自虐ボケ

「自分はコミュ障で」とかツイッターで度々目にしますが、自称する人の多くは本当に「障害」と呼べる深刻なレベルなんだろうか?‥‥と思います。「死んでやる!」と喚き散らす人間ほど、実は「死なない・死にたくない」人間だ‥‥なんて話はそれこそ昭和の昔から語られます。「コミュ障」で本当に苦しんでいるのなら、軽々しく口にしないと思いますけどね。

 

「コミュ障気取り」は、本当に病状としてコミュニケーション障害によって深刻に悩んでいる人にも迷惑かも知れませんしね。

 

日頃の自虐ってカジュアルなので、当人はその「害」に気づいていないことが多いんじゃないでしょうかね。特にアニメ業界は貧乏なので、自虐ネタに走りがちです。

 

私は男なので、男視線でしか語れませんが、アニメ業界作業者にありがちな自虐志向の論調は、いったん「業界の外」にでると、他者、特に異性(女性)にとって、かなりのマイナス印象なんだな‥‥と感じます。

 

自信を持ちすぎて中身がないのもカッコ悪いですが、自信を持て無さすぎても他人から関心や好意を得られないのも事実でしょう。「モテない、モテない」と連呼することで、リアルにモテない自分が出来上がります。

 

20数年前のことですが、「アニメ作画現場にありがちな自虐ボケ」を「一般」の男女の前(ファミレスでの食事の際)で雑談がてら話したら、場が軽く凍りついた‥‥という実体験があります。プラス方向に俗世離れしているのではなく、マイナス方向に俗世離れしていることを、ふと実感して‥‥なんだか、惨めだったなあ‥‥。

 

自虐ボケの習慣は自分の文章の隅々にこびりついて取れません。自分で意識していなければ余計に、また、日頃意識していてもつい‥‥という感じに、卑屈な気質が言葉に表れるのです。

 

 

 

「どうせ自分はXXだから」「自分なんてXX程度だ」「自分なんてカス・ウンコみたいなもんだ」なんて言うのを「謙遜」「謙虚」とか「面白い言い回し」と考えているのなら、それは自分ひとりで善がっているだけです。

 

自虐という手段で自分を表現している当人の状況を、他者は結構冷静にジャッジしているものですし、他人と比べて「なぜこの人はそんなに自分を貶めるのだろう」と、ある種の当人の異常な状態を感じ取ってしまいます。

 

「どうせ」とか「自分なんて」とか「ウンコ・カス・底辺・ボロい」とか、へりくだった気持ちで自分を表現しても、その気持ちは相手に伝わるどころか、「自分に自信がないわりに、かえって承認要求だけは強い」みたいな悪い印象を与えます。決して「かわいそう‥‥自分が助けなきゃ」などと、相手の中で母性・父性が発動されることはないです。

 

自虐ボケになりがちな思考を明確に自認し、きっぱりと決別しなければ、いつまでたっても「コミュ障気取り」からは脱し得ないでしょう。卑屈な態度は相手を辟易させることを知るべきです。

 

私の20代の頃は「コミュ障」なんて言葉はなかったですが、安い金で作画の仕事をしているからって、ココロまで安さに落ち込んで、自虐で自分を慰め続けていたら、その後に状況が上向くことはなかったと実感します。

 

自虐ボケは、当人の運命すら虐げます。

 

 

 

自虐ボケに走るのは、何よりも自分に自信がもてないからでしょう。

 

自分に自信がないからといって、色んなものに手を出してどれも中途半端で、そうした挫折感からさらに自信がなくなって自虐ボケが強くなっていく‥‥なんていう人々を、アニメ業界の中で何度も目にしてきました。自分もそうした人間になりかけたことがあります。

 

アニメ業界はさあ‥‥。凄く絵の上手い人・技量の優れた人で溢れているんですよ。他人を羨んでばかりいたら、いつまでも自虐からは逃れられませんよ。

 

覚悟しましょう。今、138億年に一度だけ存在している自分の命なんですから。

 

「これだけは他人に負けない」「天才にはなれなくても、奇才になってやる」「自分は転んだり遠回りばかりしたが、転ばず近道してきた人に比べて、より多くの経験と知識はある」‥‥みたいな、「自分のココロのよりどころ」を「自分の実体験から研ぎ澄まして」形成するよう努めれば良いのです。

 

 

 

アラウンド40の男が「結婚できない」とか日頃からツイートしてて、その「できない」という思考がどんどん自分から自信をそぎ落とし、「自分に自信がもてない頼りない人」オーラを女性にも発散して「対象」から外される‥‥なんてこともあると思いますヨ。

 

泣いてわめけば、母親がかまってくれるのは小学生までです。

 

金も能力もキャリアもなく、自信がないことでウジウジしているアラウンド40〜50のオトコに、女性が母性本能だけをMAXに発動させて歩み寄ってきて「あなたはダメな人。是非、私と結婚しましょう」‥‥なんて「あるわけないじゃん」です。

 

 

 

それにさ‥‥。自信がない‥‥なんて、誰しも抱えていることです。

 

自分を信じる? ‥‥誰しも、自分が死んでしまったら、自分を信じることなどできないですよネ。

 

人には「死」という絶対的な「自信喪失」の運命が待ち構えているのですから、生きているうちは「自信を否定」するより「自信を肯定」して、肯定するためにどんどんアクションすれば良いと思いますけどね。

 

 

 

自虐ボケは、極めて近しい人に、オフラインで、たまに「弱音」を吐いて甘える時だけにしておきましょう。

 

自虐ボケによって、相手に「この人って、ものすごく謙虚な人」と感じてもらえると想定するのは、甚だ、ひとりよがりで無知な行為と思い知ったほうが良いです。

 

自分のできることをどんどん強く逞しく広く増やして、こころのうちに自信を蓄えていけば、いつしか自虐ボケだった過去から離れ、「肯定的に生きていける自分」へと変われる‥‥と過去を振り返っても思います。

 

 


ベクターでお絵描き

Concepts.appは、iPadで動作するベクターベースのドローソフトですが、テクスチャ付きの描線など豊富な機能によって、まるでビットマップで描いたかのようなニュアンスも可能です。

 

下弦の目の、ダヴィンチっぽいキャラを、Conceptsのベクター線だけで落書きしてみました。

 

*あ‥‥。「え」(=江面の頭文字)の署名書き忘れとる。絵にいちいちサインを入れる習慣が無いもんでなあ‥‥。

 

線だけでなく、色も何もかんも、ベクター線〜パスの線です。明暗の強弱も全てベクター線です。

 

昔の「ベクターの線は無機質」というイメージとはかけ離れた、現在のベクター線の世界。

 

iPad ProとApple Pencilがあれば、Procreateでビットマップ(ラスター)線も、Conceptsでベクター線も、自由自在に選択できて使えます。

 

 

 

iPad Proが描きにくいとかどうだの、Apple Pencilは何が使えないだの、文句ばかり言う人もおりましょうが、道具は「いいとこどり」をしてこそです。悪い点を論えば、完璧な道具なんてこの世に存在しないでしょうし。

 

ドローソフトも、インストールして何も調整しないでプリセットを使っていては、自分の思うような道具にはなりません。

 

自分の筆圧や手の速度に合わせてプリセットをカスタムし、同時に、ペンのプリセットに自分の手の動作を合わせて、相互に歩み寄ってこそ、道具は輝きを増します。

 

 

 

Conceptsはしばらく使っていますが、日頃からカジュアルにベクター線に慣れ親しめるので、オススメです。

 

たまにはアニメの作画から離れて、下書きなしでイッパツで、鉛筆線でなくインクペンのような線で描いてみると、絵を描く行為は改めて新鮮に感じられます。

 

アニメの線画だけで自分の絵の世界を封印しておくのはもったいないです。

 

他の画像お化粧ソフトで処理すれば、ちゃちゃっとこんな感じにも仕上げられます。

 

 

もとは、iPad ProとApple Pencil、Conceptsだけで描いた絵も、紙のテクスチャや滲みの効果を追加すれば、なんだかデッサン気分。

 

せっかく、絵を描ける能力を身につけたのなら、今の時代、色んな道具を使って、絵の世界を満喫しましょう。

 

138億年の一度しかない、自分の人生だもの。

 

 


Procreate、お絵かき三昧

このところ、クリスタやConcepts.appにうつつをぬかしてはいますが、Procrateは依然として快適なお絵かきツールであることに変わりありません。

 

今の本業の仕事は、とにかく集中度を要する内容なので、たまに童心に帰って、息抜きにProcreateで落書きするのもオツなものです。

 

私が少年時代に何度も読み返したコミックの絵を落書きしてみました。Procreateはレイテンシーが少ないので、ズバズバ快適に描けます。

 

まず、1973年の如月ハニーさん。

 

当時、チャンピオンコミックスで単行本が発売され、ちょうど私が小学校に上がった頃に、テレビでも放映されました。

ポイントはシンプルな目のデザイン、マズルの長い鼻、ぷっくりとした頬のライン、ズバっと太い主線ですかね。あともう何回か描けば、もっと細かい部分の特徴が捉えられると思います。

 

わたし的に、愛してやまない70年代のテイストたっぷりで、描いてて懐かしくてたまりませんでした。あの頃は今みたいにネットもなかったけど、それならそれで楽しい時代だったとも思います。

 

今は、こうしてネットもあって落書きを貼れるし、iPad ProとApple Pencilでいろんなテイストの絵を描けるし、楽しさでは負けてないですネ。

 

 

 

次に、私が大大大好きな「ふたりと5人」のおさむくんと先輩。そして、銀次郎っぽいキャラも。(特に硬派銀次郎を描こうとしたわけではないので、ふわっとしたキャラになってます)

 

*この頃(70年代)のキャラって、学生服と学帽が込みですよネ。学帽をかぶるだけで似た雰囲気が出てくことに、描いてて気付いて、驚きました。

 

Procreateの「ストリームライン」の数値を大きくすると、こうした勢いのあるタッチが気軽に描けます。

 

前に、ベルばらのオスカルを描いたのですが、根っこが少年誌の私ゆえ、非常に中途半端な出来になってしまいました。チャンピオンやジャンプの70年代のキャラは、素で描けるので「自分の生い立ち」をしみじみ実感します。「マーガレット」の絵は、素では出てこないんス。

 

とはいえ、上の落書きと比べて、Procreateでの描き方次第でどれだけ線の違いが出せるか、参考になるとは思います。オスカルもProcreateで書きました。

 

*私は、根が少年誌育ちだから、丁寧に描いても、描線の捌きがオトコ臭いのよ。‥‥池田理代子先生の優雅で軽やかな線は、わたし的に、相当練習が必要と思われます。

 

オスカルは、池田理代子先生のオリジナル版、姫野美智さんのカラーイラスト版、そして出崎演出(テレビシリーズ後半)の荒木伸吾さん版の3種を、改めてチャレンジしてみたいなと思います。

 

 

 

Procreate、Apple Pencil、そしてiPad Pro 12.9インチ。

 

色んな絵が好きなように自由に描けます。

 

画具にストレス、全く無し!

 

70年代の昔も善き時代でしたが、今も良い時代ですね。

 

 


お盆

この10年くらい、お盆休みはとったことがないですし、とりたいとも思いません。あくまで私の心情の話で。

 

夏を休むにしても、お盆は外したいです。なぜかって、道が混むから。‥‥お盆の高速道路は、何十キロも繋がる恐ろしい渋滞を引き起こしますもんネ。

 

それに、やりたいこと、やるべきことが沢山あって、今は全く自分の意思において休みたいと思わないのです。

 

時間って、等価ではなく、ものすごく濃密な1ヶ月もあれば、人生の転換を運命付ける1ヶ月もありますし、一生忘れ得ない1ヶ月もあります。もちろん、スカスカの1ヶ月もありますが、そのスカスカ加減は後で振り返れば、とても意味のあるスカスカだったことにも気づきます。

 

 

 

昨日は「世界の猫の日」だったとか。

 

ぼーっと、何もせず、昼間から寝転がって、ふと、ネコがトストスと歩み寄ってきて、こてんと横に寝転がって、一人と一匹で、ただ時間が過ぎていくだけの日‥‥というのも良いです。

 

不思議ですよね。

 

言葉も通じないネコと、一緒に時間が過ぎ去っていくのを感じ、時が過ぎ去るままに許容して、テキトーになすがままに1日が過ぎていく‥‥なんてね。

 

ネコって、言葉が通じないからこそ、良いんだと思ってます。言葉に邪魔されずに済みます。

 

夏の暑い日に、クーラーをかけて、猫と寝転んで過ごすのは、怠惰なように見えますが、猫が死んで地上から消え去った後では、何にも代えがたい、かけがえのない時間だったと思うばかりです。

 

 

 

お盆で家族が集まるのも良いです。猫とぬぼ〜っと過ごす夏も良いです。

 

その時々で、お盆の過ごしかたは色々あって良いと思います。

 

今の私は、今しかできないことをやるのです。

 

 


Su-57

スホーイのステルス戦闘機、Su-57の1/72モデルがズベズダから発売されるようです。

 

これ。

 

 

 

「T-50」の名前のほうが通りが良いかも知れませんネ。どうやら、ロシア空軍が正式に発注したとのことで、スホーイの「Su」ナンバーへと呼び名を変えたんでしょうかね。

 

2019/8/31発売とのことで、現在アマゾンで予約を受付中です。

 

 

 

ちなみに、私はソビエト・ロシアのジェット機が他国に劣らぬほど好きで、古くはIL-28、新しくはこのSu-57(PAK FA)もプラモキットを所有しております。IL-28は1/100、1/72、1/48の各スケールをいくつか揃えています。IL-28はグーグルの地図で、今でも北朝鮮の基地に駐機しているのが見えますヨ。ロシアの基地にはMIG-31も見えます。

 

*上面の形ですぐにIL-28だとわかる独特のシルエット。

 

MIG-31は派生元のMIG-25と似てるかなと思いきや、主翼と胴体のバランスがかなり異なるので、すぐに判別できますネ。

 

 


CS6ショック。

ツイッターでも伝聞でも、最近「CS6から最新のAfter Effectsに乗り換えて戸惑う」ようなことを聞きます。

 

まあ、そりゃあ‥‥CS6のままで今まで来ちゃったんだもん。それなりのギャップというか、ショックはありますよネ。

 

確かにCC 2019は色々と問題はありますが、2018はまともに動いてます。実際に運用しているので実績もあります。

 

 

 

安易に「仕事で使えない認定」をしないように。

 

そもそも、CS6で今まで使い続けたこと自体が、かなりヤバい運用だったと気付きましょう。

 

CS6から一足飛びにCC2019までジャンプしたら、様々な動作の変化のうち、何がCC2019固有の問題で、何が最近のバージョンの傾向かも判断できませんよネ。

 

定期的にバージョンアップすることで容易に判断できる障害も、CS6からいきなり最新バージョンに‥‥だと混乱して解りません。浦島太郎が玉手箱を開けて瞬時に老けて、訳も分からず途方にくれるが如くです。

 

 

 

CS6 to CC2018 ,2019の程度で騒いでいたら、この後に来る4KやHDRやベクター階調トレスなどの新技術には到底ついていけませんヨ。

 

今までの慣習は古い慣習だと覚悟して、心を新たに未来にのぞみましょう。

 

CS6ショックが当面イタくても、傷はやがて癒えて、新しい道を歩む活力も湧いてきます。

 

 

 

ぶっちゃけ、何よりも重要で大切なことは、古いプライドを捨てて、新しい世界で新しい自信を築けるかどうか、なんですよネ。

 

昔のAfter Effectsのことを思い出してブツクサ言ってても、どうにもならんじゃん。

 

今と未来を生きるために、古い夢は置いていきましょう。(999の歌みたいだけど)

 

 

 


AEさん

After Effectsはもはや我が家の万年コタツのようなもので、春夏秋冬活躍するリビングのテーブルのようなものです。あって当たり前で、そこで勉強も趣味もご飯も全部済ます万能のテーブルです。

 

私は長らくAfter Effectsで作画に相当することも実践してきました。After Effectsは24時間戦えるコンピュータのソフトウェアなので、どんなに細かい絵も寝ずにせっせと描き続けます。‥‥まあ、AEさんにとって、「描く」とは「レンダリングする」と同意ですが。

 

After Effectsを使っている人からすれば、「そんな大変なコンポジットを‥‥」って言われがちですが、‥‥だってさ、コンポジットって言ったって、実際はコンピュータじゃん?

