紙を減らした後、

自宅の作業環境に引き続き、仕事場も紙と鉛筆を大幅に減らしました。紙の作業を最低限続行できるくらいの道具を残して、捨てるものは捨て、しまうものはしまいました。

 

整理してたら、未開封の色鉛筆が4セットも出てきました。例の7700の12色セットから、ステッドラーファーバーカステルの6角の色鉛筆まで。

 

*これらは7700と同等の性能を持つものではありません。それぞれに特徴があり、制約の厳しい動画作業には向かないものもあります。原画作業には使えます。

 

去年の7700騒動を受けて‥‥か、何とも世知辛いですが、アマゾンだと7700の12色セットが今や2700円の高値です。現在のアニメ作画には12色セットは不要なので、あまり関係ありませんが、アマゾンの品揃えを見るだけでも、鉛筆関連が徐々に縮小していく様子が数年のスパンで読み取れます。

 

あからさまに精度の悪い色鉛筆(芯が中央からずれている)もアマゾンで売ってますが、日本製が品薄になったからと言って得体の知れないメーカーのを買うよりも、鉛筆発祥のドイツ製を買ったほうが良いとは思います。私がファーバーカステルやステッドラーを昔から使っているのは、その品質ゆえです。

 

しかしまあ、こうして新品未開封の色鉛筆がゴロゴロと出てくると(自宅からも数セット出てきた)、私自身が線画の入力メソッドとして鉛筆をどれだけ信頼していたかを、まざまざと実感します。

 

思い起こせば半年前の元日休みには、オリジナルの作画机を改造してLED200灯(‥‥くらいだったと思う)+インバータ仕様にしてましたし、ドキュメントキャリーとそれらを持ち運びできる新しいビジネスバッグ(マチをジッパーで広げられる)も買いました。12月にiPad ProとApple Pencilを手に入れても、当分は紙とiPadの両方で‥‥と思っていたのです。

 

しかしねえ‥‥、実際に高詳細仕様でコンピュータでの作画作業(iPad作画とかデジタル作画とか)で1本まるごと作ってみると、現実問題として「紙の介在する余地はどこにもない」ことが実感し過ぎるほどに実感できてしまったのです。

 

紙の役割が終わりに近づいてきていることは、もう、どうにもできないことだ‥‥と今は認識しています。

 

ぶっちゃけ‥‥ですが、デジタル作画と紙作画が混在して、両方とも二値化トレスで代わり映えせず、品質の差が見えないのなら、どちらを使おうが良いのです。紙作画の代用品としてのデジタル作画なら、代用品としての機能だけを期待されるのですから。

 

しかし、デジタル作画‥‥私の場合は「iPad作画」ですが、今までの紙作画ではできなかったレベルに軽々と到達できることがわかると、代用品ではなく、新技術として新たな機能を作品制作に行使できることになります。

 

紙フロー以上の結果を得られる。‥‥これが何よりも重要なポイントなのです。もちろん、原画段階から描き方を変える必要はありますけどネ。

 

紙に鉛筆で描く質感の良さは、重々、重々、重々‥‥承知しています。私は、原画で清書までおこなって4〜6Kでのテストを繰り返していましたから、「スキャンされた鉛筆線の特性」と「高品質を得るための労力(=コスト)」については、それなりに心得ていました。

 

ゆえに、二値化ではない表情豊かな鉛筆線と、iPadで4K相当で描いた線との差が、リアルに解ります。端的な紙や鉛筆の性能だけでなく、作業性や実効面での「総合評価」において、今以上のクオリティが嫌でも要求される未来の映像フォーマットを考慮した結果、「紙の出番はなくなる」‥‥というか、「紙の出番は、出たくても出れなくなる」のだと確信しました。

 

ただ、私の読み……というか、経験上の分析から言うと、紙でのフローは明日明後日、1年後2年後に消えるとは思えません。フィルムが消えていったのと同じくらいの年数はかかるとは思います。

 

「じゃあ、自分の活躍出来るのは10年くらいか」と思う人がいるかも知れません。‥‥しかし、それは大きな考え違いをしています。絵を描く人間は、道具だけで絵を描いていたわけではなく、むしろ、自身の能力で絵を描いているのです。

 

紙と鉛筆で線を描く‥‥なんて、小学生中学生でもできます。商社勤めのサラリーマンの人だって鉛筆で線は描けます。じゃあ、絵で飯を食っている自分と、絵で飯を食っていない他の人との違いは何か?‥‥ということですよネ。

 

紙作画とデジタル作画。‥‥実は「道具の素材の移り変わり」が本質ではないのです。「絵を描く能力」をどのように紙からコンピュータへと「移行させて」いくか。もっと言えば、「技術のシンクタンク」とも言える世代自身が、どのようにコンピュータに馴染んで、どのようにコンピュータを許容するか‥‥が、最大かつ重要なテーマなのです。

 

ですから、紙を使い続けてきた世代が、妙にヘソを曲げたり、意固地になったり、意地を張ったりすると、どんどん状況は悪化していくでしょう。自分の能力を、今後、どのように活かしていくか。‥‥ただそれだけなのです。

 

それに‥‥です。私は紙と鉛筆を机から大幅削減しましたが、自分でも意外なくらい、「作業場の全体の感じ」は変わっていません。考えてみれば、脳内でどのようにイメージして絵を描くか‥‥なわけですから、道具をペンタブやiPadに持ち替えたところで、いきなり「デジタル人間」の在籍する「コンピュータルーム」に変化するわけもないのです。絵をイメージする方法は、紙でもiPadでも何も変わらんのです。

 

むしろ、コンピュータを道具にすると、自分の「生身」の部分がよりいっそう浮き彫りになります。より「ナマでアナログ(無段階)な要素に執着する」ようになる‥‥と言っても過言ではありません。

 

そしてそれが実は、人間というナマな存在がデジタルを扱う醍醐味だと私は思っています。

 

「紙と鉛筆を手放したら、自分のアナログな部分が消える」‥‥? 道具を持ち替えた程度で、自分の良い部分も悪い部分も消えはしませんから、大丈夫です。ツールの移行で多少戸惑った数ヶ月を過ぎれば、相も変わらぬ「いつもの自分」と死ぬまで付き合っていくだけです。

 

ただ、時計の針を戻すことは誰にもできません。1+2を1にすることができないように‥‥です。1という現在に2という未来が加われば、誰がどうやっても3にしかならんのです。

 

未来が来るのを拒絶したところで無駄なのだとしたら、1+2が3になる状況を利用して上手く自分に活かせば良いのです。未来は拒絶するより、活かしてこそ幸あり‥‥です。

 

 


関連する記事

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< June 2019 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM