AE

After Effectsはこの20年間、私のメインツールであり、アニメの撮影はもちろんのこと、作画作業にも大いに活躍してきました。アニメだけでなく、実写作品、3DCG作品、CMなど、「映像」に関わるものはもちろん、パッケージやポスターなどの「版権物」にもAfter Effectsを活用してきました。

 

そんな中、「After Effectsで作画?」と、ほとんどの人は思うかも知れないですが、妙な色眼鏡や固定概念を捨てれば、After Effectsでも十分作画は可能です。

 

作画はもちろん手で描く、ドローソフトで描く、さらにAfter Effectsなどの2Dムービーを扱うソフトウェアでも描く、そして3D空間を扱うソフトウェアでも描く‥‥というのが、これからの「作画」だと思っています。

 

紙やドローソフトだけに閉じ込めずに、様々なソフトウェアを使って作画するのが、未来を生きる道と心得ています。

 

After Effectsはアニメ撮影のためだけに存在するわけではなし。‥‥アニメ制作現場だと、After Effectsって、「撮影」のツールの印象が強すぎる‥‥というか「撮影=After Effects」の認識に固まっていますが、After Effectsの設計自体、アニメの撮影用に作られているわけではありません。「2DCG」に関する広範な活用が可能です。

 

実際、私は今週来週で、After Effectsで2000枚規模の作画(&ペイント・撮影相当含む)をすることになりますし、今後も映像制作全般においては「いざとなればAfter Effectsで」という心強いツールとして活躍することでしょう。ハデな肉弾戦のアクションも4K8Kの繊細なモーションも、After Effectsを用いれば可能です。

 

After Effectsは「こと2D」に対して、基礎ツールが充実している分、2Dのことは大体何でもできてしまいます。After Effectsの機能をあらためてフラットに精査すれば、どんだけのことが可能になっちゃうんだ‥‥とわかるはずです。After Effectsを長年使ってきて、After Effectsの性質をよくご存知の人なら。

 

 

 

ただ、After Effectsで作画までやる‥‥というのが一般的でないのは承知していますし、今後の効率化のことも考えれば、After Effects万歳思想は危ういとも思っています。After Effectsで作画をするには、After Effectsの機能にかなり深く突っ込んだ知識と経験が必要なので、習熟には相応の時間が必要ですし、そもそも当人の適した素質が必要です。

(素質なんて話をしちゃうと、何にでも言えることですけどネ。)

 

なので、従来の作画方式、After Effectsを用いた作画方式、そしてさらにいくつかの作画方式を組み合わせた「総合作画技術」を推し進めるべく、体制を強化しようと計画しています。クリスタやProcreate、After Effectsに加えて、アレやコレやをさらに導入して、死角や弱点を克服する技術に育てていこうと思っています。

 

技術そのもののバリエーションだけでなく、技術習得の経緯においてもバリエーションを考慮すべし‥‥と考えます。1つのツールやメソッドに縛りつけるのではなく、「After EffectsよりXXのほうが得意だ」という人間がすくすくと成長できる幅広さが必要でしょう。

 

人は、何か1つのソフトを習熟すると、そのソフトに固執しがちになります。アニメ業界がまさに「紙と鉛筆」というハード&ソフトに固執してきたように。

 

私もAfter Effectsを使い続けているので、無意識に固執しがちになりますが、それじゃあ、アカンのです。

 

 

 

思うに、2DCGは、その負荷の軽さから、4K8Kに対して現在かなり有利な位置にいます。

 

3DCGは今でもレンダリングの重さに悩まされている話をよく聞きますし、「2Kだと重いからハーフ(1280〜1440)でやらせてくれ」と2Kドットバイドットを断念する状況を、2018年の今でも結構色々なところから聞き及びます。4Kなんてとんでもない‥‥との話はかなり耳にします。

 

2DCGも、そりゃあ4K8Kになれば、かなり重くなります。しかし、いくら何でも1フレーム1時間ということにはなりません。合理的かつ計画的な運用技術次第で、レンダリングをかなり軽くすることもできます。スタッフ全員が自己流‥‥というアマチュア制作のようなレベルから脱して、基礎制作技術を効率的なメソッド基盤で再編成すれば、「なぜ、同じ内容なのに、かたや20時間、かたや2時間なんだ?」というトホホな状態から脱出できるでしょう。

 

旧来の作業慣習に固執せず柔軟に機材を導入する、合理的で計画的な運用を命題とする‥‥といった方針を、それこそ企画当初から意識することで、アニメーション制作はまだまだ未来を切り拓いていけましょう。

 

実写(純粋な実写)に次に、4K時代、そして8K時代に対応できるのは、描いて動かせばゴールにたどり着く2DCGだと考えています。実際に4K60pなども制作してみた実感です。

 

その「描いて動かす」ことについて、昔からのハード&ソフトである「紙と鉛筆」からスッパリ頭を切り替えれば、私ら技術集団だけでなく、色々な人々が4K8Kへの有利なスタンスを実感できると思います。

 

昔にこだわっているからこそ、自分が馴染んだツールに固執し過ぎているからこそ、未来が見えてこない‥‥のです。

 

 

私にとってAfter Effectsが、いざとなれば何とでもなる問答無用の心強いツールであることに変わりはありません。とは言え、After Effectsに束縛されることなく、2020年代視野の映像制作においては、色々なツールと方法論を柔軟に積極的に取りいれていく所存です。

 

 


基礎

恐らく、2020年代のアニメーション技術において決定的に必要になるのは、基礎技術の更新・刷新でしょう。応用や高度化はあくまでその先です。

 

技術をハイレベルに積み上げるにも、まずは基礎の堅固さが必要です。ゆえに、目下の私のターゲットは、新しい基礎技術の確立です。それはとてつもなく地道な作業の繰り返しで、範囲も広いです。

 

基礎技術にショートカットなし。

 

でも、基礎技術の構築は必ず成し遂げられるとも思います。先人の成し得た「体系作りの経緯」から、謙虚に学べば良いのです。

 

焦りは禁物です。地道に克服していくことだけが、ゴールへの道です。

 

新しい技術、新しい映像フォーマットと聞くと、得体の知れないハイレベルな何かを想像しがちですが、それは当人の「未知の何かに対する恐れ」から生み出された幻であって、実は地に足をつけて1つずつ解決できるものです。

 

逆に、浮き足立っていると、行動が散漫になって、何一つカタチにならないです。あれも作りたい、これも作りたい‥‥と未完成のプラモだけが増えていく子供のように。

 

決戦兵器、秘密兵器、特効薬。‥‥どれも、「何かスゴいものを用いて、諸問題をイッパツ解決できる」と夢想する浅はかな思考の象徴です。幻の秘密兵器を作ろうと時間を浪費するのなら、その時間を地道な基盤作りに割いた方が実現のメドも立とうというものです。

 

 

4K時代は、今までの基礎技術では太刀打ちできない場面と数多く遭遇します。最適解そのものが旧来の基礎技術の中に存在しないことも多々あります。

 

技術のステップアップが必要とされるのなら、何も迷うことはないです。必要に応じて、ステップアップするだけ。ですネ。

 

4K、60p、HDR。それぞれの言葉に踊らされているようでは、何も掴めません。

 

ステップを一段二段高くして、実際に、リアルに、手で1つずつ掴んでいけば良いだけ‥‥です。

 

 


トイレットペーパ

最近、トイレットペーパーの100mシングルの製品をアマゾンの通販で試してみたのです。通常、シングルのトレイットペーパーは60mくらいが主流ですので、100mだとほぼ倍です。

 

 

 

計算タイム。

 

色々な売り場で見かける60m12ロールは、60x12=720mです。大体380〜400円くらい(税込)だとして、1mあたり0.53〜0.55円です。店頭で税別348円とか378円で売っている製品です。

 

かたや、上図のイーナは、100x12=1200mで、売価(アマゾンは税込表示)650円、1mあたり0.54円です。

 

うーん、微妙な差。

 

でも、購入の頻度による手間、ゴミ捨ての手間は半分にはなります。

 

そして何よりも、同じストック場所なら、倍の収納力を確保できることになります。

 

日本の都市部で何よりも高価なのは「空間」ですから、トイレットペーパーをストックする場所が、トイレットペーパーの効率向上によって倍加するのは、総合的なコストパフォーマンスに優れる‥‥ということです。‥‥何だか、サーバやローカルのストレージ事情みたいで、仕事モードみたいな話ですけど‥‥。

 

実際につかってみた感想だと、「たしかに、ロールの交換の周期はかなり長くなっている」と実感できます。1度ロールを交換すると、今までより確実に長い期間、同じロールのまま用を足せます。

