GarageBandのバグ、10.1で治った

前々回のブログで、GarageBandの辛いバグが、10.1へのバージョンアップによって直った‥‥ような事を書きましたが、さらにイジってみて「十分使えるまで復旧した」感触を得ました。前のバージョンはほんとにヒドかったもんなあ‥‥。

「直った」ではなく、「治った」と書くのが適切なくらい、珍妙なバグでしたもんね‥‥。

動作が鈍くなるバグも払拭、ノートデータをクリックすると異空間に飛ばされるバグも解消、とりあえず、この2つが直れば使用上は大丈夫です。

試しにアニメじゃない曲も打ち込んでみました。私の好きなコダーイの曲から、有名な「ウィーンの音楽時計」の冒頭部分です。



前にも書きましたが、Main Stageというソフトを追加購入すると、膨大に音色が増えますので(記憶容量も50GBくらい消費しますが)、このあたりのオーケストラ編成ならば、音色に不平を言わなければほぼ全部揃っています。

ちなみに、「ハーリ・ヤーノシュ」はスコアを所有しておらず、ISMLPにも無かったので、色々と検索してたら、「ニューヨークフィル」のデジタルアーカイブを見つけました。書き込みがしてあるのが、ナマナマしくてイイすネ。
*スコアの存在しない楽曲は、耳コピもやむなし‥‥ですが、スコアが確実に存在する楽曲は入手して、スコアをコンピュータ用に解釈して打ち込むのが一番です。





さらに調子にのって、大半をエレキギター一本で演奏する「The Rain Song」も打ち込んでみました。​若い人には馴染みが薄いかもしれませんが、Led Zeppelinの名曲です。‥‥知っている人なら、レコードではなく、ライブの演奏から音を拾った事がお判り頂ける‥‥と思います。調がGではなく、Aなのが特徴ですネ。

この手のニュアンスの繊細な演奏は、コンピュータの打ち込み音楽では大の苦手なんですが、どのくらい雰囲気がでるか、やってみました。



ムービーのキャプチャをご覧の通り、GarageBandにはギターアンプが内蔵されていて、生のギターだけでなく、サンプリング音源の音色にも適用できるので、音色を大幅にカスタムすることが可能です。アンプは何種類もあって、全部はとても試しきれていません。加えて、ストンプボックス、つまり足踏み式のエフェクターがさらに多数あり、収録マイクの種類と位置まで設定できるので、音色を全部チェックするのは無理かも‥‥。使いこなせば、もっとジミーペイジの音色に寄せた、甘いトーンとオーバードライブ感を兼ね備えた音色が作れるかも知れませんネ。

途中で入る「ふにゃ〜〜」という独特の音色のメロトロンのサンプル音源は、GarageBandかMain Stageに入っているらしく(=音色一覧をみたら、いつの間にか並んでました)、プリセットのまま使いました。

エレキギターのアルペジオ(=大量のノートデータ)を打ち込んでみましたが、10.0の時のような操作の重さ・鈍さは発生しませんでした。‥‥10.1でバグは解消したんじゃないで‥‥しょうか。(まだ、何が起こるかはわかりませんが)

普段は、アニメの懐かしいBGMの「耳コピ」をアップしていますが、GarageBandの表現能力は多岐に渡ります。10.0では操作性に重大なバグがあり、「なんだこりゃ」と使うのを放棄した人もいるかも知れませんが、10.1からは正常に戻っていますので、Macを持っているのなら一度は遊んでみると楽しいですヨ。

 

GarageBandのバグ、10.1で解消された‥‥か?

最近のバージョンのGarageBandは、深刻なバグを抱えていて、扱いが非常に厄介な面がありました。ノートデータ(音の発音データ)を編集していると、みるみる間に動作が重くなっていき、最後には、なんらかの操作のたびに数秒待たないと反応しない、致命的なバグでした。再現度は100%で、私の所有する複数のMacOSX環境でも共通して発生しており、AppStoreのレビューでも同じバグの報告が書き込まれていました。

このバグの解消法は、「一旦、ファイルを閉じて、再度開く事」です。アンドゥキャッシュがどんどん溜まって、重くなるような感じなので、ファイルを閉じるとキャッシュも破棄され、リセットされて軽くなる‥‥みたいな感触です。このバグの本当の原因は、インサイダーではないので解りませんが、面倒ながらも、ファイルのリオープンでごまかして使っていました。以前ブログで書いた、宮川奏氏の楽曲を耳コピした時も、この煩わしいバグを抱えながら、作っていました。

ここ数日の間に、GarageBandの新しいバージョン「10.1」がリリースされたので、バグ解消を期待しつつ、早速使ってみました。



以前のバージョンなら、100%の確率で重くなっていた操作(ピアノロールでのノートデータの編集)も、10.1の新バージョンにおいては、とりあえず問題無しです。「とりあえず」なのは、まだ使い込んでおらず、何があるかわかりませんので‥‥。

今のところ、ノートデータをクリックすると、全く違うデータにジャンプしてしまうバグも出ておりません。10.0は相当、格好悪いバージョンで、Appleの内情がひしひしと伝わって来ていましたが、10.1でまずは目立つバグは収拾しているように感じます。

