墨入れまくり

私は作品制作資料として各種立体造形物をコレクションしていますが、その中には市販の「完成模型」も含まれています。完成模型は、安価なものほど制作が雑ですが、「金と引き換えに時間を買っている」と思えば、そんなに悪いものではありません。

パーティングライン(パーツの合わせ目)やゲート(プラを流し込む水路のようなもの)の処理は基本的に甘かったり、各種パーツの取り付け角度がいーかげんだったりしますが、一応は塗装まで全部仕上げ済みの「完成モデル」なので、私はそれなりに重宝しています。少なくとも、イメージ作りくらいには使い道はあります。

完成モデルは、2千円前後の安いものも1万円近くする高いものも、基本的には塗装以上の仕上げは施してありません。つまり、「組み立てて塗って終わり」な状態なわけですが、そこにひと手間加えるだけで、随分と見栄えがアップします。そのひと手間とは「墨入れ」です。

下の写真は、F-14トムキャットの「トムキャッターズ」(ダイキャスト製)ですが、墨入れをしてディテールを際立たせています。写真内の左上にある「12BL」と書かれた瓶の塗料が「墨入れ用のエナメル薄墨」です。これを凹凸に沿わせて浸透させる事で、ほとんど見えなかったディテールが浮きだすのです。

*「12BL」とは、いわゆる「0-255でいうところの、12くらいのブラック」の意味で、とっさに油性ペンで書いたもの‥‥ですが、12の指す「ほとんど黒だけど、真っ黒じゃない黒」はいいとしても、ブラックを「BL」と無意識に書いてしまうあたり、今でも原画の癖が抜けないんですよネ‥‥。



機体左側(写真の上部分)に墨入れをして、右側(写真の下部分)には墨入れをしない状態で、比較したのが上の写真です。主翼下面のディテールの見え方が大きく違いますよネ。この「墨入れ」処理をおこなう事で、ただ塗って終わりにしてある市販の完成モデルも、「リアル感」が増します。‥‥まあ、あくまでリアル「感」ですが。

この年末年始は、他のことをやりながら、溜まりに溜まったいくつもの完成モデルの墨入れを片付けました。30機には及ばないですが、20機以上は墨入れしまくっておりました。エナメル溶剤はラッカー系よりは匂いがキツくないですが、それでも独特な匂いがするので、一度に処理するのは、下図のように4〜5機にとどめました。‥‥臭気で気分が悪くなるので。



日本人には馴染み深い零戦も、ちょっと墨入れしておくだけで、随分と「武者」ぽい雰囲気になります。墨入れはその効果の高さの割に、技術や道具はさして必要としない「対費用効果の高い処理」です。下図は墨入れ前と後の2点です。




墨入れをすると、飾ってもそこそこサマになります。「買ってはみたもののすぐに飽きてどこかになくしてしまう」可哀想な食玩のような運命になりにくいですネ。パッと見た時に、「雰囲気を持っている」のが良いのです。



買って梱包を解いた状態だと、ツルンとして面白みのない表情のフォッケウルフも、墨入れをして、さらには「パタパタ」(女性化粧品のようなヤツ)で若干の土埃とかをつけると、戦場の武者のような雰囲気になります。



斜めから見た時でも、翼面のディテールは目に飛び込んでくるので、墨入れの効果は大です。ビア樽ポルカのようなF4Fも、猛者のような仕上がりに。



F4Fはちょっと汚れすぎたようにも思いますが、まあ、自分しか見ないからコレでも良いです。機体中央の穴は、スタンド用の穴ですが、完成モデルはこういうのをイチイチ気にしているとキリがないので、大らかに接するのが良いです。ちゃんとしたものが欲しければ、キットを買って、自分の好きなように作れば良いんだし。

ちなみに、このF4Fは「トムキャッターズ」仕様らしく、おなじみのあのネコのマークがプリントされてました。買ってからしばらく経って気付くあたり、大雑把な買い物をしておる私です。





F-14の名前が「トムキャット」なので、F-14の飛行隊の愛称と間違われそうですけど、「VFA-31(VF-31)/第31戦闘攻撃飛行隊〜トムキャッターズ」は歴史の長い飛行隊で、複葉機の頃から存続しているようです。私は以前からVFA-31トムキャッターズに愛着があるので、全くチェックせずに「F4Fの機体目当て」で購入して後から気付いて、ちょっと得した気分になりました。

*ダイキャスト製のF-14トムキャッターズは、今は品切れで2万円近い値がついちゃってますが、私が買った時は7,500円くらいでした。この手の商品は、こういうの(買う時期を逸すると値段がハネあがる)があるから「出た時に売値を見極めて買っておく」のが必須なんスよね。

とりあえず、航空機関連の完成モデルは処理が終わり、年末にはこれら完成モデルを飾る棚も作ったので、ひと段落です。組み立ててないものならともかく、完成品を箱積みのままでは、何のために買ったのかも薄れるので、カタをつけました。今後、色々と参考になってくれる事でしょう。

その他、CLIP STUDIOのiMac 5Kでの動作を確認したり、Adobe関連の設定を旧環境から移植したりと、色々と溜まってた雑事を片付けました。明日はゲイラカイトでも飛ばしつつ、今年1年の大まかな流れでもイメージしてみようかと思っております。

 

記憶の断片

先月の後半からドッと忙しくなり、現在も継続中です。公事私事ともに溢れんばかりの状況ですが、そんな時は熱くならずに、粛々とミッションをこなして、徐々に状況を収束させていくしかありませんネ。

忙しさのさなか、実家の「大整理」の際に、小学生の頃に作っていたプラモデルのパッケージが保存状態の良い状態で大量に発掘されたり、失くしたと思っていた昭和40年代のアルバムやフィルムネガが出てきたり、レアな子供向けハードカバー本がいくつも出てきたりで、自分のルーツをしみじみ実感する思いでした。

ハセガワの1/72航空機のプラモデルパッケージは、かなり前から暗所に保管されていたようで、退色の少ないプリプリの色彩を保っていました。私は中古プラモを「ジャケ買い」する事が度々ありますが、70〜80年代キットのパッケージの多くは、箱の汚れやかすれ、日焼け(印刷が薄くなる)など、状態の悪いものがほとんどです。しかし、おそらく私が小〜中学生の頃から暗所に保存されていたソレは、数ヶ月前に購入したかのようなツルツルの光沢を放っており、格段に状態が良いのに驚きました。小学生の頃の大雑把な私でも、丁寧に保管するほど愛着があったんだな‥‥と自分の事ながらしみじみと感慨にふけりました。


上のキットのうち、今でも生き残っているのは「ライトニング」だけですネ。


製品ラインアップを紹介する箱の横のコマですが、小学生の頃には全て作ってますネ、どうも。‥‥お小遣いを相当つぎ込んでたんだな‥‥。

私が初めてプラモを作ったのは、小学校1年か2年の頃で、メッサーシュミットのジェット戦闘機「Me262」、レベル製の100円の製品でした。小学生1年の自分は、「箱絵をコレクション」するような頭など無く、作り終わったらプラモ本体以外は捨てていた‥‥と思います。私はてっきり、小学生の全期間において、中身を作ったらパッケージは捨てていたと思っていましたが、少なくとも小学校3〜4年の頃にはコレクションを開始していたようです。

今となっては、箱に貼付されたお店の名前入りの値札も、感慨深いものです。箱の絵、印刷された値段(昔のプラモは安かった)、お店の価格ラベル、それらの要素が、バラバラになって眠っていた記憶の断片を繋ぎ合わせる媒体となって、プラモを買った時の情景までもが記憶の底からサルベージされます。



上の写真は、今回の「発掘」で一緒に出てきた古いアルバムの中から、プラモデルのパッケージコレクションを開始したであろう頃の私。幼いわりに、ボックスアートの収集とは‥‥。やることはやってたのネ。

ちなみに、真中は祖父(書道の先生でとてもキビしい人でした)、その奥は兄です。‥‥何故、このような調子コイたポーズをとっているのか、全くナゾですが(全く記憶がない)、兄と一緒にプールか虫捕りにいくかで、浮かれていたのでしょうかね。

パッケージと一緒に「ハセガワカタログ1981年版」も出てきて、本文には「1/48スケール始めました」と書いてありました。つまり、ハセガワは80年代に入ってから1/48スケールを開始したわけです。‥‥なるほど、私が1970年代の子供の頃に1/72スケールばかり作っていたのは、ハセガワのラインアップの影響だったのでしょう。現在のような豊富な48(ヨンパチ)スケールのラインアップが揃っていれば、子供ながらに自然と親しんだはずですが、そうならなかったのは、「私のメインのメーカー」のハセガワが1/72を主力としていたから‥‥だったんですネ。


中身を眺めてて驚いたのですが、この頃のハセガワの1/32(サンニー)は、結構充実していたんですネ。F-5Eの1/32があったなんて、全然覚えていませんでした。まあ、1/32の高価なキットなんて、正月でもなければ買えませんでしたから、記憶がないのも仕方なし。ちなみに、F-5Eの32は、中古市場でも見かけないですねェ‥‥。

組立説明書も出てきました。懐かしどころを以下に。


ビジランティとかSタンクとか、懐かしいスね。レベルの100円シリーズも今の中古市場ではレアアイテムです。左上の零戦は「パチパチ」キットだかで、主脚が可動でボタンを押すと「パチン!」と飛び出す仕組み‥‥でしたが、これが子供ながらに組み立ての難易度が高くて、中々上手く組み上がりませんでした。もちろん、キットは絶版です。


タミヤの1/72の飛行機も、今や懐かしいアイテムです。右の震電キットの箱絵はたしか小松崎氏でしたネ。左上のリモコン版のM60A1は、去年あたりディスプレイキット(=動かない)として再販されました。

子供向けハードカバーも発掘されましたが、今読むと中々パンチの効いた内容で、面白いです。「ー地球S.O.Sー 滅びゆく地球」とか、タイトルでコドモらの恐怖心をやたらと煽るのも、この時代風ですネ。「宇宙に挑戦」もタイトルは控えめでも表紙の絵が既にロケット大爆発してますし。





大和や武蔵の戦記のような、悲壮感マックスな本も読んでました。内容は当然の事ながら子供心にヘヴィで、「滅びゆく地球」とかのフィクションの読み物とは、子供ながらに線引きしていました。



年季のはいった「いやいやえん」。私がこの本を読んでいたのは、まさに表紙の絵の「しげる」くんと同い年前後の頃でした。私は表題の「いやいやえん」よりも「やまのこぐちゃん」のエピソードのほうが断然好きでした。‥‥というか、表紙絵は「やまのこぐちゃん」ですね。

「ON(オーエヌ)」‥‥すなわち、王選手と長島選手の本は、この他にも何種類かあったように思いますが、我が家にあったのはコレです。中身を見てビックリ、この挿絵って、「全国的にアサー」のヤスジ氏ではないか?



この頃の本は「クレジット」を明記するようなキッチリした習慣はなかったのか、ヤスジ氏の名前はおろか、編集スタッフすら記述がありませんでした。‥‥しかし、このトボけたキャラを、素でガンガン繰り出せる人は、ヤスジ氏をおいて他にいまい。

‥‥何だ、私が谷岡ヤスジ氏の絵が好きなのは、この本の影響、刷り込みだったんですネ‥‥。


小学6年生の頃に買った、ヤマトの本も出てきました。行方不明になってから、ずっと読みたかったんだよネェ。



「全記録集」の名に恥じないレアな内容です。当時、場面写をカラーで収録した高価な豪華本も出ていましたが、私が買ったのはこちら。しかし、中身を読み返して、「これを買って良かった」と改めて思いました。

だって‥‥



‥‥こんな「打ち合わせの時のメモみたいなヤツ」までふんだんに掲載してあるんすヨ。このタイプのメモを掲載する編集者もすごいけど、このメモを5〜6年近くの時を経て(ヤマト本放映時と「さらば」の間)捨てずに残してあった制作側も、相当スゴいすネ。

この本って、さすがに再販はされてないですよネ。でも、Amazonを探すと結構出てきますね。


この他、金田伊巧さんの原画集(同人誌)が何冊も出てきたり、駆け出しの頃に作画した作品の設定書やら作監修正やら、多くのレアアイテムが出てきましたが、それはそのまま、また暗所に戻しました。


人はいつの頃から、過去を振り返るようになるのか、過去をトレースするようになるのか、最近はよくそんな事を考えますが、出て来た昔の物品を眺めると、「三つ子の魂‥‥」ではないですが、5〜6歳までに大体の嗜好は決まってしまうようですね。

映像の中に光や影を追い求める性質は、実は、幼い頃に見た情景のトレースなのかも知れませんネ。

私は3〜4歳の頃に見た、裏路地から目白通り(大通り)に出る強烈な光と影のコントラストを、印象として今でも強く記憶しています。たしかに、私の絵作りは、コントラストと画面の切り取りを重視する傾向が強いです。