 

わたし的には、好印象です。これからはメートル密度の高いトイレットペーパーを購入するのが良いと思っています。残り1ロールになっても、その1ロールの消耗期間が長いので、調達までに時間が稼げますしネ。

 

 

で、上には上の製品が。

 

2倍どころではない、4倍の200mがあります。

 

 

実はもう買ってありまして、現在の100m級イーナ(駆逐艦みたい)を使い切ったら使用開始します。でも、イーナも相当長持ちなので、もう少し先の話ですけどネ。

 

この200m級エルヴェール(巡洋艦みたい)は、6ロールしか入っていなくても、通常仕様のトイレットペーパー24ロール分に匹敵するので、実際に持ってみるとズシィッッと重いです。パッケージがコンパクトなので、見た目のギャップも加味されて、重さが強調されます。素手で持ち帰るよりも、大人しく、アマゾンの通販宅配で買うべきです。

 

今まで12ロールを収納していたストック空間に合わせて、この200m級エルヴェールを2パック買おうものなら、その長さは200mx6x2で合計2.4kmにもなり、相当長い期間、用を足せます。

 

*200mの重巡洋艦・摩耶。たった1ロールでこの艦と同じ長さになるとは。‥‥100mのイーナが駆逐艦クラスなら、200mのエルヴェールは巡洋艦クラスだな。

 

 

トレイットペーパーも色々と種類があって、アマゾンで購入する時に色々迷います。

 

20年前はまさかトイレットペーパーまでネット通販するようになるとは思ってもみませんでしたが、1日24時間の1時間の価値も20年前とは大きく変わってきた現在、ライフスタイルを時代にあわせていく柔軟さも必要だな‥‥と思っています。

 

 


私たちの未来

2020年代以降のアニメ制作事情。色々と瑣末な要素はあれど、最終的には、未来の映像技術世界に乗り込むことができる制作集団と、脱落して消えていく制作集団とで、残酷なまでに二分されていく‥‥と思っています。

 

直近の新しいフォーマットである4Kは、どんな会社が制作するにしても、困難の連続でしょう。ゆえに、4K以前の2Kの現時点で色々な問題に対応できず、ごまかしにごまかしを上塗りしたような方法で乗り切っている集団は、やがて力尽き万策尽きて、脱落するのは必至です。

 

例えば、前にも書きましたが、30fpsに対応するのに1234456788かプルダウンかフレーム合成の3択しか思いつかない時点で基礎技術力は非常に低いと言わざる得ませんし、1.5K8fpsSDRこそアニメだと信じて疑わないような人々はどうやっても未来のフォーマットには追随できません。

 

周囲がどんなに環境を準備しても、本人たちの意思が旧態依然も甚だしいのなら、豪華で大きな器にインスタントラーメンを盛り付けるがごとくです。豪華絢爛な食器でも、中に盛られているのがインスタントラーメンなのは誰でも気づきます。消費者をバカにしてはいけません。

 

業界のアニメの作り方は、映像を真に作りたい本人たちの意思とは別に、あまりにも定型単一なインスタントの道を疾走し過ぎました。新しい映像制作の可能性を脇目で見ることすらできなくなっています。

 

4K60pHDRは、プラシーボ効果でなんとかなる問題ではありません。まあ、60pは時期尚早だとしても、4Kはガチで3840・4096ピクセルですし、HDRには相応の高価なモニタと色彩を自由に操作できる技能者が必要です。思い込みや根性だけで作れるほど、4K時代は甘くないです。

 

つまり、制作母体の体力はどうしても問われましょう。

 

みんなで仲良く、指を咥えて待っていれば、何処かの誰かがケアしてくれて、新しい映像技術の世界へ連れて行ってくれる‥‥なんて都合の良すぎる未来はありません。

 

援助でどうにかなるのは、金銭的な部分だけです。援助してもどうにもならないのは、当人たちの技術力です。制作費を多めに増やしたら、みんなが超一流で先進的な技術者になれるのだったら、そんな楽なことはないですもんネ。

 

4Kフォーマットは形ばかりで、相変わらずの1.5Kのアニメを作ってアップコンで誤魔化していたら、失望されて次は無いです。

 

未来を生きていくには、本人たちも相応に変わる必要があります。

 

変わろう、新しい技術を身につけよう、新しい品質基準を築いていこう‥‥と本気で思うか否かが、当人〜制作集団〜制作会社の軸線の全てに通じているのです。

 

 

近い未来において、様々な明暗が各所で別れていくでしょう。

 

誰しも、暗い方向には進みたくないですよネ。

 

だったら、明るい方向に進むべく、自らアクションするのは当然のこと。ですネ。

 

 


アナログとデジタル

銀塩写真のWikipediaを読んでたら、私が日頃言い表したかった「アナログの誤解」について、「アナログ写真」の項として書かれており、何だかスッキリしました。

 

以下、抜粋。

 

 

アナログ写真

 

「デジタル写真」に対するレトロニムであるが、「アナログ」という語の意味をあまり考えずに「デジタル」の部分をすげ替えただけの語である。

 

「すべて電子的過程である」ということを、電子的であればディジタルである、と信じ込むのは、しばしばありがちな誤解である(あるいは、何も考えていないだけである)。

 

 

「アナログ」のWikipediaにも、「俗用・誤用」の項がありますネ。その中に、「デジタル作画」「アナログ作画」も含まれています。

 

アナログって、「コンピュータで処理しないもの」の総称じゃないですしネ。

 

コンピュータ機材やネットワーク社会に対する反義語は決してアナログじゃないですしネ。

 

アナログっていう言葉を安易に使う人って、「その部分」に関してはあまり深くものを考えない人なんだな‥‥という印象があります。まあ、聞き流せば良いだけですけどネ。

 

 

面白いのは、次の一節です。

 

 

なお一方で、フィルムカメラでも、映画カメラによる映画の撮影は、時間軸方向には不連続であり(連続的に撮影する特殊なカメラも考案され実験されてはいるが、実用的には使われていない)ディジタル的だと言えなくもない。

 

 

たしかにそうですね。

 

映像を断続的なフレームで記録したり表現する時点で、デジタルと言えますネ。実物・現実世界での人体の動きは、決してフレームで分割した動きにはなってないもんな。

 

業界の24コマタイムシートのアニメは、映像を24Hzで段階的に非連続に表現するデジタルタイミングプロセスだ。‥‥と言えます。実際、4コマ目の次は5コマ目で、4.267コマ目とか4.988コマ目とかは存在せず、決して無段階に連続している(=アナログ)わけではないですもんネ。

*ただ、「連続」という言葉も中々曖昧で、使っていてムズがゆいキモチはあります。「連なって続けば」連続だもんなぁ。言葉ってスミをつつけばいくらでもホコリがでるもの‥‥ですネ。

 

 

まあ、アナログ・デジタルなんて言葉に自分の信念や威信など覆い被せず、紙とかiPadとか、実際に扱うツールでサクッとドライに住み分けをすれば良いだけだと思ってます。

 

時代やニーズに合わせて、両方使えば良いんじゃん? ‥‥という事に尽きますよね、結局は。

 

 

 


なのでネオパン

生産中止間近。‥‥ということで買いました。

 

記念に。

 

 

「ACROS 100」は初めて買う銘柄なので、使ってみたい気もしますが、現像に出すとパトローネが戻ってこないので、これはこのまま未開封で飾っておきます。フジの最後のモノクロフィルムとして。

 

私としては、馴染み深いネオパンFあたりを飾っておきたいところですが、まあ、それはいいや。コレクターというよりは、自分の思い出なので、ネオパンFやミニコピーは心の中にあれば良いです。

 

 


黒白フィルム終了

前回、自身の色々な終了の話を書いた矢先、ニュースでフジフィルムが白黒フィルムの生産を終了する話を知りました。

 

白黒フィルム 販売終了へ 富士フイルム〜NHKニュース

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180407/k10011393911000.html

 

そうか。モノクロフィルムも終了か。

 

私は20代頃のアニメーター時代に、取り憑かれたかのようにフィルムカメラで写真を撮りまくっていました。年間何千枚撮ったかわからないほどです。

 

ネガカラーがメインでしたが、モノクロも、リバーサルも使っていました。モノクロは低感度の品番が好きで、ミニコピーフィルム(HR II)やネオパンFはかならずストックしていました。今も未使用ストック品がどこかに眠っているかも知れません(もう使えないと思うけど)。

 

