格闘戦のナゾ

私は小さい頃から、「零戦と隼」とか「大和と武蔵」と言ったタイトルの、子供向けのハードカバー本をよく読んでいました。なので、前回書いたNHKのドキュメンタリーの内容の大筋は子供の頃から知っていたのですが、当時の搭乗員が2010年前後になってようやく語り出した心情が、特に興味深いものでした。

零戦関連ではよく語られる、F4Fワイルドキャットは一方的に零戦に不利だったとか、F6Fヘルキャットは零戦キラーとして開発されたとかは、今では不正確な情報である事が知られています。私の子供の頃は、ワイルドキャットは零戦の餌食で、ヘルキャットが登場して形勢が逆転した‥‥みたいに語られていましたが、実際はワイルドキャットも戦法を切り替える事でむしろ零戦に対して有利に戦闘を展開したようですし、ヘルキャットは既に開発中の機体に、対零戦の要素を「追加」したのであって、決してヘルキャットが新規に零戦キラーとして開発された訳ではない事が知られています。

しかし、新たな情報を得た今でも大きな疑問が残っているのです。格闘戦の疑問です。

格闘戦に自信満々だった当時の経験豊かな日本軍パイロットが、米軍機との空中戦においてドッグファイト〜巴戦を仕掛けたのは、理屈として理解できます。ドッグファイト性能に優れた零戦を、ドッグファイトに長けた日本軍パイロットが駆る事で、絶大な効果を発揮したのは想像に難くありません。

そこで米軍は「ドッグファイトを禁止」し、ワイルドキャットが急降下での速度性能で勝る点を活かして、一撃離脱戦法を徹底したり、サッチウィーブによる「零戦1機 vs ワイルドキャット2機」で対応したわけですが、これも理由として理解できます。わざわざ劣る要素で戦うのではなく、勝る部分で戦うという、めっちゃ合理的な判断ですよネ。

ただ、多くのドキュメンタリーや読み物は、そこで「零戦劣勢のまま、悲劇の最後を迎える」と結びます。

日本の航空隊は、格闘戦にこだわり過ぎたのでしょうか。あくまで、「1対1」の剣術の試合のような美しさを追い求めたのでしょうか。‥‥だとすれば、愚かとしか言いようがないのですが、本当にそうだったの??? 私はどうしても、その点が納得いかない〜日本人がそこまで非合理だとは思えないのです。何度も負け続けている戦い方を、ポリシーゆえに変えずに踏襲し続けて、さらに負けを重ねていく‥‥なんて、命を賭けていればなおのこと、あり得ない話だと思うのです。

米軍の戦術が移行したのに合わせて、日本軍も呼応して戦術を変えていかなかったのでしょうか?

日本海軍も陸軍も、「重戦」〜零戦とは対照的な、重武装で速度性能に優れる戦闘機〜を推挙する人間が少なかった事は、よく知られている事ですが、たとえ零戦のままであっても、格闘戦重視の思想を和らげて、複数機の連携による新しい戦法を編み出そうとはしなかったのか?‥‥というのが、子供の頃からの最大の疑問なのです。

零戦のエピソードを聞けば聞くほど、「一撃離脱戦法のほうが、絶対的に、ドッグファイトに勝る」と思われて仕方がありません。しかし、ベトナム戦争でのF-105などのセンチュリーシリーズの米軍ジェット機が、MIG-17などの格下の戦闘機に機動性で劣勢となって大負けしたのは有名な話です。ベトナム戦争の教訓から、米軍はドッグファイト性能〜格闘戦〜を強く意識したF-15などの戦闘機を開発したのは、これまた、あまりにも有名です。また、同じくベトナム戦争で、MIG-17ジェット戦闘機を、機動性の高いレシプロ(プロペラ)機のA-1「攻撃機」(=戦闘機ではない)が撃墜したのも、よく知られています。

つまり、どっちなんだ?‥‥と。

格闘戦か、一撃離脱か。

まあ、もしかしたら、撃墜されたMIGは、油断してA-1に格闘戦を挑んだのかも知れませんし、F-105もMIG-17を格下の1世代前のジェット機だと見くびって、まんまと不利な戦いに巻き込まれたのかも知れません。状況は様々でしょうから、一概には「どっち」と言い切れるものではないとは思うのですが‥‥、やっぱり「格闘戦と一撃離脱」のモヤモヤは残るのです。