 

大変なコンポジットでもコンピュータがレンダリングするんですから、手で細かい絵を1枚1枚描くより数千倍マシです。

 

下図のような夥しいレイヤー数の内容を、2019年以降も手描きのまま、やり続けますかネ?

 

*実は各レイヤーはプリコンしているので、実際のレイヤー数はもっと多いです。

 

 

昔はさ‥‥。どんな大変な内容でも、全部1枚1枚紙に描いていたんよ。

 

それを思えば、「大変なコンポ」なんて言ってられないです。コンポを組むのは大変だけど、逆に言えば、組みさえすれば、まさに人間離れした超人的なスタミナでレンダリングしてくれますもんネ。

 

 

 

 

半年前に久々に紙で細かいエフェクトの作画を描きましたが、「もう無理。前時代的過ぎる。寿命がいくらあっても足りない。人生の無駄遣い。」と嘆きました。いやあ‥‥もう無理だわ。

 

昔からのアニメの作り方はそれはそれで良いですが、未来、その方法で成立するのか?‥‥という限界点がまさに平成と令和の境界線だと思うのです。

 

例えば、日本の木版画(浮世絵など)は世界に誇れる技術・芸術ですが、現代に木版の道具で出版をやろうと思う人間はいないですよネ。というか、紙で出版すること自体、電子出版の台頭によって、絶対的な方法ではなくなってきています。

 

アニメも同じです。技術の転換期がやってきます。

 

 

 

今、カットアウトとか言うと、「夢見たいなことを」とか揶揄されがちですが、細かい絵を数百円でアニメーターに描かせて、何万枚も描く現場のほうが、夢‥‥というか悪夢のように思います。

 

何をするにも、1枚単価でカウントする方法論から抜け出ましょう。

 

iOSとmacOS、何らかのドローソフトとAfter Effectsがあれば、まずは初歩から色々と始められます。

 

After Effectsを「アニメ撮影のソフト」と言い続けるばかりでは、未来は見えてきません。After Effectsの真のチカラをまずは、個人レベルで研究してみてはいかがでしょう。

 

夏休みの自由課題がてら、After Effectsの初心に戻って。

 

 


驚異のConcepts

私は会議でもiPad Proを持ち込んでメモをとります。

 

絵コンテはPDFをインポートして、Apple Pencilで描きます。テキストもペンで画像として書き込みます。

 

PDFが無い場合は、無地のキャンバスをConcepts.appで作成して、そこにメモを取ります。

 

大人気ない‥‥かも知れませんが、私はフラフラと無作為に絵を描きながら思考をまとめるクセがあるので、「描くな」と言われても、ついメモに絵を描いてしまいます。

 

例えば、こんな。‥‥メモしたテキストは伏せました。

 

*つい、パックマンを描く私。中学校の頃に熱中しました。「鍵の8面」までが私の最高記録です。

*なぜ「ハマグリ」みたいのを描いたのかは、恐らく話の流れに影響を受けたと思われます。‥‥が、ココロのナゾです。

 

 

Concepts.appは、解像度を設定しないベクターベースのドローソフトなので、メモを取りながら絵を描いてると、いつのまにか8千ピクセルくらいのキャンバスになることもあります。

*もう少し丁寧に言えば、エクスポートするときに、初めてPPIを設定してビットマップ化するのです。

 

 

 

軽々と動作するので、まったく解像度を気にすることがないです。もちろん、上図の全ての線はベクター〜パスです。

 

最近私は、どんどんベクターに傾倒していって、特にアニメの線画はビットマップで描くのが「後先のことを考えると不安」になるほど、ベクター寄りに傾いています。

 

ちょっと拡大しただけで線が荒れるのは、避けたいです。「スマートスムージング」という手法もあるでしょうが、やっぱり、もともと綺麗な描線であること=解像度に関係なくボケない描線であることがベストです。

 

TBHにもテクスチャ付き鉛筆線、テクスチャ付きベクターブラシがありますが、Conceptsにも似た機能があり、しかも雑に描いても(=ベクター線の洪水になっても)整然と動作します。

 

 

 

ビットマップの場合、大きめのサイズで描くのが解像度変化に対抗する常套手段ですが、実は縮小しても「絵が溶ける」のは、拡大作画を頻発するアニメ制作現場の人はよくご存知でしょう。

 

昔はベクター線といえば、無機質な線の代名詞でしたが、2019年にそんな認識のままでは古いです。(というか、私も最近まで古い認識のまま‥‥でしたが)

 

今は、色々な風合いで強弱もちゃんと反映するベクター線が、iPadで気軽に導入できます。

 

iPadは、Procreateもあって、クリスタもあって、さらにConceptsもあって、絵描きにとってはまたと無い「良き相棒」ですネ。

 

iPad Proの4型が今から楽しみです。

 

 


自由になった今

今ほどドローソフトの自由度が上がり、どんな描線でも描けるようになった今、ハーロックやラムちゃんや女蛮(永井豪さんの漫画です)を、原作のままの描線で描いてみたいと思う一方で、そんなことをしている余裕は今の私にはないので、じっと耐えております。TBHの能力を持ってすれば、もはやアニメ用のキャラへと大きく変えなくても、原作の着色イラストのような風合いでも動かせるようになります。

*使い方次第‥‥ですけどネ。

 

*ベクター線で描いてみました。全ての線はパスです。昔と違って、今はパス(ベクター)でも生っぽい線が描けますヨ。

 

*久々に描いてみた「松本零士風」のスタイル。描いているのは、何のキャラ‥‥というわけではなく、テキトーに松本零士先生風に描いてみたものです。「VOM」は必須アイテムですネ。

*iPad ProとApple Pencilで、Concepts.appで描きました。

 

 

*オスカルも描いてみたんですけど、‥‥一応、見てくれます? 目の十字が描きたくて、つい‥‥。 

*「はじめての作画のギャラが50リーブル(=50円)‥‥!?」と絶句しているイメージで。(円相場・為替レートはウソです)

 

*「何か、可愛いオスカルだね」と監督に言われてもうた。‥‥たしかに、可愛い顔つきで、オスカル感がイマイチ。

*‥‥でも、10代のオスカル(コミックの1巻あたり)はこのくらいの可愛い表情をすることもあるのです。まあ、世間的なイメージとは違うかも‥‥。

*池田理代子先生の優雅な線が描けなくて、まだまだ精進が足らんです。パーツも顔のバランスももっと研究したい。(この先、私がオスカルを描けるようになったからと言って、何があるわけでもないのですが)

*この絵はベクターではなくビットマップです。Procreateで描きました。もちろん、iPad ProとApple Pencilで。

 

 

しかしまあ、現実的に考えれば、著作権の存在する絵を、勝手に描いて動かして公開するのはNGなので、先にはあまり繋がらないかなあ‥‥とも思います。もちろん、正式な手続きを踏めば良いのでしょうが、カジュアルに他人様の絵を描くのは「ほどほど」の限界があります。

 

ふと冷めて考えれば、誰かの原作の絵しか描かないようでは、死ぬまで他者依存ですしネ。

 

アニメの業界人は他人の絵を描くことに慣れ過ぎてしまって、自分の絵を描こうとしないところが、何だか勿体無いです。私は20代の頃、元絵がないと描けない、キャラ表がないと描けない、「キャラ表依存の線画野郎」になりかけたことがありましたが、「そんなんじゃヤバい」と思って色々と開発を始めた経緯があります。

 

かなり前にこのブログで、アニメ制作のものすごい効率化とネットワークの進化によって、状況的弱者が頭角を現す日が来る‥‥と書きましたが、2019年現在のドローソフトやコンポジットソフト、マシンの性能、ネットワークの様々なリソースは、まさに「あとは行動するだけ」と言わんばかりの充実ぶりです。

 

今の大仕事を完成させたら、私はすぐに次のフェイズに進む所存です。だってさ‥‥、こんなに技術的に恵まれた時代性を活用しないなんて、あまりにも勿体無いですもんネ。

 

 

 

今までのアニメ業界のアニメの作り方は、規模の差こそあれ人海戦術でしか成し得ない方法でしたが、未来は違います。

 

