紙の是非

紙を気安く考える人は多いと感じてます。それが無意識で悪気のない考えでも。

 

 

 

アニメ制作現場は、作品終了後に紙の物量が物凄いことになります。

 

しかし、各作業者は目の前から紙が姿を消すので、管理・保管のコストをほとんど意識していません。

 

ゆえに、紙のコストを目の前のことでしか考えない人が非常に多いです。

 

 

 

他社のメインスタッフさんや、クライアントの方々が来訪する、自社の廊下やロビーに、紙を詰めたダンボールが山積みになって、通路の面積の半分を占拠している様子は、気が滅入ります。紙が溢れて管理できてない感、丸出しです。

 

バックヤードは良いんですよ。

 

フロントヤードまで紙で溢れるのは、もう止めたいです。未来も、アニメ制作会社は永久に変化しないような、暗い気分になってきます。

 

 

 

紙がコンピュータのデータよりタフなのは解ります。一部が破けたって、判読できますもんネ。湿ってカビても、中身は何とか見れます。

 

しかし、その保管コストのことを、どれだけリアルに考えたことある?

 

 

 

私はコンピュータを弄りはじめた1994年くらいのデータが、今でも閲覧可能な状態で手元にあります。マルチペイントのJPEGデータです。26年前のデータですネ。

 

でも紙の保管の歴史には遠く及びません。

 

データは損失に弱い‥‥というけれど、紙の1000年規模のノウハウに比べて劣っているのは当然じゃん。中年のオッサンと、10歳の子供のノウハウを比較して、どうすんの?

 

データを保存して、どのように内容を受け継ぐのか、私らがコンピュータ世代の当事者意識で考えていくべきなのです。

 

他人事のように結果を見てから指摘して終わるのは、まるで後出しジャンケンじゃないか。

 

 

 

実際、50年前の作画用紙の素材が発見されても、それをフィルムで撮影した完成形には復元できないですよネ。

 

1997年のAfter Effectsのデータも、当時のマシン環境が失われた状態では起動しないでしょう。

 

どっちにしたって、不完全な状態でしか、アーカイブできないのです。特にアニメはネ。

 

何を残すか、何を諦めるのか‥‥を、我々制作当事者が考えるしかないのです。

 

紙だから安全だ‥‥とか、データは脆い‥‥とか、よく考えもせずに言うもんじゃないです。

 

 

 

1996年にマウスで描いた絵も、今でもJPEGで開けますヨ。

 

当時はPICTでしたが、ある時期にPICTがヤバそうなので(Appleが見放した‥‥)、JPEGに変換してHDDに保存し直したのです。

 

そのHDDも最低1つのミラーリングがしてあり、さらには定期的にデータを移動しています。250GBや500GBのHDDなんて、現在の大容量HDDにまとめれば、保管場所もさらにミニマムで済みますしネ。その定期移動の際に、データの検証が含まれます。

 

もし私のHDDのデータ内容が全て紙だったら‥‥と考えただけで、その保管場所と保管コストに怖気が走ります。

 

 

 

紙に比べて運用のノウハウが幼いのは、そりゃあ当然です。

 

ノウハウが蓄積しない状態を放置して、紙依存を延々と続ければ、いつまでたっても、大量の紙の中に埋もれて、増え続けるダンボールに空間が圧迫される日々が続きます。人件費も維持費も紙の作品を作れば作るほど増え続けます。

 

データ保管のノウハウが幼いのなら、成長するよう実践すれば良いです。

 

少なくとも私は、個人レベルで、データのアーカイブ方法を成長させてきましたよ。最初はMO(懐かしいネ)あたりからスタートして、です。

 

 

 

今見えている紙だけでなく、「紙のその後」まで意識して、「その後のお金のかかりかた」も合わせて意識して、紙の是非を問うべきですネ。

 

 

 

 


関連する記事

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< October 2020 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM