流儀に思ふ

フィルムやセル時代のアニメ制作技術の「流儀」に軸足を置いたまま、コンピュータの様々な機能を欲張ると、現場での指示や取り扱いや運用も混乱が生じますよネ。センチミリとパーセントと0F〜240Fとピクセル寸法‥‥と、コンポジット(撮影)のカメラフレームを指し示すのに、どんだけ単位が混在すれば気が済むのやら。‥‥もはや、フィルム時代の「100F」という言い方は、もう廃止しても良いと、少なくとも私は思いますけどネ。

 

実際、現在作業している4KHDRフォーマットでは、「100F」「80F」なんていう呼び方は全く使っていませんが、フレーム指示で支障をきたしたことは皆無です。拡大縮小のパーセントで問題なく運用できます。

 

新しい技術を基盤としたアニメ制作は、試行錯誤の連続ですが、ゆえに、旧来の形骸化した作法や、今や踏襲する必要もなくなったフィルムや紙時代の技術的慣習をきっぱりと断ち切れます。何ミリ何センチとか、100Fだ80Fだなんて使わずに、フレーム指定か比率指定なので、とても明快です。

 

 

 

フィルム撮影台時代の用語を廃止しないまま踏襲し、一方で「デジタル」時代の「便利そうな」機能を場当たり的に取り込むことで、「何をどのように作業すれば適正か」がわかりにくくなって、結局「何をやろうとしてるのか」直感的に状況を把握できず、作業事故も増えます。

 

もうフィルム撮影台は無いのですから、コンピュータでのコンポジットの扱いを「ネイティブ」として、フィルム撮影台時代の用語はそろそろ引退させてあげても良いんじゃないですかネ。

 

例えば、After Effectsでコンポジットする時に、どのような素材の状態になっていれば適しているか、古くて形骸化した用語や段取りなど間に挟まないで、あくまで「今の技術の合わせて、ネイティブに」思考すれば良いのです。

 

 

 

ネイティブなアプローチ。

 

例えば、After Effectsでは、旧来の「TU、TB」のカメラワークと同等の効果を実現する方法は、少なくとも3つあります。

 

まさに、TU、TB。トラックをアップダウンさせる方法。背景やセルなどを配置した「トラック=土台」「芝居場」そのもの(=プリコンポーズして1つのレイヤーにまとめたもの)をZ軸移動でカメラに近づけたり離したりする方法です。まさにトラックのアップダウンです。

 

次にトラックに対してズームする方法。スケール(拡大縮小)でトラックの絵の内容をズームする方法です。XYZ座標「0,0,0」に全ての素材を配置している場合、スケールのキーフレームでTU、TBを処理しても何ら問題は生じません。私は位置のキーフレームだけで3軸(左右上限前後拡大縮小)を制御したいのでスケールは使いませんが、スケールでTU、TBを処理する人は結構いらっしゃいますネ。

 

3番目は、カメラを動かす方法。アクティブなカメラをトラックに近づけたり離したりして、絵の内容を大写ししたり引いたりするやりかたです。私はマルチプレーンな芝居場で、カメラをクレーンやドリーやドローンのように動かしたい場合は、この方法を使います。

 

 

 

もう20年近く、After Effectsを「撮影台の代用品」として使ってきましたよネ?

 

そろそろ、脱却しても良いように思います。

 

 

 

回りくどい手数を踏んで、大して効果もなく、手間だけがかかるやり方に、「もっとストレートにシンプルに組めば良いじゃん」と感じる人も徐々に増えていると想像するんですけどね‥‥。

 

Z軸の前後の奥行きを「TUとTB」で操作することに、限界を感じているアニメーターもそこそこ居ると思うんですけど‥‥どうでしょう?

 

Z軸に限りません。コンポジットのレイヤー構造や処理についても、フィルム撮影台感覚を踏襲し続けるあまり、セルワークだけで解決しようと、思考が凝り固まっているようにも思えます。

 

例えば、複合組みの髪の毛の作画やコンポジットに付き合わされるのは、正直ウンザリしてませんか?

 

髪の毛に眉や目を透けさせるなんて、新しい技術では何のストレスもないです。透かしたいように自由に透かせます。しかも綺麗に透明感を表現できます。どんな風に透けさせたいか、濃さやエリアや色彩変化などいくらでもコントロールできます。

 

*こうした処理は、アニメ制作技術の根本が変わらないと無理なんだよね。

 

 

「髪の毛のなびきと目パチのジレンマ」はそもそも、髪の中に直に眉や目を描き込む時点でアウトなんスよ。そのやり方を変えなくちゃ、延々と「目パチするごとに髪の毛のセル素材を調整する」方法に追われるだけです。キャラ表で髪の毛が透けているデザインで、さらには目パチのタイミングは演出さんでも変えるのですから、原画マンに文句言ったって何の解決にもならんです。

 

未来のアニメ制作現場は、「変える」んじゃなくて、「作り直す」必要があるのかも知れません。

 

でなければ、昔の流儀のマイナス部分を多く引き摺り続けましょう。現場のスタッフが他の工程のスタッフに向かって、あーだこーだ苦言を呈しても、そもそも土台が腐ってそこらじゅうで地盤沈下しているのですから、ひどく荒れた災害現場で家庭用掃除機でゴミやホコリを吸い取るようなものです。

 

欧米のアニメ制作において、カットアウトが台頭したのは、昔ながらの描き送りの作画が一旦滅んだから‥‥と、欧米スジの人から聞きました。

 

カットアウトに限らず、Z軸のカメラワークも、複合組みなど発生しない明快シンプルなレイヤー構造も、旧来の現場に導入するのは無理でしょう。一旦バラして仕切り直して、人を集めて教育も新たにおこなって初めて、新しい技術の導入は成功するのかも知れません。古い思想のままの現場に、新しい技術を導入したところで、さらなる負担増を招く結果になるでしょう。

 

さて、未来のアニメ制作現場。

 

どうなっていくことでしょうね。

 

 

 

 


いこか、もどろか

4Kフォーマットでアニメ制作の作業をしていると、つくづく2Kの現行フォーマットが負担の軽いものだったか思い知ります。ミッフィやのらくろのようなキャラを4Kで作るのは、さして困難にはならないでしょうが、いわゆる「ジャパニーズクオリティ」を体現しようとすると、4Kのピクセル寸法は作業速度に痛烈な負担となります。

 

わたし的には、まるで時計の針が20年前に戻ったような感覚です。マシンやソフトのことごとくが、役不足、能力不足となって、問題直面と乗り越えの日々です。

 

例えば、下図。‥‥‥ここまで痛快にレンダリング失敗してくれると、かえって清々しいわ。

 

 

 

メモリ64GB、Vegaの16GBのGPUの、iMac Proでオペレーションして、ゴミ箱型Mac Proにレンダリングを投げたら、このありさま。

 

「1秒」で失敗とか、「付け入る隙もなし」という感じですが、上図のエラーはGPUのメモリ不足ということが判明したので、プロジェクト設定のGPUの設定を変えれば「時間は余計にかかるものの」成功します。

 

 

 

 

8時間とか17時間とか、2Dのアニメだと、懐かしいレンダリング時間だよネ。1990年代後半〜2000年代前半を思い出すわ〜。72時間とか昔はあったから、17時間でもマシだと思います。

 

1フレーム5分のレンダリングは、重い表現内容をカットアウトでやってるので、相当時間がかかっています。しかし、線を一本ずつ全コマを作画してたら、こんな時間では済むはずもないです。

 

iMac Proでは以下のような賑わい。

 

 

棒グラフが真っ黒な時は100%の使用率です。

 

20個のスレッドが「働いてまっせ!」とアピールしておりますネ。After EffectsもマルチコアのCPUを賢く使えるようになったんですネ。

 

 

 

* * *

 

 

 

映像制作が「4Kあたりまえ」になる時、アニメの制作技術は大きな曲がり角‥‥というよりは「進むか、戻るか」の二択を迫られると感じます。これはすなわち、アニメーターやスタッフ個人の問題だけでなく、アニメ制作会社の「未来の進退」に直接的に作用します。

 

つまり「経営を存続するか、廃業するか」です。

 

アニメ制作会社は、10年後、20年後においても、1.5K前後の絵をアップコンして作っているのでしょうかね?

 

色々なケースを考えてはみるものの、それはないと思います。淘汰され廃業することになると思います。「昔のアニメの作り方は、もう時代に合わなくなった」と。

 

旧作品をスマートスケーリングで綺麗にリマスターして、4K時代に復活させることは今後増えると思います。

 

しかし、新しく作る作品を、今まで同じように、A4用紙150dpi前後でスキャンして作る方法は、4K8K時代には通用しなくなるばかりか、昔の方法で作ったとしても未来の社会的な背景ゆえに継続が厳しくなると思います。

 

現在はまだ、1.3〜1.6Kの完成映像、2Kにアップコン‥‥という方法がアニメ制作会社のスタンダードですが(実は2Kでもドットバイドットではないことが多い)、2020年代以降においては、多大な人件費をかけて、2K程度の映像を作る事自体がナンセンスになるように思います。

 

ちょっと先の未来に「小サイズ」「昔のサイズ」と認識される2Kの映像を、アニメ制作大軍団でお金をかけて作る「生産効率」の低さは、様々な場面で問題化するでしょう。大軍団で制作し続けるなら、最低でも4K制作能力を持たないと、2K未満では魅力が乏しいです。

 

 

 

「機材が進化すれば」

 

‥‥と思いがちですが、機材の進化の恩恵は、「レンダリング時間が速くなって待ち時間が改善される」「レンダリングが失敗しない」ことであって、絵を描いて動かして塗って完成画を作る「人の手で生み出す」工程にはほとんど関係しません。

 

描く内容も4Kに合わせて変わりますが、機材の進化は描く内容まで直接的には関与しません。「ふさわしい絵」を作り出すのは、あくまで人間です。

 

どんなに機材が進化しても、描いてないディテールが自動で足されることはないです。4Kにふさわしい絵は、人間の手で描かないと生成されません。機材を更新したからといって、4Kの絵の内容が自動で出来上がるわけではありません。

 

人間の手だけが、4Kの絵を描き得るのです。

 

つまり、大変だったアニメの絵作りが今まで以上に大変になり、もはや1枚200円程度で描いて塗っていた「アニメ業界の業態」自体が立ち行かなくなります。‥‥2Kの今だって、水面ギリギリを飛び続けて、いつ水面に接触して墜落・水没するか、ヒヤヒヤの状態なのですから、4Kになったらどうなるかは想像に難くないでしょう。

 

機材が進化することで、今まで通りの方法で4K以降の映像制作に対応できると考えるのは、まさに不勉強、無知そのものです。そんな簡単な話ではないです。

 

 

 

絵を描いて動かす‥‥という本質を問われましょう。その本質に迫ることで「そんな大変な事は‥‥」と尻込みするのなら、博物館用途で「昔のアニメの作り方」による作品を細々と作るしかないです。

 

でもまあ、今の業界のシステムが廃れたら、昔ながらのアニメの作り方も不可能になりますけどネ。‥‥だってさ、今、フィルムとセルでアニメを作れます? ‥‥もう、システムが滅んだので作れないでしょ。

 

戦後に形成されたアニメ業界ではありますが、その「戦後」がようやく令和になって終わり、全てのツケを払う時が来るように思います。

 

 

 

来る時が来たら4Kに対応すれば良い。

 

‥‥そんな簡単な話ではないです。「対応」なんて軽く言いがちですが、無理ですよ。今のアニメ制作の感覚のままじゃ。

 

「対応」って、つまりは「ビジョンなし」と言っているようなもんだな‥‥と最近は思います。私も「対応」という言葉をつい使ってしまいがちですが、何か問題が出たら対処する‥‥というのは、遅かれ早かれ行き詰まるように思います。アニメ業界は「当座の対応」ばかりしてきたから、1枚200円代で動画を描かせ続けているわけだし。

 

 

 

4Kに世界が塗り替わるまでの「余命」を謳歌した後に、廃業して昔話に花を咲かせるか。

 

状況を冷静に受け止めて、苦しくても4K以降の映像産業に食らいついて、やがて自分らのディファクトスタンダードと成すか。

 

 

 

今からでも、4K以上のアニメ制作技術について、自費を投じて進めたほうが良い‥‥と、私は思うんですがね。未来もアニメを作り続けたいですもん。

 

過去のノスタルジーに囚われたら、それはもう、引退間近、廃業間近‥‥ということです。私もたまにメランコリックな感情に苛まれますが、それに浸ったら「終わり」です。

 

未来を目指しましょう。

 

 


線路は続くよ

「ビット。」の話で書いた1670万色の色数は、20数年前には驚きそのものでした。アニメの場合、アニメカラー(という名前だったかは記憶が曖昧)の色数は200〜300色だったので、1670万色という数字は衝撃でした。

 

‥‥まあ、24bitの色数と、絵具の色数を比較すること自体、ちょっとズレた話ではありましたが、混色が実質上できなかったアニメカラーと、中間色をいくらでも使える「デジタルアニメーション」の24bitカラーは、とても解りやすい「新旧の差」であったことは確実です。

 

現在は各色10bit、RGBだと30bitが標準で、12bit:RGBで36bitを使うことも増えてきています。After Effectsは、「イノセンス」をやっていた頃(2002年頃)に「16bitモード(RGBだと48bit)」が導入され、それまでの様々な24bitの限界を払拭しました。1670万色の24bitカラーに比べて、280兆色(!)の48bitは、圧倒的な余裕がありました。

*今でも、48bit=2の48乗は、大き過ぎて、パッと数値が言えません。200兆色と言いがちですが、80兆を切り捨てるのも凄い話ですネ。

 

20数年前は「色数が膨大だ」と思われていた24bitカラーも、単色では256階調止まりゆえに、例えばトーンジャンプ(グラデーションの中に縞模様が見える)の直接的な原因となって、一転して「色数不足」と認識されるようになりました。「イノセンス」で薄暗い赤い海中のシーンがあるのですが、もうどうにも色数が少なくて、オレンジ系を混ぜたり、色を拡散させたりと、苦労したのが昨日のように思い出されます。ちょうど、After Effectsに16ビット(RGBだと48ビット)が導入される寸前の頃でした。

 

現在は、After Effectsでは普通に16ビットモードを使い、出力は10bitのProRes4444やDNxHDですので、8bit(24bit)の低すぎる限界とは無縁です。2010年代以降にアニメ業界に入ってコンポジター(撮影)のスタッフになった人は、ビットの話なんて知らなくても、普通に障害なく仕事ができるので、逆にビットやRGBの仕組みを知ろうとする機会は少なかったかも知れませんネ。

 

 

 

