紙環境を本格的に縮小

半年前までは現役だった紙と鉛筆も、近作においてProcreateとApple Pencilで原画作業を100%完結できた結果を鑑み、机の上を今後さらに有効活用するために、大幅に削減することにしました。

 

似たようなことを1年ごとに書いているような気もしますが、Mac/PCをメインにしている私とて、「線画作業の主役」はあくまで鉛筆であることには変わりありませんでした。何を言おうが、「思い通りに線を描く」という作業性において、紙と鉛筆に対する信頼感は絶対的でした。そうした中で、紙「だけ」で絵をフィニッシュする考えを捨てて、A4用紙の限界を払拭するためにA3相当の分割作画(=手間はかかります)をおこないコンピュータで線画のフィニッシュをする‥‥など、「紙とコンピュータ」をどのように組み合わせるかが発想の基点でした。

 

しかし、多少の改善点はまだ残るものの、Apple PencilとProcreateで線画作業における要求品質が実現できることが解った現在、四方八方がコンピュータでフローする状況において、どうしても線画を紙で描かなければならない必要性は極めて低くなりました。‥‥少なくとも、私の今後の展開においては。

 

紙と鉛筆は、旧来フローを踏襲する現場、すなわち現在のアニメ業界の主流を成すワークフローとの「互換性」のためだけに必要な道具となったわけです。

 

紙でフローする現場に、無理に「デジタル作画」を個人レベルで導入しても、かえって足枷になりますし効率もガタ落ちになりますから、紙でフローする箇所は今までどおり紙と鉛筆を使う‥‥、つまり、紙を用いる箇所のために最小限の互換性を残しておくのです。

 

ありていに言えば、最小限を残して、紙と鉛筆関連の道具を机から外す‥‥ということです。

 

まずは自宅の環境から移行し始めました。数々の筆記具のほか、スキャンに最適になるように選び抜いた用紙の束、ドキュメントボックスやクリアファイルなど、紙環境を支えてきた用品の数々をダンボールにしまい、二度と使いそうもないものは捨てることにしました。

 

私が18歳の頃から使い続けてきた羽根ぼうきをダンボールに詰めた時は、様々な感慨が押し寄せましたが、物事の大きな節目にはよくあるココロの動きです。似たような感情は、私のメインをコンピュータへと移行した1997〜98年頃にも感じたことでしたから、慣れてはいます。

 

でも、です。

 

Apple Pencilで絵を描く時点で、人間はことごとくモノ創りに介在するわけですから、別れの寂しさはありますが、不安は全くありません。不安があれば、半年前のように、すぐに使える場所に紙と鉛筆を残しておきますもんネ。

 

今後はより一層、データの運用に気を使っていかねば‥‥と思います。データ整理術をもう一段、強固な状態へと進化させねば。

 

「この6TBのハードディスクにオレの全てが詰まっている」なんていう状況になるのだとしたら、そのハードディスクが故障したら一瞬にして「全て」を失うわけです。大地震が発生すると、重くて大きなテレビすら宙を舞う振動が襲うらしいですから(阪神大震災の時に、29インチブラウン菅テレビがラックから飛んだらしい)、Hourly(1時間ごと)のバックアップは当然だとして、バックアップディスクを自然災害から守る設置場所の選定(=落ちて壊れるところには置かない‥‥など)、さらには数ヶ月毎のモスボールバックアップも必要になると思います。

 

また、既存の紙素材のスキャンも、200〜300dpiなんかでは全く役不足でしょう。現在制作中の作品はともかく、未来のための作品企画に用いる素材のスキャンは、最低でも400〜600dpiくらいにしておいた方が良いと思います。モニタのビデオ解像度が4Kや5Kが当たり前になるすぐ先の未来において、200dpiでスキャンしたピクチャデータは不鮮明であることがハッキリ判り、「元絵が可哀想」なくらいです。1920〜2560ピクセルのモニタで作業している際には気づけないことなのですが、5Kのモニタで見れば旧世代のスキャン解像度はボヤけていて精彩を欠くのです。

 

でも、昔の環境のような大仰な機材構成は不要なのが、現在のテクノロジの良いところです。ラックの一角に全て収まるコンパクトさで一式が揃いますし、紙素材のスキャンが全て終了した暁には、場所をとるフラッドベッドスキャナを撤去できます。後日にスキャンが必要になった場合は、ドキュメントスキャナか複合機を使えば良いのです。

 

こうして、無意識に紙ベースで考えていた思考を、ハッキリクッキリ、作業環境から明確に切り替えるのです。

 

紙に対する郷愁。‥‥それは、お迎えの声が聞こえる随分とお爺さんになった頃に、また鉛筆で絵を描く愉しみを最後に味わえば良い‥‥と思っています。

 

今は、ごく自然に、色眼鏡をすることなく、合理的に判断して、アニメーション制作の「未来のカタチ」を一歩一歩確実に進めていく必要があります。ノスタルジーという強いバイアスで物事をねじ曲げることなく‥‥です。

 

ほとんど全ての人が、デジタルデータで映像作品を鑑賞するようになった現在において、我々制作者はすぐ先の明日から、何をすれば良いのか。

 

もう既にハッキリと見えている答えを、そのまま実行すれば良いだけです。


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