一方で、谷岡ヤスジ氏の影響も色濃い‥‥か。それも、まあ、良いですネ。ヤスジキャラの「キョトン」したマヌケ顏は、タマんないです。

シワス

急激に忙しくなっております。当ブログも中々更新できず。ツイッターはよく解らないですが、ブログは記述するのにそこそこ時間がかかりますもんね。

愛用のエアタイプのフットマッサージャーで休息する時間もなし。

ひたすら、透過台に向かっていた二十代の頃は、遥か彼方‥‥。

昔の物品

倉庫にしまい込んだ物品の中には、「とりあえずツッコんだ」ような物もあり、それが10年以上も保管されていたりするので、最近、整理してみました。

2000年のBlood劇場版の横田基地取材の写真やら、イノセンス絡みの人形の取材写真やらの仕事関連以外にも、中学時代の雑誌の切り抜きとか、記憶がほとんど残っていない文通の返事らしき手紙とか、ノンジャンルで発掘されました。

自分でも忘れていた過去の写真も沢山でてきて、懐かしい事しきりです。



上の写真は、高校時代にドラムを担当していた親友宅で撮影したと思われるものです。80年代前半のはずですが、しっかり濃い「70年代顔」ですね。白いシャツに青いジーパン…ていうのがね…。持っているのは兄のレスポール(グレコの)で、3PU(PU〜ギター用のマグネットマイク)の珍しい仕様のものです。



これはおそらく、1996年前後の自宅の部屋です。まだコンピュータが家に無かった頃で、オープンリールの8トラックレコーダーが現役なのが懐かしいです。奥にはタスカムの8トラックハードディスクレコーダーも見えます。メインのミキサーは24トラック&裏24トラックの合計48トラック・4バスのミキサー、手前のラックマウントのは16トラックのサブミキサーでシンセ音源をまとめるのに使っていました。コンプレッサーはDBXとアレシスらしきものが見えます。ラックに入っているコンプの銘柄をみると、どの年かが大体わかるのです。

ヤマハのTX81ZやTG55、ローランドのSC88Proやストリングス音源、珍しいところではカシオのVZ-10Mなど、20代の頃からアニメーターのギャラで買い集めた機材をラックに組み込んでいたました。

今はこんな大仰なレコーディング機材システムを組まなくても、USBサウンドインターフェイスだけあれば、全てコンピュータ内部で処理できてしまいます。現在、上の写真に写っている全ての機材は倉庫送りとなり、MacBook Proの中に、格段に高機能な環境を構築しております。



これはBloodをやっていた頃、現場の入り口に置いていた「ご挨拶Mac」です。HyperCardで作った簡単なスタックを全面表示し、MacSE(SE30ではなく、SE)を「実物のハッピーマック」風にしています。ランダムでまばたきするようにプログラムしてありました。

写真を残しておくと、記憶では残しきれない細かいディテールを、後になって思い出す事ができます。今はカメラも1万円以下で安く買えるようになりましたので、1人1台ではなく、1部屋に1台、すぐ手の届くところに置いておくと、気軽に記録を残す事ができますネ。単3電池で動くカメラにしておけば、エネループで動作しますので、面倒な充電池のストックもしないで済みます。

 

今日の昼時、別れ際に「おつかれさま」と言うはずが、「ごちそうさま」と言いかけた自分に驚きました。どこをどう短絡したんだか‥‥。

アニメ業界は飯が喰えないとは、昔から言われ続けていますが、私もご多分に漏れず、20代の頃はあまり高級なお食事をしていませんでした。ただ、小さい頃から、ナイフとフォークを使っていたので(=中の下くらいの家庭でしたが)、フリーアニメーターとして自炊するようになっても、洋食は好んで作って食べていました。

ブタ肉のトンカツ用の厚切りスライスを買ってきて、林檎と一緒にソテーしたり(ノルマンディ風というらしい)、トリのムネ肉を、ほっとけば育っているローズマリーの一房をちぎって一緒にソテーしたりと、手間をかけなくても、美味しい献立は男でも作れます。金が無いなら無いなりに、工夫すれば良いのです。ニョッキなんかも、小麦粉とジャガイモと卵で作れるので、材料費は「腹持ちの割に低コスト」です。
*「ニョッキ」で検索したネットのレシピはソースに凝っていますが、市販のパスタソースで和えるだけでも良いですし、オリーブオイルと粉チーズだけでも美味しいですよ。