でも。そして。

 

また黎明期がやってきます。

 

4K、そして未来的には8Kにおける、アニメ制作現場の「新基準の高品質に対応」するための、黎明期が。

 

それは、タブレット作画の黎明期=紙からの脱却の移行期とシンクロします。

 

作画やコンポジットだけでなく、美術や彩色、そして制作進行まで、全員が体験する黎明期です。制作さんが中間素材を取り扱う際に今までの常識は通用しなくなりますし、お金の話も大きく切り替わるでしょうから、クリエイティブだけでなくプロデュースも大激変するでしょう。

 

4Kは画面サイズが大きくなっただけのように考える人も多いですが、サイズが大きくなるだけで「ものすごい現場改革」が必要になります。

 

境界線

 

‥‥なんですよネ。要は。

 

今までのアニメ制作スタイルで通用していたのは、まだ境界の内側に居たからです。ハイビジョンだ2Kだと言っても、今までの流儀が通用するフィールドの内側止まりだったのです。

 

ビットのことなんて特に意識しなくてアニメが作れていたフィールドを、意識・無意識に関わらず、「次の場所」へと踏み出してしまう境界線こそが、まさに「ようこそ4Kへ」の看板が迎える「新しい映像制作の時代」への入り口です。

 

踏み出す‥‥というよりは、連れていかれる‥‥と表現したほうがよいかも知れません。

 

アニメ産業が、「時代」という列車に乗り続けて社会とともに進もうと思うのなら、好むと好まざると、「次の駅」に進んでいくことになりましょう。

 

 

 

 

「4K」とは大雑把に言いますが、中身は、4Kサイズはもちろん、HDR(Dolby Visionなど)だったり、多チャンネル音響(アトモスとか)だったり、先には60pだったりと、色々な要素が新しいフィールドには存在します。

 

アニメ業界のアニメ制作は、あまりにもそうした新時代のテクノロジーに不勉強過ぎました。「ました」とか書くと過去形みたいですが、現在進行形で「不勉強過ぎる」状況が続いています。

 

境界線を跨いで進んだ最初の頃は、スマートアップスケーリングでも後付けHDRでも許されますが、それは決して「4KHDR作品」としては売れないので(2Kアップコン作品を4K作品として売るのは言わば詐欺ですもんネ。その方法がまかり通るのなら、世の中の色々なものが水増しOKになります。)、やがてドットバイドットの4KとリアルなHDRが標準となるでしょう。

 

となると、各色1024階調の10bitは必須も必須、できれば4096色の12bitを標準に据えたいところです。

 

 

 

黎明期を体験できるのって、長い目で見れば、絶対に「お得」ですヨ。

 

苦労も多いですが、「暗記もの」「段取りだけの仕事」ではなく、「原理を体得して応用発展」できる能力を獲得できます。

 

おそらく、アニメ制作現場で4Kを実際に扱い始めたら、そこらじゅうから阿鼻叫喚がこだますることでしょう。しかしそれは、次世代を生き抜くための体力作りであり、淘汰のプロセスでもあるのです。

 

れいわのれいめいき。

 

アニメ業界は、これから先、30年50年100年とアニメを作っていきたいんでしょ?

 

‥‥まあ、100年はともかく、30年はリアルな年数だと思いますので(特に20〜30代の人にとっては)、「時代という列車」に乗っている以上、「次の駅」にはやがて着くのですから、

 

タブレットに持ち替えて描いて

4Kのモニタで絵を見て

 

‥‥というくらいの取り組みは開始したほうが、「次の駅」に着いた時に迷わずに済みます。

 

心して、前に進みましょう。

 


乙戦

従来のアニメのコンポジット手法(=PANやズームは大判作画で作業する)で4K映像フォーマットに対応すると、特に斜めPANの縦横が大きい大判のカットにおいてあっけなく「レンダリング失敗」します。前にも書きましたが、1万ピクセルを超えたあたりから失敗の事例が多くなりますが、5年前くらいのマシン(ゴミ箱型のMacProとか)だと7千ピクセルくらいでも失敗するようになります。

 

どうにかならんのか。

 

どうにかなることも多いです。無駄な面積を省いて、素材の絵が存在するエリアにトリミングして、大判の面積を抑制すれば、失敗を防ぐことが可能です。

 

いわゆる「ツギハギ」をすれば良いです。

 

ツギハギコンポジットで、1万ピクセルを迎え撃て。

 

ツギハギの手間は結構かかりますが、コツを掴めば手際も良くなります。

 

大きいままじゃ無理なんだ。‥‥と、現実を受け入れて覚悟すれば、色々な回避策や打開策も見えてきます。マシンやソフトの性能不足にイライラしたって何も解決できませんもんネ。

 

 

 

マシンのメモリが128GB標準、40GbpsのThunderbolt3が当たり前、10GbpsのEthernetがあたりまえ、4Kモニタもあたりまえ‥‥の世の中になれば、こうしたツギハギの苦労も昔話として「酒の肴」になる日が来ましょう。

 

今は知恵と工夫で頑張ります。

 

 


ビット。

アニメ制作におけるキャンバスサイズは偶数が良い‥‥というのをツイートで見かけましたが、なぜ偶数が良いのかを併記していないので、理由を知らない人は「単なる暗記」になってしまって、これまた事故の元にもなりましょう。テクニカルエラーは、そのテクニカル部分の「理屈」「理由」を知ることが大事です。

 

コンポジット技術、いわゆる「撮影」の観点で言えば、偶数ならば「0.5」が生じるリスクが減るので、スムージングエフェクトを処理した際に「処理不良」を未然に防げるからです。

 

座標に0.5のような小数点、もしくはエッジ部分に小数点の処理が生じると、二値化の素材にアンチエイリアスが生じて、その後のスムージングに支障をきたすケースがあります。

 

*アンチエイリアスが生じた二値化素材の図。

*奇数寸法の素材を、偶数寸法のキャンバスに配置すると、エッジが小数点処理となり、アンチエイリアスが生成されます。After Effectsの場合、「ニアレストネイバー」の補間法をコンポジション設定等で選択できないので、二値化の素材を二値化のまま取り扱いたい時は、配置する座標(トランスフォームの位置やアンカーポイント)に気を使う必要があります。

 

 

しかし、奇数だと無条件にスムージング不良が発生するわけではなく、読み込んだ二値化素材をレイヤー配置して直にスムージングを処理すれば奇数だろうが偶数だろうが正常に処理されます。

 

プリコンポーズしたり調整レイヤーでスムージングする際(ABセルをまとめてスムージングするなど)に、問題が生じやすいです。

 

After Effects側で自動でアンチエイリアスが処理されるようなレイヤー座標をユーザ側で回避しておけば、奇数でも問題はありません。

 

また、どんなに偶数のピクセル寸法でも、配置した際の座標に小数点が含まれていて、その上から調整レイヤーでスムージングを処理すればテクニカルエラーになります。

 

結局は、ちゃんと仕組みを解った上でコンポジットしないと、偶数でも奇数でもエラーは発生する‥‥ということですネ。

 

とはいえ、お約束として偶数にするのはベターだと思います。全ての素材を偶数にする必要がありますが、偶数の習慣はあって悪いものではありません。

 

実は現在、私は偶数のキャンバスサイズに拘ってはいません。二値化トレスをあまり扱わなくなったので、スムージングのテクニカルエラーを考慮する必要がなくなったからです。

 

他にも「素材のサイズは、8の倍数にしておくと良い」みたいなツイートも見かけましたが、それは全くないです。2の倍数、つまり、偶数で十分です。

 

カットごとのキャンバスサイズと、映像フォーマットのフレーム規格サイズを混同しないようにしましょうネ。

 

 

 

何かしらの物事の黎明期に関わると、基準もノウハウも存在しないので、「どうすべきか」「なぜ、そうなるのか」を理解しないと前に進めません。

 

黎明期に関わった人々がタフなのは、理屈や理由を我が身をもって理解することが、どうしても必要だったからです。誰にも頼れなくて、「仕組みや原理を自力で覚えざる得なかった」ことが大きいでしょう。

 

黎明期は困難の連続ですが、ゆえに、得るものも極めて大きいです。困難を克服した経験と知識は、その後の仕事で大いに役立って、ぶっちゃけ、「金を生み出すもと」になります。

 

 

 

コンピュータの仕組みや特性が解らなくても、ただ単に数値やメニュー項目だけを暗記すれば作業できる‥‥のは、知識やノウハウというよりは「段取りの暗記」です。つまり、暗記が通用しなくなる「新たな場面」を前にすると、問題を解決できずにハードルを越えられなくなります。

 

映像制作に従事し、かつコンピュータを毎日使う仕事ならば、基本的な知識は覚えておいたほうが良いです。

 

たとえば、ビット。

 

ピクセル寸法は8の倍数が良いだのと、ウワサでも聞こえてくるのは、8というよりは2の倍数、つまりコンピュータにおける「ビットの扱い」の流れを汲んでいます。

 

コンピュータ的に「切りの良い」数字

 

2,4,8,16,32,64,128..... という2の倍数の数字は、コンピュータでは頻繁に登場します。96は、32と64を足した数値ですし、96の20倍は1920でおなじみの数値ですし、現在のコンピュータのデータは0と1の二値=ビットを最小単位として構成されるので、640も512も、1920も2048も3840も4096も、とても切りが良い数値なのです。

 

8ビットは2の8乗で256、10ビットは2の10乗で1024、12ビットは2の12乗で4096。‥‥コンピュータを扱っていると、色々な場面で目にする数値ですよネ。

 

逆に、コンピュータ慣れすると、「500」「2000」「3000」「4000」という数値は「ものすごく半端」に感じられます。職業病かも知れませんが、「500だったら12足して、512が落ち着く」と感じますネ。「250」「650」なんかは、ものすごくハンパ感があってキモチ悪いです。3000とか5000とかの数値を使う際は、あえてハンパで良い!‥‥と思って使いますし。

 

「2で何回割っても、まだ偶数のまま」の癖は、私も染み付いていますネ。ビット計算の影響が強い‥‥。

 

 

 

今から20年以上前の話。

 

コンピュータでアニメを作る際に、使える色数は、なんと1670万色! ‥‥と、大いに盛り上がったものです。

 

しかし、それは‥‥

 

数値のトリック〜ビットの組み合わせの単純計算値

 

‥‥であって、実際に画面に使っている色数は圧倒的に少ないです。どんな場合でも1670万色をフルに使っているわけではないのです。

 

グラデーションの中に縞模様が見えるので、ガウスブラーでぼかして滑らかに‥‥と考える人は、今でも多いでしょう。しかし、それでは縞模様は消えないことがほとんどです。‥‥なぜかというと、根本的な色数が不足しているので、ブラーをかけても色が混ざらないからです。

 

例えば、コレ。

 

これは色数をいくつ使っているでしょう。

 

 

見ての通り、1色ですネ。1670万色の中の1色です。

 

つまり、どんなにコンピュータが膨大な色数を扱えても、使う色が1色ならば、1色どまりです。1670万色のスペックは「描画内容」とは関係ないです。

 

次にコレ。

 

この色数はいくつあるでしょう。

 

 

32色です。赤のモノトーンの32階調です。1670万階調ではなく、赤一色の20から51までの32階調です。

 

皆がその昔「ありがたや〜」と拝んでいた「1670万色の神話」とは、つまりはパレットの色数が1670万色あるだけの話です。あくまでパレットの中であって、画面の中に1670万階調が存在するわけではないです。

 

赤のモノトーンになった途端に最高で256階調、上図のように薄暗いグラデーションだと32階調しかありません。

 

原理を知っていると、RGB各色8bit=256x256x256=16777216の低い限界が理解できますが、原理を知らないと「1670万色もあるのに色数が足りないなんておかしい!」と口にしがちです。

 

赤のモノトーンだと最高で256色ですから、1670万には程遠いですよネ。「1670色のふれこみ」に、原理もわきまえずに踊らされると、映像制作の様々な場面で問題にブチあたることになります。

 

 

 

ちなみに、「絶対に1670万色使う」絵はどんなものか。

 

After Effectsの色調補正ツールだと結構作るのが大変そうですネ。プログラムで総当たりで色を生成し、左上から右下に埋めていった方が正確かつ簡単に作れそうです。

 

なので、構造だけ考えます。

 

1670万色全てを使うには、当然の事ながら、1670万画素のキャンバスが必要ですよネ。

 

1670万画素のキャンバスは縦横何ピクセルでしょう。正方形のキャンバスなら簡単に算出できます。

 

4096x4096=16777216

 

縦横4096ピクセルの正方形のキャンバスならば、1670万画素ぴったりのキャンバスサイズです。

 

4096だと、2の倍数として直感的に解りにくいので、つまり、

 

(2x2x2x2x2x2x2x2x2x2x2x2)x(2x2x2x2x2x2x2x2x2x2x2x2)=16777216 

 

‥‥で、

 

12bit x 12bit = 24bit

 

ということです。

 

この4096ピクセル四方の1ピクセルごとに、RGB(0,0,0)からRGB(255,255,255)の全ての組み合わせの色で埋めていけば、1670万色を使い切った画像が出来上がります。

 

 

 

ビットの数値は日常の色々な場面で登場します。

 

通信速度はbps〜ビット・パー・セコンドですし、スマホの記憶容量はGB〜ギガバイト〜バイトは8ビットと、ケータイやスマホを所有している時点で、身の回りはビットだらけ。

 

とは言え、ビットの理屈を実際に知っている人はかなり少ないでしょう。まあ、日頃は必要ないもんね、原理は。

 

しかし、コンピュータによる映像制作の職業、しかも、誰かに対して原理や構造を説明しなければならない教育者や指導者やセクションチーフは、「暗記モノ」ではなく「理由・理屈」をもって、「色数」や「ピクセル寸法」「転送速度」などの話を、後続の若い人間たちに説明すべきでしょう。

 

歳上の人間が、暗記モノに終始して、理屈や理由の部分がフワフワしてたら、そりゃあ、後続の若手だってフワフワと影響されます。

 

若い頃はともかく、歳を重ねてリーダー格になっても、「暗記モノ」だけが知識の大半を占める‥‥ようでは、現場のさらなる発展は見込めず、大量生産の消化試合に徹する、いままで通りのアニメ業界を引きずりましょう。

 

30代以降は、「なぜ、それがそうなのか」を深く探るフェイズです。30代以降になっても「ビットって何? めんどくせえんだけど。」のようなスタンスでは、現場の未来も「めんどくせえ」なりの未来になりましょう。

 

アニメ制作現場の、画像データに直に関わるスタッフ〜演出、作画、彩色、美術、コンポジット(撮影)は、基本中の基本であるビットやRGBの原理を、どこかの段階で覚えちゃいましょう。それだけで、「わけのわからないコンピュータの内部」「ブラックボックス化」にメスを入れて開腹のきっかけとなります。

 

 

 

 

 


これから必要なこと

紙に描いたキャラ原案と絵コンテだけ持参して、「映像化したい」「誰か協力して欲しい」と訴えるよりも、たとえ5カットでも自分でゼロからフィニッシュまで映像化して、形にして見せたほうが良いと思います。自分の作品企画が、どのような映像作品になるのか、自身ですら具体的にイメージできていないものに、周囲がホイホイお金を出すわけないのです。

 

キャラ表と絵コンテだけでは一般の人々は判断に困るでしょうから、たとえ15秒でも、キービジュアルを映像化したほうが手応えは得られるでしょう。また、実際に数カットでも映像化することで「自分の中での答え合わせ」もできます。そして今は、iMacもiPadもApple Pencilもあるので、自分ひとり〜数人で作画の最初からコンポジット・編集の最後まで(数カット規模なら)可能な時代でもあります。

 

たった15秒でも4KHDR版と2KSDR版を作り、もし、HDRが無理ならSDRの民生500nitsテレビ合わせでも良いと思います。「映像作品」を作りたいのに、映像技術に無頓着で「難しい部分」は他人任せで、ストーリーと絵を動かすことにしか興味のない作品企画‥‥では、訴求力が低過ぎると感じます。

 

映像制作においては、個人でも、少数人数でも、大規模な制作集団でも、コンピュータをどこまで「新世代の映像技術」に対応して使いこなせるか否かが、2020年代以降の命運を分けると思っています。

 

 

 

最近強く感じるのは、アニメ制作現場の技術はどんどん旧式化して、製作側のニーズに対応できなくなってきていることです。

 

4KHDRのコンテンツが欲しいと感じているクライアントに、どんなに出来が良くて素晴らしいアニメ映像を売り込もうとしても、2KSDRでは「対象外」なのです。相手が自動車を欲しているのに、バイクを一生懸命売り込もうとしても、買ってはくれません。

 

アニメ制作現場のスタッフ、特に作画や演出の人たちは、あまりにも映像技術の進化に対して無関心過ぎるように感じています。

 

4Kも、HDRも、作画や演出に直結する重要な技術要素です。4K時代の作画は、様々な点で2K時代とは大きく変わります。当然、演出の手練手管も2Kとは変わってきます。

 

4Kが普通になる2020年代以降、もはや紙による運用は不可能です。紙で対応できるのは2Kまでで、「正真正銘4K」として売るためには、タブレット作画が必須です。単純に、A4〜B4用紙が4K以上の解像度に対して小さいからです。

 

4Kでの映像制作においては、以下のような1万ピクセルのビデオ解像度も普通に存在します。5〜6000ピクセルなんて日常茶飯事の解像度です。

 

 

1万ピクセルは重いです。After Effectsも反応が鈍くなります。動作がアホになって、キャッシュが更新されなくなることもあります。‥‥でも、斜めに付けPANしただけで、このくらいのキャンバスサイズにはなります。

 

アニメは実写と違って、フィールド(芝居場)の大きさでピクセル寸法が決まりますから、例えばクイックTUを連発するような演出は現場に大きな負担をかけるでしょうネ。

 

つまり、作画方法も、コンテの切り方も変わるのです。

 

Q.T.Uのハッタリのためだけに、15000ピクセルの絵を作るのは、演出技法に難ありです。4K時代においては、従来の習慣のままの2K作品のつもりで絵コンテは切れませんヨ。

 

 

 

そんな時代〜作画や演出の常識が変わる時代を前にして、紙で書き留めたキャラ原案と絵コンテだけで、どうやって未来の作品企画をプレゼンして、どうすれば諸々の関心を惹きつけられるのか、「制作現場スタッフずれ」した感覚をリセットして考えてみれば、難しいと思うでしょう。「私は作画」「俺は演出」なんて言ってられるのは、制作現場の内側にいる時だけで、作品そのものを売り込む際には、現場特有のセクショナリズムの結果物よりも、「完成形が想像できる」提示物が必要です。

 

今後、アニメ制作現場には、「新しい技術力を有した、新しい現場スタッフの育成」までのしかかるのですから、企画をする人間の感覚まで旧時代のままなら、身動きできずに進退窮まるでしょう。どんなに現場の労働基準をブラックからグレーに明るくしても、「旧式過ぎて作り出すものに価値がない」と判断されたら、なんのためのホワイト化だったのか、悲劇を通り越して喜劇になります。

 

 

 

2Kにアップコンして納品する1.3〜1.6Kのキャンバスサイズは、4Kのドットバイドットで作っている制作運用からすれば、プチサイズとしか言いようがないです。2Kまでしか制作できない制作集団においては、スマートアップスケーリングだけが頼みの綱になりましょうが、残念ながら「ドットバイドット」を納品条件にしている作品では「レギュレーション違反」になり、納品は拒否されましょう。

 

まず、企画の段階で、次世代の映像技術をたっぷりと意識できていなければ、新時代の映像技術を「水を得た魚のように」活用することができません。企画する時点から、4K時代の脳の思考が求められましょう。

 

世界規模で進行する新しい映像技術を、作品を自由に描くキャンバスとして意識することが、何よりも必要です。

 

4Kなんてわからないし‥‥とか言いがちですが、自分の使うコンピュータや日頃見るテレビを4Kにすれば、実感も湧いてきます。作画や演出の仕事をする際に「わからない」では済まないのと同じく、今後4Kや8Kが標準の映像技術になるのなら、「わからないまま」に終始するのではなく、色々と情報を集めて自分からアクションして、最初は手探りでも4KやHDRの研究を始めることが必要です。

 

作画も演出も、様々な趣向の作品制作において、「わからないを、わかるに変えてきた」仕事じゃないですか。4Kでも同じバイタリティを発揮すれば良いのです。

 

 

 

でもまあ、何よりも、紙から離れることが最初の一歩です。

 

A4用紙じゃ未来には対応できんス。

 

せっかく磨きをかけた日本の作画技術も、A4用紙の中に閉じ込めているばかりでは、発展の兆しすらありません。

 

 

中国、台湾、韓国以下。デジタル競争力世界30位という日本の惨状

 

 

「デジタル競争力」という言葉のアヤはおいといて、要は日本はコンピュータをうまく活用できていないということですネ。アニメ業界で考えれば、一層のこと、「日本の遅れ」を深く実感するところです。

 

誰が悪いって、自分たち自身が悪いんです。いつまでも紙に依存して、未来を見ようとしないココロが。

 

紙ではもう4K時代以後の映像制作には太刀打ちできないと、うすうす解っているはずなのに、そもそも「4Kなんて本当に広まるのか」みたいなことを考える人まで、アニメ業界には多いんじゃないでしょうか。

 

たかだか10年前に「2Kなんてオーバースペック」と言ってた人たちが、自分の言動も忘れて、すっかり2Kに馴染んだ生活を送っているのが、論より証拠。‥‥4Kはごく普通に日常生活の基本スペックになりますヨ。

 

2Kに限らず、VHSからDVD、DVDからブルーレイ、もっと遡れば、白黒からカラーへと、映像技術・映像産業の進化は、歩みを止めずに進み続けました。これからだって同じです。2Kでぱったり進化がとまるわけないじゃん。

 

 

 