作画なのになぜカメラを?‥‥と思われるかも知れませんが、20代の若造の当時から、マンガやアニメの惰性で描く予定調和の構図や画面作りに限界を感じていて、他人はともかく、自分はもっと色々な画面のアイデアを想起するべきだ!‥‥と思っていたのです。まあ、当時は今以上に思い込みの激しい性分でしたからネ。

 

線画だけで絵を描き終えた気分になりやすいアニメーターですが、実際は明暗や色がついてこそ画面足り得ます。私はその「線画だけ」の意識から抜け出る、実際に手応えを得る手段として、一眼レフフィルムカメラを毎日携行して、情景の写真〜アニメ工程でいう「レイアウト」〜を撮りまくっていました。

 

その費用は、月5万円。‥‥金のかかる時代でしたな。今の物価にすると、月8万円くらいにはなりましょうか。

 

今だとフィルムの制限枚数のない「デジカメ」時代なので、1日に千枚撮るなど大したことではありませんが、24か36枚撮りのフィルムはそうはいきません。私の場合、どこか小旅行に出かけた場合(=今日はいっぱい撮るぞー!‥‥と意気込んだ場合)、36枚撮りで1日に20本以上は撮っていましたが、36枚撮り1本200〜600円、リバーサルフィルムだとさらに高価なこともあり、フィルム代だけで相当な額を出費していたと‥‥思います。バラ買いなので金額は思い出せませんけどネ。当然、現像代も相当な額となり、現像代だけで月平均3〜4万円を出費していました。

 

「1シャッターの重さが、フィルム時代は重かった」わけです。

 

そんな私がコンピュータをメインに使うようになり、1996〜2000年頃にこだわっていたのは、フィルムグレインの雰囲気というか「叙情の継承」でした。粒状性の再現、すなわち、グレインのRGBや輝度の拡散、グレインのフォルムやシャープネスなど、色々と研究して取り入れていました。‥‥まあ、今だと過渡期の思想そのもの‥‥なんですがネ。

 

今では、フィルムの影響から離れ、考えを新たにして、映像作りに取り組んでいますが、思えば、そうしたフィルムへのこだわりを通過したことで、新しい映像品質や素地を強く意識できるようになりました。

 

「フィルム時代は良かった」なんて軽く口にする人は多いですが、実際はどれだけフィルムそのものに関わっていたのか、フィルム撮影スタッフだった経緯でもない限り、ただの「懐かしい雰囲気」のようなもの‥‥だと思います。「フィルム時代」というよりは「昔」は良かった‥‥と言いたいのでしょう。

 

とことんフィルムと付き合って、フィルムの良さも欠点もわかれば、甘っちょろいノスタルジーになんかには浸りません。フィルム作品のソフト化に立ち会うこともあれば、フィルムスキャンデータを細かく見ることもありますし、自分でもアホほどライカ判で写真を撮っていた経験からすれば、フィルムには良い部分と悪い部分があって、悪い部分が時代についていけない原因となった‥‥と、素直に思えます。

 

 

ゆえに、白黒フィルムの生産中止は、ものすごく感傷的に、心に響きます。

 

愛して止まないフィルムですが、愛するものが時代と共に歩み続けられるか?‥‥は別の話ですもんネ。

 

今は亡きじいちゃん・ばあちゃんの田舎の家が、今や誰も住む人がいなくなって朽ちて、やがて売りに出されて、もう二度とあの家には戻れない‥‥という気分、「だからってどうしようもないじゃないか」と自問自答しながら感傷に浸る気分‥‥でしょうか。

 

私の初代機のEOS100QD、そしてEOS1と共に、フィルム時代は遠くなるばかり‥‥です。

 

 

 

ちなみに、昔はヨドバシやビックカメラの地下で200円台で売っていたモノクロフィルムですが、今は生産数の少なさゆえか、結構いい値段がしますネ。

 

そりゃあ、一体何百枚撮れるのか容量が膨大な32GBのSDカードが1400円で買える時代に、モノクロ36枚撮り3本組が1600円以上すれば、みんな、デジカメに乗り換えるよね。

 

 

 

 

 


色々終了。

今まで、自己所有の複数マシンでAdobe CCを使うために、2つライセンスを契約していましたが、更新日を前に1つ解約し、ライセンスを減らしました。よくまあ、自腹で年間12万円(+税)もAdobeに貢いできた‥‥とは思いますが、今年度は色々と節目となる年なので、自己開発モードの負担を軽減し、現場作りの方にシフトしようと思います。

