グレーディングについて

前回にの引き続きになりますが、私は現在制作中の作品の「ラボサイドのグレーディング」を、欧米のスタジオで作業(立ち会い・指示)しています。

欧米のスタジオで作業すると、「広さの感覚」の差を痛感します。ちょっとした場所の広さの使い方が、いちいち羨ましかったりします。ただそれは、根本的な土地面積の差からくる問題なので、「東京の狭さ」を嘆いても致し方ありません。我々日本人は、「狭さ・広さ」に対して、国土の広い国とは違うベクトルで思考しなければならんのですネ。

まあ、仮に「同じ広さ」を与えられたとしても、日本人は違う使い方をするとも思います。‥‥なので、省スペースの日本人的感覚を活かしながらも、欧米流のゆとりのある空間利用も意識しながら、今後の作業環境作りに活かせたらと思います。

私らが作業しているグレーディングルームは、中程度の映画館ほどのスクリーンを有し、まさに映画館さながらのルックで映写されます。業界の方なら想像できるかと思いますが、イマジカの第1試写室と同じくらいのスクリーンの大きさです。



写真ではスクリーンの大きさは解り辛いですが、右端の赤い文字が「SORTIE=出口」の大きな電光表示なので、スクリーンの大きさを何となく想像して頂けるかと思います。15席x3列=45席くらいのシートがコンソール前に配置されているので、小規模なうちうちの試写くらいなら出来そうな広さです。コンソールはサウンド関連とグレーディング関連が2段で並び、その後ろにさらにソファ(監督席のような)などが置いてあります。私らはサウンドコンソールの席に座り、現地のグレーダー(グレーディングの作業者)さんとやり取りをしています。

作品を担当してくれているラボのグレーダーさんは、エンジニアとクリエーターの両面を併せ持ったタイプの人なので、意思伝達が円滑に進み、経験値も高く手際が良いので、ロール(1本の映画は5〜6の「ロール(Roll)」で分割されています)をどんどん消化して予定通りの進行となっています。

‥‥と、今までグレーディングネタを書いてきて何ですが、グレーディングの話題にどれだけの人がピンときているかは、実は「結構少ないんじゃないかな」と思いながら書いています。

なので、規模はともかくとして、アニメにおける「グレーディングの是非」については、今回に限らず、いつも考えるテーマです。

日本のアニメ作品でグレーディングを導入しているのは、ぶっちゃけ、ほとんど聞いた事がありません。なぜ、アニメ業界ではグレーディングを使わないのか、1つ目は「グレーディングがなくても、完成させてきたから」という理由、2つ目は「撮影作業ですらギリギリなのに、グレーディングの作業期間など捻出できない」、3つ目は「充当できる予算がない」、最後の決め手は「グレーディングが何なのか知らない」事に因ると思います。

私らは2007年のスカイクロラなど色々な作品で、グレーディングをインハウスで作業し、ラボサイドのグレーディングにも関与してきました。当該作品の押井監督や西久保監督はその「有効性」もハッキリ認識しているので、それなりの作業予算規模を持つ作品では、グレーディングを「インハウス(=私ら)」と「ポスプロ(=ラボサイド)」の2段で構え、作品を想定した完成度へと導いています。アニメの近作でいうと、西久保監督の「ジョバンニの島」がそれにあたりますが、監督さんだけでなく、コンポジット以降に関係したスタッフや作品完成の最後まで付き合ったスタッフなら、「グレーディングの有無による品質の差」を認識していると思います。

とはいえ、「グレーディングがなくても今まで完成させてきた」のは、まさにその通りです。「グレーディング」なんていうと実感が湧きませんが、例えば「作画監督」「色彩設計」などのなじみの多いアニメ制作の役職に置き換えて想像してみれば、何となくイメージできると思います。「作画監督のキャラ修正がなくても、アニメの映像は作れる」のですが、キャラの顔立ちなどがバラバラになり、作品のクオリティは低下しますよネ。アニメの撮影にも撮影監督の役職がありますが、作画監督が黄色い修正用紙をかぶせて絵を手直しするような「直接的に作用する修正手段」は持っていません。つまり、「映像最終修正の手段をもたないまま、今まで『成り』『結果オーライ』で完成としてきた」だけなのです。

タイムシート通りに撮影しても、完成映像には大幅なバラつきが出ますが、その要因のほとんどが、撮影スタッフの技術レベルや経験値の上下によるものです。「全カットの本撮が揃って繋いでみたら、イメージとかけ離れていた」みたいな苦い経験をした演出・監督さんも多いはずです。

私は過去、撮影監督の役職を劇場作品で経験してきましたが、バラバラであがってくる各カットを編集のタイムラインに並べた時に「ドンピシャリで寸分の狂いのないように予測して作業する」のはハッキリ言って無理です。必ずバラつきます。作業済みのカットを参照しながら作業しても、合わせ・つなぎには、限界があります。指示を出し現場をハンドリングしても、作業者や撮影会社が違う事により、合わせがうまくいかない場合もあります。作画に例えれば、作監がコメントだけ書いて実際に作画修正しない‥‥ような状況です。

グレーディングはまさにそこの部分、「イメージとかけ離れてバラついた映像を、自分の考える本来のイメージに出来るだけ一致させる」事ができます。迫力に欠けるアクションシーンやメカシーンも、叙情の足りないシーンも、サイクルに時間のかかる撮影リテークではなく(リテークしても良くなる可能性が低い場合もありますし)、直接的に映像を修正する事により、演出意図に近づける事ができます。グレーディングの「本当の威力」を知っている監督さんが、グレーディングを必ず自分の作品に組み込むのは、ちゃんとした理由があるのです。

私だったら、仮に自分の監督する重要な作品において、グレーディング行程がないなんて、あり得ません。作監修正なき作画を容認するようなものです。撮影監督では全カットの映像に直接修正を入れる(指示ではなく直に画像を修正する)など不可能な取り組み・段取りですが、グレーディングではそれができるのです。

まあ、現在の運用意識や実際の予算・スケジュールでは、ほとんどの作品がグレーディングを導入できないとは思います。しかし、既に何年も前から活用している監督さんがいて、作業予算もちゃんと設定されているのも事実です。

つまり、監督やプロデューサーの意思〜作品に対してどのような完成像を抱いているか〜によって、グレーディングの是非も甚だしく変わってくるのでしょう。

できれば近いうちにオリジナルの映像を使って、グレーディングの具体例を解説できれば‥‥と思っております。

海外のラボ

私は今、日本と13時間の時差がある海外の地で、映像作りの最終段階の作業に入っております。私は別に海外に限らず、日本でも時間が不規則なので、時差ぼけは全く感じません。日頃から、追い込み作業の合間を見て「継ぎ足し睡眠」するのに慣れているので、調整がきくのです。

私ら作品スタッフが作業する場所は、ポスプロ総合プロダクション(Productが2回続いて変な言い方ですが‥‥)のような会社で、グレーディングはもちろん、編集やテロップや2D/3Dのグラフィックス作成、さらにはフィルムの取り扱い(現像液を使う昔ながらの)などもおこなっており、フィルム時代からの歴史を感じさせる会社です。建物は鉄道列車工場の施設を改造したユニークなデザインで、まさにラボラトリー、モノ作りの雰囲気をたっぷり醸し出しています。列車工場だったがゆえに、雑居ビルのような風体はなく、鉄の骨組みが所々に見える無骨で広い空間に、各作業部屋がまるで迷宮のように配置されています。‥‥土地の狭い日本では中々難しいとは思いますが、たとえ小規模でも、何かの施設を取り壊さずに改造して使うというやりかたも、充分アリだな‥‥と感じました。



ジョバンニの島の時もそうでしたが、今回の作品も、ラボのグレーディング環境のモニタ(投影式)と我々のメインモニタの差がとても少なく、円滑に最終段階のグレーディングの作業ができそうです。最終のグレーディングはロールごとに作業をおこないますが、おそらく、特にひっかかりもなく、進行できるのでは‥‥と思います。もし前段階での修正点が発見されても、すぐに直せる準備を用意しているので、どんとこい!‥‥です。

ちなみに、我々が日頃使うディスプレイは映像専用モデルではないEIZO製のモデルで、個人でも買えるクラスのものです。プロだからプロモデルを‥‥と考えがちですが、20〜30万前後のディスプレイを買うということは「シビアな色校正と性能管理が必要」ということですから、実はメンテに非常にコストがかかるのです。単に高価なプロモデルを買っても、調整が行き届いていなければ、「高いお金を払って気分に浸っているだけ」に過ぎません。そして何よりも、作業部屋の「部屋のクオリティ」がラボのレベル(特に照明や映り込み防護の面で)に近くなければ、高価なディスプレイなど愚の骨頂です。私はシステムメンテナンスのスタッフと相談して、「局所的に高価な機材を購入して、妙に中途半端な導入と運用するよりは、一定のライン引きで割り切った導入と運用をしよう」という事となり、「廉価版」ともいえそうな27インチのモデルに決定したのです。

その判断が、国内のイマジカでも海外ラボでも「うまくいってる」のは、中々痛快で気分が良いです。海外ラボのグレーディングルームでプレビューして「概ね良好」だったのは、ひと昔までは散々「色合わせ」に苦労してきた経緯をもつがゆえに、嬉しいとともに奇妙ですらあります。

ちなみに、イマジカや海外ラボとほぼ一致しているディスプレイ(=メインモニタ)は、私のMacBook Pro(白色点を色彩計で調整済み)ともほぼ一致しているので、モバイルコンピュータクラスでも安心して臨時作業が出来る事になります。‥‥実は私が先月MacBookを調達した際は、「色は全くダメだろう。暗部も黒が締まりすぎてヤバいのだろう。」と予想していたのですが(昔のモバイルPCはそんなのばかりでしたから)、メインモニタと実際に並べても「かなり似て」いて正直ビックリで、良い意味で予想を裏切ってくれました。カタログスペックやWebの情報だけでは、「このへん」ってわからないんですよネェ‥‥。

海外のラボに話を戻して‥‥。街中を歩くと、英語とフランス語に取り囲まれて不安も感じますが、ラボのスタッフは技術者・クリエーターなので、ほっと落ち着きます。国籍は違えど、作品を作り上げるという点において、話の焦点が定まりますからネ。特に今回のラボは、フィルム時代から続くラボなので、技術屋さんらしき雰囲気の人も多く、ひときわ、安心できます。

ただ、日本と大きく違うのは、早朝8時から作業して、夕方には終わる‥‥というサイクルです。「そんなタイムスケジュールでも回る」のは、少なくとも日本のアニメ会社ではないですもんネ。

ラボからの帰り道にマーケットに立ち寄って、ホテルで調理して食べるため(そこそこちゃんと調理できるキッチンがついているのです)の食材を買いました。外食ばかりだと野菜が不足がちになりますもんね。早速、ほうれん草のおひたし、かき菜のわさび醤油和え等々を作りました。

腕時計がない

渡航前に、ふと「現在使える腕時計がない」事に気付き、アマゾンのお急ぎ便で購入しました。「iPhoneで見りゃいいじゃん」とか言われそうですが、腕にくっついててサッと見れる「専用品」に比べて取り回しが鈍いので、腕時計のほうが私は好きなのです。以前使っていた登山用(私は登山をしませんが…)の時計は電池切れで動かないままなので、とりあえず、安い「間に合わせ」のものを買いました。

これです。

 

届いて現品を見たら、さすがに1480円のクオリティ。至る所に「安いにはワケがある」仕上がりになっております。特に爬虫類風の合成皮があまりにもチープ。黄色と赤しか安いのがなかったので黄色にしましたが、フェイク皮のレリーフが明るい黄色にそれはもうミスマッチで‥‥。いっそのこと、ハードルを下げて単色ベタのデザインにしてくれれば良かったのに。

海外作業期間だけ保てばいい‥‥と思って安物を購入したこともあり、時計の機能的には何も不満はないので、チープさをググンとアップさせているフェイク皮の部分にヴィンテージ加工を施しました。



色調を落ち着かせて馴染ませる事、フェイクというよりは「風味」に振る事で、根本的なクオリティはかわらないものの、チープさは多少落ち着きました。何だか、時計にもグレーディングしている気分。

ヴィンテージ加工は、いつものプラモ技術を応用‥‥というか、そのまま使いました。タミヤのエナメル薄墨で墨入れ&ウォッシング、同じくタミヤのウェザリングマスターで汚しを入れて、こんな感じになりました。もっと手をかければ、よりダークな世界観になるのですが、一時しのぎの品にそこまでしなくても良いということで、これで完了。

時計かァ‥‥。もういい歳なんだし、奇麗なヤツも1つは持っておきたいですね‥‥。

ジョバンニの島と生涯功労賞

「ジョバンニの島」のDVD/Blu-rayチェックをしたのは、たしか初夏の頃くらいでしたが、製品が8月あたまに発売開始されたようです。

特にBlu-rayのクオリティは安定しており、「ラッシュチェックルームからお茶の間へ」といったくらいに、画像が鮮明で、絵ににごりがありません。繊細なニュアンスもそのまま伝わる良ディスクなので、興味のある方は是非。

カナダのモントリオールの映画祭「ファンタジア国際映画祭」で、ジョバンニの島が「今敏賞」(!)と「観客賞」を獲得したらしく、何はともあれ良かったですネ。ジョバンニの島のような作品は、作品の主題からして、爆発的ヒットのような売れ方はしない類いのものですから、長期的スパンで息長く見守りたいです。短期制作・短期回収のような作品ばかりでは、良い意味でのブランド戦略は成り立ちませんもんネ。‥‥しかし何だ、製品の帯を見ると、受賞歴はハデですネ。
*実は、ひらめきを短期のうちに形にするケースもあるので、必ずしも時間をかけて丁寧に作れば良いとは限らないわけですが、現在の殺人的なスケジュール圧縮は決して「ひらめき」によるものではないので、ほぼ100%、品質を下げるベクトルに作用します。

ジョバンニの島では、私ら「グレーディングチーム」は、内容の難しい「撮影」カットと、全カットのグレーディングを主に担当しました。また、撮影作業前に事前にバンク素材を用意したり、撮影ボード(撮影処理の見本)も作成しています。西久保監督が我々の能力を把握しておられるので、色々な活用アイデアを作品制作において実行してくれたのです。

一方、押井監督は「生涯功労賞」とな。「生涯」とはこれまた中々。

logの運用

日本のアニメ制作では全く馴染みのない「ログ」の色空間の映像。アニメの通常の制作フローではいわゆる「見た目通り」の「リニア」の映像で運用されますが、今どきの実写では、撮影からラボまで「ログ」で運用するスタイルが用いられているようです。私が関わっている現在の作品も「ログ運用」です。

リニアは「見た目のまま」、すなわち10の黒はそのまま10のまま、245の白は245のそのままです(解りやすいように8bitの256段階で数値を表現しています)。一見、「それでいいじゃないか」と思うのですが、次の工程に映像を渡す時に、10の黒は0との間に10段階しか数値がありません。つまり、「見た目合わせで運用すると、輝度や彩度での数値上の余裕がない」状態で運用する事になるわけです。

ログの場合、「見た目よりもダイナミックレンジが広く扱える」ように工夫されて映像情報が扱われていますので、「黒より黒い黒」「白より白い白」「赤より赤い赤」などをもつ事ができます。ログをリニアでプレビューした際には「10の黒」に見えますが、実際にはより多くの数値上の諧調を有しており、強めの加工を施しても「バンディング(トーンジャンプ)」「オーバーフロー」を発生させずに済みます。
*注)「ログをリニアでプレビュー」にはLUT(後述)を適用するわけですが、これはラボや作品によって見た目が大きく変わります。白方向に変化が出にくいLUTもあれば、色味に大きな変化がでるLUTまで、様々です。ラボとのLUTを介した連携が必須‥‥ということですネ。

昔の人なら解るかも知れませんが、どこかカセットテープ時代の「Dolby-C NR」「DBX NR」に似ています。全体の情報記録空間は同じでも、記録のしかたによって、より広いレンジを得る‥‥という仕組みにおいて。‥‥身近ではRAWデータの取り回しにも似たところがあります。
*注)あくまで「扱いが似ている」だけで、同じではありませんのでご注意ください。