​一撃離脱戦法に屈した事ばかりを強調される零戦の、周囲の状況を含めた「真の姿」が、中々見えてきません。零戦が一撃離脱に持ち込まれた際、どうであがいても、「詰将棋」のように負けが確定していたのか。「しかし、日本海軍側では鈴木実少佐が相手のダイブに注意し深追いしないように部下に徹底し、零戦の得意な格闘戦に巻き込んで優勢な戦いをしていた」とのWikipediaの記載もあり、釈然としません。

ただ、「マッチのように火を吹いた」と零戦パイロット自らの証言にあるように、例えヒット率がEVENであっても、一撃が致命傷となる零戦は、酷く不利だったと容易に想像できます。日本のエースパイロットの証言からも、「敵より早く、敵を発見する事」が大事、つまり先手必勝だった事が伺えますが、その先手を仕掛けた際に、相手(米軍機)は火を吹かない、こちらが先手を仕掛けられた時は、簡単に火を吹く‥‥では、かなりのハンデがつきまとっていたのは事実なのでしょう。

日本海陸両軍の航空隊のバトルドクトリンは、結局、零戦の惨状を目の前にしても、変わる事はなかったのか。もしくは、変わる事のできない何か組織内部的な障害があったのか。または、巴戦ではない新戦法を編み出したものの零戦では効果が著しく低かったのか。

零戦の機体構造や性能に言及するドキュメントは多いのですが、零戦を扱う戦術システムの変遷については、あまり多く語られていないので、結局今でも、「零戦が華奢過ぎたので、アカンかった」という「零戦の責任」で結ぶのが多い‥‥のです。でも私は、零戦の兵器としての性能が大きな要素である事は変わりないと思いますが、同じくらい、いやそれ以上に、戦術や運用法の移行、また搭乗員の意識改革も、零戦を始めとする「航空戦」には非常に重要な要素だったように推察しているのです。

現在日本のアニメ業界でも、ヤバい状況を何度も再演する体質や、ドクトリンを柔軟に変えられない気質を、強く感じる事があるので、昔の日本も軍部とは言え、似たような国民性の上で似たようなグダグダな状況に甘んじていた「可能性」は否定できません。改善すべき点を皆で肌身で実感している割に、「とりあえず一難去った」とばかりに、何の対応策もないまま、「今度は上手くいくかも知れない」とまた同じ事を繰り返す‥‥と言う。

NHKのドキュメンタリーでの、「コックリさん」で自分の運命を占った航空少年兵の話は印象的です。「勝負は時の運」とは言いますが、「勝てる勝負に誘い込む」のも兵法の大原則です。まず、パイロット自身が「勝てていない」のは大問題です。

とは言え、パイロットたちの危機感が中枢へと伝達していかなかった事も多いのではないか‥‥とも、様々な戦時のドキュメントを読むだに感じるのです。権益を得た者たちは、例え状況に改善点が山積みであろうと、今の権益構造が崩れるほうがマズいので、あえて、改善しないまま放置していたのかも‥‥とすら思えます。

零戦の興亡。米海軍航空隊の戦術転換。組織の問題点。‥‥歴史的な事実は、自分たちに有利に活用できる「教訓」の宝庫ですネ。

歴史のフィードバックが豊富に手に入る恵まれた環境にある中、それをふんだんに活用しない手はないです。少なくとも私は、4Kに関する戦術アイデアが色々と想い浮かびましたヨ。

いつか、空戦技術に詳しい方に出会う事があれば、色々と聞いてみたい事がありつつ、零戦を始めとした当時の航空機に思いを馳せることにします。



ちなみに、私の好きな日本の二次大戦機は、陸軍の「五式戦」という戦闘機です。水冷機譲りの優美なボディラインが何ともまたイイ。現在の日本人アニメーターが決して米国のようなキャラデザインをしないのと同じく、当時の航空機も日本人の美意識に沿ったデザインである事に気付きます。日本人からはワイルドキャットのようなデザインは出てこないんですよネ。(川西(現在の新明和)は無骨なデザインが多いですが、全世界的に見れば、やっぱり優美な部類に入りますしネ)





 

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