松本零士 賛

萌え絵などの目の大きいキャラにはどうにも馴染めない私。以前の投稿記事の「ふさわしいキャラ」でもその様子が露呈しています。目が大きいのは、(わたし的に)バランスが取り辛くて、どうにもあかん。

私の少年時代は、萌えキャラというジャンルはなく、どこかイナたい少年漫画と洋菓子のような少女漫画の2択でした。スポ根ものがまだ主流の頃でしたから、男子なのに少女漫画を読むなんて事は「恥」という気風がありました。また、女キャラを愛でるなんていうのは、気恥ずかしくさえ思えたものです。

私の少年時代、女キャラの多くは控えめなサブキャラであり、まさにマスコットガールのような存在でしたが、松本零士氏、そして永井豪氏の描く女キャラだけは別格の存在感をもっていました。両氏の女キャラは、まさに主人公キャラを「喰う」勢いの強烈なインパクトを放っていたのです。

その後、高橋留美子氏のうる星やつらの登場が、現在の基礎をかたち作ったのは、誰もが認知しうる事でしょう。80年代のポップな風情に合わせて、カジュアルで手の届く「親しく可愛い」趣向へと変化していきました。以前のマスコット的なサブキャラと大きく違うのは、主役を張るだけの自由で活発な性格を与えられた事でしょうか。現在、電子書籍でうる星やつらを愛読していますが、原作者が女性だった事が「うる星やつら・らしさ」の最大のポイントだったとつくずく感じます。うる星やつらの女キャラは、皆が皆、「ままならない」「油断ならない」ですが(それがたまらない魅力ですが)、仮に男性が原作を描いてたら「男の想定内」にハマったハーレム漫画になっていたと思います。

現在は、顔の中身が「幼女・童女」レベルまで低年齢化していますが、なんでそこまでエスカレートしたかな‥‥と思うと、簡単に言うと、現代のニーズがそうだから‥‥でしょうネ。リアル女性の持つ「ままならない」「生易しくない」「手強い」「怖さ」の部分を削ぎ落として、甘み成分を凝縮した結果、どんどん顔は幼くなったのでしょう。顔は幼いままに、体だけは肉感的にセクシャルに描かれるのも、ニーズからくる性質が見事にキャラデザイン上に体現されています。「男の思い通りにならない」女キャラではなく、「男の想定の範疇におさまる、予定調和の」女キャラへと変貌していったのも特質すべき点です。「愛され」欲求が「即物的」に絵に表れているのかも知れません。

ただ、私はそうした今の風潮には、全くと言って良いほど、馴染めんのです。ゆえに目デカキャラも描けないのだと思います。やっぱり、性根が出ますからネ、絵には。

なぜ、馴染めないんだろう‥‥と考えてみますと、やはり松本・永井両氏の描いた女性像が、少年時代にインプリンティングされているからだと感じます。私が両氏のコミックに触れたのは、小学校低学年ですから、無意識のうちに「焼き付け」られていったのでしょう。私は松本零士氏のコミックを小学校1年の終わり頃から読み始めたので、相当な影響を受けている「はず」です。

松本零士氏の女キャラは、どことなく夏目漱石の女性像と共通している部分があります。華奢で壊れやすい身体を持つのに、精神的には優位に立つ‥‥という描写においてです。しかし、その精神的優位は明示されないがゆえに、つかみどころがなく、はぐらかされた状態を保ちます。‥‥つまりは、悩ましいわけですが、零士キャラはそうした性質をキャラデザイン上でまさに体現しています。

しかしながら、70年代当時の氏のコミックを読み返してみると、意外にも男キャラは威勢を張った描かれ方をしています。男自身の破滅を拒むかのように。‥‥ただ、「男の信念」「男のロマン」を劇中で強調すればするほど、反って、女キャラが不動の存在として浮き上がるのです。皮肉なものですが、子供の私はなんとなく、そんな構造を読み取っていたのかも知れません。「Das Ewig-Weibliche Zieht uns hinan.」(うまく日本語にできないので原文まま)的なニュアンス‥‥とでも言いましょうか。

