Webの自己診断

色彩テスト(というよりはモニターチェックかな)に始まり、動物に例えるテスト、性格テスト、精神年齢テストなど、ネットには色々な余興的なテストプログラムがあります。私も息抜きに、たまに遊んだりしますが、診断結果に妙に考えさせられる事もあります。

まず、職業テスト。
 

あなたがなるべきは:

外科医

‥‥だそうな。

まあ、「アニメ制作技術」という患者に対し、外科手術を施すような取り組みはしてきましたし、これからもするだろう‥‥と思えば、当たってなくもないか。知り合いは「アーティスト」「総合指揮者」みたいに判断されて、ちょっと羨ましい。

動物テストは‥‥
 

あなたの性格は:

フクロウ
内向的で、言葉での表現は苦手ですが、実行力があり要領のよい、完璧主義者です。
フクロウは古風で分別があり、責任をもって細かな決まりを順守します。保守的で何事にも正確さを求め、できるだけ丁寧に物事をこなそうとしますが、感情より正確さを優先するため、周りからは冷淡と思われることも。

‥‥そうか? 私は自分のいい加減さに手を焼いているので、「細かな決まりを順守」するとは言えないような気が‥‥。それにブログでベラベラと書き綴っているのは、「言葉での表現が苦手」と言えるのかどうなのか。「完璧主義者」っていうのも、なんだかイヤミな感じですネ‥‥。私、結構、妥協するけどな。。。

ぶっちゃけ、旧知の人間が聞いたら笑いで吹き出すかもネ。「オマエが完璧主義者‥‥とは」と。

私は技術面でのブログも書いているので、誤解されやすいですが、相当にヌルいアナログ無段階人間なのですよ。‥‥そうした自分のヌルさを克服するために、思考で武装しているだけです。テストプログラムは、私の表層の思考武装面にジャミングされている可能性が高いスね。「内向的」とも診断されてますが、別のテストでは「あなたは E 外向的 の性格傾向です。つまり 自分が外部にどう影響を与えるかを意識します: 外の世界と他者とのコミュニケーションに精神力を注ぎ、パーティーや討論、おしゃべりを好む傾向があります。」なんて診断されたりしますからネ。

それとも、状況に応じて妥協できるところが「総体的な完璧主義」なのかな。「できない事をできるようにする」のではなく、「できないものはできないと明確に判断し、迂回路や代替案を模索する」のが、包括的な完璧主義者か。‥‥しかしそうなってくると、「完璧主義」の定義は、もはやトンチだな。

さらに精神年齢は‥‥
 

あなたの精神年齢は:

27
(心は 20 歳若いです)
確実に若返っています
1988年生まれになるらしい!

測定結果の平均値は5歳前後です。

これはどういうことか。

私が年齢不相応に稚拙という事か。それとも考え方が若いのか。「老いていない」ととれば、いい気分ですが、「幼い」ととれば、なんだか微妙。

そして職業適応のテストは‥‥
 

予言者 - あなたのアイデアが人々の望みに変わります

敏捷でスマート、抜け目ない性格です。ストレートな言動で他の人を元気づけ、困難な問題が発生すれば目の前にあるものを総動員して解決に当たります。まだはっきり見えない可能性を見い出すのが得意で、人を見る目があり、それを分析して戦略的に活用することができます。普通の人生には満足できず、同じことを繰り返すのが嫌いで、興味が次から次へと変わります。

ENTP的性格の有名人: ソクラテス(哲学者)



だと? 「外科医」はどこに行った? ‥‥それに「予言者」って、職業なのか。まず。

私は、結構、同じ事を繰り返すのは嫌いじゃなですけどネ。そもそも、アニメを作り続けていこうと今でも強く確信して揺らがない時点で、繰り返しは得意な部類なんですが、‥‥まあ確かに、非効率と解っていながら黙々と旧来の作業スタイルを守り続ける性格ではないのは事実ではあります。

目的は変えませんが、手段はどんどん変える性向なので、当たっているようなそうでもないような‥‥テスト結果ですネ。

しかしなんだ。予言だけじゃしょうがない。実行をともわなければ。‥‥予言だけで悦に入れる性分じゃないです。

でもまあ、こうしたテストから、自分のアンバランスさや欠損している要素をなんとなくでも知る事ができるのは、良き事ではあります。全方位に対して優位な人間なんて、恐らく存在しないでしょうから、要は、各自それぞれが自分の長短を、他人と協働する事で補い合って、合理的かつ効率的に目的を達成することが肝要‥‥だと思っております。少なくともアニメ制作って広範な技術を必要としますからね。

テストはテスト。なんだかんだ言っても人間は「あるがままに生きていくしかないわな」と言うのが、ぶっちゃけた私の感慨です。(←完璧主義者と診断された人間の言うこととは、到底思えぬ‥‥)

2015年10月21日

私が高校生の頃に劇場公開されたバック・トゥ・ザ・フューチャーは、当時の私が主人公のマーティと同年代であり、まさにオンタイムでした。ドクとジェニファーと一緒に2015年の未来に向かう物語のラストを観て、「2015年なんて遥か未来の話だな。想像もつかない。」と感じましたが、今日はその物語上の未来の日、2015年10月21日だったりします。

う〜ん。感慨深い。

iPhoneをはじめとしたスマートフォン。iPadとApple Pencil。60インチの4Kご家庭テレビ。水素燃料で走行し、衝突自動防止の自動車。ボーイング787の電子カーテン。SNSとクラウドサービス。

スマートフォンに向かって「回転寿司」と喋れば、近場の地図を示し、経路まで案内してくれます。私はそれで最近、八王子のスシローで昼食を喰いましたよ。

そもそもアニメをコンピュータで作っていること自体、そしてそのプロジェクトに自分が大きく関わるようになることなど、1985年のティーンだった私には想像できませんでした。

トンチみたいな話ですが、なぜ高校生の私が、現在の未来をイメージできなかったというと、想像できなかったからです。「想像はイメージと同義」だとするなら、「想像できないものは想像できない」となり、ギャフン‥‥という感じですが、ぶっちゃけ、そういうことです。経験と知識にないものは、具体的に想い描けないのです。

漠然と「総理大臣になりたい」「社長になりたい」「映画監督になりたい」‥‥とか思うのは、未来の想像というよりは「願望」ですよネ。「不老不死」「300歳まで生きたい」と言うのとさほど変わりありません。「総理大臣」「社長」「監督」という言葉だけに憧れているだけです。

技術や知識や理屈をぶっこぬいて曖昧に思い描くのは、願いとかお祈りの類いです。「未来をイメージする」のとは、実は全く違います。

例えば、高校生の私には、スマートフォンなんて「具体的に」想像できませんでした。私が具体的に想像できたのは、当時、高校に行きながら動画(高校2年の頃に初原画も)を経験していた事による、アニメ業界のアニメーターとしての、未来の自分のビジョンでした。そして大体、20代の半ばまでにそのビジョンは実現できました。一方、自分が知識と経験をもたない事柄については、想像などできなかったし、当然、具現化もできませんでした。

iPhoneを皆が持ち歩くようになるなんて、30年前の高校生の私にはとても想像できなかったなあ‥‥。

でも、工業科でコンピュータプログラムを学び、年々高性能化するプロセッサやインターネット・パソコン通信の記事を専門誌で読んでいるような当時の高校生だったら、「有り得るかも知れないよ。正常進化すれば。」と想像できたかも知れません。

自分の20年前を振り返ってみても、1990年代の中頃、Photoshopに実際に触って、After Effectsを使うようになると、少なくとも「自分の周囲のアニメ制作事情は変わるし、技術基盤も変えていける」と強くイメージできたものです。当該の知識と経験を持ち始めたからです。

つまり、具体的に段取りや状況をイメージできるということは、実現できる可能性が高い‥‥ということですなんですよネ。

私がここでよく書く「未来のアニメーション技法」についても、知識と経験が基盤にあって、具体的に段取りや状況がイメージできるがゆえに、書ける事柄なのです。特に私は「できることしか想像できない」タイプの人間なので、ここで書く「未来のアニメーション」は世界のどこかで似たような事を進めている競合が存在しているとも感じます。

各カテゴリの経験と知識に基づく技術を持った人たちが未来を想い描き、そのいくつもの未来像が具現化されて社会全体の未来を変えていく。1985年には夢としか思えないような事柄が、2015年現在では「そこにある」身近な要素となる。

2015年の10月21日か。‥‥高校生の頃には「遥か未来の事だ」なんて油断してましたが、確実に、未来はやってくるのですネ。
 

鶏ムネ肉のローズマリ添えソテー

ナイフとフォークを使うからと言って、何でも高級料理なわけではない‥‥とは前回書きましたが、和食よりも簡単で安上がりになる事も多いです。

鶏のムネ肉は、昔よりは高くなったとはいえ(10年前はグラム25円なんかで売ってた事もありましたもんネ)、安い時に買っておけばグラム40円台で買える、まさに庶民の食材です。



ただ、ムネ肉はモモ肉に比べて脂肪が少なく、ボソっとした感じになりやすいので、単体で食べると「イマイチ」と感じる人も多いようです。私はあのボソっとした食感がむしろ好きなんですけど、一般的には「のどに引っかかって食べにくい」らしいです。

じゃあ、美味しく頂けば良いです。

映像のVFXもそうですが、手をかけなくても、ちょっとした工夫で素材は活きるものです。

ムネ肉は淡白な味わいを持つので、逆手にとれば、ハーブの香りが楽しめる食材とも言えますよネ。臭い消しのハーブではなく、香り付けのハーブとして、ムネ肉にプラスすれば良いです。

でも肝心なハーブは‥‥ですが、ローズマリーくらいなら、ベランダでそこそこ育って、しかも越冬もしますので、万年使えるハーブとして重宝します。いちいちスーパーマーケットでローズマリーなんて買ってたらお金も地味にかかるし何よりも常備するのが面倒ですから、自分の家で育てるのが良いです。ローズマリーは原産地の気候の特性かわかりませんが、多少水やりがルーズでも育つんですよ。全くの日陰はキツいかも知れませんが、日照がよろしくなくても、風通しが良ければ(蒸すのはNG)、育ち続ける可能性は高いです。(虫害にかかりやすい場所だと、苦心するかも知れませんが)

鶏のムネ肉の厚い部分に隠し包丁を入れて火を通りやすくしておいて、後は塩コショウを適宜、ソテーする1時間前くらいにオリーブオイルとローズマリーをまぶしておきます。私はローズマリーごと食べるのが好きなので、茎ごとではなく、葉っぱをむしってまぶします。その辺は好きずきですネ。

オリーブオイルが馴染んでいるので油は敷かずに、中火でまず、皮を下にして焼いて5分、ひっくり返してまた5分。焼きが足りないなと思ったら、繰り替えして調整します。

皮がパリパリが好きな人は蓋はしないで、水気を逃がしながら焼きます。しっとり柔らかいのが好みなら、最後に強火にして何らかの酒(なんとなく残っている日本酒とか)を「すぐ水分がとぶ、少ない量(5〜15cc)」を入れて上蓋を閉じて「1分ほどプチ酒蒸し」状態にします。酒を入れる場合は、1分で水分が飛ぶ量にしておかないと、肉がくたっと水っぽくなってマズくなるので注意。

レンジで温めた冷凍温野菜などを盛った皿に、フライパンから肉を取り出して盛り付け、フライパンに残った肉汁はごく少量のお酒で伸ばして強火で煮詰めて塩コショウで味を整えて、ソースとして肉にふりかけます。

細かいディテールを書くと長くなりますが、要は、ムネ肉に塩コショウして、オリーブオイルとローズマリーをプラスして焼くだけ‥‥のことではあります。

スープはテキトーなカップスープでも良いですし、玉ねぎのみじん切りを雪平鍋で黄金色にソテーして、旨味調味料と塩コショーでオニオンスープを作っても良いですネ。ご飯は適宜。

以上、300円くらいで収まる、洋食の献立です。肉が安く手に入るので、全体のコストも低く抑えられますネ。

といったわけで、ナイフとフォークを使う食事は、高い安いではなく、料理のスタイルによるもの‥‥です。安い献立でも、ナイフとフォークを使って、美味しく優雅な食事をすることは可能です。


ちなみに、調理器具は数百円のテフロンのフライパンでもできますが、フィスラーなどの高級フライパンを然るべき使い方で用いて調理すると、ヤバいくらいに美味いソテーもできます。超高温の表面温度と無水調理で、外側のパリパリ感と内側に旨味を閉じ込めた柔らかさを実現できるのですが、フィスラーは普通のフライパンとは違って、使い方には少々コツがいります。