ログを扱い始めた頃は戸惑う事も多かったですが、今ではログ運用の意図や有効性がわかり、むしろ未来のアニメもログで運用しても良いんじゃないかと思うくらいです。リニアは積極的に映像データを扱おうとすると明暗部で破綻しやすいのですが、ログだとたとえ10bitでも有効にデータ空間を扱えるので、結果的に破綻しにくくなり、データの取り回しが「総合的には良好」になります。

アニメをログで扱う意義としては、目では見えない最暗部・最明部の情報を保ったままフローを流せる(次の工程でデータの余裕が出る)ので、解りやすい例で言えば、グラデーションを加味した際にトーンジャンプを抑えられますし、未来のより広大なダイナミックレンジをもつ新映像フォーマットにおいて「再マスタリング」が可能なので、「作品の息」を長いものにできます。

運用方法は、色彩に関与するスタッフが「ログとリニアを理解」して作業すれば特に困る事はありません。実写カメラだけでなく、3Dだって私らのグレーディングだって「リニアに対応」したのですから、出来ない事では全くありません。LUT(ルックアップテーブル〜Look Up Table)の扱いに慣れ、色調補正系のフィルタやレイヤーモードなどを繊細に扱えば良い‥‥だけのことです。

例えばディックブルーナのミッフィとかはリニアでも充分だとは思いますが、より濃密に絵作りをおこなう場合は、10bit程度のリニア運用ではアニメであっても(いや、アニメだからこそ)破綻しやすいと思います。実際、今人気の作品(中傷したくないので作品名は出しません)では画面の至る所にトーンジャンプが頻発している‥‥とも聞きますしネ。

リニアで16ビット連番ファイル(TIFFやPSDなど)で扱う‥‥という手もなくはないですが、少なくとも2020年くらいまでは10〜12ビットのログで扱うのが「現実的で賢い」手段だと思います。私の直近の欲求では、12bitの4444をログで運用できればいいな‥‥と考えています。

「終わったら忘れちゃえ」という作品を作り続けたいのならともかく、作品をより高い品質で作り上げて数十年のスパンで大事にしていきたいのなら、「アニメでログ」はアリかも‥‥です。

インハウス・グレーディング

現在作業中の作品の国内作業を、最悪の「崖っぷち0ミリ」まで追い込む事なく、無事終えました。後段の作業に少々でも「ココロの余裕」を持ってのぞむ事ができるのは、やっぱりイイです。ギリギリの限界を超えちゃう作業は、ただ単に作品を危うい状況に追い込むだけですもんネ。
*作品名に関しては、公式の情報公開があるまで言及を控えます。スミマセン。

今回の作業は、スカイクロラの頃から作業を始めた「グレーディング」と呼ばれる類いのものですが、いわゆるラボサイドのグレーディングではなく、インハウス(制作会社から見て)のグレーディングであり、作業内容もスケジュールも大きく異なります。作品映像の最終的な「落とし前をつける」作業(=上手くいってないものを上手くいかす)であり、特に今作は要求度も高く、自ずとレンダリングの時間も物凄い事になりました。新型のMacProが力不足のマシンに感じたほどです。

実は、自分たちの作業を、「グレーディング」と呼ぶのはいささか抵抗もあります。しかし、「役職名の通りが良く、一番近い作業内容がグレーディングであるのも事実」なので、甘んじているのです。「カラーグレーディング」の作業の他に、デノイズして、トラッキングやスタビライズをおこない、画面ブレを足して、ピクセルモーションブラーを足して、砂ボコリを足して、火花を足して、マズルフラッシュを足して、照明効果で全体の絵作りをして‥‥なんて、グレーディングの範疇を遥かに超えちゃってますもん。

もちろん、内容相応のちゃんとした作業コストが充当してあるからこそ、出来る作業ではあります。願わくば、この「インハウス・グレーディング」を、アニメ撮影や3Dのコンポジットの作業枠に「予算を変えずに」組み込む人々が出てきませんように‥‥。技術宣伝の期間(技術の試用期間とでも言いましょうか)は別としても、正規作業においては、ちゃんと予算を獲得してから作業枠を広げましょうネ。じゃないと、あっという間に「自分の首を絞める」ターンがやってきますヨ。

私がかつて作業していた「アニメの撮影」は、現在の映像技術のバリエーションからすれば、とても限定的な範囲に留まっています。‥‥いや、撮影だけでなく、旧来のアニメの制作システム自体が、進化していく技術から「視線を外している」ような状況‥‥に私からは見えます。標準制作システムは「唯一無比の絶対神」であり、「技術は付け足すもの」と考えているかのようです。例えば、今回の「インハウス・グレーディング」にしても、その効果を理解し活用イメージが抱ける数人(というか、今のところ、おふたりだけです‥‥)の監督さんだけが使っているだけですし、4Kにしても業界はどうも「2Kのサイズ拡大版」程度の意識で停滞している雰囲気を感じます。

私は「アニメからハコを考える」のですが、業界標準システムを基点としている人々は「ハコからアニメを考える」のでしょう。私からは「限定的で消極的」に見える業界ですが、業界一般論からすれば、私の考えは「逸脱して破壊的」に見えると思います。根本で話が食い違うのは当然の事ですネ。

私は新しいアニメーション技法を形作る一方で、従来の「紙に描く作画」を「24コマ意識」で動かす48fps(60fpsでもOK)4Kアニメ技法のアイデアもあります。その「作画描き送り式4Kアニメ」と「インハウス・グレーディング」等々の新手の技術を結合した制作フローの着想も既にあります。しかしそれは、業界標準からは、作業仕様も映像内容も大きくかけ離れています。「紙に描く作画」を「24コマ意識」で動かすからといって、今までのフィルム時代の制作意識の延長線上にアニメ作品を幽閉する必要はない‥‥ですもんネ。「紙に描く作画」を新しい技術フィールドに解き放てば良いのです。