紙に対する執着を断ち切って、タブレットでも絵を描けるようにすべし。

 

ただそれだけでも、次世代の扉を開いて進むことになるのです。

 

タブレットで絵を描けなければ、お話が全く先に進まないのです。A4用紙に描いてスキャンする時点でもう無理なのです。

 

CintiqでもiPadでも、まずはペンタブで絵を描くことに慣れるのが、4K時代以降、2020年代以降、令和以降の、絵を動かす映像産業の第一歩です。

 

 

 


環境とお金と自宅

何度も書きますが、コンピュータは猛烈な金食い虫です。私は18歳(1987年前後)の頃にお祝いに買ってもらった数万円の机を30年以上現役で使っていますが、1997年に数十万円を費やして買ったPowerMac8600はとうの昔に使わなくなりました。

 

つまり、コンピュータを使って仕事をする場合、その環境維持のコストゆえに、

 

作業に対する報酬金額が高いこと

 

‥‥が何よりも必須となります。3DCGの作業費と同じ理屈です。紙と同じ値段で作業したら破綻するのは、電卓を弾くまでもないです。なので、私はアニメの原画の仕事=「デジタル原画」と呼ばれる作業は避けて、「コンピュータを用いたことが結果物にちゃんと反映される」価格の高い仕事を請け負うようにしてきました。(しがらみゆえ、例外もありますが)

 

その報酬の良さ=報酬金額が高いぶん、いっぱい酒が呑める‥‥のではなくて、年次の環境増強の資金に当てる必要があります。

 

 

 

アニメ業界は、紙と鉛筆と机で作画して来た人の発言権があまりにも大きいため、その点=機材のメンテナンスと更新費用にまるで無頓着だったりする‥‥ことも多いのではないでしょうか。コンピュータを何年かの周期で買い換えて更新することが、感覚として理解できないので、まるで無駄使いでもしているように思う人もいる‥‥のかも知れませんネ。

 

まさに2010年代、Adobe CCに移行せず、いつまでもCS5.5や6を使い続けたのは、それがたとえ作画以外の撮影工程であっても、「アニメ業界の性質」を物語っています。

 

CS6どまりにし続けたら、停滞している期間は良くても、どうしても移行しなければならない時に相当な「痛み」・皮膚移植のような大手術となるわけで、健康で正常な人間の細胞のように代謝〜徐々に入れ替え・更新を進めた方が、新しい時代にも適応できて成長も順次促進されると思う‥‥んですよね。代謝を失った身体はまさに死を意味しますしネ。

 

でも、アニメ業界の多くは、CS6に留まって、CCに移行しなかった事実があります。今後、生皮を剥いで、相当な痛みとともに、新しい皮膚を移植する、苦痛の叫びが業界のあちこちから聞こえてくるかも知れません。

 

最低64GBのメモリ(すぐに128GBくらい必要なると思われます)、i9の4GHz前後で8コア以上、4Kのモニタを60Hz 10bitで3台以上接続できるビデオ性能、色に関わるスタッフ(彩色、美術、コンポジットなど)は基準となるHDRモニタ(300〜1000nitsでPQ対応)、液タブかiPad Pro 12.9、高速なWiFiとBluetooth、最低1Gbpsのネットワークで10Gbps推奨、10Gbpsのハブ、USB3.1、Thunderbolt3の40Gbps、M.2でThunderbolt3の高速な外部キャッシュディスク、最新のOSと映像制作ソフトウェア。

 

こうした2020年代基準の機材を、一気に更新など本当に可能なのか、エクセルで見積もり表を作れば、愕然とするでしょう。更新が、2010年代前半の内容から‥‥となれば、もはや全部買い直しです。生き残る機材のほうが少ないです。

 

 

 

身の丈のお金の話です。会社規模だと各所で差が大きいので、個人単位のお話にて。

 

毎月2万円をあてて、サブスクリプションとマシン入れ替えの積み立てに備える(10年で240万円)

または、

10年に1度、ドカンと240万円捻出する

 

‥‥このどちらが現実的でしょうか。そして、どちらが自分の新たな技術として身につくでしょうか。

 

私は前者だと思います。

 

まず、10年に1度とは言え、240万円なんて1度に工面できないですもん。

 

さらに、10年に1度、240万円を費やして装備を一気に更新しても、色々な技術基盤が多少なり10年前とは異なるがゆえに、すぐに240万円分の最新機材の優位を発揮できません。使う人間の知識がすぐには対応できないからです。

 

順次、知識を更新しながら、様々な技術を吸収して、古い技術を入れ替えていく必要があるわけですが、「10年に一度の機材更新」においては、まさにその「順次」が不可能なんですよネ。

 

1度に240万円の機材環境を導入しても、人間の経験と知識と技術は、1度にドンと増えることはないです。

 

 

 

つまり、10年我慢して一気にハードもソフトも更新すれば良い‥‥というわけにはいかんのです。

 

それに‥‥根本的な問題ですが、10年の期間、ちゃんと貯金できますかネ? 結局、なんだかんだと出費して貯められないんじゃないでしょうか。

 

しかも、あらゆる最新技術の足並みが、ピタッと揃うことなんてないです。結構‥‥いや、かなりバラバラです。10年後に、ベストな機材購入を一気に決済するなんて、可能とは思えません。

 

 

 

一年で使える環境機材費を決めておいて、その枠内で購入し(大枠はローンで)、その機材環境出費を相殺するために、必要に応じて仕事の幅を広げていく。

 

紙と鉛筆と机だけなら、「作画の仕事はこういうものだ」と自ら限定しがちですが、機材に色々と金がかかって、それが自腹ともなれば、「仕事の幅を広げなくちゃ」と思うものです。年間24万円出費が増えたのなら、最低でも24万円の増収を図りたいですよネ。

 

現在のアニメ業界の作画料金では、とても賄えないと実感するはずです。ゆえに、自分の仕事の内容と種類を増やすべく、自然と思考が働きます。自分自身をプロデュースする自我に目覚めます。

 

自分の可能性をなんとなく諦めていた悪癖は、実は、コンピュータ機材に比べて、金のかからない紙と鉛筆と机に道具を限定していたことも、多分にあるのではないかと思います。

 

 

 

以前、「アニメ制作会社がフリーランスに機材を貸し出す」みたいな論議も聞いたことがありますが、‥‥‥5分も考えないうちに「ありえない」ことがわかりますよネ。

 

A社、B社、C社の3社を掛け持つアニメーターは、3社分の3セットのPCとモニタと液タブを自宅に置くのでしょうか?

 

それとも、A社が貸し出した機材で、ちゃっかりB社とC社は、アニメーターに作業依頼するのでしょうか? もしA社の仕事が終了したら、B社とC社の仕事が中途でも、機材を回収するんじゃないですかネ?

