優生思想の裏返し

私は、世代論とか出身地比較は、優生思想の別形態だと思ってます。

 

ロスジェネとか就職氷河期を20年経った今でも理由にする人って、では、ロスジェネ世代じゃなかったらさぞ立派な人間になってたんでしょうかね。「だ埼玉」とか言う人って、さぞ華麗な出身地で頭脳明晰で身体能力MAXなんでしょうかね。

 

くだらんなあ‥‥。

 

私が、絵を描いたり、ギターやピアノを演奏したりするのが好きなのは、絵や音楽は正直だからです。頑張ったぶんだけギターもピアノも上手くなれるし、対象を観察すればするほど絵にフィードバックできます。

 

どんな世代に生まれようが、どんな出身地だろうが、絵や音楽は正直に応えてくれるのがイイです。

 

 

 

「優生だなんて思ってない。劣等だ。」みたいに自虐する人も、ゼロ地点からみれば、プラスとマイナスの座標の差こそあれ、絶対値は同じです。XY100も-X-Y100も、同じ100の量の優生思想を根底に持っているのです。

 

自分は優れている人間だ = 自分は優れているはずの人間だ

 

同じことだよ‥‥。

 

そんなのやめようぜ。

 

自分の意志と行動で変えていける未来を信じましょうよ。くだらん優生思想なんかよりも。

 

 

 

例えば、絵が上手くなれない人って、根っこに優生思想的・選民思想的な傲慢がある人じゃないのかな‥‥と思うことがあります。

 

自分の能力に根拠のない自信をもち、どんなTIPSや練習法を見ても、自分流にアレンジしちゃう人ネ。もしくは見ただけで理解したと思い込む人。

 

練習法やTIPを素直になぞれば、「ああ、そういうことだったのか」と、新たに開眼することもあります。なのに、素直にやらず、他者の方法論に従うのが「しゃく」なので、自分のアレンジを加えてしまいます。

 

「あいうえお」から始めなさい‥‥と練習法にはあるのに、「かきくけこ」や「あかさたな」など勝手に変えて、「あいうえお」は読んで理解したので、応用するところから始めた‥‥とか言うのだけれど、実際は「あうお」「あおいえう」で破茶滅茶だったりします。

 

自分の根っこに「根拠のない自信」=「優れた人間であるはずだ」という思い込みがあるからこそ、上達できない、上手くなれない‥‥なんてこともあるのです。

 

 

 

「弱っている時」に、人間は、血筋とか出生地とか遺伝子とか時代とかに、「藁をもすがる」とばかりに依存するように思います。

 

自分で解決できない時に、かえって、自分の行動では変えられない何かをよりどころとして得ようとするんじゃないですかね。

 

どこどこ生まれだ、何々世代だ、親が誰それだ、‥‥という自分では立ち入れない要素に関連づけて、自分の今の状態から目を逸らす‥‥なんて、何の解決も導き出せないのに、衰弱している時はココロを支える何らかの理由を欲します。そして、一層ドツボにハマる‥‥なんてこともなりましょう。

 

私にも経験があるからわかります。若い頃にフリーでアニメーターになって「もっと上手くならなきゃ」と強迫観念に囚われようものなら、出来高のペースも下りに下がって、月給を貰って生きている人には想像できないような「超貧乏」生活の中で、心も経済もボロボロになって、現実に目を背けて、普遍的で絶対的なよりどころを探そうとするものです。

 

私の父は戦争孤児なので、父方の祖父母に会ったことがなく、父方の故郷とも疎遠でした。打ちひしがれていた過去に、「自分はいったい、何者なんだろう」というのを確かめたくて、父の出身地を色々と調べたことがあります。同じ名前の家が何軒もあり、その中には美術系の職人らしき人もいました。

 

その時は、自分がここまで苦しめられているアニメの作画に執着していた理由が解った「気」がしました。

 

‥‥あくまで、「気」だけ。

 

今思えば、相当追い詰められていたな‥‥と思います。そんな自分に都合の良い解釈に、安堵を得ようとするあたりで。

 

自分は何者なのかを自分の外側に探す時点で、相当、衰弱していたことがわかります。

 

先祖? 遺伝子? それが何だと言うの? それで今の自分の苦境を打開できるのかよ?

 

必要なのは、今生きている自分を、何とかすることじゃんよ。

 

自分で変えられないものを信じて、自分で変えられるものを信じない。実に愚かしいです。

 

先祖、遺伝子‥‥を自分のよりどころにするのなら、原始の海で泳いでいた原生生物まで遡って、海に向かって墓参りすれば良いのです。でもまあ、拝むなら、人型が良いのでしょう。‥‥‥ていよく、どこまで遡るかを自分の都合で決めているあたり、普遍的でも絶対的でもないじゃん。

 

自分の家系に愛着を感じるのは良いです。しかし、崇拝したり、勝手な思い込みを被せるのは、冷静さを欠いていると私は感じます。

 

 

 

どんな世代だろうが、どんな家柄だろうが、どんな性別だろうが年齢だろうが、前置きに関係なく、自分次第で上手くなって自分の望みを獲得できる‥‥なんて、どれだけ素晴らしいことか。

 

どんなに下手な自分からスタートしても、上手くなれば迎え入れてくれる現場。‥‥アニメ業界には問題も多いですが、そういう気風があるからこそ、私はアニメを作り続けてきたようにも思います。

 

まあ、「上手い」にもタイプは色々ありますので、価値観はバラバラですが、上手い人たちって価値観を超えて認め合えるのも好きです。特に劇場作品で集まったフリーアニメーターたちの現場は、目眩するほど刺激的でした。‥‥今の劇場作品の現場って、どうなんでしょうね。制作会社の内輪だけの予定調和で作るのって、つまらないよなあ‥‥。

 

 

 

自分がダメな状態を、世代や出身のせいにしてたら、永遠に解決できないですよネ。生まれた年は変えられないし、どこで出生して育ったかの過去も変えられないのだから。

 

変質した優生思想を根っこに持つより、自分は遥か昔の星屑から生まれ、100年未満生きた後に、遥か未来の星屑に戻る‥‥と思った方が、自分の人生に覚悟できると、少なくとも私は思います。

 

 


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