‥‥まあ、私のターゲットは相変わらず、様々な技法で絵を動かす「新しいアニメーション」ではありますが、貴重なベテラン人材と新世代の若い人の間に「ミッシングリンク」が発生しないためにも、ハイブリッド&強化型の「作画描き送り式4Kアニメ」は有効な「1つの手段」かも知れないと考えている次第です。もし私があえて旧来の「作画描き送り式」のアニメーション技法に関わるとすれば、「原画・動画・仕上げ」のエンジン部分を、新しいトランスミッション・シャーシ・電装、そして空力ボディに組み込んだものになるでしょう。ジェット時代に開発するレシプロ機、「アンリミテッドクラス」〜4000馬力で時速800km超えのプロペラ機‥‥とでも言いましょうか。



‥‥で、グレーディングに話を戻しますが、海外ラボではスクリーニングを行いながらのグレーディングをおこないます。「インハウスでおこなうグレーディングで完結できないの?」と思われるかも知れませんが、まあ、それでもできなくはないんですけど、「劇場上映の基準を見ながら、最終的なカラールックを追い込める」のは上映施設を有したラボならではのアドバンテージなのです。アニメ制作会社は劇場ばりの上映環境なんて所有できないですしネ。

海外のスタッフとどうやりとりするか、今から楽しみです。

ちなみに、最近調達したMacBook Pro(Retina)のディスプレイは、色彩計で量ってもらったところ、色に癖が無く、「応急作業で充分に使える」印象の良いものでした。実際に国内作業での「log to linear」のプレビューチェックに用いたメインモニタと比べて、MacBookのRetinaが「かなり似て」いるのは驚きでした。ノートパソコンのモニタは「2次災害」が起こりそうなプアな品質なものが多いのですが、MacBookのRetinaはメインモニタと並べても、「ごく普通に同じく見える」ほどフラットです。メインモニタとして常用するのは無理ですが、「特性が近いディスプレイ」としては使えそうです。

しかし何だ、空輸するデータ容量が「20TB」前後になる‥‥なんて、今は凄い時代になったもんです。ファイル総数は30万ファイルを軽く超えますしネ。

ヒコーキ

渡航を前にして、あれもこれもと必要以上に準備に気を巡らす一方で、「片道13時間の海の向こうにあるイマジカ」と思えば、何だかスッキリと気持ちが落ち着きます。

しかし搭乗する飛行機を調べていて「Booking Reference」だの、日本の日常生活では耳慣れない用語を前にすると、やはり一抹の不安は残ります。「予約番号」みたいな意味らしいんですが‥‥。英語圏とフランス語圏のある国で、私が向かうのはフランス語圏の都市なので、それもまたどうにも‥‥。

私は飛行機が子供の頃から好きなので、フライトに関しては毎回変わらずワクワクしたキモチです。今回乗る「機材」も調べてみましたが、国際線はボーイング社の787-8型機、国内線はエアバスA320とA321のようです。私は旅客機にはあまり詳しくないので、色々と調べてみましたが、ボーイング787って最近就役した新型機(初飛行2009年・運用開始2011年)だったんですネ。787は新型ゆえに事故歴はエアバスA320と比較して格段に少ないようですが(運用期間が短いので当たり前ですが)、色々と開発テスト期間にゴタゴタがあったようで、地上の乗り物とはやはり異質なモノだと改めて感じました。

顔が可愛いのは、A320系のほうですネ。


エアバス・A320の横顔〜ふっくらしたマズルが可愛い

一念岩をも徹す」というのはまさしく‥‥で、私が20代の頃から心に思って行動し続けた色々な事が、色々な経緯を辿り、何だかんだと逐次、現実になっています。ほんのひと昔前では鼻で笑われたような事ですが。‥‥今回の渡航も、昔から「イメージ」していた中の1つです。

違う考え方をすると、私は「出来る事しかイメージできない」人間なんだと思います。「たまたま買った1枚の宝くじで1億円当たった」とか「誰も考えもしなかった儲かる商売」なんて全くイメージできないですが、「あの技術とこの技術とあの機材を組み合わせれば、こんな事ができそうだ」「複数の状況が絡み合うとどのように進展するか」みたいなイメージはどんどん膨らみます。「夢」というよりは「仮想」なんですネ。

なので、現時点、「プライベートで飛行機の楽しい旅をする自分」が全く想像できないところからして、恐らくその通りになるんでしょうネ‥‥。たまに仕事で飛行機に乗る事はあっても、基本的には地を這いながら、仕事万世で生きていくんだろうな‥‥。たまには旅行でもしてみたいとは思うのですが、少なくとも今は、旅行している自分の姿がリアルに想像できないのです‥‥。

日和見さん

問題提起して改善を実践しようとする人、新たな方針を打ち出す人などは、往々にして「大半を占める日和見層」からは煙たがられます。さらには、日和見さんたちからは、「今は穏やかなんだから波風を立たせるな」とすらハッキリと苦言を言われたりもします。

でもね‥‥、そんな日和見さんたちの言葉には、実は何のビジョンもなく、今さえ良ければイイという感情で満たされているのです。志をもって立ち上がった人は、そんな言葉にいちいちヘコむ必要はないのです。

日和見層の存在は決して無視してはならないものですが、一方で、日和見層には進路を決める意思も問題を解決する力も持たない事も忘れてはなりません。意思決定や解決力を持たない代わりに、進路を決め障害を取り除けば、日和見層が物事を安定させる働きをもつのです。

日和見さんは、まさに日の当たる温かい場所を好むのですから、太陽の移動によって、どんどん位置を移動していくわけです。ですから、日和見さんの意見も等しく、状況によって大変動します。そんな日和見さんの言動に、翻弄されるべきではないのです。思考のフィールドが大きく異なるのですから。

自分なりの確信を抱き、改善や新方針を実践する人は孤独になりがちです。「何て損な役回りを自演しているんだろう」と悔しく惨めな思いに潰されそうになる事もあるでしょう。しかし、そうした「何かに突き動かされて行動する事」は、やがて「似たような意思を持つ人々」と出会うための足取りでもあるのです。日和っていては決して訪れない、必然的な運命とでもいいましょうか。

意思を貫く人は、やがて同じく、意思を貫く人たちと、出会う事になるのです。

孤独を恐れてはならないのです。嫌われる事を悲しんでいてはダメなのです。むしろ、楽しむくらいでないとネ。

どんなに気を払っても、全ての人間に好かれる事なんて無理なんです。賛同する人間もいれば、拒絶し非難する人間もいて、当たり前です。

私は、自分の成そうとしている事がどれだけユニークかを測る尺度として、「困惑」「嫌悪」「アンチ」の様子を密かに楽しみにしています。日和見層が同意すればするほど、その事柄が予定調和でマンネリで古びている証明ですから、多くの人が同意するような場合は、逆に不安だったりします。周囲に流されず自分なりの価値観と直感で生きる人に同意してもらうのは、嬉しいですけどネ。

日和見層に惑うのではなく、活用するくらいの意気でちょうど良いのです。

‥‥まあ、何はともあれ、頑張りましょうよ。やろうと決めたからには。

沈黙の臓器

最近、業界の状況について、「このままではマズい」「限界が近づいている」「手遅れになる前に手を打つべきだ」‥‥のような話題を、以前より格段に多く、耳にします。

何だか「沈黙の臓器」〜肝臓の障害に近いような状況。

以下、製薬会社のコラムからの抜粋です。
 
肝臓は本来ある程度の障害を受けても、代償作用が働いて、元に戻ることができます。

このような肝臓の性質を「肝臓の予備能」と言っています。肝臓は予備能があるため少々の障害では症状が現われません。そのために肝臓は
「沈黙の臓器」
と呼ばれています。しかし肝臓の障害が少しずつゆっくりと進行していても、自覚症状はありませんから、気がついたときには手遅れになっていることが多いので、注意が必要です。

警鐘を鳴らしてきた人々は、既に2005〜2008年くらいから「ヤバイ」「マズイ」と言っていたはず。そして、その人々は自分の関連する部署で「耳障りの悪い事を言う厄介な人」として扱われてきた事も多々あるでしょう。「そんな事より、今をどう乗り切るかのほうが大事だ」と。

最近はツイッターでも色々と業界の問題点を吐露する文章を見かけますが、自覚症状が出てきた時点で「痛い」「辛い」「マズい」と言っても、もう遅いのかも知れませんよ。「1原2原」「3日で本撮を撮り切り」なんていう常識(病状?)が確定した後では、もうどうにもならんです。少なくとも私の見解では、「もう昔の体に戻る事はない」と考えております。

2008年くらいまで(スカイクロラの頃ですネ)はさ‥‥、私も頑張ってたんですけどね‥‥。新しいインフラ構築や問題点の克服に同調してくれないんじゃ、どうにもならんです。

業界というのは、ある種、1つの生命体のようなものです。養分を摂取し代謝を繰り返し成長する‥‥という性質において。

その生命体の健康状態が「人に黙っていられないほど」低下しているゆえに、各所から色んな「症状を訴える言葉」が出てくるんじゃないでしょうかネ。

製薬会社のコラムには、こう書いてもあります。
 
肝臓の予備能の一つに肝細胞は再生能をもっていることが挙げられます。例えば肝臓の1/3を切除しますと、残っている肝臓の細胞が増殖し、1〜2ヶ月後にはもとの大きさに戻ります。この性質があるために生体肝移植が可能になります。

うーん。患者は現アニメ制作システム(=アニメ業界一般)だとして、「ドナー」にあたる存在は何なのか。今の業界は生体移植して再生できる状態にあるのか、もはや症状が進行し過ぎて手遅れなのか。

ただ、確実に言える事は、「このまま行動すると必ず、寿命を全うせずに死ぬ」という事です。臓器への負担はそのまま、一方で代謝の不足した状態で何年持ちこたえる? 十数年後のアニメーターの状態はどうなっている? メカやレイアウト、さらにはエフェクト作画まで3Dに明け渡した人材の10年、20年後は? 作画後のスケジュールは今以上に圧縮される?

「今までのアニメの作り方」を愛しているのなら、そのアニメを作り出している「生命体」たるアニメ制作システムを「いたわって」あげないと。

もし望みを捨てていないのなら、すぐに手の着くところから行動すべきでしょう。ツイートはきっかけにはなりますが、実行力は何も保証されていません。血肉を払ってでも、未来の「生」のために自らの肉体をもって行動を開始したほうが良いのでは? ‥‥実際に行動を開始している人もいますが、極々少数ですよネ。

その「生」は、「再生」によって手に入れるものなのか、または、「新しい生命体」(新しいアニメーション制作システム)に遺伝子を継承するのか。

分岐のタイミングが刻々と近づいてきているように思います。どちらに進むかは個人の思うところに委ねるべきですが、どちらに進んでも「大変な事業」であることは変わり無さそうですネ。

カメラワークでスキルが解る

技術を要する場面において、「スキル」が高い、低いだの言いますが、ではスキルとは何かと考えてみると、いくつかの要素を総合評価して「スキル」と呼び表している事がわかります。さらには、人がスキルを高める「順番」も見えてきます。

私が考えるに‥‥ですが、スキルは「共通した基礎技術」「作業経験から理論立てて体系化した応用技術」そして「勘(直感・インスピレーション)」の大きな3要素で形成されている‥‥と思うのです。この3要素の「配合」は各人それぞれだとしても、どれか1要素でも大きく欠損していると、スキルも相応に低く、かつ不安定になります。「勘」だけに頼る新人はまさにスキルの未熟な例の典型ですが、「勘」が衰え「作業習慣」でマンネリ作業に陥る中堅やベテランの例などもありますので、作業歴が長いからといって、必ずしもスキルが高いとは言えないようです。

作画はまさに絵を見て、パラパラと紙をめくって動きをみれば、大体スキルが解りますが、「撮影」「エフェクト」も「画面ブレ」「カメラ揺れ」あたりのカメラワークを見れば、当人のスキルが大体解ります。「基礎」「応用」「勘」の3つが、「画面ブレ」「カメラ揺れ」に如実に表面化するからです。

「単に位置やスケール・回転のキーフレームを設定する」だけなのですが、だからこそ、当人の隠し仰せないスキルが出てしまうのです。実は動きを専門に扱うアニメーターでも「画面ブレ」「カメラ揺れ」に関しては苦手な事が多いのは、あまり知られていない事実です。私が過去に関わった作品では、「画面ブレ」「カメラ揺れ」をアニメーターが目盛りで指定しても、ラッシュチェック時(映像のチェック)に演出・監督でリテークとなり、撮影セクションで直す事が多々ありました。‥‥まあ、「簡単そうに見えて、難しい」という事です。
*あからさまにカメラワークがおかしい場合、リテークの作業時間をカットするために、アニメーターの指定通りのテイクと、撮影で予め修正したテイクの2種類を出す事がありますが、採用されるのはもちろん「プレビューした上で修正した」撮影修正テイクのほうです。‥‥まあ、線画オンリーで、背景も着彩した絵も見ないでフレーム指定するのですから、酷と言えば酷‥‥なのですけどネ。簡単で一般的なカメラワークならともかく、微妙なニュアンスのカメラワークを線画段階に要求するのは、ちょっと酷かな‥‥と思います。

これはアニメ制作に限った事ではなく、3Dを含めた実写映画でも共通することで、作業者を知らなくても映像を見ただけで、新人か否かが解ります。厳密には「新人レベル」と言うべきで、中には新人ながら「勘」だけで上手く表現できる人間もいますし、中堅やベテランとは言えいつまで経っても下手な人もいますからネ。そうした各人の状態が映像に「極めて解りやすく」出てしまうのが「画面ブレ」「カメラ揺れ」なのです。そしてこれは日本国内だけでなく全世界で言える事でもあります。

私がグレーディングを作業する中には、前述3要素の微塵も感じられない「画面ブレ」に遭遇する事があります。動きのタイミング、位置や回転の使い方で、スキルの低さがモロバレているのですが、それをそのまま完成映像としてスルーする事はできませんので、どうしてもキツいもの(レベルに達していないもの)だけは、After Effectsのスタビライズ機能を使って画面ブレを一旦外して、再度カメラワークを付け直します。
*注)こうした作業は「グレーディング作業とは別腹」ですので、間違っても、一般的なグレーディング作業に「カメラワークの修正」まで持ち込まないようにしてください。インハウスでおこなう「エフェクト込みのグレーディング」作業枠だからできる事なのです。

また、アマチュアの方のアニメーション映像は、絵を動かす事に気がもっていかれ過ぎて、カメラワークに神経が足りていない事がよくあります。もしくはそれ以前に「カメラワークが重要な要素だ」という事を認知していない「フシ」も感じます。いわゆる「カメラワークに無防備」であることが、YouTubeで公開されているアマチュア制作アニメによって窺い知る事ができます。実は「プロになる」という事は「慎重さを身につける事」でもあるんだな‥‥と思います。

少しだけ「画面ブレ」「カメラ揺れ」の技術的な話をしますと、カメラのブレや揺れは、表現したい内容によって広いバリエーション展開ができます。違う言い方をすれば、表現内容に呼応して数多くの表現上のバリエーションが必要だと言う事です。「ブレ」「揺れ」とひとくちに言っても、不意に振動が伝わり固定カメラが揺れる場合と、カメラ自体が動いて揺れる場合があります。カメラ自体が揺れている場合でも、例えば飛行機や車にカメラを固定している場合と、手持ちの場合があります。さらには手持ちであっても、スタビライズ機能風のカメラ(=人間の視点の表現)と、報道カメラ・戦場記録フィルムのカメラでは、揺れに大きな違いが表れます。

こうした表現の差を、まずは位置(XYZ)と回転だけで表現します。最初っからモーションブラーなんぞに頼っちゃダメですよ。動きの表現は多くの場合、XY座標と回転だけで表現できます。さらに絞ると、XY座標だけでも表現をほぼカバーできるはずです。船が荒波に揉まれているような表現の時は回転は必須ですが、通常はXY座標で「ブレ」の表現が可能です。XY座標で基礎をマスターする前に、上手く出来ないからと言って、わけもわからずに回転プロパティに手を出すと、混乱して制御不能な映像になり、余計シロートっぽくなりますヨ。

激昂して机をドカンと叩く、部屋をドスドス大きな足音で走り回る、巨大なロボットが2足歩行で歩く、重戦車が近づいてくる、砲撃の振動が伝わる、榴弾が着弾して爆発する‥‥など、アニメや実写で多く見られるシチュエーションは、特にY軸を使います。画面の内容によってさじ加減は変わりますが、XYのブレの比率は「1:9〜3:7」くらいの間です。

オフロード仕様の自動車が大きなゴツ石の河原を低速で走る、泥でぬかるんだ未舗装路を走る、小屋の中で台風の強風に耐える、搭乗している戦車の側部に徹甲弾が命中する、爆発時の強い衝撃波に晒される‥‥などの場合は、X座標の「上手い使い方」で雰囲気がグッと増します。

なぜそのようなX座標とY座標の使い分けが必要になるのか‥‥は、動きの特性を考えてみればわかりますよネ。「縦揺れ」「横揺れ」の使い分けには、ちゃんと理屈があるのです。「わけわかんねェけど、位置をテキトーに動かせば良いんでしょ」というのは、まさにシロートさんのレベルであって、作品もシロートレベルの完成度になります。「訳が解って、位置を適切に動かす」のがスキルの高い技術者の成すべき事で、そうしたスキルの結集が作品を高い品質へと押し上げていくのです。After Effectsは分け隔てなく、位置プロパティの操作を万人に与えてくれますが、適切に扱えるか否かは個人のスキル次第です。

さらには、画面のレイアウトによっても、「画面ブレ」「カメラ揺れ」は適切に扱わなければいけません。広角アングルと望遠アングルでは、ブレ・揺れの「ハマリ具合」が大きく変わってきます。一眼レフカメラを持っている人は知っているかと思いますが、カメラブレの発生するシャッタースピードの限界値は、レンズの口径によって大きく変わってきます。広角レンズはブレに強く、望遠になるほどブレやすいという性質を持ちます。つまりは、(ライカ判換算で)17ミリレンズなどの超広角アングルの画面で、After Effectsなどのコンポジット時に画面ブレを無理に大きくすると、とても嘘っぽくてペラペラでチープな映像になりやすいのです。他のカットで使った「いい感じのブレのキーフレーム」をコピペしても「イマイチ」な事があるのは、「画面のレイアウトが、そのブレを許容しない」から‥‥かも知れませんヨ。

その他、「動きのタイミング」「回転のつかいどころ」など、要素は山ほどあります。それら要素を「基礎技術・基礎知識」「経験による応用」そして「勘・インスピレーション」によって、映像を仕上げていくのです。「画面ブレ」「カメラ揺れ」は、キーフレームの単純操作で優劣が決まる作業なので、コンピュータの機能で補う「逃げ」がきかず、ゆえに当人のスキルがモロにバレてしまう‥‥というのは、ご理解頂けるのではないでしょうか。

まあ、あと「作品の風格」を表現する1要素としても、「画面ブレ」「カメラ揺れ」は大きい要素です。ビデオゲームやヒストリーチャンネルのノリで、「画面ブレ」「カメラ揺れ」を施すと、劇場作品が「でっかいテレビ」になります。今は「劇場」の意味も昔とは大きく変わってきていますから、一元的に評価する事は避けますが、少なくとも「劇場作品の風格が欲しい」と考えているのなら、「画面ブレ」「カメラ揺れ」を「テレビライク」に処理しないように「コンポジットに従事するスタッフ」が注意すべきでしょう。‥‥最終のグレーディング段階ではどうにもならん事もあるからネ‥‥。

「画面ブレ」「カメラ揺れ」は、まさに作業者のスキルを映し出す、コンパクトな手鏡のようなものです。コンポジット作業者、その現場監督、そしてその会社の状態まで見透かされる、とても「コワイ」要素なのです。

最後に‥‥ですが、現在アマチュアでプロを目指している人が、スキルを形成していく順番については、合理的に考えれば自ずと見えてきますよネ。「経験から理論立てた応用」なんて現場に入ってからのことなので、アマチュア時代には「基礎」と「勘」の2要素に重点をおくべきでしょう。基礎を出来る限り早期に学ぶ事、そして勘・インスピレーションを高める為に色々な「ものを見る」事です。

アニメのコンポジットの基礎知識に関しては、「撮ま!」の準備号を通読すると良いでしょう。現在容易な手段で入手可能かつ、信頼できる文献として、唯一とも言える存在ですので、用語の解らない部分をスキップしてでも目を通しておくことをおすすめします。また、撮影工程において「なぜそのように各要素を扱うのか」を、自分なりにシステムを想像して読み解くのも、良い思考トレーニングになります。

また、アニメ作品を作りたいからといってアニメだけ見るのではなく、様々なものを見て感じる事が、後々の「勘」に繋がっていきます。むしろ、アニメ以外のものをアマチュアのうちに蓄えておいたほうが良いですネ。「ネットで閲覧」する画像・映像は、既に撮影者や作成者の主観が大きく介在していますので、自分自身の肉眼で実物を見ることが重要です。他人のセンスを自分のセンスと勘違いしないように、しっかりと自分の肉体で実物の存在感を吸収しましょう。プロになったら、そうそう身動きの自由が取れなくなり、仕事上での経験値は上がる一方でインスピレーションは蓄えられない傾向に陥りがち‥‥ですからネ。


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