基礎知識

いつも仕事をしている方々はともかく、たまに初対面の人、特に作画の人と話した時に、「??」となるのは、コンピュータの基礎的な知識の部分です。ツイートでも見かけますネ。

 

まず、ストレージとメモリの混同

 

メモリは2TBあれば十分ですか?

 

このような場合、言った本人は、ストレージの容量を指しているのは明白です。RAMの容量で2019年現在、少なくともパーソナルコンピュータで2TBは存在しえないからです。

 

メモリは512GBあれば十分ですか?

 

これもRAMではなく、SSD、フラッシュメモリを指しているものと思われます。512GBのRAMは2019年現在でパソコンではないですよネ。研究機関の特殊なコンピュータは知りませんけど。

 

またHDD=ハードディスクドライブではないことも、2019年の状況からして察することが可能でしょう。0.5TBのハードディスクを2019年にわざわざ買い求める状況は、想定が難しいですもんネ。

 

512GBの場合、2019年の今なら、SSD〜フラッシュメモリを指しましょう。

 

難しいのは、SSDといえど、512GBなら、iPadでもありえるしパソコンでもありえるので、「何の記憶容量ですか? iPadですかコンピュータですか?」と確認しないと話題の対象が特定できません。

 

メモリは64GBあれば十分ですか?

 

これはちょっと迷います。iPadの下位モデルだと、ストレージの数値でありえるし、4つのメモリモジュールスロットを持ったiMacやWinのマシンにおいては16GBメモリモジュールx4=64GBでRAMの容量としてもありえます。

 

そもそも「メモリ」という言葉の幅広さに由来する混同だと言えます。勘違いしても仕方ないですよね。「メモリ=記憶」という一般的な意味で考えれば、なかなか悩ましい用語です。

 

HDDもSSDもRAMも、データを記憶=データを溜め置いて保持することには変わりはないので、コンピュータ機器の仕組みをある程度理解していなければ、初心の頃は混同してもやむなしです。

 

それに、書いてて思いましたけど、「RAM」という言い草も、なかなか古い言い回しですネ。言葉の意味を考えてみると‥‥。ランダムアクセスじゃない記憶装置って、今あるんかな?

 

ランダムアクセス‥‥。昔「QD」というのがあってな‥‥、MIDIのデータを外部記録保存する時に、シーケンシャルアクセスQD=クイックディスクを使っていて、ランダムアクセスのFD=フロッピーディスクに装置を換えた時に、とても嬉しかった‥‥なんていうのは、50代のオジサンの思い出話だわな。

 

話を戻して。

 

コンピュータはおおまかに、演算処理の際にデータを一時記憶する、とても高速な記憶エリアと、速度よりも容量が重視されるストレージのエリアの、2つに大別されます。

 

ややこしいのは、演算処理に用いる高速な記憶エリアでも、ストレージとして使うこともありますし(=昔、RAMディスクなどと呼ばれた)、演算処理の一時的な記憶エリアでも、ストレージのエリアを使うこともありますから(=キャッシュと呼ばれる)、大別して概要を理解した後は、「いろんな使い方があるんだな」と事例を徐々に覚えていくのが現実的です。

 

M.2の高速なストレージは、処理計算の一時記憶エリア=キャッシュには最適ですしネ。

 

 

 

GB‥‥という単位でありがちなのはビットとバイトの混同です。

 

例えば、通信速度で、

 

GB/s

Gbps

 

‥‥は、8倍もの差があります。これは1バイトが8ビットをひと固まりと定められたからです。バイトは無条件に8bitか?‥‥というとそうではなく、情報を形成する1単位であって、昔は4ビットも6ビットも1バイトとして扱われた歴史があるようです。

 

調べてみると、意外にも1バイトが8ビットと明記されたのは2008年のことらしいです。

 

成り行きはそう言うこととして、日常会話で混同しがちなのは、

 

通信速度は1ギガだ

 

‥‥という、バイトかビットかわかりにくい言い回しです。ギガまでしか言わなければ、バイトかビットかは不明ですよネ。

 

まあ、数字慣れした人で、ネットの速度の話題なら、

 

1Gbpsのことだな

 

‥‥と推し量るのですが、外部のUSBやThunderboltの実測通信速度の話題においては、ビットかバイトのどちらを指しているか、よくわからないことも多いです。なので、「bpsか否か」を結構頻繁に確認し合うことになります。

 

「通信速度」と「転送速度」の言葉の違いも、実は結構明確に使い分けられていて、話の要領を得るには、必要なキーとなる言葉ですよネ。「通信速度」はWANやLANなどのネットワーク関係の言葉として使われがちです。一方「転送速度」は昔はSCSI、今はUSBやThunderboltなどのローカルデータストレージのデータ送受の速度として使われがちです。

 

とはいえ、10Gbpsの高速線ともなると、ローカルでのデータストレージをネットワークに置き換えるようなことも未来には可能になりますから、その際は「通信」と「転送」のどちらを使うことになるんでしょうネ‥‥。

 

 

 

アニメ現場で耳にしがちなのは、解像度のしくみの理解不足です。

 

何dpiで作業すれば良いですか?

 

‥‥という言葉が端的に物語っています。dpiが絶対的な画像の寸法を指し示すと勘違いしている人は、結構多いように思います。

 

dpi(ppi)の略語の意味を考えれば、ピクセル寸法と同等の言葉ではないのはわかるはずです。

 

ドット(ピクセル)・パー・インチ=インチあたりのドット数

 

つまり、現実世界の実寸=何インチに、何ドットが割り当てられているかが、ピクセル寸法を決定します。

 

100Fを150dpi

 

‥‥と言っても、肝心の100Fの縦横の寸法が判らなければ、ピクセル寸法は永遠にナゾのままです。

 

制作現場には、B4用紙100Fの作品もあれば、A4用紙100Fの作品もあります。そして、各社でA4用紙の100Fの横幅もバラバラです。

 

dpiだけでは話が通じません。ドット・パー・インチと言うのですから、実物の実寸=レイアウト用紙の100Fの横幅と、dpiの数値をセットで伝えないと、必ずと言って良いほど、

 

dpiは了解しました。

すみませんが、加えて、100Fの横と縦の実寸をミリで教えてください。

 

‥‥との問い合わせが必要になります。

 

コンピュータによる画像処理の基礎知識があれば、dpiだけ伝えても要領を得ないことはすぐに解るはずです。でも、dpiだけを知りたがる作画の人間は結構多く接してきました。

 

今でも基礎知識の浸透が、特に作画の人間には不十分だということの表れでしょう。

 

彩色さんや撮影さんは、解像度にはピリピリして作業するので(=素材の解像度がバラバラだと作業に支障がでるから)浸透していますが、「デジタルは後任せ」で今まで経過した作画の現場は、dpiだけで話が通じると誤解することが多いように感じます。

 

ちなみに、実寸とdpiからのピクセル数の算出は、暗算では中々難しいので、スクリプトを作っておけば簡単に数値が算出できます。私はAppleScriptで作っていますが、ESTKでも簡単に作れますヨ。

 

まずミリをインチに変換し、ドット(ピクセル)・パー・インチからピクセル数を算出するだけの、とても簡単なスクリプト文です。

 

main();

function main(){
    var length=prompt("実寸をミリ単位で入力してください.","0");
    if(!length){return;}
    var dpi=prompt("dpi (ppi) を入力してください.","0");
    if(!dpi){return;}
    var result=length/25.4*dpi;
    var intResult=Math.round(result);
    var evenResult="";
    if(intResult%2){evenResult="¥r偶数値だと「"+Math.ceil(result)+"」です.";}
    prompt("ピクセル数は「"+result+"」です.¥r整数値だと「"+intResult+"」です."+evenResult,intResult);
}

*「¥」は実際はバックスラッシュです。うまく動作しない場合は「¥」をバックスラッシュ(macOSの場合、「option+¥」で入力可能)に置換してください。

 

上記スクリプト文をESTKのエディタにコピペして実行すると、以下のようになります。対話式で数値を入力します。

 

 

 

 

 

これから先の未来、作画の人間は、むしろ誰よりも最初に、最終的なビデオ解像度を確認し、作画作業では何ピクセルの寸法で作業するのか、時には、作業時にそもそもdpiというスキャン解像度の定義が必要な作品か否かも含めて、理解しなければならない立場になるでしょう。

 

一生懸命作画したのに、「リテークです。ピクセル寸法が半分しかありません。線がボケて拾えませんので、書き直してください。」なんて言われたら、気絶しそうになりますもんネ。

 

「誰よりも真っ先に、作業する際のピクセル寸法を確認して、確かな返答が得られるまで、作業に入るべきではなかった」

 

‥‥と、作画の人間が痛感する日も近いでしょう。

 

そのためには、解像度とはなんぞや、解像度とはどのような意味の言葉なのかを、ちゃんと基礎知識として知っておく必要があります。

 

 

 

ちなみに、レタス系の固定解像度のソフトウェアに慣れている、現在のアニメ制作現場ですが、異なるピクセル寸法の素材を「故意に混在させるテクニック」も未来には求められます。

 

例えば、クイックズーム(現場では通称で「Q.T.U」)のあとで尺(秒数)が長いカットの場合、何も考えずに単純計算で4Kで組むと、こんな凄いピクセル寸法になります。

 

*図ではわかりやすく4000pxと記述していますが、実際の規格サイズは、3840(UHD)か、4096(4Kシネマ)です。

 

およそ、3万ピクセル‥‥だなんて、まあ‥‥無理ですよネ。静止画の版権ならまだしも。

 

寄った後のフレームを正規の4Kにするため、逆算で引きのサイズを単純に計算すると、こうした、あまりにも巨大なコンポサイズとなり、実質的に取り扱いが困難になります。(2019年現在のマシンスペックでは)

 

ソフトウェアの動作が鈍足になるどころか、エフェクトの処理の重さによっては「イメージバッファが足りません」とレンダリング不可能に陥ることすらあります。

 

かと言って、引きフレームを4Kで組むと、フレームが寄った後で明らかに解像度不足になります。寄った後の顔のアップで間が長く続く場合、とてもではないですが、品質が低すぎます。

 

顔に寄った後の品質を無視して計算しても、破綻します。

 

困った状況を打開するには、昔から存在するテクニック〜解像度の混在を用います。

 

以下のように、ピクセル寸法を混在させて、映像の内容と運用の現実を踏まえた「最適解」を導きだせば良いのです。要は、解像度を切り分けてコントロールするわけですネ。

 

この図を見て「5Kと6Kと4Kの縮尺がおかしい」と思う人は、ラスタライズして配置するコンポジットに慣れきってしまった人です。部分的に解像度を変えるテクニックは、実は前世紀から存在しています。画面の中の要所で、縮尺が動的に変わるコンポジットは、未来の大画面時代においても必須のテクニックです。

 

After Effectsの場合、「コラップストランスフォーム」で、この方法が実現できます。解像度を混在できないソフトウェアでは、この方法は全く無駄になるので、どんなソフトウェアでもできることではないことを念頭においてくださいネ。

 

クイックズームなので、ズーム途中は像が目まぐるしく変化して、解像度の荒れなど気になりません。つまり、カット内容を鑑みて、「実のある」作業計画を立てて対処すれば良いです。

 

ただ注意すべきは、この方法が普及していない現場もそれなりに多いでしょうから、「ブログで読んだ!」とか自己の判断で勝手に作画しないようにお願いしますネ。「解像度混在のテクニック」は示し合わせをしないと通用しないことがあるので、事前に撮影監督さんと仕上げチーフさんと美術監督さんと演出さんと作画監督さん(つまり全員)に相談してから、実際の作業にインしましょう。

 

そうすることで、実は工程間の垣根が徐々に取り除かれ、新しい時代を迎えるにあたり、セクションを超えて結びつくきっかけにもなり得ます。アニメ制作は個人作家でもない限り、共同作業であって、独裁体制は通用しません。少なくとも、新しい技術が旺盛に盛り込まれる未来においてはネ。

 

ゆえに、コンピュータの基礎知識を、セクションを通じた「共通言語」として捉えて、会話で齟齬が生じないように努めるのが肝要です。未来に、「アニメ業界はむしろ先進的な運用をしている」と言わせるべき状況の基盤を作るのです。

 

アニメ業界は他に比べて2歩も3歩も遅れている‥‥なんて、未来もずっと言われ続けないように、頑張りましょう。

 

 

 

未来、作画の人間は、コンポジットの技術も少なからず知識に加えて、作画時に最適な内容で作画することが求められます。フィルム時代の知識はソレはソレで「温故知新」としてとっておいて、新たな知識もどんどん覚えて未来に備えましょう。そして、自分の技術蓄積を担保に、相応の報酬を得る「裏付け」を形成するのです。

 

凄く乱暴な言い方をすれば、基礎知識のない現場は、どんどんトラブって、「安さ爆発の映像制作の方針」が破綻すれば、業界も「このままではいけない」と気づくこともありましょう。

 

ダメな現場と良い現場の分離は必要であり、自然界のソレと同じく、自然淘汰はどうしても未来に生じましょう。

 

スタッフ個人の視野で言えば、相応の基礎技術と専門技術を身につけた人間が相応の対価として報酬を得るには、現場も相応のレベルに到達する必要があります。紙の時代の慣習を引きずって開き直るような現場は、未来の発展とスタッフの引き留めは難しいと思います。

 

頑張れば報われる。

 

レベルを上げれば、報酬もアップする。

 

そんな現場を目指しましょうヨ。

 

 

 


Procreate・不具合「書き出しの失敗」

Procreateにおいて、すべてのレイヤーを不可視状態にして保存(一覧に戻る)すると、共有の際の書き出しに失敗します。

 

何も反応がなく、サクッと元に戻るので気づきにくいですが、何かしらのレイヤーを可視にしておけば回避できます。

 

メモ。

 

 


無題。

スタジオのトイレが男女兼用でウォシュレット(商標)がなくて、臭くて汚い‥‥とな?

 

よほど先を見越した戦略を胸に秘めていない以上、そういう職場は止めといたほうが良いと思うのよネ。

 

だって、働いている人のことを、親身に考えてない証がそのトイレにあるじゃん。

 

誰か、フリーランスのアニメーターさんの家で間借りして研修しているのならともかく、スタジオなんでしょ?

 

まさに昭和の「一般家屋」のスタジオだよ。。。

 

 

 

たしかに、昭和・平成でフィルムと紙の時代には、そういうスタジオはたくさんあったけど‥‥。

 

 

 

そういうスタジオ(自営丸出しの)は、渋いけど、緩くものあるので、足軽から潜り込んで、やがては大将に成り上がるつもりなら、それでそれで個人の自由ですけどネ。

 

よほどの野心でもない限り、もう、昭和の香りのするスタジオは、止めとこうネ。

 

5月から令和に生きようとするのに、お金も時間もココロも、昭和のレベルになっちゃいますからネ。

 

 


生きる

ダメでもともと、とにかくやってみる‥‥というのは、20〜30代までの言い草。40代以降は、30代までに蓄積した技能を足場に、発展させていくフェイズです。ゆえに、絵を描く技術を30代までに積んできた人は、40代以降に全然違う職業でゼロから始めるのはもったいないことで、昔の道具から現代の道具へと持ち変えれば発展が期待できるわけです。

 

せっかく育った多年草の根っこを引っこ抜いて、うまく育つかどうかも不安な新たな種を蒔いて待つよりは、多年草の収穫はそのままに、さらにノウハウを活かして、違う道具で違うことにも幅を広げれば良いのです。

 

30代後半には、改めて、自分の「売り」とは何かを、再検証する時期がやってきましょう。少なくとも、私はそうして、現在の活動の方針が固まりました。

 

10代から30代までは、いわばレゴブロックのピースを1つ1つ作り続けて貯めてきた年代です。30代後半からは、そのレゴブロックでいよいよ何かを作れる段階に進むことができます。

 

ずっと一生、レゴブロックのピースを作っていきていたい‥‥と思っても、40代以降はそうもいきません。それまでに蓄積した経験と知識と技術を活かした役割にシフトしなければ、仕事を出す側も貰う側も「年齢に見合った」金額を設定できなくなります。

 

まさか、全く同じ内容なのに、20代だと2万円の仕事が、50代だと5万円になるわけがないです。50代でも2万円の仕事は2万円のままです。

 

明らかに仕事の内容も責任も違うからこそ、金額も変わってきます。年功序列で金額が決定されると思っているのなら、それは甘過ぎます。まあ、フリーランスでそんな甘い考えを持つ人がいるとは思えませんが、会社員しか経験したことがない「エスカレーター出世」を今でも夢見ているような類いの人は、40代になるころにはさすがに目を覚ましたほうが良いでしょう。

 

 

 

8050問題とか孤独死とか、セルフネグレクトとか、先々の貧困や困難が予測できているのに、社会や政府への不満をツイートしてても自分の状況は改善されません。1万回ツイートすれば「幸せな未来生活の優待券」が貰えるわけではないですもんネ。

 

自分のツイートに共感したのなら、俺の口座に皆1000円ずつ毎月振り込んでくれ。200人振り込んでくれたら、20万円になるから。

 

‥‥と言って、200人の「いいね」した人が、毎月1000円を振り込んでくれるわけがないです。

 

若い頃に何かで挫折した人の中には、延々と鬱屈した感情を引きずり続けて、視点や発想を変えられずに、新しいものごとに取り組む気力を失っている人もいるのでしょう。中高年引きこもりが61万人なんていう記事を読むと、就職氷河期も無縁ではないでしょうし、昭和の生涯設計が平成には通用しない場合も多かった証とも思えます。

 

でも、何をいっても、自分を窮状から脱出するきっかけは、自分自身のアクション以外あり得ません。不平を言ってれば、誰かものすごい慈悲深い人がいつか助けてくれる‥‥なんて考えるだけ無駄です。

 

自分は報われない‥‥なんて腐っている時間を、もっと他のことに費やすべきだと思います。「腐る時期」も人生には必要だとしみじみ実感しますが、そこから抜け出せないのはあまりにもマズいです。

 

 

 

腐る時期。

 

自分が腐り、部屋も腐り、ココロも腐る。

 

部屋もココロもゴミ屋敷。きれいさっぱり無の空間なのは、銀行の口座残高のみ。

 

私は20代の頃にあまりにも稼げなくてライフラインの一切が停止し、今でいうセルフネグレクトそのままの生活に落ち込んだ時期があります。ゆえに50代になった今でも、ゴミ屋敷のように場所が散らかっていることに対して、結構大きなトラウマがあるのです。

 

ほんとに‥‥、あのまま闇の感情を引きずっていたら、強いネガティブの吸引力がさらなるネガティブ要素を引き寄せて、どうにもならなかっただろうなと、しみじみ思います。

 

40〜50代に闇堕ちしてセルフネグレクトになるのは、かなりヤバいと思います。取り返しがつかなくなる可能性が大きいです。凄い闇の深さまで転落しますから、変な言い方ですが「体力」がなければ這い上がってこれなくなります。

 

数日の間、机の上に置いたままの汚れたマグカップや食器、空き缶‥‥、セルフネグレクト体験者からいえば、それはすでにセルフネグレクト、自己放任の兆候です。ただ単にものぐさな性格ではなくて、既に自己放任の兆しがあり、何かのきっかけで容易にゴミ屋敷になり得るといっても、言い過ぎではないです。

 

ゴミが溜まったのなら、ゴミ置場に出せば良いじゃん。‥‥でも、それが無気力ゆえにできなくなるのです。「自分なんか、どうせダメだ‥‥‥‥‥」という挫折感が、全てのやる気を削ぐのです。

 

同じく、自分が報われていないと思うのなら、同じ場所でウジウジ悩んでいないで、別のフィールドにも踏み出して、報われるための色々なアクションを起こせばよいじゃん。‥‥でも、何かに挫折した敗北感と怨念感情が万年常時無気力な自分へと変えて、現状に甘んじて無為に時間を浪費して、気がつけば5年10年の月日が経過していた‥‥ということにもなりましょう。

 

私は20代のフリーランスのアニメーター時代に、セルフネグレクトを経験したので、まだ這い上がってやり直しもできました。しかし、若い頃に挫折を味わおうが、会社員でとりあえずは毎月給料をもらい続けて、極端な貧困も経験せずに40代まで生きてしまった人が、アラウンド50の時にセルフネグレクトに陥った場合、その過酷さは想像を超えると思います。

 

 

 

アラウンド50になって痛感することは、人生に無駄な時期などない‥‥ということです。

 

誕生の0〜9歳

発育の10〜19歳

基礎作りの20〜29歳

応用発展の30〜39歳

拡大の40〜49歳

事業完成の50〜59歳

 

自分のどの時期にも役割が与えられていることを思い知ります。妙な言い方かも知れませんが、年代ごとの「締め切り」は、どうやらあるみたいだ‥‥というのが、私の経験による実感です。

 

これは人間を生物としてみたメカニズムにも準じた、自然な流れとも思います。20歳の時に50歳と同じことはできないし、50歳の時に20歳と同じこともできない‥‥という、とても簡単な理屈です。

 

 

 

就職氷河期という言葉を最近よく目にします。実際、就職氷河期と呼ばれる年代のスタッフとも仕事をしています。しかし、本人たちは「氷河期でした」とはいうものの各方面から依頼も多くモテモテな人が多いです。

 

思うに、団塊ジュニアの1番のピークに生まれ、就職氷河期世代の人でも、そもそも「終身雇用型エスカレーター式の出世」など最初からあてにしないで、若い頃から独自の経験と技術を積んだ人がモテモテな現在の状況を作り出している‥‥と客観的に見て思います。

 

終身雇用かつ、エスカレーター式の出世を目論んでいた人が、氷河期のアオリを食ったのであって、最初からエスカレーターに乗るつもりがなかった人は、独立独歩で世代の影響は受けにくいのでしょう。

 

それに、人生の最後まではエスカレーターは運んでくれないことはわかっています。まんまとエスカレーターに乗れた人でも、エスカレーター依存式の考え方は50代後半から限界も見えてきましょう。

 

アニメ業界でも、まるで「アニメ業界という会社の社員」のように振る舞うフリーランスもいますが、氷河期であろうとなかろうと、アニメ業界は終身まで面倒は見てくれませんヨ。それどころか、働き盛りであってもボロ雑巾のように使い古してポイ捨てするような業界の全体像だということを、よくよく自覚すべきです。

 

であるなら、業界は利用すべきであって、忠誠を誓うものではあるまい。

 

業界も個人を利用する、個人も業界を利用する、あおいこでいいじゃないですか。

 

業界で生きて業界で死のう!‥‥なんてスローガンは全く無用。業界に命を預けるなんて、一番マズい考えかたです。死んだこともないクセに、死のう! だなんてよく言うよ。死という言葉に酔ってるんでしょうかネ。

 

生きて生きて踏みつけられてもまだ生きて、是が非でも生きぬくことを説けば良いのにネ。そうすれば、自ずと、色々な自分の中の「売り要素」を開発する機運にも繋がります。

 

大事にすべきは、技術も豊かで信頼も厚い、生身のリアルなスタッフの人々です。業界を変える!‥‥などと漠然とした目標ではなく、今、一緒に仕事をしているスタッフたちと、どのように信頼関係を築いて一緒に生きていけるか、それが一番重要なことであり、運用の主眼です。

 

 

 

自分の売りとは一体何か。

 

オムニグラフにでも書き出して、一旦整理し、何と何を掛け合わせれば、新しい要素が生み出せるのか、自己検証してみるべきです。少なくとも、40代以降は。

 

「終身雇用型エスカレーター式出世」に乗れなかったことをいつまでも嘆いていてどうするのか。恨み節を吐き続けたところで、自分の現在と未来を変えることはできまい?

 

自分が何十年も生きて得た「自分の売り」を意識して、次に繋げていくことが、まさに「生きる」ことだと承知しています。

 

死んだ体験は1度もないけど、生きた体験は山のように蓄積されているわけですから。

 

 

 


8050

はちまるごーまる問題。80歳の親と、50歳の引きこもり中高年の、社会問題をそう呼ぶそうです。

 

推計61万人! 中高年のひきこもり

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190410/k10011879191000.html

 

NHKの特集ページに掲載された最初の写真を見るからに、いわゆる「セルフネグレクト」状態であるのが判ります。

 

8050、中高年引きこもり、セルフネグレクト、孤独死、そして死後の特殊清掃の問題は、相互に関連した構造なのでしょう。

 

でも、こうした問題は、私も仕事仲間も、20代の頃には意識していました。このまま、アニメを作り続けて歳をとって、70〜80歳になっても、一人で天井を見ながら恐怖に怯えて眠りにつく毎日なのだろうか‥‥と。

 

一方で私は、たとえ結婚して子供ができても、子供が成人して独り立ちした後に、2世帯住宅でもなければ孤独死は免れないだろうとも思っていました。生涯の伴侶を得たとしても、必ずどちらかが先に死んで、後に残さたもう一人が孤独死すると思うからです。病院や老人ホームにでも入所しなければ。

 

ですから、死の恐怖は誰にでもあるし、孤独死のリスクも無縁とは言えません。どんなに幸せな家庭を築こうが、晩年に一人で生活する可能性は結構高いと思います。

 

 

 

死や孤独そのものを考えても、要領を得ません。悟りの境地とさえ思える、自己の根源的な問題ですからネ。

 

要は、老いて、かつ、貧困であるのが、大問題です。

 

老いると当然稼げなくなります。ゆえに、若い頃と同じ考えで働き続けたら、徐々に貧困へと落ち込むのは当然の成り行きです。

 

アニメ制作現場で働いている人ならば、十分わかっているはずです。

 

物事には締め切りがある

 

‥‥ということを。

 

思うに、40〜50代が、自分の人生の事業を誘導できる最後の締め切り、デッドラインはあと10年の間です。

 

「いつかやればいい」「今は後回しにしておこう」

 

‥‥そんな方法が通用するのは、40代前半まで。

 

実は、50代こそ、「最後の締め切りに間に合うように」積極的にアクションしなければならないことを、ハッキリ自覚しましょう。

 

 

 

40〜50代の2年3年の遅れは、20〜30代の5〜10年の遅れに匹敵すると思いますヨ。例えば、iPad Proを買って何かを始めるのなら、今すぐです。

 

「でも、気力も体力も‥‥」と言うのは判ります。体は重いもんネ。

 

しかし、どんな理由があろうと、自分の状況に社会が合わせてくれるわけではないですから、重い体をやりくりして、今備えて未来を切り拓くしかないです。これはどんな甘い慰めも通用しない冷酷な現実です。

 

残念ながら、どんなに焦っても、種を蒔いて翌日には発芽しません。発芽して成長して実が成るまでには、それなりの時間が必要です。

 

iPadを買っても即効性はないです。ただ、絵描きの人間がiPadを上手に使えば、大小の差こそあれ、金の成る木には育ちます。‥‥これは言い換えれば、育て続けなければ金の成る木には成長しないということです。

 

 

 

たぶん‥‥、8050にしても孤独死にしても、良くない予想の通りになりましょう。

 

10年後には、9060ですからね。

 

それがわかっているのなら、40〜50のうちに準備しておかないとアカンす。

 

少なくとも、アニメ制作を経験したのなら、「締め切りの厳しさ」は身に沁みて解っているのですから。

 

 

 

 


PMがないと無理

未来の‥‥というか、今からでも、コストを有効に活用しようと思うのなら、PM〜プロジェクトマネージメントは絶対に不可欠です。絶対にネ。

 

PMはその字の通り、プロジェクトをマネージメントすることなので、今までは(今でも多くの現場が)人間の管理能力と采配で実践していました。しかし一方で、「人が暗記できるように、簡略化したシステムが必要」でもありました。ゆえに、3日で済む内容を、3週間も浪費して処理するような事例も数多く見られました。すぐそこの隣町までいくのに、わざわざ高速道路を使うようなものです。

 

かならず、高速道路を使って、簡潔な経路を選択することだけが、「明快な管理」ではあるまい。

 

たしかにインターチェンジとサービスエリアだけを覚えれば良いのなら、管理も暗記も楽ですが、高速料金はどんどん消費するし、皆が同じ高速道路に殺到するので、信号がないだけが取り柄の「低速道路」に成り下がるような状況もあるでしょう。

 

先人の作り上げたアニメ制作の基幹となる「高速道路」は、テレビシリーズを毎週納品するには適していたかも知れませんが、未来も同じ高速道路だけの運用でうまくいくとは到底思えません。何をするにも高速道路を使うやりかたは、もう時代に合わなくなっていると思います。

 

一般道をうまく使わなきゃ。

 

しかし、現実がそうであるように、カーナビなしでは、複雑に入り組む一般道を間違わずに、最短で目的地に着くことは難しいでしょう。

 

だから、PM。

 

現在、制作状況がどのような状態にあるかを把握できるPMのソリューションが必要です。

 

PMをナメてると、未来にはさらなる莫大な人件費、制作費、時間を浪費するようになる‥‥と確信します。

 

 

 

‥‥ということを書くくらいなので、私は昔からプロジェクトマネージメントをサーバと端末で実践してきました。「アニメ撮影」に最適化した「atDB」「xtools」という自己開発のソリューションです。

 

今はアニメ制作工程全体を把握し運用するためのPMを、システム開発の方にお願いしてゼロから作ってもらい、日々の作業で活用しています。節目ごとでフィードバックして、より使いやすいPMに育てていこうと考えています。

 

ぶっちゃけ、4KHDRのような未来の映像制作には、PMなしでは運用そのものが無理です。

 

今までの大味な高速道路仕切りの運用形態では、4KでHDRになったら、どれほどコストがかさむのか、想像もつきません。でっかい荷物を大量に運ぶ巨大トラックが高速道路に殺到して、渋滞がさらなる渋滞を引き起こすでしょう。その渋滞の規模は、計り知れません。

 

どんなにお金の問題が改善されても、PMなしで大味な運用を続けていれば、お金をドブに次から次へと捨てるようなものです。

 

 

 

アニメ業界は周囲からそうとう「見縊られて」います。侮られています。

 

コンピュータの苦手な人間の巣窟で、サーバを活用するのもファイル置き場だけ、PMなんて考えたこともない、どんなに非効率だろうが働かせるだけ働かせておけば良い‥‥なんて思われているのなら、そりゃあ、できるだけ安く作らせとけば良いとお金を出し渋られますよネ。

 

コンピュータを活用すれば、あれが改善できる、これが効率化できる‥‥というのは、やがては働き方の根本に目がいくことでもあります。コンピュータの活用の是非は、すなわち、ビジネスの是非と言っても過言ではないです。だって我々は、映像の電気信号、しかもデジタルデータによって組成した成果物で飯を食っているわけですから、まさにコンピュータの使い方が明暗を分けます。

 

周囲に窮状を訴えるのも良いでしょうし、労働問題の改善も必要でしょうが、自分たちのビジネス音痴も相当に直していかなければ、空回りするだけです。1970年代から続く現場の意識はもう終わりにして、2020年代からは積極的に認識をリプレースして、現代のビジネスにおけるコンピュータの使い方を実践しましょう。

 

「学のない労働者の集合体」みたいに扱われるなんて、甚だ屈辱的でしょう? 私は嫌ですよ。そんな周囲の認識からできるだけ早く脱出したいです。

 

コンピュータを賢く使って、自分たちのチカラに変えていきましょう。

 

アニメ制作現場は、他の業種と比べて、コンピュータやネットワークの使い方が1歩も2歩も進んでいる‥‥と言われるくらいでちょうど良いと思っています。

 

 


アストロ・2

ASTROPADを導入して感じるのは、新時代の作画環境の「第1世代」がようやく整いつつあるという実感です。

 

今までは、iPad Proの中の描画感覚だけは優れた内容を獲得できていたものの、macOSに作業を受け継いだ時に私の環境が板タブのままであるという状況もあっていきなり時代が引き戻された感がありました。iOSとmacOSでのギャップが凄かったのです。

 

しかし、ASTROPADを導入すると、ギャップが大きく改善され、macOS版のPhotoshopをはじめとしたドローソフト(‥‥本来Photoshopはドローソフトじゃないと思うけど)でも作画作業が可能になります。ぶっちゃけ、Cintiqを買おうかどうか迷っていたのが「当面は買わなくても大丈夫」と解決しました。

 

大画面Cintiqは大変魅力ある製品ですが、それはいよいよmacOSやWindowsOSでもう1世代先(世間でHDRが普通になった時代)の環境を見据えた時に考えようと思います。現行24インチのCintiq Proは4K(UHD)ではありますが、HDR〜特にPQ1000には対応していないため、HDRの配信が普及して映像制作にもDolby VisionなどのPQ対応を求められた際に、色彩関連の作業では全く使えなくなります。現仕様のCintiqはsRGB/Rec.709作品には使えますが、PQ1000のHDRの着彩作業には使えません。つまり、10年以内に古くなって買い直しになります。

*線画を描くだけの用途なら、むしろPQ1000は不要なので(1000nitsではなく300nitsだとしても白地をずっと見続けたら目が死にます)使い道はまだ残されるとは思いますが、色関係の作業にはやがてスペック的に時代遅れとなりましょう。

 

現行の液タブやiPadでPQ1000に対応できる製品はないため、それだったら当面は今手元にあるiPadを流用すれば良いじゃん‥‥ということになります。‥‥というか、ASTROPADのおかげで、そう思えるようになりました。

 

 

 

ASTROPADの良い点は、液タブを使わずにiPad Proを液タブとして使う点です。

 

「は? そういうアプリなんだから、あたりまえじゃん」

 

‥‥と思うかも知れませんし、私も単に「iPadが液タブになる」くらいの予測しかしていませんでしたが、実はiPad ProをiOSだけでなくmacOSでも使える利点は、結構デカいものがあります。

 

例えば、机の上に置いたiPad ProのProcreateで描いた絵を、同じ机に置いてある目の前のiMacにAirDropで転送、Photoshopで開いてレタッチなどを作業し、必要とあらば再度iPad Proに戻って‥‥という作業段取りは、ことのほか軽快で便利です。

 

iPad Proのアプリは、ペンと指だけの操作に特化していますし、macOSやWindowsのようにツールウィンドウで画面を占有する面積も極めて少なく抑えてあるので、描くこと自体に集中できる利点があります。

 

一方、macOSなどのデスクトップのソフトウェアは、モニタの広さを活かした機能を見渡せるツールウィンドウ、キーボードならではの操作が、画像や映像の編集作業にとても適しています。

 

モバイル&デスクトップの双方の利点を活かした作業は、ASTROPADを導入したことで、さらに快適なフェイズへと進化したと実感します。

 

macOSはデスクトップをいくつも持てるので(最大16個らしい)、Photoshopだけは別のデスクトップにしておいて、ASTROPADとの連携を容易にできます。SafariやAfter Effectsなどのデスクトップとは混在せずに切り離せるわけです。もちろん、After Effectsだけのデスクトップも作れば、ASTROPAD経由でAfter Effectsのブラシで直描きも快適になりましょう。

 

*炎色ばかりではなく、たまにはこういう空想的な色も。

*絵としてはマスクを描くだけなので、ASTROPADでこの一枚を描くのに要した時間は、カップラーメンができあがる半分くらいの時間ですかネ。なので、枚数をいっぱい描いて、自在に動かすことも可能でしょう。

*ちなみに、こうした「作画」の内容は、もはや枚数単価ではカウントできないです。アニメ制作の古い常識は、新しい時代の新しい技術に対して、ことごとく対応できなくなります。

 

 

まあ、贅沢な難点といえば、今使っているソフトが、macOSなのかiOSなのかが、ふと混乱することでしょうかネ。

 

去年アナウンスのあった、iOS版のフル機能のPhotoshopがリリースされたら、macOS版のPhotoshopか、iOS版のPhotoshopか、余計混乱するかも知れません‥‥が、UIが違うから大丈夫かな。

 

あと、Procreateを常用していて思うのは、Photoshopはやっぱりドローソフトではない‥‥ということでしょうかね。ペンの動作に関する設定内容は、Procreateに比べてちょっとシンプルかなあ‥‥と感じます。今後の課題は、Procreateのペンに匹敵するプリセットをPhotoshopでも作ることです。Photoshopも昔と違ってペンは高機能化しているようなので、色々と穿れば、書き味の良いプリセットを作れるのではないかな‥‥と思っています。

 

 

 

iOSの様々なアプリだけでも、かなりの「改革」「新時代」を予感できるのに、ASTROPADまで導入したら、可能性の広がりはもはや想像を超えるレベルです。

 

使ってみて、「アレもできるじゃん。コレもできるじゃん。あんなことすらできるじゃん。」とどんどんアイデアが生まれてきます。

 

うーむ。私は結構保守的なのです。ゆえにASTROPADの導入も遅れました。若い頃は、隣に座っていた演出さんが呆れるほど、毎日同じ弁当ばかり食べていましたし(=他の弁当を買って不味かったら嫌だから‥‥という保守的な姿勢ゆえ)。

 

自分では新しもの好きのつもりでいても、まだまだ保守的。

 

ASTORPADがこんなに使えるとは、導入1日目にして、「今まで導入せずに過ごして、随分ともったいないことをした」と後悔しております。

 

Apple Pencilの使えるiPadとiMacやMac miniを所有して、しかも絵を描いているのなら、ASTROPADはオススメですヨ。

 

 

 


謙遜しすぎ感

町の小さな製造業や工務店であっても、自分の店の紹介文に「へっぽこ製造業」「底辺工務店」なんて書きませんよね。どんなに小さくても、我が店は屋城。誇れる内容を紹介文には書くものです。

 

なぜ、一部のアニメーターは、世界的に公的なツイッターのプロフィール欄に、自分のことを「へっぽこ」「底辺」とか書いちゃうんでしょうかね。フリーランスはすなわち、個人事業主ですから、「自分の店」の広告欄に「へっぽこ」と掲載するような、信じられない行為です。

 

仲間うちの酒の席で、謙遜して「自分はまだまだ下手ですから」と喋るのとは訳が違うのです。

 

自分自身が事業主、いや‥‥たとえ会社員であっても、自身を「へっぽこ」「ド下手」だと紹介文で書くのは、つまりは、へっぽこな報酬で構わないと受け取られてもしょうがないでしょう。

 

謙遜は、時と場合によっては、とんでもない損失になることを、今一度、自分の中で再確認したほうが良いです。

 

商談の場で自分のことを「下手」だと謙遜しても、誰も「謙虚な人」とは思いませんよ。むしろ、自分から値下げしてディスカウントしてくる間抜けな人だと見くびられます。

 

 

 

部活の先輩後輩の関係性ではないのです。商談であり、取引なのです。

 

もし、自分の仕事が気に入ってもらえなかったら

 

自分の能力が低いと評価されたら

 

そんな、悪い場面を見越して、事前に予防線を張るようなことは、「やっても、やらなくても、同じ」です。

 

自分の中の「ガラスのプライドにひびが入らないように」恐る恐る仕事したって、ダメな時はダメ、良い時は良い、ただそれだけです。学生時代から惰性で持ち続けた薄いガラスのプライドなんて、「こんなプライド、持ってるだけ邪魔だ」と20代の早々に自ら床に叩きつけて割って、心も新たにプロのプライドを裸一貫から作り直せばよいです。

 

謙遜したからって、何を隠し通せるわけでもないです。見る能力を持つ他人は、少ない断片でも見抜きますもん。

 

同業者との腹を割った「打ち明け話」と、商談での行き過ぎた謙遜を、混同してはなりません。

 

 

 

未来、お金の問題を改善しようと思うのなら、自分の公のプロフィールに「へっぽこ」「ド下手」「底辺」なんて、書くべきではありません。

 

自分はまだまだ未熟でへっぽこだ‥‥というのは、日頃は自分の中だけに秘めておけばよいことです。世界中の人々の目に触れる場所にわざわざ掲示する必要などないです。

 

謙遜する相手は、ごく親しい同僚、知人、身内との会話だけにしておきましょう。

 

 


アストロ

以前から気になっていたAstroPad。簡単に言えば、iPad Proがmacの液タブになるアプリです。

 

旧知の知人も導入したと聞き、私もダメもとで試用版を導入してみました。年間8800円ですが、まあ、うまく動作しないなら、7日のうちに契約を終了すれば良いと思って導入してみました。

 

結果は。

 

使える。

 

今まで、macだけは板タブを使い続けていましたが、ペンと絵がズレる苦境から、ようやく脱出可能になる予感。

 

 

 

私の作業場の環境も、自宅の環境も、4〜5Kなので、ちゃんと動作するか、半信半疑でした。特に作業場は、4Kのモニタが4つ個別に認識されプロファイルも別々のものが割り当てられているため、もうこれ以上のGPU負担は無理だろうと予測していたのです。

 

astroPadのWebをみると、

 

GPUはiPad持ち。

 

‥‥とのことで、それならもしかしたら大丈夫かもと試しました。

 

結果、ちゃんと動作しました。

 

慣れるまでもなく、すぐにでもレタッチ程度の用途なら十分使えます。以下、雑ないたずら書きですが、astroPad経由でmacOS版 Photoshop CC 2019で描いてみました。

 

 

 

レイテンシーもほとんど気になりません。実用で十分使えるレベルです。

 

ただ、これはもう「宿命」としか言いようがないですが、そもそもOSとソフトウェアが「デスクトップPC」用に作られているので、UIの「狭さ」は否めません。astroPadの問題ではなく、OSとソフトウェアの「出自」の問題です。

 

Photoshopならワークスペースを新規作成して「astroPad作業用」にカスタマイズすれば使い心地は良くなるでしょう。

 

以下のように、任意のエリアだけをiPadにミラーリングできるので、4Kモニタでもワークエリアを限定することにより、文字が小さくなり過ぎずに使うことが可能です。

 

 

 

私は個人自宅(個人アカウント)用として年間8800円のサブスクリプションを導入予定です。作業の成果から考えれば、年間8800円〜月額740円は決して高いものではないと判断しました。

*企業が導入する場合は、Enterprise版を購入する必要があるでしょう。そのへんはCCと同じだと思います。

 

ジェスチャーなどの機能を制限した使用権買い切りの4千円のスタンダード版でも、軽い用途には十分使えると思います。

 

Procreateで日頃使っているジェスチャーの基本がそのまま使えて、astroPadならではの機能もあって、さらには普通にMacのキーボードショートカットも使えるので、使いやすさはほんの数分使ってみただけで納得しました。

 

というわけで、液タブはiPad Proで十分OK。

 

これで、iPad ProでもiMacでも、シームレスに描き作業がつながっていきます。

 

安く抑えたいなら買い切りのスタンダード版。ジェスチャーなどをカスタムしたいなら経費に組み込んでスタジオ版のサブスクリプション。

 

 

 

環境が日に日に充実していくのって、まさに時代の流れが味方しているからこそです。2000年前後の頃を思い出します。

 

勢いがあってどんどん伸びていく流れ、勢いを失って衰退する流れ、どうせ乗るなら、勢いのあるほう‥‥ですヨ。

 

 


ネットの色

ジオシティーズが閉鎖されて10日。もうすでに数年前から「廃墟巡り」のように90年代から放置されたジオシティーズの「ホームページ」を愉しむ趣味すら存在するようなので、いくら「仮想の街」と言っても閉鎖はやむなしだったのでしょう。

 

改めてふりかえってみると、ジオシティーズの各Webに見られた配色は酷かったと思います。時代云々ではなく、素人パワー炸裂そのものだったと言えます。

 

例えば、

 

WELCOME

 

‥‥とか、

 

ようこそ

私のホームページへ


日々思うことや感動したことなど

自由に書きつづっています。

 

‥‥とか、黒バックに文字がセンターで延々と、

 

ようこそお越しくださいました

 

このホームページは

 

インターネットエクスプローラー

ネットスケープナビゲーター

 

のいずれかで

ご覧くださることを

推奨します

 

‥‥みたいな色使いの宝庫で、「漠然と自分の好きな色を寄せ集めた」配色は、まさに無法地帯と呼ぶにふさわしい状態でした。濃いグレーに赤い文字とか、「何かの目のテストか」と思うくらいです。

 

比べて、今のデスクトップのそれは上品なことと言ったら。

 

ブラウザのウィンドウを並べていても、目がチカチカせずに済みますわな。

 

 

 

当時の謳い文句、「パソコンとネットがあれば、誰でもクリエーターになれる」というフレーズが、ただ単にソフトを売る「売り文句」であって、実質とはかけ離れていたことがわかります。

 

なんでもかんでも無難な配色にすれば良い‥‥ということではなく、なんのビジョンも方針もなく、なんとなく好きな色を寄せ集めた、ある種、暴力的なまでの色の組み合わせが、「ジオシティーズのホームページ」の凡例だったと言えます。もちろん「暴力的なデザイン」を意図してやるのなら、それはまさに意図した通りに見る側にも伝わるのですが、当人は全く無自覚で暴力的だなんて考えもせずに目に突き刺さる配色をホームページビルダーでどんどん実行していったわけです。

 

うーん。やっぱり、凄い時代だったと思います。

 

 

WELCOME

 

‥‥これじゃあ、目がキツいですよネ。色の組み合わせで、ここまで読みにくくなるのか‥‥という典型の配色です。

 

グレーに赤文字を組み合わせたいのなら、

 

WELCOME


 

FASHION | BEAUTY | CULTURE

 

とか、

 

 

WELCOME

 

 

FASHION | CULTURE | GEAR

 

 

 

WELCOME

 

 

FASHION | BEAUTY | CULTURE

 

*黒字に見えますが、444444のかなり暗いグレーです。文字を暖色系にするか寒色系にするかでも、男性的にも女性的にもなりますネ。ee4433かee3344の違いだけなんですけどネ。

 

くらいには抑えて(まあ、赤文字はそもそも目に刺さりますけどネ)、配色の規則(配色の言語ともいうべきか)をあらかじめ決めて各ページを構成すれば、サイトの基本テーマを色でも語ることができます。

 

背景色やフォントの色使いも、表現者の言わんとすること、伝えたいことの、重要な媒体だということを忘れてはならない‥‥というところまでは、ホームページビルダーもページミルも教えてはくれなかったということですネ。

 

 

 

でもねえ。

 

ここまで書いておいてなんですが、皆が一生懸命「パソコンのソフト」と格闘してWebサイトのコンテンツを作っていた「あの時代」が、今はとても愛おしく感じます。

 

素人っぽい暴力的な配色も、徐々に手直しして、やがて自分の思う印象のページのカラーデザインにすれば良いことですし。

 

Webのコンテンツを自分では作らず、どんどん受け身と化した今の状況は、何だかつまらないです。

 

 

 

ふと、本棚の本に目をやると、「あの本は、いつの頃に出版されたのかな。相当古いはずだけど‥‥」と思う本が並んでいます。

 

カラーデザインって、実は相当長い寿命をもちますよネ。

 

本の内容も、そして絵の内容も、例えば「クリムト、古〜〜!」とかもはや言わんもんネ。つまり、内容によって古くなるものと、古くならないものがあるのがわかります。

 

例えば線画1つみても、今のアニメの可愛い女の子の絵柄は20年後にはかなり古臭く感じるはずですが、ビアズリー林静一さんの画はいつの時代に描かれたとしてもおかしくない超時代性を獲得しています。

 

新しい古いの皮が剥がれた後に、何が残るかがキモなんですよネ。

 

なので、私が今考えている「復活のWeb」は、時代の一時的な流行に翻弄されない、30年後に見ても普通に見れるWebを目指しています。萌えキャラ(既に萌えキャラという言葉も聞かなくなりはじめていますが)とか流行り言葉とかは一切使わず、まあ誰が描いても人体はこう描くだろうし、文もいつの時代もこう話すだろうという内容を考えています。

 

 

 

ジオシティーズは、皆がネットを利用し始めた黎明期における、「インターネットのホームページ」という一時的・一過性の流行だったのかも知れません。

 

しかし、インターネットそのものが一時的なものではないのは、誰でもわかることですよネ。そして、Webサイトという形態自体も新しいだの古いだのは関係ないです。ツイッターだって、Webサイトへの参照ありきだからこそ、短文で済むことも多いですしネ。

 

ジオシティーズは消滅したけれど、Webやネットはまだ健在‥‥というか、存在して当たり前のものにすら、定着しています。

 

使わないでおくのは、もったいないですよネ。

 

 



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