男の料理‥‥で強烈に思い出すのは、20代の頃、同じ現場でメカ・エフェクトの作画をしていた宍戸さんの「特製お好み焼き」です。小麦粉(薄力粉)を水でといたものをおもむろに焼き始め、揚げ玉をトッピングし、中央に卵を落とし、ひっくり返して焼いて完成。食べる時は、マヨネーズをたっぷりとかけて(中濃ソースは記憶がおぼろげ)、「炭水化物とタンパク質と油が凝縮した」強烈なカロリーの食べ物でした。‥‥20代の頃じゃないと、とても食べられない「劇物」のような食べ物でしたが、まさに「エネルギー即チャージ」ができる、低コスト高カロリーかつ簡単調理の「鍛え抜かれたレシピ」でした。

2014年の今どきは、一人暮らしの賃貸物件にガスコンロもついていない事が多いようですから、自炊をしようにもヘナチョコな電熱調理器(=IHではない)では、ろくな料理はできないでしょう。スパゲッティを作るにも、大量のお湯を沸かすのにべらぼうに時間がかかったりと、気が失せてしまう事も多かろうと思いますが、そんな時は電子レンジを上手く使うのが良いスね。

スパゲティは、食べる1時間前に水につけておいて、水分を吸わせておきます。そうすると半生麺のような状態になるので、火が通りやすくなります。手間をかけずに一番美味しくゆでるのは、フライパンでお湯を沸かして少ない水量でゆでる方法(3分で茹で上がります)ですが、100円ショップで売っている「電子レンジ用パスタゆで容器」でも5分〜7分くらいで茹で上がります。(電子レンジのワット数で変動がありますので、馴れないうちは途中で様子を見てください)

乾麺のまま、「パスタゆで容器」で加熱すると、麺が束になってくっついた状態で茹で上がる事が多いのですが、1時間水にさらす方法ですと、麺がくっつかず、さらに電子レンジを使う時間も半分になり、さらには「モチモチ食感」の生パスタのような美味しい茹で上がりとなりますので、「すぐに食べないと死ぬ」という時でもない場合は、オススメの調理法です。

まあ、今の私は中性脂肪を落とさないとイケない身なので、あまりハデな食事はできないのですが、「大根おろしと刻みネギだけのぶっかけうどん」とか、質素でも美味しいものは沢山あるので、それなりに食を楽しんでいきたいと思っとります。

 

部屋の改造

27インチのデカいiMacを受け入れるべく、改めて自宅の机を見直したら、幅は大丈夫っぽいけど、高さがまるで足りない感じです。スチールラックの中に机をハメ込んでいるので、棚板を2段くらい上に上げればiMacは入りますが(iMacは高さ51cmです)、棚が狭くなった影響で追い出された物品をどうするか、それが問題です。

しかし、よくよく、棚に置いてある物品を見てみると、2年使っていないVHSデッキとかビデオセレクタ(パッシブの)とか、積みっぱなしの書類とか、整理すれば整理できそうなものが多い事に気付きます。

VHS‥‥。とりあえず、もういいかな、VHSは‥‥。以前にLDも捨てちゃったしな。

後戻りもできず、躊躇してたら確実にコケる4K8Kへの道。思い出深い「遺産」を整理して、ピシッと新しい心持ちで仕切り直す時期なのかな‥‥とも、思います。

過去を振り返ってつくずく思いますけど、「立ちはだかる困難」や「過去との決別」って、「生まれ変わり」の強いシグナルなんですよネ。今までの色々なものはそのまま保持しつつ、何一つ手放さないで、さらに新しい要素を追加して‥‥なんていう行動の先には、結局、新しくも何ともない結果が待っているだけですもん。

だから私は、今までの方法が通用するか否かで、その「新しさ」を判断しています。今までの方法が何度でも通用する仕事は、その程度だ‥‥という事ですネ。‥‥自分を戒める意味でも、そう思います。

話をもとに戻して。

サーバラックとスプレーブースは手を加える要素はなさそうですが、物置と化したライトデスクと汎用作業用のPC机は再設計の余地が沢山ありそうです。地デジ化の頃に買ったデジタルハイビジョンチューナー、VHSデッキ関連、2007年前後の映像テスト関連の書類、さらには昔の服とかバッグとか、部屋から外せるものは外して、これから先の重要な2年間に必須となるものだけを残すべし!‥‥とブログを書きながらキモチを整理してみたり。

のんびりしたアップルストアゆえに、商品到着まで1〜2週間はかかるだろうから、その間に部屋を仕切り直して、可能な限り最適化しておこうと思います。


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