はめ殺しからの脱出

一般的に「はめ殺し」とは、開閉の出来ない窓の事を指しますが、ここでは「人を、行程にハメて、本来の能力の多様さを殺す」事を指します。

タブレット作画で見聞きする内容は、運用面で見れば、「行程の中でのはめ殺し状態」は変わらないままです。レイアウト、原画、動画、仕上げ、美術、撮影‥‥といった旧来の枠は変わらず、道具を持ち替えただけの状態。多少の作業のショートカット(動画が仕上げを兼ねるなど)はあれど、基本思想は変化がありません。

私の考える未来の制作システムは、過去に何度か書いたように、「作業オブジェクト」で行程を組みますので、必ずしも「原画、動画、仕上げ、‥‥」のような行程が存在するわけではありません。「原画」という言葉を使う事もあれば、「線画」という言葉を使う事もあります。

要は、作業者をはめ殺しせずに人材の有効活用を目指すならば、固定されたワークフローではなく、動的なワークフローを基盤とする制作システムが必要なのです。

「原画」という行程に人を閉じ込めてしまうと、その人は「原画の作業内容」の事しか作業出来なくなり、他の能力や発展性を「殺す」事になります。「撮影」や「仕上げ」も同様で、決められた内容以外に手を広げる事は難しくなります。

つまり、現在の固定型ワークフローは、行程の下に人間を配置する思想が原点となっています。言わば、「工場型」です。

しかし、実際のアニメ制作の作業内容は、工場型とは言えません。工場型が適するのは、「同じ製品を大量に製造する」要求の場合です。製品一つずつに大きな差異があるものを製造する場合、その製造方法を「工場型」と呼ぶ人はいないでしょう。工場が可能なのは、Built to Order(BTO)やCTOレベルであって、アニメの1カットごとが大きく異なる状況は、BTOなどの方法では本来対応できないものです。

ではなぜ、現在対応できているかというと、1カットを1つのどんぶりに見立てた、どんぶり勘定設計だからです。そのどんぶり勘定ゆえに、作画の誰しもが「自分の能力が向上しても、金銭面にはほとんど反映されない」体験をしているのはないでしょうか。ゆえに、原画だけでなく、作画監督やキャラデザインなどの他の道でお金を稼ぐ事になります。それでも、やはり「作画スタッフは、作画の範疇」からは抜け出せません。作画の人間は作画カテゴリの中に閉じ込められているし(=それによって守られているとも言えますが)、他の行程、例えば撮影も仕上げも美術も然りです。

作業者たちは、自分の能力の多様性だけでなく、手にするお金も、はめ殺しされた状態と言えます。

私は、自分の得意とするカテゴリを基盤とするのは良いけれど、それによって、他方面の自分の可能性が閉ざされるのは、当人の不利益ばかりでなく、作品全体、ひいては作業システム全体の「作業抵抗(作業ロス)」になると考えているのです。それによる損失がどれだけのものか、実際に計測する事も考えていますが、少々デフォルメして言えば、5人で出来る事を50人がかりで作業しているようなものだと感じています。

私が考えているワークフローは何種類もありますが、一例として‥‥
 
レイアウト>キーモーション>線画原稿>ペイント>モーション:ストラクチャ>カラリング:ビジュアルエフェクト>...
(色彩設計や美術など、同時進行で分岐する行程は記述を省いています. また、「:」で区切った行程は、内部分岐するものを示しています.)

‥‥のような内容だった時、アニメーターは「原画・動画がない?‥‥自分の仕事は無いのか‥‥」と思いがちですが、実は活躍する場所は多いです。上記の行程のうち、少なくとも4工程はアニメーターの出番が期待されています。中でも、「キーモーション」は現在のアニメーターの作業意識ですぐにでも作業可能な行程です。旧来撮影スタッフも能力に応じて上記3工程以上の掛け持ちが可能となります。

 
「でもさ、作業費がカットごとに差があって、作業工程や作業者も大きく入れ替わる‥‥となると、管理がもの凄く面倒じゃん?」

‥‥と思う人もいるかも知れません。私が日頃痛感するに、そう思ってしまう事そのものが「アニメ業界の未開人」たる由縁なのです。
 
「複雑な要素は管理がもの凄く面倒=我々はひとつひとつ手作業で管理しているから=>どんぶり勘定にすれば管理を簡略化できる」

つまり、裏を返せば、作業費や時間、作業配置などの管理を、コンピュータプログラム処理すれば、複雑であっても処理出来るのです。「出来る」と言い切るのは、過去に似たようなプログラムを自主開発して手応えがあるからです。私が日頃書き綴っている作業システムの内容を、手書きの伝票やエクセルへのキー入力でこなせるわけがありません。

アニメ業界は「管理を手作業だけでやろう」とする意識が今でも主流過ぎて、作業工程全域、作業要素をコンピューティングで管理し把握し運用する意識がほとんど存在しないのです。

手書きの作業伝票を受け取るたびに、アニメ業界の現状を思い知らされます。例えば、ネット通販で手書きの納品書が添えられていたら、「古ッ」と思いますよネ。でも、アニメ業界の制作管理はそのようなレベルなのです。

かと言って、現在の制作現場からは、どんな制作管理システムが欲しいのか、オーダーを出す事すらできません。現場制作本人たちが「コンピュータで何をどこまでできるのか」が実感がないからです。ゆえに、「現場の欲しい管理システムプログラム」が誕生する事はないのです。アニメ現場から遠いジャンルの人々による、プログラムの都合によってバイアスのかかった、システムプログラムしか作れません。「デジタル作画」に切り替えても、そのあたりの意識と状況が変わらない限りは、「獣道が、舗装された獣道になるだけ」です。うわべだけ欧米のまねをしても、欧米のシステムのソレが手に入るわけではないのです。

欧米は道具をシステムとして考えますが、日本はシステムを道具のように考えるのでしょうネ。‥‥まあ、それによって「道具を使いこなす日本人の美点」が育まれるわけですが、システム方面ではぐずぐずになりやすいのかも知れませんネ。

作業者の能力(と能力に応じた報酬)をはめ殺しにしないためには、実はシステムの根っこまで掘り起こして、地を耕し直して、木を植え直す取り組みが必要なのです。まあ、ですから、私は現在のアニメ業界に関してはそんな途方も無い植え直しは無理だと判断し、別枠の新しいアニメ業界を小規模から始める事が必要だ‥‥とも感じているのです。

私は業界の状況を「分析をして次に活かす」事はしますが、実質的にちょっかいをだそうとは思っていません。アニメ業界は、善くも悪くも、工場型の意識で成り立っていると実感するからです。工場型を止める事は、業界の崩壊にも繋がると感じています。

未来にアニメを作ろうと思った時に、工場型の運用「だけ」でなく、新たな勢力が生まれるべきだと考えています。アニメの作業者たちは、手動管理・工場型の勢力と、コンピューティング管理・工房型の勢力の、複数の制作システムの中から自由に選択すれば(場合によっては掛け持っても)良いのです。

旧来アニメ現場の「作画の枠だけ」ですと、業界の事情的にも、今以上の報酬を得る事は難しいでしょう。一択しかない状態から開放されて、自分の能力を多彩に活用できる事が、「技能者として遜色のない境遇」を手に入れる基本だと考えています。
 

関連する記事

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< June 2019 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM