昔の作品が教えてくれること

昔ながらのテレビアニメを作りたい!‥‥と思うのなら、中途半端にAfter Effectsのエフェクト処理を拒絶するより、完全に作画の描写だけで完結すれば良いのに‥‥と思うことは、近年感じることがあります。

 

でも実際は、ガス(気体)の描写はAfter Effectsのフラクタルノイズやパーティクルのぼかしに頼っていたり、セルに放射ブラーを加味したりと、中途半端に依存してることがほとんどです。

 

本当に昔ながらの‥‥が作りたいのなら、一切、After Effectsのエフェクトも3DCGも禁止して、セルと背景の素撮りだけと決めれば良いんだよね。もちろん、セルはセレクトブラーとか一切無しで。

 

でもそれは実際にはできないんですよ。素撮りの映像を実際に見ると、そのあまりの無防備さに不安が生じて何らかの撮処理に頼ることになって、「昔ながらの」コンセプトがいつの間にかどこ吹く風になります。

 

 

 

中途半端にノスタルジーに軸足を置くことが、どれほど優柔不断でダブルスタンダードでみっともないことか。

 

本気で昔ながらのアニメを再現するのなら、私も真剣に取り組みますけどネ。

 

トレスマシンのニュアンスを再現し、16ミリや35ミリのフィルム特性(カラー特性やグレインや解像感など)をとことん分析してAfter Effectsで再現し、パーフォレーションのガタや編集点の歪みまで完全再現しますよ。

 

でもそういう話をすると、逆に引くんですよネ。「そこまでのことではなくて」‥‥と。

 

じゃあ、どこまでなのか?‥‥というと、本人の甘いノスタルジーの感傷的な気分だけで、昔と今の境界線の基準など見出せないのです。

 

 

 

老人になって、心細くなって、ノスタルジーに浸って心を慰めること、それそのものは個人の自由です。

 

でも、それを作品制作に持ち込むのは、哀れというか、面倒というか、情けなく詫びしいことです。

 

昔のながらのアニメ?

 

だったら、「ながら」ではなく「まさに本物」の昔のアニメ作品のDVDかBDのボックスセットでも買って、懐かしく観賞すれば良いことです。

 

 

 

今作るのなら、今の技術、そして新しい技術で。

 

ノスタルジーを作品作りに反映するのは、まさに「老い」の象徴です。死臭が漂います。

 

 

 

 

私は80年代前後の出崎・杉野作品が大好きですが、あのテイストを今の時代に再現しようとは思いませんし、出来るとも思いません。

 

時代が生み出した賜物なのです。時代を生きた人たちにしか生み出せないものです。

 

いくら昔を懐かしんで模倣しても、当時の作品には及ばないでしょう。なぜって、当時はノスタルジーではなくリアルタイムで真剣勝負で作っていたのでしょうから、「真似事」で同列に並べるような甘いものではないです。

 

であるならば、今を生きる我々は、今の時代にしか作れないものを作れば良いです。

 

 

 

昔の作品は、その「背中」で、我々が何をすべきかを教えてくれています。

 

我を複製せよ‥‥なんて言ってません。

 

作品世界を創り上げる強い意志を受け継げ‥‥と言っております。

 

 


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