10.1へマイナーバージョンアップして、とにかくは、GarageBandがまともになった‥‥。


追記:試しに、私の世代には懐かしい、「マジンガーZのBGM」を少しだけGarageBand 10.1で作ってみました。10.0で発生していたバグに悩まされる事もなく、円滑に作業できました。

楽曲は、とことん「7#9押し」の「ど直球」なのが素敵ですネ。私の世代(昭和40年代前後の生まれ)は、この「7#9」の和音を聴くと、「悪の軍団」をイメージする人も多いかも知れません。渡辺宙明氏といえば、やはりこの「7#9」、そして「ティンパニ」「ブラス(Brass)主役」ですネ。



ブラスは途中から消えます。強弱(金管のプワ〜というクレシェンド・デクレシェンド)のエクスプレッションも追加していません。さっき作った、作りかけです。‥‥「耳コピ」はあくまで趣味なので、のんびり、本業の合間に作って、いつか完成するとは思います。

‥‥Appleはシャレオツな「HipHop」とかを作らせたいみたいだけど、私は自分の好きなように、 GarageBandを使わせていただきます。
 

宮川泰・賛

「ヤマト」の本放送が小学1年、「さらばヤマト」が小学5年の頃だった私は、「ヤマト世代の下のほう」と呼べる世代です。私はどちらかというと、999の方が好みだったのですが、ご多分に漏れずヤマトにも親しんでいました。ヤマトのメンコは今でも保管してありますし、小学生の頃に出版されたヤマト設定資料集も現存所有しています。

なので、ヤマトの音楽にも深い愛着があり、それはやがて作曲者の宮川泰氏の他の楽曲への愛着にも繋がっていきました。単に惰性で‥‥ではなく、もともと気になっていた楽曲が、実は宮川泰氏の楽曲だったという事が後年になって解り、より一層愛着を増したのです。例えば、カリキュラマシーンのちょっと悪ノリした軽快な音楽は、氏によるものです。もちろん、ゲバゲバ90分の音楽(今はビールのCMでおなじみ)も。

また、氏のもつ節回しや和声感覚が、私の琴線を大きく揺さぶった事も大きいです。私は小学校に進学する前の随分小さい頃から、家にあった「ヨーロッパ映画音楽集」(=父が購入)のレコードを愛聴しており、ミシェル・ルグランやフランシス・レイ(当時はもちろん、作曲家の名前まで気がまわりませんでしたが)などの半音階進行を伴ったアンニュイな響きにわけもわからず親しんでいました。また一方で、「ホームクラシック全集」(=母が購入)に収録されていたチャイコフスキーの東欧的な響きにも親しんでいました。R&Bやジャズのリズムの上で、滑らかで色気のある主旋律と内声がたゆたう、氏独特のスタイルが、少年時代の私を自然と虜にしていったのは、ごく自然な流れだったと思います。

氏は、とてもシンプルな構成のスコアを書く反面、響きを濁らす寸前のギリギリの内声を用いてスリリングでエロい(=賛辞として)テンションを醸し出す事も往々にしてあり、その多様性も魅力でした。

例えば、カリキュラマシーンのイントロでは、あっけらかんとしたペンタトニックスケールの下降フレーズを、3オクターブにわたるユニゾンだけで強烈に、半ば悪ノリ的に、印象付けます。さらばヤマトのメロディアスな楽曲(後述の「想人」など)において、テンションノートを駆使し、しっとりとした気怠さを表現したのと、まるで真逆のテンションです。

氏の多彩さはこれに留まらず、攻撃的な戦闘シーンの音楽や、朗らかでのどかな音楽など、カリキュラマシーンのサントラを聴くだけでも、氏の音楽の幅広さ、そして楽しさが伝わってきます。

最近息抜きに、昔から興味のあった、カリキュラマシーンのテーマ音楽と、さらばヤマト・サウンドトラックの「想人」を、実際にガレージバンドで耳コピしてみました。当時のスタジオミュージシャンの演奏に及ぶべくもないですが、どんなからくりで「宮川メロディ」が成り立っているのか、ガレージバンドで打ち込んで分析してみた次第です。


カリキュラマシーン

*「シャバダバ」なんて鳴る音源はないので、少年合唱は一般的なクワイア音源です。


さらば宇宙戦艦ヤマト「想人」

*主旋律は、川島和子さんの美声に似るわけもないので、ハナからあきらめ、シンセ音で演奏しております。‥‥つーか、弦セクションにしても、金管木管にしても、生演奏には遠く及びませんが‥‥。

YouTubeさん、著作権周りのアレコレ、ありがとうございます。(ユーザ本人の自演に限り、YouTubeが著作権周辺の面倒を見てくれます)
*詳しくは、JASRAC Webサイトの「動画投稿(共有)サイトでの音楽利用」をご覧ください。



両極端な音楽のように聞こえますが、カリキュラマシーンの中間部の和声進行は、メロディアスな展開を得意とする氏ならではですし、「想人」の「場面転換」時に奥で聴こえるマイナー6th7#9の響きは、クラシック音楽ではなくR&Bやジャズなどのスモーキーな感触を巧みに活用しています。

「想人」に見られるテンションノートの扱いや内声の半音階進行は、シンプルで素朴なものが好まれる昨今ではあまり耳にしないものなので、若い人には耳慣れない響きかも知れません。今どきのスッキリした循環コードによって構成された楽曲とは一線を画す響きです。実際、耳コピにおいても、音を拾うのは難しく、6,7,9,13と言ったテンションノートに耳をとがらせつつ、内声の動きの経過音も聴き逃さないようにします。

ぶっちゃけ、私も全部は拾いきれておらず、CD900ST(ヘッドフォン)で原曲を聴き直したら、まだ随分と拾えてない音が聴こえて、ちょっと落胆。でもまあ、とりあえず、アップしました。原曲はもう少し、エロい音(=響き的に)が入ってます。


耳コピする時は、AKGよりもソニーのCD900STの方が向いてるかな‥‥

「想人」のもつ女性的な美しさは、単にお人形的に整った可愛い美しさではなく、何か憂いを帯びた大人の美しさが魅力です。まさに、「ドミソ」だけで終わらない折り重なった和声やアレンジが、大人の女を表現しているわけです。‥‥そうか、今はそういう大人の美しさを表現するアニメがほとんど消え失せたから、こういうしっとりした音楽も必要とされないのかも知れませんネ。

また、さすがに現場の経験が豊富な氏だけあって、ミュージシャンの演奏性を活用したアレンジも豊富です。その辺はもう、サンプリング音源やシンセ音源による打ち込みでは太刀打ちできませんネ。

ちなみに、ガレージバンドは、Main Stageという3000円の追加ソフトを買い足せば、今回のような豊富な音源が使用可能になります。素の状態のガレージバンドでは、ヴィブラフォンもハープも無いですし、木管も金管も、何もかもが足りません。ハープがなければ、「想人」の1小節目から苦慮します。(一見、ピアノだけに聴こえますが、ピアノとハープのユニゾンです)

Main Stageで音源数を増やした後は、現在のiMacの処理能力をもってすれば、50パート以上の編成もごく普通に処理します。

カリキュラマシーンの主題曲は、ドラム、ベース、パーカッション(カウベルのみ)、ピッコロ、トランペットが2人くらい、トロンボーンも2人くらい、サックスが1人、シロフォン(木琴)、ピアノ、アナログのモノフォニックシンセ、そして少年合唱といった構成だと推測されます。打ち込みでは吹奏楽器の単体では中々勝負できないので、さらにクラリネット、チューバ、その他の金管を増強しています。弦楽(バイオリンやチェロなど)は無しのようです。

この頃(カリキュラマシーン)の楽器編成では、「弦楽無し」のケースは結構あって、例えば三沢郷氏作曲のデビルマンのサントラは弦楽無しですネ(主題歌は弦楽ありです)。

さらばヤマトはさすがに「お金」が豊富だったのか、弦五部と金管、木管、パーカッションなどのいわゆる「オーケストラ編成」にバンド編成を加えた規模になっていますネ。「想人」ではトレモロをたっぷり効かしたヴィブラフォンも必須です。

ちなみに‥‥、需要があるかはどうかは解りませんが、トラックをオフにすれば簡単にカラオケが出来るので、上記2曲のカラオケも出力しました。ヤマト世代の方は、ぜひどうぞ。

カリキュラマシーンのカラオケ(需要があるとは、思えませんが)



さらば宇宙戦艦ヤマト「想人」のカラオケ(これは女性ならば、歌って心地良いかも?)



こういう「打ち込みによるコンピュータミュージック」を作っておいてナニですが、生楽器演奏の「再現」「模倣」というのは、音楽そのもので考えれば、不毛な行為だなとは思います。生楽器の演奏性を期待して作曲された音楽は生楽器で演奏するのが一番ですし、そもそも曲を聴きたければ、オリジナル楽曲をCDなどで鑑賞すれば良いのです。シンセの音はシンセの「一番得意な音」を使えば良いので、代用品的扱いはあまりにも「不利」です。

ただ、「ファン心理」として、また「プラモ的ホビー」として、たとえ「ミニチュアスケール」でも手元で「鳴らしてみたい」というのがあります。ここで公開したガレージバンドによる「模倣」の演奏は、演奏の意義云々というよりは、ホビー的な楽しみのほうが強いです。実際、こうした「耳コピ」の演奏プログラミングは、スケールモデルのプラモの作り込みに似てて、どこまでディテールアップするか、買い足すパーツ(音源とか)や制作時間が底無しで、まさにホビー的な魅力があります。手の届かないものを、ミニチュアであっても、自分で作って手元におきたい‥‥という。

一方、プロ現場の作品制作においては、生楽器は生楽器の良さ、シンセはシンセの良さを活かした楽曲が良いなと感じています。代用品的発想は、決して本物を上回る事はなく、ショボいベクトルにしか傾きませんもんネ。(コストの問題で仕方なく‥‥という事はあるとは思いますが‥‥)


