日和見さん

問題提起して改善を実践しようとする人、新たな方針を打ち出す人などは、往々にして「大半を占める日和見層」からは煙たがられます。さらには、日和見さんたちからは、「今は穏やかなんだから波風を立たせるな」とすらハッキリと苦言を言われたりもします。

でもね‥‥、そんな日和見さんたちの言葉には、実は何のビジョンもなく、今さえ良ければイイという感情で満たされているのです。志をもって立ち上がった人は、そんな言葉にいちいちヘコむ必要はないのです。

日和見層の存在は決して無視してはならないものですが、一方で、日和見層には進路を決める意思も問題を解決する力も持たない事も忘れてはなりません。意思決定や解決力を持たない代わりに、進路を決め障害を取り除けば、日和見層が物事を安定させる働きをもつのです。

日和見さんは、まさに日の当たる温かい場所を好むのですから、太陽の移動によって、どんどん位置を移動していくわけです。ですから、日和見さんの意見も等しく、状況によって大変動します。そんな日和見さんの言動に、翻弄されるべきではないのです。思考のフィールドが大きく異なるのですから。

自分なりの確信を抱き、改善や新方針を実践する人は孤独になりがちです。「何て損な役回りを自演しているんだろう」と悔しく惨めな思いに潰されそうになる事もあるでしょう。しかし、そうした「何かに突き動かされて行動する事」は、やがて「似たような意思を持つ人々」と出会うための足取りでもあるのです。日和っていては決して訪れない、必然的な運命とでもいいましょうか。

意思を貫く人は、やがて同じく、意思を貫く人たちと、出会う事になるのです。

孤独を恐れてはならないのです。嫌われる事を悲しんでいてはダメなのです。むしろ、楽しむくらいでないとネ。

どんなに気を払っても、全ての人間に好かれる事なんて無理なんです。賛同する人間もいれば、拒絶し非難する人間もいて、当たり前です。

私は、自分の成そうとしている事がどれだけユニークかを測る尺度として、「困惑」「嫌悪」「アンチ」の様子を密かに楽しみにしています。日和見層が同意すればするほど、その事柄が予定調和でマンネリで古びている証明ですから、多くの人が同意するような場合は、逆に不安だったりします。周囲に流されず自分なりの価値観と直感で生きる人に同意してもらうのは、嬉しいですけどネ。

日和見層に惑うのではなく、活用するくらいの意気でちょうど良いのです。

‥‥まあ、何はともあれ、頑張りましょうよ。やろうと決めたからには。

沈黙の臓器

最近、業界の状況について、「このままではマズい」「限界が近づいている」「手遅れになる前に手を打つべきだ」‥‥のような話題を、以前より格段に多く、耳にします。

何だか「沈黙の臓器」〜肝臓の障害に近いような状況。

以下、製薬会社のコラムからの抜粋です。
 
肝臓は本来ある程度の障害を受けても、代償作用が働いて、元に戻ることができます。

このような肝臓の性質を「肝臓の予備能」と言っています。肝臓は予備能があるため少々の障害では症状が現われません。そのために肝臓は
「沈黙の臓器」
と呼ばれています。しかし肝臓の障害が少しずつゆっくりと進行していても、自覚症状はありませんから、気がついたときには手遅れになっていることが多いので、注意が必要です。

警鐘を鳴らしてきた人々は、既に2005〜2008年くらいから「ヤバイ」「マズイ」と言っていたはず。そして、その人々は自分の関連する部署で「耳障りの悪い事を言う厄介な人」として扱われてきた事も多々あるでしょう。「そんな事より、今をどう乗り切るかのほうが大事だ」と。

最近はツイッターでも色々と業界の問題点を吐露する文章を見かけますが、自覚症状が出てきた時点で「痛い」「辛い」「マズい」と言っても、もう遅いのかも知れませんよ。「1原2原」「3日で本撮を撮り切り」なんていう常識(病状?)が確定した後では、もうどうにもならんです。少なくとも私の見解では、「もう昔の体に戻る事はない」と考えております。

2008年くらいまで(スカイクロラの頃ですネ)はさ‥‥、私も頑張ってたんですけどね‥‥。新しいインフラ構築や問題点の克服に同調してくれないんじゃ、どうにもならんです。

業界というのは、ある種、1つの生命体のようなものです。養分を摂取し代謝を繰り返し成長する‥‥という性質において。

その生命体の健康状態が「人に黙っていられないほど」低下しているゆえに、各所から色んな「症状を訴える言葉」が出てくるんじゃないでしょうかネ。

製薬会社のコラムには、こう書いてもあります。
 
肝臓の予備能の一つに肝細胞は再生能をもっていることが挙げられます。例えば肝臓の1/3を切除しますと、残っている肝臓の細胞が増殖し、1〜2ヶ月後にはもとの大きさに戻ります。この性質があるために生体肝移植が可能になります。

うーん。患者は現アニメ制作システム(=アニメ業界一般)だとして、「ドナー」にあたる存在は何なのか。今の業界は生体移植して再生できる状態にあるのか、もはや症状が進行し過ぎて手遅れなのか。

ただ、確実に言える事は、「このまま行動すると必ず、寿命を全うせずに死ぬ」という事です。臓器への負担はそのまま、一方で代謝の不足した状態で何年持ちこたえる? 十数年後のアニメーターの状態はどうなっている? メカやレイアウト、さらにはエフェクト作画まで3Dに明け渡した人材の10年、20年後は? 作画後のスケジュールは今以上に圧縮される?

「今までのアニメの作り方」を愛しているのなら、そのアニメを作り出している「生命体」たるアニメ制作システムを「いたわって」あげないと。

もし望みを捨てていないのなら、すぐに手の着くところから行動すべきでしょう。ツイートはきっかけにはなりますが、実行力は何も保証されていません。血肉を払ってでも、未来の「生」のために自らの肉体をもって行動を開始したほうが良いのでは? ‥‥実際に行動を開始している人もいますが、極々少数ですよネ。

その「生」は、「再生」によって手に入れるものなのか、または、「新しい生命体」(新しいアニメーション制作システム)に遺伝子を継承するのか。

分岐のタイミングが刻々と近づいてきているように思います。どちらに進むかは個人の思うところに委ねるべきですが、どちらに進んでも「大変な事業」であることは変わり無さそうですネ。

カメラワークでスキルが解る

技術を要する場面において、「スキル」が高い、低いだの言いますが、ではスキルとは何かと考えてみると、いくつかの要素を総合評価して「スキル」と呼び表している事がわかります。さらには、人がスキルを高める「順番」も見えてきます。

私が考えるに‥‥ですが、スキルは「共通した基礎技術」「作業経験から理論立てて体系化した応用技術」そして「勘(直感・インスピレーション)」の大きな3要素で形成されている‥‥と思うのです。この3要素の「配合」は各人それぞれだとしても、どれか1要素でも大きく欠損していると、スキルも相応に低く、かつ不安定になります。「勘」だけに頼る新人はまさにスキルの未熟な例の典型ですが、「勘」が衰え「作業習慣」でマンネリ作業に陥る中堅やベテランの例などもありますので、作業歴が長いからといって、必ずしもスキルが高いとは言えないようです。

作画はまさに絵を見て、パラパラと紙をめくって動きをみれば、大体スキルが解りますが、「撮影」「エフェクト」も「画面ブレ」「カメラ揺れ」あたりのカメラワークを見れば、当人のスキルが大体解ります。「基礎」「応用」「勘」の3つが、「画面ブレ」「カメラ揺れ」に如実に表面化するからです。

「単に位置やスケール・回転のキーフレームを設定する」だけなのですが、だからこそ、当人の隠し仰せないスキルが出てしまうのです。実は動きを専門に扱うアニメーターでも「画面ブレ」「カメラ揺れ」に関しては苦手な事が多いのは、あまり知られていない事実です。私が過去に関わった作品では、「画面ブレ」「カメラ揺れ」をアニメーターが目盛りで指定しても、ラッシュチェック時(映像のチェック)に演出・監督でリテークとなり、撮影セクションで直す事が多々ありました。‥‥まあ、「簡単そうに見えて、難しい」という事です。
*あからさまにカメラワークがおかしい場合、リテークの作業時間をカットするために、アニメーターの指定通りのテイクと、撮影で予め修正したテイクの2種類を出す事がありますが、採用されるのはもちろん「プレビューした上で修正した」撮影修正テイクのほうです。‥‥まあ、線画オンリーで、背景も着彩した絵も見ないでフレーム指定するのですから、酷と言えば酷‥‥なのですけどネ。簡単で一般的なカメラワークならともかく、微妙なニュアンスのカメラワークを線画段階に要求するのは、ちょっと酷かな‥‥と思います。

これはアニメ制作に限った事ではなく、3Dを含めた実写映画でも共通することで、作業者を知らなくても映像を見ただけで、新人か否かが解ります。厳密には「新人レベル」と言うべきで、中には新人ながら「勘」だけで上手く表現できる人間もいますし、中堅やベテランとは言えいつまで経っても下手な人もいますからネ。そうした各人の状態が映像に「極めて解りやすく」出てしまうのが「画面ブレ」「カメラ揺れ」なのです。そしてこれは日本国内だけでなく全世界で言える事でもあります。

私がグレーディングを作業する中には、前述3要素の微塵も感じられない「画面ブレ」に遭遇する事があります。動きのタイミング、位置や回転の使い方で、スキルの低さがモロバレているのですが、それをそのまま完成映像としてスルーする事はできませんので、どうしてもキツいもの(レベルに達していないもの)だけは、After Effectsのスタビライズ機能を使って画面ブレを一旦外して、再度カメラワークを付け直します。
*注)こうした作業は「グレーディング作業とは別腹」ですので、間違っても、一般的なグレーディング作業に「カメラワークの修正」まで持ち込まないようにしてください。インハウスでおこなう「エフェクト込みのグレーディング」作業枠だからできる事なのです。

また、アマチュアの方のアニメーション映像は、絵を動かす事に気がもっていかれ過ぎて、カメラワークに神経が足りていない事がよくあります。もしくはそれ以前に「カメラワークが重要な要素だ」という事を認知していない「フシ」も感じます。いわゆる「カメラワークに無防備」であることが、YouTubeで公開されているアマチュア制作アニメによって窺い知る事ができます。実は「プロになる」という事は「慎重さを身につける事」でもあるんだな‥‥と思います。

少しだけ「画面ブレ」「カメラ揺れ」の技術的な話をしますと、カメラのブレや揺れは、表現したい内容によって広いバリエーション展開ができます。違う言い方をすれば、表現内容に呼応して数多くの表現上のバリエーションが必要だと言う事です。「ブレ」「揺れ」とひとくちに言っても、不意に振動が伝わり固定カメラが揺れる場合と、カメラ自体が動いて揺れる場合があります。カメラ自体が揺れている場合でも、例えば飛行機や車にカメラを固定している場合と、手持ちの場合があります。さらには手持ちであっても、スタビライズ機能風のカメラ(=人間の視点の表現)と、報道カメラ・戦場記録フィルムのカメラでは、揺れに大きな違いが表れます。

こうした表現の差を、まずは位置(XYZ)と回転だけで表現します。最初っからモーションブラーなんぞに頼っちゃダメですよ。動きの表現は多くの場合、XY座標と回転だけで表現できます。さらに絞ると、XY座標だけでも表現をほぼカバーできるはずです。船が荒波に揉まれているような表現の時は回転は必須ですが、通常はXY座標で「ブレ」の表現が可能です。XY座標で基礎をマスターする前に、上手く出来ないからと言って、わけもわからずに回転プロパティに手を出すと、混乱して制御不能な映像になり、余計シロートっぽくなりますヨ。

激昂して机をドカンと叩く、部屋をドスドス大きな足音で走り回る、巨大なロボットが2足歩行で歩く、重戦車が近づいてくる、砲撃の振動が伝わる、榴弾が着弾して爆発する‥‥など、アニメや実写で多く見られるシチュエーションは、特にY軸を使います。画面の内容によってさじ加減は変わりますが、XYのブレの比率は「1:9〜3:7」くらいの間です。

オフロード仕様の自動車が大きなゴツ石の河原を低速で走る、泥でぬかるんだ未舗装路を走る、小屋の中で台風の強風に耐える、搭乗している戦車の側部に徹甲弾が命中する、爆発時の強い衝撃波に晒される‥‥などの場合は、X座標の「上手い使い方」で雰囲気がグッと増します。

なぜそのようなX座標とY座標の使い分けが必要になるのか‥‥は、動きの特性を考えてみればわかりますよネ。「縦揺れ」「横揺れ」の使い分けには、ちゃんと理屈があるのです。「わけわかんねェけど、位置をテキトーに動かせば良いんでしょ」というのは、まさにシロートさんのレベルであって、作品もシロートレベルの完成度になります。「訳が解って、位置を適切に動かす」のがスキルの高い技術者の成すべき事で、そうしたスキルの結集が作品を高い品質へと押し上げていくのです。After Effectsは分け隔てなく、位置プロパティの操作を万人に与えてくれますが、適切に扱えるか否かは個人のスキル次第です。

さらには、画面のレイアウトによっても、「画面ブレ」「カメラ揺れ」は適切に扱わなければいけません。広角アングルと望遠アングルでは、ブレ・揺れの「ハマリ具合」が大きく変わってきます。一眼レフカメラを持っている人は知っているかと思いますが、カメラブレの発生するシャッタースピードの限界値は、レンズの口径によって大きく変わってきます。広角レンズはブレに強く、望遠になるほどブレやすいという性質を持ちます。つまりは、(ライカ判換算で)17ミリレンズなどの超広角アングルの画面で、After Effectsなどのコンポジット時に画面ブレを無理に大きくすると、とても嘘っぽくてペラペラでチープな映像になりやすいのです。他のカットで使った「いい感じのブレのキーフレーム」をコピペしても「イマイチ」な事があるのは、「画面のレイアウトが、そのブレを許容しない」から‥‥かも知れませんヨ。

その他、「動きのタイミング」「回転のつかいどころ」など、要素は山ほどあります。それら要素を「基礎技術・基礎知識」「経験による応用」そして「勘・インスピレーション」によって、映像を仕上げていくのです。「画面ブレ」「カメラ揺れ」は、キーフレームの単純操作で優劣が決まる作業なので、コンピュータの機能で補う「逃げ」がきかず、ゆえに当人のスキルがモロにバレてしまう‥‥というのは、ご理解頂けるのではないでしょうか。

まあ、あと「作品の風格」を表現する1要素としても、「画面ブレ」「カメラ揺れ」は大きい要素です。ビデオゲームやヒストリーチャンネルのノリで、「画面ブレ」「カメラ揺れ」を施すと、劇場作品が「でっかいテレビ」になります。今は「劇場」の意味も昔とは大きく変わってきていますから、一元的に評価する事は避けますが、少なくとも「劇場作品の風格が欲しい」と考えているのなら、「画面ブレ」「カメラ揺れ」を「テレビライク」に処理しないように「コンポジットに従事するスタッフ」が注意すべきでしょう。‥‥最終のグレーディング段階ではどうにもならん事もあるからネ‥‥。

「画面ブレ」「カメラ揺れ」は、まさに作業者のスキルを映し出す、コンパクトな手鏡のようなものです。コンポジット作業者、その現場監督、そしてその会社の状態まで見透かされる、とても「コワイ」要素なのです。

最後に‥‥ですが、現在アマチュアでプロを目指している人が、スキルを形成していく順番については、合理的に考えれば自ずと見えてきますよネ。「経験から理論立てた応用」なんて現場に入ってからのことなので、アマチュア時代には「基礎」と「勘」の2要素に重点をおくべきでしょう。基礎を出来る限り早期に学ぶ事、そして勘・インスピレーションを高める為に色々な「ものを見る」事です。

アニメのコンポジットの基礎知識に関しては、「撮ま!」の準備号を通読すると良いでしょう。現在容易な手段で入手可能かつ、信頼できる文献として、唯一とも言える存在ですので、用語の解らない部分をスキップしてでも目を通しておくことをおすすめします。また、撮影工程において「なぜそのように各要素を扱うのか」を、自分なりにシステムを想像して読み解くのも、良い思考トレーニングになります。

また、アニメ作品を作りたいからといってアニメだけ見るのではなく、様々なものを見て感じる事が、後々の「勘」に繋がっていきます。むしろ、アニメ以外のものをアマチュアのうちに蓄えておいたほうが良いですネ。「ネットで閲覧」する画像・映像は、既に撮影者や作成者の主観が大きく介在していますので、自分自身の肉眼で実物を見ることが重要です。他人のセンスを自分のセンスと勘違いしないように、しっかりと自分の肉体で実物の存在感を吸収しましょう。プロになったら、そうそう身動きの自由が取れなくなり、仕事上での経験値は上がる一方でインスピレーションは蓄えられない傾向に陥りがち‥‥ですからネ。

旅の装備

注文したMacBook Proも数日中に届く運びとなり、今回の渡航に合わせてスーツケースも新調しました。‥‥いや、新調というよりは初めて購入した‥‥と言うべきか。今までずっと、実家から巨大なスーツケースを借りていたんですが、35Lのコンパクト型を自分で買う事にしたのです。「イノベーター」というやつで、あまり調べもせずに、デザインだけで買いました。

矢吹丈みたいに「サンドバッグ型」の手荷物だけで行こうかとも考えましたが、MacBookだのiPadだのかさばるものも多いし、日数もそこそこあるので、日頃の置き場所に困って鬱陶しいのは承知の上で、大人しくスーツケースにしといたのです。片道9時間かかると聞いているので、MacBookでシムシティでもやらないと間がもたんス。

その他、MacBookに給電できるモバイルバッテリーとか、無難なユニクロの服とか‥‥、何やら、小刻みに出費がかさみます。MacBookに充電可能なバッテリーとなると、16,000〜21,000mAhで16Vの電圧が必要らしく、どんなに安くても8千円前後するようです。そこに「MagSafe2」とやらのApple独自の電源コネクタ形状への変換も必要となり、バッテリーとコネクタ類で合計13,000円前後のコストがかかり、ちょいちょいイイ金額が飛んでいきます。‥‥総計すると、結構な金額を出費している事となり、今年の夏は散財が激しい‥‥。

ちなみに、私が最後に外国に行ったのは、10年以上前の韓国が最後です。イノセンスのイベント絡みで。

なので、もうすっかり、飛行機とか海外の(特に欧米の)アレコレを忘れております。もともと渡航回数が多いわけでもないところにきて、10年以上ぶりなので、「チップの渡し方」とかのWebコラムを読むとどんどん不安になってきます。‥‥まあ、海外経験の豊かな人たちと行くので、色々と教えてもらおう‥‥。

向こうでの「仕事」に関しては、全然不安はないんですけどネ。いつもイマジカやソニーPCLでやってる事を、普段通りにやるだけだし。相手が日本人であろうがなかろうが、やるべき事には変わりなしです。

まあ、何よりも、国内の仕事を想定通りの内容に仕上げて、スッキリとしたキモチで渡航する所存です。最近のAfter Effectsは、どうにも安定性が落ちており、予断を許さない状況ではありますが‥‥。

「繋がり過ぎ社会」

‥‥という言葉を聞いて、「つながる」をマイナス要素として語る論調も出てきたんだな‥‥と、ちょっと安心しました。「接続過剰」なんて言い回しもあるのネ。

地域によっては、「子供は午後9時以降にスマホ禁止」なんていう自治体もあるそうですが、意外にも、子供の中には「それでOK」な意見も多いとか。「ネットワークでのやり取りがいつまでも終わらず、‥‥かと言って、抜け出すと、仲間はずれにされる」ので、自治体に時間制限を設けてもらうと、子供らに「抜け出る理由」ができる‥‥らしいです。

何だ、子供たちも「めんどくせえなあ」と思ってんのネ。今は、スマホが普及したお陰で、嫌でも「輪に入る事を強要」されるんでしょうかネ。‥‥それって、凄い不幸な事ですね。

私は子供の頃から、「人の輪の無為の悪意」が嫌いで、ぶっちゃけ、「関わりがめんどくせえなあ」と思っておりました。でも、私には「大親友」と呼べる友が、子供の頃(高校も含む)にいました。人の輪に入らないと、友達が出来ないなんてウソだと思います。

「人の繋がり」って、スマホで接続すれば得られる「即物的なもの」なんでしょうか? 私は、そんなレベルのものまで、「人の繋がり」だなんて思いたくないのです。スマホのデータ通信程度の繋がりなんて、状況次第で簡単に「切断」されると思いますよ。‥‥そんなのでも、人は「繋がり」が欲しいんでしょうかネ。

「人の繋がり」とは、心の隙間を埋める「暇つぶし」なんでしょうか。

私は過去に3人、とても身近な同僚(‥‥「同僚」と言う単語を改めて使うと何だかよそよそしいですが)を病気で無くしております。文字通り「同じ釜の飯を食べた」、同じ室内に並んで座って苦楽を共にした仲で、3人の当時の表情は今でも鮮明に思い出す事ができます。私はその3人が地上から消えた今も、「心のどこかで繋がり続けている」と感じるのです。スマホのデータ通信で繋がるよりも、ツイッターで繋がるよりも、より深い繋がりを。

私が「アート」に逃げたくない理由、意地でも「商業アニメーション」に拘る理由は、その3人の存在が大きいのです。みんなさ‥‥、なんだかんだ言っても結局は、アニメが大好きな仲間だったから。

心で繋がっている‥‥という確信には、スマホもSNSも必要ありません。


「別に何でもいいけど、今はスマホが便利だから」って言う人は、冷めた視点で距離を置いて接するだろうし、ツイッターやLINEなどに過度な期待もしないでしょう。周囲に強要する事もないでしょう。私は今以上にイベントを増やしたくないのでSNSと呼ばれるものには手を出していませんが、周りから「使用を強要されて困った」事は1度もありません。まあ、みんなオトナだからネ。

でもねえ、防御手段の少ない子供は、正直、気の毒だよねェ。LINEをやらないとシカト‥‥だなんて、阿呆みたいな価値観の中に、嫌でも放り込まれるからネェ‥‥。さらには、子供の頃の「友達との会話の思い出」が定型フォントと質の荒い画像だ‥‥なんて、「世の中が便利になっても、何やら不幸」だよ‥‥ねえ‥‥。

若い頃は、色んな人と接して、色んな考えに触れる事は、とても有用な事です。しかし、それはあくまで過渡的なもので、人間の繋がりはやがて、絞られていくのです。人間関係を拡大しても、「信頼できる人」「頼りになる奴」は、ほんのひとにぎりにフィルタリングされます。

私がこのブログでコメント欄をOFFにしているのは、「無差別会話」を避けるためです。素性の解らない匿名の人と会話しても、時間を多く浪費するだけだと思うからです。話すのならば、面会して飯でも喰いながら意見交換すれば良いし、会えないならば、お互いに素性を名乗りあって、メールをやり取りすれば良いと思います。

何か不都合があれば、クモの子を散らすようにさっと引いていく1000人分のアカウントよりも、最後の最後まで粘って共に戦う1人の友のほうが、私は大事だと思うのです。まあ、古風な考えかも知れませんが、私は死ぬまでそれで良いです。

MBP購入

海外での作業に備えて、Mac Book Proの15インチモデルを調達しました。Apple Storeは昔ほどではなくなったにしろ、あまり速いとは言えない配送状況なので、時間的に大きく余裕をとって、渡航までに間に合うようにしたのです。

買ったモデルは15インチの下位モデルで、i7/2.5GHz(BTOでUP)、256GB SSD、16GBメモリと、スペック的には自宅で使っているメインのMac miniとほぼ同程度です。実はMac Book自体、買うのをずっと迷ってたのですが(買うとなるとそこそこの値段はしますので)、「この性能なら映像の自動処理や4Kアニメのレンダリングなど、色々と使える」とキモチを新たにして、Appleローンで買う事にしました。

秋頃にはまた性能がアップした新モデルが出るんだろうけど、今所有するCore2Duoのはもう性能的にかなりキビしいので数週間後の作業には使えない事もあり、まあ、しょうがないか‥‥という感じです。

しかし、今は消費税でドカンと値段がハネ上がりますね。分割手数料と合わせて、4万近くの上乗せです。

私が15インチの下位モデルに即決したのは、16GBのメモリが最初から実装されている点が大きく、CPUはi7で2.5GHzくらいだったら良い‥‥という大雑把な感じでした。15インチに関しては、画面も大きければ、作業もやりやすいだろうと言う判断です。

「今でもメモリ容量に悩む事あるの?」と思うアニメ業界人の方もおられるかも知れませんが、現アニメのコンピュータ周りは「使用メモリが大幅に節約できて軽快に運用できる」ので、映像制作全般から見れば特殊な部類に属するのです。アニメ制作ではない他の映像制作をやってみれば、「今でもコンピュータの性能は全然足りてない」事が実感できます。それでなくても、今のMacOSXはかなりのメモリ喰いなので、8GBメモリだと2K以上の映像制作(アップコンではなくネイティブ解像度で)はかなりキビしいです。ほんとは32GBのモデルが欲しいんですが、無いものはしょうがない。

今回、海外用に買ったMac Bookは、あっちのラボで「何か不都合があった時」用なので、出来るだけ出番が少なければいいな‥‥と思います。ホテルにこもって相変わらずのAfter Effects作業とか‥‥、出来る限り遠慮したいス。

今回はあまりにも大雑把に購入モデルを即決したので、今改めて、Mac Book Proの記事を検索したら、注文の前日に「一斉値下げ」がおこなわれていた事を知り、何ともラッキー。‥‥全然知らなかったけど、たしかに「New」のアイコンがストアの製品一覧にありましたな‥‥。以前、FCP6を買った直後にFCP7が発売された時は悲し過ぎましたが、逆にこういう事もあるんだな‥‥と多少「運」に感謝。

かわいいシュレッダー

私が小学校5〜6年の頃に、兄が「家にロックを持ち込んだ」影響で、兄のエレキギター(グレコのレスポール)を独学で弾き始めました。当時はヴァン・ヘイレンがデビューして間もない頃で、「ライトハンド奏法」がウルトラテクニックとして一世を風靡していました。中学生の頃にマイケル・シェンカーがドラッグから復活しソロ活動、高校の頃にイングヴェイが登場して「速弾きの概念」を大きく変え、まさにテクニカル・ロック・ギター花盛りの頃でした。その後、テクニカルに走る勢いが飽和状態となり、急速に下火となっていきます。

速弾きギターの系譜が流行の水面下に隠れ、後継者が育たないように見えたこの20年余。ハイティーンではなく、7〜8歳の頃からエレキギターを弾いちゃう男の子・女の子が出現し始め、「親から子へ」受け継がれるという形で「系譜が途絶えていない」事をYouTubeで知る事ができます。今の子たちはポール・ギルバートなどのハイテクギタリストがわんさか存在するご時世に生きているので、発達も相応に速く、昔なら高校生レベルで弾く楽曲を小学生の子が弾いちゃったりします。

下のYouTube動画は、音の粒立ちも良く、堂々とした演奏を聴かせる12歳の少年の弾く「テクニカル・ディフィカルティーズ」。余計な手や指の動きや力みがなく、特に右手の安定感がバツグン! 皆、速弾きというと左手ばかり注目しがちですが、実は難しいのは右手なんです。どんなに左手を速く動かしても、正確に右手でピッキングしないと、音が濁ってしまいますからネ。この男の子は、とにかく、音がクリアですネ!



日本の女の子も負けていないです。若干8歳(!)の弾く「スカリファイド」(!!!!)。腕自慢の野郎どもがチャレンジするこの難曲を、8歳の女の子が基本的にちゃんとさらえているのは、超オドロキ。ストレッチのキツいフレーズや、スキッピング(弦飛びのトリッキーなピッキング)を、既にこの歳から身につけているなんて‥‥。



身体に比べて、IbanezのRGシリーズの大きい事と言ったら‥‥。チョーキング時の指の力なんて、成長すれば強くなるので、問題なし! ‥‥しかも、ポール本人(オリジナル楽曲の作曲者・プレイヤー)から、女の子宛にメッセージが届くというプレゼントまで!



しかし何でしょう、こうした子たちが世に出てくるという事は、もともと「家にShredding仕様のエレキギター」があってこそ‥‥なので、親御さんがまずテクニカルなギター楽曲がスキで、実際に自分でも弾く人なんでしょうネ。全く知らないと、自分の子に、まずどんな楽器を与えたら良いかも判断できないスもんネ。

私はIbanezのRGについてはあまり詳しくないですが、8歳の女の子の弾いているギターは、品質の「良いもの」です。お父さんがもともと「ギター好き」なんですネ。ちなみに、本気で子供にやらせるなら、楽器は一定以上の品質の、ちゃんとしたものを与えるべきです。6千円の激安ギターとかは、実は楽器の欠点をカバーできる上級者向けなんです。子供には、最低4万くらいから、できれば6〜8万の標準クラスは与えてあげたいものです。

*IbanezのRGと言えば、兄が廉価な(といっても4万ですが)「RG450」を持っていますが、エントリーモデルでも弾きやすいですよ。自分がいきなり上手くなったと錯覚するくらいに。‥‥思い出しましたがRGは、まだ「アトリエ戯画」があった頃に、「レガシアム」の作打ちに行った帰りに「三鷹楽器」に立ち寄って、試作モデルみたいなのを買った事がありました。私が19〜20歳の頃ですネ。

アクセス

しかし何だ、どんな影響であれ、アクセスが増えるのは良い事です。

結局、ブログにしろツイッターにしろ、人目について読まれるのが目的ですもんネ。

新しい売り

前回、フレームレートの話題の中で、「無段階のタイミング」についてちょっと触れたのですが、私はその他、「解像感に余裕のある絵作り」なども合わせると、「新しい商売」が出来ると考えています。

ノッポさん、もとい、ジミー・ペイジが、歴代のレッドツェッペリンのアルバムをリマスターした記事を新聞で読んだのですが、ツェッペリンに限らず往年のバンドの音楽ネタは「息が長くて、羨ましいなあ‥‥」と思います。

アニメでそういう事はできんもんかネ。‥‥と、前々から考えているのです。

なので、私は「折角苦労して作るアニメーション作品なんだから、当時のギリギリレベル(下方向に)で作るのではなく、今後の展開が膨らむように作りたい」と色々と計画しています。

ただし、私がやりたいのはリマスターではなく、メディアごとのエディション、時代の進化に合わせたエディションです。

ごく普通に考えて、スマホやタブレットPCの画面サイズで観る絵作りと、32〜40インチクラスのテレビで観る絵作り、ホームシアターや劇場大画面で観る絵作りが、1つの絵作りでカバーできるわけがないのです。‥‥まあ、今までは、そもそもメディアによってエディションを変える発想があまり前例の無い事でした。(‥‥全く無かったわけではなく、その昔、ターミネーター2は、4:3テレビでシネスコを見るのはあまりにもショボい‥‥と監督が思ったのかは定かではないですが、画面をいっぱいに使える4:3エディション版が出ていましたネ)

とは言え、1つの作品を、様々なフレーミングやカメラワークで多種に展開するなど、今のアニメ業界標準の方式では無理です。もしかしたら、実写作品でも難しいかも知れません。‥‥しかし、新しいアニメーション制作技法ならば、出来そうなのです。もちろん、品質の劣化なく‥‥です。多種展開も同時期にバッとおこなうのではなく、時代の進化に合わせて、です。

48fps版、60fps版、96fps版、120fps版のエディションも、簡単ではないですが、不可能では全然ありません。現業界の「描き送り&タイムシート方式」でこれをやろうとすると、全作画を新作‥‥という到底不可能な取り組みになりますが‥‥。

劇場サイズでは、ピシッとFIXで引き締まったレイアウトで見せるが、iPadサイズではキャラの情感を追うフレーミングで見せる‥‥のような、「大幅にニュアンスの違う」エディションを、新しいアニメーション技法ならば、1つの作品からいくつも作れる予感がします。もちろん、音響は仕切り直しですし、総尺も変わるでしょうが、「よりピュアなリマスタリング」という発想ではなく、「特別エディション」をメディアごとに作るという発想であり、「1つのでエディションからは引き出せなかった別の魅力」を楽しむためなのですから、特に音響はエディションごとに大きく変えるべきとも思います。(音響ニューバージョンの作品経験があるので、不可能では無い事が立証されています)

まあ、まだ構想中の事なので、運用面の裏付けはありませんが、新技術は「それが不可能でない」事を、暗に語りかけているように思うのです。「新技術だからこそ、出来る」という事を。‥‥まあ、旧来の技術で簡単にできるのなら、ここでアイデアを喋る事はありませんしネ。

新しい技術を、古い色眼鏡で取り扱うと、単なる「旧時代の代用品」にしかなりません。新しい技術を新しい発想で取り扱うと、どんどんアイデアが連鎖的に生まれてきます。そこがまさに、「新しいモノ」のたまらない魅力なんですよネ。

FPSの感覚

ツイッターで私の「フレームレート」に関する記事が取り上げられていたので、補足をば。

まず、どのフレームレートが主流になるのか?‥‥については、放送のフォーマットで言えば、30(29.97)の倍で60、そして120がスタンダードになるんじゃないか‥‥と考えています。120fpsに関しては、NHKの頑張り次第のような雰囲気もあるので、当面は60p(59.94)なんじゃないのかな‥‥と思います。

48fpsは、ハリウッドの映画界が支持してきた24fps(23.976)の倍で、映画人にとっては「計算しやすい」フレームレートです。「ホビット」では48fpsバージョンがあるようですが、48fpsがどれだけ普及するかはまだ何とも言えませんし、果たして24の倍の展開〜24, 48, 96とエスカレートしていくかは「映像機材の発展次第」です。

ぶっちゃけ、コンピュータの世界では、32fpsだろうが、27fpsだろうが、55fpsだろうが、ハンパでキモチ悪い数値のフレームレートも作成&再生可能ですから、コンピュータをベースにアニメーションを作ろうと思っている私としては、「何でもこいや」というキモチなのです。ただ「フレームレート欄」には何かしらの数値を入力しなければソフトウェアは機能しませんので、当座は48, 60, 96を想定して作業しています。‥‥ちなみに、After Effectsは「99」でフレームレートが打ち止めですし(なので120fpsはまだ無理)、モニタのリフレッシュレートも60Hzが多いので、現実的なのは48か60でしょうネ。ウラ技を使えば、今でもAfter Effectsで120fpsの映像は作れますが、運用面ではNGです。

前にも書きましたが、私の試作している「タイムシート」には、もはや「フレームレート」のコマ割りがありません。「無段階」なのです。1秒は1.0、2秒は2.0であり、1から2の中間値は、例えば1.333333333のように浮動小数点的に捉えます。そうした「無段階」のタイミングを、60fpsならば60分割、96fpsなら96分割して出力する事になります。ただし、分割点に「決め絵」「欲しい絵」が必ず来るとは限らないので、フレームレートごとの「動きのチューニング」は必須です。‥‥そんな事なので、「タイムシート」とは呼ばず、「アクションシート」「アクトシート」「演技シート」など他の名称を考えているところです。

「無段階」だなんて、とらえどころがないように思えるかも知れませんが、ダンスとかスポーツ、楽器演奏のように、「たゆたう時間を知覚」すれば良いだけです。24コマのグリッドが無いと、タイミングを具体的にコントロールできない‥‥なんていう考えは、実は24コマの世界にどっぷりと浸かってしまった人間の「思い込み」であって、思考をクリアにして、生理的な感覚でタイミングコントロールにのぞめば、案外、「できるじゃん」と実感できるもの‥‥ですヨ。何も考えずに習慣で「3コマ、中3」でシートを書くアニメーターは論外だとしても、ちゃんと自分なりのタイミングセンスを身につけたアニメーターならば、無段階のタイミングも「馴れれば馴れる」と想定します。

