記憶の断片

先月の後半からドッと忙しくなり、現在も継続中です。公事私事ともに溢れんばかりの状況ですが、そんな時は熱くならずに、粛々とミッションをこなして、徐々に状況を収束させていくしかありませんネ。

忙しさのさなか、実家の「大整理」の際に、小学生の頃に作っていたプラモデルのパッケージが保存状態の良い状態で大量に発掘されたり、失くしたと思っていた昭和40年代のアルバムやフィルムネガが出てきたり、レアな子供向けハードカバー本がいくつも出てきたりで、自分のルーツをしみじみ実感する思いでした。

ハセガワの1/72航空機のプラモデルパッケージは、かなり前から暗所に保管されていたようで、退色の少ないプリプリの色彩を保っていました。私は中古プラモを「ジャケ買い」する事が度々ありますが、70〜80年代キットのパッケージの多くは、箱の汚れやかすれ、日焼け(印刷が薄くなる)など、状態の悪いものがほとんどです。しかし、おそらく私が小〜中学生の頃から暗所に保存されていたソレは、数ヶ月前に購入したかのようなツルツルの光沢を放っており、格段に状態が良いのに驚きました。小学生の頃の大雑把な私でも、丁寧に保管するほど愛着があったんだな‥‥と自分の事ながらしみじみと感慨にふけりました。


上のキットのうち、今でも生き残っているのは「ライトニング」だけですネ。


製品ラインアップを紹介する箱の横のコマですが、小学生の頃には全て作ってますネ、どうも。‥‥お小遣いを相当つぎ込んでたんだな‥‥。

私が初めてプラモを作ったのは、小学校1年か2年の頃で、メッサーシュミットのジェット戦闘機「Me262」、レベル製の100円の製品でした。小学生1年の自分は、「箱絵をコレクション」するような頭など無く、作り終わったらプラモ本体以外は捨てていた‥‥と思います。私はてっきり、小学生の全期間において、中身を作ったらパッケージは捨てていたと思っていましたが、少なくとも小学校3〜4年の頃にはコレクションを開始していたようです。

今となっては、箱に貼付されたお店の名前入りの値札も、感慨深いものです。箱の絵、印刷された値段(昔のプラモは安かった)、お店の価格ラベル、それらの要素が、バラバラになって眠っていた記憶の断片を繋ぎ合わせる媒体となって、プラモを買った時の情景までもが記憶の底からサルベージされます。



上の写真は、今回の「発掘」で一緒に出てきた古いアルバムの中から、プラモデルのパッケージコレクションを開始したであろう頃の私。幼いわりに、ボックスアートの収集とは‥‥。やることはやってたのネ。

ちなみに、真中は祖父(書道の先生でとてもキビしい人でした)、その奥は兄です。‥‥何故、このような調子コイたポーズをとっているのか、全くナゾですが(全く記憶がない)、兄と一緒にプールか虫捕りにいくかで、浮かれていたのでしょうかね。

パッケージと一緒に「ハセガワカタログ1981年版」も出てきて、本文には「1/48スケール始めました」と書いてありました。つまり、ハセガワは80年代に入ってから1/48スケールを開始したわけです。‥‥なるほど、私が1970年代の子供の頃に1/72スケールばかり作っていたのは、ハセガワのラインアップの影響だったのでしょう。現在のような豊富な48(ヨンパチ)スケールのラインアップが揃っていれば、子供ながらに自然と親しんだはずですが、そうならなかったのは、「私のメインのメーカー」のハセガワが1/72を主力としていたから‥‥だったんですネ。


中身を眺めてて驚いたのですが、この頃のハセガワの1/32(サンニー)は、結構充実していたんですネ。F-5Eの1/32があったなんて、全然覚えていませんでした。まあ、1/32の高価なキットなんて、正月でもなければ買えませんでしたから、記憶がないのも仕方なし。ちなみに、F-5Eの32は、中古市場でも見かけないですねェ‥‥。

組立説明書も出てきました。懐かしどころを以下に。


ビジランティとかSタンクとか、懐かしいスね。レベルの100円シリーズも今の中古市場ではレアアイテムです。左上の零戦は「パチパチ」キットだかで、主脚が可動でボタンを押すと「パチン!」と飛び出す仕組み‥‥でしたが、これが子供ながらに組み立ての難易度が高くて、中々上手く組み上がりませんでした。もちろん、キットは絶版です。


タミヤの1/72の飛行機も、今や懐かしいアイテムです。右の震電キットの箱絵はたしか小松崎氏でしたネ。左上のリモコン版のM60A1は、去年あたりディスプレイキット(=動かない)として再販されました。

子供向けハードカバーも発掘されましたが、今読むと中々パンチの効いた内容で、面白いです。「ー地球S.O.Sー 滅びゆく地球」とか、タイトルでコドモらの恐怖心をやたらと煽るのも、この時代風ですネ。「宇宙に挑戦」もタイトルは控えめでも表紙の絵が既にロケット大爆発してますし。





大和や武蔵の戦記のような、悲壮感マックスな本も読んでました。内容は当然の事ながら子供心にヘヴィで、「滅びゆく地球」とかのフィクションの読み物とは、子供ながらに線引きしていました。



年季のはいった「いやいやえん」。私がこの本を読んでいたのは、まさに表紙の絵の「しげる」くんと同い年前後の頃でした。私は表題の「いやいやえん」よりも「やまのこぐちゃん」のエピソードのほうが断然好きでした。‥‥というか、表紙絵は「やまのこぐちゃん」ですね。

「ON(オーエヌ)」‥‥すなわち、王選手と長島選手の本は、この他にも何種類かあったように思いますが、我が家にあったのはコレです。中身を見てビックリ、この挿絵って、「全国的にアサー」のヤスジ氏ではないか?



この頃の本は「クレジット」を明記するようなキッチリした習慣はなかったのか、ヤスジ氏の名前はおろか、編集スタッフすら記述がありませんでした。‥‥しかし、このトボけたキャラを、素でガンガン繰り出せる人は、ヤスジ氏をおいて他にいまい。

‥‥何だ、私が谷岡ヤスジ氏の絵が好きなのは、この本の影響、刷り込みだったんですネ‥‥。


小学6年生の頃に買った、ヤマトの本も出てきました。行方不明になってから、ずっと読みたかったんだよネェ。



「全記録集」の名に恥じないレアな内容です。当時、場面写をカラーで収録した高価な豪華本も出ていましたが、私が買ったのはこちら。しかし、中身を読み返して、「これを買って良かった」と改めて思いました。

だって‥‥



‥‥こんな「打ち合わせの時のメモみたいなヤツ」までふんだんに掲載してあるんすヨ。このタイプのメモを掲載する編集者もすごいけど、このメモを5〜6年近くの時を経て(ヤマト本放映時と「さらば」の間)捨てずに残してあった制作側も、相当スゴいすネ。

この本って、さすがに再販はされてないですよネ。でも、Amazonを探すと結構出てきますね。


この他、金田伊巧さんの原画集(同人誌)が何冊も出てきたり、駆け出しの頃に作画した作品の設定書やら作監修正やら、多くのレアアイテムが出てきましたが、それはそのまま、また暗所に戻しました。


人はいつの頃から、過去を振り返るようになるのか、過去をトレースするようになるのか、最近はよくそんな事を考えますが、出て来た昔の物品を眺めると、「三つ子の魂‥‥」ではないですが、5〜6歳までに大体の嗜好は決まってしまうようですね。

映像の中に光や影を追い求める性質は、実は、幼い頃に見た情景のトレースなのかも知れませんネ。

私は3〜4歳の頃に見た、裏路地から目白通り(大通り)に出る強烈な光と影のコントラストを、印象として今でも強く記憶しています。たしかに、私の絵作りは、コントラストと画面の切り取りを重視する傾向が強いです。

一方で、谷岡ヤスジ氏の影響も色濃い‥‥か。それも、まあ、良いですネ。ヤスジキャラの「キョトン」したマヌケ顏は、タマんないです。

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