話を戻して、宮川泰さん。

小学生の頃に聴き始めた、氏の音楽は、おそらく私が爺になっても、聴き続けているように思います。長い付き合いは、まだまだ続きそうです。


*注)色々と問題の多い、著作権絡みですが、「自演のカバー曲」は、「著作権利用包括契約」を締結した動画共有サイトでのみ、公開する事が可能です。自演であっても、動画共有サイトを通さずに、演奏曲のデジタルデータを無許可で直接リンクする事はできません。もし、自分のWebサイトに直接データを貼りたいのなら、権利者(の代行)に公開規模に応じた金額を支払う必要が生じます。動画共有サイトにおいて、投稿ユーザが無償で済んでいるのは、金銭を含む権利関係もろもろをサイト主宰者が面倒見てくれているので、他人様の曲でも「自演ならば」公開できるのです。もし、無償で自由に公開したいのなら、自分で作曲した音楽を自分で演奏して、すべてオリジナル状態で作り切るしかありません。

ボナさん

作業に明け暮れる中、気分をシャッフルしてくれるのは、音楽です。私と同い年のリチャード・ボナさんの音楽は、気分をポジティブにしてくれる、オアシスのような存在です。

ボナさんは、その卓越したベースギターのテクニックが注目されがちですが、何よりも「奏でる楽しさ」に満ち溢れている点に、業種は違えど共感するのです。

YouTubeにもいくつも映像がアップされております。ジャズフェスティバルでのジャコパスの「Liberty City」なんかは最高に楽しいですし、テクニックを知りたいなら即興演奏をまず聴けば良いかと思います。

ジャズフェスティバルでの演奏(Liberty Cityから再生スタートするよう設定してあります)


ソロ・即興演奏



ライブが楽しいのは、音楽ならではですよネ。

So In Love

私が小さかった頃に、テレビの「洋画劇場」のエンディングに流れていたピアノ協奏曲風の曲が、長年ずっと気になっていたのですが、つい最近その曲がMorton Gouldの「So In Love」だということが判明して、ようやく胸のつかえの1つが取れました。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番第1楽章を彷彿とさせる「So In Love」は、相当年代が古いらしく(1951年)、分解能の低いモノラル録音しか残っていませんが、Amazonのデジタルミュージックストアで205円で買うことができます。

甘さと苦さを持つオトナ向けの音楽に、子供だった私は「映画が終わってしまった喪失感」みたいなものを重ね合わせていました。「日曜洋画劇場」の音楽だったらしいので(うろ覚え)、恐らく、休日の終わりの寂しさみたいなのも感じていたのかも知れませんネ。

YouTubeでも音質は(音声圧縮によってさらに)悪いですが、聴くことができます。この曲を覚えている人は、そこそこの年齢‥‥ですよネ。



この「So In Love」は再録音されていないらしく、オリジナルのピアノとオーケストラの録音は、今のところモノラルしか手にできないみたいです。ヴィルトゥオーソピアノ炸裂のこの楽曲、もうちょっと演奏の機会が増えても良いとは思うのですが、もしかしたらスコアが手に入らないのかな‥‥。

ちなみに、曲の大掴みな印象として似ている「ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の第1楽章」は、とても有名な曲なので、簡単に入手できますし、YouTubeでも演奏動画がよりどりみどりです。以下はキーシンさんの、音符の1つ1つがよく聞こえる演奏です。ラフマニノフの音楽って、ブラーが効きやすくて(変な例えですが)溶けやすいんですけど、キーシンさんの演奏は内声がよく聴こえて心地よいです。


コダーイ

私は子供の頃、「ハーリ・ヤーノシュ」のレコード付き絵本が大のお気に入りで、家にあったのはポータブル型の貧相なレコードプレーヤではありましたが、音質など気にせず何度も繰り返し聴いていました。‥‥なので、作曲者のコダーイは大好きな作曲家のひとりです。

アニメーター100%だった20年くらい前、レンタルCDで聴いたコダーイの合唱曲に強い印象を受けました。日本ではコダーイはメジャーとは言えない作曲家でしたから、コダーイの、しかも合唱曲なんて耳にすることは皆無に等しい状況でしたが、やけにマニアックなクラシックCDを置いているレンタル屋さんが国分寺にあり(故わたなべぢゅんいちさんが国分寺に住んでいたので、たまたま見つけたのです)、無作為に借りていた中にコダーイの合唱曲CDが含まれていたのです。

その合唱曲のCDをもう一度聴きたいと思い、アマゾン等で検索すると‥‥



とか、



‥‥などといった検索結果で、手に入らない状態が続いていました。ネットで生活が便利になっても、無いものは無いネ。私自身が「CDのタイトルすら覚えていない」状態なので、絶版状態と相まって、見つけにくい状況が続いていたのです。

ふと、「CDを買う」という前提を取り外して、「音さえ聴ければ良い」条件へと頭を切り替え、試しにiTunesストアで検索してみたら、何ともあっけなく見つかりました。しかも225曲の「Complete Edition」が。

即、購入。4,500円と高価でしたが、カードで貯まったポイントをiTunesギフトに交換して使ったので、お安く買えました。

しかしまあ、実際に225曲もあると、昔聴いた合唱曲がどれなのか、見つけ出すのが大変です。CDのタイトルすら忘れているくらいなので、曲のタイトルで見つけられるわけもなし。のんびりと流し聴きして見つける事にします。