‥‥と思って、フィスラーのフライパンをアマゾンで探してたら、案の定、ありました。「コゲついて使い物にならない」とかいうレビューが‥‥。そのレビューに返信コメントしている方が、コゲつく理由を簡単に説明してくれていましたが、使い方をマスターもせずに製品のせいにするのって、なんだかなあ‥‥‥。せっかくのフィスラー「プロコレクション」なんですけどネ‥‥。フライパンの説明書・調理例をよく読んで調理すれば失敗しないはずなんですが‥‥。

フィスラーのフライパンは、ダラダラ調理には向かず、狙った焼き加減や味わいに合わせて、慌てず騒がず迷わずうろたえず、フライパンを整然と扱って調理できる人向け‥‥です。だから「コツ」がいるのですが、覚えるのに苦労を伴うわけじゃない、理屈が解れば納得の、容易なコツなのですよ。

まあ、ここは「お料理ブログ」ではないのでこれ以上の言及は避けますが、フィスラーを使いこなしてソテーした、グラム50円で1枚300グラム150円の大きなムネ肉の、惚れ惚れするくらいの美味さと言ったら‥‥。同じ食材でも、焦げつかないシルバーストーンでふんにゃり焼いたソテーに比べて、旨味も食感も香りも全て格上になります。焦げ防止の低温フライパンのように肉汁がビチョ〜と出ないので、旨味がギュウと封じ込められるのです。ディナーナイフで切った時に初めて肉汁が溢れ出すさまは、安い食材が全く別物に生まれ変わると言っても、過言ではないです。

フィスラーでなくても、いわゆる「超高温で水玉がコロコロ転がる」表面のフライパンなら、同じ調理ができると思います。実家にあるINKOREという会社(今は倒産したらしい)の古いフライパンも同じことができました。


‥‥とまあ、アニメーターの二十代は、できるだけ低コストでの生活で、稼ぎの少なさをカバーしたりします。ゆえに、妙に調理に詳しくなってしまったのですが、調理の際の「機転」や「道具の使いこなし」って、何だかVFXやグレーディングにも間接的に活きているようにも思うのです。

高い食材を使うだけが能じゃない‥‥というのも、痛快で良いですネ。

iPhone6Sと4Kビデオ

私は長年使っていたiPhone4Sを数ヶ月前に洗濯して壊して以来、巨大なiPhone6 Plusを使っているのですが、今度の新型「6S」は、何と4Kビデオが撮影可能‥‥のようです。

う〜ん。これは欲しかった。買って数ヶ月の6 Plusなので、さすがにすぐには買い替えませんが、4Kビデオカメラは魅力的です。

現在は、60インチの大型の4Kテレビが20万を切り始めていますし、Go Proやアクションカムの4K30pのモデルは6万円前後で「買おうと思えば買える」値段になってきていますし、そしてiPhoneまでも4Kビデオカメラを搭載します。時代は、畳み掛けるようにテクノロジを更新していきますネ。

それに、2020年の東京オリンピックの頃は、地デジ試験放送が始まった頃(2003年頃)にテレビを買った家庭の「テレビ買い替えどき」と重なります。例えば、私の実家のアクオスは、画面にスジが入って「あと何年保つかわからない」コンディションですから、期せずして2020年前ころに買い換える事になるでしょう。その際にチョイスするのは、4Kテレビになると思います。

携帯電話のカメラ機能、ホームビデオ。アニメ業界の4K立ち遅れを尻目に、その辺から、徐々に4Kは世間に浸透していくのかも知れません。「アニメに4Kは不要だ」とか「4Kで何をやったらいいかわかんない」なんて言っている間に、すっかり浦島太郎になってしまうのかも知れませんネ。

「低解像度、低フレームレートは、昔からのアニメの味です」と開き直って、骨董品を愛でてもらう寛容さを大衆に期待しながら商売をするのか、「細密な画素と滑らかなモーションによる美しいアニメ映像が、これからのアニメです」とテクノロジーを味方にして商売するのか。そのどちらを選ぶかは、それぞれの自由‥‥と言ったところでしょうか。

iPad Proも出て、Apple Pencilも出て、4K対応機器もどんどん増えて‥‥。アニメが発達した昭和は、遥か遠くになりにけり。

実は最近、4K60p搭載機種を待たずして、4K30pのアクションカム(SONY)を買おうか迷っていました。でも、そんなうちに、iPhoneが普通に4Kカメラを搭載しちゃうんですネ。

どんどん変わっていきますね、時代は。

「鋼鉄の騎士」に見る、兄と弟

20年以上も昔、スーパーファミコンのソフトで「鋼鉄の騎士」というのがありまして、結構長い期間、飽きもせず、プレイしていました。

自軍の戦車部隊を操作し、敵戦車を撃破しながら進軍させて、敵軍司令部に突入するとマップクリア‥‥というものでした。そのゲームを兄もプレイしており、兄弟であまりにも違う戦術に驚いたことがありました。


*1994年頃のスーパーファミコンのソフト「鋼鉄の騎士」〜パッケージイラストは見ればすぐわかる松本零士氏


私は、練度が上がって回避率も命中率も向上した戦車兵たちを、容易く負傷・戦死させたくないので、地形と投影率を駆使し、さらに敵1両に対して2〜3両のコンビネーションで攻撃できるようなフォーメーションで、戦車戦をおこなっていました。敵軍のコンピュータのルーチンはあまり上級ではなく(ゲーム進行のためにわざとかな?)、誘いにホイホイのってくるので、例え敵軍が数で上回ろうと、各個撃破してジリジリと敵数を減らし、最後には勝利できるわけです。

攻撃は十字砲火が基本。敵の視界には、前面の投影率が低く前面装甲の厚い戦車を配置し、敵戦車が接近した際に弱い側面を狙える位置に練度の低い戦車を左右に配置しておきます。戦車と兵の能力を、戦術で引き出し(またはカバーし)、反撃を許さずに撃破してまうわけです。


*敵の前線を引き延ばして、敵戦車4両を誘い込んだ後の図(自軍の戦車は強弱混合の9両)


*一見、散漫なように見えますが、機動性を活かしてどの路地にも援護に駆けつける距離に全戦車を配置しています。
*ミソは、敵からは1両しか見えていない事、そして、路地の建物が戦車にとっての「第2の防御装甲」として機能している点です。大通りにいる敵戦車は、容易に側面と後方をさらしますが、自軍の戦車は、装甲の厚い前面だけを敵にさらすので、防御率に雲泥の差が出るのです。「弱」戦車の豆鉄砲も、側面や後方に当たれば、撃破成功の可能性も高くなり、搭乗兵の経験値を着実に上げることもできます。
*弱点は、敵戦車が想定しない機動をとった時に「弱」戦車に敵戦車が肉薄する可能性がある点、そして各戦車の指揮統制に手がかかる点‥‥でしょうか。
*‥‥まあ、根本的な話題として、敵戦車の動きがこんなにオマヌケだったら、戦闘はとてもやりやすいわけで‥‥。ゲームならではの‥‥ですネ。


居合の試合ではないのですから、1対1で勝つ必要はありません。敵1味方3で撃ち合って勝てば、それで良いのです。その結果、味方が無傷だったら、最上の「戦場の美徳」です。挟撃(挟み撃ち)、伏撃(待ち伏せ攻撃=難易度が高い)が成功しようものなら、部隊指揮官の誉れというべきでしょう。‥‥まあ、スーパーファミコンの中では‥‥ですが。

こういうのを聞いて、「なんと卑怯な。正面から正々堂々撃ち合えい!」という人もいるでしょう。

兄の戦術はまさにそれで、戦車を4両3列に並べて12両密集の塊(ちょっと通な呼び方ですと「ファランクス」と言います)を形成し、敵戦車がたむろする懐に向かって全戦車が突進する‥‥という、私には考えられない戦術でした。




*私からすれば、ジョークとすら思える陣形。しかし、マケドニア重装歩兵のファランクスがそうであったように、有無を言わさず呑み込んで叩き潰す気迫で押し通してしまいます。損害もかなり大きくなりますが、地形の如何を問わない陣形とも言えます。
*大通りで正面衝突して、勝利の女神が微笑むのは敵か味方か‥‥というハイリスクな戦術ですネ。その大きな損失ゆえに、補給線の確保とそもそもの本国の国力が問われますが、スーファミではその辺は気にせず「プレイ」‥‥です。



これで大負けすれば「やっぱり機動戦が鉄則だよね」とか言えちゃうんですが、少なくともスーパーファミコンのゲーム上では、激しく損失するものの、最後の司令部まで到達し突入して勝利していました。

そして、これがまた、マップの進行速度が速いんです。知っている人だけに通じる話ですが、中程度の強さしかもたない4号F2型の装備でアレクサンドリアまで辿り着き、こともあろうに、最強のセンチュリオンと対決していました。当時、兄は「この最後のマップが中々勝てないんだよ」とか言ってましたが、‥‥唖然。

その戦い方でも、最終マップまで行けちゃうんだ‥‥と、絶句したのを今でも覚えています。兄は他のゲームでも「ベルリン防衛戦」でヒトラーユーゲント(少年兵)や国民擲弾兵(老人兵)と共に、SU-152などの「アニマルキラー」(パンターやティーガーを撃破するソ連戦車)と戦っており、その「強いハートぶり」を示していました。

密集隊形による正面突破の戦術は、夥しい戦死者(ゲーム上の、です)を出しており、ゲームをコンプリートした時に流れる戦車兵名簿の、それはそれは長い事‥‥。

もう20年くらい前の話ではありますが、兄のそのゲームのクリアっぷりを見て、「人海で最後まで強引に走り切っちゃう事は、あるんだなあ‥‥。人はいっぱい死ぬけど‥‥」としみじみ思ったものです。

一方、私の場合は、後半以降のマップになると、最低でも中堅、ほとんどが戦車エースで、さらにはエリート部隊向けの重戦車を装備し、その状態をもってして、十字砲火の機動戦を展開するので、もはや負け無し、戦死無しになります。

良い事ずくめのように思えますが、難点もあります。部隊が成長するのを待つので、マップのクリア進行速度が遅いのです。

地形が何であろうが、敵との性能差がどうであろうが、正面で集団で突っ込む、兄の戦法。‥‥一方、地形を利用し、できるだけ敵に対して優位な性能を確保して、分散して機動して包囲する、弟の戦法。

‥‥なんでしょうか。兄と弟の差が、戦術にも表れているんでしょうかネ。一般論とは言い切れないとは思いますが、少なくとも私ら兄弟の特性はそうでした。小さい頃から強い兄でしたから、そうした「守る兄」「守られる弟」と言った性質、言い換えると「強さを足場に持つ兄」と「弱さを足場に持つ弟」と言った対照的な性質が、色々な場面に出てくるのでしょうかネ。

20年以上前のスーパーファミコンのゲーム「鋼鉄の騎士」。戦車中隊規模のシンプルな「撃ち合い」を、コントローラでピコピコ操作するゲームなので、補給線の心配もなければ、航空支援の恩恵も脅威もない、同じく重砲や地雷の援護もトラップもない、しかも戦車の稼働率は100%で故障はゼロ、極めて簡素で楽なゲーム内容です。しかしその分、陣形や戦術展開に専心できて、モロに当人の性質がわかりやすく浮き彫りになるので、言わば「戦術の思考テスター」みたいなものかも知れませんネ。

2億円のアマゾン商品

7/15のアマゾン「プライムデー」のDMが毎日のように届く最近ですが、どんな商品が並ぶのか「お楽しみ」を煽りまくる中、アマゾン20周年を記念した2億円の商品まで飛び出してきました。

天野喜孝「黙示録」原画12点+DVDセット



‥‥スゴイすね。何度も金額を確かめ直しましたが、やっぱり2億円。

頭金500万円、残金別途銀行振込1億9500万円。

残金の振込手数料は216円で済むのか?‥‥とか、もはやそんな事しか頭に思い浮かばない、庶民すぎる私。

2億6千万円が、6千万円割り引いて、2億円で買えますよ! すごいよ、アマゾン、6千万も割り引いてくれて! 加えて、送料も無料ですよ!(ちなみに、美術品の「本式の」輸送料は、宅急便の配送料とは比べものにならないくらい高価です。とある作品制作で海外に立体造形を輸送した事がありますが、ものすご〜く高価だったようです。)

‥‥。





この商品は、寸法が2mクラスの大型で、アクリル版に描かれた連作12点ものです。展示する場所のほうも相応に高価でしょうネ。

作品は「量り売り」ではないので、どんなに小型でも価値のあるものは価値があるのでしょうが、理屈抜きにしても、2億円はやっぱりスゴいです。

この商品がどのくらいの早さで売れるのか、そんな事も「プライムデー」での集客のイベントなんでしょうネ。


‥‥さて、私は現実に戻って、A4の上質紙とペンタブで、自分の日々を紡ぐとしますか。

コンプレッサー

「コンプレッサー」と聞いて私が思い浮かべるのは3種類あります。映像ファイルを各種コーデックで圧縮する「Compressor」というソフトウェア、音のダイナミックレンジの上下を圧縮してバラつきを抑えるコンプレッサー、そして空気を圧縮して送り出すコンプレッサーです。今回のお題は、3番目のエアブラシに用いるコンプレッサーです。空気を圧縮するコンプレッサーはエンジン関連でも存在しますが、今回のは塗装に使うやつです。

アマゾンのカートの「今は買わない」リストに、タミヤの「スプレーワーク コンプレッサー レボ II」が入っているのですが、ここ数日眺めていると、1日に1個ずつ在庫が減っていき、この類いの商品としては中々の売れ行きです。どんな人々が購入しているのか、ちょっと興味があります。

北海道の模型店(明治創業で戦後から模型を取り扱いはじめたそうです)の閉店など、模型関連の状況は、総体的には減少方向に傾いているように見えます。バイク業界と同様、「ブーム世代とともに滅びる」なんて言われていますが、初期導入&維持費がバイクに比べて格安、購入もネットで気楽にできるので、同じ括りで状況をとらえるのは大雑把なような気がしてます。でもまあ、「リターンライダー」「リターンモデラー」ばかりに頼っていては未来がないのは同じで、子供から大人までどのようなスケーリングで展開するか、まさに長いスパンで時勢を読んだ戦略と戦術の手腕が試されている時なのでしょう。

私は創作上で模型に随分と助けられていますので、模型の売れ行きや業界の動向はとても気になります。今後、作品に登場したモデルは積極的に紹介していきたいと思っています。

話を元にもどして‥‥。私は、盛大にうるさい昔ながらのコンプレッサーを1つ、そして「金魚のぶくぶく」を強力にしたような静音設計の「プチコン」を1つ持っていますが、訳あってプチコンを外に持ち出し中なので、静音設計のコンプレッサーがもう1つ必要になった次第です。タミヤの「スプレーワーク コンプレッサー レボ II」は、手頃な価格と必要十分な出力で、「もうちょっとツッこんだ模型作り」に最適な製品のようです。まだ買っていないので、「ようです」と書きますが、恐らく何の不足もないでしょう。

コンプレッサーを使ったブラシワークって、一見難しいように見えますが、実は筆塗りより簡単な面も多いです。総合評価では、筆よりも扱いが楽だとも言えます。筆塗りは、細かい部分を面相筆で塗るぶんには威力を発揮しますが、大面積を塗る場合や迷彩塗装などは遥かにエアブラシのほうが簡単です。メンテに関しても、筆もちゃんとメンテするならば、ハンドピースに負けないくらいの手入れが必要ですし、シンナー臭いのも一緒です。要は「制作環境が高価」なのがエアブラシで、比較的安く買えるのが筆‥‥という事です。技法だけで言えば、筆の方が難しいです。
*もちろんですが、トップクラスの技術はエアブラシだろうが筆だろうが、超難しい‥‥のは、書かなくてもお判りいただけますよネ。私のような「ちょっとたしなむレベル」で言えば、エアブラシの方が「上手くいく」という話です。

私は過去の記事で度々、立体造形やロケハンなどの重要性を記してきましたが、立体造形を作成する時にあると良いのが、コンプレッサーによるブラシワークです。迷彩やメカニカルな汚れ、経年変化、空気遠近など、様々な表現で重宝します。

映像制作に用いる参考資料としての模型の種類は、
 
1・素組み・無塗装・墨入れのクリア吹きフィニッシュ
2・サーフェイサー(グレーモデル)のクリア吹きフィニッシュ
3・完全塗装フィニッシュ

‥‥あたりになりますが、1と2の塗装をおこなわない模型でも、エアブラシでひと手間加えると、より一層有用性の高い立体資料になります。

絵は頭の中で描き、手を使って紙やコンピュータに写し取りますが、ゆえに頭の中での「知覚」が最々々々々重要なのです。紙や鉛筆、コンピュータやタブレットは言わば「ハード」ですが、その「ハード」を駆動させるための、頭の中の「ソフト」がとても重要になるのです。

頭の中の「ソフト」を、どんどん性能アップ・機能アップするのは、他者が作った作品をどれだけ見たか‥‥だけでなく、ナマの実景を体験することも必要なのです。そして、ナマを手っ取り早く実感できるのが、立体模型というわけです。

オールデジタルでアニメ作品を作る際、実はより一層、人間の「知覚」が浮き彫りになるのでは?‥‥と思っています。

例えば60fpsのアニメーションでは、「60pだから滑らかになる」なんてアマい話ではなく、格段に高度で大量の「作り手のイメージ」が要求されることがわかっています。いやもう、大変でね‥‥。ぶっちゃけたところで言うと、「タイミングがめちゃくちゃシビア」なんです。頭の中で発生させるイメージの量は、24fps時代に比べてハンパないです。

以前に書いた「作画主観によるパーティクルの炎」も、60fpsだとタイミングやフォルムの推敲がドッとシビアになります。「24fpsに甘えられない」のです。

シビアな要求を克服する際に、武器となるのがまさに肉眼で見て体験した立体「資料」です。私が来る日も来る日も作画机にかじりついて作業していた20代前半の頃、外界との接触は仕事の行き来の電車だけだった頃、日帰りのプチ旅行で、奥多摩の山林を車の中から見た時の衝撃は今でも鮮明に記憶しています。木々の、数え切れないほどの何十段密着マルチ引き(この言い草がね)の情景を目にして、自分の作画している情景は「要約に要約を重ねた、薄まったもの」だったんだと愕然としました。

