トップの精神論

戦史を読んだり、今の時期に放送される戦争関連のドキュメンタリー番組とかを見るに、組織のトップが精神論に傾くと、それはすなわち、敗北の色が色濃くリトマス試験紙に表れるが如く‥‥なんですよネ。昨日放映してたインパール作戦もそうだし、某国の‥‥は、まあここで言う必要もないか。

 

インパール作戦のNHKスペシャルで、牟田口氏が朝に祝詞をあげていた‥‥とのエピソードに触れた時には、「‥‥‥マジで?」と思ってしまいました。それは知らんかったです。戦争に限らず、何かのプロジェクトを成功させようとする際、そのプロジェクトのトップの人間が神頼み‥‥だなんて、一番「見たくない光景」ですわな。ああ、このプロジェクトは失敗する‥‥って、思いますもん。もはや神にすら頼るような状況なんだ‥‥ってね。

 

で、インパール作戦は散々な大敗北と大損失を被って、失敗。祝詞は役にたたなかったようです。

 

神に頼るのは極端な例だとしても、トップの人間が精神論でプロジェクトを動かそうとしている様子は、すなわち敗北が見えたということでもあります。「理に合った」、つまり「合理」的な判断からトップの人間が目を背け、「頑張れば勝てる」「頑張ればなんとかなる」と言いはじめたら、その現場はヤバいです。アニメ制作にも、そういう現場は過去にあったし、今でもあるんでしょうネ。

 

精神論は必要です。根っこの部分にはね。心の拠り所、深く強く心に定めたこと、信念、‥‥の類いは、生きていくうえでの重要な基礎にもなりましょう。

 

でも、精神論がことプロジェクトの計画立案に対し直接的に作用して、「一人十殺なら、24時間戦えれば、‥‥それを支える心と体の強ささえあれば」なんていうアホみたいな夢想が、「数字の計算に盛り込まれてしまう」ようなら、‥‥できるだけ早期に、その現場やプロジェクトから抜け出したほうが良いのです。

 

様々な戦史を読むだに、残酷だし悲惨だと思うのは、軍隊の一兵卒は抜け出そうにも抜け出すことができずに、愚将の愚行に準じなければならない‥‥ということでしょう。自分だけならまだしも、家族を国家社会に人質に取られたような状況でしょうし。

 

しかし、アニメ業界もアニメ会社も作業セクションも、国家と軍に徴収された人たちで構成されているわけではないですから、このプロジェクトはヤバいと思ったら、まだまだいくらでも手を打つ方法はあります。

 

もちろん、手を打つには、本人のスキルも相応に必要なのですが、だからこそ、日頃からスキルを蓄えて強い人間になるべく努力が必要なんですけどネ。スキルを持たない人間は、何を言っても取り合ってもらえません。居続けて流れを変えるにしろ、抜け出して別行動を立ち上げるにしろ、「対抗して渡り合えるスキル」はどうしても必要になります。

 

 

精神論は、内に秘めたるものです。決して外に出して、しかも他人に強要すべきものではないです。人それぞれの精神論が根っこにあって、その根から幹と枝を伸ばし花が咲いて身を結んだ「各人の結果物」を紡ぎ合わせて、プロジェクトは構成されるべきだし計算もすべきでしょう。

 

それにさあ‥‥。土の中にあって見えない根っこに期待して、憶測で作戦を計算するよりもさ、日頃表に出ている地上の枝葉や実で計算したほうが確実じゃんか。なぜ、見えないもので計算して、出来上がった気になれるのか、とっても不思議です。目に見えているもので判断せいよ。

 

 

Wikipediaで牟田口氏が語ったとされる一節は、極めてナンセンスですが、日本人の心情として現代にも色濃く継承され、むげに笑い飛ばせることでもないように思います。

 

皇軍は食う物がなくても戦いをしなければならないのだ。兵器がない、やれ弾丸がない、食う物がないなどは戦いを放棄する理由にならぬ。弾丸がなかったら銃剣があるじゃないか。銃剣がなくなれば、腕でいくんじゃ。腕もなくなったら足で蹴れ。足もやられたら口で噛みついて行け。日本男子には大和魂があるということを忘れちゃいかん。日本は神州である。神々が守って下さる…

 

これさあ‥‥、現代の日本、そして現代のアニメ業界のテレビアニメ制作事情でも、単語を変えて同じことを言っていますよネ。

 

日本人の国民性が、上記のようなネガティブな一節を素地に含んでいることは認めざる得ません。実は、こうした根性とか自己犠牲の考え方が、別の側面では思いやりとか気遣い、そして日本人ならではの創意と工夫を育む要素にもなり得ていると思います。

 

要は、光と陰なのです。

 

しかし、組織トップ、プロジェクトのリーダーは、決して「陰」の部分を持ち出して、「頑張ればできるじゃないか」と声高にまくし立ててはいけないのです。むしろ、できるだけクールに、極端に言えば「無感動」に、状況を精査する必要があります。

 

大和魂を作戦行動の計算に組み込む愚行は、決してプロジェクトのリーダーは犯してはならないのです。

 

根性? 自己犠牲? ‥‥作品の創作、制作に熱意を持つ人間ならば、リーダーが「大和魂」を持ち出すまでもなく、内に秘めて、日頃から結果物にIncludeしてますって。

 

大和魂をリーダーが鼓舞するなよ。空回りもぶざまこの上なし‥‥です。

 

大和魂は内に秘めるものであって、外部に向かってこれみよがしにひけらかすものではない‥‥と思います。

 

 

アニメ業界の作品制作も、徐々に「大和魂ありき」「自己犠牲の強要」から、ビジネスとして、産業として、合理的な道へと修正していくべき時代だと思います。2020年代を目前にした現代は‥‥です。

 

で、その合理的な道は如何様に? ‥‥ということですが、それこそがトップやプロジェクトリーダーの「腕の見せ所」でしょう。精神論ではなく、実質的な構造論でネ。


貧困高齢者

ニュースを流し読みしていて、こんな記事を見つけました。

 

10年後に「貧困高齢者」が大量発生… 危ないのは団塊ジュニア世代?

 

‥‥うん。そうだと思うよ。アニメ業界にいると、特に実感があります。

 

このような記事が書かれる10年前くらいから、すでに作業場では「アニメスタッフが高齢になったら、どうやって喰っていくんだろう」という話題は時折していました。アニメ業界ほど切実なんですよネ。団塊ジュニアで盛り上がって支えられてきた経緯は、事実として否定できないでしょうから。

 

簡単に仕事など見つかりません。人間の存在なんて、実はとても脆いものだと思います。

 

なので、脆さをアシストする、日頃からの、周到でしたたかな準備が必要なんですよネ。

 

現在、原画マンだったり撮影スタッフだったりする人間が、10年後、20年後、30年後の自分をどう思い描いていて、その未来のために何を今準備しているのか。‥‥また、準備していないのか。さすがに30年後はかなり朧げなビジョンでしょうが、10年後くらいはイメージできるはずです。

 

例えば、現在アラウンド40の撮影スタッフは、20年後、どんなふうに生活しているんでしょうか。「その時になってみないとわからない」とは言いがちですが、それは「その時の状況がどんなに悲惨でも甘んじて受け入れる」と言ってるのと同義です。

 

結局、「ソコ」だと思います。現在の自分の行動パターンから簡単な四則演算で見通せる未来の予想図を、できるだけ見ないように目を背けても、やがて未来はやってきて、準備していた人間とそうでない人間の「明暗」が分かれていきます。

 

要は、未来を見ること、ただそれに尽きます。足元を見たり、後ろを振り返ったりすることも大事ですが、同じくらい、進む先を見据えることは重要です。「今しか見てない」「昔のことしか言わない」のであれば、未来なんか見えてくるわけないのです。

 

私の経験則が教えてくれるのは、「未来を見据えれば、未来の道を進んでいける」ということです。単純なことですよネ。

 

 

 

これは、「システムの死に慣れること」とも言えます。

 

アニメ業界は、長らく、演出、絵コンテ、レイアウト、原画、動画、美術、仕上げ、撮影、編集‥‥というシステムで商売を続けてきましたが、そのシステムに対して、高齢者になっても依存し続けられるでしょうか。業界のシステムが抱え続けた問題点も大きいですし(特に金の面でネ)、仮に20年後にもシステムが存続していたとしても、高齢で体力が急激に衰えた時に過酷な作業ペースに追随できるのでしょうか。‥‥私は冷静に判断して、それは無理だと思います。

 

制作現場のシステム、自分が生活していくためのシステム。システムにも色々ありますが、どのシステムも誕生と成長と衰退と死のサイクルがあります。自分の一生の枠の中でも、子供時代、学生時代、新人の時代、一人暮らしの時代、結婚するなりして同居する時代‥‥など、様々に生活のシステムが生まれては死んでいきます。自分の役職の変移によっても、生活のシステムは一変するでしょう。

 

私はアニメ作画現場から抜け出て、自分の中での「作画生活の終わり」も経験し、その後の様々な取り組みの中で、システムのサイクルを見てきたので、「システムの死」には(おかげさまで)免疫がそれなりにできております。逆に、色々な浮き沈みがあるとは言え、作画一本、撮影一本で生きてきた人は、システムの死をほとんど経験せずに今まで経過してきたので、「システムの死」に際して「自分はどのようにアクションすべきか」を経験上知り得ないと思われます。

 

頑張ることしか覚えてこなかった。流行の絵柄に合わせることはしてきたけど、時代の技術の潮流を読むような意識はなかった。どんなシステムで、どんな開発プロジェクトを起こすべきか、ほとんど考えたこともなかった。

 

表層の流行時々のキャラの顔を似せて描くことはしてきたけど、撮処理のテンプレートを踏襲することはしてきたけど、土台となるシステムとプロジェクトをゼロから立ち上げることなど全く意識してこなかった。システムが死んでしまうことなど、考えたこともなかった。

 

‥‥危うい限り‥‥ですよネ。「システムの死」に対して免疫をもたない‥‥というのは、何とも脆いことだと思います。

 

 

 

悲観的な未来など見たくない。‥‥そうでしょうか? 私は悲観的であっても未来はちゃんと見据えておきたいです。なぜかと言うと、未来が「崖っぷち」ならば、崖っぷちに向かって車を走らせて、アクセルを踏み込むようなことはしたくないからです。

 

今まで歩んできた道をまっすぐに進んだ先の未来が、どうやら崖っぷちであると判断できるからこそ、右折なり左折なり迂回なりして、別の道で進もうと、事前に判断できます。

 

未来は崖っぷちなようだから、見ないことにする。見ると辛いから。‥‥で、そのまま道なりに惰性で進み続けて、やがて崖下にダイブしていくのを、団塊ジュニア世代は本当に望んでいるのでしょうかね。みんなで無理心中すれば寂しくないし怖さも紛れる? ‥‥今日は終戦記念日ですが、まさに72年前の日本がそんな雰囲気だったのかも知れませんネ。

 

私も団塊ジュニア世代前期の人間ですが、私は崖下にはダイブしませんし、別の道筋と道順を模索しようと思います。「如何に死ぬか」よりも、「如何に生きるか」を、現在過去未来のプラスもマイナスも全要素含めた上で、考えたいです。

 

 

 

いやまあ、正直、ホントに、今後のアニメブーム世代の団塊ジュニアの進む道は厳しいと思います。今までの道を歩き続けるのならネ。世代の当事者だから、実感があります。

 

だからこそ、厳しさから身を護ることも含め、技術の現代性を色濃く意識して、「今までと同じ道を歩き続けてはならない」と強く深く自戒します。

 

鉛筆の力を信じる。‥‥とか言ってる場合じゃないんですよ。

 

鉛筆なんていう単一の道具にこだわっている時点で、崖っぷちへまっしぐらです。鉛筆が重要なんでしょうか? 違いますよね。生み出される絵そのものが、アニメーションそのものが、何よりも重要な原理だと思います。絵を描く際に、鉛筆しか信じられないなんて、何とも哀れです。

 

私は、絵の力を信じようと思います。映像としてのアニメの力を信じようと思います。それが未来への何よりも決定的で重要なキーワードだとも思っています。

 

高齢を「老いぼれたベクトル」にしか使えないのは、何とも惨めな話です。歳を重ねたことが、すなわち、技術の大きなピラミッドを形成するような生き方をしない限り、どこの誰にでも「高齢貧困者」の暗い影は忍び寄ってくるのだと思います。

 

 

 

 


筆塗り雑感。

作りかけで放置していた「パンサー中戦車」を20年ぶりに作業再開した際、以前の塗装が絵画技法でいうところの「下塗り」と同じ効果となって、妙に味のある塗装面になったのは、思わぬ収穫でした。

 

考えてみれば、あらかじめ「オキサイドレッド」のサーフェイサーを吹く方法=下塗りの際に落差の大きい色で塗装する方法は、エアブラシをメインとした技法でも定番です。私も1/72スケールのAFVで実践していますが、実のところは、マティエールが無機質になりがちなエアブラシでは効果がハッキリとは表れませんでした。

 

 

しかし、田中式塗装術、アクリル絵画式塗装法ならば、オキサイドレッドやハルレッドの下地、ランダムにまだらに暗色で塗りつぶした下地が、筆のマティエールとの相乗効果によって、かなり「風情のある」塗装面が期待できそうです。

 

前回の「パンサー中戦車」は未塗装のパーツもあり、パーツ成型色のダークイエローの上に、塗料のダークイエローを上塗りした箇所もありました。しかし、同系色の下塗りに、同系色を上塗りをしても、ほとんど効果がなかったところから察するに、塗装色の隠蔽力もある程度計算に入れて、「透けた後の効果」を狙って塗ったほうが良い‥‥というのも、実は絵画技法そのまんま‥‥です。

 

絵画技法から応用できる要素は、筆塗り塗装に関しては、豊富にありそうです。

 

試しに、今度は1/48の、これまた20年越しで放置中の航空機モデルがいくつかあるので、「ダメでもともと」で下塗りの塗装を試行錯誤してみようかと思っています。

 

まずはアリイ(オオタキ)の四式戦「疾風」あたりでやってみようかと思いますが、疾風は陸軍のダークグリーンと無塗装銀の2種類があるようなので、どちらをやってみようか、考え中です。

 

ダークグリーンの場合、下地の色は何色にすべきか、また、銀色の場合、下地の色相に影響されて寒色・暖色如何様にでも振られまくるんじゃないか‥‥とか、色々と未知な部分はありますが、まあ、気楽にやります。

 