音楽といえば、最近でもハンス・ジマー系の音楽が巷を席巻し続けており、映画やドラマやCMだけでなく、ラリーのPS3ゲームをやっても似たような曲が流れます。やや、食傷気味。‥‥確かに「バックドラフト」の頃(1990年代)は、「TDT」(トニック→ドミナント→トニック)、いわゆる「正格カデンツ」の響きを極端に前面に押し出すような楽曲は珍しく、12音掛かったジョン・ウィリアムス系の音楽に慣れた耳には新鮮に聴こえたものです。しかし、ウケたからといって、みんなで一斉に寝返る必要はないじゃん。世界って極端だよなあ‥‥と思いつつ、それが変えようもない世界の姿なんだと観念して、私は音楽を聴き続けます。

コダーイに話を戻しまして、コダーイは「ウィーンの音楽時計」がかろうじて有名だと言えますが、私もこの曲は小さい頃から好きでよく聴いていました。「時計の鐘」の雰囲気を出すために、基本「TDT」が底に敷かれていますが、進行とは切り離して通奏される音型によってテンションノートっぽい複雑な響きを生み出しています。四拍子の傍で5つ固まりの音型(スコア未確認なので推測ですが)が繰り返される事によって、径の違ういくつもの歯車が動く様子も描写しているんですネ。子供の頃はアナリーゼなんてできませんでしたが、しっかりと雰囲気は受け取っていました。オーボエとフルートが順番に主旋律を奏でる中間部は、子供の頃から特に好きでした。



家には「ドレミファブック」という絵本のシリーズがあり、色々な物語を様々な音楽ジャンルで構成していた、今思えば、良質な子供向けのコンテンツでした。その中に「ハーリ・ヤーノシュ」もあり、コダーイにも触れることができたのです。「子供の頃に色んな料理を食べさせると味覚が発達する」と知り合いが言っていましたが、幼児期の家庭環境が当人に深い影響を及ぼすのは、絵や音楽も同じ‥‥ですネ。

* * * * *

「ラリーのPS3ゲーム」で思い出しましたが、買ったまま全然プレイしてなかったPS3ゲームの「蒼の英雄」を最近プレイしてみたのですが、機種選択の画面で「Ave Verum Corpus」が流れるのは何故? ゆったりした曲目当ての雰囲気だけのチョイスかな。歌詞の内容を知っていると、非常に違和感があるんですけどネ‥‥。前にもPC版の大戦略か何かで「さまよえるオランダ人」序曲が流れていましたけど、それも雰囲気だけでチョイスした例‥‥ですネ。

ゲーム音楽で私が好きなのは、シムシティ(2013)です。「Wheels of Progress」「Deserted」のような管弦楽曲からAC(アダルトコンテンポラリ)、エレクトロニカ、アンビエントまで多彩ですが、どれも質が高く、ゲームBGMの印象から大きく外れます。



この他、「Shipyards of Lorient(=ゲームはやったことがないです)のようなベタベタでイケイケな音楽も好きなんです。曲の構成は、ハンスジマー系というよりは、「空軍大戦略」などの戦争映画の伝統的な管弦楽曲の流れを汲むものですネ。‥‥それに、ハンスジマー系が食傷気味‥‥とは言いましたが、別にハンス・ジマーが嫌いなわけではありません。恐らく私は、平均的な人よりも、ハンス・ジマーのCDを多く所有しているでしょうしネ。萌絵もそうですが、みんなで一斉にソレに染まって、世間が同一色で覆われるのがイヤなだけです。「日本人は演歌」「アニメは萌絵」とか決めつけられるのがね‥‥。

人にはそれぞれ固有の「郷愁」を誘う音楽があるようで、私は基本的に東欧系で、ヨーロッパのジャズの響きが被さったような状態みたいです(=自己分析すると)。なので、チャイコフスキーはもちろんのこと、コダーイにも惹かれますし、ミシェル・ルグランやフランシス・レイ、ヤマトの宮川泰氏の節回しにも反応します。ヴァイオリニストのラカトシュも良いすネ。日本の民謡や演歌を聴いても郷愁を感じませんが、アンダンテカンタービレを聴くだけでフワ〜っと懐かしい気分になります。郷愁を感じる音楽は、人によってはアンデス系の民謡だったりスペイン系のややイスラムの混ざった響きだったりと、日本人でも画一には語りきれないようですネ。

 

チェルニー

最近、手足の末端を角にぶつける事が多くなってきて、「身体の感覚の低下」を実感してきたので、ピアノも「好きな曲だけを弾く」のではなく、ここはひとつ、基本を楽しみながらやってみようと、ツェルニーやハノンなどを「今更ながら」弾き始めました。

自己流でピアノを始めたがゆえに、あらゆる部分が自己流のままで、「古典派」と呼ばれるモーツァルト、ハイドンあたりは特に苦手、ベートーヴェンもロマン派寄りの曲はなんとか「それっぽく」弾けるのですが、古典派寄りな楽曲はすぐにボロが出る始末です。ロマン派だろうが印象派だろうが、基本がダメならグズグズな演奏しかできないんですが、「音をさらえれば良い」とばかりに、基本技術を踏襲することはしてこなかったのです。エレキギターだとハノンみたいな音階練習はよくやっているのに、ピアノはやらなかったのですね、不思議と。

日本ではツェルニーと呼ぶことの多い「カール・チェルニー」は、ベートーヴェンからリスト&ショパンへ至る中間期に位置する年代の作曲家で、日本のピアノ教育の教材として昔から親しまれてきました。逆に言えば、「ピアノレッスンの憂鬱な楽曲」を作った人‥‥とも認識されているかもしれませんネ。
*ちなみに、リストは長生きしたので、娘のコジマがワーグナーと結婚した時も存命でした。ワーグナーの息子のジークフリートの嫁さんのヴィニフレートは、ヒトラーとの仲を噂されたりしましたから、シームレスに現在まで繋がっている実感があります。

私も子供の頃の印象で、チェルニーは「指使いのための、つまらない曲を書く人」と捉えていましたが‥‥、最近聴いた楽曲で、その愚かな認識を悔いる事になります。

チェルニーの曲を色々と聴いてみると、随分と「熱い曲」を書く人なんだ‥‥とイメージが一新しました。100番練習曲のようなピアノレッスン然とした曲の中にも、中々にしんみりと感じ入る曲(66番、49番とか)も含まれており、さらには50番練習曲「The Art of Finger Dexterity」では、いわゆる「カッコイイ」曲も相当入っています。


*op.720-12 ニ短調

同じ曲で手の様子がよく見える動画は以下。‥‥つまり、左手の練習なのです。


以下の曲も左手の練習ですかネ。

*op.720-8 イ短調

曲の勢い‥‥というか、雰囲気は、まさに恩師ベートーヴェンの流れを汲むもの‥‥ですネ。

チェルニーはピアノだけでなく管弦楽曲も多数作曲していますが、交響曲第1番はモロに「ベートーヴェン大好き」感を発散しており、曲の構成からフレージング、オーケストレーションまで「ベートーヴェンが大好きで何が悪い」と堂々と開き直った姿勢が清々しいです。木管の使い方を聴くと、「ほんとに、ベートーヴェンが好きだったんだなぁ」と感じ入ってしまいます。

ベートーヴェンの草譜の断片を繋ぎ合わせて、欠落部は想定して再現、全体の構成も想定して完成した「ベートーヴェンの交響曲第10番・第1楽章」のCDも持っていますが、そちらはテンポはゆったりではありますが、チェルニーの第1番と似ています。弦楽のトレモロの多用、クラリネットを始めとした木管の副旋律、ホルンその他金管とティンパニのアクセントの趣向など、共通点が多い‥‥というのは、何だか妙な語り口ですね。

私が所有するCDはそのチェルニーの交響曲を収めたものですが、YouTubeで同じ音源が誰かによって公開されていますので、今なら聴くことが可能です。(‥‥なので、いつ消されてもおかしくないですネ)

私は昔からベートーヴェンのベタベタに熱い「コリオラン序曲」が大好きですが、チェルニーの第1交響曲も似た様な雰囲気を持っています。「カッコ悪いけど、カッコいい」とでもいいましょうか。劇的な導入部、緩やかな中間部、移行部を経て再現部には劇的な展開で畳み掛けて結ぶ‥‥という「王道パターン」の道のど真中を堂々と歩くような曲です。



チェルニーが第1交響曲を作曲した頃は、ロマン派も後期へと移行し始め、「時代遅れ」と揶揄されても不思議ではない曲調だったでしょうが、言わば、確信犯だったんでしょうネ。だって「ハ短調」ですもん。解る人には解る「合言葉」のようなもんです。ハ短調の平行調は変ホ長調(=ヒロイックな響きを持ちます)ですから、まさに「ド直球」、みなまで言うな‥‥という感じですネ。チェルニーの「大好きなものを詰め込んだ」感が素敵です。そういえば、ブラームスも第1番はハ短調でしたから、ベートーヴェンを意識する人は、ハ短調を自分のマイルストーンに選択しますネ。

ちなみに、チェルニーはノクターンを何曲も書いており、サリエリ、ベートーヴェン、リスト、シューマン、ショパンの同時代を生きた人ならではの、曲種の多彩さです。ノクターンはAmazonのMP3ストアで購入しましたが、フツーにノクターンっぽくて「何でも書く人だったんだな」と思いました。

現在、ドイツのショップからチェルニーのCDを2枚取り寄せていますが、「4手ピアノの協奏曲」「フォルテピアノとホルンのための音楽(直訳ですまんス)」というピアノ教則ではない楽曲集で、到着を楽しみにしております。日本だと「xx番練習曲」のCDしか手に入らなくてね‥‥。

チェルニーは、生涯独身で多数の猫と暮らしていたようで、その曲調と猫との対比で、なんとなく、人柄や情景が浮かびます。

2Kが狭い

動画サイトでガルムのトレーラーが公開開始されましたネ。荒い解像度なので、パッと見の印象しか伝わりませんが、絵作りの意図は何となくでもお解り頂けるかと思います。「実写映画」と言うよりは「実写ベース」と言ったほうがしっくりくるガルムの映像制作でしたが、特にランス(Lance Henriksen)さんのショットは絵作りにおいて「煮て良し、焼いて良し」で、作ってて楽しかったです。どんな風にしても、絵になるんだよネェ。公式な情報開示の少ないガルムではありますが、演者のランスさんをはじめ、メラニーさん、ジョーダンさん、サマーちゃんも一斉にツイートしてますネ。