私は少年時代に零士キャラをコミックを通して身近に置いたため、すっかり「それがキャラ表現のデフォルト」になってしまったようです。ゆえに今の「癒し・和み」ベースの風情とどうにも噛み合ず、キャラの好みも時代とズレたままです。まあ、もちろん、仕事では設定を見ながら今風の各種キャラを描きますけど、個人的な好みは「ココロ、ここにあらず」です。

温故知新‥‥というわけでもないですが、自分のルーツとなった漫画家たちの作風を今一度見直しすと、新鮮な驚きがあります。「キャラのルック」ついでに、松本零士風のキャラを新しい方式で表現するとどんなになるか、試してみました。そのまんま、既存の作品を模写するわけにはいかないので、自作の絵になっています‥‥が、零士キャラを強く意識しているのは一目瞭然ですよネ。この感じのキャラを描くのは、中学生以来‥‥なので、30年ぶりになりましょうか。一度だけ「ザ・コクピット」で松本零士作品に参加しましたが、Fw190Aばかりで女キャラは描きませんでしたので‥‥。

以下、いつもの「原画 to After Effects」にて制作しました。原寸は5K x 7Kですが、1/10に縮小しています。


*氏の漫画ゴラクの頃のイラストが好きなので、ベタ背景にしてみました。


*暗部に宇宙を合成。‥‥これをやれば、おのずと、松本零士風に近づきますネ。

うーむ‥‥。私の我を残した、どっちつかずの中途半端なキャラになってしまいましたね‥‥。熱中していた頃はスイスイと描けたものですが、今はかなり勘を失っているようで、ところどころ、処理とパーツの捌き方が違いますね‥‥。改めて氏のスタイルの独自性を痛感しました。長いまつ毛、細い身体、ボディにピッチリのスーツ、暗部に宇宙‥‥を表層的に真似しても、氏の絵にはならないのです。コミックを参考にしてもっと似せたほうが良かったかも知れませんが、単に模写になっちゃうのは意図(キャラのルックのテスト)から外れているので、「零士風」という事で良しとしました。

手順は、いつもの原画スキャン後にAfter Effectsで仕上げる方法です。



原画をスキャンしたら、After Effectsでメイクします。最終フィニッシュと色が違いますが、「カラーパレット」的な運用方法で基本色を制御し、適宜変更しているからです。彩色ソフトウェアのカラーパレットと同等の機能は、After Effectsの「Solid」機能を流用すれば可能です。



カラーパレット的運用で、全く違う色にも作り変える事ができます。


*髪とコスチュームの配色を全変更。全体のシチュエーションも全く別ものへと変更。



*目の色など各パーツの配色は、Afterなエフェクトではなく、カラーパレットによるベース部分の変更で、瞬時に操作可能です。

もちろん‥‥ですが、これはあくまで「キャラのルック」のテストの一環で、私の画風ではありません。さすがに上図の顔のバランス〜切れ長の目の終端に長いまつ毛など〜は、氏の専売特許でしょう。

私は子供時代に受けた氏の作風からの影響で、特に意識しなくとも、描けば自然と「かわいい」ではなく「きれい」方向の絵になってしまいます。もはや、手癖が「大人顔」なのです。例えば以下は、髪の毛の処理テスト(明るいブロンド・光る髪のテスト)からの抜粋ですが、大人顔になっています。After Effectsのいつもの「原画 to AE」でのスタイルで、4K48fpsの準備段階のものです。



*細かく色トレスを分けないと、光るブロンドの表現は難しいです。いくら色を明るくしても、トレスブラックの描線だと、髪の地色よりも線が勝ってしまいます。



*髪の毛の描写は、線の絶対量の多さから、真正面から取り組むと「動画不能」に陥っていまいます。ゆえに、髪の毛の省略表現手法が数々編み出されました。しかし、新しい方式では上図サンプルのような描写でもアニメーション可能です。とはいえ、扱いの難易度は高く、油断すると簡単にドツボにハマります。

絵柄は全く別ものですが、精神的な要素は「直系」ではないかと思っています。‥‥まあ、自分の中では、ですけど。

私は20代のアニメーター真っ盛りの頃、ふと「自分のルーツは何だろう」と考えた事がありました。毎日毎日、アニメ制作各社の様々な画風の作品を請け負いながら、さらには上手いアニメーターの人たちの絵に大きな刺激を受けながら、絵を変えて描く日々。仕事は仕事‥‥だとしても、では自分の絵とはなんだろう?‥‥と考えた時に、「自分を喪失」しかけている事に気付いたのです。「自分は、どんな絵を描きたかったんだっけ?」と、絵を描く根本がよくわからなくなっていたのです。「原画」という作業依頼なしでは「お題を考えられない」自分。‥‥とてもヤバいと思ったものでした。この調子で絵を描き続けていると、50〜60歳になっても、自分の絵がなく、他人にキャラをデザインしてもらわないと絵が描けない人間のまま‥‥だと恐ろしくなったのです。

松本零士・永井豪の両氏のコミック、いわさきちひろさんの絵本が、絵の出発点でしたが、その後、西洋絵画にも触れ、ダヴィンチやアングル、クリムトやモロー、ルドンやローランサン、クレー、故・金田伊巧氏や友永和秀氏、故・荒木伸吾氏、ラッカムやデュラック、松園国芳、さらには大友克洋氏やヴィラル氏も強い刺激となって、様々な画風が自分の中でドロドロと結合して形成されていました。写真家の作品(Helmut Newtonとか)、実写映画からの影響も色濃いと思います。池上遼一氏のスパイダーマンも好きだったなあ‥‥。

そうした自分の出自や生い立ちをそのままに、流行とかのバイアスを作用させずに絵に描いてみる事も、絵描きとして重要じゃないだろうか‥‥と思うに至ったのです。違う言い方をすれば、自分が取り入れてきた要素を、あらためて再確認し、全肯定した上で絵を描く‥‥という事でしょうか。威勢や虚勢で絵を描くのは無くてネ。

私は松本零士氏の作品を遠ざけた時期がありました。私が中学の頃の松本零士コンテンツの隆盛と衰退は、大きな幻滅だったのです。今になって思うと、まさに「ショービジネスの闇」だったんだなと思いますが、当時子供だった私には、毎年低下していくボルテージしか目に映らなかったのです。世間というのは、成功している時はイケイケとばかりにあおり立てるのに、陰りが見え始めて下降し始めると、黒歴史とばかりに腫れ物に触れるような態度へと豹変するのです。思えば、当時子供だった私は、そうした連中の一員だったのです。

松本零士ブームが終焉して何年も経過した頃、ふと、「なぜ遠ざけているか」と違和感を感じた事がありました。先に書いた「自分のルーツは何だろう」という思索にふけっていた同じ頃です。ショービジネスに翻弄されたあげくに自沈した事と、そもそも松本零士作品の持っていた美しさを、クソミソ一緒に扱う事はないだろう、と気付いたのです。同時に、世間の風潮にのっていた自分の恥ずべき部分も自覚しました。世間・世相って、「レッテルというラベル」を貼る事で、情報の大まかな整理をおこなうのです。経緯や内容の本質は精査しないんですよね。‥‥世間の構造はどうあれ、自分の感受性を世間の風潮にシンクロさせ、コロコロと豹変するのは愚かしい事だと、ハッキリと認識するに至ったのです。

20代の中頃に、自分のルーツに関する自問自答をおこなって総括したので、その後はクリアな思考で絵を作れるようになりました。流行に関係なく、好きなものは好きとハッキリ言えて、影響を受けた事を肯定できるようになったのです。また、世間がどんな風潮であろうと、自分の価値観をブレさせない覚悟もできました。当時の私が、「自身を断罪する総括」ができたのは、やっぱり松本零士氏の作品群を少年時代に心底好きになったから‥‥かも知れません。

その後のどんな経緯を持とうが、「美しい」と感じた当時の自分の感情は不滅です。美しいと思う感情にウソは禁物です。ウソをつき始めると、そのウソがバレないようにさらなるウソをつく事になりますから。

70年代、暑苦しい少年漫画の中に、透明感のある冷たい肌の松本零士女性キャラが現れた時の衝撃は、誰も変える事ができない事実なのです。

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