5999

今のところ、増大する一方の、コロナウィルス1日あたりの死者数。

 

 

昨日、45719人だった総死者数が、今日は51718人ですので、差分は5999人。

 

つまり1日6千人まで死者数が増えたことになります。2千、3千、4千、5千と増え続け、今日は6千。

 

 

 

単純で大雑把な計算をしますが、第二次世界大戦の期間中(1939/9/1〜1945/8/15)に8千万人が死んだとすると、1日あたりの死者数は3.7万人。第二次世界大戦がどれほどの大惨事だったかを思い知ります。

 

第二次世界大戦は桁外れだとしても、犠牲者1700万人と統計される第一次世界大戦も大量死の大惨事であることには変わりありません。1914/7/28〜1918/11/11の期間で、同じく単純に大雑把に計算すると、1日あたりの死者数は1.1万人です。

 

あくまで単純計算で、期間中に均等に割り振った結果なので、現在のコロナウィルスの状況とは比較にはなりませんが、2020/4/1〜2020/4/2の24時間で6千人の人が命を落としたのは、やはり世界大戦と同じ大惨事が現在進行していると言えます。

 

欧米はロックダウンや自粛措置の効果が表れるのは、4月半ばと言われています。今は、感染>発症>重篤化の一番厳しいフェイズを迎えており、まさに「地獄の2週間」を乗り切る試練の時なのでしょう。

 

日本は自粛する意識の対応が遅れ、今でも長時間の会議をしている会社はあるでしょう。アニメ制作の場合、作画机や、PCとモニタと巨大な液タブを、にわかに家に移動してセッティングするのは実質無理がありますから、アニメ業界の制作会社は特に対応が難しいとも思います。

 

つまり、欧米の惨状をトレースするとすれば、これから始まる‥‥とも予測できます。そうならないことを祈るばかりですが、実際、祈ってどうこう解決する話ではないです。

 

アニメの現場で恐れられているのは、「どこの現場が最初に感染者を出すか」ということでしょう。アニメ制作会社の作画ルームの紹介写真を見れば、「濃厚」な距離で机を並べる会社がほとんどです。‥‥しかしそれは、コロナウィルスの状況前の、アニメ制作現場の「普通」だったのですから、非難することは難しいです。東京は空間が特に高価ですしネ。

 

今までの経緯を「だから言っただろう」なんて後出しジャンケンしてマウントするのではなく、これからをどうするのかに時間と知恵を使うべきです。

 

 

 

 

 

ペーパーレスの環境を、一部の人間だけでなく、もっと多くの人が注目して、各所で導入試験をしていれば‥‥と言うのも、今はもう、後出しジャンケン。

 

これからをどうするか、そのことにフォーカスしましょう。

 

 


4KとHDR

4Kのアニメ‥‥という話題では、4Kばかりが注目されがちですが、HDRも同格の重要度を有する技術要素です。

 

4Kに関しては、現在はまだ普及にバラつきはありますが、SD時代のHD(2K)の立ち位置なので、皆がテレビやモニタを買い換えるタイミングで浸透して更新されるでしょう。

 

4K解像度を特別視する人はまだ多いですが、アニメ制作の内部事情はともかく、世間においては、4KHDRテレビや4K放送、4Kストリーミング番組など、確実に「次期標準」として更新は進んでいくでしょう。

 

私は2014年からiMac 5Kを自宅で使っているので、2K(1980〜2560px)モニタはフォントの輪郭がぼやけてみえるのがハッキリと判別できます。最近のiMacを使っている人は、もうみな、4Kには慣れていることでしょう。

 

 

iMacよりも普及しているものもあります。

 

iPhoneの大きいモデルは解像度が1920pxですし、iPadも似たようなppiです。画面は小さくても、画素がぎゅっと詰まった画面は、4Kモニタと同等どころか、4Kよりも細かいです。

 

実はもう、世間の人々は「4K解像度のスタンダート感」にスマホやタブレットで慣れているんですよね。その見慣れた詳細感が、大きなモニタやテレビにも反映されるだけのことです。

 

今やスペシャルな博物館クラスの映像とは、8Kとか16Kの世界です。

 

4Kは2020年代の標準仕様となるでしょう。‥‥HDが2010年代の標準となったように。‥‥すでに皆がスマホの高密度液晶パネルに慣れて久しいように。

 

 

 

実はダークホースは、HDRなんですよ。

 

HDRは、今までSDRと呼ばれたRec.709 100nitsのダイナミックレンジから、大々的に躍進して、極めて幅広いダイナミックレンジを持ちます。

 

当座、1000nitsがターゲットではありますが、規格上は10000nitsまで存在します。10000nitsを映し出せるモニタは存在しないのであくまで規格上ですが、HDRとはSDRとは異次元のスペックを有した色彩を有します。

 

最近まで作っていた4KHDRの短尺作品は、1000nitsの輝度を有するEIZO CG-3145で各種チェックをしていました。作業用モニタは、CG-318と319で、最大輝度は300nitsではあるものの、正確な色を映し出していました。

 

SDRモニタでHDR作品を作るのは、少なくとも色を扱う工程では不可能です。HDRモニタでPQカーブに対応できるプロ作業向けのモニタが必須となります。

 

発色の特性が今までの延長線上の予想を大きく上回るので、もはや頭の中で補完・変換して色を作ることは不可能だからです。

 

あくまでわかりやすく誇張したイメージですが、2KSDRと4KSDRを比べると、以下のようなイメージになります。

 

 

 

 

注目したいのは、HDRはSDRの上位互換であることです。

 

SDRの色域をカバーしているので、何なら、左側の濁って抜けの悪い絵も、意図的に作れます。一方、SDRはどうしても表現できない色があり(緑が苦手なのでシアンも苦手になり、青空もくすみがちになる)、輝度というよりは色彩の範囲が狭くなります。

 

*Rec(BT).709は、ご覧のように、かなり三角のエリアが狭いですネ。緑は特に狭い。人の肌色は得意ですネ。

 

*現在のHDRの主流、DCI-P3は、かなり緑のエリアが広くなりました。

 

*夢のHDR、Rec.2020(BT.2100)は、緑のエリアがドカンと広いですが、この色域を表示できるモニタはまだない‥‥と聞いてます。2020年4月の今も?

 

 

 

正直なところ、4KはHDRとセットでなければ、文字通り「精彩」を欠きます。

 

4K寸法でアニメを作っただけでは、トレス線がちょっとシャープになった程度かな‥‥という認識止まりになりがちです。

 

しかし、HDRをネイティブにコントロールして、線画も色彩も自由にコントロールできれば、大きな表現上の広がりを得ることが可能です。

 

ドットバイドットの4K作画。

 

色を塗る時からHDR。

 

この2つは、「せっかく4Kアニメを作るのなら」踏まえておきたい要素です。

 

 

 

4KHDRでアニメを作る表現上および技術上の達成目標はまだまだ数多いのですが、まずは4K等倍で絵を描くことと、HDRで最初から色を彩ることです。この2つのハードルを超えられないと、次のステップに進めません。

 

ハードルを超えると、「ほんとうに、今までの線の描きかたで良いのかな? もっと表現力の豊かな、効果的な描きかたがあるはずだ。さらには、4Kで映えるキャラデザインがあるはず。」と気づくでしょう。2Kを単純に拡大したのが4Kではないことを、絵を描く人間なら、やがて理解すると思います。

 

色も同じです。SDRをただ拡張しただけの色彩ではありません。ただ明るくしただけなら、やけに眩しいだけの見辛い画面になります。色を鮮やかにするだけでなく、淡く繊細なパステルカラーも、豊富なミディアムトーンで表現する無彩色も、ブリーチバイパス(銀残し)のような黒の締まった画面も、自在に作り出せることがわかるでしょう。

 

 

 

新しい技術や表現が登場するたびに、不要論や否定論が出ます。おそらく、1963年にテレビアニメが登場した際も、気に食わない人はいたでしょう。テレビマンガではなく、本のマンガで十分だ!‥‥とかネ。

 

現在皆が普通に見ているHDの2Kテレビも、「そんな大きな解像度は不要だ。オーバースペックだ。720x486で十分だ」と、何人ものプロ映像制作の人間が言ってました。今や日本のアニメ業界全社が採用している「デジタルアニメーション」〜彩色以降をコンピュータで制作する方法も、2000年前後は酷評する人がそれなりにいました。

 

一方で、技術の話題を、作品の面白さの話題と混同して語る人もいます。

 

つまりは、新しいものに対する動揺を、人それぞれが自分の感覚で表現するもの‥‥なのだと思います。

 

そしてそれは一時的な動揺であり、2020年の今、ガチでDVDやD1サイズで映像を作るプロはいませんし、フィルムじゃないとアニメはつくらない!‥‥と叫ぶアニメ制作者もいません。

 

動揺と混同を、クールダウンしましょう。自分の中のカテゴリーミステイクを防ぎましょう。

 

 

 

4KHDRは作品を作るためのキャンバスであり、道具であり、表現の手段です。

 

そして、アニメは「アニメの型」に縛られて来なかったからこそ、日本のアニメ独自の発展が培われました。

 

4KHDRを型にはめ、アニメを型にはめるのは、少なくとも映像制作のプロのすべきことではないです。今までの経緯から学べば、自ずとわかりましょう。

 

 

 

プロならば、道具を足かせにするのではなく、使いこなしたいですよネ。

 

弱点にするのではなく、武器にしたいですよネ。

 

であるならば、4KもHDRも使いこなして武器にすればよい。それだけのことです。

 

 

 


4700

どの時間で統計したかにもよるのでしょうが、GMT 19:00でのAFPの統計ですと、4月1日から2日の1日で死者数4700人、総死者数4万6千人近くに増加したようです。

 

 

私がAFPの上図記事を毎日見るようになってから、1日の全世界コロナウィルス死者数が、2000人、3000人、4000人と増え続け、今日は4700人で、勢いは今のところ増す一方です。

 

3月下旬のパーティや祝賀会などの会合、ごった返す繁華街など、人が大勢密集する場所に出掛けた人の発症が表面化するのは、日本の場合、これからになるのでしょうが、欧米はロックダウンの効果が表れて、一番被害の大きいイタリアでは感染者数が横ばいに推移したとの記事もあります。

 

トランプさんが「地獄の2週間」と表現しましたが、日本の場合、自粛に至る時間差によって、これから欧米の惨状をトレースするのかも知れません。そうならないと良いですが、こればかりは祈っても意味がなく、冷酷に状況が展開するだけでしょう。

 

クレカで出費が嵩めば、翌月にドカンと請求額が増えるがごとくです。ウィルスの感染者数もそうですが、自粛による経済的な影響が表面化するのも、これから先が本番‥‥ですね。

 

+ + + +

 

NYタイムスが新聞の広告でマスクの型紙を掲載したとか。

 

そういうの、良いじゃないか。とてもいい。

 

「俺、縫い物なんてできないし」とかイジけるんじゃなくて、これを機に縫い物を覚えるとか、故郷のお母さんが縫い物なんてできるはずもない息子に送ってあげるとか、彼女が彼に‥‥とか、むしろ、自分のプラス要素、人間関係の温かさにすら、結び付けられるじゃないのさ。

 

マスク2枚の話はすでにウンザリだけど、政府支持者の「マスクがない人にはありがたい」「布製マスクはいいぞ」の苦しいツイートよりも、型紙を公開するWebを紹介したほうが全然有用で有効。

 

【無料型紙あり】20分で完成!立体マスクの作り方

https://book.nunocoto-fabric.com/15460

 

私はダイソーのアルミワイヤー(軽くて丈夫で簡単に切断できます)をマスクの骨組みに仕込んで、形状を調整できるマスクを日曜日に作ってみようと計画中です。うまくいったら、写真を載せたいと思ってます。

 

 

 


2年の間に。

コロナウィルスの猛威に誰もが気づいて、今や自粛は常識になっています。NYでは感染のペースがかなり落ちてきており、ピークは間近とも言われているようです。

 

しかし、ここで気をつけたいのは、自粛して感染を防ぐ行動をとっているから、ペースも緩やかになってピークの峠を超えるだけで、コロナウィルスが人に優しくなったわけでも、ワクチンが出回ったわけでもないです。

 

つまり、自粛ムードがほどけて、自粛以前の雰囲気に戻れば、再燃するでしょうね。そんなの、素人でもわかる。

 

これはすなわち、感染のペースを抑制し続けるには、経済を犠牲にし続けるということです。

 

誰もが思う、「ウィルスで死ぬか、金なくて死ぬか、究極の選択」です。

 

 

 

オリンピックは1年以内の開催というけれど、その準備のために、何ヶ月前からプロジェクトを再開する必要があるでしょう。

 

ワクチンの開発が最低1年半〜2年だと言われているのに、全然数字が噛み合わないですネ。

 

前日準備(なんてありえないけど)したって、ワクチンは間に合ってないです。

 

利権で儲けられると思っていたうちは余裕だったけど、利権に追われて形勢逆転でピンチといったところでしょうか。すべて、利権の逆算でオリンピックの開催日期限が決められているのは、バレバレです。

 

 

 

オリンピック延期の顛末は、まさに経済の凍りつきを象徴するでしょう。

 

土木建築から小売に至るまで、様々な経済をくるんだオリンピックは、経済の風見鶏のような存在です。

 

オリンピック開催の是非はおいといて、仮にオリンピックが2年先になるのなら、凍った経済が溶けるのも2年先なんでしょうね。

 

 

 

凍りついた世界。

 

アニメは昔作ったアニメを見ればいい‥‥なんて風潮が発生しても、不思議ではないです。

 

2010年代にアニメ業界は、あまりにもアニメを作り過ぎて、多くの作品が記憶から消えていきました。

 

実際、今年の春だけで50本の新作シリーズも作れば、「しばらくストックは十分」ですもんネ。

 

アニメ産業って、2010年代は特需だったんですよネ。

 

アニメは趣味の世界。

 

趣味があればこそ、生活にも潤いが得られる。

 

‥‥なんて言っても、2010年代は潤い過ぎというか、溢れ過ぎましたよネ。

 

潤い過ぎて溢れ出ているのに、一方で、アニメを作るスタッフには還元されずいつも干からびているのは、特需の本質を象徴しています。

 

2010年代の特需の野放図な拡大路線があって、2020年代は、矢先からウィルスの猛威。

 

乱作ゆえに2000〜2010年代に創業し生きてこれた会社が、「作り控え」の影響によって消滅することも考えられますが、実は過去にも似た現象はありました。休止は倒産・破綻を意味しましょう。