ガルムの色々は公式サイトの今後に任せるとして、ガルムを経た最近の私の実感ですが、映画を描くキャンバスとしてもはや2Kは狭く感じる事が多くなってきました。ちまたでよく見かける意見は「4K8Kなんて高画質は必要無い」というものですが、私は4K8Kになれば「欠損せずに伝えられる」ので願ったり叶ったりで、むしろ、今まであきらめていた事が可能になる「標準画質」だと考えています。多くの人は、映像作品は「情報の欠落した低品質のものを見るもの」と定義しているのかどうか知りませんが、わたし的には、実際の肉眼の感覚に近くなるほど「標準」であり、今までが技術の都合に「甘んじていただけ」だと考えているのです。

もちろん、「フィルムの絵作り」(グレインや色再現性の特性)の良さは重々承知ですが(過去の私がアホほどフィルムカメラに執着していた事を知る人はもはや少ないですが)、フィルムが消えた今は、全く違う「脳」で絵作りをしたいと思いますし、その為にはデジタルカメラと同じような高画素・高画質の基盤は必要だと考えています。さらには、より一層高速なフレームレートも必要です。

私は未来もアニメーション作品を制作し続ける所存ですが、そんな私が未来の「実際の肉眼の感覚に近くなる」映像技術を基盤とする事を語ると、「肉眼の感覚に近いアニメって、変じゃないか? そもそもアニメは実際には存在しない映像なのだから」‥‥という矛盾を感じる人もいるかも知れません。

そうなんですよネ。だから、とても「面白い」んです。「肉眼の感覚に近くなる映像フォーマット」の上で「作りもののアニメ」を作るなんて、アリスじゃないですがまさに「curiouser and curiouser」、「絵を動かす根本的な好奇心」がいや増します。

多くの人の手によって何度も刷り直され見慣れたものを、自分の想像の及ぶ範囲で繰り返し作り続けて面白いですか? 現実には動くはずもない絵が、新しい技術基盤のもとに、作っている本人たちですら予測し得ず「見た事もない、映像の印象」を発散する‥‥なんて面白過ぎます。まさにアメージングディスカバリの連続であり、その興奮や躍動は、作品を通じて観る側に否が応でも伝わっていきます。

4K8Kは大画面でも有効ですが、24〜27インチの高密度ディスプレイ(Retinaのような)でも威力を発揮するでしょう。4K8Kを大画面用と考えるのは、どちらかというと旧い考え方で、「今までと同じ面積に、沢山の画素」と考えたほうがイメージしやすいと思います。人間が眼で画素数を認識していた昔の延長線上ではなく、感覚的・生理的に画素数を知覚する‥‥とでもいいましょうか。2K程度ではまだ「人間の知覚能力を凌駕するには至ってない」のは、デジカメの画素数の歴史を振り返ればよく解りますよネ。4Kでようやく「まだまだイケそうだけど、そこそこいい感じになってきた」という印象だと思います。

とはいえ、4Kを持て余している人々もいるでしょうし、4K8Kを今の常識で推し量る人も多いでしょう。新しい技術って、旧来の延長線上で把握しようとすればするほど、理解不能となり、嫌悪や拒絶の態度をとるようになります。まあ、それはそれで構わないし、実は、そういう層は「対比として」必要でもあります。革新は「全員にとって必須ではない」ので、事の成り行きに任せまひょ。過去20年を観察してれば判る通り、結局は物事は収まるところに収まっていく‥‥のです。

「どうしたら良いか見当もつかない」4K、「待ち望んでいる」4K。受け取る人々の人間模様は様々ですが、経緯を見守りつつ、粛々と成すべき事を成していけば良い‥‥のでしょう。

かわいいシュレッダー

私が小学校5〜6年の頃に、兄が「家にロックを持ち込んだ」影響で、兄のエレキギター(グレコのレスポール)を独学で弾き始めました。当時はヴァン・ヘイレンがデビューして間もない頃で、「ライトハンド奏法」がウルトラテクニックとして一世を風靡していました。中学生の頃にマイケル・シェンカーがドラッグから復活しソロ活動、高校の頃にイングヴェイが登場して「速弾きの概念」を大きく変え、まさにテクニカル・ロック・ギター花盛りの頃でした。その後、テクニカルに走る勢いが飽和状態となり、急速に下火となっていきます。

速弾きギターの系譜が流行の水面下に隠れ、後継者が育たないように見えたこの20年余。ハイティーンではなく、7〜8歳の頃からエレキギターを弾いちゃう男の子・女の子が出現し始め、「親から子へ」受け継がれるという形で「系譜が途絶えていない」事をYouTubeで知る事ができます。今の子たちはポール・ギルバートなどのハイテクギタリストがわんさか存在するご時世に生きているので、発達も相応に速く、昔なら高校生レベルで弾く楽曲を小学生の子が弾いちゃったりします。

下のYouTube動画は、音の粒立ちも良く、堂々とした演奏を聴かせる12歳の少年の弾く「テクニカル・ディフィカルティーズ」。余計な手や指の動きや力みがなく、特に右手の安定感がバツグン! 皆、速弾きというと左手ばかり注目しがちですが、実は難しいのは右手なんです。どんなに左手を速く動かしても、正確に右手でピッキングしないと、音が濁ってしまいますからネ。この男の子は、とにかく、音がクリアですネ!