人間の目の「知覚能力」に関していえば、30fpsどまりなんて事はありません。1秒間30分割よりも、もっと細かいニュアンスまで人間は知覚できます。テレビに映った情景と、実際に目でみた現実の風景は、「明らかに動きが違い」ますよネ。「自分の目で見た、現実の風景は、現実そのもの」なわけですが、それは、太陽光に照らし出された様々な動きを、非常に細かい分解能で知覚しているという事です。
*ちなみに蛍光灯と太陽光では、肉眼でも動きが変わって見えるので、クリアな動きを見たいなら、太陽光や白熱灯やLED照明の下で実物の動きを観察しましょう。>蛍光灯のチラツキ >フリッカー (注:ここでいう「フリッカー」はアニメ撮影の付けパンのフリッカーとは別ジャンルの話題です)

ハイフレームレートの意義は何か?‥‥というと、画素の高密度化ばかりが進んで、動きの分解能だけが旧来のまま置き去りにされていた状況にようやくメスが入り、映像の動きのクオリティがステップアップする機運が訪れた‥‥という事だと、私は考えています。映像だけ緻密で、動きが何十年も前の30fpsなのは、いかにも不適応ですもんネ。

24や30の秒間分解能というのは、動きがガサガサ・カクカクしない「限界値」あたりの数値です。我々は、長年見慣れた30fpsのテレビに対して、「テレビの映像はそんなもんだ」と無意識に受け入れていますが、NTSCがスタートした数十年前の技術のまま、動きの感覚が留まっているに過ぎません。技術が進歩した現在、テレビのフレームレートが高くなれば、より「目にひっかかりのない、滑らかでリアルっぽい動き」になります。そして、人はそのハイフレームレートに容易に馴染んでいく事と思います。

私が48〜120fpsでウキウキしているのは、まさにその点、「滑らかで現実に近くなる動き」、ハイフレームレートを上手く使えば「キャラがよりナマっぽく」なる事です。私は既にテストを繰り返しているので馴れてきましたが、見慣れないうちは、反って「キモッ!!」と感じるほどに、妙にナマッぽい動きになります。

ただ‥‥です。アニメは描写する対象の特徴を捉えて、誇張と省略を加えて絵を描く「略画」ですので、動きの分解能だけが先走ってリアルになっても、絵のスタイルがついていきません。ハイフレームレートのモーションを「キャラの生っぽさ」に活用するには、「今のアニメの文法」では不適応で、「新しい文法」を作り上げていく必要があります。‥‥でも、その文法作りがまさに楽しいんですけどネ。

いつも思う事ですが、新しい何かに対して、古い感覚で評価しても、「ないない」ずくしになるだけです。古い時代の色眼鏡をかけて、新しいモノを見ても、変色・湾曲して見えるだけです。古い眼鏡を外して、「直に」見ないと。

‥‥とまあ、色々と書きましたが、実は私はフレームレートの移行に関しては、楽観的です。なんだかんだ言っても、皆、見ているうちに馴れて、ごく普通の映像体験になるでしょうからネ。


ちなみに以前、「折角ならハイフレームレートを活かそう!」‥‥と書いたのは、「フルモーションで動かせる新しいアニメーション技法を、見慣れた24コマの動きにする為に、動きを間引くのはやめよう」と言う事でもあります。秒間48フレームで動いているキャラの動きを、36フレームも間引いて「24フレーム2コマごとの動き=秒間12フレーム」にするなんて、‥‥バカバカし過ぎます。現在見慣れているアニメの「ルック」に合わせるために、せっかく滑らかに動いているものを「カクカク」させるなんて、新しい取り組みの中では、絶対にやりたくない事です。

​一方、旧来のアニメ方式をハイフレームレートに合わせて作画枚数を増やすべきかは、わたし的には「あまりやらないほうが‥‥」と考えています。48や60fpsに合わせて、作画枚数を増やす‥‥なんて、ちょっと「予算面」で非現実的だと思うからです。

前にも書いたんですが、現アニメ業界の24コマベースで動かす方式を、そのまま48や60fpsに対応させるアイデアが、ハイフレームレートのモーション研究の副産物として得られています。今のアニメの作り方の基礎的な技術を変更する事なく、4K対応の多少のモデファイを加える事で、60fpsのテレビ放送・次世代メディアにも対応できそうです。60fpsでも安心して「今まで馴染んできたアニメ」を鑑賞できるので、60fps4K時代に移り変わっても、充分、今のアニメ方式は存続すると思ってます。(ゆえに「撮ま!」とかの取り組みを、密かに応援してたりするんですけどネ)

私は、全世界で親しまれるようになった今の日本のアニメに、ハイフレームレートを存分に活かした新しいアニメが加わる事により、「日本のアニメは表現が幅白くて面白い」と、より一層親しんでもらえる‥‥と考えています。

アニメをさ‥‥、1つのお約束で縛りつけて、1つのスタイルに閉じ込めるのって、つまらないじゃん。アニメを今以上に、様々な作風で展開できたら良いな‥‥と思っているのです。


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