 

自腹で何台もマシンを所有し、色々なソフトをこれまた自腹でいくつも買い揃え、昼夜違わずモクモクコツコツと映像技術開発に勤しむ‥‥というライフパターンを、私自身、しかと見直す時期なのでしょう。内に蓄積したエネルギーを2020年代に向かって外へと放射する時代のタイミングでもあり、それをすべき自分の歳でもあり‥‥ということなんでしょうネ。

 

そのほか、ドメインのいくつかも更新終了。‥‥年間数千円なので大した額ではないですが、今や使用目的を消失したドメインを抱え続けていても意味がないので、逐次終了します。

 

お試しで使っていたAmazonのKindle Unlimitedも終了させます。私は本に関しては、そもそも読む周期にムラがありますし、購入して何冊も常時ストックしておきたいので、10冊制限のあるUnlimitedはどうも性に合わないようです。

 

あと‥‥やっぱり、旧来運用スタイルの仕事は、今引き受けている作業を最後にフェードアウトするように思います。何を言うても、ペーパーレスの完全デジタルデータ運用に移行すると、「紙」ベースの作業意識とは齟齬がどうしても増えてきます。

 

 

2020年代を前にして、終了するもの、継続するもの、そして新しく開始するもの‥‥と、3つの岐路が色々な物事に待ち構えているように思います。

 

 


単価?

単価制で無理があるのなら、拘束料金や社員雇用だ。‥‥というのは、大雑把でしょ。

 

単価制の限界だ‥‥なんて軽々しく言う人もいますけど、今までのアニメ業界において単価制の限界や可否を問えるほど、単価について色々なアプローチをしてきたでしょうか?

 

アニメ業界の大きな問題として、私がフリーランスの原画マンだった頃から捉えているのは、単価制そのものではなく、「均一単価制」、単一価格の単価制です。

 

アニメ業界の単価制は異常です。

 

例えば、どこのラーメン屋さんに、餃子3個、ラーメン、味玉ラーメン、チャーシューメン、チャーシューメン餃子セットの単価(売価)が全て同じ店があるでしょうか。普通、内容やグレードによって単価は分けるでしょ。

 

アニメ制作の場合、口パク1枚絵と、巨大ロボ3体1枚絵の単価が同一だ‥‥というのが異常過ぎるんですよ。

 

まあでも、今の現場では、何をどうやってグレードを分けたら良いかも判らんですよネ。多くの場合、「見た目のさじ加減」になってしまうでしょう。紙に描かれた絵の作業量を計量することはできませんもんネ。だから、ずっと単一単価制です。

 

一方で、制作期間中に単価では計り知れない作業を依頼する場合は、いわゆる「一式」料金の方法があります。前述の飲食店で例えれば、「食べ放題」価格のことですネ。仕事を依頼する側は、単価のつけようもない難易度の高いシーンを頼めるし、受ける側は自分の能力を期間中に発揮できるしで、金額の折り合いがつけば「均一単価」の悪所を回避できます。

 

でも、多くの場合、単価制がデフォルトで、「均一単価制」になります。

 

作画よりももっと酷いな‥‥と思うのは、撮影作業を単価で扱う時です。「秒単価」で内容の濃いアクションやスペクタクルシーンを依頼された時は、正直、殺意が芽生えたものです。「倍の単価? いい、いい。いらん、いらん。 元の単価=半分の単価でいいから、芝居のシーンをちょうだい。そっちの方が数倍稼げるからさ」‥‥なんて言うから、私は仕事を干されるんだろうけど、実際「撮影はもうやりたくない」なんていう中堅〜ベテランの人は結構周りにいるんですよネ。色んな経験と技量を蓄積すればするほど、どんどん割に合わない仕事が増えて‥‥という状況に辟易している人は、作画だけでなく撮影作業者でもいます。

 

表現力の技量が低く、簡単なシーンばかりを振られる人間ほど、作業実績が上がるシステム。‥‥誰だって、アホらしいキモチになって、やってられないでしょ?