日本の女の子も負けていないです。若干8歳(!)の弾く「スカリファイド」(!!!!)。腕自慢の野郎どもがチャレンジするこの難曲を、8歳の女の子が基本的にちゃんとさらえているのは、超オドロキ。ストレッチのキツいフレーズや、スキッピング(弦飛びのトリッキーなピッキング)を、既にこの歳から身につけているなんて‥‥。



身体に比べて、IbanezのRGシリーズの大きい事と言ったら‥‥。チョーキング時の指の力なんて、成長すれば強くなるので、問題なし! ‥‥しかも、ポール本人(オリジナル楽曲の作曲者・プレイヤー)から、女の子宛にメッセージが届くというプレゼントまで!



しかし何でしょう、こうした子たちが世に出てくるという事は、もともと「家にShredding仕様のエレキギター」があってこそ‥‥なので、親御さんがまずテクニカルなギター楽曲がスキで、実際に自分でも弾く人なんでしょうネ。全く知らないと、自分の子に、まずどんな楽器を与えたら良いかも判断できないスもんネ。

私はIbanezのRGについてはあまり詳しくないですが、8歳の女の子の弾いているギターは、品質の「良いもの」です。お父さんがもともと「ギター好き」なんですネ。ちなみに、本気で子供にやらせるなら、楽器は一定以上の品質の、ちゃんとしたものを与えるべきです。6千円の激安ギターとかは、実は楽器の欠点をカバーできる上級者向けなんです。子供には、最低4万くらいから、できれば6〜8万の標準クラスは与えてあげたいものです。

*IbanezのRGと言えば、兄が廉価な(といっても4万ですが)「RG450」を持っていますが、エントリーモデルでも弾きやすいですよ。自分がいきなり上手くなったと錯覚するくらいに。‥‥思い出しましたがRGは、まだ「アトリエ戯画」があった頃に、「レガシアム」の作打ちに行った帰りに「三鷹楽器」に立ち寄って、試作モデルみたいなのを買った事がありました。私が19〜20歳の頃ですネ。

山下毅雄さんのルパン

私は子供の頃、ルパンのファーストシリーズ前半期のもつ「曖昧でけだるいニュアンス」が好きだったのですが、山下毅雄さんの音楽がそのニュアンス表現に絶大な力を発揮していた事を、高校くらいに音楽のアナライズをするようになって強く実感しました。

山下毅雄さんの音楽の特徴は、何よりもその和声進行です。テンションノートはほとんど使わず、コード進行だけであの「けだるさ」を表現しているのです。ルパンのエンディング曲は、その特徴をよく表しています。

主調はBmですが、ふわっとCmajへ移動しGmajへ(弱進行)、その後Emaj、Fmaj、B7からE7へのドミナント進行、E7に行けた‥‥という事はAmにもドミナント進行できるのでAmに移動し、いつのまにかキーがAmへとすり替わったカタチとなりますが、またうまいようにはぐらかされて、Bmに戻ります。この戻しかたもイイんですよネぇ。

Bm(しばらくの延々と)〜足もとに絡みつく‥‥‥

C    Cm  G 〜マシンが叫ぶ

E7         F(F7にするかはお好みで)〜狂った朝の

B7         E7 〜光にもにた

Am        Dm 〜ワルサーP38

Bb Bbm  F   F#7(Bmに戻るためのドミナントですネ)〜この手の中に

Bm(しばらくの間)〜抱かれたものは‥‥‥

D     E     F#(F#7ではなくストレートなF#のほうが感じが出ます)〜ルパン3世

コード自体はとても簡単なものばかりですが、う〜んスゴい。進行がスゴい。少しでも作曲をかじった人ならば、この曲のユニーク(独特)さがお解りでしょう。ドミナントモーションをさりげなく使って、曖昧で気怠い世界に聴き手をどんどん誘いこむ手法は見事としか言いようがないです。まさに「大隅ルパン」のかっこいいルパン、さらには、謎めいていてズルくてカワイイ不二子のようなファムファタル的な印象の楽曲です。

今振り返ると、歌詞も相当カッコいいですし、ルパンが当初「どんな感じを目指していたか」が楽曲にもよく表れていますネ。

ちなみにガンバの音楽も山下毅雄さんで、ガンバのエンディング曲のコード進行も中々にエグくてイイですヨ。

こんな感じの曲、かっこよくて良いなあ‥‥と思っても、それは「その時代の宝」として、そっとしておくのが良いですネ。ルパンの山下毅雄さんの音楽は、まさに「その時代の雰囲気」ですから、2014年現在に音の響きを再現しても「ウソになってしまう」でしょうネ。


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