悲観しないのは

‥‥iPad Proがあるからです。私は絵を描いて、映像を作る仕事なので、iPad Proがあることで悲観的な観念には囚われずにいます。他の職種や業種の人が私と同じだなんて申しませんが、少なくとも、私自身はそうなのです。

 

そりゃあ、悲観的な気分にはなりますが(これだけ世界が死の匂いに取り囲まれていれば)、ふと引いて考えると、「でもまあ、iPad Proがあって、命さえあれば、いくらでもできらぁ」という気分で盛り返します。

 

これはまさ90年代の半ばにコンピュータと出会った時と同じ気持ちです。コンピュータと出会わなければ、私は潰れてました。

 

コロナウィルスの大難によって、これから困難な状況がどんどん押し寄せるかも知れませんが、一方でiPad Proがあれば、自分の能力を倍加するに留まらず、様々な方向からアプローチして突破口を開けるのが、リアルに想像できるので、悲観で心がいっぱいにならないのです。

 

*新しいiPad Pro第4世代は買ってません。秋くらいに買うかも知れませんが、第2世代と第3世代で十分、絵の仕事はできます。でもまあ、今買うのなら、第4世代のカメラ性能は、絵や動きを描く上でも、資料写真(動画)用途として、魅力ですね。120〜240fpsの動画も高画質で撮れるので、iPad Proのカメラ性能は侮れません。

*仕事で絵を描くのなら、12.9インチ一択です。12.9インチでもギリギリの大きさなので、「仕事絵」用に買うなら、11インチではなく12.9インチです。

 

 

 

iPad ProはA4くらいの大きさの、薄い金属とガラスの板‥‥ですよね。

 

見た目は薄くて小さいです。

 

でも、小さくても、自分の世界を大きく変えることはあるのです。

 

 

 

もし、若きジョブズが、パーソナル用途のコンピュータの未来性に目をつけて「これはヤバい。かなりイケる!」と思わなかったら、Appleの今はなかったですよネ。もしかしたら、世界の歴史も変わっていたでしょう。

 

大企業だけが保有することが可能な、大きくて場所をとる極めて高価だった昔のコンピュータ。

 

一方、「仕事」と言えば、どこかの企業に属して、無個性で従順に生きることに疑問を抱かない人々。

 

 

 

新しい小さな「何か」が、今まで人々が習慣的に崇めていた巨大な偶像の顔面に、ハンマーの一撃を加えて打ち砕く‥‥というAppleの筋立ては、今でも通用する「寓話」と言っても言い過ぎではないです。

 

警護を振り切り、ブルートーン(これには意味があるんですよね)の人々の中を、ただ独り駆け抜ける女性の姿は、まさに後年に鮮やかに花開いたパソコン・インターネットの新世界を予見しています。

 

 

 

 

 

 

もし、大企業しかコンピュータを所有できなかったら、世界ってどうなってたでしょうね。

 

 

 

iPad Proは、絵を描く人間にとって、かつ、アニメを作ろうとする人間にとって、まさに過去の大きな存在の束縛から、自らを解放するための斧であり金槌です。

 

アニメーターはアニメ業界でしかお金を稼げなかった。作画机の上だけで絵を描き、手に持つのは、紙と鉛筆だけ。一列に机を並べて、黙々と決められた線(=昔はトレスマシン・今は二値化に適した線)だけを描く毎日。

 

iPad Proは、そんな今までとはサヨナラです。

 

 

二値化のための、鉛筆のグレー階調だけが世界の全てだった自分。iPad Proは、そんな無彩色の自分を目覚めさせてくれます。

 

 

 

アニメ業界のBig Blueに囚われて思考を失った人は、iPad Proですら頑なに「紙と鉛筆の代用品」として見ようとします。

 

そうじゃないのよ。

 

パソコンやスマホって、何の代用品? 明確に「何から何への代用品」と言い切れるものではなく、色々なものを内包した今までにない道具ですよネ。

 

iPad Proもそうです。紙と鉛筆の代用品「だけ」じゃないです。

 

 

 

新しい何かが出現した時、代用品思考でものごとを捉えがちです。

 

今でこそ、こんな風に語っている私も、昔はタイムシートをどう再現すべきか‥‥とか、タップ穴だ、カット袋だ‥‥などと、ガッチガチにアニメ業界の作画方式に思考がハマりまくっていました。

 

アニメの現場の中だけでしか絵を描いてこなかった自分の状態を、なによりも、自分自身の中で正当化し肯定するために、余計、アニメの作画方式や慣習に凝り固まっていました。

 

やがてその「滑稽さ」にだんだんと気がついていきました。2000年代後半くらいのことです。

 

新しい道具を手にした時に、古い道具の流儀を持ち出すことの非合理を徐々に理解して、自分の中で新しい道具や方法論への変化を受け入れていきました。

 

当時はiPad ProもApple Pencilも存在しませんでしたが、コンピュータという新しい道具を10年(1996〜2006年くらいの期間)使い続けて、ようやく目覚めることができたのを思い出します。

 

 

 

で、iPad Pro

 

当座、「デジタル作画」で使うのも良いですが、他のことにも使いましょう。今が移行期間であることは承知して従来の仕事をしつつ、他のターゲットにも狙いを定めましょう。

 

線画を描いて終わり!‥‥の「絵の半分しか完成していない」状態に甘んじるのではなく、絵全体を描きましょう。人物だけでなく、メカも背景も、色付きの一枚絵として。

 

アニメーターのほとんどは、レイアウト作業などで例えば部屋の壁と窓を線で描いた時、窓の外と室内はどっちが明るい?どんな色?‥‥ということを、まるで考えてこなかったでしょう。今まで線だけしか描いてこなくて、色も明暗もまるで無頓着なら、色付きのイラストの仕事なんてできるわけないのです。

 

線画だけしか描けない人間だから、アニメ業界以外の仕事が広がっていかないんですよ。

 

iPad ProとApple Pencilなら、それこそ何かの待ち時間で、色付きの水彩風の絵もアクリルの不透明絵具の絵も、油絵風の絵も、描けてしまうのです。

 

たとえ単色でも、豊かな階調と思い通りのタッチで絵を描けるのです。

 

 

 

アニメ業界にも力を貸しつつ、色々な幅を自分の能力にもたせて、手広く収益を得る方法を考えるのです。

 

悲観的な思考に傾きやすいのは、手段が1つしかないからでしょう? その1つが切れたら、何も掴むものが無いからでしょう?

 

だったら、増やせば良いのです。iPad Proという、1980年代にも90年代にも2000年代にも存在しなかった、2020年の今こそ使える道具を使って。

 

*ここのところ、品薄状態が続いていますね。この記事を書いた時点では、256GBモデルはAmazonで在庫ありでした。

 

 



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