 

 

私の考える未来の現場は、均一単価制は廃止です。苦労して技術を磨いた人間がバカを見る制度なんて、新しい現場で継承するわけがないです。新しい現場を組む時に、なぜ自分が辛酸を舐めた状況を、新しい現場作りに導入しちゃうのよ。普通、過ちは繰り返すまい‥‥とするでしょ。

 

ではどのように単価のランク付けをするか‥‥ですが、作画に関しては既に具体的なアイデアがあります。何なら、自分でソフトウェアのプログラムコードを書くこともできます。私はあくまでサンデープログラマーレベルなので、自分で作った画像処理プログラムが高速に動作するかは別として‥‥ですけどネ。

 

事前の単価分けが難しい場合は、やはり「一式」方式が基本となりましょう。一式料金の場合、受発注両者の合意の上で金額を決めていく「人と人との関係」は一層重要です。

 

ただまあ、今のところ、アウトソーシングをするつもりはなく、内製化で体制を作るので、変動単価制はもうちょっと先の話です。

 

 

自分の能力が上がると、お金がより多く貰えるようになるんだ。

 

大変なカットをやれば、普通のカットの数倍、十数倍、数十倍、お金が出るんだ。

 

‥‥そんな、あまりにも普通のことを、未来の新しい現場で実現しないでどうする。

 

変動単価制はそれこそ私が20代の頃に監督と話していましたし、今から10年前には違う切り口で実現できそうなアイデアも思いついていました。ただ、それは旧来現場の色々なしがらみで出来ませんでした。恐らく今でも、旧来から様々な因習を継承する現場では、変動単価性は、感情的にもシステム的にも技術的にも無理だと思います。たとえ「デジタル作画」に変えても、です。

 

でも、新しい技術体系でゼロから作れる現場なら、因習を断ち切れますし、昔の常識は亡きものにできます。ルールも意識も違います、過去の常識はここにはありません‥‥と、新しい技術体系の現場なら言い切れるでしょう。デジタルデータを基盤とする運用スタイルであれば、データを総当たりで解析することだって、コンピュータが高速処理化した2020年目前の今なら出来るのです。

 

 

もう2年待たずに2020年代です。

 

ゼロから組み立てることで育っていく新技術の現場ならば、色んなことを仕切り直せると確信しています。私は残りの半生を新しい現場に注ぎ込む覚悟です。

 

一方、旧来の慣習を引き継がないと成立しない現場は、長きに渡る大問題を根本解決したいのなら、一旦全部要素を取り外してバラして、ゼロからの組み立て直し‥‥になるんでしょうけど、それはもう、大変なことですネ。誰がそれに着手するのか。それとも誰もしないのか。

 

未来の様相は様々‥‥ですネ。

 

 

 


現場

現状の限界を突破する時、最後は自分だけが頼りなのは言うまでもないことです。そこは誰にも甘えられません。

 

しかし、限界を突破して自分のポテンシャルを拡張する経過において、経験者や年長者がアドバイスや助言によって果たす役割も重要なファクタとなりましょう。ひとりでどんなに悩みぬいても、思考の死角は必ず存在しますからネ。

 

現在のアニメ制作工程の各現場に、そうした技術や経験の交流や継承の機会って、どれだけあるでしょうか。

 

ただ単に、個人単位で、黙々と作業をこなしてたって、決め型の作業工程の手際がよくなるだけで、映像表現力が高まるわけではないです。

 

だからって、交流会を開催したところで、単なる酒の肴どまりで、技術や思想に感じ入って体の中にじんわりと浸透することはないです。技術や思考の手ほどきは、日々徒然に何十・何百時間もかかるものです。

 

 

私は20代の頃に、作業現場で同僚や年長者の方々から、毎日、本当に色々なことを学びました。方々の中には、既に他界した人もいますが、私の中で技術や思想として生き続けています。

 

そういう繋がりって、今の現場にどれだけあるんでしょうね。

 

 

まあ、他の現場は、どのような気風であれ構いません。

 

自分らの現場を、技術や思考、経験の継承や交流の場にすれば良いのです。

 

当座の作業進行の即物的で近視眼的な視野だけでなく、先人から伝わったこと、自分が今までに得たこと、色々を伝えつつ、年少者の考えも興味深く受け入れる‥‥という知的コミューンは、未来に何かを生み出そうとする現場に形成されて然るべしです。

 

 

現場は仕事を消化する場所であると同時に、アイデアの発生エリアでもあります。

 

ゆえに、現場は大切に育てるべき‥‥だと思っています。

 

 

 



calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< April 2018 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM