出して新しいものへと置き換えていきます。今のアニメだって、何かを置き換えて台頭したのですから、文句は言えません‥‥よネ。

簡単な演算だけでも見えて来る、制作現場の未来。例え辛辣な演算結果であったとしても、それを直視する事で、別の切り口・戦術や戦略もイメージできると思います。逆に、願望で演算結果をねじ曲げ続けていると、どんなヤバい現実が待っているかも、イメージできますよネ。

私は日頃の様々な作業や独自研究の結果を踏まえて、今の業界システムのまま、4Kに対応させるメソッドが(どのように取り仕切れば良いかまで具体的に)見えています。今のアニメよりもかなり繊細な仕上がりが実現でき、4K60fps放送で見ても普通に見られるレベルに「今のシステムを少し改良するだけ」で仕上げられます。しかし同時に「それが今のシステムの限界だ」というのも見えています。願望を織り交ぜずに、冷淡に演算すれば、色んなものが見えてきます。

演算によってマイナス要素が予見されたとしても、それは違う見方では、「事前に改善できるチャンスを得た」という事でもあるのです。「クールに計算しちゃうと、近い未来のツラい現実が見えちゃうから怖い」‥‥だなんて、まるで「ヒトラー・最後の七日間」じゃないですか。‥‥心中したくないなら、果敢に計算しないと‥‥ネ。

駆逐機のお話

私は小さい頃から飛行機、特に軍用機が好きなのですが、そのきっかけとなったのは、小学校1年の冬に同級生から見せてもらった「衝撃降下90度」という松本零士氏のコミックです。つい最近、「サンデーコミックス」の「戦場まんがシリーズ」旧版全巻を古本でまとめ買いしましたが、特にプレミア価格へと高騰していなかったので入手しやすかったです。

最近発掘されたネガの記念写真の中に、小学生6年前後の私の学習机が写り込んでいる写真がありましたが、机の上に「桜花」が置いてあるのをみて、何とも言えないビミョーな気分になりました。‥‥親戚の記念撮影のタイミングに「桜花」‥‥か。



アンドロメダも見えますネ。中央のカセットテープは、そのデザインからして、コロムビアのアニメサントラシリーズでしょうか。アサヒペンは何に使ったのかナゾです。まさか、プラモに使うはずはないし。‥‥それに何か、領収書らしきものがマグネットで貼り付いています。‥‥今、見ると、現在の自分を要約したような机‥‥ですネ。

この桜花は単品ではなく、一式陸攻とセットのプラモだったはず‥‥ですが、たしかに、同じネガにありました。



米軍のガンカメラ風の映像‥‥ではなくて、単にシャッター速度が長くて手ブレしただけの事‥‥でしょう。絞り全開・低速シャッターでも露光不足でグレインが荒いのがなんとも。‥‥今だったら、故意にこういうエフェクトをかけますが。

この頃には悲壮な戦記を何冊も読んで、「軍用機のダークサイド」を知っていましたから、「桜花」のなんたるかは認識していたと思います。小学生とは言え、6年も軍用機とつきあえば、単に外見だけで「カッコイイ!」なんて思えなくなってきますもんネ。

* * *

前置きが長くなりましたが、昨今の4Kに揺れ始めた映像制作業界、特にアニメ業界を見ていると、「駆逐機」の事を思い出します。「駆逐機」とは簡単に言えば、敵国の領空上に侵入して敵機を駆逐する戦闘機の事です。多くは爆撃機の護衛の際に、そういうシチュエーションが発生するわけですが、「護衛戦闘機」ではなく「駆逐機」という呼び方なのも注目したい点です。

駆逐機は「戦争をしていない、戦間期」に考案されたジャンルです。Wikipediaから引用しますと、

1934年秋、ドイツ空軍は当時世界的に流行の兆しを見せていた、爆撃機に随伴してこれを護衛でき、敵迎撃戦闘機を制圧、あるいは強行突破し強行偵察や地上攻撃を行い得る多目的長距離双発戦闘機(重戦闘機)を求め」

「「駆逐機」(ツェアシュテーラー / Zerstörer)と命名され」

「長距離を飛行する燃料を搭載し、そして長距離を飛行するが故に航法士を要することから、また十分な武装を積載したいことから、双発かつ乗員は複数とされた」


‥‥とあります。

メカに造詣の深い方なら、「欲張りすぎでどっちつかずの戦闘機なんて、使いものになるの?」と考えるでしょうが、まさにその通りで、日進月歩の航空技術と「戦間期の頭でっかちな思考」が合体した事により、戦闘機としてもダメ、攻撃機としてもイマイチな飛行機が各国で開発されました。ドイツの開発した駆逐機「Bf110」は、バトル・オブ・ブリテンでは、「戦闘機の中の戦闘機」とも言えるイギリスのスピットファイアに太刀打ちできず大損害を被り、本来「戦闘機を駆逐する、もっと強い戦闘機」であるはずの駆逐機が、単発の戦闘機(Bf109)の護衛を伴う‥‥という本末転倒な作戦運用となっています。



注目すべきは、各国のエリートたちが「そのダメダメな設計思想の産物」をしのぎを削って開発していた事です。そしてもっと注目すべきは、その開発時期が「戦間期」、つまり戦争の無い時代だった‥‥という事です。

まあ、この「駆逐機の顛末」については、色々と考察すべきポイントが沢山あるでしょうが、わたし的にひと言で言えば、「戦闘機を作ろうとした」事が敗因だったと思うのです。もう少し言葉を付け加えるとすると、「戦闘機というジャンルだけが一人歩きして、戦闘機に都合の良い戦争を想定した」事が、そもそもの敗北の原因だったと思います。「平和な時代に、会議室で生み出された戦闘機」とも言えるかも知れません。

「空を制す事のできない制空戦闘機」を各国の専門家たちが熱心に開発していたのは、まさに「笑えない、明日は自分たちの身」のお話かも知れません。戦間期というのは、言わば「戦闘のない期間」なので、「勝敗の結果」で命運が左右される事がありません。ゆえに、「結果」よりも「手段」のほうにウェイトが大きく傾くようです。「戦争に勝つための武器」ではなく、「武器が活躍するための戦争」にいつしかベクトルが偏向していきます。

ここまでお読みいただければ、このたとえ話の意図はお判りでしょう。現在は言うならば、「第二次ハイディフィニッション戦争」間近の「戦間期」なのです。アニメ業界的には同時に、「第二次デジタル戦争」前夜かも知れませんネ。戦間期の「平和ボケ」した今に、「駆逐機」のようなソリューションを机上で作り出そうとしている‥‥のだとしたら。

私がアニメ業界の「第1次デジタル戦争」に参戦した1996年の頃も、(前回ちょっと触れましたが)似たような雰囲気でした。まだ数少ない「デジタル」の現場ではありましたが、「デジタルで作る」事をテーマにしているスタンスが目についたものです。「アニメを作るためにデジタルを使う」のではなく、「デジタルを使うためにアニメを用いる」ような感じ‥‥とでも言いましょか。

4Kも同じ‥‥じゃないですか。「時代の波に乗り遅れないように、4Kでアニメを作る」‥‥って、それはすなわち、「時代に乗り遅れない事がテーマ」なんですよネ。アニメ作品そのものは二の次、三の次‥‥なんですよネ。

業界の内輪の都合で出来上がった「4K対応アニメ」。‥‥
そんなんで勝てるわけないじゃん。

私が4K8K、48f〜120fpsの、未来のアニメーションに熱中しているのは、それそのものが残りの半生を費やしても全く惜しくないほど「刺激的」で「豊潤」だからです。「時代に乗り遅れたくない」などという安っぽい打算で動いているわけではありません。「今まで見たことの無いようなアニメの映像が、どんどん作り出せる」という強烈な武者震いを感じるのです。1996年頃の「第1次デジタル戦争」を遥かに上回るムーブメントをヒシヒシと実感できるのです。

私にとって、アニメとは「絵が動いて話を紡ぐ」ものです。ですから、旧来の段取り〜原動仕や背景や撮影は必ずしも必須ではありません。「アニメとはこういうものだ」という凝り固まったジャンルを解きほぐし、昨今のコンピュータや4K8Kのリソースを最大限活用しながら、アニメについて柔軟に取り組んでいくべき‥‥と強く実感します。これは「駆逐機のハマったドツボ」からの教訓でもあります。

「戦間期」の今、もし、「4K」や「デジタル」の流行だけが気になってアクションしているとするなら、または「アニメ」というジャンルを凝り固めて、その延長線上に未来を投影しているのなら、おそらく「駆逐機」と似たような顛末が待ち受けている‥‥と私は考えています。


‥‥とまあ、ここまで書いておいてなんですが、実は私、駆逐機「Bf110」は好きな機体のひとつで、リビングの飾り棚にダイキャストモデルを飾っております。Bf110は駆逐機・制空戦闘機としてではなく、高速汎用爆撃機・夜間迎撃戦闘機としては魅力的な機体なのです。‥‥もしかしたら、そんな事も歴史は教訓として教えてくれているのかもしれません。「失敗転じて成功となす」方法も。


 

雑感

4K60fpsの足音がすぐそこまで近づいてきた今、私がフォーカスしているのは、「何を使うか」ではなく、「何を作るか」です。

新しいムーブメントが起ころうとする時、ツールの話で盛り上がるのは少々キケンなんですよネ。「受け手不在の内輪受け」に偏向する可能性が高いから。

私が1996年に本格的に参画した時もそんな雰囲気‥‥でした。絵が不在なまま、「ツールを何を選んだら良い」だの「制作システムがどうだの」と言った話題が先行していました。‥‥とても、今と雰囲気と似ていたのを思い出します。

歴史は繰り返す‥‥と言いますが、「現時点で何をすべきか」、「今、必要なのは何か」‥‥も過去から学べそうです。

地ならし

YouTubeが60fpsに対応したことは、単に60fpsのモーションに人の目が慣れていくだけでなく、再生環境の底上げも即す効能もあるでしょう。4Kの48〜60fpsを再生するには、そこそこの環境が必要ですから、まずはYouTubeのHD60pが「地ならし」してくれるのは、とても好都合です。

2K以上で60pが再生できるか否かは、結構幅広い分岐点があります。
 
  • 動画がちゃんと60pでエンコードできているか
  • そもそも動画のオリジナルが60pの内容か(30pをアップコンしてもフォーマット上は60pになるので)
  • 映像再生ソフトウェアの設定は60p対応になっているか
  • PCのシステム上におけるディスプレイ・モニタの環境設定は60Hz以上になっているか
  • モニタ本体は60Hz以上で動作できる性能か
  • PCとモニタを繋ぐ形態は60Hz以上が可能な接続方式か(2.5KでDVIシングルリンクだと30p止まりです)
  • そもそもPCが2K以上の60pを再生できる能力を有しているか(上記の全てをクリアしても再生落ちする‥‥など)
    • CPUの速度
    • データストレージの転送速度(ローカルデータの場合)
    • ビデオ性能
    • メモリの容量
    • システムのバージョン(機能拡張のライブラリなど)

‥‥まだあるかもしれませんが、ざっと挙げただけでも、これだけのトラブルシューティングの項目が思い浮かびます。少なくとも、上記全ての項目をパスしないと、2K以上の60p動画は再生できません。マシン本体で言えば、5年前くらいの低価格PC向けのCore2Duoくらいの性能だと恐らく脱落すると思います。DVIはガッチリとしたケーブルとコネクタで安心感がありますが、どんどん時代から取り残されているので、DisplayPort系(Thunderboltなど)かHDMIに切り替わっているかもポイントです。一体型の端末(ノートPCやタブレット)はそれそのものの基本設計が問われます。

普通に考えて、各家庭に2K60p以上の互換環境が浸透しているとは思えないので、閲覧ユーザ数の多いYouTubeで暗黙のうちに環境の性能アップを即す事になるのは、少なくとも私にとっては「良い流れ」です。

物事は最初と最後に用心しなければなりません。4K60pのアニメーション作品の「威力」を、ちょっとずつ更新してダラダラと公開するのは、戦略的には「最悪」です。故意に膠着状態を作り出すのらともかく(それも戦術のうちですが)、打って出る時にはエネルギーを極めて集中させて突破するのが勝利のパターンです。始まり方と終わらせ方で、物事の趨勢は大きく様変わりし、ずっと尾をひくことになります。

世のインフラが都合良く「大攻勢」のタイミングと合うとは限りません。戦術・戦略に例えると、インフラは地形や町並み、世情は天候といったところですが、インフラが進化していけば、「新勢力」にとっては有利な展開となります。逆に、旧式装備の勢力は新しい地形の資質を活用できなくて、相対的に苦戦する(=今まで通りにやっても、見劣りする)‥‥かも知れません。

こうして色々考えると、2014年はまさに4K60pなどの「新世代映像制作」が産声を上げた「元年」だったのでしょう。各所に「新生児」が誕生しているとは思いますが、わたし的には、「今度生まれてきた子は、ちゃんと育てたい」と思っております。

 

YouTubeが60fps対応‥‥してたのね

YouTubeをダラダラとハシゴして見てたら、60fpsと思われる映像に遭遇しました。



調べてみると、今年の10月に60pに対応し始めたそうな。‥‥まるで知らんかったです。

全ての環境で60fpsで再生できる保証はありませんが(モニタの設定が30pの場合とか、マシンの処理速度が足りないとか)、このキレと生々しさは60fpsの特徴です。720p60か1080p60という設定で、データがある程度プリロードされた(=タイムラインのバーが赤くなる)のを確認して再生するのをおススメします。(即座に再生するとフレーム落ちしやすいです)

ただ、「YouTubeが60fpsに対応した」と思って、60pや60fpsで検索したものをみると、今でも明らかに30pかそれ以下の動画も多く紛れ込んでいるようです。YouTubeの「画質」プルダウンメニューが「1080p60」になっていても、本当に60pで動いているかは、自分の目で確かめるしかないです。

上に貼り付けた動画は、最初のカメラブレだけでも60fpsなのがすぐに判ります。手持ちの荒いPANでも、滑らかなのが特徴的ですネ。

60fpsの動きに目が慣れた後で、30fpsの動画を見直すと、30fps映像の世界がかなりモッサリしているのが実感できると思います。そして、60fpsが決して人の目に対してオーバースペックでないことも実感できますよネ。‥‥見慣れると、これ(=60fps)がごく普通になります。

ちなみに、この60fpsの動きの特徴は、アニメにもそのまま反映されます。私は4Kの48〜60fpsで動かすアニメに以前から取り組んでいますが、絵とは言え、60fpsフルで動かすと妙に生々しい動きになります。動きの密度が高くなって挙動が格段に滑らかになるので、絵にもそれ相応の密度が要求されます。(=リアル寄りのデザインだと‥‥です)

なるほど。YouTubeもいよいよ、60pに対応したか。‥‥どんどん、準備が整っていきますネ。

余談‥‥ですが、ベビメタのバンドの方々って、ホントに超々テクニシャンの人ばかりですよネ。なんで、こんなメンツを揃えられるんでしょう。ヤングギター繋がり? 本物志向のイギリスの人たちにウケるのも判ります。Sonisphereのゴツい大観衆を前にして動じる気配のない女の子たちも、相当キモが座っててスゴいですしネ。

片付

重なっていた仕事がどんどん完了して、身が軽くなっていくのは爽快です。何よりも、「xx日までにアップする仕事をやり忘れているのではないか?」‥‥という不安から開放されるのが心地良いです。

スケジュール管理ソフトは前からトライしているのですが、どうにも「スケジュール管理ソフトを管理する」のが嫌になってしまうのです。なので「行事の告知ソフト」以上の使い方はできておりません。‥‥やっぱり、SUICAのように「行動の通過点を記録」して、データベースを自動更新するような仕組みを作らないとダメッすね。atDB(独自の作業データベース)ではそれと似たような事をしていたんですが、アニメ撮影に特化させ過ぎたために汎用性を欠き、撮影以外の仕事ではほとんど役に立っておりません。なので、新しい「atDBx」を策定してはいるのですが、データベースそのものより、そのデータベースを活用するソフトの開発が滞っており(4Kの映像開発の方が比重が重くなったので)、今は昔ながらのやり方で仕事の進捗を把握しております。

一方、仕事が忙しくなると、自宅の部屋が整理できずに、ものがどんどん積み重なっていきます。仕事を終えて部屋に戻るたびに、その荒廃ぶりにウンザリします。散らかっている事にウンザリするのではなく、作業スペースが散らかる事により、空間単位の生産性が落ちることに気が滅入るのです。

だったら部屋を片付ければ良い‥‥と思いがちですが、片付けるのはNGなんすよネ。片付けるのではなく、整理しないと。

片付けちゃうと、わけがわからなくなります。確かに、物品を片によせて、中心を空ければ、作業スペースらしき空間が捻出できますが、どこに何をしまったのか解らなくなり、作業のストレス・妨げになるのです。「理にかなった整え方=整理」をしないと、道具を探し出すためだけの目的に、アホみたいに時間を消費します。空いているスペースに物をどんどん「片付けて」いって、当座は「奇麗になった」ように見えても、後で「アレはどこにいった?」と探して引っ掻き回す‥‥のは、まさに「その場限りの奇麗さ」だけの行動だと悟っております。

‥‥のような事を書くと、私はとてもエレガントに整理が出来る人間のように見えてしまうのですが、全く逆で、放っておくとどんどんカオスへと作業場が溶解していきます。なので、「整理」は私のオブセッションなのです。USBカードリーダーと爪切りが同じバスケットに入っているのを見ると、自分の素性を呪わしく思います。

仕事の幅が増えると、道具も資料も増えます。つまり、物が増えていくわけですが、「片付けるのではなく、整理する」方法、しかも日本の限られた住宅事情の制限の中で‥‥となると、結構な難題です。アニメーターの仕事だけだった昔は、少なくともUSBケーブルやHDDの置き場に悩む事もなく、こもる排気熱のサーキュレーションに神経を使う事もなかったのですが、今は増えた物品の秩序を保ちつつ、作業スペースを捻出しなければなりません。

私の考える未来の作業者は、いち行程ではなく、多岐に渡る作業内容を請け負う事を前提としています。作業スペースは様々なリソースで盛り沢山になります。つまりは、未来の現場を作るには、卓越した「整理の技術」も求められている‥‥のですが、そう簡単に「理想の整理」など達成できません。インテリアの通販雑誌のような「机で仕事をしない人の部屋」ならともかく。

「理にかなった整え方」の「理」の基点を何と定め、「理」に基づいた動線やエアフローまで考慮すると、まるで複雑な「多次元パズル」のようです。‥‥この難題とは、もうしばらくつきあう事になりそうです。

iMac 5K、2ヶ月目

先週に4本の仕事をフィニッシュしましたが、今でもまだ数本の仕事が同時進行中で、中々に忙しい日々が続いております。ただ、特殊なニーズとミッションによる技術的・メンタル的なビッグウェーブなので、私の性には合っています。量のプレッシャーは歳を喰ったら心身ともに堪えられないものがありますが、質のプレッシャーなら全然平気ス。

今の私の「悪魔くん」(=前回ネタ)は、ゴミ箱MacProと2.5K EIZOモニタ、そしてiMac 5Kなのですが、両方とも「契約内容」に違わぬ働きを見せてくれています。MacProは最近60K(何かにつけて「K」を用いるのは、やや辟易気味ではありますが)の仕事をごく普通にこなしましたし、iMac 5Kも4Kムービーを「当然の事のように」サクサク処理しております。

ただ、EIZOモニタが繋がっているMac Proはともかく、iMac 5Kは、モニタの基本性能に若干の心許ない要素があります。フォーカスはカッチリしているし、色は無理にケバくないし、画面隅が変色したり明るさが変わる事もないし、もちろん60pは確保されているし‥‥で、一見「十分な性能」のように感じられます。

しかし、諧調表現に少々「息切れ」が見え隠れし、EIZOや(今は亡き)三菱のモニタと比べて、プロ用途での一定条件下で「弱点」がちらほら表れます。私のようにプロダクションでの最終出力を担当している人間の目から見た際に、「シビアな場面でちょっとヘタり気味の傾向にあるな」と解る程度の僅かな弱みなんですけどネ。

諧調の狭い箇所(うっすらと明るくなるグラデとか)に明暗の変化があると、トーンジャンプがやや目立つ傾向にあります。まあこれは、iMac 5Kだけの責任とは言えず、各色16bit演算10bit出力の段階で既に「キワキワ」な画像・映像にしちゃってるのも原因です。画素の色相・輝度の拡散が単純になりやすいアニメや3DCGなどの映像に発生しやすいです。

考えようによっては、iMac 5Kでトーンがジャンプする映像は、相当ギリギリな状態とも言えますので、「映像の耐障害性」を自分らの作る映像クリップに持たせる事も考えた方が良いとは思います。iMac 5Kでトーンジャンプしている映像は、EIZOなどのモニタで見ても、「よく見ると元から出てるね」と確認できるので、iMac 5Kのモニタ性能はトーンジャンプを「強調」する傾向にあるのでしょうネ。

とまあ、色々とあるものの、今のところの総合判断では、iMac 5Kにコスト面で勝る4K制作環境は思い浮かびません。EIZOの20万円の4Kモニタは魅力ではありますが、マシン側のスペック(特にビデオ性能)と繋ぐ形式(4K60pが最低確保できる形態)で不安要素がつきまといます。少なくとも2014〜2015年前半は「買えばそのまま、4K映像制作がすぐに始められる」安心感を持つのは、iMac 5Kだけだと思います。買い揃えてみたものの、30pまでしか再生できなかった‥‥なんてオチは、多額の銭失いになりかねないですもんネ。

iMac 5KにEIZOあたりの10万以下エントリクラスの2〜2.5Kのサブモニタを繋いでおいて、「何か変だな」と感じたら5KとEIZOで確認する‥‥というのが、当座はてっとり早い対処法でしょう。私の自宅では、1920x1080のパネルを持つモニタがゴロゴロと余りだしているので、それを使えば良いかな‥‥。

一方、4Kそのもの‥‥についてですが、4K60pは一度馴れてしまうと、もう1920x1080のHDには戻りたくなくなります。正直なキモチとして。

絵がボケて見えるので、まさに「古い」感じがしちゃうのです。何よりも、頻繁に目視するテキストフォントがボケているので、ストレートに不快感を感じてしまうのです。ボケていない適度にシャープなフォントは、格段に目の疲労を軽減してくれる事がわかりました。

今の1920x1080のHDが出始めた時、SDとは言えVHSテープより格段に奇麗になったDVDを基準として、「HDなんてオーバースペックだ。SDのDVDでも十分奇麗だ」という文言を、私は何度も耳にしました。しかし、今、SDオンリーの世界に戻れる人はごく僅かだと思います。‥‥それと全く同じ構造が、今度は「2K to 4K」で繰り返されるのだと思います。「画面密度が高くなって、動きがちょっと細かくなった程度」のように思う人もいるでしょうが、そういう思考もHDへの移行期の再現です。

4K環境を使い続けてみると、当初のプレミアム感などさっさと忘れ去り、身体が馴染んでしまうようです。これは、私だけでなく、4K環境を手にした他の人々も等しく感じる事だと思います。‥‥常識なんて、簡単に塗り変えられていくもの‥‥なんでしょうネ。

 


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