ホームページ

有料のブログサービスの編集画面に、以下のような宣伝を掲載するか。

 

 

気にせんわ。

 

ここ最近、この宣伝を見ながら書いてますが、全くやめる気はないス。

 

「オワコン」とか「流行」とかに、ビクビクして生きていきたくないですしネ。昔から流行に左右されるのがイヤなんすよ。

 

ブログなんて、好きにやってりゃ良いんだよね。自分のブログなんだから。

 

あ、そうか。金を稼ぐ下心がある場合は、炎上でも何でもして、流行させたいんでしょうネ。‥‥でも、それじゃあ、自分の好きなように題材を選べないですね。

 

 

 

実は、ブログはオワコンとかいう前に、もっと前に終わった感の強い、個人のホームページ(俗語)を復活したいと思っています。

 

ホームページ、つまりWebサイト。

 

ツイッターは問題外、ブログでも難しい、「読み物としてのWeb」を復活したいんです。

 

いくつもの連続ツイートをまとめサイトでまとめるのって、なんだか、大きな荷物を細かく分解して何十台の小型車で列をなして運ぶがごとくで、小型車の軽快さを忘れ去ってますよネ。読む側が再び繋ぎ合わせて読むのって、何だか馬鹿らしい。

 

大きな荷物は大型車で運べば良いです。

 

軽快な短文は、軽快な手段で発言すれば良いですが、技術解説とか図説入りや動画付きのTIPSを、まさかツイッターでバラバラにして公開するんわけにもいかないですよネ。公開手段も、適材適所です。

 

 

 

だからといって、昔のPageMillとかGoLiveのようなエディタでおもむろに書き綴るのも、いかにも古めかしいです。

 

今はスタイルシートを最大限、有効活用しなくちゃね。そして、PHPなどのスクリプタブルな構造も。

 

ホームページと言っても、昔のような作りかたではなく、こんにち的な作り方で、編集性や可変対応性(言葉が見つかりませんが、要は各プラットフォームごとに見せ方を変えること)を念頭におきたいのです。

 

ゆえに、テンプレート作りが大変。

 

‥‥なので、一向に進まんす。時間が割けないので。

 

 

 

ツイッターの限界は、そろそろ皆が周知しているところです。

 

解説には向かないです。そもそもそういうツールじゃないでしょ。技術解説しようにも、現場の立ち話レベルにしかなりません。

 

ゆえに、長めの文章を書いて公開するサービスも存在しているのでしょう。

 

ブログも使い方次第で、コラムや技術解説用途に使えそうなんですが、イマイチ、刹那的な切り口なんですよネ。投稿日でソートされるんじゃなくて、ユーザの任意のオーダーにしたいところです。第1章、第2章‥‥みたいな構成、例えば、3000円くらいする技術書みたいな構成は、ブログでは不可能です。カテゴリ分けは、章立てとは異なります。

 

 

 

漠然と、基本的なタグでHTML5の文書ファイルとして書いておいて、ルックやプラットフォーム別の対応は、後回しにしておけば良いんでしょうネ。

 

で、そのHTMLの内容を、PHPのようなスクリプトで流し込む‥‥と。

 

コンテンツがなければ、流し込みようもないですもんネ。

 

デザインを変えたくなったら、本文はそのままに、デザインだけを差し替えられる構造を、(ブログサービスに頼るだけでなく)個人でもビルドしておけば良いのです。

 

 

 

些末なTIPSがSNSで飛び交う今だからこそ、体系だった文書が必要になることもありましょう。

 

例えば、カットアウト技法なんて、ツイッターやブログ媒体では散らかって煩雑すぎて、説明しようにもロスがデカすぎですしネ。

 

 

- - -

 

 

いきなり余談ですが。

 

そういえば、ネットの「死にトリ・つらチェック」が話題で、現在、サーバの応答がない状態になっていますが、私はやってみた結果「7点」でした。

 

shinitori.net/diagnosis/

 

生きているのが辛い度、100点満点中、7点。

 

イージーモード‥‥だとな。

 

確かに、そういうフシはあります。最近の夢は、アメリカンクルーザータイプの250ccを買って、テイクイットイージーを「テキリイ〜ジ、テキリイ〜イイ〜ジ〜」と口ずさみながら、iPadを持って旅に出たい‥‥と思ってましたからネ。

 

 

 

 

日々イージーで、お気楽でいいね‥‥とかいう人もいましょう。‥‥観察力がないなあ‥‥。ゆえにデリカシーもない。イージーの向こう側に在る虚無を知覚できんとは。

 

生きているのが辛い度が7点の人間は、言うなれば、

 

いつか必ず死んでしまうことが辛すぎる度、93点

 

‥‥ですヨ。

 

実際、私は死に対する強迫観念が強いです。例えば、150年後には、私はもちろん、親しい人々が確実に皆全員死んで消滅している‥‥と考えると、物凄い恐怖感に苛まれます。今、こうして生きていることが、100年後、200年後、全くなかったことになるのが、リアルに想像できてしまうのです。もっと言えば、数億年後に人類の文明自体が消滅している情景が、風の音と共に思い浮かびます。

 

結局、生だろうが、死だろうが、どちらかに偏っている状態は、圧倒的な絶望を知覚して日々抱えていることには変わりないです。強い日差しは、濃い影を落とします。濃い影は、強い日差しによって生じます。適度に暖かくて、たまに雲が光を遮って、晴れたり曇ったり、雨で潤ったり‥‥が暮らしやすいのでしょうけど、なかなか‥‥。

 

ただ、影よりは光。

 

生を肯定して、死に恐れる方が、色々と社会では都合良いでしょうけどネ。

 

どうせ、こうして生きているんで、生を否定するよりは、肯定したいと思うだけです。それは決して、心底イージーではないです。

 

 

 

脱線しましたが、ホームページ。

 

何かを記す、作品を作る‥‥というのは、やはり死生観とは無縁ではありますまい。

 

ホームページのコンテンツも、その死生観の一環です。

 

猫を好きな人が、猫のことをネットに公開したいと思う時‥‥

 

昔、一匹の猫と共に生き、日々、暮らした。

 

その猫を、どんなに好いていたか。

 

その猫との暮らしを、どんなに幸せに思っていたか。

 

 

実際の猫や当人は知り得なくても、書き記した幸福感はもしかしたら、何百年も未来に伝わることがあるかも知れませんよネ。

 

音楽もそうです。生活様式も言語も違う200年前のドイツ人が感じた幸福感が、音楽を通して、アジアの小国の人間に伝播することがあります。

 

何かを記す、作る‥‥とは、死後に消滅してしまう自分自身の存在に対する、何らかのアクションとも思えます。アクションしたところで、とりとめもない‥‥ですが。

 

で。

 

コンピュータを毎日使ってるんだもん。

 

コンピュータで何かを作りたい、公開したい‥‥というのは、至極当然だしょ。

 

 


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