雑感

その昔、フィルムでアニメ作品を完成させていた時代、OVA=オリジナルビデオアニメーションの作品は、「ただ」で見れるテレビ作品と違って、視聴者が対価を払って視聴するゆえに、16ミリフィルムではなく、35ミリフィルムで作られていました。

 

しかし、OVAにも低コスト化の波が押し寄せ、16ミリで撮影する作品も出てきました。

 

調布の「第何試写室」かは記憶が飛んでいますが、16ミリフィルムのOVA初号試写を観た際は、明らかに画質が35ミリとは異なっていました。試写室も小ぶりな部屋でした。

 

でも、16ミリの画質を、決して「よくない」とは思いませんでした。

 

作品の作風も合っていたのかも知れません。画質も色調も、悪く言えば「しまりがユルい」16ミリの画質ではありましたが、言い換えれば、素朴で朗らかな雰囲気を持っていました。30年近く前のことですが、今でも絵のルックのことは覚えています。

 

 

 

私は70年代のアニメに愛着があるので、作品だけでなく、その時代の画質も含めて愛好しています。

 

一方で、4KHDRで映像を作ることもあり、本業は高画質化の方向に向いていますが、そもそも毎日首から一眼レフフィルムカメラをぶら下げていたほどフィルム好きでしたので、「デジタル高画質」優等思想を持っているわけではないです。

 

ケースバイケースです。

 

表現は技術の風上に常にあります。表現を実現するために技術があるのです。

 

作風は自由に選択できます。それは4KHDRの時代にあっても、です。

 

本当に本気でやるなら、作品によっては、70年代の16ミリ時代の画質を再現するのも良いと思っています。色調を当時のフィルムの銘柄を分析し、グレインにもとことんこだわって、パーフォレーションのガタも加え、編集点も歪ませてネ。

 

新しい技術を得るからこそ、古きものを見つめ直して、良きものとして、技術評価ができます。

 

 

 

でも、古い時代に「固執」する人って、頑固ですよね。柔軟性が無いです。

 

「アニメに高画質は必要ない」と言い切っちゃうんだもん。

 

ならば、今でもD1サイズで作ってればいいじゃん。無理して1.5Kで作らずに、D1からアップコンしてればいいんじゃ無いの?

 

自分自身の過去のノスタルジーだけに浸りたいのなら、自分の参加した作品のVHSソフトをVHSデッキに入れて、赤白黄のコードでブラウン管テレビに繋いで鑑賞して、余生を送ってれば良いのです。

 

なぜ、新しい技術をろくに理解しようとせずに、安易に、自分の「敵認定」するのか。

 

新しい技術をベースにして、温故知新も可能だと言うのに。

 

 

 

今回のコロナウィルスの一件で、アニメ制作技術においても、柔軟性や対応力が相当試されているように思います。

 

何が試されているか‥‥とは、上述した通りです。

 

自分は結局、道具を使っていたか、道具に使われていたか、浮き彫りになりましょう。

 

ツールやフォーマットが変わったからって、映像表現の資質まで変える必要はないです。むしろ、今まで以上に研ぎ澄ませてブーストするくらいで良いです。

 

それもまあ、人それぞれか。

 

去る人がいて、来る人もいる。

 

コロナウィルスの不安が払拭され、人々が再び活発的に行動する2〜3年後は、その2〜3年間で得たことを前提にして、新しいスタイルを作っていくでしょう。

 

 


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