肉眼で立体をみなければダメなんだと悟ったのです。

誰かが要約して表現した映像スタイルを見て、そこからさらに要約を重ねた表現に落とし込んで‥‥みたいなことを繰り返すと、「何に感動したのか。何を見ようとしていたのか。」がどんどん希薄になります。その薄まった知覚で作品を作れば、そりゃあもう、形骸化した表現のオンパレードになりますよネ。

私が今でも、コンプレッサーを買ったりするのは、ズバリ、立体模型を手元に置いて、イメージの揮発を防ぐための一環です。いまどきですと、ネットで資料収集しがちですが、実物の1/10000、立体模型の1/500くらいの薄まったものでしかない‥‥と、自分では思っています。‥‥まあ、ネットには凄く貴重な資料もポツンと存在するので、実物のロケハンと立体模型、そしてネット検索が組み合わされば、当座は困ることは無いのです。‥‥もっとツッコみたい場合は、Bloodの時みたいに専門家の方に協力をお願いするしかありません。

ちなみに‥‥ですが、今はYouTubeでエアブラシ講座が見れますので、良い参考になります。ネットは雑な情報で溢れかえっている一方で、良い面も多いですよネ。


ペンタブの上手い使い方‥‥

ペンタブレットの上手い使い方って、何かないかな‥‥と徒然考えます。

最近、2.5Kの液晶ペンタブレットが発売(実売はまだ?)されたようですが、4Kがホットなこのご時世に、「2.5K押し」です。

等倍で描けないじゃん。

等倍で描けないんなら、何にしても同じです。タブレット製品の市場って、実質ワコムの「一人勝ち」状態なんで、こんなになるのかな‥‥。液晶タブレットだから「2.5K」でも「売り要素」として許される(かどうかはナゾですが)かも知れませんが、液晶モニタでは特にエポックはない‥‥ですよネ。

2.5Kで30万円‥‥か。中々キビしい製品ですネ。もし4Kだったらどんな価格になってしまうのか、恐怖です。

仮に4Kの液タブが50万円だったら、売れてる漫画家さんなら一式を買えるかも知れませんが、全アニメーター人口に普及させるのは無理ですわな。もっと深刻なのは、学生です。

よく、頭の中でシミュレーションしてみるのですが、プロは生まれた時からプロではないですから、誰でも最初はアマチュアの状態から絵の技術蓄積をスタートします‥‥よね。

紙と鉛筆は、100円ショップに行けば、品質はともかく、定規や消しゴム(最近はMONOも100円ショップで売ってます)を追加しても500円くらいで一式が揃います。机は学習机やちゃぶ台で済みますし、とにかく、環境整備のハードルが低いのが特徴です。ゆえに、誰もがまずは鉛筆で絵を描いてみるのではないでしょうか。

現在は家にパーソナルコンピュータが普及していますから、両親に頼み込んで、もしくはお年玉でBamboo(廉価なペンタブ)を買い足して、毎月500円でCLIP STUDIO PAINTを使い、中高生でも「PCで絵が描ける」環境が整えられる‥‥かも知れません。

しかし、環境向上はここでストップです。これ以上は難しいでしょう。

「もっと絵をよく描きたいから、液タブとPC(もっと高性能の)を買って!」とパパママに頼み込んだとして、そのお値段が一式60〜100万だったら、「よし!買ってやる!」とはさすがにパパさんも言えないでしょう。

‥‥ということは、若年のアマチュア時代に蓄積可能な「ペンタブでの作画経験」は、BambooかIntuosどまりです。紙と鉛筆と並行で、ペンタブでも作画するのが、今の学生の姿ではないでしょうか。

つまり、ペンタブに熱中して、かっこよく綺麗なイラストを描けるアマチュアは、既に「液タブでなくてもタブレットを使いこなせる」技術を持ち始めているわけです。

ペンタブを平気で使える若い人々が、現場に順次入ってきたとして‥‥、あれれ? ‥‥2.5Kの液タブの使いどころって、何処?

30万の値段に見合うだけの、現場での有効活用法って‥‥何か思いつくかな‥‥。2Kのコンテンツを作っている間はもつかも知れんけど‥‥。


‥‥みたいな事を、よく考えるのです。液タブでも「デュアルモニタ」(拡張デスクトップ)として使って、「Intuosと同じ動作で使える」ので、「Intuosの代わりに30万のCintiq買ったった」みたいな大雑把で豪快な買い物ができる個人・会社ならともかく、30万のペンタブレットしての対費用効果を真に考えた時、まだ「液タブの良い使い方が思いつかない」のです。解像度不足が致命傷で。

液タブでうっすらボケた2.5Kの解像度で絵を描くよりも、4〜5K等倍の恐ろしく生々しい自分の描線を見ながら通常のペンタブで描いたほうが、私は色々と「実りがある」と感じます。あくまで、個人の見解ですが。

ぶっちゃけ、ペンタブはIntuosのままで、EIZOの4KかiMac 5Kで絵を描いたほうがドキドキワクワクするでしょう。そのドキドキがやがて新しいアニメの絵の表現へと繋がっていくのです。

こんな風に書くと「アンチ・ワコム」のように受け取られがちですが、私はCintiqもBambooもIntuosも、さらにもっと前のADBのペンタブも使い続けているワコム愛用者です。なので、2.5KのCintiqは、ちょっとガッカリなんですよネ‥‥。

隠し球で4Kの液タブとか控えてないかなぁ‥‥と、密かに期待はしています。まあ、期待だけなら‥‥。

4〜5Kだと、4Kテレビのほかに、A4の300dpiも等倍表示できるんですよ。つまり、アニメだけでなく、イラストやコミック用途でも同等に効能があるのです。「4Kアニメ限定の話ではない」のです。‥‥その辺の「4K以上の効果」がね、まだあまり知られてないのよネ‥‥。

ドレミファブック

前のブログで「ドレミファブック」に触れましたが、今は絶版のようで入手は困難です。再販してくれたら迷わず買うんですが、再販する見込みがないのは、私も「コンテンツを作って売る」商売なので解ります。「懐かしいだけ」では商品企画は通らないですもんネ。

ドレミファブックは、世界文化社という出版社が1960年代終わり頃に出版した「絵本とレコードのセット」によるシリーズもので、毎月1セットずつ購入する販売形態だったらしいです。子供だった私は、商品の形態など全く覚えておらず、単に中身だけが記憶にあります。

私の手元に何冊かは残存しており、たまに読み返しています。レコードもどこかにまとまって保管してあるはずですが、10年以上前の大掃除の際に発見した時はホコリとキズでコンディションはかなりマズい状態で、レコードプレーヤ自体が家に無かったこともあり、再生せずにしまい込んだ‥‥はずです。ゆえに、音はもう何十年も聴いていない事になります。

私が好きだったのは、「ハーリ・ヤーノシュ」「ないたあかおに」「はくちょうのみずうみ」「うちゅうせんペペペペラン」「バンビ」「ハンメルンのふえふき」など色々とありますが、本棚に今でも置いてある「はうちょうのみずうみ」は、絵が怖すぎて「恐怖の絵本」でした。

今、見返して眺めると、やっぱり怖い。怖すぎる。画家は手加減しておりませんネ。



この悪魔の顔、怖すぎるでしょ。いくらなんでも。

‥‥まあ、子供ながらに作者サイドが「手加減してない」のは感じてて、「子供騙し」(「子供相手にはこの程度でイイだろ」的な)のチープな絵本よりココロ惹かれていました。



レコードのA面には、こんな感じの可愛い曲とイラストが続きますが、B面の「物語」になると、先ほどの怖すぎる悪魔のイラストが子供たちを恐怖させていた‥‥事でしょう。

白鳥の湖にはいくつかのエンディングパターンがありますが、この絵本が選んだのは一番Badとも言える「死んで結ばれる」エンディングでした。絵本では「入水自殺」する場面も描かれています。



侍女たちが嘆き悲しみ、絶叫しているような描写も、中々にエグいす。侍女たちがホワイト〜ブルートーンで描かれているのも、かなりの効果を醸し出しています。「死の淵」を感じさせるような青く暗い湖の情景も、子供心に目が吸い寄せられたものでした。

私が子供の頃、夜寝るときにこの「はくちょうのみずうみ」が本棚の見えるところにあると、怖くて気になって、眠れなかったものです。‥‥なので、朝になって陽が昇った後に、本の順番を入れ替えたものです。(夜やると怖いからネ)

*この調子こいたポーズの此奴が「絵本が怖くて眠れなかったしょうもないヤツ」です。ついでに、ドラキュラとタランチュラの映画(テレビで)を見た後も寝れなくなりました。ちなみに兄は、私の恐怖と全く無縁で、となりの布団でスゥスゥ寝ていました。

ただ、今になって思うと、この絵柄とエンディングで良かったと思ってます。歯の浮くようなエンディングと絵柄では、白鳥の湖をわざわざ題材に選ぶ必要もないでしょうしネ。

絵本の巻末には、バイエル程度の技術で弾けるピアノ伴奏楽譜も付いていて、「はくちょうのみずうみ」も日本語の歌詞が付いて子供が歌えるように工夫してありました。






王女(=身分が高い)ゆえに呪いをかけられた女、女を救うと誓った王子とその過ち、最後は全ての苦難から解放されるために死を選ぶ‥‥という、かなりヘヴィな題材ですが、誤魔化す事なく、真正面からシンプルに描いているのに好感が持てます。

ドレミファブックはこの他にも、「ないたあかおに」「ハンメルンのふえふき」「うちゅうせんペペペペラン」など、「オトナになっても解決できない」ような難しいモチーフを扱っていました。いわゆる「悲しいはなし」が多かったように思います。

以下、YouTubeでどなたかがアップしている音源です。

「ないた あかおに」‥‥つらい話‥‥ですネ。


「うちゅうせん ペペペペラン」‥‥悲しい話‥‥ですネ。。。

「うちゅうせんペペペペラン」は以前にも書いたことがありますネ。2つの話とも、「どうにもならない」話です。人々はその「どうにもならない」事を、それぞれの方法で受け流して(あるいは気づかないフリをして)生きていくわけですが、多かれ少なかれ「どうにもならない」事を体験する事になります。この世から決して争いが消えない事、愛される人と愛されない人がいる事、生があれば死もある事。

世界観を「良い事ずくめ」で固めて、子供に話して聞かせても、その嘘はやがてバレます。ダークな部分をことさらに穿り返してイジくりコネくり回す必要もないですが、「全世界の人々はみんな友達になれて、全員が幸せになれる」なんていう飛躍したウソも必要ないわけです。

子供相手のコンテンツだと、「オトナが成し得なかった幻」を子供に押し付けるようなきらいがありますよネ。しかし、私の好きだったドレミファブックは、「オトナのウソっぽいプラス思考(=実はオトナ本人も成し得るとは思っていない夢想)」を無理に押し付けていないのが良かった‥‥としみじみ思います。

もちろん、ドレミファブックはダーク成分を含まない楽しいコンテンツも多くて、私が今でも口ずさんでしまう楽しい曲も収録してありました。以下は「カレーライスのうた」です。歌っているのは、シンプソンズのバート役でお馴染みの堀絢子さんです。堀絢子さんの声、大好きなんだよネェ‥‥。


 

駆逐機のお話

私は小さい頃から飛行機、特に軍用機が好きなのですが、そのきっかけとなったのは、小学校1年の冬に同級生から見せてもらった「衝撃降下90度」という松本零士氏のコミックです。つい最近、「サンデーコミックス」の「戦場まんがシリーズ」旧版全巻を古本でまとめ買いしましたが、特にプレミア価格へと高騰していなかったので入手しやすかったです。

最近発掘されたネガの記念写真の中に、小学生6年前後の私の学習机が写り込んでいる写真がありましたが、机の上に「桜花」が置いてあるのをみて、何とも言えないビミョーな気分になりました。‥‥親戚の記念撮影のタイミングに「桜花」‥‥か。



アンドロメダも見えますネ。中央のカセットテープは、そのデザインからして、コロムビアのアニメサントラシリーズでしょうか。アサヒペンは何に使ったのかナゾです。まさか、プラモに使うはずはないし。‥‥それに何か、領収書らしきものがマグネットで貼り付いています。‥‥今、見ると、現在の自分を要約したような机‥‥ですネ。

この桜花は単品ではなく、一式陸攻とセットのプラモだったはず‥‥ですが、たしかに、同じネガにありました。



米軍のガンカメラ風の映像‥‥ではなくて、単にシャッター速度が長くて手ブレしただけの事‥‥でしょう。絞り全開・低速シャッターでも露光不足でグレインが荒いのがなんとも。‥‥今だったら、故意にこういうエフェクトをかけますが。

この頃には悲壮な戦記を何冊も読んで、「軍用機のダークサイド」を知っていましたから、「桜花」のなんたるかは認識していたと思います。小学生とは言え、6年も軍用機とつきあえば、単に外見だけで「カッコイイ!」なんて思えなくなってきますもんネ。

* * *

前置きが長くなりましたが、昨今の4Kに揺れ始めた映像制作業界、特にアニメ業界を見ていると、「駆逐機」の事を思い出します。「駆逐機」とは簡単に言えば、敵国の領空上に侵入して敵機を駆逐する戦闘機の事です。多くは爆撃機の護衛の際に、そういうシチュエーションが発生するわけですが、「護衛戦闘機」ではなく「駆逐機」という呼び方なのも注目したい点です。

駆逐機は「戦争をしていない、戦間期」に考案されたジャンルです。Wikipediaから引用しますと、

1934年秋、ドイツ空軍は当時世界的に流行の兆しを見せていた、爆撃機に随伴してこれを護衛でき、敵迎撃戦闘機を制圧、あるいは強行突破し強行偵察や地上攻撃を行い得る多目的長距離双発戦闘機(重戦闘機)を求め」

「「駆逐機」(ツェアシュテーラー / Zerstörer)と命名され」

「長距離を飛行する燃料を搭載し、そして長距離を飛行するが故に航法士を要することから、また十分な武装を積載したいことから、双発かつ乗員は複数とされた」


‥‥とあります。

メカに造詣の深い方なら、「欲張りすぎでどっちつかずの戦闘機なんて、使いものになるの?」と考えるでしょうが、まさにその通りで、日進月歩の航空技術と「戦間期の頭でっかちな思考」が合体した事により、戦闘機としてもダメ、攻撃機としてもイマイチな飛行機が各国で開発されました。ドイツの開発した駆逐機「Bf110」は、バトル・オブ・ブリテンでは、「戦闘機の中の戦闘機」とも言えるイギリスのスピットファイアに太刀打ちできず大損害を被り、本来「戦闘機を駆逐する、もっと強い戦闘機」であるはずの駆逐機が、単発の戦闘機(Bf109)の護衛を伴う‥‥という本末転倒な作戦運用となっています。



注目すべきは、各国のエリートたちが「そのダメダメな設計思想の産物」をしのぎを削って開発していた事です。そしてもっと注目すべきは、その開発時期が「戦間期」、つまり戦争の無い時代だった‥‥という事です。

まあ、この「駆逐機の顛末」については、色々と考察すべきポイントが沢山あるでしょうが、わたし的にひと言で言えば、「戦闘機を作ろうとした」事が敗因だったと思うのです。もう少し言葉を付け加えるとすると、「戦闘機というジャンルだけが一人歩きして、戦闘機に都合の良い戦争を想定した」事が、そもそもの敗北の原因だったと思います。「平和な時代に、会議室で生み出された戦闘機」とも言えるかも知れません。

「空を制す事のできない制空戦闘機」を各国の専門家たちが熱心に開発していたのは、まさに「笑えない、明日は自分たちの身」のお話かも知れません。戦間期というのは、言わば「戦闘のない期間」なので、「勝敗の結果」で命運が左右される事がありません。ゆえに、「結果」よりも「手段」のほうにウェイトが大きく傾くようです。「戦争に勝つための武器」ではなく、「武器が活躍するための戦争」にいつしかベクトルが偏向していきます。

ここまでお読みいただければ、このたとえ話の意図はお判りでしょう。現在は言うならば、「第二次ハイディフィニッション戦争」間近の「戦間期」なのです。アニメ業界的には同時に、「第二次デジタル戦争」前夜かも知れませんネ。戦間期の「平和ボケ」した今に、「駆逐機」のようなソリューションを机上で作り出そうとしている‥‥のだとしたら。

私がアニメ業界の「第1次デジタル戦争」に参戦した1996年の頃も、(前回ちょっと触れましたが)似たような雰囲気でした。まだ数少ない「デジタル」の現場ではありましたが、「デジタルで作る」事をテーマにしているスタンスが目についたものです。「アニメを作るためにデジタルを使う」のではなく、「デジタルを使うためにアニメを用いる」ような感じ‥‥とでも言いましょか。

4Kも同じ‥‥じゃないですか。「時代の波に乗り遅れないように、4Kでアニメを作る」‥‥って、それはすなわち、「時代に乗り遅れない事がテーマ」なんですよネ。アニメ作品そのものは二の次、三の次‥‥なんですよネ。

業界の内輪の都合で出来上がった「4K対応アニメ」。‥‥
そんなんで勝てるわけないじゃん。

私が4K8K、48f〜120fpsの、未来のアニメーションに熱中しているのは、それそのものが残りの半生を費やしても全く惜しくないほど「刺激的」で「豊潤」だからです。「時代に乗り遅れたくない」などという安っぽい打算で動いているわけではありません。「今まで見たことの無いようなアニメの映像が、どんどん作り出せる」という強烈な武者震いを感じるのです。1996年頃の「第1次デジタル戦争」を遥かに上回るムーブメントをヒシヒシと実感できるのです。

私にとって、アニメとは「絵が動いて話を紡ぐ」ものです。ですから、旧来の段取り〜原動仕や背景や撮影は必ずしも必須ではありません。「アニメとはこういうものだ」という凝り固まったジャンルを解きほぐし、昨今のコンピュータや4K8Kのリソースを最大限活用しながら、アニメについて柔軟に取り組んでいくべき‥‥と強く実感します。これは「駆逐機のハマったドツボ」からの教訓でもあります。

「戦間期」の今、もし、「4K」や「デジタル」の流行だけが気になってアクションしているとするなら、または「アニメ」というジャンルを凝り固めて、その延長線上に未来を投影しているのなら、おそらく「駆逐機」と似たような顛末が待ち受けている‥‥と私は考えています。


‥‥とまあ、ここまで書いておいてなんですが、実は私、駆逐機「Bf110」は好きな機体のひとつで、リビングの飾り棚にダイキャストモデルを飾っております。Bf110は駆逐機・制空戦闘機としてではなく、高速汎用爆撃機・夜間迎撃戦闘機としては魅力的な機体なのです。‥‥もしかしたら、そんな事も歴史は教訓として教えてくれているのかもしれません。「失敗転じて成功となす」方法も。


 


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