 

ちょっと考えれば、会社が自宅作業のフリーランスに機材貸し出しなんて、あり得ないことがわかりますよネ。

 

自宅の機材は、自分で揃えるしかないです。その代わり、アニメの作画だけでなく、色んな仕事を請け負って、マルチに稼ぐのです。

 

 

 

アニメ業界の契約社員‥‥みたいに、アニメーターはアニメの作画だけしか仕事しちゃいけない‥‥わけじゃないです。

 

むしろ、もっとアニメ制作会社以外の色々、アニメ制作会社の仕事であっても作画以外の何かを、自分の道具を駆使して開拓すべきだと思います。

 

2020年代以降に「絵を描いて生きていく」には、コンピュータは金食い虫だからこそ、むしろ強い味方にすべきと、私は思うのです。

 

 

 


クリエイティブの自我

アニメ制作は、一見、大量生産の製造業のようにも思えて、実際に他業種の製造業のノウハウ・マネージメントを応用できる場面も多いです。

 

しかし、製造業とは全く違う性質があり、その部分を見落とすと、やがて内部崩壊・内部分裂が始まり、ゆえに制作集団は解散と再編を繰り返します。

 

全く違う性質とは、

 

製造と創作の差

 

です。

 

アニメ制作においては、例えば、

 

カット1を300カット大量生産

 

‥‥なんてことはありません。製造業とは全く異なる性質です。アニメ制作は同一内容のカットを何百カットも生産なんてしませんし、製造業においては作り出す製品が1つ1つ全て異なる仕様‥‥なんてないですよネ。

 

アニメ映像制作の根本は製造業とは違うのです。応用できることはあっても、完全一致はしません。

 

この根本的な違いをわきまえずに、製造業のノウハウを導入して組織を立ち上げても、最初の4〜5年までしか通用しなくなります。どんなに環境がホワイトでも、大量生産の現場ポリシーに対して、クリエイティブ担当のスタッフたちが疑問を感じ始めます。

 

そもそも全カットの内容が違う制作状況に、製造業の全てを応用できるわけがない。‥‥と気づくわけです。

 

つまり、5年くらいで、

 

スタッフの心の中で、クリエイティブの自我が目覚め始める

 

‥‥ということです。

 

こうした映像制作スタッフの自我を理解できないと、制作集団は「次のフェイズ」に進めなくなります。

 

アニメ業界が長年作り上げたシステムは、その辺をよく解っており、例えば作画なら、

 

動画の次は原画

 

原画の次は作監

 

作監の次はキャラデザイン

 

‥‥と、大量生産の製造業的アプローチの「弱点」をかわす方法を、先人たちはよく理解していたと思います。

 

製造業アプローチでクリエイティブスタッフの自我を抑え続けておけるのは、例えば作画スタッフなら最初の4〜5年までです。5年目から「自分はアニメ制作現場における規格サイズのボルトやナットを作り続けて、この先にクリエイターとして生き残っていけるのか」と少しずつ疑念が湧いて悩み始めます。

 

組織がいくら「うちの会社は大丈夫。労働条件はホワイトだ。」と言っても、クリエイティブの自我から生まれた焦燥感を抑え込むことは難しいのです。なぜって、アニメはそもそも「作品造り」「創作」という強烈にクリエイティブな一面を持つからです。

 

そこで「原画」という新たなステップアップを与えて、再度「疑念が湧くまでの数年」を稼ぎます。その原動画10年の期間は、多くの人が淘汰される期間でもあります。

 

その後に、作監、キャラデザインと続けるうちに、30代も半ばになります。

 

とはいえ、役職にランクを設けて(=特に金銭面で)、何か新しい役割へとステップアップしても、

 

キャラデザの次は何にステップアップできる?

 

新しい社会変化の中でどう生き残っていく?

 

‥‥という問題が立ちはだかります。

 

しかし、30代も後半になると、新たな別の業種には転向が難しくなり、業界と運命をともにするキモチ‥‥例えるなら、第二次大戦末期の日本国民の感情のようになっていきます。未来が頭打ちでも作業料金が安いままでも、もはや辞めようとは思わなくなります。‥‥これは言うなれば、製造業アプローチが勝利したと言えますが、社会的にどうか?‥‥は、ご覧の通りの業界のていです。

 

個人規模のクリエイティブの自我‥‥で思考すれば、「そりゃあ、ステップアップなんて自分で決めることだし、社会に順応してベターな創作活動を順次展開していけば良いだけだろ」と簡単に解が導けますが、製造業視点・制作集団を統率する立場で思考すると甚だしく難問になります。

 

なまじ、クリエイティブを製造業思考で全て解決しようとすれば、です。

 

実際、アニメの撮影部門では、ステップアップの行き詰まりが発生している事例を何度も見聞きしています。皆がベテランになると、撮影監督の人数が撮影スタッフよりも過多になる‥‥という「逆ピラミッド」状態になり、ある一定の時点から、新人は新人待遇から抜け出せない状況に陥ります。

 

人員の構成が行き詰まって、どんなに技量が上達しても、上が詰まって昇進できない状況が生まれます。(で、それは理不尽だからと昇進させると、ほぼ全員撮影監督という「監督職だらけのセクション」になります。)

 

年功のステップアップを実施した結果、撮影監督と撮影監督補佐が増えすぎて、監督職のほうが一般スタッフよりも多くなるという異常なバランスは、ベテラン側にとっても新人側にとっても、「成長できない現場=同じことを繰り返す消化試合の作品作り」へと直結します。

 

 

今後、未来のアニメ制作現場においては、スタッフ構成が「ベテラン過多」になる「逆ピラミッド」現象は、どんどん増えていくように思います。今のままの技術基盤で、作り続けるならば‥‥ですが。

 

作業工程の監督職になって、その後、どのようにさらにステップアップして、自分の一生を豊かに広げて人生を全うするのか、アニメ業界の現システムに尋ねても、答えはありません。

 

撮影や作画の人間だけでなく、アニメ業界のクリエイティブ関連の多くのスタッフは、自我に目覚めれば目覚めるほど、未来を考えれば考えるほど、鬱とした感情に苛まれるでしょう。

 

アニメ業界は、従事するスタッフの「人生の標準モデル」を示せぬまま、産業として成熟しないまま、令和の今まで来て、どのような未来へと進むでしょうね。「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」ばかりが、業界の「人生のカタチ」であるのは、今後も続くことでしょう。

 

 

 

では、どのような解決策があるでしょうか。

 

それが簡単に解れば、アニメ業界とて、ここまで「ブラックブラック」言われ続けないですし、アニメに限らず日本の社会全体が希望に満ちているでしょうが、そうはなっていませんよネ。社会全体がアニメ業界のようになり始めている‥‥という人も多いですし。

 

「作品と商品のジレンマ」を解決できないのは、実は絵画や音楽の世界では何世紀も前から‥‥とも思えます。

 

だからお手上げ‥‥ではなくて、ベストにはならなくてもベターな方法はないか、思考の転換はできないか、考え続けて実践します。

 

製造業思考でアニメ制作をがんじがらめにすると、中堅初期の頃に「この会社には未来を感じない」と会社を辞めて他の会社に移るスタッフが出てきます。「このままでよい」と安定思考のスタッフもいますが、確実に「他のクリエイティブの可能性」を求めて他所へ移るスタッフは存在し、怖いことにそうしたスタッフは作品にエッセンスを与えていた「クリエイティブ度の高い」スタッフだったりします。

 

思うに、製造業アプローチは会社を運営するために必要ですが、同時に「クリエイティブ枠」もちゃんと用意しておかないと、そもそも作品であり商品でもあるアニメの「製造と創作の2面性」は両立できないでしょう。その2面性を両立できないと、必ず、せっかく育ったクリエイティブスタッフが辞めて、他の場所に移る結果となります。その際に「ゼロから育てたのに」と恨み節を吐いても、製造業重視でスタッフを見ていた大きなツケを払うことになるのです。

 

また、製造業アプローチに徹したとしても、製造業におけるクリエイティブ=製品開発を怠ると、その制作会社自体の魅力と価値は低くなります。

 

製造業アプローチとクリエイティブなフィールド。

 

この2つは、現場を長く存続する上で、どうしても必要になりましょう。どちらかだけではダメです。エクセルで管理するだけでアニメが作れるわけないですよネ。漠然とクリスタで作画してたらいつのまにかアニメが完成してた‥‥なんてこともないです。

 

どちらが欠けても、制作会社・制作集団はやがて解散するでしょう。過去のクリエイティブ資産を有した超大手でもない限り。

 

この難しい2極の要素を、どのように両立できるか。そしてその2極は、ちゃんと社会の技術進化と足並みを揃えて一緒に歩めているか。

 

アニメ制作会社が、2020年代、2030年代、2040年代‥‥と未来の社会で生き残っていくのは、相当な「知恵と勇気」が必要ですネ。

 

 

 

アニメーターは、なぜ、アニメーターになるのか。

 

これは、「労働条件を改善した」「理想的な作業環境にした」という話だけでは語れません。

 

アニメーターは、絵を描いて動かしたいから、アニメーターになる‥‥のです。紙と鉛筆だけでなく、タブレットやカットアウトでも、自分で描いて動かすからこそのアニメーターです。

 

つまり、

 

アニメである以上、クリエイティブが必要

 

なのです。

 

そこを軽視すると、「流れ作業で消化試合のアニメ制作」となり、やがて人は去っていきます。なぜ人が集まるのか、なぜ人が去っていくのか、アニメ制作にはアニメ制作なりの特性があり、工業製品を作る製造業とは根本の性質が異なります。

 

制作集団がクリエイティブの自我について、どのように向き合うかが、2010年代の作画崩壊と乱造の時代から抜けて、4KやHDRドルビービジョンやアトモスなど「品質重視時代」の未来に生き残る鍵だと、私は思います。

 

QCが普通のように存在するようになった時、製造業のノウハウからヒントを得つつ、クリエイティブをどのように両立するかは、少なくとも私は、重要重大な未来のアニメ制作の要素だと感じるのです。

 

 

 


サイドカーにのれないので

新しいmacOS「Catalina」がリリースされたようです。

 

しかし私のプライベートの環境は、2014年春のMacBook Pro、そして同じく2014年の初代iMac 5Kなので、どちらもサイドカー=iPadを液タブやサブモニタにする機能の「対象外」(がっかりした話はコチラ)です。Catalinaの「32bit切り捨て御免」だけが強調される印象です。

 

MacBookはもう買う気がしなくてねえ‥‥。私の外での使い方のレベルならiPad Proで十分でねえ‥‥。

 

日頃から外出が多く、実写の編集やVFXなどで国内外を飛び回る方は、MacBook Proは主役級の働きをすると思いますが(実際、実写撮影スタジオでリアルタイムで合成処理するなど活躍しているMacBook Proを何度も目撃しています)、私は「机の前に着座してひたすら作業する系」なので、MacBookはほとんど活躍しないんですよネ。

 

iMac 5Kもこれから先に5〜6年使うつもりなら、40万円近くのBTOが必要ですし。

 

 

 

でもまあ、とりあえず、Catalinaの使い勝手を知りたいので、まずは手持ちのMacBook Proにインストールしてみます。

 

ゆえに、まだまだAstroPadは現役です。

 

 


ただ

私はコンピュータを使い始めた最初の頃、そのハイテクっぽいイメージに圧倒されて、ただただ凄い発明品であり、難解なものだと思い込んでいました。‥‥いや、凄い発明で難解であるのは確かなのですが、圧倒されて卑屈になる必要はないですよネ。

 

まず「コンピュータはデジタル」だと思い込んでいましたし、ビットの組み合わせだけがコンピュータのデータの形式だとも思い込んでいました。

 

しかし、コンピュータやデジタルデータへの理解が進んで、仕組みがわかるようになると、コンピュータは電気信号オンリーではなく、電力無しで木材の組み合わせで作ることも可能ですし(卓上サイズなら処理能力規模は極めて可愛いレベルですが)、ビット(0と1の二値)のデータ形式以外の方法も有り得ることも、だんだん判るようになってきました。

 

つまり、思い込みの呪縛が、徐々に解けていったわけです。

 

初心の頃は、ただ覚えることばかり。ゆえに、思い込みの罠にハマります。

 

そこでストップする人も多いでしょうが、分析癖、観察癖を持っている人は、「なぜ、そうなんだろう」と考え、覚えたことを1つずつ分析して仕組みを知りたがります。そして、どこかの時点で「ああ、そういうことか」と「次の扉」が開くのです。

 

これって、コンピュータだけでなく、何にでも言えることですよネ。

 

 

 

1オクターブが12音からなる西洋音楽は、例えるならノイマン型コンピュータのアーキテクチャです。

 

単なるアーキテクチャの1種であって、音楽の全てを12音の黒鍵5個白鍵7個に絶対に限定しなくても、別に良いんですよ。

 

1オクターブという単位も、1オクターブを12分割する仕組みも、頑なに「それが音楽だ」と思い込んで厳守しなくても良いのです。

 

実際に、1オクターブ内を12分割以上に分割する鍵盤楽器も製作されたことがあるらしいです。アフリカや中近東や東洋の音楽アーキテクチャが、西洋の12音ではないことはよく知られています。

 

一方で、ノイマン型がそうであるように、西洋の12音の音楽アーキテクチャは、とても使いやすいですよネ。その方式を使うだけでも、色んな表現ができます。ゆえに世界中に普及しています。

 

西洋の人は、人々をある意味「支配」するシステムや構造を作るのが上手ですよネ。

 

しかし、12音絶対主義とばかりに思い込む必要はないです。バンドを組んだ若い人が「クラシック音楽なんかクソ食らえ。俺たちは自由に音楽を作る!」というのなら、まず音階の新しい仕組みや新しい楽器の製作から始めても良いのです。楽器屋さんでクラシック音楽標準の12音の楽器(エレキギターとかシンセとかも)を無批判で買う必要もないのです。

 

私はノイマン型も12音も大のお気に入りなので、活用させてもらいますけど、絶対神のように思い込んではいないです。

 

 

 

思い込みから脱出する。構造や仕組みを知る。そして、あえて普及した構造や仕組みを用いて使いこなす。

 

このサイクルに目覚めれば、コンピュータをひとまとめに「デジタル」なんて言うのは笑けてしまうはずです。紙と鉛筆を「アナログ」と呼ぶ気も自然とおきないでしょう。

 

良いものは使う。それでいいじゃんか。

 

アナログやデジタルをご本尊のように崇めて、信者のように崇拝する必要などないです。

 

ぶっちゃけ、私もあなたも、紙も鉛筆もコンピュータも、地球上〜宇宙の物質から生み出されているのですから、もうそれだけで血縁関係みたいなものです。‥‥と、中2みたいなことを言い出しますが、妙な思い込みで分け隔てするのは、不毛だと思うのです。

 

各世帯に4KHDRのテレビが普及した社会において、アニメ制作会社やフリーランス作業者とて、未来の映像娯楽産業の中で生きていくわけじゃないですか。

 

だったら、そうした未来社会でポテンシャルを発揮する道具と方法を選べば良いのです。デジタルがどうの、アナログがどうのと、こじらせて同じ場所でループするんじゃなくて。

 

 

 

今、何かを成そうとする時に、良いものをどんどん取り入れて使いこなす。ただ、それだけのことなんですよネ。

 

 



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