作業者をマルチプレイヤーにしたい理由

私の準備している新しいアニメーション制作システムと技法は、「1人=1役職」ではなく、「1人=複数の役職」が基本です。これは、作業現場を極力小規模にまとめつつ、1人の作業者により多くのジョブを供給する目的の他、もう1つ重要な意味があります。

それは、複数の作業を兼任する事で、作品制作全体の構造を作業者が体得し、無駄な作業と無用なトラブルを回避したい‥‥からです。

例えば作画しか知らないアニメーターは、コンポジットやビジュアルエフェクトの作業内容を知らないがゆえに、的確な作画をしにくい事があります。自分の役職しか体験した事がないゆえに、作品作り全体の「道理」「構造」がわからないのです。

私は旧来の作画業務をする際には、撮影・コンポジット・ビジュアルエフェクト、さらには実写のノウハウもフィードバックして作業にあたります。「現在与えられた条件で、最適な作画内容を実現する」には、少なくともコンポジット〜撮影素組みが成立するレイアウトを描く必要があるからです。

自分で描いたレイアウトと原画を、原撮でも良いから、自分でコンポジットしてみれば、自分の描いた内容が可能か不可能か、肌身で実感できます。ツイッターの話題で見かけた「パース引き」も、描いた原画マンが自分で撮影してみれば、どれだけ無茶な指定をしていたか、自己嫌悪に陥ると思いますヨ。「貼り込み」も実際にそれを指定した原画マンがやってみればいい。
*アニメーターの名誉のために付け加えれば、経験豊富で周到な原画マンは、みだりに「自分の理解していない用語を連発しない」ものです。新人や中堅の原画マンが、用語を聞きかじった程度で用いる際に問題が起こりがち‥‥です。まあ、あと絵コンテで既に「そうなっている」事も多いですよネ。

要は、体験してみないと解らんのですよ。

原画マンが、パース引きや貼り込みの難しさを知れば、乱発する事は控えるでしょうし(=人は善業に務める‥‥という前提ですが)、演出家がパース引きや貼り込みを乱発するのを抑制するかも知れません。さらには絵コンテの読み方も変わってくるでしょう。

でもまあ、体験だけでなく実作業として、「大変な割にチープな仕上がりの作業を、自分がやらされる」という恐怖がなければ、実効力は薄いかも知れませんが‥‥。

なので、私は作画は作画村だけに生きていれば良い‥‥という因習を撤廃し、等しく他の役職もセクショナリズムの壁を取り払い、能力に応じて作業を兼任できる仕組みを考えているのです。

ホントにぶっちゃけて言いますが、コンポジットの基礎知識くらいは持たないと、これから先、有効な作画作業なんて出来なくなります。もっと言えば、絵コンテの絵だって、尺だって、決められなくなります。コンピュータを使って作劇をした場合、どのようなレイアウトのバリエーションが可能で、どんな絵で「尺が保つ」かを知らなければ、いつまで経っても、80〜90年代のフィルム時代の刷り直しですしネ。

最近ツイッターで「パース引き」の話題が出ていたので、私が体験した「問題カット」の例を挙げます。今から7〜8年前の事です。

並木道が奥まで続くレイアウトのカットがありましたが、それはこともあろうに、その道を走る車のFollowでした。「絵コンテ担当者はアニメ現場の初心者なのか?」とも思いましたが、まずは素材を確認してみることにしました。もしかしたら、画期的な表現技法に基づいているのかも‥‥知れないですからネ。

しかし、素材は「最悪のケース」でした。空がBG描き、BOOKで横位置の並木道が描かれているもの‥‥でした。

‥‥これを? 28mm広角レンズくらい(ライカ判換算)の広角パースに合わせて、変形させよ? ‥‥メリーゴーラウンドの壁の背景みたいになっちゃうけど、それでOK?

脳内で映像をレンダングしてみましょう。平べった〜い、描き割りの並木の「絵」が、流れていく様を。

*このような素材を用意しても‥‥


*「パース引き」では平べったさが強調されるチープな仕上がりになるばかりで‥‥

(実際は木の奥にも情景が描かれていて、それらも全部含めて、斜めに傾いた平べったい絵になり、その異様さはこのサンプル図をはるかに上回るものでした‥‥)

*決して、下図ような自然な立体感の絵にはなりません



パース引きなんてしなければ、美術の絵力(えぢから)で見せられるものを、変にパースを付けてスライドさせる設計にするから、極めてチープな画面に成り下がってしまったのです。これって、誰が得したの? 作る側もチープな完成画面にガッカリ、見る側も「なんだ?この不思議な絵は。‥‥異空間の表現?」と困惑。

「奥まで続く長い並木道‥‥ってシナリオに書いてあったから」と言っても、馬鹿正直に、奥まで続く絵でFollowする事はないじゃん? プロだったら「現場のキャパに応じて、見せ方やアングルを工夫するもの」です。‥‥まあ、この事例はそもそも、絵コンテに最初の罪がある事例‥‥ですネ。

でも何よりも、私がその当時深刻に思ったのは、「問題の素材が撮影までたどり着いてしまった事」です。撮影にたどり着くまで、誰も「この素材はヤバい」と思わなかった。‥‥その点が、あまりにも深刻でした。最初に発生したミステイクを、その後の各作業のチェック機構や危機管理をスルーして撮影段階まで到達したのが、特にヤバいと思いました。

車の窓から見えるほんの小さい面積ならまだしも、場面説明カットで、堂々と並木道が流れていくカットでしたから、頭を抱えてしまいました。でもまあ、本撮テイク1は、指示のまま撮影し、「見せしめ」としてアップしました。その後、やりとりをして「何とか見れる状態」までにはしましたが、現場のノウハウとしては蓄積されず、「一難去った」で終了‥‥でしたネ。

私のノウハウとしては蓄積されましたが、現場的には「大人しく言う事を聞いてくれない、厄介な撮影監督には仕事を出さないほうがよい」というノウハウが蓄積されたのかもしれませんネ。

その時に、どんなに喧々諤々しても、ミステイクがノウハウとして蓄積される制作システム上の構造を持たなければ、「喉元を過ぎて」忘れるのだと再認識したのです。現業界のシステムは「喉元通過後 記憶消去」システムなのです。これは「どんな手段をもってしても、納品する」という理念には忠実ですよネ。

「自分が損をする」と思わない限りは、人は安易な方向に流れ続けます。「得をする」方向に流れるのです。

新しい制作システムと技法においては、スタッフは技能に応じて色々な役職を兼任でき、報酬を得る手段も多彩に展開できます。元の絵を描く作業者は、自分の担当カットのコンポジットも兼任する事で、より効率的な絵の描き方を模索できます。コンポジットで自分の絵がどう扱われるかを知れば、描くべき絵と描かなくてよい絵の基準を得ることができます。もちろん、コンポジットの作業報酬もゲットできます。

問題解決を人の善意に頼っていては、未来永劫、問題は解決しません。道路を走る自動車の運転手の善意だけで、交通事故を抑制できますか?‥‥できないですよネ。道交法や交通システムの整備があった上で、そこにドライバーの善意や自己管理が上乗せされるのです。

上述の並木道と似た様な、困った「パース引き」が2015年の今でも発生しているのならば、それが「論より証拠」です。便利で手軽な「得する」「楽する」事はずっと記憶されるのに、ミステイクは「できる限り忘れ去ろう」とするのでしょう。そうした「人のキモチ」に物事を預けているばかりでは、いつまで経っても改善の方向に向かわないのでしょうネ。

善意やモチベーションというのは、現場を肉付けし強化するものではありますが、骨組みにはなり得ないのです。

問題発生を事前に防ぐガッシリとした制作システムを骨組みに据えてこそ、そこに善意やモチベーションの肉付けができるのです。システム自体が「事故防止」へと誘導する設計を持たない限り、絶対に問題は解決しません。何度も書きますが、「歴史から学ぶべき」です。

作業者をマルチプレイヤーにしたい理由。それは、作業者が様々な報酬獲得の手段を得る事でもありますし、作業を兼任する事で制作構造の広い知識を得て、トラブルを未然に回避する下地を作る事でもあります。これは結果的に、現場維持の消費カロリーを抑える事にもつながり、例えば2000万円を200で割るか、50で割るかの、大きな差として表れる‥‥と確信しております。


脚注)「マルチプレイヤー」には複数の意味がありますが、ここでは「複数の役割をこなせる人」を指します。多人数参加型ゲームの事や、CD-RやDVD-Rなどを再生できる光学ドライブの事ではありません。‥‥念のため。

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