*これはハセガワの疾風1/48。このボックスアートの筆致、タッチは、まさに小池繁夫さんの独壇場ですネ。最近は、1/48のMMのボックスアートを描かれている方(お名前は調べていないのでわかりません)の絵も好きです。米軍燃料補給車の箱絵は、リアルかつ絵画的で、お気に入りです。

 

* * *

 

プラモデルの作り方って、どこか「作り方の常道がいつのまにか出来上がって、無意識にそれありきで思考していた」自分を思い起こします。綺麗にマスキングしてエアブラシで塗装した後、質感を加えていく‥‥みたいな。

 

でも、私が学生の頃に学んだ油彩も水彩も、そんな描き方ではありませんでした。綺麗にムラなく塗った後に質感を加える‥‥という方法ではなく、様々なアプローチやフローがありました。下の写真は、高校時代に愛読した技法書です。カラヴァッジオやレンブラントなどを模した技法のフローが解説されています。(現在、絶版のようです)

 

 

「プラモデルには、プラモデルなりの作り方が…」と考えて他の可能性を積極的には考えようとしなかった中、「プラモデルの絵画技法」とも呼べる「田中流塗装術」の本を偶然目にして、アマゾンで購入して読んだ時に、じゅわ〜と雪解けたのです。「自分の思うカッコよさが表現できれば、現在の常道を必ずしも踏襲する必要はない」と。

 

プラモデルのエアブラシ技法は、なんだかんだ言ってもやっぱり「塗装」の延長線上であって、「絵画」の延長線上にあるとは言えないんですよネ。エラブラシにだって絵画技法はありますが、こと、プラモデルのエアブラシ活用はやはり「塗装」のイメージであって、絵画のイメージではないのです。そこがずっと、心の中でひっかかり続けてたんですよネ、私の中で。

 

しかし、田中式塗装術で開眼したあとは、より一層気軽に実践できるアクリル絵画式塗装法を探ることによって、部屋の換気などあまり気にもせずに(ラッカーよりアクリルや水性のほうが圧倒的に臭気が穏やかです)、マティエールのバラエティも試しつつ、楽しんで制作が可能になりました。これはプラモを作る上で、あまりにもデカい変革の要素です。

 

最初に綺麗に塗装した上で経年変化や汚れなどの質感を加えていくという方法ではなく、ラフな描画状態から、徐々に細部をつめて、全体像を完成させていくという方法も、「実は、同じくらいアリ」なんだと実感します。

 

でもまあ、エアブラシの機材も買って揃えて、色々とハンドピースで塗装してみた後で、筆塗り塗装法の特性も比較・認識できるのも事実。思うに、両方必要かな‥‥とも実感します。

 

*現在の私の主力機「タミヤ レボ2」。もっと強力なポンポンポンポン!‥‥と音のするのもありますが、今はこれで十分です。あとは、カンスプレーのサーフェイサーや塗料です。缶だと、屋外で吹けるのがミソ。

 

 

要は、様々な技法の可能性を得るには、筆もエアブラシも両方必要‥‥ということですネ。

 

 

「もう出尽くした」なんて言ってても、案外、考え方の根本を変えると、色々と出てくるもんですよネ。

 

プラモの塗装だって、「憧れのエアブラシ」ではなく、恐ろしく身近な数百円の筆による筆塗りで、色々な問題が解決することもあります。臭気、コスト、フットワーク、どれも筆塗りなら軽快です。

 

 

私の本業のアニメーション制作も、実は考え方の根本を変えれば、「色々」と出てくるもの‥‥ですヨ。

 

 


一生懸命頑張ったけど負けた

本日は原爆投下の日、そして1週間と少し後の8/15は、終戦記念日ですね。

 

私は、終戦記念日の8月15日を、別名「敗戦記念日」、または「一生懸命頑張ったけど負けが確定した日」と、心の中で考えております。

 

人は、とかく、「一生懸命頑張る」ことを美徳とし、ともすれば、「一生懸命頑張れば、願いは成就する」と考えています。しかし、負けたんですよね、日本は。‥‥このことは、とても重要な、生きる上での指針となると思っています。「命がけで、一生懸命頑張っても、負ける」ということを、様々な戦記や手記の数々で、まざまざと思い知るのです。

 

終戦記念日、あるいは、敗戦記念日・戦敗記念日は、まさしく「戦いに敗れたことを、今の心に記す日」と言えます。

 

太平洋戦争の顛末は、実は何度も敗戦後の日本で、形を変えて、繰り返されていると思います。私の身近なアニメ業界だって、何だか、状況がどんどん悪くなるのに「一生懸命頑張ればやがていつの日か良き日が」なんて思い続けて、根本的な技術革新をおこおうとしないあたり、「日本人ってそういう民族なのかな」と感じずにはいられません。

 

勝てる。

 

負けるものか。

 

頑張れば、いつの日か報われる。

 

こんなにみんな、頑張ってるんだもん。ダメになるわけがない。

 

どんなに頑張っても、どんなに辛い思いをしても、どんなに過酷な働きをこなし続けても、どんなに命を犠牲にしようと、「負ける戦いは負ける」という事実を、まさに8月15日は教えてくれているのだと思います。

 

みんなで頑張っていることは、何ら、勝利や成功のバロメータではないのです。むしろ、皆で一致団結して、破滅に向かうこともあるのでしょう。

 

 

私の母は、疎開によって人生が狂ったのだと思いますし(疎開先で辛いイジメにあった)、それ以上に私の父は、戦争で父を亡くし、終戦間も無く母が追うようにして病死し、まさに戦争孤児のようになって人生が何もかも変わってしまったのだと思います。

 

命を捧げた、その代償が、敗戦です。

 

 

 

アニメ業界の今の全体方針で、未来に勝ち残っていけますか? ‥‥日本の敗戦から学べていますか?

 

私の考えはハッキリしていて、「今のままでは負ける」と思っています。何に負かされるのかというと、時代と社会に‥‥です。

 

今、「戦えている」ことは、未来の勝ち残りの「何の保証にもならない」のは、やはり、日本の敗戦が雄弁に物語ってくれています。小手先の必勝兵器も必勝戦法も、劣勢を逆転するには至りません。

 

安全牌に日和っていること、そして、従来の慣習をよりどころにしていることが、未来の猛烈なリスクになることも教えてくれています。

 

一方で、敗戦は、新興の勢力に頭角を現すチャンスを与えた事実を示してもいます。

 

 

8月15日は連合国にとっては戦勝記念日。しかし、日本にとっては戦敗記念日です。

 

あんなに頑張って、身内も死んでいったのに、なんで負けたんだろう。‥‥負けた国だからこそ、深く考えられることもあると思います。

 

負けたことを、仇ではなく、糧にしないと‥‥ネ。


美術展と美術館は似て非なる

私は学生の頃、アニメの道に進むか、美術の道に進むか、音楽の道に進むか、ぐるぐると迷いながら生きておりました。自分の中で一番ウェイトの重いアニメの道を結局選んで今があるわけですが、美術や音楽からは現在も多大な影響を受け続けております。

 

私は、アニメでは荒木伸吾さんや杉野昭夫さん、金田伊巧さんや友永秀和さんと言った、まさに70年代のアニメ発達期に大活躍をなされた方々に多大な影響を受けると同時に、美術全集常連の画家たち、例えばアングルやクールベ、ダヴィンチ、クリムトなどの画家にも図書館の蔵書で慣れ親しんでいました。クリムトデルヴォーは当時のウブな中学生には刺激が強かったですがネ。

 

高校の頃にモロー展が鎌倉の美術館で開催されたのは、私にとってあまりにも大きな影響でした。以後、世紀末絵画のそれぞれ、シンボリズム、プレラファエル、ユーゲントシュティールといったムーブメントは、私の中で大きな位置を占めるようになりました。

 

ネットを検索したら出てきました。すごいなあ、ネットって。‥‥当時1985年の情報が出てきました。

 

http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/55593038666.htm

 

私が行ったのは、三重県のほうではなく、神奈川県の鎌倉のほうです。

 

そうか、神奈川県立近代美術館というのが、正式名称なのか。‥‥そんなことはすっかり忘れてました。ちなみに、上記ページに画像のある図録とチラシ、そしてチケット半券は、今でも大切に本棚に並んでおります。

 

各駅停車の切符で鎌倉へと赴き、降りる駅を1つ間違えたのか、鎌倉のトンネルを歩いて美術館を訪れたのは、その道中も含めて一式が「美術体験」であり、私の美術鑑賞の基準をフィックスした出来事でした。今でも、道すがらの木漏れ日や風の印象を思い出すことができます。

 

しかし、10代の自分のバイタリティは今考えるとアホのようです。部屋にイーゼルを立てて油彩を描き、ヴァンヘイレンなどのギターを四六時中弾きまくりバンドも組んで、安いメモ帳みたいのに原画モドキみたいなパラパラマンガを描き、作画スタジオにも出入りしていた‥‥という、どういう時間の組み方なんだよ‥‥と思います。今じゃ、絶対に無理す。

 

アニメーターになってからも美術展はたまに行っており、その昔、わたなべぢゅんいちさんとバイク(私はTLM50、わたなべさんはKSR80)で赴き、ダヴィンチの「荒野の聖ヒエロニムス」展を見たことが思い出されます。

 

文字だけですが、情報を見つけました。

 

http://ac.nact.jp/exhibitions1945-ac/detail1945-2005.php?number=952

 

1993年か。ちょっと昔のように思えますが、もう25年くらい前‥‥なんですネ。絵は、絵そのものがまるで生気を帯びているかのようで、凄まじい存在感がありました。何百年も人々の目に晒され続けた絵画の「魔力」というのは、こういうものか‥‥と圧倒された次第です。例えるならば、奈良の木造寺院内の内壁マテリアルの雰囲気に似た、視点を吸い込むような果てしない深みがありました。人もさほど多くなく、自由に色々な角度から見れたのも良かったのです。

 

 

そうなのよ。

 

今どきの美術展が、どうも好かんのは、自由に色んな角度から見れる「余裕」がないんですよネ。

 

イヤホンをつけた人は、絵も見ないで解説の文字パネルの前に群がって、絵そのものの鑑賞の障害になるし、まるでラーメン屋さんの行列のように、妙にペースにハメられるし‥‥で、美術展は(昔からそうだったけど現代は特に)興行、イベント、催し物になりすぎちゃってますよネ。絵画を純粋に堪能できるソリューションでは全く無いです。‥‥特に鳴り物入りで開催される美術展ほどネ。

 

解説を聴く必要なんて無い‥‥というのが、私の持論です。絵そのものだけから印象を受け取れば良いのです。

 

解説がないと絵を見れないのかなあ‥‥。逆に邪魔だと思うんですよ。絵オンリーに集中できないじゃん。

 

絵画の時代背景とか、今、必要? 絵画のあらましや時代背景などの文字情報なんて、後で図録で読めばいいじゃん。絵を文字で理解した気になるなんて、その絵を描いた画家がちょっと可哀想。

 

それよりも、今、目の前にある実物の絵画から受ける印象を、できるだけ阻害物を挟まずに、受け取ることに全能力を使ったほうが良いんじゃないの? だって、文字解説なんて、後からでも確認できるんですヨ。

 

実物の絵画は、今、この時間しか直接の目で触れ合えないのです。

 

 

絵画鑑賞は教養‥‥か。絵画を教養に結びつける下心なんて全く不要だと私は思いますけどネ。「この絵、好き‥‥!」でいいじゃん。それが一番嬉しいんじゃないのかな、絵画にとっても。 ‥‥で、興味が湧いてきたら、その時点で色々と時代背景とか画家の生涯とかのメタ情報を掘り下げれば良いのだと思います。

 

絵画を鑑賞するマナーは、ただ1つだけです。絵を見て堪能することです。

 

鑑賞順路の流れに合わせて歩かないと、他の人の迷惑になる‥‥とか、遊園地の順番待ちみたいなマナーは、そもそも美術を鑑賞するマナーにはないでしょ。あー、考えただけでもイライラするし悲しくなってしまうわ。

 

なので、最近はさっぱり美術展にはいかないようになってしまいました。人混みを見にいくなんて、まっぴらごめん‥‥です。

 

 

でも最近、美術「展」ではなく、美術「館」に行ったら、‥‥‥‥まだあった!! 美術を鑑賞する空間が、変わらずにそこに。

 

美術展にいくから悲しいことになるんですよネ。美術展は、そりゃあ、開催期間中の明確な収益を上げるために、来訪者の美術体験よりも、「このイベントでどれだけ稼げるか」という興行主のビジョンのほうが優先されがち‥‥ですもんネ。

 

美術館は、そこに展示されている絵画を、見に来る人だけが見に来る‥‥という、随分とスローなスタンスです。美術展のようにガツガツしてない美術館がまだあったんだ‥‥と、とても嬉しく思いました。

 

目的の絵画を、まさに次から次へと至近距離や離れたり自由に見れて、衝撃のるつぼ。「こうだったのか。こう描いていたのか。こんな仕組みだったのか。」といくらでも近くも遠くもいろんな方向から鑑賞できる、まさに「絵を見るため」の時間と空間でした。

 

美術「展」に辟易している人は、自分の欲する画家や流派の作品を所有する美術「館」の常設展にいくことをお勧めします。

 

美術展はダメだけど、美術館はまだまだイケます。

 

 

実は上野の近代国立美術館も、企画展よりも常設展のほうが、人がまばらで、美術と間近に向かい合えるんで、オススメなんですよ。結構、有名な作品も常設しているし、色んな流派の作品を楽しめますしネ。

 

 

見に行った美術館については、実は本業のアニメ制作技法にも深く関わる「商売」のことなので、ここでは書けませんが、絵画から得られるインスピレーションはハンパないです。もちろん、それそのまま技術を模倣できるわけではないですが、思考といいますか、構造といいますか、間接的に透過的にアニメに応用できるビジョンが豊富です。観念的影響‥‥と呼んでもいいかも知れません。

 

まあこれも私の持論ですが、アニメを作っているからといって、アニメをいっぱい見たところで、得られるインスピレーションは極小です。同業者が他の同業者のテクニックをカジュアルに模倣するだけに終始しがちです。「崩し顔」なんてその最たるものでしょう。近親交配の奇妙さは生じるかも知れませんが、それはいわば、締め切った部屋のよどんだ空気のようなもので、時には外気を取り込んで部屋の空気を入れ替える必要があると思っています。

 

アニメの映像表現において、より一層の広がりを得たいのなら、アニメ以外のものに旺盛に触れていくべき‥‥と私は考えます。アニメを作っているからアニメだけ‥‥というのは、一番マズいパターンだと思います。作り手側であるのなら、ネ。

 

 


ノスタルジーとの天秤

私は20代の頃にバイクを毎日のように乗っており、特に2ストロークエンジンのバイクを愛好しておりました。今にして思えば、燃費は悪いし、排気ガスは多い、色々と問題の多いエンジンでしたが、一方で、出力特性は圧倒的なものがあり、現代の250ccのバイクが軒並み20馬力程度で高めでも30馬力ちょいなのに、2ストは最低40馬力、ちょっとカスタムすれば60馬力は叩き出す豪快な出力を有しておりました。

 

その大馬力、大出力を、いかに扱って操縦するかが、たまらなく魅力だったのです。もし、時代が逆戻りして許されるならば、今でも2ストのバイクに乗りたいと思います。マイルドな4ストに比べて、ピーキー(高回転域でパワーが炸裂する)なエンジン特性も、じゃじゃ馬を乗りこなす快感に満ちていました。RMX、TDR、KDX、ガンマ、NSR、SDR、etc...。

 

でも、今はもう許されないのです。あえて乗りたいとは思いません。ヨボヨボに疲れ果てた中古車2ストの吹け上がらないエンジンは、逆に虚しく切なく悲しくなります。2ストは記憶の中のイメージ、「あの時代でしか得られなかった、格別の体験」として、大事にとっておきます。

 

まあ、数十万円かけてレストアして、民家から離れた私有地のコース(公道ではない場所)を走るぶんにはOKでしょうし、部品供給も怪しくなってきた旧車を労って細々と乗るぶんには許容されるでしょうが、2ストの新車が出ることはないでしょう。

 

戦後の経済成長と技術更新の勢い、豊かさを手にできるようになった社会‥‥と、様々な時代の移り変わりの中で、手にできた「旬のもの」だったのです。恒久的なものでは決してなかったのです。

 

燃費効率が著しく劣り、加速すれば白煙とエンジンオイルを撒き散らすようなシロモノは、今の社会に適さないのです。

 

これはもう、どうしようもないです。

 

俺はサムライだ。廃刀令なんかクソくらえだ。‥‥なんて反発しても、時代が「刀を不要」とする流れに変わっていくのなら、ただ浮いた存在になっていくだけです。浮くだけならまだしも、社会の「敵」なんて思われ始めたら、厄介至極です。

 

アニメの制作も似たような状況です。

 

前世紀にはOKだった「人の使い方」が、もうそろそろNGになってきているのだと思います。ゆえにブラックなどと揶揄されるのです。

 

「時代の流れに負けるのか」と口惜しい人もいるかも知れませんが、その通り、負けるのです。70年代に本格化したテレビアニメの作り方は、言うなれば「2スト的人材雇用」であり、もはや時代に適さないのでしょう。

 

「人間の労働力」という「産業の燃料」とも言うべきリソースを、非効率極まりない「悪燃費」によって、野放図に消費していく‥‥というやり方は、もう2020年代の日本では「アウト」なのです。その現実を直視できるか否かで、アニメ制作現場のありかたも、人間の使い方も変わってきましょう。

 

 

ノスタルジーは私にだって抱えきれないほどあります。70年代のアニメを見て、アニメを作りたいと熱烈に思い込んだ少年時代だったのですから。

 

でも、ノスタルジーと現代の人材雇用を天秤にかけて、ノスタルジーが勝ることはありません。現代の人材を内包する社会の流れを、うまく活用することを最優先に考えます。決して、拒否るのではなくネ。

 

 

正直に言いますと、2ストは2ストでしか得られない、唯一無比の快感があります。それは何を代替にもってこようと、代われるものではありません。紙に鉛筆で描いて1枚ずつ動かすアニメ制作技法も同じで、それにとって代われるものなどありません。

 

しかし、その存在自体が、現代に合わないのです。

 

今でも2ストエンジンで、排ガス規制に適応したバイクは作れるらしいです。しかし、そのコストは半端なく、とても「売り物にならない」=産業製品として成立しないんだそうです。

 

思うに、紙に鉛筆で描いて1枚ずつ動かすアニメ制作技法を採用するのなら、1分500万のコスト、10分で5000万、100分で5億くらいの制作費は必要だと思いますヨ。現代の労働の基準にあてはめて、技術職として各スタッフのコスト計算をするのならね。

 

で、それで成り立ちますかね? 無理ですよネ。鳴り物入りの特別な大型企画でしか実現できないでしょう。

 

その「無理」を、70年代テイストを引きずった生産コスト感覚で相殺して、各スタッフに強いて作り続けているのが、旧来アニメ制作技法と現場です。私はやがて、その「無理」は破綻する時がやってくると思っています。「社会の敵」のように認識されてネ。

 

新人スタッフは親元から離れて「社会人」として現場に入ってきますが、親がまず「現場の悪評」ゆえにアニメの現場に入ることを許さなくなるでしょう。「現場」の状況はNHKでも報道されましたし、今はネットで色んな情報が得られますから、特に家を継ぐ立場の人間のアニメ業界入りは敬遠されるんじゃないですかネ。

 

アニメ業界人のノスタルジーに、いつまで世間が付き合ってくれているのか、考えてみたことはありますか。

 

付き合いきれなくなっているから、ブラック労働だ何だと取り上げられているんじゃないですかネ。

 

 

アニメ制作の事業に関して、未来とノスタルジーを天秤にかけるのなら、私は迷わず即決で未来を取ります。

 

ノスタルジーは天秤から降ろして心の中に大事にしまっておけば良いのです。懐かしくてたまらなくなったら、アマゾンで配信している昔の東映アニメでも見ます。

 

ノスタルジーを現場に持ち出す必要はない‥‥と思います。

 

 

 

ちなみに‥‥、バイク業界紙の関係筋によりますと、今年(2017年)もまた、排ガス規制が実施され、多くのバイクが生産終了になるようです。ホント、ぶっちゃけ、規制にがんじがらめの20馬力のプアパワーバイクなんて、乗る気がしない‥‥とは思いますが、一方で、プアなパワーであっても、もっと他のバイクの要素を楽しんでも良いのかな‥‥と思い始めている自分もいたります。

 

2ストの時代はある意味乱暴な時代ではありましたが、やっぱり懐かしく想う郷愁は否定できません。あの時代のあのパワー感は、2020年代に、他の形に姿を変えて、アニメ作品制作の中で具現化したいと思います。ノスタルジーではなく、新たなドクトリンとして。

 

 


ワンハムワンボリューム

人生の長い時間の中においては、あえてターゲットを絞り込んで行動する期間も必要‥‥だと思っております。ここ5〜6年は、時間を少しでもアニメーションの新しい技術に注ぎ込むべく、全くギターを弾かないように自制しておりましたし、旅行・観光の類いも、絶っておりました。

 

しかし、雪解けの時も、人生の流れの中では巡ってきます。ターゲットを絞り込んで一直線に専心した結果、未来の情景が見え始めたならば、少しアクセルを緩めて色んな方向に動きやすくする‥‥ことも必要なのは、さすがに50年近く生きていればわかります。

 

なので、適当にアニメの仕事以外のことも復活させよう‥‥と思っています。本気にならない程度の趣味で。

 

第1弾はギターいじり。原点復帰も兼ねて、1ハム1ボリュームのギターを作って(改造)おります。

 

1ハム1ボリュームとは、こういうギター

 

 

リアピックアップと音量ツマミだけのシンプルな構成です。近年はさっぱり見かけなくなりました。

 

私は、なんだかんだと工夫を凝らした電気配線のギターよりも、ピックアップの電気信号がほとんど直にジャックに出力されるシンプルなギターが好みだったのですが、そんなことも忘れていたこの30年‥‥でした。

 

配線はこんな感じです。

 

 

おそらく、これ以上シンプルな配線はないでしょうが、頭の中で整理するためにもオムニグラフで配線図をおこしておきました。オムニグラフで模式図を作るのは、何だかプラレールみたいで楽しいです。

 

ダンカンのハムバッカーは気をきかせてコイルごとの取り出しができるように4芯(アースを入れると五本のワイア)仕様ですが、赤白のワイアを結線して直列で繋いで、プラスマイナス(ホットとコールド)のシンプルな2極の構成です。

 

この図を作った後で、本家ダンカンのWebでわかりやすい配線図をみつけました。‥‥これがあれば十分でしたネ。

http://www.seymourduncan.com/wiring-diagrams?meta_params=view-all,humbuckers

https://docs.google.com/gview?embedded=true&url=http%3A%2F%2Fwww.seymourduncan.com%2Fwp-content%2Fuploads%2F2016%2F05%2F1H_1V.pdf

 

ちなみに、日本では極性を「プラス、マイナス、アース」と呼ぶことが多いですが、一般的な英文のマニュアルでは「ホット、コールド、グランド(グラウンド)」です。

 

改造と言っても、改造するギターがもともとハムバッカー用のザグリが入っているボディなので、ハンダ付けとネジ止めだけの簡単作業です。トリマーでザグリ加工をしたりとか、シリアル・パラレルの切り替え配線を考えるとか、難しい作業は無用です。

 

必要なパーツは、ピックアップとピックガード、ポットとノブ、そして配線材くらいなものです。今回、ピックアップはトレムバッカーをチョイスしました。

 

 

ピックアップの二強はダンカンとディマジオですが、そのうち、ディマジオを搭載したギターも作ってみようと思っています。私は昔、ダンカンより若干安価だったディマジオをよく使っていました。

 

* * * 

 

しかし、今この歳になって色々と考えてみると、

 

  • プレーヤーとエンジニアを兼ねる
  • 既製品で足りなければ、改造して自分の思い通りの道具に仕立てる
  • 常識や慣用や通例に束縛されない
  • 欲する表現に対して合理的であること

 

‥‥などは、実は私が少年時代に傾倒したエドワード・ヴァン・ヘイレン直系の思想なのだとしみじみ思います。その思想は姿を変えて、私の映像制作のスタンスにそのまんま受け継がれています。10代の頃に受ける影響って、スゴいですよネ。

 

「この道具だとできない」「今まではそうだったから」みたいに言う人々は結構いるわけですが、「だったらできるようにすればいいじゃん」「今から変えればいいじゃん」というあっけらかんとしたスタンスでやってのけてしまう痛快さは、まさにエドワード・ヴァン・ヘイレンのアクションそのものでした。「できないだろ」と言われるそばから、「え?できたよ」と実際にやってのけてしまうのも、実にかっこよかったものです。

 

ワンハム、ワンボリュームというシンプルなギターを今改めて見つめ直すと、色々と感慨深く思えてきます。ギターはあくまでも趣味ですが、そこから得られるインスピレーションは、決して映像と無縁ではないです。

 

アニメ!アニメ!映像!映像!‥‥と思いつめたって、煮詰まるばかりですもんネ。アニメのことしか知らない悪い意味でのアニメバカでは、視野が狭まりすぎて、やがていつか進退窮まる時がくるでしょう。

 

アニメに限定しない色々な物事を吸収しつつ、最終的にはアニメに帰結させるような、良い意味でのアニメバカでありたいと思います。

 

 


アニメブーム

今はアニメブームだそうで、私は第3次と聞いていたので、そのようにこのブログでも書いてましたが、第4次と表記しているところもあり、‥‥まあ、第何次だろうがどうでもいいわ。好きにしてちょ。第何次かどうかよりも、今がアニメブームだなんて言われていることのほうが、滑稽というか奇妙というか。

 

書きたいことはいっぱいあるけど、チキンレースの顛末なんて、書いてもしょうがないことだしネ。

 

アニメブームか。考え方によっては、淘汰の威力や速度を推進させる、思いも寄らない効能があるかも知れませんネ。

 

 

こういう混乱した時期に、動揺せずに浮き足立たずに、どう、進む方向をしっかりと見据えて実践していくか。それに尽きるよね。泥水にまみれても、たとえ迂回しようとも、到達地点をしっかりと見失わないようにしないとネ。


70年代マインドの終わり

最近、テレビの作監の仕事をお手伝いして、よくよく、身にしみて再認識したことは、レイアウト原動画システムがもはや過去の産業モデルの遺物であって、今後の映像産業にはどうにも適応しないということです。これは、ほとほと、鉛筆を持つ指先で痛感しました。

 

1960〜70年代に自分の基礎を確立した大御所さんや、1980年代に飛躍的な発展を遂げた時代に自分の基礎を確立した団塊ジュニア前半期(現在アラウンド50〜60)の人間は、レイアウト原動画システムの普遍性を疑って止まないフシがあります。何を発想するにも、絵コンテ&キャラ表、レイアウト、原画、作監‥‥で発想する時点で、完全に「70年代システム」の呪縛の中にあるわけですが、重要・重大なのは、旧時代の旧感覚である自覚に乏しいことです。

 

それでも、その70年代システムでうまく「事」が進んでいれば良いですが、今はもう各所が綻びだらけです。これは作業現場内部だけの要因ではなく、社会そのものが70年代とは大きくかけ離れてしまったことも要因です。社会が70年代とは別世界のごとく変容したのに、アニメの作り方はあいも変わらずの70年代システムをデジタルで補強しただけの状況です。内部も外部もうまくいくはずがないのです。

 

最近、私が子供時代にかつて住んでいた郵政の団地を、ストリートビューで見てみました。1970年代〜昭和40年代に存在した「粗雑だけれど生命感に満ち溢れていた」生気ある団地の姿は全く消え失せ、まるでゴーストタウンのような無残な亡骸を晒していました。

 

今思うと、昭和40年代50年代の頃は、そりゃあもう、子供たちがウヨウヨいて、やかましい時代だったでしょうネ。文房具屋でプラモは売ってるし、駄菓子屋は何件もあったし、夜7時台のゴールデンタイムは民法各局でアニメを放送してたし、ガチャガチャワイワイと大人も子供も生命感と躍動感を「無自覚に天然に」発揮していたのを懐かしく思い出します。

 

その時代に作られたテレビアニメーションの量産システムが、2020年代になろうともする今現在において綻びだらけなのは、よくよく考えてみれば当然のことだ‥‥と思うのです。アニメ制作に従事する人間を取り巻く環境も、アニメ作品を受け入れる人間も社会も、何もかもが変わっているのに、作り方の基本は全く変わっていないのは、「ガラパゴス産業」と呼んでも酷い言い方ではないでしょう。

 

まあ、百歩譲って、70年代前後に自分の基礎を確立した古い世代は、概念や思考のシフトができなくても仕方がない‥‥としても、これから先の2020年代以降に絵や映像で商売して未来を勝ち取っていこうとする20〜30代の人間が、「それがアニメの作り方だから」と70年代システムのままで思考停止して乗っかり続けて、本当にうまくいくと思っているのか‥‥は、気になるところです。

 

旧来のシステムに乗っかり続けてアニメーターになっても、そのシステムの「時代性のズレ」ゆえに、多くの人はお金なんて満足に稼げないまま、老けていくだけです。もし、30〜50代のアニメーターで貯蓄のない自転車操業の暮らしをしているのなら、その生活は改善されることもなく、むしろ悪化の一途を辿っていくでしょう。50代で貯金ができていないのなら、肉体的に衰える60代以降に貯金できるほどの稼ぎを叩き出せるはずがなく、まさに日本が抱える闇〜老後破産のど真ん中を体現することになります。

 

安い単価で作業するシステムは昔の時代そのままに、絵や動きなどの品質要求は決して時代が逆戻りするわけではないんですから、20代の若い層とて、今のアニメ制作システムでアニメーターになること自体が既に老後破産の予備軍のようなものです。‥‥そうした部分を「暗黙に触れてはいけない話題」として扱い続ける行為を、老いも若きも、今が破綻していないからという理由で今後延々と続けるつもりなのです。今のシステムに乗る以上は‥‥です。

 

自分の憧れていたアニメの仕事に就くのが夢。‥‥そんな夢のリソースは20代で自ら全て食い尽くして、後に残るのは絶望感と閉塞感だけです。「XXというアニメのOOというキャラを作画するのが夢です」なんて、その夢の実現した後に残るのは何?

 

ホントにマジメな話、業界を救おうだなんて大風呂敷など広げず、各所で独自に「方舟」的新システムを作って、大災害とその後の貧困に耐えうる術を今から準備しておく必要を感じます。今のシステムで未来がバラ色だと思っているのならそのままで構いませんが、現状に強い危機感をもっていながら今のシステムに依存し続けるのはどうなのよ? ‥‥ということです。

 

ある日、どこかの誰かが、思いも寄らない素晴らしい新システムで、業界の窮状を払拭し、状況を改善して業界の人々全てを救済してくれる‥‥なんて思っているのなら、それはマンガやアニメやハリウッド映画の見過ぎ‥‥です。団塊ジュニアのベビーブーム世代の末路、ゆとり・さとり世代の往く末は、70年代システムを基盤に据える限り、決して明るいものではないと思います。

 

ニッポン無責任野郎なんて言ってた頃の昭和30〜40年の頃と、今の日本じゃあ、あまりにも大きな落差があるでしょう。別世界といっても過言ではありません。

 

70年代システムは確かにタフな面がいっぱいあります。しかし、現代の技術から見たら、アホみたいに非効率な部分も多く抱えています。些細なことかも知れませんが、大判を作るのに紙を貼り合わせる時ほど、70年代システムのやるせなさ・骨董品的古さを感じる瞬間はありません。「バカやってるよなあ‥‥」と、スタンダードサイズの紙を裏側からセロテープで貼り合わせる時、無性に情けなくなるのです。日頃、iPadなどで作画したりコンピュータで映像制作していると、紙の作画のあまりの旧態依然としたスタイルに、逆・浦島太郎になった気分、過去にタイムスリップした気分になります。

 

 

マインドを変えられる人々、変えられない人々。

 

ぶっちゃけ、70年代システムで今後も行きたい派閥はそのまま取り残して、現代のリソースをふんだんに有効活用する流派は旧勢力と決別しちゃっても良いように思います。融和とか互換性とか段階的移行なんて言ってると、永久に70年代システムの呪縛から逃れられない気がします。

 

70年代システムは70年代のリソースを有効に活用して形成されたことでしょう。でも70年代は、もはや50年前です。50年前にリアルタイムで有益だったリソースが、現代に等しくリアルタイムで有益であるはずがないです。

 

やっぱり、行き着く答えはひとつ。

 

今の時代にアニメを作るのなら、今の時代のテクノロジーとマインドを活用すべし‥‥ですネ。

 

 

もう70年代マインドは終わりにしましょうよ。

 

新しい時代に進み出しましょうよ。

 

アニメを自分の墓場にもっていくつもりなら対話の余地もありませんが、アニメを今後も何十年も生かし続けたいのなら、50年前のシステムから解放してやることこそ、団塊ジュニア世代に課せられた「残り半分の人生の大仕事」だと思います。

 

 


徒然、雑感。

旧来のワークフローを修復して4K8K映像フォーマットに対応できるバージョンアップ・グレードアップを施すのが良いのか、はたまた、送り描きの技術に加えてカットアウト・キーフレームアニメーションを旺盛に取り込んだ新しいワークフローで、最初から4K8Kに対応できる伸びしろをもつ体制を構築するのが良いのか、最近2種類の道筋を同時期に作業したがゆえに、何とも判断し難い感慨です。

 

「旧来のワークフローを修復」。‥‥かなり困難な取り組みですよネ。ワークフローを本来あるべき姿(=各工程の作業内容として意図された状態)に戻し、かつ、今の絵柄で標準完成度を目指すと、1話あたり3〜4000万くらいの現場予算が必要になるように思いますから、ブランディングを展開できる制作母体でなければ、まあ、中々無理な話ですよネ。

 

「テレビ作品は色々と手間を端折るからこそ、制作費に収まり、放映に間に合うんであって‥‥」という意見は、まさに現場を知る人々の言葉でしょう。しかし一方で、劇場作品同等の、複雑で手のかかるキャラやメカや美術デザインをテレビに導入している作品も多く、ワークフローはどんどん端折られた低コスト傾向に呑み込まれるわりに、作品の仕様はどんどん高コスト傾向へと突き進むという、矛盾した状況も抱えています。

 

つまり、「全部のせ特製チャーシューメン」を1200円ではなく、回転寿司のサイドメニューのような350円でだそうとして、バックヤードたる厨房は大混乱し、料理するための具材の仕入れも追っつかず破綻を喫している‥‥ということなんでしょう。じゃあなぜ、「全部のせ特製チャーシューメン」を350円でお客さんに提供するような献立にしてしまったのか‥‥というと、まさにお客さんの関心を惹きたいのと、そもそも「出店」するための出資を募る際に「お店が繁盛するであろう「売り要素」のプレゼン」が必要だったから‥‥とも言えましょう。プレゼンで「ミニサイズだから350円でもイケます」なんていう言葉が被されば、居合わせた人々は「大丈夫なんだろう」なんて思っちゃったりもして、でも厨房では「350円だから大丈夫なんて話、ひとつも聞いてないよ」なんて齟齬が発生したりもして、それはもう企画時点から修羅場が見えていたりもして‥‥。

 

実現の見込みのないゴージャスな献立を打ち出して、出店して営業開始しようと企画した時点で、未来に自分らが破綻するビジョンは見えている‥‥のかも知れません。

 

 

現場に「デジタル」による「効率化」が進んで、小規模の制作母体でもアニメ制作を取り仕切れるようになった。つまり、「見かけ上」は低コストでもアニメを作れるようになり、原作をアニメ化するハードルが下がった。アニメの表現技術がこの20年で向上したことも後押しして、やがて「どんな絵柄でもアニメ化できる」と思われるようになって‥‥。

 

人間=スタッフのキャパなんて、今も昔も大して変わらないのに、技術進化で「キャパが広がった」と勘違いして、ハコだけがどんどん肥大化して‥‥。

 

あれ? これって‥‥。

 

http://yamashitamasahiro.com/archives/5683

〜より引用

景気が拡大しているにもかかわらず、
金利は依然として非常に低いまま維持されていました。

そして、安い金利で銀行からお金を借りれるので、
企業は喜んでお金を借り、そのお金を株や土地に投資するようになりました。

特に当時、土地神話というものが存在しており、
「日本は国土が限られており、土地は貴重だから価格が下がることはない、
だから、土地を買えば必ず儲かる」とまことしやかな話が信じられていました。

 

http://diamond.jp/articles/-/60475

〜より引用

なぜ、あのときバブルは崩壊したのか? 誰もがおかしいと思いながら、なぜ気づかなかったのか? 失われた20年を生み出したバブル崩壊後の世界を...

 

 

バブル崩壊の頃の日本経済や社会の様相って、「役者」を変えれば、今の「第3次アニメブーム」だなんて呼ばれるアニメ制作現場の状況・顛末に似てますよネ。

 

「なぜ、あのとき、バブルは崩壊したのか? 誰もがおかしいと思いながら、なぜ気づかなかったのか」‥‥と引用文にありますが、実は「気づきたくない」「気づくのが怖かったので気づかないフリをしていた」だけなのかも知れませんよネ。バブル当時の当事者にしても、現在の「放映落ちするかも知れない」アニメの制作現場にしても‥‥です。

 

バブル崩壊に限らず、リーマンショックもなんだか似てますネ。「サブプライムローン」を読み替えて、現在のアニメ制作現場を考えてみれば、背筋が寒くなる未来がイメージできます。アニメ業界のここ10年の状況は、「デジタルの導入によって制作効率に革新がおきた」「中小制作会社でもテレビシリーズの丸ごと受注が可能になった」「メディア展開を推し進めたい原作権利元にとって、アニメ作品制作の依頼先の選択肢が増えた」‥‥という利点とも思える点が、後々になってすべて仇となって跳ね返ってくる点で、とても「サブプライムローン」に似ています。

 

デジタルの導入されても複雑なキャラを生身のスタッフが手描きで描けば時間がかかるし、コンピュータによってアニメの工程も効率化を一部果たしたとは言え、中小企業のマンパワーや技術蓄積までコンピュータは大手並みには増幅してはくれないし、アニメ化の依頼先が増えても品質が低かったり放映落ちしたら本末転倒だし‥‥と、要は「実質を伴わない」偽装構造とも言える、まさにサブプライムローンのような様相を呈しているのが、ここ数年よく見られる、破綻しそうなアニメ制作事例の典型かと思います(放映落ちした作品はつまり、「破綻しそうな」ではなく「破綻した」事例ですネ)

 

 

原作をアニメ化したい。とは言え、作るための相応のお金は用意できていない。でも、「サブプライム的からくり」で作れるじゃないか。そして、作品が本数だけ増えて、皮肉にも「第3次アニメブーム」とか言われて‥‥。

 

うーむ。バブル崩壊もリーマンショックも、未来のアニメ業界の行く末を言い当てているようにも思います。インサイダーもアウトサイダーも崩壊するまでは一緒になって「大丈夫だろう」と楽観視していた、状況のディテールも似てますよネ。

 

 

でも‥‥です。「その時が来る」と予測できていれば、自分の動き方も変えることができましょう。「まさか」とか「ウチの業界に限って、そんなことは」なんて言う人が、阿鼻叫喚に呑み込まれるのです。「どう考えても、今の状況は異常だ」と思うのなら、周囲がどんなに平和ボケしていようと、実践が困難であろうと、別ルート、脱出ルート、突破ルートを開拓しておくべきでしょう。

 

いち個人のスタッフであるあなたが、一生懸命、作品に命を捧げたからといって、作品は単価以上にはあなたを救ってはくれず、作品に対してあなたは0.000001%の権利すら保有していないのを、自覚すべきです。作品の権利を保有する人間などごくごく少数なわけですし、どんなに作品に貢献しようが年金がでるわけでもないのです。現場の破綻や崩壊を食い止めたからと言って、未来の自分の崩壊や破綻を、作品制作組織が面倒を見てくれるわけではなく、あくまで自助努力で死ぬその瞬間まで生きていくしかないのです。

 

私は、アニメ業界の場当たり主義的な動向に巻き込まれれば巻き込まれるほど、自分自身に恐ろしい結末が待ち構えているように思えてなりません。作品制作に関わりつつも、自分の未来が破綻しない計画を、意識的に、明確に、実践していくことが極めて重要だと思います。

 

「現場は崩壊する」と言っている人々は、まさに異常な現場の状況を感じとって、ごく自然にニュートラルに分析して、「この状態が長続きするはずがない」と率直に述べているだけ‥‥なのでしょう。実際、状況が超ハードな作品に関わっているプロデューサーさんや監督さんほど、苛烈な状況を持続したままの未来の10年、20年なんて、想像できないと思うのです。

 

 

ただ、私の知るところ、テレビ放映作品であっても、準備にお金をかけて、体制も品質を重視し、相応の制作費を投入する作品も存在します。テレビ放映作品であっても、お金を集められるところは集められる‥‥ようです。ですから、「すべてのテレビ作品は乱造でやむなし」と言い切るのは、少々雑な物言いとは思います。今のテレビ作品の作り方をよく思っていない人々も一定数いて、違うドクトリンで進めようとしている人々も存在するのです。

 

 

 

今の状況、そして未来の状況は、どう判断して、どう関わっていくべきなのか。

 

判断して見極めるのは難しいけれど、お手上げしてしまったら、時代の濁流に流されて溺れ死ぬようにも予感します。アニメのスタッフはさ‥‥親方日の丸じゃないからさ。たとえ、藁をも掴む状況だとしても、その藁を掴むのは、自分の手しかないのです。

 

 

私は、一旦は作画から長く離れていた時期もあり、「昨日まで自分の人生を占有していたものが、ぱったりと途絶える」感覚を知っております。今、殺人的なハードスケジュールで猫の手も借りたい忙しさでも、未来にも等しく仕事が溢れている何の保証にも成り得ません。作業依頼が10年20年先に途絶えない保証など、どこにもないのです。

 

であるならば、業界の景気不景気なんて「一過性」の移ろいゆくものと心得て、映像制作をする人間、絵を描ける人間として、自分はどうやって生きていけば良いか、常に頭とココロとカラダで考えて行動していくほかありません。「原画マン」になったから、「作監」になったから、それで一生、生きていけると思いますか。‥‥私は、そんな少ない要素と範囲で生きていけるとは、思えません。

 

旧来技術を維持し有効に活用することも必要でしょうし、4Kや8Kの時代におけるアニメーション映像作品をイメージし続けることも必要でしょう。予知能力でも無い限り、色々な可能性を累積戦略と順次戦略で実践していくしかありません。

 

人類の営みからすれば、映像産業なんて大した歴史も無いのです。映像の技術はまだ古典として定着するには幼すぎます。「蒸気船ウィリー」からまだ100年も経ってないしネ。

 

達観することがままならないのなら、未来へ進む道に迷いながらも、思考を停止させないこと、足掻き続けること‥‥でしょうかね。

 

 



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