真面目

「楽器が上手い人は、基本、真面目。‥‥じゃないと上達しないから。」とはピアノを幼少の頃から弾いていた人の言葉。

 

確かに、ギターでも、絵でもそうですネ。表面はチャラくてもルーズでも、表現する技術の根本に対しては真面目じゃないと、上手くはならんス。「できないことを、できるようにする」上達の苦しみから逃げていれば、上手くはならんもん。TIPSで誤魔化せる類いのものではないです。

 

「女の子にモテたいから、ギターを弾いた」‥‥という超絶技巧ギタリストの言葉は、付随した動機としてはあるでしょうが、ジョークを真に受けるべからず。

 

 

 

楽器や絵が上手い人が、いかにも全方面に真面目な人か?‥‥というと、そうでもないです。

 

同じく、楽器や絵が上達しない人が、いかにも不真面目か?‥‥というと、やっぱり、そうでもないです。

 

 

 

人間は、真面目と不真面目な部分を併せ持っていて、「真面目のエネルギー」がどこに向いているかの個人差だと思います。

 

絵画教室や音楽教室に通って課題をこなしていても、「上手い自分の姿を夢見てる」だけに過ぎず、厳しく辛い上達の過程はできるだけやりたくないと思っていれば、上手くはならないですよネ。そもそも絵や演奏が好きじゃないのなら、上達はしませんよネ。

 

絵を描くこと、演奏することに、真面目さが直に発揮されれば、自然と上達するのです。

 

「弾けないフレーズを絶対に弾けるように練習しまくる」「描けない絵を描けるようになるまでとことん追求する」と言った内面があれば、恐ろしく上達するものです。

 

飯食ってるか、寝てる以外は、ギターを弾いてる、絵を描いている‥‥なんてことは、リアルに有り得るのです。

 

 

 

では、上手くならない人は不真面目か‥‥というと、技術とは違うところが真面目で、真面目のエネルギーが芸の技術に結びついてないのでしょう。

 

自分の「真面目のエネルギー」が、技術に結びついているか否かは、「義務感」で見分けがつきます。

 

技術向上の過程において、義務感を自らに科している場合、真面目のエネルギーは技術向上には結びついていません。

 

皮肉な話ですが、義務感が強いほど、芸の上達にはマイナス‥‥なんてこともあります。義務感を感じている時点で、表現の本質と遠いのです。当人の真面目さが義務感の方に流れて、技術そのものに流れないわけです。

 

何々の課題を提出して、1日に何時間練習して‥‥なんて、まさに義務感の強迫観念であって、自分が技術に向いていないことがわかります。

 

義務感で行動することには真面目でも、技術の練習内容はやっつけ仕事で不真面目です。初心者で下手なのに間に合わせの消化試合‥‥なんて、上達するはずがないです。

 

そういう人は、絵や音楽や映像の表現技術に携わるよりも、もっと自分を活かせる分野があるのです。

 

 

 

本当に上手くなりたい、できるようになりたいと思う人は、課題とか何時間とか何点とか計算なしに、のめり込んで練習します。

 

打算にまみれた義務なんて考える事自体がありません。上手くなろうとすることにストレートで純粋で真面目です。

 

「義務感なんて関係ない。とことんやるだけだ。ただただ引き寄せられて、無我夢中になってしまう。」と思うのなら、いかにも向いてますよネ。

 

 

 

自分の「真面目」がどこに向いているのか、10〜30代はまだ色々と手探りで探ったほうが良いですが、40代以降はさすがに見極めておかないとアカンですネ。

 

自分の真面目さがどこに向くのか‥‥は、「人それぞれの宿命」としか言いようがないです。

 

宿命。

 

運命と違って、宿命は「宿って」いるがゆえに、死ぬまで抱え続けますが、自分で認識できているつもりでも、度々、思い違いを起こします。

 

自分の内部に宿っているので、自分の心臓を直に肉眼で見れないのと同じです。

 

宿命は取り替えることのできない、自分の内臓と同じ。‥‥しかも、客観的に状態をジャッジすることも難しい。

 

だからこそ、宿命の使い方=自分の使い方に、誰しも悩み迷い苦しむ過程があるのでしょう。

 

 

 

私が最近、絵やアニメだけでなく、ギターなどの音楽のブログ記事を書いているのは、自分のルーツというか、宿命の「洗浄作業」の一環なのかな‥‥と思うことがあります。

 

50年も生きると、「真面目」や「宿命」には色んなものがまとわりつきます。「しがらみ」なんて要素は一番の負荷でしょうネ。

 

自分の真面目さのエネルギーが妙にフリクションロスして出力が半分以下に感じる人は、実は結構多いんじゃないでしょうか。

 

私は、小学生の頃に弾いていたギターをレストアしている最中ですが、その行為がまさに、自分の宿命の「内部回路」に対して正常に電流が流れるべくメンテしている、いわば「比喩」なんだと思います。ホット・コールド・グラウンドがノイズにまみれることなく、アース不良なく、機能しているか‥‥ですネ。

 

レストアにはお金もかかります。お金のあるうちに、レストアしておかないと、もう2度と動かなくなることもあります。なので、今、やっておかないとマズいと、直感的に思うのです。

 

 

 

自分の真面目さが、本来ならどの方面のどこに威力を発揮するのか、コロナ自粛期間は、再認識の機会を与えてくれているように思います。

 

 


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