なので、ビジネスモデルも違ってくるのです。企画のたてかたも変わります。プロデュースもクリエイティブも変わります。

 

紙で描き続けていても、戦後アニメの伝統は守れるかも知れませんが、未来は開けません。今年で戦後74年ですが、令和、そして2020年代、これから先にどうやって絵を描き続けるかは、当人が未来の現実から目を逸らさず考えることが必要です。

 

何度も書きますが、ようやくアニメの「戦後」が終わるのだと思います。

 

メーテルもラムちゃんも懐かしいですが、それはあくまで他人の絵です。最近、大御所のアニメーターさんの色紙が問題になりましたが、他人の原作に依存する生き方はやはり苦しいと思います。せめてパブリックドメインになるまで待たないと‥‥というのは、難しいでしょうが、ネットの落書きや同人なら大目にみてもらえていることでも、おもて立ってお金が絡めばどうしても問題にはなりますよネ。

 

戦後も昭和平成の思考ではなく、令和、2020年代の思考で、絵を描いて生きていくには? アニメを作って生きていくには?‥‥をココロを新たにして考えましょう。

 

昭和平成のカタチが各所で崩壊し始めているのはアニメや漫画に限ったことではなく、日本全体の傾向です。

 

ドローソフトがどんどん新しく進化していくのに、描いている人々が旧世代の思考のままでは、せっかくの自由な広がりも活かせません。

 

技術の進化によって様々な要素に自由度が与えられた今、自分の思考を自由にするばん‥‥ですネ。

 

 

 


上手下手の思い出

絵が上手くなくてもアニメーターになれる権利はあるはずだ!‥‥というのは変な話ですが、誰でも上手くなれる可能性はあるはずだ!‥‥というのなら、それはそうだ‥‥とは言えます。

 

まあ、上手い上手くないという基準の境界線は曖昧です。ただ、暗黙の境界線というか、ある程度明確な基準は「あるにはある」のは誰しも何となく感じているものです。

 

まず何よりも基本は、

 

左右対称の物を、ちゃんと左右対称に描ける

 

模写を正確におこなう(要素の対比と位置関係)

 

‥‥というのはありましょう。初心の段階から抜け出せない人は、この極めて基本的な事を認識せずに、すぐにキャラクターのバストショットばかり描きたがります。

 

小学生の頃の私がそうでした。メーテルとかハーロックとか、当時好きだったキャラを見よう見まねで描いて、何となくでも、似た絵が描けた!‥‥と我ながらご満悦です。しかし、どこかで聞いた「紙を裏返して絵を透かして逆に見ると、絵の崩れが判る」というのを実践してみると、そりゃあ、自分の絵の酷さに言葉を失ったものです。

 

絵が下手なままの人は、実は正円や正方形をまともに描けないし、斜め上から立方体を描けば、歪んだ立方体にしかなりません。

 

そうした基本のダメさの端々が、キャラのバストショットの絵に全部出てしまって、完成度というか説得力というか、絵の良し悪しを悪しき方向に引き摺り込むのです。

 

もっと絵が上手くなりたい

 

‥‥と小学生の私は思ったものです。少なくとも、友達から「本物そっくりじゃん!」と言われるようなハーロックやメーテルを描きたいと思いました。自分のオリジナルの絵なんてまだまだ考えるに至らず、まずはその当時流行っていた松本零士キャラをそっくりにいつでも描けるようになりたいと思ったのです。

 

小学生でも「図書館」という強い味方があります。幸い私の住んでいたところは工業で栄えた人口の多い町だったので、中央図書館には美術書がいっぱいありました。

 

私が足繁く通って、何度も入れ替わりで読んだ美術書シリーズは「新技法シリーズ」です。

 

 

 

 

上の2冊は、基本ができてから読み進めるべきものですが、絵画やパースの基礎を教える新技法シリーズもあって、夢中になって読んでいました。

 

夏休みになると学校にいかないので、こうした美術書をハイペースで入れ替わりで読む事ができました。なので、夏の暑い日差しを見ると、小学生の頃に図書館に通った日の思い出もふと蘇るのです。

 

要素の対比、一点透視図法。‥‥絵の基礎を小学生なりに理解しようとして(当時の私が理解しきれたとは思えませんが)、不器用ながらに自分の絵に取り入れましたが、効果はかなり大きかったです。

 

今まで顔面崩壊して、アンバランスにもほどがある自分の「漫画の模写」が、かなりオリジナルの漫画に似るようになりました。俄然、ハーロックがかっこよく描けるようになりました。‥‥とても嬉しかったものです。

 

 

 

曲解しないでおきたいのは、技法書を読めば上手くなるわけではない‥‥ことです。

 

絵画教室に通ったり、技法書をたくさん読んでも、無条件に上手くなるわけではないです。

 

自分の中に妙なプライドや自尊心があって、他から欠点を指摘されるのが嫌な人は上手くはなれないです。表面は強がっていても、ココロの中は謙虚であるべきです。

 

「他」とは、友達のような「他の人」だったり、技法書のような「本」だったりしますが、どちらにせよ、他からのアドバイスを謙虚に受け入れる柔軟さが必要です。なので、大人になればなるほど、その辺が「めんどくさい人間」になってしまって、10年経っても基本的な絵の上手さが進展しないようなこともあります。

 

 

 

私はアラウンド50になった今でも、色々な人の「実物の手」を見ると、自分の傲慢さ=手を絵で描くときにルーチンで処理していた自分を思い知ることがあります。

 

アニメで描く「手」って、ある程度「流行り」があって、ある種の「描写スタイルのナショナリズム」が蔓延りますが、そんなのに「前ならえ」していた自分に気づいて(=絵の描き方もいつしか習慣化しますので)、知らずのうちに視野が狭くなっていた事を不甲斐なく感じます。実物のいろんな人の手って、こんなにもバリエーションが豊かだったんだと改めて気づのです。

 

「耳」に至っては、一番明確に、描いている当人の状況を映し出しますよね。耳をちゃんと描こうとアプローチして、その上で作品に合わせた省略のデザインをしている人って、内面は相当謙虚な人だと思います。耳って結構多くの人が惰性で描いたりゴチャゴチャっと描いたりして誤魔化しがちですもんネ。

 

 

 

絵を描く事を職業にしなければ、別にどんな絵を描いても構わないのです。下手だろうが、周りから文句を言われる筋合いはないでしょう。自画自賛で絵を描いても、自分の部屋に飾るのなら、誰の迷惑になるわけでもなし。

 

しかし、オーダーがあって、そのオーダーに準じた絵を描いて、しかも報酬を得るプロならば、絵の上手さは必須条件です。なので、アニメならアニメーターに限らず、ソフトウェアのレクチャーをする人間にも技量は必須です。アニメ作画のソフトウェアのインストラクターをするのなら、アニメ作画の経験はどうしても必要になります。TBHの手ほどきしてくださった人(カナダの方です)も作画出身で、手を結んで開いてぐるぐる回転させるリグを一晩で作って翌日のトレーニングの素材にするほどの技量の持ち主でした。

 

絵に関わって報酬を得るのなら、あまりにも当たり前の論理ですが、絵の技量は必要です。絵の流行スタイルにあやかっても、そのスタイルが廃れた後は、当人の絵の技量で生きていかねばなりません。

 

基礎は、人それぞれ時期的な差はあれど、必ずどこかで身につけることが重要です。

 

できれば、乾いたスポンジが水をいっぱい吸収するがごとくの、小・中学生でマスターしておきたいです。

 

もし出遅れたなら、オトナの自分のステータスなど地べたに引き摺り下ろして、「描けない自分」から再スタートすれば良いです。

 

「時間がなかったから上手く描けなかった」なんて負け犬の遠吠えなど一切吐かず、「短時間であっても見極めが不十分な自分の技量の低さが問題だ」と受け止め、ではどのようにすれば絵を描く初段階から的確に描画を進められるかを考えるようにします。

 

 

 

夏休みは、絵が上手くなる絶好の機会でした。

 

夏は日本の敗戦を想起しますが、一方で、のびしろのプラスイメージも思い出します。

 

なので、私は夏が好きです。

 

もし今、学生ならば、夏だからこそ、いっぱい絵を描いて、図書館にも通って技法書を読みふけりましょう。

 

絵を一生の仕事にしたいならば。

 

 

 

 

 



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