 

後になって、2020〜2022年を振り返った際に、「物凄いふるいがけの期間」だったと思い起こすかも知れません。

 

 

 

個人も集団も、新しい路線を獲得する必要があるでしょう。しかし、収益化まで漕ぎ着けるようになるには、かなりの時間と能力が必要です。

 

ネットがあっても、簡単になんか、金、稼げんからな。

 

例えば、何の知名度もない人間が、自作の小説やマンガを執筆して電子出版したところで、買ってくれる人が20人もいれば御の字でしょう。ネットはまたとない販路ではありますが、チョロくも甘くもないです。著名人に名前を貸してもらったり、二次創作でもしない限りは、まずは人目をひいて注目されることすらあり得ません。卸値とかコンバージョン率がまともな収益と結びつくのなんて、認知度を得た先の話です。

*まあ、だから、お財布の紐がゆるくなる「お祭り」が必要なんでしょうけどネ。残念ながら、そのお祭りも、今後は中止が相次ぐでしょう。濃厚接触の巣みたいな環境ですもんネ。

 

ネットに甘い夢を見るのは、いかにも耳年増の知ったかぶった典型です。売れた事例をネットで知って鵜呑みにして皮算用しても、商売の根本的な難しさをまずは認知度の是非から思い知ることになりましょう。

 

しかし、夢を見れず、あれはだめ、これはだめ、どうせうまくいかないと全く行動しないのも、等しく、耳年増で知ったかぶりです。行動しなければスタート地点にも立てないですもん。

 

ネットに限らず、新しい事を興す時、謙虚で周到で注意深く、かつ大胆さが求められます。大戦略で例えれば、難易度最高レベルのマップのように、熾烈な防御戦のなかでどのように数ターン先の活路の布石を打つかが要求されます。初期配置をミスれば立て直しも不可能なくらい痛撃を被るでしょう。

 

 

 

今までの「鉄板」が通用しないコロナウィルスによる自粛期間。

 

ワクチン開発と普及までの2年間。

 

個人と集団組織の底力が試される、試練の時が、コロナウィルスによってもたらされるのかも知れませんネ。

 

 

 


やるせなさ

私は過去に、猫と暮らす無比の幸せを知ったので、どんな高い車も、どんな高いお酒も、どんな高い食事も、もはや過剰な心の埋め合わせにしか感じません。この考えを他人に押し付けようとは全く思いませんが、私自身はそうなのです。

 

ただ、猫と暮らすには、一定以上の生活水準=安定した収入が必要です。規則正しい生活リズム、動物病院の費用、猫を運ぶために自動車も必要になることがあります。猫は部屋を汚しますので、清潔さを保つ「アンチセルフネグレクト」も必須です。

 

ゆえに、猫と暮らせるということは、自分の生活が整然と営まれる基盤ありきです。

 

世間では、コロナウィルスは言うに及ばず、和牛券とか、マスク2枚とか‥‥酷い話が後を断ちませんが、猫なり同居人なり、「現実との鎹(かすがい)」があればこそ、世間はどうあれ、頑張れます。

 

 

 

ただな‥‥。

 

私は今、その鎹を無くしている状態なので、余計、和牛券やマスク2枚にやるせなさを感じるのかも知れないです。

 

今、住んでいる日本て、こんなかあ‥‥って。

 

 

 

また、猫と暮らしたいです。犬とも暮らしてみたい。

 

命あるうちに。面倒を見れるうちに。

 

猫を残して、孤独死なんて絶対に不可ですもん。

 

人生には、頑張って生きるに値する「何か」が必要で、その「何か」が現実世界との鎹になるのです。

 

そのためには、アニメ業界に現状に依存するばかりの人生から脱皮しないとネ。

 

 

 


和牛券が、もし

おにくけん。響きは可愛いんだけど、キナ臭いな。

 

正式には和牛商品券と言うの?

 

コロナウィルスが収束した後の話で‥‥との記事も見かけましたが、収束してようがいまいが、和牛券はハテナがつきまといます。

 

和牛限定の引換券

1世帯400グラムぽっち

子供のいる世帯のみ

 

なんだこれ。

 

コロナウィルスと関係なく、失笑を禁じ得ない内容です。ブレストの1アイデアのレベルですよね。

 

和牛が危機なら、和牛をいつも食べている人たちでなんとかしてよ。こんな時だけ、和牛なんて滅多に食べない庶民に泣きつくなよ。

 

 

 

これ、和牛だからふわっとしてるけど、もし和牛ではなく、アニメ券だったら、その異様さをイメージできます。

 

日本のアニメ作品関連商品の引換券

1世帯1万円分

子供のいる世帯のみ

 

 

「私の家では、日頃からアニメ見てないんだけど」という家庭は、税金で強制的にアニメ商品に流れる構造に釈然としないでしょうね。「アニメに1万円も使おうとは思わない」という家庭もたくさん存在するでしょう。「アニメ業界は自分たちで何とか解決してよ」と思う国民もかなり多くいるでしょうしネ。

