1000年女王の撮影技術

私が中学生だった頃、松本零士ブームの流れで「1000年女王」が劇場公開されたのですが、ストーリーはともかく、撮影技術に魅了され、「撮影」を意識するきっかけとなった作品でした。

私の第一の目当ては、まずは金田伊功さんの作画でした。しかし、至る場面での撮影技術にも、心を大きく動かされました。純粋に、「きれいだなあ」と思ったのです。最近、DVDを見たのですが、‥‥う〜ん、自分がかなり影響を受けている事を認識しました。距離感の作り方とか、濃度の出し方とか‥‥、特に関東平野が浮上するくだりは、「自分も同じような素材で雰囲気を作るだろう」と共感する表現でした。‥‥というかさ、共感するも何も、この作品で「インプリンティング」されたようなものだから、可笑しい言い草ですネ。子供が親を見て、「あなた、私に似ている!」と言うようなもんで‥‥。

作品本題のほうは、‥‥まあ、いいじゃない。当時から、「ハコブネは関東だけ?」とか疑問が多過ぎる作品でしたしネ。「隅つつき」ではなく、「ど真ん中」の要素だったんで、さすがに、気になったんだよねえ‥‥。「関東だけ生き残れば、それで良いんか!」と誰もがツっこむと言う‥‥。さらには、作劇上のディテールの端々に「優等生」「良い子」な感じが見えるのも、何か、当時の私としてはイヤでした。松本零士作品から毒を抜いて安全にしちゃった感じが、私には合わなかったのです。でも、デカいテレビ作品ではなく、ちゃんと映画の貫禄はありましたね。女優陣もゴールデンメンバーで、メーテルもプロメシュームも森雪も総出演。今見返すと、話の筋やアイデアには、良い部分も沢山あると感じるんですけどネ。現在の「現実の積み重ね」で見せるやりかたではなく、「夢をドカンと実現して見せる」やり方のほうが、逆にインパクトがあるかも知れないですネ。

ただ、この頃の松本零士作品は、作品同士に何か関係を持たせようとしたのか、同じ名前の設定が出てきます。‥‥思うに、そのやり方って、あまり受け手は興味が無い‥‥というか、作り手側の思い込みが強いような気がして、当時から「別建ての話にしてくれた方が良かった」と子供ながらに感じました。

撮影技術に話を戻しますと、当時のアニメージュ別冊「1000年女王・ロマンアルバム」に、撮影ギミックの解説が載ってました。「重箱」なんてとても理解できませんでしたが、何やら、難しい工夫を凝らして、画面を作っていた事だけは読み取りました。

作画ならともかく、撮影は中学生の自分では模倣などできません。家にあるのは、ブライトフレームの普及型カメラのみで、三脚すらなく、アニメ撮影台の模倣なんて、全くもって不可能でした。私が「疑似撮影台」を手中にできたのは、アニメーターになって、そこそこお金が自由にできるようになって、一眼レフとレンズ一式、光学フィルター、コピースタンドを購入してからでした。

1000年女王の撮影技術を見ると、やっぱり映像は「構成力」だなと痛感します。いくら高価なプラグインでトッピングしても、構成は誤摩化せないよネ。物理的に不利な、昔の撮影台でも、構成がしっかりしていると、今見ても、危うさを感じません。BOOK引き1つとっても、構成力は映像に「説得力」として反映される(されちゃう)んだなと思います。

また、この当時の劇場作品は、建築物の崩壊とか、大変なカットを逃げずに何カットも重ねて描写していますネ。今のアニメだと、「大変」なのでできるだけカット数を減らして逃げちゃうんですが、逆にそれが、「大きなスクリーンで上映するテレビ作品」になる所以なんでしょうネ。1000年女王は、作画も仕上げも背景も撮影も全て大変なのが、いくつもあります。同じ素材を使って、自分でもコンポジットしてみたくなるカット(もちろん空想ですが)がいくつもあります。作業が大変でも、その大変さが報われるのは、やっぱり嬉しいのです。

1000年女王・劇場版。作品的には、特に他人に勧める類いのものではないですが、私個人としては、撮影技術のエポックとなった、思い出深い作品なのです。

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