「繋がり過ぎ社会」

‥‥という言葉を聞いて、「つながる」をマイナス要素として語る論調も出てきたんだな‥‥と、ちょっと安心しました。「接続過剰」なんて言い回しもあるのネ。

地域によっては、「子供は午後9時以降にスマホ禁止」なんていう自治体もあるそうですが、意外にも、子供の中には「それでOK」な意見も多いとか。「ネットワークでのやり取りがいつまでも終わらず、‥‥かと言って、抜け出すと、仲間はずれにされる」ので、自治体に時間制限を設けてもらうと、子供らに「抜け出る理由」ができる‥‥らしいです。

何だ、子供たちも「めんどくせえなあ」と思ってんのネ。今は、スマホが普及したお陰で、嫌でも「輪に入る事を強要」されるんでしょうかネ。‥‥それって、凄い不幸な事ですね。

私は子供の頃から、「人の輪の無為の悪意」が嫌いで、ぶっちゃけ、「関わりがめんどくせえなあ」と思っておりました。でも、私には「大親友」と呼べる友が、子供の頃(高校も含む)にいました。人の輪に入らないと、友達が出来ないなんてウソだと思います。

「人の繋がり」って、スマホで接続すれば得られる「即物的なもの」なんでしょうか? 私は、そんなレベルのものまで、「人の繋がり」だなんて思いたくないのです。スマホのデータ通信程度の繋がりなんて、状況次第で簡単に「切断」されると思いますよ。‥‥そんなのでも、人は「繋がり」が欲しいんでしょうかネ。

「人の繋がり」とは、心の隙間を埋める「暇つぶし」なんでしょうか。

私は過去に3人、とても身近な同僚(‥‥「同僚」と言う単語を改めて使うと何だかよそよそしいですが)を病気で無くしております。文字通り「同じ釜の飯を食べた」、同じ室内に並んで座って苦楽を共にした仲で、3人の当時の表情は今でも鮮明に思い出す事ができます。私はその3人が地上から消えた今も、「心のどこかで繋がり続けている」と感じるのです。スマホのデータ通信で繋がるよりも、ツイッターで繋がるよりも、より深い繋がりを。

私が「アート」に逃げたくない理由、意地でも「商業アニメーション」に拘る理由は、その3人の存在が大きいのです。みんなさ‥‥、なんだかんだ言っても結局は、アニメが大好きな仲間だったから。

心で繋がっている‥‥という確信には、スマホもSNSも必要ありません。


「別に何でもいいけど、今はスマホが便利だから」って言う人は、冷めた視点で距離を置いて接するだろうし、ツイッターやLINEなどに過度な期待もしないでしょう。周囲に強要する事もないでしょう。私は今以上にイベントを増やしたくないのでSNSと呼ばれるものには手を出していませんが、周りから「使用を強要されて困った」事は1度もありません。まあ、みんなオトナだからネ。

でもねえ、防御手段の少ない子供は、正直、気の毒だよねェ。LINEをやらないとシカト‥‥だなんて、阿呆みたいな価値観の中に、嫌でも放り込まれるからネェ‥‥。さらには、子供の頃の「友達との会話の思い出」が定型フォントと質の荒い画像だ‥‥なんて、「世の中が便利になっても、何やら不幸」だよ‥‥ねえ‥‥。

若い頃は、色んな人と接して、色んな考えに触れる事は、とても有用な事です。しかし、それはあくまで過渡的なもので、人間の繋がりはやがて、絞られていくのです。人間関係を拡大しても、「信頼できる人」「頼りになる奴」は、ほんのひとにぎりにフィルタリングされます。

私がこのブログでコメント欄をOFFにしているのは、「無差別会話」を避けるためです。素性の解らない匿名の人と会話しても、時間を多く浪費するだけだと思うからです。話すのならば、面会して飯でも喰いながら意見交換すれば良いし、会えないならば、お互いに素性を名乗りあって、メールをやり取りすれば良いと思います。

何か不都合があれば、クモの子を散らすようにさっと引いていく1000人分のアカウントよりも、最後の最後まで粘って共に戦う1人の友のほうが、私は大事だと思うのです。まあ、古風な考えかも知れませんが、私は死ぬまでそれで良いです。

MBP購入

海外での作業に備えて、Mac Book Proの15インチモデルを調達しました。Apple Storeは昔ほどではなくなったにしろ、あまり速いとは言えない配送状況なので、時間的に大きく余裕をとって、渡航までに間に合うようにしたのです。

買ったモデルは15インチの下位モデルで、i7/2.5GHz(BTOでUP)、256GB SSD、16GBメモリと、スペック的には自宅で使っているメインのMac miniとほぼ同程度です。実はMac Book自体、買うのをずっと迷ってたのですが(買うとなるとそこそこの値段はしますので)、「この性能なら映像の自動処理や4Kアニメのレンダリングなど、色々と使える」とキモチを新たにして、Appleローンで買う事にしました。

秋頃にはまた性能がアップした新モデルが出るんだろうけど、今所有するCore2Duoのはもう性能的にかなりキビしいので数週間後の作業には使えない事もあり、まあ、しょうがないか‥‥という感じです。

しかし、今は消費税でドカンと値段がハネ上がりますね。分割手数料と合わせて、4万近くの上乗せです。

私が15インチの下位モデルに即決したのは、16GBのメモリが最初から実装されている点が大きく、CPUはi7で2.5GHzくらいだったら良い‥‥という大雑把な感じでした。15インチに関しては、画面も大きければ、作業もやりやすいだろうと言う判断です。

「今でもメモリ容量に悩む事あるの?」と思うアニメ業界人の方もおられるかも知れませんが、現アニメのコンピュータ周りは「使用メモリが大幅に節約できて軽快に運用できる」ので、映像制作全般から見れば特殊な部類に属するのです。アニメ制作ではない他の映像制作をやってみれば、「今でもコンピュータの性能は全然足りてない」事が実感できます。それでなくても、今のMacOSXはかなりのメモリ喰いなので、8GBメモリだと2K以上の映像制作(アップコンではなくネイティブ解像度で)はかなりキビしいです。ほんとは32GBのモデルが欲しいんですが、無いものはしょうがない。

今回、海外用に買ったMac Bookは、あっちのラボで「何か不都合があった時」用なので、出来るだけ出番が少なければいいな‥‥と思います。ホテルにこもって相変わらずのAfter Effects作業とか‥‥、出来る限り遠慮したいス。

今回はあまりにも大雑把に購入モデルを即決したので、今改めて、Mac Book Proの記事を検索したら、注文の前日に「一斉値下げ」がおこなわれていた事を知り、何ともラッキー。‥‥全然知らなかったけど、たしかに「New」のアイコンがストアの製品一覧にありましたな‥‥。以前、FCP6を買った直後にFCP7が発売された時は悲し過ぎましたが、逆にこういう事もあるんだな‥‥と多少「運」に感謝。

かわいいシュレッダー

私が小学校5〜6年の頃に、兄が「家にロックを持ち込んだ」影響で、兄のエレキギター(グレコのレスポール)を独学で弾き始めました。当時はヴァン・ヘイレンがデビューして間もない頃で、「ライトハンド奏法」がウルトラテクニックとして一世を風靡していました。中学生の頃にマイケル・シェンカーがドラッグから復活しソロ活動、高校の頃にイングヴェイが登場して「速弾きの概念」を大きく変え、まさにテクニカル・ロック・ギター花盛りの頃でした。その後、テクニカルに走る勢いが飽和状態となり、急速に下火となっていきます。

速弾きギターの系譜が流行の水面下に隠れ、後継者が育たないように見えたこの20年余。ハイティーンではなく、7〜8歳の頃からエレキギターを弾いちゃう男の子・女の子が出現し始め、「親から子へ」受け継がれるという形で「系譜が途絶えていない」事をYouTubeで知る事ができます。今の子たちはポール・ギルバートなどのハイテクギタリストがわんさか存在するご時世に生きているので、発達も相応に速く、昔なら高校生レベルで弾く楽曲を小学生の子が弾いちゃったりします。

下のYouTube動画は、音の粒立ちも良く、堂々とした演奏を聴かせる12歳の少年の弾く「テクニカル・ディフィカルティーズ」。余計な手や指の動きや力みがなく、特に右手の安定感がバツグン! 皆、速弾きというと左手ばかり注目しがちですが、実は難しいのは右手なんです。どんなに左手を速く動かしても、正確に右手でピッキングしないと、音が濁ってしまいますからネ。この男の子は、とにかく、音がクリアですネ!



日本の女の子も負けていないです。若干8歳(!)の弾く「スカリファイド」(!!!!)。腕自慢の野郎どもがチャレンジするこの難曲を、8歳の女の子が基本的にちゃんとさらえているのは、超オドロキ。ストレッチのキツいフレーズや、スキッピング(弦飛びのトリッキーなピッキング)を、既にこの歳から身につけているなんて‥‥。



身体に比べて、IbanezのRGシリーズの大きい事と言ったら‥‥。チョーキング時の指の力なんて、成長すれば強くなるので、問題なし! ‥‥しかも、ポール本人(オリジナル楽曲の作曲者・プレイヤー)から、女の子宛にメッセージが届くというプレゼントまで!



しかし何でしょう、こうした子たちが世に出てくるという事は、もともと「家にShredding仕様のエレキギター」があってこそ‥‥なので、親御さんがまずテクニカルなギター楽曲がスキで、実際に自分でも弾く人なんでしょうネ。全く知らないと、自分の子に、まずどんな楽器を与えたら良いかも判断できないスもんネ。

私はIbanezのRGについてはあまり詳しくないですが、8歳の女の子の弾いているギターは、品質の「良いもの」です。お父さんがもともと「ギター好き」なんですネ。ちなみに、本気で子供にやらせるなら、楽器は一定以上の品質の、ちゃんとしたものを与えるべきです。6千円の激安ギターとかは、実は楽器の欠点をカバーできる上級者向けなんです。子供には、最低4万くらいから、できれば6〜8万の標準クラスは与えてあげたいものです。

*IbanezのRGと言えば、兄が廉価な(といっても4万ですが)「RG450」を持っていますが、エントリーモデルでも弾きやすいですよ。自分がいきなり上手くなったと錯覚するくらいに。‥‥思い出しましたがRGは、まだ「アトリエ戯画」があった頃に、「レガシアム」の作打ちに行った帰りに「三鷹楽器」に立ち寄って、試作モデルみたいなのを買った事がありました。私が19〜20歳の頃ですネ。

アクセス

しかし何だ、どんな影響であれ、アクセスが増えるのは良い事です。

結局、ブログにしろツイッターにしろ、人目について読まれるのが目的ですもんネ。

新しい売り

前回、フレームレートの話題の中で、「無段階のタイミング」についてちょっと触れたのですが、私はその他、「解像感に余裕のある絵作り」なども合わせると、「新しい商売」が出来ると考えています。

ノッポさん、もとい、ジミー・ペイジが、歴代のレッドツェッペリンのアルバムをリマスターした記事を新聞で読んだのですが、ツェッペリンに限らず往年のバンドの音楽ネタは「息が長くて、羨ましいなあ‥‥」と思います。

アニメでそういう事はできんもんかネ。‥‥と、前々から考えているのです。

なので、私は「折角苦労して作るアニメーション作品なんだから、当時のギリギリレベル(下方向に)で作るのではなく、今後の展開が膨らむように作りたい」と色々と計画しています。

ただし、私がやりたいのはリマスターではなく、メディアごとのエディション、時代の進化に合わせたエディションです。

ごく普通に考えて、スマホやタブレットPCの画面サイズで観る絵作りと、32〜40インチクラスのテレビで観る絵作り、ホームシアターや劇場大画面で観る絵作りが、1つの絵作りでカバーできるわけがないのです。‥‥まあ、今までは、そもそもメディアによってエディションを変える発想があまり前例の無い事でした。(‥‥全く無かったわけではなく、その昔、ターミネーター2は、4:3テレビでシネスコを見るのはあまりにもショボい‥‥と監督が思ったのかは定かではないですが、画面をいっぱいに使える4:3エディション版が出ていましたネ)

とは言え、1つの作品を、様々なフレーミングやカメラワークで多種に展開するなど、今のアニメ業界標準の方式では無理です。もしかしたら、実写作品でも難しいかも知れません。‥‥しかし、新しいアニメーション制作技法ならば、出来そうなのです。もちろん、品質の劣化なく‥‥です。多種展開も同時期にバッとおこなうのではなく、時代の進化に合わせて、です。

48fps版、60fps版、96fps版、120fps版のエディションも、簡単ではないですが、不可能では全然ありません。現業界の「描き送り&タイムシート方式」でこれをやろうとすると、全作画を新作‥‥という到底不可能な取り組みになりますが‥‥。

劇場サイズでは、ピシッとFIXで引き締まったレイアウトで見せるが、iPadサイズではキャラの情感を追うフレーミングで見せる‥‥のような、「大幅にニュアンスの違う」エディションを、新しいアニメーション技法ならば、1つの作品からいくつも作れる予感がします。もちろん、音響は仕切り直しですし、総尺も変わるでしょうが、「よりピュアなリマスタリング」という発想ではなく、「特別エディション」をメディアごとに作るという発想であり、「1つのでエディションからは引き出せなかった別の魅力」を楽しむためなのですから、特に音響はエディションごとに大きく変えるべきとも思います。(音響ニューバージョンの作品経験があるので、不可能では無い事が立証されています)

まあ、まだ構想中の事なので、運用面の裏付けはありませんが、新技術は「それが不可能でない」事を、暗に語りかけているように思うのです。「新技術だからこそ、出来る」という事を。‥‥まあ、旧来の技術で簡単にできるのなら、ここでアイデアを喋る事はありませんしネ。

新しい技術を、古い色眼鏡で取り扱うと、単なる「旧時代の代用品」にしかなりません。新しい技術を新しい発想で取り扱うと、どんどんアイデアが連鎖的に生まれてきます。そこがまさに、「新しいモノ」のたまらない魅力なんですよネ。

FPSの感覚

ツイッターで私の「フレームレート」に関する記事が取り上げられていたので、補足をば。

まず、どのフレームレートが主流になるのか?‥‥については、放送のフォーマットで言えば、30(29.97)の倍で60、そして120がスタンダードになるんじゃないか‥‥と考えています。120fpsに関しては、NHKの頑張り次第のような雰囲気もあるので、当面は60p(59.94)なんじゃないのかな‥‥と思います。

48fpsは、ハリウッドの映画界が支持してきた24fps(23.976)の倍で、映画人にとっては「計算しやすい」フレームレートです。「ホビット」では48fpsバージョンがあるようですが、48fpsがどれだけ普及するかはまだ何とも言えませんし、果たして24の倍の展開〜24, 48, 96とエスカレートしていくかは「映像機材の発展次第」です。

ぶっちゃけ、コンピュータの世界では、32fpsだろうが、27fpsだろうが、55fpsだろうが、ハンパでキモチ悪い数値のフレームレートも作成&再生可能ですから、コンピュータをベースにアニメーションを作ろうと思っている私としては、「何でもこいや」というキモチなのです。ただ「フレームレート欄」には何かしらの数値を入力しなければソフトウェアは機能しませんので、当座は48, 60, 96を想定して作業しています。‥‥ちなみに、After Effectsは「99」でフレームレートが打ち止めですし(なので120fpsはまだ無理)、モニタのリフレッシュレートも60Hzが多いので、現実的なのは48か60でしょうネ。ウラ技を使えば、今でもAfter Effectsで120fpsの映像は作れますが、運用面ではNGです。

前にも書きましたが、私の試作している「タイムシート」には、もはや「フレームレート」のコマ割りがありません。「無段階」なのです。1秒は1.0、2秒は2.0であり、1から2の中間値は、例えば1.333333333のように浮動小数点的に捉えます。そうした「無段階」のタイミングを、60fpsならば60分割、96fpsなら96分割して出力する事になります。ただし、分割点に「決め絵」「欲しい絵」が必ず来るとは限らないので、フレームレートごとの「動きのチューニング」は必須です。‥‥そんな事なので、「タイムシート」とは呼ばず、「アクションシート」「アクトシート」「演技シート」など他の名称を考えているところです。

「無段階」だなんて、とらえどころがないように思えるかも知れませんが、ダンスとかスポーツ、楽器演奏のように、「たゆたう時間を知覚」すれば良いだけです。24コマのグリッドが無いと、タイミングを具体的にコントロールできない‥‥なんていう考えは、実は24コマの世界にどっぷりと浸かってしまった人間の「思い込み」であって、思考をクリアにして、生理的な感覚でタイミングコントロールにのぞめば、案外、「できるじゃん」と実感できるもの‥‥ですヨ。何も考えずに習慣で「3コマ、中3」でシートを書くアニメーターは論外だとしても、ちゃんと自分なりのタイミングセンスを身につけたアニメーターならば、無段階のタイミングも「馴れれば馴れる」と想定します。

人間の目の「知覚能力」に関していえば、30fpsどまりなんて事はありません。1秒間30分割よりも、もっと細かいニュアンスまで人間は知覚できます。テレビに映った情景と、実際に目でみた現実の風景は、「明らかに動きが違い」ますよネ。「自分の目で見た、現実の風景は、現実そのもの」なわけですが、それは、太陽光に照らし出された様々な動きを、非常に細かい分解能で知覚しているという事です。
*ちなみに蛍光灯と太陽光では、肉眼でも動きが変わって見えるので、クリアな動きを見たいなら、太陽光や白熱灯やLED照明の下で実物の動きを観察しましょう。>蛍光灯のチラツキ >フリッカー (注:ここでいう「フリッカー」はアニメ撮影の付けパンのフリッカーとは別ジャンルの話題です)

ハイフレームレートの意義は何か?‥‥というと、画素の高密度化ばかりが進んで、動きの分解能だけが旧来のまま置き去りにされていた状況にようやくメスが入り、映像の動きのクオリティがステップアップする機運が訪れた‥‥という事だと、私は考えています。映像だけ緻密で、動きが何十年も前の30fpsなのは、いかにも不適応ですもんネ。

24や30の秒間分解能というのは、動きがガサガサ・カクカクしない「限界値」あたりの数値です。我々は、長年見慣れた30fpsのテレビに対して、「テレビの映像はそんなもんだ」と無意識に受け入れていますが、NTSCがスタートした数十年前の技術のまま、動きの感覚が留まっているに過ぎません。技術が進歩した現在、テレビのフレームレートが高くなれば、より「目にひっかかりのない、滑らかでリアルっぽい動き」になります。そして、人はそのハイフレームレートに容易に馴染んでいく事と思います。

私が48〜120fpsでウキウキしているのは、まさにその点、「滑らかで現実に近くなる動き」、ハイフレームレートを上手く使えば「キャラがよりナマっぽく」なる事です。私は既にテストを繰り返しているので馴れてきましたが、見慣れないうちは、反って「キモッ!!」と感じるほどに、妙にナマッぽい動きになります。

ただ‥‥です。アニメは描写する対象の特徴を捉えて、誇張と省略を加えて絵を描く「略画」ですので、動きの分解能だけが先走ってリアルになっても、絵のスタイルがついていきません。ハイフレームレートのモーションを「キャラの生っぽさ」に活用するには、「今のアニメの文法」では不適応で、「新しい文法」を作り上げていく必要があります。‥‥でも、その文法作りがまさに楽しいんですけどネ。

いつも思う事ですが、新しい何かに対して、古い感覚で評価しても、「ないない」ずくしになるだけです。古い時代の色眼鏡をかけて、新しいモノを見ても、変色・湾曲して見えるだけです。古い眼鏡を外して、「直に」見ないと。

‥‥とまあ、色々と書きましたが、実は私はフレームレートの移行に関しては、楽観的です。なんだかんだ言っても、皆、見ているうちに馴れて、ごく普通の映像体験になるでしょうからネ。


ちなみに以前、「折角ならハイフレームレートを活かそう!」‥‥と書いたのは、「フルモーションで動かせる新しいアニメーション技法を、見慣れた24コマの動きにする為に、動きを間引くのはやめよう」と言う事でもあります。秒間48フレームで動いているキャラの動きを、36フレームも間引いて「24フレーム2コマごとの動き=秒間12フレーム」にするなんて、‥‥バカバカし過ぎます。現在見慣れているアニメの「ルック」に合わせるために、せっかく滑らかに動いているものを「カクカク」させるなんて、新しい取り組みの中では、絶対にやりたくない事です。

​一方、旧来のアニメ方式をハイフレームレートに合わせて作画枚数を増やすべきかは、わたし的には「あまりやらないほうが‥‥」と考えています。48や60fpsに合わせて、作画枚数を増やす‥‥なんて、ちょっと「予算面」で非現実的だと思うからです。

前にも書いたんですが、現アニメ業界の24コマベースで動かす方式を、そのまま48や60fpsに対応させるアイデアが、ハイフレームレートのモーション研究の副産物として得られています。今のアニメの作り方の基礎的な技術を変更する事なく、4K対応の多少のモデファイを加える事で、60fpsのテレビ放送・次世代メディアにも対応できそうです。60fpsでも安心して「今まで馴染んできたアニメ」を鑑賞できるので、60fps4K時代に移り変わっても、充分、今のアニメ方式は存続すると思ってます。(ゆえに「撮ま!」とかの取り組みを、密かに応援してたりするんですけどネ)

私は、全世界で親しまれるようになった今の日本のアニメに、ハイフレームレートを存分に活かした新しいアニメが加わる事により、「日本のアニメは表現が幅白くて面白い」と、より一層親しんでもらえる‥‥と考えています。

アニメをさ‥‥、1つのお約束で縛りつけて、1つのスタイルに閉じ込めるのって、つまらないじゃん。アニメを今以上に、様々な作風で展開できたら良いな‥‥と思っているのです。

プリン体の「説」

たまに耳にする「鶏卵もイクラも、1つの卵の中に含有するプリン体は1つ。だから、卵の数が沢山あるイクラは、高プリン体の食品だ。」というフレーズ。私も特にプリン体に興味が無かった頃は、「へー、確かにイクラは無数とも言える卵の数だから、プリン体も比例して物凄い事になってるんだろう」と思ってたのです。

みなさんも「イクラなどの魚卵は、プリン体がめちゃくちゃ多い」と思い込んでいるんじゃないでしょうか。

なぜ???

‥‥私もそうですが、ロクに調べもしないで、「イクラはプリン体が多い」と思い込んでおります。イクラのプリン体は以下です。

プリン体が極めて少ない食品
http://tufu.sakura.ne.jp/purinsyokuhin5.html


抜粋:イクラ=4mg, スジコ=16mg, カズノコ=22mg

文献により多少の数値のバラつきはありますが、どの文献も「極めて少ない=50mg以下」にイクラやスジコは属しています。ちなみに、魚卵で多めなのは「タラコ」(121mg)ですが、「納豆」(114mg)と同程度のプリン体の量です。

イクラのプリン体が多い‥‥なんて言い出したのは、誰ですか‥‥。

ネットで調べたら、「枝豆はプリン体が多い」とか、「豆腐は避けた方が良い」とか、「ビールのプリン体は決して多くはないのに、犯人扱いされている」「酒そのものが、尿酸による障害を引き起こす」etc... と、まあ、かなりの混迷状態。何を信じたらよいか、まさに当人のジャッジ能力が試されるわけですが、知識の少ないジャンルほどジャッジが甘めになりがちです。

これに限らず、人というものは、度々、誤情報や事実誤認に「踊らされ」ますよネ。私もすっかり「イクラはプリン体がめっちゃ多いウワサ」に踊らされてしまいました。‥‥でもまあ、イクラなんて高価で、もともと喰えないんですけどネ。

思考の「バックドア」って怖いよネ。「思考のセキュリティ」を白っとスルーして、簡単に入り込む。。。

しかし、こうした事は、映像の制作現場でもよくあることです。‥‥なので、「できるだけ踊らされない」ようにするために、技術と経験の積み重ねが活きてくるわけです。場数の足りない新人ほど、特に作品制作の終盤で取り乱して浅知恵を連発する傾向にありますが(もちろんそうでない人もいますが、全体の傾向として)、そこはそれ、経験豊富な年長者が腰を据えて大局を見極め、作品制作が転覆しないように努めるのです。長(おさ)まで混乱して取り乱していたら、それはもう、絵に描いたような「負け戦」ですからネ。

ちなみに、イクラ。「イクラ自体のプリン体は極めて少ないが、ついつい量を摂りがちなので、コレステロールを多量に摂取するのがマズい」とも。さらには、「かに味噌、ウニなどをたくさん食べ続けるのは避けるべきです。」だとも。イクラやウニを「ついつい量を摂りがち」「食べ続ける」のって、どんな状況?? ‥‥‥一生に一度でいいから、そんな高価な食品、山ほど食べてみたいわ。

フルモーション

通常、アニメ業界で作るアニメは、1秒間24フレームのフレームレートを基盤として、2〜3フレームごとに絵を動かす方法でアニメーションを作っています。素早く動く時や密度のある滑らかな動きが欲しい時は、1フレームごとに動かします。

下図は、ABC列左から「3コマ」「2コマ」「1コマ」で絵を動かした際の「タイムシート」の様子です。24行なので、1秒ジャストです。(24fpsの標準的な仕様)



現場個々で色々と呼び名があるのですが、3コマごとのタイミングを「3コマ打ち」「3コマ落ち」などと呼びます。「打ち」「落ち」のどちらが一般的かは、私もよくわかりませんが、両方とも現場で耳にします。「1コマ」の動きは、ご覧のようにすべてのフレームを絵で埋めますので、「フル」「フルアニメーション」「フルアニメ」「フルモーション」とも呼ばれます。

3コマの動きに比べて1コマの動きは、3倍の絵を必要とします。ゆえに動画とペイントに要するコストも3倍となります。そんな事から、素人さんは「1コマってリッチなんだ」と思いがちですが、1コマの動きだからリッチになるとは全く限らないのが、アニメの奥深いところでもあります。

唐揚げ弁当に唐揚げがいつもの3倍の12個ものってたら、リッチというよりは「クドくてしつこい」ですよネ。1コマの動きも、リッチというよりはクドさ・異様さのほうが目につきやすく、実は「1コマの動きを自然に受け入れさせる」には、相当の「巧妙なやり方」が必要になります。絵の数を増やせばイイってもんじゃないわけです。

一番無難なのは、2コマの動きです。とりあえず、2コマでシートを打っておけば(「シートを打つ」という言い回しがあるので、「打ち」が一般的なのかな、やっぱり。)、「大概何でも動いて見えます」し、現在の適度に省略されつつも目などの重要パーツは描き込みが激しいキャラなどには、ジャストフィットのタイミングでもあります。1コマほどクドくならずに、3コマほどカクカクしない‥‥と言う感じで。

動きの技術が上達してくると、3コマ4コマの動きは刺激的で楽しく思えてくるものです。何でも無難に動く2コマよりも、アニメーターの技量が動きに出やすいので、腕を試したくなってくるのです。ポージングやアウトライン(動かす像の全体のシルエット)が適切だと、3コマ均等の動きでも面白いように小気味良く動きます。「コマ送りアニメの醍醐味」と言っても過言ではありません。私は、昭和40年代の「ど根性ガエル」の、今で言ういわゆる「作画回」の3コマ4コマの楽しい動きに、子供ながらに魅了された記憶があります。

で、本題。‥‥私が取り組んでいる「手描きの絵をコンピュータで動かす」新しいアニメーション技術体系の取り組みは、基本「フルモーション」、1コマの動きです。しかも、60fpsなら秒間60コマの絵で動きます。

「それは何だかリッチですネ」‥‥というのは、半分YESで、半分NOなのです。「1コマは必ずしもリッチとは言えない」と前述した通り、「フルで動けばアニメは全て幸せなわけじゃない」のです。フルモーションだからクオリティが高いとは全く言えませんし、反って「絵の弱点」が浮き彫りになる事すらあるのです。

試しに、48fps4Kのタイミングを「6コマ打ち」にしてみると、それはもう、「既視感」のある慣れ親しんだアニメになります。見慣れた「アニメの動き」になり、落としどころも簡単に見つかります。

でもさ、それじゃ、「何が新しいの?」って話です。やっぱりさ、48や60fps、96fpsを「最初からそうであったように」自然に使いこなしてこそ、新しさが全面に打ち出せるというものです。古巣の秒間8〜12枚の動きに郷愁を抱いていたら、新たな地平など切り開けるわけもなし。

ハイフレームレートの絵作りを前にして、古い頭で取り組む事自体が、既に負けている‥‥と近年は考えるようになりました。「昔とった杵柄」を持ち出してばかりじゃ、どうにもなりまへんよ。何よりもまず、48や60コマの動きに、自分を慣らす事が先決だと、色々なテストを重ねるうちに悟ったのです。

24コマフィルム時代の動きの知識は、基礎を形成する際には絶大なパワーを発揮しますが、ハイフレームレートの世界においてはそのままでは使えません。24コマ時代の動きの知識をもとに、技術を再体系化する必要があると感じています。

実際、24コマ時代にすがらず、潔く開き直って再出発するココロもちで取り組めば、色々なアイデアや技法が発見できるものです。24コマ時代の技術に自信を持ち過ぎていたために、「足下にある、そんな簡単な事すら気付かない」ことだってあるのです。フレームレートに対する感覚を、24コマに縛られず、もっと自由に開放すれば良いだけの話です。

でもま‥‥、大変なのは事実です。成すべき積み上げるべき多くの事柄に対して、私は最低でもあと100年くらいは寿命が欲しいです。

新しいフォーマットに基づく、新しいアニメーション作りは、とても刺激的で可能性に満ちています。現状を崩したくない人まで誘おうとは思いませんが、アニメーション作品にまだ多くの可能性を見いだせる人たちとは、いつか一緒に仕事をしたいものです。

1人で千枚

私が確立しようとしている新しいアニメーション技術は何種にも渡るのですが、「手描き」を核としたタイプは「本命」としている技術です。

手描きの良いところは色々ありますが、専門的なところで一番大きな点は「画角フリー」だという点です。この「画角フリー」の長所は、実は絵だけ描いて生きてきた人ですと、あまり実感できない点でもあります。‥‥何故かって、絵を描く時点で既に「画角フリー」を天然で実施しているからです。

実写のカメラや3Dを実際に自分の手で操作すれば、イタいほど解ると思いますが、例えばキャラですと、画角で顔なんぞ大きく様変わりしてしまうのです。画角とカメラの高さや傾きが組み合わさると、カメラの狙い方次第で「キャラデザイン」は劇的に変形してしまい、キャラ崩れをおこします。

3Dや実写を知らない人ほど、「キャラが崩れるのは絵だけで、実写や3Dは完璧だ」と思いがちです。何の根拠も無しに、「現実はイメージ通り」と「頭だけで考えて」しまいます。‥‥ちゃうのよ‥‥、実写でも3Dでも「奇麗に」「可愛く」写るカメラの狙い方があって、雑にカメラを扱うと「すんごいキャラ崩れ」をおこすんです。実際はさらに、照明が重要な要素としてプラスしますから、実は実写や3Dのほうが、「理想を具現化するのは、高いテクニックと経験が必要」なのです。穴の多い理詰めで突き進んでも、美しさは得られません。

一方、絵はどうでしょう。レンズの口径とかカメラ位置やシフト・ティルトとか関係無しに、自分の思うように描けますよネ。‥‥というか、自分の思うようにしか描けない‥‥とも言えますが。

例え、17mm(ライカ判換算で)の超広角レンズのレイアウトでも、顔の中身はいくらでも「手加減」できます。‥‥これって、絵の最大の特徴なんですよ。「自分の理想空間に全ての要素を矯正できる」と言う。

いくつもの異なる画角を、如何にも自然な雰囲気で、1つの絵、さらには1体のキャラに混在させる事が可能です。体は広角、顔は標準レンズ‥‥みたいにネ。

この利点はキャラだけでなく、背景やメカにも活きます。私は実写背景を用いる際にも変形をかけて「収まりが良い感じ」の「生理的に受け入れやすい」細工を施しますが、それは人間が「像を知覚するプロセス」を「愛想の無い単眼レンズの風景」に加えるためです。メカも「ある程度は形が正確なのが好ましい」んですが、作品に登場する際は「かっこよく見える」ように「見た目の状況を演出」するのです。

絵は、頭の中に既にあるイメージをドンと定着させるには、良いジャンル選択なんですよ。スタートの時点から自由に作れるから。

でも大きな欠点もあります。「物量に弱い」‥‥ことです。コピー機やプリンタのように、ひとりで1分間に何十枚も「出力」できませんよネ。絵を描く事は、とても時間のかかる行為です。

絵を動かすアニメーションにおいては、「絵を動かす為に必要な枚数を描き上げる」のがまず大変です。業界の皆は「既存のアニメ作画インフラ」が整って機能しているから、「今回は8千枚かかった」とか平気で言いますが、よくよく冷静に、業界ブレせずに考えてみれば、「8千枚も描くなんて、尋常な作業では無い」ですヨ。しかも、全部違う絵を8千枚で、奇麗に動く「連続画」になっている必要があります。

もし自分1人で8千枚も描くとなったら、どうでしょうか。口が裂けても「普通な事だ」とはいわないはずです。個人では到底無理な作業規模なのは言うまでも無い事で、ゆえに、お金が足りないと言っている割にはお金のかかる「人海戦術」で今までずっとこなしてきたのです。物凄く大変な事を、先人の構築したアニメ業界システムで何とか捌いているに過ぎません。

私は、自主作品のPV制作において、自分で動画をやろうと考えた事も「その昔は」ありました。でも、500枚ですら、本業の傍らの少ないプライヴェートな時間では、描けたもんではありません。もし500枚描いたとしても、クオリティが犠牲になっていたと思います。実際、アマチュアの作るアニメは、「動画」工程のクオリティがプロとは比較できないほど低いですが、それは単純に「作業内容がとても大変なので、品質に影響が出やすい」のです。

私は日頃から「どのくらいの線画だとクオリティを叩き出せるか」を知っておりますから、そのクオリティを維持した上で、例え500枚でも自分で描くのは、非現実的だと思いました。最近はアニメーター業から離れているとは言え、私とて、版権レベルの清書は今でも出来ます。しかし、それを500枚、1000枚、5000枚‥‥と、個人で量産するのは、「到底、無理なプラン」です。

しかも、動きをもっと違う内容に変更しよう、中枚数を増やそう(タイミングをゆっくりにする)‥‥なんて言い出したら、もう個人では「ドウガ、ダメ、ゼッタイ」‥‥ですヨ。

で、私が技法の確立を急いでいる、新しいアニメーション技法。‥‥それは、上記の「量産の問題を解決する」ものです。

まあ、その技法の内容を話すと、聞いた人は大体「ひく」んですが、いやいやいや、繊細な動画を数千枚、数万枚、数十万枚描く事に比べれば、遥かに運用可能な見込みがあります。しかも、原画を描いた本人の線のニュアンスや、イラストレーションと同じ絵画表現のまま、動かせるんですから。‥‥もはや、線とヌリ分けの「アニメ絵」である必要もないです。

「そんな無理しないでも、既存のインフラを使えば良いじゃん」‥‥と思われるかも知れないですが、既存のインフラを使う限り、既存の縛りからは解放されないのです。企画も映像表現もコストも、何もかも。‥‥つまりは、今のやり方を続ける限り、今以上には幸福になれない‥‥ということです。

「アニメを作るには、方法は一択のみ」‥‥そんな状況から抜け出るチャンスが、新しい技法にかかっている‥‥と強く意識できるがゆえに、自費を使いまくって研究を進めているのです。業界が長年甘んじてきた「プランテーション状態」から抜け出るための、唯一の方法とも思っています。

‥‥まあ、そのかわり、After Effectsを自分の手足のように扱えないと、動かすのは無理‥‥でもあります。もちろん、アニメーション作画の技術と知識は必須です。つまりは、「現業界には非常に少ない人材」です。‥‥でも、私は新人育成のメソッドも含めて「技法」だと思っていますので、時が来れば、逐次進行していけると予感します。‥‥それにさ、動画スタッフだって、育成をちゃんとやろうとすれば、もの凄い大変なんですから、要はどこに「大変さのコストを割くか」という事だけです。

私が今、準備しているのは、「その方法で出来ると言う事実」です。その為には、まとまった数の「ユニークな映像」が必要です。Flashや市販のアニメーション制作ソフトとは一線を画す、「どうやって作っているのか謎」の様々なニュアンスの映像を、「これは確かに、4K以上じゃないと無理だよな」と納得できるものとして、‥‥です。

ズレ

私は現在、「アニメの撮影」という作業をほとんどしておりません。10年以上前の「撮影と呼ばれるセクションにまだ表現の伸びしろがあった頃」ならともかく、今の「アニメ撮影現場」には他のジャンルの映像技術やコンピュータの能力を映像表現に活用できる場面がほとんどない‥‥と感じられるからです。もっと言えば、同じアニメ現場の技術であっても、撮影セクションと他のセクションの技術は「効率重視」ゆえに隔絶されており、「技術を相乗的に発展させる」気運が消え失せて久しく、色々な作業を経験してきた私の技量を活かす場面も無いから‥‥です。「撮影は撮影の部署だけで技術を完結させる」「面倒な作画の要素を、3Dや撮影に代行させる」みたいな事しかおこなわれなくなった現場の状況との隔たりが、戻せないほどに決定的になってしまった‥‥のでしょうネ。

パラとフレア、ハイライトにグロー、ソフトフィルター。‥‥絵作りと言うよりは「段取り」と言ったほうがピッタリ来る「定型作業」。パラやフレアって、本来は「明暗や色彩のレイアウト」の「作図の手段」として使うものなのに、今は「これがデジタルアニメのお約束」って感じです。低解像度の2値トレスを誤摩化すためには、ある程度は仕方ない‥‥とは思うんですけど、「業界の総意」として、この方法を未来もずーっと続けていくつもりなのかな‥‥。

「お約束」が出来上がってしまった映像表現‥‥ゆえかも知れませんが、最近の「突出した個性を嫌がる」傾向も、私はどうにも好かんのです。協調性だけがウリの人材を求めていながら、一方で「新しいアイデアが欲しい」‥‥なんて虫の良い話だとも思いますしネ。予定調和の人材から出てくるアイデアや完成物は、やっぱり予定調和の域を出ないものです。4Kアニメに取り組んでも、冒険をしない無難な人材でスタッフが構成されていれば、「大きなサイズのSD時代のアニメ」になるのは、どうしても避けられないですよネ。
*注)SD〜地デジに移行する以前、ビデオ解像度が「720x480(486)」ピクセルサイズだった、今となってはミニサイズのDV/DVD(D1)規格

自分の能力に自負がある人間は、アマチュアや新卒であろうが、それなりの「プライド」を持っているものです。新人とは言え、そこそこの自負があるのは、今まで自分の技量を「周囲の人間と比較」してきた(されてきた)からこそ‥‥ですから、ある種の「特別意識」を持っているのは当たり前なのです。プライドとは、過去の切磋琢磨の反映なのですから。

新人のプライドや自主性・独創性が「邪魔だ」と感じる時点で、もはやその作業グループの伸びシロがほとんど無い事を公言
しているようなものですし、グループリーダーが「弱いアルファオオカミ」である事をゲロしているようなものです。自分なりには腕に自信を持つ、鼻っ柱の強い新人が、自分の稚拙さを肌身で感じ、敬服せざる得ないような「高い技術を持った作業現場」こそが、これから先の大変動を切り開ける可能性があると感じます。過去、エポックやブランドを生み出してきた数々の現場とは、まさにそのようなものでしたしネ。

でも、現在作業している人の中にも、「自分の才能をこの枠の中で終わらせるのはイヤだ」とか「発展の可能性をもはや感じない」と実感している人も、そこそこ居るような気もします。今の業界の状況から考えて、ネ。‥‥しかし、そういった「限界を感じている人々」の多くは自分の属する職場で仕事を反復する日々なので、どうにもならない「閉塞感」「絶望感」で心が一杯になる事も多いでしょう。‥‥ですから、このブログは、「才能を燻らせている人たちよ。絶望するにはまだ早い。」とアナウンスしたくて、書き続けているキモチも大きいのです。私もね‥‥、道無き平野を切り開く事業は、「心が折れそうになる事、しきり」なんですが、似たようなキモチの人々と間もなく合流できると予測(=とてもシンプルな物理計算上で)しているので、ブログを書いてキモチを奮い立たせているのです。

まあ‥‥、こうした色々な事は、違う言い方をすれば、私の考える「アニメ制作の未来像」が、「業界の暗黙の総意」や「業界が何となく向かっている方向」と大きくズレたから‥‥とも言えるでしょうネ。現業界の現場と意識がズレてなければ、現場で一生懸命頑張るだけで1日が満たされ、違和感や閉塞感など感じないハズですからネ。‥‥過去にズレてない時期もあったから、解るんよ。

今のアニメ業界が「未来の新しい何か」を手に入れる為に、4Kにチャレンジすると言っても、紙と鉛筆をタブレットに持ち替えて、今まで通りの撮影処理でフィニッシュするだけ‥‥では、結果物に「大きな変化」が反映されるとは思えません。つまり、「新しくないもの」を4Kサイズで手に入れるだけです。ちょっと頭で想像すれば解る事ですが、「今のアニメの解像度が4Kにアップしたら、どれだけ良いモノになるか」を想像できますか?‥‥できないですよネ。だって、4Kにアップしただけじゃあ、絵がちょっと緻密になった程度で、ほとんど何も変わって見えないもんネ。そんな程度の事に、業界の皆は、今まで以上に過酷な作業を引き受けていくのだろうか?

これから先の未来、少なくとも私は、今までとは「大きくズレたい」のです。そんな事なんで、もはや通常の作画や撮影には戻れないんですネ。‥‥むしろ、「今、ズレておかないと、後で大きなハンデとなる」ようなキモチが大きいのです。


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