 

私はアニメ制作現場側の人間なので、すぐに、

 

引換券の収益って、どうやって分配するんだろう

 

‥‥というのが、気になります。ちょっと考えただけで、現場には還元されないことはすぐに予測できるので、仮定の話でも幻滅するわ。

 

何なら、「子供のいる世帯に券を発行するのだから、子供向けのアニメで健全な内容に限る」みたいな、かなりキツめのポリコレまで発動したりして‥‥と、想像は膨らむばかり。

 

あくまで、仮定ね。

 

でもまあ、危機的な状況にある業界は、みな「券」を国が発行するのか‥‥という話にもなりましょう。和牛券という発想だとネ。

 

 

 

国民から一旦吸い上げた金を、恣意的に「懇意」の連中に振る舞うんじゃなくて、コロナウィルス収束後に経済自体が活性化する方法を、政治を仕事にしている人々には知恵を絞って考え出してほしいですね。

 

素人目にみても「利権の匂いがぷんぷんする」政策はやめてほしい。ホントに。

 

コロナは去った。自分はまだ生きてる。思う存分働いて、お金が使えるようになった。消費したい。‥‥と国民が思えるような、大きな舵取りをしてくださいな。

 

 

 

私は、高級飲食店で和牛を食べた後、タクシーで家まで何千円もかけて帰るような生活をしてないのでね。

 

和牛券だけじゃなく、タクシー券も‥‥みたいなことをツイートで見かけても、全然響かないのよねえ‥‥。

 

国民それぞれが、自分の身の丈で、自分の好きなものにお金を使う。コロナウィルス後は、また再び、そういう社会を取り戻せば良いんじゃないの?

 

‥‥私、自分の身の丈のままで、ホタルイカの一夜干しや老舗の酒盗のほうがいい。好きなものを好きなように好きな時に食べたいです。和牛もいつか食べてみたいくらい美味しそうだけど、「券」は要らない。

 

 

 

「400グラムの和牛」

 

お父さんとお母さんはいい。おまえたち二人で200グラムずつ、よく味わって食べるんだよ。

 

‥‥なんて四人家族、平成初期の「かけそば」みたいな話やんか。‥‥これで泣く人、いるかしら。

 

平成ならぬ、令和の初期。政府がそれを仕掛けて、どうすんの。

 

 

 

+ + + +

 

 

 

私は、ブログの記事を書いといて、しばらく寝かせることがあるのですが、上述の記事を書いたあとで、今日さきほど‥‥

 

布マスク2枚支給

 

‥‥のニュースを知って、

 

1枚洗っている時に、もう1枚使って、ローテーションできるよう考えたのかな

 

‥‥と思ったら、

 

1世帯2枚

 

‥‥だと。

 

‥‥‥?(しばし意味がわからず、呆然)

 

日本の中枢は、掛け算ができない人たちの集まりなのかな。

 

 

 

「2枚のマスク」

 

お父さんとお母さんはいい。おまえたち二人で1枚ずつ、大切に使うんだよ。

 

 

傑作だよ。大傑作。感動の大団円はいつ?

 

 

 

私はマスクの支給、辞退したいです。

 

そんなことに小さなお金を割いて、郵送料込みで積もり積もって5000万世帯分の膨大なお金を浪費するくらいなら、もっと違うことに役立ててほしいです。

 

 

 


Apple Watch

私は2017年からApple Watchを常用しています。Apple Watchを買った動機は明確で、自分の健康のためです。

 

健康。

 

漠然としたいいかたですが、要は、

 

  • 脈拍の変化のログ
  • 一定時間、体を動かしていないことへの警告

 

‥‥をApple Watchに求めたのです。テレビシリーズの作監をお手伝いした時に、あまりの過酷さに体がもたないと危機感を感じ(それくらい深刻だった)、ふとApple Watchの存在を思いついて購入したのです。

 

脈拍の変化のログは、特に有用です。

 

自分では「ちょっとだるいかな」と思う程度でも、着座して作業しているのに脈拍が100を超えたままであることをApple Watchのグラフが示せば、自分の体の異常に気がつきます。

 

これは一般論の脈拍の話ではなく、日頃Apple Watchで自分の脈拍を見て知って把握しているがゆえに、100続きが異常だとわかるのです。平常時の30〜40も多くて、しかもずっとその状態が続けば、「なにこれ?」ってグラフをみて気づいて、感覚だけにたよらず計測の冷静なデータでも判断できます。

 

自分の体の異常が判別できるのは、自分の「いつもの状態」を知っていればこそ。

 

健康体だろうが、不健康体だろうが、まずは自分の標準状態を把握しておくことが基礎になります。

 

 

 

私の父は、自分の体によほど自身があるらしく、数年前に花粉アレルギーになった際に「俺が花粉症になるわけがない」と可笑しなことを口走っていました。さらには、診察した医者をヤブ医者呼ばわりしてもいました。

 

自分だけは大丈夫‥‥という考え方をする人間が間近にいるので、とても反面教師になります。

 

自分の心拍数の標準をぱっと言えるか? 私はApple Watchのおかげで言えます。

 

機械になんか頼らなくても、自分の体のことは自分がよく知っている‥‥と曰う人はそこそこいましょう。私の父もそんな感じの人ですが、去年「尿閉塞」になって「おかしい。小便が出たいのに出ない。何でだろう?」と言っておりました。‥‥自分の体は一番自分が知ってるんじゃないの?

 

賢者にはなれないでしょうが、愚者にはできるだけならないようにしたいです。

 

「知ってる」と過信するより、「知らない」と謙虚になるほうが、私は良好だと思うんですよね‥‥。

 

 

 

 

Apple Watchを「ウォッチ」だと思うと、2日くらいしかバッテリーのもたない情けない時計ですが、自分の基礎的なログが取れて、電車やコンビニやファストフードや自動販売機の決済もできるガジェットとしてみれば、頼りになる存在です。

 

心拍数の直近の経緯が見てすぐにわかるだけでも、相当、役に立ちます。心拍数の把握のためだけに腕につけるのはイヤなので、専用品ではなく、Apple Watchに落ち着いています。

 

私のApple Watchは、シリーズ2で、最新の5より相当古いですが、全然気にならないです。バッテリーも劣化してないようで、まだ当分は使えそうです。

 

 

 

31日から1日にかけて、コロナウィルスの1日の死者数がとうとう4400人(4396人)になりましたね。

 

31日には死者総数36000人だったのが、今日は41000人。

*5000人増えているようにみえるのは、100の桁の切り捨ての都合です。

 

「街を歩いてみた感じ、人々の雰囲気とか、そんなに変わってない」とか言ってても、世界の死者数の数字はどんどん増え続け、1日の死者数も確実に増えています。

 

自分の感覚に基づく「直感力」も重要ですが、等しく、「客観力」も必要不可欠ですネ。

 

 


マスクがない。

買い占めに加担するのなんて嫌だ。‥‥と思って、その通りに普段通りに行動してたら、マスクが手に入りません。

 

数年前に買ったストック(というか買ったまま消費してなかった残り)を仕事場にまるごと持って来ているわけではないので、無い時には無いのです。普段ならコンビニやドラッグストアに行けば容易に手に入るのに、今は全く手に入りません。買いに行く時間帯の問題もあるらしいですが、そもそも買う時間帯に制限されること自体、いかがなものか。

 

街は買い占めている人たちだらけなのだろうか。疑心暗鬼にもなるわ。

 

もういい。ぼかぁ、失望した。

 

マスクを買い求めにスーパーなどを探し回れば、主婦の「この人、マスクもしないで」目線が刺さりますが、お前らが買い占めてるから棚が空なんだろ!‥‥なんて言おうものなら、その後の報復はデビルマンの美樹ちゃんにもなりかねないので、とっとと諦めました。

 

自作路線でいきます。洗って使えるマスクを自作します。手作り感溢るるマスクですが、そんなの気にしないス。

 

自作第1号「プロトタイプ」は、ミシンがなかったので(普通、ないわな、仕事場には)、アロンアルファ(ゼリータイプ)とホッチキス(ステープラー)で作りました。4層構造&ハイブリッド素材の頑丈な作りですが、見た目はなんというか、「この人、マスク買えなかったんだ」感が満載なルックです。

*凹凸面に適応する瞬着ゼリータイプでも簡単には接着できませんが、仕事柄、瞬着硬化スプレーが手元にあったので、併用して、ガッチリと布を固定できました。接着剤の匂いが飛ぶまで、2時間くらいかかったけど。

 

現在、顔の立体を意識した2号機を設計中です。今度はミシンを使います。

 

幸い、私はコンパクトタイプミシンを2台持っているので(なぜか)、1台はいつでも使えるように手元に置くことにしますわ。

 

 

 

でもさ。

 

結局、マスクってなぜいつも売り切れなの?

 

庶民の中でも、すんごい悪い庶民が、マスクだけを執拗に買い占めているのかね?

 

増産が追い付かないのか、増産しても、増産しただけ、少数の悪い庶民が買い占めてしまうのか。

 

 

 

マスクのストックが切れたときに、今や簡単に補充できません。家にあっても、家に帰るまではノーマスクです。

 

なので、自作マスクを手縫いやミシンで作って、予備役として配備しておきましょう。自分の行動する場所に常備しておけば、マスクのストックがなくても切り抜けられます。

 

 

 

 


社会のトラウマの後で

今、世界は1日に3000人の死者を増やし続けています。2日前に30000人だった死者数が、今日は36000人超えです。これがコロナウィルス以後の世界の現実です。スペインの王族もお亡くなりになったようで、まさに「運命の女神の歌」そのものです。

 

関東大震災とは違います。福島の原発とも違います。世界規模で進行している「世界大戦」級の出来事を、何の心の準備もなく、我々は今、状況を受け入れ続けています。

 

大きな出来事の実影響は、大地震の津波のように、数時間後に陸地に到達します。

 

今回のコロナウィルスの影響は、おそらく来年以降にアニメ業界に到達し始めるように思います。

 

コロナウィルス影響後に、どのようなアニメの制作ゴーサインが出るのか、また、経済の立て直しを図る社会の中で、アニメはどのような立ち位置を獲得できるのでしょう。

 

コロナウィルスの大津波は、どのように人間社会の経済を飲み込んでいくのか、計り知れない恐怖があります。

 

 

 

 

私はジャパニメーションを作りたくないのです。

 

もともとの意味〜「低予算ゆえに動きが粗雑で安っぽい作り」(米国の往年のアニメーション映画と比して)を意味するジャパニメーションという蔑称を、あえて使いたいとは思いませんし、1970年代とはもはや技術も表現も大きく変わっています。

 

もう日本は1970〜80年代には戻りません。世界も同じです。

 

 

もしかしたら、「コロナ戦争」の「ミッドウェー」は、まさに今、2020年の3〜4月なのかも知れません。

 

今回の「コロナ戦争」は、旧軍国の軍人精神論の脳と、グローバルな感覚を有するオブジェクティブ脳を、ばっさり切り分ける役目も果たすのかも知れません。

 

自分の脳は、どっちの脳?

 

もし、ミッドウェー後に、日本が連敗を重ねないためには、どっちの脳の思考で、どのような戦略が必要だったのでしょうか。

*わたし的には、現実の太平洋戦争は負けるべき運命の戦争だったとは感じてますけどね‥‥。

 

 

 

あくまで素人考えですが、4月の1ヶ月で、世界と日本の死者数がどのように経緯するかを、注意して見ていこうと思っています。

 

人々がコロナの猛威を相当気にして自粛を開始したのは、3月中旬くらいからです。健康体だった人が、咳と悪寒が始まって急激に悪化して死亡するまで2週間くらいとも報道されています。

 

4月中旬に死者数が減少傾向に傾けば、自粛効果は発揮されたのかもしれません。(他の対策効果もプラスに作用して)

 

しかし、1日の死者数が今後増加する場合、潜在的な感染者がさらに表面化したか、クラスタ感染に歯止めが効いていないか、とにかく増加を食い止められない何かが存在するのでしょう。

 

研究者の言うように、本当に数百万人(最悪、千万人)も死者が出てしまったら、ガチで世界は大きく変わってしまいます。2つの世界大戦後に、世界が変わったと等しく。

 

 

 

私は、死者数を20〜30万人に抑えられたとしても、ワクチンが普及する2年の間に、社会自体が「トラウマゆえに人格が変わってしまう」と考えています。

 

もしさらに、百万人・千万人規模で死者が出てしまったら、人格どころか、身体機能(手足を動かす能力)すら変わってしまうと思います。

 

そうした場合、アニメ制作業への影響は明らかで、「作業人員減少後」の制作現場を考えなければならない時が、やがて訪れるでしょう。

*人員減少は、死亡による人口の影響というよりは、経済が冷え込んで生活が今以上に厳しくなって、「好きというだけでアニメの仕事をしている」「高齢化で作業速度が落ちた」人々が、現場から去っていくことのほうが理由として大きいと、私は考えています。アニメ業界の欠点・問題点を「直に揺さぶる」のではないかと考えます。

 

私はベビーブーム世代の高齢化によって、「その時」を想定していましたが、まさか、「コロナ戦争」によって状況的に追い込まれる可能性は考えてもみませんでした。

 

 

 

2020年春に新作50本を誇る日本のアニメ制作に陰りなんて出るのか? 今まで通りに作ってれば良いんじゃないか?

 

‥‥と思う人がいても当然です。そのくらい、コロナウィルス前にハンコをついた作品制作契約が多かったのは事実ですもんネ。

 

こんな時、「そう思う」「そう思わない」などの水掛け論が起こりがちです。

 

ですが、水掛け論なんて、一切やめましょう。水と時間の無駄です。

 

過去の慣習の延長線上で営業しようとする人々。新しいスキームで新しい商売を始めようとする人々。話が噛み合わなくて当然です。

 

相手が譲らない場合は、拮抗せず、引いてしまいましょう。今、水(=活動力の源)と時間を無駄にすること自体、愚行です。

 

相手を自分の意見で屈服させようなんて思わないことです。もしそうしたくてしょうがないのなら、自分の中に強烈な弱みがあるのです。「屈服させることで、自分自身の理論が正しいことを証明したい」という、自分の願望(=現時点での欠落部分)の写し鏡です。

 

新しい局面を迎えたときは、水の掛け合いになりがちです。売り言葉に買い言葉で水掛け論をしたい人たちに巻き込まれないよう、各自各所、粛々と事を進めるのが肝要です。

 

コロナウィルスが過去の出来事となった数年後、自分たちがどのような姿で、どのような生き方をしていたいか、それに尽きます。

 

 

 


お笑いの死と生

志村けんさんがコロナウィルス感染から回復することなく、お亡くなりになられました。私は志村けんさんのド直球の世代なので、衝撃が大き過ぎます。

 

荒井注さんと交代して登場して、笑いの感覚が他のドリフターズメンバーに比べて1世代若い感じがして、子供心に近しい感情を抱いていました。志村けんさんのギャグに笑うだけでなく、全員集合の会場でウケている様子を、まるで自分のことにように喜んだものです。ヒゲダンスや東村山音頭は、男の子はみな真似したものです。

 

 

 

コロナウィルスの状況。

 

自粛要請を真に受けるな‥‥とか、他もやってるんだからウチも‥‥みたいなツイッターの文言に、耳(目)を疑うようなこともありました。

 

私の通っているジムが4/1から通常営業を再開するのですが、「今の時期、再開は適切とは言えない」というツイートに混ざって、「他のジムは営業しているんだから、そのジムの営業再開を叩くのは理解できない」というツイートもみて、呆れてしまったばかりです。

 

「他がやってるから」という状況が、なぜ「肯定」する論拠になり得るのか。

 

「他が間違ってたら」という可能性を考慮できないのか。

 

「他に合わせて」失敗した教訓を活かせないのか。

 

負けず嫌いでいじっぱりで知ったかぶりで、どうしてもコロナウィルスの猛威を認めたくない人は、いっそのこと、一切の保険を解約して、「俺だけは大丈夫。事故も病気もしないと決まってるから。」と生きればいいんじゃん。その分、金が浮いて遊びに使えんじゃないの。

 

 

 

コロナウィルスが猛威を振るう中、経済が大きな影響を受けないわけがないです。

 

そして、コロナウィルスが「治せる病気」になるまでは、相当時間が必要です。4月になって落ち着くどころか、もっと拡大して広がる流れとなるのは、1日3千人前後の死者数増加を見れば明らかです。

 

世の中は、この2月、3月の、たった2ヶ月で大きく姿を変えてしまったのです。

 

ある日をさかいに、自分の日常が変わってしまうことはあります。あんなことさえ起きなかったら、あの一瞬を踏みとどまっていれば‥‥と過去の出来事を悔やむこともあるでしょう。しかし、現実は現実、今があるだけ‥‥です。

 

今や、自分の日常ではなく、世界の日常が変わった‥‥のだと思います。であるならば、変わってしまった日常の中で、また歩き出すことを考えなきゃ。

 

コロナウィルスを恨んだって何の意味もないです。熱中症になったら太陽を恨むのか?‥‥狭窄的で感情的な思考こそ、一番今、避けるべきです。何をどうすべきかを、自分の持てるあらゆる思考の組み合わせで冷静に合理的に考えるのです。自分の脳内で思考し得るフィールドは狭いけれど、惰性と雰囲気で行動するよりマシです。‥‥こういう時だからこそ。

 

 

+ + +

 

 

ツイッターに貼り付けてあった映像で、志村けんさんが「なぜ、お笑いを目指したのか」の問いに、「家庭が暗かったから」「笑うと明るくなるから」のようなやりとりがあって、それ、スゴく解るのです。

 

私は、フリーアニメーターとして一人暮らしを18歳の頃から始めたのですが、最初の2年はもうがむしゃらで、不安で不安でいっぱいで、1日ひとことも喋らないようなこともありました。どんどん自分で自分を追い詰めてしまって、久々に友達に会うと「人相が悪くなった」とすら言われました。

 

そんな中、当時放送していた「ひょうきん族」のたけしさんとさんまさんのやり取りで笑うようになって、「たけしのオールナイトニッポン」で笑うのを1週間の楽しみにするようになりました。後には、ごっつやガキ使も楽しみになりました。

 

本当に、お笑いには救われました。お笑いがなかったら、煮詰まりきって、潰れていたと思います。

 

お笑いは「楽しんだ」なんてレベルじゃなくて、「救われた」とハッキリ言えます。

 

笑うことが、人生にとってどれだけ必要不可欠か。全てのインフラが止まるところまでアニメーター貧乏生活で追い詰められたことのある私は、重々承知しています。

 

自分一人でどうやって笑うのよ。一人きりの部屋でいきなり笑い出したらヤバいです。

 

でも、お笑い番組を見たり聴いたりすれば、一人でも笑えます。‥‥これはホントに、デカいことなのですよ。

 

 

 

数えきれない笑いを運んでくれた志村けんさんが、逝ってしまった。

 

笑いを運ぶべき人が、今回のコロナウィルスの状況において、今度は人々に何を運んできてくれたか。

 

決して悲しみだけではないはず‥‥ですよね。

 

 

 

 



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